置くだけで小銭が湧き出る賽銭箱。その伝説の賽銭箱が妖怪の山にあると聞き、博麗の巫女は早速飛び立ちました。しかし、猛烈な吹雪に行く手を阻まれ、避難した先の山小屋で身動きが取れなくなってしまいます。空腹のあまり自分の靴を食べ始める巫女。襲いかかる雪女。果たして賽銭箱を手にすることができるのでしょうか?
「何ですか、これ?」
「“賽銭狂時代”だ」
ルナサ・プリズムリバーの問いに、出された緑茶を飲んでいた上白沢慧音はいたって真面目に答えました。ですが、やはり意味が分かりません。慧音の向かい側のソファーに座っていたプリズムリバー三姉妹はそろって首をかしげました。
ここはプリズムリバー邸の応接室です。普段と違うことを指摘するとしたら、屋敷を訪ねてきた慧音がソファーに案内されていること、テーブルの上で見慣れぬ機械が動いていること、部屋を暗くして白い壁に何かを映し出している点でしょうか。
「すまん、言葉が足りなかったな。三人は無声映画をご存知だろうか?」
「そういうものが流行になっているとは聞きましたが、もしかして……」
「そうだ、今見てもらっているものが無声映画なんだよ。“賽銭狂時代”はこの映画の題名さ」
「なるほど」
今度は合点がいきました。
どうやら、外の世界では無声映画が廃れてしまったようで、お払い箱となったフィルムや撮影機が幻想郷に流入してきているのです。そのため幻想郷ではちょっとした無声映画ブームが起きていました。ルナサたちもその噂は聞いていましたが、ライブやその準備で忙しかったため、実際に無声映画を目にしたことはありませんでした。
「霊夢もこんな馬鹿馬鹿しいものによく出演する気になったわね~」
「監督は鬼の伊吹萃香だ。恐らく弾幕ごっこに負けて無理やり出演させられているんだろう。可愛そうに」
「へぇ、あの博麗の巫女でも負けることがあるんだ。」
次女のメルランと三女のリリカは初めて見る無声映画に釘付けです。
モノクロの世界では、やけくそになった霊夢が靴に歯をたてていました。煮込んだ革靴でもないのに痛々しいことです。唯一の救いはボリボリという音が聞こえてこない点でしょうか。げに酔っ払い監督とは恐ろしいもので。
「つまり、私たちには映画のBGMを担当してもらいたいと?」
映画が終わって明るさを元に戻すと、長女のルナサが慧音顔負けの真面目な表情で質問しました。ルナサは三姉妹で構成するプリズムリバー楽団の実質的なリーダーをしており、ライブの依頼なども彼女が窓口となっていました。次女は少し危なっかしく、三女に至っては狡猾なので任せたらどうなるか分からない、とルナサは考えて一人で苦労を背負い込んでいるのです。
「話が早くて助かるよ。これまでは宴会の余興に撮影や上映を行っていたんだが、来月、里で大きな上映会を開くことにしたんだ。そのときの背景音楽を君たちプリズムリバー楽団に依頼したい。もちろん、それ相応の報酬は出すよ」
「えー、私たちが主役じゃないんだ」
おやおや、リリカは不満そうです。二人の姉に比べ、どうしても人気と背の高さが劣ってしまうリリカは注目度に敏感になってしまうのでしょう。
「あら、私は乗り気よ。だってこんな依頼初めてじゃない、面白そうだわ」
「私もプリズムリバー楽団の名誉にかけ、舞い込んだ依頼は基本的に受けるべきだと考えている」
「二対一。決定ね」
「交渉成立かな? ちなみに里で上映会をやるということで、私が責任者をやっている。何かあったら私に言ってくれ。では、よろしく頼むよ」
「こちらこそよろしく」
「ぶー」
依頼を受けることが決まり、慧音とルナサが握手を交わします。リリカは頬を膨らませ、プイッと横を向いてしまいました。
ところで、無声映画とは名前の通り白黒の映像だけで、音が一切出ない映画です。外の世界で盛んに上映されていた頃は、台詞を字幕として挿入する、弁士と呼ばれる人々が上映中に解説をする、など欠点を補う努力が行われていましたが、幻想郷ではまた違った工夫をするようですよ。
「音楽は好きに決めてしまってかまわないだろうか?」
「上映会では外の世界の映画と、幻想郷で撮影された映画の両方を上映する予定だ。外の世界のものは自由に音楽を決めてもらってかまわないが、幻想郷のものは監督と相談してくれ。それと、“賽銭狂時代”を含む幻想郷製の映画は上映中に出演者が台詞を読み上げるものが多い。ここに台本があるから、音楽を決める際の参考にしてくれ」
「分かった」
「どれどれ~?」
慧音から手渡された台本をルナサとメルランがめくっていきます。リリカは興味がないふりをして冷めた緑茶をすすっていますが、よく見ると横目でチラチラとのぞいているではありませんか。なんだかんだ言って、リリカもいっぱしの音楽家です。仕事が決まったからには、内容をきちんと確認しておきたいのでしょう。
一つ目と二つ目の台本を流し読みして、三つ目の台本に取りかかったところで三姉妹の動きが止まりました。
一つ目の“賽銭狂時代”と二つ目の“旧・月世界旅行”はともかく、三つ目の映画は“親は泣かせろ”。監督は霧雨魔理沙。さらに出演は霧雨魔理沙と森近霖之助。これは少々問題がある作品に思えたからです。
「ちょっといいですか? この“親は泣かせろ”という映画は……」
「三日後の正午から寺小屋でリハーサルをやる。監督と相談するならそのときだ。さて、用事が済んだからそろそろ帰らせてもらう。この映写機は置いていくよ。使い方はさっき教えた通りだから、自由に見て音楽を考えておいてくれ。ただし、フィルムは一本ずつしかないから、リハーサルには忘れずに持ってきてくれよ。ああ、見送りはいらない。それでは、また来週。あははははは……」
ルナサの質問をさえぎるように一方的に話すと、慧音は映写機とフィルムを包んできた風呂敷を引っつかみ、そそくさと応接室から出て行ってしまいました。不自然な笑みまで残して。
「……行ってしまった」
「慧音って、嘘をつくのがへたくそね。何か裏があるって教えているようなものじゃない」
「あんな石頭だと嘘が逃げちゃうんだよ。次に会ったら、嘘をつくコツを伝授してあげようかな」
慧音が消えた扉に三人分の冷たい視線が刺さると、キィ……と申し訳なさそうに扉がきしみました。無実の扉を責めたてても仕方がありません。ルナサはため息をついて台本に視線を落とします。
「監督兼主演女優は霧雨魔理沙、か」
霧雨魔理沙。平時は魔法の森に住んで魔法の研究やらに精を出していますが、ひとたび異変発生となると愛用の箒にまたがって縦横無尽に活躍する魔法使いです。巫女と張り合いながら派手な弾幕を撒き散らす様子は、もはや異変の名物になっていると言っても過言ではありません。
そんな妖怪顔負けの生活を送っている魔理沙ですが、意外にも出身は人間の里で、しかも大手道具屋“霧雨店”の一人娘。では、なぜ実家を離れて暮らしているのかというと、詳しい理由は不明ですが、どうやら実家から勘当されているらしいのです。
「えーっと、“平凡な少女は無理解な親に耐え切れなくなって家を飛び出した! 厳しい修行を乗り越えた少女は一人前の魔法使いに成長し、親を見返すために実家へカムバック。魔法で家を吹き飛ばせば、親は腰を抜かして土下座だぜ。これにて一件落着ざまあ見ろ!”」
「こりゃひどい」
メルランがあらすじを読み上げると、リリカが手を広げて大げさにリアクションをとります。まあ、リリカでなくとも呆れてしまいそうな内容でしたが。
「霧雨家に何があったかは知らないが、これを里で上映したら一件落着どころではすまないだろうな。演奏が妨げられないといいが」
「そうね。慧音の良心が家出してない限り、こんなもの上映しそうにないのに」
「こんなときこそ名探偵リリカ・プリズムリバーの出番だよ!」
待ってました! と言わんばかりにリリカが立ち上がり、昨晩読んだ探偵小説の主人公の真似をします。
「私の虹色の脳細胞がちょいと働けば、慧音のついた嘘は暴かれ霧雨家の謎もあっという間に解決。これで上映会も安心! さあさあ、証拠を集めてくるんだ、ワトソン君たち!」
ビシッと明後日の方向を指差し、姉たちをけしかけました。この自称名探偵リリカ、見かけは勇ましいのですが、最初から助手頼みでは先が思いやられます。
「はぁ、外野が余計な詮索をしても仕方がないな。まずは“賽銭狂時代”の音楽から決めようか」
「君子は危うい音に近寄らず。それが賢明ね。神社を飛び立って妖怪の山へ向かうシーンは“無何有の郷”かしら?」
「いや、それでは大人しすぎる。もっと激しい吹雪をイメージしたいから、“クリスタライズシルバー”の方が合っていると思う」
「でも、物語の始まりをイメージさせたいから……」
