Coolier - 新生・東方創想話

CONTINUE? 上

2010/03/29 04:06:51
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※ おことわり 
このSSは、3月27日に行われました作家チャットに寄せたものに、加筆・修正を加えたものです。元題「CONTINUE? 前編」























「……ん?」

とくにどうというわけでもないが。
魔理沙は立ち止まっていた。
なんだろうか。
若干の違和感がした。
「……。んにゅん?」
魔理沙は、おもわず変な声をあげて、目を瞬いた。
なんだろうか。
首をかしげる。
まあ、いいか。
魔理沙は、適当に納得して受け流した。
肩の箒を担ぎ直す。
今日は秋晴れの、からっとした好天である。
ひさびさに外に出たのがこういう陽気だと、心も弾まなくもない。
魔理沙は、鼻歌交じりに思った。
そのままのんきに、さもおどろおどろしい空気が包む魔法の森の繁みを抜けていく。
顔見知りの古道具屋の軒先は、すぐに見えてきた。
(♪)
魔理沙は、歩み寄って店の扉を鳴らした。
声をかける。
「よう! 香霖」
魔理沙は片手を上げた。
霖之助は、こちらをちらと見ると、かるく頷き返していった。
「やあ魔理沙。いらっしゃい。今日は、何か買っていってくれるつもりでもあるのかい?」
「いや? 今日もなにか借りていくつもりだけど、どうかしたか?」
しれっと言うと、霖之助は、珍しくちょっと芝居がかった感じで慨嘆した。
眼鏡をいじりつつ言ってくる。
「まったく……魔理沙。君は、蝶の羽ばたきという話を知っているかい? この世界に存在するありとあらゆるものというのは、目には見えないけれど、密接に関わり合っていてね。たとえば、それが蝶の羽ばたきのような、ほんのかすかなものであったとしても、その影響というのは、広く大きく広がっていき、ひいては、すべての生命の動向にまで関わるような壮大なものとなってしまうものなんだ。いいかい。それは、君がこの世界の片隅にある店で働いた、そういうせこい所業もまた同じことだ。世界の為を思うんなら、もうすこし慎重に考えて、身を慎むことだ」
魔理沙は、途中から聞いていなかった。
商品棚のめぼしそうなものを、ためつすがめつしながら、言う。
「あいかわらず何言ってるか分からない。ちょうどいいから、これ借りてくぜ」
「年長者の言葉は聞いておくべきだと思うよ。ふん、いいさ。明日もし世界が滅びたら、君のその所業のせいなんだぞ。君は今、この世を滅ぼす一歩を自らの手で踏み出してしまったんだ」
霖之助は、しつこく言ってくる。
魔理沙はやや辟易して言った。
「わけのわからない言いがかりは男らしくないなー。前から思ってたんだが、なあ、お前、この際だから、一度女になったらどうだ?」
「いいよ。遠慮する。女の身体は不便が多い」
「うーん。まあ、たしかになー。私もたまーに男に生まれたら善かったなーとは思うな」
聞くと、霖之助はちょっと眼鏡を押しあげた。
「おや、君は、男の身体というものについて詳しいのかい?」
「そういうお前も、女の身体というものについて詳しいのか? ここ十年かそこら、お前と付き合ってる感じじゃあ、女っ気のあるところなんて見たことないようだが」
「君は、僕の昔のことを知らないんじゃないか?」
「現在っていうのは、近しい過去の姿の積み重ねだろ? てことは、ここ十何年かのお前の姿を見れば、昔の姿ってのもだいだい想像つくな」
「ふうん。過去ね。そういえば魔理沙、昔の君は生意気ではあったけど、とても可愛らしかったなあ。まだまだ女の子らしくて、恥じらいがあってさ。ああ。そうそう。日記なんかもつけていたっけね」
「!! おい待て馬鹿!」
「ある日、僕が間違ってそいつを見ちゃったんだよな。実に参って返しに行くと、案の定、君は林檎みたいに顔を真っ赤にしてさ、『見た!? 見たんだな!? 信じられないこーりんなんて最低だ!』ってまくしたててさ。僕がどんなに謝ってもなかなか許しちゃくれなかったっけ。まあ、あんな可愛らしいポエムを人に見られたんじゃ、それも分からなくはないけどね、ええとなんだっけ、そうそう、『しろつめくさってなんだろうな』」
魔理沙は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「香霖!! お前、見損なったぞ! なに人の恥今さらさらしてるんだ!? この卑怯者! この最低の屑野郎!」
「いいじゃないか、どうせここには、僕と君しかいないんだから」
しかし、霖之助はそう言って、さらに続けた。
五分ほどして、どうにか場が収まった。
魔理沙はぶつぶつと小声でいいながら、店の端に座っていた。
この日の舌戦は、めずらしく霖之助が制したらしい。
霖之助は、勝者の顔に浸っていたが、しばしして、ふと気づいたように顔を上げる。
「ああ、そうだ、魔理沙」
「なんだよ」
魔理沙はぶっきらぼうに言った。
霖之助は言った。
「まだむくれているのか? いい加減、機嫌を直してくれよ。悪いけれど、ひとつ頼まれごとをしちゃくれないか? ついでに、それのぶんくらいなら、魔理沙のつけを大目に見てやるからさ」
魔理沙は、胡散臭そうに見た。
「なんだよ。やけに気前がいいな。気味が悪いぞ」
「そんなに警戒しなくともいいよ。大したことじゃないんだから。ちょっと霊夢のところに、届け物を頼まれて欲しいんだ」
「届け物? って、霊夢のところにか?」
「ああ。ほら。霊夢に、また道具の注文を頼まれていたんだけどね」
「……なんだよ。そんなの今度来たときに渡せばいいんじゃないか。必要ならちゃんと自分から来るだろ? あいつ。そういうところだけはしっかりしてるしな。だけだけど」
「たしかに、そろそろ来るはずではあるんだけどね。――ああ、そうだ魔理沙。君は最近、霊夢に会ったか?」
霖之助は急に聞いてくる。
魔理沙は、答えて言った。
「いや? ここ三週間ばかり家に引き籠もってたしな」
「……それで全然顔を見なかったのか。なんだか君も大概だな。霊夢のことをとやかく言えないんじゃないか?」
「私は、ちゃんと備蓄くらい自分でやってるよ」
「まあ、君もそうだけど、それは霊夢もでね。ここのところ顔を見せていないんだよ。僕も、霊夢については、君とだいたい同じ意見だからね。余計な世話だとは思うんだけれど、頼まれた方としては、どうにも落ち着かなくてね」
霖之助は言った。
魔理沙は、ちょっと怪訝な顔をした。
妙な気がした。
(こいつが、霊夢の心配はともかく、余計な世話まで自分から焼くって?)
魔理沙は思った。
なにかしら、嫌な予感はした。
経験上のものである。
魔理沙にとっては、けっこう付き合いのあるこの青年だが、普段は、的はずれでとんちんかんなことしか言わないくせに、ときたま、ぴたりと驚くほど鋭い勘を働かせることがある。それこそどこかの巫女のような感じだ。
魔理沙には、そういう感じというのが、全然無いので分からないが、ひそかにうらやましいとは思っていることだった。
そうでなくても、単純に妙だとは思った。どにうも柄ではないんじゃないだろうか。
(……なーんか悪いことでも起こらなけりゃいいけどな。空飛んでたら、鍋でもふってくるんじゃないだろうな)
なにかたくらみでもあるんじゃないだろうな、と、すこしそう疑って霖之助の動向をうかがってみるが、普段と変わった様子はないし、そもそも、そんなものでこの青年がしらばくれるのを見破れるとは、毛ほども思わない。
仕方ないか。
しばしして、魔理沙は香霖堂を後にして、神社へと向かった。




