Coolier - 新生・東方創想話

さくら地に降る

2010/03/20 04:04:21
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  - 一 -

 伝統ある西行寺家の一人娘として文字通り蝶よ花よと育てられ、全てのわがままを意のままに通してきた悠々子に、たった一つだけ破ってはいけない掟があった。
「夜に外へ出てはいけません」
 わざわざ出るもんですか、何も見えやしないのに。幼い悠々子には全く興味のないことだった。

 悠々子は自分の興味のないことにはまるで関心を示さなかった。だが逆に不思議な物や食べられる物、そして綺麗な物など、好きなことに関しては人一倍の探求欲とそれに伴う行動力があった。だから西行寺家の者は、夜に外へ出てはいけない理由を告げかねていた。理由を知れば掟を守るどころか、むしろ悠々子の好奇心を駆り立てる事になる。家の者は悠々子の興味が夜に向かないようにそれとなく配慮するしかなかった。そんな苦労の甲斐あってか、悠々子は一度も夜に外へ出たことはなかった。

 しかし、悠々子が六歳の時、白玉楼の庭で見つけた芋虫を見て「芋虫」なんだから芋の味がするのではと食べてしまい、お腹を壊した時の事だった。

 一時は高熱と痙攣を引き起こしたものの日中の内に収まり、医者の見立てでも数日間安静にしていれば問題ないとのことで、家の者はひとまず安心してその晩は眠りについた。
 だがその日の夜中、悠々子は誰もいない部屋の中で目を覚ました。昼間にうなされつつも眠っていたため、夜に眠れなくなってしまったのだ。そして悠々子には、夜だからと言って布団の中でじっとしている事などできるはずがなかった。
 障子の隙間から月明かりが差し込んでいた。掟があるのは知っていたが、初めから守っていたつもりなどなく、出ようとも思わなかったから出なかっただけだ。悠々子が出たいと思った今、掟は掟たりえなかった。

 季節は折しも旧暦で如月の望月の頃。白玉楼の桜は満開に咲き誇り、天には雲一つかからぬ満月を戴き、悠々子はその美しさに息を飲んだ。いわゆる夜桜だが、夜に外へ出たことがなかった悠々子にとっては新鮮な驚きだった。夜ってこんなにも素敵なものだったのね、掟で隠そうとするだなんて酷いわ、と悠々子は縛られてももいない掟に腹を立てた。
 特に考えるでもなく、悠々子の足はある方向へと一直線に向かっていた。白玉楼にある桜の木々の中で最も大きく、最も美しく、最も親しい西行桜だ。

 生まれた時から両親や従者などの大人達に囲まれていた悠々子は欲しい物を全て手に入れる生活を送ってきたが、同じ年頃の友達がいなかった。友達が欲しいと思ったことはない。友達というものを知らなかったからだ。「寂しい」という言葉もうまく使えなかった。悠々子にとっては寂しくない時間の方が珍しくて、そんな気持ちの方を「楽しい」と表現していた。
 そのような「楽しくない」時・・・つまりいつもなのだが、春であれば西行桜の木の下で一人遊びをした。たくさんの花びらに囲まれていると少しばかり賑やかになった気がした。春でなくともそこに座って満開の花々を想い出しては、花が咲くのはいつかしらと待ちわびていた。
 西行桜の木の下は悠々子にとって最も慣れた場所であり、何も考えていなければ足がそちらへ向かうのは極めて自然な事であった。

 穢れのない満月の淡い光と強い魔力を受けて、西行桜は蒼白く光っていた。

 降ってくる花びらは月の光を受けて雪の輝き得、くるくると舞う動きが星の瞬きを与え、それぞれが薄紅色に彩られたそんな光の粒が、空を泳ぎ宙に遊んで悠々子を取り囲んでは去ってゆく。
 しかしそれらは単に美しい光景ではなく、自然の造形が不自然な美しさをはらみ、妖気に満ちた危うげな艶やかさを以て魂に浸食してくるようであった。このままでは大切な何かを失ってしまうかの様な焦りがないではなかった。だが心が魅入られて、体が動こうとしない。だんだんと意識が薄れてゆくのに、それに抗したくない。
 いくつも数えない内に、悠々子はその場にばったりと倒れた。


 仕方のない子ね。夜に外へ出るなと言われていたのでしょう?


  - 二 -

 幻想郷。妖怪達が住まう、「常識」という境界を越えた先にある世界。

 先代が二本の刀だけを残して突然姿を消して以来、未熟な妖忌は修行を欠かせない日々を送っていた。昼間はもちろんのこと、月の明るい夜ならばその月が沈むまで修行を続けた。
 その夜は特に明るく、妖忌は数刻にわたって休まず刀を振るい続けていた。強くなることにこだわり続ける妖忌もそこまで一続きで修行をする日は少なく、さすがに疲れて集中力が落ちてきた。こういう時、つい考えてしまう事がある。なぜ先代は自分一人を残して行方をくらましてしまったのだろう。

 木刀しか握ったことのなかった妖忌に残された、二本の刀と一通の手紙。前日まで変わった様子のなかった先代が、ある日いなくなった。手紙もたった一行がしたためてあるだけの紙切れだった。
「刀を託す。強くなれ」
 それ以来、妖忌は一人で修行をしている。強くなれ、という先代が残した最後の教えを守るために今はがむしゃらに修行をしてはいるが、こんな勢い任せの方法で果たして強くなれるのか、先代から真剣の扱い方を習っていなかった妖忌にはそれすらも分からなかった。本当に、なぜいなくなったのか。今どこで何をしているのか。自らの道はこれでいいのか。

