そろそろ陽が落ちるころだとベッドから抜け出し、まずは紅茶を飲もうとリビングに来たんだけれど、見たことのない奴が紅茶を飲んでいた。
カリスマ席に座って。
丸テーブルならどこに座ろうと許そう。私のお気に入りの席に座っていたところで大して気にはしない。
しかし、長テーブルの主が座るべき席――確か、まだ咲夜が十歳だったかな? 紅魔館に来たばかりの頃に書いてくれた私の肖像画を背後に掛けてある、そのカリスマ席に座るたぁ、いい度胸してるじゃないか。
グングニルか? グングニルが欲しいのか?
とりあえず、私の姿を見つけて一瞬で傍に来ていた咲夜に聞いてみる。
「あいつは誰?」
私の耳元で咲夜がそっとささやく。
「綿月豊姫ですよ」
「……誰? それ」
「綿月」というのはどっかで聞いた事あるような気もしたけれど――結局思い出せなかったが、そんなことはどうでもいい。
早くどけ。
「月で会った綿月依姫のお姉さんですよ」
月?
ああ、あのときの。って……依姫さんのお姉さんですか! そういえば、「綿月」って姓だった。
月では咲夜の膝枕が心地良く、寝返りをうつ振りをして咲夜の側に顔を向けたら、濃厚なおなごの匂いがしたっけ。あの匂いで暫くは情熱が満たされていたわね。
その月で戦った相手が依姫さんだ。その依姫さんのお姉さんということは、この方も師匠のお弟子さんではないか。これは失礼があってはいけない。
かといって、私と師匠の関係は内緒だからいつもどおりに接するしかないのだけど。
だから、普通に挨拶をする。
「私が紅魔館当主レミリア・スカーレットよ」
「あなたが」
というと、見下したような視線を送ってくる。人の館に来ておいて主に挨拶もしないのか。
くそっ。師匠のお弟子でなかったら不夜城レッドなのに。
「それでここに何のよう?」
「下賎な民の穢れた巣だけど、この際構わない。ここでいいから暫く宿泊させてね」
随分なめた態度をとってくれてるじゃないか。あのくされ天人、比那名居天子よりも態度でかいよ。超でかいよ。
でも、私の師匠のお弟子さんなんだから、我慢する。
もちろん悪態だけはついておく。
私たちの師弟関係は、咲夜や姫にだって内緒なんだから。
「帰れ」
威厳を80%にまであげて豊姫さんに言い放つ。
そんな私の悪態を無視して豊姫さんが一通の封書を手渡した。表にはレミリアスカーレット宛、裏には八意永琳と書いてある。
私がさっそく師匠からのお手紙の封をきると、封書から浮かび上がった数字が零から一に変った。
この師匠の印は知っているけれど、やっぱり私と師匠の関係は映姫や紫にだって極秘なんだから、一応、驚いてみせる。
そんな私に豊姫さんは得意げに説明した。
「それは八意様にしか作れない印で封を開けた回数がカウントされるのよ。今、一になったからまだ誰も読んでいないってことよ」
そんなことはわかっているけど、一応、納得した顔を見せておく。
さて、お手紙の内容は……と。
マジですか……永琳師匠。
私が日本の古典『源氏物語』にインスパイアされて計画した壮大な十六夜咲夜プロジェクト――将来性豊かな子供を養い、自分好みのレディーに育て上げるという崇高な計画を思いつく一千年以上も前に、すでに実行なさっていたあの方は、やはり違う。エクセレント。
ふふ、これで咲夜のあんな姿やこんな姿を堪能できるってわけね。想像しただけでたまらない。
了承の合図を送ると、咲夜が豊姫さんに伝えた。
「お嬢様が滞在を許可してくださりました」
「そう。それじゃ、よろしく」
というと、豊姫さんは紅茶のおかわりとお茶菓子を要求した。
咲夜が用意した新しいお茶菓子を口に運ぶ豊姫さんのお相手は、本来なら主である私が直々にするべきなんだけど、私には師匠から重大任務を与えられていた。
「咲夜、私は永遠亭に行くから、お前はこいつをもてなしておいて」
「はい、お嬢様」
私のいいつけに了の返事を返すと、咲夜はすっと日傘を差し出した。
いつもの種なし手品にみせかけて、多分今のは種あり手品。
咲夜は意外と遊び心を持っていて、日常の中にいろいろな仕掛けを施してくれる。
瀟洒なだけじゃないその仕事ぶりの華麗さは、優曇華の花。
そんな咲夜はろくでもないこともしでかしてくれるけれど、それも退屈な日常を彩る一輪の花。
今はもう日傘の必要ない時間だけど、朝帰りのつもりだからそれを受け取る。
「それじゃ、行ってくる」
咲夜がメイドをお供につけようとしたけれど、それを断って私は一人で永遠亭に向かった。
出るとき、門にいた美鈴に大事なお客様が見えていることを伝えておいたから、今晩は霊夢だろうが魔理沙だろうが侵入者は美鈴が追い返すだろう。
豊姫さんが紅魔館にいるなんてことが誰かの口から紫に伝わりでもしたら面倒だから、美鈴に期待しておく。
私の期待に美鈴が応える可能性は、博麗神社の宴会で霊夢のにゃんにゃん踊りを見ることができる可能性よりも高いはず。
いつも紫が橙にさせてるけど、あれはいい。もちろん、咲夜にはさせている。ただし、私の部屋でしかさせないけどね。
意外とノリノリで踊る咲夜は、萌える。
☆
すでに暗くなっていた空をばっさばっさ飛んで永遠亭に向かう。月がとってもきれいだから、本気で萌えるわよ。
永遠亭に着くと、師匠のお弟子さんである鈴仙さんが出てきた。鈴仙さんの頭の上でうさ耳が揺れる。悪くないね。今度咲夜につけてみようか。
うさ耳にゃんにゃん。
「永琳はいる?」
普通に、声を掛ける。
「ええ、こちらへ」
そういうと、鈴仙さんは私を居間に通した。そこでは姫と師匠が卓袱台に並んで座っていた。
卓袱台の上にはなにやら不思議な映像が浮かび上がっていて、その映像の中では虎柄の水着みたいな衣装を着た鬼っこが少年に電撃を食らわせていた。だっちゃ、だっちゃ、やかましい鬼っこだった。二枚目な青年が巻き添えをくって三枚目な表情になったところで映像が止まった。
そして、私に背を向けて座っていた姫がとくに興味もなさそうに顔だけを向けて、
「珍しい。何のようかしら?」
といってきた。その姫の胸を師匠が眺めて恍惚とされている。表情にはでないし、視線も誰にもさとられないようなさりげなさだけど、賢者の心は以心伝心。カリスマがそれを見逃さない。
「永琳に話がある」
師匠の手紙に書いてあった通りの台詞を姫に告げる。棒読みになってないか心配だけど、大丈夫かな?