博麗神社。

魔理沙は、境内に降り立った。
霊夢の姿はない。
ふむ、と時間を確認する。
太陽の傾き方から、だいたい昼前か。
(留守かな? 珍しい)
この時間なら、境内の掃除をしたり、賽銭箱を確認しているはずだ。
いくらなんでも、まだ寝ているということはないだろう。
境内には、昨日までの落葉が、半端に降り積もったままになっている。
昼飯の用意をしていないことは、匂いのしないことでわかった。
霊夢の家の方からは、飯時になるといつも、なんともいえない良い香りが外へ漏れてくるのだ。
(うーん)
風邪を引いて寝込んでいる、などという可能性もなくはなかった。
魔理沙は、考えながら、神社の裏手へ回った。
霊夢の住んでいる家屋の空間と、その縁側が見える。玄関もこちらだ。
庭の物干し竿は、空のままである。外は良い天気だ。
魔理沙は、玄関をちょっとのぞいた。
声をかけてみる。
「おーい。霊夢ー」
家の中は、しん、と静まりかえっている。
返事は返ってこない。
物音も、まったくなかった。
魔理沙は、土間の様子を見渡した。
履き物は一つもない。
かがみこんで、隣の履き物入れを開けてみる。
こっちには予備の草鞋が二足と、少し大きめの草鞋が一足入っている。
履き物入れの中は、けっこう長くほったらかしにされていたようで、古びたい草の匂いがふわりと漂ってきている。
やはり、留守のようだ。
(ふむ。よしよし)
魔理沙は、履き物入れの戸を閉めた。靴を脱ぐと、勝手に家の中に上がりこむ。
(勝手知ったるお前のなんとか……ってか)
とんとんとん、と廊下を行って、台所をのぞきこみ、それから居間の方へ行く。
居間には、ちゃぶ台が置かれておらず、畳の上はがらんとしている。
霊夢の座っているいつもの縁側には、誰の姿もない。
家の中は、静まりかえっている。
(ふむ)
魔理沙は思った。
これは好機だ。魔理沙は一人で呟いた。
「……まあ、なにせ霊夢のために来てやってるわけだしな。優しいなー私は。ご褒美があってもいいくらいだが、友人から金銭をもらうのも心苦しいしなー。まあ、ここは、茶ととっておきの茶請けで我慢してやるとしよう」
こっちはただ働きなのだし、報酬ぐらい無断で受け取ってやっても、差し支えはないはずだ。
というわけで、さっそく近くの戸棚を開けて、かるく物色し始める。
「茶菓子茶菓子、と……」
霊夢の性格からして、自分の好物はちゃっかりと隠してあるはずだ。
大福あたりかな、と魔理沙はあたりをつけて思った。魔理沙は味の濃いのでも甘いのでも、どちらもいける。今、里で評判の堅焼き煎餅だったりすると小躍りするのだが。
魔理沙は、ちょっとつま先立ちをして上のほうの戸棚も開けた。
がさごそと物色する。
と、その時声がした。
「おやなんだい、泥棒がいるよ」
魔理沙はふり返った。
ふり返って後ろを見ると、縁側の方に、鬼の萃香が立っている。
魔理沙は言った。
「なんだよ。泥棒とはまた、人聞きが悪いな」
萃香が言い返してくる。
「人聞きも鬼聞きも、誰が見たって、今のお前は泥棒だよ。それ以外の何に見えるって言うの?」
「そうだな、普通の魔法使いかな?」
しれっと言う。
萃香はわざとらしく顎をさすった。
「ふーむ、見えないなー。なんだかとんがり帽子をかぶった貧相な小娘には見えるけどな」
「酒で目が濁っているんじゃないのか? 酔いを覚ますんなら、いい方法があるぞ。熱い光のシャワーを、真正面から浴びるんだ」
「熱いおしぼりのほうが、まだ目が醒めそうだけどね? しかしなんだ、話変わってすまないけど、霊夢はいない?」
「ああ。出かけてるみたいだな」
「ふんむ。残念。間が悪かったか。まあ、空き巣と話ししていても愚につかないし、機を改めるとしようかな」
「ああ、さよなら」
鬼は、そのままきびすを返して、ふらふらとどこかへ歩いていった。
魔理沙はそれを見送ると、ふたたび茶菓子の探索を開始した。
「お♪」
やがて、台所の方の棚から、大福が三つも見つかった。
魔理沙は遠慮なく、のっけてある皿から大きい一つをとりあげた。
わかしていた湯が、ほどなくしゅんしゅんと音を立て始めた。
(しめしめ)
魔理沙は、舌なめずりをしつつ、茶の用意を進めた。
霊夢はあれでけっこう舌が肥えているから、茶請けの眼力も結構なものだ。魔理沙なんかは、ひそかにいつも楽しみにしている。ふと、背後できし、と音が鳴った。
魔理沙はちらりとふり返った。
「……。魔理沙?」
魔理沙は声をかけられて、少し妙に思った。
霊夢かな、と思ったが、違っていた。あの巫女は、ときどき音も立てずに背後まで近寄ってくることがある。おもにこういうときだが。
が、後ろにいたのは咲夜だった。
(おや?)
魔理沙は意外に思ったが、とりあえず声をかけた。
「なんだ、咲夜か。お前も茶菓子目当てか?」
「なにそれ?」
咲夜は聞きかえした。
魔理沙はその恰好を見て、やや違和感を覚えた。
何かな、と思ったら、咲夜は、いつものメイド服の上から、赤い外套を羽織っていた。
こいつ、こんなの持ってたんだな、と魔理沙は思いつつながめた。ずいぶんかわいらしさのある、女物のデザインだ。魔理沙の好みに合っている。おしむらくは、おそらく身長のない自分が着ると、だぼだぼの袖あまりになるだろう、ということだ。
(ちぇ。丈のあるやつはいいな……)
などとひそかにひがみつつ、ふと目を止める。
見やると外套の左袖の部分が、なぜか空っぽのまんま不自然に垂れ下がっていた。まるで中身がないかのように。
(なんだ?)
魔理沙はけげんに思った。
「霊夢は?」
と、咲夜が聞いてくる。
魔理沙は言った。
「いないよ。留守みたいだぜ」
「そう。……というよりか、あんたはそれが分かっていて、ここでお茶の用意をしているわけ?」
「ああ。いない間が好機だからな」
咲夜は、あきらめ顔で息を吐いた。
それ以上聞かずに言う。
「そう。ところで、霊夢がどこにいったのか心当たりはない?」
「わからん。私が来たときにはいなかったからな」
魔理沙は言った。
咲夜は若干の間を置いた。
「そう」
咲夜は言った。
それからきびすを返した。
今の沈黙はなんだろう。
たぶんうたぐったんだろうな、と魔理沙はすぐに思った。
自分がわけもなく嘘を言うのは、咲夜も承知のことだからだ。
咲夜は、無言で廊下に出ていこうとする。魔理沙は後ろから声をかけた。
「お前も茶菓子食べていかないのか? というよりか、お前一人で来るなんて珍しいな。お嬢様はどうしたんだ?」
「来ていないわよ。あと、茶菓子も遠慮しておく。食欲がないのでね」
「ふうん。ああ、そうだ、お前」
魔理沙は、さりげなく聞いた。
「その腕、どうした? なくなってないか? それ」
「見てのとおりだけど」
咲夜は言った。
言うときに、ちらりとこちらを見た。それから目を逸らした。
目ざとくそれを見つつ、何か言いにくいことがあるな、と魔理沙は勘で思った。
「なんだよ。妹君にでもやられたか?」
「いいえ」
咲夜は、首をふった。
「じゃあ、お嬢様を怒らせたとか?」
「いいえ」
咲夜はまた首をふった。ぽつりとした控えめな口調で言う。
「まさか、パチュリーのやつか?」
「いいえ」
咲夜は首をふる。
「……もしかして、門番と手合わせしていて、やっちまったとか?」
「いいえ」
咲夜はまた首をふって、言った。
それから、魔理沙が何か言おうとするのを遮って言う。
「悪いけど急いでるから。また今度にして」
「なんだ。そっけないな」
「お湯が沸いてるわよ」
「お? お、おっと」
魔理沙は言われて、慌てて火を止めた。
ふう、と息を吐いて、薬缶の様子を確かめる。
(あ)
魔理沙は思った。ふり返る。
咲夜のいたところを見ると、案の定、いなくなっていた。
(ちぇっ)
魔理沙は舌打ちして、すぐ台所を出た。
廊下を見ても、咲夜の姿はない。
魔理沙は念のため、玄関の方へと回った。
ここにも咲夜の姿はない。確認しつつ、靴を履いて外へ出る。
玄関から見回す。すると、咲夜の後ろ姿が今度は少し向こうに、ちらりとだけ見えた。
魔理沙は、箒をかついで後についていった。どうやら、境内の方へ回るところのようだ。
境内の入り端あたりに来たところで、咲夜が、空に浮かびあがるのが目に入った。
(ふむ)
魔理沙は、物陰に隠れてそれを見送った。
何をしに行く気だろう。
魔理沙は思った。
咲夜は、どうやら本当に一人で来たようだった。
どうも、なにか様子がおかしい。
(紅魔館で何かあったとかかな?)
魔理沙は思いつつ、ふわりと飛び上がった。
低空で飛びつつ、咲夜の後をこっそりとついていく。
咲夜は、そのまましばらく飛び続けた。
魔理沙は、黙って後ろをついていった。咲夜はたいして速度も上げないようなので、ついていくのも楽である。もともと飛ぶ速さだけなら、魔理沙の方が確実に速いが、さすがに時間でも止められて、本気で咲夜が逃げようとするなら、ついてはいけない。
(気づかれないように、と……)
どこに行くのか、とは思ったが、どうやら、紅魔館には向かっていないようだ。
咲夜は、そのまま人里の近くを飛び過ぎて、魔法の森の方に向かっている。
魔理沙は身を隠しつつ、ついていった。
咲夜を見上げつつ、眉をひそめる。
(そういや霊夢のやつがどうこうとか言ってたな)
思いつつ、考える。
(ひょっとして、探してるのか?)
考えて思う。
はじめに神社を回って、次は魔法の森。
となれば、次に訪ねるのは香霖堂だろうか。
思っていると、咲夜が、ひゅっと下に降りるのが見えた。
魔理沙も慌ててついていった。
いけないいけない。
不意を突かれて焦るほど、魔理沙も鈍くさくはないが、それにしても予想外だった。こんなところで降りても、何もないはずだ。
しばらく宙を飛んでから、魔理沙も地上に降りた。様子をおもんばかりつつ、咲夜が降りたところからは、心持ち、距離を置いて降りる。
(……やっぱり霊夢を探してるってことか。でもなんでだ?)
さささ、と身を隠しつつ、咲夜の姿を探す。繁みのなるべく深いところから、辺りをうかがう。
ふと、木々の間にちらりと赤いコートが見えた気がした。
魔理沙は目をすがめた。
(……ふむ)
見間違いではない。
魔理沙は、今度は、はっきりと咲夜の後ろ姿を認めると、その後ろを追った。
咲夜の後ろ姿は、森の間の小径を歩いている。
(アリスの家かな……?)
魔理沙は思った。
どっちにしろ、自分の家ではないだろうし、この森で咲夜が知り合いと言えば、自分を含めて、先に挙げた二人、霖之助、アリス。その二人しかいないはずだ。
(うーん?)
離れてついていく。
と、そう言う間に、いきなり咲夜の姿が消えた。
「あ?」
魔理沙は、思わず声をあげた。
少し様子をうかがってから、すばやく木陰から抜け出す。
咲夜のいた辺りにやってくる。
魔理沙はきょろきょろとあたりを見回した。
咲夜の姿はない。
(あっりゃ~……)
魔理沙は舌打ちした。
どうやらやられってしまったようだ。口をとがらせる。
「あいつ、気がついてたんだな? くっそ~」
ぶつぶつと言いつつ、きびすを返す。
「……なんだ、あなただったのね」
そのとき、すぐ上の方から声が聞こえた。
魔理沙は、ちらりとそちらを見た。
咲夜が木の上からこちらを見ている。
呆れ気味な顔で言ってくる。
「ことわりもなしについてくるから、誰かと思ったのよ。悪いわね」
「なんだよ、気がついてなかったのか?」
「ええ。見事な尾行のおかげで、そこまでは気がつかなかったわ。あなたの忍者度は、70点てところね」
「厳しいですわね」
魔理沙は、とんとんと箒を鳴らして言った。
咲夜は、とんと木から降りて、近くにやって来た。やや距離を置いて言う。
「しかも100点満点ではなく96点満点でってところかしらね。それで、一体何の用なの? 特に用もないんなら、神社に帰って、お茶の続きでもしていてほしいんだけど」
「お前な。ひさびさに会ったやつの片腕がいきなりなくなってて、気にせずお茶なんてできると思うのか?」
魔理沙は言った。
咲夜は、あっさりと返す。
「私は出来るけど。好奇心はメイドを殺すわ」
「猫だろ?いや、お前のところの主人ならやるかもしれんけど。それに、お前も猫ってより犬だよな。いや。そんなことはどうでもいいんだった。お前それよりあれだよ。――なんだっけ?」
咲夜は半眼になった。それから疲れ顔になって言う。
「ようするに、私の有様が気になって追ってきているわけね」
「そう。それだ」
魔理沙は言った。
咲夜は返して言う。
「あんまり話したくはないんだけど? 話さないと、帰る気はないの?」
「満足したら帰る気はあるかもな」
「話にならないわね。弾幕ごっこなら付き合ってあげるから、大人しく帰りなさい」
咲夜はスペルカードを取りだした。
「やれやれ」
魔理沙もスペルカードを取りだした。咲夜の宣言と同時に、たちまち、周囲に弾幕が広がる。
魔理沙は、嫌らしく展開されたナイフの網を走って抜け、たん、と空に飛び上がった。
魔理沙の攻勢側で、弾幕ごっこは開始された。