 こん、という鳴き声で我に返った。いつの間にか切っ先が止まってしまっている。あの時の事を思い出すといつもこうだ。
「未熟・・・」
 妖忌は刀を鞘に納めた。足下に目をやると、子狐が裾をくわえて引っ張っている。どこかへ連れていこうというのだろうか。どうせ一旦集中が途切れてしまった修行を続けても効果が薄い。妖忌は修行を中断して子狐について行くことにした。

 子狐の導きで少し歩いた所に少女が倒れていた。息はあるが、顔が青白くて冷たい。何より身体から感じ取れる生気がかなり薄弱だった。魂が侵されているのかも知れない。放っておけば死んでしまうだろう。この少女を助けろというのか・・・と、子狐がいない。自らの役目は果たしたと思って姿を消したのだろうか。ともあれ、妖忌は少女を連れて帰って介抱する事にした。

 一式しかない布団を与え、囲炉裏の火を絶やさず、修行もしばらくの間は家の中だけでした。すると一時は雪のようだった少女の体温が徐々に戻っていき、数日後に目を覚ました。

 少女は何も言わずにむっくりと半身を起こした。妖忌はしばらくの間それに気付かず素振りを続けていたが、視線を感じて振り返ると、目を覚ましてこちらをじっと見つめている少女と目があった。
 何も考えていないように見えた。全く感情が読みとれないその表情に、むしろ妖忌の方が身体の芯に怖じ気を感じた。しかしいっぱしの侍が年端もゆかぬ少女に対して憶しているなど、絶対に感づかせてはいけない。妖忌はできるだけ平素を装おうとした。
「目が覚めたか。拙者は魂魄妖忌。そなたの名は何という?どこから来た?親御殿はどうした?」
「おなかすいた」

 何を聞いても空腹を訴えるばかりだったが、食べ物を与えると少女は一転して喋り始めた。名前は西行寺悠々子で、白玉楼という場所から来たらしい。あの場所で倒れていた経緯についても話してくれたが、いまいち要領を得なかった。夜に桜を見たら思った以上に綺麗で次に気が付いたらここにいた、程度の内容しかなく、それ以外は全て芋虫が如何にまずいかという力説だった。妖忌は芋虫の話を聞き流しながら、考えを巡らせ始めた。
「まず口に含んだ時の舌触りがねぇ。ウネウネ動いて気持ち悪いの」
 倒れていた時の生気の抜け方から考えて妖怪の類に魂が浸潤されていたはずなのだが、話によれば何かそれらしい物に会った感じではない。どこで誰に何をされたのか分からない以上、いつ再発してもおかしくない。
「中身がトロトロとかフワフワとかっていう感じじゃないのよ。どちらかというとミュルミュル」
 それにしても、この後どうしたものか。両親に可愛がられていたようだから、悠々子を白玉楼に連れていくべきなのは間違いないのだが。
「今まで食べたどんな物よりも臭みがきつかったわ。敵意を感じた」
 しかし先代と共に狭い幻想郷のほとんどを巡ったつもりでいたが、白玉楼というのは聞いた事がない。
「あの味で『芋虫』だなんて酷いと思わない?名前を付けたのはきっとお芋を食べたことがない人かよっぽどの味音痴よ」
 この世界でないとすれば外の世界から来たとしか考えられない。こんな少女に自らこの世界に入って来る力などあるはずもないし、何者かに連れてこられたのだろう。そしてそんな事ができるのは幻想郷に一人しかいない。
「でも吐き出さずにちゃんと食べたのよ。ねぇほめて」
「悠々子殿」
「はい」
「そなたを家に帰らせてくれる人の所へ行こう」


 妖忌は悠々子を連れて、過去に先代と共に訪ねたことのある八雲邸を目指した。訪ねて行ったからと言って素直に取り合ってくれるとは限らないが、今できる事はそれしかない。悠々子は芋虫について語り尽くしたらしく、黙っておとなしく後をついてきていた。もし家に帰れないという事になれば、悠々子はさぞ悲しむだろう。自分自身としてもいつまでも面倒ばかり見ていられない。今から会いに行くのはいつも何を考えているかよく分からない相手だが、今回は何としても頼みを聞いてもらわなければならない。
 この狭い世界ではどこへ行くにも大した道程ではなく、そんなことを考えている内にすぐ目的地に着いた。
「よいか、悠々子殿。これから会うのはこの世界で一番偉いお方だが、この世界で一番気まぐれなお方でもある。機嫌を損ねればそなたも家に帰れなくなるかも知れないし、行儀良くしているのだぞ。例えば芋虫の話などしないこと」
「芋虫の話って何?」
「・・・」
 一抹の不安を残しながら、妖忌は八雲邸の門戸を叩いた。しばらく待っても誰も出てこなかったが、代わりに扉の下の方からカリカリ爪で引っ掻くような音がし始めた。悠々子が勝手に扉を開けると、中からいつぞやの子狐が顔を出した。
「あらかわいい。きつねさん、お名前は?」
 悠々子がしゃがんで語りかけると、子狐はこん、とだけ答えた。
「コン太?あなたコン太っていうのね!」
「ちょっと、勝手にありがちな名前つけないでよ。その子の名前は藍。それに女の子よ」
 いつの間にか家の主、紫がそこに立っていた。

