「……妖夢、集めなさい」
「え? あの、集める、ですか……?」
新しい足音が遠く、まだ朝霜が庭を覆う季節に。
私は幽々子様に呼び出されました。
朝食の片付けが終わったら、縁側まで来るようにと。そう告げる幽々子様の表情にどこか影を感じ取った私は、不安に駆られるまま食器を片付け。落ち着きがないと怒られるのを覚悟で、廊下を走り――
縁側へと続く廊下の角を曲がったとき、いきなりそんな言葉を投げかけられたのです。
中庭を虚ろな瞳で見つめる幽々子様から、集めろ、と。
いつも理解できない問いを掛け、私を試す幽々子様ですが。今日ばかりは何かが違うように感じました。
幽々子様は亡霊という種族に分類されるので、こう表現するのもどうかと思うのですが。朝の日差しを受けているはずのその頬から、血の気が失せてしまっているような。そんな気がしたのです。
朧げに、庭の一点だけを見つめているようで……
何を見ているのか気になった私は、許しを得ないまま幽々子様の後ろに回り込み視線を方向を合わせました。
すると、そこには。
ある古い巨木しか存在せず……
「人とは罪深きものね。手に入らないと知れば。それを欲す」
「幽々子、様……まさか……」
幽々子様が欲していたものが何かなど、私が知らないはずがありません。それを欲したが故に幻想郷の大妖怪であり親友でもある『八雲 紫』様すら動くことになったのですから。私は、その異変が終わってからそんな幽々子様の欲望は枯渇してしまったものだとばかり思っていました。
いえ、そう思い込もうとしていただけなのかもしれません。
「見ているだけで満たされる、そんな憧れだけでは足りないのよ。妖夢……」
「幽々子様、どうかご再考を。それはもう許されるようなことでは……」
「集めなさい、妖夢。それがあなたのためになるわ」
西行妖を見上げながら、幽々子様がつぶやいた言葉は願望ではなく、明確な命令でした。それに対して私が許されたのは……
「……幽々子様がそう望むのであれば」
ただ、頷くことだけでした。
◇ ◇ ◇
逢い引き、それは乙女の憧れ……
逢い引き、それは秘められし行為……
逢い引き、それはお互いの恋心を確かめ合う、一時の逢瀬とは別の……
愛の駆け引きの場。
軽い意味で言うなら、デートだろうか。
そんな言葉遊びをしてしまうほど、私は恋に落ちている。
私が何度この日を夢見たか。心の読めるさとりに協力してもらってプレゼント作戦をしたり、ヤマメにお願いして、二人で家まで遊びにいったりもした。一人で行動して突き放されるのが怖かったから。
それでも一緒に居たくて、彼女の側にいるときだけはいつもより髪を綺麗に整えたり、化粧をしてみたりと女々しいと思われるようなことだってやってきた。
でもそんな努力なんて、あの人には届かない。
あの人はいつも天真爛漫で、自分の欲望に素直に生きている。きっと私の些細なアプローチなんて、器の大きな彼女からして見れば茶番でしかないんだ。でも私はそれしかできないから。お空みたいに素直な気持ちを表現できないし、キスメのように静かでいじらしい女の子になることすらできない。
そんななんの取り柄もない、ただ他の人を羨む事しかできない私に。
「なあ、パルスィ。明日、旧地獄の中を歩かないか? 待ち合わせは中央広場で」
あの人が――勇儀が声を掛けてくれた。
