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眼を覚ましたとき魔理沙は施錠されていない寝室のドアを見つめ枕元の八卦炉を握って音を立てないよう起き上がった。ドアノブに顔を近づけてキッチンから転がりこんでくる物音に耳を澄ませた。それから深呼吸してドアを蹴り開けると動くな泥棒と叫んでリビングに躍りこんだ。
二人の少女は肩を跳ねさせてこちらを見た。二人ともドレスの上からエプロンを身につけていた。丁礼田舞は笹の代わりにお玉を握っていて爾子田里乃は茗荷の葉ではなく菜箸だった。魔理沙は八卦炉を向けたまま二童子が作っている味噌汁や野菜と鶏肉の炒め物を睨んだ。
お前らひとんちで何作ってんだよ。
二人は顔を見合わせた。そして舞が口を開いた。君の朝ごはんだけど。
はあ?
お師匠様の計らいよ。里乃があとを引き継ぐ。貴方、糸巻きの芯棒みたいに痩せっぽちで栄養足りてなさそうだから好いもの食わせてやれって。
大きなお世話だ。だいたい何でお前らが。
君は近いうちに僕らの仲間になるんだからお互い親交を深めておいた方が好いんじゃないかって。
魔理沙はふざけるなと云って二人の誤解を解こうとしたが尻尾を振る子犬のような笑顔を見つめているうちに言葉は引っこんだ。料理を再開した二人の背から視線を外すと普段着に替えるために寝室に引っこんだ。
朝食を食べているあいだ二童子は終始無言だった。魔理沙は用意された朝餉をひと通り平らげると緑茶を飲んで空っぽの茶碗を見ていた。すると舞がご飯を小ぶりに盛ってくれてそこに茶漬けの素を振りかけ熱いお湯を注いだ。里乃は胡瓜の浅漬けを醤油といっしょに出してくれた。魔理沙が何か云おうとすると舞は微笑んで人差し指を唇の上に立てた。
食事中は話しちゃだめってお師匠様にしつけられてるんだ。
意外と厳しいんだな。
茶漬けを食べ終えて手を合わせると魔理沙は里乃に訊ねた。
さっきお前はこれも隠岐奈の計らいだって云ったな。
お師匠様よ。
お師匠でも塩胡椒でも何でもいい。とにかく私はあいつの誘いを断ったしこれからもお前らと不運にもダンスっちまうつもりは毛頭ないんだ。それは分かってるのか。
ええ。でもこの前は突然の勧誘だったしお互いに沢山の誤解があるだろうからまずは私たちがって。
そのせいであいつに対する誤解がまたひとつ増えたんだが。
ひょっとして美味しくなかった? 舞は翡翠の瞳を伏せた。これでも自信あったんだけど。
そういう問題じゃない。
お師匠様にも褒めてもらってるんだよ。
分かったよ。美味かった。それは認める。
舞は元気を取り戻してうなずいた。まあ僕にかかればもっと満足のいくものを作れるんだけどね。
また舞は調子に乗って。
笑いあう二童子を眺めながら魔理沙は諦めて緑茶を飲んだ。
食事のあとで二童子はソファに座ると互いに向き合って髪の手入れを始めた。魔道書を開きかけた魔理沙は思わず横目で観察していた。二人は櫛を手繰ってサイドに伸ばした髪を整え枝毛があれば処理しそれが終わると風折烏帽子を被せあってくすくすと笑った。
魔理沙の視線に気づいた里乃が首を傾げる。
どうしたの?
いや。お前ら本当に姉妹じゃないのか。人間だったころは双子か何かだったんじゃ。
知らないわよ。知らないことを考えても仕方がないし。
知らないって自分のことだろう。
と云われてもなあ。舞が天井を見上げた。今が楽しいんだよ。それで充分じゃないかな。
そういう考え方もあるにはあるが。
君だって自分の過去を全部覚えてるわけじゃないでしょ。あるいは忘れたいことだってあるはず。
まあな。残念ながらだいたいは覚えちまってるが。
そうそう。思い出は大切だけど記憶のほとんどは要らないものだよ。
魔理沙は口を開きかけて閉じた。すると里乃が云った。
他に何か知りたいことはある?
他に?
お仲間になるなら互いのことを知っておいたほうが好いでしょう。
だから私は――。魔理沙はそう云いかけて顔を上げた。そういやお前らはいつも後ろで踊ってるんだったな。実際にはどんな風に踊ってるんだ。
見たいの?
