あまり“時間”というものを意識したことは無かった。
日常は決まったことの繰り返しで、たまに刺激的な出来事があるだけ。
私の毎日とは、そう言ったモノだった。
……つい、最近までは。
ぎらつく太陽が身体から水分を奪っていく。
でも、私の口からは水分が滴っている。
命の色をした、タイセツな水分が。
私の毎日は不変だと思ったのに。
これからもずっと変わることなく回っていくと信じて疑わなかったのに。
切れ切れする呼吸。
震える右手。
落としてしまった竹箒。
戻らない、時間。
進むことすら出来なくなる、時間。
それは、ある夏の出来事。
私が私で無くなろうとしていた、一つの夢の終わる色だった。
~~~桃源の地~~~
「今回は五十八人。それ以下でも以上でもいけない」
まだ眠気が抜けきっていないのか、紫様は脇息に肘をつき欠伸をしながら私にそう告げた。
季節はまだ夏の終わりで、時刻も巳の刻と、昼にさえなっていない。
欠伸をするには早すぎる時間に、私は主人である紫様に呼び出された。
理由はまさに今、紫様が語っている件について、だ。
「今回は貴方一人に任せるとするわ。そろそろここの管理も委任したいし」
ここと言うのは、今まさに私と紫様がいるこの住処ではなく、恐らくこの世界――“幻想郷”の事だろう。
紫様は幻想郷のシステムを提案した本人であり、世界に“こちら側”と“あちら側”の区切りを作ったお人である。
言わば幻想郷の始祖、と言っても差し支えないほどの大人物だ。
そんな偉大な遍歴を持つ紫様から、この幻想郷の管理を任せたいと言われるのは、私にとって大変な名誉ではあるのだが……。
「それはどう言う意味で?」
問わずにはいられない。
何せ幻想郷の管理は今まで紫様が主体となって行ってきた重要な務めだ。
それを突然委任するなど、青天の霹靂もいいところである。
けれど私のそんな心とは反対に、紫様は穏やかな笑みを浮かべながら話をしてくる。
「そのままの意味よ、藍。これからは貴方がこの幻想郷を維持していきなさい」
「し、しかし、」
「貴方にならやれるでしょう。ずっと私の後ろにいたのだし、一から見てきたでしょう?」
確かに、私は紫様の言いつけ通り、いつもその背後について様々なモノを観察し、学習してきた。
幻想大結界の繕い方に始まり、人間と妖怪の人口バランス、賢者との取引、果ては遥か先の未来のことまで、本当に多岐に渡って教えていただいた。
だからと言って、紫様の言っていることに対し、簡単に頷くことは出来ない。
それはいまだ私が未熟だから、と言うのもあるが、それ以上に、これほどまでに責の重い事を私一人でやっていけと言うのは酷だからだ。
妖怪としての格も段違いであるし。
「後ろにいただけで、未熟にも程が……」
「――いつまでも頼れると思ったら、大間違いよ? それにまだ、私だってちゃんとここにいて補佐くらいするわ」
言って、紫様は瞳を閉じた。
勘違いかと思ったが、最近紫様の様子が変だ。
冬眠するまでにはまだかなりの時間があるし、かといって気脈を見る限り病気になっているような感じも無い。
今までも気だるそうにしていたり一日中転寝していた時もあったが、それだけでなく起きていてもボーッっとしていることがかなり増えた。
橙が来ても上の空だし、ため息も頻繁に吐く。
前は毎日のように博麗神社に出かけていたというのに、最近では全くと言っていいほど足を運んでいないように感じる。
今も全然私と目を合わせようとしないし。
何かあったのは間違い無いにせよ、一体どうしてしまったのだろうか?
「とりあえず今回は一人で行ってみますが……。補佐はお願いしますよ?」
「大丈夫よ。藍、貴方には期待しているから」
目を閉じたまま、遊び手をひらひらと振ってくる。
その姿が私の心に不審の炎を灯させる。
――こんなの、紫様らしくない。
私は重苦しくなった胸を抱えながら、それでも意向には従おうと、部屋を後にすることにした。
これ以上聞き出そうとしても何も答えてくれ無さそうだし、時間も勿体無い。
アレを行うには結構な時間を有するし。
「それでは、行って参ります」
「はい、気をつけてね」
冬でもないのに、これからまた寝なおすのだろうか。
結局部屋から出て障子を閉める時になっても、紫様の目は開かれなかった。
障子同士がぶつかり、とん、と乾いた音が鳴る。
そうして私は小さくため息を吐き、紫様の命令を遂行するため自室へと戻った。
OUT SIDE / NO.57
毎日が同じことの繰り返しだと、男は思った。
朝七時に起床、八時には会社に出社し、席に着く。
仕事は九時からの開始だが、男は誰よりも早く出勤し、仕事を始める。
もちろん始業までの時間は時間外労働であり、給料など一銭も与えられはしない。
それでも男は、独りきりの静かなオフィスで黙々と仕事をこなした。
今日で勤続三十年。
だと言うのに、これだけ誠実に生真面目に勤めてきた彼には、何のポストも与えられてはいなかった。
他の同僚たちはすでに重役や部長に昇進していると言うのに、課長はおろか係長にすらなっていないのである。
自分でも不思議だと思った。
どうしてこれほどまでに会社に尽くしているのに、何のポストも与えてくれないのだろうか、と。
「…………はぁ」
通勤ラッシュでごった返す駅のホームで、男は誰に知られることも無く消え入りそうなほど小さなため息をついた。
周りには女子高生をはじめ、フリーターらしきボサボサ頭の青年や、いかにも高そうなスーツに身を包む中年男性たちがいる。
他にも様々な人がいたが、まるでイナゴの群れのように人間がひしめいていて、黒い物体にしかみえないほど混雑しており、一個人の観察すら困難だった。
『間もなく四番線に電車が参ります。白線の内側までお下がりください』
聞きあたりのよい声がホームにこだまする。
しかし誰も彼もそのアナウンスに従おうとはしない。
明らかに白線より外側にいる人々でも知らぬ顔をしている。
まるでそれが正しいことなのだと主張しているようだ。
彼はその光景を見て、またしてもため息をついた。
先程まで考察していた事案が頭に浮かぶ。
“どうしてこんなにも尽くしているのに――――”
手提げ鞄を掴んでいた右手に、力が篭った。
ぎゅっと言う音がしたが、すぐに雑踏の音に掻き消された。
何かに耐えるように、口をきつく結ぶ。
そうしているうちに待っていた電車が現れた。
左奥からぷぁーーんとホーンを鳴らしながら減速していく列車。
がたんごとんと聞きなれた音が体に染みていく。
彼は出勤する日は毎日この時間、この電車の同じ番号の車両に搭乗していた。
目の前で『5』の数字がかかれたプレートの車両が止まる。
何故『5』なのかと言えば、昔から真ん中が好きだった彼が、真ん中と言えば5だろうと考えたからだ。
実際には十二編成車両であるため、真ん中は六ということになるが、そこまでは考えなかったようである。
ぷしゅうぅ、と気が抜けるような音を聞くと、車両のドアが開かれた。
中から矢継ぎ早に脱出していく人、人、人。
何度見ても美しいとは思えぬ光景だ、と渋い顔をしながらも人の波に飲まれぬよう全身に力を込める。
出勤は彼にとって、毎日が戦いだった。
雪崩降りてくる人波が収まれば、次は搭乗の戦争である。
横から後ろからかかってくる重圧に身を縮ませながら、目当ての車両入り口へと必死に足を運ぶ。
その様を遠くから見たら、きっと情けなく映るのだろう。
人波に逆らうことも出来ず、這うように無様に歩を進める姿が勇敢であるはずも無い。
「……、っ」
幼少期に押し競饅頭の遊び一つさえ経験したことの無い育ちの男にとって、この押し寿司のような搭乗は、洒落にならない現象だった。
新入社員時代、上京して初めてこの通勤ラッシュを体感したときは、本気で死ぬかと思ったほどだ。
今となっては不快な思いをしつつも日常だと受け入れてはいるが。
ようやく乗り込み、扉が閉まるのを待っていたその時だった。
「おいオヤジ」
ドスの聞いた声に彼は驚き、すぐに振り返ってみると、目の前に強面の若い男が眉間にしわを寄せてこちらを睨んでいた。
一応勇気を振り絞り、
「な、なんでしょう?」
「アぁ? なんでしょう、じゃねーよコラ。人様の足を踏んでおいてナニしらばっくれてんだよ」
「えっ」
慌てて足元を確認しようとするが、左右から伸びてきている腕や肘によって適わない。
どうしようもない事態に、男の顔が引きつる。
「どういうつもりかしらねーけどよ、次の駅で降りろやコラ」
「そ、そそそれは……」
「逃げようとしても無駄だぞぅ? きっちり捕まえておいてやるからよ」
ぬっと伸びてくる太い腕。
何をするのかとビクついていたら、ネクタイを首元から掴まれた。
そしてそのまま引っ張られる。
「ねぇオジサン。何で謝るってことが出来ないのかね?」
若い男に指摘され、彼は思い出したように慌てて謝罪の言葉を紡ぐ。
「あっ、あの! すす、すみませ、」
「もういいよ。ちゃんと捕まえておいてやるからよ」
全身の血の気が失われるようだった。
一時間も前に通勤していても、相手はどう見ても良識人とは思えない。
このままでは何をされるかわかったものではないし、何より最悪――遅刻してしまう。
「あのっ、本当に申し訳、」
「いいからいいから。ほら、もう着くし」
首の骨をゴキゴキと鳴らしながら、死の宣告を言い放つ。
丁度その時、車内にアナウンスが流れた。
『次は星が丘、星が丘でございます』
いつもは頭の中でスケジュールを組み立てている時間だが、今日はそうもいかなかった。
「う……く……」
朝だと言うのに暗い路地の裏、それも極端に狭き路の端で、彼は激痛に貌を歪めていた。
額にじわりと滲む汗に、切れた唇からは出血も見て取れる。
鼻は折れてしまっているようで歪な形をしており、鼻血も垂れて自分のワイシャツを汚してしまっていた。
顔面の至るところに痣が浮かび、一目でも暴行を受けたのは明らかだった。
こうして一見しただけではわからないが、服の向こう側にもまた、暴行された跡があるのだろう。
不幸が一身に襲い掛かり、虫の息にも等しくなってしまった彼のところにやってきたのは、優しい言葉をかけてくれる見知らぬ通行人ではなく、かといって街の安全を見回り守る警察でもなく。
無機質に鳴り響く携帯電話の着信音だった。
「も……もしもし……」
カラカラに乾いた口を開き、やっとのことで言葉を紡ぐ男。
その返事にと受話器の向こう側から飛んできた声が、まさに矢となって彼の耳の中へと飛んでいった。
『一体どこで何をしている!? 今日は大事なプレゼンがあると何度も念を押しただろうが!』
「そ、それが……」
震える携帯の持ち手を遊び手で必死に押さえながら、なんとか会話を続けようと試みる。
それが今の彼に出来る精一杯のこと――――だったのに。
『この不景気の折によくもサボタージュなど出来るな! どこで油を売っているが知らんがね、そんなに会社に来たくないのなら来なくてもいいんだ。何せ君のような無能は掃いて捨てるほどいるんだからな』
「――――――」
『ああ、荷物くらいは取りに来るといい。廃棄処分するにも金がかかるからな。その時に辞表も受け取るよ。今までご苦労さん』
ぶつ、と。
電話は一方的に切られた。
三十年勤めあげたのにも関わらず、あまりにも一方的な会話に、男は呆然とするしかなかった。
……そう、自分は無能だった。
だからその分をカバーしようと、毎朝誰よりも早く会社に来て、せめて誠意くらいは見せようと努力してきた。
他の同期たちが次々に昇格していったときも、文句の一言も言わず、ただ何故なんだろうと心の中で自問していただけ。
本当は無能だからだと知ってはいたが、それにしても少しくらいは誠意を感じ、汲み取ってくれるのではないかと。
定年間近となってしまったとしても、せめて係長くらいには昇格させてもらえるのではないか。
そんな淡い期待を胸に、今まで頑張ってきたのに。
「……う」
まさか昇格以前の問題だったとは。
一生懸命、仕事での無能は無能なりに、その他では頑張ってきたつもりだった。
ボランティア活動にも精を出したし、みんながやりたがらない仕事は率先して引き受けてきた。
それなのにクビ?
それこそ意味不明だ。
どうしてこんなにも頑張ってきたのに、そんなゴミのような扱いをするのか。
今日、まさに今この瞬間のことだってそうだ。
好きで会社に遅れたわけではない。
むしろ殴られている間もずっと懇願していたのだ。
――会社に行かせてくれ、と。
それでも暴行の嵐は止まなかったし、今だって立ち上がれるような状態じゃなかった。
だから会社にいけなかった。
それなのに――――クビ?
そんな馬鹿な話があってもいいのか。
自問すればするほど涙が溢れてくる。
瞬きを繰り返して涙を堪えようとしても無理だった。
「うう、ぅ……」
静かに携帯の電源を切る。
ディスプレイに大粒の涙が落ちていく。
真っ黒になった画面。
そこに映るぼやけた自分を見て、更に涙が溢れてきた。
自分は一体何をしているのだろう。
自分はこんなにも情けない顔をしていたのか。
自分は一体なんだったのだろう。
自分は……自分は……。
行き場の無い悲しみと怒りと疑問が彼の心を蝕んでいく。
嗚咽が裏路地に木霊する。
その最中、
「貴方が対象者ですか」
聞きなれない声に、彼は意識を遮断された。
まさか、この情けない姿を他人に見られた……?
恥ずかしさから一気に体が熱を帯びる。
絶望に侵食されかけていた男は、一挙してそれらのことも忘れ、急いで腕で涙を擦りつけると、声のした方に顔を向けた。
「だ、誰ですか?」
泣き腫らした目は誤魔化せるものではないが、男にそこまで頭が回るほどの余裕は無かった。
兎の目のように真っ赤に染まった両目で、声の主の方へと視線を投げかける。
するとそこに“見てはいけないモノ”がいることに気がついた。
「ヒッ……!」
目を剥いて驚きの声を上げる男。
その反動のせいか、腰が抜けてしまった。
それでも逃げなければ、と必死に両の腕だけで後ずさろうとする。
しかしそれは叶わない。
両手で地面を掴もうとするも、恐怖の方が先行してうまく腕が作用してくれなかった。
「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ」
優しく微笑みかけてくる声の主。
しかし彼にしてみれば、何とも説得力の無い一言だった。
畏怖して震え上がる彼を前に話しかけてくるのは、女性の顔を持った、しかしキツネのような尻尾が生えている“人間ではない者”だったのだから。
「たた、たすけ……」
それ以上は声にならなかった。
助けて欲しいと言うつもりでも、それがどれだけ絶望的なセリフなのか、本能で悟ってしまっていたからだ。
窮に瀕している男とは違い、女の顔をしたナニかは微笑みながら佇んでいる。
その余裕に満ちた笑みが、更に男を恐怖の底辺へと突き落とす。
先程まで受けていた肉体的な痛覚など、すべて吹き飛んだ。
精神的にも、まだ不良相手の方がマシだった。
目の前にいるものは、それだけ“良くないモノ”だと言い切れる……!
