とある日の、朝。
右手の指先から感じる痛みで目が覚めた。
切り傷のような些細なものではなく例えるなら刃を突きたてられているような、そんな痛み。
まだ寝ていたいという思いもあったが指先から感じる痛みは徐々に強くなっている。
がり、という鈍い音と共に指に感じる激痛が眠気を一気に霧散させた。
「痛ってえ…っ!」
あまりの痛さに飛び起きようとしたがそれは適わない。
痛みの元凶である右手が何かに固定されて動かせなかったからだ。
一体何が起きているのか確かめようと右手の方を見るとそこには。
右手の人差し指をぱくりと咥えている霊夢が寝ていた。
「…あ?」
なんで霊夢がここに、と続けようとして昨晩宴会があった事を思い出す。
何人かの妖怪達と酒の飲み比べをしたのは覚えているが、その後の記憶が全く無い。
と言うことは泥酔してそのまま神社で一晩過ごしたと考えていい。。
宴会は外で開かれていたから神社の中に運んだのは霊夢なのだろうか。
それは後で礼を言えばいい。
だがそれよりも、だ。
ぼんやりと天井を見ながら呟いた。
「何でこんな事になってんだ」
霊夢は未だに魔理沙の指を咥えて寝ていた。
否、『咥える』等という優しい表現は似つかわしくないので訂正しよう。
霊夢は未だに魔理沙の指に『噛み付いて』寝ていた。
そこに詳しく説明を付け加えるなら、霊夢が魔理沙の指に噛み付き更にがじがじと齧っている。
八重歯が深々と突き刺ささり、皮膚を突き破って出血していた。
頭は完全に覚醒したお陰で現状を把握出来たはいいが、眠気で麻痺していた痛覚も今やばっちり働いている。
二度寝が出来るなら今すぐにでもして現実から目を背けたかったが指から感じる痛みがそれを許さなかった。
正直言ってかなり痛い。
引き抜こうにも歯はがっちりと食い込んでいて指を離してくれそうになかった。
ならば手段は一つ。
寝ている霊夢を起こす事だけが残された方法だ。
「おい、霊夢起きろ」
「んむ…、ん、ぅ…」
「痛ぅ…っ!だから齧るのをやめろっ!私は食い物じゃないぜ!」
出来るだけ霊夢への刺激を抑えつつ穏便に起こしたかったが、寝ている人間が大人しく目を覚ますなんてそうそうありはしない。
んーとかあーとかいいながら覚醒の兆しを見せたが、もう少し寝かせろとばかりに指を齧ってくる。
ちまちまと霊夢の様子を見ながら起こすというのは面倒だし性に合わない。
どうせ痛みを伴うのなら早々にケリを付けてしまうのが最善だ。
「ああもう、何で私がここまで気を遣わにゃならないんだ。いい加減起きろ!」
「んがっ…?んむぅ…んん……、ふぁりひゃ?」
無防備な額に拳骨を一発食らわしてやるとようやく目を開いた。
まだ、寝惚けているようだが殴られたということは理解しているらしくしかめ面で魔理沙を睨んでいる。
起こし方をどうこう考えずに最初から実力行使に出ればよかったと軽く後悔したが今となっては後の祭り。
過ぎたことを嘆いても仕方が無い。
拳骨一発で目覚めたことを前向きに捉えることにした。
「おう、ようやく起きたか」
「…いひゃいわ」
「私の方が現在進行形で痛いんだがな。それよりもその状態で喋りにくくないのかお前は」
「あー?にゃにが、よ…」
言われて初めて今の状況に気付いたらしい霊夢はぴたりと動きを停止する。
そして咥えている魔理沙の指を掴んでゆっくりと自分の口から引き抜いた。
ふう、と軽く深呼吸をして霊夢が一言。
「何でこんな事になってるのよ」
それはこっちが聞きたい、と突っ込みを入れたい所だがどうやら霊夢自身もよく分かっていないようだ。
だからと言ってそれで終わりと言うわけにはいかないが。
「起きたらお前が私の指を齧ってたぜ。というか霊夢が容赦なく齧るからその痛みで目が覚めたんだがな」
「あー…、それは、その…悪かったわ」
「いつの間に吸血鬼の眷属になったのかと思って冷や冷やしてた所だ」
「そんな訳ないでしょ。アイツの眷属になるくらいなら有無を言わさず夢想封印ぶち込むわ」
