薄暗い夕暮れに照らされて、プランターに伸びる蕾は色づいたようで綺麗だった。
春の温かさにはまだ少し遠い筈なのに、花はもう蕾を付けている。咲く日もそう遠くなさそうに見える。
それだけ部屋の中が温かいのだろうか。
椅子に腰を下ろし頬杖を突いて、ぼうっと虹を作るジョウロからの放水を見た。
ふぅと溜め息。
魔理沙は思った。
なんで咲夜がうちの花に水をあげているんだろうか?
答えは判っているのに、ついつい自問を繰り返してしまった。
咲夜が訪れた理由は、最初に咲夜自身から聞いた。
咲夜曰く。
「なんかふらふらしたから、ぼうっとしてたら、美鈴に止められて、やだやだしたら、追い出された」
である。
ちなみにさっぱり判らなかった。
そこで、そんな咲夜を引っ張ってきた美鈴が説明を加える。
美鈴曰く。
「咲夜さんが風邪引いてふらふらしてるんですが、止めるとお仕事したいさせろ離せって我が儘を言うので、休んでくれないのならせめて外に出して気を紛らわせようかと」
である。
事情を思い出して魔理沙は頭を押さえる。
連れてきた美鈴は、事情を言うだけ言ってさっさと帰ってしまった。
置き去られた咲夜は、少しも休もうという気配なく丁寧に家事をこなしている。
たまに咳き込む。
「咲夜ー」
「何?」
スカートを翻し、机の上に置いてあったペン立てを薙ぎ払いながら振り返った。
熟れた桃の様に赤らんだ頬。ちょっと潤んだ瞳。ダンシングフラワーじみたよろめき。
結構やばそうなのだけは判った。
魔理沙は微笑む。
「寝ろ」
ベッドを指差して。
再三説得はした。咲夜は頑固に断り続けた。だからもう遠慮しない命令を告げた。
咲夜は熱に浮かされて、魔理沙の従者としてここで働いている。そうとなれば、命令は絶対だ。
きょとんとした顔をしてから、咲夜は花の咲いた様に笑う。
「嫌です」
真っ向からの拒絶であった。
そんな気はしていた。
「お前なぁ! 主が命令してるだろ! 寝ろ!」
「いーやー。魔理沙、私は元気よ。働かせなさい」
咲夜はいやいやと腕を振る。暴れるという程ではないが、普段の咲夜からは想像できないだだっ子っぷりである。
幼児退行という言葉を、魔理沙は今まで可愛らしいものだと思っていた。今日考えを改めた。
「メイドは主に従うものだぜ!」
「メイドじゃないです咲夜です」
咲夜が何に怒ってるのか判りゃしない。
単に癇癪を起こしていて、触れられるものにとりあえず怒っている感じの様だった。
とにかく家事を止めると機嫌を損ねる。というより休めと言うと荒れる。便利だが扱いづらい。
「お前風邪引いてるんだぞ!」
「風邪引かないんです。メイドは生まれつきそうなんです」
自信満々の言い訳に説得力がまるでないから、聞いていて腹が立つ。
なんだメイドって種族か。お前の親メイドか。父さんもか。などと怒鳴りたかったが、咲夜がムキになって突っかかってくる気がしたので、仕方なくそれは諦めることにした。
しかし諦めて溜め息。
魔理沙は頭を掻いた。
既にここに来てから1時間が経ち、少しも休まず掃除を続けている。
そんな危なっかしく掃除をする咲夜を見ていると、魔理沙は精神的に結構参ってしまっていた。
この仕事中毒が言うこと聞いてくれないし、疲れたから寝ようか。
そう考えると、一つ案が浮かんだ。
「……じゃあお仕事の命令ならどうだ?」
これなら言うこと聞くだろうか。そう思って訊ねる。
これで駄目なら不貞寝しよう。
「お仕事?」
咲夜の目はキラキラ輝いた。
魔理沙は心の中で大きなガッツポーズを決めた。
「さぁ、魔理沙。背中流すわよ」
「お、おう」
浴室に裸が2つあった。
丘と山があった。
