「接吻だ!」
いきなり何をとち狂った事を、と言いたい所だがこの九尾、至って真剣である。
これ以上ない程力のこもった目で、立ちつくす博麗の巫女の瞳を覗きこんでいるのは八雲藍。
境界を操る大妖怪、八雲紫の式であり、九尾の狐と呼ばれる妖怪である。
そんな妖孤の眼力と対面している博麗の巫女こと博麗霊夢は唖然、ただ唖然。
きっと今頃彼女の頭の中では壮絶な現実逃避が行われているに違いない。
一体、どうしてこんな事になってしまったのか。
それを説明するには少し時間を遡らなければならない。
具体的に述べるならば、博麗霊夢と霧雨魔理沙がその怠惰な時間を満喫していた御昼過ぎの事である。
そのとんでもない事件を連れて来たのは、やはりこの九尾の狐、八雲藍であった。
「紫が病気?」
藍の言葉を受けた霊夢と魔理沙は、まるで天狗の新聞を読んでいるかの如く訝しげな表情を浮かべた。
それ程までに、彼女の口にした言葉は信憑性に欠ける物であったのだ。
「おいおい、冗談キツいぜ。あんな胡散臭い妖怪が病になんてなる訳無いだろ」
「紫様も一つの生に過ぎないさ。お腹だってすくし、眠たくだってなる」
しかし、対する藍の表情はあくまで真剣そのもの。
霊夢と魔理沙の疑惑の視線の中でも姿勢を崩さない。
目の前の妖孤が酔狂でそのような表情を浮かべる筈が無い。
その事を嫌と言う程知っている少女達は、否が応でも彼女が嘘を言っている訳ではないと認めざるを得なかった。
もっとも、あの人を喰ったようなスキマ妖怪が藍を騙していると言う可能性は拭い去れないのだが、今はそのような可能性を考えだしてしまえばキリがない。
わざわざ主の病を伝えに来た忠臣の式の顔を立てる為にも、霊夢は横たわっていた身体を起こして、床に伏せっているであろう紫の病状を尋ねた。
「それで、アイツはどんな感じなのよ」
「ああ、実は今連れてきていてね」
何とこの式神、病の主人をここまで連れて来ていると言う。
常識的に考えられない藍の言葉に、霊夢と魔理沙は目を丸くする。
対して、藍はと言えばそんな二人の反応を予想していたのだろう。
少女達の驚愕の視線を軽く受け流して、障子の奥から自分の主を招いた。
霊夢と魔理沙が固唾を呑んで見守る中、室内へと侵入するは障子独特の乾いた音色と初春の冷たい風。
そして、一見すると普段と何一つ変わらない、八雲紫の姿。
とても病とは思えないその壮健そうな様子に、霊夢と魔理沙の二人はやれやれとその胸をなでおろす。
「おい藍、コイツの何処が病気だって……」
しかし―――――
「チーズ蒸しパンツ食べたい」
八雲紫は間違いなく病気であった。
―――――――――――べろちゅーは世界を救う―――――――――――――――
ぽくぽくぽくぽく……ちーん
「そうだ旧都、行こう」
状況を把握しようと脳をフル回転させた結果、霊夢から出て来たのはそんな意味不明の言葉だけだった。
「こらこら逃避しない。目の前の現実を受け止めなさい」
「見ていない、私は何も見ていないし聞いていないっ!」
余りに信じられないような事態だったのであろう。
なだめる藍の手を振り切って、ぶんぶん首を振る二人の少女。
あの常に飄々としたスキマ妖怪から、突如『チーズ蒸しパンツ』なる謎のワードが出て来たのだから無理も無い。
常識にとらわれていないにも程があると言う物だ。
当の紫はと言えば、少女達の困惑などどこ吹く風。
近場にあった引き出しからドロワーズを引っ張り出してはもはもと頬張っている。
「って私のドロワ食べるなぁ!」
「あーあー……唾液でベトベトだぜ」
「バター蒸れドロワ食べたい」
「だからなんなのよそれ! キャラか! キャラ作りか!?」
「はいはいどーどー」
今にも掴みかかりそうな霊夢を、藍は羽交い絞めにして取り押さえた。
いつも理不尽極まりない主を相手にしているだけあって、この辺りは実に慣れた物である。
始めは荒い息を吐いていた霊夢だが、藍が力強く、それでいて優しくなだめ続けた甲斐もあって、徐々に平静を取り戻す。
「悪いね霊夢。これには事情があるんだ」
「なかったら怖いわ」
「出来ればその事情とやらを、わかりやすく説明願いたい所だな」
もちろん。
そう答える代わりに妖孤は薄く笑むと、ゆっくりとその双眸を閉じた。