「その容赦ない所をみると眷属にはなっていないようだな。まぁそれはいいんだ。それよりも今は何で霊夢が私の指を齧っていたのかを聞きたい」
「いや、それは、ほら。寝惚けてたっていうか、ちょっと夢を見てたというか」
もごもごと口をどもらせて言いにくそうにしていだが、少しは後ろめたい気持ちがあるようで夢の内容を話し始めた。
*** *** *** ***
「…大体はこんな感じよ」
「お前の夢の内容を簡潔にまとめるとだ。昨日の宴会で紫が持ってきた外界のつまみがあまりに美味くて、夢の中でもそれを食っていたと」
「食感が妙にリアルだったから、ついもぐもぐとね」
「実際にはもぐもぐなんて可愛らしい擬音じゃなく、ガリガリともっと生々しい音だったがな。それで私の指は美味かったのか?」
「…まぁ、口の中が血の味でいっぱいなのは間違いないわね。まさか魔理沙の指だったとは思わなかったし」
「こっちもお前に血が出るほど指を齧られるとは思ってなかったよ。血はまだ止まらんしな」
さっさと治療したかったが霊夢が指を口から離した後も手で掴んだままだった為に指はそのまま放置され、噛み傷からは血がだらだらと流れていた。
傷はまだズキズキと痛み、少しだが熱も持ち始めている。
大した怪我ではないかもしれないが、出来れば化膿する前に早く手当てをしたいところだ。
「あ、畳に血が染み込んでるじゃない!早く止めなさいよ」
「おいおい責任転嫁するなよ。そもそもお前が噛まなかったらこんな事にはならなかったんだ」
顔を真っ赤にしてキレられた上に血を止めろと言われるのは理不尽以外の何者でもない。
そもそもの元凶は霊夢であって魔理沙は完全な被害者なのだ。
ようやく平常心を取り戻してきた魔理沙は霊夢に対して怒ることも無くただ冷静に事実のみを述べる。
対する霊夢はいつもの冷静さは何処へやらで、傍から見て面白いくらいに余裕も落ち着きもなかった。
「わ、分かってるわよ。要は血を止めればいいんでしょ、止めれば」
「いやだから手を―」
離してくれ、と言葉を続ける前に魔理沙の指をぱくりと咥えた。
まさか同じ日に2度も指を咥えられるとは誰も予想しないだろう。
舌が傷の周りを這い、それから傷口を舌先で突く様にして舐められる。
そうやって傷口全体に唾液をまぶした後に口の中から指を引き抜きいた。
これで終わりかと思ったらそうではないらしく、今度は指を咥えずにちろちろと舌を出して舐め始めている。
痛みの所為か驚きの所為か、触覚がうまく働いておらずただ目の前で起こっている事を視覚で認識するしかなかった。
「…あ?…いや、あの、霊夢?」
「ん…、こうしたら血は止まるでしょ。唾液には殺菌作用があるんだから一石二鳥じゃない」
「とりあえず冷静になれ、落ち着け。お前まだ寝惚けてるだろ」
「何よ、私は至って正常よ。頭だって冴えてるわ」
「頭の冴えた奴っていうのは二度も人の指を咥えるのか、知らなかったぜ。というかだな、傷口を消毒してくれるその気持ちは有難いが右手が血まみれだから一度手を洗いたい」
突然の霊夢の奇行に混乱しながらも、まずはどうにか自分の右手を奪取しようと霊夢を落ち着かせる。
確かに傷口は霊夢のお陰で綺麗になり、出血も少しはおさまってきているようだ。
だが、右手は先程まで出血していた為に傷口の周りは血まみれ。
既に血は乾いてはいるが放置しておくわけにはいかないし、なにより気持ち悪い。
「そう、よね。まだ、血が残ってるわね」
「そうそう、そうなんだよ。乾いているから畳につく心配はないが、だからといってそのままにしておくわけにはいかないだろう?」
「…よく見たら手首の方まで血が伝ってたのね」
「まぁ、さっきまで血を流しっぱなしだったからな。それも洗えばいいだけの事だし、だから手を―…っ!?」
「ん…、ちゅ…。んむぅ…」
離してくれ、という言葉はまたもや遮られ。
霊夢は魔理沙の手に顔を近づけると再び舌を出して舐め始めた。
