呼びかけられた気がしたので、アリスは足を止めて振り返った。
振り返った先に顔見知りはいなかった。ただ賑やかな祭りに顔を綻ばせて歩く人の波だけがあった。
祭りが産んだ空耳だったのかもしれない。そう思い、再びアリスは歩き出す。
「アリスさん」
今度ははっきりと聞こえた。声の主はすぐ近くだった。雪のようにきれいな白髪、目尻の深いしわが優しげな印象を与える老爺だった。
「アリス・マーガ……アリスさん」
フルネームを言おうとして失敗したのを誤魔化したのではないかとアリスは思った。
「なんでしょう」
老爺は深いしわをいっぱいに使って笑顔を作り、愛おしいものを見るようにうんうんと頷いた。
「素晴らしい人形劇でしたな。年甲斐もなく胸が熱くなりました」
アリスは軽い驚きを覚えつつ、もうずいぶんと使い古した社交辞令の笑顔を作る。
「ありがとうございます。子供向けの人形劇ばかりですいません」
「何をおっしゃいますか。我々のようなジジイでも貴方の人形劇の前では童心に返ることができる。あの老若男女を問わない人垣を思い出してくだされ。皆、子供向けの人形劇を楽しみにして足繁くアリスさんの人形劇へ通っているんですよ」
しわの奥に隠れていた瞳がきらきらと輝いていた。老いてなお稚気に富む表情は、それだけでこの老爺の人柄を推し量れた。面と向かって熱い言葉を言われたのは初めてのことではなかったが、老齢の人間に言われるのはアリスにとって初めてのことだった。
アリスは人形を肩の高さに浮かび上がらせ、人形と一緒にスカートの端を摘んでお辞儀した。ただそれだけのことに老爺は顔を紅潮させ、生命力に溢れたチンパンジーのように手を叩いて喜んだ。
「アリスさんはこれから家に帰られるところですかな」
老爺の言葉には名残惜しいという響きがある。アリスのことを引き留めたがっているのは明らかだった。
「何かありましたか?」
「いえ、里の祭りにはアリスさんの他にもう一つ人気の演目があるんですが、ご存じですかな」
初耳である。それに、他人の演し物には興味がない。
「その顔はやはりご存じないようですな。毎度すぐに帰られてしまうので、もしかしたらと思いまして。どうでしょう、一度見に行きませんか。もうそろそろ始まると思います」
「演劇ですか?」
「いえ、紙芝居です」
アリスの表情にはっきりと驚きの色が浮かんだ。
夏祭りに人形劇を披露することでさえ異色だと思っている。
俄然、興味が出てきた。
そこかしこから降り注ぐように祭り囃子が奏でられ、陽気な笛の音に合わせて人々の足が普段よりも速くなる。
アリスは老爺の歩調に合わせてゆっくりと歩いた。
老爺はろくに足を動かさず、興奮気味に口ばかりを動かしていた。
「アリス・マーガ、リ……アリスさんの人形劇と、紙芝居屋を巡ってちょっとした論争もあったんですよ。どっちが面白いか、ってね」
「私は別に――」
「ああ、わかってます、わかってます。どちらが面白いかなんて比べられるものではないことを。若い連中はすぐに順番をつけたがる。悪い癖だと笑ってやってください。甘いものと辛いもの、どちらが美味しいかと論じても意味はないでしょう」
「私は甘い方が好きですけどね。紅茶にあいますし」
「むぅ」
老爺は目に見えて落ち込んだ。何か別の喩えを思案しているのか、あちこちに視線をさまよわせ始めた。
「あそこの屋台を見てくだされ。たこ焼き屋とお好み焼き屋が並んでいるでしょう。あの二つのどちらが美味しい店か、比べることはできない。そうは思いませんか?」
「食べたことがないのでなんとも」
「むぅ」
老爺は、ちょっと待っていてくだされと言い残して、俊敏な動きで列に割って入り、たちまちの内にたこ焼きとお好み焼きを買ってきた。お金は払ったように見えなかった。
「どうぞ」
「あ、ありがとう、ございます」
船を模した紙の箱にたこ焼きが八つ。踊る鰹節の上から竹串を刺して口へ運ぶ。
老爺は、まるで孫娘を見るような笑みを湛えてアリスを見つめている。
「あら、美味しい」
「お好み焼きもどうぞどうぞ」
「うん、美味しい」
「そうでしょうそうでしょう。どちらが美味しいか比べようが無いと思いませんか。たこ焼きにはたこ焼きの良さが、お好み焼きにはお好み焼きの良さがあります。それらは同じ定規で計れるものじゃない」
「お好み焼きとたこ焼きって材料が割と近いですよね」
「むぅ」
老爺はまたきょろきょろと視線をさまよわせた。
「あそこの屋台を見てくだされ。リンゴ飴とチョコバナナが並んでいるでしょう。あの二つのどちらが美味しいか、比べることはできない、そうは思いませんか?」
「食べたことがないのでなんとも」
「ちょっと待っていてくだされ」
アリスが止める間もなかった。老爺は俊敏な動きでやはり列に割って入り、たちまちの内にリンゴ飴とチョコバナナを、とても嬉しそうな顔で持ってきた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう、ございます」
チョコバナナの先端を舐めるアリスを見て、老爺はやはり嬉しそうな笑みを湛えて言う。
「つまりですね、アリス・マーガリンさんの人形劇はリンゴ飴。紙芝居はたこ焼きなんです。どちらも旨いが、比べようはない。私はそう言いたいのです」
「なるほど。では人形劇と紙芝居はどう違うと考えますか? 見せ物という性格は近いので、比べたがる気持ちもわからないでもありません」
「そうですな」
老爺は楽しそうに目を細め、
「アリスさんの人形劇はオリジナルのストーリーです。『メントス王子とコーラ姫』は幻想郷の『ロミオとジュリエット』なんて呼ばれてますな。ぐいぐい引き込むストーリーと、それを演じる人形たちの可愛さが特徴と言ってもいいでしょう。一方で紙芝居の主役はストーリーじゃなく語り部なんです。演目は誰もが知っている昔話ですから」
「語りが上手いのね」
アリスの言葉は独り言に近かったが、老爺はそれを拾って否定した。
「いいえ。私から見てもそれほど上手いとは言えません」
「それは、不可解ね」
「パワーがあるのですよ。得体の知れないパワーが。気づけば、子供たちは涙を流している。信じられますか。たかが昔話ですよ。しかも手垢にまみれた誰もが知っている昔話」
「一層不可解ね」
くつくつと老爺が笑った。
アリスがチョコバナナを食べ終え、リンゴ飴に取り掛かったとき、押し合いへし合いしている人垣が突如として目の前に現れた。
リンゴ飴を舐めようと舌をちょこんと出したままアリスは固まる。
老爺はどこか自慢気な笑を浮かべて、
「アリスさんの人形劇も似たようなものですよ。いやアリスさんの方が人の数は多い。前の方は子供たちに譲っていますが、後ろの方では戦争です。まあ、中には人形劇を目当てにしているわけじゃない若い衆も混じってはいますが」
気にしたこともなかった、というのがアリスの本音である。
「さて丁度始まる頃でしたな。では私も戦列に加わってきます。アリスさんも楽しんでください。良ければ終わったあとに感想を聞かせてくだされ」
そう言い残し、老爺は俊敏な歩法で人垣の間を縫うように消えていった。
アリスは人垣から少し離れて人形を飛ばした。最前列に座っている子供たちの中から大人しそうな女の子を人形に選ばせ、膝の上に乗っけた。
視覚、聴覚、触覚の感度は良好。女の子は一瞬だけ驚いたように身を強ばらせたようだが、人形を優しく抱きしめて嬉しそうに紙芝居が始まるのを待っている。
『ヤアヤア! 遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ! サテサテ、今日は「はなさかじいさん」をやろうと思う。なんと今回で百回目。飽きずに見に来るお客ばかりで私は呆れるね』
周囲がどっと湧いた。目深に被った帽子、肩まで届かない髪は提灯の明かりを受けてオレンジ色で、想定外に高い声音は紛うことなき女性だった。
紙芝居が始まった。
むかしむかし、ある山里に人のいいお爺さんとお婆さんがいました。ある日お爺さんが家の前で小さな畑を耕していますと、隣の乱暴でごうつくばりのお爺さんの怒鳴り声と、犬の鳴き声がしました。
「こらまて、こらまて」
「きゃんきゃん」
人のいいお爺さんは、足下にやってきてぷるぷる震える子犬を拾い上げました。
「このやろう人の畑に入りよって。その犬さこっちへよこせ、オラの畑荒らしよってなァ」
「おお、ワシに免じて許してやってけれ」
「ふん。今度入ったら必ずぶったたいてやるからなァ」
こうして人の良いお爺さんとお婆さんはこの子犬を大事に大事に飼ってやることにしました。子犬はシロと名付けられ、朝から晩までお爺さんと一緒によく働きました。
小皿一杯食べれば一杯だけ、お椀で食べればお椀分だけ、おひつで食べればおひつだけ、シロはぐんぐん大きくなりました。
ある日、シロはお爺さんの服を引っ張って裏山へと歩き出しました。不思議なことに、山のてっぺんまでくると、シロはお爺さんに、ここほれワンワン、ここほれワンワン、とほえました。
普通だ、とアリスは思った。
この紙芝居屋の語りは、情感を込めるのではなく遠くの人にもはっきりと聞こえるような声の出し方だ。所々で変に言葉が詰まるのは、息継ぎの場所がわかっていないからだろう。絵は決して上手いと言えないが、見ようによっては味があるとも言えなくはない。
総じて、普通。
大勢の人たちを惹きつけるにはひと味もふた味も足りない。屋台や的屋がずらりと並ぶ中において、演し物というのは確かに異色で人目を引くが、しかしこの程度の腕では多くの人を呼び込めまい。何か取って置きの仕掛けがあるに違いないだろうとアリスは予想し、そしてそれはすぐにやってきた。
語り部は、自分の語る話が悲しすぎるのか、全力で泣いていた。
「な、泣いてる……」
『きゃんきゃん、きゃん! 怒ったお爺さんはシロを目掛けて、く、くわを振り下ろし、シロはついに……じゅるるる』
「うわぁ、鼻水まで……」
お前が泣いてどうする、泣くのは子供の役目だろ、そう語り部の役割を教育しにいきたい。
アリスが内なる衝動と戦っていると、人形が小さなエラー信号を返してきた。ただちにチェックしてみれば、女の子が人形の胴を力一杯握っているようだ。頭部の保護素子に僅かの水滴、これは涙だと人形は主張する。
「むむ、子供も泣いてるの? こんな語りで?」
人形から追加信号が恐る恐る飛んできた。
警告、――鼻水。
……承。とアリスは信号を飛ばす。
申請、――離脱。
……否。とアリスは逡巡して信号を飛ばす。
申請、――離脱。
……否。
再度申請、――離
「あ」
世にも見事な粘度の鼻水が人形の頭に容赦なく降り注いだ。すさまじい勢いで飛んでくる怒りのエラーログを問答無用で破棄し、アリスは優先順位の書き換えができる自律神経を搭載した人形の設計を思い描く。
こうしている間にも、ごうつくばりのお爺さんが、搗いた餅が小判に変わる不思議な臼を人のいいお爺さんから勝手に借りていって、せっせと餅を搗いている。ごうつくばりのお婆さんが丸めた餅は、たちまち糞に姿を変えて二人をドロドロにしてしまった。怒ったお爺さんは、臼を燃やして灰にしてしまい、また語り部は泣き出し、それにつられて子供たちも泣き出した。かまどの灰を両手で掬う人のいいお爺さんの絵を見て、語り部はもう言葉にならない。ぐしゅぐしゅと湿った鼻を拭って、伴侶を失った喪主の如き悲愴さで紙芝居を読んでいる。
『シロの臼が……。オヂイサンは、涙を、流して、灰を持って、帰り、ました』
子供たちを襲う謎の共鳴は如何なる威力か想像に難くない。感受性が高ければ高いほど致命的だろう。子供だけではない。頑張れ、頑張れ、と微かに聞こえる大人の涙声は、どう見ても紙芝居をそっちのけで語り部の一所懸命な姿に感動している。
『枯れ木に花を咲かせましょう! 枯れ木に花を咲かせましょう!』
そうして紙芝居は終わった。
雨のように降り注ぐ拍手の中で、紙芝居屋は「またよろしくー」と陽気に頭を下げている。三々五々と祭りの中に溶けていく人たち。若干の名残惜しさをその場に残し、何度も何度も振り返って父親の手に引かれていく子供。片付けをしている紙芝居屋に俊敏な動作で近づく老爺の頭は雪が積もったかのように真っ白で、
「……元気なお爺さんだなぁ」
アリスはゆっくりとそちらへ歩き出す。老爺は手振り身振りで何かを伝えようとして、不意にアリスの方を指さし、アリスと紙芝居屋は目が合い、お互い固まった。
紙芝居屋は、藤原妹紅だった。
祭り囃子が遠くなる。オレンジ色に暖かい無数の提灯が、星の見えぬ深い空をうっすら灯している。
祭りの帰り道は少し寂しいとアリスは思う。楽しい夢から覚める道を歩いているような気持ちになって、ありもしない寂寥感がこの時だけは胸の中で影を作る。祭り囃子はいつまでも背中に聞こえ、後ろ髪を引っ張るのだ。
だから人形劇を披露したらすぐに帰っていたのかもしれない。
アリスと妹紅は里を眺望できる小高い丘へ歩いてきた。
ずっと無言で。
妹紅に聞きたいことはたくさんあった。なぜ祭りにいたのか。なぜ紙芝居をしていたのか。なぜ髪を切ったのか。なぜ今まで姿を見せなかったのか。
上白沢慧音が亡くなってから、何をしていたのか。
「あのお爺さんって誰?」
口から出たのは、全くどうでもいいことだった。
「ん、今の里長。すごく元気よね」
「元気に割り込みと無銭飲食してたわ」
食べたのは自分であるが。
「久しぶりね。アリス……マーガ、ロイド」
「惜しい」
「どうも外国の名前は覚えにくい」
どちらからともなく微苦笑。お互い感じていたぎこちない空気が、ほんの少し柔らかくなった。
「最後に妹紅を見かけたのは、慧音の葬儀だったかしら」
「アリスって、葬儀に出てた?」
「いいえ。遠くから様子を窺っていただけ」
薄暗くて妹紅の顔がはっきりと見えたわけではなかったが、アリスにはそれが自然な笑顔に見えた。ありがとう、と妹紅は小さく呟いたのがわかった。それは独白だったのかもしれず、アリスは聞こえないふりをした。
「葬儀が終わってから何してたの。姿をくらませちゃって」
「心配でもしてくれた?」
「まさか。蓬莱人が死別の一つで自棄になるとは思わないわよ。慧音は大往生だったし、葬儀のとき貴方が誰よりも誇らしそうな顔だったのを覚えている」
「よく覚えているね」
「まあ……ね。私が知っている最後の人間だから記憶に残るのかしらね」
「私が?」
妹紅は目を丸くした。
「そりゃそうでしょう。魔法の森に住んでれば人間と深く関わることの方が珍しいし、私の交友関係なんて過去の遺産よ……もうほとんど食いつぶしちゃったけど」
「いや、ううん、ありがとう」
今度こそアリスは小首を傾げた。何に対してのお礼なのだろう。
「話を聞くかぎり、アリスも相当な隠遁生活を送っているようだね。知り合いの人間がいないなんてどうかと思う」
「もう迷い人もめっきり減ってね。その代わり妖精がよく家に来るわ。賑やかと言えば賑やかだから、仙人みたいな生活はしないですんでる。研究もはかどるし、今の生活でそこそこ満足。たまに気晴らしに今日のような人形劇もしてるし。それで、貴方は?」
「紙芝居を作って、今日のように披露してた」
「それだけ?」
「それだけ」
きっぱりと言い切る妹紅の言葉に、ちょっと待て、とアリスは思う。
「私の聞き間違いでなければ、たしか百回目って言ってたわよね。まさかはなさかじいさんしかやってないの?」
「私のレパートリーはかなり多いよ。今日はたまたまはなさかじいさんだっただけ」
「ああ、百回目がはなさかじいさんだったのね」
「いや、はなさかじいさんが百回目」
「なんですって……」
どうだと言わんばかりに妹紅は胸を反らす。アリスが粗製濫造の非を糾弾してやりたくて内なる激情と戦っているとは夢にも思っていないようだ。
アリスがそれをしないのは、別に妹紅へ気を遣っているからではない。問題とすべき点が他にあった。
