さてさて、あるところに。
人が簡単に近寄れない瘴気漂う森がありました。
そんな森の中や、近隣には、誰も住むわけがない。
そう思う人がいるかもしれませんが、確かに暮らしているのです。
人じゃなくて妖怪だったりもしますが。
とてもとても、個性が強く。楽しい方ばかり。
特に、森の近くにある道具屋の店主などは変わり者です。
彼の気分で商品の値段がころころと変わったりするのですから。
ただ、立地条件が悪いので商売繁盛とはいいませんが。
彼がそれで満足しているのだから仕方ありません。
商品も変わったものばかりですから。
本当に必要な商品を求めるお客しか足を運ばない。
なので客層は基本的に相当な変わり者か、わけありのお客ばかり。
類は友を呼ぶ、とでもいいましょうか。
そして、今日もまた一人。
変わったお店に。
変わった商品を求めるお客様が――
「森近霖之助ね? 私はあなたの体が欲しいの。いくらかし――」
「おっと、手が滑ったぁぁぁっ! ますたああすぱあああああああくっ!!」
ずごごごごごごごっっ
桃のような飾りがついた帽子を残し。
冷やかしのお客は魔力の奔流に飲み込まれ、光の中へと消えていきましたとさ。
めでたし。
めでたし。
ひょこっ
「何よ! いきなり! びっくりしたじゃないっ!」
あくまでも手が滑った拍子に撃ってしまった力の軌跡。
それはもう、入り口の扉を壁ごとくり抜き、地面を焼きながら直進していったというのに。
真っ向から受けた少女は、何事もなかったように身軽に立ち上がる。
そして吹き飛ばされた帽子を拾い上げてから、攻撃をしかけてきた店の関係者を睨み付けた。
「今の直撃でびっくりしただけとか、お前本当に何者だよ」
「天人様、さて、改めてお邪魔しまぁす♪」
「帰れ! ほら帰れ! 今すぐ帰れ!」
「ちょ、ちょっと、なんのつもりよ。私はそこの男に用があるの!」
胸を張り堂々と店に入ってこようとする、不良天人。
魔法では効果が薄いと思ったのか、それを物理的に押し返そうと箒を武器にして押し返そうとする。
「何よ、独り占めする気?」
「ちょっ! おまっ、ひと、独り占めとか、そういう嬉しいことは、ないけど……」
「じゃあ、いいじゃない。入らせてよ」
「そ、そういうことじゃなくてだなぁ、えぇっと」
魔理沙は押さえつける手を緩めず、顔をくぃっと店主の方へ向けて。
剣な声で告げる。
「アレは非売品なんだよ」
「え、そうなの? 店の中でぼーっと立ってるだけって噂で聞いたから。商品扱いしてもいいと思っていたわ」
「そうか、残念だな。売り物の一歩手前ってところだぜ。春を売りものにするのは時期が早いからな」
そんな魔理沙の残念な意見を受けて。
「……えぇっと、だね。僕はそろそろ怒っていいと思うんだが、どうだろう?」
その場で一番残念な気分を背負った男が、こめかみを震えさせながら静かに声を上げる。
彼が怒っていい要素があるか、とりあえず考えてみよう。
その1.魔理沙がいきなりやってきて、道具を散らかした。
その2.その直後、天人という少女がやってきて、いきなり体が欲しいとか言ってきた。
その3.魔理沙のマスタースパークのせいで、店の一部が消し炭になった。
その4.売り物扱いされた。
「いつものことじゃないか?」
「魔理沙、僕の怒りたくなる原因の過半数を作ってるのが誰かわかるかい?」
「んー、誰だろうなぁ、って、う、お前っ、人の話の隙をついて押してくるなんて卑怯だぞ! 香霖、話は後でなっ!」
「じゃあ話は後にしよう。今の魔法で壊れた道具のツケの件も含めて」
「あ、えーっと、いや、それは……あっ!」
霖之助との会話に気を取られてたせいで、魔理沙は体勢を崩され。天人の少女の進入を許してしまう。そして魔理沙が止めるよりも早く、天人――比那名居 天子はすたすたと霖之助が座る清算場所まで近づき台の上に手を置く。
そうやって手に体重を掛け、身を乗り出し。
いぶかしげな視線を送る霖之助の顎へと白魚のような手を伸ばした。
唇に、薄い笑みを乗せて。
蔑むような瞳を向ける。
「あなたが売り物でないなら、私と一日付き合うことを許してあげるわ。だからさっさと出かける準備をなさい」
「はぁ、ずいぶんな物言いだね。まるで王様気取りだよ」
ずり落ちた眼鏡を治そうともせず、ため息と、乾いた笑いを被せ。顎を撫でていた華奢な腕を優しく除ける。しかし断られるとは思っていなかったのか。天子と名乗る少女は腰に下げていた剣に手を掛けた。
「地上を統べ、傲慢に王となのる馬鹿と一緒にしないで欲しいわね。そんなことより、天人である私が、あなたのような地上の男を選んであげたのだから。光栄に思うべきよ。ほら、わかったら体を貸すの。今すぐに」
「嫌だ、と言ったら?」
霖之助の予想通り。
高い金属音を響かせつつ、天子は鞘から剣を抜いた。
それを霖之助の顔の横に振り下ろす。
「拒否? そんなもの最初からあるわけがないでしょう? あなたのような劣等種。人間でも妖怪でもないような、不完全な存在が天の決め事に逆らうなんてことはありえな――」
そこまで言いかけたとき。
とん、と。
天子の背中に硬いものが触れる。
「――おい、今、お前。香霖のことなんて言った?」
そして、じわじわ、と。
その硬い物体、ミニ八卦炉が熱を帯びていく。
表情は天子から見えないが。
見えなくても十分。
その気迫が、天子の背中越しに伝わってくるのだから。
「店に入れたから、もう、後は任せるしかないと思ったが。今のは駄目だ。それ以上言うならこの距離で撃つぜ」
「人間如きの魔力で、私の体をどうこうできるとでも?」
「霧雨の魔力、試してやろうか? もう一度」
ぐっと、さらに八卦炉を天子の背骨に押し付けた。
「やめないか、魔理沙」
「いやだ。だってこいつはお前のことっ!」
「いいんだ。昔からそういうことを言われたから、慣れたよ」
「だからっ! 慣れたとかそういう、悲しい言い方っ」
「そうだね、ありがとう、魔理沙」
「なんで「ありがとう」なんだよ、馬鹿っ。そう言うこと、言われたら……ああ、もう、どうなっても知らないからなっ!!」
ぶんっと。
