幻想郷のパワーバランスの一角、運命を操る吸血鬼レミリア・スカーレットの居城として名高い紅魔館。
その名を聞くもの全てが畏怖する…という訳でもなく、ああ…あの趣味の悪い紅い館ね、という程度の認識だ。
そんな館の門の前にはいつものように門番が立ちつづけている。
先ずは、何故紅魔館の門に門番がいるのかを話さなければならないだろう。
聞く人が聞けば、何を馬鹿なことを門に番が居るのは当たり前だろうと一笑に付すだろうがここは幻想郷、
空を飛べる者など数多に居るし珍しくもない。
なので、門に誰が居ようと空から軽々と侵入出来てしまう筈なのだ。
その様な状況を歓迎しない為、レミリアは友人である魔法使いパチュリー・ノーレッジに頼み、
外から内に対する結界を張ったのだ。
これにより、紅魔館に入る為には侵入者であれ住民であれ門を通らなければならなくなる。
無論、内から外に出る場合はその限りではない。
その紅魔館の唯一の入り口を守り続けるもの、その名も紅・美鈴。
すらりと伸びた長身にその名の如き紅い髪、そして端正な顔立ちと暢気な性格。
そうは見えないが武を極めた達人である、いや妖怪なので達妖である。
妖怪とは本来、刹那的で快楽的であるため向上心というものを持ち合わせていない。
力というものにおいても、種族により定められていて歳を取ると強くなる程度のものである。
なので、修行や成長という言葉とは無縁な存在なのだが、武術を操る彼女は極めて珍しい部類に入るのかもしれない。
これは、珍しい彼女の珍しくも無い日常のお話である。
『門番の怠惰で刺激的な日常』
美鈴の朝は早い。
太陽が顔を出す頃には既に門の前にて太極拳をしている姿がよく見掛けられる。
というのも主であるレミリアが夜明けと共に床に就くので、要は快適な睡眠を守る為の門番なのである。
夜は吸血鬼の時間、遊ぶ者も挑む者も殺す者も歓迎されるので門は開かれている。
だから美鈴の仕事は夜が明けて沈むまでというやたら健康的なものなのだ。
***
陽が漸く顔を出し切った早朝の時間帯、美鈴は既にコックリコックリと舟を漕いでいる。
段々と気温が上がり生物が活動をし始める頃であり、美鈴も実に幸せそうな寝顔だ。
やはり妖怪とはいえ早起きは辛いのだろう、器用にも仁王立ちしながらの二度寝である。
と、そこへタイミングを見計らったかのように野良妖精が一匹こっそりと近づいてくる。
好奇心と悪戯心の強い妖精にとって紅魔館は興味の対象であり格好の的なのだ。
こういった者の露払いも門番の役割なのだが…
妖精はぐっすりと寝入っている美鈴を確認してクスリと笑いその横を通り過ぎようとすると、
「これっ」
「あいたっ!」
不意打ちのデコピンに目を白黒させる妖精。
寝入っていたはずの美鈴はしっかりと目を覚ましている。
「勝手にここに入ってはいけませんよ。」
「むぅ~…」
悪戯が失敗したことに無言で更に涙目で抗議する妖精。
美鈴も困ったような呆れ顔になる。
「そんな顔しないで下さい。これは貴方の為に言ってるんですよ?
この建物の中には鬼よりも恐ろしい方がうろついているのです。
見つかったら八つ裂きどころか十六分割です(主に私が)。
ほら、飴玉あげるから他所へ行きなさい。」
ごそごそと胸元をまさぐり取り出された飴ちゃんを見て妖精もぱぁっと笑顔になる。
機嫌を直した妖精はフラフラとどこかへ飛んで行き微笑んで見送る美鈴。
このような光景は割と毎朝のように繰り返される。
妖精達も本気で侵入しようとしているのではなく、かまって欲しいだけなのかもしれない。
落書きだらけの顔でそれに気付かずに二度寝を続ける美鈴を見かけるのも偶にある話であった。
***
「本日もお手合わせ願いたく存じ上げます!」
朝と言うには太陽が高く昇った頃に高らかとした男性の声が門前に響き渡る。
見ると筋骨隆々で腕に自信のありそうな人間の若者が其処には立っていた。
恐らく武術の心得があるのだろう、中々に隙が無い。
こういった者が時々腕試しのために美鈴の元を訪れるのだ。
そして美鈴はというと仁王立ちを崩さずに…
「…す~…ぴ~…」
陽に当てられて相変わらずグッスリと眠っている。
別に昨日夜更しが過ぎたという訳でなく、これは彩鈴瞑想という立派な奥義だそうだ。
体力を回復しつつ気を張り巡らせ敵襲に対し真っ先に最適な反応が出来る…と本人は言い張る。
そしてそれを知ってか知らずか、武道家は特に慌てた様子も見せずに、
「ぬぅんっ!」
丹田に力を込めて裂帛の気合、木々がざわめき素人目にも並みの達人でないことがわかる。
そして美鈴は…
「……ぐ~…」
変わらず絶賛睡眠満喫中だ。
武道家は少し肩を落とす。
美鈴の奥義により、自らの武が相手にとって何の脅威にも成り得ないと証明されたからである。
「くっ、やはりダメか。いざ!参りますっ。」
武道家は構わず居眠りを続ける美鈴へと挑みかかる。
初手に渾身の力を込めた後ろ回し蹴り、続いて体重を乗せた上段への鋭い突きを繰出す。
流れるような連続技だったが、美鈴は電車に煽られる疲れたサラリーマンの如く後ろに傾き蹴りをかわし、
吊革に掴まり眠るサラリーマンの如くカクリと膝を落として突きを避ける。
そして…
「はいっ寝てません!」
正確に顎を頭突きにて貫き武道家を退ける。