紫は腐っても……否、腐っているが幻想郷を愛する賢者。
何の理由も無く、ただの変態になど成り下がる筈が無い。
そんな事は説明するまでも無く、ここにいる全員が理解していた。
だからこそ、事情。
彼女がここまで変貌してしまった原因こそが、三人にとっては最重要なのだ。
尚もドロワーズへと手を伸ばす主をコブラツイストでやんわりと抑えつけながら。
八雲藍は真実を求める二人に向かって言葉を紡ぐ。
「強い力にはそれ相応のリスクがある物でね」
藍の説明はこうであった。
誰もが恐れる八雲紫の境界を操る程度の能力。
一見万能とも思えるその力は、実は薄氷の上を渡るかの如く危険と隣り合わせなのだと言う。
成功すれば効果は絶大だが、その分失敗のリスクも大きい諸刃の剣。
その刃は例え術者……大妖怪と言えども、容赦なく切り刻む。
そして、ついに今日、切れ味抜群の刃は自分の方向を向いてしまった。
結果、物事の本質をも歪めてしまう彼女の力は、自分自身を襲い―――――
「自分の力で自分の存在が不安定になったと。スキマ妖怪が聞いて呆れるわ」
「そう言わないでやってくれ。紫様は幻想郷の為に無理をしすぎたんだよ」
「それにしたってコレは無いだろ」
一体どのような失敗をすれば、このような変態と言う名の淑女が出来上がるのか。
霊夢と魔理沙には見当もつかない。否、つきたくない。
餓えた獣のように獲物(ドロワーズ)に瞳を輝かせる紫から視線を逸らしながら、二人はほとほと呆れたように溜息を吐く。
……ちなみに余談だが、二人の少女達が視線を外したその瞬間。
「まぁ、本当は霊夢のドロワとパンツの境界を弄ろうとして失敗したんだけど」
と、誰にも聞こえない位の声で真実を呟く式神がそこにはいた。
この九尾、狐なのに狸である。
「……で、どうするのよ、コレ」
コレとは勿論、ドロワーズハンター八雲紫の事である。
彼女の鼻先を無遠慮に指差しながら、霊夢は心底呆れたように溜息を吐く。
流石に自分の主に対してその態度は、気に障ったのか。
霊夢の頭を軽く叩いて咎めた後、藍はゆっくりとその口を開いた。
「勿論元に戻すさ。このままでは幻想郷の下着が絶滅してしまうかもしれないからね」
それは大袈裟、とばかりに苦笑を浮かべる二人の少女に、藍はにこやかな笑顔で応える。
「ちなみに私の下着は全滅だ。実は今もノーパンなのさ」
「爽やかに言うなっ!」
「いやいや、こういうのもたまには良い物だよ?」
八雲紫の式たる者、それ程の胆力が無ければ務まらないのだろう。
……と努めて好意的な解釈をする事にした霊夢と魔理沙であったが、目の前の狐のように自分達がノーパンで暮らしていく事は絶対に御免である。
そんな悪夢のような未来を回避するためにも、何としても紫には元に戻ってもらわなければならない。
否、それはただの口実である。
本当はそんな事より、もっとただ純粋に―――――
「君達だって、紫様がこのままでは嫌だろう?」
「……いつも通りでも十分嫌だけど」
「素直じゃない奴だぜ」
うりうりと肘で小突く魔理沙から、霊夢はばつが悪そうに目を逸らす。
恥ずかしいのか、その頬は微かに朱で染まっていた。
自分の主に対する彼女達の反応に、主想いの藍はとても満足そうに。
当の主をフロントチョークで抑え込みながら、くすくすと笑みを浮かべている。
「でも何か方法があるのか? わざわざ神社に連れてきて……」
「いい着眼点だね、魔理沙。今日、彼女をここに連れてきた理由はそれなんだ」
ふっ、とまるでスイッチが切り替わったように。
藍はそこまで口にすると、先程まで浮かべていた笑みを消し……
訝しげな表情を浮かべる霊夢に対して、深々とその頭を下げた。
「博麗霊夢、我が主を救うためにどうか君の力を貸して欲しい」
「私……?」
自身を指差し首をひねる霊夢の目を、藍は強い意思のこもった瞳で覗き込む。
「幻想郷の管理者とも言える紫様の変貌。これは紛れも無い異変だ」
「……成程、異変を解決するのは博麗の巫女の役目ってか」
「そんな事言われても、どうすればいいかもわからないんだけど」
「それはご心配なく。しっかりと方法は考えてきているさ」
それなら、大丈夫だろう。
そう納得している霊夢の頭を、ぽんぽんと藍の手がなでる。