「ちょっと貴方、私の家を覚えているわよね。今日はもういいわ。明日来なさい」
「はい?」
「絶対に来なさいよ。まったく信じられない。ああ……参考になるような本があったかしら。地下室をひっくり返してみないと」
ふわりと空へ浮かび上がる。
「絶対に来なさいよ。来なかったら、次に貴方の紙芝居を見かけたときぶち壊しに行くんだから」
妹紅が困惑しながら頷くのを見て、アリスは夏の風が心地良い帰路を飛んだ。
祭り囃子の聞こえない帰路だった。
/
部屋の中に満ちる香ばしい匂いを、窓を開けて晴れた空に逃がしながら、アリスは作りたてのクッキーを細かく砕いて窓枠へ撒いた。こうすると鷽という鳥たちがクッキーを啄みにやってくる。そしてクッキーをたらふく啄んだ鷽は、その日一日アリスの家の周辺を飛び回って、嘘つきが来たら精力的につついて追い返してくれる。かつて妙な縁が二者の間にあり、それから何年も何年も続いている魔女と鷽の契約である。
この契約によりアリスは、だんだん厚かましくなってきた妖精を時々牽制していた。研究に没頭したいときはとても役に立った。何よりアリスは空飛ぶ小さいものが好きである。行き詰まった研究の気分転換にペット感覚で鷽たちを愛でたりもしていた。
匂いに釣られて早速やってきた鷽にクッキーを与えながら、アリスはふと思う。これまで妹紅は何度紙芝居をしたのだろうか。レパートリーを自慢していたのを見ると、十や二十よりも多いだろう。まさかはなさかじいさんのみ百回やって、他の演目は数回だけなんて偏り方はしていないだろうし、他のレパートリーも百回近くやっていると考えれば、合計数千回か。
「よろしくね。嘘つき妖精がきたら全力で啄んでいいから。でも縦ロールの子は手加減してやって、どうも貧乏くじを引いてそうな顔してる」
数千回やって昨夜の腕前。もう少し上手くなっても良いと思う。途中で語り部本人が泣き出すというのは、涙腺が緩いにも程がある。
お節介だろうが教えてやらなければならないとアリスは思った。
上質なバターを使ってクッキーを焼いたし、ちょっと値段の高い紅茶も用意したし、邪魔をされたくないから三妖精の牽制もした。独り善がりなお節介であろうとも、人形劇と性格の近い芸能について語ることができるのは楽しみだった。
冬眠あけの熊のように部屋の中をうろうろして胸を躍らせるが、時計の短針はとっくに真上を過ぎた。
不安になる。そういえば約束はしていない。
もしかしたら来な――
「まてまて、ちょっとまて」
そんな声が外から聞こえたので、アリスは窓から外の様子を窺った。
妹紅が鷽に襲われていた。
「私は焼鳥屋だぞ。いいのか、いいのか、いいんだな? よーし、ちょっと待って、いたい」
「……何してるの」
窓から身を乗り出し、
「嘘つきは鷽に攻撃されるんだけど」
「あっ、アリス、うわ痛い。なによこの鳥」
「だから嘘つきはツンツン攻撃されるんだってば。どうしてこんなに遅くなったの?」
「散歩がてらに遠回りを、痛い痛い」
「嘘をついても攻撃されるわよ」
「道に迷ってたのよう」
鷽は小さな頭を少しだけ傾けた姿勢で静止し、すぐに妹紅をつつきはじめた。矮躯に秘めたるその力は、容易にガラス窓を突き破るほどパワフルである。鳩時計の告げる十二時よりもしつこく、早朝五時の鶏よりも活き活きと、その嘴を嘘つきへ突き立てる。
「……なんで道に迷うの?」
「痛いってばもう! この鳥! あ、ごめ。だってアリスの家の場所なんか知らないよう」
数羽の鷽が妹紅への攻撃をやめ、怪訝そうな顔で頭上を旋回し、またすぐに攻撃しはじめた。
「昨日私の家の場所を知ってるかって聞いて、頷かなかったっけ」
「いたた、頷いてないよう」
「あれぇ……」
そうだっけ。
散々につつき回した鷽が、今日はこのくらいにしてやろうと遠くへ飛んでいく。
「痛かったぁ。なんだったの」
知らない。
そう答えたら自分も鷽につつかれてしまうだろうか。アリスは顔を背けて口を閉ざした。
アリスの家にあがった妹紅は、玄関の内装を物珍しそうに見て、壁を埋め尽くす人形たちに迎え入れられては驚嘆し、初めて遊技場へ訪れた子供のように目を輝かせた。妹紅の反応一つ一つが新鮮で、アリスも満更ではない。笑みを噛み殺そうとして失敗する。
居間へと辿り着くまでにたっぷり十五分はかかった。
大量の紙芝居が口から飛び出ている鞄を、妹紅が重たそうにソファーの上に置いたのを見て、
「紙芝居の絵を持ってきてって言うのも忘れていたかも」
妹紅は大きなため息を吐いて荷物の横に腰を下ろす。わざとらしく作った不機嫌な声で、
「アリスも相当なあれよね。おっちょこちょい。おかげで髪の毛を毟られたわ」
妹紅は白い髪を手で撫でるように梳いた。
「そういえば短くしたんだ。あんなに長かったのに」
「紙芝居を作るのに邪魔だったから」
「伸ばすのにこだわってたんじゃないの?」
「元々は短かったのよ私。伸ばしていたのは塵芥になっても蘇生が早くなるから。細胞一つ未満でも蘇生できるけど、やっぱり元が大きい方が回復も早いし、少しでも大きな部分が残るように伸ばしてた」
物騒な話である。
「でも絵を描いたり細かい作業をしているときは邪魔なのよね。だからバッサリ。ちなみに切った髪の毛でカツラを作って、今は里長の頭の上にある」
「嘘ォ!?」
世の中は不思議で一杯だった。
「さて、何するの? 私の紙芝居に関係することなんでしょう?」
ソファーの弾力が気に入ったのか、妹紅はびよんびよんと愉快そうにお尻で跳ねた。
「早速だけど、紙芝居の基本から叩き込ませてもらうわ。お節介だとは思うけど、昨晩の紙芝居を見たら黙っているなんてできないもの」
「それは願ったり叶ったりだよ。よろしくお願い」
「オリジナルのストーリーなら構成からやっていきたいところだけど、昔話で作っているのならそこはパス。だから絵からね。ちょっと見せて」
妹紅から絵を受け取るなり、アリスの眉がぴくりと痙攣する。
「これ何を使って色を塗ったの?」
「色鉛筆……ですけど」
「アウトー!」
アリスは稲妻のように鋭い叫び声を発し、小さな悲鳴をあげソファーの上で体をよじっている妹紅を睥睨した。
「よく見て。この距離なら色の明暗はわかるわよね。でも」
アリスは壁際まで歩いていき、妹紅へ絵を突きつける。
「遠くだとはっきり見えないでしょ」
あっ、と驚き、深く頷き返す妹紅。
「色はやりすぎだと思うくらい濃くしても構わない。絵の具でべったりやるのも一つの手よ。そして色よりも大事なのが縁取り。太くて黒い線で描いた方が遠くから見ている人には親切だわ」
「なる、ほど」
「色塗りは見やすさを考えないとね。そして見やすさっていうのは見やすい色を塗れば良いってわけじゃないの。例えば昨日、妹紅が紙芝居をした場所、あと数メートルでも良いから横にずれていれば、提灯の明かりが丁度上手い具合に絵にあたってもっと見やすかった。日中にも紙芝居をやるときがあると思うけど、太陽の位置を気にしてたことある? 近くで喧しく家を建ててたりしてなかった? 砂埃が巻き上がるような場所は避けた? そういうお客さん視点の"見やすさ"を考えないとダメ」
ぽかーんとした表情で妹紅はアリスを見上げている。
「メモ! テーブルの上に紙とペンは置いてあるからそれ使って」
「は、はい」
「じゃあ絵は見やすいことだけを注意すれば良いのか、というとそれだけでもダメ。構図も考えないとね。昨日の妹紅は絵を一枚毎に全部抜いていたけれど、絵を半分だけ横にずらすっていうのも一つの手法よ。具体的には、枯れ木に花を咲かせましょうと灰を撒いているお爺さんを右半分に描いて、左半分には意地悪なお爺さんの悔しそうな顔を描く。絵を横に抜くとき半分ずつ見せていけば演出の幅が広がるわ」
妹紅はテーブルの上にあったクッキーを勝手にパクつきながらメモを取る。
「っと、ごめんなさい、少し駆け足すぎたかしら」
「んーん、ほんなほとはい」
「……クッキー美味しい?」
「うん」
ごくりと嚥下して、またメモに向き合う妹紅は実に真剣だ。
「そうだ、折り紙を絵に貼り付けて絵を立体的に見せるなんてどうかな?」
「あのね妹紅」
「や、うそうそ、冗談。ごめんねもう余計なこと言わない」
「グッドアイディアよ。そういう独自の工夫はどんどんするべき」
「お、おぉ……おぉ……」
褒められるとは思わなかったらしい。鼻の穴が膨らむほど喜んでいる。
擬音語、擬態語、擬声語はなるべく描き込むな。表現したいなら演技で補え。絵を描く紙は大きく固いものを使え。物語は一字一句暗記して絵に視線を落とすな。客の反応を逐一見ろ。物語の進行速度は客の反応次第だ。間と溜を最大限に使え。
二時間後のメモにはそのようなことがびっしりと書いてあり、メモを読み返している妹紅の顔には「アリスって何者なんだろう」と書いてある。
透き通った夕日が窓から入ってきて、テーブルの上を窓枠の形に切り取っている。きれいに平らげられたクッキーの皿と、達者な文字で埋め尽くされたメモ用紙が、黄昏に焼かれながら片付けられるのを待っている。
妹紅はソファーの背もたれに体重を預けて天井を仰いでいた。時折小さな声でメモ書きをそらんじては唸っている。アリスは窓を開けて砕いたクッキーを窓枠に置いた。夕方の涼しい風がレースのカーテンを揺らして滑り込んできた。
「あ、気持ちいい風。詰め込みすぎて頭が熱いよ。こんなに頭を使ったのは久しぶり」
アリスは、ふと気になったことを聞いてみた。
「そういえばどうして紙芝居に一生懸命になったの? 焼鳥屋は廃業?」
言ってすぐに後悔する。軽率すぎた。もしかしたら相手に大きく踏み込んでしまう質問だったのではないか。
「これだけ教えてもらったんだから、教えないわけにもいかないかな」
「ごめんなさい、そういうつもりで聞いたんじゃないの。別に言いたくないなら構わないから」
「冗談よ。別にたいした理由じゃない。慧音の遺品を片付けていたら手作りの紙芝居が出てきてね。もしかしたら慧音は、紙芝居を里の子供たちにしたかったんじゃないかと思って」
「そっか、慧音が」
上白沢慧音は偉人だったとアリスは思う。
真面目すぎると揶揄されることもあっただろうし、不器用すぎると陰口を叩かれたこともあっただろう。子供たちに古き価値を教え、新しき夢を語り、常に正しくあろうと己を律し、巌の如き信念は生涯透徹としていた。それは歴史を創る者としての、一夜で歴史を改竄できる者としての、矜持だったのかもしれない。
規格外の力は、幻想郷に数多く存在している。森羅万象の境界を操る力。目に映るものすべてを死へ誘う力や、ありとあらゆるものを破壊する力。それらの力で以てしても絶対に殺すことのできない永遠不滅の命を持つ力。もはや未来予知すら児戯に等しい未来の取捨選択をする運命操作。
それらの中にあって、歴史を創る力というのは果たして劣るものであろうか。
決まっている。否である。
遍く因果を思い通りに創造する力を指差して、劣っているなど笑う奴は天下無双の馬鹿者か常軌を逸した無知蒙昧だ。
歴とした、正真正銘の、規格外の力である。
人間の歴史を作るのは常に勝者であることは言うまでもない。剣で作った血の河を、正義という焚書坑儒で埋め立てていき、ようやく歴史を作る権利を得る。血と泥で両手を汚してようやく入れるものを、上白沢慧音は常に持っていた。彼女が憎い相手の消滅を願ったとき、次の瞬間そいつのいない歴史が創造されるのかもしれない。彼女にとっての空想は真実の歴史と寸毫の違いも無く、その気になれば、八雲紫は初めから存在していなくて、西行寺幽々子は天寿を全うし、スカーレット姉妹は昼の中に溶け、藤原妹紅は蓬莱の薬を飲まなかったことに――
止そう。全てはもう過去のことだ。
ゆえに彼女は己を律した。その強大な力を決して己のために使わなかった。彼女は、自分が死んでしまう歴史さえも肯定したから、今この時があるに過ぎない。当たり前のように呼吸する日常が、彼女の掌の上にあったものだと誰も意識していない。
慧音の心の内側を理解できる者がいたとは思えないし、最も親しかった妹紅もきっと理解していなかっただろうとアリスは思う。上白沢慧音は掛け値なしに偉人だった。同時に、誰よりも孤独な人だった。
ひょっとしたら妹紅もそんな思いに捕らわれているのかもしれない――そこまで考えてふと気づく。
「妹紅、貴方もしかして」
アリスの声を遮るようにカラスがどこか近くで鳴いた。
夕日が急き立てられるように魔法の森へ落ちていく。斜陽に炙り出された埃が目の前をゆっくりと横切り、窓の外を見つめる妹紅の横顔がまるで一枚絵のように見え、何か尊いものを壊してしまうような思いに駆られてアリスは言葉の続きを飲み込んだ。
言葉の余韻が溶けきった静寂。ややあって妹紅が口を開いた。
「昨日アリスも見たと思う。紙芝居をしているとき、慧音が生きていたらきっと読み聞かせたいだろうなって思うシーンに差し掛かると、ダメなんだ。とてもじゃないが耐えられない。馬鹿みたいに泣いてしまうんだ」
今、何か大切なことを遠回しに打ち明けられたのではないだろうか。言葉になり損ねた感情の残滓が、妹紅の口元に残っているような。
アリスは杳として心の在処がわからない妹紅の横顔を見つめる。なんだか心の探り合いをしているような気がしてきて可笑しくなった。
「ねえ、慧音の家にあった紙芝居ってどんなの?」
妹紅は口を閉ざした。
居心地悪そうに視線を泳がせたその先はアリスの手元に他ならず、そこにはクッキーを啄む鷽がいて、妹紅の喉が怯えるように波打った。
「何の紙芝居?」
アリスは、もう一度聞いた。
「もしかして、今日それ持ってきてる?」
そう言いながら一歩踏み出す。
「持ってきてない」
アリスの手元にいた鷽が眠たそうに顔を上げ、妹紅の肩に飛んでいき、ツン、とその頬をキスするように啄んだ。
「……嫌な鳥だなぁ」
「ふふ、意地悪したかしら」
無言。
「本当にごめんなさい、貴方の挙動不審な視線が面白くて、つい」
含み笑い。アリスはテーブルを挟んで斜め向かいに座る。
もう見えなくなりそうな夕日を追いかけに鷽が窓の外へと飛んでいった。
「深くは聞かないわ。性分じゃないし」
「うん。助かる」
「ご飯食べていくでしょ? 焼き鳥があるの。照り焼きにでもしましょう」
「ご馳走になろうかな……って、あの鳥アリスの友達じゃないの!?」
「クッキーで肥えさせて美味しくいただくのよ」
「そ、そう。舌切り雀のお婆さんもアリスの前では裸足で逃げ出すわね……」
やっぱり鷽がいたらつつかれただろうか。アリスはそんなことを考え、また含み笑いをする。
――お酒飲むの、久しぶりだなァ。
それが妹紅の最後の言葉になった。
幸せそうな顔でテーブルに突っ伏したと思えば、妹紅はそのまま眠ってしまった。コップを握ったままの右手はかれこれ三十分以上動いていない。不規則な寝息に刻まれた時間の中、軽く酔いの回った頭でアリスはぼんやりと思いを巡らせる。
相手の懐に深く踏み込んでいくのは自分の性分ではない。今も昔も、弾幕勝負も対人関係も、その匙加減と距離感は一緒である。が、つい考え込んでしまうのもまた性分で、思考のしっぽがいつまでも頭の中に残ってしまう。
「紙芝居を作って、それを披露していた、ねぇ」
昨夜、妹紅はそう言った。
この言葉には余分な脂肪が一切無い、事実過ぎるほど事実なのではないか。そんな恐ろしい想像が止まらずにいる。
妹紅は文字通り紙芝居しかしていないとしたら。食事は取らず、お酒も飲まず。およそ人間が取り得る生存行動の一切合切をなげうって、紙芝居のみをやっていたのではないか。
だとしたら、それは狂気の沙汰だ。
アリスは馬鹿馬鹿しいと自分の思考を一笑して立ち上がった。
妹紅の両脇と膝裏と首の後ろに人形を潜り込ませて支え、お姫様だっこで持ち上げた。起こすのはやめた。幸せな夢を見ているのであれば良いと思う。
「ん」
