幻想郷、魔法の森。
薄暗い森の中、こぢんまりとした小屋のようなものがひとつ。
霧雨魔法店と書かれたそれの片隅、およそ似つかわしくないのぼりが立て掛けられていた。
“探偵始めました”
そう書かれた布の汚れ具合からも、その歴史の浅さがわかる。
部屋の中から窓を通し、のぼりをボーっと眺めている新米探偵は名を魔理沙といった。
「……暇すぎる」
偶々読んだ推理モノの本にハマったのが三ヶ月前。
有名どころの推理小説を大体読み終わったのが二ヶ月前。
そして探偵を始めたのが今日からちょうど一ヶ月前だったか。
始めた頃はビラを配ったりして少し話題になんかなったりしたが、いずれも仕事とまではいかなかった。
何しろ幻想郷の連中ときたら、異変は巫女に、その他問題は自分達で楽しむといったようだから、困ったさんが絶滅危惧種なのだ。
あまりにも暇なので、暇つぶしに読み返していた推理小説を5週ずつしてしまった。
「やっぱ、あれか」
どこかで聞いたことがある。
フィクションの世界とは違い、現実の探偵の仕事は9割方浮気調査だと。
探偵=浮気調査員と言っても過言ではないと。
さすがにそれは言いすぎだと思うのだが、とにかく探偵と浮気調査は切っても切れない関係であるのは確かなようである。
つまり霧雨探偵事務所(仮)に訪れる者は必然的に熟れた身体を持て余した淑女である可能性が……
「たのもー」
「浮気調査か!」
「失礼した」
「だぁぁぁ!! 冗談だって」
玄関でいきなり踵を返そうとするので、慌てて腕をダイビングキャッチ。
呆れ顔でやれやれと言っているのは魔理沙にとって意外な人物だった。
蒼い髪のその人、上白沢慧音は言う。
「ビラを見て遠路はるばるやってきたわけだが、どうやら無駄足だったようだな」
「いやいや、来て大正解だったと思うぜ」
帰ろうとする慧音をずるずると引っ張り、応接セットへと無理やり座らせる。
「これを応接セットと呼ぶのならもはや何も言うまい」
「んぁ? 椅子と机があったらそれはもう応接セットだろ」
「ダンボールを椅子にしたのは生まれて初めてだけどな」
「まぁいいだろ、それより……」
あぁ、と慧音は仕方なく本題に入る。
話は当然、依頼に関することだ。
魔理沙が初仕事の内容に胸を躍らし、聞きに徹し始めるとようやく慧音は語りだした。
「実はな、出来ないんだ」
「…………ん?」
「変身……と言えばわかるか、ほら、一昨日は満月だっただろう」
「へぇ、それはまた」
大変だな、と言いかけて、そもそも何で慧音が変身するんだったかということをド忘れした。
何か……こう…………角で掘る? ため……だったか。
「掘らんわ」
「心を読むなんて、聖職者がすることじゃないぜ」
「別に私は外の世界の教師になりたいわけじゃないからな」
話を戻すぞ、と慧音。
「こんなこと初めてでな、どうしたものか……」
「ふーん……他になんか変わったこととかあるのか?」
「そう、だな……身体がだるい、ような気がしないでもない」
というか身体に力が入らない、と慧音は補足した。
その後も2、3魔理沙が質問をし、慧音が答えるといった問診が続いた。
まとめると、こうだ。
「つまり、異変に気づいたのは満月の夜だったが、身体のだるさはその前から感じていたんだな。
んで、その前後に特に変わったことはなかったと」
「ん、そうだ」
「しかしなぁ……」
魔理沙は困った様子で頭を掻いた。
何事にも、原因があって初めて結果が存在しうる。
必ず何か原因があるはずであり、それを調べるのが探偵たるものの勤めである。
「何でもいいからさ、些細なことでもいいから思い出せないか」
「といっても、いつも通り普通に生活していただけだぞ」
「じゃあ、そのいつも通りの生活をここに書き起こしてくれ」
「……大体でいいなら、な」
慧音がさらさらとタイムスケジュールと簡単な家の見取り図と描くと、魔理沙はそれを手に取った。
「へぇ、結構広いんだな、書庫とかあるし」
「で、どうなんだ」
「うーん……」
正直、魔理沙が新米なのを抜きにしてもこれだけではわからない。
というか、この段階で解決するのは探偵ではなく超能力者の仕事だろう。
「とりあえず家の中を調査したいんだが、それでもいいか?」
「ああ、かまわんぞ」
今日は用意があるからまた明日来てくれということで、一旦慧音は帰ることになった。
玄関先まで見送りに出た時、魔理沙はふと思った。
「そういや、こういうことは私よりむしろ霊夢のほうに相談に行くんじゃねーの?」
「あぁ、先に行ったが留守だったんでな」
「おい」
冗談だ、と慧音は微笑んだ。
「異変というほどのことでもないし、餅は餅屋だろう」
「魔法……が原因なのか?」
「さぁな、だがそれに近い力を感じる。 少なくとも巫女の力の専門外であることは確かだな」
待ってるぞと言い残し立ち去った慧音を見送り、魔理沙はさっそく準備に取り掛かった。
───────────
「というわけで、来たぜ」
「うむ、大したものは出せないが歓迎する」
「いいってそういうのは、仕事だしな」
「立ち話もなんだ、とりあえず居間に案内しよう」
慧音に連れられ、入った部屋は簡素な造りだが清潔に纏められている六畳一間だった。
いいと言っているのに茶を淹れて来ると言い、魔理沙を座らせる。
やがて二つの湯飲みを盆に乗せ、帰ってきた慧音に魔理沙は言った。
「別に、好きに調べてもいいんだよな」
「あぁ、構わんよ。 ただそのタンスは服が入っているだけだから別に調べなくていいぞ」
そう言い熱い茶をちゃぶ台に置……
「ほうほう、どれ」
「手が滑った!!」
かずにサイドスロー。
「ふぃぎゅあっ!!」
「開・け・る・な・と言った!!」
「なんかピンク色のモノが見えたんだが……」
「うっさい、なかったことにしろ」
そう言い慧音はタンスを目張りしてしまった。
「これを破れば存在自体が歴史から消えると思え」