天子から一歩引いた瞬間、霖之助に向かって八卦炉を投げつける。ほとんど目標も定めないむちゃくちゃな投げ方だったので、大きく外れ。後ろの棚のランプのような置き物に直撃し、透明なガラス部分にヒビを作ってしまった。
「……というわけで、だ。焦っているからと言ってあまり強引な手段を取らないでくれると助かる。これ以上僕を刺激したら、店になんらかの被害が出るしね。話を進めたくても進まないだろう?」
「ふんっ!」
「……わかったわ。じゃあ、もう少しわかりやすく言えばいいのね」
天子は、一度剣を引き。
唇に指を当てて、呻き声を漏らしていたが。
自分の中で答えが整理できたたようで、再び霖之助に覆い被さるように詰め寄った。
「霖之助、あなた、私の夫になりなさい」
その背中に、霧雨式スターダストドロップキックが突き刺さったのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇
「はぁ、見合い?」
「そうよ、天人の名家同士のお見合い。それを断りたいの」
「それを断りたいから僕に夫役をやれと言ったのかい? いきなり現れて」
「そうよ、だって今日の夕方にあるんですもの」
「……おいおい、急すぎだろ。もうすぐ日が傾き始める時間だぜ」
「だって、お父様が勝手に決めたから仕方ないじゃない」
少し風通しのよくなった店内で、やっと話の内容を掴んだ霖之助と魔理沙はうんざりとした表情で迷惑な少女を見つめた。
当の本人はというと、相変わらず偉そうに突っ立って胸を張っている。
「霊夢のところで『男の妖怪で、そこそこ顔のいい人を教えて』って言ったら、ここを勧めたられたし」
「ああもう、どうしてこういうことには気が利かないんだよあいつは……」
「霊夢経由なら。僕の名前が出ても仕方ないか。しかし、いきなりやって来てそういう役をやれと言われてもね」
「まあ、そうだな。上の世界ではどうか知らないが、ここじゃあ大問題だな」
考えても見てほしい。
ずっと一緒に暮らしてきた家族の一人が、いきなり異性を連れてきて。
『私の夫です』
とか、言い出すだろうか。
ありえない、ありえなさ過ぎる。
風の噂で天子は箱入り娘だと聞いたことはある魔理沙だったが、まさかこれほどまでとは誰が予測できよう。
「じゃあ男友達って扱いでいいわよ、適当に座っててくれればいいし。そのあたりは私が責任を取るから」
「適当にと言われてもね、君はその相手のことを知っているのかい?」
「ええ、知っているから嫌なのよ」
「なるほど、典型的な政略結婚、というわけか」
「……それはちょっといただけないな。嫌なやつと結婚するなんて」
人間社会でも、それは起こりうること。
それを知っているからこそ、魔理沙は同姓として嫌悪をあらわにした。
「でしょう? いつか私だって身を固めないといけないのはわかっているわ。お父様も嫌いじゃない。でもね、嫌なのよ。今、こんな形で束縛されるのだけは嫌」
「あぁ~~、面倒なことに首突っ込んだな。どうするんだよ、香霖」
「どうするって。ここまで話を聞いて別な相手を探せと魔理沙が言えるなら、僕もそう言うよ」
「無茶言うなよ……」
天界という世界で、地上は下賎な者の世界だと、言い聞かせられたはず。
現に、地震の異変のときも、今だって、そんなことを天子自身が口走っていた。
けれど、彼女は地上に助けを求めた。
ということは。
もうすでに、天界には味方となる者がいないということ。彼女以外のところで根回しが終わっているということなのだろう。
だから時間ぎりぎりまで、こうやって飛び回って。
それを知ってしまったのに、『ヤダ』と首を横に振ることができる者は、ここにいない。
「わかった。引き受けるよ、天子」
「――ほ、本当にっ!! ありがっ―― ふ、ふん、最初からそういう態度を取ればいいのよ。次からは気をつけなさい」
「結構わかりやすいな、お前」
「なんのことよ?」
「いや、こっちの話だぜ」
自分では気づいていないのだろうか。
頬を少し明るくして、嬉しそうに笑っているのに。
言葉はまだ、ツンツンと刺のある状態のまま。
「じゃあ、急いで準備しないといけないね。天子は着替えたりしないのかい?」
「ええ、急な話でしたから。服装までは限定しないということですわ」
「そうか、じゃあ僕もこのまま行くとしよう」
「なら、一応私も付き添いとして行くかな。何かあったらスペルカードバトルで決着を付けられるし」
「ふーん、別にいいけど」
見合いの席に、彼氏を連れてくる。
そんな前代未聞の行為を行うのだから、保険に魔理沙がいるのは心強い。そう思ったのか、天子は特に反対することもなく。
くるりっと、入り口を振り返り。
「見事に散らかっているのね」
素直な感想を述べる。
マスタースパークで破壊された場所だけを見ると、本当に瓦礫屋敷のようだった。
「あ、言っとくが、壊れたのはお前のせいだから。払いの方よろしく」
「支払い? 何か価値のあるものを出せばいいの?」
「ああ、そういうことだな」
ドサクサに紛れて、ツケを天子に押し付けることに成功した魔理沙は、ふふんっと鼻を鳴らし、横目で霖之助を見る。あまり誉められたことではないが、彼にとっても道具屋の復旧工事は急務であり。その分の費用を捻出するのも厳しいこと。もちろん、魔理沙も持ち合わせなんてあるはずがない。
だからここは一つ。
天界の名家である天子に白羽の矢がたっても……
見事な手際だと感心するが、どこもおかしくはない。
きっと、事件が終わった後にでも、ぽーん、と出してくれるに違いな――
ごとっ
そんなとき。
何か、天子の服の中から落ちた。
金色に、黄金に光輝く物体が。
「え?」
ごと、ごとごとっ
それが、いくつも。いくつも。
丸っこいのも、
四角に加工されたものも。
いびつな形をしているものも。
どこに隠していたのかわからないが、もうその塊は一抱えくらいありそうな金色の山を作っていた。
「え、おまっ何、何だよこれっ!」
「え? 黄金だけど? 私、地震起こすとき地殻調べるから。そのときに出てきた金とか金剛石とか無駄に持ってるのよ。これじゃあお金のかわりにならないかしら? 足りないならあとで金剛石やルビーの原石も持ってくるわよ?