「紹介が遅れました。私は八雲藍と申します。幻想郷より、貴方様を迎えに上がりました」
あくまでも礼儀正しく、かつ流麗にお辞儀する、八雲藍と名乗った人外の生き物。
手には何故か傘が握られており、そのアンバランスさが益々彼の脳を焦がしていく。
背越しに何本も生えているように見える尻尾。
彼女が人間で無いというのなら、何故そのモノが人間の道具なぞ手にしているのか。
こんな冴えない中年男に声をかけてきて、一体何をしようというのか。
熱を帯びた疑問が積もっていく。
だから彼は、相手が人外――そう、それこそ伝説に名高い妖怪かも知れない――だと言う事も頭の奥隅に追いやって、疑問を口にした。
「君は一体……?」
彼は女に対し、君という表現が正しいのかいまいち自信が持てなかったが、一見すれば自分より格段に若く見えることから、そう表現した。
警鐘を打ち鳴らすように激しく鼓動する心臓。
このまま心臓ごと吐き出してしまうのではないか――嘔吐感からそんな想像をする。
しかし、やはり女の身なりをした人間ではないモノは、あくまでも緩慢な仕草で答える。
「ですから八雲藍です。幻想郷維持のため、ここまで参じました」
「幻想郷……?」
「そうです。その維持のため、貴方は選ばれました」
「――――選ばれた?」
彼が疑問をそのまま口にした、まさにその瞬間。
とん、と。
何かの冗談のように、五メートルは離れていただろうその距離を一瞬でゼロにし、八雲藍は彼の眉間に人差し指を押し当てた。
「、ぁ」
思考が停止した。
視界は良好、聴力も失われていないと言うのに、考える力だけが抜け落ちた。
その奇妙な感覚を、どう表現したらいいか。
まるで自分がビデオカメラにでもなってしまったような感じ。
「さぁ、時間もあまりありませんので。行きましょうか」
言って、八雲藍が手にしていた傘の先端を、何もない虚空へと突き出す。
辺りに人の気配は無い。
ここにいるのは変な形の帽子を被ったキツネの化け物と、傷だらけで、魂が抜け切ってしまった様相をしている中年男性の二人。
空は狭く、それでも辛うじて日光が届く裏路地。
しかし全くと言っていいほど光は足りていない。
だからこの裏路地は暗くて湿っぽい。
その、人間なら気味悪がって近づかないようなこの場所で、ソレが口を大きく開けた。
「――――」
彼の瞳に映ったソレは、一言で言って“穴”だった。
傘の先を基点に、左右に大きく開けた眼のような穴。
どんな手段を使ったのか、無能で凡人の彼には理解出来なかった。
たとえ非凡であったとしても、思考を奪われた現在の彼に、理解するだけの力などありはしないのだが。
――――そうして。
一人と一匹は、眼にも似た穴の闇に呑まれて行った――――
☆★☆
これで五十七人を確保した。
残るはあと一人。
紫様より与えられし『方程式』から導き出された結果によると、次の適合者は『三上多恵子』と言う、七十を超えた老婆らしい。
私は早速、紫様より預かった空間を繋ぐことの出来るこの傘でそのポイントを穿ち、対象者を連れ帰ろうと向こう側へと足を運んだ。
OUT SIDE / NO.58
日本列島の今年の夏は例年より平均温度が高く、直近の二ヶ月の間に死人が五十人に上っていた。
もうすぐ夏も終わりだと言うのに猛暑が続き、セミたちはまだ余命を削りながら何かに向かって叫び続け、街中では帽子を被る人が目立ち、夏一色の日々が続いている。
原因は、現世の流行り言葉である「地球温暖化」によるものだった。
秋はまだ当分先の未来のことのようにも思えるほど遠く感じられるのは、偏に暑さのせいであろう。
そうじゃないとしても、最早思考することさえ面倒になるほどの熱が、世界を覆っている。
「あつ……」
思わずそんな言葉をこぼしたのは、一人の老婆だった。
滴る汗を手の甲で拭いながら、とぼとぼと歩いている。
満七十二歳にしては背筋が真っ直ぐで、歩行するのにはなんの支障もない。
健康には気をつけているのか、病気一つ無い健康体である。
巾着袋を片手に目指しているのは、どうやらスーパーのようだった。
行きかう人々に目もくれず、黙々と歩き続ける。
――彼女の名は『三上多恵子』という。
「いらっしゃいませー」
店内に入った彼女は、元気をお裾分けでもするかのような、大きくて張りのある挨拶によって出迎えられた。
ここは彼女の住むアパートのすぐ近くにある、八百屋のような雰囲気を持った小さなスーパーだ。
子宝にも恵まれず、長いこと夫と二人で暮らしてきた三上多恵子にとってこの場所は、通いなれた食料品売り場の一つであり、心安らげる数少ない一軒だった。
出迎えの挨拶はどうやら店長のものらしく、見知った顔に彼女は笑みをこぼし、軽く会釈をして買い物カゴを手にした。
「…………」
店内をいつのも歩調で見回っていく。
しかし表情は硬く、さきほどの笑みなど微塵も残っていない。
キャベツをカゴに放り、牛肉のパックを手に取り、値段を見てすぐに戻す。
傍から見れば極々普通の買い物客であるが、目元を注視すると異常に気がつく。
生鮮食品のコーナーを離れ、高い棚に囲われた菓子のコーナーへと移動した後、彼女の怪しさが一段と増した。
背後をしきりに気にする姿勢、何度も左右に目を配る行動。
まるで何かに怯えているような仕草は、まさに万引きのソレだった。
ごくりと固唾を呑む音。
誰もいないことを確認し、素早い動作でチョコレートの箱を巾着袋へと忍ばせる。
そうして犯行が完了し、もう一度誰も見ていないことを確認すると、その足でレジへと向かった。
「百円になります」
キャベツ一玉だけを載せたカゴ。
何も知らない店員が御代を請求する。
三上多恵子はポケットから予め用意していた百円玉を取り出し、そのままレジの前に突き出した。
「百円のお預かりになります。ありがとうございましたー」
キャベツの入った買い物袋を受け取り、冷や汗の張り付く背を意識しながら、ゆっくりと売り場を離れていく。
誰にも気付かれていない――――そう安堵し、店から出た彼女は、急ぎ足でアパートへと向かった。
大変なことをしてしまった。
それが三上多恵子の、帰宅直後の感想だった。
手にしたるは、一箱百五十円相当のチョコレート菓子一つ。
生活が苦しいからとは言え、盗んでまで手に入れるようなモノでもない。
それでも彼女は万引きと言う行為に手を染めた。
どれだけそれがイケナイことなのか、承知の上で犯行を実施したのだ。
震える両手。
夏の暑さによる汗とはまた別の汗が、彼女の全身から噴出している。
「あー、母さーん、もう帰ったの?」
暗澹たる心情の多恵子とは正反対をいく、いかにもお気楽な声が部屋の奥から聞こえてくる。
バンバンと畳を叩きながら、母さん、母さんと声を上げる誰か。
その誰かの声を聴いた瞬間、彼女は深く刻まれた顔のシワを寄せ合い、しかめ面になった。
過剰なストレスを抱え込んでいるかのような、その形相。
それでも何かをぐっと耐えるように目を瞑り、声の方へと歩み寄っていく。
「はいはい、ただいま戻りましたよ」
そこにいたのは、こちらも齢七十は超えているだろう老人だった。
三上多恵子と違う点と言えば、この老人は男だと言う点だ。
しかも寝たきりというヤツで、ベッドではなく畳の上に直に布団を敷き、そこで横になっている。
髪も薄くなり真っ白に染まっていて、しかし全身痩躯の彼は、決して多恵子の子供などではない。
だから彼女に対し、男が「母さん」などと言う方がおかしい。
――そう、彼はおかしいのだ。
「お腹空いたよ母さん! 今まで僕をおいてドコにいってたの!?」
責めるように語気を強める老人。
実は彼、三上多恵子の夫である三上剛だった。
それがどうして妻を母親だと口にしているのか。
ここに、三上多恵子が万引きを行った起源がある。
「ごめんなさいね。ちょっとお買い物いってたの。今からすぐ作りますからね」
「いやだ、もうお腹ペコペコなんだ、今すぐ食べたい!」
寝たきりにも関わらず、腕をバンバンと畳に叩きつける姿からは、とても病弱が原因で寝込んでいるようには見受けられない。
荒れ果てた主人の精神状態を直視することが出来ず、妻の多恵子はそっと目をそらした。
もう限界、とその表情が訴えている。
「少しだけ待っててくださいな」
「……ちぇっ。母さんのケチ」
今日はいつものように発狂せず大人しく引き下がってくれた。
ただそれだけのことなのに、深い安堵感が彼女の胸に広がる。
三上多恵子はそのまま静かに台所へと向かった。
認知症の夫に昼食を作るために。
/
人間はどうも理解し難い。
それは紫様の仕事を後ろから拝見した最初の日から、ずっと思ってきた感情だった。
病気だと診断されて狂う人間。
他人を殺して自分も自決する人間。
家に引きこもって出てこようともしない人間。
全てが理解し難かった。
「ふむ」
小さな次元の孔から対象者の様子を窺っていた私は、ここでも理解に苦しむことになった。
逆に言えば、この苦しみが持てる相手こそが、幻想郷維持の適合者たる資質なのだと、つい最近になって気がついたのだが。
「もう……死にたいわ……」
対象者が絶望を吐く。
覗き見しなおすとそこに、小刻みに体を震わせる妻の三上多恵子と、眠りについた夫の三上剛がいた。
外は紅蓮に染まっており、夕陽が世界を侵している時間だ。
――さて、そろそろ頃合か。
こちらの世界では、ここより闇夜に落ちる時間までの間を『逢魔が刻』と言うらしい。
私がこのタイミングで出て行くのは、まさにコレに当てはまっているようで気持ちがいいと言うものだ。
早速お目通りと行こう。
傘を次元の孔に突き立て、ぐりぐりとまわしていく。
すると徐々に孔が広がっていき、ついには体がすっぽりと入る大きさにまで育った。
時空の狭間から現世に一歩を踏み出すと、むわっとした熱気に包まれた。
息苦しい、と表現するのが正しいか。
そして何故か鼻がもげるほどの悪臭が立ち込めていた。
な、なんなのだ、コレは……。
「あ、貴方が、対象者ですね?」
「――――え?」
きつい臭いに表情が崩れそうになるのを堪えて、対象者へと視線を固定する。
三上多恵子なる老婆が、驚いた様子でこちらを凝視する。
手には白い紙で出来た何か。
そこに、廃物が粘着しているのに気がついた。
「それは?」
余計なことだと知りつつも問いかけずにはいられない。
どうしてこの老婆は、大の男の排便なぞ手にしているのか。
「何故そんなものを手に?」
「ああ……この人、寝たきりだもんでね。トイレにも行けないんですよ」
驚愕一色に染まっていた彼女の顔が、ふっと緩んだ。
私に対する警戒心はまだ生きているだろうに、どうして素直に答えたのだろう。
「トイレ?」
「――ああ。トイレと言うのはね、厠のことですよ」
答えながら手にした糞を何かの袋へと放って、老婆はため息をつく。
その顔はとても疲れていて、深く刻まれたシワが憐憫さを更に引き出す。
だから思わず声にしてしまった。
「大丈夫ですか?」
我ながら有り得ない台詞だと思った。
今から私がこの老女にすることに対し、なんと意味の無い行為か。
それでも一度口に出してしまった言葉は無くなりなんてしない。
気まずい、と思ったが、老婆は憫笑しながら返事をしてきた。
「大丈夫なんかじゃないですよ。……ねぇ、貴方は私のことを迎えに来たのでしょう?」
ぎくりとした。
濁りかけの優しい目で、けれどこちらを射抜くように見つめてくる老婆。
どうして私が彼女を幻想郷へと運搬することを存じ上げているのか。
この老婆は、いかにして私がその使者だと言う事を知ったのか。
何もかもが謎だ。
不可解すぎる現象のせいで固唾を呑んでしまった。
「そんなに驚かなくてもいいでしょ? 私だってもういい歳なんですから。いつお迎えが来ても驚いたりしないわ。
でも、狐が死神だなんて、ちょっとびっくりしたけどね」
「…………」
どうやらこの老婆は私のことを死神だと勘違いしているらしい。
道理で話が噛み合うはずだ。
私が死神と言うのはあながち間違いでは無い。
幻想郷維持のため、死んでもらう命も少なくは無いのだから。
お粗末な解決に心が少し残念がる。
――――いや、私は何を考えているのか。
相手が危険な者で無かったことを残念がる理由なんて、何も無いはずなのに。
与えられた『式』に余分なモノがあってはならないのだから、これは歓迎すべき事態だと言うのに。
一体何を想ってしまったと言うのだ、私は……。
「し、失礼しました。申し送れましたが、私は八雲藍と申します。幻想郷より、貴方様を迎えに上がりました」
疑念を払拭するべく、決まり文句を垂れる。
すると老人は嬉しそうに、
「幻想郷? あぁ、桃源郷のことね。やっぱり貴方、お迎えだったんじゃない」
「え、っと」
「ほら、遠慮することなんて無いわ。……いいえ、私は行きたいの。早くここから連れ出して頂戴」
まさかの展開に思考が追いつかない。
今まで色んな人間を見てきたが、幻想郷へ連れて行くと聞いてここまで嬉々としていた人間はいなかった。
むしろ殆どはその逆で、怯える人間たちを私が引きずっていっていたのだ。
死にたくない、まだここでやりたいことがある、そんな得体の知れないところに連れて行くな。
そう言った類の絶叫こそが、まさに幻想郷への切符であったはずなのに。
どうしてこの老婆はそんなにも行きたがるのだろうか?
無駄なことをしているとは思いつつも、またしても疑問を口にする。
「何故、貴方は行きたいのですか?」
「そりゃあ、桃源郷は天国ですからね。死ねるのならどこにいっても構わないけれど、天国なら喜んで行くものでしょう。
それに、ね。もう……限界なの」
「限界?」
「そうよ、限界。この人の介護をすること五年。認知症はどんどん酷くなっていくのに、誰にも頼れない。子供も出来なかったし、お金も無いしね。それにストレスがたまっちゃって。
万引きもしちゃったし、今だってこの人と一緒に死のうかと考えていたわ。介護のせいで私が私で無くなってきちゃったの。
――ねぇ、貴方には解るかしら?」
そんなことを言われても、解る筈もない。
私は紫様の式神であり、式を実行する上で余計な方程式は組み込まれていないのだから。
けれど……そう、けれど。
私はどうしてか『解りたい』と、心の奥底で思ってしまっている。
式神としてそんなことは許されないとわかっていても。
生物としての私が、本当はもっと様々なこと――たとえるなら“余分”と呼ばれるモノ――を知りたいと願ってしまっている。
聞いてはいけない、と言う抑圧と、聞き出したいと言う欲望。
その狭間に、私はいる。
「どうでしょう……」
「そうね、神様のお遣いですから、そんなことはどうでもいいわね」
「そ、そんなことは……」
「さぁ時間も勿体無いでしょう? 私を――私をよろしくお願いします」
最後は涙を流したのか、震える声でお願いされた。
座ったまま深くお辞儀をされたので顔は窺い知ることは出来なかったが、きっとそうに違いない。
かくも弱き、人間の存在。
だからこそ幻想郷も維持できるわけか。
紫様曰く、弱いが故に強いのが人間なのだとか。
私は頭を垂れる老婆――三上多恵子のすぐ真横に傘を差し、幻想郷への入り口を開いた。
☆★☆
「早かったわね」
「ご指示通り、五十八人を探し出しました」
「ご苦労様。――飲む?」
言われて差し出された湯呑みを受け取る。
湯気具合から見るに淹れたてだろう。
美味しそうではあるが、私は匂いを楽しむに留めて、紫様に次の指示を仰いだ。
「それで次の選定の儀ですが……」
「今回は貴方に任せると言ったわ」
「で、ですが」
「それからもう一つ。今回は私の選定式は使ってはいけない。自分で考えた式で選定しなさい」
「紫様!」
「わかったら下がりなさい。お茶が冷めてしまうから」
有無言わさぬ言動に、つい怖気ついてしまう。
私は所詮、紫様の式神に過ぎない。
主人の命令は絶対であり、反論の余地など最初からどこにも在りはしないのだ。
「……わかりました。失礼します」
「ん」
ずず、と紫様が音を立ててお茶を啜る。
私は受け取った湯呑みに一度も口をつけず、そのまま畳に置いた。
そうして静かに退室する。
この場は大広間であり、出入り口である襖までは結構な距離がある。
行き慣れた道程であるのに、今はこの距離がやけに長く感じる。
紫様から僅かに感じられる威圧感のせいだろうか?
「失礼しました」
襖を背に一礼。
その礼に紫様は何も答えてくれず、私は一抹の寂しさを感じつつ襖を閉じた。
/
途方に暮れつつ自室に戻ると、何故か三途の河にいるはずの小野塚小町がいた。
しかも彼女の武器である大鎌まで一緒だ。
この女に常識を訴えても無駄そうなので口にはしないが、普通家屋に上がる時くらい武器は仕舞うべきであろう。
「何故貴方がここにいるのですか」
「いや何故って。そっちの主人があたいを呼びつけたんじゃないか」
「主人とは……紫様のことで?」
「ああそうだよ。なんでも、これからはあんたが幻想郷の管理をするからとか言ってきてね」
「ええ!?」
「び、びっくりしたね! ……なに、聞いてないのかい?」
聞いてない……いや、確かに先日聞いたけれど。
まさかそんなにも早く――いや、早さはこの際ともかく、紫様が誰彼構わず公言している!?
