Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

早苗ちゃん(前篇)

2010/02/04 01:04:43
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 妖怪の山の頂、神の住む社――守矢神社。

 その主神たる‘山坂と湖の権化‘八坂神奈子が、縁側に胡坐を組み、空を眺めている。
 彼女の赤みがかった双眸に映るのは、青い空と白い雲。
 そして、舟――正体不明の‘空に浮かぶ船‘。

 ――まだ早かっただろうか。

 ふと思い、首を振る。
 神奈子の風祝――東風谷早苗は、彼女の命に毅然と答えた。
 『神奈子さまのおっしゃるとおりに!』。
 多少の昂りは見て取れたが、その程度だ。

 初めての正式な‘妖怪退治‘、或いは、もう少し揺れ動く感情を見たかったのだが……。

「……まったく。できた子だ」

 零れ出た呟きに、神奈子は笑う。

 親馬鹿だろうか。
 いや、そんな事はない。
 早苗の‘力‘は歴代の風祝の中でも秀でている。
 でなければ、年端もいかぬ少女を共に連れてくるものか。
 そも、風祝と言えどその全てが、風にたゆたう自身を知覚できるものでもなかった。
 だと言うのに、早苗は、文字を知る以前から知っていた。感じていた。
 神がその場を機械に明け渡した、あの時代にあって、なお。

 信じないでどうする――?

 自問した後、また、低く笑う。

「神から信仰を得るとは……まったく、大した子だ」

 遥か頭上で作りたてのスペルカードを用い血気盛んに奮闘する早苗を思い描き、神奈子は立ち上がり、目を細めた。

 と。

「神奈子、おい神奈子!」

 呼び声に、神奈子は視線を下におろす。
 其処に居たのは守矢神社のもう一柱。
 ‘土着神の頂点‘洩矢諏訪子。

「どうした、慌てて」

 血相を変えて詰め寄ってくる諏訪子に、神奈子は首を捻る。

「どうしたもこうしたも! 早苗に妖怪退治を命じたって!?」

 頷き、一瞬後、にやけた。

「ははぁん、さては諏訪子、自分が命じたかったから嫉妬してるんだな」
「違う! あの子に妖怪退治なんて、早過ぎるって言ってんだ!」
「む。お前もそう思うのか……」
「後十年は早い!」
「いやいや」

 それは過保護過ぎるんじゃなかろうか。

「嫁にいくとか言う話じゃあるまいし」
「え、あんた、十年後には嫁いでいいと思ってんの?」
「早苗が望むなら。相手が私とやり合って勝てるのなら。ガチで」

 前にかかるのか。後ろにかかるのか。当然、後者である。

「ん、ともかく」

 空咳を打ち、神奈子は場の空気を一転させた。

「なぁ、諏訪子。
 確かにお前の言う通り、年を考えれば少し早いのかもしれない。
 けれど、あの子は風祝だ。空を飛び、弾幕も扱える。なら、早いうちから伸ばしてやろうじゃないか」