無理にとは云わんが。好奇心だよ。
舞は首の後ろに手を当てた。ううん。今はお師匠様の鼓(つづみ)がないからなあ。
別に能力を使わなくて好いんだよ。生命力なら有り余ってる。
そっか。なんだか変な感じだけどやろっか、里乃。
ええ。舞が云うなら。
掛け声を合図に二童子は踊り始めた。最初のうち魔理沙は興味津々で身を乗り出していたが、次第に背筋は丸まり手のひらで口を覆い顔をしかめて最後には視線をそらした。それからもういいと二人に聞こえるように声を高めて云った。
あら。これからが好いところなのに。
お気に召さなかったかい。
魔理沙は首を振った。お前たちが後ろで踊る理由が好く分かったよ。
二人は顔を見合わせた。それから舞が云った。ごめんね。人間に見せることは滅多にないから勝手が分からないんだ。お師匠様はいつも喜んで見てくれるんだけどな。
魔理沙は無言のまま答えなかった。
食器なども二人が洗ってくれた。手を拭き終えると里乃が云う。
今日はこれでお暇するわね。
ああ。四六時中居座られるかと思ったぜ。
そんなわけないじゃない。プライベートを尊重しなさいってお師匠様にも云いつけられてるもの。
あいつにプライベートの尊重とか云われてもまったく説得力がないんだが。
やれやれと嘆息したいところを抑えて魔理沙は表情を緩めた。
まあ何だかんだ云って飯も美味かったし楽しかったぜ。また来いよ。
ありがとう。
二人は声を揃えて礼を述べた。それから舞が両手を合わせて云った。
ところで帰るにあたって頼みがあるんだけど。
なんだ。
君の背中を使っても好いかな。
……いや待て。つーことはここに来るときも。
ええ。里乃が微笑む。意外と寝顔は可愛らしいのね、貴方。
やっぱり来んなお前ら。
魔理沙は立ち上がって二人を見据えたが踊り子たちは何処吹く風で笑ってみせるばかりだった。
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All the Pretty Dancers
眼を覚ましたとき魔理沙は施錠されていない寝室のドアを見つめ枕元の八卦炉を握って音を立てないよう起き上がった。ドアノブに顔を近づけてキッチンから転がりこんでくる物音に耳を澄ませた。それから深呼吸してドアを蹴り開けると動くな泥棒と叫んでリビングに躍りこんだ。
二人の少女は肩を跳ねさせてこちらを見た。二人ともドレスの上からエプロンを身につけていた。丁礼田舞は笹の代わりにお玉を握っていて爾子田里乃は茗荷の葉ではなく菜箸だった。魔理沙は八卦炉を向けたまま二童子が作っている味噌汁や野菜と鶏肉の炒め物を睨んだ。
お前らひとんちで何作ってんだよ。
二人は顔を見合わせた。そして舞が口を開いた。君の朝ごはんだけど。
はあ?
お師匠様の計らいよ。里乃があとを引き継ぐ。貴方、糸巻きの芯棒みたいに痩せっぽちで栄養足りてなさそうだから好いもの食わせてやれって。
大きなお世話だ。だいたい何でお前らが。
君は近いうちに僕らの仲間になるんだからお互い親交を深めておいた方が好いんじゃないかって。
魔理沙はふざけるなと云って二人の誤解を解こうとしたが尻尾を振る子犬のような笑顔を見つめているうちに言葉は引っこんだ。料理を再開した二人の背から視線を外すと普段着に替えるために寝室に引っこんだ。
朝食を食べているあいだ二童子は終始無言だった。魔理沙は用意された朝餉をひと通り平らげると緑茶を飲んで空っぽの茶碗を見ていた。すると舞がご飯を小ぶりに盛ってくれてそこに茶漬けの素を振りかけ熱いお湯を注いだ。里乃は胡瓜の浅漬けを醤油といっしょに出してくれた。魔理沙が何か云おうとすると舞は微笑んで人差し指を唇の上に立てた。
食事中は話しちゃだめってお師匠様にしつけられてるんだ。
意外と厳しいんだな。
茶漬けを食べ終えて手を合わせると魔理沙は里乃に訊ねた。
さっきお前はこれも隠岐奈の計らいだって云ったな。
お師匠様よ。
お師匠でも塩胡椒でも何でもいい。とにかく私はあいつの誘いを断ったしこれからもお前らと不運にもダンスっちまうつもりは毛頭ないんだ。それは分かってるのか。
ええ。でもこの前は突然の勧誘だったしお互いに沢山の誤解があるだろうからまずは私たちがって。
そのせいであいつに対する誤解がまたひとつ増えたんだが。
ひょっとして美味しくなかった? 舞は翡翠の瞳を伏せた。これでも自信あったんだけど。
そういう問題じゃない。
お師匠様にも褒めてもらってるんだよ。
分かったよ。美味かった。それは認める。
舞は元気を取り戻してうなずいた。まあ僕にかかればもっと満足のいくものを作れるんだけどね。
また舞は調子に乗って。
笑いあう二童子を眺めながら魔理沙は諦めて緑茶を飲んだ。
食事のあとで二童子はソファに座ると互いに向き合って髪の手入れを始めた。魔道書を開きかけた魔理沙は思わず横目で観察していた。二人は櫛を手繰ってサイドに伸ばした髪を整え枝毛があれば処理しそれが終わると風折烏帽子を被せあってくすくすと笑った。
魔理沙の視線に気づいた里乃が首を傾げる。
どうしたの?