石油とかそういう燃料になりそうなものの場所とかはいらないわよね?」
「…………ちょ、これは」
「……洒落にならないだろ、おい」
天子の服の中から出てきた。
黄金を大量に含む原石。
二人は、改めて天人の金銭感覚の恐ろしさを知ったのだった。
◇ ◇ ◇
天界、比那名居一族の邸宅。
一般的な物置小屋が丸ごと一軒ほど入ってしまいそうな、無駄に広い客間に案内された二人はすでに用意されていた座布団の上に座る。そしてツヤツヤと表面が光り輝く木製の長机を挟んで、天子も腰を下ろした。
「ねえ? どういうことかしら、これ?」
すごく、不機嫌そうに。
「へぇー、やっぱり天界って広いんだな。客間でこれかよ」
「魔理沙、聞いているのかしら?」
「あ、ところで足は崩してていいのか? いつも椅子に座って本を読んだりするせいで、ずっと正座だと厳しいんだぜ」
「うん、別に崩してもいいわよ。お見合い中だって楽にしてもらってもいい。でもね、魔理沙。私が聞きたいのはそういうことじゃないのよ」
「はっはっは、魔理沙? そんなやつここにいないぜ?」
「いるじゃないの、そこ、ほら、妙なのが!」
とうとう我慢しきれなくなったのか。
天子は目の間にいる、魔理沙のような何かを指差した。
しかし、その奇妙な生き物は鼻の上に掛けた眼鏡をくぃっと持ち上げ。含み笑いを零しながら名乗りを上げる。
「私の名前は、『霧雨 霖之助』ちょっと背が低いのが気になる男の子だぜ! そしてこっちが!」
「『森近 香霖』という設定らしいよ……」
そう、実はこの霧雨霖之助こそ。
霧雨魔理沙が男装した姿なのであるっ――
――とは、言っても。
いつもの服では大きさが合わないので、子供の頃に来ていた同じような服を引っ張り出して着替えただけ。長い金髪は後ろでまとめ、眼鏡をかけてはいるものの。
まるっきり子供の変装である。
そして『森近香霖』と名乗らされている霖之助はというと、人里で一般的に着られている着物。魔理沙曰く、目立ったらまずいから、らしいが。
その横の、圧倒的な不具合の方が目立ちすぎであった。
「着替えてきなさいよ! 今すぐ!」
「何でだよ、完璧じゃないか」
「どこをどう取ったらそう見えるのよ、早く! もうすぐ、あの人がやってく――」
トントン……
「天子様、お相手の方がお見えになられました。すぐ通せと申されましたので」
「……わかったわ。お通しして。それとお父様たちの立会いは?」
「いえ、ありません。若い者たちだけで、だそうです」
「そう……」
天子は障子越しにそれだけ聞いて、瞳を閉じる。
さっきまであれだけ強気だった天子が、今にも泣きそうな顔をして。
ぎゅっと、机の上で両手を握り締めた。
一度目の見合いの場だというのに……
お互いの親が出る必要がない。
それが意味することは、見合いの経験のない魔理沙にだってわかる。
「くそ、こういうのがアリなのかよ、天界って言うのはっ!」
「あるんだよ、魔理沙。だから言ったろう? ふざけてはいけない、と」
「あ……」
あるからこそ、天子はもがいた。
少しでも、好転するように。
そして唯一思いついたのが、地上に夫がいるという作戦なんだろう。今は夫から彼氏に設定が変わってしまったけれど、一度異変で地上に下りた天子だからこそ使える。苦肉の策。
だから、少しでも……
少しでも真実味のあるものにしたかったのだろう。
「悪い、天子、私はそういうつもりじゃ……」
だからすぐに着替えてきてと言った。
余裕なく、必死に。
でも、魔理沙だって。
見たくなかったのだ。
自分が横に座って、誰かが……
霖之助と親しそうに話すという映像を。
だから霖之助に、直前になって交代を持ちかけたのだった。
天子に内緒で。
「……はぁ、しょうがないわね。こうなっては。すべて私が責任を取ると言ったのだから。あなたは気にしなくていい。でも、できるだけ協力してくださるかしら?」
「あ、ああ、わかったぜ。任せておけよ」
天子が纏い始めた暗い雰囲気に引っ張られ。口篭もりながらも頷きを返す。
そんなとき。
すっと、障子戸が開かれた。
「――のご子息様をお連れいたしました」
魔理沙は、廊下で正座する付き人がなんと言ったかわからなかった。おそらく天子と同じような、地上の人が聞きなれない苗字を発音したと思うのだが。
聞き取れなかった。
そして戸が完全に開かれたとき。
その、ひょろりと背の高い青年が姿を見せる。
「おお、天子、会いたかったぞ」
「はい、私もあなた様と出会える日を心待ちにしておりました」
心にもない、社交辞令を口にし。
天子は自分の横の席にその男を案内する。
煌びやかな、白を記帳とする角張った正装を着こなす青年は、10人に聞けば8人は美男子と評価し、2人は妬みによってそうでもないと答えるくらいの、整った顔つきをしている。
そして、ゆっくりと天子の横に正座し。扇子を広げて自らを軽く仰ぎ始めた。
「へぇ、あんたが天子の見合い相手ってやつか。よろしく」
そんな相手にまるでケンカを売るように、魔理沙は挨拶をする。
しかし、その男は天子の方だけに顔を向け。
「しばらく見ぬ間に、美しくなったものよ」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「いやいや、雲海に咲く桃の華より。天子の笑顔は活き活きとして要るように見える。ほら、もっとその顔を見せておくれ」
そうやって、天子の顎を触り。
無理に自分のほうへと向けさせた。
それに対して笑みを浮かべる天子であったが。
机の上の手は、硬く握り締められたままだった。
「おいおい、こっちが挨拶をしたのに。何も返さないとはどういう性分だ?」
それを見かねて、魔理沙が再度声をかけても。
男はまるでそちらを向こうとはせず。
「ふむ、天子よ。何か耳障りのする虫の声が聞こえるが? 何か飼っているのか?」
平然と、そう口にした。
まるでこの部屋に『ヒト』と呼べるものは天子と自分しかいないかのように。その態度に魔理沙が再度口を開くより早く。
「実は、私のとても親しい地上の友人の方々をお招きしておりまして。こちらが『霧雨霖之助様』、そしてお隣が『森近香霖様』にございます。ご両名とも比那名居家の客人として招いておりまして」
そう、丁寧に手を返しながら二人を紹介する。
