※この作品は
"私が私であるために"
"あなたがあなたでいるために"
"八雲紫は誰がため"
の完結編となっています。
完結編とあわせると、全部で約100kbありますので、興味を持たれた方は時間のあるときにでも是非お読みください。
1.
魔理沙と出会った後、色々と考えさせられた私は、神社に帰ることも考えたが、あいも変わらずマヨヒガで過ごしていた。
あいも変わらずといえば、紫もいまだ定期的にどこかへ出かけているようだ。
紫が出かけるのは、私がこのマヨヒガに来たときから日常的なことだったので、特に気にしてはいなかったが。
あえて一つ気になるところを挙げるなら、紫が出かける間隔が短くなっていたのが、あるときを境にその感覚が一定になったのだ。
いや、私には分かっていた。
その間隔が一定になったのは、私がレミリアや魔理沙と出会ってからだということに。
そして、何となくではあるが、紫が何をしに行っているのかも分かっていた。
食卓でたまに藍と話していた結界のことだろう。
だが、分かっていてなお、紫には何も聞かなかったし、聞く気もなかった。
ただ、この生活に浸って居たかった。
それが甘えだとしても、この生活に慣れてしまっている自分には居心地が良すぎたのだ。
そういえば、それに伴い藍がマヨヒガに居る時間が増えたのはなんでだろう。
気にしだすと、どんどんその理由が知りたくなってくるのは人としての性だろうか。
結局私は、もやもやをそのままにすることを我慢できず、直接藍に聞くことにした。
そう決めた私は、くつろぐのもこれくらいにしておこうと、その場から立ち上がり部屋から出る。
マヨヒガに居る時間が増えたとはいえ、藍はそれなりに忙しいようで、バタバタと色んなことをしていたため、決まった場所にはおらず移動を繰り返していた。
だから、私はこの広いマヨヒガを少しずつ探すことにしたのである。
こうやって歩いていると、改めてマヨヒガの広さを認識する。
使われていない部屋がほとんどなのだが、一部屋一部屋、何時でも使えるように綺麗に掃除されていた。
しかし、藍は一体どこにいるのだろう。
部屋はほぼ探したが、藍の姿はどこにも見当たらない。
これだけ探して居ないとなると、どこかへ出かけているのだろうか。
しかし、よくよく考えたら、まだ一つだけ調べていない部屋があることに気づく。
「紫の部屋か……」
小さく呟いて、それなら藍を探すのはもう諦めようと考えた。
この時間だと、紫は寝ているからだ。
出来るだけ紫には迷惑を掛けたくない。
もともと聞く内容は大したことじゃないのだから、無理に藍を探すこともないのだ。
なのに、このとき私の足は自然と紫の部屋へと向かっていた。
引き返すつもりだったのに、足はどんどん紫の部屋の方へと進む。
だめだ、引き返そう。
そう思っているのに、足は止まることなく進でいく。
巫女としての感か。
いや、分からない。
思考はぼやけたまま足は進み、その足は紫の部屋の前まで来たときにやっと止まってくれた。
ここまで来たら引き返すのもあれだ。
私は意を決して、襖に手を掛ける。
バチッ!!
だが、襖に手を掛けた瞬間、指から脳にかけて電流が走ったような痛みが襲う。
「結界?」
触れたときに一瞬だけ見えた式。
あれは、藍の結界じゃない。
紫本人がはった結界だ。
そこまでして、人を遠ざける理由ってなんだろう。
考えてみるが答えはでなかった。
しかし、ここまでして人払いをしているのなら、無理やり結界を解いてまで入ることはできない。
それ以前に、私の力でこの結界が破れるかどうかも怪しいし。
結局諦めてその場を離れることにしたが、そのとき、結界で封じられていた襖が開くと、そこから藍が出てきた。
「霊夢、お前だったか」
「藍」
「結界に妙な気配を感じたので見に来たのだが」
「ごめん、結界に触れちゃったから」
「いや、いいんだ。それよりここに来たということは紫様に用があるのか?」
「あ、紫じゃなく、藍に……」
突然出てきた藍に驚いたが、私はそれ以上に驚いたことがあった。
襖の間から覗く部屋の中は、布団が一式だけ引かれ、その周りには数種類の結界が張り巡らされていたのだ。
記憶を失くしてここに来たときは、布団はあったが、あんな結界は張り巡らされていなかったはず。
「すまない、霊夢」
私の驚いた顔に気づいたのか、藍は襖を閉める。
「ねえ藍、あれは一体何」
「……」
藍は答えない。
「それに、なんでこんな結界が張ってあるの?」
「人払いをするためだよ」
「そんなこと分かってる!」
はじめは落ち着いていたのだが、私の声はとたんに荒げるように大きなものに変化する。
自分でも驚いた。
なぜ、私はここまで必死になって、理由を聞こうとしているのか。
「霊夢、落ち着け」
「藍、紫は、紫はどうなっているの?!」
落ち着けといわれても、紫のあんな姿を見てしまっては落ちけるはずがない。
「とりあえず落ち着け、ちゃんと話してやるから」
「……」
だが、私とは違い、藍の顔はとても落ち着いていた。
ちゃんと、聞きたいことを話してやるから、だから落ち着け、そういう雰囲気が滲み出るような表情をしていたのだ。
「分かった……」
だから、私は藍の話を聞いてみることにした。
そして、このとき、私は決意する。
その内容がどんなものでも、私はマヨヒガを去ろうと。
2.
藍の話を聞き終えた後、私は涙が溢れて止まらなかった。
知らなかったとはいえ、なぜここまで紫に負担を掛けてしまっていたのだろうかと。
藍の答えは至極簡単だった。
部屋に結界を張ったのは、あの姿を私に見られたくなかったから。
それと、あの部屋に張られていた結界は、藍が張った結界で、妖怪の体力を回復させやすい環境を作るためだったということだ。
後は、紫が何をしに出かけていたのかも聞いた。
その内容は、ある程度予想していたもので、やはりというか予想は当たっていたのだが、博麗大結界の修復をするためだった。
だが、私はそれに気づいていながら、その負担の大きさまでには気づいていなかったのだ。
藍の話では、あれでもましな方になったというのだから、ましじゃなかったときのことを想像して、また涙が溢れてきた。
「霊夢、紫様は負担だなんて思っていないよ」
「うそ」
藍の言葉は嘘じゃないだろう。
だが、そうやってその言葉に甘えるのはもう嫌だった。
これ以上紫には負担を掛けたくない。
「藍、私ここを出て神社に戻るわ」
「そうか」
「神社に戻ったからといって、紫の負担が減るとは思わない。だけど、このままここに居るだけじゃ、何も変わらないと思うから」
「ああ」
藍は笑顔を作り、私の言葉を親身に受け取ってくれていた。
「そう、戻るのね」
そのとき、突然私と藍以外の声が聞こてくる。
声の主は紫だと思うが、一体どこから声がするのだろう。
私は紫を探すために周りを見回していると、空間に亀裂を発見した。
その空間の亀裂が大きく開き、そこから紫が現れる。
「紫!」
「霊夢、ついに決めたのね」
「紫、大丈夫なの?!」
「落ち着きなさい、っていうか私の話を聞きなさい」
いきなり現れた紫は、何時ものように元気な姿で、変わらず何を考えているか分からない笑顔を浮かべていた。
「え、あ、うん」
そんな私と紫の姿を、藍はにこにこと見つめているだけ。
「でも助かったわ」
「な、何が?」
私には、紫が何を考えているのか全く分からなかった。
「もう少し決意するのは遅いとおもっていたけど、予想以上に早かったから」
「どういうこと?」
「私は待っていたのよ。霊夢が神社に帰ることを決意するのを」
「意味が分からないから、簡単に説明してくれる?」
理解が追いつかないのに、紫はどんどん話を進める。
だから、私は簡単に説明をするように求めたのに、紫が放った次の言葉はさらに話をややこしくする内容だった。
「霊夢、記憶を取り戻しなさい」
「は?!」
「まあ、突然そう言われても意味が分からないわよね」
「当たり前でしょ! 一体どういうことなの?」
紫は、私の問いに答えるため、一つずつ言葉を紡ぐ。
私が記憶を失ってから、博麗大結界に歪が生じ始めたこと。
歪は日を増すごとに、大きくなる速度が速くなっていったこと。
あるときを境に、歪の大きくなる速度が一定になったこと。
その歪を直すには、私の記憶を戻すことが必要なこと。
記憶をなくした当初に、記憶を取り戻すように働きかけなかったのは、急に記憶を取り戻したときに、歪がどうなるかわからなかったからだということ。
最悪の場合、新たな博麗の巫女に力を継承させるつもりだったこと。
紫は隠すことなく言葉を紡ぎ続け、最後にこう言って締めくくった。
「今の霊夢なら記憶を取り戻しても問題ないわ。まあもし記憶が戻らなかったら、新しい巫女に力を継承させるから」
にやにやと笑顔を浮かべながら、とんでもないことを言ってくる。
「なんて奴なの」
「ふふ、私は元からこういう奴よ」
「記憶がないのに、なぜか納得してしまうのはなんでかしら」
紫の言葉は、決意した私の背中を後押ししてくれるような、そんな感じだった。
「じゃあ、私神社に帰るわ」
「ええ、たまには顔だしなさい」
「分かってる」
「記憶のことなんだけど、魔理沙に手伝ってもらうといいわ」
「魔理沙、か」
そういえば『遊びに行くわ』とか言っておきながら、結局あれからあまり遊びに行くこともなかったな。
神社に帰ったら早速行ってみよう。
私はそう考えながら、外にでると空に飛び上がり、神社の方へと向かった。
3.
