適当にからかって暇を潰そうかとスキマを開いた紫は、見た。
博麗霊夢が手作りチョコレートを、あろう事かハート型にしている所を。
霊夢が、あの霊夢が、あの博麗霊夢が、愛の象徴であるハート型のチョコレートを!!
(そういえば明日はバレンタイン! だとしたらあのチョコレートは……)
スキマを挟んで紫、朱に染まった頬に手を当てる。
(私に!?)
八雲紫、少女暦【検閲削除】年の果てに得たトキメキであった。
翌日になって、幻想郷はバレンタイン一色に染まった。
といっても外界そのままという訳にはいかない。
ただ男女間でお菓子をやり取りする程度であり、お煎餅や羊羹など、ムードの足りない物もあった。
しかしチョコレートのやり取りも少なからず存在した。
高級品であるチョコレートを買える裕福層。
そして材料を集めチョコレートを自作する魔法使いや妖怪。
特に後者は、バレンタインというものに本気で挑んでいた。
チョコレートを大好きなあの人に! その一念、銀河の星々さえも砕く!
「藍、本当にごめんなさい。あなたからのチョコレートは受け取れないわ」
「死のう」
八雲家にて、藍は首を吊ろうとロープを取り出した。
紫様に仕えて【検閲削除】年、今年のバレンタインも楽しみにしてたのに!
可愛い橙からチョコレートをもらい、そして敬愛する紫様にチョコレートを渡す。
ああなんと充実したバレンタイン! 藍は幸福の絶頂にあった。
故に、紫から拒絶された藍は不幸のどん底にあり死ぬしかない。
「落ち着きなさい藍」
居間にてお茶を飲んでいた紫は、庭に出て今まさに首を吊ろうとしていた藍に空の湯飲みを投げつけた。
テンプルにクリーンヒットした湯飲みは砕け散り、藍は倒れて地面を赤黒く汚してしまう。
そんな状態にも関わらず紫は話を続けた。
「藍からのチョコレートは本当に嬉しいわ。でもね、今の私には受け取れない理由があるのよ。
それは……最高の愛情と書いて最愛の本命チョコが、私を待っているからよ。
その重みは妖怪の山の一億倍、その価値はこの世の金銀財宝すべてを集めた一兆倍。
フフフ、この私にかかれば本命チョコの重さと価値を正確に計算する事さえできるのよ。
解るわね藍。それほどまでに重く尊いものを受け取めるために、私が必要とする覚悟。
いかに妖怪の賢者と謳われる私でも、全身全霊を持って挑まねばならない。
半端な覚悟では狂おしいほどの歓喜が精神をオーバフローさせ自我を崩壊させてしまいかねない。
大丈夫、私は死なないわ。きっと受け止めてみせる、最強最高最愛の本命チョコレートを。
応援していてね、藍。すべて終わったら……例え何日遅れようとも、必ずあなたからのチョコも頂くから。
そうでしょう? あなたは私の大切な式なのだから……」
頭部からダラダラと血を流したまま、八雲藍は物凄い勢いで立ち上がった。
両目からは涙が大瀑布のように流れ落ち、鼻からは火山の噴火のように鼻血が噴出している。
「感ッッッ激しました紫様! あなた様の全身全霊! 心より応援し、ご武運をお祈り申し上げます!!
結婚式の際は不詳このわたくしめが仲人となり、スピーチは原稿用紙一万枚ィィィイ!!」
さすがの忠誠心! 主の幸福こそが第一!
相手がどこの誰であるかなど詮索無用!
紫様が愛した相手なのだ、それだけで結ばれる資格は十分!
「幻想郷に新たな時代が来訪するぅぅぅ!! ちぇぇぇぇぇぇん! 原稿用紙はどこだぁぁぁぁぁぁ!!」
涙と鼻血と頭からの流血を止めず、足跡に酷い跡を残しながら、藍は自らの式の元へ駆け出した。
このグッドニュースを橙にも伝え二人で紫様に万々歳を捧げるために突っ走るのが忠誠心!
