桜の花びらが舞う幻想郷。
住人達は妖精の春を告げる声にも慣れ、いたる所で花見や宴会が行われる。
春の陽気を存分に感じながら行く宛もなくふらふらと飛ぶのは紅白の巫女、博麗霊夢。
「気持ちいいわね…」
数日前までは少し肌寒く外を飛ぶ気にはなれなかったが、今日はぽかぽかとしていて申し分無い。
居眠り運転はいけないが、ある程度の高さを保っているので木にぶつかることは無いだろう。
そう思いウトウトとしていると後ろから声を掛けられる。
「気持ちいいですねー」
瞑っていた目を少し開いて、霊夢は声の主を確認する。
自分と同じ形状の服、だけど色は青。これからの季節に合う緑の髪の毛をなびかせて、東風谷早苗はニッコリと笑いながら霊夢の前にいた。
いつもキラキラと輝いている瞳だが、今日はいつも以上に輝いている気がする。
「春ですね!」
「春ですよ」
霊夢は鬱陶しそうに返事をする。
それは早苗だからではなく、単に寝ることを邪魔されたのが気に入らなかった。
「あら、お邪魔でした?」
「そう思うならさっさと消え去りなさい」
早苗は一向に立ち去る気配も無く、霊夢と一緒にふらふらと飛んでる。
しかし、なんとなくそわそわとした様子で、それは霊夢にも感じ取れた。
「何か用事?さっさと言いなさいよ!」
少し強めに言ってみたが、早苗はそれに怯むことなく、むしろ待ってましたとでも言うように顔の表情が明るくなる。
「いやぁ…実はですね。先程博麗神社の近くを通りかかったのですが、桜を見に来てるのか参拝者の方がいっぱいで。それなのに霊夢さんはいないので探してたんですよ」
霊夢は一瞬何を言っているのか理解できない。しばらくたって理解できたが正直何かが引っかかる。
「神社に巫女が不在なんて問答無用です!今すぐ戻って信仰を集めるべきです!」
そんなアンタはどうなんだと返してやりたいが、もし早苗が言っていることが本当ならばそれは一大事。
自分の生活費の為にも今すぐ戻ってお賽銭…と信仰を集めなければならない。
霊夢は進路を神社へ向け、急ぎ足で戻った。
霊夢の予感は的中した。
神社に近づくにつれて悪い予感はしていた。博麗神社はいつも通り静かで誰もいなかった。
後ろで楽しそうな笑い声がしたので、その声から霊夢は相手を確認せず振り向きざまにお札を投げた。
しかしそのお札は全てお払い棒によって弾かれる。
「おぉっと霊夢さん、それはルール違反ですよ。今日は騙されるほうが悪いんです!」
「うっさいわね!私の至福の時間を邪魔したくせに口答えをするか?」
とは言え、早苗の言う『今日は騙されるほうが悪い』という言葉には引っかかる。
「霊夢さん、今日はエイプリルフールですよ」
「エイプリルフール…?」
「あれ?ご存知無いのですか?四月の最初の日である今日は、嘘を付いてもいい日なんです。四月バカって言ったりもします。外の世界では常識ですよ」
「外の世界の常識は幻想郷での非常識よ」
くだらない…と言いながらも霊夢は少し良い事を聞いたかもしれないと考える。
外の世界の習慣なら幻想郷で知る人も少ないだろう。それならば今のこのうっぷんをいくらでも晴らすことができる。
「少し良い事を聞いたかもしれない…」
「そうでしょう?春のぽかぽか陽気に気分が浮かれてる人達には効果抜群です」
「いいわ、このことを教えてくれたから今回のことはチャラにしてあげる」
「本当ですか?今日の霊夢さん太っ腹ですね」
「私を誰だと思っているの?さて、今日は楽しくなりそうね」
「えぇ!頑張ってください!」
霊夢は意気揚々と神社をあとにした。
「と、言っても誰を騙すか…」
勢い良く神社を飛び出したまではよかったが、誰をどのようにして騙そうか。全く考えが浮かばない。
とりあえず人の多い人里に向かうことにした。
