※語り部兼主人公は、青い髪の童顔な方の門番です。
綿月様の屋敷の守衛として採用されてから、結構な年月が経ったように思う。
同僚はいい人ばかりだし、屋敷の玉兎たちも相変わらず騒がしいが、悪さもしない。
何よりも主であるお二方は聡明で、あの方々をお守りできることに誇りすら感じる。
(とはいえ、未だにこれには慣れない……)
いやいや、慣れてたまるか。
目の前にあるのはさしずめ青い桃か。
人の腰と思しきものが窓枠に引っかかっている。
凝視しては失礼なので、少し視線をずらして外を見てみた。
(……やっぱり)
桃の木。
そしてそこになっているのは、依姫様の桃だ。
『お姉さまにはくれぐれも気をつけるように!』
守衛として採用された日にわざわざ守衛の隊舎までいらっしゃり、そうおっしゃられた依姫様の渋面が思い浮かんだ。
この方相手にご苦労なされているのだろうと、僕自身も実感するまでに時間はかからなかった。
このまま放置するわけにも行かないので、桃に話しかける。
「豊姫様」
「!」
相当驚かれたのか。
勢い良く腰が脈打ったように見えた。
「え、えへへ……」
「と・よ・ひ・め・さま?」
ごまかしても無駄です。
僕の声から、そんな言葉でも感じ取ったのか青い桃の正体が露になる。
依姫様とベルトの向きが対になっているワンショルダーのスカート。
ゆるくウェーブのかかった美しい髪には青いリボンがついたかわいらしい帽子。
そのお顔からは溢れる知性が感じられるはずなのだが。
「見つかっちゃったわー」
失敗失敗、と頭をコツンと叩かれるその姿は、どこにでもいる少女にしか見えなかった。
これが、我が主のお一人、綿月豊姫様の普段の姿だ。
「あら? またあなたなのね」
「はい、私ですよ……」
「あなた以外に見つかった覚えはないのだけれど……もしかして、ツけてる?」
「なにをでしょうか」
尾行なんてしなくても、屋敷内から桃を盗める場所を熟知しているだけで充分だ。
「みんな、豊姫様が恐れ多いのでしょう」
それを言ってしまうと対策をたてられてしまうので、ごまかしておくが。
なにせこのお方は頭が切れる。
「あら、口がお上手ね。 このこのっ」
楽しそうに笑いながら、頬をつつかれる。
しかし、こっちは笑ってはいられない。
明らかに、疑いの目で見られているし、何よりも。
「門の守衛に回る時間デスので失礼致しますですっ!」
「あ、あら?」
僕が突然走り出したのを見て、豊姫様はまたびっくりされたが、気にする余裕はない。
あんな近くでまじまじと見られたら恥ずかしいっ!
「おや、クソ真面目なお前が遅刻とは珍しいな」
全速力で走って門に到着すると、すでに相棒は位置についていた。
この男とはこの屋敷で働き始めてから、ずっと門の守衛の時はコンビを組まされている。
「クソ真、面目で結構。 だよ……」
何事も無難が一番だ。
それはともかく、息が苦しい。
「ぜぇ、ぜぇ……げほっ……」
「おぉいおい、大丈夫か? おぉい、誰か水持ってきてくれないか!」
「え? ちょ、大丈夫!?」
相棒も流石に慌てたのか背中をさすってくれる。
咳が少し治まるのを待って顔を上げると、近くにいた玉兎が水を持ってきてくれたのを確認できた。
白くふわふわした耳を持つ玉兎。
そして彼女と、その仲間たちの制服である、紺の上着とグレーのスカート。
「あ、ありがとう、レイセン、げほっ」
「いーから早くお水飲んでっ!」
「はぁん、あの位置から全速力で豊姫様から逃げてきたわけか……」
「ほほう、そうなると屋敷を南北縦断してきたことになるねぇ。 豊姫様も驚いただろうな~。 見たかったな~」
「……」
レイセンがくれた水を飲んで落ち着いてから、走ってきた理由を聞かせたところ、返ってきたのは二人のいやな笑い顔だった。
くそう。
「ニヤニヤするな!」
「いやいや、お前らしくていいじゃないか……ぷっ」
相棒が鎧に覆われた硬い腹を抑える。
「このっ……」
パニックから回復したばかりなせいか、沸点が非常に低くなっているらしい。
頭に来た僕が、腰に差した剣に手をかけたのを見て、相棒の顔が笑いをこらえた赤色から恐怖の青へと変わる。
「ま、待て待て相棒。 ここは冷静になろうじゃないか、な?」
「問答無用ともいう」
ただならぬ空気に、レイセンもくりくりとした赤い目を『白黒』させながら慌て始めた。
「わっわっ本当に落ち着いてってば! ほ、ほら、お団子あげるからっ!」
「むぐ」
口の中に無理やり餅を突っ込まれた。
しょうゆ味。
「……おいしい」
「でしょ? 月の都で評判のお団子なんだよ」
ゆっくりと団子を咀嚼していると、徐々に頭が冷えてきた。
抜刀しない意思を示すため、そして串を持つために剣から手を離すと、二人は文字通りホッと息を吐いた。