――とはいえ。

数分ほどで、決着はついていたといえる。結果は、魔理沙の勝ちである。というよりか、片腕のない状態の咲夜では、カードの威力も半減しているようだった。魔理沙の実力から計れば、そんなものでは勝負にならないのは明白である。最初から結果は見えていたようなものだ。
「仕方ないわね」
咲夜は、埃の舞った服をぱんぱんとはたき、眉をひそめて言った。
魔理沙は肩をすくめた。
「お前、馬鹿だろ? そんな状態で、私に勝てるわけない」
「だったらすこしくらい手心を加えたらどうなの? 大人げないですわ」
「お前は手加減されて嬉しいのか?」
「うれしくはないわね。しかし、勝ちは勝ちよ。どのみ同じですわ」
しれっと言ってくる。
魔理沙もしれっとして言った。
「ほう、そうだな。勝ちは勝ちだ。なら、私のも勝ちは勝ちだな。さ、話して貰おうか」
「なんのこと?」
咲夜は言った。
「おい、とぼけるなよ」
「なにもとぼけていないわよ。別に、なにも約束しなかったでしょう。私は、弾幕ごっこならつきあってあげると言っただけよ」
「おいこら。今さらそんなのが通用するかよ」
魔理沙は、不満げに言った。が、咲夜はそっけなく応対した。肩をすくめて、歩きだす。
「今さらも何も、そういうことなんだからしかたないでしょう? 今のはただの遊び。それじゃあね。あなたは大人しく家に帰りなさい」
咲夜は立ち去りながら言った。
魔理沙はさすがに、うんざり顔をした。
露骨に感情を表して言う。
「あのなあ。それじゃあ、ひとつだけ答えろよ。お前、どうして霊夢を探しているんだ?あいつがなにかしたのか? なあ、これくらい答えてくれたっていいだろ。それとも、私が霊夢やお前のことを気にしちゃ、そんなにおかしいか?」
魔理沙は言った。咲夜は、小さく肩を落として言った。
「質問するのはひとつだけでしょ?」
「じゃあ、どっちか答えられる方でいいよ」
魔理沙は言った。
咲夜はふり向いて、言ってきた。
「殺すためよ。これでいい?」
「なにが?」
「だから、質問よ。私が霊夢を探しているのは、霊夢を殺すためよ。探し出して、殺すため」
「……」
魔理沙は黙りこんだ。咲夜を見る。
咲夜は、それ以上言わずに、また背を向けた。
歩きだす咲夜の後ろで、魔理沙は頭の後ろに手を組んだ。そして、ちょっと不平気味に口をとがらせて、ひょこひょこと後ろについて歩きだした。
咲夜は、気づいていないわけでもなかっただろうが、気にしてこない。
黙々と歩いていく。
「……なあ」
呼びかけるが、反応がない。
「おい」
魔理沙は言った。咲夜は答えない。わざと無視しているようだ。
魔理沙は構わず言った。
「おーい」
「なによ?」
「霊夢がどうかしたのか?」
魔理沙は聞いた。
咲夜は、さすがにうっとおしげになったが、答えてはきた。
「……一昨日の晩、霊夢のやつが館に来たのよ。珍しく」
「うん」
咲夜はそれで答えたつもりなのか、歩みを止めずに進んだ。仕方なく、魔理沙は少し歩みを早めて、咲夜の横に近づいた。
「来たって、なにしにだよ」
「襲撃よ」
「襲撃?」
魔理沙は聞きかえした。
襲撃、というと、金品でも奪いに来たのだろうか。
とっさに浮かんだが、あの面倒くさがりが、自分からそんなことをするわけがない。理由があれば、もしかしたらやるのかもしれないが。
魔理沙は聞いた。
「……あいつがか? なんで」
「さあ。知らないわ」
「……」
魔理沙は、なにか言おうとしたのを、しばし考えた。
今のはちょっと間抜けな質問だった。
咲夜の左腕の辺りを見る。手を通していない袖が、ぶらりと揺れている。
(襲撃……)
嫌な予感。
香倫堂で感じたことが、ふと頭をよぎる。なぜか。
結局、適当な言葉が見あたらなかったので、そのまま聞いた。
「お前んとこのお嬢様が、あいつにいたずらでもしたのか?」
「知らないわ」
「知らないって心当たりがないってことか」
「そうよ」
咲夜はあくまで素っ気ない。
魔理沙は、ちょっとうんざりとして、聞いた。
「……はあ。しかしな。その仕返しにしたって、殺してやるっていうのは、穏やかじゃないと思うぜ。なんだ、冗談か? それ」
「仕方がないでしょう。主人が殺されたんだもの。従者が敵討ちをしなくてどうするのよ」
咲夜は言った。
魔理沙は聞き返した。
「は?」
咲夜は、静かな様子で答えた。
「だから。一昨日、霊夢が襲撃してきたときに、お嬢様がたは殺されたのよ。私以外、全員」




紅魔館。

「何だよ、まったく起きたばっかりだってのに……」
「また魔理沙かしら」
「さあね。知らないよ。にしても、美鈴のやつ、またさぼってんの? 咲夜さあ、ちょっといっといてよ。毎度毎度おんなじようにやられてないで、もう少し工夫する努力とかしろってさ。まったく……」
「では、少々失礼いたしますね」
咲夜は、如才の無い笑みを浮かべて、主の前から発った。
不穏な爆音は、外から聞こえてきた。
魔理沙だろうか。
この時間帯に、というのは珍しい。
夕暮れを越して今は夜である。
夜は妖怪の時間であるから、妖怪連中の力は強くなる。
館に襲撃をかける時間としては、あまり相応しくない。
(まあスペルカードがあるからね)
咲夜はかるく考えて、違和感を無視した。
とはいえ魔理沙も夜に襲撃をかけるのは、控えていたはずであるが。
屋敷に仕えるメイドとしては不謹慎だが、魔理沙との会話はちょっとした咲夜の楽しみのひとつではある。
そういうことだから、その行動は、だいたい把握している。
(そういえば、最近来てなかったわね……)
咲夜はちらりと思った。
記憶には、ここのところ魔理沙と話した覚えがない。
だいたい、ここ最近、二週間かそこら、魔理沙は一度も紅魔館には来ていない。
また新しいスペルカードでも考えていたのかも知れない。
今日はそのお披露目に来たというところだろうか。
まあ、あまり調子に乗らせても良くないものね。
咲夜は、久々に少しばかり魔理沙を叩きのめしてやるつもりでいた。
自分自身、退屈していたというのもある。


