「暇ッ、暇ッ、暇ッ、ヒマーッ!」
朝もやに優しく包まれている幻想郷を起こすような声が今日もこだまする。
声を発したのは巨岩の上にちょこんと座わり不機嫌そうな顔を浮かべる少女、比那名居 天子である。
天界での退屈な日々から脱却するために地上に降りて異常気象による異変を起こし、犯人を突きとめてきた者と戦うことで暇つぶしをしたのは記憶に新しい。
結果的に八雲紫とかいう大妖怪に捕まってきついお灸を据えられてしまったのだが・・・・・・。
それ以来、地上に暇つぶしに来るものの大事を起こせない。起こしてしまったら、また八雲紫に捕まるどころか緋想の剣といった唯一の暇つぶしの道具すら没収されてしまうだろう。
「天界も暇だけど、案外地上も暇なもんね」
座ってるとお尻が痛くなってきたのでコロリとうつぶせになって巨岩から顔を垂らしてみる。
「髪の毛が視界の邪魔だな」
ポツリと呟くと、急にポンっと手を叩き懐から簪を取り出した。
そういえば衣玖から、総領娘様は暴れまわってばかりで髪の毛がボサボサになって見苦しいので髪をまとめなさい、とか言われて渡されたっけな。
気まぐれだけども今日は簪を使ってみようかと思い、不慣れな手つきで髪の毛を留めておいた。
「馬の尻尾みたいになっちゃったけど、まぁいいか」
元の姿勢に戻ると地上をまたぼんやりと眺めてみる。
――ゴスン
鈍い音が空に響く。
振り返ってみると赤髪の誰かが巨岩の上に落ちていた。
「いったいなんなのよ・・・・・・」
暇つぶしは大好きだが、面倒ごとは大嫌いだ。
とりあえず落ちてきた誰かがなんなのか確認をしてみることにした。
こんな上空に浮かんでいる巨岩に落ちてくるのだからそれは人間じゃないのは確実だ。
かといって下界に降りてくる天人なんて私ぐらいだし、残る可能性は妖怪の類ということになる。
少しつっついてみる。
「死んではいないみたいね。ちょっと生きてるんだったら返事しなさい」
「・・・・・・」
返事はないが、ただの屍ではないはずだ。
「ふぅむ、そうね」
もうめんどくさくなってきたのでこのまま巨岩から落として様子を見てみることにした。
村に落ちて案外面白いことになるのかもしれない。
引っ張ってみると結構重い、胸辺りの贅肉が重さの原因ね。まったく憎たらしい。
ずるずると巨岩の端まで引っ張ると片足で支えつつ大空に投げ蹴り飛ばした。
「そぉい!!」
赤髪のそれは一瞬空に舞ったかと思うと、ぐしゃっという痛々しい音と共に顔面から巨岩の側面にぶつかった。
ちゃっかりと巨岩を手で掴んでいるようだった。
「痛たた、映姫様今日の起こし方も実にアグレッシブですね」
「・・・・・・」
「わかってます、わかってますって、いや別にサボってたわけじゃないんですよ? ただ一息入れに地上に行ってただけなんですよ」
「・・・・・・」
「本当ですって! 私が嘘をついたことありますか?」
独りで話を続ける誰かはこちらを振り向きながら話を続けた。
「あら、映姫様。今日はその、なんていうか、いや、今日も可愛らしい姿ですね」
「・・・・・・」
「・・・・・・。一つ言っておくけど、私は映姫とかいう人じゃないわ。比那名居天子、天人よ」
「ですよねー。いやぁ、あたいも最初はなんかおかしいなぁと感じたんだけどさ、いつも映姫様に激しい愛の溢れる起こし方をされてるからついつい今のも映姫様と勘違いしちゃったのよね。ちなみに映姫様ってのはあたいの上司ね」
あはは、と笑いながら髪と胸を揺らし喋っている。
「で、あんたは一体誰なの? 妖怪?」
「あたいは、死神。死神の小野塚小町。三途の河で魂とかを運ぶ仕事をやってる」
「へぇ。そんな死神様がこんなとこで何してんの?」
「休憩を入れてたかな。映姫様にはサボタージュだとか攻めたてられてしょっちゅう説教を食らってるけどね」
「ふーん。あんたって暇人?」
「あたいは忙しいよ! 午前は河原の見張りをして、午後からは三途の川の船頭、夜になったら映姫様の手伝い!」
まぁ、あっちだと午前とか午後とかの時間の感覚はないからわかりやすく例えたんだけど、と小町は付け加えた。
