朝。
目覚めると隣に紫はいなかった。
「まさか私の方が遅く起きるなんて…」
明日には梅雨入りでもするのだろうかと考えながら、軽く身だしなみを整えてリビングへと向かう。
そこで美味しそうな香りがしてくる。キッチンで紫が何か作っているのだろうか。
「おはよう、アリス」
「おはよう。何を作ってるの?」
「マグロのカルパッチョとミネストローネよ」
紫の手元を見ると、赤身を切っているところだった。
薬味も調味料も用意されていて、あとは盛り付けるだけのよう。
隣の鍋からは湯気が立っており、そこからいい匂いがしている。
いつから作っていたのかは知らないけど、そろそろ仕上げのようだ。
「何か手伝う事はある?」
「もうすぐ出来るから、ゆっくりしてていいわよ」
そう言われても、特にすることもないのだけど。
誰かに朝食を用意してもらうことが今までなかったから、どうしていいか困ってしまう。
仕方ないので上海を引き寄せ、手持ち無沙汰に紫の後姿を眺めることにする。
…。
今更だけど、凄いちぐはぐな格好をしているわよね。
メニューは西洋風なのに、紫の格好はいたって和風。
割烹着に三角巾とか、あまりにも似合わない。
実用性で言えば申し分はないのだろうけど、エプロンの方がまだ格好がつくだろうに。
いや、どちらにしろ似合わないか。
紫が料理をしている事自体おかしなことなのだから。
こうして目の当たりにしても、狐に抓まれているような気分だ。
藍は甲斐甲斐しい人に育ってるし、案外良妻賢母なのかもしれないけど…。
いや、ないわね。ありえない。
紫は生き胆でも啜ってる方がお似合いよ。
「失礼な事を考えてるでしょ」
「よく分かるわね」
「別にいいけど。少しは見直して欲しいところよね~」
「色々と予想外だったのは認めるわよ。意外と家庭的なのね」
「そうよ~。もっと褒めていいのよ」
「評価が最低から人並み未満まで上がっただけよ」
「そこからうなぎ登りになるわよ」
「はいはい」
意外な一面、といったところだろうか。
でも、どこまで行っても胡散臭い妖怪なのは間違いなさそうだけどね。
・・・
パンと紅茶、それと先程紫が作っていた料理をよそって少し遅い朝食が始まる。
見た目も良いし、普通に美味しいのが何か悔しい。
「おいしい?」
「美味しいわ。本当に料理が出来たのね」
「当然よ。それに、愛情たっぷりこめましたから」
「言ってて恥ずかしくない?」
「全っ然」
冷めた眼を向けてやったが、返ってきたのは心底嬉しそうな笑顔だった。
鉄面皮。こいつをからかおうとしても無駄なようだ。
流石、胡散臭さNo1.な妖怪だけはある。
「このマグロはどうしたの? 海の魚よね」
「急に食べたくなっちゃったから、外まで行って獲ってきたのよ。一本釣りしたのをそのまま持ってきたの」
「……」
「捌いて、残りは橙にあげちゃったわ。もしかして、頭も食べたかったかしら?」
「いや、いらないわよ」
「美味しいのに。頬とか目玉とか」
「食べないから」
「都会派魔法使いさんには刺身や丼の野趣溢れる料理よりも、こういうお洒落な方がいいのよね」
「そうね。和食が嫌いなわけじゃないけどね」
「今度作ってあげましょうか。マグロの兜焼き」
「いや、いらない」
「我侭な娘ねえ」
何か間違ってる気がする。紫に口で勝てるわけがないのよね。
それはそうと、まさか自分で釣って捌いたのかしら…。
別にどっちでもいいか。
美味しい魚が食べられたから満足だし。
何より、問い質してみた所でちゃんと答えてくれるとも思えないもの。
紫は自由に外の世界と行き来できるらしいけど、随分と便利な能力よね。
