幻想郷はそれ全体が巨大な結界の内に存在し、外界とほぼ隔絶されいている。
外界からの干渉の度合としては、外の世界で忘れ去られた物が落ちてくる、あるいは落ちている。それは境界という曖昧な領域の近くで多くが発見され、大抵その使い道は幻想の人間や妖怪には計り知れない。
人間もたまに迷い来るようだが、勝手がわからず妖怪に食われるか、とある妖怪に外へ放り返される程度である。
そんな曖昧な場所に、それを監視、管理する櫓を立てるのは道理といえる。
櫓というには立派過ぎるが、社というには少しばかりみすぼらしい、いつ建立したのかさえ不明瞭な外見的には古びている神社が、そこに在る。
・・・博麗神社。
代々の博麗の巫女がその任務に従事するため、その神社は住居としての機能も持ち合わせているが、この神社には祀られる神が居られない。
妖怪が頻発することから人里からわざわざここへ参拝しようという客は当の昔に途絶えてしまっている。
神の宿る社としての機能を果たしていない建物がはたして神社と言えるかはさておき、今日も今日とて住居部の縁側では、暇と平和と混沌を愛する巫女が出涸らしの茶を啜りながら一息ついていた。
つまりは、平和という名の暇である。
まだ朱に塗られた鳥居の上でチュンチュンうるさい雀のほうがやることがあるぐらいだ。
茶柱さえしけりすぎで立たない薄い茶を飲んでいるからでもないのに、怒りの青筋を微かに称えた顔の紅白服に、今さっき到着したばかりの白黒魔女服の娘が声を掛ける。
「邪魔するぜ。」
返事を聞く間も省き捨てて靴を早々脱ぎ捨てると、妙に手入れされた縁側に、無遠慮に上がりこんで伸びをする。
んんっ~と最大限伸び終えたところで、そこから一番近い部屋の中を覗き見てふと浮かんだ疑問を巫女に尋ねる。
「何だコリャ、この部屋だけ台風が通っていったみたいだな。最近日照り続きだったのに、霊夢の家はあれか? 『どうしても平和な日常が耐えられないわ』っていうお前の猛々しい気性が無意識に部屋をこんなにしてるのか?」
そこには一人暮らしにしては大きすぎる食卓が、これでもかと装飾されていた。
食卓どころかその周辺には食器だろうが料理(の残骸)だろうが何かの液体(ほぼ酒)だろうが、凄まじい嵐が吹き荒れたかの如く散乱していた。
紅白の額の青筋が一層色濃くなる。
現在の博麗の巫女である博麗霊夢が、口の端が引きつるのを堪えているような奇妙な笑顔で状況を伝える。
口では辛うじて笑ってはいるが、目が笑っていない。
「私の気性は関係ないわ。こいつらが勝手に上がりこんで宴会おっぱじめて盛り上がって勝手に潰れただけよ。人の家の食べ物勝手に引っ張り出した挙句にこの有様・・・」
「ああ~、そいつは・・・お疲れさんだぜ?」
「・・・昨日の昼からよ、昼から・・・。自分たちで作ればいいのに私に調理全部押し付けて・・・。ついでに畳が一畳天に召されて他もほぼ全部洗わなきゃならなくなって、もうどうにでもなれって思えてきた矢先に魔理沙まで来て・・・」
「わたし関係ないよなそれ!?」
白黒で、誰がどう見ても魔女と言いそうな服を着ているのは、霧雨魔理沙。
普通の人間ではあるが、魔法も使える森の住民だ。
霊夢の額には目に見えるまでの青筋が出来ている。
もう少しで爆発しそうだ。
「・・・ああ、そうだったついでに襖も替えないと・・・」
巫女が愚痴ったとおり、そこには惨状を形作った張本人達がぶっ倒れていた。
「うへぇ、こいつは骨が折れそうだな・・・」
魔理沙も食卓の下を覗いたり周りを眺めながら、あまり面倒臭そうには聞こえない、かったるい声で答える。
食卓の上にはかつて妖怪の山を席巻していた鬼の中でも実力者と名高い四天王、伊吹萃香がへそを剥き出しにして気持ち良さそうにいびきをかいている。
鬼としての威厳なぞどこにも無い。
首だけ食卓からはみ出した萃香の頭にある立派な二本角は、今は天を突かずに畳に深々と突き立っていた。
襖に突撃して下半身だけ部屋に取り残されているのは、服装からして非想非非想天の娘にして不良天人の比那名居天子だろう。
天界が暇すぎて地上人と遊ぶために大地震を起こそうとした傍迷惑な天人で、その予行演習に局地地震を起こした直下が神社で、いろいろな奴にボコられて建て直しを命じられたついでに別荘を増やそうとした、やっぱり傍迷惑な天人だ。
立て直したのは自分だから(天女に任せっきりで何もしてないが)何でもしていいと思っているのだろうか?
