ここは魔法の森のとある広場。
その殆どが深い木々に覆われている魔法の森にあって、ただ一か所全く木が生えていない場所である。
そんなこの広場にあって、打球の快音とグラブの捕球音、そして二つの掛け声が鳴り響いている。
静かな森にそぐわないそれらを響かせているのは、フランドールチームのサードを任された魔砲使い、霧雨魔理沙と、その師である悪霊、魅魔だ。
「次行くぞォ!」
キィン!
「――! ぐっ……!」
すさまじい速さの地を這う打球、それがグラブ手前でイレギュラーバウンドし、捕球体勢に入っていた魔理沙の手首を直撃する。
苦痛に歪む魔理沙の顔、しかし魅魔はお構いなしに次なる打球を打ち込む。
「くあ……!」
打球に向かってダイビングする魔理沙だったが、僅かにグラブを掠めるのみ。抜けたボールは広場を囲う様に張られた結界に弾かれ、力なく転がる。
「どうしたどうした! もう終わりか魔理沙!?」
「ハァハァ……まだまだァ……!」
厳しいを通り越して最早壮絶と言える程のノック――しかし、魔理沙の顔にはどこか楽しそうな笑顔が滲んでいた。
野球しようよ! SeasonⅣ
嬉しい誤算で心強いメンバー、幽香を加えたフランドール達は、全体練習の予定など諸々の必要事項を伝えて一旦彼女と別れ、その後当初の予定通り人里の守護者の家を訪ねた。
「おお、よく来たな。さあ上がってくれ」
そんな二人を快く出迎えたのは、歴史食いの半獣、上白沢慧音。基本的には知識人だが、満月の夜になると角を生やして凶暴化する二重人格者である。
軽く雑談を交わした後、早速パチュリーは諸事を慧音に話した。
説明中……
「――ほうほう、そのためにメンバー集めを、というわけか」
「ええ。貴女さえ良ければ、チームに加わる気はない? 歓迎するわ」
珍しく積極的に、パチュリーは慧音を誘う。
何を隠そうこの慧音、実は隠れた大の野球好き。野球に関しての知識量なら幻想郷に於いて彼女の右に出る者はいないと言われている程だ。
実際パチュリーと慧音は数える程しか顔を合わせていないのだが、お互い野球好きという事で現在の親密な関係を築いた。野球が二人を繋げたのである。
「ふむ。しかし、私は知識は持っていても、プレイ自体は平凡だ。役には立てないと思うが」
「知識だけでも十分助かるわ。それに、人を纏める術を貴女は知っている。なんとかお願いできないかしら?」
「ううむ、力を貸したいのは山々だが、寺子屋の事もあるし今回は遠慮しておくよ」
「そう……残念だけど、仕方ないわね」
「遠路わざわざ来てくれたのに申し訳ない。応援には行かせてもらうよ」
「ええ。お願いするわ」
交渉は決裂。しかし後味の悪さはなく、互いに納得した上での結果だった様である。
早起きした上に幽香との対決の疲れも相まってか、着いた途端に寝てしまったフランドールを起こし、パチュリーは帰り支度を始めた。
「ふわぁ……。そっか、駄目だったんだ……」
「ええ。でも、応援には来てくれるそうよ」
「ああ。是非行かせてもらうよ。それはそうと、この後どこか行くあてはあるのか?」
「ううん、特にはないけど……」
「そうか。それなら私に一人当てがある。道案内も兼ねて同行したいんだが、いいかな?」
「え、本当!?」
「是非お願いしたいわ」
「わかった。では、行こうか」
こうして慧音の案内で、新たなメンバー候補に会いに行く事になった二人。慧音との野球の話に花を咲かせながら、野を越え山を越え、見知らぬ土地を進んでいく。
道中妖精達のちょっとした悪戯があったものの、慧音が軽く追っ払ったりフランドールが紅い大剣を翳すと逃げて行ったりで、特に問題もなく三人は目的地に向かった。
そして慧音の家を出てから三十分程進んだ頃――
「さあ、着いたぞ。あの家だ」
「……何て言うか」
「ボロ屋!」
竹林の傍らにひっそりと建つ一件の家。周囲には畑や井戸があり生活感は見て取れるものの、如何せん色々大雑把な感じである。
三人は高度を落とし、その玄関先に降り立った。
「慧音だ。入ってもいいかな?」
戸を叩いて呼び掛ける慧音。やがてゆっくりと戸が開き、姿を見せたのは――
「あ、こんにちは……」
「「おっ、うさみみ」」
