少女は、叩く。
怒りのままに、雲の大地を叩く。
「苛々するわ。ああ、本当に、苛々する! なんなのよ、あの馬鹿の集団は!」
天人は思う。
今日もまた、下界を見て思う。
薄桃色の花の下で、大騒ぎする少女たちを見て、馬鹿らしいと笑う。
「あの中心に地震でも起こしてやろうかしら、ふふ、そうしたらみんな驚くのでしょうね。天人である私の力に恐れ慄くでしょう、そうだわ。それがいい! そう思うでしょう? ねぇ、衣玖?」
そうやって、喚き散らす不機嫌な天人に。
竜宮の使いは、一通の手紙を差し出したのだった。
桃太郎――
むかぁ~し。
むかし。
あるところに。
おじいさんと、おばあさんが住んでいました。
おじいさんは山へ自機増やしに。
おばあさんは川へ弾幕にいきました。
そして、おばあさんが、バシュバシュっと。川へ弾幕を撃ち込んでいると。
大きな桃がどんぶらこ~、どんぶらこ~っと流れてきたので。
慌てておばあさんは。
ミニ八卦炉を構えて――
「……おかしいっ!」
「何だよ、天子、いきなり何怒ってるんだよ」
「そうよ、台本合わせの途中じゃない」
おじいさん役の霊夢と、おばあさん役の魔理沙は台本から顔を上げて、いきなり大声を上げ始めた天子を一瞥する。神社の社務所で春祭りに披露する一風変わった演劇の練習をしていた。それは弾幕と演劇の融合。
『弾幕昔話』。
天子は霊夢たちから直々にその主役にならないかという提案を受け、それを快諾。今日はその初めての打ち合わせというわけだ。
「ありえないから! 昔話って、いきなり『1ボム余裕でした』とか殺伐としてないから!」
「でも、あれだろ。そんなゆっくり流れてくる奴を、ちびちび削るとか、残酷じゃないか」
「一瞬で灰にしても十分残酷だと言っているの。絶対子供向けの劇じゃなくて、黒いコメディ狙ってるでしょう! しかも主役私って、明らかに桃に入ってる役じゃない!」
しかし、二人はにこやかにパタパタっと手を振り、友好的な仕草を見せながら。
『……気づいたか』
「はもるなっ! 良いこと! 天人である私が直々にあなたたちとの演劇に参加してあげようとしているのに、何、その態度は。ああ、嫌だ嫌だ。これだから下々の者は下賎過ぎて。いいわ、こんな地味なところ練習しなくてもばっちりだから飛ばしていくわよ」
「えー、でも練習しといた方がいいと思うぜ」
「そうね、桃を割るシーンは白刃取りの練習をしておかないと危険よ」
「弾幕はっ!? 何故直接攻撃に変わったのっ!?」
うろたえ続ける天子に対し、魔理沙はふっと微笑み。一呼吸おいてから、指差した。
「台本は、刻一刻と変わるものだぜ」
「それってアドリブよね?」
「道筋のない台本ともいうわね」
「台本を作った人泣いてると思うわよ?」
「大丈夫、阿求が自分の本書くついでに、暇つぶしで作った本らしいからな。それをちょっと変えただけだ」
――そんなに暇か、稗田家当主。
天子は名前しか聞いたことのない少女を思い、空を見上げる。
「じゃあ、しょうがないな。天子が霊撃で桃を弾き飛ばして出てきた後から練習するか」
「あれ? でもここから先って登場人物増えるわよ?」
「甘いな、霊夢。こんなこともあろうかと。呼び出し済みだ。隣の部屋でくつろいでもらってる」
「……誰の神社だと思ってるのよ」
一部訂正。
――そんなに暇か、地上生物。
天子が知る限り、確か台本どおりでいけば10人くらい参加する予定だったはず。とは言っても誰が何を担当するかが書かれていないのが怖い。
「それじゃあ、まず、練習の前にきび団子の準備だな」
「小物くらいいいじゃない、それこそ身振り手振りだけでいいのではなくて?」
「一応、あったほうが臨場感あるだろ? ここから鬼ヶ島までは特に弾幕とかないからな。そういう派手な動きのない場面こそ工夫を凝らす必要があるんだ。だから天子には立ってもらって、少し動きながら読んで、私と霊夢が見る。それで小さな訂正を重ねて、最高の演技に仕上げるわけだ」
「……確かに、正論ね。正論なのだけれど」
それでも天子は、納得できずにいた。
もう始まり方がめちゃくちゃだったので、そのきび団子が本来の形をしていない恐れがあったから。もしかしたらその辺の低級妖怪である毛玉を変わりにするとか言い出すんじゃないかと。不安でたまらない。
「じゃあ。決まりだな」
すると、魔理沙は廊下に出て。頬に手を当て。
「おーい、きび団子たのむー」
