「あ、白髪」
「!?」
霊夢は盛大に茶を吹いた。
ひゅるりらひゅ~と冷たい風が吹く季節。境内の掃除も済ませ、どうせ参拝客など来ないだろうと居間で炬燵に入りながら、まったりと茶を啜る霊夢。
時計を確認しながらちょっとだけそわそわする。別にナニを我慢しているわけではない。そわそわ。
するとガラッと戸が開く音がして、「お?」っと期待に胸を膨らませると、
「よう、今日はちゃんといたんだな」
顔馴染みの魔法使いが部屋に入ってきた。
「……ハァ」
ため息。ガッカリだ。期待していた人物ではなかった。
そんな霊夢のあからさまな落胆の色にも魔理沙は気を悪くした様子は無い。というのも、この反応は予想していたからだ。
「ははっ、誰かさんじゃなくて悪かったな」
そう笑い飛ばすと、勝手知ったる人の家。一旦台所の方へ行き、自分の茶を用意してくるとそのままずかずかと炬燵に入り込み、上に置いてあったみかんに手を伸ばす。
「わかってんだったらさっさとどっか行きなさいよ」
「なんだよ、最近付き合い悪いなぁ。まぁそう邪険にすんなよ。せっかく来たんだから、あいつが来るまではいいだろ?」
「しょーがないわねぇ」
なんだかんだで霊夢も本気で嫌がっているわけではない。二人はこれぐらいの文句を言っても許される仲なのだ。
それを自覚しているからこそ魔理沙も遠慮が無い。
とりあえずいつも通り他愛の無い話をして、ゆったりと時間を潰す。これが二人の在り方だった。あぁ、幻想郷は今日も平和だ。
しかしそんな安寧の日常は、魔理沙の何気ない一言でいとも容易く砕け散った。それが冒頭である。
「ちょっ、ど、どこ? どこよ!?」
「ほれ、だいたいつむじの辺りから……あ~、微妙な長さだから自分じゃ見えんかもな」
霊夢は炬燵から出ると、すぐさま棚から手鏡を取り出して確認する。
「あっ、た」
黒髪にまじる一本の白い線。それはうら若き乙女を絶望の淵に立たせる悪魔の宣告。しらが、シラーガ、白髪、SHIRAGA……
(そんな、私にはまだ早い、早過ぎるわッ)
いくら認めたくなくても現実は非情である。指でつまんだその繊維は、確かに霊夢の頭から生えていた。
ここで大抵の人間は大きな選択をすることになる。
(抜くべきか、抜かざるべきか)
白髪は抜くと増える、というのは誰でも聞いたことがあるだろう。あくまで噂に過ぎないのだが、そういう話もある以上、やはり戸惑われてしまうのが人というもの。
しかし霊夢はどうしてもこの白髪を抜きたい衝動に駆られていた。何故か。
(どどどどどどうしよう、早苗には知られたくないッ)
そう、このようなことを知られたくない人がいるからだ。
どうしたものかと、苦い顔で鏡を覗きながら白髪を弄っていると――
「何してるんですか?」
「あひぇーッ!?」
突然声を掛けられ、驚きのあまり変な声を上げてしまった。別に奇声を発する程度の能力とかそんなのではない。
そしてその拍子に白髪までブチッと抜いてしまう。
『あ』
霊夢と魔理沙が呆然とする中、首を傾げる緑髪の人物。
「呼んでも返事が無かったので勝手に上がらせてもらいました」
「い、いらっしゃい」
現れたのはどんぴしゃで早苗であった。よりによって霊夢が今一番会いたくない人である。
流石現人神は空気が読める! あまりのタイミングの良さに霊夢は内心泣いた。
「で、どうかしたんですか?」
「べべべべべべっつにー、いいいいつもどーりヨ?」
ぷるぷると震えながらゆっくりと早苗の方に顔を向ける。その笑顔も非常にぎこちない。
抜いてしまったものは仕方がない。抜いた白髪はとりあえず炬燵の中に突っ込むが、霊夢は焦りに焦っていた。何を隠そう、彼女は早苗と付き合っている。
