プリズムリバー邸の白い外壁は、すっかり夕日に包まれていた。伸び放題の蔦だろうが、雨染みだろうが、等しく朱色に染め上げられた。
ところどころ腐食した木造の扉だけは、セピア色だ。ちょうど、日焼けした古い本の表紙のようである。
それを開くと、彼女にいつでも会えるのだった。
===
「ただいまー」
「お帰りなさい、リリカ。遅かったわね」
蜘蛛の巣の掛かった、くすんだシャンデリアの光の下。
ヒビの入った振り子時計にもたれかかりながら、ルナサはギラギラと黒光りするiPhone5をぽけーっと眺めていた。
「ご飯まで後少しだから、待っててね」
ほんわかしたメルランの声であったが、料理をしていたわけでもなんでもない。リビングに置かれたダブルディスプレイなパソコンを前に、メルランは何やら、ちゃっちゃか打っていた。
「えーっと……」
リリカは、まず落ち着こうとした。息を吸って、吐いて。
まず、ルナサを見ることにした。どう見てもiphone5で、イヤホンを耳につけて、のんびり何かを聞いてらっしゃる。
次に、メルラン。パソコンの画面には、宅配ピザがずらりんと並んでいる。どうやら、Mサイズとチキンナゲットをポチってらっしゃる。
「いやいやいや! あんたら、おかしいでしょうに!?」
「……何が?」
問題でもあるのかしらとでも言いたげに、ルナサはイヤホンを片方だけ外して、じっとりとした眼差しをよこした。
8割の人は恐れに震え、2割の人は歓喜に震える、ルナサのじと目だ。だが、リリカは臆さない。
「何がって、全部だよ、全部! おかしいよね!? iPhone5だとかインターネット、当然って感じになってるけど、おかしいよね!?」
「おかしい、かしら?」
「おかしいよ! だって、私たち、一応アイドルみたいなものだよ!? ファンの期待する私たちと食い違っちゃ、良くないんじゃない!?」
「むぐぅ」
想像以上に正論だったらしく、ルナサが口をもがもがさせた。
愛する姉のため、メルランは助け舟を出した。
「なるほど! つまり、リリカはこういうことが言いたいのね!」
メルランが椅子をくるんと回して、振り返る。にたにたするその笑みは、いかにも意味有りげだ。
「原作は原作でやればいい。なぜ二次創作する必要があるのか!」
空気が凍りついたというか、リリカは実際に何だか背中がひやっとした。
「い、いや、別にそこまで極端なこと言うつもりないけど! というかその、原作とか二次創作言っちゃうのやめようよ!」
「いくらなんでも原作主義者すぎよ、リリカ。iPhone5くらいあったって、別に設定的に問題はないというのに!」
「駄目だよリリカ。姉さん、あんなにiPhone5、可愛いがってるのよ? 私のことを差し置いて。愛・骨五郎って名前まで付けて気に入っちゃってるのよ。私のことを差し置いて」
「何これ、新手のいじめ!?」
段々と涙目になっていくリリカを見て、ルナサは少し譲歩してやることにした。
彼女なりの意見を聞いてやる必要があるだろう。
「リリカは、どうあるべきだと思っているの? どんな二次創作だったらいいっていうのかしら。どういうのだったら、東方でやる必要があるのかしら」
「そ、そんなこと急に言われても! えっとー……」
目を閉じて腕組み。うんうんしながら、リリカが悩みぬいて出てきた解答は次の通り。
「やっぱり、原作ならではの要素をうまく使ってて、東方の良さを再発見できる、みたいな?」
「……ありがちでそれっぽい答えをどうも」
「ありがちでそれっぽいとかゆーなー!」