隣の部屋に聞こえるように言う。おそらく、そこは、出演者の待機部屋兼小道具置き場になっているんだろう。
どんな奇怪な代物が出てくるかと、天子がのどを鳴らして待ち構えていると。
廊下からいくつかの足音が聞こえてきて。
部屋の前で、ぴたり、と止まる。
そして勢い良く入り口が開いた。
「きび団子1役、橙です!」
「きび団子2役、お燐だよ~!」
「きび団子3役、八雲藍だ」
「よし、そこの愚かな人間ども、表出ようか」
廊下から現れたのは。
藍を中心に手を広げたり片足を上げたりしてポーズを取る。
前代未聞の、アクティブすぎるきび団子であった。
「ん? 何か不満か?」
「不満がなかったら精神が異常だと思うのだけれど? とりあえず、どういった選出基準よ!」
「えーっときび団子だろ? それがなかったとしたら、何か丸いもの。丸いって言ったら毛玉、毛玉はもふもふ、もふもふは藍、藍が出るなら橙も、じゃあ猫つながりでお燐も」
「完璧な連想だと感心するけど、どこもおかしくはないわね。魔理沙、恐ろしい子……」
「私はあなたたちの思考回路が恐ろしいわよ! 帰ってもらいなさいよ! その三匹には!」
もっともな天子の訴えであったが、しかし魔理沙は静かに首を横に振る。
そして瞳を閉じて、ぽんっと天子の肩を叩いた。
「台本って言うのはな、そう簡単に変えちゃいけないんだよ」
「……ねえ、いますっごく殴りたい顔が近くにあるんだけど、拳を打ち込んで構わないかしら?」
「……さぁて、冗談はほどほどにしておいてだ」
「こら、逃げるな!」
「まあまあ、二人とも落ち着きなさいって。たぶん天子もわかってるだろうけど、これはね人里にいる人に比較的友好的な妖怪を紹介するための場として使いたいのよ。だから、少々おもしろおかしい改変が施されているわ」
「それが、あれ?」
「そう、それが、あれ」
死体しか運ばないお燐に。
八雲家でしっかり管理されている式二人、確かに安全性は高いように思えるが。
「きび団子役に、違和感を感じない?」
「あれだろ? よく人里のお遊戯会である『お前、木の役ね』とかそういうのだろう? 本番は名札はっとくからバッチリだぜ」
「……妙に説得力あるけど、やっぱり違う気がする」
「まあまあ、気にするなよ。お前が主役なんだから」
主役という、甘美な響きに押され。天子はしぶしぶ頷く。それを合図にしたように何故かきび団子役たちが天子に近寄ってきて。それを見た霊夢はすっと立ち上がり、天子の前へ。
「えっと、ほら天子、おじいさんからきびだんご受け取るシーンだ」
「え、あ、うん。え~っと……ここね。こほんっ! おじいさん、これから鬼ヶ島へ悪い鬼を退治しにいってきます」
「そうかい? じゃあ、このきび団子を受け取っておくれ。きっと何かの役に立つだろう」
「ありがとう、おじいさ――」
と、台詞を続けようとした瞬間。
ずしっ……と、何かが天子の体に圧し掛かる。
というか、本気で潰そうとしているんじゃないか、と思ってしまうほどの重さだ。
「……ねぇ、乗る必要、ないよね? きび団子って普通、背中に襲い掛かってきたりしないよね? 横に並んでるだけでいいよね、演劇的には」
しかし背中に乗ったきび団子たちは答えない。とくにその一番下になった九尾の団子は、嫌がらせのように尻尾で首や脇の下のをくすぐってきたりするという、サドっぷりだ。
おかげで強制的に笑顔にされてしまい。
「楽しそうだからいいか」
「そうね」
「ちょ……っ! あははっっ! だからやめ……っぅ!」
背中に乗ったきび団子三姉妹を背負ったまま、無理やり次の場面に進められてしまう。そこはどうやら一番最初に桃太郎の仲間になるはずの動物が登場するはずで……
早くして欲しいと切実に願う天子の前に呼び出された出演者は。
「狼だ。私は、狼だもの……」
部屋に入ったかと思うと、隅っこで膝を抱えていじけ始めた。
彼女こそ犬役の、犬走 椛……
「さあ、桃太郎! 元気の良い犬だ!」
「どこっ! その元気のいいやつどこよっ!」
「ほら、隅っこにいるだろう? もう元気良く遊びすぎて、ちょっと休憩中の犬が」
「そういう設定なんだ……っていうか犬って言う度、耳が下がっていってない? あ、ほら、肩震えてるし。絶対演技じゃないでしょ?」
「武者震いだな、さすが椛だぜ」
「違うと思うんだけど……、とりあえずあれにきびだんご渡せばいいのね。そしたらこの重みから少しは開放されるのね!」