「無視しないでよ~!」
案の定、ワトソン二人は迷探偵にさっさと見切りをつけ、建設的な話し合いを始めました。この様子ですと、リリカが人気者になるのは当分先のようです。
「“穀潰し姫! 寝たきりプリンセス!”」
「“わろし! いとわろし!”」
「妹紅と輝夜、仲良くケンカしな♪ っと」
迫真の演技でいがみ合う藤原妹紅と蓬莱山輝夜。もはや本気で喧嘩をしているようにしか見えません。プリズムリバー楽団は二人の名演技に敬意を表し、外の世界で有名な猫と鼠の歌を送ります。リリカはご丁寧に歌詞までつけて。
これは寺小屋のとある教室で行われているリハーサルの一コマです。黒板に張られたスクリーンに映画が映し出され、その右脇で出演者二人が唾を飛ばし合っていました。三姉妹は被害の及ばない左脇でBGMを担当しています。
ただいま上映されているのは八意永琳監督による“旧・月世界旅行”。幻想郷の天才による壮大なスペースオペラ、と宣伝は勇ましかったのですが、ストーリーが難解すぎて完成度は天災レベルです。
地球人が月へ行って月世界の姫と出会うまでは良いのですが、月面で発見された謎の物体“ヤゴリス”により二人が異次元へ落とされた辺りから雲行きが怪しくなり、慧音演ずる心理歴史学者が銀河帝国の崩壊について長ったらしく説明する場面で観客の思考は破綻するでしょう。三十分の無声映画とは思えないボリュームとカオスと特撮の無駄遣いです。
「“パニくらないで。人生、宇宙、そして万物についての答えは42なのよ”」
「“う、嘘だー!”」
最後は死の星へたどり着いた二人が、黒いガスマスクをつけた永琳と戦って勝利するシーンで締めくくられました。背後で流れる“竹取飛翔”は映画の評価が飛んでいく様子を彷彿とさせます。
「素晴らしいBGMだったわ。さすがはソロからオーケストラまで何でもござれのプリズムリバー楽団ね」
「ありがとうございます」
上映終了後、嬉しそうな顔をした……リアルな声を出すために実際にガスマスクをつけているので分かりにくいのですが、恐らく嬉しそうな顔をした永琳が挨拶へ来ましたが、ルナサはそっけない返事をしただけでした。目を合わせないようにしているのも気のせいではありません。竹林の薬屋さん、という親しみやすい評価は宇宙の深淵へと消えてしまったのです。
ガスマスクからはみ出した銀の髪をなびかせ去っていく永琳の背に向け、ルナサはつい独語してしまいました。
「シューベルトしかり、ビゼーしかり、天才とはいつの世も理解され難いものなのか……」
「永琳なら時代が彼女に追いつくまでずっと生きてそうだけどね」
「ルナ姉、しっかりしてよ。リハーサルはまだ終わってないんだから」
「すまない。次の映画は?」
「やっと出番だな。行くぞ、香霖!」
教室の奥から明るく威勢の良い声が放たれ、ルナサの耳を打ちます。
「見ての通り、例のアレだよ」
リリカが可愛らしいあごで指すと、子供用の小さなイスから立ち上がった魔理沙が、トレードマークの真っ黒帽子をかぶり直していました。その後ろで居心地悪そうにしているのは古道具屋、香霖堂の店主である森近霖之助です。
「リハーサルだからまだ荒れないとは思うけど、よりによってトリを飾るとはね。責任者は何考えてるんだか」
不機嫌そうにリリカは言いますが、別に魔理沙に恨みがあるわけではなく、先ほどから自慢の“幻想の音を演奏する程度の能力”が妙な効果音ばかりに使われていて面白くないからです。
「その慧音も浮かない顔をしてるわね。少なくともハッピーじゃない」
トランペットを宙で回していたメルランが不安そうにつぶやきました。責任者である慧音は部屋の隅に立ち、魔理沙が映写機をいじっているのを眺めていますが、額にしわを寄せ厳しい表情をしています。
「分かった、魔理沙に脅されてるんだ!」
「真面目に珍妙な帽子をかぶせたような慧音が脅しに屈する? 彼女に限ってそれはないと思うわ」
「慧音には慧音の考えがある、そう信じるしかない。問題が発生したらそこまでだが」
「はいはーい! もし親子喧嘩が始まったら、私たちの音楽で鎮めればいいと思います!」
「それって自分に注目を集めたいだけでしょ? 少しは……」
「おーい、ちんどん屋! 準備はいいか!?」
かしましく話し合っていた三姉妹に、台本を手にした魔理沙が声をかけます。上映する準備が整ったようです。
「いつでも」
「よし、とびっきりを頼むぞ」
「盗賊に聴かせる音楽はねえぐっ!?」
「リリカも大概にしなさい」
おふざけが過ぎたリリカの頭にトランペットが打ちつけられ、アンハッピーな衝突音が飛び散りました。その小気味良い音を合図に映写機が動き出します。
魔理沙の初監督作は良くも悪くも期待を裏切らない作品でした。まず、魔理沙は父親役の霖之助と派手で中身のない喧嘩をして、香霖堂を飛び出し修行を始めます。一通り自分の魔法の宣伝をしてから香霖堂へ舞い戻ると、必殺のマスタースパークで店を焼き払ってしまいました。本物を焼き払うと店主からクレームがつくので実際にはミニチュアでしたけど。
「“どうだ、参ったか!”」
「“ひいっ、僕が悪うございました。お許しください!”」
「“はっ、ざまあ見ろだぜ!”」
土下座する霖之助を踏みつけて呵呵大笑する魔理沙にスタッフロールが重なったところで終了。リハーサルに来ていた人妖から、まばらで力の抜けた拍手が送られました。
満足げな魔理沙と無表情の霖之助が席に着くと、交代に苦虫を噛み潰したような顔の慧音が黒板の前に立ちます。
「以上でリハーサルは終わりだ。みんな、ご苦労様。来週の本番まで、特に人間は風邪等ひかぬよう気をつけてくれ。ここ数日は寒さが……」
教室に集まっているのは幻想郷でもかなりの実力者が多いのですが、慧音は寺小屋の授業と同じ調子で連絡をします。ですが、話を聞かぬ不届き者はどこにでもいるもの。リリカが好奇心に目を輝かせ、姉二人にしきりに話しかけていました。
「ねえねえ、メル姉は何か感じなかった?」
「何か、って何よ?」
「決まってるじゃん。音だよ、音。魔理沙の声から何か感じなかった?」
騒霊であるプリズムリバー三姉妹は音と楽器の専門家です。その専門分野の中でもルナサが操る鬱の音と、メルランが操る躁の音は精神に直接響く音。この特殊な音とその発生方法を知り尽くした二人にとって声、つまり人間が生み出した音からその人間がどのような精神状態にあるか分析するなど造作もないことなのです。
捜査への情熱を失っていなかった探偵にメルランは困った笑顔を見せましたが、彼女も気になっていたのでしょう、すぐに小さな声で話し始めました。
「魔理沙の声、ね。明るく乗り気で台詞を言ってたでしょ」
「そう聴こえたけど」
「でも、あれは表面だけ。中は全然ハッピーじゃない。不安や後悔、寂しさの不協和音で聴いてて気持ち悪いくらいだったわ」
「へえ……」
二人して魔理沙の座っている方を向きました。噂をされた当人はくしゃみではなく欠伸をしていたところで、とても不安や後悔といった感情を内に秘めているようには見えません。
「私も気になったことがある」
珍しいことに、真面目なルナサまでもが不届き者の会に参加してきました。
「魔理沙の声は全体的に鬱の音に近かったと思う。しかし、どうも異なる音が混じっている気がしたんだ」
「その音は?」
三姉妹はお互いの鼻がくっつくほど顔を近づけ合います。
「期待」
「期待?」
「私は話を聞いてくれることを期待していたんだがね」
重くのしかかる気配。三人がゆっくりと視線を上げていくと、話を聞いてもらえないことに定評がある慧音先生がいました。満月でもないのに角が見えている気がします。
それでも生徒以外に頭突きをすることに躊躇を覚えたのか、結局は頭をかいただけでした。
「まあ、話の半分は社交辞令だったから聞き流してもかまわなかったさ。それはそうと、君たちが依頼を引き受けてくれて助かったよ。おかげで白黒の世界に色が着いたようだった。本番もこの調子で頼むよ」
反射的にシンセサイザーを頭に乗せたリリカに苦笑いしてから、慧音はきびすを返しました。脅威が去ったと見て、リリカはない胸をなでおろしました。
「はぁ、頭突かれると思った」
「一人だけ助かろうとしないの。元凶は話しかけてきた……あら?」
うっすらとチョークの粉が散った床、ちょうど慧音がいた場所に台本が落ちているのをメルランが見つけました。
「慧音の落し物かしら?」
「なになに、“魔女の帰宅”? 上映リストにない映画だね。怪しい」
拾い上げられた台本を見て、リリカの眉が急上昇しました。表紙にはご丁寧にマル秘印がついていたのです。これが上映会の謎を解く鍵以外の何物でありましょうか!
