外の世界と繋がりやすくなっている無縁塚。それ故にそこには外の世界から人や物が迷い込んでくる場合がある。
その地に繋がる再思の道を歩む、三つの幼い人影があった。いや、人影と言うには少し不適切だ。
確かに形は年端も行かない子供だが、その背中には無いはずの筈の物、羽根が付いていた。つまりこの三人は人ではなく妖精ということになる。
その内の一人、昆虫のような羽根の持ち主・サニーミルクが機嫌良く口を開いた。
「今日は何が見つかるかしらね」
それに答えるのはかげろうのはような羽根を持つルナチャイルド。
「そう簡単に見つかる訳でも無いけどね」
「まあ、そのときは巫女に悪戯しにでも行けば良いじゃない」
これはアゲハのような羽根のスターサファイアによる発言である。
基本的に彼女達は単独で行動することは殆ど無く、三匹で悪戯をしたり遊ぶことが多い。今日の予定は無縁塚に珍しいものを探しに行くことらしい。
そんな風に話をしながら道を歩いていくと、無縁塚が見えてきた。すると、三匹の中で先頭を進んでいたサニーが急に立ち止まり、目を凝らし奥のほうを見つめ始める。
「どうかしたの、サニー?」
後ろから追いついたルナが尋ねるが、直ぐに返事はこない。不思議に思ったルナは、サニーと同じように目を凝らす。さらにスターも同様な行動を取る。
「あれ、何かしら?」
其処に居たのは、2尺ぐらいのずんぐりとした褐色の何かだった。妖精の頭ではそう表現するのが限界だろう。
三匹はさらなる接近を試みる。すると、その物体が規則的に膨らんだり縮んだりしていることに気付いた。
「ねぇ、あれなんだか分かる?」
サニーが尋ねると、スターは自信が無さそうに応える。
「ん~、多分生き物ではあるとは思うんだけど」
「何で分からなかったの? スターなら気付くと思うけど」
「多分、動きが小さすぎたからじゃないかしら。このぐらい近よってもまだよく分からないもの」
それから少し離れた位置から迂回して回り込んでみると、スターの予想は的中していた。どうやら、今まで見ていたのは背面だったらしい。
三匹が見たのは動物の顔面だった。その目は閉じられており、規則的に呼吸をしている。要するに寝ているのである。
今までの情報を統合すると、目の前にいるのは褐色のごわごわした毛の動物で、今は睡眠中だということになる。
そして、それに対して三匹はどういった行動を取るのかというと、
「ねぇねぇ、このよく分からないの驚かしてみない?」
サニーが嬉嬉とした声で提案する。得体の知れないもの相手でも全く物怖じしている様子はない。
流石は妖精、大胆不敵、勇猛果敢と言えば聞こえは良い。だが彼女らの場合は軽挙妄動と言った方が適切だろう。後先を考えない行動は誉められたものではない。
「面白そうだし、良いんじゃない?」
「じゃあ今日の遊びはそれに変更ね」
ルナ、スターも意気揚々と承諾し、三匹は謎の生き物を驚かせることにした。
「よ~し、それじゃあさっそく決行よ」
宣言すると同時に、サニーの能力により光が屈折し三匹の姿が見えなくなる。さらにそこにルナの能力が加わわり音も消えた。
相手を認識している感覚はほとんど視覚、聴覚である。その感覚に働きかける二匹の能力を併せた隠密性となると、見つけるのは至難の業となる。
そんな状態であるにも関わらず、三匹は慎重に忍び足で接近していた。相手の動物としての勘を警戒しているのか、あくまでもゆっくりと近づいていく。
十分な程近づいたが、対象が起きる気配は無かった。
サニーはルナ、スターの方を向いて、目だけでタイミングの是非を尋ねると、二匹は小さく頷いた。後は号令を掛けるだけである。
(じゃあ、いくよ。せ~の!)
声には出さず、口の動きのみによるサニーの号令を合図に、三匹は同時に跳躍した。狙
いは当然、謎の生き物の背中を目掛けて。
ドスンッ!