「あっそう」
天子はつまらなさそうに答えて巨岩のふちに足をぶらさげて座った。
実のところ小町が空から巨岩に落ちてきた時、少しは暇つぶしになるかもしれないと期待した。
けれど蓋を開けてみれば、仕事やら何かで忙しい、どうせ彼女もすぐに仕事に戻るのだろう。
そうして自分一人取り残されるんだったらいつものつまらない日常と変わらないじゃない。
ああ、つまんない。
「あんたさぁ、なんでそんなにつまらなそうな顔してんの?」
小町はポリポリと頭を掻きながら近寄ってくると天子と同じ格好で横に腰をかけた。
「・・・・・・」
「あたいの仕事は変わり映えのない仕事でさ、毎日毎日同じことの繰り返しなの。だけど三途の」
「あぁもう! うるさいなッ!」
小町の言葉が終わる前に天子の叫びがさえぎった。
「だから、だからなんなのよ。変わり映えのない仕事? 三途の河? 私の何がわかるっての? 天界で毎日毎日ッ、変化のない日常を延々と見続けることがどんなに苦痛なことかッ!」
いつもなら軽くスルーしてしまうのだが小町といると何故か感情的になってしまった。
「・・・・・・」
「それが何? 仕事? やることあるだけマシじゃない!」
「・・・・・・」
「私はね、暇だから以前大地震の異変を起こしたの。」
「知ってるよ」
「あの時は楽しかったわ。次々と色々な人が来ては弾幕ごっこして遊べたからね。運が良ければ私の神社も持てたかもしれないし。まぁ結果的には八雲紫だとかに負けちゃったけど」
「・・・・・・」
「ほんと、天界がつまらなくて地上に降りてきたってのに地上に降りてきてもこんな日常が続くなんてつまんない。地震のひとつやふたつを起こせばまた面白くなるかしらね」
くつくつと自虐的な笑いを含みながら天子は小町の顔を真っ直ぐに見つめた。
「あんたさぁ、あんたの起こす地震でどれだけの人が危険に晒されるか知ってんの? あたいは死神だし、別に人間が死んだところで同情なんてしない。
けれどそれは死ぬ運命にある人の話。元々死ぬ運命から離れている人間があなたの起こす異変によって死ぬということがどれだけ寂しいことか。
三途の河原では親より早く死んだ子供が来た場合は積み石で塔を完成させない限りいつまでも運んであげれない。楽にしてあげられない。
崩れても崩れても崩れても、完成するまで永遠に」
「へぇ、あんた死神の割りには意外と人間臭いのね。私も死ねたらその河原で積み石やって暇つぶしできるかも」
バシィッ!
ふいに小町から手の甲で頬を叩かれ驚く天子。
「あんたいい加減にしなよ」
「ふーん」
天子は叩かれた頬を撫でながらスッと立ち上がると巨岩の中心の方に歩いていき、巨岩に刺さっていた緋想の剣を引き抜いた。
「ここは幻想郷、それなら今私が言いたいことがわかるんじゃない?」
「スペルカード勝負でシロクロ付けようってこと、か」
「そゆこと」
▼△▼△▼△
「ルールは単純明快、スペルカード及び手持ちの武器使用可ね」
天子はそう話しながら足元に刺しておいた緋想の剣を抜いて、手元でくるりと回した。
巨岩の上での出来事の後、場所を人間の里近くの上空から妖怪の山近くの平原に移動することにしたのだ。
ここならば妖怪の山の近くであるため人が寄り付かなくお互い思う存分に力を発揮できる。
といっても小町の能力は何かわかっていないのだが。
先手を打ったのは天子だった。
両肩の上に要石を出現させるとそれを小町に向けて飛ばす。
二つの要石は愚直なほど直線的に飛んでいく。
――ガリガリガリ
小町は飛んできた要石のひとつは体を揺らして避け、もう片方は両手で構える鎌の柄で押しとどめた。
「ぶっぱじゃ当たらないよ」
柄で止められていた要石は回転が徐々に弱まって回転が止まり、落ちて消えた、
――刹那
同時に走りこんできていた天子は緋想の剣で横に薙ぎ払う。
寸前のところで小町は後ろに跳躍すると、「寂しがり屋の緊縛霊」とポツリと呟き背中の辺りから複数の青白い人魂を呼び出す。