「なんだよ、ちゃんと台詞を言ってくれないと困るんだが……」
「台本を持つ余裕がないのよ! ほら、渡すからね」
天子はどさっと背中のきび団子たちを下ろし、一息つく。するとその中でも一番大きな九尾の団子がすっと、と椛の側で座る。
「なあ、椛。犬、と呼ばれて悲しいのはわかる。でもそれを乗り越えてこそ一人前の妖怪になれるんだよ」
「藍さんは、ご自分がそういう立場にいるから。そんなことを言うだけ。下っ端の天狗の辛さなどわかるものですか!」
「わかるさ!」
「えっ……」
肩を抱き、身を寄せ合う団子と犬。
そして再びお互いの顔をじっと見つめ。
「私だって最初から器用だったわけではない、何十年も、何百年も。犬畜生と呼ばれた時代だってあったさ」
「藍さん……」
「悔しかったさ。妖狐であることを誇りに思っているのに、そんな名で呼ばれるなんて。だから私は見返した。見返すための努力をしたんだ」
「あの、えぇっと……、おーい、私のきび団子と犬やーい」
「だから、私よりも努力を重ねている椛のことだ。絶対凄い天狗になれるよ」
「私、私っ!」
「ははは、泣かなくてもいいだろう。よし、今日は二人で飲もうじゃないか!」
「はい、藍さん!」
「え……? あの……おーい、おぉぉぉぉぉいっ!」
天子の目の前で、団子を咥えた犬が逃亡。
いや、団子に誘導された犬、というべきか。
きっと、藍のことだから、明日の朝までは椛を返さないだろう。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
残された団子は、無言のままお互いの顔色を探り合い。
天子も気まずそうに、監督兼おばあさんを見た。
おばあさんは、神社の所有者であるおじいさんと協議を重ね。
最終的な結論を導き出す。
「これは、いける!」
「いけるかぁぁぁぁぁああああ! 大事な役消えたでしょう! 味方が、桃太郎の味方が!」
「でも、実際のところ、本物の桃太郎でも犬って役にたたなそうだし、いいんじゃないか?」
「それもそうね、さすが魔理沙。着眼点が違う」
「ずれてるだけとしか思えないんだけど……」
あやまれ、本物の桃太郎の犬に全力であやまれ。
天子が心の中でそう叫んでも、話は続いていく。
監督の命令の元、また団子が天子の背中に乗って、部屋の中をぐるぐると歩く演技を二周ほど繰り返してから。
「そうやって、桃太郎が歩いていると、森に差し掛かります。するとその茂みの中から一匹の猿が出てきました」
霊夢のナレーションの元で、入り口が開かれまた新しい人影が入ってくる。
猿というのだから、やっぱり知能が低いがやってくるもの。
そう決め付けていた天子は、その人影を見て目を丸くした。
「きび団子をくれたら、手伝って差し上げてもかまいませんよ?」
「……猿?」
「猿です」
「キジじゃなく?」
「ええ、間違いなく」
現れたのは、さとりだった。
少し前に出会ったばかりで、あまり親しくもないが。かなり頭のいい妖怪だということは天子も知っている。猿というイメージだと、真っ先に氷の妖精か闇の妖怪が出てきたというのに。
「さっきも言ったでしょう? 妖怪と人間の交流の意味もあるって。ついでに地底との交流もしとくのが吉ってものよ」
「なるほど、それでこの配役ということね。地上人の癖に中々粋なことを考えるじゃないの」
感心しながら演劇を続け、死体運び団子を猿役のさとりに渡す。そしてだいぶ軽くなった足取りで、また部屋の中を二週ほど回ったところで。
また霊夢のナレーションが入る。
「犬に逃げられ、猿だけをお供にした桃太郎は、森を抜け、山に差し掛かります。と、そのとき桃太郎頭上から大きな影が現れました」
再び部屋の扉が勢い良く開き。
黒い翼を持った妖怪が飛び込んでくる。
さとりがここにいる時点で、次に入ってくるキジ役は大体予測はできたが。
「とりっく! おあ! とりーと!」
自身満々で間違いを叫ぶのは想定外であった。
「お空、それ、違う。たぶん違う」
「えっ!? きび団子もらえるんでしょ? お菓子をもらえるってことは今の叫び声じゃないの?」
「惜しいんだけどねぇ」
「そっかー、惜しかったかぁ」
しかし、心を読める猿の持つ死体運び団子から指摘を受け、残念そうに頭を垂らしてから、悔しそうにばさっと大きく羽を動かした。
「お空、地霊殿でも教えたでしょう? 演技をするの。本物の団子が出てくるわけじゃないの」
