冬の妖怪の山はいつもより一層静かになる。
広葉樹はその葉に、針葉樹はすっかり枯れ落ちた枝や幹にそれぞれ雪を乗せ重たそうにしな垂れている。時々木々の許容量を越えた雪がどさどさと落ちることもある。が、その音を聞くものは誰一人として存在しない。一匹の白狼天狗を除いては。
「さぶっ」
独りごちるが、それすらも雪に吸い込まれて直ぐに静寂が戻ってしまう。さくさくと雪を踏みしめる音が心地よく耳に届く。見回りなのだから飛べばそれで済む話なのだが、いかんせん今日は風が強い。どうせこんな時期に山に入ろうとする物好きなんていやしないのだから、適当に時間を潰してさっさとあがってしまった方が得策である。わざわざ冬風に身を晒すこともあるまい。
ふと、耳の奥のほうで幽かに風の音が聞こえた。いや正確に言うと風の音ではなく風を切り裂く音。どうやらこちらに向かっているようだ。この時点で誰が来ているのか大方の見当はついていたが、一応確認のため上空にあがり目を凝らした。
「こんにちわ」
椛が千里眼でその姿を確認し、ああやっぱりなと思ったときには既に文は目の前まで来ていた。
「どうも」
「そんな『ああ、面倒な先輩が来たなあ』って顔しないでくださいよ」
「ああ、面倒な先輩が来たなあ」
「声にも出すな」
「顔近いっすよ先輩」
おっと失礼と文は一歩分退がった。そこで椛は初めて文がいつもの記者の格好ではなく紅葉模様をあしらった服装をしていることに気づいた。確か何時ぞやの人間が山に侵入してきたときと同じ格好のはず。加えて首元には同じく紅葉模様のマフラーをかけている。
「今日はオフですか」
「だからこうして愛に来てあげたんじゃないですか」
「何か間違ってますよ」
「私は間違ってないつもりです」
「はぁ」
椛はどう間違ってないのか少し疑問に思ったが、思うだけに留めておいた。こういう先輩の戯言は適当に流すに限る。相槌さえうっていれば相手は勝手に満足するだろう。
「で、今日は何の御用で」
「会いに来ただけじゃいけませんかね」
「キモいっす」
「そんなつっけんどんなこと言わないでくださいよ。それに」
「それに?」
「思いっ切り振ってますよ、尻尾」
ぱたぱた、椛が後ろに目をやると小刻みに左右に揺れている自分の尻尾が目に入った。しかし椛は表情を変えない。
「まあ、そういうことです」
「そういうことですか」
「はい」
「素直じゃないですねえ」
「ちなみに大きくゆったり動かしてる時は威嚇を表すらしいですよ」
「そうは見えませんが」
「ですね。しましょうか?威嚇」
「結構です」
文はやれやれとため息をついた。もう少し可愛げがあるといいんだけれど、どうにもこの後輩は何を考えてるのか分かりやすいようで分かりにくい。どこぞのスキマやどこぞの女医とはまた違った掴みどころの無さがある。付き合いも長いしこういう奴なのだと割り切ってしまってはいるが。
「今日はこれを渡しに来たんですよ、これ」
見ると文の手にはマフラーが収まっていた。しかも今文がしているものと同じ柄である。
「どうしたんですか?こんなもの、そうそう売っているものじゃないでしょ」
「骨董屋でたまたま同じものを見つけましてね、珍しいからつい買ってしまったんですがよくよく考えてみると二つもいらないじゃないですか。じゃあせっかくだから親しい誰かにあげようかと各方面に回ったら何故か裏があると思われまして、仕方が無いからあなたにあげようとそういうわけです」
「本当は?」
「あなたに似合うと思って里で作ってもらいました」
「なるほどやっぱりキモいですね」
わざわざオーダーメイドで作ってもらったらしい。この柄にどんな思い入れがあるのか知らないが何故自分のしている柄と同じものをプレゼントしようとするのか、椛には理解し難いところがあった。
