「怪獣の気配がするわ……」
こたつに頬杖をついたまま、八雲紫は呟いた。
たたんだ洗濯物を運んでいた八雲藍は、その声を耳にし、廊下を進む足を止める。
主の唐突な発言は、いつものことである。そして、それが式の理解の及ばぬのも、いつものことである。
なので、藍は聞いた。
「怪獣、ですか?」
「ええ。怪獣よ。怪獣の気配がするの」
「私にはまるで掴めませんが……」
八雲一家が住まう屋敷は、幻想郷を包む結界の狭間に位置するため、余程の存在であっても侵入できる空間ではない。
念のため、式が気配を探ってみても、やはり家には自分たち二人分のものしか無い気がした。
しかし、紫の方はその怪獣に対し、確信があるようで。
「危険かどうか確かめてみないとね」
彼女はこたつから立ち上がり、式に命令する。
「藍。部屋の隅に行きなさい」
「はい?」
「いいから」
訳が分からぬまま、藍は洗濯物を座布団に置き、部屋の隅へと向かった。
「部屋の角を見つめなさい」
「はい」
「そのまま、しゃがみなさい」
「はぁ」
「もっと体を小さくして。頭も低くして。ああ、尻尾は広げたままで。両手は見せた方がいいわね」
「何を考えているんですか?」
藍は問いつつも、素直に命令に従って、体勢を変えていく。
何だか、部屋の隅に主の言霊で追い込まれているようで、実に窮屈であった。
「藍。私じゃなくて貴方にしかできないことなのよ」
「左様ですか」
式としては、そう言われて悪い気はしない。
藍は余計なことを考えるのを止め、命令に集中した。
「尻尾を限界まで広げなさい。九つ全部が、別の方向に向くように」
「む……」
なかなかの難易度である。しかし、尻尾の一つ一つを自在に操ることのできる九尾の式は、無事それを成功させてみせた。
彼女の美しい毛並みの尾は放射状となり、紫の方から見れば、それはまるで、巨大な黄色い花びらのようであった。
そして、端からは、式の白い手が二つ、ちょこんと生えている。
スキマ妖怪は、感嘆のため息を漏らした。
「お見事、藍。さすがは私の式だわ」
「ありがとうございます。紫様」
藍はポーズを保ったまま、誇らしい気分になる。
そんな式を、紫はじっくりと鑑賞した後、呟いた。
「う~ん。これぞまさしく、美尾藍手(ビオランテ)ね」
発想の勝利だなwwwwwwwww
字面と状況描写でみょんに藍様の手々が可愛らしく思えてしまってからにもう。