Coolier - 新生・東方創想話

一勝二敗

2010/03/27 02:46:58
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 ひもじい。
 ぐぅと腹が鳴る。
 お腹と背中がくっつきそう。

 このままでは倒れてしまいそうだ!

 でもおはぎはいらない。おにぎりもだ。パンだって。
 や、一応は膨らむんだよ?
 膨らむんだけどね。

 ……ともかく!

 ‘愉快な忘れ傘‘こと、私、多々良小傘はお腹が空いているのだ。
 だけど、ただの人間を驚かせるのはもう飽きた。
 戦績も微妙だしね!

 ……こほん。



 ただの人間じゃない、人間。
 もう目星はつけている。
 風祝に魔法使い、そして、巫女。





 そう言う訳で、私は今、山の神社、その境内に生えている木々の隙間にいる。

 妖怪仲間に聞いたところ、早苗がまだ無難だろうとのことだった。
 魔理沙や霊夢に比べて、彼女はそれほど妖怪退治に慣れていないらしい。
 確かに以前、麓の神社で催された宴会で、そんなことを言っていた気がする。

 ……その割には、舟の異変の時、ちゃちゃっと片付けられた気もするけど。気のせい気のせい!

 首を振る私に、じゃり、と小気味い音が届いた。
 人の字を指で手に書きこんで、飲みこむ。
 戦意高揚のためだ。

 守矢神社の風祝、東風谷早苗が、箒を片手に其処にいる。

 自分の領地に妖怪が入り込んできているとは思うまい。
 証拠に、口に手を当て眠そうな顔をしている。
 欠伸でも堪えているのだろうか。

「……けぷ」

 どうやら食後の模様。
 微かに甘い匂いも漂ってきた。
 くん、と鼻を鳴らす――お汁粉……いや、善哉だ!

 お正月の残りかなぁ。いいなぁ。

 ――じゃない!

 自身との状態の比較でちょっと羨望の眼差しを向けてしまった。
 けれど、どうと言うことはない。
 その安寧が私の糧になる。

 早苗が箒を一振りした、その時。
 私は、息を吸い込んだ。
 吐くと同時に、叫ぶ。

「うーらーめーしーやー」
「……きゃっ」

 陽光を背負い両手を振り上げた私の、なんと勇ましいことか。

 『陽光』?
 読んで字のごとく『太陽の光』。
 季節の狭間に降り注ぐ、暖かな恵み。

 駄目じゃん私! 人間を驚かせるのは夜だって、あぁもう学習しようよ!?

 ……あれ、でも?

 首を捻っていると、早苗が近づいてきた。

「何方かと思えば、小傘さんじゃないですか」
「あ、うん、こんにちは、早苗」
「はい、こんにちは」
「『きゃっ』って言った?」
「言いました。もう、びっくりさせないでくださいよ」

 ……えっと。
 うーんと。
 つまり。

 大成功?

「え、え、嘘!? 凄いや私! でもあんまりお腹膨れてないような!?」

 両手をばたばたと振りはしゃぐ私に、早苗が頬を掻き、言う。

「……それはまぁ、然程驚いた訳ではありませんから」
「そっかぁ!」
「ええ」

 残念に感じないでもないけど、幸先のいいスタートだ。
 なんといっても、あの風祝を驚かせたのだから。
 よーし、待っていなさいよ、残り二人!