互いに互いをよく分かっていない二人である。
「私ではなくどこぞのお偉いさんにばかり尻尾を振る飼い犬にはきちんと首輪をしておかないといけませんからね」
「いや自分真面目な企業戦士なんで。底辺フリーライター(笑)の助手になった覚えはないんで」
「首輪ついでに芸でも仕込んでおきましょうか? ほらちんちーん、ちんちーん」
「んなことやってるから未だに独り身なんですよ。あれですか、アラサーっすか、アラウンド3000歳っすか」
文が少しむっとして一言。
「……尻尾、振ってますよ」
「まあ、そういうことです」
「耳もぴこぴこ動いてますよ」
「まあ、そういうことです」
はあ、と文は軽くため息をついた。その前で椛は尻尾と耳を動かし続けている。特に表情に変化は見られないが。
「ホント、掴めないわね。あなた」
「掴まれるの嫌いなんですよ私。面倒臭いから」
「忠誠心はそこからかしら」
「無駄に波風立てなければ寄ってくる人もいませんからね。先輩以外は」
「犬の舌も掴んでみたくなるほど好奇心旺盛なんです」
「先輩はそろそろ猫と一緒に殺されてもいいと思います」
はあ、と今度は椛がため息をついた。
そのまま椛が手を差し出すと、文は少し意外そうな顔を浮かべた後すぐさまその表情を勝ち誇ったものに変えマフラーを手渡した。
「とりあえずこれはありがたく頂戴しておきますよ。せっかくですし」
「わあ、これでペアルックですね」
「はぁ」
いまいちピンと来ていない椛を尻目に文は満足そうに頷いた。
「これでもう少し反応があると完璧なんですけどねえ」
「すいません」
「いやいいですけど」
文は手をひらひらさせて謝る椛をあしらった。最初から可愛らしい反応なんて期待していない。こうして手渡せたことだけで十分収穫があったと言える。素直でない、というかあれが素の後輩と交流を持つのは中々大変なのだ。
「ま、今度一局付き合ってくれればそれでいいですよ。その時はちゃんとつけてきてくださいね、それ」
言いながら文は椛が手にしたマフラーを指さした。
「つけるかどうかは知りませんが一局ぐらいなら構いませんよ。暇ですから」
「その言い方ならきっと……ああ、何でもありません。付き合ってくれますか、良かった」
「山は平和すぎますからね。それこそ先輩と一局打てる程」
「付き合ってくれるならそれでいいです。皮肉でも何でも受け入れますよ」
「流石。年季が違いますね」
「はっはっは」
軽く受け流す。先輩として余裕を見せておかなければならない。とはいえこれだけ話し込んでいるといい加減体が冷えてきた。そろそろお暇しなければならない頃合いだろう。
その気配を察知したのか、椛はマフラーを懐にしまい仕事に戻る準備をし始めた。
「帰りますか?」
「ええ、まあそろそろ」
「そうだ、次来るときは新聞も持ってきてください」
「おや?どういう風の吹き回しですかね」
「いえ暖炉の燃料が尽きそうなんで」
「次来たときはその軽口を直しておいてくださいね」
苦笑いを浮かべた後文はふわっと浮かび上がりその場を発とうとした。里の方へ体を向け茶屋で何か暖かいものでも食べようかと思ったその時。
「あ、先輩。さっきから気になってたんですが」
不意に声をかけられ文は思わず動きを止めた。頭だけ後ろに振り向かせ、犬耳の後輩を何事かと見つめる。
「何ですか?」
少しだけ、本当に少しだけ椛は心配そうな色を浮かべた。
「顔、真っ赤ですよ。風邪ですか?」
きょとん。そして、しまったという顔。
頬をぽりぽりと掻きながら文は
「まあ、そういうことです」
こう、答えることしかできなかった。