ちょっとぶっきらぼうで、感情もほとんど入っていないような言葉だったけれど。私はその一言で心を奪われてしまう。だって私はそんな大胆な彼女に儚い恋心を抱いてしまったのだから。
もしかしたら……そんな男性のような一面を持つ勇儀と。
橋姫となる前に恋したあのお方を重ねているのかもしれない。
それでも、構わない。
私の気持ちは、ここにあるとおり。誰がなんと言おうと本物なのだから。
本物だからこそ、今日という約束の日を前にして、緊張で一睡もできず。そんなぼぅっとした状態でお弁当の準備をしていたら指を怪我してしまった。そんな悩ましい失敗を犯してしまうのも、特別な感情を抱いているから。
「ああ、もう。何よ、そんな楽しそうにして」
そんな私の感情を知ってか知らずか。
私よりも早く中央広場に到着していた勇儀は、道行く知り合いたちと気さくに会話を繰り返していた。そんな表情がとても輝いて見えて、妬ましい。
あなたがそんな顔をするから、いつまでも裏路地の物陰で眺めていたくなってしまうじゃないの。
ああ、本当に妬まし――
カチャリ……
そんな黒い感情を湧きあがらせているとき。
後ろで、金属音が響いてくる。
「パルスィさんとお見受けしますが、よろしいでしょうか?」
何事かと思い振り返れば、そこには見たことのない凛々しい少女が立っていた。短い銀髪を黒いリボンで止め、硬い表情をこちらへと向けている。そしてそれと同時に――右手に握り締める刀を私の鼻先に突きつけてきた。初対面だというのに、丁寧な言葉とは裏腹の敵意のこもった行動を取る。あまりに無礼な少女に対し、思わず妖気を沸き立たせてしまった。
「私これから大事な用があるのだけれど」
「そうですか、でしたらお手間は取らせませんよ。少々頂きたいものがあるだけですし。それを手に入れるため、武力行為を取ることは許されております」
この状況で要求するものと言えば相場は決まっている。
命か、それに代わるような大切な何か。
しかし命が欲しいだけであるなら、最初に問答無用で後ろから斬り掛かった方が効率的だし。
「何が望みかしら? それによって対処もかわるわよ?」
「……」
「そう、それすらも説明できないのであれば、大声を上げさせて貰うわ。いくらここが人通りのない裏道とは言っても、すぐにやってくるのではないかしら。あそこに見える鬼や、その辺の腕に覚えのある妖怪たちがね」
「……わかりました、お話致します」
声を出すな、と脅されるかと思ったが、素直にコクリと首を縦に振る。
それでも刀を引き戻さないところを見ると、こちらが断ったあとのことを考えているに違いない。
欲するものを手に入れるため、弾幕勝負か、それ以外の手段による攻防を行う必要性がある。それを予想して抜き身のままじっとしているのだろう。
忌み嫌われた妖怪たちが住む地底までわざわざやってきて、こんな危険を侵す。となれば、彼女が求めるものは限られる。
一番可能性があるものとすれば、種類によっては万病の秘薬にもなりうる――妖怪の体。
「‘パル度’をいただきにきました」
そうか、やっぱり。
人魚であれば不老不死になれるという伝説すらあるのだから、この少女が私の血肉を求めるのはなんら不思議ではない。しかし、どんな理由があろうともそう簡単に渡すほど私は優しくな――
――あれ?