リリカのイカニモな答えを受けて、メルラン、両手の人差し指を頭に向けて、くるくるやり始めた。
何やら閃いたようで、目をまん丸にしてぱぁっと輝き出した。
「つーまーりー! リリカのいう、東方でやる必要がある作品って、こういうものね!」
………………
…………
……
~ 東方でやる必要のある作品 リリカ案 ~
「やったよメル姉! 東方地霊殿ってゲーム、ノーマルクリアできたよー!」
メルランのパソコンを、リリカが独占中。ゲンサクなるものをプレイしたらしい。
「やったじゃないリリカ!」
「メル姉の言われたとおりやってみたけど、意外と難しくないんだね! いやー、6面で残機1で突入したけど、クリアできるとは思わなかったー」
メル姉のアドバイスは、霊夢紫機体を使うことと、お燐相手にはひたすら霊撃するということ。
パワーが少なくなるために躊躇しがちであるが、地霊殿こそ霊撃を撃つべきである。
抱え落ちさえしなければ、妖々夢と同程度の残機が確保できるため、慣れてしまえば決してシビアなゲームではないことが分かるだろう。
「ボムるとパワーが減るけど、むしろパワー0で相手のスペルを耐え切ったときなんて、最高に楽しかったなー。他にお勧めとかないの?」
「そうねー。妖精大戦争のHardなんかは、普段ノーマルしかやらない人でもお勧めよー。あとは虫○様ふたりとか、超○射68kとかCrimzonなCloverとかかなー」
「ありがとうメル姉! いろいろやってみるよ!」
……
…………
………………
「……っていう感じのってことよね?」
「いや、確かに原作の要素強いけどさ! 東方の良さ、再認識できるかもしれないけどさ! というか、最後に挙げたの、明らかに東方関係ないしさ!」
「文句多いわね、リリカって」
「もー! あーいえばこーゆー! そういうメル姉は、どういうのがいいのよ!」
「あ、それ私も聞きたい。お題は、東方でやる必要のある作品、ね」
ルナサの問いを待っていたかのように、メルランは指をちっちっと鳴らして、すぐさま返事をよこした。
「やっぱり、愛なんじゃないかなって思うの」
「愛……。と、いうと?」
「私の好きな人は、こんな素敵な人なんだよって伝えられるような、愛にあふれた作品こそ、必要だと思うの!」
………………
…………
……
~ 東方でやる必要のある作品 メルラン案 ~
お姉ちゃんのここが大好き10ヶ条!
・バイオリンを弾いてるお姉ちゃんのクールな眼差しが最高。音楽に没頭しててカッコいい!
・で、そんなときに背中に氷を入れて「ひゃああ!」なんて言わせるのがたまらない!
・その後、顔を真っ赤にしてギッと睨むのも含めて良い! 屈服させたくなっちゃう!
・お料理してる時も最高。音楽やってるときとは打って変わって、普通に女の子な優しい眼差しで最高!
・近くによったら、「食べる?」なんて言ってつまみ食いさせてくれるの! のどかな日常の一風景で私、爆発しそう!
・「最近スランプでうまく弾けない……」みたいな相談、私にしてくれるの! 私が支えてあげちゃう!
・愚痴ってるうちに泣きだして、「ごめん、でも聞いてくれてありがとう」なんて上目遣いで言うお姉ちゃんの姿を見ると、私、もう……!
・リリカがお姉ちゃんに相談することもあるんだけど、すっごい真摯だし、「今日は一緒に寝てあげようか?」なんていうお姉ちゃんの優しさときたら!
・パジャマを着ててもバスローブに包まれてても、お姉ちゃんのスレンダーな体は隠せなくってムッハー!
