東の空からゆっくりと朝日が昇り始め、朝靄と共に山を包んでいく。靄に阻まれながらも、しかし陽光に照らされた山肌が黒から鮮やかな新緑へと、ゆっくりとその色を取り戻していく。
色を取り戻していく山、その木々を縫うようにして通された石段の先、陽光に山肌同様に色を取り戻しつつある鳥居が立ってた。
陽の光で温められた空気が、夜の帳で冷やされた空気を西へと押し出そうと山肌を駆け上り、鳥居へと流れ込み、結果境内の靄を一層深めていく。
手水舎の水面を這うようにして靄は流れ、参道を走り、縁側を越え、社務所へと押し寄せる。
が、寄せた靄を押し返す流れが出来る。
それは、がらり、と引かれた社務所の戸から流れ出た、重く澱んだ空気だった。
そしてその空気の中を一人、ずるりずるりと引き摺る音と共に縁側に出てくる者がいた。
アリス・マーガトロイド、森に住む人形遣いだ。
アリスは社務所へと押し寄せる靄に目をくれることもなく、歩き出す。その一歩一歩は重く、しかし躊躇うことなく外へと進んでゆく。
そして、縁側の端までくると、ごろり、と引き摺っていたものを転がした。それに遭わせて金糸がふわりと広がり、縁側と何も纏っていない自身の肢体を覆った。広がった金糸は靄の隙間からうっすらと差し込む陽光に照らされきらきらと光る。
が、その瞳は虚ろに朝靄を写すだけだった。
「あと少しで一切合切終わらせるから、良い子で待ってるのよ。魔理沙」
アリスはそう呟くとゆっくりと頭を撫で、さらさらと手の平を金糸が零れる感触を楽しむ。そしてはじめて後ろを振り返ると、
「あの分からず屋どもを叩きのめしてくるから」
と告げる。
アリスの視線の先には戸から出てくる二人の姿が。一人はパチュリー・ノーレッジ、動かない大図書館。そしてもう一人は山の巫女、東風谷早苗であった。
パチュリーは何時もと変わらぬ様相で、一方の早苗は小さく欠伸を噛み殺し、それぞれ縁側下に仕舞っていた靴を取り出し履くと、無言で未だ靄が押し寄せる参道へと歩を進めた。
アリスもそれに倣い、手早く靴を履くと境内へと降り立つ。参道を黙々と進むパチュリー、早苗、そしてアリスの三名に共通しているのは、服が皺だらけであること、そして目が据わっていることだった。
パチュリーは鳥居の下まで来ると、くるりと振り返る。社務所を背に、アリスと早苗がその視界に収まる形で立っていた。
丁度、三人は正三角形を作るような形で境内に陣取ることとなった。
朝靄がうねる中、それぞれがそれぞれの姿を据わった目で収めたまま、無言だった。が、それも数呼吸の間で終わる。
手水舎を背にアリスが、
「一晩掛けても平行線なら、これ以上は時間の無駄ね」
最後通牒を突きつける。そしてゆっくりと一晩のコリを解すようにして、右の肩をぐるり、ぐるりと、同じように左の肩もまたぐるり、ぐるりと回す。
対してパチュリーは口を吊り上げ笑い、
「非才の身で真理を語ろうなどおこがましいにもほどがあるわ」
袖の一振りで、しかし何時もとは違う一冊の手帳をその左手に収めると、
「異議があれば、これで語りなさい」
スペルカードを一枚抜き取った。
「力こそが全て、シンプルで良いですね」
早苗はそう混ぜっ返えすと、ゆっくりと体を伸ばし始める。アリスはゆっくりと両手を解しながらルールを告げる。
「手短に済ませたいし、スペルカードは一人一枚、でいいわね」
「どっちも疲れていることだし、試作品で手加減してあげるわ」
ストレッチを始めるアリスと早苗に対し、パチュリーは常に手にしている魔道書ではなく手帳から取り出したスペルカードを使用すると挑発する。が、早苗は、
「それはそれで面白そうですね」
と頷くと、ごそごそと袖を探り、一枚のカードを取り出す。アリスはそれを見て、
「ま、未熟者と年寄りには優しくするのが善行っていうわね」
と、何時もとは違う色のカードを一枚取り出し、挑発に応じる。
