神奈子は今、非常に美味しくない酒を飲んでいた。
守矢神社の居間。
普段なら、三人の住人のにぎやかな夕飯終え、お風呂も入り終えたぐらいの時間。
しかし今日はそのいつもと違い、神奈子がひとりで遅めの晩御飯を食べている姿しかなかった。
「いただきます」
一人分のいただきますの声が居間に響いて消える。
そうして食べ始めた今晩の夕食は、すべて神奈子自身が作ったものだった。
普段は早苗が食事の用意をしているのだが、今日はその早苗が外出することになり神奈子が作る事になったのだ。
その夕食の内容は、筍の煮物に川魚の塩焼き、ほうれん草のおひたしに、酒であった。
台所に保存されていた食材だけを使っての料理にしてはちょっと豪華なのは、いつもはしない料理に対して気合が入っていたためだろうか。
しかし、そんな気合いの入った料理とは異なり、食事をしている姿はどことなく寂しげである。
ちびちびとおかずを三角食べしながら、グラスになみなみと注いだ酒を飲んでいく。
しんと静まり返った居間は、神奈子の食事の音だけがする状況である。
塩焼きをつまみ、その後ぐびっとグラスに入れた日本酒を飲みほしてぷはあと一息ついてから、神奈子はしみじみとこう言った。
「まずい」
===============================================================
さて、少し時間を遡ってみよう。
夕刻というには少し早すぎで、昼ごろと言うにはすこし遅すぎる時刻。
守矢神社の居間には、思い思いの時間を一緒に過ごす守矢神社の三人の姿があった。
早苗は取り込んだばかりの洗濯物を畳んでいて、諏訪子は炬燵にもぐってまどろみ、神奈子は文々。新聞に目を通していた。
そんなのんびりとした時間を過ごしていたとき、早苗が「あ」と、思い出したようにこう切り出した。
「そうでした。神奈子様、諏訪子様。今日は私、晩御飯いりませんから」
その言葉にそれぞれ早苗の方を向く二人。
その二人の顔にはどうして? という色が浮かんでいた。
「今日は霊夢さんの所に、宴会を開くとかってお呼ばれされているんです」
そう言ってパンと洗濯物をひろげる早苗。
しわひとつないその洗濯物は、あっという間に四角にたたまれた。
「え? 私たちは呼ばれてないけど。神奈子呼ばれた?」
「いや、そんなおぼえはないねぇ」
私たちが呼ばれないなんてなあ、と不思議そうに二人は顔を見合わせた。
二人が不思議に思うのも無理はなかった。
神社で開かれる宴会はその規模がいつも大きく、幻想郷で主要な顔ぶれはいつも招待されるはずなのだ。
それなのに、早苗だけが宴会に呼ばれているという。
それを不思議に思う二人の様子に、早苗は洗濯物をたたむ手を止めてこう切り出す。
「えっとですね。魔理沙さんが、たまには主の居ない宴会を開いてもいいんじゃないかって以前おっしゃってまして。
それで、紅魔館の咲夜さんと白玉楼の妖夢さん。永遠亭の鈴仙さんと私がお呼ばれされたんです」
早苗は今日の宴会に呼ばれている面々の名前を、指折り挙げていく。
そのメンバーは確かに、普段は主といえるであろう人に仕えているものばかりであった。
そしてさらに言えば、早苗の普段の生活でも近しいものばかりであるともいえる。
神奈子はそのメンバーを聞き、ははぁと一人頷いた。
「つまりは、友達同士だけでの飲み会ってところかい?」
その言葉に照れたように早苗は頷く。
「まあ、そうともいえるかもしれませんね」
嬉しそうに、頬をかきながらそう話す早苗。
そんな早苗をじっと見つめながら、神奈子はこっちにやってきてからの事を思い起こしていた。
思えば、幻想郷に来てかなりの時間がたったものである。
初めは、「博麗の巫女をとっちめればいいんですね」と息を巻いていた早苗であったが、
しょっぱなにコテンパンにやられるという出来事があったものの、霊夢とはいい友人関係を築けたようである。
その後も、霊夢をつたってや宴会の場で出会った歳(精神年齢ともいえるかな?)の近しい人妖とも話せるようになり、
この春には霊夢と魔理沙に混ざって、異変解決に出かけるまでにもなった。