普通の人間を騙すのも悪くは無いが、それは少しつまらない。
そう思いながら飛んでいると目の前から普通ではない人間が突然現れた。
「あら御機嫌よう。神社の巫女って暇そうでいいわね、私も転職しようかしら」
「アンタは衣食住揃ってないと嫌なんでしょ?このご時世そんな都合の良い職無いわよ」
紅魔館のメイド長、十六夜咲夜は人里に買い物へ行っていたようで、その両手には買い物袋が下げられていた。
そこで、霊夢は何かを思いつく。
「そうだ咲夜、ちょっと頼まれてくれない?」
「見て分からない?今暇じゃないの」
「その続きは私がやっておくから」
「今日は吹雪かしら…」
咲夜は霊夢の突然の行動に不審がる。
「まぁまぁ、息抜きってことで。レミリアには私から説明しとくわ」
「本当、気味が悪いんだけど…」
そう警戒しながらも、この春の陽気の中少し自由に飛び回るのも気持ち良いだろうと思う。
結局買い物袋を霊夢に渡してしまい、咲夜は霊夢の頼みごとを聞くことにした。
その頼みごとはいたって簡単。
あのスキマ妖怪に結界の定期的な点検で異常が無いことを告げるだけだった。
「そんな簡単なこと…」
「そうもいかないのよ…この前紫とくだらないことで言い合ってね、ちょっと顔を合わせづらいって言うか…」
もちろん嘘である。
「わかったわ、引き受けたから。アンタもちゃんとそれ届けてよね」
「任せなさい、これくらいのこと」
「そう、じゃ」
そう言って咲夜は霊夢の前から消えた。
霊夢としては都合が良かった。嘘をつく準備が整った上に、面倒な仕事も一つ片付いた。
「さて…待ってなさいレミリア」
不敵な笑みを浮かべて、霊夢は紅魔館へ向かった。
いつも通りな門番の上を通り過ぎ、霊夢は簡単に館の中へ入った。
近くの妖精メイドを捕まえてレミリアの居場所を聞き、そこへ向かう。
「あら霊夢」
バルコニーで紅茶を飲んでいたレミリアは霊夢に気付き、少し驚く。
「はい、買い物してきたわよ」
「それは見てわかるけど…咲夜は?」
「あぁそのことだけどね…」
霊夢は少し視線を落とす。
「アイツ…ここのメイド辞めるって」
「フフッなんの冗談よ。咲夜、馬鹿なことしてないで出てきなさい」
しかし従者は一向に現れない、風の通る音が無駄に大きく響く。
「え…嘘でしょ」
「本当よ、買い物の帰りの途中にやけに思いつめた顔してるから、話しかけてみたら…わがままなお嬢様の相手をするのに疲れたって…」
「嘘よ!何かの間違いよ!咲夜がそんなこと…」
「じゃぁ今現れないのは何故よ?」
「それは…」
もうレミリアの目尻には輝く物がある。
それ程に大切な従者なのかと思うと、人間でありながら凄いなと霊夢は思う。
「咲夜!ねぇ…私がわがままだったのは謝るから…だから…」
レミリアが今にも泣き出しそうな所で咲夜は戻ってきた。
「お…お嬢様!?」
目尻に涙を浮かべている主を見て、咲夜は驚く。
「咲夜!?良かった…本当に良かった」
咲夜の胸元に飛び込むレミリア。
「え、えぇ?いったいどういう事でしょうか?」
「だって…私がわがままだから、咲夜がここのメイドを辞めるって霊夢が…」
「えぇ!?」
咲夜は後ろにいる霊夢を睨みつける。
「グッドタイミングじゃない」
「グッドタイミングもなにも、アンタどういうつもり?」
咲夜からすると迂闊だった、時間を止めればすぐの用事だと考えていたが、探すのはあの神出鬼没のスキマ妖怪。
探すのは時間を止めても意外と時間のかかる用事だった。そして戻ればこの状況。
手にはナイフ、もう臨戦体勢だ。
そんな咲夜を無視して霊夢は言う。
「レミリア、私の言ったことは全部嘘よ」
「う…そ…」
レミリアは言葉の意味を理解するに連れて怒りや恥ずかしさやらがいろいろとこみ上げてくる。