「あら、もう負けるための言い訳作りかしら?」
「お定まりのカードを使わないなんて、パチュリーさんやアリスさん達の方こそ言い訳作りじゃないんですか?」
徹夜明けの所為かそれともこれから起こる一番の所為か、早苗がうっすらと嗜虐的な笑みを浮かべる。
が、アリスはそれに対して、やんわりと諭す。
「あら、早苗の方こそ、只でさえ不慣れなのに、見栄を張って使えないカードなんて使うものじゃ無いわよ」
「うろ覚えですが再現はばっちりですから、お気遣い無く」
が、早苗は暗に込められた意味をしかし正面から切って捨てる。その言葉に、パチュリーはあら、と一つ驚きの声を上げると、
「貴女も魔理沙と同じように模倣するのね」
頷きを一つ入れる。
「奇遇なことにこのカードも模倣なのよ。とはいえ、模倣は模倣でも私の模倣は魔理沙とは一味も二味も違うわ。完成度の違い、その肌で感じなさい!」
そう告げるや、ぐっ、と足の裏に力を込めパチュリーは鳥居へと跳び上がりながら、
「死の記憶に眠る音の響きの全てを 閃光とともに降ろさん、真言 天鼓雷音!」
早々に決着をつけるべく、スペルを宣言する。
一瞬の無音。弾幕に備えて僅かに腰を落としたアリスと早苗は、動くべきかそれとも留まるべきか迷う。と、かたりとパチュリーが鳥居の天辺に着地する音と、僅かに咳き込む音が響き、
ぱん
境内に柏手のような響きが一つ。
が、それだけだった。アリスは辺りの魔力を伺いながらも
「失敗作、かしら?」
と、パチュリーに向けて肩を竦めてみせようとして、前へと転がるようにして身を投げ出す。直後、先ほどまで立っていた場所で
ぱん
と、再び柏手が響く。アリスが、咳き込むパチュリーに対して声を上げようとして
ぱん ぱん ぱん
ぱん
ぱん ぱん ぱん
続けざまに虚空が弾ける。視界の端では同様に早苗が転がるようにして爆発を避けていた。まさか、と早苗が呻く。
「ランダムスペルですか」
「の、ようね」
嫌そうな顔でアリスが同意する。それに対してパチュリーは肩を竦めて同意を返す。
「ちゃんと時間制だから、がんばって頂戴」
端が燃え始めたスペルカードを、ほら、とアリス達に掲げてみせた。
◆
――ったく!
アリスは内心で盛大に舌打ちを一つ打つと、パチュリーの姿を改めて視界に収める。鳥居に仁王立ちしたその姿は、平素動かないと称される面影はどこにもないまでに堂に入ったものだった。
その悠然とした姿に、
――どうやら、動く気配がない、ということは設置型ってことかしら、ね!
思索を打ち切ると、一気に重心を背後へと倒す。と、パチュリーとの射軸でまた一つ
ぱん
と、爆発が起きる。傾けた重心と衝撃で尻餅をつくかというほどに倒れた体は、しかし左足の一蹴りで低く地面を滑るような跳躍へと変化する。
――やっぱり素直に飛ばせてはくれないみたいね。埃が付くから勘弁して欲しいんだけどねえ
内心のぼやきを秘めたまま、着地した右足ですぐさま左前へとステップを踏む。
直後、
ぱん
背後で、三度目の爆発が起こる。
――やっぱりタネはこの魔力で編んだ網のようね
自分にまとわりつく微細な魔力の網に目を細める。先ほどからの動きにあわせて網がまとわりつく点、そして爆発で破れる網の目からアリスは一つの推論を導き出す。
――発動条件は今一つ分からないけど、発生する場所は一定数以上の糸が交わった目の箇所、そしてスペルブレイクは網の目が無くなるまで、ってことね
とはいえ、と苦笑する。
――これだけのお誘いを相手に踊るのは楽じゃないわね
アリスは薄い笑いを浮かべ、優雅にステップを踏み始める。ステップは二つの音を伴った。一つはパチュリーのスペル、そしてもう一つはアリスの靴が踏みしめた玉砂利が奏でた。
ぱん じゃり ぱん
ぱん じゃり
じゃり じゃり ぱん
爆音を手拍子に踊るかのように、手水舎の前を縦横に動いていく。ステップが先か、それとも爆発が先か、気がつけばそのテンポは緩やかに、しかしはっきりとその速度を増していく。それに遭わせて、アリスの玉砂利を踏みならす音も変化してゆく。