 風貌こそ胡散臭いが、妖気は桁違いに強い。未熟者の妖忌などはその妖気の強さだけで未だに腰が引き気味になってしまう。悠々子も幼いながらに強力な何かを感じ取ったのだろう、妖忌の後ろに隠れて恐る恐る顔を半分だけのぞかせていた。
「妖忌、久しぶりね。それに西行寺のお嬢ちゃん、いらっしゃい。妖忌に拾われたのね」
「ご無沙汰しております。お元気そうでなにより・・・」
 妖忌が憶して用件を告げられずにいる間に、紫は妖忌が腰に下げている刀に気付いた。
「あら妖忌、その刀は・・・」
 確かに以前先代と共に紫を訪れた時には練習用の木刀を下げていたが、今は先代から託された刀を下げている。妖忌は、先代が刀を残して行方をくらました事を話した。
 春の強い風が吹いた。

 紫はうつむき加減でしばらく黙って物思いにふけっていたが、やがて二人を家に上げると、妖忌に刀を貸して欲しいと頼んだ。妖忌はいぶかしく思ったが幻想郷の実力者に逆らう訳にはいかず、何も言わずに二本の刀を貸した。
 紫は刀を鞘から抜いて座布団の上に並べると、その上から酒を浴びせ始めた。訳が分からない妖忌は刀の錆を気にして紫を止めようと片膝まで立てたが、悠々子に制された。悠々子はその時の紫に悲哀と慈愛の色を見つけ、想像を交えてながらもおおよその事情を飲み込んでいた。
「好きだったの?」
 悠々子の問いに対して、ほんの少しの間をおいて、自分自身へ語りかけるような小さな声で紫が答えた。
「ええ、そうね・・・」
 悠々子が紫に寄り添い、短い腕を精一杯伸ばして紫の頭を撫でると、紫は堪えきれず悠々子を抱き寄せた。

「ありがとう、おませさん」


 しばらくすると紫の動揺も収まり、また何を考えているか分からない妖しさを取り戻した。
「さて、妖忌がここに来たのはお嬢ちゃんを外の世界へ戻せ、という用件かしら?」
 刀を妖忌に返し、二人に白湯を馳走して、紫は悠々子の境遇について語りだした。

 悠々子が住んでいた白玉楼というのは、確かに外の世界のものだ。
 その庭にある一際大きな桜の木は西行桜と呼ばれている。西行桜は普段はただの綺麗な桜なのだが、満開の時に満月の光を浴びると、その異常なまでの美しさのために人の心を魅了して魂を吸い取ってしまうようになる。そして吸い取った魂を糧に自らは更なる美しさを手に入れ、更に多くの人の心を魅了してゆく。それを数百年と繰り返してきた結果、数多の人の命を礎に「西行妖」と呼んでも過言ではない妖怪桜へと変貌してしまっている。
 そもそも白玉楼はその地理的に、本来幻想郷の一部となるべき土地であった。紫が幻想郷を外の世界から切り離す際に、迷った末に白玉楼だけを外の世界に残して来たのだ。その理由が西行妖。数百年もの永きにわたり人間の魂を吸い取って来た妖怪桜は、紫でさえも手が着けられない程の妖気を蓄えていた。白玉楼ごと幻想郷に取り入れてしまうのは簡単だったが、幻想郷の住人達が西行妖の餌食になるのを紫は恐れた。幻想郷の住人はその種族に応じて夜に活動する者もあるが、人間は真っ当な者であれば夜中には活動しない。外の世界に残しておく方が被害が少ないと判断しての事であった。
 それほどまでに危険な西行妖も満月の夜でなければ問題ない。西行寺家の者もそれを知っており、満月の夜には西行妖を避けるようにしてきた。だが悠々子の場合はそうはいかない。人を死に誘う程の美しさと聞いて、悠々子が興味を持たない訳がなかった。家の者はそれを恐れて、「夜に外へ出てはいけない」という漠然とした掟で縛ったのだ。
 だが悠々子はいとも簡単に掟を破り、西行妖の美しき毒牙にかかってしまった。本来なら西行妖に魂を吸われてそのまま死んでしまうところだったが、偶然気づいた紫が悠々子を幻想郷へ誘うことで一命を救った。

 紫は一旦白湯を口にした。
「それだけなら良かったのだけれど。私がお嬢ちゃんを見つけた時点で既に魂の一部が西行妖によって蝕まれていたのよ。正確には喜怒哀楽の「怒」の部分がほとんどなくなってしまっているわ。本来、人の魂というのは陰陽玉の様に陰と陽の性質が均衡を保ちつつ存在しているの。それに対して、お嬢ちゃんの魂は陽の部分が大きく欠如して均衡が崩れた状態にあるのよ。均衡の崩れた魂は、本来反する性質を抑える為にある力を持て余して、望んでもいない余分な力を生み出してしまう。お嬢ちゃんが自覚してるか知らないけど、もう普通の人間には戻れない程度の能力を持っているはずよ」

 妖忌はちらりと悠々子の顔を覗いた。紫の話を分かって聞いているだろうか。少なくとも元の生活に戻れない事くらいは理解してしまっただろうか。悠々子は表情一つ変えない。
「そんなわけで、妖怪同様の力を持ったお嬢ちゃんを外の世界に帰す訳にはいきません。今やお嬢ちゃんの故郷は、お嬢ちゃんを不幸にしかしないわ。幻想郷で幸せに暮らす事ね」
「そんな、何とかならないのですか」
「無理よ無理。人間は自分達を超えた力を持つ者に恐怖し、善悪を問わず排除しようとするのよ?返り討つ度胸と力があればいいけど、お嬢ちゃんにはないでしょう?命が惜しかったらこのままここにいなさい。さ、眠くなってきたからもう帰って」
 紫の白湯をすする音だけが部屋に響いた。

