霊夢は掃いたそばから散ってくる桜の花弁を掃除するのにもいい加減嫌気が差し、一人縁側でぼんやりとお茶を啜っていた。
満開の桜を肴とした宴会シーズンも既に過ぎ去り、春の陽気の中に微小な夏の気配が感じられる。
空は気持ちの良い青空で、塗り残した余白程度の雲がいくつか浮かんでいた。
ただただ広い空をゆっくりと流れていく雲を見ていると、自然と穏やかな気分になってくる。
そうしてしばらく空を眺めていると、突然青空の中にポツンと黒い点が現れ、その点が次第に大きくなってきた。
どうやら何かが高速でこちらへ飛んできているようだ。
それは近づくにつれ段々と曖昧だった輪郭をハッキリと浮かび上がらせ、人の姿を形成していく。
その人物が見なれた友人だとわかる距離までくると、あっという間に魔理沙は神社へ辿りつき、目の前に降り立った。
「霊夢聞いてくれ!!大変な事が起きたんだ!」
顔を合わすなり焦った調子で魔理沙は言うが、霊夢はあまり興味を示す様子はない。
魔理沙が言う“大変な事”は大抵が“ロクでもない事”だった場合が多いからだ。
「いきなりどうしたっていうのよ、またどこかで異変でも起きたの?」
本当に妖怪が異変を起こしたのだったら、暇潰しにはよいかもしれない。
「いや、違う、私の家に泥棒が入ったんだ」
「え?」
「だから、私の家に泥棒が入ったんだよ」
霊夢は可笑しくて少し噴き出しそうになる。
魔理沙には悪いが、普段人の物をホイホイ盗んでる魔理沙が逆に盗まれるというのは滑稽な話だ。
「今までのバチが当たったのよ、それで何が盗まれたの?実はそれもどこからか盗んできたものでした、なんて言わないわよね」
単純に盗った物を取り返されただけなんじゃないかと霊夢は思う。
「それが……変なんだよ、部屋は荒らされてたんだが何も盗られた物はないんだ」
「はぁ?本当にそれ泥棒なの?いつ頃盗みに入られたのよ?」
「それも変なんだが、今日の朝方、寝ていたらやたらと物音が五月蝿かったんで起きてみると部屋がグチャグチャになっていた。もちろん犯人も既にいなくなっていた。その後色々と部屋を確認したが、窓が割られた様子とかはないし、鍵もちゃんと閉まってたな」
「……つまり犯人は魔理沙が寝ている間に堂々と家に上がり込んで、部屋を荒らして見つかる前に逃げていったと」
そんな泥棒が存在するのだろうか。
「まぁ、そうゆうことになるな」
そう言って魔理沙は少し顔をしかめてみせる。
魔理沙自身もあまり状況を理解していないようだった。
「大方盗みに入ったはいいけど、ガラクタばっかしかなくて何も盗らずに出てったってとこでしょ、わざわざ家の主がいる時に入った理由はわからないけど」
「ガラクタとはひどいな、どれも私の大事なコレクションだぜ」
「とにかく、被害はなかったのならいいじゃない、何もないとわかった以上あっちも同じ場所に盗みに入ることもないだろうし」
「それはそうだけど、何だか気味が悪いぜ、人が寝てる間に勝手に上がり込んでくるやつがいるってだけでな」
「たしかに被害者が魔理沙ならいいけど、他の人達が盗難にあうようだったら少しやっかいね、今のところそんな話は聞かないけど」
その日は、大きな被害はなかったことから、しばらく様子を見てみる事となった。
霊夢は、たぶん金目の物目当てのちょっとした犯行か妖精のイタズラだろう、と事態を深刻にとらえてはいなかったが、不審な手口からどこか引っかかるものも感じていた。
博麗の巫女に対して妖怪が直接手を出すことはできない。しかし、魔理沙はどうだろう。
異変を解決しているうちに誰かに恨まれていることもあるかもしれない。
もちろん現在の幻想郷では妖怪が人間を襲うケースはほとんどないが、それでも可能性はゼロではなかった。
──────────
「霊夢!やっぱりここにいたか!まただ、またやられたんだ!」
魔理沙が大きな音を立て、勢い良く香霖堂の扉を開いた。
その振動で商品がカタカタと揺れる。
店の主である霖之助は読んでいた本から視線を上げ、あからさまに不快そうな表情を浮かべた。