「今日は四月初めの日、エイプリルフール…つまり四月バカ。今日は嘘を付いてもいい日なのよ」
「エイプリル…」
「フール…」
咲夜もレミリアも今までに見たことない勝ち誇ったような顔の霊夢を前に唖然とする。
「それじゃ、感動の再開を引き続き味わいなさい。私はこれで失礼するわ」
そう言って窓から霊夢は飛び立った。
残された二人はしばらく霊夢の去った雲一つない空を見つめていた。
次に向かったのは霧雨邸。最近神社に来ないと思っていたら、魔理沙は家に篭って魔法の研究をしていた。
軽くノックをすると、少し疲れた声でどうぞと家の中から声がした。
「昼間なのに篭りっきりは身体に良くないわよ」
「珍しいな、お前が来るなんて」
魔理沙は目の下にクマを作って髪の毛は少し乱れている。
「紅茶飲むか?」
「私が淹れるわ」
お疲れな魔理沙を騙すのは少し悪い気がしたが今日は四月バカなのだ、騙されるほうが悪いのだ。
紅茶の準備をしながら霊夢はどんな嘘をついてやろうかと考える。
そしてしばらくして、わざと思い出したかのように言った。
「そういえば魔理沙、さっきここに来る時に見かけたんだけど…なんだっけ、この前言ってた」
「んー?この前?」
「ほらこの前神社に来たときにこの時期に生えるはずの希少な茸」
「あぁ…あのことか、それがどうしたって?」
「だから、それにそっくりなのを見かけたの」
それまで椅子にだらんとしていた魔理沙だったが、突然飛び起きて霊夢に迫る。
「ど!どこで見た?」
「えぇっと森の入り口…」
あまりの勢いに霊夢は適当な答えしか出なかった。
とは言え、魔理沙なら本気で探し始めてしまうだろう。さすがに疲れた身体には可哀想だと思った霊夢はこの辺りでネタばらしすることにした。
「というのは嘘」
「へ…」
魔理沙の目が点になる。この反応、この反応こそが自分の見たかったものだった。
「今日は四月初めの日、エイプリルフール…つまり四月バカ。今日は嘘を付いてもいい日なのよ」
楽しそうな霊夢に対し魔理沙はへなへなとベッドに倒れ込んだ。
「霊夢…酷いぜ…」
「そのままお休みなさい。私はそろそろ行くわ」
霊夢は少し酷いことをしたと思う反面、このまま魔理沙に眠って貰えればと思いながら霧雨邸をあとにした。
霊夢に騙されてヤル気が無くなった魔理沙はこのまましばらく眠ることにした。
騙されたことは悔しいが、こうやって自分が休む気にもなれたことに少し感謝しながら、魔理沙は目を閉じた。
「ん…?」
何か引っかかったが、薄れゆく意識の中で魔理沙は思考を止めた。
「あ~大分スッキリしたわ」
夕焼けの空を飛びながら霊夢は大きく伸びをする。
今日一日でかなりの者を騙すことができた。自分のつく嘘はそれなりの出来で、誰もが最初は必ず信じてくれた。
何よりいつも振り回されるあの鴉天狗に、ガセネタを振りまいた時は何ものにも代えられない快感があった。
「これから毎年この日が楽しみになるわね」
来年はどんな嘘をついてやろうか、今から来年の今日が楽しみである。
そんなことを考えていると後ろから声を掛けられる。
「どうでしたか?今日一日」
今日の朝と同じように、早苗は霊夢の前に笑顔で現れる。
「もう最高よ!早苗には感謝するわ」
「それは何よりです」
しばらくは今日ついた嘘、各々の反応について霊夢が熱く語っていたが、ある時早苗が。
「そんなことより霊夢さん、実は私今日もう一つ嘘を付いていたんです」
少し深刻そうに早苗は言うが、上機嫌の霊夢は全く気にしていない。
「何よ?今日は機嫌が良いから、なんでも許してあげるわよ」
「それはよかった。実はですね…」
さっきまで吹いていた風が止み、やけに静かになる。
「今日…四月二日なんですよ…」