そんな風に、外の世界に居たとは考えられないくらいのスピードで、新しい世界である幻想郷になじんできた早苗を神奈子が嬉しく思うのは当然だろう。
たまに、常識にとらわれてはいけないのです、と突拍子もないことをしようとするようになったけれど、それも成長なのだろう。
「そうかい。そういうことなら行ってくると良い。たまには友達だけで飲む酒もいいからね」
そんな早苗が、おそらく初めて神奈子たちに断りも入れずに入れた友達との予定である。
それは神奈子にとって反対するものではなく、どちらかというと喜ばしいことであった。
笑ってそう言った神奈子に、早苗も笑顔で返す。
「はい。行ってきますね」
すると、そこまでずっと二人の会話を聞いていた諏訪子が、炬燵にあごを預けたまま早苗に聞く。
「ところで、今日のその宴会って何時からなの?」
「えっと、何時とは決めていないんですけど霊夢さんは早く来て準備を手伝えって」
畳んだ洗濯物を、籠の中に片づけながら早苗が答える。
「ふうん、じゃあ早めに行ってあげた方がいいかもねぇ」
神奈子のそんな何気ない一言に、早苗はくすりと笑う。
「大丈夫ですよ。皆さん、あまり早く行く気はないようでしたから」
「そうなのかい。まあ何時も通りっちゃあ何時も通りだねぇ」
「いつも霊夢、あんたたちも手伝いなさいよ~、って怒ってるもんね」
「でも今日は早めには行こうと思ってるんです。霊夢さん怖いですから」
わざとらしく身震いをしながらそう言った早苗は、すっと立ち上がり障子を開ける。
巫女服の袖をまくりながら居間の中にいる二人にこう言った。
「お風呂は沸かしておきますね。あと晩御飯も後で作っておきますから」
そう言って風呂場に向かおうとした早苗を、神奈子が何やら考えた後に止めた。
「まあまあ早苗。今日ぐらいは早めに霊夢の所に行ってやりな。お風呂もご飯の用意もいいから」
「え? ですがそれでは……」
戸惑う早苗に神奈子は、その大きい胸を張りながら自信満々にこう言った。
「今日は、私がご飯を作るよ!」
============================================================
コトコトと鍋が煮える音と、トントンという包丁の音が聞こえてくる。
台所でまな板に向かうエプロン姿の神奈子の姿は、お母さん、と呼びたくなるような雰囲気を十分に醸し出していた。
「神奈子~、お風呂沸いたよ~」
「はいよ。ありがとね」
トストスと歩く音と共に、風呂の用意を終えた諏訪子が台所に入って来て神奈子の姿を見る。
その際に呟いた「似合いすぎだろ」、という言葉はどうやら神奈子には聞こえなかったようだ。
空はもう暗くなっており、どこからともなく烏が山に帰って、人里でも人々が晩御飯を作り始めるそんな時間帯。
早苗はあれからすぐに神社の宴会に出かけていて、夜の守矢神社にしては珍しく神奈子と諏訪子だけである。
その早苗は初め、「家事は私の仕事です」とか、「私の用事で神奈子様のお手を煩わせる訳には」と言っていたが、
「まあまあ、神奈子だって早苗のことを思って言ってるんだから、受けとっておいたら?」
という諏訪子の一言によって折れた。
そうして、その後すぐに二人に背中を押されるように宴会に向かった早苗は、とても照れていて、それでいて嬉しそうであった。
その後、普段は早苗がしていることを分担しようという神奈子の提案がなされ、
神奈子が料理をする代わりに、諏訪子はお風呂の用意をすることになったのである。
料理をする神奈子という珍しい光景を見ていた諏訪子は、灰汁抜きを終えた竹の子を手際よくほどよい大きさに切っていくその様子に感嘆の声を上げた。
「うまいもんだね。あんまり料理している姿見たことなかったけど」
その言葉に、神奈子は少し照れたように笑った。
「まあ、こう見えても昔はよく料理をしてたんだよ。今は早苗がやってくれてるけど」
「へえ。確かに、粥は得意料理だって言ってたもんね」
「粥じゃあ料理が得意かわからないじゃないか」
「ほんとだ」
そう言ってけらけらと笑う諏訪子。
神奈子はまったく、と呟いて料理を続ける。