小さな探偵は目にも留まらぬ速さで手を伸ばし、姉から台本を奪い取りました。
「こいつはお手柄かもしれないぞ、ワトソン君。早速拝見しようじゃないか!」
「勝手に見てはいけないだろう」
ルナサも口では制止しつつ、瞳は台本の中へ吸い込まれています。メルランは台本を奪い返そうともがき、リリカは読むのに夢中になるあまり音読を始めていました。
「“反目する道具屋の親子。お互い意地を張った結果、ついに娘は耐えかねて家を飛び出してしまった。それからというもの、父は娘を、娘は父を無視し続けた。二人とも何ともない顔をして過ごしていたが、心の内では己のした行為を後悔し、人知れず悩んでいた”」
あらすじを途中まで読むと、三姉妹は顔を見合わせました。これは魔理沙が監督した“親は泣かせろ”と似て非なるものではありませんか。なぜ慧音がこんなものを持っていたのか、謎は深まるばかりです。
「先! 先を読んで!」
「分かってるから、耳元で叫ばないでよ。“父は商売にのめり込み、娘は魔法の修行に没頭したが、心の闇はついぞ晴れなかった。やがて周囲の助言を受けた二人は決意を固め……”」
「音読しちゃだめぇぇぇえええ!!」
「ぎゃあっ!?」
強烈なタックル。不意打ちを喰らったリリカは台本を手放してしまいました。
宙に舞った台本に飛びついたのは、全てのイメージをかなぐり捨てた慧音でした。空中でキャッチすると、イスを何脚も巻き込みながら乱暴な着陸を果たします。
「……慧音?」
マル秘台本を我が子のように抱きしめ、豊かな髪を振り乱し、肩で息をする慧音に凛とした女教師の面影はありません。ルナサは蒼白になり、メルランは口に手をやり、リリカは二人の背後へ隠れました。
ギロリ。
三人の騒霊には確かに擬音が聞こえました。ですが、血走った目を向けられて指一本動かすことができません。
「見ぃたぁなぁー!?」
「はっ、はい!」
答えたのはもちろんルナサ。無駄な責任感を発露して割を食うのはいつだって長女です。
「見たからにはただでは帰さん。こっちへ来なさい!」
「痛い痛い! 首が絞まる!」
「きゃー!?」
「助けてー! 騒霊さらいー!」
公衆の視線も何のその、慧音は怯える三姉妹を抱きかかえると、チョークの粉を巻き上げて教室から遁走しました。
「何だありゃ?」
首をかしげた魔理沙の言葉が、その場の空気を最も的確に表していました。
「先ほどは取り乱してしまって申し訳ない」
プリズムリバー三姉妹は“せんせいのへや”とひらがなで書かれた紙が貼ってある牢獄へ軟禁されていました。厳しく採点されたテスト用紙が積み上げられ、教材と思わしき書籍が山脈を形成し、出されたお茶は渋い、と慧音らしさが染み付いた部屋です。
慧音は優しげな笑顔を作りますが、数分前とのギャップが広がるばかりで虜囚三人組は震えるだけでした。
「さて、どこから話したものかな」
「お好きなところからどうぞ」
あのお調子者のリリカでさえ手前に置かれたお茶に手を出さず、引きつった笑みを浮かべて媚を売る始末です。
「好きなところね。では、上映会を開くことになった経緯から話そうか」
慧音は三姉妹から視線を外すと、薄く曇った窓の外を眺めました。決して失ったものの大きさに涙したわけではありません。
今はレティ真っ盛りの季節。窓からのぞく里の家々も雪に包まれ、雄大な妖怪の山の雪景色などは見ているだけでご飯が三杯もいけるほどの美しさです。
「当たり前のことだが、この時期になると雪が降って人々は家に閉じ込められ、雪解けまで耐えねばならない。子供は雪遊びができるが、大人はそうもいかないだろう。かといって家の中での仕事ばかりでは気が滅入るし、酒びたりになるのは感心できない。そこで何かしら健全な娯楽が必要になるのだが、今年は無声映画という適役が流行していたわけだ」
「なるほど」
いかにも里の守護者を自負する慧音らしい考えです。
「例によって博麗神社で開催されていた宴会で上映会を提案してみたら、案外食いつきが良くてな、すぐにフィルムやら映画の企画書が集まったよ。その中から上映する映画を選んでいたら……」
「“親は泣かせろ”が混じっていたのね」
普段から底なしに明るいメルランは、もう恐ろしさよりも好奇心の方が勝ってしまったようで、先をせかすように相槌を打ちます。
「ああ、正直驚いたよ。勘当されてから実家とは一切関わろうとしなかった魔理沙が、まさかこんな突拍子もない映画を持ち込んでくるとはね。企画書だけを出したところから推測するに、様子見の段階だったようだが」
「質問!」
慧音と姉二人の応対を見て安全だと判断したのかリリカが声を上げました。それでも、用心深く挙手をすることで保険をかけています。
「どうぞ、リリカ」
「何で上映を許可したんですか? あの映画の内容だと、実家に対する嫌がらせでしかなかったのに」
「私は嫌がらせではなく好機と感じたね。それまで無視を決め込んでいた子供がちょっかいを出そうとした。つまり、実家との縁が復活することを期待してるんだ。仲直りのまたとない機会さ」
「ずいぶん都合のいい解釈だね」
「このくらい前向きに考えていかないと教師は務まらんよ」
リリカは感嘆しました。これまで慧音のことを、頭が固いだけの変人だと思っていましたが、腕を組んで断言する姿は実にかっこいいではありませんか。それに、音を分析したわけでもなく、すぐさま魔理沙の真意を看破したことから、慧眼の持ち主であることも疑いようがありません。自然とリリカの口から驚きがこぼれました。
「すごい、本物の先生みたい!」
失言の代償は軽い頭突き一発でした。
「ワーハクタクだから歴史家との兼業だが、これでも教師生活は長いんだ。おかげで霧雨の親父も娘も元教え子さ。元教師になったからには、責任を持って二人の背中を押してやらなきゃいかんのだよ」
「そういえば、魔理沙が勘当される原因になったのは魔法なの? 魔理沙の映画だと詳しく分からなかったんだけど」
「まあな。プライバシーに関わることだから細かくは話せないが、大体は合っている。どちらが悪いとも言えん原因だったが、魔理沙とあいつの親父が意固地になって問題が大きくなってしまって。あのひねくれ者どもが、まったく」
やれやれ、と慧音は肩をすくめます。言葉こそ乱暴ですが、口調は穏やかで目は笑っています。手のかかる生徒ほど可愛くて見えてしまうのは教師としての性なのかもしれません。もちろん、慧音はどの生徒にも愛情を注いで頭突きをしていますが。
「もしかして、魔理沙のひねくれてって父親ゆずり?」
たんこぶができた額をさすりながら、少し涙目気味のリリカが尋ねます。慧音の返答はため息でした。
「せっかく、おしとやかな嫁さんを貰ったのになぁ。魔理沙の容姿は母親ゆずりだが、中身は親父そっくりだよ。盗み癖以外は。親父は逆に売り上手だが……まあいい、あの映画に上映許可を出したのは、魔理沙を上映会におびき寄せるためさ。親に会え、と言われて素直に従うじゃじゃ馬娘ではないからな。森近殿にも協力を頼んでおいたし、怪しまれてはいないはずだ」
「それで、本番は魔理沙に黙ってこっちの映画を上映して、仲直りのきっかけにすると」
「私たちはBGM担当なんだから、別に見られても良かったじゃない」
マル秘台本“魔女の帰宅”をめくりながらルナサとメルランがぼやきました。自分たちが信用されていないと思って少し傷ついたのでしょう。
「重ね重ね申し訳ない。秘密を知る者の数はできるだけ少ない方が良いから、背景音楽はなくてかまわないと思っていたんだ。“魔女の帰宅”の撮影で河童や鴉天狗にまで協力を頼んでしまったから……」
「えっ」
不吉な単語に三姉妹がビクリと反応しました。慧音が慌てて両手を振り、フォローします。
「心配しないでくれ。歴史編纂で培った編集技術は伊達じゃない。“魔女の帰宅”はちゃんとした映画になっているよ」
「いや、そこじゃなくて鴉天狗の方……」
鴉天狗。この妖怪を恐れない猛者は人間、妖怪を問わず幻想郷にはほとんどいないでしょう。各々が趣味で新聞を発行している鴉天狗は常にネタに飢えています。もしスキャンダルでも嗅ぎつけられようものなら、新聞で丸裸にされて七十五日は家を出られなくなるという、それはそれは恐ろしい末路が待っています。
「ああ、親父は頭突き三回と嫁さんのビンタ一発で嫌々ながらも撮影に協力してくれることになったが、魔理沙には最後まで秘密にしておくつもりだからな。提出された“親は泣かせろ”のフィルムを河童にコピーしてもらって再編集したが、どうしても魔理沙のシーンが足りなくなってしまったんだ。だから、鴉天狗に魔理沙を隠し撮りしてもらったんだよ」
サァッ、と妖怪の山から降りてきた寒風が四人の間を吹き抜けました。
「速度と口の軽さで比類する者のいない鴉天狗に頼んだのか!?」
「大丈夫だ。射命丸とは取引して、新聞の発行を上映会の翌日まで止めてもらっている」
「さっきプライバシーがどうとか言ってたじゃない!」
「大義の前の小義、やむをえない犠牲だ」
「元教え子を盗撮させるなんて、やっぱり偽者の先生じゃん! 私の感動とたんこぶを弁償しろー!」
すったもんだの挙句、慧音に上映会の秘密を教えられてから一夜が明けました。プリズムリバー三姉妹は“魔女の帰宅”用の音楽を決めて練習を始めていましたが、どうも調子が良くないようです。練習室に響く曲は三人の音がばらばらで、普段と比べてノリもいま五つほど足りていないようです。
「メルラン、リリカ、音を合わせることに集中しなさい。魔女がダンスしている様子をイメージして、流れるように歌って」