外はすっかり暗かった。
前日に宴会があったせいか、今日は、レミリアが起きてくるのは遅かった。レミリアは吸血鬼だが、寝起きには弱い。低血圧なヴァンパイアというのも、つまらない冗句だが。
(今日は月が弱いわね)
いつものくせで、月を見て、咲夜は夜風の匂いを嗅いだ。主人にいつも付き添っていると、主人の好む匂いというのも覚えるようになる。
あれでけっこう中身は単純だ。嫌な匂いがするようだと、それだけでちょっと機嫌を損ねる。
ふと、眉をひそめる。
咲夜は鼻先を止めた。
なんだろうか。
やけに焦げくさい。
前庭に出る。
と、ちょうど、向こうから誰かがやって来るのが見えた。ぽつんと、闇に浮かびあがるような人影だ。
白い巫女の装束。
(……。霊夢……?)
白い装束の人影が、月夜に青白く浮かびあがる。
咲夜は、ほんの一瞬だがそれが誰だか分からなかった。霊夢。それは分かる。
無難に揃えた長さの、ちょっと赤みがかった黒髪。あの巫女だかなんだかわからないような、やたらと機能性の薄そうな服。背は中肉中背くらいで、とくに神秘的でもなんでもないが、巫女だと言われれば、そうと納得してしまう風貌。
野暮ったくてどこか野性的な匂いがどこか漂っている黒い瞳も。それらはいつもどおりだ。
が、次の一瞬で、違う、と咲夜は思った。
違う。
どこがどう、と言うわけではない。
ただ、直感が警告を発したおかげで、続く最初の一撃をかろうじてかわす事はできた。
あくまでも、左腕をかする程度に止めただけで、かわしきることはできなかったが。
そして、その次の一瞬で、脳天を突き上げるような激痛の気配が、一瞬で意識を奪った。
気がつくまでの間を、咲夜は覚えていない。
次に覚えているのは、あるはずの片腕を抱えて、自分がみっともなくわめき立てているところだ。
無くなっていた。
目が覚めると。左の肩から先が、綺麗に。
現実感のない痛みは、逆にそれを感じさせないものなのか。それとも気を反らせることが、巧いことできたのだかはわからなかった。とにかく、荒ぶる呼吸を押さえることには成功して、咲夜は、よろめきながら立ち上がり、そしてレミリアの姿を探した。あたりはすでに瓦礫の山だった。
館の紅い壁は、無惨に崩れて、断面をさらしている。
死体はひとつも見あたらなかった。
咲夜はふらふらと歩いた。
歩きながら思う。
(嘘でしょう)
視界がかすむ。
痛みのせいかどうか。
おまけにこの闇夜だ。辺りはすでに瓦礫の山である。歩くのが危なっかしくて仕方がない。
(……)
咲夜は左の肩を押さえたまま、廃墟になった館を歩いた。
ここまで大破してしまえば、咲夜の空間操作も意味はなかった。
紅魔館は、もとの、相応な大きさになって、音もなく倒れている。
咲夜は、ふとなんの前触れもなく、急に憎しみが沸いてくるのを感じた。
それをふりきって主の姿を探す。
主の寝室は、ベッドも壁もなく、無惨に吹き飛んでいるような有様だった。
崩れた壁の向こうには、夜の闇と深い湖畔が見える。
咲夜は外に出た。
あいかわらず辺りは暗い。
足もとは見えない。
咲夜は何度もつまずいた。つまずきながら進んだ。
辺りには、驚くほどに血の臭いがしない。
咲夜は嫌な錯覚を覚えた。まるで、自分以外の者は、根こそぎ消し去られてしまったかのようだった。
生き物の死んでいる気配も、生きている気配すらもしない。
(……でも、死というのは、もしかしたら、そういうものなのかも――)
咲夜は、思いながら頭を振った。
自分はいったい、何を考えているのだろう。
自分の思考が、ひどく馬鹿馬鹿しくなっていることに気づく。
(馬鹿馬鹿しい?)
咲夜はそう思い、静かにののしった。
馬鹿馬鹿しい?
こんな状況で。
咲夜は、むしろ笑い出しそうになった。
なにを馬鹿馬鹿しいと言うのだろうか。こんな馬鹿げた状況になってまで。今さら。
(お嬢様は、どこ……)
咲夜は呟いた。歩みを進める。
こつん、とつま先が、何かに当たる。
当たった何かは、軽い感触を残してころりと転がった。
咲夜は足もとを見た。
その何かを見る。
暗くてよく見えない。
指だ、とふと思った。
黒くて焦げた塊である。ちぎれて焼けこげた指が、ぽつんと転がっている。そう分かった。
(小さい指……)
咲夜は、前を見た。
今さらだが、そこでようやく、むせかえるような血の臭いに気づく。咲夜は口元を覆った。
どうも、今まで気がつかなかったらしい。鼻がおかしくなっていたのだろうか。
目の前をよく見る。
瓦礫の間に、なにかまっ黒いものが倒れているのが見えた。
背の低い、人のような形をしている。
咲夜は、そちらへ歩み寄った。
足もとが少しだけふらついた。
本当は、駆けよろうとしたのだが。
咲夜は足を止めた。その場にひざまずく。
倒れているのは、レミリアだった。思わずただの炭の塊と見間違えるほどの姿だ。
真っ黒い塊になった、自分の主人。
咲夜は、ほんのわずかに口を開いた。
「お…嬢様」
呼びかける。まだ息があるだろうか。とてもそうとは思えないが。でも、吸血鬼だから。
(なにをのんきなことを考えているの?)
自分の目の前で、あのレミリアが死にかけているというのに。
(何をのんきなことを考えているの?)
「……咲、夜」
レミリアは言った。
咲夜は少しだけ驚愕したことを恥じた。
口を開く。
「お嬢様。息が――」
「お前……なに、してた、んだよ……。やられてた、のか……?」
レミリアは言った。
咲夜は、口をつぐんで答えた。
「はい」
咲夜は、うなずいてレミリアの顔を見た。
レミリアの身体は、ぼろぼろだった。
顔の部分をどうにか残してはいたが、それ以外は、大きく焼けこげていた。紫の髪の一部と、片目が残っていたから、やっと識別できたほどだ。
そもそも、焼けこげている以前に、レミリアの身体は、半分以上が吹き飛んでなくなっていた。
胸から上と、途中でもげた片腕はかろうじて原型をとどめていたが、それ以外はなんだかわからない。黒い炭になった身体の端が、灰になって積もっている。積もった灰。
吸血鬼の灰。
(……お嬢様は……もう長くない)
咲夜は思った。
握った手が自然ときつく閉じられる。
爪が食いこんで、ぶつり、と、血の滲む感触がした。
「まったく……これ、だから……人、間は……」
レミリアは、ほとんど原形をとどめない有様のまま言った。
「……頼りに、ならん……。本、当……駄目な、やつ、だ、な、お前、……は……」
咲夜は頭を垂れた。
ぽつりと言う。
「はい。申しわけありません」
「……、」
レミリアは、もう聞いていたかのも分からない。
半欠けの身体が、わずかに身じろいだように見えた。まるで、起き上がろうとしたようにも、一瞬錯覚された。そのままぱさり、と乾いた音を立てる。
「……」
もう一度目を上げると、そこにあったレミリアの顔もなくなっていた。灰に変わっていた。


それからしばし後、咲夜は、館の主だった者の生死を確認し終えた。
レミリアの灰には脱いだジャケットをかぶせておいた。風に吹かれて飛んでしまうといけない。あとで埋葬しなくてはならないのだ。館の庭へ歩み出ると、月明かりの下から、音がした。咲夜は少しぼんやりとしてから、それに気がついた。
ずる。
ずる。ずる、ずるり。
音は、闇の向こうから聞こえてくる。
咲夜は、目をこらした。
道の先に、なにか黒いものが動いているのが見えた。
ずる。――ずる。
ずる。ずるり、と、残った片腕で、黒いものは身体を引きずっている。
咲夜は、傍に駆けよった。
月明かりに照らされて、顔が見える。
美鈴だった。
「美鈴――」
「ああ……咲夜、さ、ん」
こちらを確かめると、声をあげた。
顔の半分が、血と裂傷のようなもので半分崩れかけており、身体の引きずっている部分には、胸から下がごっそりとなかった。
月明かりの下の顔は、人間くさく笑っている。
相変わらずの、間抜け顔だった。
美鈴は言った。
「……はは、はは……よ、よ、妖怪が……こ、殺しあいで油断する、なんて……まったく、ど、どうしようもないですね……」
咲夜は呆然とひざまずき、自分でも笑えるほど呑気な反応をした。
腫れ物にでもさわるように、おそるおそる手をのばし、その手の行き場に悩んだ。
「美鈴……」
どうしようというのだろう。
どう見ても助からない。
美鈴は、気にすることもなかった。口をきく。
「……ああ、な、なんにせよ、あなたは無事なようで、な、なによりです……お、お、嬢様、……は?」
美鈴は言った。
咲夜は言った。
「……大丈夫。無事よ」
とっさに言ったことだったが、なぜ嘘をついたのかはわからない。どっちみち、美鈴は頬を引き攣らせて嗤った。そうひんぱんにはやらなかったが、時々やっていたような、ちょっとした嘘を見抜くときの、人を馬鹿にしたような笑みだった。
「はは……そ、そう……ですか……、お亡くなりに……、ほ、本当、咲夜さんは、わかりやすいわ……う、嘘が、へ、下手なのよね……、まったく……――」
ふひゅ、と最後にひと呼吸して、美鈴は少し笑ったような顔のまま息を止めた。
開きっぱなしの目が瞬かずに、すっと光が失われるのが、なぜかはっきりと見えた。
咲夜は呆然として、死体になった門番妖怪を見下ろした。
それからどれだけ経ったのかわからない。
ふと空を仰ぐと、月が少し傾いているのが見えた。
今夜は月が弱い。