 風が吹く。
 柔らかい、凪ぎの様な風。
 頬を擽るその風は、神奈子に、微笑む早苗を想起させた。

「……まぁ、ね」

 相槌を打つ諏訪子。
 その表情は既に軟化していた。
 神奈子が認める実力があれば、問題なかろう――そう判断したのだ。

 靴を脱ぎ、縁側へと上がり横に並び、諏訪子が続ける。

「実際、あの子の‘力‘は大したもんだよ」
「ふふん、私の早苗だからね」
「私たちの、だろう」

 半眼で訂正を求める諏訪子に、神奈子は笑う。

「あの子は、私からだけじゃなく、お前の信仰も得ているんだな」
「信仰って言うか、愛情じゃないかな」
「どちらもだろう?」

 違いない。
 諏訪子が頷く。
 そして、視線を合せ、二柱は笑った。

「でもまぁ、あんたの方が近くにはいるかもね。
 初めて、あの子が使った‘力‘も風だし。
 ……懐かしいなぁ」

 過去に思いをはせる言葉に、神奈子も同調する。

 あぁ、あれはいつ頃だったろう。
 あの子が幾つの頃だったろう。
 そう、確か――

「おねしょを必死に乾かしてさ」

 ――幼少のみぎりであり、なにその才能の無駄遣い。

 緩まった表情の諏訪子に、神奈子は苦笑しながらフォローする。



「や、もう何年前の話か。忘れて……は、勿体ないから、その硬い胸に秘めておきなさい」
「一昨年だっての。ちぇ、どうせあんたと違って小っちゃいですよぅだ」
「はいはい、悪かったからむくれ……なんだと」



 ‘おととし‘。
 諏訪子は確かにそう言った。
 一昨年とはつまり去年の一年前であり、二年前である。



「それはその、……少し、マニアックすぎないか?」
「何の話か。ふふ、べそかいてさ。かーわいいの」
「正直どうにかなりそうだった。じゃなくて」



 覚えがある。
 鮮明に記憶に刻まれている。
 脳内フォルダには、鑑賞用、保存用、布教用と分けられている。



 しかし、だが、あぁ! その姿は――



「諏訪子さん」
「……なによ、さん付けって。気味が悪い」
「私たちの風祝であり、現人神でもある、将来確実に‘幻想郷の乳四天王‘へと成長するであろう、東風谷早苗は」



 ――彼女たちの知る幻想郷の住人たちの中でも、とりわけ、小さな部類で、つまるところ、幼女であった。



「六歳だけど?」
「具体的な年齢を出しましたか」
「あぁ、おねしょをしたのは四歳ね」

 幻想郷に来る少し前だよ――諏訪子は、そう追加した。

 割とどうでもよかった。

「六歳って! できすぎもいいところだろう!?」
「うーん、流石は私たちの早苗だね!」
「そういう問題じゃねぇぇぇ!?」

 吠えつつ、縁側の板をぶち抜く勢いで神奈子は空へと跳ねる。

「さなぶべら!?」

 すかさず足を掴まれ、地面へと叩きつけられた。またか。

「はいはい、邪魔しない。あの子、張り切ってたんだからね」
「諏訪子! なんっでお前はそんなに冷静なんだよぅ!?」
「あんたが言ったんじゃん。‘伸ばしてやろう‘って」
「そりゃそうだけど! だからってお前、六歳だぞ!」
「そうそう、六歳。寝るのも一緒。川の字」

 ――だからどうした!?

 切られる予定だった啖呵は封じ込められた。
 諏訪子が唇を重ねたからだ。
 それだけでは終わらない。

 大人のキスだった。

「んぅ、だ・か・ら・さぁ」
「え、あ、ちょ、諏訪子、やめ!?」
「風さん雲さん! 神奈子はこんなに大きくなりました!」

 またか。





 と、言う訳で。





 守矢神社の風祝、東風谷早苗――早苗ちゃんはぴっちぴちの六歳である。
 その肢体は幼くも将来を期待させる気がしないでもない。
 幼女と少女の境目、絶妙な年頃であった。

 空に舞い、風と踊り、雲を突き抜ける。

「神奈子さまのおっしゃるとーりに!」



 舌足らずに気勢を吐き、異変を解決するため、早苗ちゃんは自分の持つスペルカードのように駆け抜けた。





 ――Stage1 春のみなとに舟のかげ!





 道中に出てくる妖精を恙なくノすと、ふよふよと浮かぶUFOが現れた。
 UFOは三種あり、赤・青・緑の色をしている。
 一色であり続けるものもあれば、点滅して色が変わるものもあった。

「んと……三色集めた方が、強そう!」

 早苗ちゃんは、常日頃、困ってから取扱説明書を読むタイプだ。

 閑話休題。

「わ、きれいきれい!」

 ぴかぴかと光るUFOに、早苗ちゃん。
 満面の笑みを浮かべ、心底楽しそうにはしゃいでいる。
 弾幕を撃つための手は打ち鳴らされ、喜びを全身で表していた。あかんやん。