「ごめん、さすがにやりすぎた」
「いや、悪いのは俺だよ。 ……お前は本気で怒ると手がつけられなくなるのを忘れていた」
最初に喧嘩した時のことを思い出したのか、相棒は未だに青い顔をしながら身震いしていた。
「あはは、依姫様が訓練した玉兎全員でやっと取り押さえたって噂も聞いたんだけど、まさか本当の話じゃないよね?」
「いやいや、さすがにコイツもそこまでは強くないよ。 一匹で十分だったよ」
「あんまり人の恥部を晒してほしくないんだけどなぁ」
僕が苦笑したのを見て、相棒もなんとも複雑な笑みを見せる。
「本当、もったいないよなぁお前。 顔はそこそこいいのに、女が苦手なんて」
そうなのだ。
あの日、偶然通りかかり、制止しようとしたらしい玉兎に触られた瞬間、僕は正気に、否。
思考停止した、と言った方が正しいくらいにおとなしくなった。
そして捕縛され、相棒と同じ部屋で謹慎処分とあいなったわけだ。
「えー。 そうは見えないけどなぁ……。 ほら、私のことは平気でしょ?」
「最近は慣れたからね……会話はまだしも、距離が近いだけでも結構恥ずかしいし」
「ああ、だからいっつも距離は一定なのね」
隠された真実に、レイセンもなんともいえない笑みを浮かべた。
そういえばさっき、彼女に団子を咥えさせてもらったわけだが、やっぱり無意識でいられれば平気なのか。
思い出すと恥ずかしいけれども。
「んー? でも豊姫様から逃げてきたってことは、結構派手目なスキンシップをされたってこと?」
「お前何もわからずにニヤニヤしていたのか」
レイセンのあまりにも今さらな疑問に、相棒は相変わらずバカだな、とか呆れたように言いながら彼女の頭に手を載せた。
「わわわ、髪ぐちゃぐちゃになっちゃうよ。 やめてってばー」
そう言いながらもレイセンもまんざらでもなさそうに笑っているのは、二人の相性がいいことを示しているのか。
ひとしきりじゃれついた後、レイセンが考えるような仕草を見せた。
「むぅ、でもそうだったら、依姫様には気付かれないほうがいいかも」
「え?」
やっぱり主と守衛とはいえ、弁えろ、ということか。
「いや、その……依姫様も結構なシスコンでしょ。 だからさ、ほら……」
ちなみにご本人は周囲に気付かれていないとお思いになられている。
しかし実際にはバレバレなあたり、依姫様も豊姫様に似て天然なのかもしれない。
「ああ、なるほど。 相棒の命も危ないな」
「……切り刻まれるかもね」
「それだけならまだラッキーかも……」
「ペットにされるかもな!」
割とシャレになっていない相棒の冗談に、まっさかー、さすがにないでしょ、うふふなどと、四人で笑いあう。
「……四人?」
「「依姫様!?」」
「楽しそうですねえ……」
突如現れたのは、豊姫様のものと対のワンショルダーのスカートを身にまとい、鋭い眼光で僕らを睨みつける鬼神、もとい依姫様だった。
口元は笑っているけれど、明らかに目は笑っていない!
「レイセン。 あなた、こんなところで油売ってる場合なのかしら?」
「す、すぐに次の仕事にうつりますー!」
レイセンは真っ青になって走り去っていった。
置き去りになった団子が入った袋を持ち上げた依姫様は、今度は僕の方を向いた。
さよなら、現世。
「……お姉さまの監視を手伝ってもらっていることには感謝こそしていますが、それとこれとは別ですよ」
先ほどレイセンに向けた怖い笑顔からうってかわって、明らかに不機嫌なお顔だった。
明らかに模擬戦で見せるもの以上の敵意を感じる。
死んだかも、と頭の冷静な部分で考えながら相棒を見ると、合掌していた。
頼むから助けてくれ。
「……」
「……」
しばらくの沈黙の後、依姫様は今度は顔を真っ赤にしながら、こう言った。
「べっべつにシスコンなんかじゃないんですからねっ!」
「は、はあ?」
「それでは、きちんと仕事に集中するように! では!」
最後に主らしい忠告を残して、鬼神は去った。
「な、なんだったんだ……」
「なんだったんだろうね……」
あれから、依姫様におびえながらも真面目に門番をしていたら、あっという間に昼休憩のための交代時間になっていた。
守衛だけでなく、玉兎や他の従者も使用する食堂で、トレーに栄養バランスよく料理を載せていく。
例え穢れをなくした月人とはいえ、健康は非常に重要だ。
「サラダやら魚やら……お前は本当に健康を気にするなあ」
「そういう君は肉ばかりじゃないか」
相棒のトレーを覗き見る。
豚カツ。
牛丼。
鶏のから揚げ。
鹿の焼肉。
ミニボタン鍋。
とどめに、自前らしいジンギスカンキャラメル。
ボタン鍋や鹿肉なんてある辺り、この食堂の食材の豊富さを表していた。
「……見てるだけで胸やけしそうなラインナップだ」