ルナの能力が無ければおそらくこんな音がしたであろう。音は無かったが、確かに三匹は謎の生き物の背中に豪快に着地を決めていた。
悪戯が成功したという充足感が広がっていくなか、後は対象の反応を見て楽しみだけだった、筈なのだが。
来るだろうと予測していた、驚いて飛び起きることどころか、動こうとする気配すら無い。予想外の状況に三匹は顔を見合わせる。
そして、一旦ルナの能力を解除して相談し始めた。
「まさかとは思うけど、気付いてないのかな? 音が聞こえなかったとかで」
「音が無いからって衝撃まで消える筈無いでしょ」
「多分この変なのが鈍感なだけじゃないかしら」
だとしたらどうするか。三匹は腕を組んで考え始める。
「乗っかって駄目なら……、ぶつかる」
流石は妖精。先程と大して変わらない力業である。しかし本人達は大真面目。
サニーの提案に対し、他の二匹は頷いて一旦飛び上がり距離を取る。
「せ~のっ!」
離れた位置から一気に加速し、減速することなく体当たりを決めた、が。またしても望み通りの結果は得られなかった。
むしろ、ぶつかった際の衝撃で三匹の方が驚く始末である。
「う~ん、何で~?」
「結構強く当たったと思ったのに」
「――もしかしたら私達が軽すぎるのかも」
確かに、その考えならば乗っかったりぶつかったりしても起きないことを説明できる。スターの考察は三匹が落胆するには十分すぎる程の威力を誇っていた。三匹は顔をしかめながらも、次の行動を打ち合わせる。
「乗っかってもぶつかっても駄目ならどうするの?」
サニーが不満を露わにした声で二匹に尋ねるが、両方とも直ぐに返事は出来なかった。
「私達が軽いとなると、大抵のことは無駄になっちゃうからね」
どうしようもない現実を確認するスターの発言は、サニーの望む答えにはかけ離れている。
すると、ずっと考え込んでいたルナの表情が何かを思い付いたものに変化した。
「わざわざ力業で驚かすことにこだわらなくても良いじゃない。耳元で大きな声出せば良いのよ」
おぉ、と二匹から歓声が上がる。思い立ったが吉日。その言葉の如く、三匹は直ぐに立ち上がると対象の顔の付近に近付いていく。
(いくよ、せ~の)
小声でタイミングを図り、次の瞬間。
「わあああぁぁぁぁ!!!!!」
喉が張り裂けんばかりの大声が無縁塚に響き渡る。
今度こそはと反応を確認すると、耳らしきものをパスパスと動かして、それだけだった。
「それだけ!?」
三匹の期待とは裏腹に、結果は悲惨なものである。
いよいよ打つ手が無くなり、途方に暮れはじめた三匹。そんななか、スターはひょいっと謎の生き物の背中に飛び乗ると、そこで寝転がって呟いた。
「あ~ぁ、今日の悪戯は失敗か」
「きっとこの変なのが鈍感過ぎるのよ」
スターのぼやきは、今の三匹の心情を表している。乗っかったり体当たりして反応が無いのは、妖精が小柄だからという理由で納得出来る。
しかし、耳元で騒いで殆ど無反応であるというのは、鈍感か、かなりマイペースのどちらかだ。
「悔しい~!」
サニーが背中の上でバタバタと暴れてみるが、当然びくともするはずがない。
暴れるのが無駄と思ったのか、或いはただ単に疲れてなのか、サニーは動くのを止めて空を仰ぎ見た。
蒼が透き通った晴天で照り輝く太陽は、その恩恵を地上に与え続けている。日光があれば大抵の怪我を高速で治癒させることが出来るサニーにとって、その恩恵は他の者より大きくなるのは当たり前のことである。
日の光を全身で浴びながら、サニーはだんだんとまどろみを感じ始めた。
「遊び変更~」
突然のサニーの申し出に、他の二匹は顔に困惑の色を滲ませる。
「何? 諦めて珍しいもの探しに戻るの?」
ルナの問い掛けに対し、サニーは首を横に振る。
「今日は日光浴しながら昼寝よ」
「え、どういうこと? ていうかそれって遊びなの?」
「それじゃ、お休み~」
「ちょ、ちょっと待った」
ルナの質問をそっちのけて、サニーから寝息がこぼれ始める。規則的に聞こえる呼吸音が二つになった。
残された二匹しばし呆然となる。
「……どうする?」
最初に口火を切ったルナがスターに尋ねた。