「ぐっはぁぁぁ!」
「…ふがっ?」
吹っ飛ばされた武道家を寝惚け眼で見つめて漸く事態を把握する美鈴。
いいのを貰って蹲る武道家に対し涎を拭いて欠伸を殺してキリッと言い放つ。
「ぁふ…以前より確実に良い動きです。功夫を怠らない様に。」
「…!ありがとうございますっ。」
何かに感動したのかしきりにお礼を言い帰って行く若者。
何故か偉そうに頷きながら満足そうに見送る美鈴。
これも一月に一回は見れる光景だ。
そしていつも同じような組み手やり取りをしているから不思議な話である。
***
陽も漸く昇りきり昼と呼べる時間帯、美鈴は相も変わらず目を閉じている。
だが、居眠りをしているのとは違うようだ。
とても緩やかに…それこそ、じっと見ていないと判らないようなスピードで技の型をとっているようである。
美鈴は訪れる者がいない時はこうやって己を高める為に時間を費やす。
額には薄らと汗も滲んでいる。
ゆっくりと体を動かすということは思った以上に神経体力共に消費するものなのだろう。
…と動きを止め、急に目をかっと見開き一点を凝視する美鈴。
「おや?あれは確か妖獣の橙ちゃん…でも…」
遠くから見覚えのある黒猫が飛んでくる。
時折宴会で見かける式の式だ。
しかし、美鈴は違和感を感じる。
「………」
…こんなに強力な力を有していただろうか、と。
気を操ることが出来る美鈴は、相手の気を見ることによってある程度の実力を図ることが出来る。
勿論能力が判る訳ではなく、力の絶対量が何となくわかる程度なのだが。
それにしても今の橙は並の妖怪など到底敵わない程の力を秘めている。
「こんにちわっ!」
「こんにちは。今日はどのような御用でしょう?」
いつもの様に元気に挨拶をする橙。
それに対してある程度警戒をしながら、いつも通りの対応をする美鈴。
「レミリアさんに会わして欲しいんです。」
「謁見希望ですか…申し訳ないのですがお嬢様はお休み中でして。
アポイントメントの無い方はお通しできないんです。」
…式が憑いている。
美鈴は橙の用件を聞きある程度の予想がついたようである。
どうやら主から何かしらの命をもって動いているようだった。
だが真意がわからない以上、そうそう簡単に通すわけにはいかない。
「え~?…どうしよう…困ったな。」
う~ん、と困り顔の橙、それを見ていた美鈴だがどうにも落ち着かない。
どうやら武人としての血が猛りうずうずしているようだ。
引けないのなら押し通ればいい、そう挑発すれば素直な彼女はきっと乗ってくるだろう。
最近弾幕ごっこばかりで鈍り気味の体で、骨のある相手との勝負などもしていない。
「そういう訳ですので後日改めてお越し下さい、若しくは…うっ!?」
挑発をしようとしたところで、美鈴の体が凍りつく。
少し掻いていた汗が一瞬で引いたかと思えば、厭な脂汗が全身から噴出する。
…遥か以前体験したことがある、息をする事さえ憚られる圧倒的な殺気。
並の妖怪ならその場に居るだけで発狂するほどの妖気の荒波が橙の後ろから流れ込んでくる。
尋常ではない威圧により体が動かせない美鈴は如何にか視線を彷徨わせ原因を探る。
よく見ると歪に開かれた空間からビカビカと輝く二組の目が此方を射抜いている。
「…?」
橙はそれに気付いていない。
…話は変わるのだが、
ある‘噂’を知る古い妖怪達の中では八雲の式の式に手を出してはならないという不文律が存在する。
それは幻想郷が隔離される前、この地を結界で囲おうとする八雲を快く思わない妖怪もいた。
だが相手は強大な力を持つ大妖怪と九尾の式である、束になっても敵わない。
そうなると必然的に標的は力の弱い橙に向かう。
愚かな妖怪が徒党を組んで幼い橙を人質に要求を通そうとしたことがあった。
結果は言わずもがな、徒党と更にその一族郎党皆悉く…神隠し。
それどころか、知り合い、顔見知り、ただ一度声を掛けたことがある程度のものまで次々に不審な死を遂げる。
死に際には皆「狐が…狐が…」とうわ言の様に繰り返していたという。
飽くまで噂であるのだが真実を知るものは存在せず、問いただしても八雲は胡散臭く笑い式は黙り式の式は俯く、
とは天狗の談。
式の式を狙う位なら直接行った方がまだマシ、五体不満足でも帰れる可能性が在るからだ、
誰だって家族恋人大切な人がすりおろされる様を見せつけられながら死にたくは無いのだ、
と古い妖怪達は笑いながら口を揃える。
この有様を見ると、どこまでが冗談なのかが全く持って解らない話だ。
勿論美鈴はそんな話を知る由も無い。
「…え~っと、橙ちゃん。お嬢様に会ってどうするつもりなのかな?」
不穏な空気を感じ取り何とか言葉をつむぐ美鈴。
「これをお届けするの。紫様のご命令で八雲の式の式としての初めての正式なお使いなんだ!」
そういって、鞄から書簡を取り出す橙。
ニッコリと笑う顔は誇らしげで少し恥かしげで初々しく、とても眩しく可愛らしい。
対してスキマから覗く視線は、地獄の釜のカスを搾り取ったかのように仄暗くおぞましい。
「これは何事かしら?」
丁度助け舟とばかりに紅魔館を仕切るメイド長十六夜咲夜が顔を出す。
手にはバスケットを持っており、どうやら美鈴への昼食を運びに来たようだ。
「あっ咲夜さん。実は斯く斯く云々で。」
