でろん。
まさにそんな擬音がぴったりの登場だった。
「はぁい♪」
突然目の前に逆さまの顔が現れる。
いきなりだったので、それが誰の顔か判別するのに少し時間がかかった。
というか、こんな登場の仕方をする奴は一人しかいるはずがないのだけど。
あまりに奇天烈な登場に驚いたせいで、縫い物をしていた針を指に深く刺してしまった。
痛い…。
「何の用よ」
血が出ている指を咥えて、家の中に不法侵入してきた紫を睨みつける。
「最近顔を見ないから、どうしてるのかなと思ってね」
「元気にしてるわよ、それなりには」
考えてみれば、二ヶ月ほど神社の宴会にも参加していない。
今更行くほどの義理もないし、意欲もない。
最近は食事をすることも減ったから、人里にもあまり顔を出してはいなかった。
引き篭もりと言われても仕方ないわね。
「でも、まさか貴女に心配されるとは思わなかったわ」
「幻想郷の住人は私にとって家族のようなものですもの。心配にもなりますわ」
おほほほ、と胡散臭く笑っている。
答えになっていないし。からかいにでも来たんだろうか。
「やっぱりあなた、可愛いわね」
「…は?」
くるりと前転をするようにしてスキマから出て、私の向かいの席に座る。
「自律人形は完成したのかしら?」
一呼吸おいてしれっと話題を変えてくる。
さっきのは聞き間違いじゃないと思うけど、どういうつもりで言ったのだろうか。
水を向けてきたし、ひとまず紫の話に乗って腹の内を探ろうかしら。
私に見透かせるほど腹の底が浅いとも思えないけどね。
「まだ先は長いわね。何かきっかけがあれば一気に進展すると思うのだけど」
「気の長いことねえ。霊を憑けるか式を作ったほうがずっとお手軽よ?」
「それは私の求めるものじゃないわ」
「外の世界ですら未だ為しえていないことを、そう簡単に達成出来るのかしら」
「物質主義に傾倒した人間と一緒にしないで欲しいわ。アプローチが違えば、自ずと結果も変わってくるはずよ」
「"実現できない"、という同一の結果にならない事を祈ってるわ」
紫は組んだ掌の上に顎を乗せて、にっこり微笑んでいる。
嫌味な事この上ない。
血が止まった。裁縫の続きでもするとしよう。
「お茶くらい出して欲しいのだけれど」
「手が離せないから、欲しいのなら自分で淹れて」
「仕方ないわねえ」
喋っている間も手元から目を離さずに縫い物を続ける。
紫は大儀そうに席を立ったようだ。いっそ帰ってくれれば平和になるのだけど。
・・・
「はい」
そう言ってカップを差し出された。
紅茶の良い香りが部屋に広がり、思わず手が止まる。
「これ、紫が淹れたの?」
「そうよ。そんなに驚くような事かしら」
驚きもするわよ。
家事も結界の管理も全部あの式にやらせてると思ってたし。
一人じゃ何も出来ないぐうたら妖怪じゃなかったのね。
「面倒くさいから全部藍にやらせてるだけで、私だって家事ぐらい出来ますわ」
「面倒くさいなら、なんで私と紅茶を飲もうと思ったの?」
「ふふん。 言ったでしょ、あなたが好きだからよ」
「それは聞いてない」
「あら、そうだったかしら」
それっきり会話が途切れる。
さて、気を取り直して裁縫を続けるとしよう。
「…ねえ、私の告白に対する返事はないのかしら」
痺れを切らした紫が呟く。
「私は貴女の事があまり好きじゃないわ」
面倒くさそうにアリスが本音を言う。
「そう言うと思ったわ」
紫が微笑みながら言葉を続ける。
「そういうところは、あの子にそっくりよね」
あの子、とは間違いなく霊夢のことを指している。
「それで?」
会話を終わらせたそうにアリスが言う。
「あなたの都合は関係ないわ。私がどうしたいか、重要なのはそれだけよ」
スキマを使ってアリスの後ろに回り、首に手を回す。
「それで一体どうするつもりなのかしら、妖怪の賢者さん?」
アリスは首を後ろに逸らし、紫を見上げる形になる。
「こうするのよ」
紫の顔がアリスに覆いかぶさる。
…………
……
…
「いたい…」
口を押さえている紫と、それを意に介さず裁縫を続けるアリス。
二人の位置は元に戻っている。
「紅茶も飲めないじゃない」
「舌を入れてくるあんたが悪い」
何度か軽いキスを交わした後、紫が舌を入れてきたので思いっきり噛んでやった。
少し血も出たようだけど、妖怪だったらすぐ治るでしょ。
私が気にするようなことじゃない。
紫の視線を感じながら裁縫を続けていると、
「あなたが自律人形を完成させたとして、その子はいったい誰に似るのかしらね」
盛大に指に針を刺す。これで二度目だ。
今日の裁縫はお終いね。紫にここまで掻き乱されるなんて。
「誰にも似ないわ。人形は人形よ」
「本当にそうかしら?」
「絶対そうよ」
「あなたが言うのなら、きっとそうなのでしょうね」
「そうよ」
上海に絆創膏を持ってこさせ、指に貼る。
裁縫の途中で指を刺すなんて何十年ぶりだろうか。
「あなたのポーカーフェイスも案外脆いわねえ」
「うるさい」
楽しそうに紫がにやついている。