鬱陶しそうに払いのけながら顔を上げると、そこに在ったのは先程の真剣な表情とは全く違う、藍の意地悪そうな笑み。
……やられた。
そこで初めて霊夢は自分がいつの間にか協力する気満々になっている事に気付かされた。
本来ならば見返りを要求してもいい所だったのだが、完全に狐のトークテクニックに騙された。
やはりこの狐、相当の狸である。
と、霊夢は苦虫を噛み潰したかのように頬を歪ませるが、藍は涼しい顔で先を進める。
「これからとある儀式によって霊夢の博麗の力を彼女に注入する。幻想郷を正常に保とうとするその力ならば、きっと紫様を元に戻せるだろう」
……随分と簡単に言ってくれる。
狐の根拠の無い自信に若干の不安を覚える霊夢だが、現状ではそれ以外の方法など皆無。
やれるかどうかではなく、やるしかないのである。
蚊帳の外で煎餅を食べながら傍観している魔理沙に、恨めしそうな視線を向けながら霊夢は畳に向かって大きな溜息を吐く。
そして意を決したように顔をあげて藍の瞳を見据えた。
「わかったわ。それで具体的にはどんな儀式を行うの?」
「ああ、それは―――――」
そして藍の口から放たれた答えは―――――
「接吻だ!」
ぽくぽくぽくぽく……ちーん。
「はい?」
「接吻だ!」
「言い変えると、キッスだな」
別に言い換える意味は無い。
物語では姫の眠りを覚ますのはキスと相場が決まっているが、現実でそんなシーンが存在する筈があろうか。否、ない。
余りの超展開に、霊夢は訳がわからないといった表情で唖然と立ち尽くす。
例の如く、そんな霊夢の反応を予想していたのだろう。
ふっと薄く笑んだ藍は、時がとまったように固まっている霊夢に向かって今回の儀式(笑)について説明を始めた。
「あの方はパンツ喰ってても大妖怪だ。外側からでは博麗の力と言っても十分には作用しない」
「外が駄目なら内から、か。基本中の基本だな」
「そう、霊夢。君の接吻で彼女の体内に博麗の力を注ぎこむんだ!」
「そこら辺の下着を喰いまくった口からな!」
「嫌な事いうなぁっ!」
何故か楽しそうに親指を立てる魔理沙に岩山両斬破、またの名をチョップをかます。
頭を押さえてうずくまる彼女に『自業自得よ』と言い捨てようとした、その瞬間であった。
ぞくり。
自分の背後にこれまで感じた事の無い程の寒気が走る。
まるで何かに貫かれたように心臓が跳ねる。
殺気にも近いその感覚に慌てて振り返ると、そこに在ったのは口の端から涎を垂らしながらこちらを見つめる一匹の獣。
式神に抑えつけられていなければ、今すぐにでも襲いかかって来そうな剣幕である。
「れいむ食べたい」
――――食われる。
今口づけなどしようものなら、目の前の獣に物理的に食われる。
本能にも近い、霊夢の直感がそう告げていた。
こんな飢えた獣と接吻なんて出来る筈がないではないか。
霊夢は何とか拒絶の意を示そうと藍の顔を覗きこみ――――――
「……協力してくれないなら、紫様の拘束を解く」
そして硬直した。
少女の視線の先、九尾の狐が何処までもどす黒く笑っている。
「ちょ……!?」
「今ここで飢えた獣を離そうものなら、どうなるか……説明するまでも無いだろう? それが嫌なら紫様と接吻してくれ」
「そう言うのを脅迫って言うんだぜ」
「私とて心が痛む。だが、紫様を救う為ならば私は何でもするさ」
しかしその顔は笑顔である。
この狐、本当はただ楽しんでいるだけなのではないだろうか。
霊夢は唇を噛み締めながら、目の前の式神を睨みつける。
「大丈夫だ、接吻をする際には紫様には眠っていてもらう。それなら安全だろう?」
「ま、まぁ……それなら」
「よかった。さぁ、安心して接吻してくれ」
「この狐のパンツを食べまくった口とな!」
「アンタは黙ってろぉ!」
ドガッ、バキッ。
魔理沙は星となった。
フルーツ(笑)
……と言う冗談はさて置き、霊夢にとっては非常に由々しき事態であった。
キスをするべきかしないべきか、それが問題だ。
まるでハムレットのように霊夢の頭の中では思考がぐるぐると渦巻いている。
キスをしなければこの獣によって、自分の下着を喰い尽くされるかもしれない。
それに一応は自分のパートナーだった少女が下着を喰い漁る姿など見ていたくは無かった。
しかしキスをすれば、今度は自分自身が喰い尽くされるかもしれない。