「ん? 何でお前さんが……」
兎の耳にブレザー、事前の『富士山のような奴』という慧音の説明からは甚だ逸脱した少女だった。
何処かなよなよしつつ、少女は、どうぞ、と三人に伝えて家の奥へと戻っていく。
「慧音、彼女は件の人物ではないようだけど……」
「ああ。あの子は鈴仙といって、永遠亭の因幡さ。しかし、何故この家に」
「まあ、取り敢えず上がらせてもらおうよ」
「そうだな」
鈴仙の後を追い、三人は玄関をくぐって家の奥へと進む。
大して広くはなく、すぐに客間を見つけることが出来たのだが……
「ツモ! リーピンドラ1!」
「ちッ……!」
「「「………」」」
その客間では、なぜか殺伐とした麻雀が繰り広げられていたのだった。
「クソッたれめ……ん? よお慧音!」
◆
「ちょっと紫……! 何でこの子、閻魔の所にいるのよ!?」
「私も知らないわよ……! ちゃんと家を出たから安心してたのに……!」
「まずいんじゃない? あの人が話し終わるのを待ってたら、それこそ日が暮れるわよ……!」
休憩時間中の白玉楼。
その縁側にて、紫、レミリア、幽々子の三人が珍しく焦っている。
この後行われる予定のこいし対レミリアの勝負――そのキーマンである謎のマスクマンが、どういう訳か閻魔様の所で説教らしきものを受けているからである。
「紫が行くしかないんじゃない……?」
「ええ。それしかないわね……!」
「か、勝手に決めないでよ!? 私あの人だけは苦手なのよ……。幽々子、行ってくれない?」
「ちょっと紫、私を成仏させるつもり?」
「そ、そうね。じゃあレミリアが……」
「無に還されるわよ!」
話はいつまで経っても進展がない。三者三様の事情から、この中の誰が行ってもマスクマンをバッティングの時間までに連れてくることが出来そうに無いからだ。
日頃の行いが……というやつである。
「紫さまっ! 何かの相談ですか?」
「「「!」」」
と、そんな三人の背後にひょっこり現れたのは、こいしチームの代走要員、橙。
「……紫さま?」
純真無垢な橙ならあるいは……三人の思惑が見事に一致する。
「橙、お願いがあるの! 今から「お断りします」――藍……!」
「あ、藍さま」
しかし紫が橙に要件を伝えようとした瞬間、藍がそこへ割って入った。
無表情だが、かなり怒っているようだ。
「紫様、橙はいつから紫様の小間使いになったのですか」
「そ、そうね、ごめんなさい――」
「何故もっと貴女の『式』を信用なさらないのですか!」
「――……!」
「詳しい事情は分かりませんが、どうか私にお任せ下さい。必ずやご期待に添えてみせます」
「藍さま……かっこいいです!」
「(ち、ちぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!)さあ、ご命令を」
橙に抱きつかれた藍のその凛々しい姿は、溢れ出す鼻血を除けばこれまさに金毛玉面。レミリアも幽々子も、そして主である紫さえも、思わず見惚れてしまう様な美しさだった。
「……わかった、じゃあ藍にお願いするわ」
「はい。何なりと」
「今からここへ行き、説教されているマスクマンを何とかここへ連れてきて頂戴」
「了解しました。ええと……って、これ閻魔様じゃないですか!?」
「刻限は遅くても一時間後、頼んだわよ!」
「そ、そんな殺生な――」
「藍さま、行ってらっしゃーい!」
こうして藍は、果敢にもマスクマンを救うべく、紫の隙間を通って閻魔様の所へ旅立って行ったのだった。
「……大丈夫なの?」
「藍の力量を信じるしかないわね……」
藍移動中……
「くどくどくどくど……」
「ア、アノ、閻魔サマ……」
「くどくど……何ですか?」
「私、ソロソロ行カナイト……」
「わかりました。ただし、行く前に話しておきたい事があります。それを聞いてからでも遅くないのではないですか?」
「ハ、ハイ……」
「よろしい。では、くどくどくどくど……」
「………」
妹が言っていた白玉楼――その場所が冥界にあるという事しか知らず、三途の川を越えたらあるのだろうと勝手に勘違いしていた謎のマスクマンこと、古明地さとり。