そこで初めて二人を見た男を、魔理沙はきっ、とにらみ返す。演技ではなく、無礼な男に対する純粋な怒りで。
ただ男はすぐに二人から視線を外し、不愉快そうに口元を扇子で隠す。
「おいおい、天子よ。今、地上のものをなんと呼んだ? 様付けなど、なんの冗談ぞ? 我等が名を読んでやること自体が、地上のものにとって誉れだと言うに。このような得体の知れぬ者など、『男』と言ってやるだけでよかろう?」
「な、お前っ!」
「……確かに、通例ではそうなっておりますが。実はこちらの、霧雨 霖之助様は、私が地上で下りたときに出会った、想い人でございまして。異変の際にもよくしてくださったお方です」
そこで、天子が勝負に出る。
男が不機嫌になったところ見計らい。
さらに機嫌を損ねるように。
天人が嫌う、地上の人間を褒め称える行為を。
すると、天子の狙いどおり。
眉間にしわを寄せた男が、魔理沙を睨み付けた。
「悪いな、どうやら私の方がお前より好みらしいぜ」
それを見計らって魔理沙も見え見えな挑発をする。しかし、単純なものほど頭に来るもの。顔を赤くし、眉を吊り上げたその男の天人はどんっと机を叩いて怒りを態度で示した。天子の狙いは、このままこの男から破談だと言わせること。
それに合わせて自分も父に訴え、この話を最初からなかったことにする。
ここまで怒らせればもう、あと一歩で。
「……ふむ、別れろ天子。この愚かな猿と」
「いえ、私がこのお方を好いているのは間違いなきこと。天界では複数の殿方と縁を結ぶのは許されておりますゆえ」
「私がお前と夫婦の仲を結ぶのであれば、こやつも同様ということか?」
「ええ、そのとお――」
ガッ
天子は、それ以上言葉を続けることができなかった。
いきなり立ち上がった天人が、なんの躊躇いもなく天子の腹部を蹴り上げたから。まるで蹴鞠でもするかのように。
不意打ちに、畳の上で咳き込む天子を見下ろし。
その男は、興奮のままに奥歯を鳴らす。
「……いいきになるなよ、このはぐれ天人が、お前のようなできそこないを私が貰ってやろうと言うのに、なんたる無礼。身の程を知るがよいぞ。まったく、汚らしい親子は、そうやって頭を下げておれば良いのだ!」
ぷつりっ
何かが切れる音が、その空間に響いたような気がした。
「……訂正して、いただけませんか?」
「あん?」
「我侭に毎日を送る私ならいくら貶めてもかまいません。しかし、お父様のことだけは、訂正していただけませんか?」
「は、何を言うか。純血の天人である私が、なぜ貴様の言うことに従わねばならぬのだ。地上からやってきたお前たちのような存在は! そうやって、私の前で懇願することすらおこがましいんだよっ!」
そうやって、再度男が足を振り上げ。
天子の頭の上に男の一撃が襲い掛かり。
ぐしゃりっ!
破砕音が、その場を支配した。
しかし――
その音は天子と男の天人から響いてくるものではなかった。
それは霧雨霖之助と名乗る。
男装した少女の右手の中。
ぐしゃぐしゃに折れ曲がった眼鏡から響いたものだった。
その音に驚いたのか、天人は足を止め、眉を潜める。
「おい、天子、ちょっとだけ聞きたいんだが。この部屋ってさ。天人たちが宴会とかに使ったりするんだろう?」
「ええ、そうよ」
ゆらり、と体を揺らしながら立ち上がり。
折れ曲がった、原型すらわからない眼鏡を投げ捨て。静かに口を開く。
「なら、酒に酔った天人が暴れたとき用の結界みたいなのって、張ってあるのか?」
「あるわよ、最高に強力なやつ」
「そっか、なら安心だな」
そう言いながら。
八角形の角張った物体を懐から取り出し。
見せつけるように天井高くまで放り投げ――
「なあ、お前。天人っていうのは、頑丈なんだよな?」
「地上の猿など相手にならないほどな、何をしようとしているのかはしらないが私にそのようなことをして、無事に帰れると思うなよ」
「ああ、わかったぜ……」
言葉を終えると同時に。
『彼女』の代名詞を、胸の前で掴み。
両手を――
「お前が、これを受けて、無事でいられたら考えてやるよっ!」
――突き出す!
「ファイナル! スパァァァァアアアアク!」
霧雨という名の、人間生み出した魔力の激流。
それは天人が暴れても破れないはずの結界をやすやすと貫き。
一条の光の筋となって、夜空を彩ったという。
◇ ◇ ◇
「まったく、やりすぎというものよ。おかげで私のお見合い話全部破談だって」
「ふーん、お前の性格の問題だな、間違いないぜ」
その後。
『天子には、凶暴な地上の男がついている』
ということが噂になり。
見合いをしたいという話すらなくなったのだという。おかげで父親から大目玉を食らい、緋想の剣を勝手に持ち出すことも禁止されたそうだ。
「こんな美しい私に異性からの声がかからないのは少し癪だけれど、やっぱりこの方が楽でいいわね」
「楽かどうかは知らないが、私の家に暇つぶしにくるのはやめてくれないか?」
「え、なんでよ?」
「散らかすからだよ!」
そして、あの事件から、ときおり魔理沙の家に天子が遊びにくるようになった。空の上からじーっと、観察し、在宅を確認してから要石に落下。一瞬でやってくるので、逃げようもない。
「え? でもあの霖之助って人、『魔理沙の部屋はいつもごちゃごちゃしているから、多少汚しても問題ない』って」
「日頃の仕返しかよ……とにかくっ! 今日は立ち入り禁止だ! 大掃除するから!」
「えー、少しくらい待ってよ。今日は重大なお知らせを届にきたのだから」
背中を押して追い出そうとすると。
じたばたと手足を動かして抵抗をはじめる。
仕方ないのでその大事な話だけは聞くことにした。
「ん? 大事なこと? この前の天人の容態とかか?」
「全治二週間らしいけど、そんなことが大切なわけないでしょう?」
「じゃあ、なんだよ?」
「んふふ、それはね……ちょっと、私も始めてみようかなって」
背中を向けていた天子が。
くすり、と微笑みながら振り返り。
「恋とか、愛とか、そういうことを真剣に」
まっすぐに、魔理沙を見つめた。
恋愛話は確かに年頃の少女にとっては気になることだが、なにが大事なことなのか。それがわからず魔理沙は首を傾げたが。
「霖之助さん、との、ね♪ じゃあ♪」
「――っ!? ちょ、ちょっと待てそれはっ!!」
良く知る名を聞いて、帰ろうとする天子の腕を慌てて掴む。
すると、その少女はすっと。