「あれ? そうでしたっけ?」
「そうそう、ほら団子役の化け猫さんを背負うんだよ」
「ん、わかった!」
そういって、化け猫団子を背負ったお空は満足そうに微笑んで。
「で、練習が終わったら化け猫さん食べていいんだよね? 団子の代わりに」
その瞬間、橙が必死に抵抗して空から逃げ出そうとしたのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇
「ついに、最後の場面ね」
「ああ、なかなか大作になりそうだな」
「誰が複雑にしてると思ってるのよ! 誰が!」
結局、橙が逃げてしまったので。
地霊殿の三人組と、天子、そして霊夢と魔理沙だけが部屋に残った。
それでも練習は続行らしい。
舞台はとうとうクライマックス、鬼との戦いを残すのみとなっていた。
「ここからは弾幕勝負を想定した演劇になるから、あ、でも、今は練習だから使っちゃだめよ。一応台詞を言いながらゆっくり動いてみましょうか」
「一番危険な要素が仲間にいる場合はどうすればいいのかしら……」
「がんばれ、桃太郎! 負けるな、桃太郎!」
「黙れ、おばあさん!」
天子はそうやって魔理沙を怒鳴りつけてから、自分の斜め後ろを振り返る。そこには次に何が始まるのかと目を輝かせるお空がいた。
絶対何かの遊びとしか考えていないやつが。
「まあまあ、とりあえず話しを続けようじゃないか」
「そうね、神社壊れたらまた直してもらうし」
この二人も壊れること前提で話を進めているのだから恐ろしい。
何はともあれ、鬼ヶ島に上陸した演技からスタート。
空から飛び降り、額に手を当ててきょろきょろと周囲を見渡す。そうやって気配を探っていると。
「ももろろーだ!」
「桃太郎がきたよ!」
チルノと大妖精が廊下をすっと通りながら、大声で叫んで逃げていく。
約一名、奇妙な名を呼んでいるが、天子は聞かなかったことにした。
きっと出番これだけなんだろうな、と。
同情の念が先に出てしまったから。
そうやって天子が立ち尽くしていると。
いきなり、部屋の中だというのに紅い霧が足元を覆っていく。
こんな芸当ができるのは、疎と密を操る鬼か。
「ふふふふ、家畜2匹と天人が一人、そしてきび団子が一個。それでこの私の前に立とうとは。なんと愚かしいことか」
「くすくす、違うわ、お姉様。『私たち』の間違いでしょう?」
体の一部を霧状にできる。
吸血『鬼』しかいない。
「異国の鬼か! この桃太郎、誰が相手でも負けはせぬ!」
二人の紅い霧を生み出す吸血鬼。
レミリア・スカーレットと。
フランドール・スカーレット。
強大な力を持つ妖怪に、天子は腰から剣を引き抜いて――
「ふーん、で、本番では、お空とさとりが二人と戦うわけね」
いきなり素に戻る。
「あ、ちょっと! 真剣にやりなさい」
「そうだよ。せっかく出番がきたっていうのに!」
天井近くで雰囲気を出しながら浮かんでいた鬼役こと、スカーレット姉妹は当然ご機嫌斜め。練習用の木刀を腰に戻す天子を指差しながら、非難の声を上げていた。
「だって、あの二人って私と戦わないんでしょう? ねえ?」
「確かにそうなんだが、もうちょっと雰囲気を出してやってもばちはあたらないと思うぞ」
「お子様の相手なんてしてられないわ。それに、お空とさとりの見せ場なんでしょ? 疲れたから少し休ませてよ」
「仕方ないな。じゃあ、桃太郎のお供と、鬼の姉妹の戦いだな。その前後の台詞と動作を練習するか」
「はーい!」
前に出て、部屋の中央へと動く魔理沙と。
それと入れ替わるように壁際へと移動した天子は、壁に体を預け。どすんっとしりもちをつくように畳の上に座る。
「どうしたの? だらしないじゃない?」
壁を背にして立っていた霊夢は、その音に驚き思わず声を掛けていた。天子はそんな巫女を見上げ、ジト目を向ける。
「あのね、無理やり三人背負わされたのよ。三人! 疲れないほうがおかしいわ!」
「頑丈なんでしょ? 天人様は♪」
「限度があるわよ!」
そうやって二人が話し合いながら視線を前に移せば、どうやら戦いの前向上が終わり、個人戦に突入するところだった。しかし、何故かレミリアが魔理沙に不満を訴えているようで中々話がまとまっていないようだ。
「何しているの、あれ?」