「どういう用件かしら?」
予定どおりの台詞で師匠が返してきた。
「おまえの弟子とかいうのがうちに転がりこんできてるのよ。まぁ、一応客人として置いてやるけど、なんとかしてよね」
うん、言えた! 一番長い台詞だったけど、とちらなかった。あとで師匠に誉めてもらおう。
「豊姫かしら?」
「確かそんな名前だったわ」
「そう。それじゃ、今からいって説得してくるわ」
「大体、なんでうちに来てるのさ?」
「あぁ、なんか依姫と喧嘩したらしくて。それで仲直りさせようと思ったんだけど話がこじれちゃってね」
師匠が一度溜息をついてから、話を続けた。
「悪いわね、迷惑かけて。大丈夫よ、一晩で連れ戻すから」
「いいよ。でも私はあんな奴の相手すんの嫌。だから、朝までここにいさせてもらうよ」
その私の台詞に、師匠が予定通りに困ったような顔を見せて告げる。
「しょうがないわね。じゃぁ、私の部屋を使っていいわ。いいですよね、姫様」
「ん? 私はどうでもいいわよ」
よし! 上手くいった。姫さえ篭絡できれば問題ない。これで、師匠のむふふ計画は成功したも同然。
「じゃ、こっちに来てちょうだい」
そういうと師匠は私についてくるように促した。私は師匠の後ろをいつもどおりのカリスマ歩行でついていった。
カリスマ歩行の秘訣は威厳と愛らしさの比率にある。3:7ぐらいが丁度いい。もちろん、愛らしさが7。
かつての私は威厳ばかりに頼っていたけれど、師匠の著書である『脱カリスマ』を読んでから考え方が変わった。
威厳だけを押し出しても従者や妹はついてこない。
真のカリスマには愛らしさこそが重要だと気付いたんだよ。
そして、今、威厳と愛らしさの絶妙なブレンドを習得し、『真カリスマ』という新境地に到達したんだ。
その真カリスマを振り撒きながら歩き、師匠の部屋に着いた。
師匠の部屋は和風な造りになっていて、坪庭なんかがあったりする風情のある部屋だ。
その師匠の部屋に入ると、すぐに鈴仙さんが二人分のお茶を出してくれた。
「ありがとさん」
一応、客だから普通にお礼をいう。私だって一通りの礼儀作法は知っているし、正座だって出来る。
おりこうさんなんだよ。
「そういえば、鈴仙優曇華院イナバって変った名前ね」
本当は雑談なんてしてないでさっさと事を運びたいけど、何も声をかけないのも不自然な気がしたんだ。
「これは師匠がつけてくれたんだ」
「へえ、永琳が」
「正確には優曇華院の部分ね。鈴仙は月にいたころからの私の名前。豊姫様がつけてくださったの。イナバは輝夜様にいつもそう呼ばれるからいつの間にか名前みたいになったの」
ふ~ん。優曇華は師匠がつけたのか。ということは、鈴仙さんも教育するつもりかな。
月の兎というのは月の人にとってはペットなんだそうだ。
そして、ペットにもいろいろあるそうで、この兎はそういうペットなのかもしれない。
師匠ったら、私の想像をはるかに超える賢者様だものね。
私がそんなことを考えて黙っていると、鈴仙さんは雑談にきりがついたと思ったようで、部屋から出て行き、襖を閉めた。
鈴仙さんの足音が遠ざかるのを確認して、私は師匠に話しかける。
「師匠、豊姫さんは咲夜がちゃんと接待してるよ」
「ありがとう、レミちゃん。それじゃ、計画通りにやるわね」
「うん。早く! 早く!」
「もう、そんなに急かさないで」
というと、師匠は床の間の掛け軸を外し、そこに紅魔館の浴室を映し出した。
これは師匠の秘術だけど、紫の隙間みたいなもの。ただ一つ違うのは、こっちからは空間が繋がっているけど、向こうからは繋がっていない。
つまり、こっちからは丸見えでも、向こうからは一切見えない。さらに、やろうと思えばこっちからならお触りもできる。
師匠が覗きのために開発した秘術のひとつであり、月の賢者の二つ名は伊達ではない。
「それじゃ、行って来るね、レミちゃん」
師匠は紅魔館に向かった。
綿月姉妹は姉妹揃って師匠に教育されていて、今晩は紅魔館で師匠と豊姫さんがお二人で会うことになっている。
豊姫さんが依姫さんと喧嘩したなんてのは嘘。姫の手前そういってるだけ。
ほんとうは師匠と会うために地上に降りてきた。もちろん、賢者モードなのだと思う。あるいは……。きゃっ、師匠ったらすすんでる!
そんなことを思い巡らしながら悶々としていると、遂にこのときがやってきた。
咲夜が入浴。
ご褒美タイム。
できれば、写真に収めておきたいけれど、どういうわけか咲夜は写真を撮られると魂を盗られるなんて信じていたりするから、私も撮らない。
咲夜が嫌がることはしない。
咲夜は何でもいやな顔ひとつせずにこなすようなイメージがあるかもしれないけれど、そんなことはない。本当にいやなことは露骨に嫌がる。
最近では、私が咲夜の納豆にマヨネーズをかけてあげようとしたら拒否された。あのおいしさが何故わからないのだろう。
まぁ、納豆はどうでもよくて、今は咲夜入浴ショーで咲夜のスレンダーボディーを堪能しているのだけど、別に咲夜の裸をみるだけならこんな手の込んだことはしない。私が脱げといえば咲夜は躊躇なく脱ぐ。試した事はないけれど、人前であっても平気で脱ぐかもしれない。もちろん咲夜は私のだから他のやつになんてみせてやんないけど。
そんな咲夜ではあるけれど、私は裸をこっそり覗いてこそ味わえるものもあると思う。他人の目を意識していない自然な姿がいいんだよ。
そして、たっぷりと美しい裸身を楽しんだ私は、咲夜がお風呂からでると特にやることもなくなった。
永遠亭はみんな昼型だから誰も遊んでくれそうもないし、師匠の部屋に隠してある秘密の書物を読んで過ごすとしよう。
師匠からの許可はもらってあるんだ。
師匠の書棚は二重になっていて、本をのけると隠し扉が出てくる。
その扉を開けると、そこには師匠秘蔵の書が数多く納めてある。
そのたくさんある秘密の書物から一冊取り出すと、そこには顔に見覚えのある少女の裸身がたくさん載っていた。
依姫さんのだ。私が会ったときよりも若い。人間でいえば、十代前半くらいかな?