「そういや、リクエストを聞いてなかったね」
「ん? 何の?」
「今晩のおかずのさ」
「う~ん。神奈子が作ったやつだったらなんでもいいけど……」
「けど?」
「できれば、酒に合うやつがいいかな」
そう言って杯をあおるような仕草をする諏訪子。
そんな諏訪子を見て、竹の子を鍋に入れながら神奈子はニヤッと笑った。
「そう言うと思ってた。だから今日は、酒のつまみばっかり」
「さっすが神奈子。わかってる~」
「今日は早苗がいないからね。止める人がいない時に酒は飲んでおくもんだと思ってね」
「よっ! 酒飲みの神!」
「あんたもでしょ」
その言葉に、二ヒヒと照れたように諏訪子は笑った。
ともかく、そうやって今日の守矢家の夕飯が決まったわけである。
その後、次々と料理の支度をすすめる神奈子に
「まだか~」
と、台に顎を乗せた状態で急かす諏訪子という絵が三十分ほど続いた時である。
ガンガンと玄関の戸をたたく音と、何やら人を呼ぶような大きな声が二人のいる台所まで聞こえてきた。
「諏訪子、客が来たみたいだよ」
「そうだねえ~」
「行って来いって言ってんの」
「はいはい、了解」
しぶしぶ立ち上がり玄関に向かう諏訪子。
それを背中で見送った神奈子は、鍋のふたを開け竹の子の煮物の味見する。
「うん、いい感じ」
うんうんと満足げにうなずく神奈子。
この煮物が出来上がれば、夕飯がすべて出来上がり、その後はこれらを肴にしての諏訪子と酒盛りである。
それを思ってか、ほんの少し笑みを浮かべた神奈子が、ほうれん草のおひたしを盛りつけようと皿を取り出した時である。
台所の戸からほんの少しだけ顔を出し、なにか申し訳なさそうにしている諏訪子を見つけた。
「何してんの諏訪子? で、お客は誰だった?」
「あのね、それなんだけど……」
もじもじと、決まりが悪そうにうつむく諏訪子。
「えっとね、ちょっと用事ができちゃった」
「用事って?」
「あの……、今でっかいバルーン作ってるじゃない、河童と。それにちょっと問題が見つかって、河童が来てくれって」
「今すぐかい?」
「うん、今すぐみたい」
困ったようにそう言う諏訪子に、神奈子は笑いながらこう言った。
「まあ、来てくれって言われたんだからしょうがないね」
「うん。なんか悪いね」
「あらあら、諏訪子が私に謝るなんて。明日は蛙が降るかもねぇ」
「うっせ。……それじゃあ行ってくるね」
「はいよ、了解」
「出来るだけ早く帰ってくるけど、遅いと思ったら先に食べといてもいいからね」
そう言って、どたどたと慌ただしく玄関の方にかけていく諏訪子。
そしてその後、ピシャンという玄関の戸が閉まる音が響いた。
神奈子が台所の窓から外を見ると、そこには何やら慌てた様子のにとりと、諏訪子が飛び立っていく姿が見えた。
それを見た神奈子は、はぁとため息をつき、竹の子が煮えるコトコトという音がそれに合わさる。
「先に食べといていいって言われても、酒のつまみだしねぇ」
先ほどまでとは異なり、自分だけになった台所とそこから見える居間を見て、神奈子は小さくそう呟いた。
=========================================================
居間に置かれている時計の長い針が、諏訪子が出て行ってから二周目をまわり終え、三周目も中盤に差し掛かった時である。
それまで、諏訪子の帰りを待っていた神奈子はその時計をずっと睨んでいたが、それも止めてゆっくりと腰を上げた。
「仕方がないから、先に食べちゃおうかね」
台所に入り、すでに用意し終えていた夕食を温め直してから居間に運ぶ。
三往復で済んだそれの最後に、神奈子が持ってきたものは一升瓶とグラスであった。
コポコポとグラス一杯に酒を注ぎ、箸を持って言う。
「いただきます」
そうして、神奈子一人きりの遅い夕食とあいなったわけである。
先ほどの、
「まずい」
という神奈子の一言に続いたのは、やはり静寂だけであった。
かちゃかちゃという食器の音のみが神奈子の耳に入り、そして寂しさが増していく。
グラスの酒を飲めばそれは美味しくなく、自分が作った料理も味見の時の味とは違う気がする。