「や、それ、撃たないと逃げちゃうよ?」

 見るに見かねた誰かさんがアドバイスをしてくれる。

「え、え、蛇符‘神代大蛇‘ぃぃぃ!!」
「だからってスペうおぉぉぉおお!?」
「あ、すっごくちっちゃくなった」

 誰かさんもろとも撃ち抜いた。

 手の平に収まるほどのUFOをぶかぶかの袖口に放り込み、早苗ちゃんはきょろきょろと辺りを見回す。

「どこからか甲高い声が聞こえたような」
「いやいや、それは気のせいだよ」
「あ……ネズミ?」

 誰かさん――ナズーリンが、早苗ちゃんの前に現れた。
 先ほどの弾幕のせいで、ところどころ服が破けている。
 その程度で済んだことに、彼女自身がほっとしているようだった。

「宝の反応がしたから来てみれば、紛らわし……くはないかな。
 どうやら、先に取られてしまったようだね。
 と、自己紹介がまだだった。
 私はナズーリン」

 名乗り、微苦笑を浮かべるナズーリンに、早苗ちゃんはぼぅとした眼差しを向ける。

「……どうかしたかい?」

 そういう類の視線には慣れていたが、どうにも場違いだとナズーリンは首を捻った。
 そもそも、対峙しているのは幼女とは言え人間。
 鼠の妖怪を忌避しないわけがない、と思えた。

 さにあらず。

「ネズミさん! ネズミさんの妖怪! ビリビリは出せますか!?」

 今では幻想郷の一員となった早苗ちゃん。
 けれども彼女は元ちゃきちゃきの現代っ子。
 であるのだから、鼠と言えば黄色く可愛い憎いヤツである。

 どうでもいいけどビーンボールが多いな早苗ちゃん。

「ビリビリね……ふむ」

 きらきらとした眼差しを向けられ、ナズーリンも満更ではないようだ。
 頷き、手に持つロッドをタクトのように振るう。
 途端に光が迸った。

 ――捜符‘レアメタルディテクター‘。

「わぁ……すごいすごいすごいです!」

 早苗ちゃんの左右に光が走り、ぱっと弾けて小さな弾幕が生じる。
 光景に、大きな目をぱっちりと広げ、同じ単語を連呼した。
 直後、ぽんと頭に手を乗せられる。

「んぅ?」
「今はこれが精一杯」
「あ、小僧さんの方でしたか」

 一人合点する早苗ちゃん。

「ダウザーだよ、お嬢さん」

 肩をすくめてナズーリン。

「探し物の途中なんでね。
 残念だけど、もう行かないといけない。
 君も、余りこんな所をうろちょろしていてはいけないよ」

 ウィンク一つを残して、ナズーリンは去って行った。

「う? んー……じゃあ、進もうっと!」

 むん、と両拳を力強く握り、早苗ちゃんは空を舞う。

 妖怪退治を忘れかけているのは、うん、ご愛敬だ。





 ――Stage2 雲にひそむ一つめのばけ……なま?





「ろけっとぉぉぉ、ぱぁぁぁぁぁんちっ!」

 突き出したお祓い棒から、早苗ちゃんは弾幕を放つ。
 札を模した二列の線弾は前方の敵を捉え、走る。
 周囲に浮かぶオプションが左右を穿った。

「大輪!‘からはんぎゃぁぁぁ!?」

 因みに台詞に意味はない。

「んー? まぁいっか。絶好調であーる!」

 自身の叫びに何らかの音が混じったような気がしたが、早苗ちゃんは気にせず前進する。

 何がどう好調かと言うと、早苗ちゃんのオプションは遂に四つになっていたのだ。
 無意味に接近戦を主体としていた為、グレイズもほどほどに稼いでいる。
 UFOは相変わらずだったが、別にいいよね。