また、というのはやはり昨日の件だろう、と霊夢は思う。実はさっきまで丁度それについて話していたところだった。
「で、今日はどうしたのよ。今度こそ何か盗まれたの?」
「どうもこうも、また部屋が荒らされてただけだぜ、さすがに二度目はないと思ってたんだがな。一体なんなんだか」
魔理沙は箒の柄を床にドンと突き立てる、さすがにこの連日の事でイライラしているようだった。
「二日も続くとちょっと奇妙ね、何か心当たりとかはないの?」
霊夢の頭の隅にやはり魔理沙に何らかの私怨がある妖怪の仕業だろうか、という考えが浮かぶ。
しかし、それにしては直接何かをせずただ部屋を荒らすだけというのも変な話だ。考えすぎなのかもしれない。
「あるわけないだろ、私は普段善行しかしてないからな。でも犯人は妖怪かもしれない。どっちにしろ普通の人間ではないな」
「へぇ、何でわかるのよ」
「昨日の事もあったからな、また朝方、物音に起こされた後すぐに目を開けて部屋を見渡したんだ。でも既に姿はなかった。家を出て少し周りを探してみたりもしたんだけど、痕跡さえ見つからなかったぜ。そんな一瞬で姿を消すなんて普通の人間には到底無理な話だな」
「どこぞの人間は時を止めたりするけどね、それなら簡単に犯行を行えそうだわ」
「あれは普通の人間とは言わない」
「もしかしたら何か最近珍しい物でも拾ったんじゃないのか?実はそれが誰かにとっては重要な物で、毎夜探しに侵入してきているのかもしれないな」
少し話に興味が沸いたのか、霖之助が本をパタンと閉じ、口を挟んできた。
「珍しい物か……そういや泥棒が入った日の前日にいくつか物を拾ってきたな」
「それはどんな物だ?」
「たしか、小さな時計と掛け軸と変な壺だ」
霊夢は呆れてハァと溜息をつく。
魔理沙の収集癖は知っていたとはいえ、どれも聞くだけで怪しそうな品だ。何か訳アリな物かもしれない。
結局全ての元凶は魔理沙自身なんじゃないだろうか。
「もう、それが狙われてるのかもしれないし、全部捨てるなり燃やすなりしちゃいなさいよ」
「いやだね、私が拾った物は私の物だ、泥棒なんかに渡してたまるか。大体それも隠してたわけじゃないし、二日もあればとっくに盗まれてそうなんだがな」
「魔理沙の家が汚すぎてきっと見つけられなかったのよ。たまには整頓しなさいよ」
とは言っても考えれば考えるほど妙な話だった。
もし、魔理沙が拾った何かを犯人狙ってたとしても、なぜわざわざ夜、魔理沙がいる時に盗みに入るのか。
それこそ魔理沙が家を開けている今、家に侵入すればいい話なのではないだろうか。夜にしか活動しない者の仕業なのか。
どうも釈然としない気持ちが残る。
「こうなったら部屋には何人たりとも入れさせん!侵入しようとする奴は魔法のトラップの餌食にしてやるぜ。絶対犯人を見つけ出して捕まえてやる!」
痺れを切らしたように魔理沙が叫んだ。
そしてこちらの反応を待たずに、来たとき同様扉を乱暴に開くと、箒に跨り空へ消えていった。
ごちゃごちゃ考えるより行動するほうが魔理沙の性分にはあってるかもしれない。
少なくとも家への侵入を防げば被害はでないだろう。もしかしたら犯人を捕まえることもできるかもしれない。
「ったく忙しいわね」
「小さな時計と掛け軸と変な壺か……」
霖之助がポツリと呟く。
「霖之助さん、何か思い当たることでもあるの?」
「あぁ、いや、何でもないんだ」
どうやらこちらに話しかけていたわけではなく、無意識の独り言だったようだ。
何か考えはあるようだが、口にだすほどの確証はないといった感じだ。
生暖かい風が店内に吹いてきていた。霊夢は魔理沙が開け放っていった扉のほうを見る。
これで解決してくれればいいけど。
もし駄目だったら家に結界ぐらい張ってやろう。霊夢はそう思った。
──────────
霊夢は今日も香霖堂でお茶を飲んでいた。
自分から確認しにいくほどではないが、魔理沙の事が少し気にかかる。
霖之助も同じらしく、たまに落ち着かない様子で人指し指で机をトントン叩いていた。
しばらくして、魔理沙が店に入ってきた。