仲良くしておいて損はないかも。
「また失礼な事を考えてるわね」
「あなたへの評価が上がっただけよ」
「よく言うわよ。洗い物したらしばらく寝るわね。早起きしたせいで疲れちゃった」
「居眠り妖怪は大変ね」
「失礼しちゃうわ。ずっと起きてたら『冬眠してろ』って言い出しかねないくせに」
「間違いなく言うわ」
「ほら。だからこのぐらいの距離で丁度いいのよ、今はまだ」
「ずっとこのくらいの距離でいいわよ」
紫は散々引っ掻き回してくれるけど、私が思っていたよりもずっと気を遣ってくれているようだ。
ただの気紛れじゃなく、もしかして本気なのかしら。
少しは優しくしてあげるべきだろうか? いや、もうしばらく様子を見よう。
一度気を許せば、一気に図々しくなるだろうから。
「それじゃ、おやすみなさい」
「おやすみ」
「寂しくなったら襲いに来てもいいのよ?」
「さっさと寝なさい」
・・・・・・
「クイーンを犠牲にして、七手後にチェックメイト」
暇つぶしのチェス。これで10回目が終わった。
全戦全敗。計算が得意というのは伊達じゃないようだ。
こちらの手も見抜かれているようだし、これじゃ勝ち目はないわね。
「もう諦めるのかしら?」
「チェスでは勝てる気がしないわ」
「貴女が本気を出せば、少しは勝算が見えてくるんじゃなくて?」
痛いところを突いてくる。
手を抜いているつもりはないのだけど、手を抜く癖が出ちゃってるのかしら。
元々勝ち目の薄い勝負だし、勝つ事よりも学ぶ事を重視しているかもしれない。
遊びで勝ちに拘りすぎるのも見苦しいわよね。うん。
「適当に楽しめて時間潰しになるんだからいいじゃない。貴女は楽しいのかしら?」
「最初から勝つ事を諦めてるんだもの。それじゃあ勝てるわけはないわよねえ」
「うるさい」
「私は楽しいわよ。アリスのしかめ面が見られて新鮮だし」
「…そんなに酷い顔してたかしら」
「ええ、まるで鬼のような形相でしたわ」
紫は扇子で顔を隠してころころと笑っている。
"鬼のような"というのは嘘だろうけど、険しい顔をしていたかもしれない。
そりゃあ、尽く攻め手を封じられたら眉間に皺も寄るわよ。
少しは紫のあしらい方も上手くなったと思ってたんだけどなあ。
ポーカーフェイスに磨きをかけないと駄目ね。
完全なポーカーフェイスを身につけても、からかわれるんだろうけど。
「次はババ抜きでもしましょうか」
「二人でやってどうするのよ」
「たまには貴女でも勝てるゲームをしましょうよ」
「お気遣いどうも」
その後ババ抜きを三回やり、結果は私の全勝。虚しい勝利だったわ。
・・・・・・
「ねえ、それで何体目?」
「17体目。あと20体はあるわよ」
「いい加減私の相手もしてよー」
「人形の手入れが全部終わったらね」
「あとどれくらいかかるのよ」
「あと二日はかかるんじゃない?」
「ぶー」
紫がばたばたと手足を降って駄々を捏ねる。
喧しい事この上ない。
ひとしきり騒いだら不貞寝するだろうから、もうしばらくの我慢よアリス。
休憩を挟みつつ、人形の手入れをしている。そろそろ20時間経過しただろうか。
服を脱がせ、解体し、パーツ毎に磨いて破損チェック、必要があれば修理・交換、組み立てなおして動作チェック、新しい服を着せてしばらく慣らし運転。
そうしてから棚に置いて休ませる。そして次の人形へ取り掛かる。
年に何度かのオーバーホール。
人形達も大所帯になり、機能も増えたから手入れも一苦労だ。
楽な仕事ではないけど、大事なときに動いてくれないと困った事になる。だから欠かすことの出来ない行事なのである。