「男だからいいんだよ!」
男女関係なく栄養は大事だと思う。
そのようなことを相棒に言い聞かせながら席に着く。
相棒は僕の正面に座った。
「「いただきます」」
礼儀に厳しい屋敷では、食事の際のあいさつは基本中の基本だったりする。
割と不真面目な相棒もこればかりは大事だと思っているらしく、欠かすことはない。
「やーしっかし、さっきは恐ろしかったな。 二度とお前に会えない気がして、目にお前を焼きつけようと思ったぜ」
「そんな縁起でもないこと考えてないで助けてほしかったんだけどね」
「悪かったな、ほらジンギスカンキャラメルやるよ」
「いらないよ」
明らかにまずそうだし。
遠慮するなよ、なんていいながら相棒は僕のトレーに包みを数個落とす。
後でレイセンにでもあげることにする。
「でもやっぱ、依姫様は相変わらず美人だよなぁ。 シスコンだろうが文句なしの満点だ」
なんの得点だ。
「キミにはレイセンがいるじゃないか」
「お前はガキか……ちょっと仲が良いだけでそれはねーよ」
失礼な。
確かに屋敷の守衛の中では一番年下だけど。
遠くのテーブルでまたうわさ話でもしているらしい玉兎の集団を見て、相棒は残念そうにため息をつく。
「確かに玉兎はかわいいやつらが多いが、いかんせん精神的に子どもだろう」
それもそうかもしれない。
ただ、月人の大人だって、中には子どもじみた人もいるだろうに。
そんなことを言うと相棒は俺は大人な女性がいいの、などと反論してきた。
「その点、依姫様は文武両道、若干手が早いのを除けば性格もよしと、俺の理想の女性だぜ!?」
「わかったから大声出さないで……」
「さらにポニーテールと来たもんだぜ……わかるか、俺の昂りが」
「お隣よろしいかしら?」
「知らないよ……あ、どうぞ、っと」
女性の声がしたので、隣の席から少し距離を置く。
どこかで聞いたような声だったが、相棒との会話に集中していたので特には気にしなかった。
「でもさ、それだったら豊姫様もキミのストライクゾーンに入りそうなものだけどね」
「お? 珍しいなお前が主をこういう話題に出すとは……それはともかく豊姫様か……」
「美人だし、頭もいいし、性格もかわいいし……」
「おーおー、言うねぇ」
「もう、本当口がお上手ね。 プニプニっ」
隣の人に頬をつつかれる。
何このイヤな予感のするデジャヴ。
正面でニヤついていた相棒の顔も隣の女性を見たまま固まっている。
ゆっくりと、隣を見ようとした瞬間、頬を掴まれた。
「こっち向いてホイッ」
リボンについた帽子の下に見える、美しい金髪。
強引に振り向かされた先にいたのは、それはもう素晴らしい笑顔の主だった。
「豊、姫様!?」
「こんにちは」
僕の大声に反応して、談笑していた玉兎がこちらを向いたのを見ながら、豊姫様から少し距離を取ろうとする。
が。
「こーら!」
しっかりと肩を掴まれ、動けなくなる。
「一度ゆっくりお話してみたいのに、どうしていつも逃げるのかしらねぇ」
確信犯だ。
このお方は確信犯だ。
僕が暴れた時のこと。
懲罰房行きを主張された依姫様に、謹慎処分にするように説得してくれたのはこのお方だった。
玉兎に触られただけでおとなしくなったのを知っているはずだ。
「なんで、私なんでしょうか……」
緊張してうまく喋れない中で、それだけをなんとかお聞きする。
桃をとるために邪魔だから、釘でも刺すつもりか。
「レイセンとよく一緒にお茶するんだけど、よくあなたのことを話してくれるから、気になってたの」
「レイセンですか?」
相棒はどうして俺のことは話してくれないんだ、などと悔しそうにしていた。
というかごめん、すっかりキミのこと忘れてた。
それはそれとして、そろそろ自分の限界が近づいてきていることを、僕は自覚しはじめていた。
「あの、そろそろ次の仕事が……」
なんとか言い訳をしてまた逃走は図ってみる。
「ウソはダメ。 この後は非番でしょ?」
楽しそうに僕の仮初の予定を潰される豊姫様。
すでにシフトは抑えられていたようだ。
「依姫に言っていじってもらったのよ」
「そういえば今日のシフトは昨日急に変わったんだったか……」
計画的犯行だった!
こうなったらスキをついて逃げ出すしかないようだ。
何とか話題を搾り出す。
「あの、レイセンは私のことをなんて……」
「それは後でゆっくり教えてあげる。 言っておくけど隙なんて見せてあげないわよ」
「……完全に手玉に取られたな、お前」
……行動は完全に筒抜けですか。
「ほら、お盆持って私の部屋でご飯食べましょ」
そうおっしゃられながら、豊姫様は僕のトレーを人質に取ってお立ちになった。
ごめんよ、僕の昼食……女性と部屋で二人きりなんてムリだ!
僕は君と引き換えに平穏を手に入れる!