同時にふっと殺気と視線が消え脅威が去ったことを悟る美鈴。
混乱しながらも現状を伝えようとする。
「かくかくしかじか、じゃ全くわからないわよ。
…ん?貴方はいつぞやの猫。お嬢様へ書簡でも届けに来たのかしら?」
「わかってるんじゃないですかっ!?」
紅魔館のメイド長は天然でありながらも瀟洒なのだ。
「煩いわねぇ…ご存知だと思うけどお嬢様はお休み中よ。だからこれは私が責任を持ってお預かりします。
お嬢様が起きたら私がお渡しする、という形で構わないかしら?」
「ん~…うん!お願いしますっ。」
橙は少し考えてから元気よく頷く。
「はい、確かに承りましたわ。ご苦労様。」
「それじゃあ失礼します!」
来たときと変わらない橙の元気な挨拶。
その笑顔は仕事をやり遂げたという達成感に彩られている。
蝶よ花よと育てられた橙。
その後ろには(橙に付く)虫よ死ねよと見守る二つの禍々しい影があるのだった。
親馬鹿妖怪達の式の式離れはまだまだ遥か彼方先のお話のようである。
***
昼食もとり終って一息つく美鈴。
よく晴れていて大分過ごしやすい天気である。
体が弛緩してしまいそうになるが、急な来客がそれを許してくれそうも無い。
遠くに見える黒い粒があっという間に白黒になり門の前に降り立つ。
「よう、門番。今日も来てやったぜ。」
そう言ってニヤリと笑うのは、かの悪名高き普通の魔法使い霧雨魔理沙であった。
「誰も頼んでいませんよ…ってか昨日も来ませんでしたか?」
ゲンナリとした顔で対応する美鈴。
そう、魔理沙は昨日も紅魔館を襲撃し本を強奪していったのだ。
一回襲撃したら二週間ほどは大人しく部屋にいるか門をくぐるかなのだが。
魔理沙は気まずそうに頭をポリポリ掻きながら問いに答える。
「いや、それがな。昨日借りた本が一巻だけ抜けてたんだよ。そんなわけで…」
腰の八卦炉が収まったホルスターのボタンを外し戦闘体勢に入る魔理沙。
大方本が抜けてた原因はパチュリーの使い魔である小悪魔あたりの嫌がらせだろう。
その皺寄せがこっちに来るのは頂けない…だが
「流石に二日連続で通すわけにはいきません。」
対する美鈴も構えを作り攻撃に備える。
「ふふんっ昨日と同じように門に人型開けてやるぜ!」
因みに昨日は彗星と成り突っ込んできた魔理沙に弾幕で応戦するも全て弾かれ敗北。
門には魔理沙、美鈴二人分の穴が開いた。
無論既に修復済みではあるのだが。
二人は距離を置き、美鈴は門を背に魔理沙は門を前にそれぞれ相対する。
間合いを計り相手の動きを読む、武術に通じるこの緊迫した空気を美鈴は嫌いではない。
さて、どうするか…
相手は名高き弾幕ごっこの熟練者、手数も技術も圧倒的にこっちが劣っていると言わざるを得ない。
だが、むざむざ負ける心算も勿論美鈴には毛頭ない。
火蓋が切って落とされれば、後は自分の腕を信じるだけだ。
こうして二人は同時にスペルカードを切るのだった。
彗星 『ブレイジングスター!』
彩翔 『飛花落葉! 』
「同じ突進系で攻めてきたかっ。だがパワーはこちらが上だぜ!」
美鈴の手札を見て勝ち誇ったように笑う魔理沙。
魔理沙のカード、ブレイジングスターは避けても突破されるし受け留めきることも不可能。
なんとも美鈴、いや門番にとって厄介なスペルカードである。
ならば迎え撃つしかない、という妥当な判断だが誰の目に見ても美鈴の不利は明らか。
巨大な彗星に体一つで突っ込んでいく様は無謀にしか見えない。
昨日と同じく門に穴二つこさえる結果に終わるのか…と思われたのだが
「甘いです!ほわたぁっ!!」
「何ぃ!?」
衝突の瞬間、彗星が大きく揺らぐ。
美鈴が丁度箒の先端を正確に蹴り上げ強引に軌道を変化させたのである。
目標を門から虚空へと変えた彗星は、
「お~ぼ~え~て~ろ~」
ドップラー効果を残し文字通り星となる。
無事魔理沙を退けた美鈴だが箒を蹴り上げた勢いを殺しきれずグルグルと回転しながら門へ突入。
結局門に人型開けることとなる…
***
太陽が粛々と降りてくる時間。
辺りは紅魔館と同じような紅一色へと包まれていた。
門の修復をし終った美鈴は目の前に広がる紅く輝く湖を眺めている。
すると後ろから覚えのある気配が近づいてくる。
「あっ!お嬢様、おはようございます。何処かへお出かけですか?」
気配の正体は紅魔館の主、レミリア・スカーレットであった。
まだ太陽が出ている為か日傘を手にしている。
夕日なので横からめっちゃ日に当たっているのでは?と突っ込んだ所こういうものは様式美なのだそうだ。
「お疲れ様、美鈴。食事の準備が整うまで散歩にでも行ってくるわ。」
「そうですか、体を動かされるのなら組み手などは如何でしょう?」
今日の昼は体を動かし損ねたので主を誘ってみる。
まあ答えはいつも決まっているのようなのだが。
「いやぁよ。お前、そう早くも無いくせにヒラヒラかわすし、当てても硬いんだもの。
ストレスばっか溜まる。弾幕はてんで弱いし、魔術だって話にならないってのに。」
「軽気功と硬気功の応用ですね。…まぁ体術の他は苦手なものでお嬢様のお相手は出来ませんけど。」
お嬢様が体術を覚えれば最強だと思うんだけどなぁ 紅気功なんちゃって…と愚痴る美鈴。
「私は元々不死身で無敵よ。そんなものは微塵も必要ない。」
レミリアは吸血鬼だ。