***
巫女は妖怪に好かれやすい、らしい。
「はぁ」
「ってスキマが言ってたわ」
炬燵に潜り込んでいるのは二人の巫女。弥生に入ったとはいえ、まだまだ体を震わす日が続いている。外には未だ雪が降り積もり春告精が出てくるまでもう少し時間がかかりそうだ。
炬燵の上には二人分のお茶と、それと盆に積まれたたくさんの蜜柑が乗っている。早苗はそれをひょいと一つ取り、剥きながら先程の妙な伝聞に異議を唱えた。
「でもそれは霊夢さんだけでしょ?」
「じゃなくて、それだけ妖怪と関わる機会が多いってことでしょ」
ああ、と早苗は顔を少し顰めながら納得した。思い浮かぶのは天狗やら河童やら神様やら。確かに付き合いが多いのは人外のものたち。彼らは決して悪い人?ではないのだがやはり自分とは違う存在なのだと実感することは度々ある。
人間の友達は、少ない。
「別に構いませんけどね」
「何が」
「何でも」
気づくと蜜柑は既に半分まで減っていた。いつの間にこんなに食べたのか分からない。蜜柑を食べるときはいつもこうだ。いつどのくらい食べたのか思い出そうとして、やっぱり止めて、何となく早苗は残った蜜柑を霊夢に差し出した。
「食べます?」
「いらない」
「そうですか」
また、会話が途切れた。静かな空気が二人の間に流れる。それは決して重くはなく、冬らしい透き通った空気。早苗はこれが気に入っていた。特別な理由はないけれど、気の置けない空間というのはそれだけで価値がある。早苗も段々と時間がゆったりと流れるこの幻想郷の雰囲気に慣れてきていた。
「霊夢さんは好きなんですか? 妖怪」
「面倒なこと起こさない限りは別に嫌いってわけでも」
「らしいですねぇ」
「あんたは?」
「うちを信仰してくれる限りは別に嫌いってわけでもないですよ」
「らしいわね」
互いに冗談めかして笑い合った。
霊夢はふふっ、と少し冷めた感じで笑う。早苗はふふっ、と少し上品に笑う。性格と育ちの違いかな、なんて早苗は考えた。すると蜜柑の皮が早苗の額に飛んできた。
「あだっ」
「今、失礼なこと考えたでしょ」
「いたた、何を根拠に」
「勘」
「またそれですか」
呆れるような、感心するような。霊夢という人物は普段は暢気なくせに妙なところで勘が鋭い。この人の前で嘘をついたり悪事を働くなんてできそうにない。する気もないけど。
むぅ、と早苗は炬燵に顎を乗せ少し拗ねた表情を浮かべたが、すぐに何かを思いついた様子で霊夢に話しかけた。
「ちなみに、私は妖怪じゃあありません」
「知ってる」
「でも霊夢さんのことは好きですよ?」
「知ってる」
「勘ですか」
「あんたの顔見りゃ分かる」
言われてつい、早苗は自分の顔に両手を当て確かめてしまった。そんなに嬉しそうな顔をしていただろうか、そんなに頬を赤らめていただろうか、緩んでいただろうか。そこまで考えてやっと正面でにやにやする霊夢に気づいた。
「……からかいましたね」
「別に、嘘はついてないつもりだけど?」
「私がどんな顔をしたって言うんですか」
「だってあんた、うちを訪ねるときいつもの営業スマイル忘れてるもの」
「う」
「気が抜けてるのかしらね」
そうだった、かもしれない。ここに来るときいつも安心していたのは事実だ。よくそんな細かいところに気づいたなぁと早苗は思ったが、ようはそれだけここに入り浸っていたということである。
早苗は気づかない。相手が自分のことを見ていてくれているということだけで満足だったから。
霊夢は気づいていた。相手が自分に見られているということだけで満足していることを。
気が抜けてる、と言われた早苗は少しムキになって言い返した。