なにより、神奈子は自分の横に誰もいないという事を、一番の違和感として感じているのかもしれない。
その証拠に、一口食べて一口飲む度に誰もいない場所に神奈子は目を向けては、
「はあ」
と、ため息をついているのだ。
「なんだか、おいしくない」
箸を止め、そう呟く。
折角、神奈子自身が気合いを入れて作った料理もおいしくなく、酒すらもそれに準じている状況である。
神奈子はおもむろに、ごろんと仰向けに寝転がって、天井を見上げた。
木目の映えるその天井には、所どころ人の顔に見える模様がある。
幼いころの早苗が怖がった、その木目の顔に神奈子はこう呟いた。
「あんたがいたってねぇ」
ほんの少しの自嘲が含まれたその言葉に、もちろん木目の顔は言葉を返さない。
仰向けから横向けに体勢を変えて、自分の腕を枕にした神奈子がもうこのまま寝てしまおうかな、と考えたときであった。
「たーだいまかえりましたー!」
「ちょっと早苗! 酔いすぎだって!」
玄関の開く音とともに、早苗と諏訪子の大きな声が聞こえ、神奈子は体を起こした。
そしてそのすぐ後に、どたどたという廊下を走る音が二つ居間に近づいて、そして障子が勢いよく開いた。
「神奈子さま! ただいまです!」
「神奈子、遅くなってごめんね。さっきそこで早苗にあって、この調子だったから」
顔を真っ赤にして呂律の回らない声でそう言う早苗と、そんな早苗を支えている諏訪子が一緒に居間に入ってくる。
「ああ、おかえり。って、早苗大丈夫?」
「だいじょうぶれすっ!」
そう元気に答える早苗は、神奈子が見る限り大丈夫ではなかった。
諏訪子に支えられながら炬燵に入った早苗は、ふらふらと頭を揺らしている。
「お水持ってくるから、神奈子は早苗を見てて」
「ああ、分かった」
そう言って諏訪子は台所に入っていった。
早苗はとろんとした目で神奈子をじっと見つめて、そしてこう言った。
「今日はありがとうございましたっ! 神奈子さま」
「……え? なんの事だい?」
突然の言葉に戸惑う神奈子。
そんな神奈子を見ながら、満面の笑顔で早苗は言う。
「今日、神奈子さまがわたしを気遣ってくれたこと、とても嬉しかったれす!」
「さっきから早苗、神社に帰ってくるまでこればっか言ってるの」
水を持ってきた諏訪子が早苗に水を渡しながらそう言う。
そんな諏訪子にも早苗は満面の笑顔を浮かべる。
「諏訪子さまも、ありがとうございます!」
「はいはい、ありがとね。あとこれ水」
つい先ほどまでと異なり、一気ににぎやかになっていく守矢神社の居間の中。
貰った水をおいしそうに飲む早苗は酔いのせいなのか、それとも嬉しいのかにへら~と笑ったままで。
台所からおかずを持ってきた諏訪子は、その内容に目を輝かせていて。
「おつぎしますよ~、神奈子さま」
「ああ、ありがと早苗」
「おお! おいしそうじゃないか。神奈子もやればできるってか」
「あんたは一言余計なの」
「諏訪子さまも~」
「ありがと、早苗」
その様子は、あっという間にいつもの守矢家の食卓の風景に戻っていた。
ふらふらとしながらも、二人のグラスに酒を注いだ早苗は、そのすぐ後に
「ふにゃ~」
と言ったかと思うと、糸が切れたかのように炬燵に突っ伏して寝息をたてはじめた。
そんな早苗の様子を見ながら、神奈子と諏訪子は二人で笑う。
「早苗がこんなに飲むなんて、めずらしいね」
「まあ、それだけ嬉しかったんだよ。神奈子が自分のわがままを聞いてくれたって」
「そんなもんかねぇ」
「私だって嬉しいよ。こうやって早苗が注いでくれた酒に、あんたが作ってくれた料理があるんだから」
「よしなよ、照れるじゃないか」
そう言って、二人は同時にグラスを持つ。
すうすうと寝ている早苗をみて、くすっと笑いながらどちらからでもなくグラスとグラスを合わせた。
「「乾杯」」
ちん、という音が鳴る。
ごくごくと一気にグラスの中身を飲みほして、神奈子は大きな声でこう言った。
「うまい!」
守矢神社の居間。
普段なら、三人の住人のにぎやかな夕飯終え、お風呂も入り終えたぐらいの時間。