「あ、逃げたら玉兎全員でもふもふの刑にしちゃうわよ」
「お姉さま!」
そう、豊姫さまが死刑宣告をされた時再び鬼神が現れた。
「いや、救世主様!」
「なんですか急に……お姉さま、昼食でしたらご自分の部屋で召し上がってください!」
「やー! 依姫ひっぱらないでー!」
依姫様はそのままいたずら好きな悪魔、じゃなくて主をひきずって行かれた。
もちろん、僕にガンをつけるのを忘れずに。
いろいろ勘弁して欲しいが、主相手にそういうわけにもいかないわけで。
「あ、僕のお昼ご飯人質に取られたままだ」
「ジンギスカンキャラメル食うか?」
それもごめんこうむる。
腹の虫が鳴った。
「……夕食までもつかな」
隊舎の自室。
急に暇になってしまった僕はベッドで伸びていた。
なんだかんだであの後再度昼食をとる気になれないまま食堂が一旦終了する時間になってしまった。
結果、昼食抜き。
「だから、ジン」
「食べないよ……」
遊びにきたらしい相棒は、僕のデスクに座って雑誌を読んでいた。
なんでも地上の読み物らしく、セリフのついた絵がところ狭しと並んでいる。
たくましい体の青年がビームらしいものを掌から撃っているものも以前見たが、あいにく興味はない。
しばらくして、雑誌に栞代わりのキャラメルの包みを挟みながら、相棒が椅子ごとこちらを向いた。
「お前、豊姫様に気に入られているみたいだな。 それほどおいしいわけでもなさそうだが」
俺はごめんだ、などと言いたげな顔をされても困る。
僕だって正直ごめんだ。
でも。
「でも、それほど悪い気もしないけどね」
「そりゃそーだろ。 形はどうあれアレだけの美人に好かれてるんだ」
一転して呆れられた。
「しかし、レイセンがどんな話をしたらあそこまで興味をお持ちになられるんだかな」
「うーん……後はせいぜい、館内警備の時によく会うくらいしか接点ないしね」
「俺もよく会うな。 豊姫様は平和なときはとことんお暇だしな」
それから、少しの間考えられる可能性を論じてみたが全て根拠のない想像でしかなく、余計にわけがわからなくなるだけだった。
想像力が尽きたのか、頭を散々悩ませた挙句相棒が最後に浮かんだ可能性を口にした。
「もしかしたら一目惚れ、とかな?」
「えー?」
「なんだその目は……あり得なくはないだろ。 お前はそれなりにいい顔してるんだし、レイセンから聞いた話で興味を持って、見てみれば……なんてこともな」
「いやいや、あり得ないってば。 豊姫様は八意永琳の又甥の奥様なんだしさ?」
色々と一般人の結納とは事情が異なるらしいが、豊姫様には一応お相手がいらっしゃるのだ。
つまり、人妻とも言える。
「いやいや、相手がいるからって気になる異性がそれ以上出現しなくなる、なんてことはないだろう」
「それはそうかもしれないけど……」
「つーか人妻なら余計に燃えるだろうよ!」
「何に燃えてるんだよ」
「男の浪漫だ!」
わけがわからない。
あんまり妙なことをいうと依姫様を呼び依せそうで怖いからやめてほしい。
「豊姫様も真面目なお方だから浮気なんてしないよきっと」
「それを堕とすのがまたいいんだろうが」
「キミは僕に死ねと言いたいのかな……あと、さっき豊姫様に興味を持たれるのはイヤそうな顔してなかった?」
「それはそれ、これはこれ」
つり上がった目をさらにつり上げて力説しながらいろいろなものを転嫁する相棒。
そんな彼に呆れていると、急に彼の吊り目に真剣さがこもる。
「一応言っとくが、お前自分の立場を考えるのはいいが、つりあわないとか余計なことを豊姫様には言うなよ」
態度の急変に驚く僕に、彼はさらによくわからないことを言い出した。
「だって僕は守衛なんだし、当然のことじゃあ……」
「そうじゃねえんだって……ったく、お前は本当に固い。 豊姫様が傷つくからだよ」
「豊姫様が?」
「そうだよ。 なんでこんなことまで説明しなきゃならんのかわからんが、つまり……」
僕の疑問を解消するために説明を続けようとした相棒が、何かを感じ取ってさらに表情を変化させた。
その何かを、僕も一拍送れて受け取る。
その音色は、とてつもない不穏と、緊迫感をもっていた。
「おい、こいつは」
「最上級警戒、そして召集の合図……!?」
最上級警戒。
それは数十年に一度あるかないかわからないくらい、滅多にない警戒レベルだ。
緊急時のフローチャートによれば、玉兎は全員武装の上待機。
守衛たちも全員武装。
その後、門に集合とのこと。
「よし、全員揃ったな!」
門に集ったのは二十人ほどの屈強な男たち。
その中央にいるのは守衛のリーダーにして、最年長者の男性。
通称『隊長』だ。
「先ほど、屋敷の庭に何ものかが侵入した!」
庭か、館内警備のやつは何をしていた、などと男たちがざわつく。
それを目だけで制してから、再び隊長が口を開く。
「目撃者からの報告によれば、館内警備をしていた者を倒し、侵入したそうだが……情報を統合したところ、件の実験生物であることが判明した!」
再びざわめきが起こることはなかったが、全員が驚愕しているのが感じられた。
その中で僕は、数日前月の都のある施設から実験生物が脱走したとの情報が寄せられたのを思い出していた。
月人にも、あやしげな実験をして、かの嫦娥のように捕われの身となっているものが時折現れる。
今回もお縄となったわけだが、捕縛の際の戦闘で、実験生物を閉じ込めていた檻が破壊されてしまったらしい。
「豊姫様、依姫様の目に触れられる前になんとしても排除せねばならん! 各自、館内をくまなく捜索し、発見次第警笛で知らせよ! 以上、解散!」