何より、こんな展開で自分のファーストキスを捧げるのは、少女にとって強く抵抗があった。
「はぁ……」
結局、進むも地獄、退くも地獄なのだ。
ならば逃げ出すよりは進む方が霊夢の性に在っている。
餓えた紫は藍が寝かせると言うし、ファーストキスの問題だって女同士だし、さっと口づけして、さっと離せば5秒ルールでノーカンだ。
ノーカンに違いない。
そう何とか自分を納得させた霊夢は、強い決意を持って―――――
「ああ、言い忘れていたが」
事態に挑もうとした刹那、藍の声が霊夢の行動を遮った。
「ただ接吻するだけでは不十分だ。確実に治すにはしっかりと彼女の体内で力を練り込む必要がある」
「つまり……?」
「ああ、つまり……」
何故か言いようも無い悪寒を感じて先を促す霊夢に対し、藍は真剣な表情で頷く。
そして、一瞬の静寂の後。
藍は何処までも力強く、その言葉を紡ぐ。
「べろちゅーだ!」
重ねて言うがこの九尾、至って真剣である。
「べ、べろちゅーだってー!?」
障子をスパーンと開け放ちながら、まるでどこぞの調査隊のように驚いてみせる魔理沙。
どうやらお星様にはならずにすんでいたようだ。
すぐさま炬燵に入り込むと、時が止まったかのように固まっている霊夢を尻目に、藍とべろちゅー談義を始めた。
「そうだ、べろちゅーだ。べろちゅーによって彼女の口内で博麗の力を練り上げ、紫様を正常に戻す。べろちゅーが世界を救う」
「このべろちゅーはただのべろちゅーではなく、幻想郷の命運を賭けたべろちゅーな訳だ」
「べろちゅー、べろちゅー五月蠅いわ!」
余りのべろちゅー連呼に霊夢もようやく藍の言葉を理解したらしい。
頬を紅く染めながらハリセン代わりの御祓い棒でべろちゅー談義を繰り広げる二人の頭を叩く。
「嫌よ! 何でファーストキスからそんなヘビーな事しなくちゃいけないのよ!」
「なんだ、霊夢。君は接吻をした事が無かったのか」
「う゛……」
流石は傾国の美女として名高い九尾の狐と言ったところか。
キスをした事がないという彼女を、まるで信じられない物を見るかのような藍の視線に、思わず霊夢は言葉を詰まらせる。
そのまごつきっぷりと来たら、紫がおかしくなっていなかったとしても飛び掛っていたであろう愛らしさだ。
そんな狼狽する彼女を見ていられなくなったのか、魔理沙は親愛なる友人の霊夢に対して助け船を出した。
「まぁ確かに初めてがべろちゅーってのは抵抗あるわな」
「そうそう、魔理沙。だから……」
「まず私が霊夢のファーストキスを済ますって事だな!」
「そ れ だ」
「ち が う !」
この少女達ボケてる訳では無く、本気で言っているからタチが悪い。
自分の事は棚に上げて、周りが非常識人だらけである事を嘆く霊夢だが、その周りの非常識人達はそんな事など気付かない。
霊夢の肩に手を置くと、フォローにもならないフォローを繰り出してくる。
「大丈夫だ。お姉さんが優しくリードしてあげるから」
「尻尾引き抜かれたいのかおんどれは」
ギロっと睨みつける霊夢だが、藍はカウンターでその瞳をきっちりと見つめ返した。
「霊夢。私は至って真剣だ」
だとしても私は御免よ。
そう呟き、目を逸らそうとした霊夢の動きが止まる。
藍の身体から滲み出る妖力がそれを許さなかったのだ。
彼女の力と言ったら博麗に巫女たる霊夢をもってしても思わず寒気を感じてしまう程である。
そんな代物を肩に手を置いたまま、この至近距離でぶつけてくる。
ハッキリ言ってただの脅迫である。
本当に無駄な所で九尾の狐なのだ、この藍と言う女は。
「紫様は私にとって……いや、この世界にとって必要な御方なんだ」
そんな霊夢の狼狽もどこ吹く風。
藍は極めて真剣な表情のまま、言葉を続ける。
「あの御方が世界の中心である君を守る為に、どれだけ必死だったか、わかるかい?」
「え……?」
これは紫様からは口止めされてるんだが……と前置いた上で、藍は固くなっていた表情を崩す。
その優しくも儚げな笑顔は、本当に全てを知っている者こそが出来る表情である。
霊夢は軽く衝撃を受けていた。
いつも飄々として掴みどころのない紫。
いつも人をからかってニヤニヤ笑っている紫。
そんな彼女が他ならぬ霊夢の為に必死になっていた?