私は、朝までの退屈な時間をその依姫さんの裸身を眺めて過ごすことにした。
依姫さんはその頃からスタイル抜群でヌードも見栄えがするけれど、やっぱり咲夜のが一番いい。
☆
朝になり、師匠は豊姫さんを連れて帰ってきた。
師匠はいつもどおりの顔だけど、豊姫さんはどことなく頬が赤い気がした。
私は師匠とアイコンタクトで「昨晩はお楽しみでしたね」と挨拶を交わすと、さっさと永遠亭をでる。
早く咲夜の顔を見たくなった。
私は別に咲夜とそういう大人なことがしたいわけではないし、咲夜に対して従者以上の感情はもっていない。と、思う。
賢者ではあるが、基本ノーマルなんだ。
セクハラ親父のモノマネとかいいながら、咲夜のお尻を撫でるぐらいはノーマルの範疇……だよね?
紅魔館に戻ると咲夜が朝食を用意して待っていてくれた。
いい匂い。
食事もそうだけど、咲夜も。いや、むしろ咲夜が。
食事はとると、すぐに部屋に戻る。
部屋に入ると、もう一度ゆうべ見た光景を脳内スクリーンに投影してみた。
咲夜は確実に成長していて、もうすぐ一番いい体つき、大人と少女が同居する素晴らしい体つきになるはず。
そうやって咲夜の裸を思い返しているうちに、いつのまにか眠りに落ちていた。
そして、昼過ぎに目が覚めた。とりあえずベッドを出て食事にしよう。
咲夜はどこにいるかな?
咲夜は呼べば瞬時に目の前に現れてくれるけど、すぐに食事したいわけではないから、のんびりと探してみる。
図書館に来てみた。
「なるほど、そういう使い方もあるのですね」
咲夜の声だ。
「そうよ。このとき何か鍵になる仕掛けを施しておくとさらに安全」
相手はパチェ。
パチェは誰にでも親切にするようなタイプではないけれど、咲夜の面倒は昔からよく見てくれていた。
「隠しておくだけでは不安ですからね。鍵をかけておけば仮に見つかっても中を見られることはないということですね」
咲夜はパチェに何か教えてもらっているみたい。多分、魔法を使った何か。
パチェが基礎だけは教えたから、咲夜も多少の魔法が使える。
もともと器用な咲夜はその基礎だけでもいろんなことに応用して使っているみたいだった。
異変解決のときも自動的にナイフが出るような仕掛けを施したりしていた。
咲夜が時間止めるしか脳がないと思ったら大間違いで、人間に出来うることなら大抵器用にこなしてしまう。
そのくせ抜けているから、咲夜は可愛い。もう一度いう。咲夜は可愛い。
咲夜の場合、わかってボケているのかどうか区別がつきづらいというのが難点だけど。
さて、話は終わったみたい。
「咲夜、食事を用意して」
「あら、お嬢様。おはようございます。今、ご用意いたしますね」
そういうと咲夜は目の前から消えた。きっと、私がリビングに行けばちょうどできたての料理が出てくるのだろう。
でも、今大事なのはそんなことではない。咲夜はドロチラしていなかった。
つまり、パンツ。
咲夜は普段ドロワのくせにたまにパンツをチョイスしてくれる。そして、私はパンツが好きだ。
理由は簡単で、ドロワだと咲夜の綺麗なお尻の形が隠れてしまうからだ。
その点パンツは素晴らしい。咲夜の綺麗なお尻をしっかりと引き立ててくれる。
幻想郷は圧倒的にドロワ派が多いし、私もドロワの良さは認めている。しかし、それと同時にパンツの良さも理解しているのだ。
幻想郷にももう少しパンツ派がいてくれてもいいと思うのだけれど。
そんな哲学しているうちに、リビングについた。
テーブルの上にはあつあつの料理がならんでいる。さっさと食べてしまおう。
私が咲夜の料理を一気に詰め込もうとしてむせると、咲夜が微笑みながら口元を拭いてくれた。
「そんなに急いで食べなくても誰もとりませんよ」
「別に急いでなんかない」
急いでいるけど。
「そうですか」
といって咲夜はいつもの待機モードに戻る。待機モードはいいけど、なんで気配まで完全にけしてしまうのだろう。
ひょっとして、私、狙われてる? なんて考えてみたけれど、そんなわけはないのであって妄想は広がらなかった。
「ごちそうさま」
ちゃんといって、いい主アピールして、席を立ち、咲夜に申し付ける。
「部屋にいるから呼ぶまで来なくていい」
そして、部屋に大急ぎで戻り、ドアを開け、周りを見渡す。不審な者はいない。メイド達が遊んでいるだけ。
メイドよ、主の部屋の前でボール遊びはやめてほしい。
庭でボール遊びをすると咲夜や美鈴に怒られるからって何で私の部屋の前で遊ぶかな、こいつら。
賑やかなのは好きだから、私も一々文句言わないけどさ。
そんなメイド達のことは放っておいて、部屋に入るとドアを閉め内鍵をかける。
これで私は自由だ! まぁ、いつも自由何だけどさ……。
早速ベッドの下に潜り込む。
そこには秘密の階段があり、そこを降りると秘密の通路がある。
この通路は元々私とパチェしかしらない緊急用の退路として作ったもの。幻想郷に来る前には何度か使った記憶がある。
幻想郷にきてからはずっと使い道がなく放置していたけれど、一年前、この通路に使い道が出来た。
師匠がこの通路に覗き窓を設置してくれたんだ。