体術など無くとも純粋に力で全てを打ち破ることが出来るのだ。
更に圧倒的な魔力を有し、ハイスペックな自分の能力を扱う技術がある。
ついでにいくつもある弱点を持ってもしても余りある不死性。
正しい手順を踏まない限り吸血鬼は死なない。
そしてそんな手順を踏ませてくれる程弱くない、というか強すぎる。
「たしかにお嬢様は‘心技体’全てにおいて不足はありませんね。」
「お前が私の相手になるには‘体’以外が圧倒的に足りていない。」
たしかに美鈴は自分の体の頑丈さには自信がある。
レミリアの渾身の突込みを受けて笑顔で立ち上がれるのは幻想郷広しといえど美鈴ぐらいのものである。
「う…そこは、ホラ、咲夜さんがフォローを…」
「確かに咲夜の技術は私が知る限りの他を圧倒している。だが人間の彼女に私に匹敵する‘心’は備わっていない。」
咲夜は時を止めるをいう反則的な能力を持っている。
しかし実は止まった時の中で自分以外のものを動かせない、傷つける事が出来ない、など制約が多い。
だから能力を使っても密室からは出れないし、雨の中では動けないし、料理も出来ない。
だが彼女は時を止めて全てやってのけている…ように見せている。
勿論対象の時を加速する等の応用もするがタネ無し手品と言わしめるほどに高い技術を持っているのだ。
「むむ…後はパチュリー様が…」
「ふむ、確かに魔法の力は‘心’の力。パチェなら私を上回る‘心’を持っていておかしくないな。」
七曜を操る魔女、その一言にパチュリーの物凄さが全て篭っている。
その能力はあらゆる敵に対しても弱点がつけるという事だ。
そして彼女には弱点を推して知る膨大な知識がある。
更に属性合成や賢者の石の精製などその能力はまさに規格外の一言に尽きる。
「じゃあ三人揃えばお嬢様のお相手が出来ますね。」
「くくっ、確かに。その三人で反旗でも翻してみるか?」
レミリアはそういって不適に笑う。
「ふふっ、まさか。」
それこそ笑い話だ、とでも言うように否定する美鈴。
だがその後に少し間を置いてからこう提案する。
「でも…そうですね、もし御相手して頂いて私たちが勝利することが出来れば、
妹様の外出の許可を、なんて如何でしょう?」
「…成る程、面白そうだ。この私が負けるなどということは万に一つも無いだろうが、
運命の吸血鬼に仕えるお前達なら多少は面白い余興を見せてくれそうだな。
美鈴、食事の後に手筈を調えておけ。」
「畏まりました。お嬢様。」
話が済むとレミリアは黄昏の空へ向かって自慢の翼を広げ飛んでいってしまう。
「…全く、素直じゃないお嬢様なんだから。」
散歩に出かける主を見送りクスリと苦笑する美鈴。
面白そうだと言ったときの顔は好戦的な吸血鬼の顔ではなく、妹を想う姉のそれだった。
きっと手加減をし、自分が惜敗する様な勝負を演出して臣下と友人を褒め称え妹を開放する、
そんな運命が美鈴には垣間見えた。
フランドール・スカーレット、破壊と狂気を司る吸血鬼として認識されているが、
その実年頃である少女特有の情緒不安定さを持った心優しき少女であるのだ。
何かを壊せば少女の心が傷つく。
地下への幽閉は彼女自身の願いであり、レミリアが妹の心を守る為にやむを得ない手段だったのだ。
しかし弾幕ごっこという遊びが流行り始めてから、彼女ものめり込みそして力の使い方を覚え始めた。
そろそろ出しても良いのではないかと思い提案してみたのだが言ってみるものだ。
美鈴は心の中でガッツポーズをする。
そして彼女は知らない。
今日橙が持ってきた書簡の内容が、そろそろ妹君にも幻想郷の素晴らしさを教えてあげなさい、
という管理者からのお披露目の催促状だったということを。
***
「ふわぁぁぁ~、今日の業務もそろそろお終いかな…」
大きく伸びをして、門をガラガラと全開にする。
ついでに大きく『WELCOME!!』と書かれた看板を門に引っ掛ける。
これでようやく美鈴の仕事も一区切り。
夜の帳が落ち、主が起きて紅い館にも暖かな灯が燈り始める。
あの暖かな光に向かって、のんびりと自慢の庭を歩くのが美鈴の何よりの楽しみなのである。
帰り際に庭の灯篭に火を灯しライトアップするのも彼女の役割なのだ。
暗い中で浮かび上がる色とりどりな花も中々に乙なもの。
精魂込めて育てた花が主を楽しませてくれるかと思うと嬉しくなる。
主や食客、妖精メイドや居候、がやがやと賑やかな歓談の声が此処まで聞こえてくる。
きっと主が我侭を言いメイドが振り回されたり、食客が妙な実験をしたり騒いでいるのだろう。
今日もあの光を護ることができた、そしてあの場所へ帰ることが出来る。
「今日の晩御飯は何かな~、咲夜さんの料理は美味しいから何でもいいですけど。」
自然と自分の顔がほころんでいるのが判る
きっと館の扉を開けば大好きな人たちが笑顔で迎えてくれるだろう。
美鈴はこんな怠惰で刺激的な日常に大変満足している。
自分がみんなの笑顔を護る最前線に立っているんだ。
そんな事を思いながら大きな誇りと小さな達成感を持って、
これからも毎日繰り返されるであろう帰路の道へと着く美鈴なのであった。
その名を聞くもの全てが畏怖する…という訳でもなく、ああ…あの趣味の悪い紅い館ね、という程度の認識だ。
そんな館の門の前にはいつものように門番が立ちつづけている。