「今、なんて?」
「いや、ですからパル度を」
なんか聞きなれない単語が出てきた。
やだ、何コレ……
「一応確認するわよ、正直に答えてね」
「ええ、もちろん」
「あのね、うん、その不思議なフレーズは何?」
「腐霊ズ? いろんな意味で腐った霊たちのことでしょうか」
「……いやいや、言葉って意味よ。その『パル度』って一体何かってこと」
「それはパルスィさんという、地底の妖怪が発する。妬ましい気持ちの表れ。その度数がパル度と聞いております。なのでここの住人にお尋ねしてあなたを探して――」
「え、いや、待って、ちょっ、ちょぉっっとだけ待って。私、当の本人なんだけどそんな度数とか聞いたことないんだけど」
「くっ、ここまで私が真実を話したというのに、あなたは白を切るということですか」
「それ以前に知らないって、そう言ってるじゃない」
しかし、目の前の少女は未だ納得する素振りを見せず。眉を吊り上げるばかり。
そんな顔をされてもわからないし、聞いた覚えすらない。
「幽々子様はしっかりと教えてくださいました。パル度というものの恐ろしさ、そしてそれの秘める膨大な力を。それがどうしても理解できない私に対して、偶然足を運ばれた紫様が優しくてを差し伸べてくださり、私にもわかるような表にしてくださったのですから」
「理解しなくていいと思うわ……。それと、今その表があるのなら見せてみなさいよ」
すると、少女は上に浮かんでいた一つの人魂を自分の近くまで呼び寄せ、中から一枚の紙を吐き出させた。どうやらこれがその表というやつらしい。どんなくだらないことが書いてあるのかと、それを受け取ってゆっくりと眺めて見た。
もちろんこのときも刀を向けられたままなので、落ち着かないけれど。
ゆっくりとその紙の上に視線を落とす。
『パル度早見票』
パル度0。
妬みを感じない。
パル度1。
わずかに妬ましいと感じる程度。
パル度2。
同じ空間にいる人の多くに妬みを感じる。妬みの念力により、釣り下がっている紐などが揺れる。
――マテ。
パル度3。
同じ空間にいるほぼ全ての人に対して妬みを感じる。あなたの妬ましさを敏感に感じ取った赤子が泣き声をあげる。
パル度4。
眠っている間も妬み続け、その妬ましさで目を覚ます。普段の行動が情緒不安定になり、散歩しているだけの人すら妬ましく思えるようになる。
パル度5。
妬まずに暮らすことが困難になる。箸が転がっても面白い年頃という言葉のように、箸が転がっても妬ましくなる。妬ましさでゆで卵ができる。
パル度6。
殺意の妬ましさに目覚め、妬ましさのあまり弾幕が撃てるようになる。息をするように妬む。ツンデレがヤンデレになる。
パル度7。
パルスィと名乗るようになる。手遅れ。
作者:八雲 紫 『ゆっくり読んでいってね♪』
「……えい♪」
びりびりびりびり……
全部読み終わった直後、思わず破り捨てていた。
特に作者の部分を細かく千切り飛ばす。
「あ、あぁぁっっ…… せっかく紫様に作っていただいた大切な……」
「ただ遊ばれてるだけじゃないのあなた、こんなの信じるほうがおかしいし」
「そ、そんなことはありません。幽々子様は私のことを考えて、パル度を集めるようにと申されたのですから」
「あの表を見る限り全然役にたたなさそうなんだけどっ」
「では、わかるようにご説明いたします」
すると、その少女は刀を鞘の中に仕舞い込み、服の中から手の平サイズの扇子を取り出して勢い良く広げる。
「こ、こほんっ、妖夢。あなたは妖忌に憧れるだけで、その背中をゆっくりとしか追いかけようとしない。けれど人間が成長するには、もっと強い動機がいる。自分のために他人を犠牲にする覚悟が必要となるのよ」