これは外の世界の技術を応用したものらしく、やはり、こちらからは見えて向こうからは見えない仕組みになっている。
この通路は咲夜がよく行き来する廊下の下を通っているから、絶好のピーピングポイントになっているんだ。
通路にはろうそくが灯されているが不思議とこの一年消えたことがない。
私のカリスマのなせる業、もしくは、運命を操る能力のおかげ。
そして、くもの巣一つない秘密の通路を歩いていくと、PPに到着した。
天井部分の窓を覗き込むと、ちょうど咲夜がそこに立ってメイドと話をしていた。
咲夜のスカートの中は素晴らしい光景を見せている。
パンツにはくまさんプリントがついているけれど、あれは私とおそろいのパンツでこの間あげた奴。
ちゃんと穿いてくれていることに、ちょっとうるっとした。
そんな咲夜の幻想郷百景の一つに推薦したくなるような絶景を目にしていると、なんだか自分が親父化していく。
何度か咲夜が窓の上を通り過ぎたり、窓の上に立ち止まったりするたびに、私の親父度は急上昇する。
そして、私の親父度もそろそろ臨界を迎えようかとしたころ、咲夜が夕食をリビングに運んでいるのが見えた。
宴はここまで。仕方なく私は部屋に戻り、リビングへと向かった。
夕食はハンバーグ。にんじんは入ってないよね? あの妙な甘ったるさが苦手なんだ。うぇってなる。
咲夜の作ったにんじん入りのハンバーグを半べそになりながらもなんとか平らげた私は、咲夜に後で部屋に来るように言いつけた。
別に説教しようと言うわけではないし、にんじんの恨みを晴らそうというわけでもない。
師匠の部屋から拝借したうさ耳を咲夜につけ、にゃんにゃんさせてみたいだけ。
部屋で待っていると、すぐに咲夜が来た。
その咲夜に、
「これつけて」
といって、うさ耳を渡す。
「これでよろしいのでしょうか?」
咲夜がヘッドドレスを外し、うさ耳を頭につけた。
うん、このあいだつけてみたねこ耳には劣るけど、これも悪くない。
期待感で私の胸が張り裂けそう。
「いつものにゃんにゃんやりなさい」
と命じた私に咲夜は優しく微笑んで、踊りだす。
ねこ手で踊りだす。
右ににゃん。左ににゃんにゃん。
頭の上でにゃんのリズムに合わせて揺れるうさ耳が、綺麗と可愛いを絶妙なバランスで見せる咲夜に映える。
予想以上の萌えに悶えそうになった。
ごめん、正直にいう。
悶えたんだ。
ベッドの上でのたうちまわった。
ごろごろ往復した。ちょっと羽が痛くなった。
咲夜も楽しそうだった。
☆
朝を迎え美鈴が変な体操を始めた頃、私はベッドに潜りこみそのまま眠った。
夕方までぐっすりと眠り目を覚ますと、机の上に手紙が一通置いてあった。師匠からだ。
封を開け読んでみる。
――――二日後の夜、このあいだの部屋を使いたいのだけれどいいかしら?
師匠のお願いなら応えねばならない。私は咲夜を呼ぶと、二日後に来客があるから部屋の準備をしておくようにいった。
咲夜はどなたがこられるのか? と聞いてきたが、教えるわけにはいかないと思ったから、食事とか接待は必要ないから部屋だけ準備しておけと命令した。
咲夜はそれ以上聞いてくることなく了解し、夕食の準備に戻った。
そもそも私が永琳を師匠と呼ぶようになったのは、永夜異変後の宴会でのこと。
たまたま隣同士に座って呑んでいたら、どんな話の流れだったかは忘れたけれど、私が『源氏物語』が好きだといったときに、師匠がいった。
――――私が書いたのよ。
最初、冗談だと思ったんだけど、師匠の話を聞いているとどうやら本当だということがわかってきた。
永遠の中で暇つぶしに書いたのが、あの歴史的長編小説。
師匠の暇つぶしは歴史を彩る。
そして、師匠の賢者ぶりも筋金入りであることを知った私は師匠に弟子入りを申し出た。
師匠は快く受け入れてくれた。
それ以来、師匠とは時々会い、賢者会談を行い、数々の武勇伝を聞かされた。
師匠は凄い。そして、エロい。
そんな師匠が二日後に紅魔館にくるわけだけど、門から普通に来ないことは容易に想像できる。
多分、直接部屋にくるのだろう。咲夜には当日、その部屋に行かないようにいっておかなきゃ。
別に姫にさえばれなければいいのかもしれないけれど、私と師匠の関係を疑われるようなことはできるだけ避けたいんだ。
そして、今夜は特に何もなく平凡に遊んで過ごした。咲夜がたくさん遊んでくれたからとってもいい一日だった。
朝になりそろそろ寝ようかと思ったとき、咲夜がいった。
「今日はちょっと出かけてまいります」
「買い物?」
「いえ、ちょっと永遠亭に」
どきっとした。
まさか私と師匠の関係が咲夜にばれているんじゃないかと思ったけど、そんなはずはないのだから、いつもどおりにしていればいいはず。
「なな、何れ永遠亭に?」
落ち着け、私。
「輝夜とちょっとおしゃべりしようかと思いまして。ご存知ありませんでした? 私、輝夜と時々おしゃべりするのが楽しみなんですよ」
え? 知らなかった。咲夜と姫の仲がいいなんて……。
でも、ちょっと待って。私の師匠の主の友人が咲夜でしょ?
私にとっては姫で、咲夜にとっては呼び捨てで呼ぶような仲で。
ひょっとして、私より咲夜のほうが偉い? あれ? 私、咲夜の僕?