もう何もかもなくなっていた。



咲夜は言った。
話し終えて、締めくくるように。
「生き残ったのは、私と、あとは、役立たずの妖精メイドたちだけよ。パチュリー様も、妹様も、私以外の全員が殺されていたわ」
「全員……?」
「そう。まったくね。……まず最初に死ななきゃいけないような人間が、中途半端に生き残ってしまったのよ。それで主様がたは全滅だなんてね。笑い話にもならないわ」
実際、笑いもせずに咲夜は言ったが、魔理沙はそれどころでもなかった。
あまりにも唐突な話ではある。どこか現実感を欠いている。
殺された?
(殺されただって?)
その単語に、なにかおかしなところがあったわけでもない。言葉は言葉だ。
殺された。
そう、殺されたのだろう。
レミリアも。パチュリーも。門番も。フランドールも。みんな。
小憎たらしい魔女の顔を思い出しつつ、魔理沙は否定しようとした。
「……」
が、できなかった。
げんに、話の通りに咲夜の片腕はなくなっている。中身のない外套の袖が、今、目の前でぶらりとたれ下がっている。このメイドは主の傍にいるでもなく、館の世話をするでもなく、こうして一人でふらついている。どうして。
「……」
殺された。
皆殺し。
(皆殺し?)
魔理沙は思った。
(こいつは、何を言ってるんだ?)
「……」
思わず口を突いてでそうになり、魔理沙は思いとどまった。
出たのは、無難な言葉だった。
「……本当の話か? それ」
「自分で行って確かめてみればいいでしょう」
咲夜はそっけなく言った。
その答えも無難だった。
口調は静かだが神経がささくれだっているのだか、あまり、聞く人の気にいらないような言い方になったようだ。
「かたき討ちに行くんだって?」
「そうよ」
「その身体で行っても勝てないんじゃないか?」
「そうね」
咲夜は言った。
魔理沙は呆れて言い返した。
「お前、馬鹿じゃないのか? 分かっててわざわざ行くっていうのか? 馬鹿なこと言うなよ。お前ってそんなやつだったか? 違うだろ? お前は、もっと器用に立ち回れるようなやつだろ。もっとよく考えろよ」
「あなたに、なにが分かるっていうの?」
立ちつくしたまま、咲夜は昏い声音で言った。
片手で、自然と、片腕のない袖を握りしめているのが見える。
きつく。
魔理沙は黙って咲夜を見返した。
眉をひそめる。
どうも落ちついているな、と思ったら、どうやらそうでもなかったようだ。正面から見ると、咲夜の目は、静かな様子でこちらを見返している。異様に静かな様子で。
(なにが? なにがだよ。それはこっちの台詞だろ?)
魔理沙は、それを見ても、口を緩める気が沸いてこなかった。
小さくため息をついて、いらだたしげに言う。。
「……ああそうかい。お前は、そうやって自分の気持ちが誰にもわからないから、何を言われても、聞く気がないっていうんだな。そうかよ。なら勝手にすりゃあいい。けどな、そういう風に言うのは、変に凝り固まった考え方をしているからだって思わないか? もっと自分を疑えよ。疑問に思えよ。まったく、どいつもこいつも、どうしてそう、いっつも自信満々でいられるんだか教えて欲しいぜ。どうして、もっと失敗を怖がらないんだ? 見てて頭に来るんだよ、本当に」
なにかはわからないが、魔理沙は、重苦しい苛立ちを感じた。
その感覚が不快に思われたせいで、魔理沙の声音は、普段なら聞かれないほど、暗い感情がこもって響いた。
「……魔理沙?」
咲夜は、よほど意外だったのか、先ほどの剣幕も忘れ、呆然と聞きかえしてきた。
どうやら片腕を無くしても、どこかが抜けたところは変わっていないようだ。
その顔を見ていると、どうにも腹が立ってならなかった。
腹が立つと言うよりは、はっきりと不愉快だった。
さっきなんと言った? 
殺す?
(馬鹿じゃないのか?)
こんな呑気な顔をしてそれを言うのにも、腹が立った。
どういうつもりなのかしれない。
呑気な顔をして言えることだと思っているのかも知れない。
あるいは、分かっていないのかも知れないが。
魔理沙は気づくと、黙ってそのままきびすを返していた。
箒に乗ると、地を蹴って浮かびあがった。
感情混じりに、咲夜は放っておいても大丈夫だろう、と思う。




湖を越え、夕暮れの浮いた空に照らされる館が見えてきた。
近づいてみると、なるほど、そこらじゅう崩れてほとんど瓦礫の山である。
一体どのような力が働いたのだか、ともあれ、かつてここまでなにかが破壊された様というのは、魔理沙もなかなか見たことがない。
これをやったのが霊夢だ、と咲夜の話だとそういうことだが、にわかには信じがたかった。
(あいつが、これをやったって?)
魔理沙は、眉をひそめて、繰り返した。
半分空の見えている屋敷の中は、閑散としている。
警備のために飛んでくる妖精メイドの姿もない。
脇に立派なベッドがあるということは、ここがレミリアの寝室なのだろうが(どうでもいいが、吸血鬼のくせに寝起きにベッドを使うというのはどういうことなのだろうか)、ここまでは、誰にも会うことなく通って来られた。
とはいえ、確かに門の前には、いつもの門番少女の姿はなかった。
かわりに、すぐそばの木陰に、真新しい土盛りがしてあった。
屋敷の中を歩いてみると、破壊されたことで咲夜の力が解けたのだか、いつもより数倍も、小さく狭く感じられた。
図書館には、寄ると誰もいなかった。
無数の本棚が、破壊の跡を残して滅茶苦茶にひしゃげているだけだ。
魔理沙は、地下室の扉にも寄った。
部屋の入り口は激しく破壊されていた。
部屋の損傷自体はひどくない。
持ち主の精神構造には嘘のように思えるほど、少女然とした部屋の作りが、そこだけ嵐に遭ったように、一撃でつらぬかれえいる。
ひしゃげたベッドの横で、羽毛枕が羽根を散らしており、近くに倒れたばらばらの縫いぐるみが、腹から綿を出していた。
部屋の主はどこにも見あたらない。
魔理沙は、辺りを見回した。
屋敷の中には誰の影も見あたらない。
魔理沙は思った。
なるほど。
咲夜の言っていることは、どうやら本当のようだ。
だが、どういうことだ?
(どうして霊夢がここをこんなに壊して――レミリアや――門番や――)
パチュリーやレミリアの妹を。
(……殺したんだ?)
魔理沙は呟いた。
殺した。
呟いてみて、ひどく現実味のない言葉だと思った。
でもこれが事実らしい。
魔理沙は思った。
とにかく。
とにかく、だ。
(あー。とにかく)
とにかく――なにか考えないといけないらしい。
(まずいな)
魔理沙は眉をひそめた。
頭を振る。
一瞬、ぼうっとしてしまっていた。
ふう、とため息をつく。
片手に握った箒を持ち直す。
こういう突発的な事態には慣れている、と自分では思っていたが、どうやら、そうでもなかったらしい。
とにかく。
とにかくだ。
とにかく、霊夢がこれをやった。
(いや)
いや。
違うか。
魔理沙は違うか、と自分で否定した。
(そうだよ、違うだろ)
まだ違う。
そう。
本当に霊夢がやったかどうかは、まだわからないのだ。
咲夜の言うことでは、確かに人影は霊夢だった、という。
魔理沙はこれを考慮してみた。
そして思った。
(そうだよ。まだ違う)
まだ違う。
魔理沙は自分に言い聞かせた。
そう、まだ、本当かはわからないのだ。
確証はないはずだ。
咲夜の言を聞く限り、暗闇で見間違えただけかも知れない。
あるいは、咄嗟のことで、よく確認できていなかった。
(どっちみち、信用には値しないよな。あいつには悪いけど)
魔理沙は思った。
次に考えるのは、霊夢のことだった。
霊夢は今、博麗神社にいない。
それは、自分の目で確認してきたことだ。
(入れ違いで帰ってきたかも知れない)
魔理沙は考えた。
一応、帰って確認してみることにするか。
いや、待て。
「いや、待てよ」
ふと考え直す。
咲夜だ。
咲夜が霊夢を探している。
(しまったな)
魔理沙は思った。
あのときは、その場の感情で判断したが、よく考えたら軽率だったかも知れない。
あいつは、霊夢を見つけて殺すと言っていたのだ。
目を離してはいけなかった。
「……そうだよな。適当に言いくるめてあいつと一緒に霊夢を探すようにすればよかったんだ。いざというとき、邪魔も出来るし」
失敗したな、と魔理沙は思った。
霊夢と咲夜が、本気で命のかかった「殺しあい」をする。
それは、魔理沙にとって、好ましくない事態だ。
慎重に考えなければならない。
自分が何をしたいのか、早めに決めなければならない。
(とにかく……)
とにかく。
とにかく、と魔理沙は思った。
(……。そうだな。咲夜を探そう)
魔理沙は、肩にかけていた箒を下ろした。
ふわりと浮き上がる。
ひゅおっ! と、音もなく加速して、魔法の森へと戻る。
頭は、いまだに混乱していた。





香霖堂にはいないはずだ。
魔理沙は、森に戻ってからなんとなく思った。ただの勘ではある。さっき思った通り、ここで咲夜が向かうところといったら、香霖堂と、もう一箇所、その二つくらいしかない。
「とすると、まーまずはアリスの家だな」
魔理沙は、口に出して言った。
アリスの家に着くと、自称都会派人形遣いの家は、今日も早くからカーテンが閉め切られている。陰気だ。
家のドアを訪ねると、やや不機嫌気味な応対の声が聞こえた。
わりと腋の甘いところのあるこの魔法使いは、無愛想なくせに実は感情豊かという、面倒くさい人格をしている。意外と声の調子で機微がわかるのだ。
実際、ドアを開けて顔を出すと、アリスは明らかに歓迎しない様子で言った。
「ああ、いらっしゃい。なに? お茶でも飲みに来た?」
「いや。お茶はいらない。聞きたいことがあって寄っただけだし」
「ふうん。で、なに」
アリスは面倒そうな様子で言った。面倒そうでも追っ払う気はないらしい。いつもどおりだ。
「ここに咲夜が来なかったか?」
「ああ、ついさっき来たわよ。あんたと入れ違いくらいかな。どうして知っているの?」
「べつに。お前にゃ関係ないよ。で、あいつ、たぶん霊夢の居所について聞いていっただろ? どこに行くとか言ってなかったか?」
「いいえ。なにも」
アリスは言った。
魔理沙はひとりでうなずいた。
「そうか。――ああ。そう言えば、話は変わるけどさ。お前、最近、霊夢といつ会った?」
「三日前かしらね。ひまがてらにお茶飲みに行ってきたわよ」
アリスは言った。
「そうか」
魔理沙は言った。
ちらりと心の端で思う。
(――なにか、変わった様子はなかったか?)
魔理沙はそう思った。
思って、口に出そうともしたが、一瞬、そうするのをためらった。
聞かなければならない、と頭では分かっていたが。
(……霊夢じゃない)
魔理沙は思った。
アリスは、ちょっと怪訝な顔をする。
「ねえ、霊夢がどうかしたの?」
聞いてくる。
魔理沙は、ふと、閉じていた口を無理矢理動かすような感じを抱いた。それを気持ち悪く思いつつ、軽口に切り替える。
「なあ、アリス。たまに思うんだが、お前って嫌な女だよな」
「なによ、今さら」
「気にするなよ、ただの八つ当たりだから」
魔理沙は言った。
アリスが少し不快げに眉をひそめる。
「迷惑ね。やめてよ」
「嫌だね。じゃあ、ついでにもうひとつ迷惑をかけてやるよ。あのさ、もし霊夢がここに来たら――」
魔理沙は、言って一瞬言葉に詰まった。
そのまま言いよどむ。
アリスは聞きかえしてきた。
「来たら?」
魔理沙は少し考えた。
それから言った。
「いや。伝えておいてくれないか。咲夜が怒ってるから、とりあえず、神社には帰るなってさ。私の家か、お前ん家にいろって」
「分かったわ」
アリスはあっさりうなずいた。
疑ったそぶりも全然ない。
(でも信じてもいないんだろうな)
魔理沙は思った。
だからこいつは、嫌な女だって言うんだ。思いつつ、そろそろ帰ろうと思ったところへ、アリスが急に思いついた様子で言う。
「ああ、そうだ。咲夜のやつなら、もしかすると、白玉楼に行ったかもしれないわよ」
「なんだそりゃ。早く言えよ」
魔理沙は文句を隠さずに言った。
アリスは言った。
「だって、直接聞いた訳じゃないもの。それに、ほんとに今思いだしたのよ。このあいだ話していたときに、霊夢のやつが、今年は白玉楼で宴会する予定があるって言ってたから。ほら、今年はまた参加者が増えたでしょう。あんなせまいところで、一気に押しかけられても、困るからってね。そろそろ日も近いって言っていたし、あの庭師との打ち合わせに行ったんじゃないかって言ったのよ」
「そうかい。ありがとうな。じゃあ」
魔理沙は言った。
いきなり礼など言われて、アリスはちょっと顔をしかめたようだが、魔理沙はそのまま、箒にまたがった。空に飛び立っていく。