どうやら、その命令を受けたと思われる人物の声真似をしているようだが。棒読みで抑揚もあまりないため、子供の演劇よりも酷い気がする。けれどそれで話を切っていたら、当初の目的である勇儀とのデートに支障を来たすかもしれない。だから私は仕方なく、ため息を零しながらそれを聞き続ける。
「人として成長するために。もう少し人を羨み、妬むことを覚えなさい。そのためにあなたは今から『パル度』を集めるの。春度ではなく、パル度をね」
「パ、パル度、なんて面妖なっ。しかし幽々子様がそうお望みになるのなら精一杯やってみます。……というわけで、あなたのパル度をいただきにきました」
「……あぁ~、わかった。あなたが相当厄介者だというのがわかった」
理解できたことと言えば、少女が妖夢という名前であることと、その上司が幽々子であり、相当な食わせ者ということ。
猪突猛進な彼女の性格も面倒すぎる。
「とにかく、そのパル度っていうものを使って向上心を芽生えさせたいから。私からそれを奪いたいってこと?」
「はい、そういうことです。でも扱いには気をつけろといわれました。パルスィさん一人分で幻想郷を滅ぼす量が収集できるとか」
「そんなわけないでしょう、まったくもう。第一それをどうやって受け渡すかわからないんだから」
「あ、それなら、これが」
薄暗い裏路地の中で一輪挿しの花瓶のようなものを取り出して、私の前に持ってくる。焼き物のような茶色い外見には風情があるが、それ以前に外側に張られた奇妙な札が気になる。
「これはパル度を集めるために幽々子様が準備してくださった、パル度吸引の壺。略してパル壺」
「……もういい、ツッコムの疲れた」
こんなにも汎用性のないものを何故作った。
もしこれが本当に機能するならば、相当な暇人の仕業だろう。
「あなたと付き合ってられないことはわかったから」
手渡そうとしてくる壺を押し返し。いらない、と強く意思表示して、とんっとつま先で地面を蹴り軽く距離を取る。交渉が決裂したのだから、彼女はまた刀を向けて力づくで来るはず。そう思ってからだ。
けれど、もう遅い。彼女との会話を繰り返しながら密かにスペルカードを手の中に忍ばせたし、それに十分体の中に妖気を練り込むこともできた。
下手に攻撃を受けたとしても、幻術で逃げ勇儀に助けを求めればそれで終わり。だから彼女が力技でくる限りは、彼女の要求を通すなんて不可能。
「なるほど、しかし。本当にそれでよろしいのでしょうか」
なのに、彼女は笑っていた。
刀を抜くことなく、冷めた笑みを浮かべて壺を手の平の上に乗せていた。
「あなたは、私と同じではないですか? 憧れすぎて、その背中を追うことしかせず、先人を抜こうともしない。そんな私のように。妬む事だけしかできず、何も行動を起こせないのではないでしょうか」
「な、何を……」
「もしこの壺で、それを少しでも改善できれば、あなたのその想いを素直に伝えられるのではないですか? つまらないしがらみを、取り除くことができるのではないですか?」
緊張で口の中が、乾いていく。
この子はいったい何なのか。
さきほどまでは半人前の少女でしかなかったのに。今の言葉はまるで私の心を抉るような――
「って、幽々子様と紫様がおっしゃってました。困ったらそう伝えてみろと」
「疲れる……あなたと会話するの凄く疲れる……」
「それで、どうです? 気が変わりました?」
「変わるわけが……」
もし……
もし、である。
もしも他人を妬まず、自分の素直な気持ちを伝えられば。
あの人にもっと好かれることができるだろうか。
いまの中途半端な関係から一歩でも踏み出すことができるだろうか。
「……変わるわけが、ないでしょうけれど。一度だけなら試してあげるわ」
◇ ◇ ◇
勇儀は不信に思っていた。
あのパルスィのことだから、約束の時間の二時間前くらいに中央広場へとやってきて、こっそり物陰から広場の様子を探るはず。それを先読みして、三時間前からその場に居座り驚く顔を見てやろう。そんな算段だったのに。