「…………ぉぅぃぇ」
軽口の一つでも叩いたら本気と書いてマジで消されそうなオーラを出していたので、頷くしかなかった。
そんなこんなで、魔理沙は一人で捜査することを禁じられたので、二人で家を捜索することとなる。
「一人でやらないとなんか捜査っぽくないんだよなぁ……」
「数分前の自分に言え」
その後居間に始まり、家のあらゆる場所を調査したが、いたって普通の建物であった。
一通り調べたところで魔理沙は昨日の見取り図を思い出し、まだ調べてない場所に気が付いた。
「そういや、書庫があるんだったよな」
「あぁ、それなら庭にある。 玄関で靴を履かないと駄目だ」
そう言われ連れられた場所には簡素な家とは対極的に、凝った造りの蔵があった。
「へぇ、これはまた……」
「仕事柄、な」
ここで彼女の言った仕事とは、恐らく教師ではないほうのことだろう。
南京錠を外し中に入ると、薄暗い書庫に所狭しと本が並んでいた。
「こりゃすげえな、全部書いたのか」
「いや、趣味もあるからな、色々な本があるぞ」
「じゃあ……」
「やらん」
「……なんだよケチくせえなぁ」
「そうだな、成功報酬としてなら別にいいぞ」
「そういや報酬のこと忘れてたぜ」
もともと本は嫌いではないし、むしろ好きだ。
見たことのない本に囲まれるのはなかなか気持ちよく、興味が尽きる事はなかった。
書庫の半分ほどを調べ終わった時、魔理沙は何か黒いものを見つけた。
「なんだこれ…………羽根?」
「ん、おかしいな、つい先日掃除したばかりなんだが…………いや、そもそも」
普段は鍵をかけてあるし、窓もなければ鳥が入った覚えもないという。
「臭う、臭うぜぇ……」
「多少カビ臭いのは我慢しろ」
「いやそうじゃなくて……」
「?」
「まぁいいや、ちょっくら出かけてくる。 また来るかもしれんからじゃあな」
「お、何かわかったのか」
「それを確かめに行くのさ」
魔理沙は玄関へと走り、箒を手に大空へと飛び上がる。
「おぉ、速い速い」
一人残された慧音は夕飯の準備をすべく、腕をまくった。
今晩は作り置きできるものにしよう、一人でも二人でも食べられるように、と。
───────────
「はぁ、これがですか」
「どうだ?」
魔理沙に手渡された黒い羽根を、射命丸文はまじまじと見つめる。
「残念ですが、カラスの羽根じゃないですね、これ」
「……へ?」
「ほら、ここの部分がこうなってるでしょう」
「……うーん」
正直、魔理沙にはわからなかったが、専門家(?)が言うのだから間違いない。
唯一の手がかりも振り出しに戻ってしまったことにより、魔理沙はがっくりと項垂れる。
「やっぱフィクションのようにはいかないんだな」
「で、なんですそれ」
「あー、それは……守秘義務によりお答えできないでござる」
「あぁ、例の探偵まだやってたんですか」
「つっこまれないのが一番つらい」
「そんなにつっこんで欲しいなら天狗の鼻を貸しますが」
「どこにつっこむ気だよ…………もういいや、ありがとうな」
「…………」
ふよふよと去っていく魔理沙を、文はただ見送った。
魔理沙が慧音のもとに戻った頃には既に日は落ち、ほんのりと暗くなっていた。
───────────
「んっめえ!!」
「そうか」
魔理沙は普段和食派だが、先生宅も和食だった。
献立はおでん。ODENである。
何をおでんくらいでと思われるかもしれないが、これほど職人技が光る料理もない。
まずはんぺん、これが素晴らしい。
浮いてしまうはんぺんは味がしみにくいが、かといって具の下に入れるとつぶれてしまう。
そこで慧音は半分だけ浮かせて頃合を見てひっくり返すというひと手間をかけた。
この手間がまた絶妙な間隔で行われており、十分にしみた所で具の上に置き換える。
純白の綿のようなやわらかさに、箸からも伝わってくる弾力。
口に入れた瞬間に、多すぎず少なすぎずの汁が口内に広がり、触感もあいまって至高の味わいが広がる。
出汁はこんぶをベースに様々な味がした。
これらは何かと聞くと特に何も入れてないと慧音は言う。
具から自然と出汁が出るので、ベースは昆布だけでいいとのことだ。
その他卵も茶色に、尚且つこんにゃくは綺麗な灰色のままに不思議と味がしみていた。
「いやぁ、わざわざご馳走までしてもらって、こんな旨いもん食えるなら探偵やっててよかったぜ」
「それはよかったでござる」
「ぶふっ」
「……おい、汚いぞ。 冗談だ」
あの慧音と冗談が同レベルだと思うと、軽くショックを受けざるを得ない魔理沙だった。
ショックだったが、おでんは美味しかった。人間の舌は正直である。
やがて二人が食べ終わると、慧音が鍋を片付け始めた。
「ずいぶんたくさん残ったな」
「ふふ、甘いな。 おでんは二日目が本番だ」
「くっ、そんなことを言われればまた食いたくなるぜ…………ん?」
足を崩すと何か硬いものにぶつかった。
ちゃぶ台を覗き込み、手に取ったそれは一冊の本だった。
「あぁ、お前が行った後に書庫で見つけたんだがな、どうも私の本じゃないようだから何かあると思ってな」
「何かるっていうか、たぶん、ビンゴだぜ……これ」
黒い表紙に無地のその本は、タイトルなどはなかった。
だが持つだけでこれが普通の本ではないことが伝わってくる。
慧音がそのことに気づかないのも、例の身体がだるいことと関係があるのだろうか。
慧音に許可を貰い、慎重に開くとそこにはおよそ人間の使うものではない言葉が羅列されていた。
「読めるのか?」
「んん、難しいけど、何とか……」
これでも魔法使いの端くれである。
この文字は昔何かで読んだ事がある。 あるが、やはりうろ覚えだった。
「何かを封印とかなんとか、妖怪が昔にどうとか書いてある……かな」
「ふむ、儀式のやり方でも書いてあるのだろうか」
「お、これは解……除? いや、違うな……解放か?
