例えば、『声』だ。
これは空気中に言霊が放たれる事による振動である。
普通に自然が奏でる『音』とはまるで違う存在。
『言霊』とは、文字通り、言葉の幽霊だ。
声には実体がないので、当たり前といえば当たり前。
目にも見えないしね。
「ふむ、それを増幅する訳か」
僕はその奇怪な機械……洒落になってしまった……に、息を吹きかけた。
ごーごー、という不快な音が機械から放たれる。
「どう? ちゃんと動作してるでしょ」
彼女……河城にとりは自慢気に、僕に向かってにっかりと笑った。
にとりが作った新作、『言霊増幅器』は中々に複雑な様相だ。
まず、声を入力する機械があり、そこにコードが繋がっており、大きくなった声が出力される機械に接続されている。
どうやら完成してそのまま持ってきた様なので、複雑な部品がそのままに見えている。
あとはこれに、カバーなり箱なりを用意してやれば、真に完成したと言えるだろう。
ふむ……しかし、科学というのは面白いな。
「あぁ、いわゆる魔法と科学の合成という訳か。まず入力された言霊を魔法で感知し、それを科学様式に変換。科学にて、言霊を増幅し、それを魔法様式に変換。そして、出力するという訳か」
僕こと森近霖之助は、にとりに向かってニヤリと笑顔を向けた。
「おぉ、さすがは霖之助」
たった一度の試用で、動作原理を見抜いた僕に、にとりは感心した様に拍手した。
なに、コレ位の単純な動作なら簡単だ。
複製する事は無理そうだけれど、魔法のみで作り上げる事が可能だろう。
だが、それでは意味がない。
魔法と科学の融合。
これが、この言霊増幅器の真の意味になるはずだ。
「ん……ところで、この機械の名前は『言霊増幅器』でいいのかい?」
先程から、言霊増幅器と言っているが、実際には名前がまだ付いていない。
僕の目には名称が見えず、用途のみが見えるという珍しい状態だった。
つまり、この機械には名前がまだ無いのだ。
正式に言い換えるなら、現状は『言霊増幅器(仮)』だろう。
「あ~、名前か~。霖之助が付けてよ」
「え、僕が付けていいのかい?」
僕の言葉に、にとりは頷いた。
名前というのは重要だ。
それだけで意味を表す。
文字通り、言霊が生まれる訳だ。
これは重大な使命だな、と僕は腕を組む。
『言霊増幅器』……これでは、なにやら棘々しているイメージを沸かせる。
こういう機械は親しみが大切だ。
分かり易い名前の方が良い。
「……『拡声器』、というのはどうだい?」
「ふむ、拡声器か~。なるほどね」
ニヤリとにとりが笑った。
どうやら意味に気づいてもらえたらしい。
拡声器……転じて、覚醒器。
この言霊増幅器の言霊を増幅する部分。
これは言霊を覚醒させている訳だ。
本来の力を覚醒させ、その力を増幅させているので、声が大きくなる訳だ。
だから、覚醒器。
転じて、本来の用途である拡声。
用途の名前と本来の意味を持たせてある名前だ。
これでより拡声器は完璧になるはず。
「やっぱり道具関連は霖之助に任せるのが一番だね」
「そうかい? そう言ってもらえると道具屋冥利に尽きるね」
もっとも、尽きてもらっては困るんだけどね。
恩恵は貰えるだけ受けたい。
それが欲求だ。
僕だって、欲求くらい持っている。
生理的欲求は少ないけどね。
「はい、霖之助。なにか一言」
「ふむ……」
にとりが僕に拡声器の音声入力部分を向ける。
「あ~、あ~、東方香霖堂、今春発売予定!」
と、叫んだのだが、後半部分がぴーがーがーと奇妙な音になってしまった。
「あぁ、ごめんごめん。大きい声は、増幅し過ぎて変な音になっちゃうんだ。ところで、東方香霖堂って何?」
「いや……急に頭に浮かんだ単語なんだ。理由とかそんなものは無いよ」
「ふ~ん……良い事あるといいね」
何か、同情する様な目でにとりがこちらを向いた。
もしかして、東方香霖堂が僕の日記のタイトルだという事がバレているのだろうか。
いずれ歴史書となる僕の日記。
まだ公表してはいない。
だが、なんだ、このにとりの同情は。
「まさか、光学迷彩……」
「ん? どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
まぁ、他人を疑うのはよろしくない。
信用は何より、商売人の命だ。
うん。
そういう事にしておこう。
「どうしたの、そんな盛大にため息ついて」
「なんでもないよ。それよりどうだい?」
僕は飲み物を呑むジェスチャーをする。
どうにも一杯呑みたくなってきた。
まぁ、一人で呑むのもいいが、せっかくだから誘ってみる。
「お、いいね~。二人っきりも悪くない」
「いや……僕は屋台に行こうと思ってるんだが……」
「うっ」
にとりが何やら顔を赤くした。
どうやら、勘違いしてしまったのが恥ずかしかったらしい。
そんなに気にする必要はないのに。
「はっはっは。すまない、僕の言葉が足りなかった様だ」
「私も早まってしまったよ……」
僕は苦笑しながらも、香霖堂の入り口に、閉店の看板を出しておいた。
外はすっかりと日が落ちている。
ぽっかりと浮かんだ満月。
どうやら、今日も他の星を目立たせるつもりは無いらしい。
「どうかした?」
にとりの言葉に、僕は一言応えて、明るい夜道を歩き出した。
~☆~
「そういえば、河童は人見知りと聞くけれど、君はそうでもないね」
ミスティアの屋台までのいつもの道。
にとりと二人で歩く夜道で、僕はふと思い出し、にとりにその疑問をぶつけた。
「あ、うん、人間は盟友だけどさ。実際は話すの怖いよね。人間ってさ、結局は妖怪を恐れてる訳だから、退治してこようとするかもしれないじゃない?」
まぁ、妖怪は人間を食べる。
その事実は昔も今も幻想郷でも変わらない。
対して、人間は妖怪を退治する。
この事実も、幻想郷では変わらない。
極最近、その関係は平穏を保っているのだけれど。
正直に言うと、この平穏はいつ崩れてもおかしくない。
ただ、里の人間は食べられないだけだ。
いつか、そのルールが終わるのかもしれないしね。
「だから私達みたいな河童は、人間には近づかないんだよ。まぁ、本当の理由は機械や道具を作るのが楽しくて、人付き合いが悪いだけなのかも」
にひひ、とにとりは笑う。
「でさ、私は作るのも好きだけど、それを使ってもらうのも好きなんだ。他人に喜んでもらうのって、すっごく嬉しいじゃない」