 いけいけ僕らの早苗ちゃん、ファイトだ僕らの早苗ちゃん。

「ちょっと待てぇぇぇ!?」

 そんな早苗ちゃんの快進撃に水を差す叫び声。

「んぅ、なんでしょう?」

 早苗ちゃんは律儀に止まって振り向いた。

 大きな瞳に映るのは、皆様ご存じ‘愉快な忘れ傘‘多々良小傘――



「うらめしやー」



 ――ではなく、彼女の持つ化け傘の、大きな大きな舌だった。

 さて。

 二柱は言うに及ばず、周りのモノたちにもその愛らしさから蝶よ花よと見守られている早苗ちゃん。
 具体的に言うと、結界の大妖でさえ早苗ちゃんの後ろから現れる事はなかった。
 この手の古典的な驚かせ方をされたのは、初めてなのだ。

 つまるところ――ピチューン。

「寂しいねぇって、うっそぉぉぉ!?」

 瞳を見開いて固まり墜ちていく早苗ちゃん、よりも小傘が驚いた。



 次に早苗ちゃんが意識を取り戻したのは、手に持つ傘でふよふよと浮く小傘の胡坐の中だった。

「捨て置くわけにもいかないし……。
 断じて驚いてくれたから気に入ったとかじゃないわ!
 あぁぁ、そうそうなのよ、無分別に緑髪幼女に惹かれる訳じゃないのよキスメ!?」

 そう言うお話を書き上げている予定でした。
 コガキスじゃないです。
 キスコガです。

 それはともかく。

「う……ぐす……キスメお姉ちゃん、の、お友達?」
「え、あ、まぁ。えっと、あんたは……?」
「キスメお姉ちゃんは、お友達です」
「じゃなくて。名前よ」
「……」

 眼尻に薄らと溜まった涙を拭ってやりながら、小傘が問う。
 素性よりもまず、名前さえ知らぬままではやり辛い。
 決してナンパの初手ではない。

 決して。

「うがぁぁぁ、なんだか何処からか悪意を感じるっ!
 って言うかいきなりこの扱いってどうなのよ!?
 あ、や、あんたに言ったわけじゃないからね!」

 空いている左手を結んで開いてしつつも忙しなく口を回す小傘。

「変なヒト……?」
「的確な判断ね!」
「んぅ、えへへ」

 そんな小傘の様子と褒められた事に、早苗ちゃんの口が緩まった。

 キュンッ。

「じゃなぁぁぁい! えっと! 私は小傘、多々良小傘よ!」
「あ、え、う? うー……私は、早苗と言います」
「はい、良くできました」

 朗らかに笑い髪を優しく撫でてくる小傘に、早苗ちゃんの表情が更に緩まる。
 そう、まさに『花が咲いたような』笑顔となった。
 ほんの少し前まではべそをかいていたと言うのに、だ。

 恐るべきは多々良小傘――流石は、引っ込み思案な桶少女を落とした化け傘である。

「あぁぁあああ、また鬼様たちに怒られる!?」
「おにさま……んっと、霖之助さん?」
「あ、いやいや。こっちの話」

 いつかは書きあげたいね。

「んぅ!
 それで、あんたは何してんのよ?
 いきなり弾幕飛ばしてきた……のは、お互い様か」

 こくこくと頷く早苗ちゃん。
 向ける視線には別の意思も含まれていた。
 どうやら、彼女の興味は自身を驚かせた傘にあるようだ。

「ん、気になる? 欲しい?」

 小傘は言葉を交わすことなく理解して、くるんと傘を一回転。

「欲しくないです」

 にべもない。

 ですよねーと哀愁を漂わせる小傘に、けれど早苗ちゃんは手を伸ばした。

「でも、咲夜お姉ちゃんならきっと欲しがると思います」
「欲しい人がいるの! マジで!?」
「はいっ」

 小傘のテンションが一気に上がる。

 つられて早苗ちゃんも嬉しそうに頷いた。

「って、ちょっと待って。早苗、その人、あんたの姉妹? 多くない?」
「違いますけど……どうしてですか?」
「ほら、さっきも、りんなんたらがどうとか。そっちは男だろうけど」
「霖之助さんです。私は、小さいので」
「あー、そっか。そんでキスメも『お姉ちゃん』か。納得」
「咲夜お姉ちゃんは、とっても素敵な人なんです」