最初は手首を、次は掌へともはや右手全体を労るように舌を這わせていく。
魔理沙は霊夢の二度目の奇行にただ言葉を失うしかなく。
その間に血まみれだった右手は霊夢によって綺麗にされてしまった。
「…ん。ほら、これでいいでしょ」
「あ、ああ。確かに右手は綺麗になった、な」
「血って乾くと意外と落ちにくいのね。怪我なんてあんまりしないから気にした事なかったけど」
「いや、布とかで拭けばすぐに落ちるだろ。なんでわざわざあんな事、したんだ」
寝起きだからか、喉が張り付いてうまく声が出てこない。
魔理沙はいまだ混乱する頭でどうにか言葉を絞り出した。
霊夢の意図が分からない。
普段から何を考えているか分からない奴だがそれでも大抵は感情のままに動いていたり、逆に何も考えていなかったりとある意味では分かりやすい部分があった。
だが今回は違う。
異変でも起きたか、変な物でも食べたのかと思うくらい霊夢の行動がおかしい。
血を舐め出した時は吸血鬼の眷属になったのかと軽く本気で思う程だ。
「なによ、文句でもあるの?」
「いやいや、滅相も無い。物凄く感謝してる、ぜ」
「なら別に良いでしょ」
「あー…、そうだ、な。で、そろそろ手を離してもらってもいいか?消毒もしてもらったしこのまま放置してたらまた傷口が開くかもしれない。そうなったら畳が汚れるだろうし、軽く手当てをしたいんだが…」
今の霊夢はおかしい。
魔理沙が何を言っても意に介さず、聞く耳を持ちそうもない。
そんな霊夢をなるべく刺激しないように慎重に言葉を選ぶ。
掴まれた右手さえ解放されれば後はどうとでもなる。
そうしたら念の為永遠亭に行って診てもらってくるという口実を作ってこの場から、このおかしい霊夢から逃げられるのだ。
「ああ、そうよね。傷そのものは治った訳じゃないものね」
「そうだ、もしかしたらまた血が滲んでくるかもしれん。だから今のうちに手当てをだな」
「必要ないわ」
「あ…?」
「こうしてれば血は出てかないし、殺菌になるでしょ」
気付いた時には三度目だった。
何故と聞く暇も抵抗する時間も与えない。
魔理沙はもう、色々と諦めて天井を見つめた。
「だからって、ずっと咥えてる必要はないだろ…」
「…煩いわね。ここまでやったんだもの、恐れる事はもう何もないわ」
「何で自棄になってんだ」
「自棄で悪いか」
逆切れかよ。
というか自棄でここまでやるものなのか。
もはや突っ込みをする気力さえ残っていなかった。
だとすれば霊夢の奇行は全て自棄で起こした暴走ということになる。
ちらりと霊夢の方に視線を泳がす。
眉間に皺を寄せて怒っているようにも見えるが、その瞳は涙目だった。
口には魔理沙の指を軽く咥えたまま。
羞恥と後悔と意地と自棄と。その他諸々の感情がない交ぜになったような表情。
そんな霊夢が何故だかとても可愛らしいと魔理沙は思った。
「…何よ」
「今のお前は紅白ならぬ紅巫女だな」
「噛むわよ」
目が本気だと語っていた。
触らぬ神に祟りなし。
「それはやめてくれ」
「だったら黙りなさい。そして今起きた事は早々に忘れて二度寝することをお勧めするわ」
「噛まれるのはもう御免だからな。ここは大人しく従うとしよう」
「それは賢明な判断ね」
「全く、傷は塞がっても傷痕は残りそうだな」
「だから、悪かったわよ」
もごもごと指を口に含みながらバツが悪そうにしている霊夢なんてそうそう拝めやしない。
思いがけない形でとはいえ霊夢の意外な一面を見れただけで、指の傷なんて些細なものだと感じてしまう。
代償だと思えばなんて事はない。
それ程までに霧雨魔理沙は博麗霊夢のことを好いていた。
友情か思慕か、あるいはどちらもか。それは本人にしか分からない。
「乙女の柔肌に傷を付けた責任はとってもらうぜ?」
霊夢の顔が三度目の沸騰をした瞬間だった。
右手の指先から感じる痛みで目が覚めた。
切り傷のような些細なものではなく例えるなら刃を突きたてられているような、そんな痛み。
