Coolier - 新生・東方創想話

閻魔邸爆発物語

2010/04/09 16:19:47
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※ダブルスポイラーの新キャラがちょっとだけ登場します。見たくない方は今のうちに引き返してください。

















野宿がしたい。

その日の仕事を終え、裁判所から外に出る。
此岸と変わらぬ夕焼け空を眺めながら、彼女―――四季映姫・ヤマザナドゥは、ふとそんなことを思った。




彼女は、元地蔵である。
地蔵の頃は此岸で、今では考えられないほどゆったりとした(動かないので当たり前だが)生活を送っていた。

人通りの多い道に鎮座していたからだろう。供物は多く、何をするわけでもないのにそこそこの信仰も得ていた。
だが、その頃からあまり欲のなかった彼女にとってそれは特別喜ぶべきことでもなく、道行く人々を眺める姿勢が変わるわけでもなかった。
思い出せ、と言われてようやく朧気に浮かんでくる程度の些末な記憶。信仰がなければ今の自分は居ないのだということを理解していても、その事の重さはいまいち彼女にはピンとこなかった。


今、印象に残っているのは―――空。

夜、人気がなくなる頃に意識を手放す。
朝、誰にも悟られることなく覚醒する。

その度に、最初に目に飛び込んでくるのは何処までも広く、果ての無い青空だった。
当然、日によっては暗く濁っていたりすることもある。だが、それらの意味するところは同じ。
彼女はその景色で、自分がこの世界に変わらず存在することを実感することが出来た。
地蔵である彼女にとってその『起床』とは、里を離れて千里の道を旅し、ようやっと故郷に帰ってきたかのような……そんな情感を与えてくれるものだったのである。



鮮明な記憶として残っているわけではない。地蔵であったのも、今となっては随分と昔の話である。

ただの仕事疲れからの世迷い言かもしれない。だが、それも自分の意思には違いない。
重さのない静寂、混じりけのない清涼な空気。
向こう側にいた頃に想いを馳せる。彼女は漠然と、あの景色をもう一度見たいと思ったのだ。


人の形をした今の彼女が望むならば、それは野宿という行為に置き換えられた。


「……とは、言ったものの」
一人呟く。家も地位もある者が、何の用事もなく野外で寝ていたら奇行もいいところである。
或いはテントでも張れば、「なんだただのキャンプか」と好意的に受け取ってもらうことも出来るだろうが、それでは本末転倒だ。

遠地に出張する用事ができる予定もない。たかが一時の衝動で、自分に向けられる目が白くなるのは御免被りたい。
現実的に考えれば、野宿が出来る状況などそうそうあるわけもなかった。

(家が浸水で使えなくなったりとか、そうなればあり得る話なのかもしれませんが、ね)
後から考えれば、対価としてまるで釣り合わない事を考えていたと彼女は思う。
だが、そんな理不尽なものに限って、言霊とは力を得るものである。

(まあ、あるわけないか)
帰途も終わりが近い。曲がり角にさしかかり、自宅が彼女の視界に入ってきた。








自宅が爆発した。

「えっ」








―――――――――――――



慌てて駆けつけると、見るも無残な瓦礫の山が私を出迎えた。
「…なんという」
幸い、この地は住宅区域のかなり外れの方で、音を聞きつけてきた野次馬の波にもまれるということはなかったのだが。
「一体何が、っと?」
辺りを見回すと、右斜め前方に見慣れた赤い頭が見えた。
両手両膝をついて、焼けた木柱を呆然と見ている。

「…小町?」
近寄って声をかけるが返事がない。
「小町」
「はいっ!?」
少し大きめの声を出すと、いつもは緩慢な動きをする死神が飛び上がって振り向いた。
青い顔から表情を読み取る。怯えと驚きと憔悴と…ああもう、訳が分からない。悟りは自分の業務外だ。
私がいきなり背後から現れたこともあってか、小町は動転していて口をぱくぱくさせたまま言葉が出てこない。
仕方なくこちらから質問を切り出した。
「これは一体、どうしたのですか?」
なるべく柔らかい口調にして刺を抑えた。様子から見てなんとなく小町が直接の原因だとは思えなかったが故だが、私自身混乱していたのでどんな声色になったかよく分かっていない。
「ああはい、ああ、これはですね?」
伝わらないボディランゲージを駆使して何か説明しようとする小町だったが、要領を得ない。仕方が無いので一発悔悟の棒で一発叩いて落ち着かせた。