「帰ろう。お父様達にも会いたいけど、妖忌がいればここでも平気だよ」
 悠々子は立ち上がって、妖忌の袖を引っ張った。そのいじらしい態度に何も言えなくなり、妖忌は悠々子の頭に手を置いた。
 本心を語れば、倒れていた悠々子を介抱したのはともかく、紫の元へ連れてきたのは修行の邪魔になる少女を両親の元へ返すためだ。いや、両親の元へ返すというより誰かに押しつけると言った方が真に迫っているかも知れない。それなのに、悠々子は会って間もない自分の事を親のように信じ切っている。

 そんな悠々子を見て、妖忌は覚悟を決めた。

「それでは悠々子殿と一緒に、拙者も外の世界へ行かせてください。拙者が悠々子殿を守ります」


  - 三 -

 紫は妖忌と悠々子を外の世界へ送り出した後、縁側に座布団を二つ並べてその片方に自分が座り、寝待ち月を眺めながら酒を呑んでいた。

 半人半霊という種族は完全な死というものを迎えない。人側の半分が死ぬとその半分だけが天に召され、元から霊側だった半分はその場に残るため、魂として乖離した状態になってしまう。半分しかない魂ではろくに輪廻も巡ることができず、どちらの半身も永遠に幽冥の狭間を彷徨うことになる。
 それを避けるため、魂魄の家系は代々人側の死期を悟ると、己の魂を二本の刀に宿してしまう事により事実上の死を迎える。人側の魂は短刀・白楼剣に、霊側の魂は長刀・楼観剣に。それまで主であった者の力を引き継いで、二本の刀は斬れ味を増す。
 己の命を以て次代に力を託す。次代により強い力を託す為に、己は強さを追求する。

 魂魄の家系は、死ぬ為に強さを求める。

 紫はただ一人、その事を知っていた。
 普通の人間や妖怪ならば、死すともその魂は輪廻を巡る。紫ほどの力をもてば、天界や地獄、冥界へ赴き、いつでも会うことができる。だが「たましい」の字をその名に戴く魂魄の者は、その死を以て魂も消滅する。紫にとって人間や妖怪の死など別れを意味する過程ではないが、それだけに真実の別れを意味する魂魄の死によって感じる所は強い。

 盃の酒を半分だけ残し、誰も座っていない隣の座布団の前に置いた。膝の上ですやすや寝ている藍を撫でながら、紫はポツリとつぶやいた。
「まだまだ未熟ね」
 欠けが大きくなってきているが、それでも月が綺麗に見えた。


 妖忌の先代が紫にとって何者であったか、ここでは語らない。


  - 四 -

 悠々子が元の世界に戻ってから、もう十年以上が経った。

 幻想郷から帰ってきた夜、西行寺家の者達は何も疑わずにとても喜んでくれた。妖忌の事も、命の恩人だと言って紹介すると歓迎してくれ、頼んだら住み込みでの警護役として雇ってくれた。
 気付くまでに時間がかかったが、紫が言っていた「普通の人間には戻れない程度の能力」が何かも分かった。どうやら死霊を操る程度の能力らしい。悠々子にはちょうど、西行妖の下で遊んでいた時に憑いたと思われる死霊達がたくさんいたので、能力を利用して面倒くさい事を彼らにやらせていた。悠々子はちょっと便利な能力ね、くらいにしか思っていなかったが、妖忌からくれぐれも他人に能力の事を悟られないよう口うるさく言われていたので、一応は隠していた。
 紫も時々会いに来てくれた。紫と悠々子はすっかり仲良くなり、対等の立場で話すようになっていた。ちなみにそれに伴い、妖忌は悠々子に何となく頭が上がらなくなっているようだが、悠々子はその事に気付いていない。
 元々友達のいなかった悠々子にとって、幻想郷から来たこの二人は大切な友となっていた。

 ある夜、紫がぐったりした藍を連れて来た。紫が会いに来るときは決まって夜だ。紫が夜行性であるからというのもあるが、人目をしのぐ意味もある。妖忌は人間として西行寺家に溶け込んでいるが、紫の胡散臭さはどう見ても妖怪なので、下手に見つかって騒ぎになるのを避けているのだ。
 藍はどうやら病を患っているらしい。紫は動物を飼うには性根がいい加減すぎるので、藍の健康面に気遣う事がまるでなかった。そのせいで今までも藍が体調を崩す事は何度かあったのだが、今回はもう駄目かも知れない。藍ももう十歳を過ぎており、狐としては寿命かも知れない。
 だが紫が藍を連れてきたのは、何も悠々子に死に際を見せに来たのではなかった。何を思ったか、医者でもない悠々子に藍を治して欲しいと依頼してきたのだ。
 生き物が死ぬときには、最終的に死霊が取り憑き、命を貪る。逆に言えば、どんなに衰弱しても死霊さえ近づけなければ死ぬことはないという紫の突拍子もない理屈だった。確かに藍の周りにはたくさんの死霊がうようよしていた。
 死霊を藍から遠ざけるくらい悠々子にとっては何でもないことなので、半信半疑ながら試してみた。するとぐったりしていた藍が、元気になったとは言わずとも、紫の腕の中でもそもそ動き始めたではないか。本当に死の危地から脱したようだ。
「ほら、やっぱりできた。これを繰り返せば藍はずっと生きていられるわね。また何かあったらお願いするわ」
「ずっと?あのね紫、あなたには分からないかも知れないけど、種族にはそれぞれ天寿ってものがあるのよ。今は別にいいけど、こんな事ばかり続けてるといまに余分な尻尾が生えてきちゃうわよ」
「いいわよ、それならそれでも。そしたら式神にして、ずっと一緒にいるわ。ねぇ、藍」
 藍は力無いながらもこん、と返事をして紫の頬をなめた。
 紫が満足して幻想郷に帰っていくのを、悠々子はいつものように笑顔で見送った。だが内心、悠々子は自分の能力に秘められたある可能性に気付いて身震いしていた。

