――母からの手紙――
薄暗い森の中、人も妖怪も立ち入ることが少ない魔法の森。
連日連夜の研究を終え、久々に太陽の光を浴びに少女は玄関のドアを開ける。
「あーしばらく籠りっぱなしだったから結構たまっちゃったわね」
人里の雑貨屋で購入したアンティーク調の郵便受けには数日分の新聞や香霖堂の折り込みチラシ、宗教勧誘のチラシがぎっしりと詰まっていた。
九割がいらないものだろうと思っていても確認せずに捨てる事が出来ないアリスは、人形達を操り郵便受けの中身を室内に運ばせ中身を確認する。
「あの天狗、何度新聞はいらないと言えば分ってくれるのかしら」
文々。新聞と書かれた新聞は読まれることなくそのままゴミ箱に投げ込まれた。
「へぇ霖之助さんのお店、セールやるんだ。外来品の衣服の大安売りかー。外来品の衣類って珍しい柄が多いから人形達の服にリメイクしても良いかもね」
文字だけの簡単な折り込みチラシはテーブルの上に置かれた。
「あなたも道教を始めませんか? 始めないわよ」
そもそも道教とは――
長々と書かれた説明書きには目もくれず、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に投げ捨てる。
その後も博麗神社のチラシ、守矢神社のチラシ、命蓮寺のチラシが何枚も出てくる。
「まったっく幻想郷の宗教家達は何をやってるんだか」
アリスにゴミと判断されたチラシたちはゴミ箱に収まる量ではなくなっていた。人形を操りチラシの山を紐でまとめていると一通の封筒がひらりと床に落ちた。
「ん、手紙? わっ。お母さんからだ」
突然の母からの手紙に薄らと頬を染めながら声を上げるアリスだった。
達筆な文字で書かれた封筒をペーパーナイフで空け、胸を躍らせながら便箋を取り出す。
アリスちゃん。
お久しぶりです。
お元気ですか? 風邪など引いていませんか?
アリスちゃんが魔界を離れもうすぐ十年。自機やサポート要員として異変に参加したりとアリスちゃんの大活躍に魔界のみんなで喜んでいます。
自機やサポート要員って物凄い責任よね。重圧に負けずに頑張っているアリスちゃんをとても誇りに思います。
でももし、万が一、そんな重圧に負けそうになったら私を頼っても良いのですよ。
いつだって私はアリスちゃんの味方。ふふふ、心強いでしょ?
さて、話は変わりますが、魔界に残された預言書によるとそろそろ幻想郷で何かが起こりそうです。
アリスちゃんはとても強い子だから何があっても大丈夫だと信じていますが、危なくなったら私を頼っても良いのですよ。
いつだって私はアリスちゃんの味方。ふふふ、心強いでしょ?
そうそう、最近、健康の為に格闘技を始めたの。
いつ決闘を申し込まれたって返り討ちにしないと先へは進めないし、怪しい人は力でねじ伏せないと先へ進めないものね。
ジャブはやや内角を狙い、ねじり込むように打つ。ストレートは右拳に全体重を乗せ、まっすぐ目標をぶち抜く様に打つ。
コーチの方に上手だと褒められたのよ。
アリスちゃんに披露する日を楽しみに待っています。
「なによこれ」
敬愛する母からの手紙に心を躍らせていた自分が恥ずかしくなり、便箋を封筒に戻す。
「そう言えば昔っから異変が起こる少し前にお母さんから手紙が届くのよね。今回も何かの前触れなのかしら」
やれやれと右手で顔を覆う。
「しかし、お母さんが格闘技ねぇ」
紅蓮色した袖をはためかせ、右拳を突き出す母を想像するアリス。
「……意外とありかもしれないわね」
――旧友からの手紙――
春を迎え、太陽の畑には色鮮やかな花々が所狭しと咲いていた。
太陽の畑の中央には細い道が轢かれており、その道は小さな一軒家へと続いている。
幻想郷屈指の大妖怪、風見幽香の家だ。多くの人妖に恐れられている彼女だが、意外と家の佇まいはメルヘンチックだったりする。
西洋の童話に登場するお菓子のお家のような見た目の一軒家。庭先にはこれまたメルヘンチックな可愛らしい郵便受け。
庭仕事を終えた幽香が郵便受けを覗く。
「ようやくあの宗教家連中もチラシを入れなくなったようね。ん? 手紙だなんて珍しいわね」
郵便受けを空け手紙を取り出す。
「……読まずに捨てようかしら」
差出人の名前を見てそう呟く。
「でもまぁ、暇つぶし位にはなるかしらね。おやつの時間に読ませてもらうわ」
風見幽香様。
お久しぶりです。
お元気ですか? 貴女に頂いた花は毎年毎年種を付け、未だにうちの庭を彩ってくれています。
さて、幽香さんがうちに殴り込みに来てから長い時間が経ちました。
今でもあの時の事を鮮明に思い出せます。
そう言えば、貴女が大人気だという噂は魔界にも届いています。
数年前に自機としても活躍したとか。抜け目ない貴女の事だからまた自機に返り咲く事を狙っているのかしら。
魅魔さんもそうだけれど、ラスボスからの自機昇格って結構あるのかしら。
最近の幻想郷では吸血鬼の女の子や幽霊のお嬢様が昇格したという話を耳にしました。
すごく前に私もラスボスをやらせてもらった気がするんだけど。そういう話は聞いてないですか?