「う~ん、サニーも本気で寝ちゃてるみたいだし、私達も良いんじゃない? と言うわけで、お休みなさい」
そう言い残すと、スターは生き物を背もたれにし、瞼を閉じて穏やかな寝息をたて始める。
「ちょっと~、二人とも~」
ルナが呼びかけるが、返事が来るはずがない。
独りになってしまったことにより便乗せざるを得ない状況になったので、渋々スターと同じように生き物を背もたれとするルナ。気苦労と陽気が眠気を促進するおかげで、目を閉じてから熟睡に至るまで時間はかからなかった。
太陽が段々と沈んでいき、その光が赤味を帯びていく中、四匹が起きる気配は全くと言って良いほど皆無だった。
すると、何も無かった彼女らの上空に文字通り一本の線が現れる。
「あらあら、仲が良さそうね」
更に、その線から空間が裂けたかと思うと、其処から声が響いてきた。それだけでなく、十分に開いた空間の裂け目から段々と何かが出てき始める。
現れたのは、大きな日傘を持った女性、境界の妖怪・八雲 紫である。
「早速馴染み始めているみたいだけど、貴方はまだあっちに居るべきなの」
まだ寝息を立てている四匹の方に声を掛けると、それに反応したサニーが目を覚ます。
「うぅん。……あれ、誰~?」
「お久しぶりね」
「久しぶり? えっと……、あぁ! 引っ越しのときの!」
「えぇ、八雲 紫よ。覚えていて貰って光栄だわ」
サニーが大声を上げたことにより、ルナとスターが共に目を覚ました。
「どうしたの? サニー、ん? あぁ! あのときの!」
「二人とも何? って、うわぁ! 引っ越しのときの妖怪!?」
二匹も紫のことを認識しそれぞれ驚愕を露わにする。
「えっと……、今回はどんな用ですか?」
上空から着地した紫に対してサニーが尋ねた。
「残念、今回は貴女達に用は無いの。あるのは、彼によ」
そう言って紫が傘の先端で指し示した先には、三匹が驚かすのに失敗した謎の生物が居た。
「彼は外の世界の動物なの。住処とされている所から少し脱走したらうっかりこっちに迷い込んでしまったのね。さぁ、そろそろ帰りましょう」
紫は手をパンパンと叩くと、今まで起きる気配が無かった生き物は、パチッと目を開け、のっそりと立ち上がる。歩き方もまた、のそのそとのんびりとしたものであった。
その行く先は、紫が手を叩いた後に作った境界。どこに繋がっているのか、三匹には分からなかったが、とうの本人は臆することなく歩を進めていく。
やがて、体が全て通りきった後に、境界は次第に閉じ始め、遂には跡も片もなくなった。
「結局、あの変なのって何だったのかしら?」
「貴女達は知らなくても無理ないわね。幻想郷にはまだ居ないから。彼はカピバラ。外の世界では最大の齧歯目なの」
「げっしもく、って何ですか?」
「分かりやすく言えば、鼠ね」
「鼠!? あんなに大きいのが!?」
三匹にとってはあまりに予想外だったらしく、表情には驚愕の色が満ちていた。
「えぇ。言ったでしょ? 外の世界では最も大きいって」
「そんなぁ。私達鼠一匹驚かせられなかったってこと?」
「あらあら、そんなことがあったの。まぁ、彼が相手なら仕方が無いことかもしれないわね」
驚かすことに失敗したどころか、逆に驚かされたことに強い敗北感を味わった三匹がその場に崩れ落ちる。
しかし、リーダー格のサニーは直ぐに立ち上がり、その瞳に決意の炎を煌めかせていた。
「紫さん! なあの変の、えっと、かぴばらでしたっけ? あれってまた来ますか?」
「さあ、どうかしらね。もし今回のことで彼が此処を気に入って、いつか仲間と一緒に来ようとしたときには連れてきても良いかもしれないわね」
「よ~し! ほらほら、ルナもスターも立って立って。また変なのが来たとき、今度こそ驚かすために練習よ練習!」
サニーに促されると、一度顔を見合わせ、ルナ、スターも決意を新たにし立ち上がる。
「そうね。負けっぱなしじゃ悔しいわ!」
「次会ったときには絶対に驚かさないとね!」
「よ~し! それじゃあ早速巫女で練習よ。神社に出っぱ~つ!」
「「おぉ~!!」」