最後は霊夢の膝の上。
こともあろうに憤怒の鬼巫女一歩手前の霊夢の膝の上でむにゃむにゃ言っていた。
幻想郷を取り巻く結界構築の立役者にして、戦力規格外のスキマ妖怪、八雲紫。
こちらは何も無い空間から上半身だけニョキッと生えていて、「もう食べられないわぁ霊夢~♪」とか何とかやけに艶かしい寝言を言っている。
真っ先に肘鉄喰らいそうな位置で春眠暁を覚えず。
酒盛りの首謀者はこんなところだろう。まぁ天子は暇潰しに来てみたら巻き込まれた口だろうと魔理沙は勘繰った。
が、巻き込まれたのはそれだけでは当然無かった。
どうも来た奴来た奴先着順に巻き込まれたらしい。
おそらく置き薬のために人里に赴き、ついでに神社へ立ち寄った月の兎、鈴仙・優曇華院・イナバと、何をしに来たのかわからないが強制参加させられたらしい魔法の森の住民のアリス・マーガトロイド、地下深くにある旧地獄の最奥にそびえる地霊殿の主の愛玩動物二匹、火焔猫燐と霊烏路空までもがその部屋で突っ伏していた。
最後の二匹に関しては意識を無くして猫と鴉の姿に戻ってしまっていた。
そして恐らく萃香に引っ張り込まれた、これまた旧地獄街道に住んでいるかつての鬼の四天王、星熊勇儀が部屋の隅に座り込んでいた。
この鬼だけ不思議なことに未だ意識があり、愛用の盃でチビチビ酒を飲んでいる。
魔理沙の視線に気付いて、
「よぉっ、白黒の。」
と笑いながら軽く手を振ってきた。
意識の混濁さえ全く無いのだから、本当に昨日の昼から飲み続けていたのか疑問に思えてくる。
「何だかなぁ・・・、すごく変な組み合わせだな。」
およそ萃香が狙って萃めたとは思えない、酒を飲んでも話が弾むかわからない面子が混じっていることに、魔理沙は少しばかり驚いた。
「・・・まったくよ・・・。そこの一角獣、猫と鴉ぐらいは連れて帰りなさいよ。そんでもって、縦穴を岩か何かで塞いでおいて。二度と登ってこれないように・・・」
「あっはっは、一角獣なんて言われたのは初めてだ。褒め言葉じゃないのはわかってるけど、まぁ軽く聞き流しといてあげるよ。」
そう言ってすっくと立ち上がると、まだ盃の中で波打っていた酒を一息に飲み干す。
空になった盃を自身の服のどこか不思議なところに仕舞い、猫のくせに妖怪の火車でもある燐と、鳥頭の地獄鴉のくせに八咫烏を融合させられて生きた核兵器になった空を軽々引っ掴むと、縁側を素通りして自分の下駄を履いて元来た穴へ帰り始めた。
「ほいじゃまぁ、また来るよ。」
「二度と来るなっ・・・」
鴉を掴んでいる手を、引き千切られた手枷の鎖をジャラジャラいわせながら後ろに向けて振る。
決して激しくは無いものの振られている空は堪ったものではないのだが、潰れているせいでピクリとも動かない。
だらしなく呆けたように嘴を開けた滑稽な顔だ。
肩に乗せられた燐は意識が戻ったようで、霊夢達に向かってぷにぷにした軟らかそうな肉球の付いた手を軽く振っていた。
それでも身体はぐったり動かない。
二日酔い確定だろう。
勇儀が見えなくなるまで見送った後も、霊夢の不機嫌は治まらない。
肝心な連中がまだごっそり残っているからだ。
「・・・っで、あんたは何しに来たの? ・・・まさか御飯たかりに来たとは言わないわよね・・・」
「いっ・・・言わないっ、言わないぜ!? 昼は香霖のとこで頂いてきたからなっ! まぁ暇潰しに寄っただけだぜ。」
魔理沙は慌てふためいた。
実際昼飯は食べてきていないからだ。
残念さを顔の全面で表現しながら溜息を吐いた。
「・・・むっ・・・、お茶なら・・・いいわよ・・・」
怒りの度合は変わらないが、ばつの悪そうな声でそれだけ許した。
「ありがたい、頂くぜ。」
『昼飯は食い損ねたが、茶にはありつけたから良しとするか。』
そう思って霊夢の横にどかっと胡坐をかき、お盆に余っていた湯飲みに急須の茶を入れる。
「・・・んく・・・、ふ~・・・薄いなぁ・・・」
まったりしながら正直な感想を述べた。
「・・・なら飲むな。」
「不味いとは言ってないぜぇ・・・」
屁理屈言いながらまた一口茶を啜り和む。
残りの宴会組はまだ起きてこないが、いい加減萃香や紫は目を覚ましてもいい頃合なのだが・・・。
・・・ふわっと・・・
二人の目の前を花びらが舞う。この辺りでは見かけたことの無い、鮮やかな色合いの数枚が、そよ風の中で強風に吹かれたようにひらひらとあちこちへ飛び回る。
「・・・あんたまで、何か用?」
知っているように霊夢は花びらに向かって不機嫌そのままに声を掛ける。
魔理沙もその有様に見覚えがあり、それでも一切警戒せずのほほんと茶を飲む手を止めた。
『ええ・・・けど、あなたに用はないわ。』
宙に舞う花びらから声が聞こえてきた。
それは紛れも無く、花を自在に操る強大な妖怪、風見幽香。
「それじゃあ、ここで酔い潰れてる連中の中にいるのか?」
魔理沙が笑いながらも後を継ぐ。
「そうね、私に用があるみたいね。」
「・・・やっと起きたわね。」
霊夢の膝の上を占領したまま、万象の境界、八雲紫が答えた。
相も変わらず下半身をぽっかり開いたスキマから引っ張り出すのが面倒なのか、スキマごと上体を起こしてふよふよ動いたかと思うと、いきなり上半身もスキマへしまってしまい、それきり出てこなくなった。
ただ起きている中では霊夢だけが、紫がどこから出てくるのかわかっているように、湯飲みに残っていた茶にたっぷり時間を掛けると、ゆったりと立ち上がる。
それに連れ立って魔理沙も行く。
幽香が紫に用事があるというのは、それだけでも十分に異変とみても差支えが無い程の大珍事だ。野次馬根性全開で見学に向かうのは、もはや昼飯を食べることよりも優先すべきことだった。
「・・・まったく次から次へと呼んでも無いのに迷惑掛けに来る奴ばっかり・・・」
「ニシシ・・・、雛に厄でも祓ってもらうか?」