・でもでもなりより、普段着のお姉ちゃんこそ至高。黒スカートから覗かせる色白太もも、いとをかし。
……
…………
………………
「……って感じの作品!」
「もう作品っていう体をなしていないから! というか、今まで私のこと、そういう目で見ていたの!?」
「え、ルナ姉、気づいてなかったの……?」
今度はリリカがルナサにジト目をよこす。慣れない反撃に、ルナサはつい目をそらしてしまった。
「ま、まあある程度は……。いや、まあそんなことより、本題はなんだっけ?」
「その、東方でやる必要性があるものってどんなのかって話じゃなかったっけ。ルナ姉はどうなの?」
「そう、それ! この問いに答えるには、むしろ逆を考えるべき! どんな時にこの言葉を使いたくなるのか!」
なんとか調子を取り戻したルナサが、そのままマシンガンにまくしたてる。
「例えば、いちゃいちゃするだけとか、ご飯食べるだけとか、正月をのんびりすごすだけとか、クッキー作るだけとか!」
「ちょ、ルナ姉ストップストップ! 無作為に敵を作ろうとしないで!」
「いいえ。これらはむしろ、対象外よ。なぜなら、他の作品でやる必要性というのも、特に無いのだから!」
「それ、擁護になってないー!」
ルナサとリリカのやり取りを聞いて、メルランが人差し指で自分のほっぺをふにふにやり始めた。思いがけない展開に、思案し始めたようだ。
「私としては、姉さんと妖夢を引っ付けるのが御免かなー。ルナメルしか認めたくないし」
「そう、まさにそれよ!」
「うええ!?」
自分で言っておきながら、メルランが素っ頓狂な声を上げて驚いた。
「語尾にウサがついていたりなのだーがついていたり! 俺とか僕とかわらわになっていたり! 色恋しか脳のないキャラ付けになっていたり、安易なニートやババアを使ったり!
そんな時、人は思う! 俺の中の東方と違う! 俺の中の方を汚さないでくれと!」
東方でやる必要があるのだろうかと感じるのは、東方でやってほしくないと切実に願う時である。
自分の中の幻想郷と著しく異なる世界が繰り広げられているとき、人は拒絶反応を起こすのだ。
「じゃあ、私たちは……?」
リリカが、宙に浮かせるように、ぽつんとつぶやく。
「私たちは、何者、なの? 本当に、私たちは必要なの?」
「……どうしちゃったの、リリカ?」
「無駄にiPhone5とか出しちゃうし、妙にメタな発言。もう、誰かにとっての理想郷とは、ほど遠い位置にきちゃってるよ! もう、私たち、必要ないんじゃないの!?」
東方でやる必要がない。その称号は、この世界の住人達にとって、残酷な言葉である。
それは、君たちは生まれてこなくてよかった、別の誰かでよかったということを意味するのである。
ルナサは、リリカの言わんとすることをくみ取り、穏やかな口調で返した。
「アイデンティティの崩壊を、招く。そうよ、リリカ。東方でやる必要がないというのは、私たちの存在理由が否定されることになる」
「や、やだよ。ルナ姉、そんな暗いこと、言わないでよ!」
「絶望した。人々が勝手に抱く脳内幻想郷に、絶望した!」
ブラックホール、ここに誕生。真っ黒な負の感情が渦を巻き、大気中の酸素を根こそぎ奪い、息苦しい感じになってしまった。
が、そんな思っ苦しい空気を打ち破るホワイトホール、白い明日の太陽こと、メルラン・プリズムリバーが待っていた!