突然の浮遊感に意識までも浮き上がってきたのか、妹紅が眉を寄せてむずかるような息を吐いた。
「今布団まで運ぶわ」
「んん……」
妹紅は薄く目を開けて左手をソファーの方へ伸ばした。アリスはそれに気づかずソファーの横を通り過ぎようとして、妹紅の手が幅広の鞄へ引っかかり、中身に詰まっていた紙芝居がぶちまけられた。
何枚もの色彩豊かな画用紙が散らばり、何本もの色鉛筆が床を転がり、その中に一つだけ、不自然にくたびれた紙があった。左上に丸く開けられた穴に紐を通して束ねてある。嫌でもアリスの目についた。
かぐや姫。
そのとき、妹紅はもう眠りに落ちていて、安らかにすら感じる寝息にアリスは妙な安堵感を覚えた。寝室に敷いた布団の上に妹紅をそっと横たえ、人恋しそうに布団へ頬ずりする乳飲み子のような無垢を見る。
寝室の戸を静かに閉め、居間へと急ぎ足で戻る。悪いとは思いつつも、アリスは鞄から零れ落ちた古い紙芝居を拾い上げた。妹紅と違う筆致で塗られたこの絵こそ、慧音が描いたものに間違いあるまい。人物が真っ黒に塗り潰されているのが異様である。そこだけ見ればまるで影絵のように見える。
たしかに影絵を用いた紙芝居は、ある。
しかしそれは背景も白か単色を用いる場合が多く、この紙芝居のように背景がしっかりと描き込まれているのは珍しい。竹林は竹の一本一本まで、夜空は星の一つ雲の一つまで、色鉛筆で丁寧に塗られている。月を仰ぐ長い髪の少女だけが、光から切り離されたかのように真っ黒だった。
ページを捲った。その次の絵もかぐや姫だけが真っ黒だった。
そして月から迎えがやってくる最後のシーンは、無かった。
「なにこれ」
思わず呟く。
何も描かれていない真っ白の紙が後ろに二枚。物語のエンディングはまるで存在しないかのように綴じられている。
これはおかしいとアリスは思う。
綴じてしまっては絵が描きにくい。おかしいと言えば、紙芝居を綴じるというのがそもそもおかしい。あたかも誰にも見せるつもりなど無いような。
「妹紅が綴じた?」
慧音の紙芝居をお守りのように持ち歩くため、ばらばらにならないよう綴じたのかもしれない。
とすれば、この白紙の二枚はなんだろう。仮に妹紅が綴じたとして、この白紙の二枚が作品に必要なものだと判断したというのか。残りのシーンはかぐや姫が月に帰っていく一枚で事足りるように思う。
不自然。
慧音なら未完成の紙芝居を綴じるはずがないし、妹紅なら白紙の二枚を一緒に綴じるとは考えにくい。
「……なんで綴じているんだろう」
綴じざるを得なかった、と考える方が筋が通っているのではないか。何らかの事情があったと考えるべきだろう。例えば、これは慧音が亡くなる間際に作っていたもので、己の死期を悟った慧音は未完成でも綴じなければならず、二枚の白紙に何かしらのメッセージを込めたというのはどうだろうか。
アリスは前髪をくるくると弄って目を上げた。考えすぎか。メッセージを込めるといっても誰に込めるというのか。妹紅にメッセージを残すなら、こんな不明瞭な残し方をせず遺書を書くだろう。何もかもが合理的にできているわけではない。綴じたまま色を塗る人もいるかもしれないし、白紙がたまたま重なっていて気づかなかったのかもしれない。それらも十分にあり得ることだ。
アリスは一つ息を吐いた。人形たちに散乱した紙芝居を拾わせ、自分のところに持ってこさせる。
このことを妹紅に尋ねるのはやめようと思った。
夕方、妹紅に慧音の紙芝居を持ってきているのか尋ねたときに「持ってきていない」と嘘をついたのは、踏み込んで欲しくないからに違いなく、
「そっか」
はたとアリスの動きが止まる。
鷽はそれが嘘ならば容赦なく啄む。しかしあのとき鷽は、妹紅を"優しく"啄んだ。
アリスは以前、三妖精に「一緒に人間たちをこらしめてやろう」と冗談を言ったことがあった。騙そうという意図は無く、わかりやすく友好を示す一種の方便を使ったのだが、あのとき鷽は反応しなかった。
鷽は嘘をつく心に反応する。そして鷽は妹紅を"優しく"啄んだということは、騙そうとした気持ちとそうでない気持ちが半々だったということではないか。
アリスは集めた紙芝居をぞんざいにソファーの上へまとめ、人形たちに新しい命令を飛ばした。部屋の外へ消えていく人形を見送り、室内をうろうろ歩く。考えを整理する。
つまり妹紅は、慧音の残した紙芝居について知って欲しかったという気持ちが少なからずあった。知って欲しくないのなら、鞄が倒れたくらいで中身が散乱するような置き方はしないだろうし、眠気に微睡みながら鞄に手を伸ばしたりはしないだろう。となると、あれを綴じたのはやはり慧音で、妹紅はこれを完成させたがっているのではないか。だから自分にこれを見せたのだ、とアリスは考えた。
人形が文房具一式を持ってきた。慧音の筆致をそのまま真似て続きを描くことは容易い。
片付けられたテーブルに慧音の紙芝居を置き、白紙のページを広げ、
「……やっぱり違う。しっくりこない」
思考が振り出しに戻る。普通に考えて、未完成品を綴じるはずがないのだ。妹紅が綴じたのでなければ、これはばらばらの状態であるべきなのだ。それに二枚の白紙の意味もわからない。
アリスは紙芝居を最初から何度も何度も読み返す。左手で描かれた不自然な箇所を見つければその意味を探り、筆圧の違いが顕著であればそこから慧音の健康状態と精神状態を読み解こうと躍起になり、強い光に透かして紙芝居をしつこく尋問し、色使いを大雑把に五つに分け五行になぞらえているのではないかと深読みまでした。
ありとあらゆる可能性を吟味した結果、何もなかった。
何もなかったのだ。
「そういうことか……」
何もなかったというのは、一つの結論を示しているように思う。
そしてそれは、考え得る最悪の結果な気がしてアリスは顔を歪ませた。
/
妹紅は起きていた。
何年ぶりかのアルコールに喉が焼けてしまったのかと思ったのは本当で、杯を傾けるたび強烈な眠気に襲われたのも決して嘘ではないし、鞄の中をアリスに見られたくない気持ちも、半分くらいはあった。
残り半分はどうだったろう。
こうして横になっていると入水した日を思い出す。不死の絶望に背中を焼かれ、熱さに負けて身を投げた青い海の揺らぎ思い出す。小波に浮かんでいる酩酊感。何か優しいものに包まれ、揺らされている、揺りかごのような安心感。布団の柔らかさを背中に感じ、ひしと抱く薄いケットは涼やかな夏の夜に心地良く、情けなさが嘔吐のように込み上げてきてただ無性に泣きたくなった。
――慧音は私の理解者だった。
あれから幾星霜を経て、小揺るぎもしない確信。
――私は慧音の理解者だった。
あれから幾星霜を経て、揺らぐ自信。
里の人たちに慧音の遺品を整理するよう頼まれたとき、妹紅の心は確かに満たされていた。自分こそが慧音の一番の理解者であり、誰も彼もがそれを認めてくれているのだと思えばこの上なく誇らしかった。
紙芝居を見つけるまでは。
はじめ妹紅は、この紙芝居は自分と輝夜の殺し合いに心を痛めた慧音が何かしらのメッセージを込めて作ったものだと考えた。最後にある白紙のページに、尤もらしいシナリオを自分勝手に用意して、幸福な未来を思い描きもした。かぐや姫が月に帰らないシーン。そして永遠に生きる悪友を見つけ共に歩いてゆくシーン。そんなハッピーエンドも悪くない。きっと二枚の白紙はそういう意味に違いなく、慧音はそれを望んでいたのだ。
そこで思考を停止させておけば良かったものを、妹紅は「もしかして」を考えてしまった。
実は、これは純粋に慧音が子供たちに披露したかった願望ではないのだろうか。最期まで果たせなかった慧音の夢の残骸だったのではないのか。
疑念はどんどん大きくなり、やがて自分の思い描いた幸せのシナリオを超え、しまいには慧音のことを理解できなかった自分の至らなさを産み落とした。八面玲瓏の大切な思い出が後悔の怪物に食われていく。じっとなんてしていられない。このままでは心が死んでしまう。
慧音の真意が知りたい。
それが全てだった。
何もかもが手遅れで成すこと全てが無意味であると心の奥底ではわかっていても、筆を取らずにはいられなかった。
それは今も続いている。終わりなんて未来永劫ないように思う。
妹紅は手の甲でぐいっと目を擦りアルコールに波立つ意識を平らにした。天井が高いことに今さらになって気付く。鼻先を静かに対流している空気は、仄かに甘い匂いが染みていた。自分の住む荒ら屋とは比較にならないほど暖かい寝床。
帰ろう。
ここは優しすぎる。
「よし」
立ち上がる。平衡感覚はとっくに戻っていた。
寝室を出て居間へ向かい、そこで踊るように飛び交う人形たちに圧倒された。
「アリス? 何してるの?」
部屋の外から声をかけると、アリスの慌てたような声が返ってきた。
「ちょ、ちょっと待って!」
もしかしたら鞄の中身を勝手に見てしまったことを隠そうとしているのかもしれない。
「鞄の中身のことならアリスが悪いんじゃないよ。私が悪いんだ。ちょっと弱気になっていてアリスに頼ろうとしてしまったんだ。ごめん、このことは忘れて欲しい」
上手い謝罪の言葉を探り当てられず、とりあえず頭を下げようと部屋の中へ踏み込んでいき、妹紅はそれを見た。
魂を抜かれた。
/
最悪だ。
慧音の書いた絵は、紙芝居ではないし里の子供に向けて描いたものでもなく、残念なことに、妹紅に宛てたメッセージでもない。冷静に考えてみれば、これが紙芝居ではない理由など幾らでもあった。
身も蓋もない言い方をしてしまえば、これは歴史家の手慰みに描いた絵にすぎないのである。
かぐや姫は昔話であり史実でもあるから慧音はこれを描いたのだろう、とアリスは思う。
慧音は悩んだはずである。昔話のままにしておくべきか、実在する歴史として伝記の形にするべきか。幻想郷の多くの人間が蓬莱山輝夜がかぐや姫その人であることを知らないし、幻想郷縁起にだって記されていない。昔話のままにしておくのなら、蓬莱山輝夜がかぐや姫その人であることは伏せておく方が良いと判断したに違いない。ゆえに、かぐや姫を真っ黒に塗りつぶしたのだ。さらに最終ページが白紙なのは、伝記としたときに「月に帰らなかった」ことと「その後の生活」を描く必要があったからだろう。
確信はできない。どんなに傍証を集めても推測の域は出ない。
しかし他に理由が見あたらない。
確信ができるのは、これが紙芝居ではないということだけである。
そして――
――そう妹紅に言えるか?
――これを紙芝居だと信じ、己の生き方をねじ曲げてまで慧音の影を追っていた妹紅に、そう言えるか?
慧音を恨みさえする。なぜこれを妹紅に宛てたメッセージにしなかったのだろう。憎み合う二人が和解するありがちな物語を描くだけで、きっと妹紅はそうやって生きていくことができたように思える。物語としては三流だし、目新しさのない陳腐な内容であるが、そこには何よりも幸せな未来が詰まっていたはずだ。
人形たちが飛び交う部屋の真っ直中で、アリスは迷子になったかのように立ち尽くしていた。即席の舞台セットは瞬く間に形になっていき、あとはアリスがそうと決断するだけだった。
「アリス? 何してるの?」
その声は、広さ約半畳の小さい舞台の完成と同時だった。
「ちょ、ちょっと待って!」
「鞄の中身のことならアリスが悪いんじゃないよ。私が悪いんだ。ちょっと弱気になっていてアリスに頼ろうとしてしまったんだ。ごめん、このことは忘れて欲しい」
アリスは振り返った。
そこには心細げな表情をした少女がいた。あんなにも長かった髪を邪魔だと言って短くし、ありもしない慧音の影を追い続けた人間の少女がいた。その瞳を見て悟った。どんな事実を言っても信じまい。何を言っても傷つけることになるだろう。お手本のような人形劇を見せたところで、ほんの僅かな想いも届かないに違いない。
アリス・マーガトロイドの言葉は無力なのだ。
だから、慧音になろう、とアリスは思った。
「ここもとご高覧に入れまするのは、成立年も作者も不明、原典は歴史の中に埋もれてしまった『かぐや姫』。掛け合いにて及ばずながら、お囃子鳴り物をあしらいまして相つとめますれば、いずれさまにも相も変わらず、熱烈なるお手拍子ご声援を賜りますよう伏してお願い奉ります」
人形が拍子木を高らかに打った。部屋の四隅に控えていた人形が意図的にコンマ数秒の誤差で三味線を弾き、立ち尽くす妹紅を呆気なく飲み込んでいった。天井に備えられた照明の半分を布で覆って部屋の入口だけを薄暗くする。即席の舞台と即席の劇場。舞台背景に慧音の絵を据えて、竹取の翁と媼に扮する人形を静々と舞台へ歩かせた。
誰のものでもない、これは上白沢慧音が演じるかぐや姫。
「今は昔――」
もしかしたら、この時既に妹紅は、とっくにアリスの姿は見えていなかったのかもしれず、とっくに声は聞こえていなかったのかもしれない。目の前で繰り広げられている人形劇は神の御技か悪魔の仕業か。アリスのそれは演技なんて生易しいものじゃなく、憑依や降霊の類に違いなかった。指先の動かし方、まばたきの間隔、発音の癖、アリス本人にはありもしない背中まで伸びた後ろ髪を気にする無意識の素振り。それら全てを再現する埒外の挙措。
口寄せとは、この姿を見た人間がそう呼んだものだ。
ひとたまりもなかったはずである。
奇跡を目の当たりにした妹紅は、呼吸さえできず、瞬きすることも忘れ、今日まで追い続けたその人の名を小さく呟いたきり言葉を失った。
イメージの過度な再現が脳を絞り、沸騰した血液が頭から足先に落ちてまた上っていく。とっくに背中は汗だくになっている。喘ぎ続けている脳みそに余裕なんてあるはずもないのに、アリスはどういうわけか思考の片隅で場違いなことを思った。
――どうして妹紅は泣き崩れないのだろう。
妹紅はうっすら涙を浮かべるものの、涙を流すどころか笑顔さえ見せている。喜びではなく悲しみでもない。喜怒哀楽のどれにもない笑みを浮かべている。
それは決して流すまいと心に決めた、気丈さから生まれる笑みなのか。
紙芝居をやる度に慧音を思い、泣き叫んでは衆人環視の的になっていた昨晩。そんなことを続けてきた長き暗澹とした日々。
それなのに、こんな風に笑えるものなのか。
人間は、ここまで気高くなれるものなのか。
物語が進む。人形が絵をめくり、奏でられる囃子に詞章を乗せる。小太鼓が軽やかな音を響かせて次の場面を催促し、ページをめくった分だけ終わりに近付いていく。
なぜかはわからない。その強さが、アリスにはとても悲しく思え――、
そのとき、妹紅は驚いたように目を大きくし、やがて口元に慈愛さえ浮かべ、訥々と語り出した。
「白状するとさ、私が紙芝居をしていたのは懺悔の気持ちがあったからなんだ。そう、不純な動機。慧音の気持ちに気づけなかった自分を許して欲しいから紙芝居をしていたんだ。私は頑張って紙芝居をしていました、だから許してください……そんな気持ちが少なからずあったと思う」
文月の十五日に近づくと、かぐや姫は月を見上げ夜な夜な涙を流すようになった。さめざめと泣くかぐや姫を見て、翁も媼も心を痛め事情を聞いた。
翁は尋ねる。
何をそのように思い悩んで月を仰ぐのか。泰平な世の中ではないか。
かぐや姫は答える。
月を見ると、どういうわけか心細くなってしまうのです。決して嘆いているわけではありません。
寂しそうに、殊更寂しそうにかぐや姫は笑った。
「愚かすぎて救えない。いや、愚かすぎるから救われるの待っていた。誰かが私の愚痴無知な醜行を叱ってくれると心の底で期待していた。『そんなことで慧音が許してくれるわけないだろう』と言って欲しかった。『理解者面した独り善がりな間抜け』と嘲ってくれるのを待っていた。誰かに責め立てられることでしか私は愚かさを償うことができないと信じて、この期に及んでも誰かに頼って生きてきた。慧音さえを言い訳にして見苦しく生きてきたんだ」