隊長の言葉が終わった途端、守衛たちが全員四方へ走り出す。
当然、僕たちもだ。
「俺は庭の方へ行ってみる
」
「了解!」
「気をつけろよ!」
そう言い残して相棒は僕とは別の通路へ走り去っていった。
僕もあらゆる部屋を開けては素早く確認していく。
そうしているうちに、さきほど豊姫様が桃を狙っていたあたりまで来ていた。
「この状況でまさかとは思うけど……」
豊姫様が身を乗り出していたあたりの窓から地上を見下ろしてみる。
いらっしゃらない。
「あら?」
「!?」
おられた。
ただし、僕のすぐ近くに。
「豊姫様! 危険ですからすぐにお部屋にお戻りください!」
「え? え?」
珍しく豊姫様がよくわからない調子でいるのに少し苛立ちを覚えながらも、お手を取ってお部屋へお連れすることにする。
当然、恥ずかしいがそんなことを気にしている余裕はない。
こうしている間にも危険な生き物が迫ってきているかもしれない。
「何があったの? さっきまで書庫にいたから警笛が聞こえなかったのかしら?」
それを聞けば納得がいく。
あの部屋だけは異様に防音効果が高いのだ。
なんでも音を食べる呪いの本、というものがあるらしい。
「最上級警戒です、豊姫様。 例の脱走した実験生物が侵入してきたようです」
「あら、それは興味深いわね」
マイペースにもほどがある。
そんなことを思いながらも、当然このお方ならイエスと答えるだろうことをお聞きしなければならない。
ならば、それに応えなければならないことも、フローチャートには記載されていた。
「見に行かれますか?」
「当然! 私はあのお方の弟子ですもの」
つきたくもつけないため息を、心の中でしておいた。
こうなっては説得しては無駄、せめて死ぬ気で守れ。
依姫様制作のフローチャートより抜粋。
とりあえず第一発見現場の庭まで降りることになった。
豊姫様はわくわくして、やっぱり少女のようだった。
「今は逃げないのね」
「当然です。 私はあなたをお守りしなければなりませんから」
僕一人では万が一ということもあるため、増援を呼ぶために警笛を取り出す。
取りだした途端に豊姫様に強奪されてしまったが。
「豊姫様?」
「えーと、もう少し二人だけでとか」
「いえ、あの非常時……」
「お願い! ダメ?」
ダメとかではなくて。
とはいえ、ここもやはりマニュアルに従うべきか。
『お姉さまのお願いは極力かなえてあげてください。 下手に突っぱねると拗ねて一人でどこかに行かれてしまいます』
「わかりました……じゃあ、庭についたら呼ぶということで」
「ありがとう、ね」
「あの、警笛」
「ダーメ」
「……」
この風のようなお方をきちんと守りとおせるか不安になってきたところで、豊姫様が妙なことを聞いてきた。
「あのね、レイセンがなんて言ってたか気になる?」
「レイセンですか」
「そ。 あなたの話ね」
確かにそれは気になるところだ。
どうしてここまで興味を持たれるのか、知りたくもある。
しかし、今は周囲に警戒を向けなければならない。
「すいませんが、それは後ほど……」
「できれば、今応えてほしいの」
歩みを止めて、振り返る。
豊姫様は、笑っている。
しかし、どういう種類の笑いかは読めない。
わからない。
このお方のことが本当にわからない。
「あの、どうしてか、お聞きしても?」
今いるのは、庭と屋敷内の境界線だ。
ここから先は、危険かもしれない。
だから不安要素は、豊姫様が拗ねる要因はここで取り除かなければならないだろう。
「ストレートに言っちゃうと、レイセンとあなた、仲がいいでしょ?」
「まあ、それなりにですね」
むしろ相棒の方が仲がいいかもしれないが。
「つまりね、レイセンのことを……」
豊姫様が何かをおっしゃられようとした瞬間、背後にあったドアを、何かが吹き飛ばした。
「!?」
「誰だ!」
豊姫様を背中に庇いながら、攻撃の源と見られる部分に目を向ければ、そこには何かがいた。
わけのわからない何かが。
「ドロワアアアアアアアアズ!」
「……」
うん、わけがわからない。
ふんどし一丁であることとサイズ以外は、首から下は普通の男性と変わらない。
だが。
その頭は。
「ドロワアアアアアズウウウウ!」
「えっと……ドロワーズの妖怪? かしら」
「実験生物、では……」
本人の叫ぶ通りのものの形状をしていた。
やはりサイズはとてつもなく大きく、目はないが無駄に艶めかしい唇はある。
「ぐう……」
よく見れば、相棒と何人かの守衛、そして隊長が怪物の足元に倒れていた。
警笛が聞こえなかった辺り、全員偶然庭に集まってしまったのか。
それはいい。
それはいいが、どうして全員頭にドロワーズを生やしているんだろう。
ついでに下半身にもドロワーズを履いている。
「気をつけろ……こいつのビームにあたると、全身ドロワーズに……ぐふっ」
羞恥心に心が折れたのか。
相棒は完全に気を失ってしまった。
「……開発者は何を考えていたのかしら」
「世も末ですね」
僕たちの感想を知ってか知らずか。
なぜか怪物は怒っているようだ。
全身が赤く染まりつつあるのがわかる。
「ド、ド、ド、ドロワアアアアアアアアズウウウウウウ!」
白い布のように見える頭部が発光する。
ヤバい、という直感に従って剣を抜いた。
光が収束し、刃の形を成す。
そして怪物に向かって駆け出しながら叫ぶ。
「豊姫様はここでお待ちを!」
「門番さん!?」
無茶をするな、と言わんばかりの声色だったが、これが僕の役目だ。
絶対に、豊姫様を傷つけさせはしない!