「言っときますけど、私の“好き”はあくまで憧れみたいなものですからね」
「ふうん」
「本当ですよ?」
「別に。あんたがそれでいいのなら」
「どういう意味ですか」
「確かめてほしいんでしょ」
「何を」
「はいはい。そこまで言うなら聞いてあげますよ」
「だから何を」
ずい、と顔を近づけて霊夢は早苗に迫る。
「本当に、憧れ?」
いきなり真面目な顔をして質問してきた霊夢に早苗は少し面食らった。
「ほ、本当です」
「ほ、ん、と、う、に?」
ゆっくりと一言一言噛み締めるように言い含める霊夢。やがて早苗のほうがプレッシャーに耐えられなくなった。
「ごめんなさい。嘘つきました」
「素直でよろしい」
全てお見通しってことか。
「じゃあ霊夢さんは私のことどう思ってます?」
「面倒なこと起こさない限りは」
「ならこれは」
そう言って早苗はもぞもぞと炬燵から身を抜け出してそのままぴったりと霊夢の隣についた。
「面倒なことですかね?」
「そうでもないわ」
「なら」
こてん、と頭を肩に乗せる。
「これは?」
「別に」
互いの顔が近い。
息遣いがすぐそこまで聞こえてくる。
顔を捻り相手の顔を覗く。
霊夢の目線はすでに空になった湯のみに向かっているだけ。
こっちを向いてくれないかな。私を見てくれないかな。
あ。
「これも別に面倒なことじゃあないわね」
ほんのり、唇に柔らかい感触が残った。
広葉樹はその葉に、針葉樹はすっかり枯れ落ちた枝や幹にそれぞれ雪を乗せ重たそうにしな垂れている。時々木々の許容量を越えた雪がどさどさと落ちることもある。が、その音を聞くものは誰一人として存在しない。一匹の白狼天狗を除いては。
「さぶっ」
独りごちるが、それすらも雪に吸い込まれて直ぐに静寂が戻ってしまう。さくさくと雪を踏みしめる音が心地よく耳に届く。見回りなのだから飛べばそれで済む話なのだが、いかんせん今日は風が強い。どうせこんな時期に山に入ろうとする物好きなんていやしないのだから、適当に時間を潰してさっさとあがってしまった方が得策である。わざわざ冬風に身を晒すこともあるまい。
ふと、耳の奥のほうで幽かに風の音が聞こえた。いや正確に言うと風の音ではなく風を切り裂く音。どうやらこちらに向かっているようだ。この時点で誰が来ているのか大方の見当はついていたが、一応確認のため上空にあがり目を凝らした。
「こんにちわ」
椛が千里眼でその姿を確認し、ああやっぱりなと思ったときには既に文は目の前まで来ていた。
「どうも」
「そんな『ああ、面倒な先輩が来たなあ』って顔しないでくださいよ」
「ああ、面倒な先輩が来たなあ」
「声にも出すな」
「顔近いっすよ先輩」
おっと失礼と文は一歩分退がった。そこで椛は初めて文がいつもの記者の格好ではなく紅葉模様をあしらった服装をしていることに気づいた。確か何時ぞやの人間が山に侵入してきたときと同じ格好のはず。加えて首元には同じく紅葉模様のマフラーをかけている。
「今日はオフですか」
「だからこうして愛に来てあげたんじゃないですか」
「何か間違ってますよ」
「私は間違ってないつもりです」
「はぁ」
椛はどう間違ってないのか少し疑問に思ったが、思うだけに留めておいた。こういう先輩の戯言は適当に流すに限る。相槌さえうっていれば相手は勝手に満足するだろう。
「で、今日は何の御用で」
「会いに来ただけじゃいけませんかね」
「キモいっす」
「そんなつっけんどんなこと言わないでくださいよ。それに」
「それに?」
「思いっ切り振ってますよ、尻尾」
ぱたぱた、椛が後ろに目をやると小刻みに左右に揺れている自分の尻尾が目に入った。しかし椛は表情を変えない。
「まあ、そういうことです」