毎日少しずつやっていけばいいような気もするけど、変に完璧主義なせいで中途半端にやるとかえって居心地が悪い。
だから数日間作業部屋に篭って人形だけを見つめて過ごす。まさに職人の生活。うふふふ。
紫の相手をする暇なんてありはしないわ。
・紫の行動
最初の一時間は興味深そうに人形を眺めていた。
次の二時間はアリスの顔を見つめてご満悦だった。
次の一時間はアリスの人形に対する愛情に嫉妬していた。
飽きたから半日ほどお昼寝。
目覚めてから一時間ほどアリスを見つめる。
相手しろと駄々を捏ねる。 ←いまここ
不貞寝。
家出。
平和な一人暮らしの再来。
(そう上手くいくとは思えないけど)
とにかく、今は手を離せないのは事実だ。
紫には悪いけど、しばらくは一人でいてもらおう。
「17体目、終わり」
人形を棚に置き、次の人形を手に取る。
手に、 取った。
うん。
何だこれ。
こんな日本人形、造った覚えはないけど。
色白の肌。つぶらな瞳
子供らしい丸っこい顔。
おかっぱで艶のある長くて黒い髪。
質素な着物。不穏な妖気。
うん、これって間違いなくアレよね。
何でここにあるのよ。
「ゆかり」
「呼ばれて飛び出てじゃじゃーん♪」
「どこから持ってきたのよ、これ」
スキマから湧いてきた犯人に、先程手に取ったお菊人形を突きつける。
今更説明するまでもないかもしれないけど、髪が伸びる呪いの人形だ。
私の人形に悪影響が出たらどうしてくれるのよ。
「家に置いてあったのよ。ついでに見てもらおうと思ってね」
「こんなものはお断りよ。厄神のとこにでも持っていきなさい」
「あら、こんなに可愛いのに勿体無い」
「怖いわよ」
「呪いに興味があるようだから持ってきたのだけど、お気に召さなかったかしら」
「呪われた人形なんて危なっかしくて扱えないわよ。持って帰ってちょうだい」
「何度捨てても戻ってくるフランス人形はいかが?」
「要らないから、しばらく大人しくしてて」
「はーい」
…。
突っぱねちゃったけど、研究素材として預かっておけばよかったかしら?
「やっぱり欲しいのかしら?」
「!?」
不意にスキマで近付き、首筋に息を吹きかけてくる。変態め。
手のひらで転がされているようで気に喰わないけど、変に意地を張っても損をする。
仕方ない。
「素直になった方がいいわよ~ぉ?」
「調べたいから、後で貸してちょうだい」
「別にいいけど、見返りがなきゃ嫌よ」
「何が欲しいのよ」
「そうね、とりあえずは」
顔を掴み、強引な、息が苦しくなるほどの長いキス。
それからおまけの首筋へのキス。
「ひとまずこれでいいわ。続きはそれが終わってからね~」
「…。終わるまでは大人しくしててよ」
「分かってるわよ」
艶っぽい微笑を残し、キス二つであっさりとスキマの向こうに消える。
安く付いたのか高くついたのか。
これで邪魔されず作業に没頭できると思えば、安いものかしら。
それから全ての人形のメンテナンスが終わるまで紫からの妨害は一切なかった。
少々拍子抜けのような気もするけど、平和だったのだから文句はない。
リビングに戻ると紅茶と甘いお菓子が用意されていた。何気に気が利くのね。
紫は私の顔を見て満足そうな微笑を浮かべていたけど、思ったほどしつこく絡んではこなかった。
お茶を済ませてからお風呂に入ったのだが、そこで気付いた事が一つ。
首筋に真っ赤なキスマークがはっきりと残っていた。
紫の奴め。
念入りに洗ってしっかりと落としておいた。次からは気をつけよう。
油断してると何してくるか分からないんだから。
ー少女入浴後ー
Yシャツ一枚にスリッパでお風呂場から出る。
