Coolier - 新生・東方創想話

私は人間をやめるぞ!

2010/03/28 23:21:08
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 ごうんごうんとエンジン音を立てながら、巨大な船が悠然と魔界の空を泳ぐ。

『えー、この度はNB観光一周年記念、魔界遊覧船ツアーにご参加いただき、真にありがとうございます』

 ムラサの元気はいいがどこか事務的なアナウンスが船内に響く。
 それを聞いているのかいないのか、周りの参加客は手すりから身を乗り出し、始めて見る魔界の景色にあれやこれやと興奮気味に騒ぎ立てる。
 瘴気に満ちた空気も、血のように赤黒い空も、お気楽な幻想郷住人にとっては楽しむべき要素でしかないのだろう。

『わたくし、このツアーのガイド兼、操縦士を務めます村紗 水蜜と申します。皆さん気軽にみっちゃん、もしくは偉大にて崇高なるムラサ大船長様とお呼びください』

 だが、そんな雰囲気の中にあっても、私はとても騒ぐような気にはなれなかった。
 指定席に座ったまま、窓の外を流れる魔界の風景をただ黙って見つめる。
 もしかしたら、船が幻想郷を出発してから一言も喋ってないのかもしれない。

 そもそも、私と彼らでは魔界に来た目的自体が違うのだ。
 彼らは単なる観光、そして私は……。

「魔理沙、大丈夫?」

 私の隣に座ったアリスが話しかけてくる。
 振り向くと、彼女は心配そうな顔をして私を見つめていた。

「あ、ああ、大丈夫だ……」
「そう、なら良いんだけど。なんだか口数が少なくて、体調でも悪いのかと思ったから」
「そりゃな。いくらなんでも、こんな時にまで明るく振舞えるほど私は馬鹿じゃないぜ」
「……そうね」

 私は再び口を閉じ、窓の外を眺め始めた。

 私が魔界に行く目的。
 それは、後になって考えれば大したことじゃないのかもしれない。
 多くの先人達が通った道であるし、リスクなんてのも殆どない。
 それでも私は、期待を上回る不安と恐怖に胸が押しつぶされそうになっていた。

「魔理沙も、とうとう決心したのね……」
「……」

 今の私にはその返事を言う余裕すらなかった。

 自分で望んだ事の筈なのに、何故か気が重い。ここまで私は気が弱い奴だったのか。
 ……幻想郷に帰る頃になれば、こんな弱い精神は無くなっているだろうか。
 こんな、人間らしい精神なんて。



 ……そう。私は、今日を境に人間を捨てる。




『皆様、右手をご覧ください。あの辺りの平原は、ギガンテスやグレイトドラゴンが跳梁跋扈する危険地域でございます。推奨レベルは40。尚、ヒトシコノミは魔界法で禁じられていますのでご注意下さい』


 人間は魔界で修行をして魔法を覚えることができる。
 魔法使いになる条件である捨食の魔法の習得も、魔界で行なう者が一番多い。
 人間のマジックユーザーにとって魔界は、いつか目指すべき聖地のような場所だ。
 私もいつかは人を捨てる為に魔界に赴くのだろう、と漠然に思っていた。
 だが、生身で魔界に行く術もなく、人間のままでも不都合に感じてないことから、私はその日を先送りにしていた。

 ところが去年の春先、突然魔界へ行き来できる船が現れた。
 それをキッカケに、私の中で「いつかきっと」だった日は、現実となって私の前に立ちはだかった。
 魔界へは行ける。あとは、私が決断するだけだ。そして私は今日この日、決意を胸に船に乗り込んだ。

「なあアリス……」

 窓から視線を外さないまま、アリスに話しかける。

「何?」
「魔法使いになるには、どのぐらい修行をすればいいんだ?」
「……人による、としか言い様がないわね。僅か一ヶ月で修行を終えた僧侶がいたって記録もあるし、最期まで人間のまま魔界の土に埋もれた者もいるわ」
「アリスは、どうだったんだ?」
「三年とちょっと。普通よりも若干早いほうね。と言っても、ママや姉さん達からのサポートがあったのが大きかったんだけど」

 私は何年すれば幻想郷に戻れるのだろう。
 ようやく魔法使いになった時には、既に霊夢が死んでたりしたら洒落にならないな。

 昨晩、博麗神社で行なわれた私の送別会には、幻想郷中から多くの人妖が集まった。
 私がお別れの言葉を述べると、あの霊夢が目に涙を浮かべてくれた。
 あいつらを裏切らない為にも、ちゃんと魔法使いになってやらなきゃな。

「大丈夫よ。魔理沙ならきっとすぐに魔法使いになれるわ」
「……そうかな?」
「そうよ。それに、修行には私も付いていてあげるんだから。絶対に魔理沙を立派な魔法使いにしてあげるわ」
「……すまないな、何年かかるか分からないものに付き合わせて」
「いいのよ、私が好きでやってることだもの」

 その言葉を最後に、私達の間に再び沈黙が流れた。


『皆様、左手をご覧ください。あの辺りは日本一エリアと呼ばれる、複数の魔王や魔神が群雄割拠する魔界でもトップクラスに恐ろしい場所でございます。推奨レベルは3000。なぜかCVが水橋かおりばっかりです』


 そろそろだな、と心の中で呟く。
 あと少しで、魔法使い達の修行場に着く。私達はそこで下船する予定だ。

 ただの遊覧船として営業している聖輦船は普通、途中で降りることなどできないが、そこは既にムラサ達に話を通してある。
 目的のポイント上空まで来たら、きちんと着陸してくれる手筈になっている。
 だが、他の客が間違えて降りないように停泊時間はほんの僅か、時間がくれば船は飛び去ってしまう。
 つまり、私達は下船の時点から自分の力だけで魔界を生き抜き、そして幻想郷に戻らなければならない。
 私なりの覚悟のつもりだ。人間を捨てるのだ、このぐらいの事ができなくてどうする。


『えー、ただ今機関室にて障害の報告がございました、点検の為これより緊急着陸に入ります。お客様は自席に戻り決して動かないようお願いします』


 ……来た! これがムラサの合図だ!

 船が着陸すると同時に、不安そうな顔で席に座る他の客を尻目に、私達は搭乗口に向かって走り出す。
 予定通り鍵は掛かっておらず、私達はそのまま船から飛び降り、難なく魔界の土を踏むことに成功した。

「ここに来るのも久しぶりね……」

 アリスが懐かしそうに呟く。
 魔界の景色は禍々し過ぎてどうも好きになれないが、私もアリスのように何年もここで過ごせば親しみを感じるようになるのだろうか。

「行きましょう、この先に修行者用の小屋があるの。今日からそこが私達の家になるわ」

 いよいよだ、いよいよ魔法使いになる時が来たんだ。
 人間、霧雨 魔理沙が消え、一匹の妖怪が世界に生まれる。たったそれだけの事。大したことじゃない。
 ようし、ポジティブに考えて胸のモヤモヤを吹き飛ばすぜ。

 魔法使いになったら、霊夢たちはなんて言うだろうか。
 普段どおりに接してくれるだろうか。妖怪だから退治対象になるかもな。
 魔法使いになったら、私の目に世界はどう映るだろうか。
 人外の瞳にしか見えない景色があるのか、それとも以前と変わらないのか。
 魔法使いになったら、どんな事をしてやろうか。
 皆が驚くようなスペルを作ってみるかな。スパークが10本ぐらい同時に出るとか。

 昔からずっとなりたかった魔法使いなんだ。悪く考える必要なんてない。

 そう、ずっとなりたかった……。

「中は結構快適よ。ピザの配達区域外で、回線が未だにISDNで、トイレが汲み取り式で、毎晩幽霊に窓を叩かれまくることを除けばね」

 ……そういえば、なんで私は魔法使いになりたかったんだっけ?

 ふと、私の頭にそんな疑問が浮かんできた。

 魔法自体は便利で好きだ。自分にも合っている。だから私は職業・魔法使いで通っている。
 だが、そのまま種族まで魔法使いになっていいのだろうか?

 私は今まで、何の疑問も持たずに自分は魔法使いになるものだと信じていた。それが自然な流れだと思っていた。
 しかし、土壇場になって、それが本当に正しい選択なのか疑わしくなってきた。
 果たしてそれは、十数年付き合ってきた人間の体を捨ててまで手に入れたい力なのか?

「どうしたの魔理沙? 早く行きましょう?」

 ……本当に私は魔法使いになりたいのか?
 覚悟を決めて挑んだ筈なのに、一度湧いた疑問は何時までも頭の中を回り続ける。
 このまま足を進めて人間をやめるべきか、それとも……。

 考えすぎて知恵熱が出そうになり、遂に全てを吐き出すように私は叫んだ。



「やめだ、やめだっ! 魔法使いになるのは今回は中止!! またの今度なっ!!!」



 叫ぶと同時に箒に跨り、聖輦船の閉じかけていた搭乗口に一直線に転がり込む。
 私が船内に入った直後に扉が閉まり、エンジン音を響かせながら聖輦船はゆっくりと魔界の空に飛び立って行った。

「えっ!? ちょ、ちょっと魔理沙! やめるってどういう事……! ま、待って、止まって、置いてかないで、私まだ乗ってないからっ!! ……うおっ!? いつの間にかグレイトドラゴンの群に囲まれてる!? ま、魔理沙、戻ってきて、た、助け……ひぎゃああぁぁぁぁぁっ!!!」










 ◇◆◇










 幻想郷に戻ってきた私は、真っ先に博麗神社に向かった。
 魔界へ魔法使いになりに行く、という話は霊夢を始め多くの友人達に言ってある。
 最低でも霊夢には私がまだ人間である事を教えておく必要があるだろう。
 なんだか情けない気がしてあまり言いたくないが、ちゃんと伝えておかないと妖怪退治にハマった早苗なんかが嬉々して私を殺りに来ちまうからな。

「よう、霊夢! 今帰ったぜ!」

 いつもどおり、湯飲みを持って縁側に座る霊夢の真ん前に降り立つ。

「……あれ、魔理沙?」
「おう、魔理沙だ。それ以上でもそれ以下でもないぜ!」

 私の声に気づいた霊夢がゆっくりと顔をあげる。居眠りでもしてたのか若干目が腫れぼっている。

「貴女、魔界に行ったんじゃなかったっけ?」
「行ってきたぜ? ほれ、お土産の魔界落花生と魔界醤油、それに魔界マザー牧場クッキーだ」
「随分と早いのね。もっと何年もかかるって聞いてたけど」
「ああ、ちょっと色々あってな」

 箒をしまい、霊夢の横に座る。
 うむ、やはりこの位置は落ち着く。魔界に住んだらこの感覚は味わえなかっただろうな。
 隣に座った私には見向きもせずに、霊夢は面倒くさそうに目を擦る。
 こりゃ茶も菓子も出なそうだ。まあいつもの事だな。

「こんなに早く帰ってくるなら、お別れの宴会なんてするんじゃなかったわ」
「はは、霊夢が柄にもなくボロボロ泣いてたな。珍しいもん見られたぜ」
「返してよ、目薬代」
「……そんなことだろーと思ったけどな」
「ところでアリスはどしたの? 一緒に行ったんじゃないの?」
「あれ? そういやいないな、どこ行った?」

 はて? 船から降りた所まで一緒だったのは覚えているんだが。
 いつの間にか姿が見えないな。考え事をしていたせいか全く気づかなかった。
 まあ、魔界に行ったついでに実家にでも帰ったんだろう。大した問題ではないな。


「んでさ、魔理沙」
「ん?」
「魔界から戻ってきたって事は、もう魔理沙は魔法使いになったのよね?」

 ビクリ、と体が反応する。

「魔法使いって一日でなれるもんなのね、原付免許みたい」

 霊夢は私が人間のままでいるのに気づいてないのか。
 勘のいいアイツの事だから、とっくに察しているもんだと思ったが、異変以外じゃ案外鈍いのか?
 霊夢から指摘してくれりゃ私もカミングアウトし易いのに、そう上手くはいかないもんだな。

「で、どーよ。人外になった気分は。やっぱ人間が美味しそうに見える訳? 私に噛み付いたりしたら腹パンいくわよ」
「……」
「何よ、押し黙っちゃって。まさか、今になって人間を捨てたの後悔してるんじゃないでしょーね」
「……魔法使いになるのは、やめたよ」

 自分でも蚊が鳴くような小さな声だったと思う。
 それでも霊夢はちゃんと聞き取れたらしく、信じられないような顔で私を見つめる。

「……やめた?」
「ああ、私はまだ100%混じりっ気なしの人間だぜ」
「なんでさ? アンタ、魔法使いになりたがってたじゃない。レベルでも足りなかった?」
「そういう訳じゃないさ、ただ……」
「ただ?」

 空を見上げ、一呼吸置く。

「……私には、魔法使い以外の道もあるんじゃないかな、って思ってさ」
「? どういう意味よ?」
「だってさ、別に魔法使いじゃなくたって魔法は使えるんだぜ? じゃあ、わざわざ魔法使いにならなくても良いんじゃないか?」

 レミリア然り、幽香然り。幻想郷じゃ魔法なんてある程度の力があれば誰でも使える。
 咲夜なんかHard以上で火吹いてくるしな。キャラを間違えたと思ったのか、紅魔郷以降全く使わないけど。

「大体だなぁ、魔法職に就いてるからといって、種族も魔法使いになるだなんて、あまりに短絡的な発想だと思わないか?」
「……いや、知らんけど」
「だってそうだろう? 代アニの声優科を出ても声優にならない人間が山ほどいるんだぜ?」
「そりゃ単に声優が狭き門なだけでしょうに」
「魔法を使うのに魔法使いになる必要はない! もっと私に相応しい姿がある筈だ! そう考えた私は、今回人間を捨てるのを中止したんだ、わかるか霊夢?」

 確かに、魔法使いも悪くない。
 私の魔法という長所を伸ばす一点特化型の能力を望むなら、その選択もアリだろう。
 だが逆に、短所を補う為に肉体派の妖怪になる、という手もなくはない。
 どちらにしろ自らの一生を決める問題だ。もう少しよく考えてから決断を下すべきだ。
 間違っても、雰囲気に流されて適当に決めることなどあってはならないのだ。

 よし、言いたい事が全部言えたぞ。これで霊夢も納得だろう。

「ふーん……」

 霊夢は表情を変えないまま、うんうんと頷く。
 こいつ、ちゃんと話聞いてたのか?