お互いある程度落ち着いたところで、小町が正座で切り出した。
「不幸な事故なんです」
叩いた。
「きゃん」
「家に爆発物は置いていません。適切に要点をまとめてから話してください」
小町が頭をさすりながら、今日何度目かの深呼吸をする。


「山の者がやってきたんです」
「山―――?」





―――――――――――――



射命丸文は、珍しくまともな取材を敢行しようとして悩んでいた。

彼岸。生者は決して辿り着けず、その光景を見ることは出来ない。
ならば、それを詳しくまとめてそれっぽい写真をのせれば、皆興味津々で読んでくれるのではないか?
是非曲直庁の(というより、あの閻魔の)目が怖いので記事自体はごくごくつまらないものになってしまいそうだが、それを差し引いてもやる価値はあるかもしれないと思った。
だが、どうやって取材するのか。当たり前だが、その問題は簡単には解決出来ない。
まさか稗田の資料から想像を膨らませて空白を埋めるわけにもいくまい。そもそも、写真をどうするのか。
三途の川を撮って「▲この向こうに憧れの彼岸が!」などとお茶を濁すのもありかもしれないが、流石にそれではインパクトが足りない。
今まで誰もやらなかったことというのは、なんであれ納得のいく理由があるものである。それをどうにかする手段を考えつけず、文は溜息をついた。



だが、その話題をふと河童に漏らすと予想外の答えが返ってきた。
「天狗様運がいいね。出来るかもしれないよ、それ」
「え?」

なんとなく別の取材に出る気にならず、持て余した時間で河城にとりと大将棋をしていた時のことである。
「なんだか図ったようなタイミングだなぁ。ついこの前完成したんだよね、これ」
にとりが取り出したのは、プロペラの付いた小型テープデッキのようなものだった。
レンズがついているので、一応カメラ―――のようなもの、なのだろう。

「何よこれ」
「陸海空全対応ウルトラ広角ビデオカメラにとりプラス。格好いいでしょ」
陸、まで聞いた辺りで名称を覚えるのを放棄してしまった。訳が分からないが要はカメラらしい。…撮影ボタンが見当たらない。
複雑な思いでにとりに白い目を向けるが、あまり効果はなかった。
「で、こっちが陸海空全対応ウルトラ広角ビデオカメラニトロプラスコントローラー」
「へ?」
荒削りの鉄きれを手渡される。レバーのようなものと数個のボタンが申し訳程度についていた。
というか、コントローラーに個別の名称を付けるのもどうなんだ。なんか途中間違ってるし。

「細かい仕様の説明はいいわ。これで私はどうすれば良いのかしら」
「三途の川渡って取材」
「死ぬんだけど」
「いや、そのカメラに渡らせるのさ」
予想外の答えだったが、手元のコントローラーを見て納得した。そういえば香霖堂にも、「らじこん」とかいう玩具が置いてあった気がする。
それは旧式だからちっぽけだけど最新のラジコンは国を一つ滅ぼせるんだ、と店主が自慢げに法螺を吹いていたのを思い出す。成程、遠隔カメラか。
しかしすぐに疑問が浮かぶ。三途の川は、渡ると死ぬとかそれ以前の問題として…

「ちょっと待って。無機物が三途の川を渡りきれるの? 確か川幅は渡し賃で変わるとかいうじゃない。渡し賃0じゃ距離は無限に―――」
「生き物の場合はそうらしいけどね。無機物だとややこしいんだなぁ、これが」
にとりが胸をはる。長ったらしい解説が始まるのかと身構えたが、続きは簡潔だった。
にとり自身よく分かっていないらしい。

「結論から言うと、渡れるよ」
「なんですと」
にとりは私の手元からコントローラーを奪い取り、指先でガチャガチャとレバーを動かす。カメラについたプロペラが回転し始め、宙に浮いた。
「賢者様のところのお稲荷様に手伝ってもらってね。なんだかよく分からなかったけど、なんか完成しちゃった」
「ものすごく曖昧で不安な上に話が見えてこないんだけど」
「ふむ、じゃあ初めから説明しよう」
あ、遠慮します、と静止をかけようとしたが既に遅く、にとりの演説が始まる。
間に挟まれる裏話はしっかり手帖に走り書きしつつ、要点をまとめた。