呼び出された人魂はふよふよと一見統率感のないように漂っていたが、それぞれがバラバラではあるが少しずつ確実に天子の方に向かいだした。
「人魂、ねぇ」
天子も後ろに跳ね間合いを切ると、両手を剣に添え左耳の横に水平に構え剣先を小町の方に向けた。
「気符、天啓気象の剣」
緋想の剣に気質が集まり赤く光りだし、最大に輝いた時に天子はニヤリと口元を歪め空を突き、薙ぎ払った。
「・・・・・・っ!」
小町は着地で姿勢を崩し地面に鎌の刃を刺して姿勢を保つ。
体勢を崩したままではあるが小町もすかさずスペルカード宣言をする。
「魂符、生魂流離の鎌」
小町はスペルカードの宣言と同時に、地面に刺さっていた鎌を一気に逆裂袈で振り抜く。
刃が刺さっていた割れ目からは轟音と混ざり合って無数の人魂が噴出し渦巻きながら天子の放った赤き閃光に迫る。
禍々しいほどに人魂が渦巻く衝撃が赤き閃光とぶつかる瞬間、小町は何か違和感を感じた。
そして――
天子の視界から小町は消えた。
同時に今まで天子の周囲を彷徨っていた人魂が爆発する。
元々気を張っていたので反応することができ、爆発には巻き込まれずにすんだ。
そして、赤い気質の塊である閃光は渦巻く人魂と接触すると、中心を食い破るようにして貫通し、小町が本来いたである場所を突き抜けた。
「消え、た?」
天子は爆発の際に眩んだ目を凝らしながら左右をきょろきょろと見回す。
「こっちだよ、っと」
そう呟きながら、小町はまさに忍び寄る死神さながら天子の背後に鎌を構え迫っていた。
「っ!?」
天子は一瞬反応が遅れる。
その一瞬間に小町の一閃が天子の胴体に喰らいつく。
キンッ――
鎌と剣の交差する乾いた音が平原に響く。
天子は背後からの斬撃を右手に持つ剣で止めることはできたが、小町の鎌は獲物、天子の横腹を少しではあるが確実に切っていた。
天子から流れ出る血は鎌を艶やかに染め上げ、滴り落ちて大地を潤わせた。
「なかなかやるね、小町」
「まぁ、一応死神だしね」
お互い武器を交差したまま硬直。
動かないというよりも、動けないと表現する方が正しいだろう。
が、天子は顔をぐいっと後ろに向けると笑いながら言葉を述べた。
「チェックメイト」
小町は一瞬何を言っているのか理解はできなかったが、すぐに体で『理解』した。
ゴゴゴゴゴ――
単純に、そう、地震である。
小町は天子の能力が大地を操る程度だと知ってはいたが、それは緋想の剣を使用した場合の限定能力である。
つまり、緋想の剣を抑えてる今は地震を絶対に起せないはずなのだ、いや、起せない。
それなのに現実は無常にも天子と小町を大地の隆起が襲い、平原と共に大地が喰らっていく。
「なんでッ! 緋想の剣は抑えているから地震は起せないはず、それもこんなに大きな地震は!」
大地の震動で小町がバランスを崩しまいとしてるうちに天子は鎌を弾き空へ跳ねた。
「そうね、地震はたしかに緋想の剣を大地に刺さなければ起せない。だけど、一つだけ方法があるの」
天子は満面の笑みを浮かべながらこう答えた、
「地精の起床。周辺を気質を要石が吸収し、衝撃を与えるもしくは、臨界点を超えた時に爆発的エネルギーをもって地震を起す」
「……」
「気づくのが遅かったみたいね」
天子はくすくすと笑う。
「はっ!? 最初の2つの要石……」
つまりこういうことだった。
最初に天子が小町に向けて放った要石はあくまで囮であったのだ。
2つの要石を放つことで片方は相殺もしくは避けられるはず、それを天子は読んで先制攻撃で2つの要石を放った。
そして、その後に放ったスペルカードの『気符、天啓気象の剣』は周辺一体の気質を素早く一点に集めそれを、避けられ地面に刺さった要石に気質を注入するためだったのだ。
もし2つとも相殺され地面に要石が無い場合はまた弾幕を張る時にさりげなく仕込めばいい、ただそれだけのこと。
「私の勝ちね、小町」
天子は勝ったと思い、勝利宣言をした。
「天子後ろっ!」
「そんな手には乗らないわよ」
天子は古典的な手には乗るわけないじゃないと嘲笑を浮かべ気づいてはいなかった――自分の背後に迫る巨大な石柱を。