「大丈夫、リリカ。認めてあげれば、いいと思うの。私たちと異なる者の、脳内幻想郷の存在を! みんな違って、みんないい!」
「認める……?」
「そうよ。ボクっ娘リグルだろうが、わらわレミリアだろうが、色狂いの私とか! 既にこの世に生まれている! なら、認めなければいけないの! 生きとし生ける存在を!」
「待ってよメル姉! それじゃ、私に似たようで違うリリカが、たくさんいるってことになるじゃない! それはそれで私のアイデンティティが拡散しちゃうよ!」
「がんばってリリカ。その辺は人里に住んでる発展途上作家Tさんの『大量廃棄物アリスよ、星を抱け』を読めば参考になるわ」
「何かはぐらかされたー!」
リリカが助けを求めるようにルナサを見つめると、仕方ないといった様子でため息をひとつついた。
「メルランの言う通りかもね。ここはただ一つの、脳内幻想郷に過ぎない。リリカは、たくさんいるリリカのうちの一人でしかない」
「それ、やっぱり怖いよ。どれが本当の私なのか、分からなくなるよ!」
「そうね。だからこそ、違ってていいの。あなたはあなたなりの、素敵なリリカを目指せばいい。それは、皆が認めるリリカと違ったって、構わないの!」
姉たちに諭されて、リリカは少しだけ、心が柔らかくなるのを感じた。
「納得いかないとこもあるけど。そんな感じで、いいのかな。私、ファンの声に答えなくちゃって思ってたんだけど」
「何いってんの。そんなことを気にしてると、余計ファンが逃げちゃうわよ? 堅苦しくなるより、ハッピーなスマイルでチャームすれば、勝手に人は付いてくるんだから!」
「そう。だから、アイデンティティなんて考えなくって大丈夫。皆の理想像を認めながら、リリカはリリカでいてくれればいい。そんなもんよ」
「……そっか。ちょっとだけ、肩の荷が降りたような気がするよ」
プリズムリバー邸、冬の夜。
厳しい寒さの中、リリカは姉たちの言葉が少し、暖かく感じられていた。
不意に、玄関からけたたましい声が飛び込んでくる。
「ちわ! 天狗ピザですけども、プリズムリバーさんですかー!? クレジット払いと聞いているんですがー……」
「はいはーい、今行きますー!」
とたとた、と玄関に向かうのが呑気なメルランであった。
それを横目で見て、愛・骨五郎さんでクラシックラジオを聴き始めるのが、またも呑気なルナサであった。
そして、ピザ屋の空気をぶち壊す声と、明らかに聞こえたエンジン音に、苛立ちを隠せないのは、人一倍呑気でないリリカであった。
「やっぱり認めない! 私は認めないよ、こんなゲンソーキョー!」
ところどころ腐食した木造の扉だけは、セピア色だ。ちょうど、日焼けした古い本の表紙のようである。
それを開くと、彼女にいつでも会えるのだった。
===
「ただいまー」
「お帰りなさい、リリカ。遅かったわね」
蜘蛛の巣の掛かった、くすんだシャンデリアの光の下。
ヒビの入った振り子時計にもたれかかりながら、ルナサはギラギラと黒光りするiPhone5をぽけーっと眺めていた。
「ご飯まで後少しだから、待っててね」
ほんわかしたメルランの声であったが、料理をしていたわけでもなんでもない。リビングに置かれたダブルディスプレイなパソコンを前に、メルランは何やら、ちゃっちゃか打っていた。
「えーっと……」
リリカは、まず落ち着こうとした。息を吸って、吐いて。
まず、ルナサを見ることにした。どう見てもiphone5で、イヤホンを耳につけて、のんびり何かを聞いてらっしゃる。
次に、メルラン。パソコンの画面には、宅配ピザがずらりんと並んでいる。どうやら、Mサイズとチキンナゲットをポチってらっしゃる。
「いやいやいや! あんたら、おかしいでしょうに!?」
「……何が?」
問題でもあるのかしらとでも言いたげに、ルナサはイヤホンを片方だけ外して、じっとりとした眼差しをよこした。
8割の人は恐れに震え、2割の人は歓喜に震える、ルナサのじと目だ。だが、リリカは臆さない。
「何がって、全部だよ、全部! おかしいよね!? iPhone5だとかインターネット、当然って感じになってるけど、おかしいよね!?」
「おかしい、かしら?」
「おかしいよ! だって、私たち、一応アイドルみたいなものだよ!? ファンの期待する私たちと食い違っちゃ、良くないんじゃない!?」
「むぐぅ」
想像以上に正論だったらしく、ルナサが口をもがもがさせた。
愛する姉のため、メルランは助け舟を出した。