「よっ」
私の姿を見た魔理沙の一言目がそれだった。
「こんにちは」
「結構久しぶりな感じがするな」
「そう? それなりに遊びに来てたとおもうんだけど」
「いやいや、あれから数えるほどしか来てないぞ」
「そうだっけ?」
気にしてなかったけど、そんなに来てなかったのかな。
「まあ、立ったままも何だからこっちきて座れよ」
「ちょっと魔理沙、ここ私の家なんだからね」
魔理沙のまるで我が家のような振る舞いに、アリスが突っ込みを入れる。
そう、ここは魔理沙の家ではなくアリスの家なのだ。
何度か魔理沙に会っているうちに、魔理沙はアリスの家にいることの方が多いことに気づき、それからはまずアリスの家に顔を出すようになったのである。
「まあ、そう言うなよ、私とアリスの仲じゃないか」
「な、な、何言ってんのよ!」
このやり取りも、もはや見慣れていた。
見ている感じだと、アリスが魔理沙を好きなのは丸分かりだったし。
ただ魔理沙はアリスのことを好きなのに、それをあまり表にだすことはなかった。
一瞬だけの表情。
信頼、その内に秘めた愛情。
私だって、たまたまアリスを見ていた魔理沙のその表情を見なければ、気づかなかったかもしれない。
「なあ、霊夢。これどう思う?」
「ん?」
突然魔理沙がそんなことを言いながら、一枚の写真を見せてきた。
「何これ」
写真を見た私の感想はそれだけだった。
「よく撮れてるよなぁ」
「確かに、よく撮れてるわね」
「射命丸が撮った写真なんだけど、今度文々。新聞の一面にするらしいぜ」
「え?」
表情を崩さない魔理沙を見て、私は疑問に思う。
この写真、本当に一面にしてもいいのだろうかと。
何せ、その写真、魔理沙が外で寝こけているところを、アリスがこっそりキスをしようとしてる瞬間だったからだ。
いや、この写真だけだと、キスをしていたとは限らないか。
でも、絶対妙な勘ぐりをする奴は出てくると思う、私みたいに。
「何、どうしたの?」
そんな話をしていたとき、紅茶を用意していたアリスが、私と魔理沙の方へきて写真を覗く。
その瞬間、アリスの顔が一気に赤く染まっていった。
う~ん面白い。
顔色って、本当にここまで一気に変わるんだ。
「ちょっと、魔理沙何よそれ!!」
「何って、私とアリスが写っているな」
淡々と話す魔理沙と、顔を真っ赤にしながら写真を奪い取ろうとしているアリス。
私は、この二人が羨ましくなった。
マヨヒガでは紫達によくしてもらったけど、この二人ほど心を寄せていただろうか。
いや、多分マヨヒガでの私と紫達の関係はあれでよかったのだ。
あれ以上近づきすぎると、神社に帰ろうと思わなかっただろうし。
「ねえ魔理沙」
「ん、何だ?」
写真をアリスに奪われないように、器用に腕を動かしながら、魔理沙が私の方を向く。
「実は、私記憶を取り戻そうと思って」
「え?」
「そうか」
私の言葉に、二人の動きが止まる。
反応も全く違っていた。
アリスは突然のことに、何で?どうして?という疑問をぶつけてくるような表情をしているのに比べ、魔理沙はやっとその気になったか、というような表情をしていたのだ。
「で、どうする?」
「紫が、魔理沙に手伝ってもらえばいいわ、って言ってたのよ」
「う~ん、そう言われてもなあ」
まあ、これは当然の反応だろう。
魔理沙は視線を泳がしながら腕を組み、どうしようかと迷っているようだ。
「魔理沙、あなたがしたことを、霊夢にさせてみるのはどう?」
そこへアリスの言葉。
「ああ、そういえば霊夢はマヨヒガと神社とここくらいにしか、まだ行ってないんだっけ」
「ええ」
「よし、なら決まりだ。幻想郷を色々回ってみようぜ」
そうやってやる気満々の笑顔を作りながら、魔理沙は早速いこう、今すぐいこう、なノリでそう言いながら私の腕を掴んできた。
「ちょ、ちょっと」
腕を掴まれひっぱられた私は、こけそうになりながらも、魔理沙についていく。
「もう、魔理沙は本当にせっかちね」
なんて言いながら、アリスも私のあとに続いた。
4.
「ええ、例のごとく聞いてるわ」
永遠亭に来た私に、銀髪の綺麗な女の人、おそらく永琳がそう言ってくる。
「はは、話が早くて助かるぜ」
「でも、霊夢には特にいうことはないのよね。永遠亭を適当に回ってちょうだい。もちろん私も話くらいはするから」
「分かったわ」
ということで、早速永琳の話を聞いてはみたが、やはりそんなすぐに記憶を取り戻すことはなかった。
「ありがと、それじゃ次は」
「姫ね」
「ああ、そう輝夜だ」
「あら、私に用事があるの?」
永琳と魔理沙が、それぞれに声を上げたとき、狙ったようにその場に現れたのは、長髪の黒髪を携えた美しい姫、蓬菜山輝夜だった。
見かけから発せられるオーラというかなんというか、そうとしか表現ができない。
「霊夢、立ち話もなんだし、私の部屋でお茶しながら、話しましょう」
「あ、はい」
「じゃあ、そういうことだから、永琳お願いね」
「分かりました」
「さあ、魔理沙とアリスも、ご一緒に」
促されるように、私たちは輝夜の後をついていく。
「ねえ輝夜」
「ん?」
「その服歩きにくくない?」
輝夜の後ろにいたから気づいたんだけど、誰がどうみても歩きにくそうな服装だったので聞いてみた。
「ん~、なんかもう慣れちゃったわ」
「そうなんだ」
「まあ、実を言うと慣れるまでは、よく足引っ掛けたりしてたけどね」
ふふ、なんて笑いながら輝夜はそんな過去話をしてくれる。
なんだこいつ、可愛いな、なんて思ってしまったが、同じ女として悔しかっので、そのことは輝夜に言わなかった。
「さあ、ついたわよ」
輝夜はそう言って襖を開けると、私たちを部屋の中へ通す。
見る感じ特に何があるでもない、少し広めの畳部屋に長方形のテーブルと座布団がしかれ、窓の先にある縁側からは、いかにもな日本風の庭園が広がっていた。
どうぞどうぞと、輝夜に座るように促され、座布団を引き寄せ座る。
奥に輝夜、輝夜の向かいに私、私の右となりに魔理沙、左となりにアリスという形だ。
うん、これはいい座布団だ。
座布団に座った私の第一の感想はそれだった。
単純に神社にある座布団と比べただけなのだが、それでも今座っている座布団の座り心地のよさは、神社のとは比べ物にならないほど座り心地がいい。
「お茶と、お茶請けは永琳が持ってくるから、待ってね」
「あ、別にそんなのよかったのに」
「おいおい、霊夢こういうときは遠慮しないほうがいいぞ」
「魔理沙、あなたはもっと遠慮したほうがいいわよ」
魔理沙が私にそう言うと、すぐさまアリスが魔理沙に突っ込む。
「ふふ、やっぱりあなたたちは面白いわね」
やり取りを見ていた輝夜が、そう漏らす。
「初めて会ったときは、ただの傍若無人な輩だとおもったけど、あの異変から後、宴会とかに参加したりするうちに、なんとなくあなたたちのことが分かってきたのよ。千年単位で竹林に篭ってきて、久しぶりに出会った人が……」
「どうしたの?」
「いえ、少し昔のことを思い出しただけよ」
輝夜の笑顔が、少しだけ憂いを含む笑顔に変わったが、私は深くは突っ込まなかった。
何故なら、過去何があったとしても、今は笑顔も自然に作れるんだから、それでいいと思ったのだ。
「姫、失礼します」
お茶とお茶請けを準備してきた永琳が部屋に入り、私達の前にお茶を置くと、テーブル中央にお茶請けを置いて、輝夜の隣に座った。
「あら、永琳仕事はいいの?」
「ええ、一段落はついてますし、私もお話に参加させていただこうかと」
その後なんだかんだと話はしたが、記憶が戻るようなこともなく会話は終了する。
だが、輝夜の話は面白かった。
妹紅に出会ってからのことや、私達に出会ってからのことを、それは楽しそうに話していた。
「今日はありがとう」
「いいのよ、暇があったらたまに遊びに来るといいわ」
「うん、そうする」
「それじゃ、また」
私は挨拶もそこそこに、魔理沙とアリスととも帰路につく。
行きはよいよい、帰りは怖い。
何故かそんな童謡を思い出したが、永遠亭の場合は、行きのほうが怖いわよね、なんて思ったりしながら、既に落ちかけていた日に当たりながら、空の遊泳を楽しんだ。
5.