先ずは、何故紅魔館の門に門番がいるのかを話さなければならないだろう。
聞く人が聞けば、何を馬鹿なことを門に番が居るのは当たり前だろうと一笑に付すだろうがここは幻想郷、
空を飛べる者など数多に居るし珍しくもない。
なので、門に誰が居ようと空から軽々と侵入出来てしまう筈なのだ。
その様な状況を歓迎しない為、レミリアは友人である魔法使いパチュリー・ノーレッジに頼み、
外から内に対する結界を張ったのだ。
これにより、紅魔館に入る為には侵入者であれ住民であれ門を通らなければならなくなる。
無論、内から外に出る場合はその限りではない。
その紅魔館の唯一の入り口を守り続けるもの、その名も紅・美鈴。
すらりと伸びた長身にその名の如き紅い髪、そして端正な顔立ちと暢気な性格。
そうは見えないが武を極めた達人である、いや妖怪なので達妖である。
妖怪とは本来、刹那的で快楽的であるため向上心というものを持ち合わせていない。
力というものにおいても、種族により定められていて歳を取ると強くなる程度のものである。
なので、修行や成長という言葉とは無縁な存在なのだが、武術を操る彼女は極めて珍しい部類に入るのかもしれない。
これは、珍しい彼女の珍しくも無い日常のお話である。
『門番の怠惰で刺激的な日常』
美鈴の朝は早い。
太陽が顔を出す頃には既に門の前にて太極拳をしている姿がよく見掛けられる。
というのも主であるレミリアが夜明けと共に床に就くので、要は快適な睡眠を守る為の門番なのである。
夜は吸血鬼の時間、遊ぶ者も挑む者も殺す者も歓迎されるので門は開かれている。
だから美鈴の仕事は夜が明けて沈むまでというやたら健康的なものなのだ。
***
陽が漸く顔を出し切った早朝の時間帯、美鈴は既にコックリコックリと舟を漕いでいる。
段々と気温が上がり生物が活動をし始める頃であり、美鈴も実に幸せそうな寝顔だ。
やはり妖怪とはいえ早起きは辛いのだろう、器用にも仁王立ちしながらの二度寝である。
と、そこへタイミングを見計らったかのように野良妖精が一匹こっそりと近づいてくる。
好奇心と悪戯心の強い妖精にとって紅魔館は興味の対象であり格好の的なのだ。
こういった者の露払いも門番の役割なのだが…
妖精はぐっすりと寝入っている美鈴を確認してクスリと笑いその横を通り過ぎようとすると、
「これっ」
「あいたっ!」
不意打ちのデコピンに目を白黒させる妖精。
寝入っていたはずの美鈴はしっかりと目を覚ましている。
「勝手にここに入ってはいけませんよ。」
「むぅ~…」
悪戯が失敗したことに無言で更に涙目で抗議する妖精。
美鈴も困ったような呆れ顔になる。
「そんな顔しないで下さい。これは貴方の為に言ってるんですよ?
この建物の中には鬼よりも恐ろしい方がうろついているのです。
見つかったら八つ裂きどころか十六分割です(主に私が)。
ほら、飴玉あげるから他所へ行きなさい。」
ごそごそと胸元をまさぐり取り出された飴ちゃんを見て妖精もぱぁっと笑顔になる。
機嫌を直した妖精はフラフラとどこかへ飛んで行き微笑んで見送る美鈴。
このような光景は割と毎朝のように繰り返される。
妖精達も本気で侵入しようとしているのではなく、かまって欲しいだけなのかもしれない。
落書きだらけの顔でそれに気付かずに二度寝を続ける美鈴を見かけるのも偶にある話であった。
***
「本日もお手合わせ願いたく存じ上げます!」
朝と言うには太陽が高く昇った頃に高らかとした男性の声が門前に響き渡る。
見ると筋骨隆々で腕に自信のありそうな人間の若者が其処には立っていた。
恐らく武術の心得があるのだろう、中々に隙が無い。
こういった者が時々腕試しのために美鈴の元を訪れるのだ。
そして美鈴はというと仁王立ちを崩さずに…
「…す~…ぴ~…」
陽に当てられて相変わらずグッスリと眠っている。
別に昨日夜更しが過ぎたという訳でなく、これは彩鈴瞑想という立派な奥義だそうだ。
体力を回復しつつ気を張り巡らせ敵襲に対し真っ先に最適な反応が出来る…と本人は言い張る。
そしてそれを知ってか知らずか、武道家は特に慌てた様子も見せずに、
「ぬぅんっ!」
丹田に力を込めて裂帛の気合、木々がざわめき素人目にも並みの達人でないことがわかる。
そして美鈴は…
「……ぐ~…」
変わらず絶賛睡眠満喫中だ。
武道家は少し肩を落とす。
美鈴の奥義により、自らの武が相手にとって何の脅威にも成り得ないと証明されたからである。
「くっ、やはりダメか。いざ!参りますっ。」
武道家は構わず居眠りを続ける美鈴へと挑みかかる。
初手に渾身の力を込めた後ろ回し蹴り、続いて体重を乗せた上段への鋭い突きを繰出す。
流れるような連続技だったが、美鈴は電車に煽られる疲れたサラリーマンの如く後ろに傾き蹴りをかわし、
吊革に掴まり眠るサラリーマンの如くカクリと膝を落として突きを避ける。
そして…
「はいっ寝てません!」
正確に顎を頭突きにて貫き武道家を退ける。
「ぐっはぁぁぁ!」
「…ふがっ?」
吹っ飛ばされた武道家を寝惚け眼で見つめて漸く事態を把握する美鈴。
いいのを貰って蹲る武道家に対し涎を拭いて欠伸を殺してキリッと言い放つ。
「ぁふ…以前より確実に良い動きです。功夫を怠らない様に。」
「…!ありがとうございますっ。」