部屋に着替えを取りに行かないと。
出てきたところを目ざとく紫に見つけられた。
一仕事終えて気が緩んでたみたい。ちゃんとおめかししてから出て来ればよかった…。
「随分さっぱりしたみたいね」
「ええ、すっきりしたわ」
そうして距離を詰めてくる紫。
人形を弄っているときには気付かなかったけど、紫から香水の匂いが漂ってくる。
随分と妖艶な香り。何でこんなに気合が入ってるのかしら。
紫の顔が目と鼻の先のところまで来て、唇を近づけてきたから思わず後ずさってしまった。
少し残念そうな顔をした後、私の首筋を見て呟く。
「いけずねえ。キスマーク消しちゃったのかしら」
思わず首を押さえる。二日以上もキスマークをつけっぱなしにしてた事が信じられない。
「消すに決まってるでしょ」
「次は消せないように歯形でもつけてあげましょうか」
口をあけて首に噛み付こうとしてくる紫の顔を手で抑え、上海で牽制する。
「噛み千切られそうだからやめてくれる?」
「残念。キスマークより指輪の方がいいかしら?」
「いらないわよ。貴女の所有物になった覚えはないし」
「そうだったかしら。それじゃあ、これはスキマにしまっちゃいましょうね~」
そう言って、何か小さい箱のようなものをスキマに投げ入れた。
指輪…?
「使う日が来るといいわねえ」
こっちを見てにたにたと笑っている。
私には関係ないことよね。
着替えを取りにいくとしよう。
「それで、結局何がしたいのよ」
「アリスの傍にいられるだけでいいわ。今は、ね」
目覚めると隣に紫はいなかった。
「まさか私の方が遅く起きるなんて…」
明日には梅雨入りでもするのだろうかと考えながら、軽く身だしなみを整えてリビングへと向かう。
そこで美味しそうな香りがしてくる。キッチンで紫が何か作っているのだろうか。
「おはよう、アリス」
「おはよう。何を作ってるの?」
「マグロのカルパッチョとミネストローネよ」
紫の手元を見ると、赤身を切っているところだった。
薬味も調味料も用意されていて、あとは盛り付けるだけのよう。
隣の鍋からは湯気が立っており、そこからいい匂いがしている。
いつから作っていたのかは知らないけど、そろそろ仕上げのようだ。
「何か手伝う事はある?」
「もうすぐ出来るから、ゆっくりしてていいわよ」
そう言われても、特にすることもないのだけど。
誰かに朝食を用意してもらうことが今までなかったから、どうしていいか困ってしまう。
仕方ないので上海を引き寄せ、手持ち無沙汰に紫の後姿を眺めることにする。
…。
今更だけど、凄いちぐはぐな格好をしているわよね。
メニューは西洋風なのに、紫の格好はいたって和風。
割烹着に三角巾とか、あまりにも似合わない。
実用性で言えば申し分はないのだろうけど、エプロンの方がまだ格好がつくだろうに。
いや、どちらにしろ似合わないか。
紫が料理をしている事自体おかしなことなのだから。
こうして目の当たりにしても、狐に抓まれているような気分だ。
藍は甲斐甲斐しい人に育ってるし、案外良妻賢母なのかもしれないけど…。
いや、ないわね。ありえない。
紫は生き胆でも啜ってる方がお似合いよ。
「失礼な事を考えてるでしょ」
「よく分かるわね」
「別にいいけど。少しは見直して欲しいところよね~」
「色々と予想外だったのは認めるわよ。意外と家庭的なのね」
「そうよ~。もっと褒めていいのよ」
「評価が最低から人並み未満まで上がっただけよ」
「そこからうなぎ登りになるわよ」
「はいはい」
意外な一面、といったところだろうか。