そしてそんな勘違いの結果、見事に閻魔様のお膝元に到着してしまい、こうして有り難い話を延々と聞かされているのだった。
最初の内こそ有り難いと思って聞いていたものの、二十分、三十分と経つにつれて一抹の不安を覚えはじめ、一時間を超えた辺りでそれは確信めいた物へと変わった。
そう――『間に合わなくなるんじゃ……?』という予感である。
「くどくどくどくど……」
「アノ、閻魔サマ……」
「くどくど……どうしました?」
「私、ソロソロ行カナイト……」
「わかりました。ただし、今の貴女に是非知ってもらいたい話があります。それを聞いてからでも遅くないのではないですか?」
「ハ、ハイ、アリガトウゴザイマス……」
「よろしい。では、くどくどくどくど……」
「………」
そんな悪い予感は見事的中し、さとりがここに着いてからかれこれ二時間弱が経とうとしていた。
まるで無限ループのように続く有難いお話――さとりの精神力はいよいよもって限界である。
しかし彼女の眼前におわすは天下の閻魔様、四季映姫ヤマザナドゥ。あの紫すら恐れる法の権化に、一介の妖怪であるさとりが歯向かえる筈がなかった。
「くどくどくどくど……」
「………(ごめんねこいし……お姉ちゃん、力になってあげられそうにない……)」
そしてさとりが諦め掛けた、その時だった。
「――閻魔様」
「……!」
「くどくど……あら? 貴女は八雲の」
背後から聞こえてくる澄んだ声、凛とした佇まいにもっふもふの九本の尾――そう、策士の九尾、八雲藍である。
「はい。八雲藍と申します」
「八雲藍、貴女も私の話を聞きに来たのですか?」
「お話を聞けるのは大変有り難いのですが、それはまたの機会にお願いしたく思います。本日は、閻魔様にお願いがあって参りました」
「お願い、ですか。わかりました、聞きましょう。ただし、私は今この者と話をしている途中です。内容はその後に改めて聞きます」
「火急の事ゆえ、出来ましたら先に聞いて頂きたいのですが……」
「お願いがあるのなら筋道を通しなさい。それが今貴女に積める善行です」
「……失礼致しました」
「………」
このやり取りの間、さとりは第三の目を使って藍の心を読んでみていた。
最も大きかったものは、橙という名の彼女の式への愛情。次に、主への愛情。
その次は、どうやってこのお堅い閻魔様を説得しようか、という半ば諦め掛けた悩み。
そして――
「……閻魔サマ!」
「おや、どうしました?」
「ワタシヲ行カセテ下サイ! ドウか、どうかお願いします!」
「………」
藍の心にあった四番目の想い、それはこいしに対してのものだった。
辛そうにしながらも己を無理矢理奮い立たせて、チームの先頭に立ち続けるこいしをなんとか助けたい――そんな想いだった。
そう、こいしは今も闘っているのだ。
「私のたった一人の妹が、今苦しんでいます! だから、私はあの子を助けなければならないんです!」
そして、妹のそんな現状をはっきり知ってしまった今、お姉ちゃんとして放って置ける筈もなかった。
大粒の涙を流し、さとりは映姫に懇願する。
「私は……私はあの子の姉です! だから、だから……私をこいしのところに行かせて!」
元に戻った声でありったけの言葉をぶつけたさとりは、崩れ落ちるかのように座り込んでしまった。
それを見ていた藍。すぐさま映姫に用件を伝える。
「……閻魔様。今、この者の妹が窮地に立たされています。最早私達の力ではどうにもなりません。どうか、お力添えをして頂きたく存じます。どうか……」
そうして、藍はゆっくりと平伏するのだった。
◆
座卓に座っているのは、先程の鈴仙も含めた四人。その内の二人がそれぞれ腕に管を取り付けられており、傍には大きなビーカーのような物が置かれている。
そこに入れられているのは赤い液体――そう、血である。
「……さあて、お楽しみの血抜きね」
「く……」
黒髪の女性のビーカーは8の目盛り、そして今、白い髪の女性は11の目盛りまでが血で満たされた。
「な、何をやっているんだお前達は!」
それを見て、流石の慧音も激昂する。しかし黒髪は何ら悪怯れた様子もなくそれに返す。
「何って、毎月恒例の殺し合いよ。貴女も知っているでしょう?」