住人達は妖精の春を告げる声にも慣れ、いたる所で花見や宴会が行われる。
春の陽気を存分に感じながら行く宛もなくふらふらと飛ぶのは紅白の巫女、博麗霊夢。
「気持ちいいわね…」
数日前までは少し肌寒く外を飛ぶ気にはなれなかったが、今日はぽかぽかとしていて申し分無い。
居眠り運転はいけないが、ある程度の高さを保っているので木にぶつかることは無いだろう。
そう思いウトウトとしていると後ろから声を掛けられる。
「気持ちいいですねー」
瞑っていた目を少し開いて、霊夢は声の主を確認する。
自分と同じ形状の服、だけど色は青。これからの季節に合う緑の髪の毛をなびかせて、東風谷早苗はニッコリと笑いながら霊夢の前にいた。
いつもキラキラと輝いている瞳だが、今日はいつも以上に輝いている気がする。
「春ですね!」
「春ですよ」
霊夢は鬱陶しそうに返事をする。
それは早苗だからではなく、単に寝ることを邪魔されたのが気に入らなかった。
「あら、お邪魔でした?」
「そう思うならさっさと消え去りなさい」
早苗は一向に立ち去る気配も無く、霊夢と一緒にふらふらと飛んでる。
しかし、なんとなくそわそわとした様子で、それは霊夢にも感じ取れた。
「何か用事?さっさと言いなさいよ!」
少し強めに言ってみたが、早苗はそれに怯むことなく、むしろ待ってましたとでも言うように顔の表情が明るくなる。
「いやぁ…実はですね。先程博麗神社の近くを通りかかったのですが、桜を見に来てるのか参拝者の方がいっぱいで。それなのに霊夢さんはいないので探してたんですよ」
霊夢は一瞬何を言っているのか理解できない。しばらくたって理解できたが正直何かが引っかかる。
「神社に巫女が不在なんて問答無用です!今すぐ戻って信仰を集めるべきです!」
そんなアンタはどうなんだと返してやりたいが、もし早苗が言っていることが本当ならばそれは一大事。
自分の生活費の為にも今すぐ戻ってお賽銭…と信仰を集めなければならない。
霊夢は進路を神社へ向け、急ぎ足で戻った。
霊夢の予感は的中した。
神社に近づくにつれて悪い予感はしていた。博麗神社はいつも通り静かで誰もいなかった。
後ろで楽しそうな笑い声がしたので、その声から霊夢は相手を確認せず振り向きざまにお札を投げた。
しかしそのお札は全てお払い棒によって弾かれる。
「おぉっと霊夢さん、それはルール違反ですよ。今日は騙されるほうが悪いんです!」
「うっさいわね!私の至福の時間を邪魔したくせに口答えをするか?」
とは言え、早苗の言う『今日は騙されるほうが悪い』という言葉には引っかかる。
「霊夢さん、今日はエイプリルフールですよ」
「エイプリルフール…?」
「あれ?ご存知無いのですか?四月の最初の日である今日は、嘘を付いてもいい日なんです。四月バカって言ったりもします。外の世界では常識ですよ」
「外の世界の常識は幻想郷での非常識よ」
くだらない…と言いながらも霊夢は少し良い事を聞いたかもしれないと考える。
外の世界の習慣なら幻想郷で知る人も少ないだろう。それならば今のこのうっぷんをいくらでも晴らすことができる。
「少し良い事を聞いたかもしれない…」
「そうでしょう?春のぽかぽか陽気に気分が浮かれてる人達には効果抜群です」
「いいわ、このことを教えてくれたから今回のことはチャラにしてあげる」
「本当ですか?今日の霊夢さん太っ腹ですね」
「私を誰だと思っているの?さて、今日は楽しくなりそうね」
「えぇ!頑張ってください!」
霊夢は意気揚々と神社をあとにした。
「と、言っても誰を騙すか…」
勢い良く神社を飛び出したまではよかったが、誰をどのようにして騙そうか。全く考えが浮かばない。
とりあえず人の多い人里に向かうことにした。