その事を誰に伝えるでもなく、その余裕の笑みの下に包み隠して……。
「君の無防備な所を狙われないように、就寝、風呂、トイレの時も常に穴が開く程に凝視して……っておい、何処へ行く、霊夢ー?」
藍の言葉を聞くや否や、霊夢は部屋から退出する。
そして神社の正面に置かれている筈の賽銭箱を、ぷるぷる震えながら担いできた。
その瞳はドロワーズハンターへの殺意で満ちている。
「壊れた物は叩いて直すと相場が決まってるわ」
「落ち着け! いくら空っぽでも賽銭箱はヤバい! いくら完膚なきまでに空っぽでも!」
魔理沙は華麗に宙を舞った。
しかし、この程度では今の霊夢は止まらない。
騒ぎの元凶である紫の前に立ち、まさに賽銭箱が紫へと振り下ろされようとした瞬間。
霊夢の前に立ち塞がったのは、やはり八雲藍であった。
紫の前へと割って入った九尾の姿に、霊夢はぴたりとその動きを止める。
「霊夢、その怒りは『彼女』ではなく紫様にこそ振り下ろすべきだ」
「うー……」
「そして『彼女』を紫様に戻せるのは君しかいない」
そこまで口にすると、九尾の狐はその頭を地面に接する程に下げる。
「頼む。あの方を救ってやってくれ」
何処までも真摯な、八雲藍の声。
それを聞いた霊夢は、諦めともとれるような表情で自身の頭をがしがしと掻く
……本当は彼女自身、とっくに答えは出ていたのだ。
こうして世界の調和を保つ博麗の巫女は、一人の妖怪を救う為にべろちゅーへと挑む事となったのだった。
太陽が山の影へとその姿を隠そうとしている夕刻。
霊夢達は紫を救う儀式――――『べろちゅー』の準備を急ピッチで進めていた。
あとは霊夢が『べろちゅー』により紫の体内にその力を注ぎこめば、彼女は元通り……の、筈である。
……尚、霊夢たっての願いにより、藍のリードは無しと言う事になった。
「とりあえず紫様を寝かしつけた。何時でも好きな時に始めていいぞ」
すやすやと寝息を立てる主を胸に抱きながら、藍は霊夢に準備の完了を告げる。
ちなみに寝かしつけたとは、『締め落とした』の間違いである。
「頑張れ霊夢。応援してるぜ」
「君なら出来るさ、霊夢」
友人達の笑顔が霊夢の大人の階段への旅路を見送る。
いよいよ『べろちゅー』の時がやって来たのだ。
紫を救う為、今ここで彼女はファーストキスを捧げる。
それは未だに愛を知らない少女には何処までも過酷な試練。
けれどこの世界を救う為に、必要不可欠な儀式なのだ。
その事を十分理解しているからこそ、霊夢は友人たちの声に力強く頷く。
額から溢れ出る汗をぬぐおうともせずに、大妖怪のただ一点を見つめ続ける。
そうして永遠とも思える静寂を過ごした後。
ついに、霊夢はその小さな唇を、目の前で眠る紫へと近付けて――――
「ちょ、ちょっと待って?」
ヘタれた。
「どうした?」
「その、何かやり辛いっていうか……」
藍の質問に対して、霊夢はばつが悪そうに頬を掻く。
彼女にとっては初めての経験である。
いきなりキスをしろと言われて、実行に移すのはやはり難しいのだろう。
「ふむ、そうか。よし魔理沙、キスしやすい雰囲気を作るとしようか」
「任せろ!」
そんな時の為に、藍と魔理沙はこの場に残っているのだ。
へたれいむの背中を押してやるのが彼女達の務めである。
力強くうんと頷き合った藍と魔理沙はその場に立ちあがる。
予め用意していたのか、藍は懐から棒の束を取り出した。
一体何をやっているのだコイツらは。
霊夢が訳もわからず首をひねっていると、魔理沙は一本の棒を藍が持つ束から引き抜いた。
その先端は紅い塗料で塗りつぶされている。
「王様だ―れだ!」
藍の楽しそうな声が響き渡る。
「私だぜ。それじゃあ霊夢と紫がべろちゅー!」
「はい、べろちゅー入りました―!」
ドンドンパフパフ!