「ッ! まだそんな馬鹿な事を続けているのか! 今日という今日は……」
「……ちょっと慧音、これはどういう状況なの?」
「ん? あ、ああ、これはな……」
少し困惑気味のフランドールとパチュリーに、慧音は簡単な人物紹介とこの二人にまつわるエピソードを話した。
説明中……
「――というわけなんだ」
「ふうん。つまりは輝夜さんと妹紅さんは互いに仇敵であると見せ掛けてただのツンデレである、と」
「ていうか、不死身なのに殺し合うなんて、二人ともドMなんだね」
解釈が間違っている上に言いたい放題である。
しかしそんなフランドール達に構うことなく、卓上では既に次の一局が佳境に入っていた。
「ポン!」
「……! ドラポンだとォ……?」
どうやらこの麻雀、二千点の支払いに付き目盛り一つ分の血抜きが行われるシステムのようだ。
そして今、黒髪――蓬莱山輝夜が親番で満貫以上確定のドラポンをしたことにより、対する白い髪――藤原妹紅は振り込めば目盛り六つ以上の血抜きが行われる事になる。
目盛り十で一リットルであるから、既に十一抜かれている妹紅は、振り込みすなわち死の間際である。
「くそっ……!」
「ふふふ……決着の時が近付いてきたようね」
加えて輝夜はテンパイ濃厚。妹紅はまさに絶体絶命と言えよう。
そんな状況の最中――
「……フラン、ぬるいと思わない?」
「あ、パチュリーも? ふふ、甘ったるいよねえ」
「「……何?」」
卓上の様子を見てほくそ笑むフランドールとパチュリーを、妹紅と輝夜が同時に睨み付ける。
しかし二人はそれに怯む様子もなく、さらに続ける。
「私とパチュリーが相手なら、二人共東場だけでお陀仏だね」
「いえ、東三局が関の山よ」
「何ですって……?」
「舐められたもんだな……!」
卓上の状況も忘れて怒りを二人に向ける妹紅と輝夜。
すると、それを見ていた輝夜の従者――八意永琳が卓より立ち上がり、とある提案を投げ掛けた。
「ならば、実際にやってみてはどうですか?」
「……永琳、どういう事?」
「姫様と妹紅対そちらのお二人で、コンビ打ちの勝負をするのですよ」
「な、なんで私が輝夜なんぞと……」
「あら、あちらの方々は名指しで貴女と姫様を虚仮にしたのよ? こんな時くらい協力してもいいんじゃないかしら」
「……いいわ、やってやるわよ。妹紅、足引っ張ったら殺すわよ」
「こっちの台詞だ馬鹿輝夜!」
結局輝夜、妹紅共に永琳の提案を受け入れ、急遽殺し合いを中断しての麻雀コンビ打ち対決が始まる事となった。
そして、フランドールの親で始まった東一局――
「ツモ、天和! 16000オール!」
「「……!?」」
続く東一局一本場――
「ツモ、地和。16000の8000」
「「……!!?」」
そして東二局流局で迎えた東三局――
「ツモ、天和純正九連の三倍役満。48000オール」
「「……!!??」」
決着は早々に付いた。一位がパチュリーの185000点、二位にフランドールの9000点、そして同点三位で妹紅と輝夜の-47000点――圧倒的大差の敗北だ。
説明するまでもないが、当然二人の積み込みがあっての結果である。
「さ、終わりね。……? ねえ永琳さん。二人共ぴくりとも動かないわよ?」
「あらあら、機械止めるの忘れてたわ」
こうして輝夜と妹紅は合計二十三・五目盛り分の血を抜かれ、卓に突っ伏して力尽きたのであった。
因みにこの勝負、密かに永琳から慧音に意向を顔サインによって伝えられ、更にフランドール達がその役を買って行われた物だったりする。
輝夜の従者とはいえ、こうも大っぴらに殺し合いをする主を、永琳も見兼ねていたのだ。
「「リザレクション!!」」
「あ、生き返ったよ!」
「ちッ、やるなあお前ら。運がいいにも程があるよ」
「本当だわ……。純正九連なんて初めて見たわよ」
「そんなことよりさ、二人共!」
「「ん?」」
「野球しようよ! みんなでさ!」
「「野球?」」
圧倒的敗北にうなだれる二人に、フランドールは笑顔でチーム入りの勧誘する。
流れが分からず困惑する二人に、慧音とパチュリーが詳しい話を説明したのだが――
「いいよ! ただし輝夜とはやらない!」
「おいおい妹紅……」