魔理沙の腕の中に入ってきて。
唇を、奪う。
「ぇ……」
柔らかく、包み込んでくるような。
そんな暖かい不意打ちに、魔理沙が放心して腕を放せば。
天子はするり、とその腕の中から逃れ。
「じゃあ、またね。霧雨 霖之助さん♪」
まるで子供のように、無邪気に笑いながら出て行ったのだった。
甘い、香水の残り香だけを残し。
人が簡単に近寄れない瘴気漂う森がありました。
そんな森の中や、近隣には、誰も住むわけがない。
そう思う人がいるかもしれませんが、確かに暮らしているのです。
人じゃなくて妖怪だったりもしますが。
とてもとても、個性が強く。楽しい方ばかり。
特に、森の近くにある道具屋の店主などは変わり者です。
彼の気分で商品の値段がころころと変わったりするのですから。
ただ、立地条件が悪いので商売繁盛とはいいませんが。
彼がそれで満足しているのだから仕方ありません。
商品も変わったものばかりですから。
本当に必要な商品を求めるお客しか足を運ばない。
なので客層は基本的に相当な変わり者か、わけありのお客ばかり。
類は友を呼ぶ、とでもいいましょうか。
そして、今日もまた一人。
変わったお店に。
変わった商品を求めるお客様が――
「森近霖之助ね? 私はあなたの体が欲しいの。いくらかし――」
「おっと、手が滑ったぁぁぁっ! ますたああすぱあああああああくっ!!」
ずごごごごごごごっっ
桃のような飾りがついた帽子を残し。
冷やかしのお客は魔力の奔流に飲み込まれ、光の中へと消えていきましたとさ。
めでたし。
めでたし。
ひょこっ
「何よ! いきなり! びっくりしたじゃないっ!」
あくまでも手が滑った拍子に撃ってしまった力の軌跡。
それはもう、入り口の扉を壁ごとくり抜き、地面を焼きながら直進していったというのに。
真っ向から受けた少女は、何事もなかったように身軽に立ち上がる。
そして吹き飛ばされた帽子を拾い上げてから、攻撃をしかけてきた店の関係者を睨み付けた。
「今の直撃でびっくりしただけとか、お前本当に何者だよ」
「天人様、さて、改めてお邪魔しまぁす♪」
「帰れ! ほら帰れ! 今すぐ帰れ!」
「ちょ、ちょっと、なんのつもりよ。私はそこの男に用があるの!」
胸を張り堂々と店に入ってこようとする、不良天人。
魔法では効果が薄いと思ったのか、それを物理的に押し返そうと箒を武器にして押し返そうとする。
「何よ、独り占めする気?」
「ちょっ! おまっ、ひと、独り占めとか、そういう嬉しいことは、ないけど……」
「じゃあ、いいじゃない。入らせてよ」
「そ、そういうことじゃなくてだなぁ、えぇっと」
魔理沙は押さえつける手を緩めず、顔をくぃっと店主の方へ向けて。
剣な声で告げる。
「アレは非売品なんだよ」
「え、そうなの? 店の中でぼーっと立ってるだけって噂で聞いたから。商品扱いしてもいいと思っていたわ」
「そうか、残念だな。売り物の一歩手前ってところだぜ。春を売りものにするのは時期が早いからな」
そんな魔理沙の残念な意見を受けて。
「……えぇっと、だね。僕はそろそろ怒っていいと思うんだが、どうだろう?」
その場で一番残念な気分を背負った男が、こめかみを震えさせながら静かに声を上げる。
彼が怒っていい要素があるか、とりあえず考えてみよう。
その1.魔理沙がいきなりやってきて、道具を散らかした。
その2.その直後、天人という少女がやってきて、いきなり体が欲しいとか言ってきた。
その3.魔理沙のマスタースパークのせいで、店の一部が消し炭になった。
その4.売り物扱いされた。
「いつものことじゃないか?」
「魔理沙、僕の怒りたくなる原因の過半数を作ってるのが誰かわかるかい?」
「んー、誰だろうなぁ、って、う、お前っ、人の話の隙をついて押してくるなんて卑怯だぞ! 香霖、話は後でなっ!」
「じゃあ話は後にしよう。今の魔法で壊れた道具のツケの件も含めて」
「あ、えーっと、いや、それは……あっ!」
霖之助との会話に気を取られてたせいで、魔理沙は体勢を崩され。天人の少女の進入を許してしまう。そして魔理沙が止めるよりも早く、天人――比那名居 天子はすたすたと霖之助が座る清算場所まで近づき台の上に手を置く。
そうやって手に体重を掛け、身を乗り出し。
いぶかしげな視線を送る霖之助の顎へと白魚のような手を伸ばした。
唇に、薄い笑みを乗せて。
蔑むような瞳を向ける。
「あなたが売り物でないなら、私と一日付き合うことを許してあげるわ。だからさっさと出かける準備をなさい」
「はぁ、ずいぶんな物言いだね。まるで王様気取りだよ」
ずり落ちた眼鏡を治そうともせず、ため息と、乾いた笑いを被せ。顎を撫でていた華奢な腕を優しく除ける。しかし断られるとは思っていなかったのか。天子と名乗る少女は腰に下げていた剣に手を掛けた。
「地上を統べ、傲慢に王となのる馬鹿と一緒にしないで欲しいわね。そんなことより、天人である私が、あなたのような地上の男を選んであげたのだから。光栄に思うべきよ。ほら、わかったら体を貸すの。今すぐに」
「嫌だ、と言ったら?」
霖之助の予想通り。
高い金属音を響かせつつ、天子は鞘から剣を抜いた。
それを霖之助の顔の横に振り下ろす。
「拒否? そんなもの最初からあるわけがないでしょう? あなたのような劣等種。人間でも妖怪でもないような、不完全な存在が天の決め事に逆らうなんてことはありえな――」
そこまで言いかけたとき。
とん、と。
天子の背中に硬いものが触れる。
「――おい、今、お前。香霖のことなんて言った?」
そして、じわじわ、と。
その硬い物体、ミニ八卦炉が熱を帯びていく。
表情は天子から見えないが。
見えなくても十分。
その気迫が、天子の背中越しに伝わってくるのだから。
「店に入れたから、もう、後は任せるしかないと思ったが。今のは駄目だ。それ以上言うならこの距離で撃つぜ」
「人間如きの魔力で、私の体をどうこうできるとでも?」
「霧雨の魔力、試してやろうか? もう一度」
ぐっと、さらに八卦炉を天子の背骨に押し付けた。
「やめないか、魔理沙」
「いやだ。だってこいつはお前のことっ!」
「いいんだ。昔からそういうことを言われたから、慣れたよ」
「だからっ! 慣れたとかそういう、悲しい言い方っ」
「そうだね、ありがとう、魔理沙」