「その顔は聞いて無さそうだね」
「いや、聞くには聞いていたのですが。――お尋ねしますが、私を後任だと仰ったのは紫様ですか?」
「あぁそうさね。もう幻想郷の殆どの主要人が知ってると思うけど」
「……や、やはり」
心臓が、かつて経験したことの無い早さで拍動している。
嫌な汗が手に纏わり付いて、何とも不快だ。
私はそれらを跳ね除けるように、少し大きめに声を出した。
「で、何故貴方は呼び出されたのですか? 紫様が他に何か?」
「ん? ああ、それだけど。昨日かな、一気に大量の魂魄があたいたちのところに来てね。……言ってる意味わかる?」
「一度に多くの霊魂が三途の河に集まったのなら、それは人間が大量死する何かがあったと言うことでは?」
「流石あの妖怪頭の後釜だね。その通りさ。幻想郷の人間じゃなく外の世界の人間の魂でさ、ざっと千は超えているんだ」
「そんなにも」
「まぁ外の世界の人間は腐るほどいるらしいから、千人死のうが万人死のうが大勢に影響は無いだろうけどね」
「……確かに」
「大きな地震があったそうだよ」
小野塚小町の言うとおり、私が人間の調達で行ってきた外の世界では、人口が六十億を超えていると聞いたことがある。
その中の千など、確かに大した話ではない。
「それであんたが幻想郷の管理をするって言うから、情報は何でも教えろって言われてね。直近の情報と言えばコレだったからさ」
「はぁ」
「後はあんたの自由だよ。あたいは確かに伝えたからね」
よっこらせと、まるで年寄りのような声を上げて小野塚小町が起立する。
彼女はそのまま大きな鎌を肩にかけると、窓を開けて、
「そいじゃあ、あたいはこれで」
「……はい」
「これからの仕事に期待してるよ。じゃっ!」
言って、窓から飛び降りた。
まさかと思ったが、なるほど、気がつかなかっただけのようだ。
「土足……」
泥か土か判断は迷うところだが、畳の上に付着した下駄の跡を見て、私は脱力するのを禁じえなかった。
紫様が何を考えているのかもわからないし、良識人とは思えぬ輩は土足で上がってくるし。
「はぁ」
一体どうしたものか。
これから思案に暮れるであろう予感を胸に、私はひとまず下駄の跡を拭き取ろうと雑巾を求めて部屋から出た。
☆★☆
「これは……」
翌日、私は小野塚小町から得た情報を元に、外の世界を覗くことにした。
流石に災害のあった場所を日中から出歩くのは、いかにもよろしくない。
何せ人間たちは昼夜問わず生存者を捜し続ける。
人を一人、目立たないように攫ってくるのにも神経を使うのだ、人目の多い場所でこの姿を曝すのは良くない。
九本の尾を持つ人間など、いやしないのだから。
堂々と姿を曝しても大騒ぎされるのが目に見えている。
だからと言って人間に化けるのも面倒なので、紫様の傘で孔を開け、そこから様子見をしているのだった。
「誰かいませんか!」
「おとう、さ――」
「助けて……」
目先にあるのは、阿鼻叫喚の飛び交う世界だった。
瓦礫から手だけが覗いている死体に、泣きながら両親を呼ぶ子供の声。
救助をする人間の顔はみな壮絶。
だが、炎に焼かれながら絶叫する同族を、ただ能面のような表情で見下ろしている者も大勢いる。
助けようにも自分の命までかけねばならない状況だ。
百も生きられないような脆弱な命であっても、死にたくはあるまい。
だからみんな、見て見ぬフリをしている。
そんな彼らを、誰も責めることは出来ない。
つまるところ命と言うのは、そう言うモノなのだ。
生きているからこそ実感できるモノであるのに、自分の命を棄てて他人の命を守れ、と言う方が無茶な注文だ。
人間たちはその無茶な注文を受け付ける人間のことを“英雄”と言うらしいが、私には理解出来ないし、したいとも思わない。
そんなのは英雄でもなんでもなく、ただの死にたがりと言うのだから。
「――――」
小野塚小町の言った通り、大規模な天災があったようだ。
天へと挑戦するかのように聳え立っていた巨大な建物が崩れ、コンクリートと呼ばれていた人工の地面は割砕し、どのような原理か、炎が大渦を巻いて街を蹂躙している。
その様はまるで地獄と呼ぶに相応しかった。
むしろ私の見知る地獄よりも酷い惨状だ。
人間の追求している“科学”とやらの陰の部分が、こんなにも暴力的だとは。
ここには何もかもが足りていない。
けれど全てが満ちている。
生も死も溢れすぎていて、あまり直視出来ない。
私は妖怪であり、妖怪とは、人間の負の心より発生したイキモノである。
これほど黒く強い思念が鎮座する場所を見つめていては酔ってしまう。
自制のためにも、一旦引き上げることにした。
「……ふぅ」
空間の孔を塞いで自室の壁にもたれかかる。
とりあえず現状は把握した。
あれだけの災害だ、死者の数も相当だろう。
死肉を使うのは鮮度が落ちてしまうが、妖怪たちも食膳の添えとしては文句もあるまい。
死体が忽然と消えたとなれば外の世界は騒動になることは必至だろうが、持ち運ぶ量を抑えればそれほど大きな問題に発展することも無いはずだ。
何せ災害なのだ、死体が十や二十無くなったところで彼らに追及している暇は無い。
それに、そもそも神隠しにあった者を彼らが見つけられないように。
ここ幻想郷まで運んでしまえば、外の世界は権力者たちによって何事も無かったかのようにうまく処理されるだろうし、私は私で苦労無く食料調達が出来る。
まさに一石二鳥だ。
向こうは死体を処理する面倒もなくなるのだから、一石三鳥かも知れない。
さて……こんなオマケみたいなことは放って置いてもいいとして、問題は選定した五十八人の今後だ。
今まで紫様が使用していた方程式は使用するなと言うことなので、自分で一から式を練らなければならない。
どうしてこんな非効率的なことをさせるのかはさっぱりわからないが、今は紫様を信じて行動するしかない。
きっとお考えあってのことだろうから、式神である私はただ命令を遂行するのみだ。
そうと決まれば、早急に選定式を考えなければ。
連れてきた人間をそう長時間保存出来る訳でもないし。
……とは言っても、そんなすぐに出来るのなら苦労はしない。
何をどうするべきか――――悩みかけたが、先程の大惨事を目の当たりにしたせいか、頭は意外なほどに冴えていた。
「地獄、か」
小野塚小町にも礼を言っておこうと思っていたから、丁度いい。
三途の河へ行くことにしよう。
地獄へはこの体では行くことが適わないが、あそこにいる人物と接触出来れば、式に関して何か良い案も生まれるはずだ。
私はそのまま傘を片手に、二、三度しか尋ねた事の無い三途の河へと向かうことにした。
/
「おや、珍しいね。こんなところに来るなんて」
「どうも」
中有の道を経て三途の河へとやってくると、早速目当ての人物を見つけた。
彼岸からの帰りなのか、小舟には霊魂も乗っていない。
代わりに、私の後ろには大勢の霊魂たちが集まっている。
小野塚小町はこれらの霊魂をまた運びに戻ってきたのだろう。
霊魂が私に近寄ろうとしないのは、元の私が魂魄を喰らう獣だと本能で察知しているからだろうか。
「それで、何しに来たんだい? 見ての通り、結構忙しいんだけどね」
「四季映姫・ヤマザナドゥ様はご健勝で?」
「はぁ? なに、あんた、四季様に用があるって言うのかい?」
「まぁそんなところです」
そんなに驚くことも無いような気がするが、小野塚小町は眉を曇らせ、私をまじまじと観察してくる。
何故だろうと首を捻りかけた時、
「もしかしてあんた、死にたいのかい?」
とても論外な事を口にしてくれた。
今度はこちらが眉を曇らせる番だった。
「はい?」
「いやだって。ここから先は地獄だよ? 三途の河を渡ったが最後、生者は誰も生きては帰れないからね。それをわかってて来るんだとしたら、自殺願望者くらいだろ。確かに普通に死ぬよりは痛みも辛さも無いからねぇ」
「それくらい存じ上げています。ですから、貴方に連れてきて欲しいのですが」
「……そ、そう言うことかい。それならそうと、最初から言ってくれればいいのに」
何がおかしいのか、呵呵大笑する小野塚小町。
頭をがりがりと掻く姿を見ていると、遠い昔、乞食がしていた仕草を思い出す。
彼らもしきりに頭を掻いていた。
蚤のせいで痒みから掻いていたと言う理由からすれば、彼女のそれは全然違うものだが。
「しかしこの盛況振りを見たら、会うのは難しいかと」
「そうだねぇ。私たちはともかく、四季様は昼も抜いて審判してるくらいだしね」
四季映姫には選定のための式作りに智慧を貸して貰いたかったが、事態が事態なだけに頼むのは無理があるだろう。
無駄足だったか、と思いつつも、一応礼は言っておくべきか。
「お忙しい中、申し訳なかったです」
「いやいや。あたいも頼られるのは嫌いじゃないからね。これからもどんどん相談しておくれよ」
「そうですか。――ああ、そうだ。昨日の情報ですが、大いに役立ちました。改めて御礼申し上げます。おかげで楽に調達が出来そうです」
「あはは、礼儀正しいね! あの妖怪頭とは全然違うよ。あっちは、どちらかと言うと人を弄んでる節があるしね」
「……それは、」
否定出来ないのが悲しかった。
何を隠そう紫様は、人が困っている姿を見るのが大好きな、ある意味四季映姫よりも性質の悪い性格をしているのだから。
いつもは私が右往左往するのを見物して楽しんでいるのだが、よもや他所でも同じ事をしていたとは……。
「話が逸れたね。まぁあんたには期待してるからさ、早く一人前になって八雲紫の代わりに妖怪頭になっておくれよ。
そうすればみんな安泰だからさ」
「……どうも」
「じゃあ、用事が無いならあたいはこれで。まだまだ終わりが見えないしね……」
ため息をつきながら、私のすぐ後ろにいる人魂たちに視線を投げかける。
魂となった人間たちは何を思ったのか、僅かに後ずさりをした。
やはりこの姿になっても向こう岸の世界にはいきたくないのだろうか。
もう生前に戻れることも無いのだから、潔く堂々としていれば良いものを。
「それでは」
「ああ、じゃあね。あんたとは気が合いそうだから、またゆっくりと話でもしよう!」
彼女の言葉を背で受け止めつつ、私は三途の河を後にした。
/
「あ、藍さまだ!」
「久しぶりだね、橙。元気にしていたかい?」
三途の河からただ引き返すのも勿体無かったので、妖怪の山に寄って橙の様子を見ることにした。
橙は私の式神で、元は死にかけていた化け猫である猫又がその正体だ。
本当はもっと知能の高い妖獣か身体能力の高い妖獣に式神を憑けようとしていたのだが、あの日この山で死にかけの橙を見て、情から助けてしまったのが縁の始まりだった。
今でも式神としての能力は依然として低く、使役するには未熟なので式神として使役しようとはなかなか思えないが、そんなことはどうでも良くなってきている。
私にとって橙は、最早かけがえの無い家族も同然なのだから。
「はい! 藍さまはどうですか?」
「ああ。私も元気だよ」
「それは良かったです。今日はどうされたんですか?」
「なに、ちょっと野暮用があったのでね。ついでに寄ってみたんだ」
橙は猫の妖獣であるせいか、家でじっとしていることは少ない。
こうして以前の住処である妖怪の山で大半を過ごし、気まぐれで我が家へと帰ってくる、と言う感じの生活を送っている。
性格と言えば紫様も橙に似ていつもふらついているから、我が八雲一家は自由奔放さがウリなのだと今更ながら気がついた。
振り返ってみれば私も、暇さえあれば趣味もかねて、出歩いては計算ばかりしているし。
「ちょうど今から山を降りようとしていたんです」
「ほう。それはまたどうして?」
「さっき紫さまに来いって言われて」
「紫様に?」
紫様も橙のことは可愛がっているけれど、呼び出すのは珍しいことだった。
何か仕事でも与えるおつもりなのだろうか。
橙は二本の尻尾を器用に振りながら答えてくれた。
「何でも重要なことを話すらしくて。すぐに来いって」
「重要なこと――――?」
そんな話は一切聞いていない。
橙にだけ指示をするなんていうことは、いまだかつて行われたことがない。
何せ橙は私の式神であって紫様の式神ではないのだから。
私は紫様の式神であるが故にその命に背くことは許されないが、橙は私の式神であるが故に紫様に対する拒否権を持っている。
つまり橙に対して紫様の発言は“命令”ではなく“お願い”にしからないのだと、誰より知っているのは紫様だ。
そんな紫様が橙に一体何をさせようと言うのか。
最近様子がおかしく見えるだけに、変な方向にばかり頭が働いてしまう。
「藍さま?」
「……ん? あ、あぁ。すまない」
「藍さまも一緒に行きますか?」
「私は――」
即答はせず、思考を張り巡らせる。
――紫様は一体何をしようとしているのか。
――橙の能力が低いのを承知の上での指示となると、単純な役柄か。
――それならどうして自分で出向かないのか?
「藍さま?」
「……橙」
「はい?」
「私は行かない。まだ用が残っていることを思い出した」
「そ、そうですか。それは残念です……」
「代わりに、一緒に下山しようか」
「はい!」
久しぶりに橙の手を握る。
暖かい温もりが直に伝わってくる。
微笑みながら私の方を見上げてくる橙に、私も笑顔で返す。
心の奥底では、紫様の画策が何かを考えながら。
/
橙と別れた後、私は紫様のことを気にしつつも期限の迫った選定式の準備のため、思考を一旦打ち切り、次の協力者候補に会うために時空に孔を穿った。
空で飛んでいくよりも格段にこちらの方が早いからだ。
瞬間移動という言葉がぴったり当てはまる。
紫様のように『境界を操る能力』があればこんな傘を使わずとも済むのだが、生憎私にそこまでの能力は無い。
だがこの傘もようやくにして使い慣れて来たので、これはこれで便利だと言い切れる。
いかにして編まれた神秘かは知りようもないが、時空に孔を開け、更に固定まで出来る傘なのだから貴重なのだろう。
無銘であるのが不思議なくらいだ。
私にも作れないかな、などと考えつつ、孔を広げてそこへと足を踏み入れた。
「…………」
昼時にしては妙に静かなその場所。
今、私の目の前には、大きくも小さくも無い、質素な佇まいをしている屋敷が一つある。
庭園と言うほどには大きくも無い庭は、荒れることもなくきちんと手入れされていて、雑草などは見当たらない。
縁側には人もおらず、ただ屋敷だけがここに在るだけ、と言った感じだ。
しかしここにはちゃんと人が住んでいる。
その人物こそが私に叡智を与えてくれると信じ、誰もいなさそうな居住へと声をかけた。
「すみません。どなたかいらっしゃいませんか?」
発声からほどなくして、木板を踏む音がした。
そしてすぐに、この家の主人が現れた。
「どなた?」
紫色をした肩にかかる程度の髪に、花柄の変わった和服を着ている少女。
彼女こそ、見た目では推し量れない程の知識を持つ『稗田阿求』その人だ。
阿礼乙女の九代目にして現稗田家の当主である。
紫様ともご友好があり、私としても興味深い人間の一人だ。
「どうもご無沙汰しております。八雲藍です」
「ああ、どうもお久しぶり。お元気でした?」
「そこそこには」
稗田阿求は『幻想郷縁起』を纏めている人間であり、その書を完成させる前に紫様が確認しに来て以来、お二人方に縁が芽生えたそうな。
私はそのことを紹介されて着いてきた時と、ふと人間の里で鉢合わせになった時くらいしかこの少女には逢っていない。
それでも覚えていてくれたのだから、やはりあの御阿礼の子だと思い知らされる。
彼女は稗田阿礼と同じく、一度見聞きしたものを忘れない、と言う能力をもっている。
――と言うよりは、阿一よりずっと転生を繰り返しているのだから、その本人と言うべきか。
「本当に久しぶりですね。 ささ、上がって上がって」
「それでは」
促されるまま家へと上がり込む。
外観とは違い、案内された部屋は畳張りの大きな和室だった。
感覚の問題だとは思うが、屋敷を見てこんなにも広い部屋があるとは正直思えなかった。
手前には食事や来客のための大きな座卓があり、その更に奥には小さな机がひとつ。
硯や筆、散乱している紙類を見るに、その机で彼女は執筆を行っているのだろう。
私の視線がそちらに向いていることに気がついたのか、恥ずかしそうに稗田阿求が告げる。
「あ、あんまりジロジロ見ないでくださいね。私、ちょっとお茶を用意してきますから」
「了解しました」
確かに他人の家を見回すのは、常識的に考えてあまりよろしくない。
先日あの死神のことを非難しておいて自分はどうなのだ、と鑑みるいい機会になった。
「それにしても……」
とてつもなく静かだ。
一体この静穏な雰囲気はどこから出ているのだろうか。
和風庭園だと言うのに鹿威しのひとつも無いし、鳥たちが囀っているわけでもない。
ただ在るだけ。
まさにそれだけを知らしめるためだけに建っているような建物だ。
人の営みの感じられない家屋の、この言い様の無い淋しさは何だろうか。
稗田阿求はこんなにも沈下した空気の中で、ただ書を記しているのか。
そんな人生に一体なんの意味があると言うのだろう。
「……馬鹿な」
何ということを考えていたのか、私は。
私は妖怪で、式神だ。
余計なことは考えなくても良いというのに、何故こんなことばかり考えてしまう?
