今日未明、霊夢がつんれいむとでれいむに分裂するという異変が発生した。
―――以下は、この異変の犯人の供述である。
「いや、その、あのね? 霊夢ってこう、どっちかというと8:2くらいでツン気味じゃない?」
「でも私は、霊夢におけるツンとデレの黄金比は7:3と信じてやまないのよね」
「そこで私は思ったの。『そうだ! だったら霊夢の“ツンとデレの境界”を弄って、ツン:デレの比率を変えてやればいいじゃない!』って」
「そうと決まれば、善は急げ! ってことで、早速やってみたんだけど」
「……実際やってみたら、比率の調整が結構難しくてねえ。なかなかうまく7:3で安定しなかったのよ」
「で、そうこうしているうちに、段々、霊夢の“ツンとデレの境界”が顕在化し始めちゃったのね。原因はよく分からないんだけど、多分、外部から手を加え過ぎたために、内部からの反作用が起こったんだと思う」
「それはすなわち、霊夢の“ツンとデレの境界”が目に見えるようになってしまうってことなのね」
「ゆえに、霊夢はつんれいむとでれいむに分裂してしまったのよ!」
「…………」
大真面目な顔で力説する紫に、私は沈黙の視線を投げ返した。
紫がちょっとばつの悪そうな顔になる。
「だ、だからね魔理沙。あなたには、私が頑張って霊夢の“ツンとデレの境界”を元に戻すまで、この子達を見ていてほしいの」
ここで紫の言う、“この子達”とは――……まあ、言うまでもないだろう。この異変の産物である、つんれいむとでれいむのことである。
二人とも外見だけを見れば、いずれも昨日までと何ら変わらない霊夢そのものだ。
もちろん、体の大きさも元のままで、半分ずつになっていたりはしない。
そんな二人の霊夢を見据えながら、私は当然の疑問を発する。
「……なんで、私なんだ?」
「だってあなた、霊夢の親友でしょ?」
「それは、まあ……そうだけど」
「だったらお願い。“ツンとデレの境界”を元に戻すってことは、つまり、その境界をもう一度、霊夢の中に押し込めるってことなの。それをするためには、この二人の霊夢が、これ以上険悪な仲になったらまずいのよ」
「…………」
要するに、だ。
この二人が喧嘩でもして、“ツンとデレの境界” が一層強固なものになってしまったら、それを再び霊夢の内部に押し込み、元の一人の霊夢に戻すのが難しくなる、ということらしい。
なぜ紫がそんな危惧をしているのかというと、この二人の霊夢は、属性が対極にあるためか、すこぶる仲が悪いらしく。
そこで紫は、その二人の仲裁役というか、媒介的な役割を担う者として、私を呼んだということだ。
まあ寝てる間にスキマで神社まで移送されてたんだから、“呼んだ”という表現が適切であるのかは甚だ疑問だが。
「じゃあ、そういうわけでよろしくね。私は頑張って、霊夢の“ツンとデレの境界”を元に戻すから!」
そう言い残して、紫はスキマの中に消えていった。
どこでどんな作業をするのかは知らんが、私だって、霊夢が二人いる今の状況は色々と困る。
だから今は、紫の言う通りにする他なかった。
「……私がいると困るですって? 殴るわよ」
そう言って私にメンチを切ってきたのはつんれいむである。
この霊夢は正直、ツンってレベルじゃないと思う。
「ねー魔理沙ー。暇だからトランプでもして遊ぼうよー」
そう言って私の腕に絡んできたのはでれいむである。
その無垢な仕草と甘い笑顔に、私の理性は先ほどから幾度となく崩壊の危機に瀕していた。
「ああ、そうだな。うん、やろうか」
私がでれいむの言葉に応じたそのとき。
「だっ!?」
後頭部に鈍い痛みが走った。
振り返ると、つんれいむが拳を握り締めて立っていた。
「……ああごめんごめん。つい手が滑ってしまったわ」
凍てつくような視線で私を見下ろす。
故意に私の後頭部を殴打したことは明白だった。
「大丈夫? 魔理沙……」
私が涙目で痛みに耐えていると、今度はでれいむが、心配そうな表情で私の顔を覗き込んでくる。
ああ、かわいいなあこいつはもう。
私の理性が再びメルトダウンしかけたそのとき。
「あがっ!?」
「あ、足が滑った」
「うぐぅ……」
不意につんれいむに背中を蹴られ、私は再び悶絶する。
するとでれいむが、堪りかねた様子で非難の声を上げた。
「ちょっと! あんたさっきから何なのよ!」
