「プリッツと称して再利用」
「謝れ! ポッキーとプリッツに謝れ!」
「あ、砂糖や果物をくっつけるのもいいね。なんだっけ、そう、デコレーション」
八坂神奈子は大酒飲みの割に甘い物が好きで、洩矢諏訪子は大酒飲みだったが甘い物はそれほどであった。うえ。
住まいの神社で天つ神と土着神が斯様に頓珍漢な話をしているのは、以下のとおりである。
「諏訪子、諏訪子」
「なに、神奈子」
「大変だ。酒のツマミがない」
「あんたと私が食ったんだ」
「でも、まだ酒はある」
「あるね」
「で、ツマミがない。大変じゃないか」
「酒だけでいいだろ」
「大変だったら大変だー」
「あんた、酔ってる?」
「うんにゃ。きりっ」
「オンバシラ出すな」
「大変だったら大変だったら大変だー」
「早苗もいないしなぁ……」
「うぅ、早苗ぇ、戻ってきて頂戴よぅ、早苗ぇ」
「夜には帰ってくるでしょ」
「うん。早苗が大変でツマミだ」
「……やっぱり、酔ってる?」
「つまり、大変な早苗盛り」
「よし、黙れ」
「ツマミーツマミー」
「あぁもぉ。食糧庫見てくるよ」
それからどした。
「神奈子、あったよ」
「我を呼ぶのは何処の人ぞ」
「此処の神様だよ」
「やぁ、私だったか」
「ぼけんな。はい、お菓子だけど」
「なんだと、私の胸はそんなに硬そうじゃない」
「やかましい。いらないんだったら」
「いるのー」
「……そうか。ほら」
「ありがと」
「あ、やっぱ駄目。期限が切れてる」
「神徳ぱわー」
「えぇ!?」
「ふふん、是で後、十年はもつわ」
「保存料もびっくりだよ……」
「でも、駄目よ。永遠に食べ続ける私の口があるんだから」
「無理やりだなぁ」
「んー、おいし。チョコ増量中?」
「まぁ、折角だし、味わって食べな」
「ぺろ、ん、ちゅぱ、ちゅ、んぅ」
「品のない食べ方だな。もっとお願いします」
「がり、がり、がきんっ」
「おぉ。おぉぉ……!」
「なんであんたが震えてんの?」
「中のヒトが。いや、気にすんな」
「ん、気にしない」
「素直で宜しい」
「次、次、ってありゃりゃ」
「三本。溶けてるね」
「さっきのは是のがついてたのか」
「なるほど。で――」
――以上。長い。
ごめんよぅごめんよぅとどこまで本気かわからない謝罪の声を耳にしつつ、諏訪子は小さく唸る。
(確か、砂糖は食糧庫にあった筈だ。
果物も秋姉妹に貰ったのがまだ残ってる。
練乳と混ぜたらそれっぽくなるか……考えただけで胸やけしそうだけど)
舌を出しつつ、それでも諏訪子の表情は柔らかくなった。
けれど、すぐさま提案するのもなんとなく気恥ずかしい。
思う諏訪子はもうひと唸り。
緩衝材が必要だ。
そう、次の話の為のクッションが。
「なぁ、神奈子」
「プレッツェル殿はお許しになられたであろうか」
「別メーカーになってるじゃないか。いや、それはもういいんだ」
くるりくるりと菓子を回す神奈子に、諏訪子は空咳を一つ打つ。
「そいつの利用法がないでもない。ポッキーゲームだ」
――何言ってんのよ。
――可笑しくなった?
――酔ったの? 惚けたの?