葉月も十五日に近づくと、かぐや姫は酷く泣いていた。人目を気にする余裕もなく、縁側で月を仰いではその頬を涙で濡らしていた。家の者も気が気ではない。何がそんなに辛いのか、翁は大騒ぎしてかぐや姫に尋ねた。
私はこの国の人ではなく、月の都の人なのです。次の十五日に月から迎えがやってくるでしょう。決して避けられぬ未来なのです。
翁は酷く狼狽した。
なよ竹の中から見つけ、種ほどの大きさだったものを私の背丈に立ち並ぶまで大切に育てた愛おしい我が子だ。そんな話をどうして許せるものか。
「死ねない私には、そんな一生が良いのかもしれない。ずっと慧音を言い訳に紙芝居をして、ずっと慧音を語り継いでいくんだ。愚か者にはちょっと上等すぎる生き様だとは思わないか。私はそれで満足だ。同情もいらない。救いも丁重にお断りしよう。優しくされるなんて論外だ。私はその資格を持たない弱い化け物なんだから」
翁の話を帝が耳に入れ、使者を遣わせた。嘆きのあまりに翁はたった数日で何年も年を取ってしまったかのようで、髪もひげも白くなり果て、腰も曲がり、目も落ち窪んでしまった。
帝とて他人事ではない。かぐや姫を奪われてなるものか。そんな気持ちが当然あった。そして、それと同じくらい翁のことが心配だった。
たった一目で心を奪われた帝でさえかぐや姫がいなくなると思うと胸が張り裂けそうになるのだ。蝶よ花よと育てた我が子を失う翁の胸中は――
「悪いのは私だよ。だから、アリス泣かないで」
――もう続けられない。
軋みに耐えかねたアリスの感情が悲鳴を上げた。
声にはならなかった。ただ涙が止まらなかった。
如何なる不幸を踏み越えて妹紅が今日まで生き延びたのか知らないし、永遠を生きなければならない苦しみなど想像も及ばない。
しかし。
一つだけわかる。
咽び泣く魔女を目の当たりにして「自分が悪い」と言い張ることでしか慰める術を持たない優しい人間が、不幸になって良いはずがない。
「慧音が残したものは紙芝居じゃなかったの!」
この世に真実の悪があるとするなら、そいつには「正直者」と名札がついているに決まってる。
言わずに済めばそれが最善だった。
甘かったのだ。
慧音の幻を見せて、吹っ切れてくれればそれで良いと思っていた自分に反吐が出る。
とどのつまり、それは自分が汚い役回りをしたくなかっただけだとアリスは思う。
「妹紅が紙芝居だと思っていたものはただの絵だったの! むしろどうして貴方がこれを紙芝居だと思ったのかが不思議なくらいだった。本来あるべきはずの表紙絵が無いこと。作品名がどこにも入れられてないこと。読み聞かせるための文章がないこと。紐で綴じられていること」
自分の口が歯止めを失いつつあることは自覚していた。
「貴方はそうやって悪し様に自分を責めるけど、この中に貴方が探す慧音の想いは描かれてない。誰が悪いわけでもない。誰も貴方を責められない。償うことなんて何一つ無い。ただ、ほんの少し、すれ違っただけ。だから……」
救われると信じて賽の河原で石を積み上げる子供に、それは無駄なことだよと踏みにじる血も涙もない強さに憧れる。
貴方の費やした長い長い日々は不毛なものでした。
そんなこと、死んでも言えるわけがなかった。
「だから、もう自分のために生きて」
それは、妹紅が祈り続けた時間をゴミ屑に変える言葉だった。
アリスは目を瞑った。めちゃくちゃに怖かった。妹紅が口を開いた気配を感じ、大人にゲンコツを振り上げられた子供のように身を強張らせた。
「それ、嘘、だよね」
「……」
「私を慰めるための言葉、だよね?」
雄弁な無言。静かすぎて心臓が耳のすぐ近くで脈打っている気がする。
それが一秒だったのか一時間だったのか、時間感覚はどろどろに溶けてしまった。気が遠のくほどに長い沈黙だった。
「そっ、か。そうだったんだ。じゃあ私はずっと勘違いしていたんだ」
そんなことない。そう思いたい。
「馬鹿みたいだなぁ私」
そんなことない。そう言いたい。
「じゃあ、じゃあさ……私は」
もうやめて。
そう叫んで耳を塞いでしまえばどれだけ楽になることか。人の心が壊れていくひび割れた音が聞こえてきそうだった。
「私は、慧音の理解者で、いられたのかなぁ……っ」
その言葉に、アリスは目を見開く。
今にも泣き出しそうな妹紅の顔が、どういうわけか、地獄の釜底から救われた者のような表情に見え――
――このバカ。
アリスは真っ暗な水底に沈んでいる妹紅の本音に、ようやく辿り着いた気がした。
簡単なことだった。
慧音が残した絵が紙芝居である限り、彼女を理解してやれなかった悔悟の念はいつまでも妹紅の心に根を張り続けるし、かといって何もかも見なかったことにして矜恃を保てるほど闇雲な強さもなくて、妹紅は人里で紙芝居を披露する度に助けてください助けてくださいと泣き叫んでいたのだ。
きっと、妹紅は、これが紙芝居じゃないと否定して欲しかっただけなのだ。
「慧音は、孤独じゃなかったのかなぁ……っ」
たったそれだけのために。
アリスは掌に爪が食い込む痛みで涙をねじ伏せた。肺の空気を残らず声に変え、
「そんなの当たり前でしょう!」
心の底からそう思った。
心の底からそうであって欲しいと願った。
「貴方以外に慧音の理解者なんているわけないじゃない! 貴方がいたのに慧音が孤独だったわけないじゃない!」
妹紅はアリスに背中を向けて、静かに鼻をすすり、
「自信が無いんだ。慧音はずっと人の心配ばっかりして、自分のことは後回しで、やりたいことの一つもしないで逝っちゃって、それなのに理解者面して良いのか、不安だったんだ」
「やりたい放題だったでしょう。寺子屋で教鞭を執って、里を守って、歴史を作って、貴方と一緒にいて……」
「でも慧音はそれしかやってない!」
「違う! それが慧音の全てだった! どれもこれもが人一人の手に余る大きなことよ。その忙しい中にあって、妹紅と一緒に過ごすことを選んでいたのは、慧音が貴方の理解者だからじゃなく、貴方が慧音の理解者だったからだと私は思う」
激務の合間にある一滴の清涼だったのだろう。そこが、慧音の帰るべき場所だったのだろう。
「私も慧音は孤独だと思ってた。でも今は違う。こんなにも慧音のことを考えている人が、慧音の心に眠っている願いを見逃すとは思えない。貴方なら絶対に気づく。妹紅、貴方が慧音は笑って逝ったと思ったのなら、そこに間違いはなかったと思う」
「……」
「満足して逝ったと断じることは私にはできないわ。でも、満足しないで逝くような大人しい人ではなかったと断言できる」
「私も、そう思いたい」
妹紅は深く息を吐いて、ごしごしと目元を拭うのが背中越しに見えた。
「でも、さっき慧音は怒ってた」
「さっき?」
「アリスが私に幻術をかけたとき。幻術、だったのかはわからないけど。私にはアリスが慧音に見えて……でも慧音は怒っていて」
遠い昔に思いを馳せるようなしみじみとした口調だった。
「貴方の見た慧音は怒っていたの?」
「……怒ってたよ。馬鹿な奴め、と言われた気がした」
「そりゃあ、私も慧音は怒ってる気がしたもの」
「どうして?」
妹紅は振り返ってアリスを見た。
涙の跡が妹紅の頬にうっすらと走っていて、もしかしたらまた泣かすことになるかもしれないとアリスは思いつつ、
「貴方が髪の毛を切ったことに怒ってた。妹紅が自分の生き甲斐を捨てているんだって慧音は気づいて、そうさせてしまった慧音自身に怒ってた」
一言。
「輝夜の髪は、きっとまだ長いままだから」
強烈すぎたらしい。妹紅はくしゃくしゃに顔を歪ませるのと同時に部屋の入り口まで歩き出した。
誰がどう聞いても「ダンボに乗ってくる」としか聞こえない言葉を残して妹紅は家を出て行った。
「……ああ」
アリスは笑う。
散歩に行ってくる、か。
/
魔法の森は変わらない。創世時そのままの姿で今もある。
相も変わらず化け物茸の胞子を薄暗い腹の中に蓄えて、陽光すら拒んで息を潜め続けている。あえて危険を冒して森に分け入っても得る物がないと人里にも広く知れ渡り、昔は幾らかいた迷い人もここ数十年は一人もいない。
秘境――あるいは魔境。人の足跡のない原生林は、そう呼ばれる。
けれども、遠い昔、この森に人間の魔法使いが住んでいたことをアリスは今も覚えている。今やその住居は森に消化されて跡形もないが、間違いなくこの場所に存在していたのだ。
アリスはそこに立っている。
妹紅が出て行ってから音沙汰のない一週間が過ぎた。
あの日、妹紅が見せた汲めども尽きぬ底なしの情愛を、皮肉でなしに尊敬した。去る者は日々に疎し、とは人の弱さを正当化したものに他ならない。思い出とは、忘却という濾過器で長い時間かけて漉していき、できあがった美しい結晶を指したものの名だ。
妹紅にはそれが許せなかったのだろう。
ゆえに同情もする。
妹紅の生き方は辛かろう。
アリスは両手を合わせようとして、やめた。ここは墓じゃないし、今更わざとらしく追悼ごっこをするのは間違っているとも思う。
それに、あの祭りのように騒がしかった遠い昔を偲ぶと、帰り道を独りぼっちで歩く寂しさに襲われてしまうだろう。ひょっとしたら、自分は終わった祭りの真っ直中に立っていて、それを認めたくないがため子供染みた駄々を捏ねているだけなのかもしれない。新しい知り合いを作ろうとしないのは、そこから踏み出せないだけなのかもしれない。
――弱いなぁ私。
複雑怪奇に入り組んだ魔法の森に夏の風がそよ吹いて、アリスの髪を揺らしていった。まだ若い風だった。無事にこの森を出られればいい。迷っているといつか瘴気になってしまう。
「じゃあね」
それは誰に向けての言葉だったか。
家の前まで戻ると人形が一通の手紙を太陽にかざして検分していた。配達人はよほど挙動不審だったに違いなく、人形自身が持つなけなしの魔力を使ってしつこいくらいにスキャンしていた。返ってくる信号は全て青で不満らしい。
「妹紅の? ちょっと貸しなさい」
人形から手紙を受け取り裏返すとデカデカと差出人の名前が書いてあった。
藤原妹紅。
文字の識別は次の課題にしようと思う。
妹紅がいつ来ても良いようぴかぴかに磨かせた玄関口に腰掛け、アリスは飾り気のない便せんの封を開けた。折りたたまれた護符が一枚入っていて、そこに文字が書かれていた。
――前略、アリス・マーガロイド様
「惜しい」
相変わらず輝夜の髪は長く、気は短いようでした。久々に会ったというのに出会い頭に殺されて、こちらの話は聞く耳も持ってくれず、理性的な話ができたのは三日くらい殺し合ってからでした。
殺された数は圧倒的にこっちの方が多かったけど、泣かした数はこっちの方が圧倒的に多かったから、私の勝ちかな。人は年を取ると涙もろくなると言うけど、輝夜もそうだった。あの泣き虫め。今度会ったらからかい殺すよ。
「ふふ、ですます調は書き出しだけってどういうことなの。性格が出ているというかなんというか」
紙芝居は続けていこうと思う。だけど私の作った紙芝居は全て焼き捨てて欲しい。今はアリスに教わったことを生かして新しいのを作ってるから。
私の心にある慧音の姿を、里の人たちにも教えてあげたい。私も慧音の姿を忘れたくない。だから慧音の昔話を作ってみる。伝記的な紙芝居。
そして、いつか紙芝居の腕が上達したら、そのときは一緒に里で披露しない? アリスの人形劇と私の紙芝居の融合。そしてそのとき、慧音の絵を取りに行く。
「"絵"か……待ってるわ。貴方は感情豊かだから、コツを掴めば上達はすぐよ」
追伸、こんな恥ずかしい手紙を未来に残されるのは辛いので、全部読み終えた頃合いを見計らって爆破します。速やかに放り投げてください。
「な――!」
煙がもくもくと上がる。護符はこのためか。
アリスが護符を放り投げようとしたとき、魔法の森がうねった。アリス邸宅の上空にのみある青空を目指し、森の中をさまよっていた風がアリスの手にある護符を攫い、解き放たれた虜囚のように吹き上がっていった。
煙を上げる紙切れは、爆発するどころか水に溶けるように空の中で柔らかく消滅し、アリスの顔に浮かぶ晴れやかな苦笑い。
「あの嘘つきめ」
さて。
やることは多い。次の祭りまでに移動式の舞台装置を二つ作ろう。
一つは人形劇と紙芝居を融合させたもの。
もう一つは自分の名前を彫り入れた人形劇の舞台。
今度、雪のような白髪の里長に自己紹介をしようと思う。
<了>
振り返った先に顔見知りはいなかった。ただ賑やかな祭りに顔を綻ばせて歩く人の波だけがあった。
祭りが産んだ空耳だったのかもしれない。そう思い、再びアリスは歩き出す。
「アリスさん」
今度ははっきりと聞こえた。声の主はすぐ近くだった。雪のようにきれいな白髪、目尻の深いしわが優しげな印象を与える老爺だった。
「アリス・マーガ……アリスさん」
フルネームを言おうとして失敗したのを誤魔化したのではないかとアリスは思った。
「なんでしょう」
老爺は深いしわをいっぱいに使って笑顔を作り、愛おしいものを見るようにうんうんと頷いた。
「素晴らしい人形劇でしたな。年甲斐もなく胸が熱くなりました」
アリスは軽い驚きを覚えつつ、もうずいぶんと使い古した社交辞令の笑顔を作る。
「ありがとうございます。子供向けの人形劇ばかりですいません」
「何をおっしゃいますか。我々のようなジジイでも貴方の人形劇の前では童心に返ることができる。あの老若男女を問わない人垣を思い出してくだされ。皆、子供向けの人形劇を楽しみにして足繁くアリスさんの人形劇へ通っているんですよ」
しわの奥に隠れていた瞳がきらきらと輝いていた。老いてなお稚気に富む表情は、それだけでこの老爺の人柄を推し量れた。面と向かって熱い言葉を言われたのは初めてのことではなかったが、老齢の人間に言われるのはアリスにとって初めてのことだった。
アリスは人形を肩の高さに浮かび上がらせ、人形と一緒にスカートの端を摘んでお辞儀した。ただそれだけのことに老爺は顔を紅潮させ、生命力に溢れたチンパンジーのように手を叩いて喜んだ。
「アリスさんはこれから家に帰られるところですかな」
老爺の言葉には名残惜しいという響きがある。アリスのことを引き留めたがっているのは明らかだった。
「何かありましたか?」
「いえ、里の祭りにはアリスさんの他にもう一つ人気の演目があるんですが、ご存じですかな」
初耳である。それに、他人の演し物には興味がない。
「その顔はやはりご存じないようですな。毎度すぐに帰られてしまうので、もしかしたらと思いまして。どうでしょう、一度見に行きませんか。もうそろそろ始まると思います」
「演劇ですか?」
「いえ、紙芝居です」
アリスの表情にはっきりと驚きの色が浮かんだ。
夏祭りに人形劇を披露することでさえ異色だと思っている。
俄然、興味が出てきた。
そこかしこから降り注ぐように祭り囃子が奏でられ、陽気な笛の音に合わせて人々の足が普段よりも速くなる。
アリスは老爺の歩調に合わせてゆっくりと歩いた。
老爺はろくに足を動かさず、興奮気味に口ばかりを動かしていた。
「アリス・マーガ、リ……アリスさんの人形劇と、紙芝居屋を巡ってちょっとした論争もあったんですよ。どっちが面白いか、ってね」
「私は別に――」
「ああ、わかってます、わかってます。どちらが面白いかなんて比べられるものではないことを。若い連中はすぐに順番をつけたがる。悪い癖だと笑ってやってください。甘いものと辛いもの、どちらが美味しいかと論じても意味はないでしょう」
「私は甘い方が好きですけどね。紅茶にあいますし」
「むぅ」
老爺は目に見えて落ち込んだ。何か別の喩えを思案しているのか、あちこちに視線をさまよわせ始めた。
「あそこの屋台を見てくだされ。たこ焼き屋とお好み焼き屋が並んでいるでしょう。あの二つのどちらが美味しい店か、比べることはできない。そうは思いませんか?」
「食べたことがないのでなんとも」
「むぅ」
