「貴女は、とても愚か者ね」
今でもたまに思い出す。
私が初めてパチュリーに会った時、言われた言葉。
腹が立つくらいに澄した表情で私に言ったパチュリーを、私は衝動的に壊そうとしたのを覚えている。
そう、昔のお話。
◇◇◇
「あーあ、つまんない」
地下はつまらない。妖精メイドも、すぐ壊れる。私にとっては、無生物も生物も脆くてつまらない。
そんな毎日。
閉じ込められて何年経ったかは、もう覚えていない。別に出たくも無い。
ただ、呼吸をして、食事をして、それを繰り返す。
お姉様と遊ぶのは楽しいけれど、滅多に来てくれない。
「世界を、壊せないかな……」
いっそ、全てを無に返したら面白いかもしれない。
そんな馬鹿なことを考えながら、暇を潰す。
そこで、気付いた。
「なんだろ?」
館内に膨大な魔力を感じた。お姉様が新しく雇ったりしたのだろうか。それにしても、この魔力は面白そうだ。ちっとやそっとじゃ、破れそうにない。遊んでみたいなぁ。でもそんなことしたら、お姉様に叱られそうだ。
「う~ん……今日は諦めよう」
楽しみはとっておこう。
もし簡単に壊れちゃったら、あまりのつまらなさに苛ついて八つ当たりしちゃいそうだし。
「ねぇ、お姉様」
「んー?」
あの魔力を感じた日から、一ヵ月くらいは経っただろうか。
お姉様が珍しく、私の部屋に来た。
「今は大人しい感じがするけど、ちょっと前に凄い魔力を感じたの。あれは何?」
「魔力? あぁ、パチェね」
お姉様がそう言った。
パチェ? 私の知らない名前だ。やはり新しく来た者か。
「使用人?」
「違うわよ。私の親友」
「え!?」
驚いた。
プライドが高いお姉様が、親友という対等な関係を認めた人物。
私は、抑え切れない好奇心を自分の中で感じた。
「強いの?」
「あぁ、強いね。私が認めた強さよ」
「どんな人?」
「魔女よ。知識の魔女、パチュリー・ノーレッジ」
「ふーん」
自分で訊いておいて、わざと素っ気無い返事をする。私がそのパチュリーとやらに興味を持ったということを、お姉様に知られては厄介だからだ。
「駄目よフラン」
「何が?」
「誤魔化しても無駄」
あっさりとバレてしまった。お姉様が本気で睨んでいる。
「いいでしょ。ちょっと遊んでもらうだけだから」
「駄目よ」
「……煩いなぁ、いちいち。それともお姉様が遊んでくれるの?」
狂っている。
そう、私は多分狂っているんだ。今だって、大好きなお姉様に凶悪な殺気をあてている。
お姉様は、鋭い目付きで私を睨む。こういうお姉様の表情、嫌いだなぁ。いっそ壊してあげようかな。
「フラン」
「何?」
お姉様は、続きの言葉を発しない。
狂気と緊張に包まれた空気が、肌に痛い。
「戻るわ」
「あれ? お姉様遊んでくれないの?」
お姉様が遊んでくれないのなんて分かっていた。私たちが本気でやりあったなら、紅魔館は半壊レベルじゃすまないだろう。
「パチュリーとかいう人、壊しちゃうよ?」
私の脅迫に近い言葉に、お姉様は一瞬だけ足を止めた。そして、少しだけ顔を振り向かせ、
「貴女にパチェが壊せるかしら?」
「私は例外無く壊すよ」
「膨大な知識の前では、フラン、貴女が壊されてしまうかもしれないわよ?」
「つまらない冗談だね」
お姉様は、それ以上何も言わずに、重い扉を開けて、戻って行った。
私が壊される? くだらない冗談だ。
けれど、お姉様はパチュリーをそんなに評価してるとなると、
「久し振りに、楽しめそうだねぇ」
私は、嬉しかった。
今の私はきっと、歪んだ笑みを浮かべている。
とても、楽しそうに。
一応、お姉様の邪魔が入らないように、夜は避けた。
陽が昇る直前くらいの時間を狙って、部屋を脱出した。
だけれど、一つ盲点。
「場所……分かんない」
廊下を歩きながら、考える。
暴れまくれば、出て来てくれるかな。それとも、一つ一つ部屋を破壊しようかな。