 別れの挨拶代わりに手を振り続け、私は境内から浮かび上がる。
 微苦笑のまま、早苗も返してきた。
 穏やかな風が吹く。

 ――……例えばそう、夕方や夜なら、或いはもっと。

 呟きが届いたのは、だから、そのお陰だと思う。





 ところ移って魔法の森。
 私は、魔法使いの家の玄関前にて待機することにした。
 窓から確認したところ、ターゲットが何処かに出かける準備をしていたからだ。

 時間も程よく経過している。
 陽が落ちかけて、影が伸びる頃。
 朝でも夜でも、昼でもない時間帯――そう、早苗の言っていた黄昏時だ。

 くふ、と私は小さく笑った。
 哀れな犠牲者はもう出てくるだろう。
 そして、この飢えを満たしてくれるのだ。
 どんな味をしているんだろう。
 想像しただけで、喉が鳴る。

 ぐぅ。……お腹も鳴ったので早く出てきてください魔理沙さん。

 どうしたんだろう。
 すぐに出てくると思ったんだけど……。
 戸棚の開け閉めをしていたのは、貴重品の確認じゃなかったのかなぁ。

 少し不安になり、室内を探るためにぴたりと玄関に耳を当てる。
 何かの音が鳴った。
 フラグ?

 ではなくて、魔理沙が反対側の取手を捻った音のようだ。

 つまり。

 勢いよく開かれる扉!
 そのまま倒れこむワタクシ!
 フラグの回収はお手の物よ!?

 ずべん。――ただし幼女に限る。じゃなぁい!

「うらめしぃったぁい!?」
「……うぉ、驚いたぜ」
「鼻、鼻打ったぁ!」

 涙目になりつつ、打ちつけた部位を両手でさする。
 へにょってなってた。
 折れているようだ。

「え? ぅわ、おい小傘、ちょっと待て、すぐに永琳を」

 ぱきょ。

「痛いよぅ痛いよぅ」
「……まさか、戻しただけで治ったのか?」
「折れるのは慣れてるもん。あ、なんなら、指もありえない方向に曲げようか?」

 ぴっと人差し指を差し出すと、柔らかく両手で包まれた。
 真剣な眼差しとともに首を横に振られる。
 トラウマでもあるのかな。

 しないしないと頷くと、魔理沙はほぅと胸を撫で下ろした。

「あ、もしかして、驚いた?」

 尋ねる私に、魔理沙は、指の付け根を両の掌で圧迫してみせた。

「千切れる!?」
「接着剤でつけてやる」
「ごめんなさいごめんなさい」

 情けないとか言うな。

「……ったく」

 ぶっきらぼうに呟いて、魔理沙が立ち上がる。
 見上げると、彼女はぷぃとそっぽを向いた。
 加えて、愛用の帽子を深く被る。

 そして、言った。

「なんだ、その……さっきのは、驚いたけどな」
「二連勝ぉぉぉぉぉ!」
「喧しい」

 殴られた。

 でも、あんまり痛くない。

「あぁ……! 魔理沙や早苗の感情が、私を強くしている……!」
「どこの主人公だお前は。単に、私に力が入らなかっただけだ」
「感情を食べたってだけよ。……そうなの?」

 そうなんだ――返された言葉は、魔理沙自身の声で流される。

「あー……二連勝って、早苗も」
「驚かせた!」
「そうか」

 妙な表情になる魔理沙。
 半笑いとかそんな。
 何故に?

 犠牲者が他にいて安心しているんだろうか。

「まぁいいや、私は出かけるんだ」

 尋ねようと口を開くその直前、魔理沙は私をくるりと百八十度回し、外に連れ出した。

「……にしても、小傘、お前って行儀いいよな」
「妖怪が正坐してちゃおかしいっての?」
「ちげぇ。驚かせたいなら、玄関で待ってるより中に入った方が早いだろうに」
「え、それは流石に人道にもとる……」
「くぁ、耳が痛い気がするぜ、メタモルフォーゼ」

 ……おぉ。
 ぽむと手を打つ。
 その発想はなかった。

 感嘆の眼差しを向ける私に半眼を向ける魔理沙。
 一瞬後、私たちは同時に空を見上げる。
 頬に当たる水滴の所為だ。

 何時の間にか集まった雲が、ぱらりぱらりと雨を降らせている。

「お前らの時間だな」
「……へ?」
「じゃな」

 言うが早いか、魔理沙は箒に跨り飛んで行った。
 その先端には小さな籠が揺れている。
 可愛らしいお菓子入れ。

 ……って――「傘をお忘れですよーぅ!?」

 微妙に凹みながら叫んだ私は、けれどすぐさま、魔理沙と同じように浮かび上がった。
 奇しくも、向かう方角は魔法使いと同じだ。
 残るターゲットは一人。



 おっかなびっくり待っていなさい、博麗霊夢!