おかえりなさいませ、咲夜様。
あ、いいかも。
「輝夜なんかと何をしゃべるの?」
「秘密ですよ。といっても、他愛もない世間話ばかりですけれど」
「ふ~ん。まぁ、いい。寝るよ」
「はい、おやすみなさいませ」
咲夜が姫と時々おしゃべりしているというのは意外だったけれど、私と師匠の関係がバレているのでなければ問題はない。
よしんばバレたとしても特に問題ない気もするけれど、賢者は隠棲するものと相場が決まっているから、やっぱり秘密にしておきたい。
師匠がどう思っておられるのかはしらないけれど、姫に姉妹との逢瀬を気付かれたくはないんじゃないかな。
うまくやらないといけない。
ちょっといろいろ考えていたら、昼過ぎになっても寝付けなかった。
私、悪魔だし、寝なくても平気だし、別にいい。
咽が渇いたから、リビングに行く。
どうやら、予定通りに永遠亭に行ってるようで、咲夜の姿は見えなかった。
近くにいたメイドに紅茶を用意させ、テラスから空を眺める。
紅魔館の周囲は日光があまり差し込まないようにパチェの魔法で霧の湖から流れ込んでくる霧を濃くしているのだけれど、今日はいつもよりも霧が濃い。
パチェの体調がいいみたい。
今日は図書館でパチェをからかって過ごすとしよう。
図書館ではパチェがいつもどおりに、小悪魔の淹れたコーヒー片手に本を読んでいた。
そのパチェの目は真剣、ではなく、賢者モードだった。
パチェは私同様の賢者様だけれど、私とは趣味が随分違う。
筋肉フェチだ。
しかもジジィならなおいい、という上級者。
そんなパチェのベッド下には妖忌写真集が隠されている。
そのパチェが今読んでいる本は、表装はいかにも難しそうな魔導書のように取り繕ってあるけれど、きっと中身はエロ漫画。
趣味が合いそうなら後で借りるとしよう。
残念ながらパチェの読む賢者向けの漫画は私には難しいものが多い。
最近パチェに薦められたエロ漫画では、筋骨隆々な青年が、やせっぽちで七三分けの髪の薄い失業寸前な哀愁漂う中年男を乗せてお馬さんごっこをしていた。
私は三ページで読むのをやめた。
パチェの趣味は高尚すぎる。そして、ニッチすぎる。
そんな上級賢者のパチェとおしゃべりしたり読書したりして過ごしていると、咲夜が帰ってきた。
夕焼け小焼けの時間だった。鴉と一緒に帰ってきた。邪魔だった。天狗は追っ払った。スペカ四枚使った。
今日の夕食は私の好きな納豆だったから、当然のごとくマヨネーズをかけて食べる。隣でパチェは砂糖をかけて食べていた。
そういえば、しばらく妹と一緒に食事してない気がする。あの子は部屋で一人で食事を摂ることが多い。だから、マヨネーズ納豆のおいしさを教えてあげたくても、なかなかその機会を得ることができないでいるんだ。
夕食が済むと咲夜にいった。
「風呂にはいるから用意して」
咲夜の表情が一瞬明るくなった気がする。
「それでは準備してまいります」
といって咲夜は自分の部屋へと戻っていった。
私は吸血鬼だから別に入浴を必要とはしていないけれど、入浴後の咲夜がいつも気持ち良さそうだったから、三年前に思い切って入ってみたら楽しかったんだ。
だから今では時々咲夜に入れてもらっている。
あと、私、水とか平気。吸血鬼は水が苦手とか迷信だから。
そのお風呂には一人では入らない。入るときは咲夜と一緒。これが大事なんだよ。
「お嬢様、お風呂が沸きました」
時間加速したのだろう。咲夜がすぐに戻ってきてそう告げた。
早速、咲夜と二人で浴室に向かう。
紅魔館には浴室が二つあって、一つは客用の豪奢で広い浴室で、霊夢や魔理沙なんかが時々入りにくる。
特に使用者がいないときには水遊びが好きなメイド達にも開放していて、中には人間と同じように毎日入浴を嗜むメイドもいるんだ。
もう一つは咲夜の部屋に付いているもので、こっちは咲夜専用の簡素な浴室。
今日は咲夜のほうのお風呂に入る。
咲夜の掃除は完璧だけど、それでも落し物に対する期待感は計り知れないんだよ。
咲夜の部屋にはいると、咲夜臭に頭がクラっとした。
吸血鬼は感覚が人間よりも鋭い。
だから、咲夜には香水の類は一切つけさせていない。
咲夜から匂うのは石鹸の香りと紅茶の香り。あとは咲夜自身の香り。
とくに、月に三日ほどはたまらなくおいしそうな匂いがするんだけど、そういうときの食事にはいつもよりB型ソースを多めにかけてもらったりする。
本当はデザートに軽く吸血させてもらいたいんだけれど、普段は別に嫌がらないのに断られる。
そんな咲夜の部屋はこじんまりとしていて必要最低限のものしかなく、装飾らしい装飾もベッド脇のテーブルにおいてある花瓶ぐらいのもの。
その住人の趣味が如実に現れ真っ先に目に飛び込んでくるカーテンも、薄いブルーの無地。
安ホテルのシングルルームのような簡素さ。飾り気のなさ。
エロ本一冊隠されていない、清楚さ。
部屋の一角にある脱衣所でさっさと服を脱ぐと、咲夜のメイド服に手をかける。
「よいではないか。よいではないか」
「あ~れ~、お嬢様、ごむたいなぁ~」
お風呂タイム恒例のベタな遊び。
咲夜の服を脱がせていくのはそれだけでも興奮する。
服を脱がせると咲夜は水着を取り出し、
「お嬢様、今日はこれを着ていただけませんか?」
と勧めてきた。
なんでお風呂で水着なんかと思うけれど、咲夜の目に期待感がありありと浮かび上がっているから、仕方ない、着てあげよう。
あ、ちゃんと羽用の切り込みも入ってる。位置も完璧。さすが咲夜。
「これ、輝夜にもらったんですよ。旧スクって言う種類の水着らしいです」
ふ~ん、これどう見てもロリ系賢者仕様なんだけれど……。
姫も賢者なのかもしれない。
豊姫さんも師匠から賢者教育を受けているみたいだから、姫がそうであっても不思議ではない。
そんな姫と交友していると私の咲夜がそれに染まってしまわないか心配だけれど、それならそれでいい気もする。
賢者な従者もあり。むしろ咲夜も賢者であってほしい。
でも、咲夜がそんな簡単に染まるとも思えないんだよ。
その咲夜に旧スクとやらを着て見せてあげると、とってもいい笑顔をしてくれて本当に可愛いかった。
咲夜は裸。私は水着。インお風呂。
「それではお嬢様。まずは頭を洗わさせていただきます」
そういって、咲夜が吸血鬼用ぶたさんシャンプーハットを私に装着した。
流れ水が嫌だといってもシャワーぐらいなら大丈夫だし、流しそうめんだって平気なんだ。
でも、やっぱり肌を水が流れていく感触は心地良いものではないから、流れ水が肌を伝わらないようにしてから洗うんだよ。
吸血鬼用のシャンプーハットは顔だけでなく全身をシャワーのお湯から守ってくれる。
咲夜が私の頭にお湯をかけ、髪の毛をわしわしし始めた。
これが凄く気持ち良い。
咲夜の繊細な指がちょうどいい力加減で頭皮を刺激する。こそばゆくもなく、痛くもない。
最後にシャンプーをお湯で流すと、咲夜がシャンプーハットを外してくれた。
私はそっと目を開ける。
目にシャンプーが入る心配はないのだけれど、なんとなく目を閉じてしまうんだ。
咲夜がスポンジをお湯に浸し、石鹸をつけ、泡立てる。
「次ぎはお体を念入りに洗わせていただきます」
咲夜のテンションが一気に上昇した気がする。
私は吸血鬼なんだから体を洗う必要なんてないんだし、そんなに張り切ってくれなくてもいいのだけれど。