一体私はどこから故障し始めたのだ……!
「お待たせしました」
「あ、あぁ……どうも」
「どうかされました?」
「……いや、何でも無いですよ」
手渡された湯呑みには、湯気というものが立っていなかった。
熱いお茶を出してくると思っていただけに、些か拍子抜けてしまった。
そんな私の表情を読んでか、稗田阿求が説明を始める。
「このお茶は烏龍茶と言うんですよ」
「烏龍茶?」
「はい。茶葉がですね、烏の体のような黒……と言っても本当は緑色っぽいんですけど。で、乾燥したその葉が龍の形に見えるので、烏と龍のお茶――烏龍茶、と言うらしいです。
発祥は外の世界の“中国”と呼ばれているところですよ」
「ふむ」
「飲みやすいと思うので、どうぞ」
茶には、それこそ百にも上る種類があると聞いたことがあるが、この烏龍茶とやらもその中の一種か。
確かに香りもきつくないし……うん、飲み味も適度な苦さで美味しい。
何よりこの清涼感が好ましい。
渋みがあまり無いせいか、多量に飲料するのに適していそうだ。
中国は私にとっても馴染み深い国ではあるが、この様な飲料物があるのは初めて知った。
「確かに美味しい」
「良かった。本当は熱いお湯で淹れた方が美味しいんですけど、ほら、外が結構暑いので」
「水でもこれだけ味や成分が出るのなら良いでしょう」
「そうなんですよ。たまに面倒な時は、手を抜いて水で淹れちゃうんですけど。それでもこれだけの味が出るんだから良いか、と」
くすくすと本当に楽しそうに笑う稗田阿求。
阿礼乙女は代々、体が常人よりも更に弱く、寿命も三十で尽きてしまうと聞いたことがある。
けれど今の彼女の笑顔を見ている限り、そんな風には見えない。
弱き故に弱さを見せまいと虚勢でも張っているのだろうか。
……わからない。
「こほん。……それでは、あまり時間も無いことですし」
「あ、そうですね」
「実は貴方に相談したいことがありまして」
「はぁ」
「その……ご存知ではあると思うのですが。紫様が私に、この幻想郷の管理を完全に譲渡すると言い始めまして」
「ああ、そ、そう言えばそんなことを言ってましたね。これからは藍が全てやるから、生暖かく見守ってくれと」
「生暖かく?」
相変わらず紫様の語りは独特で理解し難い。
それは稗田阿求も同じようで、苦笑いしている。
「まぁそんなわけで。知恵をお貸し頂きたく参上したのですが」
「私でよければなんなりと。でも、何の知恵を?」
「それはですね」
人間相手に選定式の話などしたくはないが、彼女は私たち妖怪のことを昔から見てきているし、種族として同じ人間のことも深く知っている。
だから相談相手としてはこれ以上無い条件の人物なのである。
私が選定式について語り終えると、少し難しい顔をしてしまった。
「紫さんが草案から調律まで行ってきたのは知っていますし、今でも幻想郷のことを考えて活動されているのはよく知っていますけど……。
それは無くてはならないのですか? もっと他に良い方法は無いのでしょうか?」
もっともらしい人間側の意見だ。
これだから人間なんぞに相談したくないのだ。
世界は犠牲の上に成り立っているというのに、犠牲を払うのは嫌だと謳うのが人間である。
自分たちだって同族以外の肉を食らい、土や水や空気を侵しながら生きているのに、自分たちが犠牲になるのは勘弁してくれと喚く。
紫様が式によって選別し始めたのは、おそらく人間には感情をかける意味さえないのだと思ったからに違いない。
それでも私は……堪えて歩み寄ることにした。
私は紫様とは違うのだから。
「今のところは無い、と言わざるを得ませんね。何分人間は寿命が短い上に脆い。妖怪は妖怪でここ最近、怠惰になってきてしまっている。これでは維持管理に支障が出てしまいます。
もちろん今の選定式に代わる何かがあればいいですが……」
「幻想郷の中で生まれる子供の数にも限りがあるし、可能性と言う粒を手に入れるには、やっぱり外から招くしかないか」
「もちろん、貴方たち人間から見れば不愉快なモノでしょうが。何せ狩られているも同じですからね」
「……そうね。でも、こちらに来て良かったと言う人も大勢いるわ」
少し悲しげな笑みを浮かべる少女の顔。
まだ少女の域を出ない彼女だが、やはり考えはしっかりしているようだ。
これならまともな話し合いにもなろう。
「そこで相談なのですが。無機質極まりない方程式ではなく、もっとその『人物像』を考慮して選定出来れば、と思っていまして」
「人物像?」
「はい。現在の選定式では“価値の無い人間”が選出の条件なのですが。それはあくまで現在状況のことであり、過去のその人物の所業を考慮していないのです。
過程が抜けている結果だけで判断するのは、その……」
「何か違うのではないか、と考えたわけですね?」
「その通りです」
紫様の式が不完全なのだと言いたいわけではない。
むしろ私の考えているモノよりも優れていて間違いないのかもしれない。
それでも折角手にした機会だ。
挑戦しない手は無い。
どの道、紫様と同じ式は使えないのだし。
「でも、そんな難しいことを言われても。一体何を教えればいいんですか?」
「私が考えたのは、浄玻璃の鏡を使って一人ひとり過去まで遡り、人生の過程を見て選別しようというモノなのですが。閻魔の持つ浄玻璃の鏡は恐らく手に入らないでしょう。
そこで、それに代わる何かがあれば、と思いまして」
「うーん……」
私の言葉に、顎に手を添えて悩む稗田阿求。
浄玻璃の鏡は照らした相手の、その行ってきた全ての事象を映すと云う。
これは人間に限らず妖怪でも神でも有効らしいのだが、これさえあればその人物の過去の全てを観ることが出来る。
つまり可能性のブレを少なくすることが出来る……はずなのだ。
ただ問題なのは、その貴重性。
閻魔にしか持ち得ない神具であると聞き及んでおり、手に入るかすらわからない代物だ。
だからこそ汎用性の高い他のモノを、と思い彼女に相談したのだが、どうやら彼女の知識の中にもそのような道具は無いらしい。
小さなため息と共に、
「すみません、思いつかないですね」
「……左様ですか」
予測していたこととはいえ、やはり失望感は大きい。
しかしそれは彼女が悪いわけではなく、知恵も知識も足りない私が悪いのだ。
やはり閻魔に直接交渉するしかないか。
そう思ってお茶を飲みきろうとした時、
「あ、でも、過去を観たいだけであれば、その相手の記憶を覗けばいいのではないでしょうか?
あくまでそういった道具があれば、ですけど」
考えもつかなかった一言を、稗田家九代目当主がさらりと口にした。
「記憶を覗く――?」
「あはは。そんな道具なんて、尚更聞いたこともないですよね」
「あ、ああ……そうですね」
「ごめんなさい、ただの思いつきで」
彼女はただの思いつきと言うが、そのただの思いつきこそ大事なものだ。
固定観念に囚われていては方向性が一方しか見えてこない上に、様々な暗示を見落とすことにも繋がるのだから。
「いえ、とても参考になりました。……さて、時間もあまりないもので」
「あ、もうお帰りですか? すみません、碌なおもてなしも出来ないで」
「なんの。急に訪ねたのは私ですし」
今度こそ差し出された烏龍茶を飲み干し、腰を浮かせる。
私の動きに合わせるように彼女もまた立ち上がった。
「今日はとても有意義な話が出来て楽しかったです。では、また」
「はい。いつでも歓迎しますよ」
笑顔で私を見送る薄幸の少女に、私もまた笑顔で応える。
稗田阿求――彼女とはまた、色々と語り合いたいものだ。
そんなことを想い馳せながら、私は考えを整理するために自室へと向かうことにした。
☆★☆
「紫さま。橙です」
「お入り」
「はい」
言って、化け猫である橙は、その襖を開いた。
眼前に広がる和造りの大部屋と、どこか冷たい気配のする空気に、思わずその耳が垂れる。
いつもとは何かが違う――そう思った時には、すでに引き返せなくなっていた。
入れと言われ、返事を返してしまった後だったからだ。
そもそもここで逃げ出そうにも、部屋の奥から感じられる威圧感を前に、完全に萎縮してしまった彼女には、場を離れるだけの胆力が無かった。
音も立てず静かに一歩を踏み出す。
その様子を紫が見ているのか、下を向いたまま入室する彼女にはわからない。
だから奥地まで辿り着き、面を上げた彼女が最初にした言葉は、
「……ッ!」
声にならないモノだった。
驚きを隠せない橙とは対照的に、紫は普段通りのやりとりをはじめる。
「突っ立っていないで、そこに座りなさい」
その普段通りさが、逆に彼女の心を鷲掴みにする。
何かがおかしいと、入室前に気がついていた。
でも、その正体が何かまではわからなかった。
しかし今は、紫の顔を見て正体を知ってしまった。
だから紫の声などその耳には届いておらず、紫もまた橙が座ったモノだと思い込み会話を続ける。
「今日はいい天気ね。きっと夜にはたくさんの星たちが見られることでしょう」
「……」
「黙り込んでどうしたの? ほら、お茶も淹れたから飲みなさい」
本当にいつもと寸分変わらぬ紫の行動。
それがどれほど異常なモノか、橙は身を以って体感している。
背筋に何かが走る感覚。
口は渇ききり、呼吸も乱れ始める。
これほどまでに彼女が戦々恐々としているのに、紫は何も変わらない。
「藍には会ったかしら? そろそろ選定の儀を始めないといけないのにね」
「……、ぁ」
何か口にしよう、言葉にしようと思っても、うまく喋ることが出来ない。
それは橙が恐怖しているからではなく、むしろ全く逆の感情のせいだった。
“目が……死んでる……”
彼女が紫を一目した時、率直に感じた想いがコレだった。
目が死んでいる。
心が死んでいる。
どちらとも取れる、その表情。
まさに八雲紫は今、虚ろな目で彷徨っている。
「橙。今日はおとなしいわね。いつもの元気さはどこへいってしまったの?」
「紫さま……!」
思わず叫んでしまった。
座れと命じられた場所にあった座布団にしがみつくように乗っかると、泣きそうな顔で訴える。
「ど、どこか悪いんですか? だからわたしを呼んだんですか?」
「何を言ってるのよ。私はいつも通りよ?」
「ゆ、紫さま……」
濁りきった目のまま笑顔を作る紫を、橙は心の奥底から憐れに思った。
一体何があったのか、想像することさえ出来ない。
橙の知る八雲紫は壮大で、鋼のように強靭な精神力を持ち合わせた、まさに妖怪の王とも呼べるべき存在だった。
それなのに、これは一体どういうことなのか。
統率者としての威厳はおろか、美麗で華麗な雰囲気さえ喪失している。
……どうしたら元に戻ってくれるのだろう。
憐憫の情を感じつつも何とかしようと思案し始める橙。
だがそれを遮るように、彼女の肩に紫の手が伸びてきた。
「今日は貴方にお願いがあって呼んだの。――ねぇ橙。私がいなくなっても、藍をちゃんと支えてあげてね」
「な、」
「あの日、藍が死に掛けの貴方を拾ってきたのを覚えているかしら? あの日から、藍は家族を得たように明るくなったわ。だから――」
「な、何を……」
何を言っているのですか、と。
橙は溢れ出そうになる涙の気配を感じながらも、そう口にしようとし、
「私は――――」
八雲紫の真意を耳にした瞬間、世界から音と光を失った。
/
「はぁ。私に、ですか」
「そうなんですよ。何の用件かは聞き忘れちゃいましたけど」
「貴方と言う人は……」
はぁ、と盛大なため息を一つついて、四季映姫・ヤマザナドゥは自席から起立した。
左右アシンメトリーな緑髪に、威厳を示すかのような仕立ての帽子と服を身に纏い、手には悔悟の棒を持っている彼女は、一見すると十代の少女のよう。
だが、見た目とは裏腹に、彼女は地獄の裁判長の肩書きを持ち、小野塚小町を配下に持つ幻想郷担当の閻魔である。
なるほど、役職を知れば、どうして幼い顔立ちの彼女が不釣り合いな服と態度をとっているのか良くわかる。
見た目は子供でも、その責は人間社会のそれとは比べようもあるまい。
「あたいは、後継の絡みだと踏んでるんですが」
「後継? ああ、そう言えば、八雲紫が幻想郷の維持を八雲藍に託すとか言ってましたね。貴方から聞いただけで、すっかり忘れていましたが」
「そうそう。その挨拶にでも来たんじゃないですかね?」
「挨拶に来ただけなら、貴方に言い付ければ良い話なのでは? 伝言も無かったのなら、私に直接会って話したい何かがあったのでしょう」
「言われてみれば、それもそうですね」
そうですよ、と付け加えて、四季映姫は小野塚小町の方へと歩み寄った。
「それにあの八雲紫の後任ともなれば、それなりの準備も必要でしょう。一体全体どうして仕事を放棄する気になったのかは知りませんが」
「あの妖怪頭は何を考えているかわからない節が結構ありますからねぇ」
「それは貴方の頭が弱いだけです。もっと勉学に励みなさい」
「うへぇ……。あ、じゃあ! 勉強している間は仕事しなくてもいいですかね?」
「…………はぁ」
またしても盛大なため息を漏らす。
しかし今度はそれだけでは済まなかった。
「きゃん!」
「つべこべ言わず次の魂魄を連れて来なさい! どうせ勉学に勤しむ心など貴方には無いでしょう!」
持っていた悔悟の棒で小町の尻を強打すると、彼女は可愛らしい声を上げて飛び跳ねながら一目散に逃げ出していった。
その様子を横目で流しつつ、
「全く……あの性格はどうしたら直るのかしら」
本気で困った顔をして、静かになった部屋の中心に佇む、自席の椅子へと腰を下ろした。
悔悟の棒を机の上に置くと、肺の中の空気を吐き出すように深く息を吐く。
「ふぅー……。しかし、あの八雲紫が、ねぇ」
納得出来ないとばかりに眉根を寄せ、ひとりごちる。
「地獄に来ても死なないのに、一体何があったのかしら。隠居と言う感じでも無さそうだし。病気になった、とも考えにくい。
うーん……また月面戦争なんて物騒なことを起こそうと画策しているわけでも無さそうだし」
両手で顔を覆いながら、わからない、と呟いて、四季映姫は瞳を閉じた。
次の裁きまで少し頭でも休めよう。
暗くなった世界に安堵して、彼女は頭の中を空にした。
☆★☆
翌朝、私は徹夜をしながらも、選定式の候補を三つほど練り上げるに至った。