「そういうことですか」
「はい」
「素直じゃないですねえ」
「ちなみに大きくゆったり動かしてる時は威嚇を表すらしいですよ」
「そうは見えませんが」
「ですね。しましょうか?威嚇」
「結構です」
文はやれやれとため息をついた。もう少し可愛げがあるといいんだけれど、どうにもこの後輩は何を考えてるのか分かりやすいようで分かりにくい。どこぞのスキマやどこぞの女医とはまた違った掴みどころの無さがある。付き合いも長いしこういう奴なのだと割り切ってしまってはいるが。
「今日はこれを渡しに来たんですよ、これ」
見ると文の手にはマフラーが収まっていた。しかも今文がしているものと同じ柄である。
「どうしたんですか?こんなもの、そうそう売っているものじゃないでしょ」
「骨董屋でたまたま同じものを見つけましてね、珍しいからつい買ってしまったんですがよくよく考えてみると二つもいらないじゃないですか。じゃあせっかくだから親しい誰かにあげようかと各方面に回ったら何故か裏があると思われまして、仕方が無いからあなたにあげようとそういうわけです」
「本当は?」
「あなたに似合うと思って里で作ってもらいました」
「なるほどやっぱりキモいですね」
わざわざオーダーメイドで作ってもらったらしい。この柄にどんな思い入れがあるのか知らないが何故自分のしている柄と同じものをプレゼントしようとするのか、椛には理解し難いところがあった。
互いに互いをよく分かっていない二人である。
「私ではなくどこぞのお偉いさんにばかり尻尾を振る飼い犬にはきちんと首輪をしておかないといけませんからね」
「いや自分真面目な企業戦士なんで。底辺フリーライター(笑)の助手になった覚えはないんで」
「首輪ついでに芸でも仕込んでおきましょうか? ほらちんちーん、ちんちーん」
「んなことやってるから未だに独り身なんですよ。あれですか、アラサーっすか、アラウンド3000歳っすか」
文が少しむっとして一言。
「……尻尾、振ってますよ」
「まあ、そういうことです」
「耳もぴこぴこ動いてますよ」
「まあ、そういうことです」
はあ、と文は軽くため息をついた。その前で椛は尻尾と耳を動かし続けている。特に表情に変化は見られないが。
「ホント、掴めないわね。あなた」
「掴まれるの嫌いなんですよ私。面倒臭いから」
「忠誠心はそこからかしら」
「無駄に波風立てなければ寄ってくる人もいませんからね。先輩以外は」
「犬の舌も掴んでみたくなるほど好奇心旺盛なんです」
「先輩はそろそろ猫と一緒に殺されてもいいと思います」
はあ、と今度は椛がため息をついた。
そのまま椛が手を差し出すと、文は少し意外そうな顔を浮かべた後すぐさまその表情を勝ち誇ったものに変えマフラーを手渡した。
「とりあえずこれはありがたく頂戴しておきますよ。せっかくですし」
「わあ、これでペアルックですね」
「はぁ」
いまいちピンと来ていない椛を尻目に文は満足そうに頷いた。
「これでもう少し反応があると完璧なんですけどねえ」
「すいません」
「いやいいですけど」
文は手をひらひらさせて謝る椛をあしらった。最初から可愛らしい反応なんて期待していない。こうして手渡せたことだけで十分収穫があったと言える。素直でない、というかあれが素の後輩と交流を持つのは中々大変なのだ。
「ま、今度一局付き合ってくれればそれでいいですよ。その時はちゃんとつけてきてくださいね、それ」
言いながら文は椛が手にしたマフラーを指さした。
「つけるかどうかは知りませんが一局ぐらいなら構いませんよ。暇ですから」
「その言い方ならきっと……ああ、何でもありません。付き合ってくれますか、良かった」