いや。お前ら本当に姉妹じゃないのか。人間だったころは双子か何かだったんじゃ。
知らないわよ。知らないことを考えても仕方がないし。
知らないって自分のことだろう。
と云われてもなあ。舞が天井を見上げた。今が楽しいんだよ。それで充分じゃないかな。
そういう考え方もあるにはあるが。
君だって自分の過去を全部覚えてるわけじゃないでしょ。あるいは忘れたいことだってあるはず。
まあな。残念ながらだいたいは覚えちまってるが。
そうそう。思い出は大切だけど記憶のほとんどは要らないものだよ。
魔理沙は口を開きかけて閉じた。すると里乃が云った。
他に何か知りたいことはある?
他に?
お仲間になるなら互いのことを知っておいたほうが好いでしょう。
だから私は――。魔理沙はそう云いかけて顔を上げた。そういやお前らはいつも後ろで踊ってるんだったな。実際にはどんな風に踊ってるんだ。
見たいの?
無理にとは云わんが。好奇心だよ。
舞は首の後ろに手を当てた。ううん。今はお師匠様の鼓(つづみ)がないからなあ。
別に能力を使わなくて好いんだよ。生命力なら有り余ってる。
そっか。なんだか変な感じだけどやろっか、里乃。
ええ。舞が云うなら。
掛け声を合図に二童子は踊り始めた。最初のうち魔理沙は興味津々で身を乗り出していたが、次第に背筋は丸まり手のひらで口を覆い顔をしかめて最後には視線をそらした。それからもういいと二人に聞こえるように声を高めて云った。
あら。これからが好いところなのに。
お気に召さなかったかい。
魔理沙は首を振った。お前たちが後ろで踊る理由が好く分かったよ。
二人は顔を見合わせた。それから舞が云った。ごめんね。人間に見せることは滅多にないから勝手が分からないんだ。お師匠様はいつも喜んで見てくれるんだけどな。
魔理沙は無言のまま答えなかった。
食器なども二人が洗ってくれた。手を拭き終えると里乃が云う。
今日はこれでお暇するわね。
ああ。四六時中居座られるかと思ったぜ。
そんなわけないじゃない。プライベートを尊重しなさいってお師匠様にも云いつけられてるもの。
あいつにプライベートの尊重とか云われてもまったく説得力がないんだが。
やれやれと嘆息したいところを抑えて魔理沙は表情を緩めた。
まあ何だかんだ云って飯も美味かったし楽しかったぜ。また来いよ。
ありがとう。
二人は声を揃えて礼を述べた。それから舞が両手を合わせて云った。
ところで帰るにあたって頼みがあるんだけど。
なんだ。
君の背中を使っても好いかな。
……いや待て。つーことはここに来るときも。
ええ。里乃が微笑む。意外と寝顔は可愛らしいのね、貴方。
やっぱり来んなお前ら。
魔理沙は立ち上がって二人を見据えたが踊り子たちは何処吹く風で笑ってみせるばかりだった。
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浅漬けに醤油をつけてお茶漬けと一緒に流し込む……この二童子たちはわかってらっしゃる。とてもお腹が空いてきました
博麗神社も居候だらけですが、なんだかんだと魔理沙もヘカテ然り関わられてる気がしますねw
お互いの髪の手入れをし終わって笑いあう場面が個人的にたまりませんでした。とても、微笑ましくて、尊いですね……
しかし堪えきれなくなるほどの破壊力がある踊りってどんなのでしょうかと想像が膨らみますね
とても面白かったです、朝から時間をいただけました、ありがとうございました
誤字でしょうか↓
泥棒と叫んでリビングに踊りこんだ→躍りこんだ(踊り繋がりによる意図した一文、または私の知識が間違ってたらごめんなさい汗)
私が脱字ってしまいましたもうしわけない
どんなダンスだったんだろう
いい意味で全体として淡々として静かな感じですね