まだ寝ていたいという思いもあったが指先から感じる痛みは徐々に強くなっている。
がり、という鈍い音と共に指に感じる激痛が眠気を一気に霧散させた。
「痛ってえ…っ!」
あまりの痛さに飛び起きようとしたがそれは適わない。
痛みの元凶である右手が何かに固定されて動かせなかったからだ。
一体何が起きているのか確かめようと右手の方を見るとそこには。
右手の人差し指をぱくりと咥えている霊夢が寝ていた。
「…あ?」
なんで霊夢がここに、と続けようとして昨晩宴会があった事を思い出す。
何人かの妖怪達と酒の飲み比べをしたのは覚えているが、その後の記憶が全く無い。
と言うことは泥酔してそのまま神社で一晩過ごしたと考えていい。。
宴会は外で開かれていたから神社の中に運んだのは霊夢なのだろうか。
それは後で礼を言えばいい。
だがそれよりも、だ。
ぼんやりと天井を見ながら呟いた。
「何でこんな事になってんだ」
霊夢は未だに魔理沙の指を咥えて寝ていた。
否、『咥える』等という優しい表現は似つかわしくないので訂正しよう。
霊夢は未だに魔理沙の指に『噛み付いて』寝ていた。
そこに詳しく説明を付け加えるなら、霊夢が魔理沙の指に噛み付き更にがじがじと齧っている。
八重歯が深々と突き刺ささり、皮膚を突き破って出血していた。
頭は完全に覚醒したお陰で現状を把握出来たはいいが、眠気で麻痺していた痛覚も今やばっちり働いている。
二度寝が出来るなら今すぐにでもして現実から目を背けたかったが指から感じる痛みがそれを許さなかった。
正直言ってかなり痛い。
引き抜こうにも歯はがっちりと食い込んでいて指を離してくれそうになかった。
ならば手段は一つ。
寝ている霊夢を起こす事だけが残された方法だ。
「おい、霊夢起きろ」
「んむ…、ん、ぅ…」
「痛ぅ…っ!だから齧るのをやめろっ!私は食い物じゃないぜ!」
出来るだけ霊夢への刺激を抑えつつ穏便に起こしたかったが、寝ている人間が大人しく目を覚ますなんてそうそうありはしない。
んーとかあーとかいいながら覚醒の兆しを見せたが、もう少し寝かせろとばかりに指を齧ってくる。
ちまちまと霊夢の様子を見ながら起こすというのは面倒だし性に合わない。
どうせ痛みを伴うのなら早々にケリを付けてしまうのが最善だ。
「ああもう、何で私がここまで気を遣わにゃならないんだ。いい加減起きろ!」
「んがっ…?んむぅ…んん……、ふぁりひゃ?」
無防備な額に拳骨を一発食らわしてやるとようやく目を開いた。
まだ、寝惚けているようだが殴られたということは理解しているらしくしかめ面で魔理沙を睨んでいる。
起こし方をどうこう考えずに最初から実力行使に出ればよかったと軽く後悔したが今となっては後の祭り。
過ぎたことを嘆いても仕方が無い。
拳骨一発で目覚めたことを前向きに捉えることにした。
「おう、ようやく起きたか」
「…いひゃいわ」
「私の方が現在進行形で痛いんだがな。それよりもその状態で喋りにくくないのかお前は」
「あー?にゃにが、よ…」
言われて初めて今の状況に気付いたらしい霊夢はぴたりと動きを停止する。
そして咥えている魔理沙の指を掴んでゆっくりと自分の口から引き抜いた。
ふう、と軽く深呼吸をして霊夢が一言。
「何でこんな事になってるのよ」
それはこっちが聞きたい、と突っ込みを入れたい所だがどうやら霊夢自身もよく分かっていないようだ。
だからと言ってそれで終わりと言うわけにはいかないが。
「起きたらお前が私の指を齧ってたぜ。というか霊夢が容赦なく齧るからその痛みで目が覚めたんだがな」
「あー…、それは、その…悪かったわ」
「いつの間に吸血鬼の眷属になったのかと思って冷や冷やしてた所だ」
「そんな訳ないでしょ。アイツの眷属になるくらいなら有無を言わさず夢想封印ぶち込むわ」
「その容赦ない所をみると眷属にはなっていないようだな。まぁそれはいいんだ。それよりも今は何で霊夢が私の指を齧っていたのかを聞きたい」