約束の時間まで一時間を切っても姿を見せることすらない。
あまりに暇なので、その辺を通った旧地獄の住人たちと会話をしていたのが不味かったのだろうか。
「遅いな……」
知らず知らずのうちに、勇儀の口から小さな言葉が漏れる。
最初はほんの気まぐれだった。
明日特にやることもないから、旧地獄の中をゆっくり見て回ろうかと思ったのが始まり。一人で歩き回るのも退屈なので、他の暇そうな奴に付き合わせても悪くないかと思っただけ。それなのに、パルスィはその誘いを受けた途端に、口を手で覆って泣きそうになる始末。
薄々はそうじゃないかとも思っていた。
恋愛とかそういうものに疎い勇儀でも、嫌われてはいない程度には感じていた。
しかしいきなりあのような、か弱い少女のように座り込まれるほどとは思っても見なかった。結局昨日は伝えただけで別れ、逃げるようにその場を後にしたものだったが。
勇儀はその後、理解してしまった。
「鈍感って、こういうことを言うのかねぇ」
誰かを誘おうと思ったときに、一番最初にパルスィの顔が浮かんできたり。嫌われてはいないと、自分に言い聞かせ続けたその行為が。
誰かを好きになるときの感情そのものだということに。
今日はどうやって困らせてやろうか、なんて。
子供のような欲望すら心の中に浮かんで――
「――――――――っ!!」
勇儀は地を蹴る。
微かに。
ほんの一瞬だけ聞こえた悲鳴が、誰かの声に似ている気がしたから。頭の中に思い浮かべていたパルスィの声に。
言い知れない、妙な不安が彼女の中で蠢き、広場から見えるある一箇所へと足を進ませた。
音源である、細い路地の中へ。
そこに勇儀が足を踏み入れるより先に、銀髪の少女がそこから飛び出し、地底の入り口の方へと飛んで行く。しかもかなりの速度だ。ただ、今はそんなことを気にしている場合じゃない。パルスィの無事を確認するのが先決なのだから。
「誰かいるのか! おい!」
路地の入り口から、口に手を当て大声を出すとその声が反響し奥まで響き渡る。それでも彼女の声が返ってこない。慌てて一歩踏み出そうとしたとき、暗がりで何かが動いた。段々と路地の暗さに瞳が慣れていく中で、浮かび上がったその姿は。
「パルスィ!」
やはり彼女だった。
暗く冷たい路地の上で横になっていたパルスィを抱き起こすと、呻き声を返してくる。服の乱れや外傷がないかを確認しても、幸いなことにどこにも異常はなく顔色も健康そのもの。安堵の息を漏らしていると、ゆっくりと彼女の瞼が持ち上げられていき――勇儀を見た瞬間ぎゅっとその体に抱きついてきた。
「ああ、勇儀様!!」
「……へ?」
聞きなれない呼び名を叫びながら。
旧地獄で暮らしてから、一度も様付けで呼ばれたことなどないのに。いくら助け起こされたからといって不自然にも程がある。
なのに――
「私はなんと幸せなのでしょう。目を開けたら、恋しいあなたのお顔がそこにある。まるで恋人のように抱き寄せられながら、温もりに包まれることができるなんてっ」
「え、えぇっと、あのパルスィさん?」
「はい、勇儀様。お慕いしております……」
「いやいやいや、慕うとかどうでもいいから。なんかほら、いつものないのかい? こう、なんていうか。『誰も頼んでいないのに、勝手に抱き起こすなんて。その図々しさが妬ましい』とか、そういうのが……」
おかしい。
実に、おかしい。
何だろうこの生き物は。
言葉を発するたびに、語尾にハートマークが浮かびそうなほど、甘い声を出す妖怪は。
勇儀の知っているパルスィなら、ハートマークよりも先に五寸釘が飛んできそうなほどだというのに。目の前の奇妙な生命体は勇儀の体にしな垂れかかったまま、潤んだ瞳で見上げてくる。