そうそう、魔界に残された預言書によるとそろそろ幻想郷で何かが起こりそうです。
お花が関わらないと無関心な貴女にはあまり関係がないかもしれませんね。
もし、貴女に声がかかったとしたら私が代わりに戦ってあげるわ。
昔のよしみよ。困ったら声かけてね。
それでは。
「ずいぶんと珍しい奴から手紙が届いたと思ったら。何なのよまったく」
勢いよくテーブルに手紙を叩き付ける。
「そう言えば魅魔と夢見の奴からもこんな内容の手紙が届いてたわね。ラスボスとか自機ってなんなのよ。はー、嫌だ嫌だ」
世の中、暇な奴が沢山いるのかと思いながらティーセットを片付ける。
洗い物をしながらふと、魔界へ殴り込みに行った時の事を思い出す。
「あの頃はまだスペルカードなんてなかったし、結構本気で戦ったわねぇ」
遠い過去の思い出に浸る幽香。
「ふふ、最近はスペルカード戦ばかりだけどたまには殴ったり蹴ったりする戦いも悪くないかもね」
その笑顔は不敵だった。
――師からの手紙――
「姐さーん、お手紙ですよ」
白蓮の寝室に一枚の封筒を持って現れた元気一杯の尼さん。
「あら、誰からかしら」
「魔界からの直送便でしたよ。流石は姐さん、顔が広いんですね」
そう言いながら一輪は白蓮に封筒を手渡す。
「魔界から?」
白蓮は首を傾げながら封筒を受け取るとそこに書かれた懐かしい人物の名前を目にし、笑みを浮かべた。
「まあ、神綺さんからだわ」
「神綺さん?」
「ええ。法界にいた頃に物凄い魔法を使う魔界の神様の噂話を聞いた事があったの。そうね、丁度法界に封印されて百年位経った頃ね。その魔界の神様に会いに行ったことがあるのよ」
「姐さんより凄い魔法使いだなんて俄かにしんじられないですけどねぇ。それでどうしたんですか?」
「ええ、一戦交えました」
なぜ会いに行ったのに一戦交えたんだろうかと疑問に思った一輪だったがさらりと話を流し、続く言葉を待った。
「魔界の神様と言うだけあってすごく強かったわ。勿論私は負けちゃったの。見たことない魔法を沢山使ってて、魔界には強い方がいるんだなぁって感心したわ」
「姐さんが負けたんですか!? 肉体強化の魔法は使わなかったんですか?」
「その頃はまだ使えなかったのよ。とにかく、私なんてまだまだだって気付かせてくれた人が神綺さんなのよ」
白蓮は魔界での出来事を思い出しながら楽しそうに語っていた。
「あぁ懐かしいわね。さっそくお手紙を拝見させてもらおうかしら」
「姐さん、なんだか楽しそうですね。それじゃ私はこれで」
一輪が去るのを見届けると白蓮は封筒を空けた。
聖白蓮様。
お久しぶりです。
お元気ですか? お陰さまで私は元気です。
白蓮さんが魔界にいらした時の事を今でもよく覚えています。人間と妖怪が共存する世界を実現する為にもっと強い魔法使いになりたいと仰っていましたね。
私の魔法を随分と気に入ってくれたようで、熱心に勉強されている姿はとても印象的でした。
そうそう、魔界に残された預言書によるとそろそろ幻想郷で何かが起こりそうです。
実力もあり、多くの部下に慕われている貴方なら無事に切り抜けられると思います。
でももし、万が一、誰かを頼らなくてはいけなくなったら私を頼って下さい。
友達の助けになれるなら私は魔界からすぐに駆けつけます。
さて、話は変わりますが、貴女の所の一輪ちゃん。入道雲を使って戦うという話を聞きました。
もし、白蓮さんさえよければ、魔界神を使って戦ってみては如何でしょう?