「いや、それは、ほら。寝惚けてたっていうか、ちょっと夢を見てたというか」
もごもごと口をどもらせて言いにくそうにしていだが、少しは後ろめたい気持ちがあるようで夢の内容を話し始めた。
*** *** *** ***
「…大体はこんな感じよ」
「お前の夢の内容を簡潔にまとめるとだ。昨日の宴会で紫が持ってきた外界のつまみがあまりに美味くて、夢の中でもそれを食っていたと」
「食感が妙にリアルだったから、ついもぐもぐとね」
「実際にはもぐもぐなんて可愛らしい擬音じゃなく、ガリガリともっと生々しい音だったがな。それで私の指は美味かったのか?」
「…まぁ、口の中が血の味でいっぱいなのは間違いないわね。まさか魔理沙の指だったとは思わなかったし」
「こっちもお前に血が出るほど指を齧られるとは思ってなかったよ。血はまだ止まらんしな」
さっさと治療したかったが霊夢が指を口から離した後も手で掴んだままだった為に指はそのまま放置され、噛み傷からは血がだらだらと流れていた。
傷はまだズキズキと痛み、少しだが熱も持ち始めている。
大した怪我ではないかもしれないが、出来れば化膿する前に早く手当てをしたいところだ。
「あ、畳に血が染み込んでるじゃない!早く止めなさいよ」
「おいおい責任転嫁するなよ。そもそもお前が噛まなかったらこんな事にはならなかったんだ」
顔を真っ赤にしてキレられた上に血を止めろと言われるのは理不尽以外の何者でもない。
そもそもの元凶は霊夢であって魔理沙は完全な被害者なのだ。
ようやく平常心を取り戻してきた魔理沙は霊夢に対して怒ることも無くただ冷静に事実のみを述べる。
対する霊夢はいつもの冷静さは何処へやらで、傍から見て面白いくらいに余裕も落ち着きもなかった。
「わ、分かってるわよ。要は血を止めればいいんでしょ、止めれば」
「いやだから手を―」
離してくれ、と言葉を続ける前に魔理沙の指をぱくりと咥えた。
まさか同じ日に2度も指を咥えられるとは誰も予想しないだろう。
舌が傷の周りを這い、それから傷口を舌先で突く様にして舐められる。
そうやって傷口全体に唾液をまぶした後に口の中から指を引き抜きいた。
これで終わりかと思ったらそうではないらしく、今度は指を咥えずにちろちろと舌を出して舐め始めている。
痛みの所為か驚きの所為か、触覚がうまく働いておらずただ目の前で起こっている事を視覚で認識するしかなかった。
「…あ?…いや、あの、霊夢?」
「ん…、こうしたら血は止まるでしょ。唾液には殺菌作用があるんだから一石二鳥じゃない」
「とりあえず冷静になれ、落ち着け。お前まだ寝惚けてるだろ」
「何よ、私は至って正常よ。頭だって冴えてるわ」
「頭の冴えた奴っていうのは二度も人の指を咥えるのか、知らなかったぜ。というかだな、傷口を消毒してくれるその気持ちは有難いが右手が血まみれだから一度手を洗いたい」
突然の霊夢の奇行に混乱しながらも、まずはどうにか自分の右手を奪取しようと霊夢を落ち着かせる。
確かに傷口は霊夢のお陰で綺麗になり、出血も少しはおさまってきているようだ。
だが、右手は先程まで出血していた為に傷口の周りは血まみれ。
既に血は乾いてはいるが放置しておくわけにはいかないし、なにより気持ち悪い。
「そう、よね。まだ、血が残ってるわね」
「そうそう、そうなんだよ。乾いているから畳につく心配はないが、だからといってそのままにしておくわけにはいかないだろう?」
「…よく見たら手首の方まで血が伝ってたのね」
「まぁ、さっきまで血を流しっぱなしだったからな。それも洗えばいいだけの事だし、だから手を―…っ!?」
「ん…、ちゅ…。んむぅ…」
離してくれ、という言葉はまたもや遮られ。
霊夢は魔理沙の手に顔を近づけると再び舌を出して舐め始めた。
最初は手首を、次は掌へともはや右手全体を労るように舌を這わせていく。
魔理沙は霊夢の二度目の奇行にただ言葉を失うしかなく。