何かに感動したのかしきりにお礼を言い帰って行く若者。
何故か偉そうに頷きながら満足そうに見送る美鈴。
これも一月に一回は見れる光景だ。
そしていつも同じような組み手やり取りをしているから不思議な話である。
***
陽も漸く昇りきり昼と呼べる時間帯、美鈴は相も変わらず目を閉じている。
だが、居眠りをしているのとは違うようだ。
とても緩やかに…それこそ、じっと見ていないと判らないようなスピードで技の型をとっているようである。
美鈴は訪れる者がいない時はこうやって己を高める為に時間を費やす。
額には薄らと汗も滲んでいる。
ゆっくりと体を動かすということは思った以上に神経体力共に消費するものなのだろう。
…と動きを止め、急に目をかっと見開き一点を凝視する美鈴。
「おや?あれは確か妖獣の橙ちゃん…でも…」
遠くから見覚えのある黒猫が飛んでくる。
時折宴会で見かける式の式だ。
しかし、美鈴は違和感を感じる。
「………」
…こんなに強力な力を有していただろうか、と。
気を操ることが出来る美鈴は、相手の気を見ることによってある程度の実力を図ることが出来る。
勿論能力が判る訳ではなく、力の絶対量が何となくわかる程度なのだが。
それにしても今の橙は並の妖怪など到底敵わない程の力を秘めている。
「こんにちわっ!」
「こんにちは。今日はどのような御用でしょう?」
いつもの様に元気に挨拶をする橙。
それに対してある程度警戒をしながら、いつも通りの対応をする美鈴。
「レミリアさんに会わして欲しいんです。」
「謁見希望ですか…申し訳ないのですがお嬢様はお休み中でして。
アポイントメントの無い方はお通しできないんです。」
…式が憑いている。
美鈴は橙の用件を聞きある程度の予想がついたようである。
どうやら主から何かしらの命をもって動いているようだった。
だが真意がわからない以上、そうそう簡単に通すわけにはいかない。
「え~?…どうしよう…困ったな。」
う~ん、と困り顔の橙、それを見ていた美鈴だがどうにも落ち着かない。
どうやら武人としての血が猛りうずうずしているようだ。
引けないのなら押し通ればいい、そう挑発すれば素直な彼女はきっと乗ってくるだろう。
最近弾幕ごっこばかりで鈍り気味の体で、骨のある相手との勝負などもしていない。
「そういう訳ですので後日改めてお越し下さい、若しくは…うっ!?」
挑発をしようとしたところで、美鈴の体が凍りつく。
少し掻いていた汗が一瞬で引いたかと思えば、厭な脂汗が全身から噴出する。
…遥か以前体験したことがある、息をする事さえ憚られる圧倒的な殺気。
並の妖怪ならその場に居るだけで発狂するほどの妖気の荒波が橙の後ろから流れ込んでくる。
尋常ではない威圧により体が動かせない美鈴は如何にか視線を彷徨わせ原因を探る。
よく見ると歪に開かれた空間からビカビカと輝く二組の目が此方を射抜いている。
「…?」
橙はそれに気付いていない。
…話は変わるのだが、
ある‘噂’を知る古い妖怪達の中では八雲の式の式に手を出してはならないという不文律が存在する。
それは幻想郷が隔離される前、この地を結界で囲おうとする八雲を快く思わない妖怪もいた。
だが相手は強大な力を持つ大妖怪と九尾の式である、束になっても敵わない。
そうなると必然的に標的は力の弱い橙に向かう。
愚かな妖怪が徒党を組んで幼い橙を人質に要求を通そうとしたことがあった。
結果は言わずもがな、徒党と更にその一族郎党皆悉く…神隠し。
それどころか、知り合い、顔見知り、ただ一度声を掛けたことがある程度のものまで次々に不審な死を遂げる。
死に際には皆「狐が…狐が…」とうわ言の様に繰り返していたという。
飽くまで噂であるのだが真実を知るものは存在せず、問いただしても八雲は胡散臭く笑い式は黙り式の式は俯く、
とは天狗の談。
式の式を狙う位なら直接行った方がまだマシ、五体不満足でも帰れる可能性が在るからだ、
誰だって家族恋人大切な人がすりおろされる様を見せつけられながら死にたくは無いのだ、
と古い妖怪達は笑いながら口を揃える。
この有様を見ると、どこまでが冗談なのかが全く持って解らない話だ。
勿論美鈴はそんな話を知る由も無い。
「…え~っと、橙ちゃん。お嬢様に会ってどうするつもりなのかな?」
不穏な空気を感じ取り何とか言葉をつむぐ美鈴。
「これをお届けするの。紫様のご命令で八雲の式の式としての初めての正式なお使いなんだ!」
そういって、鞄から書簡を取り出す橙。
ニッコリと笑う顔は誇らしげで少し恥かしげで初々しく、とても眩しく可愛らしい。
対してスキマから覗く視線は、地獄の釜のカスを搾り取ったかのように仄暗くおぞましい。
「これは何事かしら?」
丁度助け舟とばかりに紅魔館を仕切るメイド長十六夜咲夜が顔を出す。
手にはバスケットを持っており、どうやら美鈴への昼食を運びに来たようだ。
「あっ咲夜さん。実は斯く斯く云々で。」
同時にふっと殺気と視線が消え脅威が去ったことを悟る美鈴。
混乱しながらも現状を伝えようとする。
「かくかくしかじか、じゃ全くわからないわよ。
…ん?貴方はいつぞやの猫。お嬢様へ書簡でも届けに来たのかしら?」
「わかってるんじゃないですかっ!?」
紅魔館のメイド長は天然でありながらも瀟洒なのだ。