防水耐熱耐衝撃、もろもろを兼ね備えて陸海空全対応のカメラを作ろうとしたにとりだったが、このカメラでは三途の川の向こうへ渡れないことに気がつく。
自身の作品に完璧を追求するにとりは、なんとか渡れるように出来ないかと考え調査に出かけた。
三途の川に鉄くずを放り込んでは流されていくそれの様子と消失点を記録し、時に遠投し、時に水切りをして川幅に関係しそうなデータを集めようとしたのである。
だが、しばらく資料が集まったところでこれは自分の手に負えないと悟り、死者から見た三途の川の距離を算出したという八雲藍のところにデータを送り、協力を求めた。
たまたま暇だった八雲藍はなんと協力に応じ、これまた驚いたことに無機物から見た三途の川の距離を算出し、渡る方法を導き出してしまったらしい。
その方法を吟味し、実行可能なスペックを搭載して完成したのが陸(中略)メラなんとかプラス、なんだそうだ。


暇つぶしに何やってるんだあの狐。

「……しかし、人見知りの貴方がそんなところにまで協力を求めるとはね」
「うん、ちょっと迷ったけど他に手段がなかったからね。仕方なかったんでさぁ」
発明に関しては妥協を許さないということか。

「で、具体的にどうすると渡れるのかしら」
「時速云十キロをキープしてサイクロイド曲線を描くように低空を」
「あ、やっぱ良いです」
危ない危ない。油断するとすぐこれだ。
が、兎も角。


「彼岸取材、協力してくれるんですね?」
自然と丁寧な口調になる。取材が楽しみになってきた証拠だ。
「勿論。天狗様の御命令とあれば」
試運転してみたかったしね、という本音が聞こえてきそうだったが、双方利益があるならそれも構うまい。

だがこの時、私はもっと深く考えるべきだったのだ。
リスクマネジメント的な視点で見て、この取材の『是非』を。




数日後、取材当日。
取材と言っても、何も彼岸の者に直接話を聞くわけではない。そもそも、隠れてそんなことをしているのがバレたらどんな恐ろしい罰が待っているかまるで予測がつかない。
あくまで目的は彼岸を観察して適当なところを写真に収めるだけであり、それをもとに当たり障りの無いことで空白をを埋めて記事を発行する予定であった。
申し訳程度に通話機能がついているそうだが、それは非常用である。基本的に、隠密に事を進めるつもりだった。

人それを盗撮と言うのだが、天狗にそんな概念はない。

「よし、ついたよ」
コントローラーを握るはにとり。流石にサイクロイド曲線を正確になぞる等という狂気じみた芸当は文には出来なかったので、貸しを一つ増やして操作も請け負ってもらった。
「これが彼岸ですか…まあ、そこまで別世界という程のものではないですね」
「そうだねぇ。世の中そんなもんじゃないかな」
此岸でカメラからの映像を覗き込む二人。ロゼット状に広がる彼岸花の葉がそこかしこに見られる程度で、それ以外に大きな特徴は周辺に見られない。
「あ、あっちに建物が見えますね。慎重に近づいていってください、くれぐれも誰かに見つからないように」
「あいさ」









五分後。
「何だい、こりゃ」
文の念押しも虚しく。
今日も今日とて仕事をサボリ、のんびりと散歩していた小野塚小町は、上司の家の前でふよふよと不可思議に浮遊する謎の金属物体に出くわした。


『てへ、見つかっちゃった』
『………』
文たちにとっては不幸中の幸いではあるかもしれない。見つかりはしたが、この死神ならば咎められることはないだろう。
当然、幸先悪い展開に文は頭を抱えていたが。



物体のあまりの不思議仕様に肝をひやした小町が鎌を振り下ろそうとしたとき、遮るように物体から声が聞こえてきた。
『小町さん、聞こえますか。私です』
「うわ、喋った。その声は…ブームくん?」
『誰ですか。文です、清く正しい新聞記者の』
「ああ、あの鴉天狗か。このガラクタから声が出ているのかい?」
『ガラクタじゃないよ!』
マイクを文から奪い取ったにとりが叫ぶ。
以下、不毛なやりとりがしばらく続いた。


「…で、一体どうしてこんな場所に?」
『暗転』
「せめてしかじか、位言ってくれないかねぇ」
『この件はどうか内密にお願いします。こちらとしても荒事は起こしたくないですし、あまり深入りせずに帰りますので』
「まあ、それならあたいはいいけどさ。見つからずになんてそう上手くいかないだろう? 見つかった時の対策はないのかい?」
『あるよ、当然』
『え、にとりさん何ですかそれ。初耳なんですが』
見事に連携の取れていない二人に呆れ、小町は溜息をつく。面倒事にならないように、音声に気づいていない振りをしてさっさと壊しておいた方が良かったかもしれない。