じゃ ぱん じゃ じゃ ぱん じゃ じゃ
ぱん じゃ じゃ ぱん じゃ ぱん じゃ ぱん
じゃ ぱん じゃ ぱん じゃ ぱん じゃ じゃ ぱん
時に腕を振り、時に腰を落とし、時に背を反らし、アリスの踊りはそのテンポを上げてゆく。
「まさか、そこまで踊るのが上手だとは思わなかったわ」
パチュリーの呆れた声が爆風に乗ってアリスの耳へと届く。アリスはその動きを止めることなく、
「躱す、っていう考えは、縛られた魔女に思いつけというのは荷が重いのかしら?」
「受けて立つ、っていう考えが無い魔女は、考えものだと思わないかしら?」
「あら、本棚の奥に引っ込んでる魔女の口から、立つなんて言葉が出てくるとはそれこそ思わなかったわ」
アリスに対してパチュリーは肩を竦めて応じる。
「あっちとは大違いね」
パチュリーの視線の先、アリスの向かいでは、早苗がアリスとは違い、パチュリーのスペルを躱すのではなく、正面から叩きつぶしていた。
――なによ、あれ
アリスの驚きを他所に、早苗は淡々とその腕を振るった。
ぱす
気の抜けた音が流れる。その音と目にした結果に、アリスは口の端が引き攣るのを自覚した。
早苗の動きはアリスとは真逆、一歩も動くこと無く、ただその腕を振るい右へ左へ、上へ下へ、前へ後へと、弾をぽつり、ぽつりと打ち出しているだけだった。
「まさか、発動前の仕掛けを潰す、なんて芸当をされるとは、ね。巫女って職業は、オプションで勘が働くようになるのかしら?」
「勘が働く、とかそういう可愛いレベルじゃないわよねアレ」
――まとわりついていた網の目はあらかた潰れたわね
と、確認して足を止めたアリスに対して、早苗は簡単なことですよ、と答えを返す。
「パチュリーさんの呼吸に合わせて爆発しているだけですよね。だったら、発動のタイミングを見切るのなんて簡単ですよ」
早苗が周囲に弾を散らすと、その数だけぱすぱすと気の抜けた音が続き、
「まぁ、まさか早々にネタがばれるとは思わなかったわ」
鳥居からパチュリーの悔しそうな声が響く。その手は半ばまで色が変わったスペルカードをぐしゃりと握りつぶしていた。そして、コツコツと靴が忙しなくリズムを刻み始め
――あー、非常に嫌な予感しかしないわね、コレは。
「ああ、まったく。もう少しスマートに片付けたかったんだけど、ね」
ど ん
次の瞬間、パチュリーの溜息をトリガーに、盛大な一斉起爆による爆風が、境内を舐め尽くした。
――ああもう! だから誰が汚れを落とすと思ってるのよ! ていうか、魔理沙に傷がついたら、どうする気よ、まったく!
キン、という耳鳴りがする中、アリスは素早く早苗へと視線を走らせ、その無事を確認すると、できればさっきの爆発でリタイアしていれば楽だったのに、という本音と共に溜息を一つ零した。
アリスは結局二人纏めて片付けないといけないから、相当汚れるわよね、という内心の苛立ちを声に滲ませ、
「まあ、魔理沙に比べればましじゃないのかしら? あの子の場合は宣言した時点でばれるんだから」
とパチュリーに向けて肩を竦めて告げる。
対して、鳥居から参道へと降り立ったパチュリーは、
「言ってくれるわね、凡百、定番しか発想できない魔女の割には」
「あら、王道を理解出来ずに邪道しか歩めない魔女が何か喚いているわね」
「ふん、発想の貧困さを誤魔化すために、いつもの代わり映えのしないものを王道と詐称するとは、呆れるわね」
「理解の浅さを誤魔化すために、他所の様式を持ち込んで絶賛するような愚行を理解と詐称するよりはましじゃないかしら?」
双方じりじりとにじり寄り、今にもつかみ合いの取っ組み合いを始めそうな二人の魔女による舌戦を無視するように、
「じゃあ、ここらで攻守交代といきましょうか!」