「いいわよ。ただし妹紅とはやらない」
「あらあら、姫様までそんなことを」
互いに同じチームに入ることを頑なに拒否する二人。
さっき組んだだろう、と慧音が促しても、あれは組んだわけじゃない、と口を揃える始末である。
「因みに貴女達、野球経験は?」
「実戦はないけど、慧音に鍛えてもらったから自信はあるよ。そんでポジションは外野ならどこでも行けるよ」
「月の不沈艦とは私の事よ。ポジションはキャッチャー一筋!」
「そっか。じゃあ、輝夜には悪いんだけど……」
「な、何でよ!?」
「キャッチャーはパチュリーなの。私もパチュリーに捕ってもらいたいから、ごめんね……」
フランドールの上目遣いに輝夜は、いいのいいの! と言うしかない。破壊力は抜群である。
「ところで永琳さん、貴女も野球経験が?」
「ええ、あるわ。でも私はピッチャーだから、恐らく貴女達の希望には添えない」
「そう、わかったわ。それと、気が向いたらいつでも紅魔館の図書館に遊びに来て頂戴。その際はグラブも忘れずにね」
「ありがとう、憶えておくわ。それはそうと、今現在どのポジションが未定なのかしら?」
「残るはショートだけよ」
「あら、それなら丁度良かったわ。ウドンゲ、出番よ」
「はい!」
「うどん毛……?」
永琳に呼ばれたのは、玄関先でフランドール達を出迎えた鈴仙。ウドンゲというのは彼女のミドルネーム、優曇華院の略称である。
「鈴仙・優曇華院・イナバ、ポジションはショートです。鈴仙と呼んでください。よろしくお願いします!」
「(うどん毛……)ええ、私はパチュリーよ。よろしくね鈴仙」
「私はフランドール、チームのキャプテンだよ。よろしくねウドンゲイン!」
「れ、鈴仙って呼んでくださいってば!」
こうして、フランドールチームの八人目、九人目のメンバーが決定した。
まず八人目、暫定ポジションはレフト、蓬莱の人の形、藤原妹紅。
そして九人目、暫定ポジションはショート、狂気の月の兎、鈴仙・優曇華院・イナバである。
両名とも実力は未知数なれど、チーム力を向上させてくれるであろう事は疑いようもない。
そして何より、これでフランドールチーム全ポジションのメンバーが決定した。フランドールとパチュリーのみで始めたメンバー探しが、遂に1チームを作り上げるまでに至ったのだ。
「――さてと、じゃあ私達はそろそろおいとましょうかしらね」
「ああ。詳しい事が決まったら私に連絡をくれ。妹紅と鈴仙には私から伝えよう」
「助かるわ。ありがとう」
「じゃ、またねみんな――」
ポツ……ポツ…… ザァー……
「あら、雨……」
「さっきまであんなにいい天気だったのにね」
「妹紅、悪いけど雨が上がるまでいさせてもらってもいいかしら? フランは流水の上を渡れないのよ」
「ああ、いいよ。じゃあ麻雀の続きでもやるか!」
「いいね、やろう!」
「あら、じゃあ私達ももう少しお邪魔する事にしようかしら」
「な、何で馬鹿輝夜まで……」
「服が濡れるから」
「帰れェェェェェェェェェェェェェェェ!!」
結局慧音の計らいで、全員が妹紅の家で雨宿りをすることになった。
因みにこの日は夜遅くまで雨が止まず、フランドールとパチュリーはここに泊まる事になるのだった。
◆
キィィィン!
「あ(りがとうございま)したッ!」
休憩が開けた後のバッティングも一人十本が一巡し、ここからは一人一打席の勝負に移る。
打順の先頭はこいし。準備を整え、左のバッターボックスに入った。
「お願いします!」
マウンド上は右サイドハンドの咲夜。その初球――
「く……!」
胸元に切れ込むスライダーに、こいしのバットが空を切る。
「………」
こうして咲夜と対戦するのは二度目だが、自分がムキになっている事にこいしは気付いていた。そう、咲夜がもし自分よりいい投球をしたら、エースは必然的に咲夜になってしまうからである。
そんな考えが頭をよぎったせいもあり、こいしは十本打ちの時でさえもろくにいい打球を飛ばせなかった。自分が無意識にそんな考えを持ってしまっていることを嫌がり、再び頭の奥にしまいこんでいた。
そして、そんな状態ではスイングが鈍くなるのも当然の事なのであった。
ブンッ……!