 余談。
 ‘魔界の末妹‘こと人形遣いはパツイチで落ちました。
 早苗ちゃんを手元に置けないのならば守矢の養子になろうかと画策中。

「――よっし、ここは一つ、その咲夜お姉ちゃんの所に行ってみるわ!」

 早苗ちゃんの両脇を持ち、膝からあげ、小傘が元気よく宣言する。

「お姉ちゃんのお家は、大きな湖の真ん中にある大きなお屋敷です」

 フォローも欠かさない早苗ちゃん。

「ん、りょーかい! 早苗は……何かやってたんだっけ?」
「えと、空に浮かぶお舟を探して、それで」
「むぅ、道案内は頼めないか」
「あ……ごめんなさい」
「いやいや」

 表情を曇らせる早苗ちゃんに、手を振り笑う小傘。

 『教えてもらっただけで十分よ』。

 朗らかな笑みの意味は容易に相手へと伝わった。

「ありがと、早苗! じゃあ、またね!」

 小傘は、格別に綺麗という訳でも可愛いという訳でもない。
 少なくとも、早苗ちゃんの『お姉ちゃん』たちに比べれば一二歩譲る。
 しかし、屈託のないその態度は、幼い少女に好意を抱かせるのに十二分であった。

 ……そもそも半自動的に吊り橋効果が起きるしね。よ、この幼女キラー!

 ――うがぁぁぁ誰かがまた私を貶めようとしているっ!?

 叫びながら離れていく小傘に首を傾げつつ、早苗ちゃんもその場を後にするのだった。



 あ、さて。

 早苗ちゃんと別れた後、紅魔館を訪れた小傘は、すんなりと咲夜に気に入られた。
 のみならず、館の主である吸血鬼姉妹にも大層興味を持たれたという。
 どちらがその下に収まるか……危うく館を二分した戦いが起こりそうになったその時、現れたるは別の鬼。

 正真正銘の、鬼。

「くぅふはは、鬼の娘の許嫁に手ぇ出そうたぁ、いい度胸じゃないかい――なぁ、萃香ぁ」
「あぁ勇儀。……許嫁殿を連れて帰るまで、酒抜きを誓ったからね。本気でやらせてもらうよ」

 しかもかなりキてる。

「ふん……フラン、こういうのはどうだ? 先に奴らを倒した方が、所有者となる」
「倒すのは当然だものね。面白い、のったわ、お姉様」

 此方も言わずもがなだ。

「ち、ちょっと、勇儀に萃香、レミリア、フラン!
 うぁ、名前呼んだだけで目眩がしてきそう!?
 じゃなくて、やめよ、ね、やめよっ?」

 自身のせいで勃発しそうになる鬼同士の争いを、咲夜にぎゅうと抱きしめられながら、小傘は手を振り制止を示す。
 辺りに漂う莫大な妖気に足を震わせているが、持ち前の健気さで立ち向かっていた。
 絶対的な力の差を覆すのは勇気だと言わんばかりだ。

 小傘は主人公体質だと思うが、どうか。

「許嫁殿!」
「小傘!」
「ひゃいっ」

「お前を誰にも渡さない!!」

 重ねられた四つの声に、小傘の意識が軽く遠のいた。

 ……同時にヒロイン体質でもあると思う。どうか。

「うるさぁぁぁい!!
 あ、皆さんの、皆様方の事では!?
 ……ねぇ私の扱いおかしくない!? 初登場でこの扱いって、ねぇ!?」

 早苗ちゃんや咲夜に気に入られ、レミリアやフランに懐かれる。
 加えて、鬼フタリの愛娘である桶娘キスメの許嫁。
 ちょっと贔屓し過ぎた感は否めない。

「――じゃねぇぇぇぇぇ!?」

 虚空に放たれた小傘の絶叫を合図に、鬼たちは床を蹴り動き出すのであった――。





 ――Stage3 高速のはいきょと巨……




 収拾がつかなくなってきたので、話を早苗ちゃんに戻そう。

 現場の一輪さーん!