なるほどね。
それは理解できる。
僕もある程度は道具を製作できる。
僕が作った物が、どこかの誰かを喜ばす事ができたのなら、それは製作者の冥利に尽きるというものだ。
まぁ、僕の代表作はあの白黒魔法使いのミニ八卦炉なんだけどね。
しかも、そのせいで皆に迷惑をかけまくっているんだけどね。
あれは……もしかしたら、大失敗なんじゃないかな~……
たまには風を起こす機能も使ってもらいたい。
はぁ……まったく。
「霖之助ってため息が多いよね。死んじゃうよ?」
「ため息で死んだ人間なんて聞いた事ないよ」
「妖怪ならいるんじゃない? なんせ、精神的なダメージのが深刻だから」
なるほど。
あながち、寿命が減るというのも事実かもしれない。
「それで、君は人見知りを直したのかい?」
「う~ん、やっぱり初対面はダメだよ。恥ずかしいし、何を話していいのか分からないし」
「あぁ、初めて香霖堂に来た時がそうだった」
ドアベルを鳴らした河城にとりを覚えている。
魔理沙に教えられて来たらしいが、きっと物凄い努力の末だったのだろう。
あの状態を思うと、今普通に話せてるのが奇跡みたいなものだ。
「もう、あの時の事は言わないでよ~。むしろ良くやったと褒めて欲しいぐらいなのに」
「ははは。まぁ、確かに、君から話しかけるというのが珍しいな」
くくく、と笑いを噛み殺していると、どうやらにとりの機嫌を損ねたようだ。
「もう、失礼な奴だな~、霖之助。そんなんじゃ、モテないよ」
「あぁ、僕が少女にモテないというのは周知の事実だからね。気にする必要もない」
「羞恥の事実だよ、全く」
「仕打ちの事実かもしれないが?」
「そりゃ爺通だからね」
なんだ、爺通って?
「霖之助がモテないのは、お爺ちゃんも知っている」
「無理矢理じゃないか」
「それを言うなら『仕打ちの事実』も酷いじゃないか」
「そこは反省する」
「反省するんだ……」
とか何とか。
僕とにとりはお互いの言葉に苦笑しながらも、夜道をのんびり暢気に歩いていった。
~☆~
いつもの竹林沿いの、いつもの明かり。
赤い提灯が照らし出す夜道は、満月のせいもあって、はっきりと小石の一つまで見えていた。
「月夜の晩の丑三つ時に~矢守と薔薇と蝋燭を~、殺して解して並べて晒して~、小匙一杯舐めるのさ~♪」
「そして1回唱えれば~♪」
「世にも不可思議な呪文になるよ~♪」
「「「ほろれちゅちゅぱれろ!!!」」」
ミスティアの声と共に、二人の少女が熱唱していた。
里の人間だろうか。
客である二人に面識はない。
まぁ、あの様子だとかなり酔っ払っている様だ。
僕とにとりは屋台の隣の長机に座る事にした。
すでに、にとりが僕の後ろに隠れていたしね。
本当に激しい人見知りだ。
「いらっしゃい香霖堂、それから河童」
「酷い!」
長机担当のアルバイト店員、蓬莱山輝夜はジト目でにとりを見る。
もちろん、にとりは抗議の声をあげた。
いや、しかし、呼称じゃなく種族名で呼ぶとは……輝夜とにとりの間に何かあったのだろうか?
「私の香霖堂を取るとは、いい度胸だわ」
ビシッと輝夜はにとりに向かって人差し指を突きつける。
なんだ、輝夜のいつもの冗談という訳か。
「いや、霖之助なんかいらない」
酷い!
「ふふ、いらっしゃいにとり。付け出しのキュウリよ」
どうやら輝夜とにとりの間にも多少の交流があるらしい。
輝夜は月の道具を持っているので、それに興味があったので会いに行ったのかもしれない。
まぁ、きっと、そこでも色々あったのだろう。
「キュウリはいいよね~。人類の宝だよ」
「君は人類代表か何かなのかい?」
「いや、ただの一河童だよ」
「……まぁ、いいか。あ~、僕の分ぐらい置いておいてくれよ」
にとりは付け出しのキュウリの漬物をぺロリと食べてしまった。
漬物を単体でぼりぼりと食べる感覚は分からないでもないが、あくまで漬物はメインじゃない。
他と合わせる事で真の実力を発揮するというもの。
だから、筍ご飯と一緒に食べたかったのに。
「注文すれば出すわよ?」
「そうかい? じゃぁ筍ご飯とキュウリの漬物で。あと、味噌汁も飲みたい」
何か、急に定食が食べたい、そんな気分になった。
「私はキュウリが入ってれば何でもいいよ」
にとりはにとりで無茶な注文をしている。
店員泣かせな気がするな~。
「はい喜んで♪ お酒は?」
「僕は日本酒で」
「私はビール」
「はい喜んで♪」
輝夜はすぐにグラスと二本の瓶を持ってくる。
一本は日本酒で、銘柄はいつか呑んだ鳳鳴だ。
もう一本はビールのようで、にとりのグラスに金色の液体が注がれた。
「おっとっと」
少しだけ溢れそうになった泡を、にとりは口で受け止めた。
その後に、僕も輝夜に注いでもらう。
「さて、何に乾杯するんだい?」
「ん~っと、じゃぁ、拡声器完成に」
「ふむ。それじゃ拡声器完成に、乾杯」
「かんぱ~い」
コツンとグラスを合わせて、僕とにとりは半分程を体に吸収した。
あぁ、やはりお酒は美味しい。
口の中に広がるアルコール分。
そして、酒独自の味。
甘みにも辛みにもなるお酒こそ、人類の宝ではないだろうか。
僕なら、キュウリよりこっちを薦めるね。
決定権が誰にあるかは知らないけれど。
「はい、筍ご飯ね。それとお味噌汁。にとりには、モロキュウと……」
と、輝夜は声をひそめた。
「鶏肉を焼いたものにキュウリを添えたものね。結構合うから。店長には内緒よ」
「にひひ、ありがとう~」
鶏肉撲滅の為にミスティアが八目鰻の屋台を始めたというのに……
ついに姫の謀反が始まった様だ。
屋台を乗っ取らない事を祈るよ。
「ねぇねぇ、さっきの乾杯してたカクセイキって何?」
「あぁ、これだよこれ」
にとりはリュックから拡声器を取り出して、輝夜に説明する。
まぁ、この『他人に説明する瞬間』が、僕達が一番楽しい時間。
にとりの瞳がキラキラとしているのは、屋台の提灯の照り返しじゃないだろう。
「へ~、『核精器』かと思ったけど、違うのね」
「核か……河童の技術躍進があったみたいだけど。どうなんだい、にとり?」
八坂神奈子と洩矢諏訪子の計画で、河童に与えられた最新技術、核融合。
とんでもないエネルギーを生み出せる技術なのだが……
「う~ん、正直持て余してるかな~。まずはきちんと制御しないとね。まだおくう頼りだもん」