大魔法使いらしくて良いんじゃないかしら。
流れとしては、魔神復誦からの神綺召喚みたいな感じが良いと思うのよね。
ご意見お待ちしてます。
それと、貴女はいつもにこにこ笑顔よね。
駄目ですよ。喜怒哀楽いろんな感情を表に出さないと心が疲れてしまいます。
おっと、お節介でしたね。
それではまたお会いできる日を楽しみに待っています。
クエスチョンマークを頭に浮かべた白蓮はそっと便箋を伏せる。
「神綺さん、どうしちゃったのかしら……」
――黒幕からの手紙――
「郵便でーす」
大きな声が八雲家に響いた。
「藍、郵便屋さんよ。出て頂戴」
「紫様すいません。今手が離せなくて。出てもらえますか」
主と式神の声が重なる。
「今テレビが良い所なのよ」
「今揚げ物をしてて、手が離せないんです」
主と式神の声がまたしても重なる。
「火を止めれば良いでしょ」
「スキマを使って受け取れば良いじゃないですか」
主と式神の声は三度重なった。
悪くなる空気に耐え切れず郵便物は橙が受け取りに行く羽目になってしまった。
「紫様にお手紙ですよー」
「あら、私に? ファンレターかしらねぇ。後で読むから座敷の机に置いといて頂戴」
「わかりました」
八雲紫様。
はじめまして。突然のお手紙失礼します。
私、魔界で神をしております、神綺と申す者です。し・ん・きと読みます。以後お見知り置きを。
八雲様のご活躍は遠く魔界の地でも耳に致します。
さて、今回筆を執らせて頂いた訳をご説明させて頂きます。
魔界には預言の書と呼ばれる書物がいくつかございます。その中の一つに幻想郷について書かれている物があります。
そこには近いうちに幻想郷の皆様から異変と呼ばれるものが起こると記載されていました。
誰よりも幻想郷を愛する八雲様の耳に入れておかなくてはと、使命感に刈られてこの文を書いている次第でございます。
私は魔界を誰よりも愛しております。それゆえ幻想郷を誰よりも愛している八雲様の心労をお察し致しする事ができます。
八雲様の心労を取り払うお手伝いをさせて頂ければ光栄です。
神綺が貴女の心労を取り払います。
略して神綺労。なんちゃって。
と、とにかくやる気だけはあります。
操作しにくいだとか叩かれたって私めげません。
それでは、お返事待っています。
座敷をごろごろと転がりながら手紙を読む。
「この人は何を言っているのかしら……」
困惑し、引き攣った笑みを浮かべる紫。
「それより異変が起こるねぇ。こんな怪しい手紙を送り付けておいて良く言うわね」
むくりと起き上がると口元で扇子を開く。
「魔界の神、幻想郷は全てを受け入れますわ。覚悟があるならお出でなさいな」
「神綺様、只今戻りました」
「ご苦労様、夢子ちゃん」
ふさふさとサイドテールを揺らしながら従者を労う。
「それで、今回は、今回こそ声がかかるかしら?」
「まぁ、魅魔よりは可能性があると思いますが……」
「そうね。蜃気楼のように消えるか、心綺楼として語り継がれるか」
「格闘技も始められて、アリスや幽香、白蓮さんと神綺様に関係のある人物には手紙を出してますし、何より幻想郷の重鎮である八雲さんにもお手紙を出してます。やれる事は全てやったと思います」
「そうね、後は待ちましょう。預言書の通り幻想郷で何かが起こる事を」
薄暗い森の中、人も妖怪も立ち入ることが少ない魔法の森。
連日連夜の研究を終え、久々に太陽の光を浴びに少女は玄関のドアを開ける。
「あーしばらく籠りっぱなしだったから結構たまっちゃったわね」
人里の雑貨屋で購入したアンティーク調の郵便受けには数日分の新聞や香霖堂の折り込みチラシ、宗教勧誘のチラシがぎっしりと詰まっていた。
九割がいらないものだろうと思っていても確認せずに捨てる事が出来ないアリスは、人形達を操り郵便受けの中身を室内に運ばせ中身を確認する。
「あの天狗、何度新聞はいらないと言えば分ってくれるのかしら」
文々。新聞と書かれた新聞は読まれることなくそのままゴミ箱に投げ込まれた。
「へぇ霖之助さんのお店、セールやるんだ。外来品の衣服の大安売りかー。外来品の衣類って珍しい柄が多いから人形達の服にリメイクしても良いかもね」