しかし今日はそのいつもと違い、神奈子がひとりで遅めの晩御飯を食べている姿しかなかった。
「いただきます」
一人分のいただきますの声が居間に響いて消える。
そうして食べ始めた今晩の夕食は、すべて神奈子自身が作ったものだった。
普段は早苗が食事の用意をしているのだが、今日はその早苗が外出することになり神奈子が作る事になったのだ。
その夕食の内容は、筍の煮物に川魚の塩焼き、ほうれん草のおひたしに、酒であった。
台所に保存されていた食材だけを使っての料理にしてはちょっと豪華なのは、いつもはしない料理に対して気合が入っていたためだろうか。
しかし、そんな気合いの入った料理とは異なり、食事をしている姿はどことなく寂しげである。
ちびちびとおかずを三角食べしながら、グラスになみなみと注いだ酒を飲んでいく。
しんと静まり返った居間は、神奈子の食事の音だけがする状況である。
塩焼きをつまみ、その後ぐびっとグラスに入れた日本酒を飲みほしてぷはあと一息ついてから、神奈子はしみじみとこう言った。
「まずい」
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さて、少し時間を遡ってみよう。
夕刻というには少し早すぎで、昼ごろと言うにはすこし遅すぎる時刻。
守矢神社の居間には、思い思いの時間を一緒に過ごす守矢神社の三人の姿があった。
早苗は取り込んだばかりの洗濯物を畳んでいて、諏訪子は炬燵にもぐってまどろみ、神奈子は文々。新聞に目を通していた。
そんなのんびりとした時間を過ごしていたとき、早苗が「あ」と、思い出したようにこう切り出した。
「そうでした。神奈子様、諏訪子様。今日は私、晩御飯いりませんから」
その言葉にそれぞれ早苗の方を向く二人。
その二人の顔にはどうして? という色が浮かんでいた。
「今日は霊夢さんの所に、宴会を開くとかってお呼ばれされているんです」
そう言ってパンと洗濯物をひろげる早苗。
しわひとつないその洗濯物は、あっという間に四角にたたまれた。
「え? 私たちは呼ばれてないけど。神奈子呼ばれた?」
「いや、そんなおぼえはないねぇ」
私たちが呼ばれないなんてなあ、と不思議そうに二人は顔を見合わせた。
二人が不思議に思うのも無理はなかった。
神社で開かれる宴会はその規模がいつも大きく、幻想郷で主要な顔ぶれはいつも招待されるはずなのだ。
それなのに、早苗だけが宴会に呼ばれているという。
それを不思議に思う二人の様子に、早苗は洗濯物をたたむ手を止めてこう切り出す。
「えっとですね。魔理沙さんが、たまには主の居ない宴会を開いてもいいんじゃないかって以前おっしゃってまして。
それで、紅魔館の咲夜さんと白玉楼の妖夢さん。永遠亭の鈴仙さんと私がお呼ばれされたんです」
早苗は今日の宴会に呼ばれている面々の名前を、指折り挙げていく。
そのメンバーは確かに、普段は主といえるであろう人に仕えているものばかりであった。
そしてさらに言えば、早苗の普段の生活でも近しいものばかりであるともいえる。
神奈子はそのメンバーを聞き、ははぁと一人頷いた。
「つまりは、友達同士だけでの飲み会ってところかい?」
その言葉に照れたように早苗は頷く。
「まあ、そうともいえるかもしれませんね」
嬉しそうに、頬をかきながらそう話す早苗。
そんな早苗をじっと見つめながら、神奈子はこっちにやってきてからの事を思い起こしていた。
思えば、幻想郷に来てかなりの時間がたったものである。
初めは、「博麗の巫女をとっちめればいいんですね」と息を巻いていた早苗であったが、
しょっぱなにコテンパンにやられるという出来事があったものの、霊夢とはいい友人関係を築けたようである。
その後も、霊夢をつたってや宴会の場で出会った歳(精神年齢ともいえるかな?)の近しい人妖とも話せるようになり、
この春には霊夢と魔理沙に混ざって、異変解決に出かけるまでにもなった。
そんな風に、外の世界に居たとは考えられないくらいのスピードで、新しい世界である幻想郷になじんできた早苗を神奈子が嬉しく思うのは当然だろう。