意気揚々に進路を博麗神社に向け、全速力で飛び立って行った。
「まあ、人気者なのね、霊夢は」
本人が聞けば全力で否定しそうな台詞を発した後に、外の世界との境界の開き覗き見る。先程のカピバラは無事仲間の下に合流を果たしていた。
「貴方達の性格ならこっちに来ても問題なさそうね。いつか、幻想郷でまた逢いましょう」
誰にも気付かれることなく、境界はそっと閉じられた。
その地に繋がる再思の道を歩む、三つの幼い人影があった。いや、人影と言うには少し不適切だ。
確かに形は年端も行かない子供だが、その背中には無いはずの筈の物、羽根が付いていた。つまりこの三人は人ではなく妖精ということになる。
その内の一人、昆虫のような羽根の持ち主・サニーミルクが機嫌良く口を開いた。
「今日は何が見つかるかしらね」
それに答えるのはかげろうのはような羽根を持つルナチャイルド。
「そう簡単に見つかる訳でも無いけどね」
「まあ、そのときは巫女に悪戯しにでも行けば良いじゃない」
これはアゲハのような羽根のスターサファイアによる発言である。
基本的に彼女達は単独で行動することは殆ど無く、三匹で悪戯をしたり遊ぶことが多い。今日の予定は無縁塚に珍しいものを探しに行くことらしい。
そんな風に話をしながら道を歩いていくと、無縁塚が見えてきた。すると、三匹の中で先頭を進んでいたサニーが急に立ち止まり、目を凝らし奥のほうを見つめ始める。
「どうかしたの、サニー?」
後ろから追いついたルナが尋ねるが、直ぐに返事はこない。不思議に思ったルナは、サニーと同じように目を凝らす。さらにスターも同様な行動を取る。
「あれ、何かしら?」
其処に居たのは、2尺ぐらいのずんぐりとした褐色の何かだった。妖精の頭ではそう表現するのが限界だろう。
三匹はさらなる接近を試みる。すると、その物体が規則的に膨らんだり縮んだりしていることに気付いた。
「ねぇ、あれなんだか分かる?」
サニーが尋ねると、スターは自信が無さそうに応える。
「ん~、多分生き物ではあるとは思うんだけど」
「何で分からなかったの? スターなら気付くと思うけど」
「多分、動きが小さすぎたからじゃないかしら。このぐらい近よってもまだよく分からないもの」
それから少し離れた位置から迂回して回り込んでみると、スターの予想は的中していた。どうやら、今まで見ていたのは背面だったらしい。
三匹が見たのは動物の顔面だった。その目は閉じられており、規則的に呼吸をしている。要するに寝ているのである。
今までの情報を統合すると、目の前にいるのは褐色のごわごわした毛の動物で、今は睡眠中だということになる。
そして、それに対して三匹はどういった行動を取るのかというと、
「ねぇねぇ、このよく分からないの驚かしてみない?」
サニーが嬉嬉とした声で提案する。得体の知れないもの相手でも全く物怖じしている様子はない。
流石は妖精、大胆不敵、勇猛果敢と言えば聞こえは良い。だが彼女らの場合は軽挙妄動と言った方が適切だろう。後先を考えない行動は誉められたものではない。
「面白そうだし、良いんじゃない?」
「じゃあ今日の遊びはそれに変更ね」
ルナ、スターも意気揚々と承諾し、三匹は謎の生き物を驚かせることにした。
「よ~し、それじゃあさっそく決行よ」
宣言すると同時に、サニーの能力により光が屈折し三匹の姿が見えなくなる。さらにそこにルナの能力が加わわり音も消えた。
相手を認識している感覚はほとんど視覚、聴覚である。その感覚に働きかける二匹の能力を併せた隠密性となると、見つけるのは至難の業となる。
そんな状態であるにも関わらず、三匹は慎重に忍び足で接近していた。相手の動物としての勘を警戒しているのか、あくまでもゆっくりと近づいていく。
十分な程近づいたが、対象が起きる気配は無かった。
サニーはルナ、スターの方を向いて、目だけでタイミングの是非を尋ねると、二匹は小さく頷いた。後は号令を掛けるだけである。
(じゃあ、いくよ。せ~の!)
声には出さず、口の動きのみによるサニーの号令を合図に、三匹は同時に跳躍した。狙
いは当然、謎の生き物の背中を目掛けて。
ドスンッ!