そんな藍の健気な姿につい胸が熱くなる紫。
「ああ、藍! あんたは世界一素晴らしい式よ!」
初めてのトキメキにより、紫の脳も悪い具合に茹だっていた。
彼女の脳内で展開される薔薇色の未来は空前絶後の夢見る少女っぷりにより、
とても人様にお聞かせできないほど【検閲削除】で【検閲削除】な【検閲削除】になっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「死のう」
そう呟いた紫からは精気が抜け切っており、頬は白というより灰色で、虚ろな瞳は泥沼のようによどんでいた。
部屋の隅で、彼女は壊れた人形のように手足を投げ出して座っていた。
無意識の動作だろうか、壁に向かって何度も頭を打ちつけている。
その有り様を前に、藍はさめざめと泣いていた。橙は状況が掴めずおろおろしている。
「ら、藍様~……私達、どうすれば……」
「橙、橙、私の可愛い橙。世の中にはどうしようもない事があるのだよ」
「で、でも、バレンタインにチョコレートをもらえなかっただけじゃないですか」
橙の言葉はグングニルとなって紫の心の臓を貫いた。
さらにミョルニルとなって紫の頭をぶっ叩いた。
さらにレーヴァテインとなって精神をズタズタに切り裂いた。
さらにラグナロクとなって八雲紫という存在を滅ぼした。
残ったのは燃え尽きた紫。
真っ白になってうなだれる紫だった。
バレンタイン当日、紫視点でのあらすじ。
八雲家へ続く結界をすべて解除して、霊夢が来るのを今か今かと待っていました。
スキマを使って様子を覗こうなどと野暮な真似はしません。
全身全霊を懸けて真正面から受け止めるという気概無くして霊夢の愛を受け止められるものか。
朝が終わり、昼が終わり、夕方が終わり、夜になり、いい加減霊夢が遅すぎるなぁと不安になり。
時計の針は無情にも一日の終わりを告げたのだった。
八雲紫。
妖怪の賢者であり幻想郷の母。
享年【検閲削除】
愛に敗れた負け犬としてその人生を終える。
ご愛読ありがとうございました!
八雲紫先生の来世にご期待ください!
完
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
紫が人生を終える前日、二月十四日、バレンタイン。
楽園の素敵な巫女こと博麗霊夢はハート型のチョコレートを綺麗に包装して外出した。
行き先は……香霖堂。
「こんにちは、霖之助さん」
「やあ霊夢、持ってきてくれたかい?」
「はい、本命っぽくハート型にした義理チョコ」
酷い言い草に、苦笑いしながらチョコレートを受け取る霖之助。
「やあ、ありがとう。お陰様で格好がついた。今時、チョコをひとつももらえない男なんて情けないからね」
「ツケを帳消しにしてくれるのを条件にチョコを要求してた時点で最低最悪の情けなさですよ?」
「ははは、それを言わないでくれよ。しかし、うむ、霊夢の手作りチョコか。
いきさつはどうあれ、素直に楽しみにしていたんだよ。さぞかしおいしいだろうと思ってね」
「お世辞を言ってもなにも出ませんよ? それでは、私はそろそろ行きますね」
「帰るのかい?」
「紅魔館でバレンタインパーティーがあるんです。
とびっきりのチョコレートケーキをみんなで作って食べようって誘われてて」
「へえ。楽しんでおいで」
以上、霊夢の本命っぽく偽装した義理チョコの行方でした。
そして紅魔館では招待された霊夢や魔理沙が思う存分パーティーを楽しんだそうな。
めでたし めでたし
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
二月十五日、昼頃。
幻想郷を囲む結界に異変を感じて、霊夢は八雲家に向かった。
「紫ー、結界の調子がおかしいわよ。ちゃんと管理してるの?」
無断で部屋に上がり込むと、そこには白装束で布団に寝かされ、顔に白い布がかけられた紫の姿があった。
誰がどう見ても臨終完了済み。
「霊夢」
奥の廊下から姿を現す藍。
その表情は真実の悲しみを浮かべており、紫の死が冗談ではないと物語っていた。
「藍。これはいったいなんの冗談よ?」
しかし霊夢は真に受けようとしない。
こんな奴のために紫様は死んだのか。藍はあふれ出そうになる憤怒と憎悪、そして殺意を封じ込めた。
(駄目だ……! 霊夢を責めるなという、紫様の遺言。この八雲藍が破る訳にはいかん……)