二人の仲は両親……両神公認。よくお互いの神社を行き来しており、昨日は霊夢が守矢神社に行ったので、今日は早苗が博麗神社に来る番だった。
とにかく、そんなわけで早苗にだけは白髪のことは知られたくなかった。当然だ、好きな相手には出来るだけ良い格好をしたいに決まっている。
特に二人は付き合ってまだ日も浅い。イメージアップもままならぬのに、イメージダウンなどもってのほかだ。
「……なんか焦ってませんか」
「ソンナコトナイワヨ。え~と、ただ、今日はちょっと肌寒いかな~、って」
「あ、それで震えてたんですね」
さて、早苗が来るのが朝から待ち遠しくてそわそわしていた霊夢だが、今は別の意味でそわそわする破目になってしまった。どうしたものか。そわそわ。
(魔理沙、絶ッッッッッ対に誰にも言うんじゃないわよ)
(お、おう)
(……よし、もういいでしょ、行け)
(お、おう)
とりあえず早苗が来たので魔理沙は追い出すことにした。
親友間ならではの情報伝達、アイコンタクトによって意思疎通を果たす二人。内容は全然親友っぽくないけれど。
「さ、さーて、私はそろそろおいとまするか。じゃあな、二人とも」
「あ、そうですか。ではまた今度」
「じゃあね」
「おーう。……ッ!?」
挨拶して立ち上がった魔理沙は、しかし急に目を見開いて息を詰まらせた。
(? どうしたのよ)
(れ、れれ、霊夢)
(何よ、さっさと――)
(……白髪、もう一本ある)
霊夢は爆発した。 ※イメージです
別に白髪は増えたわけでも「バカめ、そっちは残像だ!」などという罠を張ったわけでもない。そう、やつらは初めから二本あったのだ。
霊夢が早苗の方に顔を向けたことにより、魔理沙の方から先程は確認出来なかった後頭部の白髪が見えてしまったのだ。
(あばよ)
(そ、そんな、待ってッ、行かないで魔理沙!)
(悲しいけどここ、幻想郷なのよね)
居間から出る直前に振り向いた親友の表情は「ぶぁっはっはっはははは! 愉快なことになりやがって、普段から年寄りみたいな過ごし方してるからだろ。さーて、お邪魔虫はさっさと退散するかうぷぷッ」といった感じ。
霊夢の懇願の眼差しをものともせず、すたすたと行ってしまう魔理沙さんマジぱねぇッス。
(覚えてなさいよ……)
心に鬼の角が生える。脳内に広がる拷問技の数々。霊夢さんマジぱねぇッス。
「霊夢さん震えてますよ。そんなに寒いんですか?」
「え、い、いやぁ、大丈夫よ。うん、でもそうね、ちょーっと寒いかな~、なんて」
とにかく今日は背中を見せてはいけない。正確に言うなら後頭部を見せてはいけない。
おそらく早苗が霊夢の白髪を見たからといって、どうなることもないだろう。しかしそういう問題ではないのだ。これには乙女の意地と純情がかかっている。
「えへへ、あっためてあげます」
どうやって乗り切ろうかと霊夢があれこれ考えている間にも、早苗は後ろに回り込んで覆い被さろうとしていた。どうやら背中から抱きつこうという魂胆らしい。
「わ、私の後ろに立たないで!」
慌てて振り返り、その体を払い除けてしまった。あまりにハッキリとした拒絶の態度に、早苗はきょとんとしている。
(やっちゃったッ)
気まずい空気になるのをおそれ、すぐさまフォローしようとする。
「あ……ご、ごめ――」
「キャーッ、出たー! 『俺の背後に立つんじゃねぇ』をまさか生で見れるなんて! あれ、でも霊夢さんって殺し屋……みたいなもんですよね。凄いです!」
「へ?」
「すみません私、素人なもので。次からは気を付けますね」
「あ、うん……うん」
が、気まずい思いをさせるどころか、自分が早苗の言葉を理解出来ずに気まずくなってしまった。天然外来人おそるべし。早苗さんマジぱねぇッス。
(と、とりあえずごまかせた、かな?)