「山は平和すぎますからね。それこそ先輩と一局打てる程」
「付き合ってくれるならそれでいいです。皮肉でも何でも受け入れますよ」
「流石。年季が違いますね」
「はっはっは」
軽く受け流す。先輩として余裕を見せておかなければならない。とはいえこれだけ話し込んでいるといい加減体が冷えてきた。そろそろお暇しなければならない頃合いだろう。
その気配を察知したのか、椛はマフラーを懐にしまい仕事に戻る準備をし始めた。
「帰りますか?」
「ええ、まあそろそろ」
「そうだ、次来るときは新聞も持ってきてください」
「おや?どういう風の吹き回しですかね」
「いえ暖炉の燃料が尽きそうなんで」
「次来たときはその軽口を直しておいてくださいね」
苦笑いを浮かべた後文はふわっと浮かび上がりその場を発とうとした。里の方へ体を向け茶屋で何か暖かいものでも食べようかと思ったその時。
「あ、先輩。さっきから気になってたんですが」
不意に声をかけられ文は思わず動きを止めた。頭だけ後ろに振り向かせ、犬耳の後輩を何事かと見つめる。
「何ですか?」
少しだけ、本当に少しだけ椛は心配そうな色を浮かべた。
「顔、真っ赤ですよ。風邪ですか?」
きょとん。そして、しまったという顔。
頬をぽりぽりと掻きながら文は
「まあ、そういうことです」
こう、答えることしかできなかった。
***
巫女は妖怪に好かれやすい、らしい。
「はぁ」
「ってスキマが言ってたわ」
炬燵に潜り込んでいるのは二人の巫女。弥生に入ったとはいえ、まだまだ体を震わす日が続いている。外には未だ雪が降り積もり春告精が出てくるまでもう少し時間がかかりそうだ。
炬燵の上には二人分のお茶と、それと盆に積まれたたくさんの蜜柑が乗っている。早苗はそれをひょいと一つ取り、剥きながら先程の妙な伝聞に異議を唱えた。
「でもそれは霊夢さんだけでしょ?」
「じゃなくて、それだけ妖怪と関わる機会が多いってことでしょ」
ああ、と早苗は顔を少し顰めながら納得した。思い浮かぶのは天狗やら河童やら神様やら。確かに付き合いが多いのは人外のものたち。彼らは決して悪い人?ではないのだがやはり自分とは違う存在なのだと実感することは度々ある。
人間の友達は、少ない。
「別に構いませんけどね」
「何が」
「何でも」
気づくと蜜柑は既に半分まで減っていた。いつの間にこんなに食べたのか分からない。蜜柑を食べるときはいつもこうだ。いつどのくらい食べたのか思い出そうとして、やっぱり止めて、何となく早苗は残った蜜柑を霊夢に差し出した。
「食べます?」
「いらない」
「そうですか」
また、会話が途切れた。静かな空気が二人の間に流れる。それは決して重くはなく、冬らしい透き通った空気。早苗はこれが気に入っていた。特別な理由はないけれど、気の置けない空間というのはそれだけで価値がある。早苗も段々と時間がゆったりと流れるこの幻想郷の雰囲気に慣れてきていた。
「霊夢さんは好きなんですか? 妖怪」
「面倒なこと起こさない限りは別に嫌いってわけでも」
「らしいですねぇ」
「あんたは?」
「うちを信仰してくれる限りは別に嫌いってわけでもないですよ」
「らしいわね」
互いに冗談めかして笑い合った。
霊夢はふふっ、と少し冷めた感じで笑う。早苗はふふっ、と少し上品に笑う。性格と育ちの違いかな、なんて早苗は考えた。すると蜜柑の皮が早苗の額に飛んできた。
「あだっ」
「今、失礼なこと考えたでしょ」
「いたた、何を根拠に」
「勘」
「またそれですか」
呆れるような、感心するような。霊夢という人物は普段は暢気なくせに妙なところで勘が鋭い。この人の前で嘘をついたり悪事を働くなんてできそうにない。する気もないけど。