文字だけの簡単な折り込みチラシはテーブルの上に置かれた。
「あなたも道教を始めませんか? 始めないわよ」
そもそも道教とは――
長々と書かれた説明書きには目もくれず、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に投げ捨てる。
その後も博麗神社のチラシ、守矢神社のチラシ、命蓮寺のチラシが何枚も出てくる。
「まったっく幻想郷の宗教家達は何をやってるんだか」
アリスにゴミと判断されたチラシたちはゴミ箱に収まる量ではなくなっていた。人形を操りチラシの山を紐でまとめていると一通の封筒がひらりと床に落ちた。
「ん、手紙? わっ。お母さんからだ」
突然の母からの手紙に薄らと頬を染めながら声を上げるアリスだった。
達筆な文字で書かれた封筒をペーパーナイフで空け、胸を躍らせながら便箋を取り出す。
アリスちゃん。
お久しぶりです。
お元気ですか? 風邪など引いていませんか?
アリスちゃんが魔界を離れもうすぐ十年。自機やサポート要員として異変に参加したりとアリスちゃんの大活躍に魔界のみんなで喜んでいます。
自機やサポート要員って物凄い責任よね。重圧に負けずに頑張っているアリスちゃんをとても誇りに思います。
でももし、万が一、そんな重圧に負けそうになったら私を頼っても良いのですよ。
いつだって私はアリスちゃんの味方。ふふふ、心強いでしょ?
さて、話は変わりますが、魔界に残された預言書によるとそろそろ幻想郷で何かが起こりそうです。
アリスちゃんはとても強い子だから何があっても大丈夫だと信じていますが、危なくなったら私を頼っても良いのですよ。
いつだって私はアリスちゃんの味方。ふふふ、心強いでしょ?
そうそう、最近、健康の為に格闘技を始めたの。
いつ決闘を申し込まれたって返り討ちにしないと先へは進めないし、怪しい人は力でねじ伏せないと先へ進めないものね。
ジャブはやや内角を狙い、ねじり込むように打つ。ストレートは右拳に全体重を乗せ、まっすぐ目標をぶち抜く様に打つ。
コーチの方に上手だと褒められたのよ。
アリスちゃんに披露する日を楽しみに待っています。
「なによこれ」
敬愛する母からの手紙に心を躍らせていた自分が恥ずかしくなり、便箋を封筒に戻す。
「そう言えば昔っから異変が起こる少し前にお母さんから手紙が届くのよね。今回も何かの前触れなのかしら」
やれやれと右手で顔を覆う。
「しかし、お母さんが格闘技ねぇ」
紅蓮色した袖をはためかせ、右拳を突き出す母を想像するアリス。
「……意外とありかもしれないわね」
――旧友からの手紙――
春を迎え、太陽の畑には色鮮やかな花々が所狭しと咲いていた。
太陽の畑の中央には細い道が轢かれており、その道は小さな一軒家へと続いている。
幻想郷屈指の大妖怪、風見幽香の家だ。多くの人妖に恐れられている彼女だが、意外と家の佇まいはメルヘンチックだったりする。
西洋の童話に登場するお菓子のお家のような見た目の一軒家。庭先にはこれまたメルヘンチックな可愛らしい郵便受け。
庭仕事を終えた幽香が郵便受けを覗く。
「ようやくあの宗教家連中もチラシを入れなくなったようね。ん? 手紙だなんて珍しいわね」
郵便受けを空け手紙を取り出す。
「……読まずに捨てようかしら」
差出人の名前を見てそう呟く。
「でもまぁ、暇つぶし位にはなるかしらね。おやつの時間に読ませてもらうわ」
風見幽香様。
お久しぶりです。
お元気ですか? 貴女に頂いた花は毎年毎年種を付け、未だにうちの庭を彩ってくれています。
さて、幽香さんがうちに殴り込みに来てから長い時間が経ちました。
今でもあの時の事を鮮明に思い出せます。
そう言えば、貴女が大人気だという噂は魔界にも届いています。
数年前に自機としても活躍したとか。抜け目ない貴女の事だからまた自機に返り咲く事を狙っているのかしら。
魅魔さんもそうだけれど、ラスボスからの自機昇格って結構あるのかしら。
最近の幻想郷では吸血鬼の女の子や幽霊のお嬢様が昇格したという話を耳にしました。
すごく前に私もラスボスをやらせてもらった気がするんだけど。そういう話は聞いてないですか?