 薄暗い夜。
 月は雨雲に隠れている。
 耳に伝わる音は、降る雨か、騒ぐ蟲か、唸る獣か、それとも――。

 私は震えた。
 なんて、なんて絶好の機会!
 あ、いやいや、勝って兜の緒を締めよ、あぁだけど、ベルトは緩めておこうかしらん!?

 だって、そうでしょう?
 早苗と魔理沙があげた条件を、なんと私はクリアしているのだ。
 時刻は言わずもがな、どういう訳か何時も縁側にいる霊夢が、今日はいなかった。

 雨が降っているからだろうか――思いつつ、私は下駄を脱ぎ、そろりそろりと上がり込んだ。

 二三度首を振り、霊夢との鉢合わせを警戒する。
 大丈夫だ――思った矢先、声が聞こえてきた。
 でも、霊夢のそれじゃない。

 声は二つ。
 一方は、澄んだ柔らかい響き。
 もう一方は、明るく賑やかな響き。

 早苗と魔理沙だ。

 内容までは解らない。
 雨音でかき消されている。
 だけど、声のする部屋から妙な雰囲気が感じられた。

 あ。もしかして、私の対策でも立てているのかな……?

 凄い、凄いよ私!
 妖怪にも一目置かれている三人娘を悩ませている!
 いっやぁ、これで箔もついて地底にも――ちっがぁぁぁう!

 まだ霊夢を驚かせていない!
 急がないと警戒されちゃう!?
 あぁぁでもでも急いては事を仕損じる!

 ――私は、大きく深呼吸した。

 迅速、かつ丁寧に。
 またとない機会なのだ。
 大丈夫、今の私なら、できる。

 息を殺し、一歩、二歩と進む。
 二人の声が微かに聞こえてきた。
 予想通り、私の名前がちらほらと出されている。



 ――小傘さんのお腹が膨れるだけです! 何がいけないんですか!



 遂に辿り着いた障子の向こうには、早苗と魔理沙。



 ――そうだぜ! あいつだって喜んでたんたぞ!



 そして、霊夢が、其処にいる。



「……で?」
「う~ら~め~し~や~」



 絶好のタイミングに、完璧な声で、私は言った。



 刹那、しゃっと障子が開かれる。



「……あ゛ー?」

 人を殺せそうな眼力。
 ドスの効きすぎている声。
 ついでに、雷のエフェクト付き。

 勿論全部、霊夢にかかります。
 あー、やっぱ巫女は無理か。
 だよねー。

 ……。

「妖怪の本分を、あ、ごめ、申し訳ありませんでしたぁぁぁっ!」

 情けないとか言うな。
 いやまじで怖いよ霊夢!?
 脱兎のごとく去ろうとした私は、後ろ襟を掴まれて室内に引きずり込まれた。

 掴んでいるのは、無論、霊夢だ。

「あぅぅ、三連勝ならずぅぅぅ……」

 あぁ……。
 手を組み、私は思った。
 こんなところで散るのなら、もっと一杯遊んであげるんだった。

 脳裏に浮かぶのは、地底の桶娘、吸血鬼姉妹、そして、人間の里の童たち。

「小傘」
「ふ、覚悟はできているわ。だけどせめて内職の糧にして……!」
「してないわよ。じゃなくて、あんた、み――二つ、勘違いしているわ」

 え?

 見上げて視界に入るのは、変わらない目をした霊夢。
 なんだけど、私を見ていない。
 ぱちくりとさせながら、視線を追う。

「一つ。私が聞いているのは、あんたじゃなくて、早苗と魔理沙」

 すげぇって思った。
 だって、二人ともそっぽを向いている。
 私なんて、目を離した隙にやられると思ったのに。

 実際捕まったんだから、間違ってはないよね?