「はい、こちら‘守り守られし大輪‘の片割れ、雲居一輪です。
 えーと、早苗ちゃんですが、現在私の膝に座りながら綿菓子をほうばっています。
 しゃっくりしながらなので少し食べにくそうですが、その様子はステディのいる私でもくらりと――はがぁ!?」

 後頭部を拳骨でどつかれひっくり返りそうになるも、早苗ちゃんが膝にいるのでこらえる一輪。

 ……どうしてこうなった?

「ふ、ぐす、うぇ、うぅぅぅ……!」

 途端、ぐずりだす早苗ちゃん。
 よくよく見れば、元より目もとが赤い。
 まぁるいほっぺには涙が伝った痕がある。

 その理由を知っている一輪は、痛む頭を軽く擦りつつすぐさま笑みを見せるのであった。

「早苗、ね、早苗、大丈夫、怖くない、怖くないからね。
 今のは私が悪かったんだもの、で、悪い子はおしおきしないといけないでしょう?
 だから、私はどつ……叱られて、それで、さっきは早苗も悪い子かなって早とちりして、雲山が」

 つまり――

 先へと進んだ早苗ちゃんは、どうということもなく一輪の通常弾幕を破った。
 けれど、次に向けられたのは拳骨様の弾幕。
 というか拳骨。
 しかも、雲山登場と言うサプライズ付き。
 巨人というだけならまだしも、厳めしい表情を向けられ――泣きながら墜ちたのであった。

(雲山、あんたが頑固なのはいやってほど知ってるけど、ここは折れて頂戴よ。
 またびーびー泣かれたら、面倒でしょう?
 だから、ほらっ)

 そして今に至る。

 取り繕うとする一輪を、真っ向から睨みつける雲山。
 早苗ちゃんには明らかな害意があり、それを防いだという自負がある。
 どうかと思う速さで宥めるための綿菓子を用意したのが、彼なりの最大限の譲歩だった。

 ……だった。

「さなえ、悪い子……?」
「可々、まさか。ワシの勘違いだ。あぃすまんかった」
「雲山があやま……っていうか朗らかに笑いながら喋ったー!?」

 早苗ちゃんが良い子か悪い子か。
 もしかしてひょっとすると議論の余地があるところかもしれない。
 しかし、当の本人を目の前に、しかも涙目で訴えかけられるその質問、即座に是と返せる者がいようか。
 少なくとも今の幻想郷には一人しかおらず、無論のこと、それは一輪や雲山ではなかった。
 それどころか、にへへと相好を崩す早苗ちゃんに、‘頑固親父‘の看板をかなぐり捨てようかと悩む雲山。
 一輪は一輪で、早苗ちゃんの緑髪を濃い青色に染めさせてステディとともに育てようかと、半ば本気で考えていた。

(……はっ!?)

 一瞬後、我に返る一輪。

「いやいやそんな。
 幼子の髪を染めるだなんてしちゃいけない。
 ……あぁでも、黒に何を交わらせれば緑になるの!?」

 やかましい。

「どうかしましたか?」

 頭上からの突然の嘆きに、早苗ちゃんがくぃと顎を上げ、問う。

 問われた一輪は首を横に振り、そして、くすりと笑う。
 きょとんとする早苗ちゃんの唇に指を当て、紅を引くようにそぅと撫でる。
 口を離れたその指には白い雲のような――ようは、綿菓子がくっついていた。

 ぱくりと食いつく早苗ちゃん。
 行儀が宜しいとは言えないその行為に、けれど、一輪は微苦笑で済ます。
 小さな口と舌の感触が絶妙と感じなくもないが、それ以上に浮かべられている笑顔を愛らしく思ったからだ。

(がみがみ怒るのは無粋よねぇ……)