なんかそれっぽい呪文なら見つけたぜ」
「解放……? 何を解放するんだ」
「さあな……ただ、どうもこの本は何かしらの力を封じる、みたいなことが書いてあったぞ」
どうする? と魔理沙。
「私の力がその本に封じられてるというのなら、そりゃあ解放してもらいたいもんだが……」
「じゃあ試してみるぜ」
と言うや否や、魔理沙は何やら聞きなれない言葉を短く発した。
「いや、やはりここはちゃんと読める者に……っておい」
「…………」
「…………」
一人の焦燥と一人の期待を受けつつ、本は沈黙する。
……沈黙する。
「……呪文、間違えたんじゃないのか」
「あれ、おっかしーな」
そう言い慧音のほうに振り返った時、魔理沙の視線の先には天井が広がった。
誰かに抱えられるようにして突き飛ばされたと理解した時、二人は庭に飛び出していた。
「ってー……いきなりなん……うわぁ!」
反射的に身をひねった魔理沙の元いた位置に、何かが突き刺さる。
「へ、蛇?」
地面にめり込んだ蛇は、よく見ると異常に細長かった。
やがてそれは地面から抜け出すと、そのまま後ろへ引っ張られるようにして部屋に戻っていった。
「……今更だが雇い先を間違えたのではないかととても後悔している」
「私はいい雇い主に巡り会ったと思ってるけどな……うお!」
今度は白い布だった。
一反はありそうな木綿チックな化け物が、こちらを伺っている。
「どうする、やるのか。 私はどっちでもおっけーだぜ」
「あー、すまん。 無理だ」
白い反物は、慧音に狙いを定めた。
真っ直ぐに向かってくるそれを、慧音は横っ飛びに避ける。
その後も避け続ける慧音を見、魔理沙はようやく異変に気づいた。
慧音の動きのそれが、全くの普通の人間と変わらないのだ。
「しまっ……!?」
「くそっ、何やってんだよ先生っ」
腕を巻き取られた慧音の横から、箒を槍のように突き出す。
一瞬緩んだその隙に慧音は腕を引き戻したが、その力はどこか弱弱しい。
「効くかわかんねーけど、逃げるぜ!」
魔理沙は普段から持ち歩いている魔法試作品のうちの一つを地面に投げつける。
衝撃を受けた瞬間、強烈な光を発したそれは、夜の庭を一瞬だけ昼にした。
相手に効いているかどうかは不明だが、魔理沙は有無を言わせず慧音の腕を掴み飛び上がる。
伊達に元幻想郷最速を名乗ってはいないその速度で、夜特有の冷たい風を切り続けた。
「力が出ないというかな、どうも普段の十分の一の力もだせんのだよ、あと飛べない」
「そりゃまた……」
“それ”を避けたのは、全くの偶然だった。
いや、今でも“それ”の正体はわからないのだが、明確な殺意は感じた。
第六感のみで体を捻った魔理沙は、箒の後ろに乗せている慧音が落ちないように注意しつつ、反転した。
「こんどは何なんだよ全く……」
夜にも限らず、月光によってその姿ははっきりと見えた。
己の身長ほどはありそうな鎌を持った、いたちチックな化け物が宙に浮いていた。
スペルカード? 何それおいしいのという顔をしている。
それは一瞬ブレたかと思うと、視界から消え失せる。
「あ……」
やばい、と思った。
今度は避けられない。
一人ならまだしも、二人乗り中の箒では機敏な動きは到底できないのだ。
恐らくあの化け物特有の不可視の攻撃が魔理沙を襲ってくるであろう瞬間、大気が揺れた。
空気と空気が衝突する。 見えなかったがそこには確かに相殺の余韻があった。
「ふぅ、何やってるんですか」
「おぉ、助かったぜ、ちょっと私は文字通り荷が重いんであれなんとかしてくれ」
「はぁ……偶々私が通らなかったらどうしてたんですか、っと!」
文の周囲に巻き起こった風が、それを切り裂く風を相殺する。
「あの本は妖怪の山のもんですよ、妖怪を封じるもんだから妖怪が管理してたんです」
「ん、本のこと言ったっけ」
「……これ見たらわかりますよ、解放したんでしょう」
「あー…………ってうぉぉ!」
鎌的ないたちが魔理沙を襲うが、寸の所で文の風に押し飛ばされる。
「余所見してると死にますよ」
「スペルカードも糞もなさそうな顔してるもんなぁ」
「とりあえず、私が何とかしますから本を封印してきてください」
そう言い、文は目にも留まらぬ速さで空を駆けた。
夜で見えにくいことを除いても、残像しか見えぬほどの攻防が繰り広げられる。
「封印ったって、どうすればいいんだよ」
「私は知りませんよ! 本に書いてあるんじゃないですか!」
それが隙となった。
叫ぶために停止した一瞬を突き、一筋の真空が文の肩に傷をつけた。
しかし鎌的ないたちにとって、それは幸運ではなく不幸の始まりであった。
というのも、これが文の本気を引き出す原因となったからだ。
「やってくれるじゃないですか下等妖怪風情が!!」
再び慧音の家へと飛ぶ途中、遥か後方の大気が震えた。
───────────
視界の遥か向こう、人間の里辺りに差し掛かった時にそれを見つけた。
魔理沙が目を凝らしてみると、どうもやはり慧音の家あたりのようだ。
夜だというのにやけに明るい。
「なぁ、あれ……」
「んん……?」
やがて庭に降り立つと、すぐにその原因はわかった。
何やら雪々しい女性と妹紅が庭で暴れているのだ。