でも、どこまで行っても胡散臭い妖怪なのは間違いなさそうだけどね。
・・・
パンと紅茶、それと先程紫が作っていた料理をよそって少し遅い朝食が始まる。
見た目も良いし、普通に美味しいのが何か悔しい。
「おいしい?」
「美味しいわ。本当に料理が出来たのね」
「当然よ。それに、愛情たっぷりこめましたから」
「言ってて恥ずかしくない?」
「全っ然」
冷めた眼を向けてやったが、返ってきたのは心底嬉しそうな笑顔だった。
鉄面皮。こいつをからかおうとしても無駄なようだ。
流石、胡散臭さNo1.な妖怪だけはある。
「このマグロはどうしたの? 海の魚よね」
「急に食べたくなっちゃったから、外まで行って獲ってきたのよ。一本釣りしたのをそのまま持ってきたの」
「……」
「捌いて、残りは橙にあげちゃったわ。もしかして、頭も食べたかったかしら?」
「いや、いらないわよ」
「美味しいのに。頬とか目玉とか」
「食べないから」
「都会派魔法使いさんには刺身や丼の野趣溢れる料理よりも、こういうお洒落な方がいいのよね」
「そうね。和食が嫌いなわけじゃないけどね」
「今度作ってあげましょうか。マグロの兜焼き」
「いや、いらない」
「我侭な娘ねえ」
何か間違ってる気がする。紫に口で勝てるわけがないのよね。
それはそうと、まさか自分で釣って捌いたのかしら…。
別にどっちでもいいか。
美味しい魚が食べられたから満足だし。
何より、問い質してみた所でちゃんと答えてくれるとも思えないもの。
紫は自由に外の世界と行き来できるらしいけど、随分と便利な能力よね。
仲良くしておいて損はないかも。
「また失礼な事を考えてるわね」
「あなたへの評価が上がっただけよ」
「よく言うわよ。洗い物したらしばらく寝るわね。早起きしたせいで疲れちゃった」
「居眠り妖怪は大変ね」
「失礼しちゃうわ。ずっと起きてたら『冬眠してろ』って言い出しかねないくせに」
「間違いなく言うわ」
「ほら。だからこのぐらいの距離で丁度いいのよ、今はまだ」
「ずっとこのくらいの距離でいいわよ」
紫は散々引っ掻き回してくれるけど、私が思っていたよりもずっと気を遣ってくれているようだ。
ただの気紛れじゃなく、もしかして本気なのかしら。
少しは優しくしてあげるべきだろうか? いや、もうしばらく様子を見よう。
一度気を許せば、一気に図々しくなるだろうから。
「それじゃ、おやすみなさい」
「おやすみ」
「寂しくなったら襲いに来てもいいのよ?」
「さっさと寝なさい」
・・・・・・
「クイーンを犠牲にして、七手後にチェックメイト」
暇つぶしのチェス。これで10回目が終わった。
全戦全敗。計算が得意というのは伊達じゃないようだ。
こちらの手も見抜かれているようだし、これじゃ勝ち目はないわね。
「もう諦めるのかしら?」
「チェスでは勝てる気がしないわ」
「貴女が本気を出せば、少しは勝算が見えてくるんじゃなくて?」
痛いところを突いてくる。
手を抜いているつもりはないのだけど、手を抜く癖が出ちゃってるのかしら。
元々勝ち目の薄い勝負だし、勝つ事よりも学ぶ事を重視しているかもしれない。
遊びで勝ちに拘りすぎるのも見苦しいわよね。うん。
「適当に楽しめて時間潰しになるんだからいいじゃない。貴女は楽しいのかしら?」
「最初から勝つ事を諦めてるんだもの。それじゃあ勝てるわけはないわよねえ」
「うるさい」
「私は楽しいわよ。アリスのしかめ面が見られて新鮮だし」
「…そんなに酷い顔してたかしら」
「ええ、まるで鬼のような形相でしたわ」
紫は扇子で顔を隠してころころと笑っている。
"鬼のような"というのは嘘だろうけど、険しい顔をしていたかもしれない。