 少し癖のある髪を撫でながら、だけど、と続けて思う。

(よく耐えられたな私……)

 自賛と思うなかれ。
 常日頃背伸びした態度をとる早苗ちゃんの、ふとした拍子に見せる年に見合った言動。
 その威力は凄まじく、先に挙げた人形遣いは言うに及ばず、人見知りで知られる月兎までをもすっころばせた。

 加えて――持って帰ると駄々をこねる月兎を窘めた悪戯兎の言葉が鈍かったのは、彼女にして揺らめいていた証だろう。

 曰くステディへの愛を胸中で誇っていた一輪は、ふと肩に圧力がかかったのを感じる。
 振り向くと、雲山が彼女に――否、その下に視線を向けていた。
 戻した視界に入ったのは、ちらちらと頑固親父を窺う大きな瞳。

 早苗ちゃんは好奇心が旺盛なのだ。

「そう言えば雲山の紹介がまだだったわね」

 因みに、彼女たちは雲山が綿菓子を調達している間に名乗りあっていた。

 気づいてんなら自分でやんなさいよ、と思わないでもない一輪だったが、綿菓子と頑固親父の看板に免じて、任されることにする。

「この雲の塊は、入道の雲山って言うの。
 見ての通りの頑固なところがでっかい傷ね。
 でも、こう見えて子ども好きだし、何より正々堂々としている相手を好むから」

 言葉を区切る一輪。
 早苗ちゃんの視線が、ちらりちらりとしたものからじっとに変わったのを感じていたからだ。
 そして、にこりと笑いながら、付け足すように続ける。

「きっと、早苗はお気に入りよ」

 とん、と両肩を叩かれたのを契機にして、眼前に広げられた白い絨毯に、早苗ちゃんはぴょんと飛び移った。

「わ、わ、ふわふわもこもこ、気持ちいいです!」
「ふっはーふわふわのもこもこじゃぁぁぁ!」
「うんうん気持ちい……雲山!?」



 互いに笑顔で戯れる幼女と頑固親父――ハイカラ少女が知る限り、雲山の表情はここ数年で最も輝いていたという。



「もっともちもちしているのかと思っていました」
「お餅みたいに?」
「はい、妖夢お姉ちゃんの半霊さんがそんな感じなんです」
「ふーん、それはそれは卑猥な図にごふぅぅぅ……っ!」
「一輪お姉ちゃん!?」
「ほ、本気で殴りやがったわね……」
「雲山おじいちゃん、めっ!」
「おー、溶けてる蕩けてる」
「ピンク色の雲! きれい!」
「あ、そいや、妖夢お姉ちゃんって?」
「はくぎゃきゅろーの庭師さんで、とっても格好いいんです!」
「そっかそっか、素敵なお姉さんなんだね」

 多分噛んでるんだろうなぁと思いつつ、突っ込まない一輪。彼女は要領が良い。



「――さってと」

 暫し他愛のない話が続けられていたが、唐突に打ち切られる。

 区切りの言葉を発したのは、一輪だった。

「早苗は、私たちの舟――聖輦船に用事があるんだよね?」

 問われて頷く早苗ちゃん。

「……あれ? えっと、そうじゃなくて」
「じゃあ、そろそろ行かなきゃね。入口はあっち」
「あ、ありがとうございます。……じゃないです、違います!」

 ふるふると頭を横に振る早苗ちゃんに、一輪は気付かれぬよう微苦笑を浮かべる。
 忘れかけている目的――妖怪退治を思い出して欲しくなかった。
 早苗ちゃんと一戦交えるのが嫌だという訳ではない。

 後に控える者のために、己が力を僅かとも使いたくなかったのだ。

「ん、何が違うの? そっか、一人じゃ入りにくいか」
「違います! やっつけないと、先に進めないんです!」
「ナズや唐傘お化けは……おっとっと。なんだ、そんなこと」