 そんな疑問が浮かんだその時、霊夢が静かに口を開いた。

「人間捨てるのが怖くなっちゃったのね?」

 ……なんですと!?

「なっ! ち、ちげーよ! お前、私の話聞いてなかったのかよ! 私はもっと別の妖怪の可能性を感じて……」
「うーん……正直、直前になってビビって逃げ帰ってきたのを、強引な言い訳で誤魔化してるようにしか思えないんだけど」
「い、言い訳だと……? 簡潔で分かりやすい、尚且つ説得力に溢れる理由だったろうが!」
「あんだけ大見得はって出発しといて、人間のままノコノコ帰ってきちゃ、どんな理由付けしてもあんまり変わらない気がすんのよね」

 こいつっ! 私がどれだけ苦悩したか知りもせず……!

「こんな調子じゃ、今後アンタの言う自分に相応しい妖怪が見つかっても、その時になったらまた同じ様な事言い出して、結局は変わらないんじゃない?」
「くっ……!」
「もういいじゃないのよ。あんたは妖怪になれる器じゃなかったのよ。ずっと人間のままでいなさいって」

 ああそうさ! 確かにビビってないと言えば嘘になる、人間捨てるのは怖かったさ!
 昨晩なんて不安で殆ど眠れなかった! 意味も無く十回は冷蔵庫を開けた一夜だったさ!
 だけどな、魔法使い以外の道を探そうという結論に達したのも事実だ!
 そんな複雑な乙女の悩みを唯のヘタレで片付けるとは、いくら霊夢でも我慢ならん!

 私はその場から立ち上がり、霊夢に向かって叫んだ。

「ああ、わかった! だったら、今から人間を捨ててきてやるっ!!」
「……は?」

 霊夢が「何言ってんだコイツ」みたいな表情を浮かべる。

「私がヘタレじゃない事を証明する為、今から私の理想とする妖怪を探し出して、ソイツになってきてやらぁ!!」
「え? いや別にそんなこと要求してないんだけど……」
「私は人間をやめるぞ! 霊夢ーッ! 止めるなら今の内だぞ!」
「んー……」
「と、止めないのか!? 友人が人外になっちゃうんだぞ!?」
「まあ、本人がやりたいんだったら……アンタの人生だし」

 ぬうぅ……! 相変わらず冷酷無比な女だ。
 泣いて引き止めてくれたら考え直してやろうかと思っていたのに!
 もういい、本気で妖怪になってやるからな!

「見てろよ、次に会う時は人間、霧雨 魔理沙はもう居ないからな!」
「……ま。頑張んなさい」
「覚悟しておけ! 超強い妖怪になった私がお前を完膚なきまでに叩きのめし、依姫無双を上回る衝撃で界隈を大炎上させてやるからなっ!」

 霊夢の反応を待たず、私は箒に跨って空に飛び立った。
 畜生、絶対に人間やめてやるからな! 私を本気にさせた事を後悔させてやるっ!










 ◇◆◇










「なるほどねぇ……」

 私の話を興味深そうに聞いていたレミリアが、納得のいったようにうんうんと頷く。
 レミリアの隣に立つ咲夜は、一応は客である私にそれなりに愛想のある顔をし、
 その反対にいるパチュリーは興味なさげに本を読みふけっている。

「で、魔法使いより強い妖怪を探していると」
「決してヘタレた訳じゃないからな、そこんとこ分かってくれ」
「ええ分かってるわよ。強さを追い求める姿勢は私も嫌いじゃないの。最強って良い響きよね、最強」
「お前が言うとチルノみたいだな」

 人間から成れる強い妖怪の情報を求め、私は紅魔館にやってきた。
 調べ物に最適な図書館と知識人があるし、住人も多いから文殊の知恵的にあらゆる問題に対応できる。そのうえ立地も優れているときた。
 うんうん、そりゃこいつらが主役の話が多いはずだよ。ビバ紅魔館。SS書きの味方。

「咲夜も妖怪になればいいのにね」
「私は一生人間のままでいいのですよ、お嬢様」
「それじゃあ、精々残り八十年ぐらいしか一緒に居られないじゃないの」
「ご安心ください。ハンター時代に習得した波紋の呼吸で、あと二百年は生きるつもりですから」

 太陽エネルギーを体に満たしたまま吸血鬼に仕える気か。いつかレミリア消し飛ぶぞ。

「なあパチュリー、お前の知識の中に私にオススメの妖怪ないか?」

 その呼びかけに、のっそりと視線を本から私へ移すパチュリー。

「……そうね、幽霊なんかいいんじゃないかしら?」
「幽霊?」

 どんな大妖怪の名が出てくると思ったら、答えはあまりに意外なものだった。
 はて、幻想郷じゃ幽霊なんて妖精に次ぐメジャーな存在。
 確かに妖夢や幽々子みたいな異常に強い奴らはいるが、それは個人の能力であって種族の力ではないのだが……。

「だって、死ねば本を返してくれるんでしょ。なるなら協力するわよ、電気椅子とギロチンどっちがいい? 個人的にはアイアンメイデンがオススメなんだけど」
「……お前が死ね」

 この野郎、亀の妖怪になって万単位で生きてやろうかコラ。


「なーに馬鹿みたいに悩んでるのよ」

 レミリアがケラケラと笑いながら言う。

「強い妖怪なんて、悩むまでもなく一つしかないじゃないの」
「? というと?」

 レミリアは自信満々といった顔で笑顔を浮かべる。
 私も当然知っているだろうとでも言いたげだ。

 ……なんとなーく考えてることが分かるような。まさかとは思うが、一応聞いてみるか。

「……言っておくが、吸血鬼ってのは無しだぞ」
「えっ!? なんでよ!」

 やっぱりそうだったか、あまりに単純な思考に溜息を吐きたくなる。

「強い妖怪になりたいんでしょ? 格闘と魔法の両方に優れた吸血鬼こそ、貴女の望む姿そのものじゃないの?」

 確かに吸血鬼は強い。だが、それに伴う弱点や制約が多すぎる。
 昼間は日傘無しに外に出れないし、水浴びだってできないじゃないか。普通に生活する上でそれは厳しすぎるぜ。

「昼は寝てればいいし、水なんか入らなきゃいい。はい論破」
「そりゃお前はいいだろうがな……」

 生まれつきの吸血鬼なら陽光や流水なんて無くても平気だろうが、あいにく私は人間として生を受けた身。
 太陽があれば外に出たくなるし、暑くなれば川に入りたい。
 吸血鬼の生活には私はとても馴染めそうにない。そんな訳で吸血鬼は却下だ。

「馬鹿ね、吸血鬼ぐらい強い妖怪なんて探したって早々見つからないわよ」
「うーん、デメリットは多いが、確かにパワーだけで考えれば魅力的なんだよなー」
「そうだ、魔理沙も一回吸血鬼になって御覧なさいよ。そしたら、考えも変わるんじゃない?」
「……あ?」

 また何を言い出すのかと思えば、このおぜうさまは。
 なって御覧なさいよ、じゃねーっつの。一度吸血鬼になったらもう終わりじゃないか。
 まさか、都合よく元の人間に戻せるとか言うんじゃないだろうな。

「……戻せるわよ」

 私の考えている事が分かったのか、ぼそりとパチュリーが呟く。

「え?」
「吸血鬼化しても、完全に体が馴染まないうちは治療で人間に戻れるわよ」
「アンタねえ、時代はもう2010年よ。医療技術も進歩してるの。毒を教会での神頼みで治していたをしていたファンタジーな頃とは違うのよ」
「悪魔みたいなファンタジー世界の代表が言う台詞かよ。……なあ、治療できるってホントか?」
「ホント。悪魔は嘘をつかないわ。吸血鬼相手に戦ってきた貴女なら知ってるでしょ、咲夜?」
「吸血鬼化と言っても、所詮はただのステータス異常ですから。薬で一発です」
「身も蓋もないなあ」

 そうか、今は吸血鬼化の特効薬があるのか、日本の医療技術は凄いな。
 元に戻れるのなら、一回ぐらい吸血鬼になってもいいかもな。後の参考になるかもしれないし。

 そうだよ、こうやって一度体験できれば私も選びやすいってもんだ。
 体験版があれば、うっかり地雷ゲーを踏んじゃう事だってなくなるしな。
 メシジマのアレは体験版なのに購入が必要という不思議な仕様だったけど。三千円で買ったのは一生の後悔だ。くそが。

「決まりね。そんじゃ、さっそく準備しましょうか。咲夜、倉庫に石仮面あったでしょ、持ってきて」
「お嬢様。あれは先日美鈴が近所の妖精達とおままごと遊びをした際、茶碗代わりに使い誤って割ってしまいました」
「あら、そうなの?」

 幼稚園児かアイツは。

「美鈴ったら仕方ないわねぇ……」
「おいおい、それじゃ私は吸血鬼になれんのか?」
「うーん、出来れば後頭部グサッ! でスマートに吸血鬼にしてあげたかったんだけど……」

 そう言ったレミリアの口がニヤリと歪み、白い牙が見え隠れする。

「……今回は特別よ。私が直々に血を吸ってあげる」

 ぞくりと背筋に寒気が走る。
 いつの間にか、レミリアはいつもの我侭なガキではなく、妖しい魅力を漂わす女の顔になっていた。
 吸い込まれそうな真っ赤な瞳。私でなければ、そのまま体を任せて血を差し出していただろう。
 レミリアはふわりと体を浮かせて、舌なめずりしながら両腕を私の首にかけた。

「……いやいやいやっ! ちょっと待てっ!」

 本能的に危機を感じ、私は慌てて声をあげた。

「あ? 何よ」
「よく考えたら、人間が血を吸われて出来上がるのはゾンビみたいな下級ヴァンパイアだろ!?、お前みたいな真祖には遠く及ばないカス妖怪じゃないか!」
「それは血だけを吸った場合。今回は血を吸った後、牙を通して私の闇パゥワーを注入するから、問題なく真祖レベルになれるわ。多少技術はいるけどね」
「技術がいるって……確か、お前血吸うの滅茶苦茶ヘタだったろ!? 大丈夫なのか!?」
「もう、心配性ね。安心なさい、ちゃんと立派な吸血鬼にしたげるから」
「本当に大丈夫か!? 失敗したりしないだろうなっ!?
「さっきも言ったでしょ。悪魔は嘘はつかない」
「ホントだな! 信じていいんだなっ!?」
「……嘘をついている自覚がないだけで、吸血が成功するか否かはまた別問題なんだけどね」
「おい、馬鹿、やめろっ!!」

 レミリアは牙を突き出し私の首筋に喰らい付こうとする。
 逃げようにも、首に腕を回されているせいで動けない。この馬鹿力め!
 おいおい、冗談じゃないぜ。ゾンビも薬とやらで治せるんだろーな!?

 暴れる私を力で押さえつけ、レミリアの牙が肌を貫こうとした、まさにその時。


「いけません! お嬢様っ!」


 咲夜の叫びと共に、向かい合う私とレミリアの間にナイフが投げられ壁に突き刺さった。
 急な出来事に、レミリアは一旦私の首から口を離す。

「……何よ咲夜、せっかく久しぶりに血の直飲みができると思ったのに」
「お嬢様! 自分が今何をしようとしていたのか分かっているのですか!?」

 ひとまずは助かったってとこか。
 吸血鬼はいいがゾンビはいかん、ゾンビは。あーうー言いながら徘徊するのは諏訪子一人で十分だ。

「……吸血鬼が血を吸うのの何が悪いのよ?」
「吸血自体は問題ありません。ですが、その相手が問題なのです!」
「?」
「いいですか。最近でこそ大人しいですが、かつての魔理沙は幻想郷のあらゆる少女を食った色魔。そんな汚らわしい者の血を飲ませるわけにはいきません! きっとその血には梅毒やクラミジアが含まれてるに違いありません!」

 ……随分な言い様だな。一応は命の恩人だから黙ってるけどさ。
 あと、先月受けた検査では陰性だったぞ。不当な言い掛かりはやめて貰おうか。

「別に気にしないわよ。その程度の病気、通用しないし」
「ああっ、ダメです! その血は毒です! ポイズンです!」
「アンデッドだから毒には強いわ」
「吸うのなら私の血を吸ってください! さあ、遠慮せずに!」
「意味無いでしょそれじゃ。吸血鬼になるのは魔理沙なのよ。……さて、待たせたわね魔理沙」

 咲夜の必死の懇願をスルーして、再び私に狙いをつけるレミリア。
 おい、もうちょっと気合入れて説得しろよ! ったく、使えねえ貧乳だな!
 レミリアの手は私の首に掛かったままだ。逃げることは出来そうにない。
 畜生、こうなったらレミリアが上手く血を吸ってくれることを願うばかりだ!