そりゃあ、尽く攻め手を封じられたら眉間に皺も寄るわよ。
少しは紫のあしらい方も上手くなったと思ってたんだけどなあ。
ポーカーフェイスに磨きをかけないと駄目ね。
完全なポーカーフェイスを身につけても、からかわれるんだろうけど。
「次はババ抜きでもしましょうか」
「二人でやってどうするのよ」
「たまには貴女でも勝てるゲームをしましょうよ」
「お気遣いどうも」
その後ババ抜きを三回やり、結果は私の全勝。虚しい勝利だったわ。
・・・・・・
「ねえ、それで何体目?」
「17体目。あと20体はあるわよ」
「いい加減私の相手もしてよー」
「人形の手入れが全部終わったらね」
「あとどれくらいかかるのよ」
「あと二日はかかるんじゃない?」
「ぶー」
紫がばたばたと手足を降って駄々を捏ねる。
喧しい事この上ない。
ひとしきり騒いだら不貞寝するだろうから、もうしばらくの我慢よアリス。
休憩を挟みつつ、人形の手入れをしている。そろそろ20時間経過しただろうか。
服を脱がせ、解体し、パーツ毎に磨いて破損チェック、必要があれば修理・交換、組み立てなおして動作チェック、新しい服を着せてしばらく慣らし運転。
そうしてから棚に置いて休ませる。そして次の人形へ取り掛かる。
年に何度かのオーバーホール。
人形達も大所帯になり、機能も増えたから手入れも一苦労だ。
楽な仕事ではないけど、大事なときに動いてくれないと困った事になる。だから欠かすことの出来ない行事なのである。
毎日少しずつやっていけばいいような気もするけど、変に完璧主義なせいで中途半端にやるとかえって居心地が悪い。
だから数日間作業部屋に篭って人形だけを見つめて過ごす。まさに職人の生活。うふふふ。
紫の相手をする暇なんてありはしないわ。
・紫の行動
最初の一時間は興味深そうに人形を眺めていた。
次の二時間はアリスの顔を見つめてご満悦だった。
次の一時間はアリスの人形に対する愛情に嫉妬していた。
飽きたから半日ほどお昼寝。
目覚めてから一時間ほどアリスを見つめる。
相手しろと駄々を捏ねる。 ←いまここ
不貞寝。
家出。
平和な一人暮らしの再来。
(そう上手くいくとは思えないけど)
とにかく、今は手を離せないのは事実だ。
紫には悪いけど、しばらくは一人でいてもらおう。
「17体目、終わり」
人形を棚に置き、次の人形を手に取る。
手に、 取った。
うん。
何だこれ。
こんな日本人形、造った覚えはないけど。
色白の肌。つぶらな瞳
子供らしい丸っこい顔。
おかっぱで艶のある長くて黒い髪。
質素な着物。不穏な妖気。
うん、これって間違いなくアレよね。
何でここにあるのよ。
「ゆかり」
「呼ばれて飛び出てじゃじゃーん♪」
「どこから持ってきたのよ、これ」
スキマから湧いてきた犯人に、先程手に取ったお菊人形を突きつける。
今更説明するまでもないかもしれないけど、髪が伸びる呪いの人形だ。
私の人形に悪影響が出たらどうしてくれるのよ。
「家に置いてあったのよ。ついでに見てもらおうと思ってね」
「こんなものはお断りよ。厄神のとこにでも持っていきなさい」
「あら、こんなに可愛いのに勿体無い」
「怖いわよ」
「呪いに興味があるようだから持ってきたのだけど、お気に召さなかったかしら」
「呪われた人形なんて危なっかしくて扱えないわよ。持って帰ってちょうだい」
「何度捨てても戻ってくるフランス人形はいかが?」
「要らないから、しばらく大人しくしてて」
「はーい」
…。
突っぱねちゃったけど、研究素材として預かっておけばよかったかしら?