「けーね!! どこいってたのさ」
「あー……なんと言えばいいか」
女が周囲に雪を舞い散らせようとするのを、妹紅が炎で防ぐ。
いつからそれを繰り返していたのか、辺り一面雨が降ったように濡れていた。お掃除が大変である。
「とりあえず、居間にある本を封印するからもうちょっとそいつを抑えといてくれ」
と、魔理沙は言いながら走り出す。
しかし、封印の言葉が出た瞬間、雪チックな女は怒り狂ったように魔理沙に振り向き、その殺意を集中した。
氷柱のようなものを無数に生み出し、射出する。
「魔理沙!!」
本日二度目となる慧音のダイビングタックル。
先ほどと違う点は、慧音のほうに被害が出たということだった。
足に突き刺さったそれに、慧音は思わず顔をしかめる。
「慧音!!」
「けーね!!」
その瞬間、もこたんハートがフル回転した。
説明しよう、もこたんハートとは慧音に危機が訪れた時、愛によって発動する。
火炎生成器官のリミッター解除により、炎の温度は通常の3倍近くまで跳ね上がる。
という妹紅の脳内設定によって発動するいわゆるただのブチギレである。
「30回くらい死ねやぁぁぁぁぁ!!」
今までと桁違いの火力に、徐々に体が解け始めた雪的な女はじりじりと後退する。
ついにそれは居間に飛び上がり、本へ逃げるように吸い込まれていった。
「……よし! これで封印できるぜ!!」
慧音に応急処置を施していた魔理沙は、すかさず居間へ駆け上がった。
「燃えさらせぇぇぇぇ!!」
「ええぇぇぇぇ!!」
妖怪が本に吸い込まれたと同時、妹紅の炎が本を包みこんだ。
燃え盛る本を呆然と眺める魔理沙をよそに、妹紅は慧音に駆け寄った。
「大丈夫? けーね」
「ん……痛いことは痛いが…………」
見ると、慧音の足の傷が段々と消えていく。
「どうやら、力が戻ったようだ」
「………………よかった」
今にも慧音をかついで永遠亭に飛び出そうとしていた妹紅はへたんと地面に座り込んだ。
「そういや、文が妖怪を封じる本とかなんとか言ってたな」
「あぁ、だから半妖な私は妖怪の部分だけ封印されていたのかもな」
「……とにかく、けーねが無事でよかったよ」
「あぁ、ありがとう。 本当に助かった……」
「わわ……」
慧音が妹紅を抱擁する。
顔を真っ赤にしている妹紅を眺め、魔理沙がなんとも言えない空気の中にいると、空気ブレイカーが舞い降りた。
「これはいい絵が取れましたねぇ、熱愛発覚!? みたいな」
いや、こんな記事いまさらか。 と言いつつ文は庭に降り立った。
「そうだ、二人には世話になったことだ、何もできないがせめておゆはんを食べていってくれ」
「食べる食べる」
「それじゃせっかくですので」
「…………」
「三人には世話になったから」
「ご馳走になるぜ」
先ほど食べたばかりだが不思議と腹が減っていた二人は、新たな客を向かえて食卓を囲んだ。
妹紅がここに来た当初の目的である手土産の酒も振舞われ、酒宴は夜遅まで続いた。
───────────
魔理沙が起きると、そこは自宅だった。
どうやって帰ったのか憶えていないが、頭は痛かったからそういうことだろう。
遅い昼食を済ませてからふと思い出し、報酬を貰いに再度慧音宅へと飛んだ。
彼女曰く、あのあとまず魔理沙が帰り、三人で酔いつぶれ、朝起きると文がいなかったという。
話の流れ的にその後数時間空白があったが、二人で何をしていたのだろうか。
ともかく、もう既に全くの普段通りらしい。
「次の満月が怖い」
「まぁ、仕事量二倍だしな……」
とにもかくにも、報酬として本を数冊貰った魔理沙は、帰路についた。
普通に報酬として本を手に入れたことは今まであっただろうか。
3秒くらい考えたが、過去には囚われないということでやめた。
この後、慧音に貰った本にハマりだして霧雨探偵事務所は廃業したという。
変わりに霧雨恋愛相談所が立ち上がり、こちらはたいそう繁盛したそうな。
薄暗い森の中、こぢんまりとした小屋のようなものがひとつ。
霧雨魔法店と書かれたそれの片隅、およそ似つかわしくないのぼりが立て掛けられていた。
“探偵始めました”
そう書かれた布の汚れ具合からも、その歴史の浅さがわかる。
部屋の中から窓を通し、のぼりをボーっと眺めている新米探偵は名を魔理沙といった。
「……暇すぎる」
偶々読んだ推理モノの本にハマったのが三ヶ月前。
有名どころの推理小説を大体読み終わったのが二ヶ月前。
そして探偵を始めたのが今日からちょうど一ヶ月前だったか。
始めた頃はビラを配ったりして少し話題になんかなったりしたが、いずれも仕事とまではいかなかった。
何しろ幻想郷の連中ときたら、異変は巫女に、その他問題は自分達で楽しむといったようだから、困ったさんが絶滅危惧種なのだ。
あまりにも暇なので、暇つぶしに読み返していた推理小説を5週ずつしてしまった。
「やっぱ、あれか」
どこかで聞いたことがある。
フィクションの世界とは違い、現実の探偵の仕事は9割方浮気調査だと。
探偵=浮気調査員と言っても過言ではないと。
さすがにそれは言いすぎだと思うのだが、とにかく探偵と浮気調査は切っても切れない関係であるのは確かなようである。