そうそう、魔界に残された預言書によるとそろそろ幻想郷で何かが起こりそうです。
お花が関わらないと無関心な貴女にはあまり関係がないかもしれませんね。
もし、貴女に声がかかったとしたら私が代わりに戦ってあげるわ。
昔のよしみよ。困ったら声かけてね。
それでは。
「ずいぶんと珍しい奴から手紙が届いたと思ったら。何なのよまったく」
勢いよくテーブルに手紙を叩き付ける。
「そう言えば魅魔と夢見の奴からもこんな内容の手紙が届いてたわね。ラスボスとか自機ってなんなのよ。はー、嫌だ嫌だ」
世の中、暇な奴が沢山いるのかと思いながらティーセットを片付ける。
洗い物をしながらふと、魔界へ殴り込みに行った時の事を思い出す。
「あの頃はまだスペルカードなんてなかったし、結構本気で戦ったわねぇ」
遠い過去の思い出に浸る幽香。
「ふふ、最近はスペルカード戦ばかりだけどたまには殴ったり蹴ったりする戦いも悪くないかもね」
その笑顔は不敵だった。
――師からの手紙――
「姐さーん、お手紙ですよ」
白蓮の寝室に一枚の封筒を持って現れた元気一杯の尼さん。
「あら、誰からかしら」
「魔界からの直送便でしたよ。流石は姐さん、顔が広いんですね」
そう言いながら一輪は白蓮に封筒を手渡す。
「魔界から?」
白蓮は首を傾げながら封筒を受け取るとそこに書かれた懐かしい人物の名前を目にし、笑みを浮かべた。
「まあ、神綺さんからだわ」
「神綺さん?」
「ええ。法界にいた頃に物凄い魔法を使う魔界の神様の噂話を聞いた事があったの。そうね、丁度法界に封印されて百年位経った頃ね。その魔界の神様に会いに行ったことがあるのよ」
「姐さんより凄い魔法使いだなんて俄かにしんじられないですけどねぇ。それでどうしたんですか?」
「ええ、一戦交えました」
なぜ会いに行ったのに一戦交えたんだろうかと疑問に思った一輪だったがさらりと話を流し、続く言葉を待った。
「魔界の神様と言うだけあってすごく強かったわ。勿論私は負けちゃったの。見たことない魔法を沢山使ってて、魔界には強い方がいるんだなぁって感心したわ」
「姐さんが負けたんですか!? 肉体強化の魔法は使わなかったんですか?」
「その頃はまだ使えなかったのよ。とにかく、私なんてまだまだだって気付かせてくれた人が神綺さんなのよ」
白蓮は魔界での出来事を思い出しながら楽しそうに語っていた。
「あぁ懐かしいわね。さっそくお手紙を拝見させてもらおうかしら」
「姐さん、なんだか楽しそうですね。それじゃ私はこれで」
一輪が去るのを見届けると白蓮は封筒を空けた。
聖白蓮様。
お久しぶりです。
お元気ですか? お陰さまで私は元気です。
白蓮さんが魔界にいらした時の事を今でもよく覚えています。人間と妖怪が共存する世界を実現する為にもっと強い魔法使いになりたいと仰っていましたね。
私の魔法を随分と気に入ってくれたようで、熱心に勉強されている姿はとても印象的でした。
そうそう、魔界に残された預言書によるとそろそろ幻想郷で何かが起こりそうです。
実力もあり、多くの部下に慕われている貴方なら無事に切り抜けられると思います。
でももし、万が一、誰かを頼らなくてはいけなくなったら私を頼って下さい。
友達の助けになれるなら私は魔界からすぐに駆けつけます。
さて、話は変わりますが、貴女の所の一輪ちゃん。入道雲を使って戦うという話を聞きました。
もし、白蓮さんさえよければ、魔界神を使って戦ってみては如何でしょう?