「はーい、じゃ痛かったら言ってねー。言われても止めないけどね」

 私は目を閉じ、歯を食いしばってその時を待つ。
 首筋に刺さるのか、痛いだろうなぁ。……ええい、くそ、覚悟を決めろ!





 ……。





 ……ところが、いつまで経っても牙が刺さる気配はない。
 何事かと思い、恐る恐る目を開ける。と、そこには……。


「あぁ、お嬢様……咲夜は今、体中にお嬢様を感じていますぅ……」


 レミリアに首筋を噛まれ、悦楽の表情を浮かべる咲夜の姿があった。

「お嬢様の可愛らしい牙が私の中に……ああん、考えただけでトんじゃいそうっ!」
「お、おいっ、咲夜っ!!」

 時を止めて入れ替わったのだろう。いつの間にか、私はレミリアから数歩離れた位置にいた。

「お前、なんてことを! 吸血に失敗したらゾンビになるかもしれないんだぞ!」

 私の呼びかけに、咲夜は緩んだ顔をキッと整え応える。

「貴女が悪いのよ……」
「は?」
「貴女がお嬢様を誘惑するからっ! 妖怪になりたいだなんて適当な理由を作って、お嬢様の”ばんぱいあ☆ちっす”を奪おうだなんて、そうは問屋が卸さないわ!」
「お前と一緒にすんな、このロリコン! お前、ずっと人間のままでいるんじゃなかったのかよ!」
「お嬢様を奪われるぐらいなら、人間なんて喜んで捨ててやるわ!」

 見上げた従者根性だ。公式設定を無視するとは。
 無事に吸血鬼になったら酒でも奢ってやろう、そう思い人間を止めつつある咲夜を見守る。さて、どうなることやら……。

「……?」

 しばらくして、私はある違和感に気づく。

「ああ、咲夜は、咲夜は遂にお嬢様と一つに……」

 血を吸われているにも関わらず、咲夜の顔色が変わらないのだ。
 いや、それどころか、噛まれる前よりも血色が良くなったような……。

「! ……いけない!」

 今まで置物のように静かだったパチュリーが声を荒げる。

「どうした、パチュリー?」
「気づかないの? 見なさい、レミィを」

 そう言われ、レミリアに目をやる。

 その顔を見た瞬間、私は思わず小さな悲鳴をあげた。
 咲夜の血を吸っている筈のレミリアが、まるで干しブドウのようにカサカサになっていたのだ!

「お、おい! これはどういうことだ!」
「……逆流してるのよ」
「逆流?」
「レミィに首筋を噛まれるという性的興奮を促すシチュエーションに、咲夜のロリータ魂、略してロリ魂が燃え上がり、咲夜自身のパワーが急激に上昇したのよ。レミィを上回るぐらいにね」
「モノホンの変態さんだな」
「そして、大きくなった力は周囲の小さな力の吸収を始める。牙を通して、咲夜がレミィの力を吸い取っているのよ」
「んなバカな! あいつ本当に人間かよ!?」
「馬鹿も何も、目の前に起きてる事が真実。見なさい、咲夜を」

 肉料理をたらふく食べたかの様にツヤツヤになった咲夜。だが、変化はそれだけでは終わらなかった。

「……うぐっ! ぐあぁぁぁぁっ……!!」

 突然、咲夜が呻き声をあげて苦しみだす。
 その後の光景は、忘れようにも忘れられないおぞましいものだった。

 咲夜の額からは金属質の角が生え、背中から巨大な漆黒の翼が広がる。
 口からはレミリアよりも何倍も凶悪な牙が、そしてスカートから矢のように鋭い尻尾が現れた。
 なんと、私達の目の前で咲夜は人ならざる者へと変わっていったのだ!

「こ、これが吸血鬼化なのか……?」

 自分でも声が震えているのがわかる。

「……違うわね。吸血鬼は、生命力を奪った人間に闇の力を注入して出来る物。だけど、咲夜は人間の生命力を維持したまま、レミィの力を取り込んだ。そう、あれは……」

 言い終わる前に、咲夜が翼を大きく広げ口を開く。


『我が名は魔人サクヤ……この世の全ての幼女を愛でる者……』


 まるで地獄の底から響いたような不気味な声。これがあの瀟洒な従者の咲夜なのか!?

「魔人……悪魔と人間の両方の力を持つ、極めて強力な妖怪よ。いや、怪物と言ったほうが良いかもしれないわ」
「……そんなの幻想郷にいたか?」
「無論、オリ種族よ」

 今更だが、なんだこの展開。

『全ての男……全ての巨乳……全てのババアを消し、そして幼女だけ残そう。永遠に!』

「闇の力に取り込まれたの? 咲夜としての意識が消えてる!」
「いや、喋り方はラスボスっぽくなってるが、言ってる事は普段と変わらんような……」
「近くにいるだけで肌に感じるあの圧倒的なパワー、戦闘力は少なく見積もっても53……」
「53万か?」
「……53京」
「ぬぉっ! 一生使わないであろう単位をまさかこんな所で!?」
「だけど、ここで咲夜を止めなくちゃ幻想郷中の幼女が危機に晒されるわ。準備はいい、魔理沙?」

 スペルカードを手に取り、臨戦態勢のまま私に視線を送るパチュリー。

 ……ちょっと待て、なんでさも当然のように咲夜とバトルすることになってるんだ。
 冗談じゃない、あんなキテレツな奴と戦えるか。私はそんな事をしに紅魔館に来たんじゃない、半オリキャラとのオサレバトルは他所の世界でやってくれ。

「まあ、その、なんだ……頑張ってくれ」
「ちょっと! 魔理沙、どこに行くの!?」

 妖怪になれないのなら、もうここに留まる理由はない。
 大声で私を呼ぶパチュリー、異形と化した咲夜、乾ききってスルメみたいに丸まり始めたレミリアを置いて、私は全速力で紅魔館から飛び去った。
 後方では激しい爆発音と魔人の咆哮がいつまでも響いていた。
 あの咲夜が外に放たれたら大変な事になるが……まあ、パチュリーならなんとかなるだろう。

 頑張れパチュリー、応援してるぜ。










 ◇◆◇










「あー、酷い目にあったぜ」

 首を鳴らしながら、人里の上空を飛ぶ。
 全く、私はただ相談しに行っただけなのに、血を吸われそうになったりラスボスの誕生を目の当たりにしたり、本当に伏魔殿だなあそこは。
 やっぱアレだな、悪魔の類はダメだ。強くはあるが、なんというか人の手に余る力だ。もちっと現実的な妖怪を探そう。

「ん? あれは……」

 何気なく人里に目をやる。
 人々は豆粒みたいに小さく見えるが、その中に見覚えのある三体の人影を見つける。

「あの髪は慧音か、その隣にいるのは橙だな。もう一人は……寺のネズミか」

 半獣一人に妖獣二匹。なんともケモ臭いパーティだ。バルサン焚きたくなる。

「ふむ、獣タイプの妖怪か」

 顎に手を当て考える。

 悪くないかもしれない。
 吸血鬼には及ばないものの、獣だけあって身体能力は極めて高い。
 動物だから頭の悪いイメージがあるが、藍や慧音を見る限りそうとも言えない。魔法も十分に扱えるだろう。
 将来の候補に入れる価値はあるな。そう思い私は彼女達の前に降り立つ。

「やあ、魔理沙か」

 私に気づいたナズーリンが声をかけてくる。

「どうしたんだい? 魔界へ旅立ったと聞いていたが。降りた筈の君が船から出てきたって、ムラサが驚いていたよ」
「うむ、実はかくかくしかじか」
「成る程、魔法使いはやめて、他の妖怪になる道を探しているのか」
「便利だな、SSって」

 慧音と橙も私に気づき近寄ってくる。
 割と珍しい面子だと思ったが、慧音とナズーリンは里に住んでるし交流があっても変じゃないか。
 橙は買い物籠を持ってるから、藍にお使いでも頼まれたのだろう。
 三人もいてくれるのはありがたい。それだけ多く話が聞けるからな。

「ふむ、人間を捨てないでいてくれたのは嬉しいが、話を聞く限りではまだ諦めてないようだな?」
「まあな、さっきも紅魔館で色々調べて来た所だ。めぼしい情報は無かったがな」
「そうか、そう簡単に人間を止めて欲しくはないのだが……」
「ねえねえ、ちょっと前に紅魔館の方から凄い爆発音がしたんだけど、さっきまで居たなら何か知らない?」
「……いや、知らんな」

 うん、私は何も知らん。何も見なかった。

「魔理沙、お前の体は両親から頂いた大切な物なんだぞ。どんな理由があろうと、簡単に捨てるのは感心しないな」
「うわ、なんだよいきなり説教か? そんな教師みたいな事言うなよ」
「教師だ。日教組には入ってないぞ。まあ教員免許も持ってないがな」
「お前は考え方が古いんだよ。人間に生まれても、どう生きるかは本人の自由だろ?」
「まあ、確かにそうかもしれんが……」
「そんなんじゃ、里に新しく出来た寺の連中とも一悶着あったんじゃないか?」

 さっきまで私が乗っていた聖輦船、今は変形して里の外れに寺として建っているはずだ。
 突如として里に現れた人間を捨てた僧侶と、それを慕う多くの妖怪達。
 人間の味方である慧音が、そう易々と受け入れる筈があるまい。

「白蓮殿か、確かに最初は何を企んでいるのか疑ったりしたがな、彼女の真意を知ってからは全面的に信頼してるよ」
「とは言っても、初めの方は本当に険悪だったがね。何時頃だったか、彼女がウチに乗り込んできたのは」
「ほう、やっぱり騒動があったんだな」
「数時間に及ぶ口論の末繰り出された慧音のヘッドパット、額から流血する聖も超人化して水平チョップで迎え撃つ! 久しぶりに私の中の野生が疼いたね、あれは」
「ははっ。拳で語り合った仲に、わだかまりなんて残らんさ」
「実は、その死闘が思いのほか好評でね、定期的に里で試合を開催してるんだ。どうだい? 今ならまだC席のチケットが残ってるが」

 お前たちは何をやってるんだ。

「ハイレグ姿の聖と慧音が溢れんばかりの乳を揺らして戦う様が、里の男達に大人気だそうだが」
「一枚くれ、いくらだ?」

 ……なんだその目は、何が言いたい。
 男女問わず、デカイおっぱいが嫌いな人間などいる筈ないだろう。どっかのメイド長は除くがな。

「それはともかく妖怪の話だ。何を言われようと私の考えは変わらんからな。私は人間をやめるんだ」
「ううむ、どうしてもというのなら止めはしないが……」
「おう、止めてくれるな。止めないついでに、ちょっと私にケモの成り方を教えてくれないか?」
「ケモ? なんだ、獣人になりたいのか?」
「まだ決めてない。候補に考えてるだけだ。お前、確か元は人間だろ? なあ、どうやってなったんだ?」

 慧音は私の質問に答えず、代わりに眉間に皺を寄せる。
 私の質問に対し明らかに不快感を示している。あまり言いたくない過去なのだろうか。
 やはり悲劇的伝説のある泉に落ちたりしたんだろうか。あれって、落ちてもすぐに元の姿の泉に入りなおせば全て解決な気がするんだが。

「……駄目だな。私からは教えられない」
「え! なんでだよ!」
「魔理沙が人間を捨てたいと思っているのは良く分かった。だが、私にも立場というものがある。里の守護者が、人間を妖怪にする手助けなんてするわけにはいかん。分かってくれ」
「はぁ、本当に頭が固いな、お前」
「大体、獣人なんてそう良いものではないぞ。家にノミやダニは増えるし、発情期は理性を保っていられん」
「む、それは少し怖いな……」
「あと私に限って言えば、角生えるとそこがハゲるからな。ショートヘアが二度と出来なくなるぞ」

 それは心底恐ろしい。
 ゲーハーは永琳でも治せない不治の病。もし病に侵されてしまえば、なれる妖怪が河童だけになってしまう。
 ハゲが似合うのは男ではウィリス、女では寂聴ぐらい。残念ながら私はその器ではない。

「関係ないけど白蓮とマクレーンって似てるよな」
「本当に関係ないな」


 獣人になる方法を何も聞けぬまま、慧音は口を閉ざしてしまった。
 困ったな、こんなことなら図書館なら妖怪変化の本を幾つかパクってくれば良かったぜ。
 どうすりゃいいんだろう。猫耳を生やすだけなら結構色んな同人誌で見るんだが、獣人化となるとな……。

「私達みたいになりたいの? じゃあさ、藍様に頼んで式にしてもらえばいいじゃん!」

 今までこの場に居る事は書かれていたが、殆ど台詞がないし誰も存在に触れないので、そのままフェードアウトすると思っていた橙が遂に口を挟んだ。

「式?」
「うん、藍様ならケモッ娘にするぐらい訳ないよ!」
「うーん、式かぁ……」
「あのね、式が付くとすっごく強くなるんだよ! 重いものも簡単に持てるし、足だって早くなるんだから!」

 目を輝かせて式神の素晴らしさを語る橙。だが、その提案に私はとてもじゃないが乗り気にはならなかった。
 確かに、藍ほどの実力者なら私を獣人化させるのも容易いだろう、能力も跳ね上がるに違いない。
 だが、式、というのは即ち術者の道具になるという事だ。従者ですらない。そこに基本的人権の尊重という概念は欠如している。
 式になったが最期。待っているのはサービス残業漬けの毎日による過労死。そんなプログラマみたいな生活やってられっか。