霊夢は犯人は捕まったのか、と聞こうとしたが魔理沙を見てそれをやめる。結果は聞くまでもなかった。
肩を落とし、顔は俯き、足取りも重い。魔理沙は箒を床にズルズルと引きずりながら椅子の前まで行き、腰をかけた。
昨日までの勢いは全く感じられなかった。ここまでわかりやすいのもどうなのだろう。
「参ったぜ、今回ばかりは降参だ」
魔理沙はグッタリと椅子に体重を預けて、顔の付近で手をヒラヒラと振りながら言う。
「その様子を見ると、またしてやられたみたいね」
「ああ、誰かが家に侵入しようとしたら魔法が発動して攻撃するようにしてたはずったんだけどな。全く無意味だった。安心して寝てたら物音がして起きてそれからはいつも通りだ。もうこうなったら犯人を自力で探しだしてとっ捕まえるしか打つ手はないようだな。しかし手がかりも何もない。とりあえず今日は寝ないで犯人が来ないか待ってみるつもりだ」
「犯人を探すなら私も協力するわよ。どうもただの泥棒とは思えないしね」
今のところ実害はないが、このままほっとくわけにもいかないだろう。
そうと決まればさっそく調査にでもしにいこう。そう霊夢が思った時、霖之助が口を開いた。
「なぁ、魔理沙」
「ん?なんだ香霖」
「昨日、少し前に掛け軸を拾ったって言ってたね?」
「あぁ、そうだけど、それがどうかしたか?」
魔理沙は拾ってきた物が原因かもしれない、という事はすっかり忘れているようだった。
「そういえば、霖之助さん昨日何か呟いてたわよね、何か考えがあるんじゃないの?」
「何!?そうなのか香霖?そうゆうのはもったいつけずに早く言ってくれよ!」
途端に魔理沙の瞳に輝きが戻った。
「昨日はいまいち思い付きの域を出ないような気がしてね。もう一度ちゃんと調べてみたんだ。その掛け軸なんだけど、もしかして動物の絵が描かれてなかったか?」
「おお、よくわかったな。確かにその掛け軸には馬の絵が描いてあったぜ」
「ほう、馬の他には何か描かれていたか?」
「いんや、何も。白い紙にただ馬一頭だけが描かれていたはずだ。背景も何もない」
「そうか……それなら辻褄が合う。もしかしたら、いや、たぶんその掛け軸が全ての犯人だろうな」
わけがわからず霊夢はキョトンとする。
掛け軸が犯人というのは一体どういった意味なのか。まさか掛け軸の姿をした妖怪でした、なんてことはないだろう。
掛け軸が犯人と何らかの接点を持っているという事なんだろうか。
魔理沙のほうに視線をやると魔理沙も同じように言葉の真意を読みかねていたようで、丁度互いの顔を見合わせる形となってしまった。
「掛け軸が犯人ってどうゆう事なんだよ、もっとハッキリ説明してくれ」
魔理沙は椅子をガタンと鳴らしながら立ち上がり、霖之助に詰め寄っていった。
「本で読んだ話なんだがな、狩野元信という絵師が浅草観音堂にかかる絵馬を描いたらしい。するとその作品が非常に霊妙だったゆえか、夜な夜な絵から馬が出てきて草を食べたそうだ。また、ぬけ雀という落語の中ではある絵師の描いた雀が、朝日を浴びると絵から飛び出たことで話が展開する。他にも雪舟の描いた絵馬や、巨勢金岡の絵馬が夜に抜け出して悪さをしてたなど同様のケースが色々あるな。ようは優れた絵師によって描かれた絵は絵師の手によって生を受け、絵から抜けだして動き回るというわけだ」
「つまり、私の場合はこの掛け軸の馬が夜に絵から出てきて部屋を荒らし回ってたってことなのか?」
「まぁ、そうだろう。それを描いた人はよっぽど優れた絵師だったに違いない。もしかしたら魔法の森の影響で魔力が増幅したのかもしれないな」
「全く……信じがたい話だぜ。それに、馬が家の中を歩きまわってたなんて……何で気付かなかったんだ。大体部屋を荒らすためだけにわざわざ絵から出てくるなんて悪趣味な馬だ」
「絵から抜け出てる所が見つかったら処分されてしまうかもしれないとわかってたんだろう。悪さは見つからないようにするものだ。ただ、部屋を荒らすために外に出たとも限らない。もしかしたら、狭い絵の中じゃなく外で思いっきり走り回りたかっただけかもしれないな」