演奏しているのは魔理沙の曲である“魔女達の舞踏会”です。ルナサが指揮をとっていますが、ぎこちなく踊る魔女たちは足がもつれて転倒寸前です。
「ああ、駄目だ。ストップストップ!」
ついにルナサは我慢できなくなくなり、苛立たしげにヴァイオリンの弓を振って演奏を中断させました。メルランは困ったように眉をハの字に曲げ、リリカも不満そうな表情で宙に浮いていたチェンバロを消します。
三人が練習室の中央に集まると、まずルナサから口を開きました。
「メルラン、気の向くままに吹かないで。もっと丁寧に」
「リリカもリズムが合ってなかったわよ」
「ルナ姉だってギーコギーコってノコギリで木を切ってるようなひどいヴァイオリンだったじゃん」
お互いが文句を言い終えると、同時に大きなため息を一つ。練習に集中できない理由は三人とも分かっています。
「やはり魔理沙のことが気になるか……」
「どうしても気になっちゃう、かな」
「ねえ、慧音の計画は成功すると思う?」
「私は無理だと思う」
「良くて半々かしら」
理由は慧音が考案した霧雨家仲直り計画にありました。映画を作った本人は自信満々のようですが、三姉妹としては何故それほど自信を持てるのか理解できない、といったところです。
陽気な性格で普段から、どうにかなるわ~、と公言しているメルランでさえ成功する確率は半分と計算しています。
「無声映画を仲直りのきっかけにするのはアイディアとしては面白いが、実現性に欠けているな。音楽と同じように無声映画にも人の心を動かす力はあるとは思う。でも、あの映画でひねくれた白黒の心を動かすのは少々無理がある」
「ルナ姉らしい意見だね。メル姉は?」
「私はやってみないと分からないと思うけど、私たちの音楽を聴いたからにはみんなにハッピーになってもらいたいのよね。自分の音には絶対の自信があるのに、お客さんをハッピーにできるか否かが演奏以外の場面で決められちゃうのは、ちょっと悔しいわ」
「鍵を握るのは慧音の“魔女の帰宅”。ある意味博打だな」
「リリカが気になるのは?」
「んー」
流れ星の飾りがついた帽子をいじっていたリリカが手を止めました。
「何て言えばいいのかな。私は魔理沙に幸せになって欲しい。だから、あんな計画だと成功するか分からなくて、不安なんだよな~」
「ほう、リリカが他人の心配をするとは珍しい」
「本番は雪の代わりに塩が降りそうね」
普段の行いが悪いと、たまに良いことを言っても本気にされないのです。
「うるさいなぁ。むしろ、早く幸せになりやがれ、こんにゃろーって感じなの! だってさ、自分の親とすぐ会える距離に住んでるくせに、会いに行かないなんてもったいないじゃん。その上、縁まで切っちゃってるし、訳が分かんないよ」
リリカは帽子を見つめたままです。プリズムリバー三姉妹の生みの親であり、この帽子を作ってくれた人間はもういません。親に会うことのできないリリカは、親に会えるのに会おうとしない魔理沙がもどかしくて仕方がないのでしょう。尻の一つでも叩いて喝を入れてやりたい気分なのです。
狡猾な妹が見せた意外な一面に、姉たちは口元をほころばせました。
「なるほどなるほど」
「甘えん坊のリリカらしい考えで可愛いわ~」
「やめてよ、メル姉」
いい子いい子~、とメルランがリリカの頭をくしゃくしゃにします。撫でられている方はくすぐったそうですが、撫でている方と同じように幸せそうです。
「それで考えたんだけどさ、私たちで“魔女の帰宅”を乗っ取っちゃおうよ」
「乗っ取るって、音楽で?」
「私たちにはそれしかないでしょ。乗っ取るまではいかなくても、ただ場面に合った音楽を演奏するんじゃなくて、魔理沙と親を仲良くさせるような演奏にするとかさ。あの映画だけじゃ心もとないけど、私たちの音が一緒になったらいけると思うんだ」
「ふむ、難しい仕事だな」
「だめかな……」
かなりのキャリアを持つプリズムリバー楽団でも、これは初めての試みです。リリカは少し不安そうに二人へ視線を送りますが、いつも笑顔のメルランが飛びっきりの笑顔を返し、続いてルナサもうなずきます。
「そんな顔しないの。私たちの楽譜に不可能なんて記号はあるかしら?」
「難しい。難しいが、反対する理由にはならない。やってみよう」
「やった!」
ゴーサインが出たリリカは思わず宙返り。
「それで、どう演奏したら仲良くなりそうか見当はついてる?」
「まったく分かんなーい」
満面の笑顔で返され姉二人は思わずガクリ。
「ということで、魔理沙の家までインスピレーション探しに行ってきまーす。愚鈍なワトソン君たちは練習でもしていたまえ!」
ずっこけたルナサとメルランをそのままにして、リリカは練習室を飛び出していきました。探偵ごっこはまだ続いているようですが、彼女を動かしているものが野次馬根性ではないと判明したので良しとするべきでしょう。
「今日は自主練かしら」
「リリカのやつ、最初から練習をサボる気だったんじゃないだろうな……」
魔理沙の家がある魔法の森は、年がら年中お化けキノコの胞子が漂う危険な土地です。リリカが冬でも元気に舞っている胞子を避けながら飛んでいくと、やがて一軒の不気味な家にたどり着きました。
「ここかな?」
魔法の森にはアリス・マーガトロイドなど他の魔法使いも住んでいますが、用途不明の道具が外にまで転がっているところを見ると、物を捨てられない性格である魔理沙の家で間違いなさそうです。
「私たちの家よりお化け屋敷っぽいじゃん。おっと、いたいた」
騒霊に言われてしまうほど怪しい室内で、魔理沙がキノコを山のように抱えて動き回っていました。窓の外からでは何をしているのか分かりにくいのですが、どうやら魔法の研究をしているようです。
リリカはしばらく木の背後に隠れながら家の中の様子をうかがっていましたが、特に目新しい発見もない上に、底冷えする寒さにすっかり参ってしまいました。
「さむ~、地道な調査はワトソン君たちに任せておけばよかったかも。でも、上映会まで一週間もないし……」
「捕まえた!」
「うわぁ!?」
突然、首に巻いていたマフラーが雪の上に落ち、入れ替わりにリリカの身体が宙に浮きました。上着の襟をつかまれて、首根っこをつかまれた猫のように引っ張り上げられてしまったのです。
「この前の天狗はすばしっこくて捕まえられなかったが、これで汚名返上という訳だ。さて、おちびちゃんは私の可愛い弟子の生活をのぞいて何を企んでいたのかな?」
「ちびって言うなっ……あれ? 今、弟子って言った?」
「ああ、言ったとも。霧雨魔理沙は偉大な魔法使いにして、幻想郷を統べる悪霊である魅魔様の一番弟子だよ」
リリカを吊り上げたのは気の強そうな目をした女性でした。ついでに、リリカと同じく嘘が好きそうな匂いがしてきます。
魅魔は青を基調とした服を着ていて、頭にはとんがり帽子、胸はリリカと比べものにならないほど豊かです。ただ、下半身にあるべき足はなく、幽霊のようにうっすらと透けてなくなっていて、一目で人外だと分かります。
「あなたは魔理沙の師匠? あー、確かに音が似てるね」
「音とな?」
「うん。音は自然にも人にも、妖怪にだって存在する。私たち騒霊はそんな音を感じ取って曲にすることができるんだ。作曲家と同じようにね。あなたの“リーインカーネーション”と魔理沙の“Dim. Dream”という曲はどことなく似ている気がする」
「ふむ、嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
興味が湧いたのか女性は襟をつかんでいた手を下ろし、リリカを解放しました。しかし、背が低いことを気にしているリリカは見上げる格好になるのは嫌なので、女性と同じ目線の高さまで浮かび上がります。
「それじゃあ、今日は魔理沙の曲を調べに来たのかい?」
「ううん、違うよ。説明すると長くなるんだけど……」
魅魔と名乗った魔理沙の師匠に、リリカは里で上映会が開かれること、その場で魔理沙を騙して違う映画を流すこと、それを仲直りのきっかけにすることなどを、マフラーを巻き直しながら説明していきました。魅魔は楽しそうにリリカの話を聞き、時折、ニヤニヤしながら家の中にいる魔理沙へ視線を送ります。
「無声映画とやらを仲直りのきっかけに、か。私のいない間にずいぶんと面白い計画が進んでいたもんだ」
「魅魔がもっと厳しくしつけてくれていたら、こんなことしなくても大丈夫だったのに」
「あれでもかなり矯正したんだよ? 弟子になったばかりの頃は、それこそ手の付けられないほどひねくれた娘だったんだから。そのくせ、家を飛び出したばかりで親のぬくもりに飢えていて、夜になるとこっそり枕を濡らしていたものさ。いやぁ、懐かしい懐かしい」
「喧嘩して家を出たけど、やっぱり親のことが恋しかったんだ」
「オシメ取れたての乳臭い子供だったんだから、親が恋しくなって当然だよ。あの頃は可愛かったねぇ。今でも十分可愛いけど」
「オシメ取れたて……乳臭い……あの盗人にもそんな時代が……」
魔理沙がほんの少ししか離れていない場所で、自分の過去が赤裸々に公開されていると知ったらどう反応するでしょうか? どちらにとって幸運なことになるかは分かりませんが、魔理沙は魔法の研究に没頭しているようで、外で二人が話していることに気づいていません。まさに知らぬが仏です。
キノコを包丁で切り刻んで鍋に入れている魔理沙を眺めながら、魅魔がやや表情を正して言葉を紡ぎました。
「昔から魔理沙は努力家で修行にも熱心に打ち込む子だったが、裏を返せば修行にのめり込むことで親のことを忘れようとしていたかもしれないね。私は師匠としては愛情を注いだが、親の代わりになろうとはしなかったから。今でもああして研究熱心なのは当時の名残だよ」