そんなことを考えながら歩いていると、見慣れない場所に辿り着く。
「ここは?」
大きな扉を開いて、中に入ると、そこには見たこともない本が、尋常じゃないくらい大量に本が並んでいた。
紙特有の匂い、灯に使われている古びたランプ、静寂を帯びた空間が、そこにはあった。
「もしかして……ここに」
一歩、また一歩と中に足を踏み入れる。
感じる。魔力の流れを。
私は確信した。ここにパチュリーがいる、と。
わくわくする。胸が高鳴る。頬が緩むのが抑えられない。
私の歩く音が、静寂を破っていた。
ただの足音が、ここではやけに煩く聞こえる。
けれど、今の私はそんなことをいちいち気にしない。
ただ、遊ぶことだけを目的にしている。
薄暗い灯が、一ヵ所だけをぼんやりと包んでいるのを見つけた。
「貴女がパチュリー・ノーレッジ?」
そこには、本を読んでいるせいか、私には一切顔を向けない人が居た。
魔力を、感じる。
恐らくは、当たり。
だけど、返事が無い。何でだろう。
「ねぇ、聞いてるの?」
「……」
読書に集中すると周りが見えなくなるタイプなのだろうか。
苛々するなぁ。
あの本さえ無ければ、私に気付くのだろうか。
なら、壊してしまえばいい。
パチュリーの読んでいる本を簡単に壊してやった。
粉々になった本を無表情で見つめている。
一体何をしてるんだろう。驚くとか何かしら反応が無いとよくわからない。
感情が無いのだろうか。
「ねぇ、もう一度訊くよ。答えなきゃ貴女を壊しちゃうかも。貴女がパチュリー?」
「貴女は、とても愚か者ね」
やっと目を合わせたかと思ったら、いきなり何を言うんだろう。
透き通るような瞳が、何故か私を馬鹿にしてるように思えた。
腹が立つ。何だろう。いいや、壊しちゃえ。
「壊すことしかしらない貴女は、何のために生きてるの?」
「え?」
壊そうとした手を止める。
本当に、何を言ってるだろう。
「壊して、壊して、自分を不幸な者だと自分自身で慰めて、長い時を空虚とも言えるような生活で刻み、一体貴女は何をしているの?」
わけが分からない。
無表情で淡々とした口調のパチュリー。
「貴女、妹様、フランドール・スカーレットでしょう? 貴女の姉、レミィから聞いてるわ」
「うん、そうだよ」
「貴女は、何をしているの?」
「何がさ?」
「何をしているのかと、訊いている」
「別に何もしてないよ」
本を壊した以外、別に今は何もしていない。
「そう、やっぱり貴女は駄目ね」
「な!?」
いきなり何なんだ。
初めて会った相手をいきなり否定するやつがいるだろうか。まぁ、私は会った途端に壊すことがあるけど。
「何もしないで悲劇のヒロイン気取り?」
「な!? そんなもの気取ってない!」
「ならただの子どもね。遊びたいから遊ぶ、相手の意思を無視して。そして壊す。本当に、頭の悪い」
「っ!?」
もう我慢出来ない。壊してやろう。
そう思ったけれど、そうしたらパチュリーの言っていることをしているのと同じだ。それは、何か嫌だ。
ギリギリで、我慢する。
「あら? 攻撃をしてくるかと予想していたのだけど」
「私は、子どもなんかじゃない。パチュリーより年上だよ」
パチュリーは全く表情を変えない。
「何なのさ、私のこと知らないくせに。知ったような口で、馬鹿にして」
「知らないし、興味もないわ」
「む!」
「ただ、貴女が嫌いなだけ」
「っ!?」
なんとなく、パチュリーの態度で気付いてたけど、こうもハッキリ言われるとは思わなかった。
「私の何が嫌いなの?」
「知ることが出来るのに、知ろうとしないこと」
「知ること?」
「危険だからと地下に閉じ込められている間、貴女は知ろうとしなかったらしいじゃない」
「何をさ?」
知ろうとしないとか、パチュリーの言うことはどこかふわりとしていて、理解し辛い。