つまり霧雨探偵事務所(仮)に訪れる者は必然的に熟れた身体を持て余した淑女である可能性が……
「たのもー」
「浮気調査か!」
「失礼した」
「だぁぁぁ!! 冗談だって」
玄関でいきなり踵を返そうとするので、慌てて腕をダイビングキャッチ。
呆れ顔でやれやれと言っているのは魔理沙にとって意外な人物だった。
蒼い髪のその人、上白沢慧音は言う。
「ビラを見て遠路はるばるやってきたわけだが、どうやら無駄足だったようだな」
「いやいや、来て大正解だったと思うぜ」
帰ろうとする慧音をずるずると引っ張り、応接セットへと無理やり座らせる。
「これを応接セットと呼ぶのならもはや何も言うまい」
「んぁ? 椅子と机があったらそれはもう応接セットだろ」
「ダンボールを椅子にしたのは生まれて初めてだけどな」
「まぁいいだろ、それより……」
あぁ、と慧音は仕方なく本題に入る。
話は当然、依頼に関することだ。
魔理沙が初仕事の内容に胸を躍らし、聞きに徹し始めるとようやく慧音は語りだした。
「実はな、出来ないんだ」
「…………ん?」
「変身……と言えばわかるか、ほら、一昨日は満月だっただろう」
「へぇ、それはまた」
大変だな、と言いかけて、そもそも何で慧音が変身するんだったかということをド忘れした。
何か……こう…………角で掘る? ため……だったか。
「掘らんわ」
「心を読むなんて、聖職者がすることじゃないぜ」
「別に私は外の世界の教師になりたいわけじゃないからな」
話を戻すぞ、と慧音。
「こんなこと初めてでな、どうしたものか……」
「ふーん……他になんか変わったこととかあるのか?」
「そう、だな……身体がだるい、ような気がしないでもない」
というか身体に力が入らない、と慧音は補足した。
その後も2、3魔理沙が質問をし、慧音が答えるといった問診が続いた。
まとめると、こうだ。
「つまり、異変に気づいたのは満月の夜だったが、身体のだるさはその前から感じていたんだな。
んで、その前後に特に変わったことはなかったと」
「ん、そうだ」
「しかしなぁ……」
魔理沙は困った様子で頭を掻いた。
何事にも、原因があって初めて結果が存在しうる。
必ず何か原因があるはずであり、それを調べるのが探偵たるものの勤めである。
「何でもいいからさ、些細なことでもいいから思い出せないか」
「といっても、いつも通り普通に生活していただけだぞ」
「じゃあ、そのいつも通りの生活をここに書き起こしてくれ」
「……大体でいいなら、な」
慧音がさらさらとタイムスケジュールと簡単な家の見取り図と描くと、魔理沙はそれを手に取った。
「へぇ、結構広いんだな、書庫とかあるし」
「で、どうなんだ」
「うーん……」
正直、魔理沙が新米なのを抜きにしてもこれだけではわからない。
というか、この段階で解決するのは探偵ではなく超能力者の仕事だろう。
「とりあえず家の中を調査したいんだが、それでもいいか?」
「ああ、かまわんぞ」
今日は用意があるからまた明日来てくれということで、一旦慧音は帰ることになった。
玄関先まで見送りに出た時、魔理沙はふと思った。
「そういや、こういうことは私よりむしろ霊夢のほうに相談に行くんじゃねーの?」
「あぁ、先に行ったが留守だったんでな」
「おい」
冗談だ、と慧音は微笑んだ。
「異変というほどのことでもないし、餅は餅屋だろう」
「魔法……が原因なのか?」
「さぁな、だがそれに近い力を感じる。 少なくとも巫女の力の専門外であることは確かだな」
待ってるぞと言い残し立ち去った慧音を見送り、魔理沙はさっそく準備に取り掛かった。
───────────
「というわけで、来たぜ」
「うむ、大したものは出せないが歓迎する」
「いいってそういうのは、仕事だしな」
「立ち話もなんだ、とりあえず居間に案内しよう」
慧音に連れられ、入った部屋は簡素な造りだが清潔に纏められている六畳一間だった。
いいと言っているのに茶を淹れて来ると言い、魔理沙を座らせる。
やがて二つの湯飲みを盆に乗せ、帰ってきた慧音に魔理沙は言った。
「別に、好きに調べてもいいんだよな」
「あぁ、構わんよ。 ただそのタンスは服が入っているだけだから別に調べなくていいぞ」
そう言い熱い茶をちゃぶ台に置……
「ほうほう、どれ」
「手が滑った!!」
かずにサイドスロー。
「ふぃぎゅあっ!!」
「開・け・る・な・と言った!!」
「なんかピンク色のモノが見えたんだが……」
「うっさい、なかったことにしろ」
そう言い慧音はタンスを目張りしてしまった。
「これを破れば存在自体が歴史から消えると思え」
「…………ぉぅぃぇ」
軽口の一つでも叩いたら本気と書いてマジで消されそうなオーラを出していたので、頷くしかなかった。
そんなこんなで、魔理沙は一人で捜査することを禁じられたので、二人で家を捜索することとなる。
「一人でやらないとなんか捜査っぽくないんだよなぁ……」
「数分前の自分に言え」
その後居間に始まり、家のあらゆる場所を調査したが、いたって普通の建物であった。
一通り調べたところで魔理沙は昨日の見取り図を思い出し、まだ調べてない場所に気が付いた。
「そういや、書庫があるんだったよな」
「あぁ、それなら庭にある。 玄関で靴を履かないと駄目だ」