「煩いわねぇ…ご存知だと思うけどお嬢様はお休み中よ。だからこれは私が責任を持ってお預かりします。
お嬢様が起きたら私がお渡しする、という形で構わないかしら?」
「ん~…うん!お願いしますっ。」
橙は少し考えてから元気よく頷く。
「はい、確かに承りましたわ。ご苦労様。」
「それじゃあ失礼します!」
来たときと変わらない橙の元気な挨拶。
その笑顔は仕事をやり遂げたという達成感に彩られている。
蝶よ花よと育てられた橙。
その後ろには(橙に付く)虫よ死ねよと見守る二つの禍々しい影があるのだった。
親馬鹿妖怪達の式の式離れはまだまだ遥か彼方先のお話のようである。
***
昼食もとり終って一息つく美鈴。
よく晴れていて大分過ごしやすい天気である。
体が弛緩してしまいそうになるが、急な来客がそれを許してくれそうも無い。
遠くに見える黒い粒があっという間に白黒になり門の前に降り立つ。
「よう、門番。今日も来てやったぜ。」
そう言ってニヤリと笑うのは、かの悪名高き普通の魔法使い霧雨魔理沙であった。
「誰も頼んでいませんよ…ってか昨日も来ませんでしたか?」
ゲンナリとした顔で対応する美鈴。
そう、魔理沙は昨日も紅魔館を襲撃し本を強奪していったのだ。
一回襲撃したら二週間ほどは大人しく部屋にいるか門をくぐるかなのだが。
魔理沙は気まずそうに頭をポリポリ掻きながら問いに答える。
「いや、それがな。昨日借りた本が一巻だけ抜けてたんだよ。そんなわけで…」
腰の八卦炉が収まったホルスターのボタンを外し戦闘体勢に入る魔理沙。
大方本が抜けてた原因はパチュリーの使い魔である小悪魔あたりの嫌がらせだろう。
その皺寄せがこっちに来るのは頂けない…だが
「流石に二日連続で通すわけにはいきません。」
対する美鈴も構えを作り攻撃に備える。
「ふふんっ昨日と同じように門に人型開けてやるぜ!」
因みに昨日は彗星と成り突っ込んできた魔理沙に弾幕で応戦するも全て弾かれ敗北。
門には魔理沙、美鈴二人分の穴が開いた。
無論既に修復済みではあるのだが。
二人は距離を置き、美鈴は門を背に魔理沙は門を前にそれぞれ相対する。
間合いを計り相手の動きを読む、武術に通じるこの緊迫した空気を美鈴は嫌いではない。
さて、どうするか…
相手は名高き弾幕ごっこの熟練者、手数も技術も圧倒的にこっちが劣っていると言わざるを得ない。
だが、むざむざ負ける心算も勿論美鈴には毛頭ない。
火蓋が切って落とされれば、後は自分の腕を信じるだけだ。
こうして二人は同時にスペルカードを切るのだった。
彗星 『ブレイジングスター!』
彩翔 『飛花落葉! 』
「同じ突進系で攻めてきたかっ。だがパワーはこちらが上だぜ!」
美鈴の手札を見て勝ち誇ったように笑う魔理沙。
魔理沙のカード、ブレイジングスターは避けても突破されるし受け留めきることも不可能。
なんとも美鈴、いや門番にとって厄介なスペルカードである。
ならば迎え撃つしかない、という妥当な判断だが誰の目に見ても美鈴の不利は明らか。
巨大な彗星に体一つで突っ込んでいく様は無謀にしか見えない。
昨日と同じく門に穴二つこさえる結果に終わるのか…と思われたのだが
「甘いです!ほわたぁっ!!」
「何ぃ!?」
衝突の瞬間、彗星が大きく揺らぐ。
美鈴が丁度箒の先端を正確に蹴り上げ強引に軌道を変化させたのである。
目標を門から虚空へと変えた彗星は、
「お~ぼ~え~て~ろ~」
ドップラー効果を残し文字通り星となる。
無事魔理沙を退けた美鈴だが箒を蹴り上げた勢いを殺しきれずグルグルと回転しながら門へ突入。
結局門に人型開けることとなる…
***
太陽が粛々と降りてくる時間。
辺りは紅魔館と同じような紅一色へと包まれていた。
門の修復をし終った美鈴は目の前に広がる紅く輝く湖を眺めている。
すると後ろから覚えのある気配が近づいてくる。
「あっ!お嬢様、おはようございます。何処かへお出かけですか?」
気配の正体は紅魔館の主、レミリア・スカーレットであった。
まだ太陽が出ている為か日傘を手にしている。
夕日なので横からめっちゃ日に当たっているのでは?と突っ込んだ所こういうものは様式美なのだそうだ。
「お疲れ様、美鈴。食事の準備が整うまで散歩にでも行ってくるわ。」
「そうですか、体を動かされるのなら組み手などは如何でしょう?」
今日の昼は体を動かし損ねたので主を誘ってみる。
まあ答えはいつも決まっているのようなのだが。
「いやぁよ。お前、そう早くも無いくせにヒラヒラかわすし、当てても硬いんだもの。
ストレスばっか溜まる。弾幕はてんで弱いし、魔術だって話にならないってのに。」
「軽気功と硬気功の応用ですね。…まぁ体術の他は苦手なものでお嬢様のお相手は出来ませんけど。」
お嬢様が体術を覚えれば最強だと思うんだけどなぁ 紅気功なんちゃって…と愚痴る美鈴。
「私は元々不死身で無敵よ。そんなものは微塵も必要ない。」
レミリアは吸血鬼だ。
体術など無くとも純粋に力で全てを打ち破ることが出来るのだ。
更に圧倒的な魔力を有し、ハイスペックな自分の能力を扱う技術がある。
ついでにいくつもある弱点を持ってもしても余りある不死性。
正しい手順を踏まない限り吸血鬼は死なない。