むぅ、と早苗は炬燵に顎を乗せ少し拗ねた表情を浮かべたが、すぐに何かを思いついた様子で霊夢に話しかけた。
「ちなみに、私は妖怪じゃあありません」
「知ってる」
「でも霊夢さんのことは好きですよ?」
「知ってる」
「勘ですか」
「あんたの顔見りゃ分かる」
言われてつい、早苗は自分の顔に両手を当て確かめてしまった。そんなに嬉しそうな顔をしていただろうか、そんなに頬を赤らめていただろうか、緩んでいただろうか。そこまで考えてやっと正面でにやにやする霊夢に気づいた。
「……からかいましたね」
「別に、嘘はついてないつもりだけど?」
「私がどんな顔をしたって言うんですか」
「だってあんた、うちを訪ねるときいつもの営業スマイル忘れてるもの」
「う」
「気が抜けてるのかしらね」
そうだった、かもしれない。ここに来るときいつも安心していたのは事実だ。よくそんな細かいところに気づいたなぁと早苗は思ったが、ようはそれだけここに入り浸っていたということである。
早苗は気づかない。相手が自分のことを見ていてくれているということだけで満足だったから。
霊夢は気づいていた。相手が自分に見られているということだけで満足していることを。
気が抜けてる、と言われた早苗は少しムキになって言い返した。
「言っときますけど、私の“好き”はあくまで憧れみたいなものですからね」
「ふうん」
「本当ですよ?」
「別に。あんたがそれでいいのなら」
「どういう意味ですか」
「確かめてほしいんでしょ」
「何を」
「はいはい。そこまで言うなら聞いてあげますよ」
「だから何を」
ずい、と顔を近づけて霊夢は早苗に迫る。
「本当に、憧れ?」
いきなり真面目な顔をして質問してきた霊夢に早苗は少し面食らった。
「ほ、本当です」
「ほ、ん、と、う、に?」
ゆっくりと一言一言噛み締めるように言い含める霊夢。やがて早苗のほうがプレッシャーに耐えられなくなった。
「ごめんなさい。嘘つきました」
「素直でよろしい」
全てお見通しってことか。
「じゃあ霊夢さんは私のことどう思ってます?」
「面倒なこと起こさない限りは」
「ならこれは」
そう言って早苗はもぞもぞと炬燵から身を抜け出してそのままぴったりと霊夢の隣についた。
「面倒なことですかね?」
「そうでもないわ」
「なら」
こてん、と頭を肩に乗せる。
「これは?」
「別に」
互いの顔が近い。
息遣いがすぐそこまで聞こえてくる。
顔を捻り相手の顔を覗く。
霊夢の目線はすでに空になった湯のみに向かっているだけ。
こっちを向いてくれないかな。私を見てくれないかな。
あ。
「これも別に面倒なことじゃあないわね」
ほんのり、唇に柔らかい感触が残った。
だからこそアラウンド3000歳で爆笑した。
個人的に自分はっ、両方に別々に百点を入れたいのですがッ……!
読み方が悪かったかもしれませんが二つ目の話に入るときが場面転換なのかと思ってしまって
何か関連性があるのかと思いながらずっと読んでました。ちゃんとタグに短編二つと書いてましたね。
名前だけは知っていたんですがこんな雰囲気なんですかね。
なんていうか、ほわぁって感じで非常に心地よい気分になりました。
これいいなあ、シリーズ化……して欲しいなぁ
未成年の方にもお求めやすい作品なので、未読の方は是非読んでほしいです
いや内容はおもいきり18禁エルォ漫画なんですが
中身のあるようなないような会話が
東方と少女セクトに共通しているなぁと気づかされました
一般向けと思って買ったらガチでどん引きしたのもいい思い出だぜ・・・
ちゃんと、言えよ!クソッ、でも可愛い
チクショウお前らさっさと素直になったらどうなんだぁ