「ふーん。だったら親子の仲を取り持ってあげるか、いっそのこと魔理沙の親代わりになっちゃえばよかったのに。魔理沙は甘える対象が欲しかったんだし、魅魔は魔理沙を可愛がってたんでしょ?」
「ほう、面白いことを言う子だ」
魅魔に翡翠色の瞳で見つめられた瞬間、音が奔流となってリリカの中へと流れ込んできました。“Complete Darkness”。名状しがたい恐怖をまとったその曲は、リリカの身体を隅々まで犯し、悲鳴を上げさせようとしました。のどかな幻想郷から引きずり出されて暗闇へ叩き落される、そんな感覚に襲われたのです。
当の魅魔は頼りがいのある姉御肌を崩していませんが、あふれ出す妖気を隠そうともしません。
「親子の仲を取り持たなかったのは、あの子自身が解決すべき問題だと感じたから。親代わりというのは……そうさねぇ、無理ではなかっただろうよ。仮にあの子が親を亡くしてから私の弟子になっていたら、師匠としてだけではなく親としても愛していたかもしれない」
凍りついた騒霊から視線をそらした魅魔は、愛しい弟子の家を見据えながら独り言のように語ります。
「だが、あの子の親は生きている。それも、仲たがいの様子から推測するに、お互い可愛さ余って憎さ百倍、という感じだったようだし。マイナス方向へ作用してしまっているだけで、親子の絆はむしろ深い方だと思うね。ここさえ解決できれば仲直りなんてあっという間だよ。まあ、要するに修復可能な家庭から子供を奪うのは、この魅魔様でも少し後ろめたいってことさ」
ごく簡潔に話し終えた魅魔は、暗い話はこれでおしまい、と言わんばかりにニッと笑いかけました。このたった一度の微笑みだけで、深みを増していた魔法の森の闇がきれいさっぱりなくなったではありませんか。
これだから力の強いやつは、とリリカは口に出さず愚痴り、頬を伝う冷たい汗を拭いました。とにかく、これ以上語ることはないと言われたのですから、話題を変える必要があります。
「と、ところで、最近はどんな魔法を魔理沙に教えてるの?」
「もう教えてないよ」
当たり障りのない質問をしたつもりでしたが、返ってきた答えは少し意外なものでした。
「教えられることは全て教えたんだ。これから先は教えられたノウハウを活かして、一人で学んでいかなきゃならん領域。特に魔理沙は人に努力している姿を見られるのを嫌う子だし、そんな時期に師匠がいても邪魔なだけだ。だから、しばらく魔理沙の前から消えることにしたのさ」
「そうなんだ……でも、それってつらくない? 私が魔理沙を知ってそれなりに時間が経つけど、師匠がいたなんて聞いたことなかったし、実際に魅魔と出会ったのってこれが始めてでしょ。ということは、結構長い間離れてたってことじゃん」
「私みたいな悪霊にとって、年月は人間ほど大切じゃないからね。弟子のためならこれくらい我慢するさ。まあ、大好きな巫女いじめができなくなるのはつらかったけど。普段は魔界やらをブラブラしてるが、ちょくちょく幻想郷へ戻ってきて、こうして影から魔理沙を見守ってるんだよ」
「悪霊だから、ね……」
悪霊とは怨みをいだいて死んだ人の霊のことを指しますが、魅魔を見ているとどうも言葉のイメージと一致しません。その違和感に刺激されたのか、リリカの脳内で何かが輝きを放ち始めました。
「魅魔は本当に幽霊とかと同じ悪霊なんだよね?」
「いかにも。博霊の巫女も裸足で逃げ出す大悪霊さ」
腕を組んで誇らしげに魅魔は言いましたが、もはやリリカの眼中に入っていませんでした。虹色の脳細胞をフル回転させ、大急ぎでひらめきを具体的な計画へと昇華させていきます。
リリカの口元が吊り上っていく様子を見て魅魔は目を細めました。
「その顔、昔の魔理沙を前にしているようだ。あの子も何か企んでいるときは、こんな感じの顔をしていたもんさ」
やがて脳内に鮮やかな虹が完成すると、リリカはうつむいていた顔を上げました。微笑みにはいたずらっ子特有のざわめきが張り付いています。
「ねえ、魅魔は私たちの計画に参加してみる気はない?」
「ふむ。さっきも言ったように、親子関係は魔理沙個人の問題として立ち入ったことはなかったが……」
魅魔は形の良いあごに手をやって考え込むポーズをとりましたが、結論はすでに出ていたようです。すぐにリリカと同じように不敵な笑みを浮かべました。
「このままだと、どっちかがくたばるまで意地を張ってそうだからねぇ。そいつは不幸ってもんだ。そろそろ背中を押してやる時間かね。まっ、何よりも面白そうだ。人生これに尽きる!」
「やった! じゃあ、魔理沙の幸せを祈って!」
「ああ、よろしく」
二人は空中でハイタッチ。乾いた空気に響く小気味良い音が契約成立のサインとなりました。
「魅魔は私の演奏を聴いたことがないんだよね?」
「うんにゃ、宴会で姉妹だかと一緒に演奏しているのを、隠れて聴いたことがあるよ。確か、プリズムリバー楽団だとか」
「なら話が早いや。まずは私の家に来てもらっていいかな。魔理沙を良く知っている人に演奏のアドバイスをもらいたいんだ」
「私なんかでかまわないのかい? 魔理沙についてならホクロの位置だって答えられる自信があるが、音楽に関してはまったくの素人だよ?」
「いいのいいの。馬鹿真面目に専門知識に縛られてると、逆に自由な発想ができなくなるから」
「吹くねぇ。ますます気に入ったよ。とことん付き合ってやろうじゃないか」
真面目に生きるルナサを思い浮かべてリリカが手をひらひらさせると、魅魔がクツクツと笑い声を上げます。リリカの調子がよく、したたかな性格に魔理沙との共通点を見出したのかもしれません。
「そう言ってくれると嬉しいよ。ささ、上映会まで時間がないんだから早く行こう」
「おおっと、ちょい待ち」
手を引いて飛んでいこうとするリリカを制してから、魅魔はクルリと霧雨邸へ振り返りました。
「師匠様が自ら手伝ってやるんだ。肝をつぶして仲直りをしないと承知しないからねぇ、私の可愛い可愛い魔理沙……ちゅっ!」
「ヒューッ!」
魔理沙がいると思われる部屋めがけて強烈な投げキッス飛ばしました。すると、室内から何かがぶつかったり崩れたりする音が聞こえてくるではありませんか。魅魔と魔理沙、この二人の絆は、親子の絆とはまた違った不思議な関係のようです。
「お待たせ。さあ、行こうか、おちびちゃん」
「だから、ちびって言うなー! 私にはリリカ、リリカ・プリズムリバーって親からもらった名前があるの!」
「それはすまなかったね、お・ち・び・ちゃん」
「ムキー!」
怒れる騒霊を従え、悪霊は粉雪のちらつく空へと消えました。その数瞬後、帽子をかぶり忘れるほど動揺した魔法使いが家の中から飛び出してきました。しかし、ドアの先には足跡一つない雪の世界が、木々の下に薄暗く広がっているだけでした。
上映会当日、人里の近くに建立された命蓮寺は大勢の人妖でにぎわっていました。それもそのはず、命蓮寺の講堂が上映会の会場に選ばれていたからです。選ばれた理由も単純明快、人里付近で大人数を収容できる建物がこの講堂しかなかったからです。
慧音が講堂の使用許可をもらいに行った際、寺の代表は二つ返事で承諾してくれたようですが、ここに納得できない人物がいるようですよ。
「聖! これは一体どういうことですか!?」
「あらあら、そんなに怒っては身体に悪いわよ」
「あっ、申し訳ありません……」
今にも噛みつきそうな勢いだったのが、たしなめられた途端に飼い猫のように縮こまってしまう、実に見事な芸当をやってのけたのは虎の妖怪にして毘沙門天の代理、寅丸星。その星に穏やかな笑顔を向けるのは、命蓮寺の僧侶である聖白蓮です。
「落ち着いた?」
「一応は」
「では、用件は何かしら?」
「そ、それでですね、講堂とは仏教の教えについて理解を深める神聖な場所であるはずです。このような低俗な娯楽のために使用するのは……」
「だめ?」
「うう、絶対にだめということはありませんが……あの、いささか罰当たりなのでは」
仏のように無垢な微笑で首を傾けられてたじろがない者がいるでしょうか。聖を敬愛している星ならなおさらです。
「星、罰当たりなどではありませんよ。私たちのような僧は威張らず、求められたら手を差し伸べることが大切なのです。また、人も妖怪も徳や法、戒律だけでは生きていけません。そう、たまにはこうした息抜きが必要なのですよ」
「息抜き、ですか」
「美味しいご飯で例えてみると分かりやすいわ。お米の量が多すぎても、水の量が多すぎても、美味しいご飯は炊けない。ちょうど双方の量が釣り合ってこそ美味しいご飯が炊ける、そうではないかしら」
「人も妖怪も同じで、徳と欲の釣り合いが大事であると?」
「私はそう考えているわ」
これだから聖は、と真面目な毘沙門天の代理は頬を緩ませました。空白期間が入ってしまったものの、二人の付き合いは長く、その間に幾度となく聖には驚かされてきました。仏教本来の教えからすると、聖の教えはとんでもない思想かもしれませんが、星にはそれがどうしようもなくかっこよく感じてしまうのです。
「して、聖の真意は」
「千年前は無声映画なんて娯楽は想像できなかったでしょ? もう楽しみで楽しみで仕方がなくって!」
きゃっ、と顔を赤くした聖は、あっさりと本音を暴露してしまいました。ああ、南無三。
「ふえ~ん! ナズーリーン! 聖が煩悩にまみれちゃったよう!」
「はいはい。いい子だから、私と一緒にチーズを食べながら映画を見ようね?」
「ぐすん」
ミーハーな僧侶と忠実な部下に導かれた星は特等席へと消えていきました。果たして彼女は映画の面白さに目覚めることができるのでしょうか?