「何をおっしゃいます、勇儀様! 私があなた様を妬むなど、無礼なことをするはずがないでしょう? 確かにあなた様には気品も、力強さもあり、皆から好かれております故、妬む輩がいるかもしれません。けれど、私があなた様を想うこの気持ちは、そんな穢れたものなど一欠片もありはしません!」
「あ、あははっ、さ、さいですか……」
「私の想い、わかっていただけましたか?」
「いや、うん、わかった。わかったから少し落ち着こう。落ち着いて一から説明してくれないか」
なんとかこの状況からだけは逃れなくてはいけない。
勇儀はパルスィの肩を両手で掴み、なんとか引き離しながらじっと瞳を見つめた。
「一から、でございますか?」
「そ、そうそう、一から、ほらこの状況に関する説明をさ」
そうだ、目を真っ直ぐ見つめて、正直に対応する。
それが鬼のやり方だ。
その証拠に、誠意が通じたパルスィが事の本末を語ってくれるに違いな――
「そうですね、私が勇儀様に初めて恋心を抱いたのは――」
「そっちじゃなああああああい!!」
「ああ、申し訳ありません勘違いしておりました」
「あ、うんうん、間違いは誰にでもあるからね、もう一度最初からね」
「はい、わかりました。私が勇儀様と初めて出会ったのは――」
「だからそういうことじゃなくてぇぇぇぇええええ!! ああ、もう。あいつかあの人間が犯人だな! あの馬鹿やろぉぉぉぉお!」
「あ、ああ、どちらへ行かれるのですか。勇儀さまぁぁあああああああ!」
縋り付く、妬まないパルスィをなんとか振り切って。
勇儀は暴風となる。
いままで生きてきた中で最高の速度で地を蹴り、地上を目指したのだった。
◇ ◇ ◇
雲一つない青空の下、地上では妙な追いかけっこが繰り広げられていた。
どごんっと豪勢な破砕音を響かせながら、一本角の鬼が地面を竜巻のように駆け抜ける。彼女が通った後は、抉られ陥没した地面と、根から弾き飛ばされた木が横倒しにされた木々が残る、という凄惨たる状況が広がっている。まさに走る自然災害。
障害物など関係なしに周囲のものを破壊しながら、空を飛ぶ半人半霊の少女を最短距離で追い続ける。
「パルスィをあんな風にしたのはお前か!」
空に怒声を響かせながら。
「そんな方など知りませんし、地底なんていったこともありません!」
「へぇ、よくパルスィが地底の妖怪だってわかるねぇ? 知らないんだろう?」
「あ、ぁぁぁぁあああっ!」
怒り狂った勇儀という、局地的災害に追われ。気が動転してしまったのだろうか、上空を飛んでいた妖夢は自分で墓穴を掘ってしまう。
焦る気持ちは、わかる。
鬼が風とか土煙とか、とんでもない妖気を撒き散らしながらどんどん距離を詰めてくるのだから。わざと森の上を飛んでも、まったく平地と変わらない速度で追ってくるのだ。その威圧感は平常心を軽々と奪い去ってしまう。
「大方、その胸の前で組んだ手の中に、パルスィをおかしくした何かがあるんだろう? 大事そうに抱えてちゃまるわかりだよ!」
ばれてしまってはしょうがない。
妖夢はそれ以上答えず、ただ冥界へ逃げ込むために必死で速度を上げる。
それに気づいた勇儀もさらに足に力を込め、岩盤を軋ませた。
妖怪の山で力の四天王と呼ばれた実績は伊達ではない。その純粋な力を速度に置き換えれば、天狗並の速度を生み出せる。直線的な動きに限定されるが、追い掛けるだけならそれで十分。
地底から出たときは米粒のようにしか見えなかった妖夢が、今では声の届く位置まで近づいている。
二階建ての家並みの高さを飛んでいる妖夢は、まだ十分距離があると思っているかもしれない。勇儀が空を飛んでからが勝負だと。
だから、地上で勇儀が足の運び方を変えたのに気が付かない。
前傾姿勢を維持しつつ大きく踏み込んだ直後。
一歩目で、地を這う弾丸となり。
二歩目で、さらに加速。一息に空を飛ぶ妖夢の真下へと移動し。
ドゴォンッ!!