「チッ!」
小町は鎌を投げ捨て、2、3呼吸をすると、一瞬にして天子の元まで間を詰めた。
そして天子の腕を強く引っ張り、
――暗転
▼△▼△▼△
二人が平原に来る頃頭上にあった太陽もいつしか妖怪の山にさしかかり、空は茜色に染まって黄昏時を彩っていた。
緑の平原には巨大な隆起がいたる所で起こっており、さながら大地に巨大な石の花が咲いているようだった。
そんな花の中心に転がる二つの影。
「剣と弾幕を交えて本音を語ったし、これであたいとあんたの距離も縮まったかな?」
「・・・・・・」
小町は、よっと腰を上げるとスカートの裾をパンパンとはたいて天子の方に歩きだした。
「あんたは初めて見た時から寂しそうな顔をしすぎなんだよ。なんだか放っておけなくてね」
「・・・・・・、うん」
空を真っ直ぐと見つめた天子の頬に一筋の涙が伝う。
「あたいと友達にならないかい? てんこ」
小町はそう言いながら手をさしのばす。
「うん・・・・・・、うん!」
天子は何度も何度も頷きながら小町の手をとり、握り締めた。
ふいに小町があいてる手の人差し指で空をピンと弾くと天子の目から涙が消えていた。
「心も、想いも、命だって揺れ動くものさ、
後、言い忘れてたけどあたいの能力は『距離を操る程度の能力』なの」
▼△▼△▼△
「まぁ、今日のところはよしとしますか。 ただし、今日一日遊んだ分はきっちり明日働いてもらいますからね」
――空高く天の上から覗く誰かがそう呟いたのを小町は知る由もない。
朝もやに優しく包まれている幻想郷を起こすような声が今日もこだまする。
声を発したのは巨岩の上にちょこんと座わり不機嫌そうな顔を浮かべる少女、比那名居 天子である。
天界での退屈な日々から脱却するために地上に降りて異常気象による異変を起こし、犯人を突きとめてきた者と戦うことで暇つぶしをしたのは記憶に新しい。
結果的に八雲紫とかいう大妖怪に捕まってきついお灸を据えられてしまったのだが・・・・・・。
それ以来、地上に暇つぶしに来るものの大事を起こせない。起こしてしまったら、また八雲紫に捕まるどころか緋想の剣といった唯一の暇つぶしの道具すら没収されてしまうだろう。
「天界も暇だけど、案外地上も暇なもんね」
座ってるとお尻が痛くなってきたのでコロリとうつぶせになって巨岩から顔を垂らしてみる。
「髪の毛が視界の邪魔だな」
ポツリと呟くと、急にポンっと手を叩き懐から簪を取り出した。
そういえば衣玖から、総領娘様は暴れまわってばかりで髪の毛がボサボサになって見苦しいので髪をまとめなさい、とか言われて渡されたっけな。
気まぐれだけども今日は簪を使ってみようかと思い、不慣れな手つきで髪の毛を留めておいた。
「馬の尻尾みたいになっちゃったけど、まぁいいか」
元の姿勢に戻ると地上をまたぼんやりと眺めてみる。
――ゴスン
鈍い音が空に響く。
振り返ってみると赤髪の誰かが巨岩の上に落ちていた。
「いったいなんなのよ・・・・・・」
暇つぶしは大好きだが、面倒ごとは大嫌いだ。
とりあえず落ちてきた誰かがなんなのか確認をしてみることにした。
こんな上空に浮かんでいる巨岩に落ちてくるのだからそれは人間じゃないのは確実だ。
かといって下界に降りてくる天人なんて私ぐらいだし、残る可能性は妖怪の類ということになる。
少しつっついてみる。
「死んではいないみたいね。ちょっと生きてるんだったら返事しなさい」
「・・・・・・」
返事はないが、ただの屍ではないはずだ。
「ふぅむ、そうね」
もうめんどくさくなってきたのでこのまま巨岩から落として様子を見てみることにした。
村に落ちて案外面白いことになるのかもしれない。
引っ張ってみると結構重い、胸辺りの贅肉が重さの原因ね。まったく憎たらしい。
ずるずると巨岩の端まで引っ張ると片足で支えつつ大空に投げ蹴り飛ばした。
「そぉい!!」
赤髪のそれは一瞬空に舞ったかと思うと、ぐしゃっという痛々しい音と共に顔面から巨岩の側面にぶつかった。
