小熊館に、笛の音が響き渡っている。
「ぷえー」
笛を吹いているのは、紅いあ熊、レミリアだ。
吹いているのはリコーダーである。
「どうしたの、急に音楽に目覚めたの?」
「外来の超能力者情報によると、最近のトレンドは吹奏楽という話なのよ」
パチュリーの問いに、レミリアはチャルメラを吹きながら答える。
今のトレンドは六つ子じゃなかったかしら、とパチュリーは思ったが、周回遅れぐらいが幻想郷には丁度いいだろう。
「というわけで、こあ熊に色々集めさせたわ」
「はい、準備できました~」
こあ熊が台車を押しながら現れる。
台車の上には、大きな水槽が9つ。
「こあ熊」
「はい」
「水槽が9」
「オチを先に言わないでください~」
崩れ落ちるこあ熊に、「大丈夫よ」とレミリアが肩を叩く。
「これを見なさいパチェ」
レミリアが積み上げられた水槽のひとつを指さした。
中に、湖の人魚が閉じ込められて、水草に絡め取られてもがいている。
『たすけてください~』
「人魚を苛めてどうしたいの」
「これがいわゆる」
「解った。水草が苦」
レミリアが崩れ落ちた。
「こあ熊。片付けなさい」
「わかりました~」
『あーれー』
運ばれているわかさぎ姫。今夜は天ぷらだろうか。
パチュリーがそう思ったのは、レミリアがドナドナを吹いていたからだった。
しかし微妙に音が外れているので、悲しそうというより楽しそうである。
「レミィって、音感はないわね」
「まだ鍛錬が足りないだけよ。咲夜」
「お呼びでしょうか」
「笛の達人を連れて来なさい」
「かしこまりました」
次の瞬間、咲夜の隣には寅丸星が出現していた。
なぜメルランではなく寅丸星なのだ。
「こ、ここは?」
「小熊館へようこそ。笛の達人」
「笛?」
星が言うと「ふえ?」という感じである。
「私に笛を教えなさい」
「いや、いきなりそう言われても。そもそもなぜ私に笛を」
「ピューと吹くからよ」
「それはジャガーです」
「似たようなものじゃない」
「吸血鬼とチスイコウモリぐらい違うかと」
「似たようなものね」
それでいいのか吸血鬼。いや今は熊だった。
「というわけで笛を吹きなさい」
「ふええ」
レミリアに迫られて星は幼女のように涙目である。
「笛は吹けません」
「使えないジャガーね」
「虎です」
「バターになっておしまい」
「あーれー」
レミリアが星を回した。踊るように星は回る。
「何事ですか?」
そこにパンダが現れた。美鈴である。
「あら美鈴。丁度良かったわ、そのパンダを脱ぎなさい」
「いいんですか!?」
「お前は竜に戻るのよ」
パンダの着ぐるみを脱がせ、そしてレミリアは美鈴の帽子の龍の字を掴んで回した。
「あーれー」
寅丸星と一緒に美鈴は舞うように踊る。
虎と竜が舞うところに道ができていく。
「なんでもないようなことが幸せだったと思うわね」
「夜に二度とは戻れないけどいいの?」
ぷえー。レミリアが22年ほど前のヒット曲のメロディをリコーダーで吹く。
そこはハーモニカではないのか。
「おねーさまおねーさま」
と、そこへもう一匹のあ熊が現れる。フランだ。
フランもリコーダーを持っている。
「なあにフラン」
「虎と竜を倒すといいと思うの」
フランが取りだしたのは赤い背番号25のユニフォームである。
「辛くないわね」
レミリアは袖を通す。25番は許されたらしい。
と、回っていた寅丸星がふらふらとよろめいてくる。
「そういえば貴方、虎で星なのね」
「ふえ?」
「どっちかにしなさい」
「そう言われましても」
「おねーさまも星っぽくない?」
「どのあたりがよ」
「ラミレスとレミリアって似てる」
「似てないわ」
「レミちゃんぷえー」
「ぷえー」
そのパフォーマンスは古いと思う。
「そういえばパチェ、思い出したんだけど」
「なに、藪から棒に」
「例の超能力者が吹奏楽を大根のメタファーって言ってたのよ」
「大根?」
「どういう意味かしら」
ぷえー。笛を吹きながらレミリアは首を傾げる。
「楽器を吹いている姿が大根を囓る農家の子供のようってことじゃないの?」
「なるほど。外の世界は飢饉のようね」
「大根?」
「フラン、笛を囓らないの。美味しくないわ」
「お夕食をお持ちしました」
そこへ咲夜がカートを押してやってくる。
夕食は天ぷらだった。
「天つゆに大根おろしを添えてお召し上がりください」
「大根おろしにさっそうとー」
「ぷえー」
ああ、虎は大根おろしのメタファーだったのだ。
納得して、不老不死になれそうな天ぷらに、パチュリーは箸をのばした。
レミちゃんぷえー。これは流行らない