老爺は、ちょっと待っていてくだされと言い残して、俊敏な動きで列に割って入り、たちまちの内にたこ焼きとお好み焼きを買ってきた。お金は払ったように見えなかった。
「どうぞ」
「あ、ありがとう、ございます」
船を模した紙の箱にたこ焼きが八つ。踊る鰹節の上から竹串を刺して口へ運ぶ。
老爺は、まるで孫娘を見るような笑みを湛えてアリスを見つめている。
「あら、美味しい」
「お好み焼きもどうぞどうぞ」
「うん、美味しい」
「そうでしょうそうでしょう。どちらが美味しいか比べようが無いと思いませんか。たこ焼きにはたこ焼きの良さが、お好み焼きにはお好み焼きの良さがあります。それらは同じ定規で計れるものじゃない」
「お好み焼きとたこ焼きって材料が割と近いですよね」
「むぅ」
老爺はまたきょろきょろと視線をさまよわせた。
「あそこの屋台を見てくだされ。リンゴ飴とチョコバナナが並んでいるでしょう。あの二つのどちらが美味しいか、比べることはできない、そうは思いませんか?」
「食べたことがないのでなんとも」
「ちょっと待っていてくだされ」
アリスが止める間もなかった。老爺は俊敏な動きでやはり列に割って入り、たちまちの内にリンゴ飴とチョコバナナを、とても嬉しそうな顔で持ってきた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう、ございます」
チョコバナナの先端を舐めるアリスを見て、老爺はやはり嬉しそうな笑みを湛えて言う。
「つまりですね、アリス・マーガリンさんの人形劇はリンゴ飴。紙芝居はたこ焼きなんです。どちらも旨いが、比べようはない。私はそう言いたいのです」
「なるほど。では人形劇と紙芝居はどう違うと考えますか? 見せ物という性格は近いので、比べたがる気持ちもわからないでもありません」
「そうですな」
老爺は楽しそうに目を細め、
「アリスさんの人形劇はオリジナルのストーリーです。『メントス王子とコーラ姫』は幻想郷の『ロミオとジュリエット』なんて呼ばれてますな。ぐいぐい引き込むストーリーと、それを演じる人形たちの可愛さが特徴と言ってもいいでしょう。一方で紙芝居の主役はストーリーじゃなく語り部なんです。演目は誰もが知っている昔話ですから」
「語りが上手いのね」
アリスの言葉は独り言に近かったが、老爺はそれを拾って否定した。
「いいえ。私から見てもそれほど上手いとは言えません」
「それは、不可解ね」
「パワーがあるのですよ。得体の知れないパワーが。気づけば、子供たちは涙を流している。信じられますか。たかが昔話ですよ。しかも手垢にまみれた誰もが知っている昔話」
「一層不可解ね」
くつくつと老爺が笑った。
アリスがチョコバナナを食べ終え、リンゴ飴に取り掛かったとき、押し合いへし合いしている人垣が突如として目の前に現れた。
リンゴ飴を舐めようと舌をちょこんと出したままアリスは固まる。
老爺はどこか自慢気な笑を浮かべて、
「アリスさんの人形劇も似たようなものですよ。いやアリスさんの方が人の数は多い。前の方は子供たちに譲っていますが、後ろの方では戦争です。まあ、中には人形劇を目当てにしているわけじゃない若い衆も混じってはいますが」
気にしたこともなかった、というのがアリスの本音である。
「さて丁度始まる頃でしたな。では私も戦列に加わってきます。アリスさんも楽しんでください。良ければ終わったあとに感想を聞かせてくだされ」
そう言い残し、老爺は俊敏な歩法で人垣の間を縫うように消えていった。
アリスは人垣から少し離れて人形を飛ばした。最前列に座っている子供たちの中から大人しそうな女の子を人形に選ばせ、膝の上に乗っけた。
視覚、聴覚、触覚の感度は良好。女の子は一瞬だけ驚いたように身を強ばらせたようだが、人形を優しく抱きしめて嬉しそうに紙芝居が始まるのを待っている。
『ヤアヤア! 遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ! サテサテ、今日は「はなさかじいさん」をやろうと思う。なんと今回で百回目。飽きずに見に来るお客ばかりで私は呆れるね』
周囲がどっと湧いた。目深に被った帽子、肩まで届かない髪は提灯の明かりを受けてオレンジ色で、想定外に高い声音は紛うことなき女性だった。
紙芝居が始まった。
むかしむかし、ある山里に人のいいお爺さんとお婆さんがいました。ある日お爺さんが家の前で小さな畑を耕していますと、隣の乱暴でごうつくばりのお爺さんの怒鳴り声と、犬の鳴き声がしました。
「こらまて、こらまて」
「きゃんきゃん」
人のいいお爺さんは、足下にやってきてぷるぷる震える子犬を拾い上げました。
「このやろう人の畑に入りよって。その犬さこっちへよこせ、オラの畑荒らしよってなァ」
「おお、ワシに免じて許してやってけれ」
「ふん。今度入ったら必ずぶったたいてやるからなァ」
こうして人の良いお爺さんとお婆さんはこの子犬を大事に大事に飼ってやることにしました。子犬はシロと名付けられ、朝から晩までお爺さんと一緒によく働きました。
小皿一杯食べれば一杯だけ、お椀で食べればお椀分だけ、おひつで食べればおひつだけ、シロはぐんぐん大きくなりました。
ある日、シロはお爺さんの服を引っ張って裏山へと歩き出しました。不思議なことに、山のてっぺんまでくると、シロはお爺さんに、ここほれワンワン、ここほれワンワン、とほえました。
普通だ、とアリスは思った。
この紙芝居屋の語りは、情感を込めるのではなく遠くの人にもはっきりと聞こえるような声の出し方だ。所々で変に言葉が詰まるのは、息継ぎの場所がわかっていないからだろう。絵は決して上手いと言えないが、見ようによっては味があるとも言えなくはない。
総じて、普通。
大勢の人たちを惹きつけるにはひと味もふた味も足りない。屋台や的屋がずらりと並ぶ中において、演し物というのは確かに異色で人目を引くが、しかしこの程度の腕では多くの人を呼び込めまい。何か取って置きの仕掛けがあるに違いないだろうとアリスは予想し、そしてそれはすぐにやってきた。
語り部は、自分の語る話が悲しすぎるのか、全力で泣いていた。
「な、泣いてる……」
『きゃんきゃん、きゃん! 怒ったお爺さんはシロを目掛けて、く、くわを振り下ろし、シロはついに……じゅるるる』
「うわぁ、鼻水まで……」
お前が泣いてどうする、泣くのは子供の役目だろ、そう語り部の役割を教育しにいきたい。
アリスが内なる衝動と戦っていると、人形が小さなエラー信号を返してきた。ただちにチェックしてみれば、女の子が人形の胴を力一杯握っているようだ。頭部の保護素子に僅かの水滴、これは涙だと人形は主張する。
「むむ、子供も泣いてるの? こんな語りで?」
人形から追加信号が恐る恐る飛んできた。
警告、――鼻水。
……承。とアリスは信号を飛ばす。
申請、――離脱。
……否。とアリスは逡巡して信号を飛ばす。
申請、――離脱。
……否。
再度申請、――離
「あ」
世にも見事な粘度の鼻水が人形の頭に容赦なく降り注いだ。すさまじい勢いで飛んでくる怒りのエラーログを問答無用で破棄し、アリスは優先順位の書き換えができる自律神経を搭載した人形の設計を思い描く。
こうしている間にも、ごうつくばりのお爺さんが、搗いた餅が小判に変わる不思議な臼を人のいいお爺さんから勝手に借りていって、せっせと餅を搗いている。ごうつくばりのお婆さんが丸めた餅は、たちまち糞に姿を変えて二人をドロドロにしてしまった。怒ったお爺さんは、臼を燃やして灰にしてしまい、また語り部は泣き出し、それにつられて子供たちも泣き出した。かまどの灰を両手で掬う人のいいお爺さんの絵を見て、語り部はもう言葉にならない。ぐしゅぐしゅと湿った鼻を拭って、伴侶を失った喪主の如き悲愴さで紙芝居を読んでいる。
『シロの臼が……。オヂイサンは、涙を、流して、灰を持って、帰り、ました』
子供たちを襲う謎の共鳴は如何なる威力か想像に難くない。感受性が高ければ高いほど致命的だろう。子供だけではない。頑張れ、頑張れ、と微かに聞こえる大人の涙声は、どう見ても紙芝居をそっちのけで語り部の一所懸命な姿に感動している。
『枯れ木に花を咲かせましょう! 枯れ木に花を咲かせましょう!』
そうして紙芝居は終わった。
雨のように降り注ぐ拍手の中で、紙芝居屋は「またよろしくー」と陽気に頭を下げている。三々五々と祭りの中に溶けていく人たち。若干の名残惜しさをその場に残し、何度も何度も振り返って父親の手に引かれていく子供。片付けをしている紙芝居屋に俊敏な動作で近づく老爺の頭は雪が積もったかのように真っ白で、
「……元気なお爺さんだなぁ」
アリスはゆっくりとそちらへ歩き出す。老爺は手振り身振りで何かを伝えようとして、不意にアリスの方を指さし、アリスと紙芝居屋は目が合い、お互い固まった。
紙芝居屋は、藤原妹紅だった。
祭り囃子が遠くなる。オレンジ色に暖かい無数の提灯が、星の見えぬ深い空をうっすら灯している。
祭りの帰り道は少し寂しいとアリスは思う。楽しい夢から覚める道を歩いているような気持ちになって、ありもしない寂寥感がこの時だけは胸の中で影を作る。祭り囃子はいつまでも背中に聞こえ、後ろ髪を引っ張るのだ。
だから人形劇を披露したらすぐに帰っていたのかもしれない。
アリスと妹紅は里を眺望できる小高い丘へ歩いてきた。
ずっと無言で。
妹紅に聞きたいことはたくさんあった。なぜ祭りにいたのか。なぜ紙芝居をしていたのか。なぜ髪を切ったのか。なぜ今まで姿を見せなかったのか。
上白沢慧音が亡くなってから、何をしていたのか。
「あのお爺さんって誰?」
口から出たのは、全くどうでもいいことだった。
「ん、今の里長。すごく元気よね」
「元気に割り込みと無銭飲食してたわ」
食べたのは自分であるが。
「久しぶりね。アリス……マーガ、ロイド」
「惜しい」
「どうも外国の名前は覚えにくい」
どちらからともなく微苦笑。お互い感じていたぎこちない空気が、ほんの少し柔らかくなった。
「最後に妹紅を見かけたのは、慧音の葬儀だったかしら」
「アリスって、葬儀に出てた?」
「いいえ。遠くから様子を窺っていただけ」
薄暗くて妹紅の顔がはっきりと見えたわけではなかったが、アリスにはそれが自然な笑顔に見えた。ありがとう、と妹紅は小さく呟いたのがわかった。それは独白だったのかもしれず、アリスは聞こえないふりをした。
「葬儀が終わってから何してたの。姿をくらませちゃって」
「心配でもしてくれた?」
「まさか。蓬莱人が死別の一つで自棄になるとは思わないわよ。慧音は大往生だったし、葬儀のとき貴方が誰よりも誇らしそうな顔だったのを覚えている」
「よく覚えているね」
「まあ……ね。私が知っている最後の人間だから記憶に残るのかしらね」
「私が?」
妹紅は目を丸くした。
「そりゃそうでしょう。魔法の森に住んでれば人間と深く関わることの方が珍しいし、私の交友関係なんて過去の遺産よ……もうほとんど食いつぶしちゃったけど」
「いや、ううん、ありがとう」
今度こそアリスは小首を傾げた。何に対してのお礼なのだろう。
「話を聞くかぎり、アリスも相当な隠遁生活を送っているようだね。知り合いの人間がいないなんてどうかと思う」
「もう迷い人もめっきり減ってね。その代わり妖精がよく家に来るわ。賑やかと言えば賑やかだから、仙人みたいな生活はしないですんでる。研究もはかどるし、今の生活でそこそこ満足。たまに気晴らしに今日のような人形劇もしてるし。それで、貴方は?」
「紙芝居を作って、今日のように披露してた」
「それだけ?」
「それだけ」
きっぱりと言い切る妹紅の言葉に、ちょっと待て、とアリスは思う。
「私の聞き間違いでなければ、たしか百回目って言ってたわよね。まさかはなさかじいさんしかやってないの?」
「私のレパートリーはかなり多いよ。今日はたまたまはなさかじいさんだっただけ」
「ああ、百回目がはなさかじいさんだったのね」
「いや、はなさかじいさんが百回目」
「なんですって……」
どうだと言わんばかりに妹紅は胸を反らす。アリスが粗製濫造の非を糾弾してやりたくて内なる激情と戦っているとは夢にも思っていないようだ。
アリスがそれをしないのは、別に妹紅へ気を遣っているからではない。問題とすべき点が他にあった。
「ちょっと貴方、私の家を覚えているわよね。今日はもういいわ。明日来なさい」
「はい?」
「絶対に来なさいよ。まったく信じられない。ああ……参考になるような本があったかしら。地下室をひっくり返してみないと」
ふわりと空へ浮かび上がる。
「絶対に来なさいよ。来なかったら、次に貴方の紙芝居を見かけたときぶち壊しに行くんだから」
妹紅が困惑しながら頷くのを見て、アリスは夏の風が心地良い帰路を飛んだ。
祭り囃子の聞こえない帰路だった。
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部屋の中に満ちる香ばしい匂いを、窓を開けて晴れた空に逃がしながら、アリスは作りたてのクッキーを細かく砕いて窓枠へ撒いた。こうすると鷽という鳥たちがクッキーを啄みにやってくる。そしてクッキーをたらふく啄んだ鷽は、その日一日アリスの家の周辺を飛び回って、嘘つきが来たら精力的につついて追い返してくれる。かつて妙な縁が二者の間にあり、それから何年も何年も続いている魔女と鷽の契約である。
この契約によりアリスは、だんだん厚かましくなってきた妖精を時々牽制していた。研究に没頭したいときはとても役に立った。何よりアリスは空飛ぶ小さいものが好きである。行き詰まった研究の気分転換にペット感覚で鷽たちを愛でたりもしていた。
匂いに釣られて早速やってきた鷽にクッキーを与えながら、アリスはふと思う。これまで妹紅は何度紙芝居をしたのだろうか。レパートリーを自慢していたのを見ると、十や二十よりも多いだろう。まさかはなさかじいさんのみ百回やって、他の演目は数回だけなんて偏り方はしていないだろうし、他のレパートリーも百回近くやっていると考えれば、合計数千回か。
「よろしくね。嘘つき妖精がきたら全力で啄んでいいから。でも縦ロールの子は手加減してやって、どうも貧乏くじを引いてそうな顔してる」
数千回やって昨夜の腕前。もう少し上手くなっても良いと思う。途中で語り部本人が泣き出すというのは、涙腺が緩いにも程がある。
お節介だろうが教えてやらなければならないとアリスは思った。
上質なバターを使ってクッキーを焼いたし、ちょっと値段の高い紅茶も用意したし、邪魔をされたくないから三妖精の牽制もした。独り善がりなお節介であろうとも、人形劇と性格の近い芸能について語ることができるのは楽しみだった。
冬眠あけの熊のように部屋の中をうろうろして胸を躍らせるが、時計の短針はとっくに真上を過ぎた。
不安になる。そういえば約束はしていない。
もしかしたら来な――
「まてまて、ちょっとまて」
そんな声が外から聞こえたので、アリスは窓から外の様子を窺った。
妹紅が鷽に襲われていた。
「私は焼鳥屋だぞ。いいのか、いいのか、いいんだな? よーし、ちょっと待って、いたい」
「……何してるの」
窓から身を乗り出し、
「嘘つきは鷽に攻撃されるんだけど」
「あっ、アリス、うわ痛い。なによこの鳥」
「だから嘘つきはツンツン攻撃されるんだってば。どうしてこんなに遅くなったの?」
「散歩がてらに遠回りを、痛い痛い」
「嘘をついても攻撃されるわよ」
「道に迷ってたのよう」
鷽は小さな頭を少しだけ傾けた姿勢で静止し、すぐに妹紅をつつきはじめた。矮躯に秘めたるその力は、容易にガラス窓を突き破るほどパワフルである。鳩時計の告げる十二時よりもしつこく、早朝五時の鶏よりも活き活きと、その嘴を嘘つきへ突き立てる。
「……なんで道に迷うの?」
「痛いってばもう! この鳥! あ、ごめ。だってアリスの家の場所なんか知らないよう」