「あー、ドアには鍵がかかってたしな、あれじゃぁどれだけ頑張っても外には出られないわけだ」
霊夢は二人の会話を聞いているうちにふと疑問が浮かび上がり、それを口にする。
「それで、解決するためには、その掛け軸を破くか燃やすかしちゃえばいいのかしら?」
それならば最初っから拾ってきたものを捨てていれば問題はもっと早期に解決していたということになる。
「そんな事よりもっと簡単な方法がある。ようは馬が外に出れなくしてしまえばいいんだよ」
霖之助の言葉に霊夢はピンと閃いた。考えてみれば簡単な話だったのだ。
「……なるほどね、これは簡単だわ」
「お、おい!私を置いてけぼりにするな!結局どうすればいいんだよ」
「馬が勝手に絵の外に出るなら、その馬を縛ってしまえばいいのよ、そうでしょ?霖之助さん」
「正解だ。先程の狩野元信の例だが、困った人が左甚五郎という者に頼み、画中の馬を鎖でつなぐように絵を描いてもらうと馬は出てこなくなったらしい。他の絵も同じだな、いずれも絵の中に手綱などが書き加えられている」
「そうゆうことか!これでやっとグッスリ寝られるぜ、そうとなったら善は急げだな!」
昨日と同じシーンを見てるかのように、思い立ったと同時にバタバタと店を出ていく魔理沙。
それを見送ってから、霊夢は事件が一応の解決を迎えたことに胸をなでおろし、少しぬるくなったお茶の残りを飲み干す。
そして深く溜息を一つ漏らした。
「結局今回も魔理沙が持ってきたのは“ロクでもない事”だったわね」
──────────
次の日、魔理沙はうってかわって上機嫌だった。
それを見て霊夢はきっと今日は何も起きなかったんだろうと思う。
「どうやらうまくいったみたいね」
「ああ、バッチリだぜ!いやぁ、毎日部屋を片付ける必要がないってのは楽でいいな」
そう言って魔理沙は親指を立ててグッと前に押し出して見せた。
「ってことは霖之助さんの言う通り絵の中に手綱でも描きこんだのかしら?」
「いいや、手綱は描き込まなかった」
霊夢はてっきり魔理沙の様子から、手綱を描きこんだものだと考えていたので、予想外の答えだった。
となると、馬による被害を止めるための方法はもう一つしかないはずだ。
「へ?じゃぁどうしたのよ、やっぱり絵は捨てちゃったわけ?」
「……それは、企業秘密だぜ」
魔理沙は何が可笑しいのか今にも笑いだしそうに歯を見せてニヤニヤしながら答えた。
そのリアクションが更に霊夢の疑問を深める。
「そんじゃ、私はもういくぜ、じゃぁな」
「ちょ……待ちなさいよ、もう」
霊夢の声が届く前に魔理沙は疑問だけを残してさっさと去っていった。
霊夢は事件が解決したらなまぁいいか、と自分を納得させ、ここ数日サボっていた境内の掃除に取り掛かる。
桜の花びらに覆われた地面はまるでピンク色の絨毯が敷いてあるようだった。
──────────
魔理沙は家の壁に飾られた例の掛け軸とじっくり睨み合っていた。
洋風に彩られた家の内装にはいささか不釣り合いな雰囲気だったが、それでも魔理沙はこの掛け軸をとても気に入っていた。
「こりゃ本当に傑作だな」
ついに堪え切れなくなって魔理沙は声を立てて笑いだした。
何がおかしいのかはわからないが、笑みがこぼれてくる。おかしいというよりどこか嬉しさが混じっているような気分だ。
大草原の中に凛と立ち尽くす馬の顔も、どこか嬉しそうに見えた。
「そうだな、広い草原に一人じゃ淋しいだろうから、次は一頭ぐらい仲間を描き足してやろうか」
<完>
満開の桜を肴とした宴会シーズンも既に過ぎ去り、春の陽気の中に微小な夏の気配が感じられる。
空は気持ちの良い青空で、塗り残した余白程度の雲がいくつか浮かんでいた。
ただただ広い空をゆっくりと流れていく雲を見ていると、自然と穏やかな気分になってくる。
そうしてしばらく空を眺めていると、突然青空の中にポツンと黒い点が現れ、その点が次第に大きくなってきた。
どうやら何かが高速でこちらへ飛んできているようだ。
それは近づくにつれ段々と曖昧だった輪郭をハッキリと浮かび上がらせ、人の姿を形成していく。