普通の人間を騙すのも悪くは無いが、それは少しつまらない。
そう思いながら飛んでいると目の前から普通ではない人間が突然現れた。
「あら御機嫌よう。神社の巫女って暇そうでいいわね、私も転職しようかしら」
「アンタは衣食住揃ってないと嫌なんでしょ?このご時世そんな都合の良い職無いわよ」
紅魔館のメイド長、十六夜咲夜は人里に買い物へ行っていたようで、その両手には買い物袋が下げられていた。
そこで、霊夢は何かを思いつく。
「そうだ咲夜、ちょっと頼まれてくれない?」
「見て分からない?今暇じゃないの」
「その続きは私がやっておくから」
「今日は吹雪かしら…」
咲夜は霊夢の突然の行動に不審がる。
「まぁまぁ、息抜きってことで。レミリアには私から説明しとくわ」
「本当、気味が悪いんだけど…」
そう警戒しながらも、この春の陽気の中少し自由に飛び回るのも気持ち良いだろうと思う。
結局買い物袋を霊夢に渡してしまい、咲夜は霊夢の頼みごとを聞くことにした。
その頼みごとはいたって簡単。
あのスキマ妖怪に結界の定期的な点検で異常が無いことを告げるだけだった。
「そんな簡単なこと…」
「そうもいかないのよ…この前紫とくだらないことで言い合ってね、ちょっと顔を合わせづらいって言うか…」
もちろん嘘である。
「わかったわ、引き受けたから。アンタもちゃんとそれ届けてよね」
「任せなさい、これくらいのこと」
「そう、じゃ」
そう言って咲夜は霊夢の前から消えた。
霊夢としては都合が良かった。嘘をつく準備が整った上に、面倒な仕事も一つ片付いた。
「さて…待ってなさいレミリア」
不敵な笑みを浮かべて、霊夢は紅魔館へ向かった。
いつも通りな門番の上を通り過ぎ、霊夢は簡単に館の中へ入った。
近くの妖精メイドを捕まえてレミリアの居場所を聞き、そこへ向かう。
「あら霊夢」
バルコニーで紅茶を飲んでいたレミリアは霊夢に気付き、少し驚く。
「はい、買い物してきたわよ」
「それは見てわかるけど…咲夜は?」
「あぁそのことだけどね…」
霊夢は少し視線を落とす。
「アイツ…ここのメイド辞めるって」
「フフッなんの冗談よ。咲夜、馬鹿なことしてないで出てきなさい」
しかし従者は一向に現れない、風の通る音が無駄に大きく響く。
「え…嘘でしょ」
「本当よ、買い物の帰りの途中にやけに思いつめた顔してるから、話しかけてみたら…わがままなお嬢様の相手をするのに疲れたって…」
「嘘よ!何かの間違いよ!咲夜がそんなこと…」
「じゃぁ今現れないのは何故よ?」
「それは…」
もうレミリアの目尻には輝く物がある。
それ程に大切な従者なのかと思うと、人間でありながら凄いなと霊夢は思う。
「咲夜!ねぇ…私がわがままだったのは謝るから…だから…」
レミリアが今にも泣き出しそうな所で咲夜は戻ってきた。
「お…お嬢様!?」
目尻に涙を浮かべている主を見て、咲夜は驚く。
「咲夜!?良かった…本当に良かった」
咲夜の胸元に飛び込むレミリア。
「え、えぇ?いったいどういう事でしょうか?」
「だって…私がわがままだから、咲夜がここのメイドを辞めるって霊夢が…」
「えぇ!?」
咲夜は後ろにいる霊夢を睨みつける。
「グッドタイミングじゃない」
「グッドタイミングもなにも、アンタどういうつもり?」
咲夜からすると迂闊だった、時間を止めればすぐの用事だと考えていたが、探すのはあの神出鬼没のスキマ妖怪。
探すのは時間を止めても意外と時間のかかる用事だった。そして戻ればこの状況。
手にはナイフ、もう臨戦体勢だ。
そんな咲夜を無視して霊夢は言う。
「レミリア、私の言ったことは全部嘘よ」
「う…そ…」
レミリアは言葉の意味を理解するに連れて怒りや恥ずかしさやらがいろいろとこみ上げてくる。