数羽の鷽が妹紅への攻撃をやめ、怪訝そうな顔で頭上を旋回し、またすぐに攻撃しはじめた。
「昨日私の家の場所を知ってるかって聞いて、頷かなかったっけ」
「いたた、頷いてないよう」
「あれぇ……」
そうだっけ。
散々につつき回した鷽が、今日はこのくらいにしてやろうと遠くへ飛んでいく。
「痛かったぁ。なんだったの」
知らない。
そう答えたら自分も鷽につつかれてしまうだろうか。アリスは顔を背けて口を閉ざした。
アリスの家にあがった妹紅は、玄関の内装を物珍しそうに見て、壁を埋め尽くす人形たちに迎え入れられては驚嘆し、初めて遊技場へ訪れた子供のように目を輝かせた。妹紅の反応一つ一つが新鮮で、アリスも満更ではない。笑みを噛み殺そうとして失敗する。
居間へと辿り着くまでにたっぷり十五分はかかった。
大量の紙芝居が口から飛び出ている鞄を、妹紅が重たそうにソファーの上に置いたのを見て、
「紙芝居の絵を持ってきてって言うのも忘れていたかも」
妹紅は大きなため息を吐いて荷物の横に腰を下ろす。わざとらしく作った不機嫌な声で、
「アリスも相当なあれよね。おっちょこちょい。おかげで髪の毛を毟られたわ」
妹紅は白い髪を手で撫でるように梳いた。
「そういえば短くしたんだ。あんなに長かったのに」
「紙芝居を作るのに邪魔だったから」
「伸ばすのにこだわってたんじゃないの?」
「元々は短かったのよ私。伸ばしていたのは塵芥になっても蘇生が早くなるから。細胞一つ未満でも蘇生できるけど、やっぱり元が大きい方が回復も早いし、少しでも大きな部分が残るように伸ばしてた」
物騒な話である。
「でも絵を描いたり細かい作業をしているときは邪魔なのよね。だからバッサリ。ちなみに切った髪の毛でカツラを作って、今は里長の頭の上にある」
「嘘ォ!?」
世の中は不思議で一杯だった。
「さて、何するの? 私の紙芝居に関係することなんでしょう?」
ソファーの弾力が気に入ったのか、妹紅はびよんびよんと愉快そうにお尻で跳ねた。
「早速だけど、紙芝居の基本から叩き込ませてもらうわ。お節介だとは思うけど、昨晩の紙芝居を見たら黙っているなんてできないもの」
「それは願ったり叶ったりだよ。よろしくお願い」
「オリジナルのストーリーなら構成からやっていきたいところだけど、昔話で作っているのならそこはパス。だから絵からね。ちょっと見せて」
妹紅から絵を受け取るなり、アリスの眉がぴくりと痙攣する。
「これ何を使って色を塗ったの?」
「色鉛筆……ですけど」
「アウトー!」
アリスは稲妻のように鋭い叫び声を発し、小さな悲鳴をあげソファーの上で体をよじっている妹紅を睥睨した。
「よく見て。この距離なら色の明暗はわかるわよね。でも」
アリスは壁際まで歩いていき、妹紅へ絵を突きつける。
「遠くだとはっきり見えないでしょ」
あっ、と驚き、深く頷き返す妹紅。
「色はやりすぎだと思うくらい濃くしても構わない。絵の具でべったりやるのも一つの手よ。そして色よりも大事なのが縁取り。太くて黒い線で描いた方が遠くから見ている人には親切だわ」
「なる、ほど」
「色塗りは見やすさを考えないとね。そして見やすさっていうのは見やすい色を塗れば良いってわけじゃないの。例えば昨日、妹紅が紙芝居をした場所、あと数メートルでも良いから横にずれていれば、提灯の明かりが丁度上手い具合に絵にあたってもっと見やすかった。日中にも紙芝居をやるときがあると思うけど、太陽の位置を気にしてたことある? 近くで喧しく家を建ててたりしてなかった? 砂埃が巻き上がるような場所は避けた? そういうお客さん視点の"見やすさ"を考えないとダメ」
ぽかーんとした表情で妹紅はアリスを見上げている。
「メモ! テーブルの上に紙とペンは置いてあるからそれ使って」
「は、はい」
「じゃあ絵は見やすいことだけを注意すれば良いのか、というとそれだけでもダメ。構図も考えないとね。昨日の妹紅は絵を一枚毎に全部抜いていたけれど、絵を半分だけ横にずらすっていうのも一つの手法よ。具体的には、枯れ木に花を咲かせましょうと灰を撒いているお爺さんを右半分に描いて、左半分には意地悪なお爺さんの悔しそうな顔を描く。絵を横に抜くとき半分ずつ見せていけば演出の幅が広がるわ」
妹紅はテーブルの上にあったクッキーを勝手にパクつきながらメモを取る。
「っと、ごめんなさい、少し駆け足すぎたかしら」
「んーん、ほんなほとはい」
「……クッキー美味しい?」
「うん」
ごくりと嚥下して、またメモに向き合う妹紅は実に真剣だ。
「そうだ、折り紙を絵に貼り付けて絵を立体的に見せるなんてどうかな?」
「あのね妹紅」
「や、うそうそ、冗談。ごめんねもう余計なこと言わない」
「グッドアイディアよ。そういう独自の工夫はどんどんするべき」
「お、おぉ……おぉ……」
褒められるとは思わなかったらしい。鼻の穴が膨らむほど喜んでいる。
擬音語、擬態語、擬声語はなるべく描き込むな。表現したいなら演技で補え。絵を描く紙は大きく固いものを使え。物語は一字一句暗記して絵に視線を落とすな。客の反応を逐一見ろ。物語の進行速度は客の反応次第だ。間と溜を最大限に使え。
二時間後のメモにはそのようなことがびっしりと書いてあり、メモを読み返している妹紅の顔には「アリスって何者なんだろう」と書いてある。
透き通った夕日が窓から入ってきて、テーブルの上を窓枠の形に切り取っている。きれいに平らげられたクッキーの皿と、達者な文字で埋め尽くされたメモ用紙が、黄昏に焼かれながら片付けられるのを待っている。
妹紅はソファーの背もたれに体重を預けて天井を仰いでいた。時折小さな声でメモ書きをそらんじては唸っている。アリスは窓を開けて砕いたクッキーを窓枠に置いた。夕方の涼しい風がレースのカーテンを揺らして滑り込んできた。
「あ、気持ちいい風。詰め込みすぎて頭が熱いよ。こんなに頭を使ったのは久しぶり」
アリスは、ふと気になったことを聞いてみた。
「そういえばどうして紙芝居に一生懸命になったの? 焼鳥屋は廃業?」
言ってすぐに後悔する。軽率すぎた。もしかしたら相手に大きく踏み込んでしまう質問だったのではないか。
「これだけ教えてもらったんだから、教えないわけにもいかないかな」
「ごめんなさい、そういうつもりで聞いたんじゃないの。別に言いたくないなら構わないから」
「冗談よ。別にたいした理由じゃない。慧音の遺品を片付けていたら手作りの紙芝居が出てきてね。もしかしたら慧音は、紙芝居を里の子供たちにしたかったんじゃないかと思って」
「そっか、慧音が」
上白沢慧音は偉人だったとアリスは思う。
真面目すぎると揶揄されることもあっただろうし、不器用すぎると陰口を叩かれたこともあっただろう。子供たちに古き価値を教え、新しき夢を語り、常に正しくあろうと己を律し、巌の如き信念は生涯透徹としていた。それは歴史を創る者としての、一夜で歴史を改竄できる者としての、矜持だったのかもしれない。
規格外の力は、幻想郷に数多く存在している。森羅万象の境界を操る力。目に映るものすべてを死へ誘う力や、ありとあらゆるものを破壊する力。それらの力で以てしても絶対に殺すことのできない永遠不滅の命を持つ力。もはや未来予知すら児戯に等しい未来の取捨選択をする運命操作。
それらの中にあって、歴史を創る力というのは果たして劣るものであろうか。
決まっている。否である。
遍く因果を思い通りに創造する力を指差して、劣っているなど笑う奴は天下無双の馬鹿者か常軌を逸した無知蒙昧だ。
歴とした、正真正銘の、規格外の力である。
人間の歴史を作るのは常に勝者であることは言うまでもない。剣で作った血の河を、正義という焚書坑儒で埋め立てていき、ようやく歴史を作る権利を得る。血と泥で両手を汚してようやく入れるものを、上白沢慧音は常に持っていた。彼女が憎い相手の消滅を願ったとき、次の瞬間そいつのいない歴史が創造されるのかもしれない。彼女にとっての空想は真実の歴史と寸毫の違いも無く、その気になれば、八雲紫は初めから存在していなくて、西行寺幽々子は天寿を全うし、スカーレット姉妹は昼の中に溶け、藤原妹紅は蓬莱の薬を飲まなかったことに――
止そう。全てはもう過去のことだ。
ゆえに彼女は己を律した。その強大な力を決して己のために使わなかった。彼女は、自分が死んでしまう歴史さえも肯定したから、今この時があるに過ぎない。当たり前のように呼吸する日常が、彼女の掌の上にあったものだと誰も意識していない。
慧音の心の内側を理解できる者がいたとは思えないし、最も親しかった妹紅もきっと理解していなかっただろうとアリスは思う。上白沢慧音は掛け値なしに偉人だった。同時に、誰よりも孤独な人だった。
ひょっとしたら妹紅もそんな思いに捕らわれているのかもしれない――そこまで考えてふと気づく。
「妹紅、貴方もしかして」
アリスの声を遮るようにカラスがどこか近くで鳴いた。
夕日が急き立てられるように魔法の森へ落ちていく。斜陽に炙り出された埃が目の前をゆっくりと横切り、窓の外を見つめる妹紅の横顔がまるで一枚絵のように見え、何か尊いものを壊してしまうような思いに駆られてアリスは言葉の続きを飲み込んだ。
言葉の余韻が溶けきった静寂。ややあって妹紅が口を開いた。
「昨日アリスも見たと思う。紙芝居をしているとき、慧音が生きていたらきっと読み聞かせたいだろうなって思うシーンに差し掛かると、ダメなんだ。とてもじゃないが耐えられない。馬鹿みたいに泣いてしまうんだ」
今、何か大切なことを遠回しに打ち明けられたのではないだろうか。言葉になり損ねた感情の残滓が、妹紅の口元に残っているような。
アリスは杳として心の在処がわからない妹紅の横顔を見つめる。なんだか心の探り合いをしているような気がしてきて可笑しくなった。
「ねえ、慧音の家にあった紙芝居ってどんなの?」
妹紅は口を閉ざした。
居心地悪そうに視線を泳がせたその先はアリスの手元に他ならず、そこにはクッキーを啄む鷽がいて、妹紅の喉が怯えるように波打った。
「何の紙芝居?」
アリスは、もう一度聞いた。
「もしかして、今日それ持ってきてる?」
そう言いながら一歩踏み出す。
「持ってきてない」
アリスの手元にいた鷽が眠たそうに顔を上げ、妹紅の肩に飛んでいき、ツン、とその頬をキスするように啄んだ。
「……嫌な鳥だなぁ」
「ふふ、意地悪したかしら」
無言。
「本当にごめんなさい、貴方の挙動不審な視線が面白くて、つい」
含み笑い。アリスはテーブルを挟んで斜め向かいに座る。
もう見えなくなりそうな夕日を追いかけに鷽が窓の外へと飛んでいった。
「深くは聞かないわ。性分じゃないし」
「うん。助かる」
「ご飯食べていくでしょ? 焼き鳥があるの。照り焼きにでもしましょう」
「ご馳走になろうかな……って、あの鳥アリスの友達じゃないの!?」
「クッキーで肥えさせて美味しくいただくのよ」
「そ、そう。舌切り雀のお婆さんもアリスの前では裸足で逃げ出すわね……」
やっぱり鷽がいたらつつかれただろうか。アリスはそんなことを考え、また含み笑いをする。
――お酒飲むの、久しぶりだなァ。
それが妹紅の最後の言葉になった。
幸せそうな顔でテーブルに突っ伏したと思えば、妹紅はそのまま眠ってしまった。コップを握ったままの右手はかれこれ三十分以上動いていない。不規則な寝息に刻まれた時間の中、軽く酔いの回った頭でアリスはぼんやりと思いを巡らせる。
相手の懐に深く踏み込んでいくのは自分の性分ではない。今も昔も、弾幕勝負も対人関係も、その匙加減と距離感は一緒である。が、つい考え込んでしまうのもまた性分で、思考のしっぽがいつまでも頭の中に残ってしまう。
「紙芝居を作って、それを披露していた、ねぇ」
昨夜、妹紅はそう言った。
この言葉には余分な脂肪が一切無い、事実過ぎるほど事実なのではないか。そんな恐ろしい想像が止まらずにいる。
妹紅は文字通り紙芝居しかしていないとしたら。食事は取らず、お酒も飲まず。およそ人間が取り得る生存行動の一切合切をなげうって、紙芝居のみをやっていたのではないか。
だとしたら、それは狂気の沙汰だ。
アリスは馬鹿馬鹿しいと自分の思考を一笑して立ち上がった。
妹紅の両脇と膝裏と首の後ろに人形を潜り込ませて支え、お姫様だっこで持ち上げた。起こすのはやめた。幸せな夢を見ているのであれば良いと思う。
「ん」
突然の浮遊感に意識までも浮き上がってきたのか、妹紅が眉を寄せてむずかるような息を吐いた。
「今布団まで運ぶわ」
「んん……」
妹紅は薄く目を開けて左手をソファーの方へ伸ばした。アリスはそれに気づかずソファーの横を通り過ぎようとして、妹紅の手が幅広の鞄へ引っかかり、中身に詰まっていた紙芝居がぶちまけられた。
何枚もの色彩豊かな画用紙が散らばり、何本もの色鉛筆が床を転がり、その中に一つだけ、不自然にくたびれた紙があった。左上に丸く開けられた穴に紐を通して束ねてある。嫌でもアリスの目についた。
かぐや姫。
そのとき、妹紅はもう眠りに落ちていて、安らかにすら感じる寝息にアリスは妙な安堵感を覚えた。寝室に敷いた布団の上に妹紅をそっと横たえ、人恋しそうに布団へ頬ずりする乳飲み子のような無垢を見る。
寝室の戸を静かに閉め、居間へと急ぎ足で戻る。悪いとは思いつつも、アリスは鞄から零れ落ちた古い紙芝居を拾い上げた。妹紅と違う筆致で塗られたこの絵こそ、慧音が描いたものに間違いあるまい。人物が真っ黒に塗り潰されているのが異様である。そこだけ見ればまるで影絵のように見える。
たしかに影絵を用いた紙芝居は、ある。
しかしそれは背景も白か単色を用いる場合が多く、この紙芝居のように背景がしっかりと描き込まれているのは珍しい。竹林は竹の一本一本まで、夜空は星の一つ雲の一つまで、色鉛筆で丁寧に塗られている。月を仰ぐ長い髪の少女だけが、光から切り離されたかのように真っ黒だった。
ページを捲った。その次の絵もかぐや姫だけが真っ黒だった。
そして月から迎えがやってくる最後のシーンは、無かった。
「なにこれ」
思わず呟く。
何も描かれていない真っ白の紙が後ろに二枚。物語のエンディングはまるで存在しないかのように綴じられている。
これはおかしいとアリスは思う。
綴じてしまっては絵が描きにくい。おかしいと言えば、紙芝居を綴じるというのがそもそもおかしい。あたかも誰にも見せるつもりなど無いような。
「妹紅が綴じた?」
慧音の紙芝居をお守りのように持ち歩くため、ばらばらにならないよう綴じたのかもしれない。
とすれば、この白紙の二枚はなんだろう。仮に妹紅が綴じたとして、この白紙の二枚が作品に必要なものだと判断したというのか。残りのシーンはかぐや姫が月に帰っていく一枚で事足りるように思う。
不自然。
慧音なら未完成の紙芝居を綴じるはずがないし、妹紅なら白紙の二枚を一緒に綴じるとは考えにくい。
「……なんで綴じているんだろう」
綴じざるを得なかった、と考える方が筋が通っているのではないか。何らかの事情があったと考えるべきだろう。例えば、これは慧音が亡くなる間際に作っていたもので、己の死期を悟った慧音は未完成でも綴じなければならず、二枚の白紙に何かしらのメッセージを込めたというのはどうだろうか。
アリスは前髪をくるくると弄って目を上げた。考えすぎか。メッセージを込めるといっても誰に込めるというのか。妹紅にメッセージを残すなら、こんな不明瞭な残し方をせず遺書を書くだろう。何もかもが合理的にできているわけではない。綴じたまま色を塗る人もいるかもしれないし、白紙がたまたま重なっていて気づかなかったのかもしれない。それらも十分にあり得ることだ。
アリスは一つ息を吐いた。人形たちに散乱した紙芝居を拾わせ、自分のところに持ってこさせる。
このことを妹紅に尋ねるのはやめようと思った。