「能力の扱い方や力の制御法など、貴女は知ろうとすれば知ることが出来た筈。学び、普通に生活出来る運命だって、きっとあった。なのに、貴女は何もしていなかったですって? そんな長い年月を? 愚かすぎて笑えもしないね」
あぁ、苛々する。
壊したい壊したい壊したい。
「精神を安定させ、破壊衝動を抑える術も、知ろうとしない。狂っているから、と決め付け、最低限の努力もしない。実に愚か」
うん、いいよね。
やっちゃお。あはは。
「だから、私は今の貴女が大嫌いよ」
「もういいよ……」
パチュリーを壊す構えを取る。パチュリーは全く動じない。
「壊れちゃえ」
「待て」
私とパチュリーの間に、お姉様が降って来た。
あーあ、邪魔が入ったよ。
「フラン、貴女の考えることなんて分かってるわ。だから朝方に頑張って起きてた」
「ふん……」
うっとうしい。
私の全てを分かったみたいな態度が、癪に触る。
「そして、パチェ。あんまり私の可愛い妹をいじめないで」
「いじめているつもりは無かったわ」
「それでも! 私が止めなきゃどうなっていたか……」
「親友の妹様を攻撃する趣味は無いから安心して」
「はぁ……ったく」
私の時と違って、パチュリーはほんの僅かだけど表情に変化が表れている。
なんだか、私だけピエロみたいだ。
「ほら、フラン戻りましょう」
「……ん」
流石に館を半壊以上にさせるわけにはいかないから、ここは大人しくお姉様に従ってあげよう。
だけど、戻る前に一つだけ。
「ねぇ、パチュリー」
パチュリーは返事をしないけど、私は続ける。
「今からでも、知るべきことを知ることは出来る?」
「……決して遅すぎることはない」
「もし、私が長い時間をかけて学んだら、どうなるかな?」
「知らないわよ。だけど、もし貴女がそうなったら、私は貴女を見直すかもね」
「ふーん、そ。じゃあ絶対にその無表情を驚きに変えてあげるよ」
「じゃあ一つだけ、今貴女が知るべきことを教えてあげる」
「ん?」
「貴女は、どれだけ愛されているかを知るべき」
「へ?」
愛されているか、だって?
嫌われて、恐れられる存在の私が? 一体誰に?
「パチェ! よけいなこと言うな!」
「あら? 私はレミィのことだなんて言ってないわよ?」
「くっ……ハメたわねパチェ」
「自爆じゃない」
お姉様が、私を?
絶対に、嫌われてると思ってた。
お姉様を見ると、顔を赤くしてパチュリーに怒っている。
「お姉様」
「い、いいから早く戻るわよフラン!」
お姉様に強く手を引かれて、その場を後にした。
お姉様が私を嫌っていないということを、知った。それだけで、心が温かくなる。嬉しかった。ただ、嬉しかったんだ。
知るということは、こういうことなのだろう。
もっと、私は知ろうと思う。
別にパチュリーに言われたからじゃない。
パチュリーの私を馬鹿にしたような目付き、私に対する無関心を、壊すために知るんだ。
◇◇◇
そんなこんなで、私はあの日から長い時間をかけて色々知った。
今じゃ別にパチュリーとだって普通に会話出来る。
「妹様、どうしたのぼーっとして」
「ん、ちょっとね」
「あぁ、ミートボールをどうやって勇者の剣に変えるかを悩んでいるのね」
「誰もそんなこと考えてないよ! パチュリーと初めて会った時のことを思い出してたの!」
「あぁ、懐かしいわね。私が雑草をひたすら千切っては投げの作業をしている時に、妹様がガスバーナーで私を殴ったのよね」
「そんなことしてない!」
くだらない冗談も、やりあえる仲になった。
最初はあれだけ壊してやりたかったのに。
昔の私が主役を演じていた歪んだストーリーは、破壊されてもう無い。
でも、最後はいつものパチェと妹さまww
一つ気になったのですが、「感情を感じない表情」という言葉がどうもしっくりきません。感情の読み取れない、とか、無関心な、とか、そちらのほうがいいのではないでしょうか?