「んー、聞こえてくる声と身振りからして弾幕勝負をする相手を変えて欲しいって言ってるみたいね。レミリアはさとりとお団子役のお燐の相手をするよりも、お空とやり合いたいと。でもフランドールもそれを譲らない。そんなところかしら?」
「へぇ、やはり二対一となると危険だからやりたくない、懸命な判断でしょうね」
「そうね、二よりも一の方が桁違いだからね」
すると天子は『アレのどこが』と言いたそうに指差し、再び霊夢を見上げた。
「あの単純な思考なら簡単に打ちのめせそうなのに」
「確かにあの口から出てくる言葉はどこか抜けているとしても、戦いの素質が抜けているとは限らないってこと。それに、あの子の力の源は太陽を表す神様に近い妖怪らしいから。吸血鬼って種族からして苦手なのよ」
「それで、妹にはやらせたくない、と。素敵なお姉様だこと」
「そもそも、手加減できるかがどうかが怪しいからね、あの子。無差別広範囲弾幕とか持ってるから」
「それって味方も敵も関係なしってことではなくて?」
「大当たり、でも気持ちいいくらい力の弾幕が見られるわよ、魔理沙が舌を巻くほどの」
弾幕の戦法としては、その美しさで相手を見惚れさせる方法と。
力技で相手を追い詰める方法。
もしくは、相手の回避すら計算し、押さえ込む方法。
大きく分けて三つがある。
そして、お空の戦い方は、基本的に相手に向かって打ち続けるだけという。単純な戦法。しかしその力がほぼ無尽蔵であるから、息切れはしないし。段々と本能で相手の動きを察するようになる。巫女に似た直感とでもいうか、本能で動きを知る。
「ま、弾幕勝負のルールの中なら、誰にも負ける気はしないけどね」
「え? 天人である私にも勝てると?」
「当然でしょ、歴史が違うのよ、歴史が」
「寿命100もいかない若造が良く言うわ」
「ま、自信があるならいつでもいらっしゃい。賽銭持ってね」
「ふん、なんで私がいちいち地上の世界へ下りないといけないのかしら。今回はあなたの依頼があったからわざわざ出向いてあげただけ。私と会いたければまた文書の一枚でも持ってくることね」
不敵な態度で片手を上げ、挑発するように指先で霊夢を誘う。けれどその仕草に怒るどころか軽く受け流して、片目を閉じて腕を組む。
「天界って広い世界なのに、そんな狭くなるんだ。片目程度の広さじゃ、空を飛ぶのも苦労するわね」
「なんのことよ?」
「ん、私は天人に向いてないなって思って、そんな堅苦しい考え方してるだけで面倒だし、無駄な時間だし。その時間をお茶かお酒に使ったほうが有意義ってものよ」
「……小賢しいことをいうのね。本当に中途半端に知識のある馬鹿は困る」
「そ、お互い馬鹿だから平行線、それが嫌なら。ちょっとくらい跳んでみなさいな。転んだら自己責任ってことで」
「ふん、馬鹿馬鹿しい、こんなくだらない話し合いのうちに、劇の台詞でも暗記しておくことね」
そう言って立ち上がると、服をぱんぱんっと叩いて魔理沙の方へ。
ちょうどそこでは、最後の場面が終わり。
勝ち鬨を上げる地霊殿の三人の横で。
レミリアとフランドールが棒読みで『うーー』『わーー』と叫んでいるところだった。
◇ ◇ ◇
「ふふふ、どうだったかしら。私のすべてを魅了してしまうかのような演技。魅入ってしまって声がなかったかもしれないけれど」
「そうね、凄かったわね、このダイコン役者。『おろされないように』気をつけなさいよ」
「な、なんだとぅ!」
「あはは、駄目ねぇお姉さまは」
「そうね、姉妹そろって肌の色に似た野菜なんてね」
「な、なんですって!」
そんな外野のやり取りを聞きながら、天子は部屋の中央に立つ。
木刀を抜き、正眼に構えて何もない空間を睨み付ける。
「ねえ、本当にここからスタートなわけ。入り口向いてた方がよくない?」
「大丈夫だって、ちゃーんと鬼出てくるから。それにもう、おまえの目の前にいるぜ?」
「え?」
魔理沙が言うが早いか。
室内だというのにいきなり突風が吹き荒れて。色のついた薄い霧が廊下から流れ込み一箇所に集まっていく。
その風が収まり、部屋の中が平穏を取り戻した後には。
「やあやあ、よくきたね『桃太郎』私の鬼ヶ島へようこそ」
瓢箪を持った小さな鬼。
伊吹萃香。
頭に生えた二本の角を除けば、愛らしい少女であるのだが。やろうと思えば妖怪の山を崩せると豪語するとんでもない輩である。桃太郎、という物語の設定上、必ず鬼の親玉として出てくるだろうと思った天子の予想は大当たり。
しかし、弾幕勝負をしなければいけない相手としては最悪の部類である。