発光は、ビームとやらの予備動作だったらしい。
急に動き出した僕めがけて、太い光が飛んでくる。
「だああああああ!?」
ギリギリのところでそれを避ける。
かするのもイヤだ、イヤすぎる。
「ドロワアアアアアア……」
また怪物が発光を始める。
「させるかあ!」
手近にあった石を投げる。
これがダメージになってもならなくても、牽制にはなる。
「ド!?」
突然の反撃に驚いたのか、エネルギー集中もそこそこに、規模の小さなビームを怪物は放ってしまった。
石がピンク色のリボンがついたドロワーズに変化する。
絶対にこうはなりたくない。
「スキあり!」
なりたくない故に、風でこちらに流れてきた元石ころを斬りおとしながら、怪物に急接近する。
イケる、と確信した直後に太い足が目の前に現れた。
「ド!」
「んな……」
「ドロ!」
「グっ!?」
足が命中した後、間髪いれずに大きな拳が直撃した。
体が毬のように弾むのがわかった。
「門番さん!」
「……なんて馬鹿力……」
月の最高技術を集めて作られた鎧ですら、ダメージをほんの少し軽減するのがやっとだ。
なんとか立ち上がることはできたが、また食らうと今度こそ危ないかもしれない。
「ドロワアアアズ!」
自分の力を誇示しているのか、怪物は腰に手を当て、色っぽく口角を上げている。
これだけの力があるなら、隊長までもが敗北してもおかしくないだろうか。
(まだ、走れる!)
思わず落としてしまった剣を拾い上げ、悦に入っている怪物に急接近をかけた。
完全に油断していたのか、怪物は僕の攻撃に反応できなかった。
丸太のような腕が一本斬り落とされ、大きな音を立てて不時着した。
「ドロワアアアアズウウ!?」
急に湧いたほこりにか、それとも攻撃にか。
なんにせよ怪物の口が驚きの形に歪むのがわかった。
「ワアアアアアアアアアア!」
再び怪物の体が真っ赤に染まり、同時に強烈な発光を見せた。
また石を投げるような真似はしない。
同じ手は通用しないだろう。
それに、それは僕にとっても同じことだ。
「ドロワアアアアアズ!」
再びビームが、さらに太さを増して発射される。
対象は当然、僕。
「でやあ!」
それを、剣で受け止める。
光同士がぶつかり合い、ビームが相殺されていく。
「!? !? !?」
さすがに反動が強い。
手が痺れて感覚が薄くなっている。
怪物は僕の行動と、その結果が予想外だったらしい。
少し考えた後、怪物が取った行動も、僕には予想外だった。
「ドロワアアアアアア……」
再び予備動作。
かなり早く終わらせたらしく、すぐに光の塊が生まれた。
未完成なのか、その色は赤い。
そして、その先にあるのは。
「!?」
青いスカート。
「豊姫様!」
「ドロワアアアアアアズ!」
意表をつけたのがうれしいのか、怪物が踊りだし、僕は即座に走り出す。
「豊姫さまああああああああ!」
「門番さん! 来ちゃ……!?」
僕の身を案じるその優しさに感動を覚えながらも走ることは止めない。
「間に合えええええ!」
息が苦しい。
パンチのダメージで体の節々が痛い。
構うもんか。
僕は、豊姫様を守る。
それが、守衛の役目。
僕の誇り!