「えー? 藍様、私を無理矢理働かせたりなんかしないよー?」
「そりゃお前は式というより愛玩動物に近いポジションだからなぁ。私が式だったら容赦なくこき使うだろうよ」
「そんなことないよ! 藍様は優しいもん! 昨日だって、お風呂で私の成長記録を撮ってくれたり、健康になるおヘソの下のツボを教えてくれたもん!」
「おいそこの二人。今すぐウチに帰ってタウンページ持って来い、ダッシュな」
「魔理沙、残念ながら幻想郷に児童相談所は無いんだよ」
「あーでも、藍様最近忙しそうだから、魔理沙が式になったら少し位は手伝って欲しいって言うかもしれないなー」
「……参考までに聞くが、アイツ一日にどれぐらい働くんだ?」
「えっとね、ご飯の準備でしょ。それに掃除、洗濯、紫様の足腰マッサージ、私のお勉強の先生、1024ヶ所の結界の点検、お風呂の準備、幻想郷賢者の会の代理出席、幻想入りと称してやって来たオリキャラやクロスオーバーの抹殺……」

 うわ、予想通り尋常じゃない仕事量。
 自由気ままに幻想郷スローライフを送ってきた私にとって、たとえ手伝いでもこれは辛すぎる。
 折角の妖怪の楽園なのに、こんなワーカホリックみたいな生活で馬鹿馬鹿しいとは思わんのかね。

「これが、午前分の仕事ね」
「おい! 午後もあるのか!? じゃあ、今言った量の倍働いてるのかっ!?」
「ううん、午後と、深夜と、早朝の分もあるから単純計算でも四倍ぐらい」
「あいつ、いつ寝てるんだよ……」

 なんだその奴隷労働は、どこぞの同人サークルじゃあるまいし。
 やっぱ式なんて私にゃ無理だ。というか、誰かの道具になるなんて、マゾでもない限り誰だって嫌に決まってる。
 あ? エプロンの柄? あれは皆殺しのMだ。


「ところで、獣人になる方法は別として、君はどのタイプのケモになりたいのかとかの希望はあるのかい?」

 ナズーリンがロッドをくるくる回しながら訊ねる。

「タイプ?」
「色々あるだろう? 私はネズミで橙はネコ、慧音はホルスタ……いやハクタク。どの動物をベースにするかで、能力も大きく変わってくると思うが?」
「うーん、そうだなぁ」

 獣人になるのを考えたのはついさっき。当然、希望なんて全く考えてない。
 確かに、どの動物になるかは悩むところだ。さてどうしてものか。ネコはもう二人もいるしな、キャラ被りは避けたい所だ。
 強いといえばトラやライオンとか? 少し安直すぎるかな?

 色々と考えを巡らせ、私は一つの結論に達した。

「うん、ネズミなんか良いんじゃないか」
「……『キャラ被りは避けたい』、と数行上に書いてあるように見えるのは私の気のせいかな?」

 勘違いしてもらっては困る。
 私は紅魔郷の頃からレミリアや咲夜にネズミ扱いされている、いわば東方の元祖ネズミ。
 むしろお前の方がパクりの二番煎じ。ロイヤリティーを請求しないだけありがたいと思え。

「……まあ別にいいよ。キャラ立ちなんてそんな気にしてないしね。で、何ゆえネズミを?」
「おいおい、ネズミでありながらネズミの素晴らしさを自覚してないのか? 知能、機動性、適応能力、異常な繁殖力と、これだけのポテンシャルを有しているんだぜ?」
「繁殖する気なのか。ネズミ算式に増えていく魔理沙とか、想像するだけでSAN値が削られていきそうだよ」
「それに、世界的なキャラクターにはネズミが多いしな。人気の面もバッチリだ!」

 考えれば考えるほど、ネズミが良く思えてきた。
 まあ、他の動物に比べればパワーは劣るかもしれないが、その辺は実力でカバーだ。
 私本来の持ち味である機動性には更に磨きがかかるし、頭も良いから魔法も使えるという万能選手。
 究めつけはそのマスコット的人気の高さ! 元々ラブリーな乙女である私にネズミ的要素を加えれば、もはや幻想郷に敵はいない! 完璧!
 おお、まさに私はネズミに、いやネズミは私がなる為に存在しているようなものじゃないか! よし決めた、私はネズミの妖怪になるぜ!

「……君がどんな都合のいい妄想をしてるのか知らないが、そう上手く事は運ばないと思うよ」
「何だと?」
「ネズミなら人気が出るだろうなんて考え、浅はかにも程がある。まるで金目当てに人気ジャンルに集まるゴロを見ているようだよ」
「お、お前! 私をあんな下衆共と同じだと言うのかっ!」
「いいかい、落ち着いて聞いてくれ。米国の三木さんが頂点に立つネズミ業界も、君みたいに安易な発想で参入してくる者が多く飽和状態にある。そうまるで今の東方界隈のようにね。今更参入してもライバルが多すぎて、花札屋の電気ネズミはおろか、1030円(税込)の下ネタハムスターにすら勝てないよ」
「そ、そうなのか……?」
「魔理沙の実力なら、そうだね……鼠先輩の下からスタート、ってとこかな」

 一発屋の弟子からっていうのは辛いな……。
 今のご時世、世知辛いのはどこも同じってか。

「……まあ、人気はオマケみたいなもんだからな。でも、それを差し引いても、私にはネズミが魅力的に見えるぞ」
「ほう? 他にどんな点が?」
「例えばさ、その探し物を見つける能力とかさ」

 ナズーリンの持つ能力。それは探し物を探し当てる程度の能力。

 蒐集家として、その力はとても羨ましい。
 トレジャーハンティングと称して台所漁りばっかやってるコイツには惜しい素敵過ぎる能力。
 ネズミになった暁には真っ先にマスターして、レアアイテムに囲まれた生活を送りたいものだ。

「それって、ナズちゃん個人の能力でネズミは関係ないんじゃない?」
「○○する程度の能力ってのは、何も生まれ持っての特殊能力ばかりじゃない。自分の長所を登録してるだけってのもあるだろ?」

 私なんかそうだ。生まれつき魔法が使えたわけじゃない。努力の賜物だ。

「私が思うに、お前のその能力はネズミの感覚とダウジングロッドの技術を組み合わせた後天的なもの。ネズミにさえなれば、努力次第で私も身に付けられると見た!」
「……まあ、確かに私の能力はロッドの力と嗅覚と長年の勘、それに小ネズミ達の働きが多くを占めているが」
「だろ? そうだ、ちょっと私にそれ貸してみろよ」

 言いながら、ナズーリンの手からロッドを奪い取る。

「……何をする気だい?」
「私が今からこのロッドを使って探し物をする。もし見つけられたら、私にはネズミの適正があるってことだ。文句はあるまいな?」

 私がネズミに向いているという所を見せ付ければ、誰も何も言えないだろう。
 ナズーリンは一瞬だけ呆気にとられた顔をしたが、すぐにいつものクール面に戻る。
 私なんかにロッドは扱えないと高をくくっているのだろう。ふん、見てろよ。伊達に霧雨魔法店の店主はやってないぜ。

「なるほど、確かにそのロッドが使えたらネズミになっても問題はないだろうね。面白い、やってみるといい」
「おう、後で吠え面かくなよ!」
「……一応、使い方をレクチャーしておこうか?」
「ありがたいな、頼むぜ」
「ロッドを両手に持ち、探し物を思い浮かべる。あとは目標の近くに行けば自動でロッドが反応する。以上」
「ほう、随分と簡単だな。まあギャグ無しの台詞なんて長々と書かれても誰も読まんからな。丁度いい」
「で、この里で何か探すようなものでもあるのかい? 忘れてしまった思い出とか?」
「旧作をはじめ、過去関係は永遠に封印していく方針だ。とりあえず、私が欲しがりそうなもの全部!」
「アバウトだね」
「蒐集家だからな、ストライクゾーンは広いぜ。そんじゃよく見てな、ノット・トレジャーハンターの魔理沙様が、グレイテストなお宝を見つけてやるぜ!」

 高らかに宣言し、見よう見まねで両手に持ったロッドを振り回す。

「んん? 何やらロッドが反応している気がするぜ!?」

 探知を始めて数秒。
 早くも、ロッドがある一点を指した……ような気がした。

「そうかい? 私にはそうは見えないが」
「いや、確かにロッドが反応したぜ! もうビンビンに!」

 ナズーリンは否定的だが知ったことか。お宝探しなんてのは、プロの経験よりも素人の直感の方が正しい事もある。ビギナーズラックなんて言葉もあるしな。
 奴がどう感じようが、私は確かにロッドが反応したような気がしたんだ。
 私の求める宝は、間違いなくすぐ近くに存在する! 意識をロッドに集中させ、慎重に宝の位置を探っていく。

「……橙の足元に、何かを感じるな」
「えっ! 私!?」

 ロッドの動きと私の魔法使い的直感が捕らえた宝のありか。それは橙の下だった。
 私の探し物ってことは、金銀財宝かそれとも貴重なマジックアイテムか。うむ、夢がひろがりんぐ。

「よし、早速発掘だ! いけ、慧音! つのドリルだ!」
「できるかっ!」

 ええい、使えんミルタンクめ。

「土の下か。ふうん、本当にあるというなら掘ってみたらどうだい? 私は手伝わないけど」

 ナズーリンに言われ、私は橙の足元を見ながら腕を組み考える。

 そう、ロッドが反応したのは地面の中。どうやって掘り起こそう。
 手作業で掘るのは大変だしな。にとりからドリルでも借りてくるか。
 いや、宝があると分かった以上、ここから離れると誰かに横取りされるかもしれんな。さてどうしたものか。

「私の下にお宝が……」

 ふと見ると、橙も私と同じようにロッドの指した場所を見ながら何かを考えていた。

「ねえねえ! もし私がお宝を掘り出したらさ、ちょっと頂戴! ねえ、いいでしょ!?」

 目をキラキラ輝かせながら橙が私に訴えかける。

「あー? このロッドが探したのは私の欲しいものだから、多分お前には価値が分からん物だぞ」
「いいよ! 私、それを売ってお金が欲しいの!」
「お金なんてどうするんだ。子供があまり大金を持つのは、先生感心しないぞ」
「あのね! 藍様にいーっぱい油揚げを買ってあげるの! 藍様最近仕事で疲れてるから、元気出して貰いたくて!」
「ぬわっ、なんという清らかな心! なぜか精神にダメージをくらった気分だぜ」
「悪に染まりきったお前の心には、純粋な子供の笑顔は毒なんだろうな」

 失礼な。

「ねえ、ダメかな……?」
「うーん……まあいいか。少しぐらいなら分けてやるぜ」
「本当!? ありがとう魔理沙!」
「いいのかい? 蒐集家にしては随分と簡単にお宝を手放すじゃないか」
「少し、と言っただけで正確な量は言ってないからな。付着した泥ぐらいならくれてやる」
「筋金入りの悪人だね、君は」
「よーし、じゃあ掘るよー!」

 橙は腕まくりをして興奮気味に鼻息を鳴らす。
 そして指先から長く伸びた爪を出し、勢いよく地面に突き立てた。

「うーにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃーーーっ!!!」

 橙はまるでカートゥーンアニメのような目にも止まらぬ速さで地面を掘り進める。
 みるみるうちに、掘り出された土が山となり、橙の体がどんどん下に消えていく。
 やはり凄いな獣人のパワーは。この力を得れば、きっと霊夢にだって負けないぜ!

「ん?」

 橙の体が穴の中にすっぽりと収まって見えなくなった頃、急に掘るペースが止まった。

「どうした、橙?」
「……なんか、変な臭いがする」
「臭い?」

 そう言われ、辺りの臭いを嗅いでみる。
 すると、たしかにさっきまではしなかった妙な臭いが漂っている事に気づいた。

「変な臭いというか……」
「気分が悪くなる臭いだな、コレは……腐卵臭か」
「ほう、これがあの噂のフラン臭か。乳臭いと聞いていたのに、随分と話が違うじゃないか」
「いや、そのフランじゃなくてな」

 僅かに香る腐った卵の臭い。
 どう考えても発生源は橙の掘った穴からだろう。
 ということは、埋まっている宝から出ている臭いってことか?

「……君は腐った卵なんかが欲しかったのかい? 随分と個性的なコレクターだね。今度から会っても話しかけないでくれよ」
「永遠亭にその手の患者専用の病棟があるから、永琳に連絡して入院の手続きをしようか?」
「おい、人をサイコパス扱いすんじゃねえ。残飯なんか欲しいわけあるか。橙、もっと掘って正体を確かめてくれ!」
「りょーかーい!」

 再び橙が土を掘り始める。穴が深くなればなるほど、悪臭は強さを増していく。
 どうなっているんだ。ロッドがここを指したということは、ここに私の探し物があるということだ。
 だが、私はこんな妙なもの望んでないぞ。それとも私の深層心理では鼻腔への刺激を欲しているとでも言うのか。
 フロイトにでも分析してもらおうか。でもアイツ、何でもかんでも欲求不満の現れとか言いそうだしな。

 ぼんやりとそんなことを考えていた、その時。



「っ!? ……にゃあ゛あ゛ぁぁぁぁぁーーーっ!!!!」



 響く橙の悲鳴、と同時に穴から爆音と共に巨大な水柱が吹き上がる。
 水柱は小柄な橙の体を軽々と吹き飛ばし、一瞬のうちに里の中心に家よりも大きな噴水が出来上がった。

「あちっ、あちち! な、なんだ!?」
「なんだ、これは熱湯じゃないか!?」

 大地から噴出したのはただの水ではない。火傷しそうになるほどの熱湯だ。
 立ち込める蒸気と降りかかる水飛沫に、私達はその場からの退散を余儀なくされた。

「あれは……温泉か?」
「というと、さっきの臭いは硫黄のものだったわけだね」

 地面の下に埋まっていたのは温泉だった。
 前の地底騒動の時の残りだろうか。霊夢なんかは神社の近くに温泉が出来て大喜びだったが、魔法の森には全く噴出さなかったので羨ましかった記憶がある。家の風呂にも温泉水は引いてるが、夜空を見上げる広い露天風呂ってのも別に欲しかったしな。
 なるほど、確かに温泉も私の欲しいものだったわけか。つまりダウジングは見事に成功だ。持ち帰る訳にはいかないので私の所有物にはならないだろうが割と満足だ。
 私にはネズミの適正がある。それが確かになっただけでもう充分。ネズミ獣人・霧雨 魔理沙の誕生だ!
 よし、後は獣人になる方法を調べるだけだ。

 そう思ったその時……。


「に゛ゃふんっ!」
「うわっ!?」


 輝かしい未来を夢想する私の前に、ズドン、という音をたて空から勢いよく何かが落ちてきた。
 なんだ、隕石か? 北朝鮮の風船爆弾か!?