たまに、常識にとらわれてはいけないのです、と突拍子もないことをしようとするようになったけれど、それも成長なのだろう。
「そうかい。そういうことなら行ってくると良い。たまには友達だけで飲む酒もいいからね」
そんな早苗が、おそらく初めて神奈子たちに断りも入れずに入れた友達との予定である。
それは神奈子にとって反対するものではなく、どちらかというと喜ばしいことであった。
笑ってそう言った神奈子に、早苗も笑顔で返す。
「はい。行ってきますね」
すると、そこまでずっと二人の会話を聞いていた諏訪子が、炬燵にあごを預けたまま早苗に聞く。
「ところで、今日のその宴会って何時からなの?」
「えっと、何時とは決めていないんですけど霊夢さんは早く来て準備を手伝えって」
畳んだ洗濯物を、籠の中に片づけながら早苗が答える。
「ふうん、じゃあ早めに行ってあげた方がいいかもねぇ」
神奈子のそんな何気ない一言に、早苗はくすりと笑う。
「大丈夫ですよ。皆さん、あまり早く行く気はないようでしたから」
「そうなのかい。まあ何時も通りっちゃあ何時も通りだねぇ」
「いつも霊夢、あんたたちも手伝いなさいよ~、って怒ってるもんね」
「でも今日は早めには行こうと思ってるんです。霊夢さん怖いですから」
わざとらしく身震いをしながらそう言った早苗は、すっと立ち上がり障子を開ける。
巫女服の袖をまくりながら居間の中にいる二人にこう言った。
「お風呂は沸かしておきますね。あと晩御飯も後で作っておきますから」
そう言って風呂場に向かおうとした早苗を、神奈子が何やら考えた後に止めた。
「まあまあ早苗。今日ぐらいは早めに霊夢の所に行ってやりな。お風呂もご飯の用意もいいから」
「え? ですがそれでは……」
戸惑う早苗に神奈子は、その大きい胸を張りながら自信満々にこう言った。
「今日は、私がご飯を作るよ!」
============================================================
コトコトと鍋が煮える音と、トントンという包丁の音が聞こえてくる。
台所でまな板に向かうエプロン姿の神奈子の姿は、お母さん、と呼びたくなるような雰囲気を十分に醸し出していた。
「神奈子~、お風呂沸いたよ~」
「はいよ。ありがとね」
トストスと歩く音と共に、風呂の用意を終えた諏訪子が台所に入って来て神奈子の姿を見る。
その際に呟いた「似合いすぎだろ」、という言葉はどうやら神奈子には聞こえなかったようだ。
空はもう暗くなっており、どこからともなく烏が山に帰って、人里でも人々が晩御飯を作り始めるそんな時間帯。
早苗はあれからすぐに神社の宴会に出かけていて、夜の守矢神社にしては珍しく神奈子と諏訪子だけである。
その早苗は初め、「家事は私の仕事です」とか、「私の用事で神奈子様のお手を煩わせる訳には」と言っていたが、
「まあまあ、神奈子だって早苗のことを思って言ってるんだから、受けとっておいたら?」
という諏訪子の一言によって折れた。
そうして、その後すぐに二人に背中を押されるように宴会に向かった早苗は、とても照れていて、それでいて嬉しそうであった。
その後、普段は早苗がしていることを分担しようという神奈子の提案がなされ、
神奈子が料理をする代わりに、諏訪子はお風呂の用意をすることになったのである。
料理をする神奈子という珍しい光景を見ていた諏訪子は、灰汁抜きを終えた竹の子を手際よくほどよい大きさに切っていくその様子に感嘆の声を上げた。
「うまいもんだね。あんまり料理している姿見たことなかったけど」
その言葉に、神奈子は少し照れたように笑った。
「まあ、こう見えても昔はよく料理をしてたんだよ。今は早苗がやってくれてるけど」
「へえ。確かに、粥は得意料理だって言ってたもんね」
「粥じゃあ料理が得意かわからないじゃないか」
「ほんとだ」
そう言ってけらけらと笑う諏訪子。
神奈子はまったく、と呟いて料理を続ける。
「そういや、リクエストを聞いてなかったね」
「ん? 何の?」
「今晩のおかずのさ」
「う~ん。神奈子が作ったやつだったらなんでもいいけど……」
「けど?」
「できれば、酒に合うやつがいいかな」