「やあやあ、我こそは、桃から生まれた天界一の桃太郎。恐れぬのなら掛かって来るがいい。一人残らず退治してくれよう!」
しかし、天子が起こした異変の後で、たまに天界にお酒の飲みにくるため顔見知りであり。しかも演劇という場で練習中。さらに言うなら神社の建物の中である。さすがにこの状況で全力を出すなんて、まずありえない。
と、薄っすらと笑みさえ浮かべて天子が構えていると。
何か木刀を握る手に衝撃が走って、半ばから折れた木刀と。
「まずは、一発!!」
唸りを上げる鉄球が天子の顔の真横を通り過ぎた。それはそのまま、勢いを緩めることなく。
障子を易々と貫通し、破壊する。
狙われたのが顔でなければ、咄嗟に反応することすらできない速度であったことからして。
これは明らかに、本気である。
「ちょぉぉっとまったぁ!」
「勝負事に待ったがあるわけないだろう! 鬼に勝負を挑んだんだ! 命の一つや二つ、覚悟することだね」
遊びでも、勝負事を挑まれると本気になる。
そんな厄介な性格の種族、純粋な鬼。
萃香はもう、ノリノリで瓢箪を回し始めるが。
鬼の力で回していたそれが、ぱしっと誰かに軽く受け止められる。
さらには鬼の誇りである角を、無遠慮にぐっと掴むときたもんだ。
萃香は静かな怒りを瞳に燃やし、角を掴む相手を振り返った。
「へぇ、鬼の角を掴んで勝負の邪魔をするとはね? あんたも覚悟できて――」
「ふーん、覚悟できてるのね、萃香? 室内で暴れるなって何回言ったっけ? 今度やったら、どうするって言ってたっけ?」
「……れ、霊夢ぅっ! あ、痛いっ痛いってば! やめる! 暴れるのやめるから!」
「二言はない?」
「鬼は嘘吐けないからっ!」
「そ、じゃあ、ゆっくり練習することね」
そう言って、角と瓢箪を離すと、すたすたと元の位置へ。
なぜか、さっきよりも大人しくなったスカーレット姉妹のところへと戻っていく。
「……大人しく練習したほうがお互いのためではないかしら?」
「……うん」
天子の提案を受けた萃香は、そそくさと自分用の台本を取り出したのだった。
その後はというと実に順調で。
中盤の天子が萃香と一進一退の攻防をするところなんて、完璧と言ってもいい出来だった。その手から弾幕が放たれるのを錯覚してしまうほど。流れるような動きで攻守を入れ替えていく。
そしてとうとう……
「くっ、馬鹿なっ!」
萃香ががくりっと膝を折る。
あくまでも演技であり、実際のところまったく怪我もないし、力も失っていない。それでも霊夢の目が厳しく光るので、仕方なく演技を続けた。
「ここまでのようね! しかし鬼よ! あなたが今まで村から奪った大切な宝を返し、もう人を襲わないと言うのなら、その命を奪うことはしない!」
「わかりました……そのようにいたしますぅ……」
畳の上で、よよよ、と泣き崩れる萃香と、満足そうに頷く天子。
そんな中で幕が下がるイメージで……
「よし、まあ、一回目からこれだけできれば――」
魔理沙はぱちぱちっと手を叩きながら二人に近づき。
演劇の練習の終了を宣言しようと声を上げるが。
「お待ちなさい!」
「うふふ、そうは問屋が下ろさないってところかしらね」
隙間が開き、二人の女性がその場に身を躍らせた。
顔に鬼の面を載せた、八雲家の主によく似た人物と。
鬼の面を首から下げた、白玉楼の主によくに似た人物――
「紫鬼」
「幽々鬼」
そんな二人が扇子を握り、舞を踊るような足の運びで萃香の側にやってきて。
「見」「ざぁん♪」
扇子を体の前に構え、日本舞踊のしめに似た格好で決める。
確かに、確かに動きは優雅であるのだが。
それ以前に、彼女たち二人の目的がまったくわからない。もういきなり、意味不明な態度を取られて、あの萃香ですら若干ひいていた。
そんな誰も何も言えないような、重苦しい空気の中。
異質な二体の生命体に、家主である霊夢が天子の横に並んで接触を試みる。
人類のファーストコンタクトである。
「……お面かぶって何してるのよ、紫」
「何を言っているのかしら、博麗の巫女さん? 私は紫鬼。もっと物語を華やかにするための案を持ってきただけの、通りすがりの鬼ですわ」
「はいはい、わかった。わかったから……それに、そっちの。もう、お面顔から外しちゃってるし、隠す気ないでしょ?」
「あら? だって、息苦しいんだもの」
「亡霊が言う台詞かしら?」