三歩目で、大地を揺るがす。
空気を振るわせる衝撃は、空中にいるはずの妖夢すら怯ませ――
「さあ、返してもらおうか!」
「……ぇ?」
怯んだ妖夢の首に、すっと硬い何かが巻きついた。
はっと目を見開き、慌てて後ろを振り返ろうとするが。軽く首を締め付けられているせいで自由に動かない。多少体を振って抵抗を試みてもびくともしないこの腕は、もちろん鬼である勇儀のもの。
一瞬のうちに何があったのかというと――勇儀が大地を震わせると同時に妖気を放出し、轟音と共に衝撃波を生み出した。その音と不可視の力による二重の干渉を受けた妖夢が身動き取れなくなったところで、すばやく間合いを詰めて後ろに回りこむ。『三歩必殺』を応用して、妖夢を捕らえたのだ。
「おっと、動くなよ。下手なことをすると首と胴体が今生の別れをすることになる」
「……わ、わかりました」
「そうそう、物分りの良い子は長生きするよ。ということで、パルスィを元に戻す方法を教えて貰おうか?」
「……し、しかし、それはパルスィさんも自ら同意したことで、私の一存ではっ」
「そうかい、そうだったとしてもだ。大方、何か甘いものでも目の前にぶらさげたんだろう? そうじゃないとあの疑り深いあいつが信じるわけがないからね。特に、あんたみたいなあまりみない奴の言葉なんて特に」
妖夢からの返答はない。
それでも身を強張らせたことにより、勇儀の問い掛けを肯定してしまう。
「確かに、あいつは自分の性格をあまり良いものと思っていないかもしれない。でもそれがあいつらしさなんだ。一時の気の迷いで簡単に変えて良い物じゃない。それに言ってなかったか? 少しだけなら試してみる、とか」
「う、ぅぅぅ……しかし、わ、私にも使命というものが!」
「そうかい、じゃあ力づくで!」
「く、その程度で私が屈すると思ったらっ!」
仲間を元に戻したいという意地と。
主の命令を遂行したいという意地。
それがぶつかり合う中、勇儀が妖夢の首にまわしていた腕に力を込めたとき。
『あっ!?』
妖夢の腕の力が緩み、手の中から古ぼけた細い壺が零れ落ちる。
慌てて掴もうと手を伸ばすが、指がそれを掠めただけ。
重力に従うまま、地面へと落ちて行く小さな影を。
二人は、瞳だけでそれ追うことしかできず。
そんな彼女たちの視界の中に、赤い影が飛び込んできた。
「こら、あなたたち! こんな真昼間から何を――っ!?」
勇儀があちこちの地面を抉りながら移動したせいで、異変だと思ったのか。
霊夢が姿を現すが――
思い出して欲しい。
二人は、落ちていく壺を見ていたのである。
そのちょうど真ん中に霊夢が姿を見せたということは。
メキョッ♪
「はぅっ!?」
つまり、壺の直撃コースということ。
ちょうど二人を見上げる霊夢のおでこに壺が直撃し、ぴしっという嫌な音と共に縦にひびが走る。そして綺麗に真っ二つに分かれて。
その中に封じられていた何かが。
霊夢の体に纏わり付いた。
「……えーっと?」
「……あの、霊夢、さん?」
争うことも忘れ、何か嫌な予感を感じた二人が見下ろす中で。
霊夢は操り人形のようにがくり、と、肩と頭を下げた。
「ふ、ふふ……」
頭を下げたまま、不穏な笑い声を漏らし。
ゆらりっと体を揺らす。
その反動を利用するかのように鎌首をもたげた霊夢は、
「妬ましい……ふふふ、妬ましい」
空を仰ぎ、肩をいからせ。
幻想郷中に響き渡るような声で、高らかに叫ぶ。
「私より、裕福な生活をしている奴らがねたましぃぃぃいいいいいいい!!」
『き、きぃぃぃゃぁぁあああああああ!?』
その日、殺意の妬ましさに目覚めた一人の少女のせいで。
一つの世界が滅びかけたという。
面白かったです
しかしなんとも自重しないお二人ですなw
全体的にオチとかパルスィのところとか好きですが、一番印象に残った所。
"妬ましさでゆで卵ができる"
まじっすか?!
やっぱり妬んでこそのパルスィですね、あと勇儀姐さんパネぇ
こんな素晴しい勇パルを見たのは久々だ、もっとやってくれ(切実)
後、妖夢と勇儀姐さんの追いかけっこでモ○ハンのモノブ○スを幻視してしまった