「年中ぐるぐる回ってるだけの奴に頼るより自分でやるわ・・・」
「まぁお手柔らかになぁ~。」
二人は神社部分の正面へ向かう。
その神社の真正面ではすでに強大な妖怪同士で睨み合いが開始されていた。
端から見ていれば、ただ私こそが女王だとでも宣言しているような傲慢さと高貴さと禍々しさを感じるだけに止まるが、対峙しているど真ん中に放り込まれればただの人間など軽くショック死しそうな重圧が漂っている。
幽香は雀を押し退け愛用の日傘を振り振り鳥居の頂上に陣取り、一方の紫は石畳すれすれの位置で自身の開いた、異様な数の目が蔓延る裂け目に柔らかく腰を下ろしている。
腰掛けているとはいってもさっきまでと同じように下半分はどこにも無い。
「・・・で、何のよう? 高いところは見晴らしがいいけど、話し合いには向かないわ。愚か者は上から話したがるらしいけど・・・?」
「上まで登って来れないなんてあなたもすっかりご老体ね。そうね、老後に盆栽はいかがかしら・・・?」
双方強力故に人間をそれだけで物理的に殺しそうな笑顔を崩さず、何となくという理由で殺気全開の簡単な罵り合いをして遊んでいるが、話し合いをする前のほんの余興でこれほど地の揺れぬ地震を起こしている。
人間が参拝に来ない原因の典型例を示しながらも、戯れは思いのほか早く終結する。
いや今度も、今まで誰でもかわせるジャブしか打ち込んでなかったから、そろそろフェイントにフックでも交えてみようかという、遊びの一環だ。
幽香は日傘を、紫は扇子を、清々しいほど毒々しい満面の笑みで互いに突きつける。
挨拶代わりの弾幕戦だ。
とは言っても、この二人の挨拶代わりともなると、地を裂くほどの被害を周りにばら撒くことになるのは明々白々である。
一番身近にある神社は堪ったものではない。
「・・・おおっ、やってるぜやってるぜ。わかりやすいほど手抜いてるな、二人とも。」
おっかないところにわざわざ出て行くほど馬鹿ではないので、魔理沙は本殿の外の端から盗み見るように野次馬をしていた。
当然考えなしに突っ込むと人間でなくとも痛い目を見るから、霊夢もその例に漏れず傍でじっとしているものと思い背後に顔を向けるが、
「・・・ありゃっ?」
すでにいなかった。
そのまままっすぐ出て行ったようにはみえない。それだったら魔理沙は霊夢の姿を見ているはずだ。
「・・・あぁ~あ、こりゃキレたなぁ。」
「・・・で? あいさつは格下からが礼儀のはずよ。無礼にも程があるわね。」
紫の背後には徐々に後光のようなスキマが幾つか開き、すぐにでも光弾を吐き出しそうな勢いで待機している。
「・・・あらっ? 格下っていうのは位置的にも低いところに這いつくばってる虫けらのことを言うのよ。そう、忘れちゃったのおばあちゃん?」
幽香は日傘の先端からすでに発射準備に取り掛かっている。始めからでかいのをお見舞いする気満々であるが、どちらも幻想郷伝統のスペルカード戦をする気はさらさら無いらしい。
双方あわよくば相手を殺してしまおうと画策しているのかもしれない。
つくづく末恐ろしい遊びだ。
「まぁそんなに若く見られたいなら同時に攻撃して差し上げてもよろしいのよ? お年寄りには優しくしろと人間の間では言いますものね?」
「そう、せいぜいお花らしく呆気なく散ってくださらない? 身の程知らずを地で行く蛆虫さん。」
周りへの影響が地獄五歩手前ぐらいの弾幕戦が今まさに勃発しそうになった瞬間、
「だぁあらっしゃああああああっ!!」
ぶちギレた紅白巫女は流星と化し、その両足揃えた撃滅のドロップキックは宴会を始めた張本人たる紫の脳天へ突き刺さる。
「ヘブンッ・・・!?」
そのまま硬い石畳に顔面を叩きつけられ、地は衝撃に耐え切れずに顔面を中心とした窪みを穿たれた。
その拍子に開いていたスキマは一斉に虚空に消えてしまった。
スキマ妖怪の頭に衝撃を十分伝え終えた後、ダメ押しとばかりに力を入れずに空中に飛び上がって宙返り一回転、片足で二発目の踏み付けを敢行する。
ズガンッ!
「プギュッ!・・・」
石畳の窪みが一層拡がる。
紫は腰を下ろしていたスキマから放り出された状態で気絶した。
第三者の強引な介入によって弾幕戦が不発に終わり、発射体制を解くかと思いきや、幽香は日傘を上方へ大幅に修正して極太光線を射出した。
限界まで溜めていて発射以外に取り消しようが無かったわけでは当然無い。
斜め上方から幽香目掛けて突っ込んできた、霊夢が持っている中では中堅程の大きさをした陰陽玉を焼き払ったのだ。
完全に不意打ちで出されたはずのあいさつに顔色一つ変えずに返答した鮮やかさに、霊夢は前に倒したときは思った以上に手を抜いていたのかと一瞬錯覚する。
「・・・あぶないわね。あなたに用は無いって言ったと思うけど・・・?」
霊夢はため息を吐いて、
「悪いけど・・・、あんたが私に用が無くても、私は神社をぶっ壊そうとした奴に用が出来るの。」
静かに怒りながら、据わった目で睨み上げる。
野次馬をしている魔理沙は霊夢が怖くて出てこれない。
幽香は笑いながらため息を吐き、
「それじゃあ・・・、あなたに頼んでもらおうかしら・・・」
そんなことを言うや否や、身体を一切動かさずに腕の振りだけで何かを巫女に投げ寄越した。あの花の妖怪が持っているとは思えない、地味で小さな深緑色をした巾着袋ではあるものの、中に何が入っているのか意外に重い。
怪訝に思って問い質す。
「・・・何? これ・・・」
幽香はやっぱり態度を変えない。
「・・・開けてみたら?」
クスクス笑いながら中を確かめるよう促してくる。
ジャラジャラと金属が擦れているっぽい音が鳴っているが、かなり凶悪な妖怪である幽香が果たして中に何を突っ込んでいるか知れたものではない。
霊夢は一旦怒りを自制して、警戒しながらも恐る恐る巾着袋の中身を確認した。
と、霊夢が硬直する。