結果は三球三振。外のシュートに釣られての、中途半端なスイングで喫した三振だった。
「ありがとうございました……!」
何かがおかしい……今のこいしにあるのは、自分に対する苛立ちとチームのみんなに対する申し訳なさである。
(それでも……私は、キャプテンなんだ……! だからみんなを引っ張るんだ……!)
こいしは必死に自分を奮い立たせる。彼女を支えているのは最早覚悟というより『意地』――もう何があっても逃げ出したくない、あの頃の半端な自分に戻りたくない、という、自分に誓った事に対する意地である。
キィィィン!
「――!」
バシッ!
そんな矢先、一つの事件が起こった。
妖夢が放った強烈なライナーが、マウンド上の咲夜の足を直撃したのだ。
「くッ……!」
「咲夜さんっ!」
「咲夜、大丈夫!?」
「かすっただけですから大丈夫です……!」
「問題は無さそうだけど、大事を取りましょう。……こいしちゃん、投げられる?」
「……!」
幽々子の言葉に対して、即座に頭に浮かんだ拒否の言葉を、こいしは無理矢理振り払った。
『意地』が、逃げようとするこいしを引き摺り戻したのだ。
「うん、投げれるよ!」
「……! 私は大丈夫です! だから私が――」
「咲夜、今は大事を取りなさい。これは命令よ」
「……はい」
レミリアの言葉によって咲夜は降板し、こうして昨日に引き続きこいしはマウンドに立った。
体にのしかかる重さは依然として緩む気配はなく、万全とは程遠い状態での登板だ。
しかし、投げなければいけない。辛そうな姿なんて見せてはいけない。何故なら、それは逃げる事だから――
キィィィィン!
「――!」
だが、そんなこいしの覚悟も球には伝わらない。
打者の幽々子は初球のパームを的確に捉え、右中間へと長打を放った。
「……あ(りがとうございま)したッ!」
嬉しそうな顔一つせず、幽々子はバッターボックスを後にする。先程にも増して辛そうにプレーするこいしに対して、とても喜べる心境ではなかった。
しかし、そんな幽々子の心境をこいしが知る筈もない。もしかしたら幽々子は情けない球を投げる自分に失望したんじゃないかと、そう解釈してしまう。
益々沈むこいしの心――だが、彼女が再び無理矢理自分を奮い立たせる暇もなく、次打者がバッターボックスに入った。
そう……
「……さあ、来なさい!」
紅い大砲、レミリア・スカーレット。
「……!」
彼女が放つ昨日と変わらない強烈な威圧感に、こいしの心が揺るがされる。
――恐い、逃げたい、投げたくない……
しかし、それでも尚『意地』は逃げ出すことを許さない。
体にのしかかる重さとレミリアの放つ威圧感に押し潰されそうになりながらも、こいしはセットポジションを取る。
――体が拒絶してる、この人に投げる事を。当たって、砕けろ……! 打たれる、絶対に。もし打たれたら私は……。それでも、私には覚悟がある……! ああ、駄目だ……。投げるんだ……! ……投げろっ!
次々と浮かんでくる心の叫びを全て心の奥底に追放し、こいしは第一球を――
「――その勝負、待ちなさい!」
チーム一同「……!」
ふいに上空から聞こえた、よく通る厳格な声。こいしを始めメンバー達は、一斉に声のした方を向く。
「あれは……」
手に握るは『罪』と書かれた卒塔婆、高潔そうな出で立ちに緑掛かった髪――
「え、映姫様!?」
そして、紫が思わず取り乱す圧倒的な存在感。そう、楽園の最高裁判長、四季映姫・ヤマザナドゥである。
少し遅れて藍、マスクマンも続いている。
「中々興味深い面々がお揃いですね。来た甲斐があったというものです。さて、このチームのリーダーはどなたですか?」
「そこにおわすこいしちゃんですわ、映姫様」
「八雲紫、久方振りですね。貴女の式に助力を頼まれました。お礼は貴女がするから、という話で」
「紫様、ただいま戻りました」
「お、お帰りなさい藍……!(何でこの人まで連れてきたのよ!?)」
「はい(これ以外に方法がありませんでした)」
「……あら、私が来た事に何か不都合でもありましたか?」
「あ、あらやだ、そんな事ありませんわ!」