「あら手厳しい。亡霊だって生きているのよ?」
「明らかに死んでるわよ」
とりあえず、霊夢の勇気ある一歩のおかげで二人がなぜここに来たか。
目的はいまいちはっきりしないが。
ここにいる理由だけは、全員が理解していた。
きっと暇なんだな、と。
霊夢が話し掛けたことで、その場の空気が少し緩んだ。
しかし、そのせいで。犬猿の仲とも言える二人が顔を合わせることになってしまう。
「こんなのが賢者なんて、やっぱり地上はたかが知れてるわね」
「あらあら、これはこれは。天人の才女様もいらっしゃいましたか。あまりに小物臭が漂っているせいで妖精か何かかと思ってしまいましたわ、ごめんあそばせ」
「おほほほ」
「うふふふ」
お互いに、視線で火花を散らし合い。
思考を高速回転させながら、次なる皮肉を考え合う。
そんな中で。
天子の中に、あるフレーズが思い浮かんだ。
それは、その場の誰もがとっさに思いついたけれど。
絶対に口に出してはいけないと察したこと。
それなのに天子は、胸を張り。
蔑んだ瞳を二人の淑女に向けて。
「ふふん、何よ。その格好。鬼ばばぁって言って欲しいわけ――」
「反魂蝶、八部咲♪」
「弾幕結界♪」
「え、ちょ、いきなり全開とかぁぁぁぁぁぁぁぁああ!」
天子は、星になった。
なんか物凄い量の密度の弾幕にやられて。
障子ごと天高く、空へと舞い上がった。
キジも鳴かずば撃たれまい。
天子も言わねば撃たれまい。
『むちゃしやがって』と、その場にいた者たちは心の中で思い。
されど。
『言ってくれて、ありがとう』と。
青空の下、星になった天子に、感謝の祈りを捧げた。
◇ ◇ ◇
目を明けると、すっかりあたりは暗くなっていた。
全身が痛い。
ほとんど動けない。
そして――
「あ、起きた」
霊夢の顔が、妙に近い。
もう一度体を動かそうとするけれど、やはり痛みで自由にならず。生暖かいものを後頭部に感じながら、覗き込む霊夢を見る。
「何してるわけ?」
「膝枕だけど?」
「なんで?」
「いやぁ、あんた目覚ましたとき誰もいなかったら寂しがるかと思って」
「はぁ? 私が寂しがる? 何をとぼけたこというのかしらね。天界でもずっとそういう生活してるから慣れてる。だから人間みたいに群れていないといけないような、弱い生き物じゃないのよ」
「そうかー、つよいねー、すごいなー、てんしー」
「……ぜんっっっぜんっ伝わってこない」
「伝える気ないもの、当然じゃない」
大の字に寝かされて、薄い毛布までかけられた状況。
背中や腰に感じる柔らかさは、座布団のようで。
しかも、どうやら屋外にいるらしい。
天子の視界の中の、霊夢の顔の後ろ。
その遥か彼方には、星が輝く藍色が広がっていて。
夜空と、霊夢の間には。
綺麗な桜の花があった。
「ほんとはね、演劇の練習の後で花見でもして盛り上がろうと思ったのに。あんたが無茶なこと口にするから」
「だって、言いたくなるじゃない。あんな格好されたら」
「否定はしない、でも、普通は言わない。天人様の愚かで立派な行為には頭が下がるわね、まったく。おかげで、せっかくの飲み会が中止だもの」
天子のせいで中止になった。
そんな小言をいわれた気がして、さすがにむっと頬を膨らませる。
「ふん、そんなの勝手にやればいいじゃないの」
「勝手にやれるものならやってるけどね、主席の人がいないんじゃね~」
「誰よ、主席って」
「ほら、この人」
そう言って霊夢は右手の指先でこんっと天子の額を叩く。そんな優しい衝撃に天子は目を丸くするが、すぐ目を細めて霊夢を睨みつける。
「はぁ? そんな嘘に騙されるとでも? ありえないわそんなこと」
「まったく、天人は敬えって言ったり、いざ主席って言ってみたら照れるし、面倒な性格してるわねホント」
「な、誰が照れてなんて!」
「永江 衣玖って知ってるでしょ?」
「……衣玖がどうしたのよ」
怒り出そうとしたところで、知った名前を出されて注意をそらされる。
それでも何故その名前が出てきたのかが気になり。それ以上何もしゃべることが出来なくなる。霊夢は『早く何か言え』というような、そんな無言の圧力を感じながら、桜を見上げた。
「その人が言ってたんだけどね、総領娘様って人が寂しそうに地上眺めてるんですって。自分が近づくのがわかると、強がって地震を起こしてやるって言う出すそうなんだけど。離れて物陰から様子を見ると、すっごく羨ましそうに地上を覗くんだって。そのまま落ちてしまいそうなくらい身を乗り出して、じっと。毎日見るんだってさ。お花見でワイワイ騒いでる、そんな陽気な人間たちをね」