「今日は四月初めの日、エイプリルフール…つまり四月バカ。今日は嘘を付いてもいい日なのよ」
「エイプリル…」
「フール…」
咲夜もレミリアも今までに見たことない勝ち誇ったような顔の霊夢を前に唖然とする。
「それじゃ、感動の再開を引き続き味わいなさい。私はこれで失礼するわ」
そう言って窓から霊夢は飛び立った。
残された二人はしばらく霊夢の去った雲一つない空を見つめていた。
次に向かったのは霧雨邸。最近神社に来ないと思っていたら、魔理沙は家に篭って魔法の研究をしていた。
軽くノックをすると、少し疲れた声でどうぞと家の中から声がした。
「昼間なのに篭りっきりは身体に良くないわよ」
「珍しいな、お前が来るなんて」
魔理沙は目の下にクマを作って髪の毛は少し乱れている。
「紅茶飲むか?」
「私が淹れるわ」
お疲れな魔理沙を騙すのは少し悪い気がしたが今日は四月バカなのだ、騙されるほうが悪いのだ。
紅茶の準備をしながら霊夢はどんな嘘をついてやろうかと考える。
そしてしばらくして、わざと思い出したかのように言った。
「そういえば魔理沙、さっきここに来る時に見かけたんだけど…なんだっけ、この前言ってた」
「んー?この前?」
「ほらこの前神社に来たときにこの時期に生えるはずの希少な茸」
「あぁ…あのことか、それがどうしたって?」
「だから、それにそっくりなのを見かけたの」
それまで椅子にだらんとしていた魔理沙だったが、突然飛び起きて霊夢に迫る。
「ど!どこで見た?」
「えぇっと森の入り口…」
あまりの勢いに霊夢は適当な答えしか出なかった。
とは言え、魔理沙なら本気で探し始めてしまうだろう。さすがに疲れた身体には可哀想だと思った霊夢はこの辺りでネタばらしすることにした。
「というのは嘘」
「へ…」
魔理沙の目が点になる。この反応、この反応こそが自分の見たかったものだった。
「今日は四月初めの日、エイプリルフール…つまり四月バカ。今日は嘘を付いてもいい日なのよ」
楽しそうな霊夢に対し魔理沙はへなへなとベッドに倒れ込んだ。
「霊夢…酷いぜ…」
「そのままお休みなさい。私はそろそろ行くわ」
霊夢は少し酷いことをしたと思う反面、このまま魔理沙に眠って貰えればと思いながら霧雨邸をあとにした。
霊夢に騙されてヤル気が無くなった魔理沙はこのまましばらく眠ることにした。
騙されたことは悔しいが、こうやって自分が休む気にもなれたことに少し感謝しながら、魔理沙は目を閉じた。
「ん…?」
何か引っかかったが、薄れゆく意識の中で魔理沙は思考を止めた。
「あ~大分スッキリしたわ」
夕焼けの空を飛びながら霊夢は大きく伸びをする。
今日一日でかなりの者を騙すことができた。自分のつく嘘はそれなりの出来で、誰もが最初は必ず信じてくれた。
何よりいつも振り回されるあの鴉天狗に、ガセネタを振りまいた時は何ものにも代えられない快感があった。
「これから毎年この日が楽しみになるわね」
来年はどんな嘘をついてやろうか、今から来年の今日が楽しみである。
そんなことを考えていると後ろから声を掛けられる。
「どうでしたか?今日一日」
今日の朝と同じように、早苗は霊夢の前に笑顔で現れる。
「もう最高よ!早苗には感謝するわ」
「それは何よりです」
しばらくは今日ついた嘘、各々の反応について霊夢が熱く語っていたが、ある時早苗が。
「そんなことより霊夢さん、実は私今日もう一つ嘘を付いていたんです」
少し深刻そうに早苗は言うが、上機嫌の霊夢は全く気にしていない。
「何よ?今日は機嫌が良いから、なんでも許してあげるわよ」
「それはよかった。実はですね…」
さっきまで吹いていた風が止み、やけに静かになる。
「今日…四月二日なんですよ…」
実際にやられるともうね…腹筋痛いよ…