「なんで「ありがとう」なんだよ、馬鹿っ。そう言うこと、言われたら……ああ、もう、どうなっても知らないからなっ!!」
ぶんっと。
天子から一歩引いた瞬間、霖之助に向かって八卦炉を投げつける。ほとんど目標も定めないむちゃくちゃな投げ方だったので、大きく外れ。後ろの棚のランプのような置き物に直撃し、透明なガラス部分にヒビを作ってしまった。
「……というわけで、だ。焦っているからと言ってあまり強引な手段を取らないでくれると助かる。これ以上僕を刺激したら、店になんらかの被害が出るしね。話を進めたくても進まないだろう?」
「ふんっ!」
「……わかったわ。じゃあ、もう少しわかりやすく言えばいいのね」
天子は、一度剣を引き。
唇に指を当てて、呻き声を漏らしていたが。
自分の中で答えが整理できたたようで、再び霖之助に覆い被さるように詰め寄った。
「霖之助、あなた、私の夫になりなさい」
その背中に、霧雨式スターダストドロップキックが突き刺さったのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇
「はぁ、見合い?」
「そうよ、天人の名家同士のお見合い。それを断りたいの」
「それを断りたいから僕に夫役をやれと言ったのかい? いきなり現れて」
「そうよ、だって今日の夕方にあるんですもの」
「……おいおい、急すぎだろ。もうすぐ日が傾き始める時間だぜ」
「だって、お父様が勝手に決めたから仕方ないじゃない」
少し風通しのよくなった店内で、やっと話の内容を掴んだ霖之助と魔理沙はうんざりとした表情で迷惑な少女を見つめた。
当の本人はというと、相変わらず偉そうに突っ立って胸を張っている。
「霊夢のところで『男の妖怪で、そこそこ顔のいい人を教えて』って言ったら、ここを勧めたられたし」
「ああもう、どうしてこういうことには気が利かないんだよあいつは……」
「霊夢経由なら。僕の名前が出ても仕方ないか。しかし、いきなりやって来てそういう役をやれと言われてもね」
「まあ、そうだな。上の世界ではどうか知らないが、ここじゃあ大問題だな」
考えても見てほしい。
ずっと一緒に暮らしてきた家族の一人が、いきなり異性を連れてきて。
『私の夫です』
とか、言い出すだろうか。
ありえない、ありえなさ過ぎる。
風の噂で天子は箱入り娘だと聞いたことはある魔理沙だったが、まさかこれほどまでとは誰が予測できよう。
「じゃあ男友達って扱いでいいわよ、適当に座っててくれればいいし。そのあたりは私が責任を取るから」
「適当にと言われてもね、君はその相手のことを知っているのかい?」
「ええ、知っているから嫌なのよ」
「なるほど、典型的な政略結婚、というわけか」
「……それはちょっといただけないな。嫌なやつと結婚するなんて」
人間社会でも、それは起こりうること。
それを知っているからこそ、魔理沙は同姓として嫌悪をあらわにした。
「でしょう? いつか私だって身を固めないといけないのはわかっているわ。お父様も嫌いじゃない。でもね、嫌なのよ。今、こんな形で束縛されるのだけは嫌」
「あぁ~~、面倒なことに首突っ込んだな。どうするんだよ、香霖」
「どうするって。ここまで話を聞いて別な相手を探せと魔理沙が言えるなら、僕もそう言うよ」
「無茶言うなよ……」
天界という世界で、地上は下賎な者の世界だと、言い聞かせられたはず。
現に、地震の異変のときも、今だって、そんなことを天子自身が口走っていた。
けれど、彼女は地上に助けを求めた。
ということは。
もうすでに、天界には味方となる者がいないということ。彼女以外のところで根回しが終わっているということなのだろう。
だから時間ぎりぎりまで、こうやって飛び回って。
それを知ってしまったのに、『ヤダ』と首を横に振ることができる者は、ここにいない。
「わかった。引き受けるよ、天子」
「――ほ、本当にっ!! ありがっ―― ふ、ふん、最初からそういう態度を取ればいいのよ。次からは気をつけなさい」
「結構わかりやすいな、お前」
「なんのことよ?」
「いや、こっちの話だぜ」
自分では気づいていないのだろうか。
頬を少し明るくして、嬉しそうに笑っているのに。
言葉はまだ、ツンツンと刺のある状態のまま。
「じゃあ、急いで準備しないといけないね。天子は着替えたりしないのかい?」
「ええ、急な話でしたから。服装までは限定しないということですわ」
「そうか、じゃあ僕もこのまま行くとしよう」
「なら、一応私も付き添いとして行くかな。何かあったらスペルカードバトルで決着を付けられるし」
「ふーん、別にいいけど」
見合いの席に、彼氏を連れてくる。
そんな前代未聞の行為を行うのだから、保険に魔理沙がいるのは心強い。そう思ったのか、天子は特に反対することもなく。
くるりっと、入り口を振り返り。
「見事に散らかっているのね」
素直な感想を述べる。
マスタースパークで破壊された場所だけを見ると、本当に瓦礫屋敷のようだった。
「あ、言っとくが、壊れたのはお前のせいだから。払いの方よろしく」
「支払い? 何か価値のあるものを出せばいいの?」
「ああ、そういうことだな」
ドサクサに紛れて、ツケを天子に押し付けることに成功した魔理沙は、ふふんっと鼻を鳴らし、横目で霖之助を見る。あまり誉められたことではないが、彼にとっても道具屋の復旧工事は急務であり。その分の費用を捻出するのも厳しいこと。もちろん、魔理沙も持ち合わせなんてあるはずがない。
だからここは一つ。
天界の名家である天子に白羽の矢がたっても……
見事な手際だと感心するが、どこもおかしくはない。
きっと、事件が終わった後にでも、ぽーん、と出してくれるに違いな――
ごとっ
そんなとき。
何か、天子の服の中から落ちた。
金色に、黄金に光輝く物体が。
「え?」
ごと、ごとごとっ
それが、いくつも。いくつも。
丸っこいのも、
四角に加工されたものも。
いびつな形をしているものも。
どこに隠していたのかわからないが、もうその塊は一抱えくらいありそうな金色の山を作っていた。
「え、おまっ何、何だよこれっ!」
「え? 黄金だけど? 私、地震起こすとき地殻調べるから。そのときに出てきた金とか金剛石とか無駄に持ってるのよ。これじゃあお金のかわりにならないかしら? 足りないならあとで金剛石やルビーの原石も持ってくるわよ?