早苗はそう告げた。そして懐からスペルカードを取り出し、スペルカードを宙へと放り投げると、
「東風谷早苗が問う! 其は何ぞ!」
スペルカードでは無い、不思議な問いかけをした。そして、それに応じるようにして、くるくると宙を舞っていたカードがすっと静止し、音が響いた。
「――我は客星」
その異質な声に、アリスはパチュリーとの舌戦を打ち切り無意識のうちに腰を落とし、手を握りしめていた。
――あんな案を出して、おふざけで勝つ気がないのかとと思ったら、とんだ見当違いだったようね
「まったく、藪をつついて蛇を出した気分だわ。まさかリビングメイルの概念をスペルカードに取り入れたのかしら?」
「流石、といったところかしら? 秘術といい、外来人ならではの発想と言ったところかしら? 面白いモノを作るものね」
アリスのぼやきに対して、パチュリーは逆に興味を滲ませる声で答える。が、その手が綴る防御陣が通常のものでは無いことを見て、パチュリーもまた相当な警戒をしている、とアリスは悟る。
「――彼方より来訪せしもの。天穹を駆けるもの。貴公の敵へと降り注ぐものなり!」
リンとした声が響き、その向こうで早苗が
「どうです、格好いいでしょう!」
と胸を張る。それに合わせて、たゆんと揺れ、舌打ちが二つ響く。アリスが僅かに視線をパチュリーへと動かすと、同様に視線を動かしていたパチュリーのそれと絡まる。
「お里が知れるわよ、小振りな人形並みの魔女」
「コンプレックスが知れるわよ、薄っぺらな本程度の魔女」
再びの舌打ちで絡まりは解け、早苗へと注がれる。視線に込められた意味は一つ。
――えぐれてしまえ
と、早苗の眼前に浮いていたハズのスペルカードが、ふっ、と瞬き
が ご ん
轟音を境内に響かせる。音はこちらへから背後へと駆け抜け、一瞬遅れて、土と砂利と埃とが舞い落ちてくる。
な、という驚きと共に慌てて背後へと防壁を展開するアリスをあざ笑うかのように、
が
ご
ん
と、轟音が頭上から境内へと突き刺さり、再び土埃が舞い上がる。
今度はアリスもスペルカードの動きを捉えていた。それは天狗もかくやという早さで参道を駆け抜けると共に、弾を吐き出していた。
――だ、か、ら、誰が、だ、れ、が! 洗濯すると思ってるのよ!
そんな、アリスの内心の憤りはストレートに口調となって出る。
「ふん、大層なモノかと思えば、只の奇をてらっただけのスペルね。本体の弾道も追尾型じゃないし、弾を吐き出すタイミングも一定間隔。魔理沙みたいに火力で圧倒するんじゃなくて速度でかき回して圧倒しようって意図みたいだけど、本体の移動速度が一定過ぎて吐き出されている弾幕が薄すぎるわね。まさに見かけ倒しね」
「し、試作品なんだから、いいじゃないですか! 大体なんですか、その感動の薄さ、カードが喋るんですよ! 完成したときには思わず『地ベタに這いつくばらせた諏訪子様、早苗はついにナイトライダーを抜きました!』って、涙まで浮かべたんですよ」
それは地ベタに這いつくばる羽目になった諏訪子が流すものじゃないのか、と胡乱な視線をパチュリーと共に早苗に送る。
「カードが喋る位ではしゃいで、外の思考というのは研究し甲斐があるわね。大体貴女、喋る道具なんて珍しくないでしょう?」
「普通道具は喋りませんよ?」
「あら、貴女の神社に入り浸っている唐傘が居ると聞いたけど?」
「ああ、小傘さんですか」
パチュリーの指摘に、早苗は頷きを一ついれると、
「愛玩妖怪でしたから、すっかり失念していました」
「助けて欲しい、って哀願している妖怪だったように記憶しているけど?」
「一体誰が小傘さんに酷いことを?!」
「レミィじゃないんだから、とりあえず鏡を見たら?」
「あれが愛じゃないというなら、一体何が愛だというんですか!」
「早苗が、って言った瞬間に逃げ腰になる時点で相当重傷だと思うけど? あれ、一昔前のレミィよ。咲夜が、って言った瞬間に逃げ腰になってたのとか特に」