「水着はどういたしましょうか? 着たままでも、脱がせて差し上げてもよろしいのですが?」
「ん? 別に着たままでいいよ」
「そうですか。それはそれでアリな気がいたします。それでは、失礼して」
そういって、咲夜が私の体を撫でるようにスポンジを滑らせていく。
心地いい。
これが楽しいからお風呂に入るようになったんだ。
「お嬢様、水着の中もお洗いいたしますね」
そういって、咲夜は水着の中にスポンジを突っ込んだ。
ちょっとこそばゆい感じがした。
体をくねらす私に、
「少しの辛抱ですよ」
といって、咲夜は根気よく私の体を洗っていた。
いや、だから、別にそこまで丁寧に洗ってくれなくてもいいんだって。
咲夜は妙なところで真面目すぎる。
表も裏も上も下もとことん洗いつくした咲夜が湯桶にお湯をため、流れ水をあまり感じないですむように気をつけながら石鹸を流してくれた。
シャワーくらいなら大丈夫だといっても、やっぱり気を使ってくれてるのは嬉しい。
咲夜は一仕事を終えた大工のように満足気だった。
そして、私はちゃぽんした。
咲夜は自分の髪を洗い、体を洗う。
石鹸の泡が私の顔に飛んできて、あわてて咲夜が拭きとってくれる。
そして、自分の体を洗い終わると、
「失礼して、ご一緒にさせていただきますね」
といって、咲夜が湯船に入ってきた。
咲夜専用のお風呂は一人用だからちょっと狭い。
咲夜は私の体を一旦抱き上げると、湯船に座り、私を自分のほうにむけて膝の上に置いた。
目の前に咲夜のやわらかいふくらみがある。
この最高の状態のままずっと過ごしたいと思った。
でも、咲夜は人間だし、あんまり長いこと入っていると倒れてしまうからそれはできないけれど。
そのかわり目の前にある宝物をちょっとつついてみる。
咲夜は優しく微笑みながら、
「そんな悪いお嬢様はこうですよ」
といって、私の羽をさすり始めた。
羽を撫でられるのは吸血鬼にはすごく気持ちいいんだ。
咲夜の手が羽の筋にそって往復するごとに、羽から力が抜けてだら~んと垂れていく。
咲夜はマッサージも上手なんだ。
私の目がとろんとしてきたのを見て、
「そろそろあがりましょう」
といって咲夜は私を抱き上げた。
そのまま湯船の外に出ると、私の水着を脱がせてバスタオルで拭いてくれた。
☆
咲夜との貴重なスキンシップが終了すると、私はメイド達と遊んで朝まですごした。
朝には咲夜の血を少し吸わせてもらってから寝た。
そして、いつものように夕方に起きてリビングにいくと……。
今、最も居てほしくない人がいた。
テーブルでゆったりと紅茶を飲むお姫様。
なんでいらっしゃるのでしょう?
今晩は師匠が紅魔館の一室であられもないことをされるかもしれない日。万が一鉢合わせしたら修羅場になる。
家政婦が見ちゃう。
小兎姫来ちゃう。
断崖絶壁で謎解きしちゃう。
もしかしたら、今日の師匠のお相手が姫なのかもしれないと考えてみたけれど、それだったら師匠と一緒にいるはずだ。
それに紅魔館にくる必要がない。
一体、これはどういう状況?
「こんばんは」
と姫が挨拶をした。
「今日は永琳が出かけていてね、それで暇だから遊びにきたのよ。お邪魔だったかしら?」
邪魔か邪魔でないかと聞かれたら邪魔なんだけれど、そんなことは言えるはずもないので愛想よく応対する。
「別にいいよ。咲夜、とりあえず紅茶を」
咲夜にそういって、姫の正面に座る。
目の前にはすでに紅茶があった。
紅茶らしくない匂いがした。
また何か毒でもいれたのか? と思いながら、一口飲む。
えもいわれぬ嫌な味が口内に広がって、鼻から草の匂いが抜けてきた。
まずい、もういらない。
「ねぇ、咲夜。これ、何?」
「体にいいということなので、草汁というものを混ぜてみました。てゐ印の健康食品でございます。人里でもお年寄り中心に人気があるブランドですよ」
てゐ印。
信用して良いのか悪いのかよくわからない商標だけれど、健康に関しては確かにプロフェッショナルかもしれない。
でも、健康に気を使う悪魔というのはいかがなものかと思うのだけれど。
「それ、おいしくないのよね。イナバ達は毎日飲んでるみたいだけど」
と、姫も仰る。
ただでさえまずいものを紅茶になんて入れたらおいしいはずはない。
さすがにこれは飲みきれないと思った。
「咲夜……」
「おのこしはいけませんよ」
「うん、わかってる」
やっぱり、残すとはいえなかった。
可愛い咲夜のため、目に涙を浮かべながら、息を止めて一気に飲む。
咲夜が嬉しそうに微笑み、姫がよく飲めるものだと呆れていた。
私の口臭は今最高に素敵な香りを放出していることだろう。
「普通の紅茶をちょうだい」
「普通の」に力をいれて咲夜に命じると、今度は普通の紅茶がでてきた。
とりあえず、口直しをしてから咲夜に確認する。
「部屋の準備はできてるの?」
もちろん、師匠のための部屋。
「はい、出来ております。この間永琳さんと豊姫さんがお泊りになられた部屋です。輝夜はその隣に泊まってもらおうと思っているのですけれど、よろしいでしょうか?」
何故、わざわざ隣に準備するのか! と、怒りたい、怒れない、こいつらまさに大迷惑!
ここは気持ちを抑えて、怪しまれないように、とにかく冷静に答える。
「いいよ、それで。でも、普通、離して用意しないかな?」
「そうでしょうか? なんとなくですが、隣のほうがいいような気がいたしましたので」
こんなときに、発動しちゃってるよ。咲夜の天然スキル。
「うん、まぁ、いいよ。別に」
あんまり文句をいって怪しまれてもつまらないから、鉢合わせをしないことだけを祈っておこう。
多分、師匠も部屋から出てこないと思うけれど。
私が紅茶を飲み終わった頃、パチェもリビングに来て、咲夜が配膳を始めた。
今日は客がいるということでいつもよりも豪勢。でっかい海老が私とパチェと姫の前に置かれていた。
それにしても、オマール海老とか一年ぶりじゃないかな。
「海の幸が手に入りましたので、手によりをかけてフランス料理に仕上げてみました」
咲夜の料理は絶品だった。
海の幸を咲夜がどういうルートで仕入れているのか私は知らないけれど、おそらく紫あたりと何かしらの取引をしているのだろう。
咲夜が主の恥じになるようなことをするはずもないから、どういう取引をしていようと私は気にしない。
紫のことだから、霊夢のあられもない写真を渡せば大抵の頼みなら聞いてくれそうな気もするけれど、咲夜がそのような手段を取るとは思えないから、もっと健全な取引を行っているのだろう。
晩餐会は姫中心に楽しく進んでいった。
パチェも喘息の調子がいいのか食事を済ませたあともそのまま会話に加っていた。
姫から賢者な気配を読み取ったのかもしれない。
そして、月に行ったときのことに話題は移っていった。
「海がね、いいなと思ったんだ。だから、パチェに海を作らせたんだ」
「海ねぇ」
姫がいまいち興味ないような顔をしていたけれど、暫く物思いに耽ったと思ったら、突然表情が明るくなった。
「ねぇ、みんなで海に行きましょう」
「え?」
「紫の目さえごまかせれば問題ないでしょう。どう? 行く?」
海! 行きたい! 月の海は綺麗だったけれどなんとなく味気ない気もしていたから、地上の生き生きとした海を見たい!