複数回の演算をしてはいるが、まだどこかぎこちない、生まれたての式。
閻魔の手鏡も記憶の操作もどうするか決まっていないが、下地としては申し分無いモノが出来たはずだ。
私は考えをまとめた竹簡を三つ手にし、紫様の書斎へと足を運んだ。
「失礼します」
襖を開けると、いつもこの時間にはここにいるはずの紫様がいなかった。
部屋の隅々まで見渡すも、いる気配自体無い。
「どこへ行かれたのだろう?」
疑問に思いつつ、今度は大接間へと向かう。
しかしそこにも、紫様の姿は無かった。
「……?」
まだ時刻は辰の刻である。
外へ出かけるような時間でもないし、いつもなら読書なり髪の手入れなどをやられているのに。
一体どこへ行ってしまったのだろう。
「紫様―っ?」
大声を出して尋ねてみる。
――が、やはり返事は無い。
怪訝に思いつつ、大広間へと足を踏み入れた。
「…………」
清浄な空気が頬を撫でる。
イグサの香りが鼻腔をくすぐる。
見慣れた座布団、見慣れた屏風、見慣れた卓。
しかしそこに、見慣れたはずの紫様の姿は無い。
部屋は主人を失いでもしたかのように幽かで、気味が悪くなるほど綺麗だ。
生活臭など微塵も感じさせない清潔さ。
あまりにも不安になる、この光景。
「ゆかり……さま……」
竹簡をぎゅっと握り締める。
大丈夫、何日も帰ってこなかったことなんて、今までにもちょくちょくあった。
それに部屋を小綺麗にしているのはいつものことだ。
別に今日が特別なんじゃなくて、これは毎日のこと。
だから心配などせず、家でのんびり待っていれば、それでいい。
……いい、はずだ。
「よし」
どうせ帰りも遅いだろうから、この際だ。
今日は大掃除と取り掛かろう。
掃除していれば時間が経つのもあっと言う間だろうし、何より雑念を払うにはちょうどいい。
私は煩悩を引き摺るまいと、歩幅を広げて自室へと戻った。
/
「良い天気ねぇ」
午前七時半の空は澄んでいて、日差しもあまり強くなかった。
昨日に引き続き今日も快晴である。
こんな日は、あの娘がやってくるに違いない。
縁側の柱にもたれかかり、竹箒を片手に座り込んでいる少女は、そう思った。
穏やかな風が彼女の髪を静かに揺らし、目の前では雀たちが楽しそうに鳴き散らしている。
「毎日元気よね」
薄っすらと開かれた瞳で雀の集団を見つめるのは、ここ博麗神社の巫女である、博麗霊夢だった。
彼女は八雲紫とはまた違った角度から幻想郷の維持を司っており、幻想郷を幻想郷たらしめるとされる大きな結界も彼女が管理している。
維持、とは違うが、この幻想郷で起きた数々の異変を解決に導いたのも彼女である。
誰彼かまわず対等に向き合う姿から、人望はそこそこに厚い。
特に妖怪や鬼たちには結構気に入られている。
本人の職業が巫女にもかかわらず、だ。
そのせいか人間からは神社は危険だと認識され始め、最近は賽銭がめっきり減ったと言う。
それでも毎日を明るく過ごしている辺りが、幻想郷の住人らしいと言えば住人らしい。
「んー……」
瞳を閉じ、肺に新鮮な空気を満たし、ゆっくりと吐き出していく。
生きていることを噛み締めるような、緩慢とした生存確認動作。
それにどれ程の重みがあるのか。
「霊夢」
不意に声がした。
ゆっくりと霊夢の眼が開かれる。
「寝ていたの?」
太陽を背に、いつの間にかそこにいたのは、霊夢の良く知る人物だった。
「なんだ、紫か。萃香かと思った」
「何だとは何よ。こんなに朝早くから来ているのに」
「いや、まぁ。あれよ、この陽気だったからさ」
ついね、と笑みをこぼしながら答える霊夢。
萃香――伊吹萃香は、幻想郷に現れた鬼の一匹である。
常に“伊吹瓢”と言う酒の入った瓢箪を持ち歩き、飲み歩いている鬼だ。
伊吹瓢の中には、少量の水を多量の酒に変える生物の体液が塗布されており、酒が無限に沸き出る仕組みになっている。
これのおかげで彼女は大好きな酒を毎日飽きもせず呑める、という算段なのである。
酒好きもさることながら宴そのものも好きで、この萃香の性格をよく知っているだけに、霊夢は萃香が来るだろうと思っていたのだ。
「もう、暢気ね」
「ごめんごめん」
「……隣、いいかしら」
「どうぞ」
許しを貰った紫は、さっそく霊夢の隣に腰を下ろした。
霊夢は体を支柱に預けたまま起こさない。
それを心配そうに見つめる紫。
今、この幻想郷において、彼女だけが博麗霊夢の秘密を知っていた。
「調子はどう?」
「相変わらずよ。見ての通り」
「そう」
今日はよく風が吹く。
そよそよと、主張しない風が一陣吹き抜けると、その気流に乗ってか雀たちが散っていってしまった。
あぁ……と霊夢は少し残念そうに思いながら、飛んでいく雀たちの姿を眼だけで追う。
体を動かす気配は無い。
ただ視界に納めるだけで、手を伸ばそうとさえしなかった。
「今日はあの傘、どうしたのよ」
「……置いてきたわ。藍にあげるつもりだし」
「毎日持ってたのに。お気に入りじゃなかったの?」
「ただの日傘よ。代わりはいくらでもあるわ」
その言葉には偽りがある。
そう理解しつつも、霊夢はそれ以上追及しなかった。
今はただ、こうして二人で会話が出来ていればそれだけでいいと。
言葉を交わせればそれだけで幸福だと、懸命に今を生きる彼女は笑いながら次の台詞を頭で考える。
しかし会話は途切れてしまった。
お互いに様々なことを思い浮かべているはずなのに、言葉に出来ずにいる。
「…………」
「…………」
沈黙が辺りを覆い、二人の口と心に蓋をする。
けれどそれでも良かった。
語らずとも解り合える。
それこそが真の“親友”だと互いに承知している。
ただ隣にいるだけで、ただ存在が確認出来るだけで良かった。
それだけでこんなにも心が暖かくなるのだから。
しばらくして、また風が吹いた。
ひゅっ、と少し鋭い風。
二人の長い髪がなびき、すぐ戻る。
目の前には高い空と滲む太陽。
境内に声は響かず、万物は動かず。
じんわりと湧き上がってくる地熱だけが、肌で感じられる唯一の生気。
紫は目を伏せ、霊夢は柱に横たわるだけ。
それ以外何も無い世界において、ぽつり、と。
か細く掻き消えそうな声で、
「明日ね」
紫の声に、霊夢は黙ったまま頷いた。
/
「あれ? 寝ちゃってる?」
八雲紫が退出してから丁度一刻が過ぎようとしていた頃、伊吹萃香は普段通りに伊吹瓢を手にして神社へとやってきた。
鬼である彼女の頭には螺旋くれた二本の角があり、鎖を体に纏い、丸、三角、四角と、それぞれ形の異なった三種類の分銅を身につけている。
怪力を誇ると言われる鬼族において萃香も例外ではなく、華奢な体からは想像もつかないが、山一つを軽く崩せるほどだとか。
それ故、力自慢で粗暴かと思いきや、彼女は陽気な性格で懐っこく、大勢で賑わうのが好きらしい。
ここ最近、頻繁に霊夢に会いに来ているのだが、その理由も一緒にいて楽しいからと、実に彼女らしい理由だった。
しかも、もともと紫とは友人関係にあるらしく、紫自身もここへよく足を運ぶことから、今では一番居心地の良い場所となっていた。
「おーい、れいむ―?」
遠巻きに名前を呼ぶも、博麗霊夢は目を覚まそうとしない。
もうすぐ昼時だと言うのに、どうして居眠りなんてしているのだろう。
不思議に思い、萃香は霊夢の顔を覗き込むように接近した。
若い人間、それも女性特有の肌に瑞々しい唇、綺麗に揃った睫毛など、一介の男性ならすぐにでも虜にされてしまうだろう魅力を目の当たりにする。
そして思った。
「――――霊夢?」
何かが違う、と。
自分の良く知る博麗神社の巫女とは何かが違うと、ほぼ直感にも等しい感覚で気が付いた。
しかしその違和感が何であるかはわからない。
ただの寝顔であるはずなのに、いつもの博麗霊夢とは決定的に何かが違っている。
そこまで気が付けたのに、彼女は答えまで到れなかった。
「……ん、ぅ」
萃香の呼びかけのおかげか、霊夢が瞼を開き始めた。
心が他にいっていたせいで少し驚き、急いで離れる萃香。
その直後、霊夢は完全に覚醒した。
「あれ、萃香じゃない……」
「あ、うん。遊びに来たんだけど」
どうしたの、と問い質したい気持ちを堪え、萃香は笑顔を作る。
「昼寝には早くない?」
「あ、私……寝ちゃってた」
縁側の柱から急いで離れる。
慌てて見繕いする霊夢に、萃香の疑念は益々深まったが、それでも気付いた『何か』が説明出来ない以上、突っ込みようが無かった。
仕方なくそのまま場を和ませる方へと会話を繋げる。
「もう。箒を握ったまま寝るとか、どれだけ抜けてるのさ」
「ごめんごめん。つい、暖かかったから」
「暖かいって言うより暑いって感じだけどね」
「朝は暖かかったのよ」
「朝?」
今は午の刻を半刻ほど回ったところだ。
朝から寝ていたとすれば、巳の刻から眠ったとしても三時間近く眠っている計算になる。
転寝にしては些か長すぎる時間だ。
「ちょっと寝すぎじゃない? 徹夜でもした?」
「あ、うん……まぁそんなところ、かな」
「……そう」
何か隠している――萃香の中で、直感が確信に変わった瞬間だった。
あからさまに視線を逸らす友人に一抹の寂しさを感じつつ、それでも相手が話そうとしないのなら、それは胸中に留めておくべきなのだろうと思った彼女は、伊吹瓢の蓋を開けて中身の酒を大量に喉へと流し込んだ。
ぷはーっと大きく息を吐き出すと、霊夢がくすっと小さく笑う。
……これでいい。
隠し事をされているとしても、友人としての繋がりが壊れず保てるのなら、知らぬ顔をしておくのも一手だ。
きっと近々話してくれるだろう。
それに大切なヒトの笑顔が見られるのなら、自分が道化になるのも優しさの一つであろう。
もう一度、彼女は空を仰ぎながら酒を呑んだ。
「夜でもないのに、相変わらず良く飲むわね」
「お酒好きだからね。それにこんなにも良い天気なんだから、呑まなきゃ損でしょ! 霊夢もどう?」
「あ、いや、私は」
「遠慮しないでもいいのに」
「さ、流石に昼から飲むのは抵抗あるのよ……」
言われてみれば、宴会でもないのに昼間から酒を呑むのは鬼だけか、と納得するも、些細ながら応戦はするらしい。
萃香にしてみれば、せっかくの快晴なのだから友人と一杯やりたいと思ってしまうのは自然なことだった。
「でも、宴会のときは、朝だろうと昼だろうと呑むじゃん」
「それは特別な日だからでしょ」
「ちぇーっ。せっかくいい天気なのにな」
「いい天気、って理由だけで呑むなら、一年の半分以上は飲まなきゃいけない計算じゃない」
「私は毎日呑んでるけどさ」
つまらない、と唇を尖らせて、霊夢の隣へと腰を下ろす萃香。
瓢箪に口を付け、まるで水でも飲むかのようにゴクゴクと酒を飲み込んでいく。
霊夢はその様子を呆れ返りながらも、少しだけ笑みを浮かべて観察する。
その横顔は酷く悲しそうで――――それに気が付けない萃香は、それこそ道化のように酒を呷り続けるのだった。
/
今日もいつもと変わらぬ風景の一部として、妖怪の山は煙を吐き続けていた。
麓には樹海が広がり、行き行く人々をその闇に誘う。
外の世界には自殺の名所として名を馳せている樹海があるが、ここはそこと瓜二つの広大な森林郡。
迷ったら最後、抜け出すには至難のこの場所において、一匹の猫がいた。
何故巨きな木を選んだのか、その木陰で座り込んでいる。
猫とは言うものの、生物学上、その生物を猫とは呼べない。
何せヒトガタをした猫など存在しないからだ。
たとえ猫の耳を持っていたとしても、尻尾が二本生えている、と言う観点でも猫たり得ない。
衣服を身に纏い、体操座りをする猫のようなイキモノ。
人はソレを妖怪と言う。
「藍さま……」
猫妖怪である彼女の名は橙。
普段は妖怪の山にて生活を営んでいる、猫又と呼ばれる種こそが彼女の血族の名だ。
「わたし、どうしたら……」
独白は瞬く間に霧散し、木々へと吸い込まれていくかの如く周囲には響かない。
薄暗く、全てを飲み込むような異界寄りの場。
見上げる空は狭く、零れ落ちた涙が緑黒なる土へと滲みていく。
――そう。
橙は、泣いていた。
堪えようとしても溢れてくる涙を押し留めておけるだけの度量が、幼い彼女には無かったのである。
先日、自分の居場所だと思っていたトコロで八雲紫に聞かされた言葉が、脳内でリフレインする。
何度も忘れようと無茶な行動もしてみたが、そんなことで忘れられるほど易しいモノではなかった。
橙にとって八雲紫の口から吐かれた言葉は、使い慣れた単語の塊などではなく、彼女を絞め殺す呪いも同じだったからだ。
きっと一生涯忘れることの出来ない、言葉と言う名の呪縛。
紫の話の中身に慄き、怯え、また憔悴する彼女だが、何もそれは自分の身ばかりを慮っているわけではない。
「藍さま……藍さま……藍さま……」
目を閉じ一心不乱に主人の名を口にする橙。
自分の日常が崩れてしまうと言う恐怖より、主人への懼れの方が大きかった。
もし八雲藍が“あの話”を耳にしてしまったらどうしよう、と。
もし本当に“あの話”が実現してしまったらどうしよう、と。
きっとご主人様は壊れてしまう――それが橙の、一番危惧するところだった。
一番相談したい人に相談できないと言う苦しさが、彼女を一層窮地に追いやる。
だから後は、こうして座り込んで、ただただ孤独と戦いながらじっとしておくことくらいしか、今の彼女にはすることが出来ない。
鳥の鳴き声一つ無い深淵の森の中、橙はじっと耐え続ける。
故郷の妖怪の山はすぐ近くにあるはずなのに、今ではとてつもなく遠い存在となってしまっていた。
/
結局、夕飯時になっても紫様は帰っては来なかった。
もともと掴みどころの無い人ではあるが、昨今の状況を鑑みるにおかしいとしか思えない。
突如私に難題を吹っかけてきたり、取り付く島も無いほど不機嫌だったり。
考えすぎかもしれないが、何だか蟠りがあるようで精神的に良く無い。
モヤモヤと胸の中で燻る黒煙を早々に吐き出したい気分なのに、そう思っている時に限って帰ってこないし。
「はぁ……」
卓の上に並んだ三つの竹簡。
道具が揃えばすぐにでも稼動出来る状態だと言うのに、肝心の承認者がいないのでは一寸たりとも先に進まないではないか。
それとも、承認などいらないから、自分で実行してみよ、と言うことなのだろうか?