引きつった笑顔で映姫と話す紫。因みに他のメンバー達は揃って明後日の方を向いている。
「でも、閻魔様が何で……」
「おや、貴方が古明地こいしですね」
「あ、はい」
「今日は審判をする為に来ました。よろしいですか?」
「お、お願いします!」
突然の申し出だが、まさか閻魔様のそれを無下に断る事なんて出来る筈もなく、こいしはお辞儀をして返答する。
「分かりました。ああ、それともう一つ。私が審判をするに当たり、キャッチャーを付けさせてもらいます。でないと貴女の投げたボールが私に当たってしまいますからね」
「はい、分かりました」
「よろしい。ではマスクさん、頼みましたよ」
「マスクさん……?」
黒いレガースに黒いプロテクター、そして左手には黒いミットを嵌め、更に『悟リ』と書かれたロビンのようなマスクを被った人物が、こいしに握手を求めてきた。
「あ、どうも。よろしくお願いします――」
そしてその手を握った瞬間、こいしは何故か気が楽になるのを感じた。
このマスクさんが誰かは分からないが、安心できるというか、身を委ねられるというか、そんな風に思ったのだ。
そう、それはまるで――
「お姉――」
「さあ、それでは始めますよ。各々のポジションに戻ってください」
映姫の言葉を受け、小走りでホームベースの方へ向かうマスクさん。
まさかね……と思い直し、こいしもマウンドに付いた。
「プレイ!」
さて、こうして役者が揃った、こいし対レミリア。
映姫のコールによって、その勝負が再開される。
「さぁ、来なさい!」
バットを構えるレミリアは相変わらず強烈な威圧感を放ってくる。
だが、つい先程まで感じていたそれに対する恐れを、こいしは感じなくなっていた。
と言うより、考えては気に病んでいた様々な事――その全てが、急に小さなものに思えてきたのだ。
(なんだろう……私、凄い落ち着いてる)
自分でも不思議なくらい、こいしは体が軽く感じた。
庭の景色がよく見える。風の音がよく聞こえる。そして、マスクさんが構えるミットにこれ以上ないくらい集中できる。
(……ああ、そっか。何でこんなに落ち着いてるのか、今わかったよ)
座り方、ミットの構え方、初球にいきなり高めを要求してくる強気なリード。
(マスクさん、全部お姉ちゃんにそっくりなんだ……!)
まだ小さかった頃、初めてやったキャッチボール。地霊殿のペットたちと一緒にやった模擬試合。
いつだって自分が投げて、いつだってお姉ちゃんが捕る……その時の感覚が、今まさにこいしの中にあるのだ。
「行くよっ!」
それならば、恐くないのも当然。
何故なら、それ以上に楽しいから――!
「く……!?」
スパァァン!
「ストォォォォォライッ!!」
第一球、インハイに構えられたミットの位置に、寸分違わぬ鋭いストレートが突き刺さる。
(何よ……昨日投げてたどの球よりも伸びてるじゃない……!)
間髪置かずに、こいしは投球モーションに入っている。
セットポジションから軸足を深く沈み込ませる独特のオーバーハンドで、その第二球――
(遅い……パームか、いや、これは……!)
カッ!
「ファールボォォォォッ!!」
パームと見せ掛けたそのボールは、実は只の緩い真ん中高めのストレート。
それに気付いて急いでスイングに行ったレミリアだったが、何とかバットにかすらせるのが精一杯だ。
(やっぱりフランのお姉ちゃんは凄い……! 完璧に虚を突いたのに、バットに当てるなんて……!)
いつの間にか、こいしの表情が緩んでいる。勝負を楽しんでいるのだ。
そして、そんな立ち直ったこいしの姿を見つめていた幽々子。嬉しくて、つい声を出す。
「あと一球よ、こいしちゃん!」
それを受けて、野手の各メンバーからも次々に声が上がった。
「こいしちゃん、決めちゃいなさい!」
「打たせなくていいわよ、こいしちゃん!」
「決めてやれ! こいしちゃん!」
「たったたーたたたたこ・い・し!」
「こいしちゃん、がんばれー!」
「みんな……」
幽々子が、紫が、咲夜が、藍が、妖夢が、駆け付けた橙が、そして――
「三球で決めるわよ! こいし!」
――ふふ、何がマスクさんよ。やっぱり、お姉ちゃんなんじゃない!