大魔法使いらしくて良いんじゃないかしら。
流れとしては、魔神復誦からの神綺召喚みたいな感じが良いと思うのよね。
ご意見お待ちしてます。
それと、貴女はいつもにこにこ笑顔よね。
駄目ですよ。喜怒哀楽いろんな感情を表に出さないと心が疲れてしまいます。
おっと、お節介でしたね。
それではまたお会いできる日を楽しみに待っています。
クエスチョンマークを頭に浮かべた白蓮はそっと便箋を伏せる。
「神綺さん、どうしちゃったのかしら……」
――黒幕からの手紙――
「郵便でーす」
大きな声が八雲家に響いた。
「藍、郵便屋さんよ。出て頂戴」
「紫様すいません。今手が離せなくて。出てもらえますか」
主と式神の声が重なる。
「今テレビが良い所なのよ」
「今揚げ物をしてて、手が離せないんです」
主と式神の声がまたしても重なる。
「火を止めれば良いでしょ」
「スキマを使って受け取れば良いじゃないですか」
主と式神の声は三度重なった。
悪くなる空気に耐え切れず郵便物は橙が受け取りに行く羽目になってしまった。
「紫様にお手紙ですよー」
「あら、私に? ファンレターかしらねぇ。後で読むから座敷の机に置いといて頂戴」
「わかりました」
八雲紫様。
はじめまして。突然のお手紙失礼します。
私、魔界で神をしております、神綺と申す者です。し・ん・きと読みます。以後お見知り置きを。
八雲様のご活躍は遠く魔界の地でも耳に致します。
さて、今回筆を執らせて頂いた訳をご説明させて頂きます。
魔界には預言の書と呼ばれる書物がいくつかございます。その中の一つに幻想郷について書かれている物があります。
そこには近いうちに幻想郷の皆様から異変と呼ばれるものが起こると記載されていました。
誰よりも幻想郷を愛する八雲様の耳に入れておかなくてはと、使命感に刈られてこの文を書いている次第でございます。
私は魔界を誰よりも愛しております。それゆえ幻想郷を誰よりも愛している八雲様の心労をお察し致しする事ができます。
八雲様の心労を取り払うお手伝いをさせて頂ければ光栄です。
神綺が貴女の心労を取り払います。
略して神綺労。なんちゃって。
と、とにかくやる気だけはあります。
操作しにくいだとか叩かれたって私めげません。
それでは、お返事待っています。
座敷をごろごろと転がりながら手紙を読む。
「この人は何を言っているのかしら……」
困惑し、引き攣った笑みを浮かべる紫。
「それより異変が起こるねぇ。こんな怪しい手紙を送り付けておいて良く言うわね」
むくりと起き上がると口元で扇子を開く。
「魔界の神、幻想郷は全てを受け入れますわ。覚悟があるならお出でなさいな」
「神綺様、只今戻りました」
「ご苦労様、夢子ちゃん」
ふさふさとサイドテールを揺らしながら従者を労う。
「それで、今回は、今回こそ声がかかるかしら?」
「まぁ、魅魔よりは可能性があると思いますが……」
「そうね。蜃気楼のように消えるか、心綺楼として語り継がれるか」
「格闘技も始められて、アリスや幽香、白蓮さんと神綺様に関係のある人物には手紙を出してますし、何より幻想郷の重鎮である八雲さんにもお手紙を出してます。やれる事は全てやったと思います」
「そうね、後は待ちましょう。預言書の通り幻想郷で何かが起こる事を」
神綺様をオプションで召喚する聖っすか。うん、勝てる気がしませんね。