そう言われ連れられた場所には簡素な家とは対極的に、凝った造りの蔵があった。
「へぇ、これはまた……」
「仕事柄、な」
ここで彼女の言った仕事とは、恐らく教師ではないほうのことだろう。
南京錠を外し中に入ると、薄暗い書庫に所狭しと本が並んでいた。
「こりゃすげえな、全部書いたのか」
「いや、趣味もあるからな、色々な本があるぞ」
「じゃあ……」
「やらん」
「……なんだよケチくせえなぁ」
「そうだな、成功報酬としてなら別にいいぞ」
「そういや報酬のこと忘れてたぜ」
もともと本は嫌いではないし、むしろ好きだ。
見たことのない本に囲まれるのはなかなか気持ちよく、興味が尽きる事はなかった。
書庫の半分ほどを調べ終わった時、魔理沙は何か黒いものを見つけた。
「なんだこれ…………羽根?」
「ん、おかしいな、つい先日掃除したばかりなんだが…………いや、そもそも」
普段は鍵をかけてあるし、窓もなければ鳥が入った覚えもないという。
「臭う、臭うぜぇ……」
「多少カビ臭いのは我慢しろ」
「いやそうじゃなくて……」
「?」
「まぁいいや、ちょっくら出かけてくる。 また来るかもしれんからじゃあな」
「お、何かわかったのか」
「それを確かめに行くのさ」
魔理沙は玄関へと走り、箒を手に大空へと飛び上がる。
「おぉ、速い速い」
一人残された慧音は夕飯の準備をすべく、腕をまくった。
今晩は作り置きできるものにしよう、一人でも二人でも食べられるように、と。
───────────
「はぁ、これがですか」
「どうだ?」
魔理沙に手渡された黒い羽根を、射命丸文はまじまじと見つめる。
「残念ですが、カラスの羽根じゃないですね、これ」
「……へ?」
「ほら、ここの部分がこうなってるでしょう」
「……うーん」
正直、魔理沙にはわからなかったが、専門家(?)が言うのだから間違いない。
唯一の手がかりも振り出しに戻ってしまったことにより、魔理沙はがっくりと項垂れる。
「やっぱフィクションのようにはいかないんだな」
「で、なんですそれ」
「あー、それは……守秘義務によりお答えできないでござる」
「あぁ、例の探偵まだやってたんですか」
「つっこまれないのが一番つらい」
「そんなにつっこんで欲しいなら天狗の鼻を貸しますが」
「どこにつっこむ気だよ…………もういいや、ありがとうな」
「…………」
ふよふよと去っていく魔理沙を、文はただ見送った。
魔理沙が慧音のもとに戻った頃には既に日は落ち、ほんのりと暗くなっていた。
───────────
「んっめえ!!」
「そうか」
魔理沙は普段和食派だが、先生宅も和食だった。
献立はおでん。ODENである。
何をおでんくらいでと思われるかもしれないが、これほど職人技が光る料理もない。
まずはんぺん、これが素晴らしい。
浮いてしまうはんぺんは味がしみにくいが、かといって具の下に入れるとつぶれてしまう。
そこで慧音は半分だけ浮かせて頃合を見てひっくり返すというひと手間をかけた。
この手間がまた絶妙な間隔で行われており、十分にしみた所で具の上に置き換える。
純白の綿のようなやわらかさに、箸からも伝わってくる弾力。
口に入れた瞬間に、多すぎず少なすぎずの汁が口内に広がり、触感もあいまって至高の味わいが広がる。
出汁はこんぶをベースに様々な味がした。
これらは何かと聞くと特に何も入れてないと慧音は言う。
具から自然と出汁が出るので、ベースは昆布だけでいいとのことだ。
その他卵も茶色に、尚且つこんにゃくは綺麗な灰色のままに不思議と味がしみていた。
「いやぁ、わざわざご馳走までしてもらって、こんな旨いもん食えるなら探偵やっててよかったぜ」
「それはよかったでござる」
「ぶふっ」
「……おい、汚いぞ。 冗談だ」
あの慧音と冗談が同レベルだと思うと、軽くショックを受けざるを得ない魔理沙だった。
ショックだったが、おでんは美味しかった。人間の舌は正直である。
やがて二人が食べ終わると、慧音が鍋を片付け始めた。
「ずいぶんたくさん残ったな」
「ふふ、甘いな。 おでんは二日目が本番だ」
「くっ、そんなことを言われればまた食いたくなるぜ…………ん?」
足を崩すと何か硬いものにぶつかった。
ちゃぶ台を覗き込み、手に取ったそれは一冊の本だった。
「あぁ、お前が行った後に書庫で見つけたんだがな、どうも私の本じゃないようだから何かあると思ってな」
「何かるっていうか、たぶん、ビンゴだぜ……これ」
黒い表紙に無地のその本は、タイトルなどはなかった。
だが持つだけでこれが普通の本ではないことが伝わってくる。
慧音がそのことに気づかないのも、例の身体がだるいことと関係があるのだろうか。
慧音に許可を貰い、慎重に開くとそこにはおよそ人間の使うものではない言葉が羅列されていた。
「読めるのか?」
「んん、難しいけど、何とか……」
これでも魔法使いの端くれである。
この文字は昔何かで読んだ事がある。 あるが、やはりうろ覚えだった。
「何かを封印とかなんとか、妖怪が昔にどうとか書いてある……かな」
「ふむ、儀式のやり方でも書いてあるのだろうか」
「お、これは解……除? いや、違うな……解放か?