「……で?」
「ごめん、嘘、冗談!?」
「だから、あんたじゃないっての」

 だって怖いんだもん! 空気に耐えられない!

 なんて思っていると、襟首が軽くなった。
 掴まれていた手が離れたようだ。
 そのまま額へとあて、霊夢は続ける。

 重い溜息と、同時だった。



「二つ。あいつら、本当に驚いていた訳じゃないわよ」



 ……え?

「健康的なあんよがのぞいていました」
「窓からちらちら見てたしなぁ」

 衝撃的な宣告に呆然としていると、堰を切ったように二人が霊夢へと言い募り始めた。

「お餅が、お汁粉が、そして、善哉がいけないんです!」
「私はお菓子だ! 霊夢、お前にゃわかるまい!」
「腐らせる訳にはいかないじゃないですか!?」
「気をつけていたのに! 気をつけていたのに!」
「ちゃんと運動もしていたんですよ!? あぁけれど、チョコめ! 口惜しや!」

 んーと……どういうこと?

 首を捻っていると、二人が手を突き出してきた。
 早苗は指を三本上げている。
 魔理沙は二本だ。

「魔理沙さぁぁぁん!」
「早苗ぇぇぇ!」
「喧しい」

 二人の指を両手で包み、霊夢が黙らせた。

「で?」
「女って怖いですよね」
「道連れは多い方が……な」

 つまり。

「わかった? あんたもひっぱり込もうとしていたのよ」

 ……。

「嘘だった?」
「はい」
「ぜ」

 なんかすっごく爽やかな笑顔で頷かれた! そんな!?

 ……とは言いつつも。

「ったく。
 だから、早苗も魔理沙も此処に来たのよ。
 私の所にも来るだろうから、手を貸せって」

 ショックは少なかった。

「あ、お裾わけも持ってきましたよ?」
「うむ。家にあると毒だからな。食らうがよい」
「……早苗は調理! 魔理沙は食器の準備! ハリアッ!」



 どうしてだろう。

 ……あぁ、そうか。

 何時の間にか、お腹が膨れていたんだ。





 ――二人が部屋を離れて暫く経ってから、霊夢は振りかえり、ぽつりと言う。

「あんたも食べてく?」
「うん、別腹」
「……そ」

 ぼぅとした頭で、今度は私が、霊夢に聞いた。



「もしかして、霊夢、驚いてた?」
「ばっきばきになった唐傘、霖之助さん、引き取ってくれるかしら」



 やりかねない。

 想像して、ひきつった笑みを浮かべる私。

 満足感と恐怖心を抱えつつ見た霊夢は、どうということもなく、肩を竦めているのだった――。







                     <了>
女の子マジ怖ぇ。四十五度目まして。

以前もちらっと出たのですが、私の書く小傘は主人公体質です。
挫けずめげず、立ち向かう。そして弄られる。
書いててすげぇ楽しい。

あと。土台にしたネタは作中の台詞にあります。早苗さんと魔理沙。

以上
道標
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コメント



0.1310簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
怖いのは女の子つて言うよりも、圧倒的に霊夢が怖ぇ。
3.100名前が無い程度の能力削除
霊夢怖すぎる…
いやでもだからこその霊夢、か?
小傘がんばれ・・・w
8.100名前が無い程度の能力削除
終わらないダイエットォォォ!
霊夢なら勘で気づきそうとも思ったけど、早苗さんがいるから油断してたのか。
それとも実は恐がりとか……w
というか小傘はどんだけ幼女ハンターなのさw
11.100煉獄削除
驚かせようと頑張る小傘は可愛いですねぇ。
霊夢たち三人の会話とか雰囲気など面白かったです。
27.80ずわいがに削除
小傘癒されるわぁ