「そんな、神社に来てる位だし、同意の上だと……」
「二日顔を出さなかっただけで、狩りに出掛けた人間のいうセリフじゃないと思うわ」
呆れたと突っ込むアリス。会話の間も早苗のスペルカードは境内を縦横に駆け回っていたが、その成果は途切れることのない会話が物語っていた。
「さて、と」
白かったはずのフリルが土埃で亜麻色になったのを見て、溜息を一つつくと、アリスは懐に手をやる。
――いい加減仕舞いにしましょうか
「大戦槍 ドン・クリーク」
短く告げるアリスに応じ、ず、ん、という鈍い音と共に、一本の槍を肩に担いだ一体の人形が虚空から吐き出される。
それは一体の勇壮な武者だった。全身を甲冑で覆い、手には長槍を一本携えていた。それはゆっくりと斜に構えた槍を振りかぶると、尚も境内を駆け回っている客星めがけ振り下ろし、
大爆発した。
◆
朝っぱらから元気よねぇ。誰が掃除すると思ってるのかしら、あの境内。陥没が、ひのふのみのよのいつむぅ……、原状回復って言葉を霖之助さんから聞いておいてよかったわ。実際にはしなかったけど。
まあ、アリスがいるし、パチュリーもいるから、元に戻すだけなら、早いでしょうし。駄目なら後で萃香でも捕まえれば良いか。
に、しても割に合わないと言えば、割に合わないわよね、いくらなんでも。柏餅一箱で、境内がぼろぼろだもん。
「ああ、お茶がうまい」
「あら、霊夢さん。おはようございます」
「おはよ、早苗」
「お目覚めですか?」
「こんだけどっかんどっかんされて、眠ってられるのは紫位じゃない?」
「諏訪子様も結構、眠ってますけどね」
アリスが呼び出した新種の人形にスペルを壊された際の爆風でここまで転がってきた割には、結構余裕があるみたいね。引き分け再試合ってのだけは、勘弁して欲しいんだけど。
とはいえ、やっぱりアリスが自爆、ってのも無いし。戦闘継続ね、これは。
「はぁ」
「朝から溜息ですか?」
「付かずに済むと思う?」
「少なくとも今の大穴は、アリスさんが原因ですよ」
「あんたのスペルが打ち落とされなければ、開かなかったんじゃないの?」
「いえいえ、私の読みが正しければ」
駄目だ、顔を動かすのもおっくうになってきた。アリスの事だ、土煙が収まるのを見計らって声を出すに決まってる。あの演出過剰家め。
「どう? 原作通りかしら?」
「ここは一応、まさかそんなものを作っていたとは、って叫ぶシーンでしょうか?」
「そうね、様式美は必要ね。そう思わないかしらパチュリー?」
「どうでもいいわ」
「どうみても1/2スケールです。その割には爆発過剰だと思いますが」
「芸術は爆発よ、早苗」
「爆発していれば芸術だと思ってませんかね、このヒト」
「今頃気がついたの? 奇をてらうだけで、観察眼は無いようね」
「そういうパチュリーさんは何時気がついたんですか?」
「咲夜から、魔理沙と一緒に魔砲をぶっぱなしている、って聞いた時かしら?」
目の前でしょうもない舌戦が繰り広げられるが、まあ無視してというか聞く必要も無いだろうなあ、これ。
ふむ。確かに子供ぐらいの大きさね、あの人形。構えは、見た感じレミリアのところの門番のを真似したみたいだけど。
「残念なことに忠実な1/2スケールだから、きっちり500キロまでしか持てないわよ。この子」
「そのどこらへんが残念なのかしら?」
「きっと自分を持ち上げられないところじゃないですかね? パチュリーさん」
「5キロでぎゃあぎゃあ言ってたけど、500キロも持てるんだから、気にする必要なんてないじゃないね」
「霊夢、乙女の5キロは金以上の価値があるのよ」
「その尻をとっぱらってから言ったらどうかしらね」
うん、これはけしてひがみとかそねみとかねたみとかではない。ましてやこないだれいせんやてゐに『ひめさまほど、がほかにもいたなんて』などときのどくそうなめでみられたのをおもいだしたせいでもない。