「行くよッ!」
「来なさいッ!」
心に積もっていた重さはもう無い、なら、ただただ思いっきり投げるだけ!――
「てやあああああああッ!!」
「お疲れ様。はいぺろぺろキャンディー」
「……何でわざわざぺろぺろキャンディーなのよ。みんなは?」
「映姫様の有り難い話に感動してか、みんな寝ちゃったわ。貴女も今日は泊まっていくんでしょう?」
「この雨だしね。全く、午前はあんなにいい天気だったのに……」
「(私のせいなのかしら……?)まあそれは置いといて、勝負のご感想は?」
「……ふふ、最後の最後でまさかカーブとはね。しかもとびきり極上の。小癪なリードをしてくれるわ」
「私も驚いたわ。真っ直ぐ以外想像出来なかったもの。その辺誤魔化し通す辺り、完璧に立ち直った証拠ね」
「ええ。と言うより、前以上と言ったほうが正しいんじゃないかしら。頼れるお姉ちゃんも加わった事だし」
「その通りね。引き続きこいしちゃんがキャプテンをやる事にもみんなと一緒に賛成したし、いいお姉ちゃんだわ」
「ふ……そんな中、相手チーム主将のお姉ちゃんは、またまた情けない三振を喫しました、と」
「何言ってるのよ。こうしてまたチームが纏まったのは、貴女の打棒あってのこと。何も出来なかった私こそ情けないわ」
「ええ、その通りね」
「な……! そこは『貴女もよくやったわ』って言うトコでしょ!」
「あら、貴女何かしたっけ? さとりを連れてきたのも、結局貴女の式が頑張ったからだし」
「くっ……! あらぁ? 私にそんな事言っていいのかしら?」
「はあ?」
「可愛い妹さんの様子、気になるんでしょ?」
「ちッ……! あなたはすごくがんばりましたえらいえらい!」
「分かってもらえて嬉しいわ。では早速ご覧あれ――」
――ロン! 發ホンイツドラ1の満貫!
――だああっ!? わ、私の起死回生の清一が……!
――發が溢れそうだったからねー ていうか妹紅またトビだよ
――あはははは! いいザマね妹紅!
――でも姫様も何回もトんでますよね 今回も残り二千点だし
――お、お黙り因幡!
「――賑やかねえ。あの子もこの雨で帰れなくなったクチかしら?」
「蓬莱人二人に兎、か。そろそろフランもメンバーが固まってきたみたいね。ところでパチェは?」
「奥の方で慧音、永琳とやたら難しい野球の話をしてるわ」
「ふふ、パチェらしいわね。……さて、私もそろそろ寝ようかしら」
「ええ。おやすみ」
「……ふふ、本当、楽しい試合になりそうね」
――文々。の興廃、この壱文に在り! 我一層奮励努力せよ!
■暫定メンバー
《アルティメットブラッディローズ(こいしチーム)》
投手:古明地 こいし(左投左打)
捕手:古明地 さとり(右投左打)
一塁手:八雲 紫(右投両打)
二塁手:十六夜 咲夜(右投右打)
三塁手:レミリア・スカーレット(右投右打)
遊撃手:西行寺 幽々子(右投右打)
右翼手:
中堅手:魂魄 妖夢(左投左打)
左翼手:八雲 藍(右投両打)
代走要員:橙(右投右打)
《フランドールチーム》
投手:フランドール・スカーレット(右投右打)
捕手:パチュリー・ノーレッジ(右投右打)
一塁手:伊吹 萃香(右投右打)
二塁手:紅 美鈴(右投右打)
三塁手:霧雨 魔理沙(右投右打)
遊撃手:鈴仙・優曇華院・イナバ(右投左打)
右翼手:アリス・マーガトロイド(左投左打)
中堅手:風見 幽香(右投左打)
左翼手:藤原 妹紅(右投右打)
マネージャー:博麗 霊夢(右投右打)
続く
いやマジで。
魅魔さま鬼コーチすなぁ。試合前に魔理沙が負傷退場にならなきゃいいけど……。
そしてお約束。
あ、もこたんインしたお!
×息吹 萃香 → ○伊吹 萃香
この誤字は痛い。でも内容は文句なしです。
血抜き麻雀とか外道過ぎるだろwwww
>9さん
ご指摘ありがとうございます。さっそく修正させて頂きます。
誰が加わるのかなー。
フランドールチームには一番バッタータイプが居ない気がする。強いて挙げるなら美鈴辺りか。
こいしチームは、紫と藍はスイッチだから別として、左打者が妖夢1人か。
血抜き麻雀ww
あと何でだろう、さとりとこいしの場面が感動的なのに何故か笑った。……マスクのせいだ。