なんかそれっぽい呪文なら見つけたぜ」
「解放……? 何を解放するんだ」
「さあな……ただ、どうもこの本は何かしらの力を封じる、みたいなことが書いてあったぞ」
どうする? と魔理沙。
「私の力がその本に封じられてるというのなら、そりゃあ解放してもらいたいもんだが……」
「じゃあ試してみるぜ」
と言うや否や、魔理沙は何やら聞きなれない言葉を短く発した。
「いや、やはりここはちゃんと読める者に……っておい」
「…………」
「…………」
一人の焦燥と一人の期待を受けつつ、本は沈黙する。
……沈黙する。
「……呪文、間違えたんじゃないのか」
「あれ、おっかしーな」
そう言い慧音のほうに振り返った時、魔理沙の視線の先には天井が広がった。
誰かに抱えられるようにして突き飛ばされたと理解した時、二人は庭に飛び出していた。
「ってー……いきなりなん……うわぁ!」
反射的に身をひねった魔理沙の元いた位置に、何かが突き刺さる。
「へ、蛇?」
地面にめり込んだ蛇は、よく見ると異常に細長かった。
やがてそれは地面から抜け出すと、そのまま後ろへ引っ張られるようにして部屋に戻っていった。
「……今更だが雇い先を間違えたのではないかととても後悔している」
「私はいい雇い主に巡り会ったと思ってるけどな……うお!」
今度は白い布だった。
一反はありそうな木綿チックな化け物が、こちらを伺っている。
「どうする、やるのか。 私はどっちでもおっけーだぜ」
「あー、すまん。 無理だ」
白い反物は、慧音に狙いを定めた。
真っ直ぐに向かってくるそれを、慧音は横っ飛びに避ける。
その後も避け続ける慧音を見、魔理沙はようやく異変に気づいた。
慧音の動きのそれが、全くの普通の人間と変わらないのだ。
「しまっ……!?」
「くそっ、何やってんだよ先生っ」
腕を巻き取られた慧音の横から、箒を槍のように突き出す。
一瞬緩んだその隙に慧音は腕を引き戻したが、その力はどこか弱弱しい。
「効くかわかんねーけど、逃げるぜ!」
魔理沙は普段から持ち歩いている魔法試作品のうちの一つを地面に投げつける。
衝撃を受けた瞬間、強烈な光を発したそれは、夜の庭を一瞬だけ昼にした。
相手に効いているかどうかは不明だが、魔理沙は有無を言わせず慧音の腕を掴み飛び上がる。
伊達に元幻想郷最速を名乗ってはいないその速度で、夜特有の冷たい風を切り続けた。
「力が出ないというかな、どうも普段の十分の一の力もだせんのだよ、あと飛べない」
「そりゃまた……」
“それ”を避けたのは、全くの偶然だった。
いや、今でも“それ”の正体はわからないのだが、明確な殺意は感じた。
第六感のみで体を捻った魔理沙は、箒の後ろに乗せている慧音が落ちないように注意しつつ、反転した。
「こんどは何なんだよ全く……」
夜にも限らず、月光によってその姿ははっきりと見えた。
己の身長ほどはありそうな鎌を持った、いたちチックな化け物が宙に浮いていた。
スペルカード? 何それおいしいのという顔をしている。
それは一瞬ブレたかと思うと、視界から消え失せる。
「あ……」
やばい、と思った。
今度は避けられない。
一人ならまだしも、二人乗り中の箒では機敏な動きは到底できないのだ。
恐らくあの化け物特有の不可視の攻撃が魔理沙を襲ってくるであろう瞬間、大気が揺れた。
空気と空気が衝突する。 見えなかったがそこには確かに相殺の余韻があった。
「ふぅ、何やってるんですか」
「おぉ、助かったぜ、ちょっと私は文字通り荷が重いんであれなんとかしてくれ」
「はぁ……偶々私が通らなかったらどうしてたんですか、っと!」
文の周囲に巻き起こった風が、それを切り裂く風を相殺する。
「あの本は妖怪の山のもんですよ、妖怪を封じるもんだから妖怪が管理してたんです」
「ん、本のこと言ったっけ」
「……これ見たらわかりますよ、解放したんでしょう」
「あー…………ってうぉぉ!」
鎌的ないたちが魔理沙を襲うが、寸の所で文の風に押し飛ばされる。
「余所見してると死にますよ」
「スペルカードも糞もなさそうな顔してるもんなぁ」
「とりあえず、私が何とかしますから本を封印してきてください」
そう言い、文は目にも留まらぬ速さで空を駆けた。
夜で見えにくいことを除いても、残像しか見えぬほどの攻防が繰り広げられる。
「封印ったって、どうすればいいんだよ」
「私は知りませんよ! 本に書いてあるんじゃないですか!」
それが隙となった。
叫ぶために停止した一瞬を突き、一筋の真空が文の肩に傷をつけた。
しかし鎌的ないたちにとって、それは幸運ではなく不幸の始まりであった。
というのも、これが文の本気を引き出す原因となったからだ。
「やってくれるじゃないですか下等妖怪風情が!!」
再び慧音の家へと飛ぶ途中、遥か後方の大気が震えた。