ルナの能力が無ければおそらくこんな音がしたであろう。音は無かったが、確かに三匹は謎の生き物の背中に豪快に着地を決めていた。
悪戯が成功したという充足感が広がっていくなか、後は対象の反応を見て楽しみだけだった、筈なのだが。
来るだろうと予測していた、驚いて飛び起きることどころか、動こうとする気配すら無い。予想外の状況に三匹は顔を見合わせる。
そして、一旦ルナの能力を解除して相談し始めた。
「まさかとは思うけど、気付いてないのかな? 音が聞こえなかったとかで」
「音が無いからって衝撃まで消える筈無いでしょ」
「多分この変なのが鈍感なだけじゃないかしら」
だとしたらどうするか。三匹は腕を組んで考え始める。
「乗っかって駄目なら……、ぶつかる」
流石は妖精。先程と大して変わらない力業である。しかし本人達は大真面目。
サニーの提案に対し、他の二匹は頷いて一旦飛び上がり距離を取る。
「せ~のっ!」
離れた位置から一気に加速し、減速することなく体当たりを決めた、が。またしても望み通りの結果は得られなかった。
むしろ、ぶつかった際の衝撃で三匹の方が驚く始末である。
「う~ん、何で~?」
「結構強く当たったと思ったのに」
「――もしかしたら私達が軽すぎるのかも」
確かに、その考えならば乗っかったりぶつかったりしても起きないことを説明できる。スターの考察は三匹が落胆するには十分すぎる程の威力を誇っていた。三匹は顔をしかめながらも、次の行動を打ち合わせる。
「乗っかってもぶつかっても駄目ならどうするの?」
サニーが不満を露わにした声で二匹に尋ねるが、両方とも直ぐに返事は出来なかった。
「私達が軽いとなると、大抵のことは無駄になっちゃうからね」
どうしようもない現実を確認するスターの発言は、サニーの望む答えにはかけ離れている。
すると、ずっと考え込んでいたルナの表情が何かを思い付いたものに変化した。
「わざわざ力業で驚かすことにこだわらなくても良いじゃない。耳元で大きな声出せば良いのよ」
おぉ、と二匹から歓声が上がる。思い立ったが吉日。その言葉の如く、三匹は直ぐに立ち上がると対象の顔の付近に近付いていく。
(いくよ、せ~の)
小声でタイミングを図り、次の瞬間。
「わあああぁぁぁぁ!!!!!」
喉が張り裂けんばかりの大声が無縁塚に響き渡る。
今度こそはと反応を確認すると、耳らしきものをパスパスと動かして、それだけだった。
「それだけ!?」
三匹の期待とは裏腹に、結果は悲惨なものである。
いよいよ打つ手が無くなり、途方に暮れはじめた三匹。そんななか、スターはひょいっと謎の生き物の背中に飛び乗ると、そこで寝転がって呟いた。
「あ~ぁ、今日の悪戯は失敗か」
「きっとこの変なのが鈍感過ぎるのよ」
スターのぼやきは、今の三匹の心情を表している。乗っかったり体当たりして反応が無いのは、妖精が小柄だからという理由で納得出来る。
しかし、耳元で騒いで殆ど無反応であるというのは、鈍感か、かなりマイペースのどちらかだ。
「悔しい~!」
サニーが背中の上でバタバタと暴れてみるが、当然びくともするはずがない。
暴れるのが無駄と思ったのか、或いはただ単に疲れてなのか、サニーは動くのを止めて空を仰ぎ見た。
蒼が透き通った晴天で照り輝く太陽は、その恩恵を地上に与え続けている。日光があれば大抵の怪我を高速で治癒させることが出来るサニーにとって、その恩恵は他の者より大きくなるのは当たり前のことである。
日の光を全身で浴びながら、サニーはだんだんとまどろみを感じ始めた。
「遊び変更~」
突然のサニーの申し出に、他の二匹は顔に困惑の色を滲ませる。
「何? 諦めて珍しいもの探しに戻るの?」
ルナの問い掛けに対し、サニーは首を横に振る。
「今日は日光浴しながら昼寝よ」
「え、どういうこと? ていうかそれって遊びなの?」
「それじゃ、お休み~」
「ちょ、ちょっと待った」
ルナの質問をそっちのけて、サニーから寝息がこぼれ始める。規則的に聞こえる呼吸音が二つになった。
残された二匹しばし呆然となる。
「……どうする?」
最初に口火を切ったルナがスターに尋ねた。
「う~ん、サニーも本気で寝ちゃてるみたいだし、私達も良いんじゃない? と言うわけで、お休みなさい」
そう言い残すと、スターは生き物を背もたれにし、瞼を閉じて穏やかな寝息をたて始める。