そしてそんな手順を踏ませてくれる程弱くない、というか強すぎる。
「たしかにお嬢様は‘心技体’全てにおいて不足はありませんね。」
「お前が私の相手になるには‘体’以外が圧倒的に足りていない。」
たしかに美鈴は自分の体の頑丈さには自信がある。
レミリアの渾身の突込みを受けて笑顔で立ち上がれるのは幻想郷広しといえど美鈴ぐらいのものである。
「う…そこは、ホラ、咲夜さんがフォローを…」
「確かに咲夜の技術は私が知る限りの他を圧倒している。だが人間の彼女に私に匹敵する‘心’は備わっていない。」
咲夜は時を止めるをいう反則的な能力を持っている。
しかし実は止まった時の中で自分以外のものを動かせない、傷つける事が出来ない、など制約が多い。
だから能力を使っても密室からは出れないし、雨の中では動けないし、料理も出来ない。
だが彼女は時を止めて全てやってのけている…ように見せている。
勿論対象の時を加速する等の応用もするがタネ無し手品と言わしめるほどに高い技術を持っているのだ。
「むむ…後はパチュリー様が…」
「ふむ、確かに魔法の力は‘心’の力。パチェなら私を上回る‘心’を持っていておかしくないな。」
七曜を操る魔女、その一言にパチュリーの物凄さが全て篭っている。
その能力はあらゆる敵に対しても弱点がつけるという事だ。
そして彼女には弱点を推して知る膨大な知識がある。
更に属性合成や賢者の石の精製などその能力はまさに規格外の一言に尽きる。
「じゃあ三人揃えばお嬢様のお相手が出来ますね。」
「くくっ、確かに。その三人で反旗でも翻してみるか?」
レミリアはそういって不適に笑う。
「ふふっ、まさか。」
それこそ笑い話だ、とでも言うように否定する美鈴。
だがその後に少し間を置いてからこう提案する。
「でも…そうですね、もし御相手して頂いて私たちが勝利することが出来れば、
妹様の外出の許可を、なんて如何でしょう?」
「…成る程、面白そうだ。この私が負けるなどということは万に一つも無いだろうが、
運命の吸血鬼に仕えるお前達なら多少は面白い余興を見せてくれそうだな。
美鈴、食事の後に手筈を調えておけ。」
「畏まりました。お嬢様。」
話が済むとレミリアは黄昏の空へ向かって自慢の翼を広げ飛んでいってしまう。
「…全く、素直じゃないお嬢様なんだから。」
散歩に出かける主を見送りクスリと苦笑する美鈴。
面白そうだと言ったときの顔は好戦的な吸血鬼の顔ではなく、妹を想う姉のそれだった。
きっと手加減をし、自分が惜敗する様な勝負を演出して臣下と友人を褒め称え妹を開放する、
そんな運命が美鈴には垣間見えた。
フランドール・スカーレット、破壊と狂気を司る吸血鬼として認識されているが、
その実年頃である少女特有の情緒不安定さを持った心優しき少女であるのだ。
何かを壊せば少女の心が傷つく。
地下への幽閉は彼女自身の願いであり、レミリアが妹の心を守る為にやむを得ない手段だったのだ。
しかし弾幕ごっこという遊びが流行り始めてから、彼女ものめり込みそして力の使い方を覚え始めた。
そろそろ出しても良いのではないかと思い提案してみたのだが言ってみるものだ。
美鈴は心の中でガッツポーズをする。
そして彼女は知らない。
今日橙が持ってきた書簡の内容が、そろそろ妹君にも幻想郷の素晴らしさを教えてあげなさい、
という管理者からのお披露目の催促状だったということを。
***
「ふわぁぁぁ~、今日の業務もそろそろお終いかな…」
大きく伸びをして、門をガラガラと全開にする。
ついでに大きく『WELCOME!!』と書かれた看板を門に引っ掛ける。
これでようやく美鈴の仕事も一区切り。
夜の帳が落ち、主が起きて紅い館にも暖かな灯が燈り始める。
あの暖かな光に向かって、のんびりと自慢の庭を歩くのが美鈴の何よりの楽しみなのである。
帰り際に庭の灯篭に火を灯しライトアップするのも彼女の役割なのだ。
暗い中で浮かび上がる色とりどりな花も中々に乙なもの。
精魂込めて育てた花が主を楽しませてくれるかと思うと嬉しくなる。
主や食客、妖精メイドや居候、がやがやと賑やかな歓談の声が此処まで聞こえてくる。
きっと主が我侭を言いメイドが振り回されたり、食客が妙な実験をしたり騒いでいるのだろう。
今日もあの光を護ることができた、そしてあの場所へ帰ることが出来る。
「今日の晩御飯は何かな~、咲夜さんの料理は美味しいから何でもいいですけど。」
自然と自分の顔がほころんでいるのが判る
きっと館の扉を開けば大好きな人たちが笑顔で迎えてくれるだろう。
美鈴はこんな怠惰で刺激的な日常に大変満足している。
自分がみんなの笑顔を護る最前線に立っているんだ。
そんな事を思いながら大きな誇りと小さな達成感を持って、
これからも毎日繰り返されるであろう帰路の道へと着く美鈴なのであった。
小悪魔も入れてあげてください
あとレミリアのカリスマがすごいな。
的なノリに感じたのは自分だけでしょうか?「紅魔館の妖怪・紅美鈴の生態!」みたいなタイトルで。
大富豪って呼んでるのは俺だけか?
それはともかく、紅魔館の最前線で戦ってるのか戦ってないのかよくわからん感じの
美鈴の日常がいい。
紅魔館からは、楽しい笑い声が絶えませんでした。
ほのぼの紅魔館好きだーw
楽しい美鈴の日常ありがとうございました