石油とかそういう燃料になりそうなものの場所とかはいらないわよね?」
「…………ちょ、これは」
「……洒落にならないだろ、おい」
天子の服の中から出てきた。
黄金を大量に含む原石。
二人は、改めて天人の金銭感覚の恐ろしさを知ったのだった。
◇ ◇ ◇
天界、比那名居一族の邸宅。
一般的な物置小屋が丸ごと一軒ほど入ってしまいそうな、無駄に広い客間に案内された二人はすでに用意されていた座布団の上に座る。そしてツヤツヤと表面が光り輝く木製の長机を挟んで、天子も腰を下ろした。
「ねえ? どういうことかしら、これ?」
すごく、不機嫌そうに。
「へぇー、やっぱり天界って広いんだな。客間でこれかよ」
「魔理沙、聞いているのかしら?」
「あ、ところで足は崩してていいのか? いつも椅子に座って本を読んだりするせいで、ずっと正座だと厳しいんだぜ」
「うん、別に崩してもいいわよ。お見合い中だって楽にしてもらってもいい。でもね、魔理沙。私が聞きたいのはそういうことじゃないのよ」
「はっはっは、魔理沙? そんなやつここにいないぜ?」
「いるじゃないの、そこ、ほら、妙なのが!」
とうとう我慢しきれなくなったのか。
天子は目の間にいる、魔理沙のような何かを指差した。
しかし、その奇妙な生き物は鼻の上に掛けた眼鏡をくぃっと持ち上げ。含み笑いを零しながら名乗りを上げる。
「私の名前は、『霧雨 霖之助』ちょっと背が低いのが気になる男の子だぜ! そしてこっちが!」
「『森近 香霖』という設定らしいよ……」
そう、実はこの霧雨霖之助こそ。
霧雨魔理沙が男装した姿なのであるっ――
――とは、言っても。
いつもの服では大きさが合わないので、子供の頃に来ていた同じような服を引っ張り出して着替えただけ。長い金髪は後ろでまとめ、眼鏡をかけてはいるものの。
まるっきり子供の変装である。
そして『森近香霖』と名乗らされている霖之助はというと、人里で一般的に着られている着物。魔理沙曰く、目立ったらまずいから、らしいが。
その横の、圧倒的な不具合の方が目立ちすぎであった。
「着替えてきなさいよ! 今すぐ!」
「何でだよ、完璧じゃないか」
「どこをどう取ったらそう見えるのよ、早く! もうすぐ、あの人がやってく――」
トントン……
「天子様、お相手の方がお見えになられました。すぐ通せと申されましたので」
「……わかったわ。お通しして。それとお父様たちの立会いは?」
「いえ、ありません。若い者たちだけで、だそうです」
「そう……」
天子は障子越しにそれだけ聞いて、瞳を閉じる。
さっきまであれだけ強気だった天子が、今にも泣きそうな顔をして。
ぎゅっと、机の上で両手を握り締めた。
一度目の見合いの場だというのに……
お互いの親が出る必要がない。
それが意味することは、見合いの経験のない魔理沙にだってわかる。
「くそ、こういうのがアリなのかよ、天界って言うのはっ!」
「あるんだよ、魔理沙。だから言ったろう? ふざけてはいけない、と」
「あ……」
あるからこそ、天子はもがいた。
少しでも、好転するように。
そして唯一思いついたのが、地上に夫がいるという作戦なんだろう。今は夫から彼氏に設定が変わってしまったけれど、一度異変で地上に下りた天子だからこそ使える。苦肉の策。
だから、少しでも……
少しでも真実味のあるものにしたかったのだろう。
「悪い、天子、私はそういうつもりじゃ……」
だからすぐに着替えてきてと言った。
余裕なく、必死に。
でも、魔理沙だって。
見たくなかったのだ。
自分が横に座って、誰かが……
霖之助と親しそうに話すという映像を。
だから霖之助に、直前になって交代を持ちかけたのだった。
天子に内緒で。
「……はぁ、しょうがないわね。こうなっては。すべて私が責任を取ると言ったのだから。あなたは気にしなくていい。でも、できるだけ協力してくださるかしら?」
「あ、ああ、わかったぜ。任せておけよ」
天子が纏い始めた暗い雰囲気に引っ張られ。口篭もりながらも頷きを返す。
そんなとき。
すっと、障子戸が開かれた。
「――のご子息様をお連れいたしました」
魔理沙は、廊下で正座する付き人がなんと言ったかわからなかった。おそらく天子と同じような、地上の人が聞きなれない苗字を発音したと思うのだが。
聞き取れなかった。
そして戸が完全に開かれたとき。
その、ひょろりと背の高い青年が姿を見せる。
「おお、天子、会いたかったぞ」
「はい、私もあなた様と出会える日を心待ちにしておりました」
心にもない、社交辞令を口にし。
天子は自分の横の席にその男を案内する。
煌びやかな、白を記帳とする角張った正装を着こなす青年は、10人に聞けば8人は美男子と評価し、2人は妬みによってそうでもないと答えるくらいの、整った顔つきをしている。
そして、ゆっくりと天子の横に正座し。扇子を広げて自らを軽く仰ぎ始めた。
「へぇ、あんたが天子の見合い相手ってやつか。よろしく」
そんな相手にまるでケンカを売るように、魔理沙は挨拶をする。
しかし、その男は天子の方だけに顔を向け。
「しばらく見ぬ間に、美しくなったものよ」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「いやいや、雲海に咲く桃の華より。天子の笑顔は活き活きとして要るように見える。ほら、もっとその顔を見せておくれ」
そうやって、天子の顎を触り。
無理に自分のほうへと向けさせた。
それに対して笑みを浮かべる天子であったが。
机の上の手は、硬く握り締められたままだった。
「おいおい、こっちが挨拶をしたのに。何も返さないとはどういう性分だ?」
それを見かねて、魔理沙が再度声をかけても。
男はまるでそちらを向こうとはせず。
「ふむ、天子よ。何か耳障りのする虫の声が聞こえるが? 何か飼っているのか?」
平然と、そう口にした。
まるでこの部屋に『ヒト』と呼べるものは天子と自分しかいないかのように。その態度に魔理沙が再度口を開くより早く。
「実は、私のとても親しい地上の友人の方々をお招きしておりまして。こちらが『霧雨霖之助様』、そしてお隣が『森近香霖様』にございます。ご両名とも比那名居家の客人として招いておりまして」
そう、丁寧に手を返しながら二人を紹介する。
そこで初めて二人を見た男を、魔理沙はきっ、とにらみ返す。演技ではなく、無礼な男に対する純粋な怒りで。
ただ男はすぐに二人から視線を外し、不愉快そうに口元を扇子で隠す。
「おいおい、天子よ。今、地上のものをなんと呼んだ? 様付けなど、なんの冗談ぞ? 我等が名を読んでやること自体が、地上のものにとって誉れだと言うに。このような得体の知れぬ者など、『男』と言ってやるだけでよかろう?」