繰られるであろう言葉を推測し、諏訪子は待ち受ける。彼女は割と手弱女。
「どんなだっけ?」
「え、食い付いた?」
「質問で質問を返すなー」
菓子を持つ手をぶんぶか振り回す神奈子。
弾幕戦時の様に、諏訪子はかわす。
否。弾幕戦時よりも真剣だった。
据え膳を下げられては困る。彼女は時々、益荒男であった。
ポッキーゲーム。
その内容を、諏訪子は手短に説明する。
要は、端を互いに食べ進んでいき、先に口を離した方の負け。
「した事なくても、内容位……」
「んー、そう言う機会がなかったから」
「まぁ、合コンとかに参加しててもびっくりだけど」
ゴウコン……?――呟く神奈子に、彼女の灰色の青春を想像し、諏訪子は目を拭った。
想像も何も遥か過去の大戦以来、つまりは、大半の神奈子の歩みを知っているのだが。
「よし、大体把握したわ」
「そんな大層なルールでもないでしょ」
「そう? 流石、諏訪子。歴戦の古兵ね」
そんなに経験ないっての――思いつつも、諏訪子は曖昧に笑って濁す。
有り体に言うと急いていた。
神奈子の手からするりと菓子を奪い、端を口に摘む。
ひょいと顔を、もう片方の先端を向ける。
動作に不審な所はない。
そう思う自身に、諏訪子は内心で苦笑いを浮かべた。
口に重力が掛かる。
神奈子が反対側の端を銜えたのだろう。
開始前に折ってしまわないよう、諏訪子は膝立ちとなった。
「じゃあ、はじめ」
多少、声が上ずった。
瞳を向ける。
視界に入る朱色の唇が妙に艶めかしい。
伸びるオンバシラにさえ色香を感じずにはいられなかった。ちょっと待て。
「ひんさい! ‘へくしゅひゃんひぇっとひょんひゃしら‘!!」
「うぉぉぉぉぉ、かするかする!?」
「ひゃ、んぅ、私の勝ち―」
唾液を拭う妖艶さ。勝利を喜ぶ純粋さ。相反する表情は、しかし、神奈子だからこそ成し得たのだろう。
「――じゃねぇ!? 神奈子! あんた、いきなり何すんのさ!?」
「思いだした。宝器死合(ぽうきげぃむ)。轟魂の際に行われる、命を賭した兵達の決闘方法」
「まず、合コンにどういう当て字をしたのか問いただしたい。あ、いや、いい。ちょっと母さん、泣きそうだよ」
不憫で。
勝者の特権だと菓子をぱくつく神奈子に目を伏せつつ、諏訪子はそれでも、言う。
「神奈子。あんたの反則負け」
きっぱり。
「なんと……上級者ルールだったか……!」
んだよ、上級者って。
「一切の武力を用いず、精神力のみで相手を圧倒し……」
云々。
「山ん本と神野の頂上決戦が元だと言う。と言うか、私がやらせた」
あぁ、彼の世には美しき薔薇が咲く!
諏訪子には、ちょっと神奈子が正視できなかった。視界が滲む滲む。
「じゃあ、二回戦だ」
「続けて頂いて宜しいんでしょうか」
「なんで勝ったあんたが低姿勢なの?」
諏訪子は視線を逸らしたまま。
先程とは別の理由で正視できなかった。
具体的に言うと下心満載の自身を少し恥じていた。
否、舌心。
首を振る。
突っ込むのはお上が許さないだろう。
お上とは乾であり天つ神・神奈子の事である。穿った得心は止めて頂きたい所存。
誰に向けての言い訳かと考えた所で、肩を叩かれる。
神奈子だろう。思いながら振り向く。
僅かの差。
或いは、戦神でもある神奈子の咄嗟にでた機転だろうか。
ともかく、諏訪子は振り向きざま、銜えた。銜えてしまっていた。
神奈子が、催促するように声を出す前に。
「んっ」
ご想像いただきたい。
普段は男勝りで正に軍神然とした妙齢の女性。
そんな女性が、酒の所為とは言え頬を朱に染めている。
加えて、まるで何かをねだるようなさまで唇を窄めている。
そして、まったくもって――そう、まったくもって――あろうことか、声は童子の様に弾んでいた。
向けられるモノの心音が高くなり血圧が上昇しγGTPの血中濃度が一瞬で増加したのも致仕方なし。
数値的な目安をあげれば、血圧は300を超え、γGTPは500を超えていた。
後者は単に大酒の所為だが。人なら拙い数値だ。死ぬ。
――要は、必殺の威力があった。
ばたん。
「ひゅ、諏訪子ー!?」
故に、諏訪子が物言わず仰向けに倒れたのは、まだマシな状態と言えよう。恍惚の表情は不可抗力だった。
「是で一勝一敗ね」