ちゃっかりと巨岩を手で掴んでいるようだった。
「痛たた、映姫様今日の起こし方も実にアグレッシブですね」
「・・・・・・」
「わかってます、わかってますって、いや別にサボってたわけじゃないんですよ? ただ一息入れに地上に行ってただけなんですよ」
「・・・・・・」
「本当ですって! 私が嘘をついたことありますか?」
独りで話を続ける誰かはこちらを振り向きながら話を続けた。
「あら、映姫様。今日はその、なんていうか、いや、今日も可愛らしい姿ですね」
「・・・・・・」
「・・・・・・。一つ言っておくけど、私は映姫とかいう人じゃないわ。比那名居天子、天人よ」
「ですよねー。いやぁ、あたいも最初はなんかおかしいなぁと感じたんだけどさ、いつも映姫様に激しい愛の溢れる起こし方をされてるからついつい今のも映姫様と勘違いしちゃったのよね。ちなみに映姫様ってのはあたいの上司ね」
あはは、と笑いながら髪と胸を揺らし喋っている。
「で、あんたは一体誰なの? 妖怪?」
「あたいは、死神。死神の小野塚小町。三途の河で魂とかを運ぶ仕事をやってる」
「へぇ。そんな死神様がこんなとこで何してんの?」
「休憩を入れてたかな。映姫様にはサボタージュだとか攻めたてられてしょっちゅう説教を食らってるけどね」
「ふーん。あんたって暇人?」
「あたいは忙しいよ! 午前は河原の見張りをして、午後からは三途の川の船頭、夜になったら映姫様の手伝い!」
まぁ、あっちだと午前とか午後とかの時間の感覚はないからわかりやすく例えたんだけど、と小町は付け加えた。
「あっそう」
天子はつまらなさそうに答えて巨岩のふちに足をぶらさげて座った。
実のところ小町が空から巨岩に落ちてきた時、少しは暇つぶしになるかもしれないと期待した。
けれど蓋を開けてみれば、仕事やら何かで忙しい、どうせ彼女もすぐに仕事に戻るのだろう。
そうして自分一人取り残されるんだったらいつものつまらない日常と変わらないじゃない。
ああ、つまんない。
「あんたさぁ、なんでそんなにつまらなそうな顔してんの?」
小町はポリポリと頭を掻きながら近寄ってくると天子と同じ格好で横に腰をかけた。
「・・・・・・」
「あたいの仕事は変わり映えのない仕事でさ、毎日毎日同じことの繰り返しなの。だけど三途の」
「あぁもう! うるさいなッ!」
小町の言葉が終わる前に天子の叫びがさえぎった。
「だから、だからなんなのよ。変わり映えのない仕事? 三途の河? 私の何がわかるっての? 天界で毎日毎日ッ、変化のない日常を延々と見続けることがどんなに苦痛なことかッ!」
いつもなら軽くスルーしてしまうのだが小町といると何故か感情的になってしまった。
「・・・・・・」
「それが何? 仕事? やることあるだけマシじゃない!」
「・・・・・・」
「私はね、暇だから以前大地震の異変を起こしたの。」
「知ってるよ」
「あの時は楽しかったわ。次々と色々な人が来ては弾幕ごっこして遊べたからね。運が良ければ私の神社も持てたかもしれないし。まぁ結果的には八雲紫だとかに負けちゃったけど」
「・・・・・・」
「ほんと、天界がつまらなくて地上に降りてきたってのに地上に降りてきてもこんな日常が続くなんてつまんない。地震のひとつやふたつを起こせばまた面白くなるかしらね」
くつくつと自虐的な笑いを含みながら天子は小町の顔を真っ直ぐに見つめた。
「あんたさぁ、あんたの起こす地震でどれだけの人が危険に晒されるか知ってんの? あたいは死神だし、別に人間が死んだところで同情なんてしない。
けれどそれは死ぬ運命にある人の話。元々死ぬ運命から離れている人間があなたの起こす異変によって死ぬということがどれだけ寂しいことか。
三途の河原では親より早く死んだ子供が来た場合は積み石で塔を完成させない限りいつまでも運んであげれない。楽にしてあげられない。
崩れても崩れても崩れても、完成するまで永遠に」
「へぇ、あんた死神の割りには意外と人間臭いのね。私も死ねたらその河原で積み石やって暇つぶしできるかも」
バシィッ!