どちらが丘でどちらが山かは、不自然な光に阻まれて確認することが出来ない。
ごしごしごし
泡塗れの手拭いが優しく魔理沙の背中を撫でていく。あっという間に魔理沙の背中は、泡に包まれてしまった。
心地好くて眠くなる。
魔理沙のした命令は、お風呂に入るから手伝えというものであった。
「さぁ、前向いて」
「それは嫌」
「えー」
咲夜はふて腐れたが、さすがに魔理沙も譲らない。
いくら泡や湯気や怪光線があるとはいえ、真正面から手を伸ばされては流石に乙女の秘密は守れない。
魔理沙にだって恥じらいはあった。
というわけで、魔理沙は前面だけは自分で洗った。
「よし、じゃあ次は私が咲夜を洗ってやるぜ」
「お断りします」
命令されていても素っ気なさは変わらない。
魔理沙に悪戯心が湧いてきた。
手をわきわき。
「命令だ咲夜」
「はい?」
一瞬きょとんとした顔。だが、次の瞬間には不穏な気配を察して顔を引き締める。
「洗わせろ!」
「お断りです!」
手拭いを手に飛びかかる。
咲夜は逃げる。時を止めないのは、主への配慮なのか。
狭い浴室でどたばたと二人は暴れる。
この狭さでありながら、咲夜は魔理沙より体術が上なのか、少しも洗うことができなかった。
だが、魔理沙は諦めない。
「くそう。なら喰らえ! バブルバスをする時の為に用意しておいた泡立ちの魔法!」
浴槽の横に備えてあった瓶を手に取り、その栓を抜く。
中から、光が乱反射して虹色に映る液体がこぼれ落ちた。
それを魔理沙は、踏みつけて擦る。
泡が爆発した。
「きゃぁ!?」
咲夜の悲鳴が聞こえた。
浴室が覆い尽くされるような量のきめ細かな泡。
魔理沙は自分の魔法の効果に笑みを浮かべる。
ちょっと魔法こぼし過ぎた。
泡の所為で視界がほとんど白一色であった。
炸裂した泡はゆっくりと降りてくるものの、それでも浴室の半分は泡の海。
「え、あ、魔理沙?」
爆発に驚いていた咲夜は、我に返ると魔理沙を探す。
この機を魔理沙は逃さなかった。
「ゲットだぜ!」
飛びかかる。
「え、あ!?」
咲夜緊急回避。
石鹸を踏む。
緊急回避失敗。
「え、きゃぁ!?」
バランスを崩し、後へ倒れていく。
咄嗟に手を伸ばす。
「へ?」
飛びかかってきてた魔理沙は、突然首に抱きつかれて戸惑った。
次の瞬間、二人は浴場で転倒した。
「……首が痛いぜ」
「ご、ごめんってば」
魔理沙は狭い湯船に、咲夜に抱かれる形で浸かっていた。
向かい合うにも背を向け合うにも狭いこの浴槽、二人が同時に入る方法はこれしかなかったのである。
頭撫で撫で。
鬱陶しげに頭を動かす。
ギュッと頭を抱く。
ぺしぺしと腕を叩く。
なんちゃって主従だった関係が、仲良し姉妹の様相に変化していた。
飛びかかって転ばせたことを悪いと思いつつ、拗ねずにはいられない妹。
首を掴んで巻き込んでしまい、申し訳ないことをしたとしゅんとする姉。
熱でぼうっとしていた咲夜よりも、魔理沙がやや子供になってしまった。
先程浴場を占拠していた泡は、タイムアップで効力を失い今はほとんど見当たらない。
「好い子好い子」
「子供扱いは好くないぜ」
「お姉ちゃんからすれば魔理沙は妹よ」
湯船に顔を半分沈め、ぶくぶくする魔理沙。
そんな魔理沙の反応が楽しいのか、延々頭を撫でる咲夜。
時折ギュッと抱き締めて、はあと一息。妹が欲しいお姉ちゃんであった。
「……私は妹じゃないんだが」
「今日は妹ー」
「主じゃなくなった」
「魔理沙そういう器じゃないし」
さりげなく鋭利なナイフが突き刺さったが、皮肉を言ってもカウンターしか返ってこない気がしたので魔理沙は再び沈黙した。
仕事中毒患者も、どうにか気を紛らわすことが出来たらしい。