「ちょっ、これっ・・・!?」
妖怪が妖怪退治を生業(半分以上趣味)とする巫女に対して、あるまじき物を贈ったからである。そのせいで巫女の怒りが萎えてしまったのだ。
それを見計らって、今来たようにマイペースな歩調で霊夢に近づいてきた暢気な魔理沙が巾着袋を開けたまま呆けている霊夢の手元を覗き込む。
「なあなあ、何貰え・・・っておい! こっ、こりゃあ・・・」
魔理沙もさすがに硬直した。今まで生きてきた中で、これほどありえないことが起きたのは初めてだからだ。
本当にありえないとでもいうように、魔理沙は袋の中身と幽香の顔を交互に見遣る。
「依頼料代わりの、賽銭よ。」
そこには人里で普通に流通しているお金が、決して多くは無いものの、それでもまあまあの金額が入っていた。
男の遺品として懐から出てきたものを、何を細工するでもなくそのまま巫女に投げつけたのだ。
「これで頼んでもらえる?」
幽香の質問で我に返った霊夢は、返答をするためと平静を装うために鼻息一つ、魔理沙が手を出す前にさっさと自分の懐に袋を突っ込むと、
「・・・私が出来ることなら、ね・・・」
「ええ、それでいいわ。」
微かではあるものの現金な微笑みを浮かべながら依頼内容を聞こうとする。
つくづく賽銭を入れた者には誰彼構わず優しい霊夢である。
魔理沙は呆れた感じの笑顔でやれやれと溜め息を吐いた。
「・・・で、私に何の用なの? つまらない用向きだったら無限落下の刑に一生服してもらうけど・・・?」
霊夢の不意打ちをわざと受けて気絶させられ、気絶した振りをしていた紫は強制的に起こされて不服そうに幽香に用向きを問うた。
魔理沙が脇に手を回して立たせられた時点で、霊夢の往復ビンタを甘んじて受けるつもりで気絶した振りを保っていたら、霊夢は往復ビンタどころかいきなり全力全開の鉄拳右フックを叩き込んだのだ。
よっぽど部屋を荒らされたのが頭にきていたのだろう。
危うく本当に気絶させられるところだった。
その衝撃は後ろにいた魔理沙にも当然の如く被害を与えていた。
「いっ、いってえええぇ~・・・ぜ! ・・・何すんだよ霊夢っ! わたしまでまとめて殴ることないだろっ!?」
「あぁごめん。紫の顔見たらつい全力で殴りたくなって・・・」
「わたしに当たらんように全力で殴れってんだ!」
「アハハハハ、それ無理♪」
魔理沙は涙目になってがなり立て、霊夢はそれを何処吹く風と笑いながら聞き流している。
臨時収入が入ったのがとても嬉しかったのか、はたまた紫を全力でぶん殴ったことですっきりしたのか、霊夢は普段と同じ平和な楽園の巫女に戻っていた。
表面上だけかもしれないが・・・。
「ここで話すようなことでもないから現場で話すわ。つまらないかどうかはそれを見てから判断してね。」
幽香はどこまでも不敵に笑っている。
それは、どんなに問い詰めようがここでは絶対に話さない、話したくないと拒んでいるようでもあった。
「ふぅ~ん、まぁいいわ。霊夢ぅ、さっさと行ってさっさと用事済ませてくるからお酒用意して待ってい・・・っ!」
そこに笑った般若が振り返った。
「殴り足りなかったのならそう言ってくれればいいのに・・・。今度は藍とか橙にはちょぉ~っと判別できなくなるくらいの顔にしてあげましょうか? ええ徹底的に・・・」
「・・・なくていいわ。謝るからそんな顔しないでっ!」
平和な顔が一瞬で砕け散った。
般若というよりやっぱりもう鬼巫女だった。
心なしか霊夢の指がパキポキ鳴っているようにも聞こえる。
さっきまでそんな霊夢の隣にいた魔理沙はいつの間にか本殿正面の賽銭箱の陰から様子を見守っていた。
逃げ足だけなら幻想郷最速の白黒魔法使いだった。
神出鬼没な紫でさえ舌を巻く速さだ。
瞬間移動と差し支えないほどの速さといってもいい。
「あらぁ、私に背中向けるなんていい度胸ね。巫女に殴られるより先に消し炭になりたいのかしら?」
後ろにも常に笑顔な般若がいることを思い出して、紫はグダグダと向き直ると、持っていた扇子を下から上にすうっと持ち上げる。
すると、何も無い空間にまたも裂け目が現れた。
スキマ妖怪、幻想の境界である紫は、思いのままに境界を操り、それこそ幻想そのものといえる力の有様だ。
開け終わると、紫は幽香に先に行くよう促す。
「さっ、どうぞ。あなたの想う場所へ・・・」
そのスキマは他者が心の中で思い浮かべた場所にさえ空間を繋げることができるほど強力な術である。
無言で、何を躊躇うことも無く、無数の目が見つめる虚空の境界へ入って行く幽香。
その後すぐに紫も続く。
スカートの裾まですっぽり向こう側の中へ入れると、開けたときの動作を逆回しにしたような仕種でスキマを閉じていった。
実際長時間開けたままにしておいたり、閉じ方が雑だったりすると、そこから世界そのものに歪みが生じる可能性がある。紫は無意識でもそんな繊細な術を操作できるあたり、やはり規格外な妖怪といえる。
完全に閉じた後でゆるゆると右手を上げ、明らかに出て行ってくれて清々したというようにひらひら振った霊夢は、もう一度不機嫌丸出しの顔をわざと作って縁側に戻っていく。
招いてもいないのに来た客を叩き起こしに行くのだ。
もう作り怒りしかしていないことがわかると、調子のいい魔理沙はすぐさま戻ってきて後に続いて戻る。
何だか今日ぐらいは・・・
部屋の片付けを手伝ってやってもいいかな、と思えた。
外界からの干渉の度合としては、外の世界で忘れ去られた物が落ちてくる、あるいは落ちている。それは境界という曖昧な領域の近くで多くが発見され、大抵その使い道は幻想の人間や妖怪には計り知れない。
人間もたまに迷い来るようだが、勝手がわからず妖怪に食われるか、とある妖怪に外へ放り返される程度である。
そんな曖昧な場所に、それを監視、管理する櫓を立てるのは道理といえる。