上映開始まで時間が差し迫った講堂は、ほぼ満員御礼です。人ごみの間をぬえや村紗が駆け回って座布団を配り、座布団をもらいそこねた人には一輪が座布団型雲山を配っていました。その様子を責任者である慧音が見守っていましたが、表情は外の天気と同じ様に曇っています。
「プリズムリバー楽団はまだか……」
壁には巨大なスクリーンが張られ、映写機も用意され、出演者達が待機し、お客は興奮状態。それなのにBGM担当のプリズムリバー三姉妹だけが姿を見せないのです。このままBGMなしで始めることもできますが、事前に三姉妹がBGMを演奏すると聞いてきた観客たちには物足りない思いをさせてしまうかもしれません。
「ええい、迎えに行くしかないな」
「グッドモーニング!」
「迎えに行く必要はないわよ~」
「遅れてすまない!」
「ひゃあ、お化け!?」
慧音が足を浮かせかけた瞬間、お騒がせな三姉妹が三女から順に講堂へ飛び込んできました。プリズムリバー三姉妹はいわずと知れた騒霊ですから、お化け! と驚かれても仕方がないのですが、今日の三姉妹は一味違いました。
「ず、ずいぶんと疲れているようだが大丈夫なのか?」
「もちろん!」
心配する慧音に親指を立てて健康的な歯を見せるリリカですが、威勢のよさとは反対に目の下にクマができて頬が若干こけています。これなら驚かれても仕方がありません。
「ならいいが……今日はよろしく頼む。特に最後は」
「ふふっ、この顔は気合を入れた印だと思ってね。強化合宿までしたんだから」
「化粧は濃くしたんだけどな」
ボサボサになった髪をいじりながらルナサがぼやきました。食事や睡眠が人間ほど必要としていない騒霊が疲れるなど、よっぽどのことがあったようです。
「おーい、ルナ姉にメル姉! 時間がないんだから、急いで準備してよ~!」
一番張り切っているリリカの掛け声で準備が始まります。といっても、楽器の幽霊を出現させて軽く音合わせをするだけですから、人間の演奏者よりは手間がかかりません。そもそも、三人とも“手足を使わないで楽器を演奏する程度の能力”を持っているので、楽器で演奏するまでもないのですが、そこは気分の問題なのでしょう。
準備完了の合図を出すと、講堂の照明が落とされ慧音が挨拶を行うためにスクリーンの前へ進み出ました。ざわめきも静まり、いよいよ上映会の始まりです。
プログラムが半分終わった時点で、上映会はほぼ成功していたと評しても良かったでしょう。羞恥に耐えられなくなった霊夢が監督の萃香に襲いかかる等のハプニングは発生しましたが、宴会の肴になる程度の些細なものばかりで、上映会は順調に進行しています。
それでも、責任者にして計画の黒幕である慧音の顔は厳しくなる一方です。なにせ元教え子たちの家族仲の行方を占う大勝負が待っているのですから。
「なあ、香霖がどこに行ったか知らないか? いつの間にかいなくなってるんだが……」
動きがあったのは比那名居天子監督による喜劇“スカイキッド”上映終了後の休憩時間のことです。魔理沙がきょろきょろと周囲を見回しながら慧音に話しかけてきたのです。魔理沙の心配そうな顔は霖之助がいなくなったためなのでしょうか。それとも、もっと違う原因があるのでしょうか。
いずれにせよ、話しかけられたからには返事をしなくてはなりません。
「魔理沙、その森近殿のことで話がある」
「え、あいつに何かあったのか?」
「実は、彼は厠から出られなくなっている。どうも昨晩の夕飯に古くなった物を食べたらしく、腹を下してしまったらしい」
「はい!?」
慧音が一晩中悩んでひねり出した大芝居の始まりです。
「ちょっと、リリカ。慧音に嘘をつくコツを教えたんじゃなかったの?」
「この一週間を思い出してよ。教える時間なんてあったと思う?」
残念なことに努力と結果が比例していないようで、離れた場所にいるメルランやリリカにも慧音の目が泳いでいることが分かってしまいます。慌てている魔理沙は挙動不審になった慧音に気づいていないようですが。
「何てこったい! あいつらしい失態だが、私の映画が上映できないじゃないか」
「安心してくれ。代役はもう手配してある。あちらの……」
「急用を思い出した! 悪いが帰らせてもらうぜ!」
慧音が振り向いた先には、いつの間に一組の男女がたたずんでいました。ムスッとして仕方なくここにいる、という様子の男性はリリカたちの記憶にありませんでしたが、女性は魔理沙を大人しい方向へ成長させたような、とにかく魔理沙そっくりだったのです。
二人を見るや否や、魔理沙は脱兎のごとく出口を目指して駆け出しました。
「こらっ、待たんか!」
「待てと言われて待った例が……げふぅ!?」
「あらやだ、手が滑っちゃった」
狙いをすましたかのように魔理沙の後頭部へホルンが衝突しました。先ほどの“スカイキッド”での演奏の際にメルランが使っていたものです。
転倒しつつも、なお這ってでも逃げる魔理沙を追いついた慧音が組み伏せます。
「ちくしょう! お前ら謀ったな!」
「ああ謀ったとも。いつまでたっても仲直りしない教え子のために、私が一肌脱いだんだぞ。感謝して欲しいくらいだ」
「おせっかいな教師に礼を言うくらいなら、博麗神社に賽銭を投げた方がまだましだね」
「元から期待してないよ。その代わり……ほら」
「何だこりゃ? 謝礼金の請求書か?」
「仲直りの教科書だよ」
荒い息を吐く魔理沙の目の前に一冊の本が置かれます。“魔女の帰宅”の台本でした。
「とてもじゃないが“親は泣かせろ”なんて映画は上映できないからな。私が勝手に作り直させてもらった。もし、現状を変えたいという気持ちが少しでもあるなら、それを手に取ることをお勧めする。なければ、上映中止になって私が観客に頭を下げるはめになるだけだ。後は自分で選びなさい」
「おい……」
「ここは寺だが、私は仏ではない。三回もチャンスがあると思うなよ」
言いたいことを言った慧音はそっと魔理沙の上から離れました。そして、落ちてしまったとんがり帽子を優しく乗せてやると、魔理沙に背を向けて歩いていきました。
しばらく魔理沙は呆然としていましたが、周囲の目が集まっていることに気がつくと、急いでその場を立ち去りました。もちろん、しっかりと台本を手にして、です。
「よくもまあ、あの台本を仲直りの教科書と言えたもんだね」
「ふん。私にだって熱血教師に憧れることくらいあるのさ」
リリカとすれ違いざまにからかわれると、緊張が解けたのか慧音は顔を真っ赤にしました。しかし、慧音は熱血教師とまではいかなくても、真剣に生徒のことを考えている教師だというとことは、先の一件を見るまでもなく誰もが知っていることです。
「霧雨の親父と話してくる。気合の入った演奏を頼むぞ」
「そりゃ言うまでもないけど、魔理沙はちゃんと来るのかな?」
「来るさ。必ず」
慧音は予言めいた言葉を残したものの、その結果はなかなか現れませんでした。
“魔女の帰宅”上映開始時刻を五分過ぎても講堂の中に魔理沙の姿はありませでした。それでも騒ぎ立てるような観客はいません。少しでも音を出そうものなら、腕を組んで仁王立ちになっている慧音の視線に射殺されてしまうからです。講堂はある種の異様な空気に包まれていました。
「この緊張はやだなぁ。音が変わっちゃうよ」
「しっ、慧音に殺されるわよ」
「来た」
遅れが十分に届こうかというとき、弦の具合を見ていたルナサが唐突につぶやきました。リリカが聞き返す前に講堂の扉が破られ、軽く雪化粧をしたひねくれ者が箒に乗って姿を現しました。葛藤と共に飛行してきたのか、目じりの横にうっすらと氷の粒がついています。
「遅いぞ!」
「主役は遅れて登場するもの、そうだろ?」
「映画が上映されるまで主役が誰なのか分からないだろうが。頭突いてやりたいが、上映優先だ。早く支度をしてくれ」
「へいへい」
慧音に促されて魔理沙はスクリーンの横に設けられた舞台に登りました。舞台にはすでに両親が待機していて、登ってきた魔理沙と舞台で立っていた父親の視線が交差しました。二人ともお互いの顔をまともに見たのは数年ぶりです。
「ふんっ!」
しかし、それも一瞬のこと。双方が鼻を鳴らして視線を外してしまいました。母親にして妻である女性は困ったような、それでいてどこか懐かしそうな表情で二人を見守ります。その他大勢の観客はこの映画がどこへ行き着くのか予想できず、ヒヤヒヤして見守るどころではありません。
魔理沙は親と離れて目を合わせないように努力していますが、魔法の森と人里だった距離が歩いて数歩の距離まで縮んだのです。大した進歩でしょう。
舞台の上でひと悶着あった間にもプリズムリバー楽団は最後の確認をしていきます。弦楽器担当のルナサはチェロを、管楽器担当のメルランはアコーディオンに似たバンドネオンを、何でも屋のリリカはピアノを、それぞれ準備しています。
「準備はいい?」
「いつでもいいわ」
「手がうなってるよ」
「とにかく魔理沙を見て演奏して、臨機応変に変えていくつもりで。では、やろうか」
魔理沙が台本を開くと同時に映写機が回り、演奏が始まりました。曲は“リベルタンゴ”。喧嘩とは意思と意思のぶつかり合い、あくまでも情熱的に、というアドバイスを受けての攻撃的な選曲です。
バンドネオンとピアノで出だしを飾り、続いて能力を使ってギロなどのその場に出ていない楽器の音を混ぜていきます。その後にメインとなるチェロが重厚な音を奏でると、一通り音が出そろいます。