で、何で私はこんなところで転がっているんだろう。
「れ、霊夢さん大丈夫ですか~」
心配そうな声を出しながら、私の方へ向かってくるのは、同じような服装している巫女だった。
本人に巫女かと聞いたら、風祝ですとか言っていたが、巫女と風祝の違いって何?
時間は少し遡るのだが、昨日永遠亭から帰路につくとき、魔理沙が、明日はどこいく?なんて聞いてきたのに、『一人でも大丈夫よ』なんて言ってしまったのだ。
あんまり魔理沙に迷惑も掛けたくなかったし、単身妖怪の山に来たのだけど、なぜかスペルカード戦になって、負けてしまった。
「大丈夫よ」
「ああ良かった~」
「大丈夫だけどさ、なんでスペルカード戦しかけてきたのよ」
「いや、なんと言いますか。霊夢さんがきたときは、一戦交えるのが普通でしたので」
おいおい、記憶を失くす前の私、なんでそんな面倒なことしてるんだ。
自分に突っ込んでみたが、記憶がないのでそれ以上は突っ込みようがなかった。
「それにしても、記憶がないとは聞いていましたが、霊夢さんはまだ完全に力が戻っていないのでしょうか」
「どうかしらね」
「そ、それとも私の力が格段に上がったとか?!」
「それはともかく、神奈子と諏訪子はいるの?」
一人で盛り上がっているところ悪かったけど、私の目的は神奈子と諏訪子に会いに来たことだったので、冷静を装いながら早苗にそう聞く。
冷静に?
なんだ、私負けたことがショックなのか。
なぜか分からないが、早苗に負けたことはかなりショックだったようである。
「ええ、いますよ」
そんな私の気持ちなんか全く気にせず、早苗はにこにこと笑顔を振りまいていた。
なんか憎めないなあ。
早苗を見ていると、そう思ってしまう。
「なら会わせてもらうわね」
「はい、どうぞ」
そして早苗に連れられて、守谷神社の建物の中に入った私は、その中を見て驚いた。
「やあ霊夢、久しぶりだな」
「久しぶり~」
「こ、こんにちは」
どもってしまった。
まてまて、これがどもらずにいられるか?!
目の前に居るのは二柱の八坂神奈子と洩矢諏訪子のはず。
紫の服を基調としている神奈子は注連縄を外し、足を崩しながらなにやら本を読んでいるし、蛙っぽい帽子をかぶっている諏訪子は、上に向いて寝転びながら煎餅を齧っていた。
「お二人とも、もう少し神らしい態度をですね」
「ああ、ごめんごめん」
「別にいいじゃない~」
その姿を見た早苗が小言を言うが、それも聞いているんだか、聞いていないんだか……。
「まあ、霊夢座りなよ」
「どうぞどうぞ」
神奈子が促し、諏訪子が寝転んでいる状態から、座布団を私の方へ差し出してくる。
私は座布団を受け取り座るが、その座り心地はあまりいいものではなかった。
ていうか、なんか汚れてるし、煎餅のかけらっぽいのがのっている。
本当に神なんだろうか。
一瞬疑ってしまったが、よくよく観察すると、こんなだらしない格好をしているのに、まとう雰囲気は強大なものだということに気づいた。
「まあ、適当にくつろいでいきなよ」
「そうそう、何事も必死になりすぎないほうがいいよ」
「いや、そうは言われましてもね」
この二柱に挟まれてくつろぐもなにもない。
早苗の方に顔を向けて、助けを請うが。
「すいません霊夢さん。私結構やることあるんですよ」
なんて言いつつ、可愛らしい足音を立ててどこかへ行ってしまった。
「……」
「……」
「……」
く、空気が重いです!!
なんという空気の重さだろう、神奈子は本を読んで、諏訪子は寝そべっているだけのに。
「……」
「……」
「なあ、霊夢」
沈黙を破ったのは神奈子だった。
「なんでしょう」
思わず丁寧な言葉を使ってしまう。
「記憶は思い出せそうかい?」
「まだ、なんとも」
「時間がどれくらい残されているかどうかは分からんが、ここに来ることで力になれるなら、何時でもくるといい。我らが二柱は信仰するものの味方だ」
「味方味方」
「かっこつけたのに、茶化すなよ諏訪子」
「ありがとう」
ただ、その言葉が嬉しかったので、お礼の言葉をのべる。
結局、なんだかんだで私は、二柱に挟まれながらその日を過ごした。
煎餅齧って、お茶飲んで、お茶がなくなったら、早苗に場所を教えてもらいお茶を用意し、神奈子と諏訪子の湯飲みにお茶を注ぐ。
なんで私がしてんだろうとは思わなかった。
なんとなく、それが正しい行動だとおもったから。
6.
翌日。
私は連日出かけるのが面倒だったので、神社の縁側に座りぼ~っとしていた。
「やっほー、霊夢さん」
「文」
そこに現れたのは、黒い羽がよく目立つ、射命丸文。
実を言うと、文だけは私がマヨヒガに住んでいたときも、たまに顔をだしていた。
だしていたのだが、紫にことごとく追い返されていたのを知っている。
あまりにもよく来るので、紫に聞いたことがあったのだが、気にしなくてもいいわ、天狗風情の文屋だから、と一言ですまされた。
「で、何しにきたの?」
「いえ、明日の夜宴会しませんか」
「は?」
何言ってるんだろう。
宴会?
そういえば輝夜の話では、この神社でよく宴会をしているって聞いたような。
「でも、そんなこと急に言われてもね」
「まあまあ、霊夢さんもいちいち色んなところに足を運ぶの面倒でしょ」
「いや、確かにそうだけど」
「あはは、記憶はともかく、その面倒くさがりなとこ変わってないですね~」
「だって、面倒なものは面倒なんだもん、しょうがないじゃない」
なんだか結構酷いことを言われてるような気がする。
でも、文の言うとおり連日行くのは面倒だし、とりあえず宴会の席で顔だけでも合わしておくのいいかもしれない。
「わかったわ」
「さすが霊夢さん、話が分かる」
「私はどうすればいいの?」
「ああ、今回は何もしなくていいですよ。私が段取りだけしておきますから。多分萃香さんが来ると思いますんで、もし何か手伝ってくれって言われたら、手伝ってあげてくださいね」
文は私が宴会をすることを承諾するやいなや、それだけ言うと、その段取りとやらをしにいったのか、ものすごいスピードで空へと消えていった。
「忙しない奴」
私はそれだけ言うと、縁側に体を預け寝そべった。
太陽の光で縁側は暖まっていて、何ともいえない気持ちよさが私を襲う。
眠い。
そして、私の意識は縁側の温もりが体に移る中、少しずつ刈り取られていった。
7.
「霊夢ー」
「ん~」
寝惚け眼をしばたかせながら、私は名前を呼ばれていることに気づく。
声がする方向はどうやら鳥居のようだが。
「霊夢ー!」
起き上がり、鳥居の方へと向かうと、声はどんどん大きくなっていった。
「お、やっときたか、霊夢」
「萃……香」
鳥居の上で腰掛け、瓢箪を傾けながら私の名前を呼んでいるのは、間違いなく萃香だった。
話で聞いていた格好だったので、すぐに分かったのだが、それだけじゃない。
私が記憶を失くしてすぐ、一瞬だけ記憶にちらついた鳥居の上の少女。
あれは……、あれは萃香だったのだ。
記憶が反流する。
続く宴会。
異変解決。
私は……萃香のことを思い出していた。
記憶の枝が、一本伸びたことにより、どんどん伸びていく。
繋がっていく、全ての記憶が。
「萃香!」
「ん、何、どうしたの?」
「ちょっと用事思い出したから、留守番お願い」
「何だか分からないけど、まかされたよー」
私は飛んだ。
どこに?