「大丈夫なの、空で。あの子って結構、適当じゃない」
輝夜が拡声器をイジりながらにとりに聞く。
まぁ、輝夜の言うとおり、不安は残るな。
一度は暴走して、幻想郷を征服しようとしたらしい。
そんなおくうに制御を任せているという事だ。
また暴走しないといいけど。
「まぁ、危なくなったら呼ぶ程度だし。う~ん、キュウリが美味しい~」
ポリポリと音を鳴らすにとり。
まぁ、この様子だと危機感はそんなに抱かなくても良さそうだ。
輝夜と目が合い、お互いに苦笑した。
「これ、どうやって使うの?」
「そのスイッチを入れてから、そこに向かって話せば、ここから声が大きくなって聞こえるよ」
「あ~あ~、あ、本当だ。こほん、蓬莱山輝夜、絶賛売り切れ中!」
後半は、ぴーがーという音に阻まれて、声は聞こえなかった。
しかし、売り切れ中ってどういう意味なんだ。
というか、何を主張したいんだこのお姫様は。
「ほら、私ってモテるから」
「真顔で言われると困るんだが……」
「私って可愛いよね?」
「僕に聞かれても困るんだが……」
「にとりと私、どっちが可愛い?」
「ふむ……難しい問題だね」
僕は技とらしく腕を組んだ。
正解は、「両方可愛いよ」、なのだが、そんな台詞は幻想郷が崩壊したって吐きたくはない。
歯が浮くね。
「可愛い……転じて、河良い、だ。つまり、答えはにとりだね」
と、答えた瞬間、輝夜に叩かれた。
痛い。
まったく……眼鏡が割れると危ないから、顔面は辞めて欲しい……
僕が眼鏡の位置を合わせ直すと、輝夜は無言でグラスを差し出してきた。
「はいはい。まったく……君は充分に可愛いよ」
「心こもってないわね~。そんなんじゃ結婚もできないわよ」
「する気がないよ」
僕は輝夜のグラスに日本酒を注ぐ。
それから、僕のグラスとコツンと合わせてから、輝夜は口を潤わせた。
「ふ~ん、霖之助と輝夜って仲いいんだね」
「常連客なのよ。仕方ないから相手してあげてるの」
また酷い言われ様だな。
「ふ~ん。まぁ、仲が良いのはいい事だよね」
「にとりは香霖堂と仲がいいの?」
「う~ん……道具仲間? 発明仲間? それとも魔理沙仲間かな」
まぁ、確かに僕とにとりが出会えたのは魔理沙のお陰という事もある。
それにしても魔理沙仲間か。
何か、窃盗団的な響きがあるな。
恐ろしい。
「香霖堂ってば、相変わらず黒白にラブみたいね」
「あはは、霖之助と魔理沙が一緒にいる時って、すっごい自然な空気が流れるんだよ。そこに居て当たり前、的な」
そうかな~。
魔理沙はかなり迷惑な存在だ。
店の物は勝手に持って帰るし、お茶も勝手に飲む。
「ラブとか以前の問題だ。迷惑ばかりで、魔理沙を好きとかそういう以前の感情だよ」
「ふ~ん、どうかしら」
輝夜が流し目で僕を見る。
また、僕をからかう気だろう。
「迷惑なら追い出せばいいじゃない」
「いや、そういう訳にも行かないだろう。君は用も無いが尋ねてきた友人を追い出せるかい?」
「う~ん、それは確かに。でも、友人?」
「まぁ、僕からしてみたら黒白も紅白も子供みたいなものなんだけどね」
「あら、だったら母親役が必要ね」
輝夜は自分を指差す。
「君が母親?」
「そうそう。美しくて料理がうまくて、とっても愛嬌ある理想のお母さん」
グラス片手にくるんと一回転して可愛さをアピール。
「ふむ、しかし、君が僕の妻になるというのなら、その条件では無理だな」
「あら、どうして?」
「理想のお母さんというならば、夫を立ててくれないと」
輝夜は確実に僕を尻にしく。
意味合い的には勿論だが、下手をすれば物理的に、だ。
そんなのは理想の母親とは呼べない。
「ん、霖之助、それは違うよ」
「そうそう」
にとりの言葉に、輝夜も同意する。
「これは子供から見た理想のお母さん。旦那様の意見なんて、聞いてないのよ」
ねぇ~、と二人は意気投合した様にニコリと笑っている。
はぁ~……まったく、僕が中心の話だったはずだが、いつの間にか論点が変わっていたらしい。
これだから少女という生き物は。
僕はグラスの中身を全て煽る。
ついでに空も仰いでみた。
今日の満月はいつも通り、どこかのお姫様みたいで子憎たらしい表情を見せていたのさ。
~☆~
「にへへ~、おらおら~、蓮子の尻子玉はどこだ~」
「きゃ~、この変態~。助けてメリー」
「河童の弱点は頭のお皿よ」
屋台側で、すっかり酔っ払ってしまったにとりが、すっかりと人間と仲良くなっている。
あれのどこが人見知りなのだろうか。
疑問だ。
「ほろれちゅちゅぱれろちゅちゅ~♪」
ミスティアもかなり酔ってるらしい。
さっきから謎の呪文を歌い続けている。
妙な魔法でも発動しないといいけど。
「まさにエロ河童ね~」
「にとりかい?」
えぇ、と輝夜が答える。
すっかり酔っ払ったにとりは親父と化した。
普段、何か鬱屈した悩みでもあるのだろうか。
まぁ、女の子同士だから問題ないだろう。
スキンシップの範囲といえば、それまでだ。
「あれを香霖堂がやったら、すでに死んでるわね」
「輝夜に殺されるのか。何とも言えない最後だねぇ」
不老不死の人間に殺される。
何とも業が深い気がする。
「ねぇねぇ、尻子玉って、架空の臓器なんでしょ?」
「まぁ、そうだね。でも胃や腸なんかを表すとも言われる」
「ようするに、河童もただの妖怪な訳ね。こわいこわい」
「尻子玉を抜かれると、フヌケになる、なんて言われているからね。無気力になってしまうというよりは、闘争心などを失ってしまうんじゃないかな」
「ふ~ん。河童はそれをどうするの?」
「食べるとか、龍神さまに納めるとか聞いた事があるけど、実際には存在しない臓器だから、ただの謂われだろう」
他にも、河童は人を水に引き釣り込んだりすると謂われているが、不思議と人を殺すとは表記されない。
尻子玉にしたって、抜かれると死んでしまう事はなく、フヌケになるとしか言われていないのだ。
河童は人間の盟友、というにとりの言葉は、あながち間違いじゃないのかもしれない。
「そうそう、河童の対策として、仏前に供えたご飯を食べると、決して河童には負けないそうだよ」
「へ~、妙な弱点ね」
「頭の皿なんかは、生命力の象徴とも謂われているね。マヨイガの茶碗と似た様な話だったと記憶しているが、ちょっと曖昧だな」