演奏が盛り上がっていくにつれて映画の中では喧嘩が白熱していきます。いや、その逆でしょうか。
「“魔法くらい習わせてくれてもいいじゃないか。どうしてだめなんだ!”」
「“うるさい! 親に口答えするな!”」
相変わらず喧嘩の理由はわざとぼかされていますが、それでも二人が必死に我を通そうとしている様子がチェロの悲しく、迫力を持った音に乗って伝わってきます。一度も練習をしていないのに親子の息がぴったりと合うのは、映画の中の喧嘩が実際に起きた喧嘩と似ていたからかもしれません。
「“あなたも魔理沙も、いい加減にしてください!”」
「“お前は黙っていろ”」
「“もう限界なんだよ、母さん。どうしても認めないのなら、こんな家との縁なんか切って勝手に魔法を習わせてもらうぞ!”」
「“言ったな? お前のようなじゃじゃ馬は霧雨家の方から願い下げだ。勘当だ!”」
それまで黙って会話に立ち入ろうとしなかった母親が声を上げましたが、ときすでに遅し。ついに決定的な断絶が“リベルタンゴ”の終わりを伴ってやってきました。怒鳴りあっている最中に我慢できなくなったのか、目を合わせないようにしていたはずの父親と娘はにらみ合って正対していました。が、再び鼻を鳴らして後ろを向いてしまいます。
「ルナ姉、お疲れ」
「ねぎらいの言葉は後で。私が主役の曲はまだあるから」
「そうそう、もっと落とさないとね」
欝の音をたっぷりと響かせたルナサをねぎらう暇もありません。“リベルタンゴ”に続くのは魔理沙の“オリエンタルダークフライト”。こちらの曲もルナサの弦楽器が幅を利かせることになっています。
映画の中では家を飛び出した魔理沙が、暗い夜道を駆けて行っているところでした。映画の撮影が別々に行われたので、親と娘が同じシーンに映ることは一度もなかったのですが、皮肉なことにそのことが親子の断絶の深さを象徴しているようです。
やがてたどり着いたのは魔法の森。魔法の修行にはうってつけの場所なのですが、そこに漂う重い空気がモノクロの映像ではことさら強調されていて不気味です。
「次の“魔女達の舞踏会”は軽めにする予定だったけど、どうする?」
「うーん、もっと暗く重くしちゃっていいかな。ルナ姉、がんがん弾いちゃって」
「その代わり、上げるときになったら私が余計に苦労するのね」
「メル姉もファイト!」
「ふふ、リリカもしっかりと全体を調和させてちょうだい」
「おしゃべりはそこまで。魔女になった娘を親父さんに、これでもかというほど見せつけるつもりで演奏」
「了解~」
「涙ぐませてやる!」
場面が変わり、活気にあふれる人里の大通りが映し出されます。その中でも特に賑わっているのは霧雨一族が経営する道具屋“霧雨店”です。店主が店先に立って客を呼び込み、店の中では奉公人たちが慌しく動き回っています。
「“安いよ安いよー! 今日は桶の大安売りだ! さあ、買った買ったー!”」
声を張り上げる父親は、勘当した娘のことなどこれっぽっちも気にかけていないように見えます。ですが、捉えようによってはやけくそになって仕事にのめりこんでいるようにも見えます。
それを見透かしたように、“魔女達の舞踏会”の妖しく可憐なヴァイオリンといたずら心にあふれたチェンバロが騒がしく近寄ります。
「“こんにちは”」
「“へい、いらっしゃ……”」
「“毛糸はあるかしら? 人形用のセーターを作りたいんだけど……何か?”」
映像の中で店主の前に現れたのは、魔法の森に住む魔法使いにして人形遣いのアリスでした。彼女は霧雨親子に配慮してか舞台に登っていません。観客の中から声だけが、まるで雑路から飛ばされたかのように届きました。
「“いっ、いえいえいえ! 何でもございません! 毛糸ですね? ささ、こちらへ”」
声をかけられるまでアリスを凝視していた父親は慌てて店へ案内しました。あくまでも映画の中の話なので、声は仕方がなくやっている感じが残っていますが。
結局、アリスが帰っても父親の調子は狂ったままで失敗続き。挙句には番頭に仕事を任せて引っ込んでしまいました。
「“魔理沙のことを考えていたでしょう”」
その日の夜、ぼんやりと夕食を食べていた父親は、魔理沙と同じく流れるような金髪を持つ妻に声をかけられました。
「“な、何を馬鹿なことを。あんなどら娘のことなんぞ考えたこともない”」
「“にしては昼間の可愛いお嬢さんにはずいぶんと驚いていたわね。彼女が魔法の森に住んでいることを知っていたんじゃありません?」
「“そんなことは……”」
「“私、知っているんですよ。あなたが魔法の森へこっそり出かけたり、魔理沙の部屋に入って泣いているのを”」
「“んなっ!?”」
父親の慌てっぷりときたら、それはそれは滑稽に見えるほどでした。映画の中だけでなく、舞台の上でも同じように慌てて台本を落としてしまうほどですから、本当に驚いたようです。台本を拾い上げると、視線を隣にいる妻の顔と台本の間で何回も往復させました。どうやら、今のセリフはアドリブだったようです。
驚いたのは魔理沙も同じでした。思わず後ろを振り向き、目を見開いてしまうほどでしたから。
「“この際、はっきり言わせてもらいます。魔理沙と会ってください”」
「“いや、しかし……”」
「“しかしもかかしもありません!”」
夫にピシャリと言いつけると、気丈な態度が一転して自嘲的になりました。
「“私だって、情けなかったんですよ。家族が壊れてしまうのを黙って見ていた自分が。だから、機会を見つけたら、もう黙らずに声を上げることにしたんです。お願いですから、魔理沙と会ってください”」
「“……あいつから会いに来たら、そのときは会ってもいいだろう”」
妻に押し切られ、父親は仕方なくうなずきました。本人は意識していないようですが、それはどこか安心した表情でした。
「夫婦ってすごいね~」
「こんなもんじゃないでしょ。ほら、山場はここからなんだから、気を抜かないでシンセサイザーを用意して」
「魔理沙が動揺している。もっと煽ってみよう」
「アイアイサー!」
ここで場面は暗転。次は魔法の森で修行をする魔理沙が映し出されました。元は魔理沙が監督した“親は泣かせろ”から切り取った映像なので、揚々として修行をしていますが、声の方が動揺を隠せていません。
追い討ちをかけるように演奏されるのは“Dim. Dream”。昔の魔理沙を表現しているようで、聴いている者を懐かしくさせてくれますが、魔理沙本人はどう聴いているでしょうか。
「懐かしい記憶を、あわよくば親子でいる記憶を!」
リリカたちの狙い通りになったかは、魔理沙にしか分かりません。ですが、時代を感じさせるメロディーに影響されてか、映像と声の違和感は広がり続けます。
「“なあ、魔理沙。そろそろ親父さんを許したらどうだい?”」
「“こ、香霖か。悪い、何を言ったか聞こえなかったぜ”」
魔理沙の助言者役は、父親と娘の双方に繋がりがある霖之助です。彼も一応は商人であるため、少しばかり口が達者であるはずですが、それ以上に魔理沙が困惑して話どころではありません。
「“別に今の暮らしを捨てて実家に戻れと言っているわけじゃない。一回会うだけでいいんだ”」
「“あーあー、聞こえん。何にも聞こえない”」
もはや魔理沙は台本も、舞台に登らずに声をかける霖之助も見ていません。モノクロの映像だけが勝手に進み、場面に合わないセリフがそれに追従するばかりです。
「まずい。森近殿だと身近すぎて、いつもの小言と変わらないのか。せっかくここまで上手く運んだのに……くそっ」
離れた場所で固唾を飲んで見守っていた慧音が唇を噛み締めました。父親も背中合わせというには遠い位置にいる娘が心配なのか、無意識のうちに背後へと視線をやっています。
突然、音を立てて映写機が止まりました。映像も途切れてしまい、スクリーンに投射されているのは光だけとなってしまいました。
「故障? この肝心なときに!」
我に返った慧音と数名の河童が映写機に駆け寄りました。霧雨親子と霖之助は呆然とし、観客たちはざわめき始める中、唯一、プリズムリバー楽団の三人だけが落ち着いて演奏を続けていました。そして、“Dim. Dream”が終わり、次の曲へと移りました。
始まりは人々を黙らせる厳粛なヴァイオリン。それだけで空気ががらりと変わりました。
「ふん。嫌な感覚……」
霊夢が目を細め、アリスが震えました。そうです、曲名は“リーインカーネーション”。師匠と弟子をつなぐ曲です。
「兄ちゃん、そんな優しい説得はだめだめ。強引にやるくらいじゃないと。お手本を見せるてあげるから、ちょいと魔理沙を借りるよ」
「あなたは……あなただったら、いくらでもお貸ししますよ」
どこからともなく霖之助に声がかかりました。その声の主が誰だか分かると、霖之助は静かに微笑んで舞台から離れました。
「メル姉! 思う存分吹いちゃって!」
リリカの声と暴れるようなトランペットが重なりました。盛り上がりが最高潮に達した瞬間です。
すると、どうしたことでしょう。光しか映していないはずのスクリーンに、うっすらと何かが浮かび上がってきたではありませんか。
「“やあ、魔理沙。久しぶりだねぇ”」
おぞましい悪霊にして魔理沙の敬愛すべき師匠、魅魔の登場です。
「“みっ、魅魔さま!? 旅に出ていたはずでは!?”」
「“そうだったんだけどね、魔理沙の泣き声が旅先にまで聞こえちまったんだよ。可愛い弟子が困ってるときに帰ってこなきゃ、師匠の名が廃るってもんさ!”」