何処から取り出したのか、藍はちんどん屋のように楽器を鳴らす。
しつこいようだがこの二人、至って真剣である。
霊夢のべろちゅーを後押しする為に、こうやって王様ゲームの雰囲気を作っているのだ。
それはまさにべろちゅーというゴールをアシストするラストパスであった。
「はい、べっろちゅー! べっろちゅー! べっろちゅー!」
「あ、そっれ、べっろちゅー! べっろちゅー! べっろちゅー!」
「余計やり辛いわああああああああああ!」
キラーパス過ぎて霊夢には拾えなかったが。
「お願いだから静かにしてよ。……集中できないでしょ」
「ああすまない。魔理沙、静かにエールを送るとしよう」
「応、無言で後押ししようぜ」
場の雰囲気を盛り上げて後押しする作戦は失敗した。
ならば自分達の気持ちを同調させ、霊夢のキスへの集中力を高めさせてやればいい。
そう、霊夢は一人ではないのだ。
不思議な程の一体感の中、心強い二人の仲間は霊夢の背中を力強く見つめ続ける。
「……」
ゴゴゴ……(二人のオーラ)
「……」
ゴゴゴゴゴゴ……(二人のオーラ)
「……」
ズドドドドドドドドドドドドドド……!(二人のオーラ)
「で……」
「で?」
「出て行けええええええええ!」
博麗獄屠拳。
華麗なとび蹴りが炸裂し、魔理沙と藍は庭に蹴りだされた。
そして二人が体勢を立て直す前にぴしゃりと障子を閉める。
即ち、追い出されたと言う事である。
寒空の下へと放りだされた二人は顔を合わせて、やれやれと首を振る。
こうなってしまえば、もう彼女達に出来る事など皆無。
もう一度室内に戻った所で、霊夢のやる気を削ぐだけである。
結局のところ、彼女の気概に期待するしか方法はなさそうであった。
「何で私が、アンタなんかの為に……」
邪魔者二人を追いだした後、霊夢は騒ぎの張本人に毒づいていた。
暢気に寝息を立てている紫の頬をうりうりと弄りながら、次から次へと文句を繰り出す。
言っても詮無き事だとは百も承知。
ただ愚痴くらいは言わせてもらわなければ、霊夢の気持ちの整理がつかなかったのだ。
「感謝しなさいよ。私のファーストキス」
自分の言葉で霊夢は思い出したかのように苦笑する。
そうだ、これは私のファーストキスなのだ。
自分でもそんな物に執着するとは思っていなかった。
相手が誰であれ、いつか当然のように済ませるものだと思っていた。
ただ、よりによって。
まさかよりによって相手がこのスキマ妖怪だとは、全く恐ろしい悪夢ではないか。
呆れたように溜息をつく霊夢だが、その頬は夕日のせいではなく真っ赤に染まっていた。
日が沈みかけ、辺りが俄かに暗闇に染まっていく。
これ以上引き延ばしてしまえば、余計にやり辛くなってしまうだろう。
ならば一時の恥を忍んでも、さっと済ませてしまうが吉。
霊夢は冷静に最善策を分析していた。
そう、分析していたのだが。
いざ、やろうとなってみると身体がピクリとも動かない。
彼女はキスの詳しいやり方なんて何一つ知らないのだ。
目をつぶった方がいいのか、開けていた方がいいのか。
息を止めていた方がいいのか、気にする必要はないのか。
舌は右から差し入れるのが礼儀なのか、それとも逆なのか。
そもそも、眠っている相手にべろちゅーが出来るのか。
無限とも思える疑問が頭の中に浮かんでは消える。
ばくんばくん。
心臓の音が自分でもはっきりと聞き取れる。
このまま心臓が破裂してしまうのではないか。
いっそ破裂して死んでしまった方がずっと楽なのではないか。
そんな何とも間抜けな思考が霊夢の中を駆け巡る。
こんな時、目の前の妖怪ならどうするだろうか。