「ちょっと~、二人とも~」
ルナが呼びかけるが、返事が来るはずがない。
独りになってしまったことにより便乗せざるを得ない状況になったので、渋々スターと同じように生き物を背もたれとするルナ。気苦労と陽気が眠気を促進するおかげで、目を閉じてから熟睡に至るまで時間はかからなかった。
太陽が段々と沈んでいき、その光が赤味を帯びていく中、四匹が起きる気配は全くと言って良いほど皆無だった。
すると、何も無かった彼女らの上空に文字通り一本の線が現れる。
「あらあら、仲が良さそうね」
更に、その線から空間が裂けたかと思うと、其処から声が響いてきた。それだけでなく、十分に開いた空間の裂け目から段々と何かが出てき始める。
現れたのは、大きな日傘を持った女性、境界の妖怪・八雲 紫である。
「早速馴染み始めているみたいだけど、貴方はまだあっちに居るべきなの」
まだ寝息を立てている四匹の方に声を掛けると、それに反応したサニーが目を覚ます。
「うぅん。……あれ、誰~?」
「お久しぶりね」
「久しぶり? えっと……、あぁ! 引っ越しのときの!」
「えぇ、八雲 紫よ。覚えていて貰って光栄だわ」
サニーが大声を上げたことにより、ルナとスターが共に目を覚ました。
「どうしたの? サニー、ん? あぁ! あのときの!」
「二人とも何? って、うわぁ! 引っ越しのときの妖怪!?」
二匹も紫のことを認識しそれぞれ驚愕を露わにする。
「えっと……、今回はどんな用ですか?」
上空から着地した紫に対してサニーが尋ねた。
「残念、今回は貴女達に用は無いの。あるのは、彼によ」
そう言って紫が傘の先端で指し示した先には、三匹が驚かすのに失敗した謎の生物が居た。
「彼は外の世界の動物なの。住処とされている所から少し脱走したらうっかりこっちに迷い込んでしまったのね。さぁ、そろそろ帰りましょう」
紫は手をパンパンと叩くと、今まで起きる気配が無かった生き物は、パチッと目を開け、のっそりと立ち上がる。歩き方もまた、のそのそとのんびりとしたものであった。
その行く先は、紫が手を叩いた後に作った境界。どこに繋がっているのか、三匹には分からなかったが、とうの本人は臆することなく歩を進めていく。
やがて、体が全て通りきった後に、境界は次第に閉じ始め、遂には跡も片もなくなった。
「結局、あの変なのって何だったのかしら?」
「貴女達は知らなくても無理ないわね。幻想郷にはまだ居ないから。彼はカピバラ。外の世界では最大の齧歯目なの」
「げっしもく、って何ですか?」
「分かりやすく言えば、鼠ね」
「鼠!? あんなに大きいのが!?」
三匹にとってはあまりに予想外だったらしく、表情には驚愕の色が満ちていた。
「えぇ。言ったでしょ? 外の世界では最も大きいって」
「そんなぁ。私達鼠一匹驚かせられなかったってこと?」
「あらあら、そんなことがあったの。まぁ、彼が相手なら仕方が無いことかもしれないわね」
驚かすことに失敗したどころか、逆に驚かされたことに強い敗北感を味わった三匹がその場に崩れ落ちる。
しかし、リーダー格のサニーは直ぐに立ち上がり、その瞳に決意の炎を煌めかせていた。
「紫さん! なあの変の、えっと、かぴばらでしたっけ? あれってまた来ますか?」
「さあ、どうかしらね。もし今回のことで彼が此処を気に入って、いつか仲間と一緒に来ようとしたときには連れてきても良いかもしれないわね」
「よ~し! ほらほら、ルナもスターも立って立って。また変なのが来たとき、今度こそ驚かすために練習よ練習!」
サニーに促されると、一度顔を見合わせ、ルナ、スターも決意を新たにし立ち上がる。
「そうね。負けっぱなしじゃ悔しいわ!」
「次会ったときには絶対に驚かさないとね!」
「よ~し! それじゃあ早速巫女で練習よ。神社に出っぱ~つ!」
「「おぉ~!!」」
意気揚々に進路を博麗神社に向け、全速力で飛び立って行った。
「まあ、人気者なのね、霊夢は」
本人が聞けば全力で否定しそうな台詞を発した後に、外の世界との境界の開き覗き見る。先程のカピバラは無事仲間の下に合流を果たしていた。
「貴方達の性格ならこっちに来ても問題なさそうね。いつか、幻想郷でまた逢いましょう」
誰にも気付かれることなく、境界はそっと閉じられた。
よいほのぼのでした
てっきり紫さまの寝袋かと思ってました
カピバラとは意外でした。
可愛いなぁ