 逆の方法をとれば、私は簡単に人を死に誘えるかも知れない。

 誰にも言えなかった。考えないようにした。試さなければ、永遠に知らなくても済む。
 だがそれ以来、夜に眠れない、眠っても夢にうなされて起きる事が多くなった。生き物の死骸を見ると、無意識の間にやってしまったのではないかと、一瞬自分を疑った。疑う自分が嫌だった。自分に疑われる自分も嫌だった。
 しかもこの能力を持っている事を他人に知られれば、自分は妖怪の類と見なされ殺されてしまうかも知れない。いつも何かに怯えていた。気が狂いそうだった。
 そんな悠々子の心配をよそに、西行寺家の者は誰一人として悠々子の能力には気が付かなかった。
 不審に思われたのは、むしろ妖忌の方だった。

 十年前に西行寺家に奉公し始めた時から、半人半霊の妖忌はほとんど年を取っていなかったのだ。妖忌の見た目は人間に例えると年の頃なら十代前半、十年が経ってここまで見た目が変わらないのは明らかに不自然だった。
 噂は噂を生む。妖忌は悠々子を西行妖から助けたというが、助ける時に逆に自分が西行妖に魅入られなかったのはなぜか?妖忌も妖怪の類なのではないか?西行寺家に潜り込んで、頃合いを見計らって皆を食べてしまうのではないか?
 根拠もない憶測が西行寺家に飛び交って、ある冬の朝、過度に膨張した噂は堰を切った。


 一晩降り続けた雪が白玉楼に降り積もっていた。白玉楼に雪が積もる事は珍しく、悠々子は久々に嬉しくなって妖忌を連れて庭へ散策に出た。庭の草木には花の代わりに雪が咲き、朝日の光を受けてまぶしいほどに輝いていた。最近気が滅入っていた反動もあって、悠々子は純粋に美しい光景に心を奪われた。桜の狂おしい美しさとは違って、彩りの無い美しさが悠々子に新鮮な感動を与えたのかも知れない。
「雪ってこんなに綺麗なものだったのね。紫も冬眠なんかしてないで見に来ればいいのに。私、今日のこの景色は絶対に忘れないわ。」
「ほぉ、朝食べた物を昼には忘れる悠々子殿の口から『忘れない』という言葉が出るとは」
「あら失礼ね。私だって覚えるべき事は覚えてるわ。ただ世の中に覚えるべき事が少ないだけよ」
 悠々子は雪を手ですくったり、集めたり、崩したり、滑ったり、飛び込んだり、子供の様に遊んでいた。妖忌はその姿に安堵した。最近悠々子の表情が暗い事には妖忌も気付いていたのだが、何があったのかは皆目見当がつかず、何を話してくれるでもなく一人でふさぎ込んでいる悠々子を見てはただ漠然と心配していた。
 だが今悠々子に見えるのは、そんな心配が吹き飛ぶような笑顔。真っ白な雪景色によく映えた。やはり悠々子には笑顔がよく似合う。妖忌は目を細めた。

 それが、悠々子の人生で最後の笑顔だった。


 雪見中の二人を取り囲んだ、五十人ほどの浪人達。悠々子は咄嗟に、ついに自分の能力が知られてしまったのだと思った。しかし敵意の矛先は妖忌に向けられていた。
「悠々子様、離れてください。その者は我らを狙う妖怪です」
「妖怪?何馬鹿な事を言ってるの、すぐにやめさせなさい」
「悠々子様はその妖怪に騙されているのです。さぁ早くこちらへ」
 悠々子が何を言っても聞き入れられなかった。悠々子は自分の身体を盾に浪人達の前に立ちふさがっていたが、やがて腕を掴まれて妖忌から引き離された。その間、妖忌は覚悟したかのように何一つ言葉を発せず、抗戦の構えも見せず、ただ無形の位で立っていた。
「妖忌も何か言いなさいよ!このままじゃ殺されるわよ」
「無駄であろう。確かに妖怪ではないが人間ではないのも事実だし、何より人間は一度疑ったら信じる事ができなくなる生き物だ。何を言っても拙者への不信は消えぬであろう。拙者はこの際、悠々子殿さえ無事であればそれでよい。それは幻想郷を出たあの日から覚悟していた事だ」
 妖怪に抵抗の意思無しと見て、浪人達はもう一歩前に踏み出た。そしてその中の一人が、ついに刀を振り上げた。