その人物が見なれた友人だとわかる距離までくると、あっという間に魔理沙は神社へ辿りつき、目の前に降り立った。
「霊夢聞いてくれ!!大変な事が起きたんだ!」
顔を合わすなり焦った調子で魔理沙は言うが、霊夢はあまり興味を示す様子はない。
魔理沙が言う“大変な事”は大抵が“ロクでもない事”だった場合が多いからだ。
「いきなりどうしたっていうのよ、またどこかで異変でも起きたの?」
本当に妖怪が異変を起こしたのだったら、暇潰しにはよいかもしれない。
「いや、違う、私の家に泥棒が入ったんだ」
「え?」
「だから、私の家に泥棒が入ったんだよ」
霊夢は可笑しくて少し噴き出しそうになる。
魔理沙には悪いが、普段人の物をホイホイ盗んでる魔理沙が逆に盗まれるというのは滑稽な話だ。
「今までのバチが当たったのよ、それで何が盗まれたの?実はそれもどこからか盗んできたものでした、なんて言わないわよね」
単純に盗った物を取り返されただけなんじゃないかと霊夢は思う。
「それが……変なんだよ、部屋は荒らされてたんだが何も盗られた物はないんだ」
「はぁ?本当にそれ泥棒なの?いつ頃盗みに入られたのよ?」
「それも変なんだが、今日の朝方、寝ていたらやたらと物音が五月蝿かったんで起きてみると部屋がグチャグチャになっていた。もちろん犯人も既にいなくなっていた。その後色々と部屋を確認したが、窓が割られた様子とかはないし、鍵もちゃんと閉まってたな」
「……つまり犯人は魔理沙が寝ている間に堂々と家に上がり込んで、部屋を荒らして見つかる前に逃げていったと」
そんな泥棒が存在するのだろうか。
「まぁ、そうゆうことになるな」
そう言って魔理沙は少し顔をしかめてみせる。
魔理沙自身もあまり状況を理解していないようだった。
「大方盗みに入ったはいいけど、ガラクタばっかしかなくて何も盗らずに出てったってとこでしょ、わざわざ家の主がいる時に入った理由はわからないけど」
「ガラクタとはひどいな、どれも私の大事なコレクションだぜ」
「とにかく、被害はなかったのならいいじゃない、何もないとわかった以上あっちも同じ場所に盗みに入ることもないだろうし」
「それはそうだけど、何だか気味が悪いぜ、人が寝てる間に勝手に上がり込んでくるやつがいるってだけでな」
「たしかに被害者が魔理沙ならいいけど、他の人達が盗難にあうようだったら少しやっかいね、今のところそんな話は聞かないけど」
その日は、大きな被害はなかったことから、しばらく様子を見てみる事となった。
霊夢は、たぶん金目の物目当てのちょっとした犯行か妖精のイタズラだろう、と事態を深刻にとらえてはいなかったが、不審な手口からどこか引っかかるものも感じていた。
博麗の巫女に対して妖怪が直接手を出すことはできない。しかし、魔理沙はどうだろう。
異変を解決しているうちに誰かに恨まれていることもあるかもしれない。
もちろん現在の幻想郷では妖怪が人間を襲うケースはほとんどないが、それでも可能性はゼロではなかった。
──────────
「霊夢!やっぱりここにいたか!まただ、またやられたんだ!」
魔理沙が大きな音を立て、勢い良く香霖堂の扉を開いた。
その振動で商品がカタカタと揺れる。
店の主である霖之助は読んでいた本から視線を上げ、あからさまに不快そうな表情を浮かべた。
また、というのはやはり昨日の件だろう、と霊夢は思う。実はさっきまで丁度それについて話していたところだった。
「で、今日はどうしたのよ。今度こそ何か盗まれたの?」
「どうもこうも、また部屋が荒らされてただけだぜ、さすがに二度目はないと思ってたんだがな。一体なんなんだか」
魔理沙は箒の柄を床にドンと突き立てる、さすがにこの連日の事でイライラしているようだった。
「二日も続くとちょっと奇妙ね、何か心当たりとかはないの?」
霊夢の頭の隅にやはり魔理沙に何らかの私怨がある妖怪の仕業だろうか、という考えが浮かぶ。
しかし、それにしては直接何かをせずただ部屋を荒らすだけというのも変な話だ。考えすぎなのかもしれない。
「あるわけないだろ、私は普段善行しかしてないからな。でも犯人は妖怪かもしれない。どっちにしろ普通の人間ではないな」