そう言って杯をあおるような仕草をする諏訪子。
そんな諏訪子を見て、竹の子を鍋に入れながら神奈子はニヤッと笑った。
「そう言うと思ってた。だから今日は、酒のつまみばっかり」
「さっすが神奈子。わかってる~」
「今日は早苗がいないからね。止める人がいない時に酒は飲んでおくもんだと思ってね」
「よっ! 酒飲みの神!」
「あんたもでしょ」
その言葉に、二ヒヒと照れたように諏訪子は笑った。
ともかく、そうやって今日の守矢家の夕飯が決まったわけである。
その後、次々と料理の支度をすすめる神奈子に
「まだか~」
と、台に顎を乗せた状態で急かす諏訪子という絵が三十分ほど続いた時である。
ガンガンと玄関の戸をたたく音と、何やら人を呼ぶような大きな声が二人のいる台所まで聞こえてきた。
「諏訪子、客が来たみたいだよ」
「そうだねえ~」
「行って来いって言ってんの」
「はいはい、了解」
しぶしぶ立ち上がり玄関に向かう諏訪子。
それを背中で見送った神奈子は、鍋のふたを開け竹の子の煮物の味見する。
「うん、いい感じ」
うんうんと満足げにうなずく神奈子。
この煮物が出来上がれば、夕飯がすべて出来上がり、その後はこれらを肴にしての諏訪子と酒盛りである。
それを思ってか、ほんの少し笑みを浮かべた神奈子が、ほうれん草のおひたしを盛りつけようと皿を取り出した時である。
台所の戸からほんの少しだけ顔を出し、なにか申し訳なさそうにしている諏訪子を見つけた。
「何してんの諏訪子? で、お客は誰だった?」
「あのね、それなんだけど……」
もじもじと、決まりが悪そうにうつむく諏訪子。
「えっとね、ちょっと用事ができちゃった」
「用事って?」
「あの……、今でっかいバルーン作ってるじゃない、河童と。それにちょっと問題が見つかって、河童が来てくれって」
「今すぐかい?」
「うん、今すぐみたい」
困ったようにそう言う諏訪子に、神奈子は笑いながらこう言った。
「まあ、来てくれって言われたんだからしょうがないね」
「うん。なんか悪いね」
「あらあら、諏訪子が私に謝るなんて。明日は蛙が降るかもねぇ」
「うっせ。……それじゃあ行ってくるね」
「はいよ、了解」
「出来るだけ早く帰ってくるけど、遅いと思ったら先に食べといてもいいからね」
そう言って、どたどたと慌ただしく玄関の方にかけていく諏訪子。
そしてその後、ピシャンという玄関の戸が閉まる音が響いた。
神奈子が台所の窓から外を見ると、そこには何やら慌てた様子のにとりと、諏訪子が飛び立っていく姿が見えた。
それを見た神奈子は、はぁとため息をつき、竹の子が煮えるコトコトという音がそれに合わさる。
「先に食べといていいって言われても、酒のつまみだしねぇ」
先ほどまでとは異なり、自分だけになった台所とそこから見える居間を見て、神奈子は小さくそう呟いた。
=========================================================
居間に置かれている時計の長い針が、諏訪子が出て行ってから二周目をまわり終え、三周目も中盤に差し掛かった時である。
それまで、諏訪子の帰りを待っていた神奈子はその時計をずっと睨んでいたが、それも止めてゆっくりと腰を上げた。
「仕方がないから、先に食べちゃおうかね」
台所に入り、すでに用意し終えていた夕食を温め直してから居間に運ぶ。
三往復で済んだそれの最後に、神奈子が持ってきたものは一升瓶とグラスであった。
コポコポとグラス一杯に酒を注ぎ、箸を持って言う。
「いただきます」
そうして、神奈子一人きりの遅い夕食とあいなったわけである。
先ほどの、
「まずい」
という神奈子の一言に続いたのは、やはり静寂だけであった。
かちゃかちゃという食器の音のみが神奈子の耳に入り、そして寂しさが増していく。
グラスの酒を飲めばそれは美味しくなく、自分が作った料理も味見の時の味とは違う気がする。
なにより、神奈子は自分の横に誰もいないという事を、一番の違和感として感じているのかもしれない。
その証拠に、一口食べて一口飲む度に誰もいない場所に神奈子は目を向けては、