 ・・・・・・

 白い大地に数多の骸。立っているのは悠々子と妖忌だけ。悠々子は、能力を使ってしまった。


 - 五 -

 何が起こったのか、妖忌には分からなかった。死ぬ覚悟を決めて目を閉じていたはずが、突然全ての殺気が消えたので目を開けてみると、自分を取り囲んでいた五十人もの浪人達が残らず死んでいた。
「驚いた?これが私の本当の能力」
 屍の山の中に一人だけ混ざっていた西行寺家の従者の遺体を見下ろしながら、悠々子は佇んでいた。妖忌を振り返ったその瞳は、生ける者のそれとは思えぬ程輝きを失い濁っていた。
「じきに他の者も来るのでしょうね。妖忌、逃げて。あなたが殺したと思われてしまうわ。山奥に隠れて春が来るのを待つの。紫が冬眠から目覚めたら、すぐに幻想郷に帰るのよ」
 そんな悠々子を放っておく訳にはいかなかった。今の悠々子は、西行妖に魂を蝕まれて倒れていたあの時よりも危険な状態だと思った。だが、
「逃げなさい」
 足が勝手に動いた。死霊を操る程度の能力を持つ悠々子の命令に、半人半霊の妖忌が逆らえるはずがなかった。
「ごめんね。妖忌にだけはこの能力を使いたくなかったのだけれど。私の事は心配しないで。この浪人達はあなたがやった事にしておくから。私のために、きっちり汚名を被ってもらうわよ」
 悠々子の顔が不自然にゆがんだ。目からぼろぼろ涙がこぼれて頬が引きつっているというのに、口元だけが無理矢理上に向かおうとしている。作り笑顔のつもりなのかも知れない。
 妖忌は白玉楼を後にした。

 それから二ヶ月が経った。山の景色はすっかり春めいている。もう紫は冬眠から目覚めている事だろう。こちらから紫に連絡を取る手段はないので、紫が気まぐれに応じてこちらに来るのを待つしかない。悠々子はうまくやっているだろうか。とりあえず、少なくとも悠々子の命があることだけは分かった。白玉楼に帰ろうとしても帰れないからだ。悠々子の能力は、まだ妖忌の行動を制限していた。
 悠々子は、まだ生きている。



 如月の望月の頃。西行桜が満月の光を受けて、西行妖へと変貌する。その西行妖にもたれて、悠々子は座っていた。
 あの時は、ああするしかなかった。浪人達を殺さなければ、妖忌が殺されていた。ごろつきまがいの浪人達よりも、最も親しい妖忌の方が大事。それは悠々子の偽らざる気持ちであったし、そこについては今も迷いはない。だがそれと同じように浪人達にもそれぞれ家族なり友人なりの大事な人達がいて、今その人達は悲しんでいるに違いない事も悠々子には分かっていた。
 人を死に誘うという忌まわしい能力は、やはりここで絶やしてしまわなければならない。

 怖い。当たり前よね、今から死ぬのだから。これが私があの人達に与えたもので、人という人が皆通らなければならない道。人という人が皆避けようとする道。でも今の私にとっては、避けてはいけない道。本来なら六歳の時に受け入れなければならなかった道。あれから十年以上生き延びて、その結果として何十もの命を奪ったけれど、それだけの命を奪う価値がこの十年ちょっとにあったのかしら?紫、せっかくあなたが救ってくれた命だけど、やっぱり返すわ。あなたは怒るのかしらね。どうでもいい人間の命なんてどうでもいいじゃないって言うのかしらね。ごめんね。でも私はやっぱり、どうしようもなく人間なのよ。人の命が消えて、それでどうでもいいなんて思えないの。これでも、ここに来るまでに結構迷ったのよ。死ぬのは怖い。でも生きて、人を死なせてしまうのも怖い。妖忌は私の事をわがままだとよく言っていたけれど、これもわがままなのかしら?妖忌、無事でいるかしら。私がこっちの世界に来てからずっと私の側にいてくれた。いてくれたから分からなかった。今妖忌がいなくて、すごく寂しい。「寂しい」って、こういう意味だったのね。死んだら、ずっと寂しいのかしら。死ぬって、何なのかしら?

 問いのない問いに答えが出せていない悠々子に、酔う時間が来た。


 ああ、なんて綺麗なのかしら。



 桜の花が散り、大地に還った。

 その様子を幻想郷から見届けていた紫がスキマから現れた。温もりを失ってゆく悠々子の頬に手を当てる。

 悠々子、これで良かったのね?

 しばらくすると妖忌が走ってきた。自らの足が白玉楼へ向く事で悠々子の死を知ったのだという。
 二人に悠々子の死を悼んでいる暇はなかった。例え死を迎えても悠々子の魂はその昔西行妖に食いちぎられて欠けたまま。このままでは同じ能力を持って転生し、同じ苦しみを繰り返す事になる。
「生など、苦しみながらまた求めるほどご大層なものではないわ」
 それを防ぐため、紫は悠々子の転生を止める事を提案した。
 紫は妖忌に命じて西行妖の下に悠々子の亡骸を埋めさせると、その悠々子の亡骸で西行妖が二度と満開となる事の無いよう封印し、それを以て悠々子の転生を抑える結界とした。
 封印を終えると次に、後に西行妖の封印を解こうとする者が現れないよう、この事を後の世に残すための書を作成しておくよう妖忌に命じて、紫はまたスキマに飛び込んだ。
 紫には、まだやっておかなければならない事があった。