「へぇ、何でわかるのよ」
「昨日の事もあったからな、また朝方、物音に起こされた後すぐに目を開けて部屋を見渡したんだ。でも既に姿はなかった。家を出て少し周りを探してみたりもしたんだけど、痕跡さえ見つからなかったぜ。そんな一瞬で姿を消すなんて普通の人間には到底無理な話だな」
「どこぞの人間は時を止めたりするけどね、それなら簡単に犯行を行えそうだわ」
「あれは普通の人間とは言わない」
「もしかしたら何か最近珍しい物でも拾ったんじゃないのか?実はそれが誰かにとっては重要な物で、毎夜探しに侵入してきているのかもしれないな」
少し話に興味が沸いたのか、霖之助が本をパタンと閉じ、口を挟んできた。
「珍しい物か……そういや泥棒が入った日の前日にいくつか物を拾ってきたな」
「それはどんな物だ?」
「たしか、小さな時計と掛け軸と変な壺だ」
霊夢は呆れてハァと溜息をつく。
魔理沙の収集癖は知っていたとはいえ、どれも聞くだけで怪しそうな品だ。何か訳アリな物かもしれない。
結局全ての元凶は魔理沙自身なんじゃないだろうか。
「もう、それが狙われてるのかもしれないし、全部捨てるなり燃やすなりしちゃいなさいよ」
「いやだね、私が拾った物は私の物だ、泥棒なんかに渡してたまるか。大体それも隠してたわけじゃないし、二日もあればとっくに盗まれてそうなんだがな」
「魔理沙の家が汚すぎてきっと見つけられなかったのよ。たまには整頓しなさいよ」
とは言っても考えれば考えるほど妙な話だった。
もし、魔理沙が拾った何かを犯人狙ってたとしても、なぜわざわざ夜、魔理沙がいる時に盗みに入るのか。
それこそ魔理沙が家を開けている今、家に侵入すればいい話なのではないだろうか。夜にしか活動しない者の仕業なのか。
どうも釈然としない気持ちが残る。
「こうなったら部屋には何人たりとも入れさせん!侵入しようとする奴は魔法のトラップの餌食にしてやるぜ。絶対犯人を見つけ出して捕まえてやる!」
痺れを切らしたように魔理沙が叫んだ。
そしてこちらの反応を待たずに、来たとき同様扉を乱暴に開くと、箒に跨り空へ消えていった。
ごちゃごちゃ考えるより行動するほうが魔理沙の性分にはあってるかもしれない。
少なくとも家への侵入を防げば被害はでないだろう。もしかしたら犯人を捕まえることもできるかもしれない。
「ったく忙しいわね」
「小さな時計と掛け軸と変な壺か……」
霖之助がポツリと呟く。
「霖之助さん、何か思い当たることでもあるの?」
「あぁ、いや、何でもないんだ」
どうやらこちらに話しかけていたわけではなく、無意識の独り言だったようだ。
何か考えはあるようだが、口にだすほどの確証はないといった感じだ。
生暖かい風が店内に吹いてきていた。霊夢は魔理沙が開け放っていった扉のほうを見る。
これで解決してくれればいいけど。
もし駄目だったら家に結界ぐらい張ってやろう。霊夢はそう思った。
──────────
霊夢は今日も香霖堂でお茶を飲んでいた。
自分から確認しにいくほどではないが、魔理沙の事が少し気にかかる。
霖之助も同じらしく、たまに落ち着かない様子で人指し指で机をトントン叩いていた。
しばらくして、魔理沙が店に入ってきた。
霊夢は犯人は捕まったのか、と聞こうとしたが魔理沙を見てそれをやめる。結果は聞くまでもなかった。
肩を落とし、顔は俯き、足取りも重い。魔理沙は箒を床にズルズルと引きずりながら椅子の前まで行き、腰をかけた。
昨日までの勢いは全く感じられなかった。ここまでわかりやすいのもどうなのだろう。
「参ったぜ、今回ばかりは降参だ」
魔理沙はグッタリと椅子に体重を預けて、顔の付近で手をヒラヒラと振りながら言う。
「その様子を見ると、またしてやられたみたいね」
「ああ、誰かが家に侵入しようとしたら魔法が発動して攻撃するようにしてたはずったんだけどな。全く無意味だった。安心して寝てたら物音がして起きてそれからはいつも通りだ。もうこうなったら犯人を自力で探しだしてとっ捕まえるしか打つ手はないようだな。しかし手がかりも何もない。とりあえず今日は寝ないで犯人が来ないか待ってみるつもりだ」