「やっぱり欲しいのかしら?」
「!?」
不意にスキマで近付き、首筋に息を吹きかけてくる。変態め。
手のひらで転がされているようで気に喰わないけど、変に意地を張っても損をする。
仕方ない。
「素直になった方がいいわよ~ぉ?」
「調べたいから、後で貸してちょうだい」
「別にいいけど、見返りがなきゃ嫌よ」
「何が欲しいのよ」
「そうね、とりあえずは」
顔を掴み、強引な、息が苦しくなるほどの長いキス。
それからおまけの首筋へのキス。
「ひとまずこれでいいわ。続きはそれが終わってからね~」
「…。終わるまでは大人しくしててよ」
「分かってるわよ」
艶っぽい微笑を残し、キス二つであっさりとスキマの向こうに消える。
安く付いたのか高くついたのか。
これで邪魔されず作業に没頭できると思えば、安いものかしら。
それから全ての人形のメンテナンスが終わるまで紫からの妨害は一切なかった。
少々拍子抜けのような気もするけど、平和だったのだから文句はない。
リビングに戻ると紅茶と甘いお菓子が用意されていた。何気に気が利くのね。
紫は私の顔を見て満足そうな微笑を浮かべていたけど、思ったほどしつこく絡んではこなかった。
お茶を済ませてからお風呂に入ったのだが、そこで気付いた事が一つ。
首筋に真っ赤なキスマークがはっきりと残っていた。
紫の奴め。
念入りに洗ってしっかりと落としておいた。次からは気をつけよう。
油断してると何してくるか分からないんだから。
ー少女入浴後ー
Yシャツ一枚にスリッパでお風呂場から出る。
部屋に着替えを取りに行かないと。
出てきたところを目ざとく紫に見つけられた。
一仕事終えて気が緩んでたみたい。ちゃんとおめかししてから出て来ればよかった…。
「随分さっぱりしたみたいね」
「ええ、すっきりしたわ」
そうして距離を詰めてくる紫。
人形を弄っているときには気付かなかったけど、紫から香水の匂いが漂ってくる。
随分と妖艶な香り。何でこんなに気合が入ってるのかしら。
紫の顔が目と鼻の先のところまで来て、唇を近づけてきたから思わず後ずさってしまった。
少し残念そうな顔をした後、私の首筋を見て呟く。
「いけずねえ。キスマーク消しちゃったのかしら」
思わず首を押さえる。二日以上もキスマークをつけっぱなしにしてた事が信じられない。
「消すに決まってるでしょ」
「次は消せないように歯形でもつけてあげましょうか」
口をあけて首に噛み付こうとしてくる紫の顔を手で抑え、上海で牽制する。
「噛み千切られそうだからやめてくれる?」
「残念。キスマークより指輪の方がいいかしら?」
「いらないわよ。貴女の所有物になった覚えはないし」
「そうだったかしら。それじゃあ、これはスキマにしまっちゃいましょうね~」
そう言って、何か小さい箱のようなものをスキマに投げ入れた。
指輪…?
「使う日が来るといいわねえ」
こっちを見てにたにたと笑っている。
私には関係ないことよね。
着替えを取りにいくとしよう。
「それで、結局何がしたいのよ」
「アリスの傍にいられるだけでいいわ。今は、ね」
紫とアリスってアリだな。
最高じゃないですか
他カプに比べて紫とアリスに関連があまり無さげなのが残念だけど、そこはいくらでも
設定作れるだろうから次回作を正座してお待ちしてます^p^
紫は幻想郷のエセ守護者として月人を監視したりするわけだから同じ外様の魔界人を監視
しててもおかしくないw最初はなw
月並みな言い方ですが砂糖を(ry
距離感が最高。
ありだ
ゆかれいむとも違うこの空気、良いっすな……
ゆかアリは言葉で表せないです。GJ
神だろjk
コレ、別に紫じゃなくて誰でもいいんじゃない?
原作でアリスと接点のある魔理沙や霊夢なら説明なくてイチャイチャしてても
別に不自然では無いんだけど、ほぼ関わりの無い二人がいきなり同衾できる関係とか無茶過ぎる。
おいィ、これからもっと甘くなるぞ、このアリスは
そしてその新しい世界に目覚めそうになりました。
適度な距離感が二人らしくとてもいい感じです。