「なるほど! つまり、リリカはこういうことが言いたいのね!」
メルランが椅子をくるんと回して、振り返る。にたにたするその笑みは、いかにも意味有りげだ。
「原作は原作でやればいい。なぜ二次創作する必要があるのか!」
空気が凍りついたというか、リリカは実際に何だか背中がひやっとした。
「い、いや、別にそこまで極端なこと言うつもりないけど! というかその、原作とか二次創作言っちゃうのやめようよ!」
「いくらなんでも原作主義者すぎよ、リリカ。iPhone5くらいあったって、別に設定的に問題はないというのに!」
「駄目だよリリカ。姉さん、あんなにiPhone5、可愛いがってるのよ? 私のことを差し置いて。愛・骨五郎って名前まで付けて気に入っちゃってるのよ。私のことを差し置いて」
「何これ、新手のいじめ!?」
段々と涙目になっていくリリカを見て、ルナサは少し譲歩してやることにした。
彼女なりの意見を聞いてやる必要があるだろう。
「リリカは、どうあるべきだと思っているの? どんな二次創作だったらいいっていうのかしら。どういうのだったら、東方でやる必要があるのかしら」
「そ、そんなこと急に言われても! えっとー……」
目を閉じて腕組み。うんうんしながら、リリカが悩みぬいて出てきた解答は次の通り。
「やっぱり、原作ならではの要素をうまく使ってて、東方の良さを再発見できる、みたいな?」
「……ありがちでそれっぽい答えをどうも」
「ありがちでそれっぽいとかゆーなー!」
リリカのイカニモな答えを受けて、メルラン、両手の人差し指を頭に向けて、くるくるやり始めた。
何やら閃いたようで、目をまん丸にしてぱぁっと輝き出した。
「つーまーりー! リリカのいう、東方でやる必要がある作品って、こういうものね!」
………………
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~ 東方でやる必要のある作品 リリカ案 ~
「やったよメル姉! 東方地霊殿ってゲーム、ノーマルクリアできたよー!」
メルランのパソコンを、リリカが独占中。ゲンサクなるものをプレイしたらしい。
「やったじゃないリリカ!」
「メル姉の言われたとおりやってみたけど、意外と難しくないんだね! いやー、6面で残機1で突入したけど、クリアできるとは思わなかったー」
メル姉のアドバイスは、霊夢紫機体を使うことと、お燐相手にはひたすら霊撃するということ。
パワーが少なくなるために躊躇しがちであるが、地霊殿こそ霊撃を撃つべきである。
抱え落ちさえしなければ、妖々夢と同程度の残機が確保できるため、慣れてしまえば決してシビアなゲームではないことが分かるだろう。
「ボムるとパワーが減るけど、むしろパワー0で相手のスペルを耐え切ったときなんて、最高に楽しかったなー。他にお勧めとかないの?」
「そうねー。妖精大戦争のHardなんかは、普段ノーマルしかやらない人でもお勧めよー。あとは虫○様ふたりとか、超○射68kとかCrimzonなCloverとかかなー」
「ありがとうメル姉! いろいろやってみるよ!」
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「……っていう感じのってことよね?」
「いや、確かに原作の要素強いけどさ! 東方の良さ、再認識できるかもしれないけどさ! というか、最後に挙げたの、明らかに東方関係ないしさ!」
「文句多いわね、リリカって」
「もー! あーいえばこーゆー! そういうメル姉は、どういうのがいいのよ!」
「あ、それ私も聞きたい。お題は、東方でやる必要のある作品、ね」
ルナサの問いを待っていたかのように、メルランは指をちっちっと鳴らして、すぐさま返事をよこした。
「やっぱり、愛なんじゃないかなって思うの」
「愛……。と、いうと?」
「私の好きな人は、こんな素敵な人なんだよって伝えられるような、愛にあふれた作品こそ、必要だと思うの!」
………………
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~ 東方でやる必要のある作品 メルラン案 ~
お姉ちゃんのここが大好き10ヶ条!
・バイオリンを弾いてるお姉ちゃんのクールな眼差しが最高。音楽に没頭しててカッコいい!
・で、そんなときに背中に氷を入れて「ひゃああ!」なんて言わせるのがたまらない!
・その後、顔を真っ赤にしてギッと睨むのも含めて良い! 屈服させたくなっちゃう!