夕方、妹紅に慧音の紙芝居を持ってきているのか尋ねたときに「持ってきていない」と嘘をついたのは、踏み込んで欲しくないからに違いなく、
「そっか」
はたとアリスの動きが止まる。
鷽はそれが嘘ならば容赦なく啄む。しかしあのとき鷽は、妹紅を"優しく"啄んだ。
アリスは以前、三妖精に「一緒に人間たちをこらしめてやろう」と冗談を言ったことがあった。騙そうという意図は無く、わかりやすく友好を示す一種の方便を使ったのだが、あのとき鷽は反応しなかった。
鷽は嘘をつく心に反応する。そして鷽は妹紅を"優しく"啄んだということは、騙そうとした気持ちとそうでない気持ちが半々だったということではないか。
アリスは集めた紙芝居をぞんざいにソファーの上へまとめ、人形たちに新しい命令を飛ばした。部屋の外へ消えていく人形を見送り、室内をうろうろ歩く。考えを整理する。
つまり妹紅は、慧音の残した紙芝居について知って欲しかったという気持ちが少なからずあった。知って欲しくないのなら、鞄が倒れたくらいで中身が散乱するような置き方はしないだろうし、眠気に微睡みながら鞄に手を伸ばしたりはしないだろう。となると、あれを綴じたのはやはり慧音で、妹紅はこれを完成させたがっているのではないか。だから自分にこれを見せたのだ、とアリスは考えた。
人形が文房具一式を持ってきた。慧音の筆致をそのまま真似て続きを描くことは容易い。
片付けられたテーブルに慧音の紙芝居を置き、白紙のページを広げ、
「……やっぱり違う。しっくりこない」
思考が振り出しに戻る。普通に考えて、未完成品を綴じるはずがないのだ。妹紅が綴じたのでなければ、これはばらばらの状態であるべきなのだ。それに二枚の白紙の意味もわからない。
アリスは紙芝居を最初から何度も何度も読み返す。左手で描かれた不自然な箇所を見つければその意味を探り、筆圧の違いが顕著であればそこから慧音の健康状態と精神状態を読み解こうと躍起になり、強い光に透かして紙芝居をしつこく尋問し、色使いを大雑把に五つに分け五行になぞらえているのではないかと深読みまでした。
ありとあらゆる可能性を吟味した結果、何もなかった。
何もなかったのだ。
「そういうことか……」
何もなかったというのは、一つの結論を示しているように思う。
そしてそれは、考え得る最悪の結果な気がしてアリスは顔を歪ませた。
/
妹紅は起きていた。
何年ぶりかのアルコールに喉が焼けてしまったのかと思ったのは本当で、杯を傾けるたび強烈な眠気に襲われたのも決して嘘ではないし、鞄の中をアリスに見られたくない気持ちも、半分くらいはあった。
残り半分はどうだったろう。
こうして横になっていると入水した日を思い出す。不死の絶望に背中を焼かれ、熱さに負けて身を投げた青い海の揺らぎ思い出す。小波に浮かんでいる酩酊感。何か優しいものに包まれ、揺らされている、揺りかごのような安心感。布団の柔らかさを背中に感じ、ひしと抱く薄いケットは涼やかな夏の夜に心地良く、情けなさが嘔吐のように込み上げてきてただ無性に泣きたくなった。
――慧音は私の理解者だった。
あれから幾星霜を経て、小揺るぎもしない確信。
――私は慧音の理解者だった。
あれから幾星霜を経て、揺らぐ自信。
里の人たちに慧音の遺品を整理するよう頼まれたとき、妹紅の心は確かに満たされていた。自分こそが慧音の一番の理解者であり、誰も彼もがそれを認めてくれているのだと思えばこの上なく誇らしかった。
紙芝居を見つけるまでは。
はじめ妹紅は、この紙芝居は自分と輝夜の殺し合いに心を痛めた慧音が何かしらのメッセージを込めて作ったものだと考えた。最後にある白紙のページに、尤もらしいシナリオを自分勝手に用意して、幸福な未来を思い描きもした。かぐや姫が月に帰らないシーン。そして永遠に生きる悪友を見つけ共に歩いてゆくシーン。そんなハッピーエンドも悪くない。きっと二枚の白紙はそういう意味に違いなく、慧音はそれを望んでいたのだ。
そこで思考を停止させておけば良かったものを、妹紅は「もしかして」を考えてしまった。
実は、これは純粋に慧音が子供たちに披露したかった願望ではないのだろうか。最期まで果たせなかった慧音の夢の残骸だったのではないのか。
疑念はどんどん大きくなり、やがて自分の思い描いた幸せのシナリオを超え、しまいには慧音のことを理解できなかった自分の至らなさを産み落とした。八面玲瓏の大切な思い出が後悔の怪物に食われていく。じっとなんてしていられない。このままでは心が死んでしまう。
慧音の真意が知りたい。
それが全てだった。
何もかもが手遅れで成すこと全てが無意味であると心の奥底ではわかっていても、筆を取らずにはいられなかった。
それは今も続いている。終わりなんて未来永劫ないように思う。
妹紅は手の甲でぐいっと目を擦りアルコールに波立つ意識を平らにした。天井が高いことに今さらになって気付く。鼻先を静かに対流している空気は、仄かに甘い匂いが染みていた。自分の住む荒ら屋とは比較にならないほど暖かい寝床。
帰ろう。
ここは優しすぎる。
「よし」
立ち上がる。平衡感覚はとっくに戻っていた。
寝室を出て居間へ向かい、そこで踊るように飛び交う人形たちに圧倒された。
「アリス? 何してるの?」
部屋の外から声をかけると、アリスの慌てたような声が返ってきた。
「ちょ、ちょっと待って!」
もしかしたら鞄の中身を勝手に見てしまったことを隠そうとしているのかもしれない。
「鞄の中身のことならアリスが悪いんじゃないよ。私が悪いんだ。ちょっと弱気になっていてアリスに頼ろうとしてしまったんだ。ごめん、このことは忘れて欲しい」
上手い謝罪の言葉を探り当てられず、とりあえず頭を下げようと部屋の中へ踏み込んでいき、妹紅はそれを見た。
魂を抜かれた。
/
最悪だ。
慧音の書いた絵は、紙芝居ではないし里の子供に向けて描いたものでもなく、残念なことに、妹紅に宛てたメッセージでもない。冷静に考えてみれば、これが紙芝居ではない理由など幾らでもあった。
身も蓋もない言い方をしてしまえば、これは歴史家の手慰みに描いた絵にすぎないのである。
かぐや姫は昔話であり史実でもあるから慧音はこれを描いたのだろう、とアリスは思う。
慧音は悩んだはずである。昔話のままにしておくべきか、実在する歴史として伝記の形にするべきか。幻想郷の多くの人間が蓬莱山輝夜がかぐや姫その人であることを知らないし、幻想郷縁起にだって記されていない。昔話のままにしておくのなら、蓬莱山輝夜がかぐや姫その人であることは伏せておく方が良いと判断したに違いない。ゆえに、かぐや姫を真っ黒に塗りつぶしたのだ。さらに最終ページが白紙なのは、伝記としたときに「月に帰らなかった」ことと「その後の生活」を描く必要があったからだろう。
確信はできない。どんなに傍証を集めても推測の域は出ない。
しかし他に理由が見あたらない。
確信ができるのは、これが紙芝居ではないということだけである。
そして――
――そう妹紅に言えるか?
――これを紙芝居だと信じ、己の生き方をねじ曲げてまで慧音の影を追っていた妹紅に、そう言えるか?
慧音を恨みさえする。なぜこれを妹紅に宛てたメッセージにしなかったのだろう。憎み合う二人が和解するありがちな物語を描くだけで、きっと妹紅はそうやって生きていくことができたように思える。物語としては三流だし、目新しさのない陳腐な内容であるが、そこには何よりも幸せな未来が詰まっていたはずだ。
人形たちが飛び交う部屋の真っ直中で、アリスは迷子になったかのように立ち尽くしていた。即席の舞台セットは瞬く間に形になっていき、あとはアリスがそうと決断するだけだった。
「アリス? 何してるの?」
その声は、広さ約半畳の小さい舞台の完成と同時だった。
「ちょ、ちょっと待って!」
「鞄の中身のことならアリスが悪いんじゃないよ。私が悪いんだ。ちょっと弱気になっていてアリスに頼ろうとしてしまったんだ。ごめん、このことは忘れて欲しい」
アリスは振り返った。
そこには心細げな表情をした少女がいた。あんなにも長かった髪を邪魔だと言って短くし、ありもしない慧音の影を追い続けた人間の少女がいた。その瞳を見て悟った。どんな事実を言っても信じまい。何を言っても傷つけることになるだろう。お手本のような人形劇を見せたところで、ほんの僅かな想いも届かないに違いない。
アリス・マーガトロイドの言葉は無力なのだ。
だから、慧音になろう、とアリスは思った。
「ここもとご高覧に入れまするのは、成立年も作者も不明、原典は歴史の中に埋もれてしまった『かぐや姫』。掛け合いにて及ばずながら、お囃子鳴り物をあしらいまして相つとめますれば、いずれさまにも相も変わらず、熱烈なるお手拍子ご声援を賜りますよう伏してお願い奉ります」
人形が拍子木を高らかに打った。部屋の四隅に控えていた人形が意図的にコンマ数秒の誤差で三味線を弾き、立ち尽くす妹紅を呆気なく飲み込んでいった。天井に備えられた照明の半分を布で覆って部屋の入口だけを薄暗くする。即席の舞台と即席の劇場。舞台背景に慧音の絵を据えて、竹取の翁と媼に扮する人形を静々と舞台へ歩かせた。
誰のものでもない、これは上白沢慧音が演じるかぐや姫。
「今は昔――」
もしかしたら、この時既に妹紅は、とっくにアリスの姿は見えていなかったのかもしれず、とっくに声は聞こえていなかったのかもしれない。目の前で繰り広げられている人形劇は神の御技か悪魔の仕業か。アリスのそれは演技なんて生易しいものじゃなく、憑依や降霊の類に違いなかった。指先の動かし方、まばたきの間隔、発音の癖、アリス本人にはありもしない背中まで伸びた後ろ髪を気にする無意識の素振り。それら全てを再現する埒外の挙措。
口寄せとは、この姿を見た人間がそう呼んだものだ。
ひとたまりもなかったはずである。
奇跡を目の当たりにした妹紅は、呼吸さえできず、瞬きすることも忘れ、今日まで追い続けたその人の名を小さく呟いたきり言葉を失った。
イメージの過度な再現が脳を絞り、沸騰した血液が頭から足先に落ちてまた上っていく。とっくに背中は汗だくになっている。喘ぎ続けている脳みそに余裕なんてあるはずもないのに、アリスはどういうわけか思考の片隅で場違いなことを思った。
――どうして妹紅は泣き崩れないのだろう。
妹紅はうっすら涙を浮かべるものの、涙を流すどころか笑顔さえ見せている。喜びではなく悲しみでもない。喜怒哀楽のどれにもない笑みを浮かべている。
それは決して流すまいと心に決めた、気丈さから生まれる笑みなのか。
紙芝居をやる度に慧音を思い、泣き叫んでは衆人環視の的になっていた昨晩。そんなことを続けてきた長き暗澹とした日々。
それなのに、こんな風に笑えるものなのか。
人間は、ここまで気高くなれるものなのか。
物語が進む。人形が絵をめくり、奏でられる囃子に詞章を乗せる。小太鼓が軽やかな音を響かせて次の場面を催促し、ページをめくった分だけ終わりに近付いていく。
なぜかはわからない。その強さが、アリスにはとても悲しく思え――、
そのとき、妹紅は驚いたように目を大きくし、やがて口元に慈愛さえ浮かべ、訥々と語り出した。
「白状するとさ、私が紙芝居をしていたのは懺悔の気持ちがあったからなんだ。そう、不純な動機。慧音の気持ちに気づけなかった自分を許して欲しいから紙芝居をしていたんだ。私は頑張って紙芝居をしていました、だから許してください……そんな気持ちが少なからずあったと思う」
文月の十五日に近づくと、かぐや姫は月を見上げ夜な夜な涙を流すようになった。さめざめと泣くかぐや姫を見て、翁も媼も心を痛め事情を聞いた。
翁は尋ねる。
何をそのように思い悩んで月を仰ぐのか。泰平な世の中ではないか。
かぐや姫は答える。
月を見ると、どういうわけか心細くなってしまうのです。決して嘆いているわけではありません。
寂しそうに、殊更寂しそうにかぐや姫は笑った。
「愚かすぎて救えない。いや、愚かすぎるから救われるの待っていた。誰かが私の愚痴無知な醜行を叱ってくれると心の底で期待していた。『そんなことで慧音が許してくれるわけないだろう』と言って欲しかった。『理解者面した独り善がりな間抜け』と嘲ってくれるのを待っていた。誰かに責め立てられることでしか私は愚かさを償うことができないと信じて、この期に及んでも誰かに頼って生きてきた。慧音さえを言い訳にして見苦しく生きてきたんだ」
葉月も十五日に近づくと、かぐや姫は酷く泣いていた。人目を気にする余裕もなく、縁側で月を仰いではその頬を涙で濡らしていた。家の者も気が気ではない。何がそんなに辛いのか、翁は大騒ぎしてかぐや姫に尋ねた。
私はこの国の人ではなく、月の都の人なのです。次の十五日に月から迎えがやってくるでしょう。決して避けられぬ未来なのです。
翁は酷く狼狽した。
なよ竹の中から見つけ、種ほどの大きさだったものを私の背丈に立ち並ぶまで大切に育てた愛おしい我が子だ。そんな話をどうして許せるものか。
「死ねない私には、そんな一生が良いのかもしれない。ずっと慧音を言い訳に紙芝居をして、ずっと慧音を語り継いでいくんだ。愚か者にはちょっと上等すぎる生き様だとは思わないか。私はそれで満足だ。同情もいらない。救いも丁重にお断りしよう。優しくされるなんて論外だ。私はその資格を持たない弱い化け物なんだから」
翁の話を帝が耳に入れ、使者を遣わせた。嘆きのあまりに翁はたった数日で何年も年を取ってしまったかのようで、髪もひげも白くなり果て、腰も曲がり、目も落ち窪んでしまった。
帝とて他人事ではない。かぐや姫を奪われてなるものか。そんな気持ちが当然あった。そして、それと同じくらい翁のことが心配だった。
たった一目で心を奪われた帝でさえかぐや姫がいなくなると思うと胸が張り裂けそうになるのだ。蝶よ花よと育てた我が子を失う翁の胸中は――
「悪いのは私だよ。だから、アリス泣かないで」
――もう続けられない。
軋みに耐えかねたアリスの感情が悲鳴を上げた。
声にはならなかった。ただ涙が止まらなかった。
如何なる不幸を踏み越えて妹紅が今日まで生き延びたのか知らないし、永遠を生きなければならない苦しみなど想像も及ばない。
しかし。
一つだけわかる。
咽び泣く魔女を目の当たりにして「自分が悪い」と言い張ることでしか慰める術を持たない優しい人間が、不幸になって良いはずがない。
「慧音が残したものは紙芝居じゃなかったの!」
この世に真実の悪があるとするなら、そいつには「正直者」と名札がついているに決まってる。
言わずに済めばそれが最善だった。
甘かったのだ。
慧音の幻を見せて、吹っ切れてくれればそれで良いと思っていた自分に反吐が出る。
とどのつまり、それは自分が汚い役回りをしたくなかっただけだとアリスは思う。
「妹紅が紙芝居だと思っていたものはただの絵だったの! むしろどうして貴方がこれを紙芝居だと思ったのかが不思議なくらいだった。本来あるべきはずの表紙絵が無いこと。作品名がどこにも入れられてないこと。読み聞かせるための文章がないこと。紐で綴じられていること」
自分の口が歯止めを失いつつあることは自覚していた。
「貴方はそうやって悪し様に自分を責めるけど、この中に貴方が探す慧音の想いは描かれてない。誰が悪いわけでもない。誰も貴方を責められない。償うことなんて何一つ無い。ただ、ほんの少し、すれ違っただけ。だから……」
救われると信じて賽の河原で石を積み上げる子供に、それは無駄なことだよと踏みにじる血も涙もない強さに憧れる。
貴方の費やした長い長い日々は不毛なものでした。
そんなこと、死んでも言えるわけがなかった。
「だから、もう自分のために生きて」
それは、妹紅が祈り続けた時間をゴミ屑に変える言葉だった。
アリスは目を瞑った。めちゃくちゃに怖かった。妹紅が口を開いた気配を感じ、大人にゲンコツを振り上げられた子供のように身を強張らせた。
「それ、嘘、だよね」