 そんなことなら――かわすのは、簡単だ。

「なら、早苗は進んでいいはずよ。だって、私たちはもうやられちゃってるもの」
「大事なことです! ご指示です! システムで――え?」
「ね、雲山?」



 ハイカラ少女のウィンクに。
 幼い風祝の大きな大きな瞳に。
 頑固親父が返した答えは、是、だった。



 目をぱちくりとさせる早苗ちゃん。

 肩を叩かれ、示されるのは舟、聖輦船。

 少し悩んだ後――やっつけたんだったら、進んじゃお――、浮かびあがり、駆け出すのであった。





《インターミッション》



 幼い風祝の姿がより小さく見えるようになってから、一輪は頭を下げた。

「悪かったわね、曲げさせて。
 あの子、結構‘力‘もちみたいだたから、やりたくなかったのよ。
 ……あんたも感じていると思うけど、次の相手は――って、おいこら」

 見ちゃいない雲山。どこ見てるって? 早苗ちゃんの後ろ姿に決まってるじゃないか。

「こ、こいつ、好々爺の顔しやがって……!」

 一輪が拳を握ったその矢先、雲山の視線が僅かにずれる。舟の中央だ。

「センチョ? 怒るかなぁ、でも、早苗、飛倉の破片持ってたし。
 うーん、心配はしてないわ。スペカなら私やあんたより巧いしね。
 ……別に助けに行くシチュを望んでる訳じゃないわよ? まぁそういうのもありかも、でへへ」

 でへへじゃないわい――視線を叩きこまれるが、やはり一輪も見ちゃいなかった。

 けれど。
 にやけていた口元が、真一文字に結ばれる。
 緩みきっていた表情が、一瞬にして引き締まる。

 何故か――それは、向かい来る‘力‘のため。



「とりあえず……。
 とりあえずはスペカでいきましょ。
 場合によっては――本気で、いくわよ」



 空を飛びやってくるその‘力‘の持ち主に、‘守り守られし大輪‘は、全身に莫大な妖力を貯め、待ち受けるのであった――。



《/インターミッション》





                  《後篇に続く》
『「ぅ、ぁ、ぅぅ………ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………っっっ」

 泣き崩れる私を、小さな手と、それよりも少し大きな手が、優しく撫でた。
 何を言うでも、告げるでもなく。ただただ、優しく、暖かく。

 それは、私が泣きつかれ寝てしまうまで、――続けられた。』(拙作 『いい女』になる条件 より抜粋)

 ↓

『「ふ、ぐす、うぇ、うぅぅぅ……!」

 途端、ぐずりだす早苗ちゃん。
 よくよく見れば、元より目もとが赤い。
 まぁるいほっぺには涙が伝った痕がある。』(今作)

どうしてこうなった、かは、後編に譲ろうかと思います。
私のいろんなものが崩れなければ、近いうちに。
早苗ちゃんは可愛いなぁ。
道標
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
なに、この可愛い早苗ちゃん(6歳)は、まさかはじめてのおつかいで萌えるとは…

それと小傘ちゃん自重しようね
2.名前が無い程度の能力削除
いやー、確かにこれはどシリアスだw
色々と込み上げてきてやう゛ぁかった……
3.名前が無い程度の能力削除
この小傘は珍しい!
早苗ちゃんかわいいよ!

後編楽しみにしています。
4.謳魚削除
この風祝さんなら好きになれそうです。人間的な意味で。

そして小傘さんの続きを是非に。
そしてそしてキスメお姉ちゃんとの馴れ初めを是非是非に。

あと諏訪神奈素敵。
諏訪神奈ひゃっほい。
5.名前が無い程度の能力削除
外の幼早苗がどうのこうのという話は何度かみたことあるが幻想郷では初めてじゃないか?
6.名前が無い程度の能力削除
アリス自重なさいww

このままほのぼのと最後まで行くのかなぁと思ってたら、インターミッションからの空気の変わり方に驚いた……
これは後半楽しみです。
7.ずわいがに削除
ふぅ、危ない危ない
無印だったら独断と偏見により最初の三分の一で100点を入れてしまうところだった