「足が滑っただけよ。今そう言ったじゃない」
「嘘! 絶対わざとじゃない!」
「わざとですって? そんな証拠がどこにあんのよ」
「しらばっくれる気!?」
「何よ、やんの?」
ほとんど同時にお札を取り出す二人の霊夢。
私は大慌てでその間に割って入る。
「ストーップ! お前らやめろー!」
「魔理沙」
「何よ。邪魔する気?」
「け、喧嘩は駄目だ。どうしてもやりたいなら、こいつで決着をつけよう」
そう言って私は、その場にあったトランプを指差して示す。
「まあ、魔理沙がそう言うなら……」
「……ちっ。仕方ないわね」
……こうしてとりあえず、この場はなんとか収まった。
二人の霊夢とババ抜きをするというのは、非常にシュールな光景だったが。
―――とまあ、このように、紫が言ったとおり、この二人の霊夢の間にはことあるごとに意思の対立があるようで……その度に、私は肝を冷やすことになった。
たとえば、食事のとき。
「はい魔理沙。あ~ん」
「お、おう。あ~ん」
でれいむが、箸でつまんだ卵焼きを私の方に差し出してくる。
私はとろけるような甘美に身を委ねつつ、大きく口を開ける。
すると。
「あ、手が滑った」
そう言って、つんれいむが私の口の中に摩り下ろしたばかりのワサビをどばっと放り込む。
「~~~~っ!!!」
たまらず、お茶をがぶ飲みする私。
同時に、二人の霊夢が睨み合う。
「……ちょっとあんた。何、邪魔してんのよ」
「邪魔なんかしてないわ。手が滑っただけよ」
「どう手が滑ったら箸でこんもりワサビをすくってそれを魔理沙の口の中に入れるなんて動作になるのよ! 大体今、『手が滑った』って言ってから箸動かしてたじゃない!」
「うるっさいわね……泣かすわよ? この腋巫女風情が」
「はん! やれるもんならやってみなさいよ! 腋丸出しの分際で!」
……こんな感じで、まさに一触即発。
紫の言を信じるなら、こんな風に二人の霊夢の仲が悪くなればなるほど、元の霊夢には戻りにくくなるらしい。
なので私は、大量のワサビに口内を蹂躙されて涙目になりながらも、この二人の霊夢の仲裁に入らなければならないのだ。
一体何の試練やねんこれ。
「お、落ち着けよ二人とも……。しょ、食事のときくらい、ゆっくりしようぜ……」
私がまだ痛みの残る口を必死に動かしてそう言うと、でれいむは頬を少し赤くして、
「まあ、魔理沙がそう言うなら……」
うむ。素直でよろしい。
その純粋さに、思わず頬が緩む。
そして一方、つんれいむはというと。
「…………」
無言かつ無表情で、緩んだばかりの私の頬を割と本気でつねってきた。
再び涙目になる私。
もうおなかいっぱいです。
またたとえば、お風呂のとき。
「魔理沙の背中、流してあげるねっ!」
でれいむは、弾けるような笑顔で私にそう言ってきた。
「おお……サンキュー」
この子はほんまにええ子やなあ。
そう思いながら、私が彼女に背を向けた途端、
「あ、手が滑った」
どこから汲んできたのか、つんれいむが私の背中に氷水をぶっかけてきた。
「おおおおお!!!!」
突然我が身を襲った冷たさに転げ回る私。
その後ろでは、またもや二人の霊夢がガンを飛ばしあっていた。
「……どんだけ滑れば気が済むのよあんたの手は。何? 油でも塗ってんの?」
「生憎、私の体にはあんたみたいに無駄な脂は付いてないのよ。……もっともあんたの場合、付いてないといけないとこには付いてないみたいだけど」
「はぁ!? どこ見て言ってんのよこのまな板巫女が!」
「何ですって、この洗濯板巫女!」
激しく罵り合いながら、全裸で取っ組み合いを始める二人の霊夢。
ああ、こうなるともう、どっちがどっちか分からんな。
つーかもう、ぶっちゃけどっちがどっちでもいいんで早く私を解放してくれませんか。
……こうして私は、ことあるごとに二人の霊夢に板挟みにされながら、今日一日を過ごした。
一体、私が何をしたっていうんだろう。
―――そして、夜。
ようやく、待ちに待った就寝時間である。
先ほど報告に来た紫によると、明日の朝までには元に戻せそう、とのこと。
その言葉に、私は心底安堵したのだが、
「……でも、まだ気を抜かないでね。境界の状態が変動すると、どんな不測の事態が生じるか分からないから」
とも、言っていた。