もちろん紫の所へだ。
記憶が戻ったからと言って、記憶を失くした後のことを忘れたわけじゃない。
ならば、私の記憶が戻ったことで結界がどうなっているか紫に聞かなければ。
異変解決に動いているときより早く、私は飛んだ、早く、早く、それはもう気分は天狗以上の速度で。
「紫いる?!」
マヨヒガについての第一声がそれだった。
「なんだ霊夢じゃないか」
私の声に気づき、藍が出迎えてくれる。
「藍、紫いる?」
「いや、紫様は今いないな」
「そう、それなら紫が戻ってくるまで待たせてもらうわよ」
「ああ、それはかまわんが、霊夢なんか感じが変わったか?」
「え、ああ、大したことじゃないのよ」
藍にはきちんと説明したかったが、今はとにかく紫に大結界のことを聞きたかった。
「待つ必要はないわよ」
そこへ、計ったかのように現れたのは、幻想郷の賢者こと八雲紫。
「紫! 博麗大結……」
私は紫に詰め寄りながら、大結界のことを聞こうとするが、紫の指で唇を押さえられ、言葉を止められる。
「霊夢、記憶が戻ったのね」
「え、そうなんですか?!」
紫の言葉に驚いたのは藍。
私は、特に驚くことはなく紫の言葉を待つ。
記憶が戻っていることを知っていた、いやそのことに気づいたということは大結界の歪みは戻っているということ。
「ええ、博麗大結界の歪みは消えたわ」
「そう、歪みは消えたのね」
「でも、さすがにこの速さで記憶が戻るなんて予想外だったわ」
「記憶なんて、一生戻らないかもしれないし、戻るときは一日も経たずすぐ戻るでしょ」
「まあ確かにそうだけどね」
「とにかく、これで異変は解決したわ」
「異変?」
ほっと胸をなでおろしつつ会話をしていたら、紫の口から異変という言葉が飛び出す。
「霊夢、博麗大結界に歪みができていたのよ? どう考えても異変でしょ」
「いや、確かにそうだけど」
「異変っていうのは妖怪だけが起こして発生するものじゃない。まあ今回のを異変と呼ぶのはどうかと思うけど、霊夢と魔理沙が記憶を失って、周りにかなりの影響を与えた。十分異変だわ」
「うっ」
紫の言葉には、返す言葉もなかった。
「しかも、記憶を取り戻すことで異変解決なんて、さすが博麗の巫女はやることが大胆ね」
「紫様、もうその辺で」
「あら、藍、こういうときじゃないと霊夢を弄る機会なんてないじゃない」
なんて会話をしてるんだ。
いや、そうだ記憶を取り戻したからこそ分かる。
紫はこんな奴だったわ。
「しょうがないわね、藍に免じてこのくらいにしといてあげるわ」
「そりゃどうも。じゃあ私もう帰るわね」
事が済めばもうここに用はない。
私は捨て台詞だけ残し空へ上がると、背中から「また明日ね~」なんて声が聞こえてきた。
さすがは文、仕事が速い。
この分だと明日の宴会のことは、すでに幻想郷中に広がっているだろう。
とにかく、私の記憶は戻ったし、大結界の歪みもなくなった。
マヨヒガで暮らした日々を思い出すと、これから神社で過ごすことが寂しいが、たまに顔をだせばいいかと考える。
そう、私は記憶が戻ったからって何かを変えるつもりは無い。
私は私らしくやっていくつもりだ。
でも、少しくらいは周りの人達に気を許してもいいかもしれない。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
そう思えた。
8.
「それにしても、今日の宴会は一杯集まったわね」
「そりゃそうだろ?」
「あ~、なんか色々面倒だわ」
私は魔理沙とグラスを交わしながら、一人ごちる。
そう、今は宴会の最中だった。
しかも、初めはただの宴会予定だったのが、いつの間にか
"博麗霊夢記憶回復快気祝い"
なんて称するものに変わっていた。
「でも、記憶戻ってよかったな」
「ええ、そうね。そういう魔理沙はどうなのよ」
「ん~、記憶自体は結構回復してるけど、霊夢みたいに一気に全部回復、ってパターンじゃないみたいだな」
そんなことを言いながら、記憶が完全に回復していないことをまるで気にしていないかのように、何時ものように振舞う。
そうだ、紫のときも思ったが、魔理沙もこういうやつだった。
永琳の話だと、記憶の回復の仕方には種類があるそうだ。
一つ思い出すことで一気に、全てを思い出すこと。
もう一つは、部分的にしか記憶を思い出さないこと。
説明の通り前者が私で、後者が魔理沙というわけだ。
魔理沙と話をしてる感じだと、確かに記憶は戻っているようだし、特に違和感を感じない。
記憶を全て思い出していなくても、魔理沙は魔理沙だった、というわけか。
「さあ、どんどん飲もうぜ」
「はいはい」
「魔理沙、霊夢を独り占めするな」
そうやって、私と魔理沙に近づいてきていたのは、紅魔館の主こと、レミリア・スカーレット。
「レミリア」
「霊夢~、なんで紅魔館に顔出してくれないのよ~」
うねんうねんと、体をしならせながらレミリアは私に寄ってくる。
吸血鬼でも酔っ払うんだ。
どうみても、いつものレミリアから漂うカリスマという雰囲気は感じられない。
「いや、行くつもりだったんだけださ」
「行くつもりだった? 行くつもりだったですって?! 過去形?!」
正直予想外だった。
酔っ払っているとはいえ、レミリアは私に擦り寄ってくると、胸のなかに顔をあずけてきたのだから。
確かに紅霧異変以来懐かれてはいたけど、ここまで気を許されてるなんて思ってもいなかった。
「ん~、霊夢ぅ」
胸のなかで、レミリアが甘ったるい声を出すたびに、くすぐったい気持ちになる。
予想外だったけどまあいいかな、なんて思う自分がいることに少し驚いた。
そうか、気を許すっていうのは、こういうことなのかもしれない。
「もてもてだな」
「他人事みたいね」
「まあな、他人事だ」
なんて、本当に他人事だしなと、もくもくとお酒を飲む魔理沙は、私に助けの手を伸べる気はまったくないようだ。
とはいえ、初めこそ助けを求めようとしていたが、自分の気持ちに気づいた私は、調子にのってレミリアの頭を撫でたりしてみる。
「霊夢~」
でも、いいのかな。
「うはぁ、こんなレミリア・スカーレット見たことない!」
興奮し、声を荒げながら、私とレミリアの様子を写真に収めている文がいるんだけど。
まあ、後でどうなっても私のせいじゃないし。
「こんばんは、霊夢」
そんな中、今度私のところに来たのは、白玉楼のお嬢様、西行寺幽々子だった。
どうやら、私と魔理沙に気を使っていたようだが、レミリアが私のところにきたことで、防衛線は破られたようだ。
ちなみにレミリアはまだ、私の胸の中に居る。
「紫から色々聞いてたけど、記憶戻ってよかったわね」
「ええ、本当に」
「はい、どうぞ」
幽々子はそれだけいうと、酒をグラスに注いでくる。
「あ、どうも」
「いえいえ」
「ほんと、何時も思うんだけどさ。幽々子はとらえどころがないわね」
「そうかしら、まあ深く考えないほうがいいわよ。深く考えると命持っていかれるから」
「怖いこと言わないでよ」
ほんと、よく分からないけど、一緒にいるとなんか不思議と安心するのは何故だろう。
それに雰囲気だけなら紫とよく似ている。
「それじゃ、私はこれで」
挨拶がすんだからだろうか、幽々子は少し会話をしただけで、元居た場所へと戻っていった。
客人は途絶えない。
次に来たのは、永遠亭の姫、蓬菜山輝夜だった。
「こんばんは」
「先日はどうも」
「ちょっと予想外だったわ」
いきなりのストレート攻撃。
「どういうこと?」
「いやね、記憶が戻るのがこんなに早いとは思わなかったから」
「確か、紫にもそんなこと言われたわね」
「そりゃそうよ。だって八雲紫は、霊夢のために色々と画策していたんだから」
どういうことなんだろう。
輝夜の言葉には何か裏があるような気がする。
「紫が何を画策していたっていうの?」
「ああ、実はね……」
輝夜も酔っ払っているのだろうか。
顔を見る限り全然そうは見えないが。
なんか秘密だったことをペラペラ喋っている。
こんな饒舌な輝夜見たことない。
やっぱり酔っているのか。
まあ、なんてことはない。
紫が画策していたことは、レミリア、幽々子、輝夜に異変を起こしてもらうことだったのだ。
記憶がない状態で異変が起こる。
異変解決に乗り出す巫女。
異変を解決している最中に、巫女はどんどんと記憶を取り戻して行く。
そういう筋書きだったようだ。
なんていうか、単純すぎる。
まあ、萃香を見ただけで記憶を取り戻した私が言えることじゃないのかもしれないが。
喋りつかれたのか、輝夜は座ったまま寝ていた。
そんな輝夜を起こさないように運んでいく永琳を見て、なんだか微笑ましくなる。
胸の中に居たレミリアもいつの間にか寝ていた。
吸血鬼のくせに夜の宴会途中で寝るなんて、どういう神経してるんだか。
なんて思いつつ、頭を自然に撫でている自分がなんとなく、気恥ずかしかった。
そこへ次の客人。
守谷神社の風祝こと、東風谷早苗だ。
にこにこと笑顔を向けながら、早苗はこちらへ向かってきていた。
そうだ、早苗には借りがあった。
「ねえ早苗!!」
「なんですかぁ~」
走りながら、私の声に反応する早苗。
「記憶回復ついでに、借りを返したいんだけど」
「借り?」
早苗はなんのことか分かっていないようだった。
だから、私は懐からスペルカードだすと、そんな早苗を指さし宣言する。
「さあ、やりましょう!」
「え、え?」
「この前、あんたに負けたから、借りを返したいのよ」
「あ」
ここでようやく思い出したのか、早苗もその気の顔になり、懐からスペルカードを取り出した。
「お、やるのか」
「ええ、だからレミリアのことお願い」
そんな私を見ていた魔理沙がそう言ってきたので、胸の中で寝ているレミリアを魔理沙にあずけ立ち上がる。
準備は万端。
さあ、借りを返そうか。
「始めますか」
「はい!」
その言葉を皮切りに、私と早苗は夜の空へと舞い上がった。
高く、
高く、
舞い上がり、
月と星が煌く満天の夜空が、
私を迎えてくれた。
変わらぬ幻想郷はここにあり。
異変は語られず、記憶の片隅に忘れ去られていく。
"私が私であるために"
"あなたがあなたでいるために"
"八雲紫は誰がため"
の完結編となっています。
完結編とあわせると、全部で約100kbありますので、興味を持たれた方は時間のあるときにでも是非お読みください。
1.