「きゃ……っ」
豊姫様を突き飛ばしたときにはすでに、光は目の前にあった。
それに飲み込まれた瞬間、僕の意識は落ちていく。
その中で、僕は重要な事実を思い出していた。
やはりこのお方こそ、僕が守るべき主であること。
そして。
(ああ、そういえば豊姫様もかなりお強いんじゃなかったっけ……)
続けて撃たれたビームを扇で打ち消す御姿が、最後に見た光景だった。
「……ぁ」
「目、覚めた?」
最初に目に入ったのは、白い天井。
次に目に入ったのは、見るものに安らぎを与える笑顔。
そして、心配そうにこちらを見る相棒とレイセン。
「よかった、よかったあ!」
「ふう……何故かお前の時だけドロワーズ効果抜きの破壊力が増加したビームだって聞いてひやひやしたぜ……」
医務室のようだった。
それより無事だったのはいいけれど相棒、キミはどうしてまだドロワーズを被っているんだい?
「……今何時ですか」
友人から目を逸らしたくて見た窓の外は、真っ暗だった。
「えーと……十時くらいね」
「目を覚ましたのはお前が最後だったんだぜ、この寝坊助め」
十時ってことは、最上級警戒から8時間は経ったのか。
あと、お願いだからドロワーズを被ったまま僕の視界に入らないでほしい。
そうだ、ドロワーズ。
「あの、怪物は……」
「依姫様がとっちめて今は庭で大人しくしてる。 フェムトファイバーで縛ってあるみたい」
レイセンの答えを聞いて、ひとまず安堵する。
それなら安心だ。
もう一つの懸念の解決に集中できる。
「あの、豊姫様」
「なに?」
「どうしていきなりお怒りなんでしょうか」
さっきまで笑顔だったのに、急に拗ねたようなお顔をされている。
今日は急変に振り回される日だ。
厄日なのかもしれない。
僕と豊姫様を代わる代わる見た相棒が、同情的な目をくれた。
「あー、よし、レイセン。 晩飯食いに食堂行くぞ」
「え?」
「ほらほら、今日は特別に朝までやるんだろう? 邪魔するわけにもいかないしな」
「え、ちょ、耳ひっぱらないで……! 邪魔ってなに!?」
妙な気を利かせた元相棒の現変態が、レイセンを連れて退室する。
ドアが閉める音の後には、重い沈黙が残る医務室があった。
僕以外の守衛は皆回復したのか、豊姫様と二人きりだ。
いつもなら逃げる算段を立てるところだが。
「……」
今、豊姫様から逃げてはいけない気がする。
「門番さん」
はい。
「今、私は猛烈に怒っています」
わかります。
逃げたいくらいです。
「どうして、私を庇ったりなんかしたのかしら」
「え」
もしかして僕は、余計なことをしたのか。
豊姫様の顔を恐る恐るうかがっても、その表情は変わらない。
僕は、豊姫様の足を引っ張ってしまったのか。
守るとか言っておきながら、迷惑をかけてしまったのか。
格好悪い敗北をしてしまったからか、どんどん思考が悪い方向に傾いていく。
しばらくぶりに泣きそうになってきた。
「あ、あれ? なんで門番さんが泣いちゃうの? ここ私が泣くとこじゃないの?」
「あ……」
泣きそうどころか、既に泣いていたらしい。
「すいません、豊姫様……足手まといで……」
「そ、そうじゃなくてぇ……」
「弱くて、ごめんなさい……」
「あーもう、ほら男なんだから泣かない!」
苦笑いされながら、頬を撫でられた。
不思議と、恥ずかしさより安心感の方が大きかった。
「感謝は、してるの。 守ってくれるのは嬉しかった」
でも、でもね、と豊姫様は続ける。
「死にそうになるくらい守られて、あなたに死なれるのも、イヤなの」
ああ。
ああ、なんて。
なんて優しいお方なんだろう。
「僕は、守衛ですから……豊姫様のお命が何より大事です」
「でも、私は門番さんの命の方が大切よ」
わかってます。
あなたは優しい上に、僕より強い。
わかってますけれど、これだけは言わせてほしい。
「死にませんから、守らせてください」
「……!」
あれ。
なんで真っ赤なお顔になられるんですか。
「あの、それって、ね、門番さん?」
「は、はい」
なんか、すごいことを言っちゃった気がする。
「いわゆる、『ぷろぽーず』ってやつかしら?」
あ。
ああああああああああああ。
「い、いえいえいえいえいえ!? そんな恐れ多いことは!」
腕が痛むのを感じながらも、全身を使って否定を表す。
「恐れ多いって、気にしなくても……」
「いえ! 気にします!」
何より。
「その、僕と、豊姫様では身分が違いすぎて釣り合いませんし……」
「門番さん」
あ、また機嫌が悪く。
なにかやってしまっただろうか。
『豊姫様が傷つく』
相棒の言葉がよみがえる。
しかし、この期に及んでも僕には意味が理解できなかった。
「次、釣り合わないって言ったら、怒りますからね!」
「は、はい……」
なんにせよ、傷つけてしまったのなら、僕が悪いのだろうか。
「もう、本当にしょうがないナイトさま……」
面目ないです。
もう本当、今日の僕は格好悪い。
「豊姫様も、こんな格好悪い守衛はイヤですよね……」
「んー……」
そんなに困った笑顔で考えこまれるくらい格好悪かったのか。
自己嫌悪でまた気絶したくなる。
「でも、変な怪物にぶつかっていったときは、かっこよかった」
あ、なんかフォローっぽい。
そんな思いを顔から読み取られたらしい。
やはりこのお方は頭が切れる。
「あ、フォローっぽいって思ってる。 じゃあ、態度で示しちゃいましょうか?」
なんだろう。
賞状とかくれるのな、とか期待していたら、やわらかいものを、口元に感じた。
(……あれ?)