「まあいいさ。一応成功を祈ってるよ」
小町は再び散歩に戻ろうとして踵を返した。
後ろから天狗たちの声がまだ聞こえてくる。

『あれ、何やってるんですか』
『あら椛。貴方も見てみる? 彼岸が見えるのよ』
どうやらレンズの向こう側に一人増えたらしい。
『え? あ、本当だ。死神が見える』
『凄いでしょ。私が作ったのさ』
『それは良いけど…向こうから誰かくるよ』
『え』
小町が顔を上げると、すぐそこの曲がり角を歩いてくる上司が見える。
反射的に小町は逃げ腰になったが、思い直して安心する。天狗たちには悪いが、あまり大事にならないうちに映姫様になんとかしてもらえばいいか。

『ほら、閻魔様』
『ひゅい!?』

冥土の土産にと、天狗に労いの言葉をかけてやろうと思い小町は振り向く。
河童の『うりゃ!』という掛け声が聞こえたかと思うと、目の前の物体がカチリと音をたてた。
嫌な予感がして小町は後退る。








上司の家が爆発した。

「ちょ」








―――――――――――――



「…成程、事情は大体分かりました」
「はい」
小町は正座で首をうなだれたまま動かない。

ちなみにこの頃此岸妖怪の山では、
「なんでいきなり爆発するんですかにとりさん! 収集つかないですよこれ!」
「だって驚いたんだもん! 口を割らされる前に自ら死を選ぶのがジャパニーズニンジャの最期なんだよ!?」
などといった口論が繰り広げられていたが、当然小町たちには聞こえていなかった。

「貴方には排除しなければならない危険因子を看過した罪があります。ただ、そうしなかったところでどちらにしろこれは爆発し、私の家は崩れていたでしょう」
「はい」
「よって私の家が壊れたことに関しては、貴方に責任を問いません」
映姫がここまで冷静な判断を下せたのは、自身が家というものをぞんざいに考えた途端自宅が爆発したのを見て、混乱や怒りよりも先に呆れと自省の念が出てしまったことによる。
「…小町? 大丈夫ですか?」
返事がない小町の顔をのぞき込む。
「ああすみません、大丈夫です…ちょっとショックがでかくて」
ハハハと自嘲気味に乾いた笑いを漏らす小町。
確かに、自分の目の前で上司の家が爆発したらそれはなかなかに衝撃的かもしれない。映姫はほんの少しだけ小町に同情した。

「さて、では看過の罪の方の罰を与えましょうか」
「はい、なんでございましょう」
「大方予想がついているでしょうに。今晩、泊めていただけますか」
小町は二つ返事で了承した。普段が活発なだけに、静かで暗くなった小町の姿が余計哀れに見えたが仕方が無いだろう。
後は是非曲直庁に連絡して早急に自宅の再建(もはや修築と呼べる規模ではない)を頼まなければならない、とそこまで考えて映姫ははたと気づく。

つい反射的に(小町に与える罰としても丁度良かったので)寝床を確保してしまったが、よく考えてみたら、今日こそ野宿が出来る日だったのではないか。
到底巡り会えない機会をみすみす逃してしまったことに映姫は軽い自己嫌悪に陥る。だが、過ぎた事はもう仕方がない。
元より、ふと思いついただけの些細な願望である。叶わなかったところで痛くも痒くもない。
……そう割り切るつもりだったが、それで納得出来ていない自分もいることに映姫は気がついていた。



つい反射的に(罪は罪だし)映姫の泊まりを了承してしまったが、代替案を提示しなかったことを小町はすぐに後悔した。

やっべ、明日寝坊できないじゃん。





部屋を片付けるんでちょっと待っててください、と言ってしばらく外に立たされ10分程待たされたこと以外、特に何事もなく映姫は小町の家に迎えられた。
待っていた時に家から聞こえてきた轟音を考えるととても元が片付いていたとは考えにくいのだが、映姫が入ったときには家の中は綺麗に片付いていた。
家のどこかにまとめて荷物を詰め込んだ「やばい、深淵の裏側<カオスゾーン>だ!」があることは予想出来たが、変に詮索して地雷を踏むのも嫌なので深入りはせずにしておいた。



夜。
欲というものの罪深さを、映姫は再認していた。
記憶がどんどん鮮明になっていくかのような錯覚を覚える。それは記憶ではなく、想像による補完なのだということも分かっているのに。
だが、空のイメージは消し去ることが出来ないほどにリアルなものになっていた。