櫓というには立派過ぎるが、社というには少しばかりみすぼらしい、いつ建立したのかさえ不明瞭な外見的には古びている神社が、そこに在る。
・・・博麗神社。
代々の博麗の巫女がその任務に従事するため、その神社は住居としての機能も持ち合わせているが、この神社には祀られる神が居られない。
妖怪が頻発することから人里からわざわざここへ参拝しようという客は当の昔に途絶えてしまっている。
神の宿る社としての機能を果たしていない建物がはたして神社と言えるかはさておき、今日も今日とて住居部の縁側では、暇と平和と混沌を愛する巫女が出涸らしの茶を啜りながら一息ついていた。
つまりは、平和という名の暇である。
まだ朱に塗られた鳥居の上でチュンチュンうるさい雀のほうがやることがあるぐらいだ。
茶柱さえしけりすぎで立たない薄い茶を飲んでいるからでもないのに、怒りの青筋を微かに称えた顔の紅白服に、今さっき到着したばかりの白黒魔女服の娘が声を掛ける。
「邪魔するぜ。」
返事を聞く間も省き捨てて靴を早々脱ぎ捨てると、妙に手入れされた縁側に、無遠慮に上がりこんで伸びをする。
んんっ~と最大限伸び終えたところで、そこから一番近い部屋の中を覗き見てふと浮かんだ疑問を巫女に尋ねる。
「何だコリャ、この部屋だけ台風が通っていったみたいだな。最近日照り続きだったのに、霊夢の家はあれか? 『どうしても平和な日常が耐えられないわ』っていうお前の猛々しい気性が無意識に部屋をこんなにしてるのか?」
そこには一人暮らしにしては大きすぎる食卓が、これでもかと装飾されていた。
食卓どころかその周辺には食器だろうが料理(の残骸)だろうが何かの液体(ほぼ酒)だろうが、凄まじい嵐が吹き荒れたかの如く散乱していた。
紅白の額の青筋が一層色濃くなる。
現在の博麗の巫女である博麗霊夢が、口の端が引きつるのを堪えているような奇妙な笑顔で状況を伝える。
口では辛うじて笑ってはいるが、目が笑っていない。
「私の気性は関係ないわ。こいつらが勝手に上がりこんで宴会おっぱじめて盛り上がって勝手に潰れただけよ。人の家の食べ物勝手に引っ張り出した挙句にこの有様・・・」
「ああ~、そいつは・・・お疲れさんだぜ?」
「・・・昨日の昼からよ、昼から・・・。自分たちで作ればいいのに私に調理全部押し付けて・・・。ついでに畳が一畳天に召されて他もほぼ全部洗わなきゃならなくなって、もうどうにでもなれって思えてきた矢先に魔理沙まで来て・・・」
「わたし関係ないよなそれ!?」
白黒で、誰がどう見ても魔女と言いそうな服を着ているのは、霧雨魔理沙。
普通の人間ではあるが、魔法も使える森の住民だ。
霊夢の額には目に見えるまでの青筋が出来ている。
もう少しで爆発しそうだ。
「・・・ああ、そうだったついでに襖も替えないと・・・」
巫女が愚痴ったとおり、そこには惨状を形作った張本人達がぶっ倒れていた。
「うへぇ、こいつは骨が折れそうだな・・・」
魔理沙も食卓の下を覗いたり周りを眺めながら、あまり面倒臭そうには聞こえない、かったるい声で答える。
食卓の上にはかつて妖怪の山を席巻していた鬼の中でも実力者と名高い四天王、伊吹萃香がへそを剥き出しにして気持ち良さそうにいびきをかいている。
鬼としての威厳なぞどこにも無い。
首だけ食卓からはみ出した萃香の頭にある立派な二本角は、今は天を突かずに畳に深々と突き立っていた。
襖に突撃して下半身だけ部屋に取り残されているのは、服装からして非想非非想天の娘にして不良天人の比那名居天子だろう。
天界が暇すぎて地上人と遊ぶために大地震を起こそうとした傍迷惑な天人で、その予行演習に局地地震を起こした直下が神社で、いろいろな奴にボコられて建て直しを命じられたついでに別荘を増やそうとした、やっぱり傍迷惑な天人だ。
立て直したのは自分だから(天女に任せっきりで何もしてないが)何でもしていいと思っているのだろうか?
最後は霊夢の膝の上。
こともあろうに憤怒の鬼巫女一歩手前の霊夢の膝の上でむにゃむにゃ言っていた。
幻想郷を取り巻く結界構築の立役者にして、戦力規格外のスキマ妖怪、八雲紫。
こちらは何も無い空間から上半身だけニョキッと生えていて、「もう食べられないわぁ霊夢~♪」とか何とかやけに艶かしい寝言を言っている。
真っ先に肘鉄喰らいそうな位置で春眠暁を覚えず。
酒盛りの首謀者はこんなところだろう。まぁ天子は暇潰しに来てみたら巻き込まれた口だろうと魔理沙は勘繰った。
が、巻き込まれたのはそれだけでは当然無かった。
どうも来た奴来た奴先着順に巻き込まれたらしい。
おそらく置き薬のために人里に赴き、ついでに神社へ立ち寄った月の兎、鈴仙・優曇華院・イナバと、何をしに来たのかわからないが強制参加させられたらしい魔法の森の住民のアリス・マーガトロイド、地下深くにある旧地獄の最奥にそびえる地霊殿の主の愛玩動物二匹、火焔猫燐と霊烏路空までもがその部屋で突っ伏していた。
最後の二匹に関しては意識を無くして猫と鴉の姿に戻ってしまっていた。
そして恐らく萃香に引っ張り込まれた、これまた旧地獄街道に住んでいるかつての鬼の四天王、星熊勇儀が部屋の隅に座り込んでいた。
この鬼だけ不思議なことに未だ意識があり、愛用の盃でチビチビ酒を飲んでいる。
魔理沙の視線に気付いて、
「よぉっ、白黒の。」
と笑いながら軽く手を振ってきた。
意識の混濁さえ全く無いのだから、本当に昨日の昼から飲み続けていたのか疑問に思えてくる。
「何だかなぁ・・・、すごく変な組み合わせだな。」
およそ萃香が狙って萃めたとは思えない、酒を飲んでも話が弾むかわからない面子が混じっていることに、魔理沙は少しばかり驚いた。
「・・・まったくよ・・・。そこの一角獣、猫と鴉ぐらいは連れて帰りなさいよ。そんでもって、縦穴を岩か何かで塞いでおいて。二度と登ってこれないように・・・」