渚に誘われて何かに誘われて咲夜と浜辺で語りあいたい!
「行く。行くよ! 咲夜も!」
「お嬢様が行かれるのでしたら、もちろんお供させていただきます」
咲夜も期待しているみたい。
「そうねぇ。私と永琳。レミリアと咲夜。四人で行きましょう。パチュリーはごめんね」
「いいわ。どうせ行きたくもないから」
パチェはそういいながらも本当はちょっとがっかりしたのだと思う。
食後のデザートを口に運ぶペースが少しのろりとしていた。
パチェには後で何かプレゼントをしよう。香霖堂で手に入れた外の世界のエロ雑誌を一冊分けてあげる。
パチェの趣味に合うかどうかわからないけれど。
さて、パチェはそれでいいとして、気になったことを姫に聞いてみる。
「それで、どうやって行くの?」
「永琳がなんとかするでしょう。ちょっと永琳に聞いてくるわ」
え? 何いってるのこの人。
その姫は席を立ち、ずかずかと歩きだした。
咲夜は黙って見守っている。
私はあわてて姫の後についていくと、姫は師匠の部屋の前にたった。
これ、やばくね?
姫がドアの前で部屋の中に話しかける。
「永琳、今度海に行きたいんだけど、なんとかなる?」
部屋の中から物音がしたと思うと、息を潜めるように静かになった。
そして、ドアの近くまでそっと寄ってきているであろう師匠がようやく返事をされた。
「あ、あの、輝夜?」
「あら、私の声を忘れたの。困った従者ね」
「いえ、そういうわけでは。ええと、海ですね。簡単だけど……」
「そう、よろしくね。それじゃ、ご、ゆっ、く、り、楽しんで、ね!」
姫がドアを思い切り蹴った。13回蹴った。ドアがよく耐えてくれた。中で師匠が謝っていた。
修羅場におろおろしていると、咲夜の声がした。
咲夜はにこやかに私の後ろに立っていた。
小兎姫は今のところ来てないけれど、家政婦は見た。断崖絶壁で謎解きされてる気分だった。
「お客様って永琳だったのですね」
「え? う、うん、そう」
「それでは永琳の分もお食事をご用意いたしましょうか?」
「いや、いいよ。部屋を貸すだけで」
「そうですか。でも、なんでうちの部屋なんかつかってるのでしょう?」
その何の罪もない咲夜の素朴な疑問には姫が怒りを込めて答えた。
「決まってるじゃない。私に知られたくないことをやっているのよ」
姫はわざと部屋の中に聞こえるように大声で答え、またドアを蹴り、リビングへと戻っていった。
師匠のことが気にはなったけれど、私も姫につづいてリビングに戻る。
すでにパチェはいなくなっていた。逃げた。
デザートはちゃんと平らげていた。私の分もなくなっていた。咲夜が新しいデザートを出してくれた。
そして、姫が「うちのが迷惑かけてごめんね」と謝り、
「永琳のエロにいちいち怒ってたら、永遠の時間を一緒になんて過ごしてられないけど、たまにはお灸据えてやらないとね」
といって笑う。
咲夜が寂しがるような、羨ましがるような、そんな表情をちらっと見せたけれど、すぐにいつものにこやかな笑顔に戻った。
私たちはそのまま紅茶とクッキーでおしゃべりを続けた。上物のワインもあけた。
姫はいつもどおりの穏やかな表情に戻っており、咲夜を交えたおしゃべりはとどまるところを知らなかった。
話題は師匠のことがほとんど。
月にいたときに地上に落とされた姫の水浴びを覗くために銀河の果てまで見る事のできる天体望遠鏡を開発した話はしっていたけれど、その天体望遠鏡で今も綿月姉妹の入浴を覗いているという。
「本人は星を観察しているといってて、ばれていないつもりみたいだけれどね」
といって姫は笑った。咲夜も笑った。私は何故か笑えなかった。
結局、朝までそのままおしゃべりし、姫は朝食を摂ってから帰っていった。
師匠がいつ帰ったのかは私にはわからなかった。
☆
一週間後、約束どおり海へ来た。
もちろん幻想郷に海はないのだから、ここは外の世界の海水浴場。
結界を破ると紫に気付かれるからと、結界を破らずに来た。
博麗大結界を通り抜ける師匠のスーパーテクニックは隣で見ていても何をどうやっているのかわからなかったけれど、興味があるからと永遠亭までその様子を見にきたパチェが目をむいていたから、やっぱり凄いのだと思う。
その砂浜を四人で散歩している。
海水浴をするには季節はずれで、ビーチには人も疎ら。
師匠と姫は、外の世界で流行しているというコートを着ていた。
師匠はどうやって情報を集めているのかしらないけれど、外の世界にも詳しい。
私はピンクのワンピース。
私が持っているワンピースの中で一番可愛い奴。
羽は見えないように細工してあるんだ。
咲夜はメイド服。
私服を着せようかと思ったけれど、咲夜にはやっぱりこれが一番似合う。
歩きながらしばらく四人でおしゃべりをし、海の景色と潮の香りを楽しんでいたら、姫がいった。
「ちょっと咲夜と買い物にいきたいんだけれど、いいかしら?」
え?