・お料理してる時も最高。音楽やってるときとは打って変わって、普通に女の子な優しい眼差しで最高!
・近くによったら、「食べる?」なんて言ってつまみ食いさせてくれるの! のどかな日常の一風景で私、爆発しそう!
・「最近スランプでうまく弾けない……」みたいな相談、私にしてくれるの! 私が支えてあげちゃう!
・愚痴ってるうちに泣きだして、「ごめん、でも聞いてくれてありがとう」なんて上目遣いで言うお姉ちゃんの姿を見ると、私、もう……!
・リリカがお姉ちゃんに相談することもあるんだけど、すっごい真摯だし、「今日は一緒に寝てあげようか?」なんていうお姉ちゃんの優しさときたら!
・パジャマを着ててもバスローブに包まれてても、お姉ちゃんのスレンダーな体は隠せなくってムッハー!
・でもでもなりより、普段着のお姉ちゃんこそ至高。黒スカートから覗かせる色白太もも、いとをかし。
……
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………………
「……って感じの作品!」
「もう作品っていう体をなしていないから! というか、今まで私のこと、そういう目で見ていたの!?」
「え、ルナ姉、気づいてなかったの……?」
今度はリリカがルナサにジト目をよこす。慣れない反撃に、ルナサはつい目をそらしてしまった。
「ま、まあある程度は……。いや、まあそんなことより、本題はなんだっけ?」
「その、東方でやる必要性があるものってどんなのかって話じゃなかったっけ。ルナ姉はどうなの?」
「そう、それ! この問いに答えるには、むしろ逆を考えるべき! どんな時にこの言葉を使いたくなるのか!」
なんとか調子を取り戻したルナサが、そのままマシンガンにまくしたてる。
「例えば、いちゃいちゃするだけとか、ご飯食べるだけとか、正月をのんびりすごすだけとか、クッキー作るだけとか!」
「ちょ、ルナ姉ストップストップ! 無作為に敵を作ろうとしないで!」
「いいえ。これらはむしろ、対象外よ。なぜなら、他の作品でやる必要性というのも、特に無いのだから!」
「それ、擁護になってないー!」
ルナサとリリカのやり取りを聞いて、メルランが人差し指で自分のほっぺをふにふにやり始めた。思いがけない展開に、思案し始めたようだ。
「私としては、姉さんと妖夢を引っ付けるのが御免かなー。ルナメルしか認めたくないし」
「そう、まさにそれよ!」
「うええ!?」
自分で言っておきながら、メルランが素っ頓狂な声を上げて驚いた。
「語尾にウサがついていたりなのだーがついていたり! 俺とか僕とかわらわになっていたり! 色恋しか脳のないキャラ付けになっていたり、安易なニートやババアを使ったり!
そんな時、人は思う! 俺の中の東方と違う! 俺の中の方を汚さないでくれと!」
東方でやる必要があるのだろうかと感じるのは、東方でやってほしくないと切実に願う時である。
自分の中の幻想郷と著しく異なる世界が繰り広げられているとき、人は拒絶反応を起こすのだ。
「じゃあ、私たちは……?」
リリカが、宙に浮かせるように、ぽつんとつぶやく。
「私たちは、何者、なの? 本当に、私たちは必要なの?」
「……どうしちゃったの、リリカ?」
「無駄にiPhone5とか出しちゃうし、妙にメタな発言。もう、誰かにとっての理想郷とは、ほど遠い位置にきちゃってるよ! もう、私たち、必要ないんじゃないの!?」
東方でやる必要がない。その称号は、この世界の住人達にとって、残酷な言葉である。
それは、君たちは生まれてこなくてよかった、別の誰かでよかったということを意味するのである。
ルナサは、リリカの言わんとすることをくみ取り、穏やかな口調で返した。
「アイデンティティの崩壊を、招く。そうよ、リリカ。東方でやる必要がないというのは、私たちの存在理由が否定されることになる」
「や、やだよ。ルナ姉、そんな暗いこと、言わないでよ!」
「絶望した。人々が勝手に抱く脳内幻想郷に、絶望した!」
ブラックホール、ここに誕生。真っ黒な負の感情が渦を巻き、大気中の酸素を根こそぎ奪い、息苦しい感じになってしまった。
が、そんな思っ苦しい空気を打ち破るホワイトホール、白い明日の太陽こと、メルラン・プリズムリバーが待っていた!