スクリーンを飛び出した魅魔は、腰を抜かしている魔理沙の前にふわりと着地しました。リリカが発案した幽霊式の出現方法はどうやら大成功のようです。
「“ほらほら、泣いてないでしゃんとしな”」
「“泣いてなんかない”」
「“泣いてるよ、心が。悪霊の私にはよーく分かる”」
「“んぐっ”」
魔理沙は立ち上がってすぐ、大好きな魅魔の熱い抱擁に迎えられました。魅魔は師匠としての愛情しか注いでいない、と言っていましたが、それだけでもあふれ出るほど濃厚ではありませんか。
ぎゅっと抱き合った後、魅魔は魔理沙と同じ目線になるように浮かびました。
「“でもね、泣いてるだけじゃだめ。行動を起こさないと。八つ当たするりなり、慰めてくれる人を探すなり、魔理沙はどうしたい?”」
「”私は……”」
優しく、恐ろしいほど真剣な瞳に見つめられ、魔理沙の視線が宙をさまよいます。もちろん抱きつかれているので、身体を動かして逃げることはできません。
逃げられないと分かり決心がついたのか、師匠を見返しました。魔理沙に取り付いていた弱気な悪魔はもういません。黄金色に輝く瞳は、いつもの勝気な光を取り戻していました。
「“私は、母さんに謝って……それから、クソ親父と話がしたい”」
魅魔は愛弟子の言葉を聞くなりニカッと歯を見せてから、肩を何度も何度も叩きました。心の底から笑いかけながらです。
「“それでこそ私の弟子だよ。さあ、行っておいで”」
それから、両肩をつかんでグルリと方向転換。魅魔と同じ微笑みの母親と、気恥ずかしそうに顔をそむける父親の方を向かせます。
「“フィナーレだ”」
魅魔が指を鳴らすと、映写機に生命が吹き込まれて活動を再開させます。プリズムリバー楽団はフィナーレにふさわしい曲を奏でます。“恋色マスタースパーク”、魔女になった少女の派手で騒がしい曲です。
場面は最後、魔理沙が実家へと向かうところでした。映像の中では箒で空を飛んでいますが、舞台の上では自分の足で、しっかりと歩いて両親の目の前まで行きます。
そこで立ち止まっていると、再開したばかりの映像が消えてしまいました。魅魔が止めたのではありません。映画のラストシーンはスクリーンの中ではない、という慧音の粋な計らいです。
「ただいま」
“恋色マスタースパーク”にかき消されてしまいそうな、それでも確かな声で魔理沙は数年ぶりの挨拶をしました。帽子を深くかぶってしまったので表情は分かりませんが、耳の先まで赤くなっています。
「おかえり」
返事をしたのはそっぽを向いたままの父親でした。こちらは耳を見るまでもなく顔全体が真っ赤です。それでも、震える声でしっかりと返事をしました。
二人はそれきり黙ってしまいました。二人にとっては恥ずかしく、心地よい静寂が講堂に降り立ちました。たった、数瞬だけ。
「やったー!」
リリカがシンセサイザーを放り投げ、それに続いて数え切れないほどの座布団と拍手が沸きあがりました。観客は総立ちになって二人のひねくれ者を祝福しています。星などは聖に寄りかかって泣いているではありませんか。
上映会が成功したのです。
「それでは、上映会と霧雨親子仲直り大作戦の成功を祝って乾杯!」
「いえ~!」
リリカの音頭でグラスが割れんばかりに打ち付けられました。もはや何度目になるか分からない乾杯の音頭です。そもそも仲直りの計画に題名が存在したかどうかすら分かりません。それほどまでに酔い、陽気になっているのです。依頼された仕事の成功。これほど素晴らしい酒の肴はありません。
「フナの甘露煮お待ち~ん。たっぷり毒を盛っといたからね」
プリズムリバー三姉妹に慧音、魅魔が集まっているのは、上映会から帰る人を狙って命蓮寺近くに屋台を引っ張ってきたミスティア・ローレライの店です。この五人組は騒々しい上に、プリズムリバー楽団という商売上の敵まで含んでいるので、ミスティアはご機嫌斜めのようです。
「ご苦労様。じゃあ、次は夜雀の丸焼きをいただこうかしら」
七味が山盛りにされたフナを口へ運ぶと、メルランが余裕たっぷりに返しました。
「……性根が腐った幽霊ってどう料理すりゃいいのかしらねぇ」
「黙れ三流歌手」
「そうだそうだ! 舌を切られたくなかったら、さっさと料理を出せー!」
酔っ払いに怖いものなどありません。黒くなったルナサが切り返し、赤くなったリリカが煽ります。ミスティアの中で何かが砕け散りました。
三角巾を取り、和服の袖をまくったミスティアは悪酔い三姉妹に中指を突き立てます。
「ははっ、久しぶりに切れちゃったわ。表に出ろ」
「行けっ! ルナ姉、メル姉やっちゃえ!」
「マンドリンを所望か」
「うふふふ、私のアルペン・ホルンで一撃よ」
「私のヨーデルを聴きやがれっ!」
口喧嘩が弾幕ごっこに発展することなど幻想郷では珍しくもありません。かくして屋台の真上で弾幕の華が開くことになりました。
「姉さんたちが勝てばただ飯になるね。じゃあ、三人になったところで……」
「乾杯はもういいよ」
水割り梅酒を飲んでいた慧音が手を振り、狡猾なリリカをさえぎりました。魅魔は熱燗を片手に弾幕ごっこ観戦と洒落込んでいます。
「それにしても、魔理沙の師匠なんて隠し球があるなら、一言伝えておいてくれればよかったのに」
「よく言うじゃん。敵を騙すには、まず味方からって。今度嘘をつくコツを伝授してあげるよ」
「気が向いたらな。だが、生徒に教えたら……覚悟しておけよ?」
「へーい」
リリカは生返事をしつつ、店主不在の屋台から梅酒のボトルを取り出して慧音のグラスに注ぎます。ほのかに甘い香りが酒飲みの心をくすぐります。
「ともかく、おめでとう。これで枕を高くして眠れるでしょ」
「君たちがいなければ成功しなかったよ。こちらこそ、ありがとう。まあ、成果が出るのはこれからだがな」
「部外者が立ち入るべきではない問題だと思うけど、上手くいって欲しいねぇ」
「できることは全てやったんだ。ここから先は親子だけの問題。もう知らん」
「慧音も意外と冷たいこと言うんだ」
「彼女たちを信頼していると言って欲しいな。足にスケート靴を履かせて氷の上に立たせ、背中まで押してやったんだ。これだけでもやりすぎさ」
おせっかいな教師はそこまで言うと、グイッとグラスを空けました。
「上の連中がちゃんと弾幕ごっこをしてるか見てくる。君のお姉さんたちは弾幕ごっこをするには少々飲み過ぎているからな」
慧音が飛び立つと、魅魔がクツクツと笑ってその背中を送りました。
「どこまでも真面目な先生、って感じのやつだねぇ。いじめがいがありそうだ」
「魅魔は魔理沙について行かなくて良かったの?」
「親子水入らずの団欒……いや、喧嘩かな? 何年かぶりのそれを邪魔するほど、私は悪霊じゃないよ」
魅魔は未練がないことをことさらアピールするように首を振りました。
今頃、魔理沙の実家では霖之助も交えて温かい夕食、もしくは熱い拳の会話が繰り広げられていることでしょう。拳での会話も、意外と通じ合えるものですから。
リリカが霧雨家の様子を酒精が回った頭でぼんやりと考えていると、魅魔が自分の熱燗をリリカに渡しました。
「羨ましいかい?」
「少し、ね」
リリカは一口だけ飲んでグラスを置き、ニヤニヤした顔でのぞき込む魅魔に返します。
「別に嫉妬しているわけじゃないんだ。私たちにも親子水入らずの団欒は存在していたから。でも、魔理沙におめでとう、って言う自分と一緒に、魔理沙の家族を見て指をくわえている自分がいる。ちょっと複雑な気分さ」
「なら、私が君たちの親になろうか?」
冗談とも本気とも取れない言葉をつぶやくなり、魅魔はリリカの背後へ回り、そっと抱きしめました。リリカからは魅魔の表情が見えません。
リリカはまず抱きしめられても驚かない自分に驚き、次にいつまでも抱かれていたい欲求に襲われました。しかし、振り切れないほどの欲求ではありません。
「プリズムリバー三姉妹の親は一人だけだよ」
「幽霊同士、気が合うと思ったんだがねぇ」
快活に、そしてちょっぴり寂しく笑うと、魅魔はフナの甘露煮から七味だけを箸でつまみ、リリカの鼻先へ運びます。
「ほーら、リリカちゃ~ん。ご飯の時間でちゅよ~」
「七味を近づけるな! 胸を押し付けるな! 羨ましいんだよ、こんちくしょう!」
「おやおや、リリカちゃんはおっぱいが飲みたいでちゅか~」
「やめろーっ!」
騒霊の絶叫が幻想郷の夜を切り裂き、それを合図するかのように雪が降り止みました。これで冬の最後のあがきも終わり。ようやくリリーホワイトが飛び回る季節が訪れるでしょう。
もしかしたら、雪が溶けて、桜の木が芽吹く頃、人里の大手道具屋“霧雨店”にマジックアイテムが並ぶようになるかもしれません。
でも、きっと昔と違って双方笑顔だ
そして恋色マスタースパークで一気にクライマックス!
私の部屋はシーンと静かなのに、なぜか万雷の喝采が聞こえたような気がしました。
そしてやはりあなたのプリズムリバー姉妹は素敵ですね。
それにしても慧音が魅力的でございましたわね。ちょっとハァハァしちゃいました。
タグを忘れてたせいで、いきなり魅魔様が出たのには驚いた。次に上映中での魅魔様登場シーンでは奮えた。
途中までは「ちょっと展開が安っぽいかなぁ」という気もあったんですが、読み終えてみれば涙ぐんでいる自分がいました。
プリズムリバーは本当に良い仕事をしましたな。
「旧・月世界旅行」の内容も気になりますw
無声映画という題材で織り成す、親子が和解する過程が、非常に良かったです
無声映画だからこその話でしたね、面白かったです。