 閻魔帳をめくりながら、映姫は紫を見下ろした。
「転生しない事を認めて欲しい・・・ですか」
 紫は閻魔に、悠々子を転生させないよう交渉しに来ていた。四十九日後に悠々子がここに来た時、閻魔がそれを認めず転生を命じる裁きを下してしまえば、悠々子の魂は現世に戻ろうとするも西行妖に封印されているため戻る事ができずに行き場を失い、永遠に彷徨う事になってしまう。
「あなたの様な強力な妖怪が歯牙にもかからない人間を気にかけるとは、一体どういう風の吹き回しです?」
「その問いに答えれば転生しない事を許可していただけますか?」
 紫は不敵な笑みを浮かべた。立場を弁えてか弁えずか、相変わらず喰えない奴。映姫は軽く息をついた。
「八雲紫。幻想郷を隔離して妖怪をその世界に住まわせている事、私は高く評価しています。そのおかげで人間と妖怪の間に起こっていた不毛ないさかいが抑えられている」
 パタンと閻魔帳を閉じて、キッと紫を睨む。
「しかしその一方で、あなたは妖怪の指導者的立場である事を利用し、彼らを率いて月を侵略しようとしたり、いつもきな臭い行動が多い。そう、あなたは少し争いを好み過ぎる」
「・・・・・・」
「あなたが起こす争いに巻き込まれた者達は、それに応じた罪を重ねざるを得なくなる。あなたの犯した罪が他の者の罪に繋がる。あなたは自分の行いによって他人まで罪に誘う事を知らねばならない!」
 紫はくすりと笑った。映姫の顔が怪訝にゆがむ。
「私のお裁きは私が死んだ時に行って下さいましな。今は西行寺悠々子の判決についてお願いに来ているのです」
 やはり喰えない。映姫が、今度は深いため息をついた。
「まったく、あなたという人は・・・。いいでしょう、西行寺悠々子には冥界の統治を命じ、そこに駐在してもらう事にします。死霊を操る能力を持つ彼女ならば適任と言えるでしょう。ただし」
 映姫の目が暗く光った。
「この判決は幻想郷の統治者たるあなたの顔を立てての『貸し』にしておきます。この意味が分かりますね?」
 ここに来て初めて紫の表情が曇った。
「今後厄介を起こさない事。私の判決は一度下されたら覆る事はありませんが、その前提条件となるあなたへの『貸し』が踏み倒されたとなれば、話は別です。西行寺悠々子への冥界統治の任は解かれ、転生を命じる事になるでしょう。その事、よくよく肝に銘じておくように」

 紫は閻魔の下を後にした。要求は通せたが、その代償に面倒な物を払わされてしまった。今後は映姫には逆らえまい。怖い物知らずであった紫に初めて弱点が出来てしまった事とは裏腹に、その顔にはまた笑みが戻っていた。


 - 終 -

 そして、悠々子は冥界の姫となった。
 忌まわしき過去を思い出さぬよう、紫は悠々子の生前の記憶を消し、幽霊であるのが元来の姿であるとの意味を込めて「幽々子」の名を与えた。更には今まで外の世界に残していた白玉楼を幻想郷へ移した。もう西行妖が満開となる事もないのだから。
 妖忌は白玉楼の庭師として西行寺家に仕える事にした。幽々子の魂は西行妖に封印してあるものの、幽々子はまた持ち前の好奇心を以て封印を解いてしまうかも知れない。そうなった時に幽々子を諫める者として、妖忌は白玉楼に滞在した。今後魂魄の家系は代々、白玉楼の桜を剪定し、幽々子を警護し、幽々子に剣術を指南しつつ、幽々子が幽々子自身を復活させてしまう事のないよう目を光らせる家系となるであろう。


 三百年後の夏。

「妖夢~、火鉢を持ってきて~」
「そうですねぇ・・・一応夏なので暖房器具は出すまいと思っていたのですが・・・この寒さでは仕方がないですねぇ」
 幻想郷にある白玉楼の庭一面に雪が積もっていた。

 幽々子は生前のことをほとんど覚えていない。幽霊としてこの冥界に来た時から覚えていなかった。ただ一つうっすらと思い出せるのは、白玉楼の雪景色。そこで何があったのかなどは全く覚えておらず、ただ漠然と白い風景だけが記憶に残っている。
 私は雪国の生まれだったのかしらねぇ。のんきにお茶をすすりながら、妖夢が物置から火鉢を引っぱり出してくるのを待っていた。


 幽々子は、雪が好きだ。


  了
  ○謝辞

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。最後だけ読んでいただいている方も、ありがとうございます。なんだか分からないけど急に書きたくなって、初めてSSを書いてみました。どんなもんでしたでしょうか?いただいた感想次第で今後続けるかどうか考えようと思います。
 基本的には真面目な中に諧謔も交えていますが、もう少し東方的な皮肉にあふれた会話も書きたかった気もします。今回はそもそも会話量が不遇なので諦めました。


  ○細かい言い訳

 妖夢が紫の曾孫か玄孫の様に見えなくもないシーンがありますが、そんなぶっ飛んだ裏設定はありません。一瞬やろうとしたんですけどね・・・。幻想郷を代表する大妖怪である紫が、当時ただの人間でしかなかった幽々子を友と認めるにはそれなりの出来事があったんだろうなぁと想像して書きました。
 映姫のシーンいるか?という方もおられるかも知れません。確かに書いていてちょっと違和感があったので。でも本作品は「幽々子が冥界の姫になるまで」を描くのを一応主題にしてます。映姫の許可がなければただの幽霊なので、このシーンごと削るか迷いましたが、やはり加えておきました。
 最後に緋想天のエンディングに繋げましたが、これには物語のまとめの様な意味はありません。人間、記憶に残るのは鮮烈な出来事ではなく、意外と何で覚えていたんだか分からないような場面だったりするものです。


  ○時代設定について

 本作品を手がけるにあたって、幽々子の事や紫の事、歴史上の西行法師の事など色々と調べ物をして、公式設定と矛盾のないよう努めました。しかしその中で、以下の二点については、公式設定とされていながらも他の設定と矛盾するのではないかと考え、あえて本作品に反映させていません。
・幽々子はさる歌聖(恐らく西行法師)の娘である
・幽々子は千年以上幽霊をやっている
 いずれも出典は求聞史紀となっているのですが、至る所でこの二点の真偽は議論の的となっているようです。幻想郷縁起は鵜呑みにできない資料でもあるようなので、今回は求聞史紀中の情報を用いずにこの二点について考察をしました。