一度逃してしまったからだろう。
始めから事がなかったことにすれば損などしているはずもないのに、無償で得られるものを掴み損ねただけで物足りない気分になってしまう。
野宿―――空への想いは、放っておけば翌日の仕事に支障が出る程に大きくなっていた。

隣で小町が小さく寝息を立てている。まだ寝付けない自分と見比べて、映姫は自身の浅ましさを憎む。
まるで道化だ、と思いながら布団を抜け出し、服を着替える。
なるべく音を立てないように、家の扉を静かに開けた。

小町の家は三途の川に近い。逆に、是非曲直庁からは少し離れている。
だから外にいても同僚に見られることはまずないだろう、という心算があったかどうかは分からない。
映姫自身どうするつもりなのか分からなかったが、とにかく夜風に当たりたかった。

風は身を裂くように冷たい。ただの人間なら、一晩放っておけば凍死してしまう温度だろう。
帽子の位置を整えながら、映姫は顔をあげる。





満天の星空が、そこに広がっていた。

その光景を見た映姫ははじけたように目を見開き、両手を胸に当てる。
そしてゆっくりと目を閉じ、明るい闇に耳を澄ませた。
その表情は何かを悟ったかのように穏やかで。


彼女はそのまま、直立不動で意識を手放した。




―――――――――――――



翌朝小町がのそのそと起きだすと、隣で寝ていたはずの上司の姿が見当たらない。
慌てて時計を確認すると、小町は死を覚悟した。

身支度を簡単に整えた後、寝室からそーっと首を出して居間を覗く。
「映姫様ー…?」
返事はない。先に出勤してしまったのだろうか、と思い家の外をちらりと見る。
そこには、こちらに背を向けて威風堂々と立つ(小町ビジョン)映姫の姿があった。
(うわ、果てしなくやばい予感がする)
あまりにも自分が規律に不真面目だから遂に引導を渡されるのだろうか、と小町は思った。
普段なら、遅刻やミスを見咎めたらノータイムで説教を始める上司である。
それが何も言わず無言で自分が起きてくるのを待っている。その異常のあまりの恐ろしさに小町は身震いした。

しかし、この場でしらばっくれて逃げ出す程の度胸があるわけでもない。小町は怖ず怖ずと外に出て、映姫の背後で膝をつき断罪の時を待った。


実際は、映姫は立ったまま寝ているだけである。
はたから見るとかなり滑稽な図柄だった。



朝の日差しが眩しい。
映姫はぼんやりと覚醒すると、少ししてからはっと腕時計に目をやった。
出勤時間をわずかに過ぎている。
慌てて後ろに踵を返そうとしたが、足がうまく回らない。
それも当然といえば当然だ。なにせ、一晩立ったまま眠っていたのだから足が鉄のように固くなってしまっても不思議ではない。
振り返りはしたものの、足をもつらせて倒れそうになる。
「あ―――」
そのときになってようやく、映姫は目の前に正座して頭を下げている小町の姿を認めた。
「っと、小、町?」
「はい!」
意を決したかのように、精悍な顔で頭を上げる小町。



その眉間に、映姫の膝が食い込んだ。
「みぎゃ」





「いやー、いきなり膝蹴りが飛んでくるとは思いませんでしたね。あはは」
お互いひとしきり誤った(もとい、謝った)後、少し遅くなってしまった朝食を二人で囲む。
小町は、自分が怒っていたと勘違いしている。それを映姫は理解していたが、「実は寝てたんですよー」と真実を教えるメリットは何一つなかったので、誤解はそのままにしておいた。
小町も罰を受け終えたと思っているのか、やたら爽やかな表情なので結果的に双方が気持ちよく和解したということにしておこう。


映姫は、今朝の目覚めを思い出す。
目を開けて自分はまず腕時計を見ていた。少し顔を上げれば飛び込んできたはずの空ではなく、だ。
そのことを思ったとき、しかし彼女はそれを悲しいこととは感じなかった。
むしろ反対である。彼女は、その出来事に何故か安心していた。
この空は今の自分には不要―――そんな気丈なことを思ったわけではない。

気がついたのだ。
空は今も、変わらずそばにあるのだと。

地蔵であった頃と、閻魔である今。
どうして空が、自分とは遠い場所に行ってしまったように感じてしまったのか。
それは、自分自身が空を遠ざけていたということに他ならない。