見られなかっただろうか、本当に傷付けてはいないだろうか、というか実はとっくにバレてるとかないだろうか、……諸々心配で堪らない。そわそわそわそわそそわそわ。
霊夢がそんな様子なもんだから、早苗も気になってしまい……
「霊夢さん、そんなに体を動かして寒い寒いって……もしかして風邪ですか!? か、看病します!」
見事に勘違いしてしまった。
「へ? い、いや、別に風邪なんて」
「ちょっと黙って下さい」
早苗は問答無用で霊夢と自分のおでこをくっつけた。
(ちかいちかい近いッ)
ボフンッと顔に熱が集まり、真っ赤になってしまう。
「やっぱり熱いですよ」
(あんたのせいでしょうが!)
頭ではツッコんでいるが、実際には口をパクパクさせるだけで声には出ていない。
わざとやってるんじゃないかという程のお約束的展開。それを素でやってしまうのが早苗の早苗たるゆえんなのかもしれない。
「薬飲んだ方が良いですよ」
「あ~、でも今きらしてるし」
「だったらうちによく効くのが置いてあるんで、すぐに取ってきます!」
「え、ちょちょちょ、待ってよ。いいって、私は大丈夫だから」
「無理はいけません! それに私、滅多に風邪とかひかないんで、薬もこういう時に使っておかないと」
「そんな……、ッ!」
過剰に心配する早苗をなんとか宥めようとしていたが、ふと閃いてしまった。
(これはチャンスだわ)
「そう? じゃあ悪いけど、お願いしてもいい?」
「まっかせて下さい! それじゃあすぐに戻りますので、安静にしてて下さいね~」
言うなり、早苗は出て行った。早速、薬を取りに守矢神社へと向かったのだ。
「今のうちに!」
それを見届けるとバッと鏡を取り出し、再び後頭部を映そうと四苦八苦する。
「あぁん、もう、どこにあるのかわかんないじゃない!」
しかし鏡を一枚使ったところで、自分の後頭部を見れる者などいない。妖怪などでならいるかもしれないが、少なくとも人間の霊夢には無理だった。
「くぅ、こんなことなら強引にでも魔理沙に残っててもらうんだったッ」
いくら鏡の角度を変えても見えないものは見えない。白髪に当たるまで適当に抜くにしても、自分の毛を抜いていくなど乙女のハートに多大なダメージが残ってしまう。
というか何本抜けば当たるのかもわからない。博麗の勘も万能ではなく、こんなところでは発揮されない。
万事休すかと諦めかけた。その時――
「お困りのようね、霊夢」
「この声は」
霊夢が声のした方を見ると、そこに立っていたのは他でもない。早苗の保護者であり、信仰の対象でもある妖怪の山の神様――八坂神奈子その人だった。
「お義母様!」
「誰が!?」
「ふむふむ、なるほど」
霊夢は神奈子に事情を説明した。出来れば誰にも知られたくはなかったが、最近は早苗との交流から何かと親近感も湧いており、意外と抵抗無く相談出来た。
「まったく、博麗神社に行った早苗が、慌てて帰って来て『霊夢さんが風邪をひきました!』なんて言うもんだから、心配して来てみれば……やれやれ」
「あ、心配してくれたんだ」
「あ……い、いや、違ッ。わ、私は、私の神徳を強く受けてる筈のあなたに風邪なんかひかれたら信仰に関わると思って……!」
うっかり口を滑らせたといった感じに焦る神奈子。わたわたわた。
「って、そんなことはいいの。ほら、ちょっと頭貸して」
神奈子は霊夢の頭を抱きかかえると二、三度ゆっくりと撫でた。
「はい、これでよし」
「抜いてくれたの?」
「そんなことしてないわ」