ふいに小町から手の甲で頬を叩かれ驚く天子。
「あんたいい加減にしなよ」
「ふーん」
天子は叩かれた頬を撫でながらスッと立ち上がると巨岩の中心の方に歩いていき、巨岩に刺さっていた緋想の剣を引き抜いた。
「ここは幻想郷、それなら今私が言いたいことがわかるんじゃない?」
「スペルカード勝負でシロクロ付けようってこと、か」
「そゆこと」
▼△▼△▼△
「ルールは単純明快、スペルカード及び手持ちの武器使用可ね」
天子はそう話しながら足元に刺しておいた緋想の剣を抜いて、手元でくるりと回した。
巨岩の上での出来事の後、場所を人間の里近くの上空から妖怪の山近くの平原に移動することにしたのだ。
ここならば妖怪の山の近くであるため人が寄り付かなくお互い思う存分に力を発揮できる。
といっても小町の能力は何かわかっていないのだが。
先手を打ったのは天子だった。
両肩の上に要石を出現させるとそれを小町に向けて飛ばす。
二つの要石は愚直なほど直線的に飛んでいく。
――ガリガリガリ
小町は飛んできた要石のひとつは体を揺らして避け、もう片方は両手で構える鎌の柄で押しとどめた。
「ぶっぱじゃ当たらないよ」
柄で止められていた要石は回転が徐々に弱まって回転が止まり、落ちて消えた、
――刹那
同時に走りこんできていた天子は緋想の剣で横に薙ぎ払う。
寸前のところで小町は後ろに跳躍すると、「寂しがり屋の緊縛霊」とポツリと呟き背中の辺りから複数の青白い人魂を呼び出す。
呼び出された人魂はふよふよと一見統率感のないように漂っていたが、それぞれがバラバラではあるが少しずつ確実に天子の方に向かいだした。
「人魂、ねぇ」
天子も後ろに跳ね間合いを切ると、両手を剣に添え左耳の横に水平に構え剣先を小町の方に向けた。
「気符、天啓気象の剣」
緋想の剣に気質が集まり赤く光りだし、最大に輝いた時に天子はニヤリと口元を歪め空を突き、薙ぎ払った。
「・・・・・・っ!」
小町は着地で姿勢を崩し地面に鎌の刃を刺して姿勢を保つ。
体勢を崩したままではあるが小町もすかさずスペルカード宣言をする。
「魂符、生魂流離の鎌」
小町はスペルカードの宣言と同時に、地面に刺さっていた鎌を一気に逆裂袈で振り抜く。
刃が刺さっていた割れ目からは轟音と混ざり合って無数の人魂が噴出し渦巻きながら天子の放った赤き閃光に迫る。
禍々しいほどに人魂が渦巻く衝撃が赤き閃光とぶつかる瞬間、小町は何か違和感を感じた。
そして――
天子の視界から小町は消えた。
同時に今まで天子の周囲を彷徨っていた人魂が爆発する。
元々気を張っていたので反応することができ、爆発には巻き込まれずにすんだ。
そして、赤い気質の塊である閃光は渦巻く人魂と接触すると、中心を食い破るようにして貫通し、小町が本来いたである場所を突き抜けた。
「消え、た?」
天子は爆発の際に眩んだ目を凝らしながら左右をきょろきょろと見回す。
「こっちだよ、っと」
そう呟きながら、小町はまさに忍び寄る死神さながら天子の背後に鎌を構え迫っていた。
「っ!?」
天子は一瞬反応が遅れる。
その一瞬間に小町の一閃が天子の胴体に喰らいつく。
キンッ――
鎌と剣の交差する乾いた音が平原に響く。
天子は背後からの斬撃を右手に持つ剣で止めることはできたが、小町の鎌は獲物、天子の横腹を少しではあるが確実に切っていた。
天子から流れ出る血は鎌を艶やかに染め上げ、滴り落ちて大地を潤わせた。
「なかなかやるね、小町」
「まぁ、一応死神だしね」
お互い武器を交差したまま硬直。
動かないというよりも、動けないと表現する方が正しいだろう。