「あら、香霖堂にしては珍しい。じゃぁ『エロ河童』はどこからきたのかしら?」
輝夜の言葉に、僕は腕を組んだ。
確かにエロ河童という揶揄は良く聞く。
しかし、語源となると分からないな。
あれだろうか、にとりの様子から見るに、酔うと皆、エロくなるのだろうか。
そうすると、種族的には最低だな。
「香霖堂はムッツリよね」
「どうして、いきなりそんな話になるんだよ。まったく……酷いな。面と向かってそんな言葉を言われたのは初めてだ。というか、どうして僕がムッツリなんだよ」
「だって、男は総じてスケベでしょ? なのに香霖堂ったら、色には反応しないじゃない」
ほら、と言って、輝夜はゆっくりとスカートをたくし上げる。
「いやいや、実際には凄く興奮してるけど、僕はポーカーフェイスのプロなんだ」
「それをムッツリって言うのよ」
「……確かに」
しかし、男心は全開にして表に出すよりかは、黙っていた方が良いと思うのだが。
「場合によるわよ。女の子からしたら、自分に魅力なしって思われちゃうもの」
「なになに、霖之助の魅力~?」
と、ここでにとりが戻って来た。
右手にビールが入ったグラス。
左手には八目鰻の蒲焼。
目はトロンとしていて、すでに前後不覚に酔っている。
まともな会話は成り立たないだろう。
「えぇ。にとりは香霖堂の魅力ってどこだと思う?」
「う~ん……やっぱメガネだね、メガネ。幻想郷でも珍しいよ、メガネ」
「あぁ~、なるほど、確かにそうね。喜びなさい、香霖堂。今よりあなたはメガネによって生かされるのよ」
「意味が分からない煽り方をするんじゃない」
まったく。
メガネは大切だ。
歪んだ世界を正しく導く。
だから、僕は、メガネをかけている。
少女達はメガネをかけていない。
見ている世界、覗いてる世界が違うのだ。
「色眼鏡で見てるんじゃないの?」
「おぉ、霖之助も色欲に溺れたか。さすが河童の盟友だね~」
「にとり、色眼鏡の色はそういう意味じゃない」
「およ?」
「他人を先入観で見る、という意味さ。チルノなら馬鹿、おくうなら馬鹿、輝夜なら馬鹿、という具合にね」
輝夜は馬鹿なのか、というにとりに対して、輝夜はニヤリと笑った。
「じゃ、私の色眼鏡を教えてあげるわ。香霖堂の森近霖之助は変人でスケベで商売下手でムッツリ」
「おまけに魔理沙好きのロリコンだね」
はぁ……まったく、暴言の嵐じゃないか。
「酷いな~、まったく。呑まないとやってられない」
僕が掲げたグラスに、輝夜は日本酒を注いでくれる。
ついでににとりがビールを呑みきったので、そこにも日本酒を注いでやった。
「注いだついでに対で注いで頂戴」
「ややこしいよ」
輝夜も差し出したグラスに注いでやる。
ん、どうやら丁度、空っぽになった様だ。
だいぶ呑んでしまったかな?
「半分くらいだったから、いい具合じゃない?」
「まぁ、ほろ酔いを通り越したぐらいか」
「うん、私は全然酔ってないよ。うはは、うはははははは!」
うん、にとりはもうダメだ。
今日はウチに泊めるしかないかな。
「そう簡単に女の子を泊めるってどうなの?」
「どうなの、と言われても仕方ないじゃないか」
まさか連れをこのまま放っておいて帰る訳にもいくまい。
「じゃ、私も一緒に香霖堂に泊まるわ」
「どうしてだい?」
「えっちな事しないか、監視しとかないと」
「はぁ……しないよ。これでも僕は意気地なしでね。後の事を考えると手が出せない」
「事後ね」
「事故は起こさないよ」
「時効は無いわよ」
「自己管理を徹底するよ」
よろしい、と輝夜は僕の頭をなでた。
まぁ、年齢的には彼女の方がはるかに年上なのだから、年下扱いするな、と言う事も出来ない。
あながち、母親というのも間違いじゃないのかもしれないな。
「霖之助が手を出さないんだったら、私から手を出しちゃうよ!」
「あら、私にライバル宣言するとはにとりも根性があるわね」
「ふっふっふ~、私は泥棒猫なのよ~」
にとりはご機嫌な様子で、拡声器を手に取り、高々と言い放った。
「河童の酔っ払いなだけに、かっぱらい!」
残念ながら、後半がぴがーって鳴ってしまったので、オチが付きそうも無い。
「まさか、駄洒落的センスで香霖堂を寝取られるとは思わなかったわ」
「寝てないよ……まったく、僕はにとりに惚れてしまった、という事かい?」
「少なくとも、私よりにとりの方がポイント高そうだけど?」
「さてさて、どうだろうね」
まぁ、なんにしても、酔っ払いの戯言と虚言じゃ色気の無い話にしかならない。
これはこれで、森近霖之助らしいと言えば、らしいんだけどね。
これは空気中に言霊が放たれる事による振動である。
普通に自然が奏でる『音』とはまるで違う存在。
『言霊』とは、文字通り、言葉の幽霊だ。
声には実体がないので、当たり前といえば当たり前。
目にも見えないしね。
「ふむ、それを増幅する訳か」
僕はその奇怪な機械……洒落になってしまった……に、息を吹きかけた。
ごーごー、という不快な音が機械から放たれる。
「どう? ちゃんと動作してるでしょ」
彼女……河城にとりは自慢気に、僕に向かってにっかりと笑った。
にとりが作った新作、『言霊増幅器』は中々に複雑な様相だ。
まず、声を入力する機械があり、そこにコードが繋がっており、大きくなった声が出力される機械に接続されている。
どうやら完成してそのまま持ってきた様なので、複雑な部品がそのままに見えている。
あとはこれに、カバーなり箱なりを用意してやれば、真に完成したと言えるだろう。
ふむ……しかし、科学というのは面白いな。
「あぁ、いわゆる魔法と科学の合成という訳か。まず入力された言霊を魔法で感知し、それを科学様式に変換。科学にて、言霊を増幅し、それを魔法様式に変換。そして、出力するという訳か」
僕こと森近霖之助は、にとりに向かってニヤリと笑顔を向けた。
「おぉ、さすがは霖之助」
たった一度の試用で、動作原理を見抜いた僕に、にとりは感心した様に拍手した。
なに、コレ位の単純な動作なら簡単だ。
複製する事は無理そうだけれど、魔法のみで作り上げる事が可能だろう。
だが、それでは意味がない。
魔法と科学の融合。
これが、この言霊増幅器の真の意味になるはずだ。
「ん……ところで、この機械の名前は『言霊増幅器』でいいのかい?」