魔理沙と出会った後、色々と考えさせられた私は、神社に帰ることも考えたが、あいも変わらずマヨヒガで過ごしていた。
あいも変わらずといえば、紫もいまだ定期的にどこかへ出かけているようだ。
紫が出かけるのは、私がこのマヨヒガに来たときから日常的なことだったので、特に気にしてはいなかったが。
あえて一つ気になるところを挙げるなら、紫が出かける間隔が短くなっていたのが、あるときを境にその感覚が一定になったのだ。
いや、私には分かっていた。
その間隔が一定になったのは、私がレミリアや魔理沙と出会ってからだということに。
そして、何となくではあるが、紫が何をしに行っているのかも分かっていた。
食卓でたまに藍と話していた結界のことだろう。
だが、分かっていてなお、紫には何も聞かなかったし、聞く気もなかった。
ただ、この生活に浸って居たかった。
それが甘えだとしても、この生活に慣れてしまっている自分には居心地が良すぎたのだ。
そういえば、それに伴い藍がマヨヒガに居る時間が増えたのはなんでだろう。
気にしだすと、どんどんその理由が知りたくなってくるのは人としての性だろうか。
結局私は、もやもやをそのままにすることを我慢できず、直接藍に聞くことにした。
そう決めた私は、くつろぐのもこれくらいにしておこうと、その場から立ち上がり部屋から出る。
マヨヒガに居る時間が増えたとはいえ、藍はそれなりに忙しいようで、バタバタと色んなことをしていたため、決まった場所にはおらず移動を繰り返していた。
だから、私はこの広いマヨヒガを少しずつ探すことにしたのである。
こうやって歩いていると、改めてマヨヒガの広さを認識する。
使われていない部屋がほとんどなのだが、一部屋一部屋、何時でも使えるように綺麗に掃除されていた。
しかし、藍は一体どこにいるのだろう。
部屋はほぼ探したが、藍の姿はどこにも見当たらない。
これだけ探して居ないとなると、どこかへ出かけているのだろうか。
しかし、よくよく考えたら、まだ一つだけ調べていない部屋があることに気づく。
「紫の部屋か……」
小さく呟いて、それなら藍を探すのはもう諦めようと考えた。
この時間だと、紫は寝ているからだ。
出来るだけ紫には迷惑を掛けたくない。
もともと聞く内容は大したことじゃないのだから、無理に藍を探すこともないのだ。
なのに、このとき私の足は自然と紫の部屋へと向かっていた。
引き返すつもりだったのに、足はどんどん紫の部屋の方へと進む。
だめだ、引き返そう。
そう思っているのに、足は止まることなく進でいく。
巫女としての感か。
いや、分からない。
思考はぼやけたまま足は進み、その足は紫の部屋の前まで来たときにやっと止まってくれた。
ここまで来たら引き返すのもあれだ。
私は意を決して、襖に手を掛ける。
バチッ!!
だが、襖に手を掛けた瞬間、指から脳にかけて電流が走ったような痛みが襲う。
「結界?」
触れたときに一瞬だけ見えた式。
あれは、藍の結界じゃない。
紫本人がはった結界だ。
そこまでして、人を遠ざける理由ってなんだろう。
考えてみるが答えはでなかった。
しかし、ここまでして人払いをしているのなら、無理やり結界を解いてまで入ることはできない。
それ以前に、私の力でこの結界が破れるかどうかも怪しいし。
結局諦めてその場を離れることにしたが、そのとき、結界で封じられていた襖が開くと、そこから藍が出てきた。
「霊夢、お前だったか」
「藍」
「結界に妙な気配を感じたので見に来たのだが」
「ごめん、結界に触れちゃったから」
「いや、いいんだ。それよりここに来たということは紫様に用があるのか?」
「あ、紫じゃなく、藍に……」
突然出てきた藍に驚いたが、私はそれ以上に驚いたことがあった。
襖の間から覗く部屋の中は、布団が一式だけ引かれ、その周りには数種類の結界が張り巡らされていたのだ。
記憶を失くしてここに来たときは、布団はあったが、あんな結界は張り巡らされていなかったはず。
「すまない、霊夢」
私の驚いた顔に気づいたのか、藍は襖を閉める。
「ねえ藍、あれは一体何」
「……」
藍は答えない。
「それに、なんでこんな結界が張ってあるの?」
「人払いをするためだよ」
「そんなこと分かってる!」
はじめは落ち着いていたのだが、私の声はとたんに荒げるように大きなものに変化する。
自分でも驚いた。
なぜ、私はここまで必死になって、理由を聞こうとしているのか。
「霊夢、落ち着け」
「藍、紫は、紫はどうなっているの?!」
落ち着けといわれても、紫のあんな姿を見てしまっては落ちけるはずがない。
「とりあえず落ち着け、ちゃんと話してやるから」
「……」
だが、私とは違い、藍の顔はとても落ち着いていた。
ちゃんと、聞きたいことを話してやるから、だから落ち着け、そういう雰囲気が滲み出るような表情をしていたのだ。
「分かった……」
だから、私は藍の話を聞いてみることにした。
そして、このとき、私は決意する。
その内容がどんなものでも、私はマヨヒガを去ろうと。
2.
藍の話を聞き終えた後、私は涙が溢れて止まらなかった。
知らなかったとはいえ、なぜここまで紫に負担を掛けてしまっていたのだろうかと。
藍の答えは至極簡単だった。
部屋に結界を張ったのは、あの姿を私に見られたくなかったから。
それと、あの部屋に張られていた結界は、藍が張った結界で、妖怪の体力を回復させやすい環境を作るためだったということだ。
後は、紫が何をしに出かけていたのかも聞いた。
その内容は、ある程度予想していたもので、やはりというか予想は当たっていたのだが、博麗大結界の修復をするためだった。
だが、私はそれに気づいていながら、その負担の大きさまでには気づいていなかったのだ。
藍の話では、あれでもましな方になったというのだから、ましじゃなかったときのことを想像して、また涙が溢れてきた。
「霊夢、紫様は負担だなんて思っていないよ」
「うそ」
藍の言葉は嘘じゃないだろう。
だが、そうやってその言葉に甘えるのはもう嫌だった。
これ以上紫には負担を掛けたくない。
「藍、私ここを出て神社に戻るわ」
「そうか」
「神社に戻ったからといって、紫の負担が減るとは思わない。だけど、このままここに居るだけじゃ、何も変わらないと思うから」
「ああ」
藍は笑顔を作り、私の言葉を親身に受け取ってくれていた。
「そう、戻るのね」
そのとき、突然私と藍以外の声が聞こてくる。
声の主は紫だと思うが、一体どこから声がするのだろう。
私は紫を探すために周りを見回していると、空間に亀裂を発見した。
その空間の亀裂が大きく開き、そこから紫が現れる。
「紫!」
「霊夢、ついに決めたのね」
「紫、大丈夫なの?!」
「落ち着きなさい、っていうか私の話を聞きなさい」
いきなり現れた紫は、何時ものように元気な姿で、変わらず何を考えているか分からない笑顔を浮かべていた。
「え、あ、うん」
そんな私と紫の姿を、藍はにこにこと見つめているだけ。
「でも助かったわ」
「な、何が?」
私には、紫が何を考えているのか全く分からなかった。
「もう少し決意するのは遅いとおもっていたけど、予想以上に早かったから」
「どういうこと?」
「私は待っていたのよ。霊夢が神社に帰ることを決意するのを」
「意味が分からないから、簡単に説明してくれる?」
理解が追いつかないのに、紫はどんどん話を進める。
だから、私は簡単に説明をするように求めたのに、紫が放った次の言葉はさらに話をややこしくする内容だった。
「霊夢、記憶を取り戻しなさい」
「は?!」
「まあ、突然そう言われても意味が分からないわよね」
「当たり前でしょ! 一体どういうことなの?」
紫は、私の問いに答えるため、一つずつ言葉を紡ぐ。
私が記憶を失ってから、博麗大結界に歪が生じ始めたこと。
歪は日を増すごとに、大きくなる速度が速くなっていったこと。
あるときを境に、歪の大きくなる速度が一定になったこと。
その歪を直すには、私の記憶を戻すことが必要なこと。
記憶をなくした当初に、記憶を取り戻すように働きかけなかったのは、急に記憶を取り戻したときに、歪がどうなるかわからなかったからだということ。
最悪の場合、新たな博麗の巫女に力を継承させるつもりだったこと。
紫は隠すことなく言葉を紡ぎ続け、最後にこう言って締めくくった。
「今の霊夢なら記憶を取り戻しても問題ないわ。まあもし記憶が戻らなかったら、新しい巫女に力を継承させるから」
にやにやと笑顔を浮かべながら、とんでもないことを言ってくる。
「なんて奴なの」
「ふふ、私は元からこういう奴よ」
「記憶がないのに、なぜか納得してしまうのはなんでかしら」
紫の言葉は、決意した私の背中を後押ししてくれるような、そんな感じだった。
「じゃあ、私神社に帰るわ」
「ええ、たまには顔だしなさい」
「分かってる」
「記憶のことなんだけど、魔理沙に手伝ってもらうといいわ」
「魔理沙、か」
そういえば『遊びに行くわ』とか言っておきながら、結局あれからあまり遊びに行くこともなかったな。
神社に帰ったら早速行ってみよう。
私はそう考えながら、外にでると空に飛び上がり、神社の方へと向かった。
3.