駄目だ。気分を落ち着けるためにも、もう一口食べよう。
「あ、あ。口の中に甘味が広がる」
うん。これはあれよ、心を落ち着けるために必要な糖分摂取、ってやつね。レミリアがよく、これは心を落ち着けるためのカルシウム摂取って言いながら牛乳を飲んでる理由がよく分かるわ。たまに咲夜が、お嬢様の胸が育ちませんように、とか呟いてるのがよく分からないけど。あれ、なにかの呪いかしら? そういやたまに紫もなんか呟いていたような……
「霊夢さんも、正月と変わりませんね」
「やかましい」
「朝から甘いものしか食べない、なんて不摂生をしているとまた太っちゃいますよ」
「今度こそ、必要な場所に蓄えられるハズだからいいのよ」
「夢を見るのは構わないけど、魔理沙みたいに泣く羽目になるわよ」
「……これを食べ終えたら、あんたらごと境内を掃除するからトントンよね、きっと」
うん、そうしよう。パチュリーが向こうで私は違うとゼスチャーを送ってきてるけど、まあ同罪よね。アリスのセリフに吹き出してたんだし。
にしても、パチュリーも相変わらず器用よね、ゼスチャーに合わせて弾出してるんだし。アリスもアリスでうまい具合に避けるわよね、今なんて当人狙いと人形狙いの弾じゃない、とお茶お茶、お茶が切れてる。
と、葉っぱどうしようかしら? しまったわね、箱に戻すのもなんだし……
「……そうね、良いこと思いついた」
うん、これでいい。縁側で相変わらず寝転がったままだと寒そうだしね。
「ちょっと、霊夢。魔理沙に変なことしてないでしょうね?!」
「変なこと、って何よ」
小姑め。人形が構えた槍を足場に跳ぶって瞬間まで魔理沙から視線を離してないとか、どんだけ過保護なんだか。
そんなんだから、神綺のやつが泣きながら愚痴るんだ。ウチのアリスちゃんが泥棒猫に貢いでる、って。
どさくさに紛れて乳とか尻とかまさぐってくるのは、遺伝なのかしらねえ、あれ。たまに魔理沙が、アリスと飲むと気がつくと下着が上下別になってるんだよなって愚痴ってたけど、一子相伝の何かかしら? 神綺もそうなのよね……
だめだ、また糖分を取らないと。……ん?
「あれ?」
おかしい、確かにここに、柏餅の箱が?
と、あー!!!
◆
弾幕ごっこで弾けた飛んだ小石の一つが当たったのだろうか、柏餅が入った箱は雨戸にぶつかり、跳ね返され、くるくると宙を舞っていた。
そして霊夢の目の前で、箱は中身をまき散らしながら、べしゃり、と境内に落ちた。
それを見て、アリス、パチュリー、早苗はぴたりと動きを止める。痛いほどの静寂が打って変わって境内を支配した。
一羽、また一羽と、弾幕ごっこにも逃げ出さなかった鳥が、里へ山へと境内から一目散に逃げ出すように飛んでいく。
それを横目に、アリスがゆっくりとぐずりそうな赤子をあやすかのように、ゆっくりと言い聞かせるようにして告げる。
「霊夢。これは不幸な事故よ」
アリスの言葉に、ぴくり、と霊夢の肩が震えると、
「そうね。これから起きる不幸は、事故よね」
いつになく平坦な返事に三人は顔を見合わせる。一瞬で出た結論は、博麗の巫女からは逃げられない、という絶望的なもの。
「いいかしら、霊夢」
「ちゃんとレミリアに伝えてあげるわ。パチュリーは勇敢に戦った、って」
「いえ、そうではなくてですね、霊夢さん」
「大丈夫、神奈子にも早苗は英霊になった、って言ってあげるわ」
あまりのとりつく島のなさに再度顔を見合わせる三人。
(ここは一つ、追加の箱を買ってくることで妥協しては?)
(駄目よ、アレ買うのに三日レミィを並ばせたのよ?)
(通りで慧音が猛り狂う訳ね。そりゃ、昼日中に往来のど真ん中に三日も棺桶が鎮座してたら迷惑よね)
(紅魔館じゃ、はじめてのおつかい、ということで好評だったわよ?)
(それは後で詳しく聞くとして。じゃあ、どうするんですか?)
(しょうがないから、利益の一部を提供、ってことでどうかしら?)