でも、もう大丈夫。
彼女は、あの頃の記憶を取り戻した。


それだけで、彼女は胸のつかえがとれたような気がしていた。



―――――――――――――



「ところで映姫様、そんなにゆっくり食べてていいんですか? もう出勤時間過ぎてますけど」
出勤時間、という言葉にもいまいち反応が薄い映姫を見て小町ははっとする。
「…まさか映姫様、今の仕事に…」
小町がゴクリと息を呑む。
「飽きた」
「小町」
「10kg4000円から」
「違います」
ピシャリと否定して、溜息をつく。
気を取り直してから、映姫は笑顔をつくった。
「今日は有給にします。貴方も、まずやらなきゃいけない仕事が残っているでしょう?」
はて、と小町が首を傾げる。

こんなにも清々しい朝をプレゼントしてくれたのだ。そのセッティングをした者たちには、たっぷりと礼をしなければならない。
映姫は菩薩のように慈愛に満ちた声色で、行き先を告げた。

「妖怪の山に、連れていってくださいな」






―――数刻後、妖怪の山。

ボロ布と化した服をまとった河童と天狗が一匹ずつ、満身創痍でそこに転がっていた。


「……ねぇ天狗様」
仰向けに寝転がったまま、にとりが声を掛ける。
「何でしょう」
「閻魔様、裁判所は情報をオープンにしてるから、正面から礼儀正しく来れば答えられる範囲内で取材も受け付ける、って言ってたけど」
文がビクンと反応する。
「私は初めて知ったんだけど、天狗様も知らなかったのかい?」
しばらくの沈黙の後、何かの呪詛のように文が低い声で呟く。
「あの閻魔に会うのが嫌だからに決まってるでしょう」
「あ、そう」
質問の直接の答えになっていなかったが、にとりは意図を汲み取った。


ふたりとも転がったままの状態で数分が過ぎた頃に、一陣の風と共に文とは別の鴉天狗―――姫海棠はたてが舞い降りてきた。
「おーい、文ー! 特ダネよ! 特ダネが取れたわ!」
その場に合わない快活な声に不機嫌を顕にして、文が振り返る。
「なんだ、はたてか。どうしたのよ」
はたては文の様子も気にせず、輝かしい笑顔を見せた。













「彼岸念写出来た!」
「解せぬ」
椛「捉えられまい(ナギッ」


――――――――――

どうもこんにちは、軟骨魚類です。
投稿は二回目ですが挨拶は初めてな気がしてきました。
前回の反省を活かして話を膨らましたら、今度は綺麗にまとまってるか不安になってきました。
映姫様が元地蔵、っていう設定を頑張って活かそうとしただけなんですけどねぇ。
とりあえず、何でも爆発させればいいってもんじゃないと思います。
多分これからもジャンルのよく分からない拙い作品を投稿することがあるかと思いますので、その時はまたよろしくお願いします。

追記:
>>8
ありがとうございます、訂正しました。お恥ずかしい限り。
軟骨魚類
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コメント



0.1480簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
作品中で爆発するじゃなくて頭の思いを爆発させるといいよ

文「私の動きは人間では捕らえられません」
6.80トミーK削除
自爆はマッドのロマンだよ!!!・・・・二人の苦労は.はたてさんの能力によって実現できる程度になったとさ★
8.100名前が無い程度の能力削除
藍様さすがwオチで吹きました。

あと一つ誤用が。貧欲って欲深いって意味です。
10.100名前が無い程度の能力削除
映姫様、言ってくれれば何日でも泊めてあげるのに!
ベッド一つしか無いけどwww
11.80名前が無い程度の能力削除
こいつは珍しい、小町が説教を食らっていない。
15.90名前が無い程度の能力削除
なんというゴリアテ
16.100名前が無い程度の能力削除
あきたこまち10kg4000円に吹いたwwwww
26.90ずわいがに削除
冷静に面白いww変な気分だよもうwww
29.100名前が無い程度の能力削除
さすが暇つぶしに計算する藍さま、しかし事の顛末まで計算しなかったんだろうか。

朝日を浴びて寝ながら突っ立てる映姫様と、後ろでいつ語るかのかと今か今かと待つ小町。
想像して吹いたw
31.100名前が無い程度の能力削除
各人結構まともな判断で真っ当に行動してるのになんでこんなカオスになるんだwww
台詞の端々でも大層笑わせていただきました。
34.80deso削除
うん、自爆ボタンは浪漫。
面白かったです。空を求める映姫様がちょっと切ない。
36.100名前が無い程度の能力削除
爆発シーンで、二回とも噴出してしまったw
37.80名前が無い程度の能力削除
えーき様もただの地蔵に戻って思いを馳せたい事も有る