白玉楼。

近寄ると同時くらい、だっただろう。
なにか、不穏な気配が伝わってきた。
幽明の境界を飛びこえていくと、冥界の敷地が見えた。
相変わらずの、不可思議な色の空だ。
その空に花びらが舞っている。
爽やかな花の匂いに混じって、焦げた匂いが徐々に伝わってきた。
(おいおい……)
魔理沙は思った。
長い階段を越える間は、誰にも出くわさなかった。
真っ白な階段は
ところどころが、爆発したように砕け散り、破片が飛びちっている。
魔理沙は上へと急いだ。
階段を越えてすぐ。
見れば、妖夢の姿があった。
地面に突っ伏して倒れている。
(まさか死んでるんじゃないだろうな……)
魔理沙は思った。
近寄った。箒を降りる。
「おい! 妖夢! ――」
こういうのって、やたらと刺激していんだったかな、とちらりと思いながら、肩を揺する。
妖夢は、すぐに反応した。
「う、――。……。あ……?」
ぴくり、とまぶたを震わせて、目を開く。
視線が、うつろに宙をさまよった。
「あ? え……。あ!!」
妖夢は、瞳を見開くと、起き上がろうとした。
いや、起き上がることは起き上がったのだが、ただ、すぐに眩暈を起こしたようだ。
「うあ……」
頭を押さえて、その場にうずくまる。
「おい、落ち着けよ」
魔理沙は後ろから言った。
「魔理沙……? なんであんたがここにいるのよ……」
妖夢は、ぼんやりした口調で言った。
どうも目の前のことがよく分かっていないようだ。
「やめてよ、放っておいてよ……あれ、私、なにしてたんだっけ……そうだ、ええと、おうよ。あれよ……」
妖夢はひとりでブツブツと言った。
やはり、よく分かっていないようだ。
魔理沙は眉をひそめた。
(頭でも打ったのかな。たしか、頭打つと、放っておくとやばいんじゃなかったか?)
魔理沙は思った。
妖夢は立ち上がると、ふらふらした足どりで、歩きだした。
「おい、ちょっと待てよ」
魔理沙は後ろから呼び止めた。
「なによ、うるさいな……ああ、頭いたい……」
「待てって。おい。妖夢」
妖夢は立ち止まる様子がない。
魔理沙は、すたすたと後を追った。追いながら言う。
「おーい。動いて平気なのかよ? 休んでろって。頭やってるんじゃないか? お前」
「うるさい……うるさいわね。やめてよ。私は……私が行かないと……ゆゆこ様を、お守りするのは……私なんだから……おじいちゃんは、関係ないでしょう!? 黙っててよ!」
妖夢はわめきながら、奥へと進んでいく。
危なっかしい足どりだ。
(仕方ないな)
止めてやる義理もないが、魔理沙は後についていった。
ついでに辺りを見る。
どうせ、様子からして、下手人は去った後のようだ。
破壊の跡がところどころに見える。
白玉楼の優美な庭は、そこらじゅうに穴が開けられて、無惨に散らかされていた。
これはひどいな。
魔理沙は思った。
肩に担いだ箒を揺らす。
数千本もある桜の木である。
衝撃で巻きこまれたのだろう。
花びらの散り具合もひどい。
死体は一つもない。
もともと転がるべき死体もないようなところだが。
死体。
魔理沙は思った。
(何がしたいんだかわからんな。紅魔館に白玉楼。まさか幻想郷の主立った連中全部皆殺しにでもするつもりか? まさかな)
魔理沙は思った。
そんなことをする意味が分からない。
そんなことをして、いったいなんになるって言うんだ?
魔理沙は自分で自分に問いかけた。
なんの意味もない。
少なくとも、自分の想像できる範囲では。
(くそ。ええい。霊夢はどこだ?)
魔理沙は呟いた。
訳が分からない。
いらだたしく、帽子の鍔を指で直す。落ち着きがなくなったときのクセだ。前の妖夢は、ひとりでどんどん先に進んでいく。
魔理沙はしかたなく後ろをついていった。
妖夢は、白玉楼の奥へ奥へと行く。
この先には、と魔理沙は思いだした。
(でかい桜があったな。なんてったっけ。西行、あやかし……だっけか)
魔理沙は思った。
やや混乱気味の記憶を、どうにか探る。眉をひそめる。
どうも、こっちも頭が鈍っているようだ。そのことに気づく。
「あー。もー……」
目の前の半人前ほどではない、とは思っていたが。
魔理沙は歯がみしてうめいた。
自分も混乱している。
(なんだか、私も大概だな。わけがわからないことなんて慣れてるつもりだったんだが)
「……お嬢様!!」
妖夢が取り乱した声をあげた。
魔理沙は前を見た。
いつのまにか、開けたところに来ていた。桜の林のなかに、ふいに開けた場所が、ぽつんとある。そこまで来ると、辺りの様子がよく見渡せた。開けている、と言っても、それはどうやら、ここも破壊されたためらしかった。
黒ずんだ桜の幹は、どうも高熱を浴びたように見える。魔理沙のよく使う、八卦炉の力に近い。魔理沙は、破壊された跡をざっと見て思った。荒削りで純粋な力。普通の炎とはまた違う、人の目には、真っ白い光のようになって見える力である。この破壊跡はそれに似ている。
その力は、ふるわれるなり、この辺り一帯を、一瞬で吹き飛ばしてしまったようだ。辺りの光景は、すっかり変わっていた。
魔理沙は気づいていた。
あの桜の木もないことに。
広場の中央辺りを見ると、どうやら幹の痕らしい、折れて黒こげになったものが残っていた。
根こそぎ吹き飛ばされたのだろう。
一撃だ。
魔理沙はそう推し量った。
おそらく、一撃でだ。
(凄いな)
魔理沙は思った。
素直に感心する。
(あれは、紫の話だと、古い妖怪だって話じゃなかったか?)
封印されていたというから、もしかすると力が弱まっていたのかも知れないが。
それにしても凄い。
自分にはできない。
魔理沙はそう思った。
凄まじい出力の力が放たれたのだろう。八卦炉から発せられるものに似ている、高熱の力。あの類の、強すぎる力の放出に晒されたものは、出火すらしないで、ただ焼き尽くされる。
(にしても、一撃で消し飛ばしたってのか。そうだな。この跡はそうだ。凄いな本当に。私も欲しいくらいだ)
魔理沙は思った。
「お嬢様。具合の悪いところは――ああ、動かないでくださいよ。お体に触ったらどうするんです!?」
妖夢の声が聞こえる。
魔理沙はそちらを見た。
見ると、妖夢が、向こうで倒れていた幽々子を、抱き起こしている。
幽々子は意識ははっきりしているのか、自分で起き上がろうとしているようだ。
魔理沙は、そちらに近づいた。
もしかすると、犯人を見ているかも知れない。あの幽々子がここまでやった下手人を見逃したとは思えないし、ここで対峙したのは間違いないだろう。
(……でも、それじゃあ、こいつが負けたってのか? この後に及んで弾幕ごっこかな。紅魔館の連中は……。皆殺しにされたのに)
魔理沙は思いつつ、近寄った。
幽々子は、起き上がった姿勢のまま、頭を抱えている。
その表情は、妙だった。
呆然としている、というのか。
魔理沙にはそう見えた。
違う気もした。これは、呆然としている以上のなにかであるような。
なんだろう。
この顔は。
様子がおかしい。
幽々子は、やがて口を開いた。
妙に戸惑いを含んだ視線は、隣の妖夢を見ている。
「あなた……」
妖夢を見て、言う。
その口調は、やはりおかしかった。
いつもの幽々子のような、ふわふわしたものが、全く感じられなくなっている。
毅然としている、のでもない。まるで、よく似た別人が喋っているかのようだった。
幽々子は、さらになにか言おうとした。
「……」
それから、やめて、あらためて言いなおしてくる。
「ああ、そう……そうね。あなたは、「妖夢」ね……」
その言い方も、なにか妙だった。
まるで、妖夢の顔を、はじめて見るものであるかのように、まじまじと確認するように見つめた。
それからあたりを見回した。派手に吹き飛んで、面影もなくなった白玉楼。
「ここは……今は……そう、覚えてる、覚えているわ……そうよ、そう……」
熱に浮かされたように、幽々子は呟いた。
虚ろな口調と違って、その顔色は、驚くほど蒼白かった。今にも気を失って倒れてしまいそうな様子だ。長い夢から覚めた直後のように、急にどこかから永久に放りだされて、それを悟ったように、その瞳は、深い絶望の色に陰っていた。
幽々子は、虚空を見た。長いこと見つめた。
そしてうつむいた。
「……幽々子様、大丈夫ですか。具合が悪いのでしたら」
「そう、そうね。そう。あれから、あれから、もう……」
幽々子は口を開いた。
妖夢の声も、何も聞こえていないように。
「そう……楽しかった。楽しかったわ……私は……、……せんねんも、なんにもしらないままで……は、ははは……はははは、はは……」
幽々子は力無く頬を緩ませて、目の端から涙をこぼした。
握った手で顔を押さえ、肩を振るわせずに、笑い声を上げる。
妖夢は叫んだ。
「お嬢様! 幽々子様! しっかりしてください、どうしちゃったんですか……!」
いつも以上に顔色が青白い。
まるですがりつくように、幽々子を揺すぶっている。
幽々子の様子が、あまりにも異様だったせいだろう。
むしろ支えている妖夢の方が、必死に見えた。
幽々子はかぶりを振った。
「ええ。ごめんなさいね、ごめんなさい。不安にさせてしまって。でも、もういいの、本当にもういいのよ、私はもう疲れたの。もう疲れたのよ……ああ、なんで、なんでこんな。どうして。忘れたままでいたんなら、消えるときまで、忘れたままにしておいてくれればいいのに。どうして、思い出すのよ、どうして……」
幽々子は言った。
言いながら涙をこぼした。
妖夢の言うことなど、ろくに聞こえていない様子で。
泣いて、泣いて、泣き続けて、やがて口を開いた。
「……ねえ……ねえ……あなた、紫に伝えてくれる?」
そう言って、なにかを言いかける。
が、途中で言葉に詰まり、すぐに首をふった。
諦めたように。
「いえ、いいわ。そうね。言うべきことなんて何も浮かんでこない。もう、ずっとずっと昔のことだもの。もうとっくに終わっているんだものね……」
幽々子は、輪郭の薄くなる自分の手を見た。
笑うように上がった口元は、しかし、笑うまでは行かなかった。力無く震えた。
「ごめんなさいね。本当にごめんなさい……苦労をかけて……」
「幽――」
さま、と言い終える前に、幽々子の姿はふっとかき消えた。
唐突だった。
ずいぶんあっさりとしていた。しすぎていた。
妖夢は、幽々子の肩をつかんだはずの手をそのままにして、中途半端に固まっていた。
何も言わなかった。
魔理沙からは、後頭部しか見えなかったが。
「……っ! ……」
妖夢は、やがて顔を上げた。何かを探すように、何かを見ようとするように視線を動かした。幽々子の姿は、もうどこにもない。最初からそこにいなかったように消えていた。降り積もっていた雪が、春に溶けるように。ふんわりと。
「っ。あ……」
妖夢はそれだけ呟いて、あとは何も言わなかった。呆然としていた。小さい肩が、微動だにせず固まっている。
ただ呆然として、幽々子の消えた辺りでもない、ただの地面を見ている。
動かない。
(はあ……)
魔理沙は、妖夢から視線を外した。
ため息をついて辺りを眺める。
幽々子の姿を探したわけでもない。ふと、広場の隅のほうに、光るものが落ちているのが見える。
(……ん?)
魔理沙は目をこらした。焦げた地面の中に、それはばらばらと転がっている。
ナイフ、だろうか。魔理沙は思った。
近づいて、手にとって、しげしげと確認する。
なんとなく、見覚えのある形のものだ。
――ナイフ。
魔理沙は眉をひそめた。
(おいおい……)
魔理沙は、嫌な予感を覚えた。誰にともなく、それを愚痴って呟く。
ふと妖夢の方を、ちらりと気にする。
呆然とした沈黙は、まだ続いていたが、今度は泣きはじめているようだった。小さい肩が、ひく、うう、と、しゃくりあげていた。陰気な泣き方だ。
(そういや、こいつも半分幽霊だしな……)