「ああ、橙!」
「橙! 大丈夫か!?」

 慧音とナズーリンが落下物に近寄る。
 落ちてきたのは橙だった。温泉に吹っ飛ばされ、今になってようやく落ちてきたのだろう。
 橙は息はしているものの完全に意識を失っており、ぐったりとその場に横たわっている。

「橙! しっかりしろ!」
「まずいね、かなりダメージをくらっちゃってる」
「そんなに酷いのか? 目立った外傷は無いように見えるが……」

 橙は力なく倒れているが、そこまで重傷には思えない。
 そもそも空を飛べるんだから、地面に落下するはずないのだが……。

「落下の衝撃は大したこと無いよ。だけど……」
「だけど?」
「温泉に当てられたのが大きい。猫も式神も水に弱い。そのうえ猫舌だから熱湯にも弱い。弱点三つで脅威の八倍ダメージだ」
「式が取れかかってるね、早く主人を呼ばなきゃ危険だよ」

 式神のことはよく分からんが、どうやら大変な事態らしい。

 私か? 私のせいなのか? 私が橙に穴掘りなんてさせたせいか!?
 いや、あれは橙から言い出した事だし、そもそも温泉が埋まってるなんて知らなかったし……。
 ……とりあえず橙を治療しなければ、式神だから藍を呼んだほうがいいんだろうな。
 あ、でもこんな状況アイツに見せたら……。




「ちぇぇぇぇぇんっ!!! なぁにがあったあぁぁぁぁ!!!」




 次の瞬間、遠くの空から叫びと共に高速で回転しつつ近付く物体が目に入る。
 その物体は一直線に私達の所に突っ込み、砂煙を上げながら着地した。

「ああっ! 橙! お前の力が感じられなくなったから来てみれば、その姿は一体どうしたんだ!」

 予想通り、現れたのは橙の主人である藍。
 式神の健康状態は離れていても主人には伝わるのだろうか。
 いやそれにしても早い。橙が意識を失ってからまだ一分かそこら。気絶を察知した瞬間に動き出さなければこうも早く到着できんぞ。普段どんだけ橙の事を考えてるんだ。

「だぁれだぁ! 橙をこんな目に合わせたのはぁ!!!」

 藍は牙をむき出し周りを威嚇する。
 伝説の九尾とだけあって、そこから発せられる闘気は並の妖怪とは比べ物にならない。

「貴様かネズミぃ! ニャンコにいたぶられてミンチになるしか能のない下等生物の分際で!」
「ち、違う、私じゃない! あと、ネズミをバカにしないでくれ!」

 まずい、藍は興奮しきっていてる。
 弾幕ごっこで負かせた程度ならともかく、湯をぶっ掛けて気絶させたとあっては流石に我慢ならなかったか。
 親バカでバカ親の藍のことだ。犯人を見つけ次第、八つ裂きにしてしまうだろう。

 ……そして、間違いなく犯人扱いされるのは私だ。

「じゃあ誰がやった! 言わないとお前も共犯だ!」
「う、疑わしきは罰するのか! 栃木県警並のザル捜査じゃないか!」

 あまりの迫力に、ナズーリンも慧音も萎縮してしまっている。
 相手はあらゆる妖獣の中でもトップに君臨する女だ。獣の本能が危険を知らせているのだろう。
 このままでは二人が私の名前を出してしまうのも時間の問題だ。
 どうする? 折角、将来の事を考えて行動してるのに、今日が命日になってはたまったもんじゃない。

「ま、魔理沙だよ! 魔理沙が橙に温泉を発掘させたから……!」
「魔理沙? どこに魔理沙がいるんだ!」
「え? そこに……って、いない!?」
「あ、あいつ逃げたのか……!?」
「くだらん嘘をつくな、このペスト菌め! レミングみたいに並べて自爆させてやろうかぁ!!」
「ひ、ひいぃぃぃっ!」

 矛先がこちらに向く前に、私はこっそりとその場から飛び去った。

 ……なんか、紅魔館の時と同じ展開だな。
 まあいいか。自らに危険が降りかかる前に逃走する。ネズミを目指す上で、このぐらいのことは出来なきゃダメだよな。
 じゃあなお前たち、ケモの大先輩にせいぜいこってり絞られるんだぞ。










 ◇◆◇










 藍の襲撃からからくも逃げ出した私は、特に目的も無くふよふよと空を飛ぶ。

 しかし困ったな。ネズミになると決めたものの、そのなり方が分からない。
 慧音なら何かを知ってそうだが、元々教える気が無さそうな上に厄介ごとまで押し付けてしまった。しばらくは会っても口も聞いてくれないだろう。
 紅魔館の図書館に戻るわけにもいかないし。というか、それ以前に紅魔館は無事なんだろうか。

 ……まあ、終わってしまったことを悔やんでも仕方がない。
 獣人の件はしばらく保留にして、もっと他の妖怪でも見に行くかな。
 思えばまだ二箇所しか周ってないしな。いくらネズミが魅力的とは言え、もう決めてしまうのはいささか早計かもしれん。

「うーむ、だが悪魔や獣人に匹敵する妖怪なんて早々いないよなぁ……」

 それらを上回るのなんてスキマ妖怪ぐらいか。
 だが、あれは単一の妖怪だしな、なろうと思ってなれるものでもない。さてどうしたものか。

 大きな溜息をついて、遠くの風景をなんとなしに眺める。
 妖怪の山が今日も相変わらず白い煙を何本も噴き上げていた。

「……妖怪の山か」

 天狗と河童が独自の文化を構成する、幻想郷内の隔離空間。
 こいつらも強そうなんだがな、だが社会の歯車なんて私のキャラじゃないんだよな。

「いや待て、そういやあの山には……」

 ここで私は閃いた。
 あるよ、あるじゃないか。悪魔に匹敵する力を持ち、尚且つ人間からでも成れそうな奴が!
 もしかしたら、ネズミになるよりも良いかもしれないぞ!

「よっしゃ、こうしちゃおれん。早速リサーチ開始だ!」

 私は箒を握る手に力を入れ、妖怪の山の頂上付近、守矢神社に向けて速度を上げた。













「神になる方法を教えてくれ!」
「気でも狂いましたか?」

 未来への新たなる希望を胸に話しかけた私に対し、早苗は極めて冷淡に応えた。

「新興宗教でも立ち上げるの? 変な洗脳アイテム作れって言われてもやらないよ」

 早苗の横で縁側に座るにとりも、不信感を露にしながら口を挟む。

「な、なんだよお前たち……いきなり失礼な奴らだな」
「急に神がどうしたとか言われたら、そりゃ相手の精神を疑いますよ」
「お前、それでも巫女か」
「一体どうしたのさ魔理沙、こないだ宇宙に行ったせいで変な毒電波でも受信しちゃった? その手の妄言はムーの読者コーナーだけに留めておいたほうがいいよ」
「いやちょっと待て、話を聞け。私は別に宗教団体を作る気も無いし、国家転覆も企んでないぜ」
「宗教を立ち上げないのに、神になる……?」
「ああ、私はただ純粋に神になりたいだけだ」

 私が思いついた三つ目の将来候補。それは神。いい響きだな、神。
 妖怪なんかとは一線を画す存在。それどころか、この世のあらゆる生物の上に立っている感じだ。
 私が今まで見てきた神も、風を操る神奈子、大地を揺るがす諏訪子、ついでに核融合の空と、どいつもこいつも桁外れのパワーを持つ奴ばかり。
 人を捨てて、より強い姿を追い求める私に、まさにピッタリじゃないか!
 ラムフォリンクスでも考えた事が、どうして私に思いつかなかったのか不思議だよ。

「魔理沙さんが、神にですか……?」

 早苗は未だ若干引いている。
 確かに、神になろうだなんて、普通に聞いただけなら唯の狂人か阿呆に思われるだろう。
 だが私は本気だ。白蓮が言うには神も妖怪も人間の都合で区別されてるだけで本来違いは無いという。
 それが本当なら、妖怪と同じように人間から変化する方法もあるはずだ、と私は確信している。
 ま、神っつったって八百万もいるから力もピンキリだけどな。勿論、目指すは神奈子や諏訪子のような頂点クラスだ!

「実は、そろそろ人間を捨てようと思ってるんだがな、どの妖怪になろうか悩んでいる所だ。それで、候補の一つに神が思い浮かんでな、神になるにはどうしたらいいのか聞きに来たんだ」
「へえ、そういやこの間の宴会でそんな事言ってましたね、確か」
「一応、魔界に旅立つ私のお別れ会だったんだけどな……」
「そうだったの? とりあえずお酒が飲めるって事で参加したから知らなかったよ」

 ……まあ所詮、そんな連中だよな。

「というわけで、神になる方法を教えてくれよ。人間であり神でもあるお前なら分かるだろ?」
「つまり力が欲しくて神になりたい訳ですか……。やめておいた方がいいですよ?」

 早苗はあまりいい顔をしない。
 守矢以外の神は歓迎する気がないのだろうか。

「別に魔理沙さんが何になろうと勝手ですが、友人として忠告しておきます。強くなりたいなら神はやめておいた方がいいです」
「ん? なんでだ? だって、神奈子や諏訪子はケタ外れに強いじゃないか」
「確かに、お二方はとてもお強いです。しかし、やはりオススメはできません」
「だからなんでだよ。あ、もしかして修行が必要で、それが大変とか? でも、地底のバカガラスなんかは簡単に神パワーを得てたしな」
「アレは特例中の特例です。必要のあってのことですから」
「ずるいなそりゃ。私にも特例ってのを適応しろよ。確か神奈子が神パワーを持ってるんだったっけな。おーい、神奈子ーっ!」

 神奈子からチョイと力を貰えば今日から私も神、いわゆるゴッド。 
 こんな上手い話はない。私は声を張り上げて本殿に向けて神奈子の名を呼ぶ。

 ところが、いくら呼んでも一向に出てくる気配が無い。
 ふむ、ドロドロでグチャグチャ展開の昼ドラでも見てるんだろうか。あいつ、そういうの好きそうだし。(※魔理沙の勝手なイメージです)

「八坂様は留守ですよ。諏訪子様と一緒に、山のお偉い方との定期集会という名の飲み会に行ってます」
「なんだ、残念だな」
「上司がみんな居なくなってるからね、天狗も河童もサボり放題。私もこうやって神社に遊びに来てるって訳」
「ふーん、そういやお前が神社にいるなんて珍しいな。いつも川底で沈んでるイメージがあったが」
「それじゃ河童じゃなくて土左衛門じゃないかよ。私と早苗は友達なんだから、遊びに来たっていいじゃないか」
「にとりさんには家電を直してもらったりと、色々とお世話になってます」
「私も早苗は自慢の友達だよ。なにしろ河童の間では、人間と知り合いってのは一種のステータスだからね」
「そうなのか?」
「そうだよー。人間の友達が一番多い私は、仲間内でも一目置かれてるもんね。霊夢に魔理沙に早苗、三人も交流があるなんて過去に例がないんだから」

 たった三人で歴代一位かい。
 どんだけコミュ不全しかいない種族なんだよ、河童ってのは。

 まあ河童の事はいい、今は神になる方法だ。

「そうか神奈子はいないのか、あわよくば楽して神になれると思ったんだがな。そんな簡単に話は進まんか」
「居たとしても、魔理沙さんに力はあげないと思いますけど」
「分からんぞ。私の同性を堕とすテクは神をも凌駕する」
「やめてください。八坂様はまだ乙女なんですから」

 引くわ。

「それじゃあさ早苗、力を貰う以外の神のなる方法ってないのか? あるなら教えてくれよ」
「ですから、さっきも言ったように、強くなりたいだけなら神は向いてないんですよ」
「それだけ言われても困るぜ。ちゃんと、何故向いていないのか教えてくれよ。とりあえず、候補の一つとして、話だけでも聞いておきたいんだ」
「……わかりました。魔理沙さんに神のなんたるかを知ってもらういい機会です。神のなり方から順を追って説明しましょう。よく聞いてくださいね」

 おお、流石は早苗。話がわっかるー。
 頭の固い慧音なんかとは大違いだ。あの石頭で頭突きなんてしたら子供の頭部が砕け散るんじゃないか?