「よっ」
私の姿を見た魔理沙の一言目がそれだった。
「こんにちは」
「結構久しぶりな感じがするな」
「そう? それなりに遊びに来てたとおもうんだけど」
「いやいや、あれから数えるほどしか来てないぞ」
「そうだっけ?」
気にしてなかったけど、そんなに来てなかったのかな。
「まあ、立ったままも何だからこっちきて座れよ」
「ちょっと魔理沙、ここ私の家なんだからね」
魔理沙のまるで我が家のような振る舞いに、アリスが突っ込みを入れる。
そう、ここは魔理沙の家ではなくアリスの家なのだ。
何度か魔理沙に会っているうちに、魔理沙はアリスの家にいることの方が多いことに気づき、それからはまずアリスの家に顔を出すようになったのである。
「まあ、そう言うなよ、私とアリスの仲じゃないか」
「な、な、何言ってんのよ!」
このやり取りも、もはや見慣れていた。
見ている感じだと、アリスが魔理沙を好きなのは丸分かりだったし。
ただ魔理沙はアリスのことを好きなのに、それをあまり表にだすことはなかった。
一瞬だけの表情。
信頼、その内に秘めた愛情。
私だって、たまたまアリスを見ていた魔理沙のその表情を見なければ、気づかなかったかもしれない。
「なあ、霊夢。これどう思う?」
「ん?」
突然魔理沙がそんなことを言いながら、一枚の写真を見せてきた。
「何これ」
写真を見た私の感想はそれだけだった。
「よく撮れてるよなぁ」
「確かに、よく撮れてるわね」
「射命丸が撮った写真なんだけど、今度文々。新聞の一面にするらしいぜ」
「え?」
表情を崩さない魔理沙を見て、私は疑問に思う。
この写真、本当に一面にしてもいいのだろうかと。
何せ、その写真、魔理沙が外で寝こけているところを、アリスがこっそりキスをしようとしてる瞬間だったからだ。
いや、この写真だけだと、キスをしていたとは限らないか。
でも、絶対妙な勘ぐりをする奴は出てくると思う、私みたいに。
「何、どうしたの?」
そんな話をしていたとき、紅茶を用意していたアリスが、私と魔理沙の方へきて写真を覗く。
その瞬間、アリスの顔が一気に赤く染まっていった。
う~ん面白い。
顔色って、本当にここまで一気に変わるんだ。
「ちょっと、魔理沙何よそれ!!」
「何って、私とアリスが写っているな」
淡々と話す魔理沙と、顔を真っ赤にしながら写真を奪い取ろうとしているアリス。
私は、この二人が羨ましくなった。
マヨヒガでは紫達によくしてもらったけど、この二人ほど心を寄せていただろうか。
いや、多分マヨヒガでの私と紫達の関係はあれでよかったのだ。
あれ以上近づきすぎると、神社に帰ろうと思わなかっただろうし。
「ねえ魔理沙」
「ん、何だ?」
写真をアリスに奪われないように、器用に腕を動かしながら、魔理沙が私の方を向く。
「実は、私記憶を取り戻そうと思って」
「え?」
「そうか」
私の言葉に、二人の動きが止まる。
反応も全く違っていた。
アリスは突然のことに、何で?どうして?という疑問をぶつけてくるような表情をしているのに比べ、魔理沙はやっとその気になったか、というような表情をしていたのだ。
「で、どうする?」
「紫が、魔理沙に手伝ってもらえばいいわ、って言ってたのよ」
「う~ん、そう言われてもなあ」
まあ、これは当然の反応だろう。
魔理沙は視線を泳がしながら腕を組み、どうしようかと迷っているようだ。
「魔理沙、あなたがしたことを、霊夢にさせてみるのはどう?」
そこへアリスの言葉。
「ああ、そういえば霊夢はマヨヒガと神社とここくらいにしか、まだ行ってないんだっけ」
「ええ」
「よし、なら決まりだ。幻想郷を色々回ってみようぜ」
そうやってやる気満々の笑顔を作りながら、魔理沙は早速いこう、今すぐいこう、なノリでそう言いながら私の腕を掴んできた。
「ちょ、ちょっと」
腕を掴まれひっぱられた私は、こけそうになりながらも、魔理沙についていく。
「もう、魔理沙は本当にせっかちね」
なんて言いながら、アリスも私のあとに続いた。
4.
「ええ、例のごとく聞いてるわ」
永遠亭に来た私に、銀髪の綺麗な女の人、おそらく永琳がそう言ってくる。
「はは、話が早くて助かるぜ」
「でも、霊夢には特にいうことはないのよね。永遠亭を適当に回ってちょうだい。もちろん私も話くらいはするから」
「分かったわ」
ということで、早速永琳の話を聞いてはみたが、やはりそんなすぐに記憶を取り戻すことはなかった。
「ありがと、それじゃ次は」
「姫ね」
「ああ、そう輝夜だ」
「あら、私に用事があるの?」
永琳と魔理沙が、それぞれに声を上げたとき、狙ったようにその場に現れたのは、長髪の黒髪を携えた美しい姫、蓬菜山輝夜だった。
見かけから発せられるオーラというかなんというか、そうとしか表現ができない。
「霊夢、立ち話もなんだし、私の部屋でお茶しながら、話しましょう」
「あ、はい」
「じゃあ、そういうことだから、永琳お願いね」
「分かりました」
「さあ、魔理沙とアリスも、ご一緒に」
促されるように、私たちは輝夜の後をついていく。
「ねえ輝夜」
「ん?」
「その服歩きにくくない?」
輝夜の後ろにいたから気づいたんだけど、誰がどうみても歩きにくそうな服装だったので聞いてみた。
「ん~、なんかもう慣れちゃったわ」
「そうなんだ」
「まあ、実を言うと慣れるまでは、よく足引っ掛けたりしてたけどね」
ふふ、なんて笑いながら輝夜はそんな過去話をしてくれる。
なんだこいつ、可愛いな、なんて思ってしまったが、同じ女として悔しかっので、そのことは輝夜に言わなかった。
「さあ、ついたわよ」
輝夜はそう言って襖を開けると、私たちを部屋の中へ通す。
見る感じ特に何があるでもない、少し広めの畳部屋に長方形のテーブルと座布団がしかれ、窓の先にある縁側からは、いかにもな日本風の庭園が広がっていた。
どうぞどうぞと、輝夜に座るように促され、座布団を引き寄せ座る。
奥に輝夜、輝夜の向かいに私、私の右となりに魔理沙、左となりにアリスという形だ。
うん、これはいい座布団だ。
座布団に座った私の第一の感想はそれだった。
単純に神社にある座布団と比べただけなのだが、それでも今座っている座布団の座り心地のよさは、神社のとは比べ物にならないほど座り心地がいい。
「お茶と、お茶請けは永琳が持ってくるから、待ってね」
「あ、別にそんなのよかったのに」
「おいおい、霊夢こういうときは遠慮しないほうがいいぞ」
「魔理沙、あなたはもっと遠慮したほうがいいわよ」
魔理沙が私にそう言うと、すぐさまアリスが魔理沙に突っ込む。
「ふふ、やっぱりあなたたちは面白いわね」
やり取りを見ていた輝夜が、そう漏らす。
「初めて会ったときは、ただの傍若無人な輩だとおもったけど、あの異変から後、宴会とかに参加したりするうちに、なんとなくあなたたちのことが分かってきたのよ。千年単位で竹林に篭ってきて、久しぶりに出会った人が……」
「どうしたの?」
「いえ、少し昔のことを思い出しただけよ」
輝夜の笑顔が、少しだけ憂いを含む笑顔に変わったが、私は深くは突っ込まなかった。
何故なら、過去何があったとしても、今は笑顔も自然に作れるんだから、それでいいと思ったのだ。
「姫、失礼します」
お茶とお茶請けを準備してきた永琳が部屋に入り、私達の前にお茶を置くと、テーブル中央にお茶請けを置いて、輝夜の隣に座った。
「あら、永琳仕事はいいの?」
「ええ、一段落はついてますし、私もお話に参加させていただこうかと」
その後なんだかんだと話はしたが、記憶が戻るようなこともなく会話は終了する。
だが、輝夜の話は面白かった。
妹紅に出会ってからのことや、私達に出会ってからのことを、それは楽しそうに話していた。
「今日はありがとう」
「いいのよ、暇があったらたまに遊びに来るといいわ」
「うん、そうする」
「それじゃ、また」
私は挨拶もそこそこに、魔理沙とアリスととも帰路につく。
行きはよいよい、帰りは怖い。
何故かそんな童謡を思い出したが、永遠亭の場合は、行きのほうが怖いわよね、なんて思ったりしながら、既に落ちかけていた日に当たりながら、空の遊泳を楽しんだ。
5.
で、何で私はこんなところで転がっているんだろう。
「れ、霊夢さん大丈夫ですか~」
心配そうな声を出しながら、私の方へ向かってくるのは、同じような服装している巫女だった。
本人に巫女かと聞いたら、風祝ですとか言っていたが、巫女と風祝の違いって何?