が、天子は顔をぐいっと後ろに向けると笑いながら言葉を述べた。
「チェックメイト」
小町は一瞬何を言っているのか理解はできなかったが、すぐに体で『理解』した。
ゴゴゴゴゴ――
単純に、そう、地震である。
小町は天子の能力が大地を操る程度だと知ってはいたが、それは緋想の剣を使用した場合の限定能力である。
つまり、緋想の剣を抑えてる今は地震を絶対に起せないはずなのだ、いや、起せない。
それなのに現実は無常にも天子と小町を大地の隆起が襲い、平原と共に大地が喰らっていく。
「なんでッ! 緋想の剣は抑えているから地震は起せないはず、それもこんなに大きな地震は!」
大地の震動で小町がバランスを崩しまいとしてるうちに天子は鎌を弾き空へ跳ねた。
「そうね、地震はたしかに緋想の剣を大地に刺さなければ起せない。だけど、一つだけ方法があるの」
天子は満面の笑みを浮かべながらこう答えた、
「地精の起床。周辺を気質を要石が吸収し、衝撃を与えるもしくは、臨界点を超えた時に爆発的エネルギーをもって地震を起す」
「……」
「気づくのが遅かったみたいね」
天子はくすくすと笑う。
「はっ!? 最初の2つの要石……」
つまりこういうことだった。
最初に天子が小町に向けて放った要石はあくまで囮であったのだ。
2つの要石を放つことで片方は相殺もしくは避けられるはず、それを天子は読んで先制攻撃で2つの要石を放った。
そして、その後に放ったスペルカードの『気符、天啓気象の剣』は周辺一体の気質を素早く一点に集めそれを、避けられ地面に刺さった要石に気質を注入するためだったのだ。
もし2つとも相殺され地面に要石が無い場合はまた弾幕を張る時にさりげなく仕込めばいい、ただそれだけのこと。
「私の勝ちね、小町」
天子は勝ったと思い、勝利宣言をした。
「天子後ろっ!」
「そんな手には乗らないわよ」
天子は古典的な手には乗るわけないじゃないと嘲笑を浮かべ気づいてはいなかった――自分の背後に迫る巨大な石柱を。
「チッ!」
小町は鎌を投げ捨て、2、3呼吸をすると、一瞬にして天子の元まで間を詰めた。
そして天子の腕を強く引っ張り、
――暗転
▼△▼△▼△
二人が平原に来る頃頭上にあった太陽もいつしか妖怪の山にさしかかり、空は茜色に染まって黄昏時を彩っていた。
緑の平原には巨大な隆起がいたる所で起こっており、さながら大地に巨大な石の花が咲いているようだった。
そんな花の中心に転がる二つの影。
「剣と弾幕を交えて本音を語ったし、これであたいとあんたの距離も縮まったかな?」
「・・・・・・」
小町は、よっと腰を上げるとスカートの裾をパンパンとはたいて天子の方に歩きだした。
「あんたは初めて見た時から寂しそうな顔をしすぎなんだよ。なんだか放っておけなくてね」
「・・・・・・、うん」
空を真っ直ぐと見つめた天子の頬に一筋の涙が伝う。
「あたいと友達にならないかい? てんこ」
小町はそう言いながら手をさしのばす。
「うん・・・・・・、うん!」
天子は何度も何度も頷きながら小町の手をとり、握り締めた。
ふいに小町があいてる手の人差し指で空をピンと弾くと天子の目から涙が消えていた。
「心も、想いも、命だって揺れ動くものさ、
後、言い忘れてたけどあたいの能力は『距離を操る程度の能力』なの」
▼△▼△▼△
「まぁ、今日のところはよしとしますか。 ただし、今日一日遊んだ分はきっちり明日働いてもらいますからね」
――空高く天の上から覗く誰かがそう呟いたのを小町は知る由もない。
小町が良いキャラしてますなぁ