もしも立場が逆だったなら、このスキマ妖怪はきっといつものようにくすくす笑いながら自分の唇を奪うのであろう。
嗚呼、何て不公平なんだろう。
そんな事を考え苦笑しながら、霊夢はその妖怪へと視線を落とす。
不敵にして妖艶である筈のその少女は今、霊夢の膝の上で穏やかに寝息を立てていた。
障子越しの夕日を浴びたその姿は、まるで無邪気な子供のようだ。
それで、少し心が落ち着いた気がした。
「戻ったら、しこたま殴ってやるんだから。覚悟しておきなさい」
照れ隠しの一言。
それを合図にしたかのように、霊夢はその唇を近付け――――――
「れいむ……? ここは……」
「紫!」
辺りが黒で染まり、世界がその色を変えた頃。
霊夢のファーストキスの相手は彼女の膝の上でゆっくりとその目を開いた。
心配そうな目を向ける霊夢に、その少女はひらひらと手を振って返す。
そこに居たのは、まごう事無きいつも通りの八雲紫その者であった。
「どうしてかしらね。……ずっと長い夢を見ていた気がするわ」
「夢ってアンタ……何も覚えてないの?」
霊夢の質問に、紫はゆっくりと首を縦に振った。
心配そうな霊夢の顔と、いつの間にか博麗神社で眠っていた自分。
それらから自分の身にに何かがあったのだろうと推測は出来たが、具体的に何があったかはさっぱりわからない。
彼女を助ける為に霊夢達がどれ程の苦労をしたのか。
それを知らずに暢気にほほ笑む紫に、巫女は気が抜けたように大きく溜息を吐いた。
「アンタねぇ。私達がどれだけ心配して……」
「あら、心配してくれてたの?」
「うぐ」
墓穴。
ぽんと両の手を合わせて嬉しそうに笑みを浮かべる紫の姿に、霊夢はばつが悪そうに目を逸らす。
今日の彼女はペースを乱されっぱなしである。
そんな霊夢の頭を愛おしそうに撫でながら、紫はふぅ、と小さく溜息を吐いた。
「どうやら苦労を掛けたようね。ありがとう、霊夢」
「……礼なら藍に言いなさいよ。アイツが頼まなければ、アンタなんて助けなかったわ」
「ええ、勿論言わせてもらうわ。だけど、今は……ね」
そう言って紫は、顔を赤らめる霊夢を柔らかく抱き寄せる。
小さな霊夢の身体は紫の胸にすっぽりと収まってしまった。
「……ばか」
消え入りそうな程に小さな声が室内にこだまする。
くすっと薄く笑う紫に対して、霊夢は紅潮した顔を隠すように紫の胸へとその顔をうずめた。
静寂がしんとその場を支配する。
ファーストキスを捧げてしまったからだろうか。
まるで恋人のようだ……と霊夢は普段ならば絶対にあり得ないような感想を抱いていた。
そして同時に、ずっとこのままでいたい――――――とも。
「ねぇ、霊夢。聞いてくれるかしら」
しかし、そんな霊夢の願いも虚しく。
紫の言葉が静寂を斬り裂いた。
少し名残惜しみながら霊夢が紫の視線まで顔を持ちあげると、そこに在ったのは何処までも美しく、けれども何処か儚げな紫の微笑み。
その美しさに思わず見とれてしまいそうになりながら。
目の前の少女に応えるかのように霊夢もまた、ふっと笑んだ。
「今だけしか聞かないわよ」
「なぁ、藍。流石にもう終わってるだろ。そろそろ中に入ろうぜ」
魔理沙は唇を震わせながら、自身の身体を抱きしめた。
季節は冬も真っ直中、流石に外で待ち続ける身は辛いのである。
懇願するような魔理沙の視線に、藍は困ったように頬を掻きながら目を逸らす。
「うーん、でもお楽しみ中かもしれないからね」
「お楽しみってなんだ? アイツらだけで面白い事してるのか?」
「あー何て言ったらいいか。二人プレイ限定の楽しいゲームみたいなものさ」