「あっはっは、一角獣なんて言われたのは初めてだ。褒め言葉じゃないのはわかってるけど、まぁ軽く聞き流しといてあげるよ。」
そう言ってすっくと立ち上がると、まだ盃の中で波打っていた酒を一息に飲み干す。
空になった盃を自身の服のどこか不思議なところに仕舞い、猫のくせに妖怪の火車でもある燐と、鳥頭の地獄鴉のくせに八咫烏を融合させられて生きた核兵器になった空を軽々引っ掴むと、縁側を素通りして自分の下駄を履いて元来た穴へ帰り始めた。
「ほいじゃまぁ、また来るよ。」
「二度と来るなっ・・・」
鴉を掴んでいる手を、引き千切られた手枷の鎖をジャラジャラいわせながら後ろに向けて振る。
決して激しくは無いものの振られている空は堪ったものではないのだが、潰れているせいでピクリとも動かない。
だらしなく呆けたように嘴を開けた滑稽な顔だ。
肩に乗せられた燐は意識が戻ったようで、霊夢達に向かってぷにぷにした軟らかそうな肉球の付いた手を軽く振っていた。
それでも身体はぐったり動かない。
二日酔い確定だろう。
勇儀が見えなくなるまで見送った後も、霊夢の不機嫌は治まらない。
肝心な連中がまだごっそり残っているからだ。
「・・・っで、あんたは何しに来たの? ・・・まさか御飯たかりに来たとは言わないわよね・・・」
「いっ・・・言わないっ、言わないぜ!? 昼は香霖のとこで頂いてきたからなっ! まぁ暇潰しに寄っただけだぜ。」
魔理沙は慌てふためいた。
実際昼飯は食べてきていないからだ。
残念さを顔の全面で表現しながら溜息を吐いた。
「・・・むっ・・・、お茶なら・・・いいわよ・・・」
怒りの度合は変わらないが、ばつの悪そうな声でそれだけ許した。
「ありがたい、頂くぜ。」
『昼飯は食い損ねたが、茶にはありつけたから良しとするか。』
そう思って霊夢の横にどかっと胡坐をかき、お盆に余っていた湯飲みに急須の茶を入れる。
「・・・んく・・・、ふ~・・・薄いなぁ・・・」
まったりしながら正直な感想を述べた。
「・・・なら飲むな。」
「不味いとは言ってないぜぇ・・・」
屁理屈言いながらまた一口茶を啜り和む。
残りの宴会組はまだ起きてこないが、いい加減萃香や紫は目を覚ましてもいい頃合なのだが・・・。
・・・ふわっと・・・
二人の目の前を花びらが舞う。この辺りでは見かけたことの無い、鮮やかな色合いの数枚が、そよ風の中で強風に吹かれたようにひらひらとあちこちへ飛び回る。
「・・・あんたまで、何か用?」
知っているように霊夢は花びらに向かって不機嫌そのままに声を掛ける。
魔理沙もその有様に見覚えがあり、それでも一切警戒せずのほほんと茶を飲む手を止めた。
『ええ・・・けど、あなたに用はないわ。』
宙に舞う花びらから声が聞こえてきた。
それは紛れも無く、花を自在に操る強大な妖怪、風見幽香。
「それじゃあ、ここで酔い潰れてる連中の中にいるのか?」
魔理沙が笑いながらも後を継ぐ。
「そうね、私に用があるみたいね。」
「・・・やっと起きたわね。」
霊夢の膝の上を占領したまま、万象の境界、八雲紫が答えた。
相も変わらず下半身をぽっかり開いたスキマから引っ張り出すのが面倒なのか、スキマごと上体を起こしてふよふよ動いたかと思うと、いきなり上半身もスキマへしまってしまい、それきり出てこなくなった。
ただ起きている中では霊夢だけが、紫がどこから出てくるのかわかっているように、湯飲みに残っていた茶にたっぷり時間を掛けると、ゆったりと立ち上がる。
それに連れ立って魔理沙も行く。
幽香が紫に用事があるというのは、それだけでも十分に異変とみても差支えが無い程の大珍事だ。野次馬根性全開で見学に向かうのは、もはや昼飯を食べることよりも優先すべきことだった。
「・・・まったく次から次へと呼んでも無いのに迷惑掛けに来る奴ばっかり・・・」
「ニシシ・・・、雛に厄でも祓ってもらうか?」
「年中ぐるぐる回ってるだけの奴に頼るより自分でやるわ・・・」
「まぁお手柔らかになぁ~。」
二人は神社部分の正面へ向かう。
その神社の真正面ではすでに強大な妖怪同士で睨み合いが開始されていた。
端から見ていれば、ただ私こそが女王だとでも宣言しているような傲慢さと高貴さと禍々しさを感じるだけに止まるが、対峙しているど真ん中に放り込まれればただの人間など軽くショック死しそうな重圧が漂っている。
幽香は雀を押し退け愛用の日傘を振り振り鳥居の頂上に陣取り、一方の紫は石畳すれすれの位置で自身の開いた、異様な数の目が蔓延る裂け目に柔らかく腰を下ろしている。
腰掛けているとはいってもさっきまでと同じように下半分はどこにも無い。
「・・・で、何のよう? 高いところは見晴らしがいいけど、話し合いには向かないわ。愚か者は上から話したがるらしいけど・・・?」
「上まで登って来れないなんてあなたもすっかりご老体ね。そうね、老後に盆栽はいかがかしら・・・?」
双方強力故に人間をそれだけで物理的に殺しそうな笑顔を崩さず、何となくという理由で殺気全開の簡単な罵り合いをして遊んでいるが、話し合いをする前のほんの余興でこれほど地の揺れぬ地震を起こしている。
人間が参拝に来ない原因の典型例を示しながらも、戯れは思いのほか早く終結する。
いや今度も、今まで誰でもかわせるジャブしか打ち込んでなかったから、そろそろフェイントにフックでも交えてみようかという、遊びの一環だ。
幽香は日傘を、紫は扇子を、清々しいほど毒々しい満面の笑みで互いに突きつける。
挨拶代わりの弾幕戦だ。
とは言っても、この二人の挨拶代わりともなると、地を裂くほどの被害を周りにばら撒くことになるのは明々白々である。
一番身近にある神社は堪ったものではない。
「・・・おおっ、やってるぜやってるぜ。わかりやすいほど手抜いてるな、二人とも。」