「犯人を探すなら私も協力するわよ。どうもただの泥棒とは思えないしね」
今のところ実害はないが、このままほっとくわけにもいかないだろう。
そうと決まればさっそく調査にでもしにいこう。そう霊夢が思った時、霖之助が口を開いた。
「なぁ、魔理沙」
「ん?なんだ香霖」
「昨日、少し前に掛け軸を拾ったって言ってたね?」
「あぁ、そうだけど、それがどうかしたか?」
魔理沙は拾ってきた物が原因かもしれない、という事はすっかり忘れているようだった。
「そういえば、霖之助さん昨日何か呟いてたわよね、何か考えがあるんじゃないの?」
「何!?そうなのか香霖?そうゆうのはもったいつけずに早く言ってくれよ!」
途端に魔理沙の瞳に輝きが戻った。
「昨日はいまいち思い付きの域を出ないような気がしてね。もう一度ちゃんと調べてみたんだ。その掛け軸なんだけど、もしかして動物の絵が描かれてなかったか?」
「おお、よくわかったな。確かにその掛け軸には馬の絵が描いてあったぜ」
「ほう、馬の他には何か描かれていたか?」
「いんや、何も。白い紙にただ馬一頭だけが描かれていたはずだ。背景も何もない」
「そうか……それなら辻褄が合う。もしかしたら、いや、たぶんその掛け軸が全ての犯人だろうな」
わけがわからず霊夢はキョトンとする。
掛け軸が犯人というのは一体どういった意味なのか。まさか掛け軸の姿をした妖怪でした、なんてことはないだろう。
掛け軸が犯人と何らかの接点を持っているという事なんだろうか。
魔理沙のほうに視線をやると魔理沙も同じように言葉の真意を読みかねていたようで、丁度互いの顔を見合わせる形となってしまった。
「掛け軸が犯人ってどうゆう事なんだよ、もっとハッキリ説明してくれ」
魔理沙は椅子をガタンと鳴らしながら立ち上がり、霖之助に詰め寄っていった。
「本で読んだ話なんだがな、狩野元信という絵師が浅草観音堂にかかる絵馬を描いたらしい。するとその作品が非常に霊妙だったゆえか、夜な夜な絵から馬が出てきて草を食べたそうだ。また、ぬけ雀という落語の中ではある絵師の描いた雀が、朝日を浴びると絵から飛び出たことで話が展開する。他にも雪舟の描いた絵馬や、巨勢金岡の絵馬が夜に抜け出して悪さをしてたなど同様のケースが色々あるな。ようは優れた絵師によって描かれた絵は絵師の手によって生を受け、絵から抜けだして動き回るというわけだ」
「つまり、私の場合はこの掛け軸の馬が夜に絵から出てきて部屋を荒らし回ってたってことなのか?」
「まぁ、そうだろう。それを描いた人はよっぽど優れた絵師だったに違いない。もしかしたら魔法の森の影響で魔力が増幅したのかもしれないな」
「全く……信じがたい話だぜ。それに、馬が家の中を歩きまわってたなんて……何で気付かなかったんだ。大体部屋を荒らすためだけにわざわざ絵から出てくるなんて悪趣味な馬だ」
「絵から抜け出てる所が見つかったら処分されてしまうかもしれないとわかってたんだろう。悪さは見つからないようにするものだ。ただ、部屋を荒らすために外に出たとも限らない。もしかしたら、狭い絵の中じゃなく外で思いっきり走り回りたかっただけかもしれないな」
「あー、ドアには鍵がかかってたしな、あれじゃぁどれだけ頑張っても外には出られないわけだ」
霊夢は二人の会話を聞いているうちにふと疑問が浮かび上がり、それを口にする。
「それで、解決するためには、その掛け軸を破くか燃やすかしちゃえばいいのかしら?」
それならば最初っから拾ってきたものを捨てていれば問題はもっと早期に解決していたということになる。
「そんな事よりもっと簡単な方法がある。ようは馬が外に出れなくしてしまえばいいんだよ」
霖之助の言葉に霊夢はピンと閃いた。考えてみれば簡単な話だったのだ。
「……なるほどね、これは簡単だわ」
「お、おい!私を置いてけぼりにするな!結局どうすればいいんだよ」
「馬が勝手に絵の外に出るなら、その馬を縛ってしまえばいいのよ、そうでしょ?霖之助さん」