先程から、言霊増幅器と言っているが、実際には名前がまだ付いていない。
僕の目には名称が見えず、用途のみが見えるという珍しい状態だった。
つまり、この機械には名前がまだ無いのだ。
正式に言い換えるなら、現状は『言霊増幅器(仮)』だろう。
「あ~、名前か~。霖之助が付けてよ」
「え、僕が付けていいのかい?」
僕の言葉に、にとりは頷いた。
名前というのは重要だ。
それだけで意味を表す。
文字通り、言霊が生まれる訳だ。
これは重大な使命だな、と僕は腕を組む。
『言霊増幅器』……これでは、なにやら棘々しているイメージを沸かせる。
こういう機械は親しみが大切だ。
分かり易い名前の方が良い。
「……『拡声器』、というのはどうだい?」
「ふむ、拡声器か~。なるほどね」
ニヤリとにとりが笑った。
どうやら意味に気づいてもらえたらしい。
拡声器……転じて、覚醒器。
この言霊増幅器の言霊を増幅する部分。
これは言霊を覚醒させている訳だ。
本来の力を覚醒させ、その力を増幅させているので、声が大きくなる訳だ。
だから、覚醒器。
転じて、本来の用途である拡声。
用途の名前と本来の意味を持たせてある名前だ。
これでより拡声器は完璧になるはず。
「やっぱり道具関連は霖之助に任せるのが一番だね」
「そうかい? そう言ってもらえると道具屋冥利に尽きるね」
もっとも、尽きてもらっては困るんだけどね。
恩恵は貰えるだけ受けたい。
それが欲求だ。
僕だって、欲求くらい持っている。
生理的欲求は少ないけどね。
「はい、霖之助。なにか一言」
「ふむ……」
にとりが僕に拡声器の音声入力部分を向ける。
「あ~、あ~、東方香霖堂、今春発売予定!」
と、叫んだのだが、後半部分がぴーがーがーと奇妙な音になってしまった。
「あぁ、ごめんごめん。大きい声は、増幅し過ぎて変な音になっちゃうんだ。ところで、東方香霖堂って何?」
「いや……急に頭に浮かんだ単語なんだ。理由とかそんなものは無いよ」
「ふ~ん……良い事あるといいね」
何か、同情する様な目でにとりがこちらを向いた。
もしかして、東方香霖堂が僕の日記のタイトルだという事がバレているのだろうか。
いずれ歴史書となる僕の日記。
まだ公表してはいない。
だが、なんだ、このにとりの同情は。
「まさか、光学迷彩……」
「ん? どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
まぁ、他人を疑うのはよろしくない。
信用は何より、商売人の命だ。
うん。
そういう事にしておこう。
「どうしたの、そんな盛大にため息ついて」
「なんでもないよ。それよりどうだい?」
僕は飲み物を呑むジェスチャーをする。
どうにも一杯呑みたくなってきた。
まぁ、一人で呑むのもいいが、せっかくだから誘ってみる。
「お、いいね~。二人っきりも悪くない」
「いや……僕は屋台に行こうと思ってるんだが……」
「うっ」
にとりが何やら顔を赤くした。
どうやら、勘違いしてしまったのが恥ずかしかったらしい。
そんなに気にする必要はないのに。
「はっはっは。すまない、僕の言葉が足りなかった様だ」
「私も早まってしまったよ……」
僕は苦笑しながらも、香霖堂の入り口に、閉店の看板を出しておいた。
外はすっかりと日が落ちている。
ぽっかりと浮かんだ満月。
どうやら、今日も他の星を目立たせるつもりは無いらしい。
「どうかした?」
にとりの言葉に、僕は一言応えて、明るい夜道を歩き出した。
~☆~
「そういえば、河童は人見知りと聞くけれど、君はそうでもないね」
ミスティアの屋台までのいつもの道。
にとりと二人で歩く夜道で、僕はふと思い出し、にとりにその疑問をぶつけた。
「あ、うん、人間は盟友だけどさ。実際は話すの怖いよね。人間ってさ、結局は妖怪を恐れてる訳だから、退治してこようとするかもしれないじゃない?」
まぁ、妖怪は人間を食べる。
その事実は昔も今も幻想郷でも変わらない。
対して、人間は妖怪を退治する。
この事実も、幻想郷では変わらない。
極最近、その関係は平穏を保っているのだけれど。
正直に言うと、この平穏はいつ崩れてもおかしくない。
ただ、里の人間は食べられないだけだ。
いつか、そのルールが終わるのかもしれないしね。
「だから私達みたいな河童は、人間には近づかないんだよ。まぁ、本当の理由は機械や道具を作るのが楽しくて、人付き合いが悪いだけなのかも」
にひひ、とにとりは笑う。
「でさ、私は作るのも好きだけど、それを使ってもらうのも好きなんだ。他人に喜んでもらうのって、すっごく嬉しいじゃない」
なるほどね。
それは理解できる。
僕もある程度は道具を製作できる。
僕が作った物が、どこかの誰かを喜ばす事ができたのなら、それは製作者の冥利に尽きるというものだ。
まぁ、僕の代表作はあの白黒魔法使いのミニ八卦炉なんだけどね。
しかも、そのせいで皆に迷惑をかけまくっているんだけどね。
あれは……もしかしたら、大失敗なんじゃないかな~……
たまには風を起こす機能も使ってもらいたい。
はぁ……まったく。
「霖之助ってため息が多いよね。死んじゃうよ?」
「ため息で死んだ人間なんて聞いた事ないよ」
「妖怪ならいるんじゃない? なんせ、精神的なダメージのが深刻だから」
なるほど。
あながち、寿命が減るというのも事実かもしれない。
「それで、君は人見知りを直したのかい?」
「う~ん、やっぱり初対面はダメだよ。恥ずかしいし、何を話していいのか分からないし」
「あぁ、初めて香霖堂に来た時がそうだった」
ドアベルを鳴らした河城にとりを覚えている。
魔理沙に教えられて来たらしいが、きっと物凄い努力の末だったのだろう。
あの状態を思うと、今普通に話せてるのが奇跡みたいなものだ。
「もう、あの時の事は言わないでよ~。むしろ良くやったと褒めて欲しいぐらいなのに」
「ははは。まぁ、確かに、君から話しかけるというのが珍しいな」
くくく、と笑いを噛み殺していると、どうやらにとりの機嫌を損ねたようだ。
「もう、失礼な奴だな~、霖之助。そんなんじゃ、モテないよ」
「あぁ、僕が少女にモテないというのは周知の事実だからね。気にする必要もない」
「羞恥の事実だよ、全く」
「仕打ちの事実かもしれないが?」
「そりゃ爺通だからね」
なんだ、爺通って?