悶々と悩むうちに、気がつけば空には星たちが躍り出ていた。
天文にはさほど興味は無いが、これといってすることもなかったので、星を肴に酒でも啜ろうかと思い、自室を離れた。
縁側に辿り着いた私は、さっそく用意した盆を下ろし、おもむろに座って一人晩酌をする。
最近あまり飲んでいなかったせいか、はたまた星々のおかげか。
香りたつ濁酒はとても美味しくて、つい二献、三献と立て続けに口へと運んでしまった。
「ふぅ」
昔はどれだけ飲んでも殆ど酔えなかったと言うのに、今では少量でもほろ酔い、すぐに気分が良くなってきてしまう。
紫様の式神となってから飲む量と頻度が格段に落ちたのが原因か。
別に恨めしい事でもないが――どうして私は酒を飲まなくなったのだろう。
ふとそんな疑問が頭を過ぎった。
「……紫、様」
今頃どこで何をしていらっしゃるのか。
崇高なる九尾の妖狐だった私を一下僕にしておきながら、自分は好き勝手歩き回り、一体何をしているのか。
どうせ私なんぞに目もくれないのなら、わざわざ式神にした意味など無いだろうに、何故、紫様は私をしもべにしたのか。
一時の気まぐれだけで私をこんな惨めな姿へと追いやったとでも言うのか。
気がつけば、手にしていた杯に亀裂が入り、酒が漏れ出していた。
……一体何をしているのだ、私は。
せっかく星でも見て心を満たそうとしていたのに、これではただの八つ当たりだ。
酔いが回ったのだと自分を言い聞かせ、
「――――ぁ」
薄い赤色をした箒星が一筋、天空から堕ちていくのを、観た。
「…………」
一瞬と言えば一瞬だったが、それにしても長い尾を引いていたおかげで視界に収めることが出来た。
よく流れ星に願い事を掛けると叶うと聞くが、あれは本当なのだろうか。
もう姿が見えなくなってしまったので、今から願い事を言っても無駄ではあろうが、一応口にしてみる。
「どうか紫様が帰ってきますように」
紫様の家はここであり、帰ってくるのは当然なのだが、自然と口から滑った願いだった。
馬鹿馬鹿しい、と一笑しつつ、私は徳利を手にし、そのまま残りの酒を流し込んだ。
もう今日は帰ってこないだろうな、と諦めつつ、明日は帰ってくるだろうと期待を胸に、家の中へと戻る。
しかし――今にして思えば、赤い流れ星とは珍しいモノだったな。
流れ星と言えば青と言う先入観があったが。
/
その赤い星が堕ちるのを、憂いの眼差しを以って見つめていた者がいた。
まるで今生を惜しむかのようにダストテイルを引き摺っていく流星。
天文に通ずるその者は、東の果てにその星が消え入るのを見届けると、小さく嗚咽交じりに声を吐いた。
「霊夢……」
他に誰もいない淋しげな小高い丘。
そよ風につられ頭を垂れる種種の草花たち。
虫の音も聞こえない、静かで生温い世界。
その中心に、八雲紫はいた。
両腕をだらりと下げ、ただ小丘から天空を見上げる。
瞳は涙で濡れて一筋の道を作り、それを拭おうともせず涙を流し続ける。
わかっていたこととはいえ、こうして友人の天命が尽きる星が目の前で堕ちたのだ。
悲愴感が胸を抉るのも無理は無い。
「どうしてよ……」
奥歯を噛み耐えようとするも、溢れ返る感情を抑えることが出来ない。
力を込めた拳が小刻みに震える。
――どうして。
何も紫は自分の非力さを呪っているわけではない。
友人の死が確定だとしても、彼女にはそれを覆すだけの能力がある。
悲しみで胸が一杯になってはいるものの、それは単に死に行く友人を哀れんでのことではなく。
どうにか出来ると言っているのに、どうしても受け入れてくれない友人を憐憫しているだけなのだ。
八雲紫の、妖怪としての能力は『境界を操る能力』である。
それはつまり。
生と死の境界さえいじれると云うことに他ならない。
次元も生態系も思いのままに操る事の出来る妖怪――それが八雲紫なのだから。
しかし彼女の友人である博麗霊夢は、この提案を一蹴した。
理由は至極簡単なモノで、『人間は人間らしく、自然に死んでいくのが一番』だと言う。
永遠に一緒にいたいと思える相手の死を前に、紫は必死に説得したが無駄だった。
霊夢の意思は固く、もはや崩せるものではないと諦めた。
それ故の涙なのだ。
助かるはずの命が、今この瞬間も病魔に蝕まれていく友人の身体が、不憫でならない。
きっと苦しいに違いない。
きっと痛いに違いない。
きっと心細いに違いない。
それらを全て解消出来ると言っても、聞いてはくれない。
友人として……いや、親友として自分が信頼されてないのではないか、と疑ってしまうほど頑なに拒む姿勢が痛々しくて、思い返す度に胸が詰まって息をするのも苦しい。
こんなにも遣る瀬無くて切ない思いをしているのに、どうしてそこまで意地を張るのか。
人の生き死にをどうにか出来てしまう者の苦悩が、ここでひっそりと芽吹いている。
それでも、契った約束がある。
もう残り少ない時間しかない博麗霊夢が、親友である八雲紫と交わした約束。
生きる望みを手放し、死へと歩みを進める霊夢が、残される紫のために用意した舞台。
明日はその舞台へと上がる刻。
もう引き返せぬところまで来てしまった二人の、最初で最後の晴れ舞台が扉を開けて待っている。
/
「う、、、ッ!」
突然鋭い痛みに襲われ、彼女は深い眠りから目を覚ました。
腹部から訴えてくる強烈な痛覚。
力一杯患部を鷲掴みにするが、それでも痛みの方が強く、摘んだ感触など一切感じられなかった。
「いっ、づ……」
うつ伏せ気味になりながら、必死に痛みが引くのを待つ。
全身から脂汗が滲み出て不快だ。
だが不快感など米粒ほどに些細なことである。
この痛みは、間違いなく自身を殺そうとしているのだから。
「、っ……く」
脈打つように押し寄せてくる痛みの波。
流されまいと抵抗し、体に言い聞かせるも、病魔が言うことなど聞くはずも無く、
「ゴほ……っ!」
畳の上に、自分の血をぶちまけた。
そのおかげで患部の痛みは少し和らいだものの、今度は意識が白濁としてきた。
我を手放すまいと拳に力を入れるも、力むことさえ出来ないことに気がつく。
ブルブルと全身を痙攣させながら、彼女はせめて心が折れないようにと我を張った。
もう、それくらいしか彼女には出来なかった。
無力感に曝されながら、それでもまだ、今は死ねないと。
強く想う事で意識を保ち続ける。
――まだ。
そう。まだ、約束を果たせていない。
交わした約束を守るまでは、死んでも死に切れない。
歯を食い縛って友人の顔を思い浮かべる。
種族は違えど友情は永遠たれと、共に宣誓し合ったあの日の光景がフラッシュバックする。
そのおかげか、いつの間にか霊夢の口端には薄っすらとした笑みがのぼっていた。
深いため息を合図に、彼女は崩れ落ちた。
どうやら今宵も生き残ることを許されたようだ。
嵐が鎮まるように、痛みが四散していく。
何時間にも感じられた病との戦闘は、その実数分にも満たない時間だった。
「はぁ……はァ……」
激しく疲弊した体力と精神力。
脱力仕切った彼女は水が飲みたいと立ち上がろうとし、もはや立ち上がる元気さえ残されていないことに気がついた。
吐血の処理も行いたかったが、今晩はこのまま大人しく寝てしまえと言うことなのだろう。
額に張り付いた汗を腕で拭い、体を仰向けにした。
「ゆか、り……」
友人の名を呼ぶ。
こんな夜更けに隣にいるはずもないが、ひょっとしたら返事をしてくれるのではないかと淡い期待があった。
スキマ妖怪と悪態つかれる八雲紫なら、それくらいのことをしてのけてもおかしくはない。
だが、やはり結果は思ったとおりだった。
声は虚空に呑まれただけで、返事をする者などいない。
幽かな息遣いだけが鼓膜を震わせている。
「明日、か」
夜半を過ぎ、もう一刻もすれば旭が昇る時間である現在、明日と使うのは間違いだ。
しかし今の彼女に時間を知ろうとするだけの求心力など、一片たりとも有りはしなかった。
死が間近に感じられるせいで、時間よりも感覚の方が重要になってしまっているからか。
どちらにせよ、今の彼女にとって時計の針はただの飾りだ。
博麗霊夢にとって大事なのは、ちゃんと“生きている”と言う感触だけなのだから。
「みんなびっくりするかしら」
ふふ、と小さく笑って、乱れた布団をかぶりなおす。
まるで遠足へ行く気分にでも浸っているように、嬉しそうに頬を緩めた。
約束の刻限はもう間近。
血の香りが辺りを覆う中、霊夢は静かに瞳を閉じた。
☆★☆
耳に障る雨音で、目が覚めた。
ばちばちと家屋に打ち付ける雨。
威力はここ最近で一番強いのではないだろうか。
徐々に回復してきた視力で辺りを見回すと、まだかなり薄暗かった。
完璧なまでに雨に起こされてしまったな。
どうやら酒を飲んだせいで浅い眠りになってしまっていたようだ。
「ふぁ~……」
本当は二度寝でもしたかったが、不愉快な音が続いているせいでその気になれない。
しかも机にもたれかかって寝ていたせいか、妙に体がだるかった。
ちゃんと布団を敷いて寝れば良かったのだが、酒のおかげで気分がよくなり、調子に乗って選定式の見直しをしていたら、いつの間にか机に突っ伏していたのだった。
……水でも飲んで喉の渇きでも癒そう。
そう結論付け、私は一階の台所へと足を運んだ。
家中にある瓶の水を杓子で掬い上げ、口へと運ぶ。
本当なら真新しい井戸水で喉を潤したかったのだが、こんな大雨の中、外へ出て水汲みなどしたくはなかった。
今日の雨は日ごろより一段と激しい。
まさか台風ではないよな、と危惧しつつも、水分は採り終えたので朝の身支度でもしようと思い巡らせた。
――まさに、その時だった。
「な、」
得体の知れない感覚が、全身を襲ってきた。
下から上へ、まるで気脈の気流を根こそぎ奪われるような感覚。
徐々に、ではなく、それこそ一気に引っ張られた。
――それは秒にも満たない瞬間のこと。
気がつけば私は、両足を地につけていた。
「なん――――」
まるで力が入らない。
……いや。
力が入らないのではない。
もとよりあったはずの力が、綺麗さっぱり消え失せている――!?
「ど、どういう……」
震える両手。
こうして精一杯力を込めても立ち上がれないし、拳を作ることも出来ない。
完全に脱力しきってしまっている。
一体何がどうなれば、一瞬でこんなにも――それこそ死に掛けの人間の四肢のように――虚弱になってしまうのだ!
思い当たる節は全くもって無い。
昨日少量の酒を飲んだだけで、酔いが抜けきっていないはずも無く。
そも、酒が原因でここまで弱ることなど有り得ない。
病気の類なぞ、日々気脈を診て活動している私が気付かないはずが無い。
……では一体、この現状は何故生まれた……?
「――――――ま、さか」
馬鹿馬鹿しい、と思っても、それくらいしか思い浮かばないのも事実だ。
必死に脳内で否定しても、他の仮説は起ちようも無いモノばかりである。
だとしたら、やはり。
「紫……様?」
主人の御身に何かしら遭ったに違いない。
私と言う式神を維持出来なくなったせいで、私の式神が剥がれたのか。
であれば説明もつく。
式が落ちたことにより、一時的な肉体制限を受けているのが現在だと仮定するのなら、辻褄の合う話なのだ。
暫くすれば、私の本来持っている“九尾の妖狐”としての能力が元に戻るはずだ。
今はそれを待つしか方法は無い……!
「紫様……どうかご無事で……」
祈りに近い独り言を、私は抜け殻にも等しい体で訴えた。
/
「これで憂いは何も無いわ」
握り拳を開くと、藍色の煙が一筋立ち上ってすぐに霧散した。
その手は八雲紫のものであり、彼女は一言そう言うと小さなため息をついた。
一部始終の様子を隣で見ていた霊夢が声をかける。
「何をしたの?」
問いかけに、紫は苦笑交じりに、
「藍への呪縛を解いたのよ。もう、私の式でもなんでもない」
「……へぇ」
霊夢も式神のことは大体把握していた。
殆どの知識はすぐ横にいる紫から聞いたものではあったが。
それにしても、と霊夢が口を開く。
「そんなに簡単なモノなのね。もっと仰々しい儀式とか呪文とかあるのかと思った」
「言われてみればそうかもね。言われるまで意識したこともなかったけれど」
「じゃあ、もう藍は式神じゃないのね」
「そうね。少し寂しい感じはあるけれど……。あの子なら一人でもちゃんとやっていけるわ」
「どうかしら。逆に貴方を血眼になって探しにきそうだけど?」
意地悪っぽく笑う霊夢に釣られ、紫も貰い笑いする。
「ふふ。その可能性は捨て切れないわね。でもそうなったら、まず危ないのは霊夢よ?」
「な、なんでよ」
「そりゃあ主人を取られた、って難癖つけてくるでしょうから」
「その時は紫が身を挺して守ってくれるから、何の問題も無いわ」
「さて、どうかしらね」
外の天候とは正反対に、明るい会話が花開く。
今日は二人の門出の日だった。
死を目前に控えた少女と、その親友である境界繰りの魔女。
二人が目指すのは、当ても無い旅行。
外の世界を知る紫が、幻想郷を出たことの無い霊夢を連れ出す、文字通り死出への旅路。
望んだのは霊夢の方だった。
幻想郷で生まれ育った彼女は、やはり幻想郷で息を引き取りたいと願ったが、親友である八雲紫が生まれ育った地を見てみたいと言い出したのが始まり。
紫も霊夢の状態を知るだけに最初は反対だったが、その熱意に推し負け、今に至る。
それに思ってしまったのだ。
差し出した救いの手を払いのけた友人との、最期の一時を楽しみたい、と。
この機会を逃せば永遠に手に入ることは叶わないであろう、黄金の一時。
胸に刻み付けるための、刹那の行楽。
だからこれは二人が共に望んだ、最高の幕引きになるはずだ。
それがもう、目の前までやってきている。
「それにしても。こんな日まで雨降らなくても良いのに」
「きっと誰かさんが雨女なのよ」
「紫のせいじゃないの? いつも傘ばっかさしてるから」
「あれは日傘だって何度も……」
「日傘でも傘には変わりないじゃない。きっと神様が紫を見て雨を降らせようと思ったのよ」
「……そうかもね」
言って、外へと視線を向ける紫。
風が強く雨も強い。
ゴロゴロと遠雷の音も聞こえてくる。
「きっと龍神が啼いているんだわ」
「龍神? 龍神ってあの?」
「そうよ。人間の里でも祀られているし、貴方も博麗の巫女だから聞いていると思うけど。博麗大結界が張られた時に、一度だけ現れたの。
この大雨もきっと、龍神のものでしょう」
「怒ってるのかしら」
「違うと思うけれど。本人がいないから確かめようもないけれどね」
嵐とも形容出来る雨風を前にしても、気分が陰鬱になるどころか昂揚していく二人。
もう、心の準備は当に出来ていた。
後は紫が“境界”を開くだけである。
「さて、」
「――行く?」
「そうね。生憎の天気になってしまったけれど、これはこれで悪くは無いし。どうせ無断で出て行くんだから、見送りもいないしね」
「……本当に良いの? 今ならまだ、」
間に合うわよ、という霊夢の言葉を紫は遮り、
「最初に行きたいと言っていたのは“海”だったわね。綺麗な砂浜を知っているの。見たこと無いはずだから、きっと感動すると思うわよ? まさかそこも雨なんてことはないでしょうし」
空間がすっと裂ける。
紫の能力で次元に穴が開いていく。
「どうせ行くなら、早く出て沢山楽しみたいわ」
「――それには同意。まぁ……どれだけ楽しめるかはわからないけどね」
「心配無用よ。ちゃんと最期はここに帰ってくるから」
「……そうね。期待してるわ、紫」
「任せなさい」
どちらかともなく手を差し伸べ、握り合う。
お互いがお互いの温もりを感じ合う。
二人はくすっと笑いながら、次元の穴へと足を跨いだ。
☆★☆
十分の後、歩行するに十分な力が戻った。
徐々に回復してくる自身の妖力。
だが、それを悠長に待っているわけにはいかない。
一刻も早く紫様を探し出さなくては!
「紫様!」
名前を呼びながら手当たり次第、襖を開けていく。
バン、バンと耳障りな音が神経を侵して来るが、そんなモノなどいちいち気にしていられない。
どれだけ不快であろうと、全力で聴覚に蓋をして無視する。
四枚、五枚と襖をどかしていく。
名前を呼び続けても返事をしないところをみると、この家にはいないのだろうか?
可能性はゼロじゃない。
晩酌をして寝るまでの間、紫様は帰っては来なかった。
じゃあ外にいるのか?
しかしこの雨風が吹き荒れる中、どこに身を寄せる?
沸々と湧き上がってくる疑問と苛立ち。
それらが頂点に達しそうになった時、手が止まってしまった。
「――――――」
無作為に開け放ってきた襖の一枚。
その向こう側、鼻を刺すような匂いと共にソレはあった。
「なんだ、これは……」
ここは普段紫様が愛用されている脇息が置いてある大広間。
白い狐の屏風を背に、黒檀の卓があり、
「――贈?」
意味不明な『贈』と言う一文字が、畳の群れ一面に書かれていた。
いや、もはや書かれているなんていうレベルではない。
墨と筆で塗りたくった、と言うほうが正しい。
部屋一面の畳に文字を書くなど、正気の沙汰とは思えない。
一体誰がこんな幼稚な真似を――――。
「……?」
非常時だと言うのに目下の状況のせいで怒りが込み上げてきたが、それもすぐ強い疑問によって打ち消された。
視線を卓へと戻した私の目に入ってきたのは、一巻きの巻物だった。
何故か主人もいないのに、ポツリと卓上に置かれた巻物。
足を運び、絢爛な作りをしているそれを手に取り、紐を解く。
赤い丁装をした巻物を開くと――そこに。
≪今日から貴女がこの家の主よ。好きに生きなさい。もう束縛はしないわ。 八雲紫≫
巻物にする必要の無いほどに短い一文が、書かれていた。
何度見直しても、文字が変化するはずがない。
そうわかっていても読み直してしまう。
本当にこれは紫様が書いたものなのか?
――筆跡は紫様のモノ。
本当にこの内容を紫様が認めたのか?
――橙が書いたとは思えない。
本当にこれは現なのか?