おっかないところにわざわざ出て行くほど馬鹿ではないので、魔理沙は本殿の外の端から盗み見るように野次馬をしていた。
当然考えなしに突っ込むと人間でなくとも痛い目を見るから、霊夢もその例に漏れず傍でじっとしているものと思い背後に顔を向けるが、
「・・・ありゃっ?」
すでにいなかった。
そのまままっすぐ出て行ったようにはみえない。それだったら魔理沙は霊夢の姿を見ているはずだ。
「・・・あぁ~あ、こりゃキレたなぁ。」
「・・・で? あいさつは格下からが礼儀のはずよ。無礼にも程があるわね。」
紫の背後には徐々に後光のようなスキマが幾つか開き、すぐにでも光弾を吐き出しそうな勢いで待機している。
「・・・あらっ? 格下っていうのは位置的にも低いところに這いつくばってる虫けらのことを言うのよ。そう、忘れちゃったのおばあちゃん?」
幽香は日傘の先端からすでに発射準備に取り掛かっている。始めからでかいのをお見舞いする気満々であるが、どちらも幻想郷伝統のスペルカード戦をする気はさらさら無いらしい。
双方あわよくば相手を殺してしまおうと画策しているのかもしれない。
つくづく末恐ろしい遊びだ。
「まぁそんなに若く見られたいなら同時に攻撃して差し上げてもよろしいのよ? お年寄りには優しくしろと人間の間では言いますものね?」
「そう、せいぜいお花らしく呆気なく散ってくださらない? 身の程知らずを地で行く蛆虫さん。」
周りへの影響が地獄五歩手前ぐらいの弾幕戦が今まさに勃発しそうになった瞬間、
「だぁあらっしゃああああああっ!!」
ぶちギレた紅白巫女は流星と化し、その両足揃えた撃滅のドロップキックは宴会を始めた張本人たる紫の脳天へ突き刺さる。
「ヘブンッ・・・!?」
そのまま硬い石畳に顔面を叩きつけられ、地は衝撃に耐え切れずに顔面を中心とした窪みを穿たれた。
その拍子に開いていたスキマは一斉に虚空に消えてしまった。
スキマ妖怪の頭に衝撃を十分伝え終えた後、ダメ押しとばかりに力を入れずに空中に飛び上がって宙返り一回転、片足で二発目の踏み付けを敢行する。
ズガンッ!
「プギュッ!・・・」
石畳の窪みが一層拡がる。
紫は腰を下ろしていたスキマから放り出された状態で気絶した。
第三者の強引な介入によって弾幕戦が不発に終わり、発射体制を解くかと思いきや、幽香は日傘を上方へ大幅に修正して極太光線を射出した。
限界まで溜めていて発射以外に取り消しようが無かったわけでは当然無い。
斜め上方から幽香目掛けて突っ込んできた、霊夢が持っている中では中堅程の大きさをした陰陽玉を焼き払ったのだ。
完全に不意打ちで出されたはずのあいさつに顔色一つ変えずに返答した鮮やかさに、霊夢は前に倒したときは思った以上に手を抜いていたのかと一瞬錯覚する。
「・・・あぶないわね。あなたに用は無いって言ったと思うけど・・・?」
霊夢はため息を吐いて、
「悪いけど・・・、あんたが私に用が無くても、私は神社をぶっ壊そうとした奴に用が出来るの。」
静かに怒りながら、据わった目で睨み上げる。
野次馬をしている魔理沙は霊夢が怖くて出てこれない。
幽香は笑いながらため息を吐き、
「それじゃあ・・・、あなたに頼んでもらおうかしら・・・」
そんなことを言うや否や、身体を一切動かさずに腕の振りだけで何かを巫女に投げ寄越した。あの花の妖怪が持っているとは思えない、地味で小さな深緑色をした巾着袋ではあるものの、中に何が入っているのか意外に重い。
怪訝に思って問い質す。
「・・・何? これ・・・」
幽香はやっぱり態度を変えない。
「・・・開けてみたら?」
クスクス笑いながら中を確かめるよう促してくる。
ジャラジャラと金属が擦れているっぽい音が鳴っているが、かなり凶悪な妖怪である幽香が果たして中に何を突っ込んでいるか知れたものではない。
霊夢は一旦怒りを自制して、警戒しながらも恐る恐る巾着袋の中身を確認した。
と、霊夢が硬直する。
「ちょっ、これっ・・・!?」
妖怪が妖怪退治を生業(半分以上趣味)とする巫女に対して、あるまじき物を贈ったからである。そのせいで巫女の怒りが萎えてしまったのだ。
それを見計らって、今来たようにマイペースな歩調で霊夢に近づいてきた暢気な魔理沙が巾着袋を開けたまま呆けている霊夢の手元を覗き込む。
「なあなあ、何貰え・・・っておい! こっ、こりゃあ・・・」
魔理沙もさすがに硬直した。今まで生きてきた中で、これほどありえないことが起きたのは初めてだからだ。
本当にありえないとでもいうように、魔理沙は袋の中身と幽香の顔を交互に見遣る。
「依頼料代わりの、賽銭よ。」
そこには人里で普通に流通しているお金が、決して多くは無いものの、それでもまあまあの金額が入っていた。
男の遺品として懐から出てきたものを、何を細工するでもなくそのまま巫女に投げつけたのだ。
「これで頼んでもらえる?」
幽香の質問で我に返った霊夢は、返答をするためと平静を装うために鼻息一つ、魔理沙が手を出す前にさっさと自分の懐に袋を突っ込むと、
「・・・私が出来ることなら、ね・・・」
「ええ、それでいいわ。」
微かではあるものの現金な微笑みを浮かべながら依頼内容を聞こうとする。
つくづく賽銭を入れた者には誰彼構わず優しい霊夢である。
魔理沙は呆れた感じの笑顔でやれやれと溜め息を吐いた。
「・・・で、私に何の用なの? つまらない用向きだったら無限落下の刑に一生服してもらうけど・・・?」
霊夢の不意打ちをわざと受けて気絶させられ、気絶した振りをしていた紫は強制的に起こされて不服そうに幽香に用向きを問うた。
魔理沙が脇に手を回して立たせられた時点で、霊夢の往復ビンタを甘んじて受けるつもりで気絶した振りを保っていたら、霊夢は往復ビンタどころかいきなり全力全開の鉄拳右フックを叩き込んだのだ。
よっぽど部屋を荒らされたのが頭にきていたのだろう。