「霖之助がモテないのは、お爺ちゃんも知っている」
「無理矢理じゃないか」
「それを言うなら『仕打ちの事実』も酷いじゃないか」
「そこは反省する」
「反省するんだ……」
とか何とか。
僕とにとりはお互いの言葉に苦笑しながらも、夜道をのんびり暢気に歩いていった。
~☆~
いつもの竹林沿いの、いつもの明かり。
赤い提灯が照らし出す夜道は、満月のせいもあって、はっきりと小石の一つまで見えていた。
「月夜の晩の丑三つ時に~矢守と薔薇と蝋燭を~、殺して解して並べて晒して~、小匙一杯舐めるのさ~♪」
「そして1回唱えれば~♪」
「世にも不可思議な呪文になるよ~♪」
「「「ほろれちゅちゅぱれろ!!!」」」
ミスティアの声と共に、二人の少女が熱唱していた。
里の人間だろうか。
客である二人に面識はない。
まぁ、あの様子だとかなり酔っ払っている様だ。
僕とにとりは屋台の隣の長机に座る事にした。
すでに、にとりが僕の後ろに隠れていたしね。
本当に激しい人見知りだ。
「いらっしゃい香霖堂、それから河童」
「酷い!」
長机担当のアルバイト店員、蓬莱山輝夜はジト目でにとりを見る。
もちろん、にとりは抗議の声をあげた。
いや、しかし、呼称じゃなく種族名で呼ぶとは……輝夜とにとりの間に何かあったのだろうか?
「私の香霖堂を取るとは、いい度胸だわ」
ビシッと輝夜はにとりに向かって人差し指を突きつける。
なんだ、輝夜のいつもの冗談という訳か。
「いや、霖之助なんかいらない」
酷い!
「ふふ、いらっしゃいにとり。付け出しのキュウリよ」
どうやら輝夜とにとりの間にも多少の交流があるらしい。
輝夜は月の道具を持っているので、それに興味があったので会いに行ったのかもしれない。
まぁ、きっと、そこでも色々あったのだろう。
「キュウリはいいよね~。人類の宝だよ」
「君は人類代表か何かなのかい?」
「いや、ただの一河童だよ」
「……まぁ、いいか。あ~、僕の分ぐらい置いておいてくれよ」
にとりは付け出しのキュウリの漬物をぺロリと食べてしまった。
漬物を単体でぼりぼりと食べる感覚は分からないでもないが、あくまで漬物はメインじゃない。
他と合わせる事で真の実力を発揮するというもの。
だから、筍ご飯と一緒に食べたかったのに。
「注文すれば出すわよ?」
「そうかい? じゃぁ筍ご飯とキュウリの漬物で。あと、味噌汁も飲みたい」
何か、急に定食が食べたい、そんな気分になった。
「私はキュウリが入ってれば何でもいいよ」
にとりはにとりで無茶な注文をしている。
店員泣かせな気がするな~。
「はい喜んで♪ お酒は?」
「僕は日本酒で」
「私はビール」
「はい喜んで♪」
輝夜はすぐにグラスと二本の瓶を持ってくる。
一本は日本酒で、銘柄はいつか呑んだ鳳鳴だ。
もう一本はビールのようで、にとりのグラスに金色の液体が注がれた。
「おっとっと」
少しだけ溢れそうになった泡を、にとりは口で受け止めた。
その後に、僕も輝夜に注いでもらう。
「さて、何に乾杯するんだい?」
「ん~っと、じゃぁ、拡声器完成に」
「ふむ。それじゃ拡声器完成に、乾杯」
「かんぱ~い」
コツンとグラスを合わせて、僕とにとりは半分程を体に吸収した。
あぁ、やはりお酒は美味しい。
口の中に広がるアルコール分。
そして、酒独自の味。
甘みにも辛みにもなるお酒こそ、人類の宝ではないだろうか。
僕なら、キュウリよりこっちを薦めるね。
決定権が誰にあるかは知らないけれど。
「はい、筍ご飯ね。それとお味噌汁。にとりには、モロキュウと……」
と、輝夜は声をひそめた。
「鶏肉を焼いたものにキュウリを添えたものね。結構合うから。店長には内緒よ」
「にひひ、ありがとう~」
鶏肉撲滅の為にミスティアが八目鰻の屋台を始めたというのに……
ついに姫の謀反が始まった様だ。
屋台を乗っ取らない事を祈るよ。
「ねぇねぇ、さっきの乾杯してたカクセイキって何?」
「あぁ、これだよこれ」
にとりはリュックから拡声器を取り出して、輝夜に説明する。
まぁ、この『他人に説明する瞬間』が、僕達が一番楽しい時間。
にとりの瞳がキラキラとしているのは、屋台の提灯の照り返しじゃないだろう。
「へ~、『核精器』かと思ったけど、違うのね」
「核か……河童の技術躍進があったみたいだけど。どうなんだい、にとり?」
八坂神奈子と洩矢諏訪子の計画で、河童に与えられた最新技術、核融合。
とんでもないエネルギーを生み出せる技術なのだが……
「う~ん、正直持て余してるかな~。まずはきちんと制御しないとね。まだおくう頼りだもん」
「大丈夫なの、空で。あの子って結構、適当じゃない」
輝夜が拡声器をイジりながらにとりに聞く。
まぁ、輝夜の言うとおり、不安は残るな。
一度は暴走して、幻想郷を征服しようとしたらしい。
そんなおくうに制御を任せているという事だ。
また暴走しないといいけど。
「まぁ、危なくなったら呼ぶ程度だし。う~ん、キュウリが美味しい~」
ポリポリと音を鳴らすにとり。
まぁ、この様子だと危機感はそんなに抱かなくても良さそうだ。
輝夜と目が合い、お互いに苦笑した。
「これ、どうやって使うの?」
「そのスイッチを入れてから、そこに向かって話せば、ここから声が大きくなって聞こえるよ」
「あ~あ~、あ、本当だ。こほん、蓬莱山輝夜、絶賛売り切れ中!」
後半は、ぴーがーという音に阻まれて、声は聞こえなかった。