その間に血まみれだった右手は霊夢によって綺麗にされてしまった。
「…ん。ほら、これでいいでしょ」
「あ、ああ。確かに右手は綺麗になった、な」
「血って乾くと意外と落ちにくいのね。怪我なんてあんまりしないから気にした事なかったけど」
「いや、布とかで拭けばすぐに落ちるだろ。なんでわざわざあんな事、したんだ」
寝起きだからか、喉が張り付いてうまく声が出てこない。
魔理沙はいまだ混乱する頭でどうにか言葉を絞り出した。
霊夢の意図が分からない。
普段から何を考えているか分からない奴だがそれでも大抵は感情のままに動いていたり、逆に何も考えていなかったりとある意味では分かりやすい部分があった。
だが今回は違う。
異変でも起きたか、変な物でも食べたのかと思うくらい霊夢の行動がおかしい。
血を舐め出した時は吸血鬼の眷属になったのかと軽く本気で思う程だ。
「なによ、文句でもあるの?」
「いやいや、滅相も無い。物凄く感謝してる、ぜ」
「なら別に良いでしょ」
「あー…、そうだ、な。で、そろそろ手を離してもらってもいいか?消毒もしてもらったしこのまま放置してたらまた傷口が開くかもしれない。そうなったら畳が汚れるだろうし、軽く手当てをしたいんだが…」
今の霊夢はおかしい。
魔理沙が何を言っても意に介さず、聞く耳を持ちそうもない。
そんな霊夢をなるべく刺激しないように慎重に言葉を選ぶ。
掴まれた右手さえ解放されれば後はどうとでもなる。
そうしたら念の為永遠亭に行って診てもらってくるという口実を作ってこの場から、このおかしい霊夢から逃げられるのだ。
「ああ、そうよね。傷そのものは治った訳じゃないものね」
「そうだ、もしかしたらまた血が滲んでくるかもしれん。だから今のうちに手当てをだな」
「必要ないわ」
「あ…?」
「こうしてれば血は出てかないし、殺菌になるでしょ」
気付いた時には三度目だった。
何故と聞く暇も抵抗する時間も与えない。
魔理沙はもう、色々と諦めて天井を見つめた。
「だからって、ずっと咥えてる必要はないだろ…」
「…煩いわね。ここまでやったんだもの、恐れる事はもう何もないわ」
「何で自棄になってんだ」
「自棄で悪いか」
逆切れかよ。
というか自棄でここまでやるものなのか。
もはや突っ込みをする気力さえ残っていなかった。
だとすれば霊夢の奇行は全て自棄で起こした暴走ということになる。
ちらりと霊夢の方に視線を泳がす。
眉間に皺を寄せて怒っているようにも見えるが、その瞳は涙目だった。
口には魔理沙の指を軽く咥えたまま。
羞恥と後悔と意地と自棄と。その他諸々の感情がない交ぜになったような表情。
そんな霊夢が何故だかとても可愛らしいと魔理沙は思った。
「…何よ」
「今のお前は紅白ならぬ紅巫女だな」
「噛むわよ」
目が本気だと語っていた。
触らぬ神に祟りなし。
「それはやめてくれ」
「だったら黙りなさい。そして今起きた事は早々に忘れて二度寝することをお勧めするわ」
「噛まれるのはもう御免だからな。ここは大人しく従うとしよう」
「それは賢明な判断ね」
「全く、傷は塞がっても傷痕は残りそうだな」
「だから、悪かったわよ」
もごもごと指を口に含みながらバツが悪そうにしている霊夢なんてそうそう拝めやしない。
思いがけない形でとはいえ霊夢の意外な一面を見れただけで、指の傷なんて些細なものだと感じてしまう。
代償だと思えばなんて事はない。
それ程までに霧雨魔理沙は博麗霊夢のことを好いていた。
友情か思慕か、あるいはどちらもか。それは本人にしか分からない。
「乙女の柔肌に傷を付けた責任はとってもらうぜ?」
霊夢の顔が三度目の沸騰をした瞬間だった。
よいSSでした!
>>優しい表現は似つかわしい
似つかわしい→似つかわしくない、ではないでしょうか。
しかし、最初の噛み傷の描写がちょっと生々しい気がする。
けしからん!もっとやれ!
こんな構図が浮かんだw
こういうレイマリも大好きです。もっと二人でちゅっちゅすればいい!