なんと言うか、今までの作品が全てこれの伏線だったのかとすら思えるような。
言葉では言い表せないものを感じました!
二人が漫才やるたびにニヤニヤしちまう。
カリスマのあるパチェさんを感じて下さったなら嬉しいです。
表現変えました。
>>地球人撲滅組合様
前から書きたい話でしたので、そう感じて下さると嬉しい限りです!
>>3様
心の底で正しいと思っていれば思っているほど、イライラするものでしょうね、多分。
>>奇声を発する程度の能力様
魔女としてのパチェを、少しでも感じて下さったなら嬉しいです。
>>sirokuma様
よく分からない不思議な関係といった感じでしょうかね。
最終的には仲良く冗談を言い合える仲で。
>>6様
なんと嬉しいお言葉です!
そうか…ここからパチェフラ伝説は始まったのか!
やはり良き魔女、良き魔女。
妹様はどうあってもいぢめられてしまうのですね。
レ「これが運命ね……」
フ「運命なんかで割り切れないってのさぁ!」
パ『九九九(くくく)……二人共気付いてないわね「全妹様私の嫁計画~仲間外れは寂しいからレミィも一緒に姉妹d(がきゃきぃっ!)かはっ!』
こあ「まぁ(ごすっ)『むきゅっ!?』そんな主人を止めるのは(げしっ)『ちょっ小悪魔やめっ』使い魔である私の義務ですよね(ぐぅりぐぅり)『だめっそんなはぁん!……こあぁ……もっt(ry』こんの駄目魔女がぁっ!(ぐぅりぃっ!)『あはぁぁんっ!!(くてっ)』……レミリアお嬢様は汚させませんよ、たとえ相手がパチュリー様であっても……」
私の脳はどうしてもこあレミに帰結するっぽいです。
それでは長き駄拍手にて失礼致します。
まあ、何しろ、私が言えることはただこれ一つだけですね。
全てのフランドール・スカーレットに幸あれ。
なんだかんだでパチュリー様はいい人なのですって小悪魔がいってた。
>>12様
ごめんなさいm(_ _)m。
自意識過剰かも知れませぬが多分私めの事だと思いますので。
自重します。
何かシリアスな雰囲気なのに笑ってしまいました。
知識の魔女全開なパチュリーマジ万歳。
というかパチェはミートボールが好きなのか!
くそ、ルーミアの食べ残しから作ってやるから家に来るがいい!いえきてください。
「普通に」会話するとフランは突っ込み役なのかw
わふぁ! 楽しんでいただけてなによりです。
出会いはかなり険悪、といった感じですねw
>>謳魚様
魔女らしさ、を少しでも感じて下さったなら幸いです。
>>無在様
前々から書きたかった話なんです。もし、少しでも楽しめてなかったらすみません。
私も、それを願います!
>>11様
パチュリーはレミリアよりかなり若いと確か記憶してます。(違ったらすみません)
パチュリー、良い人ですよね。
>>13様
シリアスでなく『微シリアス』ですからねw
ルーミアの食べ残しってw
この一文の破壊力は異常
このサイトに来てから今まで一回も感想書いたことなかったけど思わずキーを叩いてしまう
なんか今日一日で気が付くと上の一文を何度も復唱してました
お陰でもうそらで言えますw
なんて思って読んでたら最後にやっぱりの安心オチ。
最後の一行は毎回悩みに悩んでいるので、そう言われるととっても嬉しいです!
気に入って下さってなにより。そして初感想とは光栄です。
>>16様
『微シリアス』ですからねw最後の会話は柔らかくしました。