魔理沙は、ちらりとのんきなことを思った。手元のナイフを見る。咲夜のやつは――。
(そうだ。咲夜のやつはここに来たんだな。で、どうなったんだ?)
「嘘でしょ……嘘よ……こんなの……」
ぽつぽつと呟きが漏れる。
魔理沙は、眉をひそめてそれを聞いた。妖夢を見る。
こうしていても、らちが明かない。
「なあ、なにがあったんだ?」
魔理沙は言った。
妖夢は少し顔を上げた。紅い目が、ちらりとだけこちらを見る。泣き方はじめじめとしているくせに、顔は結構のんきなようだった。
(こいつ、60年近く生きてるって話じゃなかったっけ。そのわりには、どうもあれだよなー)
魔理沙はふと思ったが、言わなかった。
「誰かに襲われたのか? なんで、あのでかい桜が吹き飛んでいるんだ?」
「知らないわよ……霊夢のやつが、いきなりここに来て……そういえば、なんであんた、ここにいるの?」
妖夢は、言いながら今さら聞いてきた。
魔理沙は、咄嗟に嘘をついた。
「たまたま近くを通りがかったんだよ。それで、なにかどんぱちやってるようだったから様子を見に来たんだ。それよりなんだって? 霊夢がやったのか? これを? お前はそれを見たのか?」
魔理沙は言った。
妖夢は首を横にふった。
「知らないわよ……でも、たしかに霊夢だったわよ。急に入ってきて、声をかけても止まらないし、なんだか様子もおかしかったけれど……」
妖夢は言った。
泣きそうに顔をゆがめて、続ける。
「私は、だから、止めようとしたけど……あいつ、信じられないくらい強くって……」
魔理沙はふと思った。
(……幽々子のやつは、本当に霊夢と戦ったのかな? たしか、あいつ、その気になったら人間くらい簡単に死なせられるんじゃなかったかな。能力も使わなかったってことかな)
思っている内に、妖夢が言ってくる。
「わからないわよ……なにがあったかなんて……私は……気を失ってて……そうよ、守れなかったのよ……くそ! 畜生! 幽々子様……!」
妖夢はわめきだした。
地面を殴りつけして、やけになった口調で言う。
どうやら、刺激してしまったらしい。
すこし言いすぎたか。
魔理沙は思いつつ、妖夢から視線をはずした。
改めてあたりを見回そうとする。
そこでふと気づいた。
(……?)
なにか、妙な空気がわきだしている。
それは冷気のように、肌にしみて感じられた。
それだけではない。
それは、目に見えてすらいた。
空の色がこころなしか、重苦しさをましたように見える。
辺りの木々の下からは、黒っぽい人の影がぽつりぽつりと現れだしていた。
それは、ぼう、とその場に佇んでいる者や、あたりをふらふらと歩いている者、また、ブツブツと恨み言を漏らす者や、すすり泣きを上げる者や、とその姿は、様々だった。
(なんだこいつら)
魔理沙は、眉をひそめた。
ふと、そのとき後ろから聞き覚えのある声がした。
「ああ、やはりもうもれだしていたか、まったく……」
魔理沙は、ふり返った。
すると、いつのまにか、すぐ後ろに、どこぞの閻魔が立っている。
閻魔は、西行妖の根元に目をやっていた。
じっとうろんな目つきで眺める。
「……。こっちも、見事に消滅してるわね。幽々子ももう成仏しちゃったか……こうなると、存外もろい封印だったわね。やはり妖怪なんてものは、さっぱりあてにならないわ……」
閻魔はぶつぶつと文句を言った。
魔理沙は、声をかけた。
「ずいぶん来るのが遅いんだな」
魔理沙に茶化したことを言われると、閻魔はすぐに返してきた。
「遅い? なにに遅れてきたというの? 今下界で起こっていることなら、どれも私たちにはまったく関係のないことよ」
そっけなく言う。魔理沙は言い返した。
「ここの結界っていうのは、お前たちの領分じゃないのか?」
「知らないわね。たしかに、西行妖を消しとばされるなどというのは、予想外のことだったけれど。まあ、それはそれだけのことです。こちらでは春雪異変などと呼ばれるものの際にも、わたしたちは、なにかこれといったことをしたという覚えはないでしょう? 結界を張っているのは、こちらの都合ではなく、そちらの都合なのよ」
とんとんと、棒で手を叩きつつ、閻魔は言う。言う間に、また文句が洩れる。
「……そもそも、あのような結界などをはっているここの管理などというのが、私たちの管轄外なのだから、こうして出張ってくることがすでに異例のことなのですよ。死人は、厄介ごとなど解決するものなのかしら? 違うでしょう?」
「まあ、そうだな。そもそもお前ら自体が厄介な奴らだしな」
「私は厄介じゃないわよ」
閻魔は、さらりと言い返した。
魔理沙は思いついて聞いた。
「……なあ、お前は、ひょっとして何が起こったのか知っているんじゃないのか?」
閻魔は言った。急いでいる様子の割に、わりと律儀に答えてくる。
「今、起こっていることを言っているなら、事実は単純で明快なことよ。私に答えを聞くなんてたわけたことだわ。あなたは自分の目の前で何が起こっているのかを、まず認めるようになさい。あなたは頭は悪くない。あなたが思っていることで、答えは正解なんだから」
「なんだよそりゃ。答えになってないな」
「なっているのよ。では、私は忙しいので失礼」
閻魔は言って、妖夢のそばに行った。
かがみこんで、背に手を添えて言う。
「妖夢。お聞きなさい。あなたの主、西行寺幽々子の霊魂は、すでに成仏を迎えました。もう終わりなのです。祖父の代から続いたあなたのお役目も。ここは、もう西行妖の封縛が解かれてしまったから、いずれ、たちの悪い死霊であふれかえるでしょう。早々ににあなたはここから退去なさい。危急の事態だから、ここの管理は、一時的に私たちが預からせて貰います」
妖夢は顔を上げ、のろのろと閻魔を見た。
何か言いたげに、瞳が揺れている。が、閻魔は背を押して促しただけだった。
「さ。立って。小町に案内させるから」
少し口調を和らげて言う。妖夢は、のろのろと立ち上がった。
閻魔は立ち上がりながら、ふと魔理沙に目を止めた。
「……ああ。あなた、退屈そうね。この子を里まで送っていってくれない?」
「嫌だね。断る。他に用があるんでね」
「そう。閻魔のたのみごとを断るようじゃ、罪を増やさないとならないわね」
「おいおい」
閻魔はさらに言ってきた。
「こっちはただでさえ人手が足りないんだから、そのぐらいのことは――」
話していると、向こうで衝撃音が響いた。
爆発のような、空気を揺るがすような、そんな何かだ。
魔理沙は、おもわずそちらを見た。ちょうどその一瞬後だ。
桜の木々の上を、猛烈な速度で、なにかが通過するのが見えた。
白い巫女服。
魔理沙にはそう見えた。
その通りすぎた影を、追撃するタイミングで、無数の細い何かが空中を滑った。
ついで、赤色の外套が翻るのが見える。
何もない空間に、唐突に姿が現れ、ぱっ、ぱっ、とまたたき、消えたりまた現れたりする。星のように。
細い何かを投げつけているのはその影だ。
咲夜だ。
(てことは……)
魔理沙は、咄嗟に走り、空に飛び上がった。
箒にまたがって、速度を上げる。
むやみに近づくのは危険だったろうが、だからどうするというわけでもない。
見間違いではなかった。
はっきりと見えた。
(あんな恥ずかしい恰好してる奴なんて、そうそういるもんじゃないしな)
霊夢。
前方に飛ぶ真っ白な巫女服目がけて、魔理沙は一気に近づいた。
と、近づくと、無数のナイフの群れが、いきなり鼻先から飛び出てきた。
「おっ!」
当たったら正面から針山にされる角度だ。
魔理沙は、箒を軸に、ぐりっと強引に回転してなんとかかわした。
それでも、ぶつっ、フシュッ、と、服の端がいくらか裂かれるのを感じとる。
(っぶな!)
魔理沙は心中で悪態をついた。
帽子を押さえ、さらに霊夢へと突っこんでいく。
「――おい! 霊夢!」
大声で呼ばわった。
聞こえたはずだ。
霊夢は、ちらりとこちらを見た。
が、本当に見ただけだった。
あとは何も反応を寄越さずに、くるりとまわって、迫ったナイフをかわす。
自分も流れ弾に当たりそうになりつつ、魔理沙は危なっかしく避けた。
「霊夢!! おいっ!」
また呼ばわる。
しかし、霊夢は、今度は反応する様子を見せない。
「なに無視してんだよ! おい! 霊夢! なにか言えよ! ちょっと待てって、おい!お前、どういうつもりだよ!?」
魔理沙はさらに呼びかけた。
霊夢は止まらない。
(くそっ)
あまり無視されると魔理沙も腹がたった。
とりあえず魔砲でもお見舞いしてやろうと思い、ポケットの八卦炉をひゅっ、ぱしと取りだす。
手にした瞬間に、ぎゅん! と、自分の瞳の中で、力がイメージとして盛りあがる。
霊夢の後ろ姿に照準を合わせた。
(1,2の――)
魔理沙は拍子を取った。
が、とった瞬間だ。
ざらっと、空中に凄まじい数のナイフが現れた。
無数どころではない。
この空間、ちょうど霊夢のいる一円を取り囲んで、一杯にナイフが現れている。
その刃先は、すべて嫌味なほど正確に霊夢に向いていた。
(馬鹿っ)
魔理沙はののしった。
何に対してかはいまいち判然としない。
咲夜の間の悪さにかも知れないし、自分の結果的な間抜けさ加減にかも知れない。
(くそっ――)
とにかくなにか――なにか、身構えよう、とした瞬間、魔理沙は強く突き飛ばされて、空から転げ落ちた。
落ちていく瞬間、自分を突き落とした咲夜の姿が見える。
ちらりとこちらを見て、「邪魔よ」と、視線で物語っていた。
なんとも憎たらしい面だ。
(にゃろ――)
魔理沙は思った。
そして、それが最後だった。
次の瞬間、空で白い光が炸裂するのが見えた。
魔理沙は、その光で、一瞬、以前に見た、どこぞの地獄鴉を思いだした。
有り余る力が生み出す、純粋きわまりない破壊の力。
それは見る者には、真っ白な光になって見えた。
その中に、咲夜の姿もかき消えて、吹き飛んだのが見えた。
あとかたもなく。
(――、)
どしん、と視界が揺れた。
魔理沙は、ひゅっと息が詰まるのを感じた。
じいんと、頭部に、急激な痛みが広がる。
吐き気がした。
「痛ッ……つう~」
魔理沙は頭を抱えてうずくまった。
人より頑丈に出来ている自信はあるが、痛いものは痛い。
魔法使いっていうのも結構不便なんだな。
そういえば昔、聞いた覚えがある。
怪我とかするのか。痛みも感じないようにすりゃいいんじゃないか?
そうね。そうしたほうが便利かもね。
どこぞの人形遣いは、額にぺたりと絆創膏を貼り付けた姿で、面倒げに言ってきた。
いつかの永い夜の時だ。どうも、落下したときにぶつけたらしい。それを見て、からかってやったときのことだ。
そう思うのも、無理ないけどね、魔理沙。痛みも感じないとなると、逆に不便なことのほうが多くなるものなのよ。
あんたも、そのうち分かるだろうけど、感覚って言うのは、痛みに限らず、なければないで、とても不便なものなのよ。
そうかな~。飲み食いしなくても死んだりしないんだろ? いいなー。私もさっさとそうなりたいもんだぜ。
たぶんあんたには無理よ。
ほー言ってくれるな。言っておくけど――。
「そうじゃないでしょ。そうじゃないわよ。魔理沙。あんたには、無理なのよ」
アリスは、手をふって言った。
「あんたはね。たぶん、一番人間である自分にしがみつくタイプだわ。口で言っているほど、あんたは人間を軽く見ていないのよね。あんたには結局、捨虫の法はできないと思うわ。寿命を越えて延命しようとも、たぶん思わないんじゃないかしらね。あるいは選べなくならざるを得ないことに、いずれなるか。いずれかね」
「なんだよそれ。いやにはっきり言うな」
魔理沙は言った。
「ええ、だって、あんたは弱いしね」
アリスは言った。はっきりと目を見て。
(不死の魔法使いになんか――)
魔理沙は思った。
(なりたくない――)
魔理沙は、痛む頭のなかで、自分が一瞬だけそう思ったのを感じた。
空が渦を巻いている。