感情に蓋をして身体を震わせる藍。
なんだか怪しい雲行きに、霊夢は居心地の悪さを感じ始めていた。
「えーと、なんだか妙な事になってるみたいだし、邪魔にならないうちに帰るわ」
「ああ……いや、霊夢、しばらく紫様の側にいてやってはくれないか?」
「えー? なんか薄気味悪いからイヤよ」
ブチン。
血管が切れるような音がしたと思った途端、藍のこめかみから噴水のように血が噴出した。
あまりの怒りに頭に血が上った結果である。
「ちょ、藍、大丈夫?」
「ゼンゼンヘイキダ」
笑顔で答える藍ではあったが、邪悪な妖気が八雲家を包み込む勢いで渦巻き始める。
もう帰ろう。霊夢はそう決断した。
「じゃ、これ置いとくから、後で食べてね」
と、白い箱を紫の遺体の側に置く。
「アア、コレハコレハ、ゴシンセツニ、ドウモ。
アリガタク、イタダクヨ。
トコロデ、ソリャア、ナンジャイ」
口調がおかしい事にツッコミを入れたくなる霊夢だったが、やぶ蛇の予感がして自重した。
「昨日、紅魔館で作ったチョコレートケーキの余りよ」
その瞬間、三途の河から神速で帰還した紫の魂は、すでに死後硬直した肉の器へと入り込み、
気合と根性で無理やり身体を動かしてベキボキと奇怪な音を立てながら立ち上がった。
「レエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!
イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!
ムウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
ノオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
チイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!
ヨオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
コオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
まるでゾンビのような紫のおぞましさに、さすがの霊夢も全力で引いた。
そして急遽復活した紫を目撃した藍は、こめかみからの出血だけでは飽き足らず、
またもや大瀑布のような涙と、火山噴火のような鼻血で廊下を汚した。
「ユウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
カアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
リイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!
サアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
マアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
歓喜に狂う紫と藍。
あまりにも異常すぎる光景に心の中のなにかが折れた霊夢は、無言できびすを返し八雲家を後にした。
その後、様子を見に来た橙は、とてつもなく異常なものを見てトラウマを作ったとかどうとか。
終われ
母ちゃんのチョコとこの小説のおかげで今年のバレンタインデーはさいっこうだ!!!!!
ごち!!!!!
そして、淡々と運命を語るお嬢様、止めるきないwwwwww
なんだか色々言いたいことはあるが勢いで押し切られた感じだw
敬語な霊夢にかつてないほど萌えた。
盲目的に主を信じる藍ととっても【検問削除】な紫は見ていて飽きなかったwww
霊夢の手作りチョコを貰えるなら構わないですよね!
りんのすけさん頼むから死んでください!
紫と藍のテンションがおかしいwwww落ち着けwwww
そして無意味に見える縦読み自重www
全く関係ないけど「LoveHeart」って部分で「突撃ラブハート」が出てきた。なんでだろう?ww
まさかおぜう様の運命語りだったとはw
おぜう様、お願いだからバレンタインパーティーはやめてやってくれw八雲家がエライことになってしまうw
一章のテンションのまま走りきりましたね…すげえ。
このSSにはこの言葉がぴったり当てはまります。
これはひどい