時間は少し遡るのだが、昨日永遠亭から帰路につくとき、魔理沙が、明日はどこいく?なんて聞いてきたのに、『一人でも大丈夫よ』なんて言ってしまったのだ。
あんまり魔理沙に迷惑も掛けたくなかったし、単身妖怪の山に来たのだけど、なぜかスペルカード戦になって、負けてしまった。
「大丈夫よ」
「ああ良かった~」
「大丈夫だけどさ、なんでスペルカード戦しかけてきたのよ」
「いや、なんと言いますか。霊夢さんがきたときは、一戦交えるのが普通でしたので」
おいおい、記憶を失くす前の私、なんでそんな面倒なことしてるんだ。
自分に突っ込んでみたが、記憶がないのでそれ以上は突っ込みようがなかった。
「それにしても、記憶がないとは聞いていましたが、霊夢さんはまだ完全に力が戻っていないのでしょうか」
「どうかしらね」
「そ、それとも私の力が格段に上がったとか?!」
「それはともかく、神奈子と諏訪子はいるの?」
一人で盛り上がっているところ悪かったけど、私の目的は神奈子と諏訪子に会いに来たことだったので、冷静を装いながら早苗にそう聞く。
冷静に?
なんだ、私負けたことがショックなのか。
なぜか分からないが、早苗に負けたことはかなりショックだったようである。
「ええ、いますよ」
そんな私の気持ちなんか全く気にせず、早苗はにこにこと笑顔を振りまいていた。
なんか憎めないなあ。
早苗を見ていると、そう思ってしまう。
「なら会わせてもらうわね」
「はい、どうぞ」
そして早苗に連れられて、守谷神社の建物の中に入った私は、その中を見て驚いた。
「やあ霊夢、久しぶりだな」
「久しぶり~」
「こ、こんにちは」
どもってしまった。
まてまて、これがどもらずにいられるか?!
目の前に居るのは二柱の八坂神奈子と洩矢諏訪子のはず。
紫の服を基調としている神奈子は注連縄を外し、足を崩しながらなにやら本を読んでいるし、蛙っぽい帽子をかぶっている諏訪子は、上に向いて寝転びながら煎餅を齧っていた。
「お二人とも、もう少し神らしい態度をですね」
「ああ、ごめんごめん」
「別にいいじゃない~」
その姿を見た早苗が小言を言うが、それも聞いているんだか、聞いていないんだか……。
「まあ、霊夢座りなよ」
「どうぞどうぞ」
神奈子が促し、諏訪子が寝転んでいる状態から、座布団を私の方へ差し出してくる。
私は座布団を受け取り座るが、その座り心地はあまりいいものではなかった。
ていうか、なんか汚れてるし、煎餅のかけらっぽいのがのっている。
本当に神なんだろうか。
一瞬疑ってしまったが、よくよく観察すると、こんなだらしない格好をしているのに、まとう雰囲気は強大なものだということに気づいた。
「まあ、適当にくつろいでいきなよ」
「そうそう、何事も必死になりすぎないほうがいいよ」
「いや、そうは言われましてもね」
この二柱に挟まれてくつろぐもなにもない。
早苗の方に顔を向けて、助けを請うが。
「すいません霊夢さん。私結構やることあるんですよ」
なんて言いつつ、可愛らしい足音を立ててどこかへ行ってしまった。
「……」
「……」
「……」
く、空気が重いです!!
なんという空気の重さだろう、神奈子は本を読んで、諏訪子は寝そべっているだけのに。
「……」
「……」
「なあ、霊夢」
沈黙を破ったのは神奈子だった。
「なんでしょう」
思わず丁寧な言葉を使ってしまう。
「記憶は思い出せそうかい?」
「まだ、なんとも」
「時間がどれくらい残されているかどうかは分からんが、ここに来ることで力になれるなら、何時でもくるといい。我らが二柱は信仰するものの味方だ」
「味方味方」
「かっこつけたのに、茶化すなよ諏訪子」
「ありがとう」
ただ、その言葉が嬉しかったので、お礼の言葉をのべる。
結局、なんだかんだで私は、二柱に挟まれながらその日を過ごした。
煎餅齧って、お茶飲んで、お茶がなくなったら、早苗に場所を教えてもらいお茶を用意し、神奈子と諏訪子の湯飲みにお茶を注ぐ。
なんで私がしてんだろうとは思わなかった。
なんとなく、それが正しい行動だとおもったから。
6.
翌日。
私は連日出かけるのが面倒だったので、神社の縁側に座りぼ~っとしていた。
「やっほー、霊夢さん」
「文」
そこに現れたのは、黒い羽がよく目立つ、射命丸文。
実を言うと、文だけは私がマヨヒガに住んでいたときも、たまに顔をだしていた。
だしていたのだが、紫にことごとく追い返されていたのを知っている。
あまりにもよく来るので、紫に聞いたことがあったのだが、気にしなくてもいいわ、天狗風情の文屋だから、と一言ですまされた。
「で、何しにきたの?」
「いえ、明日の夜宴会しませんか」
「は?」
何言ってるんだろう。
宴会?
そういえば輝夜の話では、この神社でよく宴会をしているって聞いたような。
「でも、そんなこと急に言われてもね」
「まあまあ、霊夢さんもいちいち色んなところに足を運ぶの面倒でしょ」
「いや、確かにそうだけど」
「あはは、記憶はともかく、その面倒くさがりなとこ変わってないですね~」
「だって、面倒なものは面倒なんだもん、しょうがないじゃない」
なんだか結構酷いことを言われてるような気がする。
でも、文の言うとおり連日行くのは面倒だし、とりあえず宴会の席で顔だけでも合わしておくのいいかもしれない。
「わかったわ」
「さすが霊夢さん、話が分かる」
「私はどうすればいいの?」
「ああ、今回は何もしなくていいですよ。私が段取りだけしておきますから。多分萃香さんが来ると思いますんで、もし何か手伝ってくれって言われたら、手伝ってあげてくださいね」
文は私が宴会をすることを承諾するやいなや、それだけ言うと、その段取りとやらをしにいったのか、ものすごいスピードで空へと消えていった。
「忙しない奴」
私はそれだけ言うと、縁側に体を預け寝そべった。
太陽の光で縁側は暖まっていて、何ともいえない気持ちよさが私を襲う。
眠い。
そして、私の意識は縁側の温もりが体に移る中、少しずつ刈り取られていった。
7.
「霊夢ー」
「ん~」
寝惚け眼をしばたかせながら、私は名前を呼ばれていることに気づく。
声がする方向はどうやら鳥居のようだが。
「霊夢ー!」
起き上がり、鳥居の方へと向かうと、声はどんどん大きくなっていった。
「お、やっときたか、霊夢」
「萃……香」
鳥居の上で腰掛け、瓢箪を傾けながら私の名前を呼んでいるのは、間違いなく萃香だった。
話で聞いていた格好だったので、すぐに分かったのだが、それだけじゃない。
私が記憶を失くしてすぐ、一瞬だけ記憶にちらついた鳥居の上の少女。
あれは……、あれは萃香だったのだ。
記憶が反流する。
続く宴会。
異変解決。
私は……萃香のことを思い出していた。
記憶の枝が、一本伸びたことにより、どんどん伸びていく。
繋がっていく、全ての記憶が。
「萃香!」
「ん、何、どうしたの?」
「ちょっと用事思い出したから、留守番お願い」
「何だか分からないけど、まかされたよー」
私は飛んだ。
どこに?
もちろん紫の所へだ。
記憶が戻ったからと言って、記憶を失くした後のことを忘れたわけじゃない。
ならば、私の記憶が戻ったことで結界がどうなっているか紫に聞かなければ。
異変解決に動いているときより早く、私は飛んだ、早く、早く、それはもう気分は天狗以上の速度で。
「紫いる?!」
マヨヒガについての第一声がそれだった。
「なんだ霊夢じゃないか」
私の声に気づき、藍が出迎えてくれる。
「藍、紫いる?」
「いや、紫様は今いないな」
「そう、それなら紫が戻ってくるまで待たせてもらうわよ」
「ああ、それはかまわんが、霊夢なんか感じが変わったか?」
「え、ああ、大したことじゃないのよ」
藍にはきちんと説明したかったが、今はとにかく紫に大結界のことを聞きたかった。
「待つ必要はないわよ」
そこへ、計ったかのように現れたのは、幻想郷の賢者こと八雲紫。
「紫! 博麗大結……」
私は紫に詰め寄りながら、大結界のことを聞こうとするが、紫の指で唇を押さえられ、言葉を止められる。
「霊夢、記憶が戻ったのね」
「え、そうなんですか?!」
紫の言葉に驚いたのは藍。
私は、特に驚くことはなく紫の言葉を待つ。
記憶が戻っていることを知っていた、いやそのことに気づいたということは大結界の歪みは戻っているということ。
「ええ、博麗大結界の歪みは消えたわ」
「そう、歪みは消えたのね」
「でも、さすがにこの速さで記憶が戻るなんて予想外だったわ」
「記憶なんて、一生戻らないかもしれないし、戻るときは一日も経たずすぐ戻るでしょ」
「まあ確かにそうだけどね」
「とにかく、これで異変は解決したわ」
「異変?」
ほっと胸をなでおろしつつ会話をしていたら、紫の口から異変という言葉が飛び出す。
「霊夢、博麗大結界に歪みができていたのよ? どう考えても異変でしょ」
「いや、確かにそうだけど」
「異変っていうのは妖怪だけが起こして発生するものじゃない。まあ今回のを異変と呼ぶのはどうかと思うけど、霊夢と魔理沙が記憶を失って、周りにかなりの影響を与えた。十分異変だわ」
「うっ」
紫の言葉には、返す言葉もなかった。
「しかも、記憶を取り戻すことで異変解決なんて、さすが博麗の巫女はやることが大胆ね」
「紫様、もうその辺で」
「あら、藍、こういうときじゃないと霊夢を弄る機会なんてないじゃない」
なんて会話をしてるんだ。
いや、そうだ記憶を取り戻したからこそ分かる。
紫はこんな奴だったわ。
「しょうがないわね、藍に免じてこのくらいにしといてあげるわ」
「そりゃどうも。じゃあ私もう帰るわね」
事が済めばもうここに用はない。
私は捨て台詞だけ残し空へ上がると、背中から「また明日ね~」なんて声が聞こえてきた。
さすがは文、仕事が速い。
この分だと明日の宴会のことは、すでに幻想郷中に広がっているだろう。
とにかく、私の記憶は戻ったし、大結界の歪みもなくなった。
マヨヒガで暮らした日々を思い出すと、これから神社で過ごすことが寂しいが、たまに顔をだせばいいかと考える。
そう、私は記憶が戻ったからって何かを変えるつもりは無い。
私は私らしくやっていくつもりだ。
でも、少しくらいは周りの人達に気を許してもいいかもしれない。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
そう思えた。
8.