「大丈夫、リリカ。認めてあげれば、いいと思うの。私たちと異なる者の、脳内幻想郷の存在を! みんな違って、みんないい!」
「認める……?」
「そうよ。ボクっ娘リグルだろうが、わらわレミリアだろうが、色狂いの私とか! 既にこの世に生まれている! なら、認めなければいけないの! 生きとし生ける存在を!」
「待ってよメル姉! それじゃ、私に似たようで違うリリカが、たくさんいるってことになるじゃない! それはそれで私のアイデンティティが拡散しちゃうよ!」
「がんばってリリカ。その辺は人里に住んでる発展途上作家Tさんの『大量廃棄物アリスよ、星を抱け』を読めば参考になるわ」
「何かはぐらかされたー!」
リリカが助けを求めるようにルナサを見つめると、仕方ないといった様子でため息をひとつついた。
「メルランの言う通りかもね。ここはただ一つの、脳内幻想郷に過ぎない。リリカは、たくさんいるリリカのうちの一人でしかない」
「それ、やっぱり怖いよ。どれが本当の私なのか、分からなくなるよ!」
「そうね。だからこそ、違ってていいの。あなたはあなたなりの、素敵なリリカを目指せばいい。それは、皆が認めるリリカと違ったって、構わないの!」
姉たちに諭されて、リリカは少しだけ、心が柔らかくなるのを感じた。
「納得いかないとこもあるけど。そんな感じで、いいのかな。私、ファンの声に答えなくちゃって思ってたんだけど」
「何いってんの。そんなことを気にしてると、余計ファンが逃げちゃうわよ? 堅苦しくなるより、ハッピーなスマイルでチャームすれば、勝手に人は付いてくるんだから!」
「そう。だから、アイデンティティなんて考えなくって大丈夫。皆の理想像を認めながら、リリカはリリカでいてくれればいい。そんなもんよ」
「……そっか。ちょっとだけ、肩の荷が降りたような気がするよ」
プリズムリバー邸、冬の夜。
厳しい寒さの中、リリカは姉たちの言葉が少し、暖かく感じられていた。
不意に、玄関からけたたましい声が飛び込んでくる。
「ちわ! 天狗ピザですけども、プリズムリバーさんですかー!? クレジット払いと聞いているんですがー……」
「はいはーい、今行きますー!」
とたとた、と玄関に向かうのが呑気なメルランであった。
それを横目で見て、愛・骨五郎さんでクラシックラジオを聴き始めるのが、またも呑気なルナサであった。
そして、ピザ屋の空気をぶち壊す声と、明らかに聞こえたエンジン音に、苛立ちを隠せないのは、人一倍呑気でないリリカであった。
「やっぱり認めない! 私は認めないよ、こんなゲンソーキョー!」
まあ人それぞれって言っちゃったらそれまでですけど、私の場合は、作品に作者の好意が感じられるかどうかってのが線引きですかね。
例を挙げ始めるときりが無いっすけどねー。ええ、本当に。
まあ作者の好意ってのも人それぞれですし、それを私がちゃんと読み取れるかってのもケースバイケースですから、結局はあやふやな主観が基準ってことになっちゃいますね。
ところでこのシリーズは、絶望するのはルナサなのに、なぜかリリカのほうが心労がかさみそうですね。ルナサ姉さん切り替え早いなー。
多少キャラが変わったりするのは、そのキャラに対する作者の愛だと思います。まぁ、明らかに悪意ある改変とかは別ですけどね。
リリカ頑張れ、超頑張れ!突っ込めるのはキミしかいない!
続き頑張ってください、応援しています。