「いいの? 早苗」
「構いませんよ。話を聞けば諦めるでしょうから」
「おいおい、甘く見られちゃ困るぜ。いいから早く教えろよ」
「……そもそも、神になるだけなら簡単です。努力次第では今日中にでもなれますよ」

 あれ、そうなのか?
 もっと、厳しい修行とか、先祖代々伝わる秘術とかを想像していたんだが。

「神になる唯一にして最大の条件。それは、祀られる存在になることです」
「祀られる?」
「要は、自分を神として信仰してくれる人を作ることですね。例えばこの場でにとりさんが魔理沙さんを崇め始めたら、その時点で魔理沙さんは神です」
「なんだか、えらく簡単だな……」

 なんというお気軽な転生。
 就職難で苦しんでる大学生諸君は、みんな神を目指せばいいんじゃないかな。

 そういや思い出した。
 霊夢が神社裏の大木を賽銭目当てで適当に神木として祀ったら、本当に神が宿ったんだっけ。
 そんな簡単に発生するなんて、虫かなにかかよ。そら八百万も居る筈だよな。

「そんなんじゃ、人から神になるのもそう珍しい話じゃ無さそうだね」
「ええ、ですから、外の世界じゃ神と呼ばれる人間が相当な数いましたよ」
「へえ、例えば?」
「そうですね……外の世界にジーコっていう有名なサッカープレイヤーがいるんですが、ご存知ですか?」
「瞳?」
「西武企画の話はしてないんじゃないかな」
「で、そのジーコって奴がどうかしたのか?」
「はい、彼は世界中に多くのファンを持ち、『サッカーの神様』とも呼ばれているんです」
「それって神になった訳じゃなくて、そう呼ばれるくらいサッカーが上手かっただけの話じゃないのか?」
「信仰心の薄い今の外界じゃそうですね、神はただの称号にしかなりません。でも、神を信じていた時代や、幻想郷の様な場所だったら話は違う思いますよ。もしジーコさんも幻想郷に来ていれば、今頃立派なサッカーを司る神になり、フリフリスカートとドロワーズを履いて弾幕を蹴り飛ばしてくるボスとして霊夢さんの前に立ちはだかったでしょう」

 是非、そのまま外の世界だけで生きてほしい。

「それに、まだ分かりませんよ。たとえ生きているうちは人間でも、死後も人々に語り継がれる程の信仰があれば、その魂は時空を超え英雄達の座に納まり神に近い存在に昇華する場合だってあるんですから」

 それ、別のゲームの設定だろ。

「つまりは誰かから祀られれば良いわけか。おいにとり、私を崇め奉れ」
「嫌だよ」
「靴舐めろ」
「魔理沙、神ってのを誤解してない?」
「甘い甘い、甘いですよ魔理沙さん!」

 早速信者を作って神デビューしようとした私に、早苗は腕を真っ直ぐ伸ばし、ビシッと指を立て高らかに叫ぶ。

「その考えの甘さ、まるでチバラキ名物マックスコーヒーの様……」
「あ、早苗さん。ちょっと腕下ろして貰えるかな」
「え? な、なんですか、いま台詞の途中なんですが……」
「いいから」
「?」

 にとりに促され、早苗は水平に伸ばした腕をしぶしぶ下ろす。
 不満そうな顔を浮かべながらも、早苗は言葉を続ける。

「神になるのは簡単です。ですが、強くなるのとはまた別問題なのです」
「どういう事だ?」
「いいですか? 神の力は信仰心に比例するんです。多ければ多いほど増していきます。まあその辺はアクトレイザーやポピュラスをやっていただけるとよく分かると思うのですが」
「マラーナのボス、マジ強いよね」
「逆を言えば、信仰の薄い神は本当に悲惨なくらい弱いんです。博麗神社の神なんか信仰がほぼゼロに近いから、カタツムリと戦っても完封負けしますよ、きっと」

 カタツムリにノックアウトされる絵というのがどうしても想像できないが、それはキツイな。

「それだけではありません。もし、信仰が完全にゼロになれば神は消えてしまうのです。死ぬんじゃありませんよ。この世界からの消滅です。あの世に行くことすらできないんですよ」
「シビアな業界だな、神っていうのも……」
「強くなるのに神は向いてない。この意味、お分かり頂けましたか?」

 確かに。
 一人や二人無理矢理信者にして神になったところで、出来上がるのはミミズ以下のカス神。
 それどころか、下手したら永遠に消滅とか。扱いが難しすぎるな。
 そういや、神社裏の大木も霊夢が祀るの止めたら消えちゃったんだっけ。今思い出してもひどい話だ。

「でも、信仰さえ集めればいい話だろ?」
「どうやって集めるつもりです? 人の心は複雑ですからね、そう簡単に信仰は寄せてくれませんよ。八坂様のように雨風で恵みをもたらすなり、諏訪子様のように祟りを起こすなりしないと」
「むむ、そんな能力持ってないぜ……」
「お二人みたいな強さが欲しいなら、同じぐらいの信仰を得る必要があると思いますよ?」
「同じぐらい……て、どのくらいだよ」
「うーん、一人一人信心の量は違いますし、正確な数値はちょっと……」
「あ、それなら丁度いいものがあるよ!」

 にとりはパンパンに膨らんだリュックを地面に下ろし、中から何かを取り出す。

「じゃーん! 信仰心カウンター!」

 リュックの中から出てきたのは、ヘッドホンに片目だけのサングラスをくっ付けたような代物。
 名前の響きだけでもう何をするアイテムなのか想像がつくが、一応説明は聞いたほうがいいだろうか。

「これを目に付けて相手を見れば、その人の得ている信仰が数字になって出るという、私発明の便利グッズだよ!」
「お前それ、このシーン以外どこで使うんだよ」

 まあ、予想通りだったわけだが。
 つーか、スカウターネタは紅魔館で使っちゃったんだがな。

「そんじゃ、まず魔理沙から見てみるよー。動かないでねー」
「お、おう……」

 にとりは右目にカウンターを付けて私を見つめる。
 こちら側ではどう操作しているのか分からないが、しばらくするとカウンターから機械音が鳴り、にとりは私から視線を外す。

「……魔理沙は0だね」
「ゼロぉ? 銃装備のおっさん以下か私は?」
「戦闘力じゃなくて信仰だからね。普通の人間は0だよ」
「おい、じゃあ私を測定した意味あんのか」
「テストだよ、テスト。じゃあ次、早苗さん行くよー」
「えっ!? は、はいっ!」

 急に振られた早苗は、慌ててにとりの方を向きポーズを取る。
 左手を腰に当て、右手を顔の前まで挙げて人差し指と中指で目を挟み、笑顔を浮かべる。

「……早苗さん、普通にしてていいから。腕下げて」
「え!? あ、ポーズいらなかったですか!?」
「ポーズじゃなくて……あ、いや、ポーズもいらないけど……」

 早苗に直立の姿勢を取らせて数秒。
 測定が終わったらしく、にとりは目から機器を取り外す。

「早苗さんは……200だね」
「なあ今思ったんだが、これってもう一柱ぐらい神が居ないと比較にならんのじゃないか? 200がどの程度なのか全然分からんぞ」
「そうは言っても、守矢の神は出かけてるみたいだし、他はどこ居るのか分かんないし」
「八坂様も諏訪子さまも私の百倍以上は信仰されてますからね。少なく見積もっても2~30000ぐらいじゃないですか?」

 機械まで持ち出しといて、結局はアバウトな感覚任せかい。この件、必要あったのかよ。

「これ、香霖を測定したらオーバーフローで壊れるんじゃないか?」
「あのメガネ店主が? なんで?」
「信仰されてるんだよ、怖いぐらいに。主に外の世界からな」
「?」

 まあ深く考えるな。

 それはともかく、早苗の言葉を信用するなら神奈子は本当に凄い信仰があるんだな。
 私の目から見ても、早苗自身かなりの信仰を得ている。
 守矢の神を直接見たことが無い里の人間なんかは、早苗に信心を寄せている者も多い。
 それの百倍ってんだから、並大抵のもんじゃないぞ。一体、どれだけの信者がいるんだ。

「妖怪の山はほぼ全員。それに里の人たちが何割か。それで規模を想像して貰えばよろしいかと」
「すっごいなぁ、お前ら……」
「当然、私も守矢を信仰してるよー。ほら、信仰証」

 にとりは懐から一枚のカードを取り出す。これが信者の証なのだろう。
 スペルカードをやや小ぶりにしたサイズのそれには、赤・黄・青の三色が均等に並んだ柄が描かれていた。

「いいでしょうそれ? 守矢神社のシンボルカラーです。赤は八坂様、黄色は諏訪子様、そして青は私を表してるんですよ」
「なんか、どこかで見たような柄だな」
「そんなまさか。私考案の完全オリジナルですよ」
「……これ、創」
「守 矢 神 社 の シ ン ボ ル カ ラ ー です。それ以上でもそれ以下でもありません」
「……」

 ……まあ、本人がそう言ってるならそうなんだろう。
 こいつらが珍妙な四コマの載った新聞を幻想郷中に撒き散らかさない事を祈るばかりだ。

 しっかし、信仰集めってのは思った以上に大変なんだな。
 このままじゃ神になるなんて夢のまた夢。どうしたもんだろうか。

「ふーむ……力を得るには信仰が必要、信仰を集めるには人々に恵みか祟りを与える力が必要。……ジレンマだぜ」
「だから、言ったじゃないですか。神は止めとけって」
「その手の能力が不要な信仰の集め方ってないか? 生まれ持っての能力が神としての格を決めるなんて理不尽だろ?」
「まだ諦めてないの?」
「私は不可能を可能にする女だからな。簡単には諦めんよ」
「うーん、そうですねぇ……」

 早苗は腕を組み考える。

「……カリスマ、ですかねぇ」

 早苗の口から出たのは、主に紅魔館あたりでよく聞く馴染みのある言葉だった。

「カリスマ?」
「ええ、他人を引き付けるような個性。特殊な能力がなくても、これでも充分信仰は集められます。外界の新興宗教なんか、殆どこれで持っているようなもんですからね」
「ふむ……カリスマか」

 魅力的な人格に寄せられた信頼を、そのまま信仰に変えるって感じか?
 なるほどな、それならただの人間でもできそうだ。

 ……だがなぁ。

「……自分で言うのもアレだが、私にカリスマなんか無いぞ」

 はっきり言って、私は性格が悪い。
 道を渡ろうとしている婆さんがいたら、謝礼がありそうなら助けるタイプだ。Ninjaに転職できる。
 少なくとも、他人から慕われるような性格ではない。まあ、幻想郷はそんな奴らばっかだけどさ。

 残された手段ですらこれだ。やっぱ私には神は無理なのか。

「そうかな? 私は魔理沙は結構いい線いってると思うよ?」

 神への道を半分諦めかけていた私に、にとりが意外な言葉をかける。

「だってさ、魔理沙ってすごく友達多いよね。これって、魔理沙の人柄によるものが大きいと思うんだけど」
「そ、そうか?」
「……確かに考えてみれば、魔理沙さんって人間妖怪問わず、それどころか妖精にまで友達がいますよね」
「いや、私は普通に接しているだけだぜ?」
「それが凄いんだよ。魔理沙って入学式の時点で友達が出来るタイプでしょ。あれ、私みたいな人見知りには、どうやってんのか凄く不思議なんだよね」

 なんだ、急にベタ褒めされ始めたぞ? むず痒いな。
 友達作りが信仰に繋がるのか? そういや、神奈子も宴会ばっか開いて周りにフランクに接しているしな。
 案外、信仰なんて割といい加減なものでいいのかもしれない。

 うん、何やら再び光明が見え始めた予感だぞ!

「しかし、それではまだ信仰を得るには足りないのではないでしょうか」

 ……なんだよ、一度持ち上げといてまた落とすんじゃないぜ。
 何が言いたいんだ、私に足りないのは何だ。

「魔理沙さんって、友人として付き合う分にはいいですけど、信頼を寄せるにはちょっと、て思う部分がある気がするんですよ……」
「あー確かに。さっき本人も言ってた様に、性格はあんま良くないよね」
「嘘つきますしね」
「平気で人の物持ってっちゃうし」
「星のレーザー、近くまで来た敵弾が見えなくなって使い物にならないですし」

 ……本人の目の前でよーここまで好き勝手言えるもんだな。こいつらも相当いい性格してるぜ。
 てか、最後の性格関係ねーだろ。システムの文句は太田さんに言えや。

「そんな事言われたって、どうすりゃいいんだよ……」
「嘘つきに信頼を寄せる人はいません。まずは嘘を付くのを止めてみてはどうですか?」
「そうだね、魔理沙の人当たりの良さに誠実さが加われば、魔理沙を慕ってどんどん人が集まってくるんじゃない?」
「……そう上手くいくかぁ?」
「まま、物は試し。まずはやってみようよ」
「?」

 そう言うとにとりは、再びリュックを地に置き、さっきと同じように中を漁り始めた。

「……あった! じゃーん! 携帯型嘘発見器ぃー!」

 リュックの中から、小型のマイクが付いた妙な機械が出てくる。
 ……いつもこれらを全部持ち歩いているのか、こいつ。

「これも私作。このマイクに嘘を言うとアラームが鳴る仕組みの素敵アイテムだよ!」
「お前、なんでも作るんだな」
「星 新一の小説に色々なものを発明するエヌ氏っているでしょ。あれ、モデル私だから。にとりのエヌ」
「発明はエフ博士の担当だろ」
「いいじゃんそんな事。さ、まずはこれで嘘をつかない練習をしてみようよ!」

 練習する様なものでもないような気がするんだがな。まあ、ここまで来たらやるだけやってやるぜ。
 実験体が見つかったのが嬉しいのか、にとりはにこにこ笑いながらマイクを私の口に近づける。

「さて、じゃあ何を喋ってもらいましょうか?」
「あれは? 初チューはいつか、とか?」
「やだもー、にとりさんってばエッチ!」

 二人はいやらしい笑みを浮かべてあれやこれやと話し合っている。
 嘘発見器、というアイテムが出た時点でこういう展開は予想していたが案の定。
 揃って天狗みたいなツラしやがって。妖怪の山で生活すると皆こんな性格になるのか?