つまり、境界の修復が終わるまで、すなわち、霊夢が元の一人の状態に戻るまで、今の二人の霊夢の関係を悪化させるな、ということだ。
……もう既に、十分悪化しているような気もするが。
まあそうは言っても、今はもう、紫を信じて待つしかない。
というか私は早く寝たい。
そう思いながらごろりと寝返りをうつと、
「……ねえ、魔理沙ぁ。もっとこっち来て?」
でれいむが、私の左腕にぎゅっとしがみついてきた。
今、私とでれいむは同じ布団の中にいるのだ。
「ああ、わかっ……おうふ!」
しかし次の瞬間には、隣の布団で寝ているはずのつんれいむから強烈な蹴りを入れられる。
「……悪いわね。私、寝相悪いから」
しっかりと見開いた目でそう言われたら、「はい、そうですか」と返すしかない。
半ば諦観の境地で、私が天井のシミを数える作業に没入しようとすると。
「……えへへ。魔理沙のからだ、あったか~い」
おお……。
でれいむが左腕だけでなく、私の全身に抱きついてきた。
心地よい温もりが、傷ついた私の体を癒す。
そして私も体勢を横向きにして、彼女の体をぎゅうっと抱きしめ返し……、
「かはっ!」
今度は綺麗なジャンピング・エルボーが私の脇腹を穿った。
ええ実に素晴らしい寝相ですね、つんれいむさん。
…………結局、私が寝つけたのは、二人の霊夢が寝静まった明け方になってからだった。
―――そして。
「……魔理沙。魔理沙ってば」
何やら近くで、私を呼ぶ声がする。
「…………ん?」
ぼんやりと重い瞼を開けると、そこには見慣れた親友の顔があった。
「……霊夢……」
上体を起こし、まじまじとその顔を見つめる。
なぜだろう、ひどく懐かしい感じがした。
すると、いつになく神妙な面持ちで、霊夢が口を開いた。
「……迷惑、掛けたわね。……昨日は」
「えっ」
そこでようやく気付いた。
今この場には、この霊夢一人しかいない。
それって、つまり……。
「……戻ったのか」
私の言葉に、霊夢はこくりと頷いた。
「よ、よかった……」
私は思わず脱力し、再び、仰向けに布団に倒れ込んだ。
正直、昨日のあの光景が今も続いていたらと思うとぞっとする。
「……ん?」
ふと見ると、霊夢がなんだかもじもじとしていた。
妙に落ち着きが無く、きょろきょろと視線を彷徨わせている。
「どうした? 霊夢」
「え、いや、あ、うん。……えっとね」
「……うん?」
霊夢はすうっと息を吸うと、私の顔を見ながら、小さな声で呟いた。
「…………あり、がと」
突然飛び出した感謝の言葉に、私は思わず絶句した。
すると、かあっと顔を赤くした霊夢が、矢継ぎ早にまくし立てた。
「あ、いや、その……ゆ、紫から、あんたが、その、ふ、二人になった私の仲を、と、取りもってくれて、そのお陰で、きょ、境界の修復が、スムーズに済んだって、聞いて……」
「……霊夢……」
「だ、だから……か、勘違いしないでよねっ。た、ただそれだけで、別に、そ、それ以上の意味なんて、ないんだからっ」
霊夢はそこまで一気に言い終えると、勢いよく立ち上がり、私にぷいっと背を向けた。
そして、蚊の鳴くような声で付け加えた。
「…………早く、来なさいよ。……朝ごはん、できてるから」
そう言い残し、霊夢はぱたぱたと寝室を出て行った。
「…………」
静寂が場を支配する。
一人残された私は、誰に言うともなしに呟く。
「……そういうことか」
私は確信した。
紫は霊夢を“元通り”にはしなかった、ということを。
だが私は、こう言わざるをえない。
―――紫GJ、と。
了
このニヤニヤ顔、どうやって直そう。
ツンデレ最高!!
黄金比率7:3にも概ね同意
だが霊夢の『ツン』の性質は一般的なツンデレに見られる『怒』や『恥』ではなく『冷』であると私は唱える
次は「ヤン」と「デレ」の境界を…うわなにをs(ry
いい仕事だとは思ったがな!もっとやれ!
(*゚д゚*)ポッ
ん?なんか言ってる…
…ヨクモマリサヲ…ヨクモ…ヨクモ…パルパルパルパル
魔理沙にげてーwww
デレが稀少だからこそ、栄えるモノだ!
このままの勢いで結婚しちゃえばいいのにこの二人
つんれいむもでれいむも可愛い
紫も魔理沙もGJ!
9:1が至高だけどね!デレは少ないほどよし!
この霊夢に会えただけで一週間は生きられます。
だがそれがいい
すみません