「……」
「私を慰めるための言葉、だよね?」
雄弁な無言。静かすぎて心臓が耳のすぐ近くで脈打っている気がする。
それが一秒だったのか一時間だったのか、時間感覚はどろどろに溶けてしまった。気が遠のくほどに長い沈黙だった。
「そっ、か。そうだったんだ。じゃあ私はずっと勘違いしていたんだ」
そんなことない。そう思いたい。
「馬鹿みたいだなぁ私」
そんなことない。そう言いたい。
「じゃあ、じゃあさ……私は」
もうやめて。
そう叫んで耳を塞いでしまえばどれだけ楽になることか。人の心が壊れていくひび割れた音が聞こえてきそうだった。
「私は、慧音の理解者で、いられたのかなぁ……っ」
その言葉に、アリスは目を見開く。
今にも泣き出しそうな妹紅の顔が、どういうわけか、地獄の釜底から救われた者のような表情に見え――
――このバカ。
アリスは真っ暗な水底に沈んでいる妹紅の本音に、ようやく辿り着いた気がした。
簡単なことだった。
慧音が残した絵が紙芝居である限り、彼女を理解してやれなかった悔悟の念はいつまでも妹紅の心に根を張り続けるし、かといって何もかも見なかったことにして矜恃を保てるほど闇雲な強さもなくて、妹紅は人里で紙芝居を披露する度に助けてください助けてくださいと泣き叫んでいたのだ。
きっと、妹紅は、これが紙芝居じゃないと否定して欲しかっただけなのだ。
「慧音は、孤独じゃなかったのかなぁ……っ」
たったそれだけのために。
アリスは掌に爪が食い込む痛みで涙をねじ伏せた。肺の空気を残らず声に変え、
「そんなの当たり前でしょう!」
心の底からそう思った。
心の底からそうであって欲しいと願った。
「貴方以外に慧音の理解者なんているわけないじゃない! 貴方がいたのに慧音が孤独だったわけないじゃない!」
妹紅はアリスに背中を向けて、静かに鼻をすすり、
「自信が無いんだ。慧音はずっと人の心配ばっかりして、自分のことは後回しで、やりたいことの一つもしないで逝っちゃって、それなのに理解者面して良いのか、不安だったんだ」
「やりたい放題だったでしょう。寺子屋で教鞭を執って、里を守って、歴史を作って、貴方と一緒にいて……」
「でも慧音はそれしかやってない!」
「違う! それが慧音の全てだった! どれもこれもが人一人の手に余る大きなことよ。その忙しい中にあって、妹紅と一緒に過ごすことを選んでいたのは、慧音が貴方の理解者だからじゃなく、貴方が慧音の理解者だったからだと私は思う」
激務の合間にある一滴の清涼だったのだろう。そこが、慧音の帰るべき場所だったのだろう。
「私も慧音は孤独だと思ってた。でも今は違う。こんなにも慧音のことを考えている人が、慧音の心に眠っている願いを見逃すとは思えない。貴方なら絶対に気づく。妹紅、貴方が慧音は笑って逝ったと思ったのなら、そこに間違いはなかったと思う」
「……」
「満足して逝ったと断じることは私にはできないわ。でも、満足しないで逝くような大人しい人ではなかったと断言できる」
「私も、そう思いたい」
妹紅は深く息を吐いて、ごしごしと目元を拭うのが背中越しに見えた。
「でも、さっき慧音は怒ってた」
「さっき?」
「アリスが私に幻術をかけたとき。幻術、だったのかはわからないけど。私にはアリスが慧音に見えて……でも慧音は怒っていて」
遠い昔に思いを馳せるようなしみじみとした口調だった。
「貴方の見た慧音は怒っていたの?」
「……怒ってたよ。馬鹿な奴め、と言われた気がした」
「そりゃあ、私も慧音は怒ってる気がしたもの」
「どうして?」
妹紅は振り返ってアリスを見た。
涙の跡が妹紅の頬にうっすらと走っていて、もしかしたらまた泣かすことになるかもしれないとアリスは思いつつ、
「貴方が髪の毛を切ったことに怒ってた。妹紅が自分の生き甲斐を捨てているんだって慧音は気づいて、そうさせてしまった慧音自身に怒ってた」
一言。
「輝夜の髪は、きっとまだ長いままだから」
強烈すぎたらしい。妹紅はくしゃくしゃに顔を歪ませるのと同時に部屋の入り口まで歩き出した。
誰がどう聞いても「ダンボに乗ってくる」としか聞こえない言葉を残して妹紅は家を出て行った。
「……ああ」
アリスは笑う。
散歩に行ってくる、か。
/
魔法の森は変わらない。創世時そのままの姿で今もある。
相も変わらず化け物茸の胞子を薄暗い腹の中に蓄えて、陽光すら拒んで息を潜め続けている。あえて危険を冒して森に分け入っても得る物がないと人里にも広く知れ渡り、昔は幾らかいた迷い人もここ数十年は一人もいない。
秘境――あるいは魔境。人の足跡のない原生林は、そう呼ばれる。
けれども、遠い昔、この森に人間の魔法使いが住んでいたことをアリスは今も覚えている。今やその住居は森に消化されて跡形もないが、間違いなくこの場所に存在していたのだ。
アリスはそこに立っている。
妹紅が出て行ってから音沙汰のない一週間が過ぎた。
あの日、妹紅が見せた汲めども尽きぬ底なしの情愛を、皮肉でなしに尊敬した。去る者は日々に疎し、とは人の弱さを正当化したものに他ならない。思い出とは、忘却という濾過器で長い時間かけて漉していき、できあがった美しい結晶を指したものの名だ。
妹紅にはそれが許せなかったのだろう。
ゆえに同情もする。
妹紅の生き方は辛かろう。
アリスは両手を合わせようとして、やめた。ここは墓じゃないし、今更わざとらしく追悼ごっこをするのは間違っているとも思う。
それに、あの祭りのように騒がしかった遠い昔を偲ぶと、帰り道を独りぼっちで歩く寂しさに襲われてしまうだろう。ひょっとしたら、自分は終わった祭りの真っ直中に立っていて、それを認めたくないがため子供染みた駄々を捏ねているだけなのかもしれない。新しい知り合いを作ろうとしないのは、そこから踏み出せないだけなのかもしれない。
――弱いなぁ私。
複雑怪奇に入り組んだ魔法の森に夏の風がそよ吹いて、アリスの髪を揺らしていった。まだ若い風だった。無事にこの森を出られればいい。迷っているといつか瘴気になってしまう。
「じゃあね」
それは誰に向けての言葉だったか。
家の前まで戻ると人形が一通の手紙を太陽にかざして検分していた。配達人はよほど挙動不審だったに違いなく、人形自身が持つなけなしの魔力を使ってしつこいくらいにスキャンしていた。返ってくる信号は全て青で不満らしい。
「妹紅の? ちょっと貸しなさい」
人形から手紙を受け取り裏返すとデカデカと差出人の名前が書いてあった。
藤原妹紅。
文字の識別は次の課題にしようと思う。
妹紅がいつ来ても良いようぴかぴかに磨かせた玄関口に腰掛け、アリスは飾り気のない便せんの封を開けた。折りたたまれた護符が一枚入っていて、そこに文字が書かれていた。
――前略、アリス・マーガロイド様
「惜しい」
相変わらず輝夜の髪は長く、気は短いようでした。久々に会ったというのに出会い頭に殺されて、こちらの話は聞く耳も持ってくれず、理性的な話ができたのは三日くらい殺し合ってからでした。
殺された数は圧倒的にこっちの方が多かったけど、泣かした数はこっちの方が圧倒的に多かったから、私の勝ちかな。人は年を取ると涙もろくなると言うけど、輝夜もそうだった。あの泣き虫め。今度会ったらからかい殺すよ。
「ふふ、ですます調は書き出しだけってどういうことなの。性格が出ているというかなんというか」
紙芝居は続けていこうと思う。だけど私の作った紙芝居は全て焼き捨てて欲しい。今はアリスに教わったことを生かして新しいのを作ってるから。
私の心にある慧音の姿を、里の人たちにも教えてあげたい。私も慧音の姿を忘れたくない。だから慧音の昔話を作ってみる。伝記的な紙芝居。
そして、いつか紙芝居の腕が上達したら、そのときは一緒に里で披露しない? アリスの人形劇と私の紙芝居の融合。そしてそのとき、慧音の絵を取りに行く。
「"絵"か……待ってるわ。貴方は感情豊かだから、コツを掴めば上達はすぐよ」
追伸、こんな恥ずかしい手紙を未来に残されるのは辛いので、全部読み終えた頃合いを見計らって爆破します。速やかに放り投げてください。
「な――!」
煙がもくもくと上がる。護符はこのためか。
アリスが護符を放り投げようとしたとき、魔法の森がうねった。アリス邸宅の上空にのみある青空を目指し、森の中をさまよっていた風がアリスの手にある護符を攫い、解き放たれた虜囚のように吹き上がっていった。
煙を上げる紙切れは、爆発するどころか水に溶けるように空の中で柔らかく消滅し、アリスの顔に浮かぶ晴れやかな苦笑い。
「あの嘘つきめ」
さて。
やることは多い。次の祭りまでに移動式の舞台装置を二つ作ろう。
一つは人形劇と紙芝居を融合させたもの。
もう一つは自分の名前を彫り入れた人形劇の舞台。
今度、雪のような白髪の里長に自己紹介をしようと思う。
<了>
上手な感想が思い浮かびません、ただ面白かった。読めて良かった。
読ませていただいて、本当にありがとうございました。
誤字報告です。
>里町
里長?
陳腐な表現で申し訳ないと思うけれど、もう一度読み返したくなる、そんなお話でした。
ご老人はともかく、妹紅がアリスの名前を間違えるというのは個人的にはいらないような気もしましたが…
序盤からぐんぐん引き込まれていく文章。物語全体に漂う雰囲気。涙を誘う内容。
あらゆる要素が絡み合って、とても素晴らしい作品に仕上がっていたと感じました。
どうもありがとうございました。
二人のこれからに乾杯
うるっときたぜ
丸くなったというか、どこか憂いを帯びているような。
妹紅……可愛いなぁ。
あやつり左近を思い出したのは私だけでしょうか?
とても素晴らしかった。
輝夜も久しぶりに殺し合いできて嬉しかっただろうね。
正直者の馬鹿さ加減ともういない彼女への思いがあまりに尊い。
久しぶりに本気で泣いてしまった。素晴らしいお話でした。
読者に読ませるのではなく、描かせる文章であった事にです。
また貴方の作品に出会えて本当に良かった。
いや、誰かが何かの為に慟哭するシーンは切ないですね。
切ないのは好きです。妹紅の悔恨とアリスの必死さ。とても私好みでした。
この話を作って頂き、ありがとうございました。
素晴らしかったです。
そして,アリスも妹紅も鷽もかわいい!
楽しみました。
思い出はいつも優しく美しい。
良いお話をありがとう
ショートもこたんは脳内変換の結果、アリと認定されたよ
にしても感動。
もう、心の瞳が涙で滲んで再起不能です…!
あと里長可愛いw
妹紅もアリス・メガトロ・・・アリスもいろいろ抱えてこれからも生きていくんでしょうね
二人がお互いに新たな理解者になれればいいのにね
個人的に人間組の死後話っていうのは苦手なんですが、それをふまえても100点な話です。
アリス、妹紅の描き方は最高でしたし、「正直者」のくだりなどはとても胸に残るものがありました。
もっとあなたの作品を読みたいです。これからも頑張ってください。
時代が進んで遺された者の心情、それを表現できていて非常にいい作品だと思います。
すばらしい
主軸とあまり関係ありませんが、もっとはるか昔からあっただろう森に迷う人がいなくなるというのは奇妙ではありませんか
自分が思う以上に年月は経っているのかもしれませんね
なので、簡潔に言わせていただきます。
よかったです。
今度はもこたんがもこもこ…もとい、もじもじする
話かと思ったら、気づけば私がうるうるしてたじぇ。
色々書いてたのに、パスワード入れ忘れてしまった……orz
素晴らしい話でした。
本当に、読んで良かった。
アリスにすげなくされてもめげない里長の頑張りに萌えたw
というか、この里長は行動からして、魔理沙の血族なのかなあとか思いました。
負けず嫌いだし、手癖も悪そうww
もしかしたら、そんな霧雨の血が魔理沙の死後、孤独に沈んでいたアリスを幻想郷で新しく生き直そうとするきっかけを与えた・・・
なんてことだったら、いいなあとか思います。
アリスも、そして妹紅も、優しくも残酷な幻想郷に「おかえり」ってとこですかね。
いいお話をありがとう。
とりあえず誤字報告
>近くで喧しく家を建てたりしてなかった?→建ててたり、かな?
>(慧音の性格のところ)厳の如き信念は→巌(いわお)ですかね?
堪能してしまいました。妹紅もそしてアリスも、これであと1000年はいける!そんなラストが素晴らしい。
でもクライマックスでのダンボは不意打ちすぎるw
陳腐な言葉しか出ませんが、ただただ感動と畏敬の念を覚えるばかりです。
この作品に出会えて良かったと、もう一度読み返したい、そう思えました。
アリスの人形劇も、妹紅の紙芝居もどちらも見てみたい。
それと、里長のファンになりそうです。2人と違う意味でカワイイっす…w
久々にちゃんと小説してるSSを読んだ気がする。
うん。いい。
文章の細かい所にまで気遣いが行き届いていて楽しく読めました。
思わず寝不足になるくらいに。
人間の知り合いが死んでしまったから、アリスも引きこもりがちになったのかなぁ。
所々のネタに吹いたwww
素晴らしい噺をありがとうございます
名前のネタも昔からあるものながら、使い方が実に上手いためいいアクセントに感じました。
心温まる真っ直ぐなSSをありがとう、と言いたいです。
……うそです。つつかないで。
本当は、なんか霞んでよく見えなかったんです。紙芝居だったのかどうなのか。
ただ、金髪の少女と白い長髪がやっていました。
>作品集100に出そうと思って、作品集58から書き始めたけれど、やはり間に合わなかった
咽び泣いた。
生命力に溢れたチンパンジーのように手を叩いて喜びました。
さすがっす。
読めて良かったです。
賞賛と感謝の言葉しか浮かばない、初めて100点を付けました
どうしようもないパワーと想いだ
>作品集100に出そうと思って、作品集58から書き始めたけれど、やはり間に合わなかった
どんだけ可愛いんですかw
完全に好き嫌いの域だと思うので恐縮なのですが……
何かこの幻想郷を好きになれない。どこかに「正しさ」の臭いがする。
人の生の感情なんてこんなもんなのかもしれませんが
力作お疲れ様でした
グイグイ引き込まれて、読み終えた後に
戻りたくなくなりました
でも切ない。
こういうのは大嫌いだ、でもよかった。
何で今まで読み逃してたんだろもったいない
アリス・マーガリンさん大好きです!
物語に引き込まれて、一気に最後まで読み終えてしまっていた
名作をありがとうございます
お見事です。
誤字報告を
両手で救う→両手で掬う
筋が取っている→筋が通っている
描くこと容易い→描くことは容易い
少女いた→少女がいた
この一言に尽きます
一人の人間の心理を、生き様を、ここまで丁寧に描きだされたら、もう心を動かされずにいろという方が無理。
ところどころに挟まるコミカルな演出も飽きさせませんね。お見事でした。
本当に良い作品をありがとうございました。
慧音はこんなに妹紅に想われていて幸せなのだと思います。
素晴らしい作品でした。
匿名だとレートが下がっちゃうんで、これで。
すっごく泣けました…
良い作品をありがとう御座いました
風に”若い”とつけるセンスは自分には真似できないな。
ところでIPアドレスから住所特定ってどういうことだろ。
そんなのISP会社以外特定できないと思うんだけど・・・
偉人・慧音がそんなことするはずなかった。
この作品は、時の流れにしんみりしながらアリスと妹紅を愛する作品だったのだ。
作品の焦点じゃないかも知れないけど
でも何よりよかったのはアリスと妹紅の掛け合いですね
読んでて楽しかったです
くわえて、狙い撃ちするようなネタw「ダンボに乗ってくる」で思わず吹き出してしまいました。 水でよかった…
また貴方の作品を読めることを楽しみにしております!
そこからのダンボちゃん登場、私の何かが粉砕。
いい話だなー。