「……言っておくが、答え辛い質問には黙秘で対応するからな」
「え! なんでですか!」
「なんでもかんでもベラベラ喋るのは正直とは違うだろ。そういう奴の方が逆に信頼置けんわ」
「そんなー、こういうのは恥ずかしい質問で赤面させるのが楽しいんじゃないかー!」
「それはメインで書くべきネタだ。60kb超えてからやるもんじゃないぜ」
「むー」

 不満そうだ。そうそうお前らの手の上で踊ってたまるか。

「それじゃあ、ちゃんと質問は考えたほうがいいですね」
「魔理沙が答えてくれて、嘘をつく可能性のある質問かー。難しいねー」

 私に聞こえないようにヒソヒソと作戦会議をする二人。
 さて、どんな質問が来るのやら。神になるためだからな、なるべく正直に答えてやるぜ。

 しばらくして話がまとまったのか、二人が揃って私の方を振り向く。
 さっきよりもやや神妙な顔だ。どうやら、お遊びみたいな質問ではなさそうだな。

「えっと……じゃあ、いいですか?」
「おう、いつでも来い」

 早苗はやや緊張した面持ちで、一回大きく深呼吸をする。
 そして、先程とは打って変わって鬼気迫るような迫力で、早苗は私に問いかけた。


「霊夢さんと比べて、私に足りないものはなんですかっ!?」


 私に頭突きしそうになるほど顔を近づけてくる早苗。

「幻想郷に来て数年……私をズタボロに打ち負かした霊夢さんの背中を追って、私は修行を続けてきました。だけど勝てないんです! 修行量も、巫女としての格も、私が上回っている筈なのに!」
「……」
「だから、霊夢さんを最も知り尽くしている魔理沙さんに聞きたい。霊夢さんにあって、私に無いものはなんですかっ!?」

 早苗の目は真剣そのものだ。これは、早苗にとっても重要な質問に違いない。
 
 霊夢の背中を追って、か。
 のんびりと暮らしているように見えても、こいつなりに色々と考えているのだろう。何だか、親近感を覚えるな。

 さて、私はこの質問に正直に答えなければならない訳だが……。

「……才能、って答えじゃダメか?」
「っ!! 一応、努力次第で改善できるポイントでお願いします!」

 やはり納得しないか。
 霊夢は妖怪退治と無銭生活に関しては天才だ。普通にやって勝てる相手ではない。
 となると、もうちょっと別の視点で探さなきゃいかんな……。

 霊夢にあって、早苗にない……うーむ。


 ……そうだ!


「あったぞ、霊夢と比べてお前に足りないものが!」
「ほ、本当ですか!?」

 早苗は私の方に体を乗り出し、嬉しそうに目を輝かせる。

「ああ、重要かつ今日にでも改善できるポイントだ」
「そんなものを見落としていたなんて……それで、それは一体?」

 横に居るにとりも興味津々に私を見つめる。
 二人の視線が集まる中、私は一呼吸置いて口を開いた。

「……処理能力だ」
「処理能力?」

 早苗の頭上にハテナマークが出る。
 私の言葉をイマイチ理解していないようだ。

「処理能力って……弾幕回避のですか?」
「いや、違う違う。個人的にはもっと大切なものだ」
「?」
「ちょっと、両腕挙げてみ。万歳の格好」

 早苗は言われるがままに両腕を真上に挙げる。
 特殊構造の巫女装束から、僅かに汗で滲んだ早苗の白い肌が露になる。

「早苗……」
「はい?」






「……お前は、霊夢と比べて処理が下手だ」






 三人の間に沈黙が流れる。早苗もにとりも動きが完全に固まっている。

「え……? え、え、ええっ!?」

ようやく意味に気づいたのか、早苗は言葉にならない言葉を吐きながら、ゆっくりと腕を下ろしてく。

「ま、魔理沙さん……その、処理って……?」
「だから、そこの事だよ。言わないでおこうと思ったんだがな、正直に答えろって言うもんだから仕方なく。お前、ちゃんと鏡見てやってるのか? ちょっと残ってるぞ」
「……冗談ですよね」
「あ? よく見ろよ。嘘発見器は反応してないだろうが」

 早苗の額から一気に汗が吹き出し、顔全体が真っ赤に染まっていく。

「一度霊夢にやり方教われよ。あいつ、毎日完璧にツルッツルにしてるからさ」
「ちょ、ちょっと魔理沙!」
「大体、周りの反応で気づかなかったのか? 今日だって、にとりがお前に腕を挙げさせないように必死だったじゃないか」
「あ! バカ、言わなくていいことを……!!」

 うん、重要なことだぞ、これは。
 外だとどうかは知らんが、幻想郷では巫女にとって、ある意味そこは商売道具みたいなもんだからな。
 そこの手入れさえちゃんとしておけば、一応格好だけなら霊夢に並ぶ一人前の巫女だぜ!

 よっしゃ、これで私も神に一歩近付いたかな?

「……」

 見ると、早苗は顔を俯かせたまま動かなくなっていた。
 前髪で隠れている為、表情を窺い知ることはできない。

「なんで……」

 喉の奥から無理矢理出したようなその声は、わずかに震えていた。

「なんで、教えてくれなかったんです……?」
「え、えーと……早苗さん?」
「私、毎日勧誘の為に色んな所に行ってるんですよ! もう、何百人に見られたか分かんないんですよ!」
「さ、早苗さん落ち着いて!」
「これじゃ私、バカみたいじゃないですか! チョロっと生えてるのを見せつけながらの営業スマイル付きの宗教勧誘なんて、まんまバカじゃないですかっ! なんで皆教えてくれなかったんですかっ!!」

 ……ありゃ、なんだか雰囲気が悪くなっちまったぞ。

 言わない方が良かったか? でも、正直に言えって要求したのはあいつらだし。
 とりあえず、このままじゃマズイな。早苗を落ち着かせてやらなきゃ。

「おい、早苗……」
「嫌っ! もう誰にも会いたくない! 出てってっ!!!」
「!! う、うわっ、なんだ!?」

 次の瞬間、目も開けられないぐらいの突風が境内に吹き荒れた。

 早苗の奇跡の力か、あまりに急な出来事に箒でバランスを取ることも出来ず、
 私の体は妖怪の山の外にまで、まるで落葉のように風に飛ばされていった……。

















  ★ 八意先生の楽しい保健体育 ★


 性的に成熟する過程でみられる身体的特徴の発達いわゆる二次性徴。
 女性は一般的に10~15歳頃から始まると言われているわ。小学校高学年から高校一年ぐらいね。
 だから、現役女子高生の早苗ちゃんには当然起こっていると考えるべきよ。
 おっぱいは大きくなるし腰もくびれてくる。当然、アレも生えてくるわ。

 「僕らの早苗さんにそんな邪悪なものは生えてないんだい!」と主張している貴方。
 気持ちは分かるけど、そろそろ現実を受け入れましょうか。
 二次元に入る技術はあと千年はしないと開発されないわよ。

 そもそもね、貴方達はまだまだ修行が足りないわ。
 私ぐらいの猛者になれば、可愛い少女にアレがあるってギャップが逆に

(ここで妹紅とのネトゲ対戦に負けそうになった輝夜が回線を引っこ抜いた為、通信が切断されてしまいました。心よりお詫び申し上げます)










 ◇◆◇










「はぁ……」

 西に落ちる夕日を背中に受けながら、私は大きく溜息をついた。

「結局、妖怪にはなれなかったな……」

 今日中に人間を捨てて、霊夢をビビらせる。
 言ったはいいものの、実際には様々な困難が立ちふさがって、そう上手く事が運ばなかった。
 ああ、これじゃ魔界に行った時と同じじゃないか。また霊夢に笑われるだろうなぁ……。

「毎回、あと一歩の所だったと思うんだがなぁ……」

 咲夜が暴れたり、藍が暴れたり、早苗が暴れたりで、良いところで邪魔が入るんだよなあ。
 てか、暴れてばっかだな。

「……もしかしたら、私は本当は人間のままでいたいのかもな」

 心の奥底では、妖怪になるのを拒絶していたのかもしれない。
 魔界の件はともかく、今回のは霊夢の言葉にカチンと来たのが原因だし、意地張ってただけなのかもな。

 まあ、今になって考えてももう遅い。
 既に日は暮れ始めている。今日中に、と言ってしまった以上、もう他の場所に行く余裕はあるまい。
 あれだけ大見得を張ったんだ、一応霊夢に報告をしておくのが筋というものだろう。

「ああ、またバカにされるんだろうな……」

 肩を落としながら高度を下げ、博麗神社の境内に着地する。
 木々に囲まれより一層薄暗い中で、霊夢は前見たときと同じように縁側に腰掛けていた。
 まさか、今日一日ずっとそこに座ってたんじゃあるまいな。

「ん、おかえり魔理沙」

 私の姿を見た霊夢が声をかけてくる。私はそれに返事をせず、なるべく霊夢から目を逸らす。

「どう? 妖怪にはなれた?」
「うっ……」

 早速、言葉に詰まる。
 本日二度目のこの展開。最初よりも更に答えづらい。同じ失敗を繰り返しちゃってる訳だからな。
 だが、黙りこくってもどうしもうもない、ここは勇気を出して……。

「ああ……その、なんだ」
「……」

 冷たい瞳が私を見つめる。くそ、言いづらい……。

「よ、妖怪には、なれなかったぜ……」

 勇気を振り絞って、正直に今日の成果を告白する。
 出来る限りの声を出したつもりだったが、実際に出たのは自分でも何を言ってるのか分からないようなボソボソとした音だけ。
 今度は霊夢も聞き取れなかったのか、私の言葉に何の反応も示さない。

 もう一度言わなきゃいかんか……ちょっと精神的に辛すぎるぜ。
 再度、声を大きくして伝えようとしたその時。

「……そう、よかった」

 
 急に、霊夢は安堵の表情を浮かべ優しく微笑んだ。

「れ、霊夢?」
「心配してたのよ、本当に妖怪になっちゃったらどうしよう、って」
「お、おい、何を謝って……」
「……悪かったわね私のせいで。魔理沙が人間のままで魔界から帰ってきたのを見て、嬉しさを誤魔化す為についからかっちゃったのよ。まさか、それが癇に障るなんて思わなくて……」

 全く想定してなかった展開に言葉を失ってしまう。
 どうなっている? 何故、霊夢が私に謝っている?

「妖怪になったって魔理沙は魔理沙。それは分かってるんだけど、やっぱり魔理沙には人間でいて欲しくて……」
「……」
「なによその顔。ずっと一緒だった親友が、自分と違う存在になるのが嫌ってのがそんなにおかしい?」

 霊夢は頬を膨らませて、プイと横を向いてしまった。

 ……つまり、私に妖怪になって欲しくなかったのか?
 嘘だろ!? そんな素振り、全然感じなかったぞ!?
 じゃあなんだ、あの煽ってたような言葉は、私を引き止めたい気持ちの裏返しだってのか!?

「なんだよ……だったら、最初からそう言ってくれよ! 今日一日、どんな思いをしてきたと思ってるんだ!」
「何よ! 少しからかっただけでムキになるのが悪いのよ!」

 霊夢は私に負けじと声を張り上げる。
 くそ、逆切れか。負けてられるかってんだ!

「お前、あそこまでコケにされたら誰だって怒るぜ!」
「魔法使いを目指してたんなら、言葉の裏に隠されてる意味ぐらい気づきなさいよ!」
「分かるか、んなもん! 目薬使ってまで嘘泣きするような奴の考えることなんて知らんわ!」
「……嘘泣きなわけないじゃない、本当に鈍いわね」
「あ? 今なんつったんだよ!」
「なんでもないわよ、ばーか!」

 言い合いながらも、私達は互いに笑っていた。

 ……なんだろうな、この気持ちは。なんだか清清しい思いだ。
 元々、魔法使いになろうというのに大した理由はなかった。
 いつの間にか、強くなりたい一心で自分は人間をやめるべきだと思い込んでしまったのかもしれない。
 だけど、人間のままでいる理由がたった今、霊夢によって作られてしまった。
 ある意味、私は霊夢に救われたのだろうか。

「……まあ、霊夢にそこまで言われちゃ、もう妖怪になるわけにはいかないな!」
「もう、調子いいんだから!」

 将来、もしかしたら私はやはり妖怪への道を歩むかもしれない。
 しかし、今はその時ではない。私が人でいることを望んでいる親友がいる。
 ソイツの為、しばらくの間は人間として生きていこう。うん、今そう決めた。

 まだまだ時間はたくさんある。私の前には、無限の未来が広がってるんだぜ!
