咲夜と一緒にきゃっきゃうふふな渚ライフを楽しもうと思っていたんだけれど……。
「お嬢様。私と輝夜の能力はこちらの世界でも使えますので、二人でなら時間はさほどかからないかと」
あ、そうなの。なら、いいか。
「いいよ、いっておいで。永琳もいいよね?」
「もちろん、いいわよ。姫様に置いていかれるのは寂しい限りですが」
「永琳は私なんかとより、月にいらっしゃる姫君といるほうがいいんじゃないかしら?」
師匠の胃からきりきりいってる音が聞こえる。ような気がする。
「そんなはずないじゃないですか……」
「さぁ、永琳は信用ならないからなぁ」
「もう、勘弁してください、姫様」
姫は師匠の困りきった顔に満足されたのか、それ以上の嫌味を言うことを辞め、
「それじゃ、レミリア。ちょっと咲夜を借りるわね」
といって、咲夜と一緒に消えた。
「師匠、姫はまだ怒ってるの?」
「そんなことはないんだけれどね。ああやって私を虐めるのが輝夜は楽しいのよ」
「そうなんだ」
「咲夜もあんな風になってしまわないように気をつけなさい、レミちゃん」
「咲夜は大丈夫」
確かに咲夜も私をよく困らせるけれど、別に私を虐めて喜ぶような趣味は持ち合わせていない。
結果的に私が泣かされることもあるけれど、咲夜は純粋に私のためにやってるだけ。
にんじんを食事に入れるのも私のためだもんね。
そうやってほんの三十分ほど師匠とおしゃべりしていると、二人が帰ってきた。
咲夜のいうとおりに二人の能力が能力だから移動に時間がかからかったのか、早かった。
そして、咲夜は手に一杯荷物を持っていた。
「咲夜、何をそんなに買ってきたの?」
「これは留守番のパチュリー様に頼まれた本です。こっちは、みんなへのお土産にこちらの世界で人気のドーナツです」
「ふ~ん」
さすが咲夜。ちゃんと留守番組のことも考えてくれていた。
パチュリーへのお土産は、咲夜に頼んだのだから真面目な本なのだろう。
エロ系だったら私に頼むはずだしね。
ドーナツの包みは姫も同じのを持っているから、外で人気というのは永琳情報かな。
姫のは鈴仙さんたちへのお土産なんだと思う。
でも、お土産は帰ってからでいい。
今大事なことは別にあるんだ。
咲夜との渚デート。
「輝夜、そろそろ咲夜を返してもらってもいいかしら?」
姫はこの私の申し出をすぐに理解してくれたみたいで、
「ええ、いいわよ。私と永琳は近くの水族館に行くから、ここからは別行動にしましょう」
といって、師匠と二人でイルカショーを見に行った。
☆
咲夜と二人で海を満喫する。
人の少ない砂浜をゆっくりと歩きながらおしゃべりをしたり、砂浜に落ちてる貝殻を拾ってみたり、波打ち際できゃっきゃぎゃーぎゃーしたり。
そして、好奇心の向くままに遊びまわると、流石に飽きてきた。
そんな私の様子に気がついた咲夜は、人のいない場所を見つけると、シートを敷き、そこへ座った。
私は寝転んでその咲夜の太ももに頭を乗せた。
月の時みたいに。
風が運ぶ潮の香りと咲夜の匂いが混ざってとってもいい匂い。
そして、そのまま咲夜と他愛もないことを話し込んだ。
パチェが最近トラブルを起さないから、何か大きな悪戯を計画しているかもしれない、とか、美鈴は妖怪の癖に年々胸が大きくなっている、とか。
私はいつの間にか眠っていたようで、咲夜が身じろぎしたときに、ふと、目が覚めた。
咲夜が持っていた日傘が随分斜めになっていた。
「あら、起してしまいましたか。申し訳ありません」
「ん、いいよ、別に」
もう一度目を瞑った。
咲夜が静かに口を開いた。
「優曇華の花待ち得たる心地して」
咲夜を拾ったときに、贈った言葉だ。
『源氏物語』にあった紫式部、つまり、師匠の歌で、誰かが光源氏を評して詠んだ歌だったと思う。
覚えていてくれたんだ。
「お嬢さまは、三千年に一度の逸材だといってくださいました」
優曇華の花は三千年に一度美しい花を咲かせるっていわれている。
だから、引用したんだ。
実際、咲夜の才能は眩しかった。
「咲夜は、嬉しかったのです」
夕暮れの海。
それが咲夜をおセンチにしているのかもしれない。
咲夜が殊勝なことをまともに語るなんて珍しい。
「そのとき、心に決めたのです。この方のご期待に何があっても添えようと」
咲夜は十分にこたえてくれている。
賢者でないのだけが残念といえば残念だけれど、初心なままの咲夜もそれはそれで素晴らしい。
「もちろん、お嬢様だけでなく、お嬢様の愛する妹様も、親しいパチュリー様にもです」
パチェも口は悪かったりするかもしれないけれど、咲夜を気に入っていることは明らかだし、妹も咲夜にはあまり憎まれ口を叩かない。
私にはあれだけ憎たらしいくせに。
「輝夜や永琳みたいにずっと傍にいられるわけではありませんし、お嬢様にとっては束の間のお戯れに過ぎませんが、ずっと傍においていただけると咲夜は嬉しいのです」
咲夜はそれきり黙った。私も黙っていた。
遠くで姫と師匠の声がした。
人間の咲夜にはまだ聞こえてこないだろうけれど。
目を開ける。
水平線に船が見えた。
船の周りを鳥が数羽とんでいる。
咲夜には遠すぎて見えないけど。
姫と師匠の声が近づいてくる。
そろそろ咲夜にも聞こえてくるころ。
そこへ、風が吹いた。
外してそばに置いてあった私の帽子が飛ばされた。
咲夜は私の体を起すと、日傘を手渡し、時を止めずに追いかけていった。
私は眺めていた。
「そろそろ帰るわよ」
咲夜が帽子に追いついたとき、姫が声をかけてきた。
私達は幻想郷に帰った。
最後の渚の情景は美しいですねえ。
東方のSSで海が出るのは珍しいので、とても新鮮でした。
永琳の関係者を内心でさん付けしているレミリアが可愛すぎます、これは新しい…!
超然としたような、俗っぽいような、永琳と輝夜の関係もとっても素敵でした。
紅魔館と永遠亭の主従の錯綜とした関係。どれもこれも新鮮で面白かったです。
そして後書き。そりゃ不意打ちだぜ……なんだかジンときちゃったじゃないか。
この世界観いいなぁ…
これが賢者モードか。
いずれ世界を取る筆者さまやもシレヌ……
やっぱ点数読みはアテにならんね、これだから創想話はやめられねぇ。
でも、しんみりしてても、中身は賢者なんですよねみんな
なんて世界だ
でもエロいww
とりあえず良かった!