「……お節介な竜宮の使いもいたものね」
「だからさ、お花見に誘ってあげて、だって。でも、それだけじゃ味気ないから。昔から予定してた演劇でも一緒に練習してみようかと思ったわけよ。良い気分転換になったでしょう?」
「……そんなこと、ないわよ」
「楽しかったでしょ?」
「ぜんぜんっ」
「地上来て、よかったと思ったでしょ?」
「これっぽっちも」
「そう、それは残念。天界は毎日踊と歌の毎日なんでしょうから、そっちの方が楽しいか」
それから、霊夢も、天子も。
何も語らなくなる。
霊夢は手櫛で綺麗な蒼い髪を梳き。
桜の花びらが舞う、夜空を見上げ続ける。
「……ちょっとだけ」
すると、天子の唇が。
何かを怖がるように、震えた。
それでも確実に、言葉を紡いでいく。
「……いつもより、時間が経つのが早く感じただけよ」
たったそれだけの声を発しただけなのに。
天子は顔を真っ赤にして。
どうだ、と言わんばかりに眼光を強くする。
「じゃあ、今日はもう寝ようか。きっと明日はもっと早く感じるようになるから。丈夫な天人でも耐えられないかもしれないわよ」
「え? なんで?」
「明日やるからよ、今日の花見、できなかった分をね。だからびっくりするほど早く終わるんじゃないかしら」
「ふ、ふんっ! 望むところよ! この比那名居天子、逃げも隠れもしないわ!」
外傷は無いけれど、反魂蝶のせいで弱った。小さな体。
霊夢はそれを両腕で抱え、母屋に準備してあった布団に寝かせる。そして、ゆっくりと掛け布団をかけてやり。子供をあやすように自分もすぐ横の畳に横になって、とん、とん、っと。掛け布団の上から胸を優しく叩く。
「ねえ、霊夢? あの、さ。演劇っていつ発表するのかな…… やっぱり春の終わりには……」
それは、何を思っての発言だったか。
天子本人しかわからない。
純粋に発表する日を聞きたかったのか。
練習が終わる日を。
地上に来る理由のなくなる日を、聞きたかったのか。
「あら、残念。そんなに早く劇団員は逃がさないわよ。公開予定は秋の収穫祭なんだから」
「え? そんな遅いのに、今から練習してるって言うの?」
「そうそう、忙しい天人様は予定があるかもしれないけど。ちゃ~んと、秋まで予定空けておくこと、いいわね?」
「っ! もちろん! もちろんよ!」
「ああもう、無理に起き上がろうとしなくていいから、寝てなさいって」
興奮して掛け布団を押しのけようとする天子に優しく言い聞かせ。
また、とんとんっと。胸の上を叩いてやる。
すると、しばらくして。
天子の瞼が自然と下がり。
「うん、おやすみ……」
「はいはい、おやすみ」
安らかな寝息を立てて、瞳を閉じた。
それを確認してから、霊夢はその場をそっと後にし。
神社のお賽銭箱が置かれている台の上に腰掛けると。
「今日は、泊まるみたい。そっちで適当にいいわけ作っておいてくれる?」
誰もいないはずの屋根に向かって声を出す。
すると、かたんっと何か硬い者が屋根に当たる音がして。
すぐに、消えた。
「まったく、過保護過ぎなのよ。あんたたちは」
霊夢は一人で、そうつぶやき。
大きく伸びをして、自分部屋へと足を向ける。
「さて、秋までに。どれだけ鬼を殺せるかしら」
母屋の一室をちらりと見て、くすくすっと笑いながら。
人は昔。鬼と呼んだ。
疑心暗鬼や。
天邪鬼。
人の心の中にある、黒い、抑えきれない感情。
そんな理解できないモノをすべて。
『鬼』と呼んだ。
また見たいと思うような作品でした。
って、あら?いつの間にか良い話になってる……お、俺は誤魔化されんぞ!?;
しかしあれですね。みんな 暇 なんですねww
たった一人の天人を楽しませてあげられる程度には
後半の楽しい時間の終わりを惜しむ天子の心情によく響いていて素敵でした。
楽しい作品をありがとうございます。
え‥っと、幾つか誤字と思われるものが。間違っていたらごめんなさい。
春祭りに疲労する > 春祭りに披露する
その恥円手の打ち合わせ > その初めての打ち合わせ
歩く演技二週ほど繰り返して > 歩く演技二周ほど繰り返して
「惜しんだけどねぇ」 > 「惜しいんだけどねぇ」または「惜しいのだけどねぇ」
あの萃香ですら若干引いていた。 > あの萃香ですら若干退いていた。