「二人じゃないと出来ないのか?」
「いや、まぁ三人、四人プレイも不可能では……って私は何を言っているんだ」
間抜けな発言に自分の頭を小突く藍だが、最早その様子は魔理沙の眼には入っていない。
寒さではなく、怒りで身体を震わせながら障子の向こうをキッと睨みつける。
どうやら藍の言葉から、霊夢と紫が二人楽しくキャッキャウフフしている姿を想像したらしい。
いや、間違ってはいないのだが。
「くそ、アイツら外で凍えている私達を差し置いて!」
「あ、ちょっと待て、魔理沙!」
「邪魔するぜ!」
藍の制止を振り切って魔理沙は縁側へと駆け上ると、スパーンと小気味いい音を立てて障子を開け放った。
その先で彼女が見たのは――――――
「それでね、霊夢が私にディープキスをしてくるのよ? 夢だとしても荒唐無稽すぎるわよねぇ」
先程まで見ていたらしい夢を、実況している紫の姿だった。
「……」
「もうその時の霊夢の可愛らしさと言ったら! まるで生まれたての小鹿みたいにぷるぷる震えちゃってね!」
「……」
「ああ、あれが現実だったらどんなに幸せな事か! あれ、霊夢? もしもーし? 何処へ行くのー?」
延々と続く夢トークを大人しく聞いていた霊夢であったが、突如思い立ったように魔理沙の開けた障子から外へと歩みを進める。
そして先程魔理沙に振り下ろした賽銭箱を、ぷるぷる震えながら担いできた。
ちなみにその表情はと問われれば、笑顔。
何かもう色々とぶっ壊れしまった結果、辿り着いた笑顔であった。
「忘れろ」
「???」
「忘れろぉおおおおおおお!」
「やめろ霊夢! だから賽銭箱はまずいって!」
羽交い絞めにしている魔理沙を振り払おうと暴れながら。
霊夢は真っ赤になった顔と目尻にたまった涙を隠そうともせずに、紫に対して殺意のこもった瞳を向けている。。
対する紫は訳もわからず、霊夢の変貌に目を丸くして驚くばかり。
深呼吸をして何とか冷静さを取り戻すと、いつの間にか自分の横に佇んでいた式神へと、素直な疑問を投げかけた。
「藍、霊夢はどうしてあんなに怒っているの?」
「生理です」
この九尾、実に悪質である。
こうして、紫が変態化すると言う幻想郷史上類を見ない異変は、一応の解決を迎えたのだった。
しかし、ここは幻想郷。
この程度だけで異変が収まる筈も無く――――――
「霊夢、運命の操りすぎで不幸体質になってしまったわ!」
「霊夢、色々萃めすぎて身体が大きいまま戻らないよ!」
「霊夢さん、風を操りすぎたせいで、パンチラが止まりません!」
霊夢の前で横一列に並ぶ妖怪たち。
その全員が目を瞑ると、霊夢に向けて自分の唇を伸ばす。
『さぁ、べろちゅーを!』
「よし、お前ら全員そこに直れ」
霊夢は満面の笑みを浮かべながら、賽銭箱を担ぎあげた。
そして藍様自重・・・しなくていいや
あ、本文も面白かったです
紫ファンの方々に襲われないよう夜道には気をつけて…
>>パンチラが止まりません!
>>パンチラが止まりません!
う、うおおおぉーーーーーーー!!!!
そして作者は今すぐ映姫様に裁かれるべき。
>「チーズ蒸しパン」・・・懐かし過ぎんぞwおいwww
>「チーズ蒸しパンツ」が、懐かしいだと……!?
マリサ自重wwww
あとがき隠してるのはせめてもの自重なのか?ww
しかし、なんとも下らない理由だw
そして45のおかげで、反転してしまった。
なるほど、氏のピンク脳内を垣間見た気がする。
そして霊夢俺にもべろちゅー頼む
勿論特盛で
さぁ俺にもべろt(サーセン箱
魔理沙が一番アレかw
...This party is getting crazy!