しかし、売り切れ中ってどういう意味なんだ。
というか、何を主張したいんだこのお姫様は。
「ほら、私ってモテるから」
「真顔で言われると困るんだが……」
「私って可愛いよね?」
「僕に聞かれても困るんだが……」
「にとりと私、どっちが可愛い?」
「ふむ……難しい問題だね」
僕は技とらしく腕を組んだ。
正解は、「両方可愛いよ」、なのだが、そんな台詞は幻想郷が崩壊したって吐きたくはない。
歯が浮くね。
「可愛い……転じて、河良い、だ。つまり、答えはにとりだね」
と、答えた瞬間、輝夜に叩かれた。
痛い。
まったく……眼鏡が割れると危ないから、顔面は辞めて欲しい……
僕が眼鏡の位置を合わせ直すと、輝夜は無言でグラスを差し出してきた。
「はいはい。まったく……君は充分に可愛いよ」
「心こもってないわね~。そんなんじゃ結婚もできないわよ」
「する気がないよ」
僕は輝夜のグラスに日本酒を注ぐ。
それから、僕のグラスとコツンと合わせてから、輝夜は口を潤わせた。
「ふ~ん、霖之助と輝夜って仲いいんだね」
「常連客なのよ。仕方ないから相手してあげてるの」
また酷い言われ様だな。
「ふ~ん。まぁ、仲が良いのはいい事だよね」
「にとりは香霖堂と仲がいいの?」
「う~ん……道具仲間? 発明仲間? それとも魔理沙仲間かな」
まぁ、確かに僕とにとりが出会えたのは魔理沙のお陰という事もある。
それにしても魔理沙仲間か。
何か、窃盗団的な響きがあるな。
恐ろしい。
「香霖堂ってば、相変わらず黒白にラブみたいね」
「あはは、霖之助と魔理沙が一緒にいる時って、すっごい自然な空気が流れるんだよ。そこに居て当たり前、的な」
そうかな~。
魔理沙はかなり迷惑な存在だ。
店の物は勝手に持って帰るし、お茶も勝手に飲む。
「ラブとか以前の問題だ。迷惑ばかりで、魔理沙を好きとかそういう以前の感情だよ」
「ふ~ん、どうかしら」
輝夜が流し目で僕を見る。
また、僕をからかう気だろう。
「迷惑なら追い出せばいいじゃない」
「いや、そういう訳にも行かないだろう。君は用も無いが尋ねてきた友人を追い出せるかい?」
「う~ん、それは確かに。でも、友人?」
「まぁ、僕からしてみたら黒白も紅白も子供みたいなものなんだけどね」
「あら、だったら母親役が必要ね」
輝夜は自分を指差す。
「君が母親?」
「そうそう。美しくて料理がうまくて、とっても愛嬌ある理想のお母さん」
グラス片手にくるんと一回転して可愛さをアピール。
「ふむ、しかし、君が僕の妻になるというのなら、その条件では無理だな」
「あら、どうして?」
「理想のお母さんというならば、夫を立ててくれないと」
輝夜は確実に僕を尻にしく。
意味合い的には勿論だが、下手をすれば物理的に、だ。
そんなのは理想の母親とは呼べない。
「ん、霖之助、それは違うよ」
「そうそう」
にとりの言葉に、輝夜も同意する。
「これは子供から見た理想のお母さん。旦那様の意見なんて、聞いてないのよ」
ねぇ~、と二人は意気投合した様にニコリと笑っている。
はぁ~……まったく、僕が中心の話だったはずだが、いつの間にか論点が変わっていたらしい。
これだから少女という生き物は。
僕はグラスの中身を全て煽る。
ついでに空も仰いでみた。
今日の満月はいつも通り、どこかのお姫様みたいで子憎たらしい表情を見せていたのさ。
~☆~
「にへへ~、おらおら~、蓮子の尻子玉はどこだ~」
「きゃ~、この変態~。助けてメリー」
「河童の弱点は頭のお皿よ」
屋台側で、すっかり酔っ払ってしまったにとりが、すっかりと人間と仲良くなっている。
あれのどこが人見知りなのだろうか。
疑問だ。
「ほろれちゅちゅぱれろちゅちゅ~♪」
ミスティアもかなり酔ってるらしい。
さっきから謎の呪文を歌い続けている。
妙な魔法でも発動しないといいけど。
「まさにエロ河童ね~」
「にとりかい?」
えぇ、と輝夜が答える。
すっかり酔っ払ったにとりは親父と化した。
普段、何か鬱屈した悩みでもあるのだろうか。
まぁ、女の子同士だから問題ないだろう。
スキンシップの範囲といえば、それまでだ。
「あれを香霖堂がやったら、すでに死んでるわね」
「輝夜に殺されるのか。何とも言えない最後だねぇ」
不老不死の人間に殺される。
何とも業が深い気がする。
「ねぇねぇ、尻子玉って、架空の臓器なんでしょ?」
「まぁ、そうだね。でも胃や腸なんかを表すとも言われる」
「ようするに、河童もただの妖怪な訳ね。こわいこわい」
「尻子玉を抜かれると、フヌケになる、なんて言われているからね。無気力になってしまうというよりは、闘争心などを失ってしまうんじゃないかな」
「ふ~ん。河童はそれをどうするの?」
「食べるとか、龍神さまに納めるとか聞いた事があるけど、実際には存在しない臓器だから、ただの謂われだろう」
他にも、河童は人を水に引き釣り込んだりすると謂われているが、不思議と人を殺すとは表記されない。
尻子玉にしたって、抜かれると死んでしまう事はなく、フヌケになるとしか言われていないのだ。
河童は人間の盟友、というにとりの言葉は、あながち間違いじゃないのかもしれない。
「そうそう、河童の対策として、仏前に供えたご飯を食べると、決して河童には負けないそうだよ」
「へ~、妙な弱点ね」
「頭の皿なんかは、生命力の象徴とも謂われているね。マヨイガの茶碗と似た様な話だったと記憶しているが、ちょっと曖昧だな」