巨大な力に怯えて。
                         
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コメント



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1.100名前が無い程度の能力削除
下を楽しみにしております。
気になることも多いですし…。
4.100名前が無い程度の能力削除
下期待
5.100名前が無い程度の能力削除
続編楽しみにしてます。
6.100名前が無い程度の能力削除
面白い!
8.80名前が無い程度の能力削除
うん、いいねぇ。こういうの大好き。
ただ、今の段階ではこの話がすばらしいのか、期待はずれに終わるのかまったく判断できないので、
この点数で。
9.80名前が無い程度の能力削除
いったい何が起こっているんだ・・・・・
13.100名前が無い程度の能力削除
面白かった。続編期待。
白装束の霊夢で、某東方二次創作STGを思い出した。
14.90名前が無い程度の能力削除
無理やりにでも惹きつけられる感覚を覚えた気がする
15.100名前が無い程度の能力削除
凄い展開だ!
霊夢が強いのは、あくまでも弾幕合戦だからであって、ガチの殺し合いやって最強レベルの妖怪を相手に勝てるわけが無い。
フランや幽々子には問答無用で相手を殺せる能力があるから、瞬殺の可能性が高い。
真犯人が気になるなぁ、予想外の何かがあってやっぱり霊夢が犯人でした、とかでも面白そうです。
続きを楽しみして待ってます!
17.100名前が無い程度の能力削除
ここまでやってるんだから、真犯人が気になるところ
まあ、そもそもやったのがヒトガタか、まだ分かりませんが。
19.無評価名前が無い程度の能力削除
今後の展開に期待
この時点ではフリーレスで失礼
21.90名前が無い程度の能力削除
後半楽しみにまってます!
22.90名前が無い程度の能力削除
先を読むのが怖い……しかし読みたくてたまらない。
続き、お待ちします!
23.100名前が無い程度の能力削除
無言坂氏の本気って洒落にならない展開になりそうな
24.100名前が無い程度の能力削除
なんだか戦慄しました。続きが気になって仕方ないです。
31.100名前が無い程度の能力削除
続きに期待しています。
32.無評価名前が無い程度の能力削除
続きがとても気になる展開ですねぇ。
とはいえ、まだ前編だけなのでフリーレスにさせていただきます。
33.80ずわいがに削除
こちらにこれを投稿した、ということは……ちゃんと“中”なり“下”なりも書いて頂けるんですよね?
これだけ凄惨なことをしておいて、原因を解明しないままでは流石に胸糞悪いですからね。続き、待ってます。
35.無評価名前が無い程度の能力削除
完結を心待ちにしています
36.無評価名前が無い程度の能力削除
白装束霊夢か! 某二次創作STG思い出すなw
続編期待。点数は下で。
38.100名前が無い程度の能力削除
続き楽しみです!
自分もあのSTG思い出しましたがw
42.100名前が無い程度の能力削除
なんなんだ……一体何が起こってるんだ……
紅魔館も白玉楼も人外だけが全滅ってのがポイントなのか?
続きも読んできます!
43.無評価名前が無い程度の能力削除
誤字報告
>香倫堂で感じたことが、ふと頭をよぎる。
点数は既に入れているのでフリーレスです