「それにしても、今日の宴会は一杯集まったわね」
「そりゃそうだろ?」
「あ~、なんか色々面倒だわ」
私は魔理沙とグラスを交わしながら、一人ごちる。
そう、今は宴会の最中だった。
しかも、初めはただの宴会予定だったのが、いつの間にか
"博麗霊夢記憶回復快気祝い"
なんて称するものに変わっていた。
「でも、記憶戻ってよかったな」
「ええ、そうね。そういう魔理沙はどうなのよ」
「ん~、記憶自体は結構回復してるけど、霊夢みたいに一気に全部回復、ってパターンじゃないみたいだな」
そんなことを言いながら、記憶が完全に回復していないことをまるで気にしていないかのように、何時ものように振舞う。
そうだ、紫のときも思ったが、魔理沙もこういうやつだった。
永琳の話だと、記憶の回復の仕方には種類があるそうだ。
一つ思い出すことで一気に、全てを思い出すこと。
もう一つは、部分的にしか記憶を思い出さないこと。
説明の通り前者が私で、後者が魔理沙というわけだ。
魔理沙と話をしてる感じだと、確かに記憶は戻っているようだし、特に違和感を感じない。
記憶を全て思い出していなくても、魔理沙は魔理沙だった、というわけか。
「さあ、どんどん飲もうぜ」
「はいはい」
「魔理沙、霊夢を独り占めするな」
そうやって、私と魔理沙に近づいてきていたのは、紅魔館の主こと、レミリア・スカーレット。
「レミリア」
「霊夢~、なんで紅魔館に顔出してくれないのよ~」
うねんうねんと、体をしならせながらレミリアは私に寄ってくる。
吸血鬼でも酔っ払うんだ。
どうみても、いつものレミリアから漂うカリスマという雰囲気は感じられない。
「いや、行くつもりだったんだけださ」
「行くつもりだった? 行くつもりだったですって?! 過去形?!」
正直予想外だった。
酔っ払っているとはいえ、レミリアは私に擦り寄ってくると、胸のなかに顔をあずけてきたのだから。
確かに紅霧異変以来懐かれてはいたけど、ここまで気を許されてるなんて思ってもいなかった。
「ん~、霊夢ぅ」
胸のなかで、レミリアが甘ったるい声を出すたびに、くすぐったい気持ちになる。
予想外だったけどまあいいかな、なんて思う自分がいることに少し驚いた。
そうか、気を許すっていうのは、こういうことなのかもしれない。
「もてもてだな」
「他人事みたいね」
「まあな、他人事だ」
なんて、本当に他人事だしなと、もくもくとお酒を飲む魔理沙は、私に助けの手を伸べる気はまったくないようだ。
とはいえ、初めこそ助けを求めようとしていたが、自分の気持ちに気づいた私は、調子にのってレミリアの頭を撫でたりしてみる。
「霊夢~」
でも、いいのかな。
「うはぁ、こんなレミリア・スカーレット見たことない!」
興奮し、声を荒げながら、私とレミリアの様子を写真に収めている文がいるんだけど。
まあ、後でどうなっても私のせいじゃないし。
「こんばんは、霊夢」
そんな中、今度私のところに来たのは、白玉楼のお嬢様、西行寺幽々子だった。
どうやら、私と魔理沙に気を使っていたようだが、レミリアが私のところにきたことで、防衛線は破られたようだ。
ちなみにレミリアはまだ、私の胸の中に居る。
「紫から色々聞いてたけど、記憶戻ってよかったわね」
「ええ、本当に」
「はい、どうぞ」
幽々子はそれだけいうと、酒をグラスに注いでくる。
「あ、どうも」
「いえいえ」
「ほんと、何時も思うんだけどさ。幽々子はとらえどころがないわね」
「そうかしら、まあ深く考えないほうがいいわよ。深く考えると命持っていかれるから」
「怖いこと言わないでよ」
ほんと、よく分からないけど、一緒にいるとなんか不思議と安心するのは何故だろう。
それに雰囲気だけなら紫とよく似ている。
「それじゃ、私はこれで」
挨拶がすんだからだろうか、幽々子は少し会話をしただけで、元居た場所へと戻っていった。
客人は途絶えない。
次に来たのは、永遠亭の姫、蓬菜山輝夜だった。
「こんばんは」
「先日はどうも」
「ちょっと予想外だったわ」
いきなりのストレート攻撃。
「どういうこと?」
「いやね、記憶が戻るのがこんなに早いとは思わなかったから」
「確か、紫にもそんなこと言われたわね」
「そりゃそうよ。だって八雲紫は、霊夢のために色々と画策していたんだから」
どういうことなんだろう。
輝夜の言葉には何か裏があるような気がする。
「紫が何を画策していたっていうの?」
「ああ、実はね……」
輝夜も酔っ払っているのだろうか。
顔を見る限り全然そうは見えないが。
なんか秘密だったことをペラペラ喋っている。
こんな饒舌な輝夜見たことない。
やっぱり酔っているのか。
まあ、なんてことはない。
紫が画策していたことは、レミリア、幽々子、輝夜に異変を起こしてもらうことだったのだ。
記憶がない状態で異変が起こる。
異変解決に乗り出す巫女。
異変を解決している最中に、巫女はどんどんと記憶を取り戻して行く。
そういう筋書きだったようだ。
なんていうか、単純すぎる。
まあ、萃香を見ただけで記憶を取り戻した私が言えることじゃないのかもしれないが。
喋りつかれたのか、輝夜は座ったまま寝ていた。
そんな輝夜を起こさないように運んでいく永琳を見て、なんだか微笑ましくなる。
胸の中に居たレミリアもいつの間にか寝ていた。
吸血鬼のくせに夜の宴会途中で寝るなんて、どういう神経してるんだか。
なんて思いつつ、頭を自然に撫でている自分がなんとなく、気恥ずかしかった。
そこへ次の客人。
守谷神社の風祝こと、東風谷早苗だ。
にこにこと笑顔を向けながら、早苗はこちらへ向かってきていた。
そうだ、早苗には借りがあった。
「ねえ早苗!!」
「なんですかぁ~」
走りながら、私の声に反応する早苗。
「記憶回復ついでに、借りを返したいんだけど」
「借り?」
早苗はなんのことか分かっていないようだった。
だから、私は懐からスペルカードだすと、そんな早苗を指さし宣言する。
「さあ、やりましょう!」
「え、え?」
「この前、あんたに負けたから、借りを返したいのよ」
「あ」
ここでようやく思い出したのか、早苗もその気の顔になり、懐からスペルカードを取り出した。
「お、やるのか」
「ええ、だからレミリアのことお願い」
そんな私を見ていた魔理沙がそう言ってきたので、胸の中で寝ているレミリアを魔理沙にあずけ立ち上がる。
準備は万端。
さあ、借りを返そうか。
「始めますか」
「はい!」
その言葉を皮切りに、私と早苗は夜の空へと舞い上がった。
高く、
高く、
舞い上がり、
月と星が煌く満天の夜空が、
私を迎えてくれた。
変わらぬ幻想郷はここにあり。
異変は語られず、記憶の片隅に忘れ去られていく。
ただ、霊夢と魔理沙が何故記憶を失ったかが気になるんだが。
しかし本当に唐突に記憶が戻ったもんでちょい呆気に取られちまいましたよww
ただ欲を言えば、もう少し記憶を失った詳細な原因部分とかも読みたかったですねぇ。
とにかく、連作お疲れ様でした!
全部、一気読みでした。
誤字が酷いのがちょっとあれですが...
まあやっぱり霊夢と魔理沙はいつも通りということで。
惜しむらくは色々と完結していないこと。
そもそもの異変の原因。
魔理沙の完全な記憶回帰。
この二つさえしっかりしていれば、100点をあげたんですけどねえ…
まあ色々と面白かったです。
これにて失礼。