「まだ続ける気かね」
「……駄目?」
「笑顔で私を殺して!」
「やぁよ。あんたは永遠の友達だもの」
「……ソーデスネ。ソーデスネー!」
自棄気味の声に怪訝な顔をする神奈子に、諏訪子は手を振った。
碌に勝負をしていない気もするが、一勝一敗である。
一戦目はともかく、二戦目は自身の不覚だ。
次は耐えられようか。耐えてみせよう。
思い、諏訪子は神奈子に向き合う。
「んっ」
「~~っ!」
「ひゅわひょ?」
首を傾げた呼びかけに応えず、声にならない声をあげ、どむどむと己の両膝を叩いて平静を保つ。銜えてなくて助かった。
肩で息をし顔をあげる。零れる言葉は、裏返しの軽口。
「あんたさ、時々女童みたいになるの、なんとかしなよ」
銜えた菓子は口の端にずらされて、応えられた。
「あんたの前だけよ」
どんしたもんかと考える。
いっそこのまま倒してやろうか。
詮ない妄想だと、諏訪子は首を振る。
「あ、そ。じゃあ、はじめ」
そして、三戦目の――決着の口火を切った。
ポッキーゲーム。
或いは神奈子の言う通り、精神力が試される。
長さ約十三、四糎。その気になれば、勝負は一瞬で終わるだろう。
各々の後ろに敗者の首を一刀の元に断つ介錯人でもいれば、轟魂という戦場における死合というのも納得できそうだ。
尤も、核でもない限り、神々も妖怪たちも、首を落とした程度では死なないのだが。
ともかく。
意識を努めて抑え、諏訪子は勝負に頭を切り替える。
冷静さは彼女の眠っていた勘を呼び覚ました。諏訪を治めていた、王としての彼女を。
(一口で進める距離は最大でも六七糎)
(最小は粍単位……下はあるまい)
(ならば、粍の勝負が必定)
銜えてから僅か一秒。諏訪子は死合の理を掌握した。
つもりでいた。
かり。
かりかり。
かりかりかり。
神奈子の口はすぐそこです。そう言えばこいつは概ね益荒男でした。わぁお。
迫る唇に思考を刹那の一瞬に走らせつつ。
――三糎。
諏訪子は。
――二糎。
身を。
もう、一糎。
引。
「神奈子様、諏訪子様、ただ」
「さっなえー!」
「おぃ」
バックステップ、アンド、ターン、プラス、ハグ。流石洩矢の主神。三回行動も心得ている。
「――いま、戻りました。あの、何をされていたんです?」
神社から神社へと帰ってきた二柱の風祝、東風谷早苗は、己が祀るべき神に頬ずりされつつ、擽ったそうにしながら問うた。
「諏訪子とね、宝器死合をね」
「轟魂の際に行われる、あの……?」
「ええ、その。って、私の負けか!?」
この神にしてこの風祝あり。菓子を喰らっていなければ、諏訪子は嘆きの声をあげていただろう。
祀る乾を宥める遠い子孫に不憫な想いを抱きつつ、坤はどうしたもんかと考える。
「あ。その箱。外の世界のお菓子ですか」
「あぁ、そうだ。私の類稀なる神徳で期限を」
「お腹壊すといけないので整腸剤をお飲み下さい」
いいですね、と念を押す。
ふぁい、と情けない声で返す。
神奈子は時々、手弱女であった。
ちょうどいい。
一柱と一人のやり取りを耳に、一柱が立ち上がる。
「私も食べてたからね。取ってくるよ」
「あ、それなら私が――」
「いい、いい」
巻きついてくる神奈子をひっぺがしつつ動こうとする早苗。
片手を振り、諏訪子はさっさと横を通り過ぎる。
酷い図だ。なんて思いながら。
もう片手は愛用の帽子を押さえていた。
「神奈子」
「さっなえ、さっなえ」
「羨ましいなこんちくしょう。いやいや」
早苗から割ときつめの視線が飛んできた。
微笑みで受け流し、軽い調子で続ける。
「安心しな。あんたの負けじゃない。私の負けでもないがね」
首を捻る愛しい者達を残し、諏訪子は廊下に出る。
歩く。
いや、歩けているんだろうか。
まさか、踊りはしていまい。スキップはこの際許して頂こう。
誰にともなく思い、弾む足を笑った。
意識したついでとばかりに指を口に這わす。
唇はほんの少し凹んでいた。ほんの、ほんの少し。
「だから、引き分けだよ、神奈子」
呟く声がまるで女童の様に弾んでいて、諏訪子はまた、笑った。
<了>
神奈子様が酒に呑まれるだと?
カリスマ神の神奈子様が可愛いだと?
あなたはこれからも作品を書くべき
ごちそうさまでございました。