「髪の色素を濃くして、頭皮をちょっと強くしただけよ。これでしばらく白髪も生えないわ」と、人差し指を立てて得意気に言う神奈子。霊夢は感動した。
「あんたが神か……!」
「何をいまさら」
突然尊敬の眼差しを向け始めた霊夢に半ば呆れつつも、満更でもない様子。
「霊夢さーん! 薬取って来ましたよー!」
と、玄関の方から早苗の声がした。
「あの子にあまり心配かけさせないでね」
「わかったわよ」
その返事に満足気に頷くと、神奈子の体はスーッと薄くなっていった。分社経由で移動するのだろう。だからこそ早苗よりも早くここに来れたのだ。
神奈子の姿が完全に消えるか消えないかというところで、早苗は居間に入ってきた。
「? 今だれかここにいませんでしたか」
「居間には私がいるでしょ」
「え? あ、そうですよね。……あれ?」
首を傾げる早苗に、霊夢はくすくすと笑う。
「と、それより早く薬飲んで下さい!」
錠剤を渡されるが、それをやんわりと断る。
「ありがとう。せっかくだけどいいわ、もう楽になったから。熱も計ってみたら普通だったし」
「そう、ですか? ならいいんですけど」
まだ若干心配そうな顔をしつつも、霊夢が本当に平気そうにしているので、どうやら安心したようだ。霊夢も懸念から解放されて一安心。
改めて二人は炬燵に入り、ホッと一息吐いたのであった。
さて、思わぬ事件(?)はあったものの、ようやく落ち着いて二人っきりになれた。
今日はこれから炬燵の中でお互いの足を絡ませ合ったりなど、キャッキャウフフなことをしながら幸せな一日を過ごせるだろう。
そんなことを考えて、霊夢はだらしなくニヤついていましたとさ。めでたしめでたし。
「あ、霊夢さん、白髪落ちてますよ」
霊夢は爆発した。
レイサナは小さい事を気にしない、ほのぼの一家になりそうですなぁ…
「驚きのあまり変な声を上げてしまった。」来る……! ヤツが来るぞ……!!
「その笑顔も非情にぎこちない。」間違ってるんだけど合ってる。そのままでいいか。
普通にコメントしてるのになぜ「禁止ワードが含まれています」になるんだwww俺のコメント自体が規制対象なのかwww
が原因だった……なぜ?
ちなみに関係ないですが「う ふ ふ」が禁止ワードです。
多分黒歴史的な意味で。
あやかりたい……
冒頭で茶を吹かせるのって好きです、なんとなくっ!
で、白髪から始まるお話ですね。
やっぱり少女だとそういうところ気にするのかなぁ
とか思いながら仕草を気にしながらたのしませていただきましたっ
そりゃ無いっすよwwwwずわいがにの旦那ぁwwwww
いや、マジでビックリしましたww
ちょっと神奈子様信仰してくる!
白髪はなるべく生やしたくないなぁ…。
好きな子の前じゃ気になっちゃうよね!仕方ないね
明日wo生きるエネルギーだっ!!
ってあれ?咲夜さんも銀髪じゃないか。
終始ニヤニヤしっぱなしでした。
従者組は基本白髪ですね……過度なストレスによって、あんなに真っ白に(ry
白髪か~……苦労すると生えると言う話もありますね。
私の友人には、20の若さですでにロマンスグレーに片足突っ込んでる人がいますから……
「お義母様」に新たな組み合わせの可能性を見た。
霊夢の焦り方など面白かったです
とか言ってみます(ぁ
なるほど、だから八坂の神様に白髪はないのか!
今度は脇レミでお願いします
にしても神奈子様がお義母様なら諏訪子様はなんなんだろう。やはりお義母様なのか。