「はあ」
と、ため息をついているのだ。
「なんだか、おいしくない」
箸を止め、そう呟く。
折角、神奈子自身が気合いを入れて作った料理もおいしくなく、酒すらもそれに準じている状況である。
神奈子はおもむろに、ごろんと仰向けに寝転がって、天井を見上げた。
木目の映えるその天井には、所どころ人の顔に見える模様がある。
幼いころの早苗が怖がった、その木目の顔に神奈子はこう呟いた。
「あんたがいたってねぇ」
ほんの少しの自嘲が含まれたその言葉に、もちろん木目の顔は言葉を返さない。
仰向けから横向けに体勢を変えて、自分の腕を枕にした神奈子がもうこのまま寝てしまおうかな、と考えたときであった。
「たーだいまかえりましたー!」
「ちょっと早苗! 酔いすぎだって!」
玄関の開く音とともに、早苗と諏訪子の大きな声が聞こえ、神奈子は体を起こした。
そしてそのすぐ後に、どたどたという廊下を走る音が二つ居間に近づいて、そして障子が勢いよく開いた。
「神奈子さま! ただいまです!」
「神奈子、遅くなってごめんね。さっきそこで早苗にあって、この調子だったから」
顔を真っ赤にして呂律の回らない声でそう言う早苗と、そんな早苗を支えている諏訪子が一緒に居間に入ってくる。
「ああ、おかえり。って、早苗大丈夫?」
「だいじょうぶれすっ!」
そう元気に答える早苗は、神奈子が見る限り大丈夫ではなかった。
諏訪子に支えられながら炬燵に入った早苗は、ふらふらと頭を揺らしている。
「お水持ってくるから、神奈子は早苗を見てて」
「ああ、分かった」
そう言って諏訪子は台所に入っていった。
早苗はとろんとした目で神奈子をじっと見つめて、そしてこう言った。
「今日はありがとうございましたっ! 神奈子さま」
「……え? なんの事だい?」
突然の言葉に戸惑う神奈子。
そんな神奈子を見ながら、満面の笑顔で早苗は言う。
「今日、神奈子さまがわたしを気遣ってくれたこと、とても嬉しかったれす!」
「さっきから早苗、神社に帰ってくるまでこればっか言ってるの」
水を持ってきた諏訪子が早苗に水を渡しながらそう言う。
そんな諏訪子にも早苗は満面の笑顔を浮かべる。
「諏訪子さまも、ありがとうございます!」
「はいはい、ありがとね。あとこれ水」
つい先ほどまでと異なり、一気ににぎやかになっていく守矢神社の居間の中。
貰った水をおいしそうに飲む早苗は酔いのせいなのか、それとも嬉しいのかにへら~と笑ったままで。
台所からおかずを持ってきた諏訪子は、その内容に目を輝かせていて。
「おつぎしますよ~、神奈子さま」
「ああ、ありがと早苗」
「おお! おいしそうじゃないか。神奈子もやればできるってか」
「あんたは一言余計なの」
「諏訪子さまも~」
「ありがと、早苗」
その様子は、あっという間にいつもの守矢家の食卓の風景に戻っていた。
ふらふらとしながらも、二人のグラスに酒を注いだ早苗は、そのすぐ後に
「ふにゃ~」
と言ったかと思うと、糸が切れたかのように炬燵に突っ伏して寝息をたてはじめた。
そんな早苗の様子を見ながら、神奈子と諏訪子は二人で笑う。
「早苗がこんなに飲むなんて、めずらしいね」
「まあ、それだけ嬉しかったんだよ。神奈子が自分のわがままを聞いてくれたって」
「そんなもんかねぇ」
「私だって嬉しいよ。こうやって早苗が注いでくれた酒に、あんたが作ってくれた料理があるんだから」
「よしなよ、照れるじゃないか」
そう言って、二人は同時にグラスを持つ。
すうすうと寝ている早苗をみて、くすっと笑いながらどちらからでもなくグラスとグラスを合わせた。
「「乾杯」」
ちん、という音が鳴る。
ごくごくと一気にグラスの中身を飲みほして、神奈子は大きな声でこう言った。
「うまい!」
ほのぼの系でニヤニヤすると思ってたら
なんか泣けてきた…
独り身にはしみますぜ……w
でも、まぁ 考えて見れば、一人暮らしの子って案外少ないみたいです。
守矢家はこうであってほしい。
ただ一点、惜しむらくはエプロンでなく割烹着が良かったなぁ
守矢家はやっぱこうでなくちゃ!
そして、上の割烹着に超同意