やっぱり、からかいに来ただけじゃないの。
アリスが置いた織物を紫が手に取る。
まだ途中ではあるが、その布の表面にはとても細かいステッチで花の刺繍がなされていた。
遠目で見たら、筆で描いたと言われても納得してしまうかもしれない程の緻密さだ。
「なにを作ってるかと思えば、プチポワンじゃないの。随分と手間のかかる事をするのねえ」
「たまには凝ったものを作りたくなるのよ。いずれゴブラン織にも挑戦するわ」
「ここまでくると職人の域よね。洋裁店でも開けば一儲けできるんじゃないかしら」
「そうかもしれないわね」
アリスは気乗りしない風に適当に受け流す。
紫はしきりに感心したように未完成のプチポワンを眺めている。
「そうだ、私にも一着あつらえてもらえないかしら」
「構わないけど、どういうがいいの?」
「純白のウェディングドレス」
「!!?」
紅茶を口に含んでなくてよかった。盛大に噴出してるとこだったわ…。
でも、紫がウェディングドレスなんて。
あ、まずい。笑いがこみあげてきた。
「そんなに笑う事ないじゃないの。私だって少女なんだし、一度は着てみたくなるわよ」
顔を隠して大笑いしているアリスに、紫が口を尖らせて不満を言う。
「いや、うん。 作ってもいいけど、着る予定はあるの?」
「どうかしら。それは相手次第よね~」
試すようにアリスを見つめる紫。
ここまでの会話の流れから、次に何を言ってくるか大体予想できる。
「アリスとなら、結婚してもいいわよ」
「お断りするわ」
間髪いれず一蹴。脊髄反射である。
「…泣いてもいいかしら」
「自分の家に帰ってから泣きなさい」
「まさかここまで嫌われているとは思わなかったわ」
普段から飄々としている紫も、今度ばかりは堪えたようだ。
プロポーズを即答で断られたのだから無理もない。
アリスは弁解をするように言葉を発する。
「嫌ってるんじゃなくて、気に入らないだけ。
私は霊夢の代わりなんか御免よ」
途端に紫の目つきが険しくなる。
「鋭いのね。そして辛辣」
「人形遣いの洞察力を甘く見ないことね。人形達の変化に比べたら、今の貴女の方がずっと分かりやすいわ」
「霊夢以外で私にそこまで言えるのはあなたぐらいよ」
「それはどうも」
「でも、一つ間違いがあるわ」
紫がそこで言葉を切り、顔を近づけて意地の悪い笑みを浮かべる。
「貴女じゃ霊夢の代わりにはなれない。あの子は博麗の巫女。代わりなんていないわ」
「じゃあ何で私に構うのよ」
「言わなかったかしら、アリスが好きだからよ」
紫がキスをし、そのまま押し倒す。
「抵抗、しないのね」
「するだけ無駄でしょ」
「貴女のそういう物分りのいいところ、好きよ」
「一つ忠告しておくけど」
絡ませようとした手を振りほどき、アリスが紫の首を掴んで押し戻す。
「私を愛してくれるなら、それに応えてあげる。
でも、私に霊夢を重ねるようだったら。
そのときは、
…。
あなたを呪い殺すわよ」
自然と手に力が入り、紫の首に血が滲む。
紫はそれを気にした様子もなく、楽しむようにアリスの瞳を覗く。
「ふふふ。 やっぱり、霊夢より貴女の方が面白いわ。
今の貴女の顔、その辺の妖怪よりよっぽど怖いわよ」
「言いたいことはそれだけよ」
急に鬼気が失せ、今度はアリスのほうから唇を近づける。
「今度は随分と素直になったわね」
「幻想郷の管理者とコネを作っておくのも、悪くないと思って」
「…。本人の前で、普通そういうことを言うかしら?」
「だって、紫の事そんなに好きでもないし」
「まあいいわ。そのうち私無しじゃいられなくしてあげるから」
「そうなったら冬が困るわね」
「等身大リアルゆかりん人形でも造ったら?」
「…。なんか、本当にそうなったら色々と手遅れよね」
「もう十分出遅れよ」
唇を重ね、手を絡ませ、次第に二人の影が重なっていく。
…………
……
…
「いつになったら帰るの?」
「んー、いっそここに住み込んでしまおうかしら」
「私は構わないけど、甘やかさないからそのつもりでね」
「なら藍も呼んでくるわ」
「帰って」
「冗談よ。二人の時間を邪魔されたくないもの」
「私は一人の時間を邪魔されたくないわ」
「そういうツンケンしてる娘を堕とすのが楽しいのよね。あなたはどのくらい持つのかしら?」
続き!続きはまだかー!!
紫は霊夢がかまってくれないのでアリスの所に来た
と脳内補完
それにしてもこの2人絵になるな、新境地
母と娘みたいなゆかアリも良いが、こっちも良いなぁ。
始まったばかりって事は調教過程が続きで読めると言う事ですね
霊夢は死んでしまったのだろうか。それとも・・・
すてきなお話をありがとうございました。
オールツンノットデレ、イエスイエスベリーグッド!
距離感が
アリス冷たいけどそれがいい
ゆかアリは滅多に見れるものじゃないから嬉しいです!
…………
……
…
↑この部分の詳細が裏に来るのを待ってます。
ツンのみ娘がなす術もなく泣かされているのを見るのが楽しみです。
いや、それともみをしんさんの腕があってこそでしょうか。