(背に腹は代えられないわね)
(パチュリーさんなら、代えられそうですけど)
(早苗、後で境内裏ね)
早苗に向かって親指を首の前で横に動かすジェスチャーをした後、こほん、とパチュリーは咳払いを一つ打ち、
「月末の河原でのバザーで、それを売るのよ」
「で?」
平坦ながらも、反応が返ってきたことに三人はほっとした。紫や天子や萃香の場合、この時点で強制土下座のコースだからだ。
「その売上の一部で手を打たないかしら?」
「具体的な額は?」
「そうね、恐らくこの柏餅なら買い占められる程度、かしら」
パチュリーの推測に、アリスが付け加える。その手には一枚の画用紙。それを霊夢へと見せながら、
「勿論、正統派のドレスを着せることが出来れば、だけど」
「……そんなありきたりな路線で商売になると思ってるなんて、引き籠もりの発想ね。そんな見慣れたものを見るために買う訳ないじゃないの。いい、これはハレのモノよ? それに着せるものといったら、けして着ないフリフリのゴシックに決まってるじゃないの」
「まだまだ常識に縛られていますね。時代は男装ですよ、男装。けして見ることのない、といえば、まさにコレでしょう!」
アリスに負けじとパチュリーと早苗もそれぞれ画用紙を手に霊夢へと突き出した。そのやり取りに霊夢は溜息を一つ。
「……つまり、何を売るか、で揉めてる訳ね。だったら三つ作ればいいじゃないの」
「霊夢の案は悪くないんだけど、材料と期間が無いのよ」
「時間に関しては、咲夜ったらスケベは如何なものかと思いますとか言って断ったわ」
「さすが、代替品で誤魔化す必要のないメイドね。言うことが違うわ」
「私達もめくるめく理想郷を作りたいのですが、如何せん先立つものが不足していまして」
「発案者が金欠、っていうのは何時の世も同じね」
早苗の自嘲にパチュリーが当て擦る。が、早苗はめげることなく、
「錬金術の一つも再現出来なくて魔女、って言われてもどうかと思いますがね」
「オマケにこんな感じでね。動かすのは口だけ、って連中の相手ほど骨の折れる仕事は無いわ」
「あら、アリスは口を動かす相手がいないから、手を動かしているんだと思ってたわ」
「パチュリーさんみたいに頁を捲ったり、ですね」
「あら、皮肉が通じるのね。どこぞの庭師みたいに行く先々で騒動を起こしてたから、早苗は肉体言語しか使えないとばかり思っていたわ」
「……悪いんだけど、そろそろデッサンを押しつけるのは止めてくれないかしら」
うんざりとした口調で霊夢が告げる。その声にしぶしぶ三人は案を引っ込める。
「大体、着せる、って言っても、アレ実寸とはだいぶ違うんじゃない?」
「どこが? きっちり1/2スケールよ?」
霊夢はアリスの言葉に、しばし考え込み、やおら両手で虚空をこねだした。ぐにぐにと指を動かしたと思うと、
「やっぱり美化しすぎじゃないのかしら?」
「そうかしら?」
「あれぐらいじゃない?」
「あんな感じになると思いますよ?」
四人はしばし無言で虚空を揉みしだいた。暫くして霊夢は我に返ると、こほん、と咳払いを一つ打ち、それを指差す。
「あれじゃ駄目なの?」
つ、と霊夢が指差した先、魔理沙の姿に三人は揃ってその手の画用紙を落とした。
アリスはごくり、と喉を鳴らし、パチュリーはへたり込み、早苗はまだ落とす鱗があったんですね、と呟いた。
それから半月後の河原のバザーにてそれは売り出された。
商品名は、「失楽園」。
顔を俯かせ、右腕で胸元を隠し、左手で柏の葉っぱ一枚を押さえさせて覆い隠すという斬新な1/2スケールの人形は、当然のことながら即日発売禁止となった。
いや、商品名が悪かったのか。女神降臨とかにしとけよwww
しかし柏餅の葉っぱだとアレだ。餅でくっつくから隠すっていうよりも前張r
何回か読み直しましたけど、なんか最後のぐにぐにと虚空をこね回す辺りがいまいち何をしてたのかよくわかりませんでした。
そんな人形は私が回収しよう!
キャラが何のために何をやってるのかがなかなか伝わって来ない状態が続いていました。
理由も大して説明されないで嫌味罵倒をここまで浴びせ合うキャラ達も不快でした。
まぁ、誰が一番不幸だったのか――みんな不幸でしたねwww