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視界の遥か向こう、人間の里辺りに差し掛かった時にそれを見つけた。
魔理沙が目を凝らしてみると、どうもやはり慧音の家あたりのようだ。
夜だというのにやけに明るい。
「なぁ、あれ……」
「んん……?」
やがて庭に降り立つと、すぐにその原因はわかった。
何やら雪々しい女性と妹紅が庭で暴れているのだ。
「けーね!! どこいってたのさ」
「あー……なんと言えばいいか」
女が周囲に雪を舞い散らせようとするのを、妹紅が炎で防ぐ。
いつからそれを繰り返していたのか、辺り一面雨が降ったように濡れていた。お掃除が大変である。
「とりあえず、居間にある本を封印するからもうちょっとそいつを抑えといてくれ」
と、魔理沙は言いながら走り出す。
しかし、封印の言葉が出た瞬間、雪チックな女は怒り狂ったように魔理沙に振り向き、その殺意を集中した。
氷柱のようなものを無数に生み出し、射出する。
「魔理沙!!」
本日二度目となる慧音のダイビングタックル。
先ほどと違う点は、慧音のほうに被害が出たということだった。
足に突き刺さったそれに、慧音は思わず顔をしかめる。
「慧音!!」
「けーね!!」
その瞬間、もこたんハートがフル回転した。
説明しよう、もこたんハートとは慧音に危機が訪れた時、愛によって発動する。
火炎生成器官のリミッター解除により、炎の温度は通常の3倍近くまで跳ね上がる。
という妹紅の脳内設定によって発動するいわゆるただのブチギレである。
「30回くらい死ねやぁぁぁぁぁ!!」
今までと桁違いの火力に、徐々に体が解け始めた雪的な女はじりじりと後退する。
ついにそれは居間に飛び上がり、本へ逃げるように吸い込まれていった。
「……よし! これで封印できるぜ!!」
慧音に応急処置を施していた魔理沙は、すかさず居間へ駆け上がった。
「燃えさらせぇぇぇぇ!!」
「ええぇぇぇぇ!!」
妖怪が本に吸い込まれたと同時、妹紅の炎が本を包みこんだ。
燃え盛る本を呆然と眺める魔理沙をよそに、妹紅は慧音に駆け寄った。
「大丈夫? けーね」
「ん……痛いことは痛いが…………」
見ると、慧音の足の傷が段々と消えていく。
「どうやら、力が戻ったようだ」
「………………よかった」
今にも慧音をかついで永遠亭に飛び出そうとしていた妹紅はへたんと地面に座り込んだ。
「そういや、文が妖怪を封じる本とかなんとか言ってたな」
「あぁ、だから半妖な私は妖怪の部分だけ封印されていたのかもな」
「……とにかく、けーねが無事でよかったよ」
「あぁ、ありがとう。 本当に助かった……」
「わわ……」
慧音が妹紅を抱擁する。
顔を真っ赤にしている妹紅を眺め、魔理沙がなんとも言えない空気の中にいると、空気ブレイカーが舞い降りた。
「これはいい絵が取れましたねぇ、熱愛発覚!? みたいな」
いや、こんな記事いまさらか。 と言いつつ文は庭に降り立った。
「そうだ、二人には世話になったことだ、何もできないがせめておゆはんを食べていってくれ」
「食べる食べる」
「それじゃせっかくですので」
「…………」
「三人には世話になったから」
「ご馳走になるぜ」
先ほど食べたばかりだが不思議と腹が減っていた二人は、新たな客を向かえて食卓を囲んだ。
妹紅がここに来た当初の目的である手土産の酒も振舞われ、酒宴は夜遅まで続いた。
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魔理沙が起きると、そこは自宅だった。
どうやって帰ったのか憶えていないが、頭は痛かったからそういうことだろう。
遅い昼食を済ませてからふと思い出し、報酬を貰いに再度慧音宅へと飛んだ。
彼女曰く、あのあとまず魔理沙が帰り、三人で酔いつぶれ、朝起きると文がいなかったという。
話の流れ的にその後数時間空白があったが、二人で何をしていたのだろうか。
ともかく、もう既に全くの普段通りらしい。
「次の満月が怖い」
「まぁ、仕事量二倍だしな……」
とにもかくにも、報酬として本を数冊貰った魔理沙は、帰路についた。
普通に報酬として本を手に入れたことは今まであっただろうか。
3秒くらい考えたが、過去には囚われないということでやめた。
この後、慧音に貰った本にハマりだして霧雨探偵事務所は廃業したという。
変わりに霧雨恋愛相談所が立ち上がり、こちらはたいそう繁盛したそうな。
だめだ ここで負けた
二人でナニしてたのかなぁ~~~?
後書きの「先輩」(文?)が持ち出して蔵に忍び込んで置いてきた?
↑だとしたらなんで?
…わからん。
自分の読解力のなさに愕然とする。
バトルシーンがかっこよかったです。
もこけーねの二人がいい味出していました。思わずニヤニヤしてしまいました。
しかし慧音さんの本ww気になるwww
ていうかまずは永遠亭に行くべきじゃあないのかねww