姉妹ごっこ恐るべし。
「お姉ちゃんって言って」
「嫌だ」
「言いなさい」
「い、や、だ」
狭い浴槽でばたばたばたばた。
そして二人は、逆上せた。
ベッドで目を回す二人。
馬鹿である。
「咲夜、お前本当にメイドできてるのか? 抜けすぎだろ」
「魔理沙だって逆上せたじゃない。私は今日、熱があるのよ」
「そりゃ都合が良いぜ」
寝間着姿でぐったり。
魔理沙は昼に食べ過ぎて夕飯を食べる気がなかったし、咲夜は別に食べなくても問題ないと思っていた。
だから、このまま寝てしまおうかと思った。
魔理沙は前日の夜更かしが尾を引き眠く、咲夜は身体の怠さに逆上せも手伝って動くのが億劫になっていた。
だから、一緒に眠ってしまおうかと考えた。
「咲夜。風邪の時は休め」
「難しい話だわ」
「見てて心配なんだ」
「ほんとに?」
「あぁ。ツボやらなんやらひっくり返しそうで」
ぽかり
「……なんで叩く」
「お姉ちゃんの心配しなさい」
「まだ続いてたのかそれ」
存外気に入ったらしい。
そこまで大きくない毛布だが、さすがに湯上がりの人間が横にいれば寒くはなかった。
「魔理沙。ハグ、ハグ」
咲夜が手招く。
抱き着けと言っている。
「……嫌だ恥ずかしい」
妹はこれを拒否して背を向ける。
姉の強襲。背後から抱きついた。
「なっ、お前!?」
魔理沙が引っぺがそうとする。
だが、既に時は遅い。魔理沙の耳に、静かな呼吸が聞こえた。
「……寝やがった」
自分をギュッと抱き締めてくる腕は、どうにも解けそうになかった。
くしゅん
寒い朝にくしゃみが木霊した。
「……まぁ、予想はしてた」
「あ、あはは。ごめんね魔理沙」
風邪が感染していた。
そうするとお約束で、咲夜の方は昨日の熱もふらつきもどこへやら、すっかり完治してしまっていた。
「今日一日看病するから許して」
手を合わせて、苦笑い気味に微笑む咲夜。
昨日の子供っぽさがやや抜けてしまったものの、やはり咲夜は少女らしいなぁと魔理沙は思った。
そして同時に、その愛らしさが妬ましいとも思った。
「いいけどさ」
「ちょっとおかゆの材料でも買ってくるわね」
魔理沙の言葉を聞くと、咲夜はとととと駆けて行ってしまった。
風邪が治るとやっぱり忙しない。
魔理沙は扉に背を向ける形で寝転び、色々考えてみる。
咲夜が姉で自分が妹なら、なんか喧嘩しそうだが、楽しそうではあると思った。
「……お姉ちゃん、か」
独りごちてから、扉の方を向く。
すると、眼前に咲夜がいた。
「うおおお!?」
思わずビクリと身を震わせて後ずさる。
咲夜はそんな魔理沙を見て、無邪気に微笑んだ。
「それじゃ行ってくるね、My little sister」
どこまでも朗らかでころころとした笑みを浮かべると、咲夜は一礼して部屋を出て行く。
風邪どころじゃなく顔を赤くした魔理沙は、その背中を見送りながら、しばらくして大袈裟に溜め息を吐いた。
「……うちにゃぁ、メイドはいらないな」
風邪っぴきは、鼻水垂らしながらそんなことを空に告げた。
屋根に阻まれて見えない天気は、相変わらずの快晴であった。
でも、風邪引きを魔法の森に連れて行くのは駄目だろう、美鈴。
姉咲夜、妹魔理沙はニヤニヤものです。わかってらっしゃる!
って言い回しが可愛らし過ぎるなぁ、こん畜生
製品版では改善されることを望みません。
おとなしく発売日を待つ事にしよう。
ああもう顔のにやけが止まらんぜ
製品版期待
製品版にも期待
かっこいい咲夜さんや忠臣咲夜さんも良いけど、可愛い咲夜さんもいいですね。
製品版を座して待つ。
製品版に期待しております。
紅魔館が家族なら、この二人は仲の良い同級生、というところでしょうか
いいですねー