 妖々夢のキャラ設定では、さる歌聖が桜の木の下で亡くなったこと、そしてその桜の木が妖力を持ったことのみが記述されており、幽々子との関係性については言及されていません。また、西行法師は俗名佐藤義清という元・北面の武士であるので、幽々子が西行法師の娘であった場合「佐藤家」であり「伝統ある西行寺家」という設定が成り立ちません。更に西行法師の娘は一人しかおらず、西行法師が十九歳の時に生まれていますが、仮にこの娘が幽々子だったとすると、西行法師が七二歳で没して桜の木が西行妖となった時に幽々子は五三歳で、しかも幽々子の亡骸で西行妖の桜を封印したのはそれ以降という事になります。人間五十年の時代に五三歳以上でありながら、富士見の「娘」というのはいささか図々しいかも知れません。
 次に、妖々夢のキャラ設定において「千年」というのは桜の木が西行妖となってからの年月であり、幽々子とは何の関係もない数字です。また三百年しか庭師をやっていない魂魄妖忌が千年前に幽々子の亡骸によって封印されたはずの西行妖の満開を見たことがあるというのも不自然です。満開を見てから七百年後に西行寺家に仕えたという考え方もできますが、フィクションの設定としてはやはり不自然です。

 以上の考察の結果、確実な公式設定と呼べる妖々夢のキャラ設定にある記述と矛盾のないように、該当の二点は以下のように設定しなおしました。
・幽々子はさる歌聖(恐らく西行法師)の末裔である
・幽々子は三百年幽霊をやっている

 この設定ならば矛盾点は求聞史紀での記述のみとなります。単なる「末裔」が誇張を含んで「娘」に変わって幻想郷縁起に記録されたというくらいは、自然な範囲の間違いであろうと一人で納得しています。

 今後SSを続けていくなら求聞史紀、欲しいな・・・。


  ○注意書き

 幼い悠々子が芋虫を食べる場面がありますが、この物語はフィクションです。絶対にマネしないで下さい。
 紫のセリフに「生など、苦しみながらまた求めるほどご大層なものではないわ」というものがありますが、これはトンデモ妖怪ならではの見解です。本作品をご覧の自殺志願者の方は強く生きて下さい。

  ○いまさらながら
 昔の自分の作品を読んでいたら日本語が明らかに間違っていたのでこっそり修正
アデリーペンギン
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コメント



0.570簡易評価
1.100ずわいがに削除
まだ妖怪にすらなっていない藍ですか。これはまた珍しい。
妖忌の為に力を使ってしまった幽々子は、その為に悟ってしまったんですねぇ……

(さて困った、どうしよう。色々と被った、胃が痛い。ものっそいハードル上げられた気分。ハハッ、参りましたねぇ;)
8.100名前が無い程度の能力削除
あとがきの考察も含めて、なるほどと。
ゆかりんの心情もまた考えると…なんとも。感服です。

…メタでも言えますな、「幻想郷は全てをうけいれます」と。
次回作も、楽しみにお待ちします。
13.100名前が無い程度の能力削除
魂魄の設定が、妙に納得しました。
だから二刀流なのか。
だから妖忌は妖夢を残して行方を消したのか。

公式設定ではないんでしょうが、そう思えるくらいよくできた設定だと思いました。
16.90コチドリ削除
主観によるイメージの押し付けが失礼なのは承知しているのですが、やはりこう考えてしまう。

「輝夜だ。プロトタイプ輝夜がここにいる」

他意はありません。貴方の輝夜が大好きな読者が勝手に喜んでいるだけのことです。
芋虫イベントの頃の悠々子ちゃん、とっても可愛いなぁ。
お話の展開上仕方の無いことではあると思うのですが、欲を言えば年齢を重ねた時に天然成分が薄れて
しまったのが少し残念だったかも。

設定で気になったところを一つ。
紫様でも手のつけられない妖気と語られた西行妖を何故封印できたのか。
悠々子の亡骸を楔とすることで得られる封印を可能とした力について、もっと突っ込んだ考察があればな、と。
彼女が持つ死霊を操る程度の能力が鍵になるのかな? 等、色々想像は出来るのですが。

まぁ、投稿直後に読ませて頂いたのならば、私もここまで指摘せずに手放しでこの作品を褒め称えたのかもしれません。
いや初投稿でこのクオリティだ、俺の性格ならあれもこれもと無理難題を突きつけていた可能性のほうが高いか。

今更ですが、私は貴方の作品が好きだ。これからも、もっともっと新しい物語が読めることを願っております。
それではありがとうございました。
17.無評価アデリーペンギン削除
いやいや妖夢、天然成分を持ち越したまま大人になったらシリアス展開にできないじゃないですかー!
あんなに可愛かった悠々子ちゃんが人の死に直面して云々っていう作品なので、これでいいと思っています(その意味で「悠々子ちゃん可愛いなぁ」と言ってもらえて嬉しいです)。
逆に言うと何億年も生きてるのにドド天然な輝夜さんがすごいって事なんですよ。

西行妖がなぜ封印できたか、か・・・。
確かにご指摘の通りです。
今見ると基本的に「公式設定解釈ぶっぱ」みたいな内容のSSなのに、
設定解釈に漏れがあったとは・・・未熟・・・。