――墨汁の香りが証明している。
「あ……あ……」
後ろを振り向く。
ここから見ると逆さまになる一文字。
理解不能だった『贈』の文字の答えが、この巻物にあった。
贈る――つまり、この家を贈る。
この家を贈り、好きに生きろと言うのならそれは、家督を譲るということに他ならない。
そしてそれが意味するところは。
「ゆ――――紫様!」
私は自制することも忘れ、妖力任せに爆ぜた。
/
博麗霊夢と八雲紫がこの地を去って間もなく、一層暴風雨は勢いを増した。
黒塗りの空には稲妻が走り、雷鳴が幻想郷全土に轟く。
虫たちは昨夜より地中等々に隠れ、人々は固く戸窓を閉ざす。
まるでこの世を浄化せんと降り注ぐ豪雨に耐えるように。
天より攻められる地上。
為す術もなく震え上がる生物たちの楽園。
その合間を、金色の光が走っている。
「紫様……!」
言葉が咆哮となって四方八方に伝播していく。
雷鳴と同レベルの声量が世界を震わせる。
その声の発生源は八雲藍だった。
だが、普段の彼女とは全てが異なっている。
「どこにおられるのです!」
黄金色に輝く巨大な体躯。
面は白く艶やかで、すらりと伸びる四肢は、それだけで感嘆の声を漏らす程に美しい。
尾は九本、いずれも人三人分はある大きさである。
化け物――そう呼ぶに相応しい姿形をしている八雲藍。
彼女こそは人々に九尾の狐と恐れられ、その神々しい容貌から畏れられた妖怪の中の妖怪、白面金毛九尾の狐である。
伝説に曰く、白面金毛九尾の狐は“傾国の美女”と言う名を冠するに相応しい美女であったという。
傾国の美女の名の通り、彼女が人の姿をして現れ、時の権力者たちに近づいた暁には、その国がどれだけ大国であろうと傾いた。
中でも有名な逸話は、中国王朝である殷の、紂王という王の治世の時代。
彼女は妲己と言う女を食い殺し、その姿に化けて紂王に近づいた。
紂王は美男子かつ頭脳明晰であり、殷の未来は約束されたも同然だと周りから賞賛された王であったが、妾となった妲己のおかげで没落していく。
妲己は常人とはかけ離れた嗜好の持ち主で、その残虐性故に、後史に語り継がれる程の悪行、暴政を敷いた。
特に刑罰は自身で工夫して開発したモノが多く見られ、炮烙や蠆盆といった恐ろしく惨い殺し方をする刑の様子を見て喜んでいたと言う。
更には民たちの税で酒池肉林を展開し、贅沢を極めたおかげで民心が離れていき、殷国は滅んだ。
――と言う具合に、その美貌と艶やかな身体で権力者を陥没させ、国を幾つも滅ぼしてきた美女が白面金毛九尾の狐なのである。
女一人のために国を潰した王たちも王たちであるが、それだけの美しさだったのだろう。
昔から女と酒は男を滅ぼすモノだと言われる所以が、歴史を紐解くと良くわかる。
だが、歴史に干渉する際は美女であっても、白面金毛九尾の狐は類稀なき大妖怪である。
九つの尾にはそれぞれ莫大な妖力を蓄えているとされ、体からは滲み出る妖力のおかげで神々しい光を放っているように見える。
大きな肢体を持ちながら細く長い様相は、見た者の心を奪うだけでなく、狩猟機能として是非も無い。
間違いようも無く、彼女は最強クラスの妖怪だった。
その、妖怪の王とも呼べるべき八雲藍が、今は焦燥しながら紫の名を連呼し、探し回っている。
一体彼女たちの過去に何があったと言うのか。
本人たちの口述以外に知る術は無いが、この状況から察するに、余人には計り知れない関係であることに間違いは無い。
「ど――どこにいらっしゃるのですか、紫様……!」
一足、また一足と、その四本足で力強く大地を駆けていく妖狐。
だが一向に返事は無く、雨風が行く手を阻むように荒れ狂う。
それを苛立ちながら突き進んでいた藍の前に、見慣れた姿が現れた。
――伊吹萃香である。
「伊吹、萃香」
「そんな妖力丸出しで、何してるのさ」
「わ、私はただ……」
腕を組み仁王立ちで道を塞いでいる、二本角の鬼。
雨に濡れていても気にしていない様子で、傘も差さず突っ立っている。
体格差は五倍以上にもなると言うのに、言葉を詰まらせたのは藍の方だ。
萎縮する必要などどこにも無いのに、どうしても次の台詞を言い出せない。
おおお、と何かが吼えるような風音と共に一際強い風が二人を叩きつけた。
そして、萃香が静かに口を開いた。
「お前は紫に託されたんじゃなかったのか?」
「……っ! ゆ、紫様は――?」
「私も知らない。……多分だけど、置いていかれた」
「置いていかれた……?」
「そうだよ。昨日霊夢に会いにいったんだけど。様子がおかしかったから尋ねてみたんだけどね。誤魔化されちゃった」
「そ、それはどう言う、」
「どうもこうも無いよ。私は――いや、私たちは置いていかれたんだよ。きっと今頃、霊夢と紫は二人でどこかへいったんだろうね。
紫がお前さんを後任に、って言ってきた時に気がつくべきだった」
深いため息を吐き、諦め顔をする萃香。
しかし藍は違った。
獣特有の喉鳴らし、威嚇するかのように歯を剥き出しにして萃香へと言葉を投げる。
「う……嘘だ、そんなはずはない。紫様が私を置いてどこかへ行くなど……」
「じゃあ何でお前はそんなにも焦ってるのさ? どこへも行かないという自信があるのなら、家でじっとしていればいいじゃないか」
「違う! 断じて紫様は――――!!」
「煩い娘だね。なに、そんなにも暴れたいの? ――いいよ、私も丁度ムシャクシャしてたし」
腕組みを解き、口端を吊り上げながら、萃香はゴキゴキと首の骨を鳴らす。
次いで身を構えると、
「私の能力も把握してるよね。これから幻想郷を背負っていく八雲藍なら」
大きく息を吸い込み、比喩でもなんでもなく体を大きく膨らませていく。
巨大化、と言うのが一番しっくりくるか。
鬼である伊吹萃香の能力は“密と疎を操る”こと。
よってこの巨大化も彼女の能力の一端であり、瞬く間に身体が倍化した。
藍を見下ろせるところまで大きくなると巨大化をやめ、文字通り九尾の狐を見下す。
「私が博麗神社に何しに行ったと思う? 霊夢の様子を見るためだよ。早朝から行けば何かわかるかも知れない、なんて幼稚な考え方でね。結果はお前さんの思っている通りさ。誰もいなかったんだ。がらんどうになった神社を見て悟ったよ。
――ああ、所詮私なんて、霊夢たちから見ればどうでも良かったんだ、って」
「――――な、」
ごっ、という轟音を聞いた瞬間、藍は風の圧に飲み込まれた。
その正体が萃香の蹴りだと看破するより早く、鼻筋で蹴りを受け止める。
続いて全身に響く衝撃。
逃げ場を失った運動エネルギーが体内で暴れまわるのを四肢で御する。
それでも削げなかった力のせいで、五メートルほど後退した。
「反応良いね。結構本気で蹴ったつもりだったんだけど」
軽口を叩く萃香の表情には余裕が見て取れる。
対する藍も、それほど追い詰められた感じは無い。
開かれた微妙な間合い。
萃香なら一足で、藍なら一突進で届く距離。
その間合いを保ちつつ、藍は鼻を鳴らした。
「フン。相変わらずの馬鹿力ですね。鬼たちは今も昔も変わらない。ただ単細胞なだけ、暴れまわるだけが能だ」
「そう言うお前はずる賢いだけの単細胞さ。卑劣って良く言われるだろ? 狡猾だけがお前のウリなんだから、単細胞でも通じるよ」
「……何?」
「そうだろ? 一芸に秀でるのなら、みんな単細胞さ。お前もずる賢いこと以外に特技なんてありはしないだ、」
言い終える前に、視界から藍が消えた。
どこへ行った、と声に出す直前、萃香は激痛に顔をしかめた。
「ぎ、い……っ!」
ぶしゅう、と勢い良く噴出す血液。
出所は萃香自身の頚部からだった。
真っ赤な液体が噴出す様は、まるでマグマの噴火のソレだ。
慌てて患部を押さえつけ、周りを見渡す。
だが藍は見つからない。
三百六十度見回しても、どこにも姿が無い。
「どこに行った、卑怯者!」
雄叫びを上げ相手を罵るも、現れる気配は無い。
耳を澄ますも、雨音によって掻き消され、居場所を掴むには下策だ。
体術において最も重要なのは、その“秘匿性”であると言う。
必殺技、と括られる技の全ては“わからない”こそ必殺たり得るのだ。
故に奥義と呼ばれ、情報を頑なに守ろうとする。
戦闘は人や妖怪などが行うものである。
生物が行う以上、破れない技など無い。
対策されれば打ち破られるのが理である。
ならば、絶対に見破られないのなら、破られないのが筋であろう。
ソレが何なのかわからなければ、対処などしようが無いからだ。
つまり敵対する人物にとって、わからないことほど脅威なモノは無いと言える。
秘匿性が高ければ高いほど、必殺を維持出来るのである。
そして今、萃香の目の前から消えた藍は、まさしく秘匿性の高い状態だった。
単純明快な一つの秘匿性。
相手に五感を使わせないことで情報を与えない作戦。
視覚、触覚、聴覚、味覚、嗅覚のうち、聴覚と嗅覚は雨によって使い物にならず、触覚と味覚は言わずもがなである。
頼りの綱は視覚であるが、逆にそれしか残っていないことを計算に入れて、藍は姿をくらましていた。
「くっ……」
上下左右、視界に収められる場所を全て収めても、萃香には藍の姿どころか尾一つ捉えられない。
悲しいかな、人の形をした生物は、一度に視界に収められる広さと言うモノが決まっている。
その広さは約百度から二百度の間。
集中状態になれば、更にその視野は狭くなる。
萃香は一度に三百六十度の全てを見渡せないが故に、藍の姿を見つけることが出来ない。
その不幸が、今度は足に来た。
「……ッ、!?」
ぐらりと傾く巨体。
痛みこそ無かったが、現にこうして倒れ掛かっているところを見ると、藍が何かしらけしかけた違いない。
踏ん張ろうにも二の足が出なかった。
視線が地平線から空へと切り替わる。
ゆっくりと落ちていく感覚に全身が戦慄した。
どうにかして体勢を立て直さなくては――下手をしたら殺される。
直感と共に萃香が選択したのは、自身を疎にすること。
極限まで密度を下げ、霧状となれば物理的なダメージは最小限に抑えられるはずだ。
――だが。
「――――な」
今まで姿を隠していたはずの八雲藍が、いつの間にか目前で牙を剥いている――!?
「覚悟!!」
ガ、と大きく開かれた顎。
ノコギリ刃のような鋭い牙が、上下にずらりと並んでいる。
藍の狙いは、一度目に襲った頚部。
二度の咬撃には耐えられまいと、獣の勘で標準を合わせる。
突進スピードはまさに突風を思わせるほどに速い。
それは秒にも満たない瞬間。
萃香の能力の展開さえ間に合わぬ刹那。
――――轟音と閃光が、二人を襲った。
萃香と藍、どちらも何が起きたかわからなかったであろう。
万の電流と億にも達する電圧が、落雷と言う形で二人に浴びせられたのだから。
お互い煙を上げながら、ゆっくりと地上へと落下する。
受身さえ取れないまま地面に叩きつけられた二人には、もう、意識さえ無かった。
/
チチチ、と心地よい鳥の鳴き声が聞こえてくる。
意識はまだ底で淀んではいるが、雀が鳴いているのだとは理解出来た。
何故か全身が痛くて、体を起こすのも億劫だ。
目を開けようとしてもまどろみたい気持ちが大きくて、私は二度寝敢行しようとし、
「……あれ?」
事の異常さに気がついた。
急いで飛び起きる。
「紫様!」
そうだった。
何を寝ぼけていたのか、私は。
紫様を探して家を出て、それから――――それから。
「う……っ」
急に目を開いたせいか、日差しが目に付き刺さり苦悶の声を上げてしまった。
ついでにこの声には、体中の痛みを訴える分も含まれている。
筋肉に異常は無さそうだが、骨たちが軋みをあげているのだ。
一体何事かと体を点検しようとしたとき、すぐ隣で声がした。
「寝起きの開口一番が紫様、ねぇ」
「……伊吹、萃香」
すぐ横にいたのは、大の字になって空を仰いでいる伊吹萃香だった。
衣服は土塗れのボロボロで、髪もボサボサである。
彼女はこちらに顔を向けようともせず、青空の一点をずっと見つめていた。
「そこで何を?」
「何って。お仕置きされて動けないだけだよ」
「お仕置き?」
実におかしなことを言ってくれる。
見た目からして満身創痍そうな伊吹萃香は、声色まで弱々しかったのだ。
いつもは無尽蔵に酒を飲んで陽気にフラフラしている娘がお仕置きとは。
しかし、
「きっと龍神様からの罰だったんだね」
その一言には、思い当たる節があった。
……ああ、寝起きのせいか、記憶に混乱が見られるようだ。
なんでそのことを忘れていたのか。
確かに、お仕置きだった。
お仕置きの瞬間のコトはあまり覚えが無いけれど、この骨格の痛みとボロ雑巾よろしくな姿となっている萃香の現在を見れば、頷かないわけにはいかない。
色々と抑制が効かなかった私が萃香へと襲い掛かったのが、お仕置きの主な理由であるに違いないのだから。
「よくお互い生きていられましたね」
「ホント、そう思うよ」
「きっと落雷の威力を落としてくれたのでしょう。でなければ、死んでしまっても不思議ではない」
龍神と言えば水の神様としての一面がすぐに思い浮かぶが、風と雷の神様でもある。
昔から稲妻は龍が駆け巡っている姿だと比喩されてきたし、暴風によって災害を起こすのも龍の役目だった。
だから私たちがこうして倒れていると言うことは、龍神様の怒りが具現化した“雷”が頭上に落ちてきたと言うことであり、生きていると言うことは手加減をしてくれた、ということに他ならない。
周りには誰もいなかったし、そもそも私たちのような妖怪決戦を止められる人物は数少ないのだし、今は竜神様の仕業だとするしかなかった。
「あーあ……少しだけ残念だけど、少しだけすっきりしたよ」
「なら大半は?」
「そんなの、不満に決まってるじゃん」
それもそうか。
何せ私たちは、それぞれ大切な人に置いていかれてしまったのだから。
「……紫様はどこへ行かれたのでしょうか」
「詮索しない方が身のためだと思うよ。紫、干渉される事が大嫌いだから」
「それは承知しておりますが……」
「ならほかっておけばいいんじゃない? 放っておいて欲しいから、黙って出て行ったんだろうし」
そうは言われても納得は出来ない。
紫様が気分屋で、冬眠時以外は私に何の連絡もせず出歩いていた経歴が多々あったとしても、今回ばかりは折れることが出来ない。
家にあんな落書きまでして、しかも一人ではなく他人を巻き込んでどこかへ行ってしまうなど、許容出来るはずも無い。
でも……それでも。
私以上に、本当は許したくないはずの伊吹萃香が隣にいるせいで、何も言えなかった。
だから愚痴る代わりに疑問をぶつけてみることにした。
「紫様にとって、私とはなんだったんでしょう。誰よりも長くお傍にいたと言うのに、つい最近知り合った博麗霊夢より信認が無かったのでしょうか?」
「そんなこと私に聞かれても困るけど。そうさねぇ、紫にとってお前は、家族みたいなモノなんじゃない?