「あ、そういやさ魔理沙。アンタに客が来てるんだけど……」

 このまま神社で夕飯でもご馳走になって、穏やかなエンディングを迎えようと思ったとき、霊夢がそんな事を言い出した。

「客? 誰だ?」

 霊夢がその質問に答えるよりも早く、本殿の扉が勢い良く開き、三体の人影が現れた。

「こんばんわ魔理沙」
「ここで待ってれば、必ず現れると思ったよ」
「ちょっと話があるんだ、逃げずに聞いてもらえないかね」

 現れたのはパチュリー、藍、神奈子の三人。

「……げげっ! お前たち……!」

 その姿を見て、体がすくみ上がるのを感じる。
 どいつも笑顔は浮かべているが、発している気はまるで隠せていない。
 三人の放つ怒りのオーラは、確実に私一人へと向けられていた。

 い、いや落ち着け。まだ何をしに来たのか分からないじゃないか。ここはフレンドリーな感じで接するんだぜ!

「よ、よおパチュリー。紅魔館は大丈夫だったか?」
「おかげさまでね。半壊で済んだわ。咲夜は動きを封じて吸血鬼治療薬をガブ飲みさせてるし、レミィも血の池に投げ込んだら元に戻った。被害は最小限に抑えられたわ」
「そ、そうか、そりゃ良かった……」
「……貴女があそこでトンズラこかなきゃ、もう少し違ったかもしれないのにね」
「ひっ!」

 パチュリーの周囲には、七色に輝く賢者の石が浮遊している。
 完全に戦闘モードじゃないか! フレンドリーとかマジ意味ないし!
 おい、ちょっと待てよ! どっちかっつーと紅魔館騒動の原因は咲夜だろ! いや、大元を辿れば私かもしれないけどさ!

 いかん、これは説得が通じる状況ではない。
 今すぐにここから離脱して、今日は知り合いの家にでも泊めて貰わなくては……。

「何処へ行こうっていうのかな?」

 三人に気づかれないように、じりじりと足を後退させていると、急に背後から声が掛かる。
 振り向くと、そこには目を細めながら笑う藍の姿があった。
 ほんの一瞬で私の後方に回ったのか……妖獣の身体能力は恐ろしい。

「慧音とナズーリンから聞いたよ。橙を酷い目に合わせたのはお前なんだって?」
「ううっ……そ、それに関しては完全に無実だぜ! 別に、悪意があってやった訳じゃない!」
「分かっているとも。私も自分は叡智ある妖怪だと思っている。感情のままに生きる下等な獣とは違う。状況をよく調べれば、あれは不幸な事故だった事は明白だ」
「そ、それじゃあ……」
「だが、橙を傷つけた事は別問題だっ!!!」

 藍の口がカッと開き、中から牙が剥きだしになる。今にも私の喉下に食いついてきそうだ。
 その行動のどこに叡智があるんだ! 感情にまかせっきりじゃねーかよ!

「待ちな。そいつを襲うのは、まず私の質問に答えさせてからにしてもらおうか」

 冷たい風と共に、神奈子が私の前に降り立つ。
 他の二体と違って、神奈子の体からは怒りに混じって何やら神々しさが感じられる。これが神のカリスマか。

「お前……ウチの早苗に何をした?」

 だが、やっていることは他となんら変わりない。

「早苗が部屋に篭って出てこなくなったんだよ! 何があったか聞いても、何も答えてくれないし!」
「あの、えっと、それはだな……」
「直前にお前が神社を訪れた事は分かっている。お前が早苗に何かしたんだろう!」

 そ、そんなこと言われたって……私はただ正直に質問に答えただけで。
 てかさ、早苗は年頃の娘なんだから、お前らもちゃんと指摘してやれよ。傷つきやすいんだぞ、あの年代は。
 いや、こいつらは相当古い神だからな。もしかしてそういう文化を知らなかったのか?
 てことは、神奈子のあの部分は今もボーボー……。

「ふん、答えたくないのならいいさ。お前の体に直接聞いてやるからな」

 お、おい、ちょっと待てって! 体に聞くとかそれ、エロい意味じゃないだろ、絶対!

「……反省の色が見られないわね」
「まあ、謝ったところで許すつもりはないがな」
「報いは受けてもらう。覚悟しなよ」

 三人の闘気が一気に高まる。
 やばい、やばいぞ。こんなやつら相手にしてたら、ただじゃ済まない!

「ま、待て! 落ち着くんだ! 話を聞けっ!!」
「あら今更命乞い? 貴女が逃げたおかげで、紅魔館は人的にも金銭的にも大きな被害を受けたというのに……」
「橙の受けた傷はきっと一生ものになる! それを貴様は……」
「早苗を泣かせるという大罪を犯していながら、謝るどころか言い訳で誤魔化そうだなんて……」

 怯える私を睨みつけながら、三人はほぼ同時に叫んだ。


















「この『人でなし』めっ!! ただで済むと思うなよっ!!!」




















「……どうだ霊夢。見事に私は人間をやめたぞ」
「うん、それは違うんじゃないかな」

 その後、私は夜が明けるまで怒り狂う三体との同時弾幕ごっこを強制され、
 妖怪の強さと人間の弱さを嫌って程に味わわされることになった。

 ……畜生、今に見てろ。
 いつの日かすっごい強い妖怪になって、お前らをコテンパンにしてやるからな。
どうも、ら です。

幻想郷において、人間のままでいるメリットってあまりない気がします。
姿形もそう変わらないっぽいですし。だったら長生きで体も丈夫な妖怪になった方が得ではないでしょうか。
デメリットはたまに霊夢にシバかれるぐらいでしょうか。それは我々の業界ではご褒美です。
私も頑張って人間を捨てて、将来は垢舐めや頑張り入道になってアリス邸に住み着きたいと思います。

いえ、妖怪の名前は適当に挙げただけですから、別に変な意図はありません。

……本当ですよ?


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コメント



0.3630簡易評価
5.100SSY削除
私は作者さんが人間止めているのではないかと心配になっています。
とても面白かったです。

誤字報告
>慧音は私の質問にには答えず
には?
6.80即奏削除
マシンガンの乱射現場に居合わせたかのような気分です。
僕の腹筋は見るも無残な感じのものになってしまいました。
8.60名前が無い程度の能力削除
アリスは一体どうなったのでしょう
書いてほしかったです´`
9.100名前が無い程度の能力削除
あなたの作品には毎回心を揺さぶられっぱなしです。
ジーコに瞳が並んだり、某学会が出たりと、いつも通りのはっちゃけ感は最早様式美と言っても過言ではないかと。
次回作も心から楽しみにしています。
11.80栃木県民削除
栃木県警なめるなぁぁぁぁぁぁぁぁ………まあ、それはともかくぶっ飛んでて面白かったです
12.100ぺ・四潤削除
ああ、もう、明日仕事早いから寝ようと思ってたところにあなたの名前が……
時折かまされる黒いネタが効いてて笑いが止まらない。
えーりん先生のレベルになるには私はまだまだ修行が足りないようです。
しかし、うちの裏山は魔界だったのか……
13.90名前が無い程度の能力削除
俺あと1000年生きてみせる
15.100名前が無い程度の能力削除
相変わらず不謹慎なネタ満載で、相変わらずアリスは永遠亭行きで、
いくらなんでも暴走しすぎだ、まったくもってけしからん。
こんな酷い話を書くあなたを、俺はずっと待ってました。
16.90名前が無い程度の能力削除
お帰りなさい。
メタネタ黒ネタがボリュームアップしてますねw
お待ちしておりました。
17.100名前が無い程度の能力削除
相変わらずでワロタ
18.70名前が無い程度の能力削除
日本一にポケモンか
俺とゲームの好みが似てそうだ
21.80名前が無い程度の能力削除
相変わらず各所にちりばめられた小ネタが面白かったです。
その点はさすがら氏と言ったところでしょうか、黒いネタも含めて盛大に笑わせていただきましたw
タイトルとオチの結びつけも上手くまとまっていて感心しました。
ただ個人的に感じた欠点を挙げるとすれば、魔理沙によって被害に遭われたキャラたちが少しばかり不憫すぎたことですかね(特に早苗さん…w)
ですので点数はその部分をマイナス20点差し引いたこの点数で。
次回作も期待してます!
30.90名前が無い程度の能力削除
メッタメタだなwww
だがそれがいいwww
31.90名前が無い程度の能力削除
ジーコのところで飲んでたいちごオレ噴いたw
こんだけ色々なネタ仕込んで最後にまとめたところは流石です。
32.90名前が無い程度の能力削除
アクトレイザー懐かしい・・・・・
しかもポピュラスまで・・・
35.100名前が無い程度の能力削除
魔理沙がゴミすぎるwww
37.80名前が無い程度の能力削除
黒い…いつもに増してネタが黒いぜ!
41.100名前が無い程度の能力削除
なにこのネタの量ww
どこに突っ込めばいいのかわからんww
42.100名前が無い程度の能力削除
作者よ、どこから突っ込んでほしい?w
44.90名前が無い程度の能力削除
突っ込み所多すぎるわwwww
45.80名前が無い程度の能力削除
おお、らさんが帰ってきた……!!
あなたの「空と海と大地と挟まれし姫君」は
創想話のギャグでも1,2を争うほど好きでした。
相変わらずノンストップなテンションですね~
46.100名前が無い程度の能力削除
とても人間らしい魔理沙でした。
47.100名前が無い程度の能力削除
ネタが多すぎてつっこみ切れんwwww
48.100名前が無い程度の能力削除
早苗がいい腋だしとる
51.90名前が無い程度の能力削除
ネオエクスデス吹いた
52.20名前が無い程度の能力削除
読み終えて最初に思った事が「あれ、ら氏の作品てこんなにつまらなかったか?」でした。
登場人物をロクデナシに書くというのはギャグ作品における一つの王道なのですが、それが単なる「キャラ虐め」や「キャラ貶し」になり易いという危険性を孕んでいるもので、今作品はそのボーダーを微妙に踏み越えていると感じます。
何年かかるか分からない友達の修行を手伝う。その為に自分の生活を擲つ者が酷い目に遭う因果。
犯人の名が挙げられているにも関わらず、嘘だと決め着けて別人を襲う因果。
自分のミスであるにも関わらず、八つ当たりで暴力を奮う因果。
こうした所謂「ギャグとしての辻褄」が作中で表現されていない為、登場人物達の動きが不自然に感じられてしまい、わざとらしい学芸会のように見えてしまいました。
例えばですが、アリスの同行に最初から邪な意図があったならどうだったでしょうか?
慧音やナズーリンの姿に、藍が疑いを向けるに足る何かがあればどうだったでしょうか?
そういった仕掛けや段取りを無視してギャグ場面だけを並べられても、正直面白いとは思えませんでした。
53.100名前が無い程度の能力削除
小ネタがいいな
54.100名前が無い程度の能力削除
ら氏が、まさか毎回酷い目にあわせられているアリス亭に憑くことを希望しているとは…意外ッ!
あれですか。ツンデレ?ツンデレの垢舐めや頑張り入道になるんですか?どこに需要があるんでしょうかね。
私も神様と呼ばれるくらい凄い人物になったら、
フリフリスカートとドロワーズを履いて霊夢さんにしばかれたいです。
55.100名前が無い程度の能力削除
らの人の話は初めて読んだけど、すごくおもしろかった。ファンになりました
61.90名前が無い程度の能力削除
いろんな意味で危ないネタが多いぞぉー!!
でも大爆笑でしたw
62.100名前が無い程度の能力削除
面白かった!
いや、前回は毒が少なかったので作風が変わったのかと思いましたが、今回はいつものノリが戻ってきて安心しました。
守矢神社のシンボルカラーとか本気で吹いた。
コテコテの落語みたいな落ちも素敵でした。予想できそうでできなかったなあ。
63.100名前が無い程度の能力削除
何というネタの宝庫!
とりあえず私が今最優先にすべき事は、慧音先生の魅惑のチケットをダッシュで買いに行く事だ!!!
65.100名前が無い程度の能力削除
笑いました。
らさんのギャグは、私にとって癒しです。
癒らしいという意味も込めて。
68.80名前が無い程度の能力削除
>>「信仰されてるんだよ、怖いぐらいに。主に外の世界からな」

…某スレのことかぁーっ!w
69.30名前が無い程度の能力削除
ら氏にしてはテンポが悪く感じられました。
自分はあまり笑えなかったのでこの点で。
70.90名前が無い程度の能力削除
今回も楽しませていただきました。いやぁ笑った笑ったw
72.100名前が無い程度の能力削除
おもしろい
73.90ずわいがに削除
笑いあり、感動あり、教訓あり、共感ありのおいしいSSでした。ごちそうさまです。
ネタも色々ありましたね。ラハール様大好きです。ていうか多過ぎてツッコミきれませんよwwラハール様大好きです。

俺ほどの信者になれば神奈子様の(ry
77.10名前が無い程度の能力削除
氏はもっと良いSS書けると思ったんだけどなー
78.80名前が無い程度の能力削除
ど、毒々しい SS ...!
83.60名前が無い程度の能力削除
話は面白かった!けどやっぱりアリスの扱いが非道いと感じました。魔理沙の盗み癖とかが度を超えると単なる不快なキャラになってしまうそんな感じがして残念でした。
88.100名前が無い程度の能力削除
小ネタもかなりあって、長い話なのに全く飽きませんでした
オチも上手くて、というかオチにいろいろ持ってかれました
102.無評価名前が無い程度の能力削除
マイナス点をつけたくなる異彩の作品もたまにみかけますが、これは評価に値しませんね。
ストレス発散の雑文ならチラシの裏に、社会派を気取ったネタならblogでも作ってやってくださいな。誰も見ないでしょうが。
ファンが読む二次創作とは思えません。場違いです。
105.100名前が無い程度の能力削除
面白かった!
早く創価も幻想入りしてほしいですねw
114.80名前が無い程度の能力削除
現に点も入って評価されてるけどね
ちょっとアリスが不憫すぎたんじゃないかなぁとは思います