キス、されたみたいで。
「……ありがとう、門番さん」
唇を離した豊姫様にお礼を言われても、いまだに凍結から抜け出せない。
「じゃ、じゃあまた!」
僕の混乱の元凶は、顔を真っ赤にしたまま医務室から出ていってしまった。
「え、キス、された、あれ、豊姫様は奥様で旦那さまが桃で八意で……え、ええ? ええええええええええ!?」
絶叫は、暗い星空へと吸い込まれていった。
その後、凍結から抜け出したのは医者が診察にやってきた直後だった。
「……」
二日後、すっかり傷も癒えた僕は、相変わらず相棒と門前に立っていた。
「おーい、相棒ーもどってこーい」
「え、あ、ああ」
飛んでいた意識を強引に現世に戻す。
どうやら相棒に肩を揺さぶられていたようだ。
「お前、最近ボーッとしてることが多いな……まだ本調子じゃないなら無理するなよ」
「うん、大丈夫だよ。 ありがとう、うん……」
「本当に大丈夫か……」
じゃないかもしれない。
アレから豊姫様と会っていないが、キス辺りのことはいまだに鮮明に覚えている。
「……ス」
「あ?」
「うわああああああああ! 僕はなんて不埒者にいいいいいい!」
ガンガンと壁に頭を打ちつける。
手加減しているとはいえ、痛い。
しかしそうでもしなければ正気を保てそうにない。
「お、落ち着け!? お前二日前からそればっかだぞ!」
「大丈夫、僕は冷静僕は冷静……」
「レイセン! レイセーン! 医者だ、医者を呼べ!」
「あ、おーいって、え!?」
再び平穏な日常が戻ってきた。
でも、僕の平穏は戻ってきてはいない。
こんな状態で豊姫様に会ったら、僕はどうなってしまうのか。
「よっ、と」
聞き覚えのある、会いたかったような、会いたくなかったような声がする。
また勝手にとってきたのか、いっぱいの桃を抱えて門に降りてきた主は、相変わらず綺麗で。
僕の心臓がヤバい。
「門番さんこんにちは。 レイセンと門番2さんも」
「あ、豊姫様! また依姫様に怒られちゃいますよ!?」
「俺、2ですか……」
相変わらずマイペースなようで、僕の方を向いても動じていない。
あのときのこと、忘れてしまったのだろうか。
安心したような、残念なような複雑な気持ちになる。
(いやいやいや、何を考えているんだ僕は。 これでいいんじゃないのか。 豊姫様にはお相手がいるんだぞ!?)
そう、豊姫様には、心を決めたお相手がいる。
だから僕がいくらお慕いしたところで、彼女に想いが届くことは、ない。
そう思えば、いつも通り、豊姫様と接することができるような気がした。
のに。
「あ、レイセンこれ持っててちょうだい」
「わ、わわわわわ」
ボトボトと、大量の桃がレイセンの腕に落ちていく。
「落としたら依姫に私の共犯者として紹介するわよ」
「キャー! キャー!」
「少し俺も持ちますよ」
「あ、じゃあ僕も……」
レイセンからこぼれ落ちそうになっていた桃を手に取った瞬間、頬に何かが触れた気がした。
「……え」
「ふふっ……」
相変わらずいたずら好きな主は、小悪魔っぽい笑みを浮かべていて。
桃を落としたことにも気付かず、レイセンは両手を口元に当てて、真っ赤になって。
相棒は、開いた口がふさがらないようで。
「後で、お茶しましょうね。 あ、あと私は別に既婚者ってわけじゃないから、ね」
そう耳元で囁いて、豊姫様は上機嫌な様子で再び桃を拾い集め始めた。
レイセンは驚きから覚めてから慌てて桃を拾いはじめた。
「……相棒」
そして相棒は僕の肩に手を置いて。
「グッドラック!」
親指を立ててくれました。
どうやら、僕はまだまだこの主に振り回されていく運命にあるようだ。
でも文句は多分、ない。
「ほらほら、門番さんもこれ持って!」
桃が大好きで、好奇心旺盛で優しい主と一緒にいられるのなら。
彼女を、守れるのなら。
やっぱり豊姫はかわいいな。。
しかし、なんだ、このパルってくる想い
甘い、桃より甘いよコレ
そして月の都なんて実験生物をwwww
玉兎と月人が仲よさそうな所が気に入りました
そんな事実に衝撃を覚えていたら、最後の最後で救われた!……わけじゃあないよなぁ、パルっ!
東方にしては珍しいのかな?いでも、楽しく読ませてもらいました。
ところで依姫の話は何処にあるのですか?