霊夢とは友人関係でさ」
「家族だとしても、無断で出て行かれるなど……」
「気持ちはわかるけどね。私だって親友だと思ってた二人に置いていかれたんだ。でもだからこそ、友人じゃなくて家族のお前に後続を任せたんじゃないかな。
どちらにせよ紫からすれば、“絆”としては互角だと思うよ。お前も霊夢も」
言って、瞼を閉じる。
その顔はとても涼やかで、とても親友による裏切り行為をされた被害者とは思えない。
「しかし、それでは納得出来ないのです。何故紫様は博麗霊夢を選んだのか。どこかへ行くのなら、私でも――」
「いや、霊夢じゃないとダメだったんだよ」
「何故そういいきれるのです? どこへ行ったかもわからないのに」
伊吹萃香が不思議なことを口にしながら瞳を開けた。
まるで紫様がどこへ出向いたのか知っている体だ。
訝る私に、彼女は即答した。
「霊夢はきっと病気だ。それも結構重い類の」
「――――え?」
それは、初めて耳にする事実だった。
困惑する私を置いて彼女は話し続ける。
「なんとなく変だなとは思ってたんだけど、ついこの前神社に行った時に確信したんだ。
血色も悪かったし、動かないと言うよりは動けない、って感じで辛そうだったし。だから紫は霊夢と一緒にどこかへ行ったんだと思う」
「病気、だったのですか」
「あくまで私の私見だけどね。でも、まぁ公言しなかったということは、そういうことでしょ」
彼女が涼やかな表情をしていられるのは、この所為だったのか。
私たち妖怪は長寿だが、人間の寿命はまことに短い。
身体も脆弱であるため病気になどかかったら、それこそあっという間に死んでしまう。
そんな友人を持ってしまった紫様は、どう思ったことだろう。
きっと治そうとしたに違いない。
紫様にはそれだけの能力もある。
だが、どこかへ姿を消したとなると、それが意味するところは――。
「だから私は連れて行ってもらえなかった。これはきっと、二人だけの死出への旅立ちなんだ。
そのパートナーに私が選ばれなかった、って言うのが、ちょっとショックだけどね」
「博麗霊夢が紫様を選んだ、と言うことですか」
「そうなるね。私は鬼っていうだけで、霊夢が望むものを用意出来なかったろうし、そう言った意味では紫が適任だったんじゃないかな。きっと今頃は外の世界でのんびり回遊でもしてるよ」
「では何故、三人で行かれなかったのでしょう? 別に何人で行こうが問題ないのでは」
「あはは。そういうところは抜けてるんだね。本当に頭良いのかい?」
「ど、どういう意味で?」
「そのままの意味だよ。ほら、外の世界に鬼なんていないだろう? 私なんかが行ったら、それこそ迫害の的だよ」
「…………」
完全に失念していた。
彼女と違って私は何度も外の世界に行っていたというのに、どうしてそのことを忘れていたのだろう。
人一人攫ってくるのも大変な世界だと言っていたのは誰だったか。
幻想郷では妖怪なんて珍しくもなんとも無い。
それこそ妖精もいれば神様だってウロウロしているのが、ここ幻想郷だ。
けれど外の世界はそうじゃない。
人間たちは徹底的に他部族を追い払うことで、あそこまで強固な社会を築き上げた。
遠い昔は妖怪も人間と共存していた時期があったが、その揺り籠は人間の手によって壊されてしまった。
きっと人間たちは真面目すぎたのだろう、負の心を映し出す妖怪を放って置くことは出来なかった。
心と言うのは“正”と“負”の両方で出来ているモノだが、人間たちは“負”の心は邪悪だと切り捨て、恥だと認識し始めたのがきっかけ。
いつも清く正しくあろうともがいた結果、妖怪と決別し、目に映る科学だけを追い求めていった。
科学は無色透明な力で、一つの“正”の形だと、人間の偉い誰かが決定付けたのだ。
無色透明――故に公平だと種族全体が腹に落として。
その結果が、彼らが現代社会と呼ぶ現在である。
人間のための、人間に都合の良い社会。
排他する故に安全で、けれど自身にも刃を突きつける矛盾者の集まり。
科学を絶対善とする、動物性を欠いた楽園。
「だから尻尾が九本も生えてるお前も対象外だね。ま、たとえ生えて無くても、霊夢はお前さんなんて連れて行かないだろうけど」
「勿論です。私からお断りですよ」
「おや、友達がいないヤツの僻みに聞こえるね」
「……どうとでも受け取ってください。私は今のままでも十分だし、これからも現状維持です」
寂しいヤツだね、と言いながら、伊吹萃香は再び目を閉じた。
話し疲れたのか、または会話終了の合図なのか、ため息までついて。
そして相変わらずの澄まし顔。
私はちょっとだけムッときて、最後に一言だけ付け足した。
「そちらこそ、寂しいなら泣くなり喚くなりしたらどうです?」
「久々の喧嘩ですっきりしたから、そういう気分でもないし。それに、紫も霊夢もちゃんとそのうち帰ってくるだろうから、私は気長に待つさ」
嫌味のつもりだったのに、元がお気楽な性格だったせいか、嫌味にすらならなかった。
さて……色々と変な絡み合いになってしまったが、後腐れも無く喧嘩も終わり、話し合いも折り合いがついた。
なので私も彼女にならって青空を仰ぐことにした。
寝転がる際も骨が軋んで不快だったが、居心地の良さがそれらを吹き飛ばす。
あれだけ降っていた大雨が嘘のように晴れ渡っている。
黒く厚塗りされた雲の塊もどこかへ去ってしまい、空には太陽以外何も無かった。
陽の光が眩しくて、反射的に瞼を閉じた。
聞こえてくるのは夏の終わりを告げる蝉たちの声。
もう夏も終わりか――そんな感傷のせいか、不意に涙が溢れた。
隣にいる伊吹萃香に感付かれないよう、手で覆い隠す。
命を懸けた自己主張の嵐が、私の鼓膜を浸食してくる。
悲しくも強さを感じる声色。
ぽっかりと空いてしまった心に染み入る、郷愁的な演奏。
おかげである句を思い出した。
“静けさや 岩に染み入る 蝉の声”
とある外の世界の有名な俳諧師の句である。
俳聖と呼ばれるだけあって、感銘を受けてしまった。
……正にたった今し方、ではあるが。
外の世界の人間――いや、遍く人類か――は、とんでもなく難解な思考を有している。
でなければ、こんなにも抒情を揺さ振る作品など書けはしまい。
どうしようもない無力感に打ちのめされつつ、私は呟いた。
「さようなら」
☆★☆
「お帰りください」
希望が絶望にすり返られた女性がいた。
何故、と縋るように問う。
「今回は些か事件が起きまして、選定の儀が間に合いそうにないのです」
そんな、と叫びを上げる。
しがれた声は怨嗟を彷彿させる。
それらを一切無視して、■が告げる。
「この地を桃源郷と仰って下さり、大変感謝しております。ですから――」
私を見捨てないで、帰さないでと喚く。
けれどそれは態度には表せない。
ただ、脳内で思っている事を心の内へ吐き出すだけ。
それでも必死に伝えようと思い続ける。
「もっと外の世界の住人たちにも、この様な世界が本当にあったのだと伝えてください」
イヤだ、ここに残る。
あんな汚い、汚らわしい場所になんて二度と帰りたくない!
辛いだけの、苦しいだけの世界になんて、二度と――――。
「ここは幻想郷。私は■■■。またご縁がありましたら、是非」
■がお辞儀をすると、女性の意識が断絶させられた。
一方的な会話、一方的な送還。
やっと顕界から逃れられると喜んでいた老女は、暗転して元の世界へと戻された。
その後の彼女がどうなったかは、■が知る必要もなければ管理することでもない。
ただ初めから無かったことにするために、“価値の無い人間”とレッテルを貼られた老女は元の世界へと帰された。
本人にとっては地獄への逆戻りであったかもしれない。
だが。
それならそれで、死ねば良い話である。
これは、ただそれだけの話。
人間には様々な逃げ道が用意されている。
それこそが弱き生き物の特権なのだから。
次元の孔が閉じると共に、三上多恵子なる年老いた女は、人間としての機能を取り戻す。
後は本人次第。
今までの出来事を夢だと笑い捨てるか、もう一度奇跡に賭けるかは本人次第である。
きっと後者だな、と■■■は微笑みながら、ゆっくりと次元の向こう側へと姿を消した。
☆★☆
「藍さま、お持ちしました」
「ありがとう。それではお茶にするとしようか」
橙から茶請けの盆を受け取り卓の上に置く。
急須やら湯呑みやらは準備済みだ。
特に橙は熱いモノが苦手だから、淹れたてを出すのは酷なので冷ましたモノを差し出す。
冷ましたと言っても仄かに湯気が揺れている、ぬるめと言う状態だ。
用意していたそれを橙に渡し、自分も茶を湯飲みに注いで手にした。
「それで、何人分の血が採れた?」
「えーっと、量から察するに五人分かと」
「五人分か。とりあえずその分は紅魔館へ運びなさい。あそこは良く人間の血を使うからね」
「はい!」
元気良く返事をしてもらえると、こちらまで気分が良くなってくる。
橙は今、私の下で、かつて私がしていた仕事を行っている。
あの事件以降、橙はあまり妖怪の山には行かなくなり、代わりにずっとこの屋敷で暮らしている。
別に誘ったつもりはなかったのだが、物凄く落ち込んでいた橙を見て、手を差し伸べたら居ついてしまったのだ。
そして橙に「自分も式神として使役して欲しい」と懇願され、今に至る。
私としては、橙の式神も剥がしてしまい、自由にさせようとしていたのだが……。
「それで、この後は選定の儀を執り行うんですね?」
「ああ。まだ二回目だから不安は残るが」
この様にやる気満々な姿を見てしまっては、追い出すのも忍びない、という按配になったのだった。
そして私の方も、実は一ヶ月半くらい前に『選定式』を完成させていた。
紫様たちが失踪してから既に三ヶ月が経とうとしている。
まだ一度しか行っていない選定の儀。
前回は式に微妙な歪みがあり、幻想郷内の因果律が少し変わってしまったようなのだ。
急いで直しはしたが、今回はどんな落とし穴が待っていることやら。
ちなみに、結局私の選定式には、閻魔様の協力が得られたので『浄玻璃の鏡』を使用することとなった。
とは言っても、神具の劣化品ではあるが。
もしもの時のために用意している予備を貸していただけることになったのだ。
劣化品と言っても能力には何の違いも無い。
ただ神格位が違うだけ。
つまり廉価版みたいなモノだ。
それと、相変わらず“価値の無い人間”の選別式は紫様のままだが、これもそのうち改定しようと思っている。
「……ふぅ」
そして困ったことに、最近の橙は私の見様見真似ばかりするようになってしまった。
このお茶を飲んだ後の吐息もその一端である。
衣服まで一緒のモノを使い始め、周りから“写し身だ”と指差される羽目に。
果ては喋り方まで真似をし始めて、難しい言葉などを必死に覚え始めたのだ。
今までの自由奔放さは一体どこへ行ってしまったのか。
あの能天気なまでの自由さが好きだったのだが……まぁ、これはこれで慕われている実感が沸くので、悪くは無いのだが。
「それじゃあ式の準備をしてもらおうかな」
「了解です! ――あ、お茶飲んでからで良いですよね?」
「もちろん。そんなに慌てる案件でも無いし」
しかしこの底抜けに明るい笑顔だけは健在で、今日も私に活力を与えてくれる。
お揃いの服と帽子を被っている橙。
こうしてみてみると、まるで親子のようだ。
紫様も――この様な気持ちで、私と接していたのだろうか?
「それでは準備してきます!」
「よろしく」
やはり子供は元気が一番だ。
あれだけ屋内で走るなと言ってもきかないところは誰に似たのだろうか、躾面に残る課題が頭痛の種と言えば種である。
二本の尻尾を揺らしながら、橙が遠ざかっていく。
私はその光景を見つめながら、残りのお茶を啜った。
季節はもうすぐ冬。
紫様が冬眠を迎える季節だ。
でも、肝心の本人は、ここにはいない。
きっと今頃、得難い親友と共に広い世界を――――。
☆★☆
「予想よりは、もったわね」
「そうね。粗方見たい場所は回ったし、美味しいものも一杯食べられたからじゃない?」
「そんな単純な作りじゃないわよ、私の体」
「あら。そう言う割りには、あれもこれも手を出していたじゃない」
地平へと沈み行く太陽を、山の頂上で見つめる一組の旅行者たち。
笑いあう姿は年相応の女子たちのようで微笑ましい。
雲海の広がる頂上は、それこそ絶景だった。
しかし二人一組の彼女たちは景色を楽しむではなく、ただ眩しそうに彼方を見つめている。
「幻想郷はどっちにあるかしら」
「さぁ。ここからじゃ目印も何も無いから、わからないわねぇ」
「……そうね」
少女が、長身の女性にもたれかかる。
そして弱々しい声で、
「そろそろ……帰ろうか」
帰りたいと、遠まわしに訴える。
長身の女性は即答出来ず、少女を支える腕に力を込めた。
もう、楽しかった時間はここまでなのだと、観念した表情で奥歯を噛み締める。
一呼吸置いてから、意を決して帰還を口にする。
「わかった。――帰りましょう、私たちの故郷へ」
「ごめんね、紫……。私は、」
これ以上は一緒にいられない、と。
薄い唇を震わせる。
声に出さずともわかっている。
だからこれ以上、何も言っては欲しくなかった。
これ以上何か言われてしまったら、自分の抑えが利かなくなる気がして。
「気にしないで。ほら、すぐ開けるから」
なるべく少女の方を見ないように、女は次元に穴を開けた。
二人が余裕で通れる幅を一瞬で確保する。
向こう側は真っ暗で、どこへ繋がっているかはわからない。
「相、変わらず、便利、ね」
「私は妖怪ですから。……ほら、行きましょう」
「えぇ……」
ぐったりと項垂れる少女を肩で担ぎ、長身の女は自らが開いた進路へと足を踏み入れる。
暗く、光の見えない向こう側は、彼女たちの故郷と繋がっているのか。
少女が嬉しそうに、小さく笑う。
「あぁ……幻想郷……わた、し、たち、の、」
――――帰る場所。
光に包まれた二人。
もう、頂に穴は開いていない。
沈みきらない夕陽だけが、世界を茜色に照らし続けている。
END
霊夢……
素晴らしかったです!
綺麗なところも穢いところも世界がしっかり在りました。
凄かった……
素直に感動&楽しめました
なんだろうこの感覚……
凄いしか書けない自分が悲しい……
おもしろかった、というよりも、凄かったです。
『 今日は二人の門出の日だった。
死を目前に控えた少女と、その親友である狐妖怪。』
狐妖怪→スキマ妖怪、の誤字でしょうか。
誰かを生かすと言う事も、何かを犠牲にすると言う事。
生きている事自体が罪深い事なのかもしれませんね。
何をどの様に選択しても、全てに置いて正しい選択肢など最初から在りはしないのだから。
内容は重い物がありますので読む人を選ぶのでカテゴリ欄に追記した方が良いかと、
これで点数をつけるとなると私の場合マイナス行きかねないのでフリーにしました。
残念な点が一つ。
外の世界の霊魂は小町や映姫の担当ではないのです。ヤマが閻魔、ザナドゥが幻想郷を意味する役職名のはず。
霊夢は…うぅん…
紫はそれを愛した。愛したからこそ、霊夢に殉じた。
さて藍はどうなるでしょうか。
幻想郷は相も変わらず楽園で残酷で、なあんにも変わってない。
でもよく見るとこんなドラマがある。素晴らしいお話でした。
深すぎる
一つ一つの場面の見せ方もすばらしいと思いましたし
何より話がとても面白かったです。
すばらしいお話をありがとうございます
このビターな感じは好きだ
こういう独自の「幻想郷」は大好き。
かなわねぇなァ……
誰もが少しだけ理不尽で我儘。だがそれがいい。
と思いがちだけど、良く読めば「良くも悪くも只々素朴なだけの作品」と私は思いました。
長編ということで上手く纏められてはいますが、一文一文、キャラクター毎に突っ込んでいけば
ドラマが一切無く、作品全体の構成も起伏があまりなくて「想像はできても感情移入しにくい」ケースの一つだと思えます。
キャラクターを淡々と語るその文体は、動きがあって読者を惹き込む非常に読みやすい文章である一方で、ドラマのないストーリーがそれを論文に近くさせている。
シナリオと文章の相性が悪いというか、惜しい。
小説には欠かせない「ドラマ」をどう描写しているのかが楽しみだったので、個人的にはこのくらいの点で。
勿論これはこれでアリ、楽しめました。
ルートは2つ
強いリーダーシップを求められるけど、官僚的性格から脱却できない事務屋藍さま
御神輿役を求められるけど、昔の地が溢れ出すアグレッシヴ藍さま
外界から人間連れてきたと思ったら災害で霊魂が多い云々。かと思ったら橙がオロオロしているだけだったり藍と萃香が戦い始めたり。その合間にいきなり重病の霊夢が出てきてそれで紫が嘆いていたり、藍が自己納得して紫の後継いだり。藍がメインで語られていたハズ、だのにクライマックスが霊夢と紫のシーンで締められてたり……と。
非常に勿体無い作品。
流れ星がまた、ひとつ輝いて、消えたようです
東方というより、一つの伝奇みたい。
濃いな・・・。
話が飛び飛びでわかりにくいと思いきや、後になればなるほどわかりやすい。
抽象文と説明文をよく混ぜてあって読みやすかった。
次回に期待・・・と思ったけど、他に作品あるみたいだから、そっちも見てきます。
多分こういう作品が神主様が意図していない幻想郷のイメージを創っているんだと思う。
BGMは旧作より永遠の巫女でどうでしょう。
誰もが去っていく先人を惜しみます。
毎回ながら夢月みぞれさんの作品には感嘆とさせられますね。
人間の想いも人生も地球からみれば瞬きほどのものなんでしょうね……
一世界のストーリーとして、作品の味が色濃く面白く描かれています。
次回も期待しています。
頑張って下さい。
何人もの主観が入り混じったこの世界観は凄かったです。泣かされましたよ。
紫には何があっても引退などしてほしくはないですが。
なんて報われない
でも人生なんてこんな感じなんだろうなみんな
いや、素晴らしい作品でした
外の世界にも幻想郷にも何か色々絶望したくなるような話でした。
面白かったです。
じゃあ内の人間は何?
そこら辺まで詰めて書かれると尚良いかも
物語自体は素晴らしかったです
あまりに身勝手で残酷ですが、時代の移り変わりとは得てしてそういうもの。
しかし死ぬ事のない紫様は今何処で何をしているのでしょうか。
私や他の人たちが持っているであろう「妖怪と人間の考え方は違うのだろうな」という漠然とした考えを、文章にして目の前に突きつけられるとこんな気持ちになってしまうものなのか……この長編を目にすることが出来て本当に良かったです。
三上多恵子と紫と藍、特にこの3人のその後やそこに至るまでの過程や決断に対する感想は沢山あるのに、言葉に出来ないのが悔しいです……
幻想郷SSならぬ桃源郷SS、大変楽しませて頂きました