「あら、香霖堂にしては珍しい。じゃぁ『エロ河童』はどこからきたのかしら?」
輝夜の言葉に、僕は腕を組んだ。
確かにエロ河童という揶揄は良く聞く。
しかし、語源となると分からないな。
あれだろうか、にとりの様子から見るに、酔うと皆、エロくなるのだろうか。
そうすると、種族的には最低だな。
「香霖堂はムッツリよね」
「どうして、いきなりそんな話になるんだよ。まったく……酷いな。面と向かってそんな言葉を言われたのは初めてだ。というか、どうして僕がムッツリなんだよ」
「だって、男は総じてスケベでしょ? なのに香霖堂ったら、色には反応しないじゃない」
ほら、と言って、輝夜はゆっくりとスカートをたくし上げる。
「いやいや、実際には凄く興奮してるけど、僕はポーカーフェイスのプロなんだ」
「それをムッツリって言うのよ」
「……確かに」
しかし、男心は全開にして表に出すよりかは、黙っていた方が良いと思うのだが。
「場合によるわよ。女の子からしたら、自分に魅力なしって思われちゃうもの」
「なになに、霖之助の魅力~?」
と、ここでにとりが戻って来た。
右手にビールが入ったグラス。
左手には八目鰻の蒲焼。
目はトロンとしていて、すでに前後不覚に酔っている。
まともな会話は成り立たないだろう。
「えぇ。にとりは香霖堂の魅力ってどこだと思う?」
「う~ん……やっぱメガネだね、メガネ。幻想郷でも珍しいよ、メガネ」
「あぁ~、なるほど、確かにそうね。喜びなさい、香霖堂。今よりあなたはメガネによって生かされるのよ」
「意味が分からない煽り方をするんじゃない」
まったく。
メガネは大切だ。
歪んだ世界を正しく導く。
だから、僕は、メガネをかけている。
少女達はメガネをかけていない。
見ている世界、覗いてる世界が違うのだ。
「色眼鏡で見てるんじゃないの?」
「おぉ、霖之助も色欲に溺れたか。さすが河童の盟友だね~」
「にとり、色眼鏡の色はそういう意味じゃない」
「およ?」
「他人を先入観で見る、という意味さ。チルノなら馬鹿、おくうなら馬鹿、輝夜なら馬鹿、という具合にね」
輝夜は馬鹿なのか、というにとりに対して、輝夜はニヤリと笑った。
「じゃ、私の色眼鏡を教えてあげるわ。香霖堂の森近霖之助は変人でスケベで商売下手でムッツリ」
「おまけに魔理沙好きのロリコンだね」
はぁ……まったく、暴言の嵐じゃないか。
「酷いな~、まったく。呑まないとやってられない」
僕が掲げたグラスに、輝夜は日本酒を注いでくれる。
ついでににとりがビールを呑みきったので、そこにも日本酒を注いでやった。
「注いだついでに対で注いで頂戴」
「ややこしいよ」
輝夜も差し出したグラスに注いでやる。
ん、どうやら丁度、空っぽになった様だ。
だいぶ呑んでしまったかな?
「半分くらいだったから、いい具合じゃない?」
「まぁ、ほろ酔いを通り越したぐらいか」
「うん、私は全然酔ってないよ。うはは、うはははははは!」
うん、にとりはもうダメだ。
今日はウチに泊めるしかないかな。
「そう簡単に女の子を泊めるってどうなの?」
「どうなの、と言われても仕方ないじゃないか」
まさか連れをこのまま放っておいて帰る訳にもいくまい。
「じゃ、私も一緒に香霖堂に泊まるわ」
「どうしてだい?」
「えっちな事しないか、監視しとかないと」
「はぁ……しないよ。これでも僕は意気地なしでね。後の事を考えると手が出せない」
「事後ね」
「事故は起こさないよ」
「時効は無いわよ」
「自己管理を徹底するよ」
よろしい、と輝夜は僕の頭をなでた。
まぁ、年齢的には彼女の方がはるかに年上なのだから、年下扱いするな、と言う事も出来ない。
あながち、母親というのも間違いじゃないのかもしれないな。
「霖之助が手を出さないんだったら、私から手を出しちゃうよ!」
「あら、私にライバル宣言するとはにとりも根性があるわね」
「ふっふっふ~、私は泥棒猫なのよ~」
にとりはご機嫌な様子で、拡声器を手に取り、高々と言い放った。
「河童の酔っ払いなだけに、かっぱらい!」
残念ながら、後半がぴがーって鳴ってしまったので、オチが付きそうも無い。
「まさか、駄洒落的センスで香霖堂を寝取られるとは思わなかったわ」
「寝てないよ……まったく、僕はにとりに惚れてしまった、という事かい?」
「少なくとも、私よりにとりの方がポイント高そうだけど?」
「さてさて、どうだろうね」
まぁ、なんにしても、酔っ払いの戯言と虚言じゃ色気の無い話にしかならない。
これはこれで、森近霖之助らしいと言えば、らしいんだけどね。
もしかしてぜろりん好きですか?
途中で「殺して解して並べて揃えて晒してやんよ」の一部らしきものが…ww
そしてエロ河童に絡まれた秘封のお二方、ご愁傷さまです(笑。
ホントに仄々であったかい屋台だな。
(今回女将は、ほろれちゅちゅぱれろちゅちゅ~♪でしたけどw)
そろそろこいつらくっついてもいいと思うんだ。
拡声器って電池無しでできたっけ?
しかし……そろそろ、永琳が動きそうかなww
しかし、幻想郷恐ろしいところ・・・江戸時代っぽいのに現代っぽいですねぇ・・・核とか核とか・・・
にとりん可愛かったです。
しかもものっっっ凄い今さらですが、さりげなくミスティアも良いキャラしてるんですよねぇ。
>かっぱらい
「うめぇ!」って叫んでしまったww
ごちそうさまですw
春夏○冬です。