危うく本当に気絶させられるところだった。
その衝撃は後ろにいた魔理沙にも当然の如く被害を与えていた。
「いっ、いってえええぇ~・・・ぜ! ・・・何すんだよ霊夢っ! わたしまでまとめて殴ることないだろっ!?」
「あぁごめん。紫の顔見たらつい全力で殴りたくなって・・・」
「わたしに当たらんように全力で殴れってんだ!」
「アハハハハ、それ無理♪」
魔理沙は涙目になってがなり立て、霊夢はそれを何処吹く風と笑いながら聞き流している。
臨時収入が入ったのがとても嬉しかったのか、はたまた紫を全力でぶん殴ったことですっきりしたのか、霊夢は普段と同じ平和な楽園の巫女に戻っていた。
表面上だけかもしれないが・・・。
「ここで話すようなことでもないから現場で話すわ。つまらないかどうかはそれを見てから判断してね。」
幽香はどこまでも不敵に笑っている。
それは、どんなに問い詰めようがここでは絶対に話さない、話したくないと拒んでいるようでもあった。
「ふぅ~ん、まぁいいわ。霊夢ぅ、さっさと行ってさっさと用事済ませてくるからお酒用意して待ってい・・・っ!」
そこに笑った般若が振り返った。
「殴り足りなかったのならそう言ってくれればいいのに・・・。今度は藍とか橙にはちょぉ~っと判別できなくなるくらいの顔にしてあげましょうか? ええ徹底的に・・・」
「・・・なくていいわ。謝るからそんな顔しないでっ!」
平和な顔が一瞬で砕け散った。
般若というよりやっぱりもう鬼巫女だった。
心なしか霊夢の指がパキポキ鳴っているようにも聞こえる。
さっきまでそんな霊夢の隣にいた魔理沙はいつの間にか本殿正面の賽銭箱の陰から様子を見守っていた。
逃げ足だけなら幻想郷最速の白黒魔法使いだった。
神出鬼没な紫でさえ舌を巻く速さだ。
瞬間移動と差し支えないほどの速さといってもいい。
「あらぁ、私に背中向けるなんていい度胸ね。巫女に殴られるより先に消し炭になりたいのかしら?」
後ろにも常に笑顔な般若がいることを思い出して、紫はグダグダと向き直ると、持っていた扇子を下から上にすうっと持ち上げる。
すると、何も無い空間にまたも裂け目が現れた。
スキマ妖怪、幻想の境界である紫は、思いのままに境界を操り、それこそ幻想そのものといえる力の有様だ。
開け終わると、紫は幽香に先に行くよう促す。
「さっ、どうぞ。あなたの想う場所へ・・・」
そのスキマは他者が心の中で思い浮かべた場所にさえ空間を繋げることができるほど強力な術である。
無言で、何を躊躇うことも無く、無数の目が見つめる虚空の境界へ入って行く幽香。
その後すぐに紫も続く。
スカートの裾まですっぽり向こう側の中へ入れると、開けたときの動作を逆回しにしたような仕種でスキマを閉じていった。
実際長時間開けたままにしておいたり、閉じ方が雑だったりすると、そこから世界そのものに歪みが生じる可能性がある。紫は無意識でもそんな繊細な術を操作できるあたり、やはり規格外な妖怪といえる。
完全に閉じた後でゆるゆると右手を上げ、明らかに出て行ってくれて清々したというようにひらひら振った霊夢は、もう一度不機嫌丸出しの顔をわざと作って縁側に戻っていく。
招いてもいないのに来た客を叩き起こしに行くのだ。
もう作り怒りしかしていないことがわかると、調子のいい魔理沙はすぐさま戻ってきて後に続いて戻る。
何だか今日ぐらいは・・・
部屋の片付けを手伝ってやってもいいかな、と思えた。
一応三点リーダーを使っているはずなのですが、どうしてか太くなってしまいます。
壱~参に亘って見落としがあったことにお詫びすると同時に、
何とか直してみたいと思います。
よろしければ、作品に対する率直な感想も頂きたいと思います。
次回作を執筆する上で(実は少し始めているのですが…)励みにしたいと考えています。
本当ならこのようなことは後書で書くべきなのでしょうが、
勉強させていただいている身ですので、次回までお返事をしないのでは遅いと感じ、
こちらで失礼させていただきます。
不動遊星様、誠にありがとうございます。
さて、作品に対する率直な感想といいますと、既に全体像が見えてらっしゃる筆者に対して、一部しか読んでない読者が意見するのはさしでがましい事ですし、また、弐・参は私の中での位置づけがあまりはっきりしないので、物語の決着が付くまで意見を控えさせて頂いた次第です。
私は壱がそれなりに完成度が高く、ある種の決着をみていたと思っています。ですから、どう続くのか非常に気になっておりました。もちろん、今も大変気になっております。
弐を、万翁の人生が完成した事を表しているのか、彼岸と此岸の花で表された対比が何を意図しているのか、そのような疑問の提起部分なのだろうと読みました。つまり、壱を第1部とするなら、弐は第2部の起句にあたるのだろうと。すると参が承句のような内容ですから、とりあえずクライマックスを待とうと思いまして、あえて作品の内容には触れず、形式的な指摘に留めておりました。
とりま、非常に興味深い作品ですから、終章を楽しみに待たせて頂きます。頑張って下さい。では。
その一部が大切なのです。
そして読者様だからなお大切なのです。
どんな展開を迎えていくか分からない、だからこそ一部一部の解釈を読者様は自身が分かりやすいように
噛み砕いていく。どなたでも消化しやすいように…理解しやすいように…
ssはそうして出来上がるものだと、私は解釈しております。
いや、出来上がると言ってはいけませんね。
出来上がっていくと言ったほうが正しいかもしれません。
ですから、読者様からのコメントで、作者は絶えず勉強していける、
真に趣味にのめりこんでいけるのだと思います。
作者は読んでいただくために書く。
それが基本ですから。
さて、幽香の目的とは?……なんなんでしょうかね。