「正解だ。先程の狩野元信の例だが、困った人が左甚五郎という者に頼み、画中の馬を鎖でつなぐように絵を描いてもらうと馬は出てこなくなったらしい。他の絵も同じだな、いずれも絵の中に手綱などが書き加えられている」
「そうゆうことか!これでやっとグッスリ寝られるぜ、そうとなったら善は急げだな!」
昨日と同じシーンを見てるかのように、思い立ったと同時にバタバタと店を出ていく魔理沙。
それを見送ってから、霊夢は事件が一応の解決を迎えたことに胸をなでおろし、少しぬるくなったお茶の残りを飲み干す。
そして深く溜息を一つ漏らした。
「結局今回も魔理沙が持ってきたのは“ロクでもない事”だったわね」
──────────
次の日、魔理沙はうってかわって上機嫌だった。
それを見て霊夢はきっと今日は何も起きなかったんだろうと思う。
「どうやらうまくいったみたいね」
「ああ、バッチリだぜ!いやぁ、毎日部屋を片付ける必要がないってのは楽でいいな」
そう言って魔理沙は親指を立ててグッと前に押し出して見せた。
「ってことは霖之助さんの言う通り絵の中に手綱でも描きこんだのかしら?」
「いいや、手綱は描き込まなかった」
霊夢はてっきり魔理沙の様子から、手綱を描きこんだものだと考えていたので、予想外の答えだった。
となると、馬による被害を止めるための方法はもう一つしかないはずだ。
「へ?じゃぁどうしたのよ、やっぱり絵は捨てちゃったわけ?」
「……それは、企業秘密だぜ」
魔理沙は何が可笑しいのか今にも笑いだしそうに歯を見せてニヤニヤしながら答えた。
そのリアクションが更に霊夢の疑問を深める。
「そんじゃ、私はもういくぜ、じゃぁな」
「ちょ……待ちなさいよ、もう」
霊夢の声が届く前に魔理沙は疑問だけを残してさっさと去っていった。
霊夢は事件が解決したらなまぁいいか、と自分を納得させ、ここ数日サボっていた境内の掃除に取り掛かる。
桜の花びらに覆われた地面はまるでピンク色の絨毯が敷いてあるようだった。
──────────
魔理沙は家の壁に飾られた例の掛け軸とじっくり睨み合っていた。
洋風に彩られた家の内装にはいささか不釣り合いな雰囲気だったが、それでも魔理沙はこの掛け軸をとても気に入っていた。
「こりゃ本当に傑作だな」
ついに堪え切れなくなって魔理沙は声を立てて笑いだした。
何がおかしいのかはわからないが、笑みがこぼれてくる。おかしいというよりどこか嬉しさが混じっているような気分だ。
大草原の中に凛と立ち尽くす馬の顔も、どこか嬉しそうに見えた。
「そうだな、広い草原に一人じゃ淋しいだろうから、次は一頭ぐらい仲間を描き足してやろうか」
<完>
馬の掛け軸に草原を書き足して事態が収まったということは、この馬は悪さをするためではなくて、もっと広い世界で走り回りたかったんですね。
もしもこの馬が掛け軸から逃げ出したら、メディスンみたいな妖怪になるのかな…うむう、気になる
馬の自由を奪わず、むしろ解放するかのような美しい解決法ですね、先人の行った解決策を聞いてそれを更に改良する手腕は、他人の技を研究して我が物とする魔理沙の真骨頂と言えますね。
とても面白い作品をありがとう御座います。
細かな点で気になる所はありますが、作品の魅力を損ねるほどではありません。十分自信を持って出せると思いますよ。楽しく読めました。ありがとうございます!ではまた!
内容もさることながら、中弛みする展開も無く、長さも丁度良く、文も見やすく、素晴らしい作品でした。
まさに幻想の世界に相応しい綺麗な解決法は、シンプルながら見ててスッキリしました。
次回作も是非拝見致したいと思います。素晴らしい作品をありがとうございました。
すっきりした短編でした。短編のお手本かと思ってしまうぐらいに、上手い話でした!
今まで見逃してたのが勿体無い!これからも貴方の作品を待ち望んでいます、頑張って下さい。
オチも予想通りというよりもむしろ期待通りといった感じですね。
こんな幻想郷の不思議な毎日を切り取って描けるあなたがちょっと妬ましい。ぱるぱる。
まさに幻想郷らしい。