「な、お前っ!」
「……確かに、通例ではそうなっておりますが。実はこちらの、霧雨 霖之助様は、私が地上で下りたときに出会った、想い人でございまして。異変の際にもよくしてくださったお方です」
そこで、天子が勝負に出る。
男が不機嫌になったところ見計らい。
さらに機嫌を損ねるように。
天人が嫌う、地上の人間を褒め称える行為を。
すると、天子の狙いどおり。
眉間にしわを寄せた男が、魔理沙を睨み付けた。
「悪いな、どうやら私の方がお前より好みらしいぜ」
それを見計らって魔理沙も見え見えな挑発をする。しかし、単純なものほど頭に来るもの。顔を赤くし、眉を吊り上げたその男の天人はどんっと机を叩いて怒りを態度で示した。天子の狙いは、このままこの男から破談だと言わせること。
それに合わせて自分も父に訴え、この話を最初からなかったことにする。
ここまで怒らせればもう、あと一歩で。
「……ふむ、別れろ天子。この愚かな猿と」
「いえ、私がこのお方を好いているのは間違いなきこと。天界では複数の殿方と縁を結ぶのは許されておりますゆえ」
「私がお前と夫婦の仲を結ぶのであれば、こやつも同様ということか?」
「ええ、そのとお――」
ガッ
天子は、それ以上言葉を続けることができなかった。
いきなり立ち上がった天人が、なんの躊躇いもなく天子の腹部を蹴り上げたから。まるで蹴鞠でもするかのように。
不意打ちに、畳の上で咳き込む天子を見下ろし。
その男は、興奮のままに奥歯を鳴らす。
「……いいきになるなよ、このはぐれ天人が、お前のようなできそこないを私が貰ってやろうと言うのに、なんたる無礼。身の程を知るがよいぞ。まったく、汚らしい親子は、そうやって頭を下げておれば良いのだ!」
ぷつりっ
何かが切れる音が、その空間に響いたような気がした。
「……訂正して、いただけませんか?」
「あん?」
「我侭に毎日を送る私ならいくら貶めてもかまいません。しかし、お父様のことだけは、訂正していただけませんか?」
「は、何を言うか。純血の天人である私が、なぜ貴様の言うことに従わねばならぬのだ。地上からやってきたお前たちのような存在は! そうやって、私の前で懇願することすらおこがましいんだよっ!」
そうやって、再度男が足を振り上げ。
天子の頭の上に男の一撃が襲い掛かり。
ぐしゃりっ!
破砕音が、その場を支配した。
しかし――
その音は天子と男の天人から響いてくるものではなかった。
それは霧雨霖之助と名乗る。
男装した少女の右手の中。
ぐしゃぐしゃに折れ曲がった眼鏡から響いたものだった。
その音に驚いたのか、天人は足を止め、眉を潜める。
「おい、天子、ちょっとだけ聞きたいんだが。この部屋ってさ。天人たちが宴会とかに使ったりするんだろう?」
「ええ、そうよ」
ゆらり、と体を揺らしながら立ち上がり。
折れ曲がった、原型すらわからない眼鏡を投げ捨て。静かに口を開く。
「なら、酒に酔った天人が暴れたとき用の結界みたいなのって、張ってあるのか?」
「あるわよ、最高に強力なやつ」
「そっか、なら安心だな」
そう言いながら。
八角形の角張った物体を懐から取り出し。
見せつけるように天井高くまで放り投げ――
「なあ、お前。天人っていうのは、頑丈なんだよな?」
「地上の猿など相手にならないほどな、何をしようとしているのかはしらないが私にそのようなことをして、無事に帰れると思うなよ」
「ああ、わかったぜ……」
言葉を終えると同時に。
『彼女』の代名詞を、胸の前で掴み。
両手を――
「お前が、これを受けて、無事でいられたら考えてやるよっ!」
――突き出す!
「ファイナル! スパァァァァアアアアク!」
霧雨という名の、人間生み出した魔力の激流。
それは天人が暴れても破れないはずの結界をやすやすと貫き。
一条の光の筋となって、夜空を彩ったという。
◇ ◇ ◇
「まったく、やりすぎというものよ。おかげで私のお見合い話全部破談だって」
「ふーん、お前の性格の問題だな、間違いないぜ」
その後。
『天子には、凶暴な地上の男がついている』
ということが噂になり。
見合いをしたいという話すらなくなったのだという。おかげで父親から大目玉を食らい、緋想の剣を勝手に持ち出すことも禁止されたそうだ。
「こんな美しい私に異性からの声がかからないのは少し癪だけれど、やっぱりこの方が楽でいいわね」
「楽かどうかは知らないが、私の家に暇つぶしにくるのはやめてくれないか?」
「え、なんでよ?」
「散らかすからだよ!」
そして、あの事件から、ときおり魔理沙の家に天子が遊びにくるようになった。空の上からじーっと、観察し、在宅を確認してから要石に落下。一瞬でやってくるので、逃げようもない。
「え? でもあの霖之助って人、『魔理沙の部屋はいつもごちゃごちゃしているから、多少汚しても問題ない』って」
「日頃の仕返しかよ……とにかくっ! 今日は立ち入り禁止だ! 大掃除するから!」
「えー、少しくらい待ってよ。今日は重大なお知らせを届にきたのだから」
背中を押して追い出そうとすると。
じたばたと手足を動かして抵抗をはじめる。
仕方ないのでその大事な話だけは聞くことにした。
「ん? 大事なこと? この前の天人の容態とかか?」
「全治二週間らしいけど、そんなことが大切なわけないでしょう?」
「じゃあ、なんだよ?」
「んふふ、それはね……ちょっと、私も始めてみようかなって」
背中を向けていた天子が。
くすり、と微笑みながら振り返り。
「恋とか、愛とか、そういうことを真剣に」
まっすぐに、魔理沙を見つめた。
恋愛話は確かに年頃の少女にとっては気になることだが、なにが大事なことなのか。それがわからず魔理沙は首を傾げたが。
「霖之助さん、との、ね♪ じゃあ♪」
「――っ!? ちょ、ちょっと待てそれはっ!!」
良く知る名を聞いて、帰ろうとする天子の腕を慌てて掴む。
すると、その少女はすっと。
魔理沙の腕の中に入ってきて。
唇を、奪う。
「ぇ……」
柔らかく、包み込んでくるような。
そんな暖かい不意打ちに、魔理沙が放心して腕を放せば。
天子はするり、とその腕の中から逃れ。
「じゃあ、またね。霧雨 霖之助さん♪」
まるで子供のように、無邪気に笑いながら出て行ったのだった。
甘い、香水の残り香だけを残し。
魔理沙と天子、この二人似た者同士(トラブルメーカー的な意味)でいいコンビになりそう。
天子はわかりやすいツンデレ
さあ、早くその後の二人について執筆する作業に戻るんだ
別に続けてもかまわんのじゃよ?
流行ってほしいな~。
この魔理沙乙女っぽいし
嫌いじゃ無い。GJだ!
とばっちりのナズがカワイソスw
『これ宝塔じゃね?』とか思ってたら最後に出てきたwww