注意!
このSSは作品集50『現人神の居る道具屋 三日目』から設定を受け継いでいます。
まずはそちらを読んでおくことを強くお勧めします。
◇
梅雨。
連日のように雨が降り、人妖問わずジメジメとした天気に嫌気がする時期であるが、
魔法の森にある香霖堂はいつもと何ら変わらない落ち着いた雰囲気であった。
そこの店主である森近霖之助は、最近手に入れた【除湿機】という外の世界の道具のおかげで、梅雨特有の
ジメジメ感に苦しめられることもなく快適に過ごしていた。
雨の中、今も優雅に読書タイムに勤しんでいる。
と、そこへ。香霖堂の扉が開かれる音と共に一人の少女が入ってきた。
「こんにちは森近さん、ここはいつも平和そうでいいですね。」
「褒め言葉として受け取っておくよ。それより、その格好はどうしたんだい?」
入ってきたのは早苗だった。飛んでくる途中で雨に降られたのか、全身びしょ濡れである。
「どうしたんだい?じゃありませんよ!
空を飛んでいたらいきなり雨に降られてビショビショになって・・・
あ、お風呂借りてもいいですか?」
「ああ、好きにするといい。それにしても・・・」
「?」
「君もすっかり、ここの常連だな。」
あの人里での一件以来、早苗は暇さえあれば此処に訪れていた。
まだ霖之助を守矢神社に招待したことはないが、早苗が彼のことをよく話すおかげで、
神奈子も諏訪子も霖之助という人物の存在は知っていた。逆もまたしかり、である。
それを聞いて早苗はクスリと笑った。
「ふふ、そうですね。私、ここの雰囲気は嫌いじゃありませんから。
いつも暇している素敵な店主さんもいることですし。」
「おや、それは僕のことかい?」
「さあ、どうでしょう?」
早苗はそう言葉を返すと、そのまま風呂と着替え場がある部屋へと入っていった。
やれやれ、といった様子で再び視線を本に戻そうとすると、再び香霖堂の扉が開かれた。
「邪魔するよ、旦那。まだ生きてるかい?」
「やあ小町、残念ながら僕はまだ君のお世話にはなれそうにないよ。」
「そうかい、そいつぁ何よりだ。」
そう笑いながら入ってきた女性・・・小野塚小町は「よっこらせ」と霖之助の隣に腰掛ける。
「また小難しそうな本を読んでるねぇ、あたいには何がなんなのかさっぱりだよ。
この【ジンコウエイセイ】って代物、旦那には理解できてるのかい?」
「残念だが、僕もこの代物についてはさっぱりわからないよ。
この書物に書かれていることも、外の世界特有の専門用語ばかりで
普通に読むことすら難しい。」
「じゃあなんでそんなもん読むんだい?
それならまだ昼寝していた方が有意義じゃないか。」
「考察するという楽しみがあるからね、外の世界の物には。
僕にとっては、それが唯一の娯楽のようなものなんだよ。」
その霖之助の返答に対し、小町は「ふーん」とそっけない返事を返した。
「ま、あたいにはよくわからんけどね。
そこまで理解しても、どうせ必要無さそうだし。」
「・・・実に君らしい気楽な考え方だね。
そんな君が時折羨ましく思えてきてしまうよ。」
「お、それは褒め言葉として受け取っていいのかい?」
「ああ、そう受け取ってくれて構わないよ。」
「旦那も言うようになったねぇ。」と小町は笑いながら答える。
と、いきなり何かを思い出したようにゴソゴソと懐を探り始めた。
「おっと、そういや旦那。つい最近無縁塚をウロウロしていたら、
こんなものを拾ったんだ、見ておくれよ。」
「ん?なんだいそれは・・・」
小町が取り出したのは、何やら黒い淵で囲まれたボードのようなものだった。
そのボードは縦と横に8列ずつ、合計64分割されたマス目のようなものが描かれており、
黒い淵の部分には2箇所、白と黒で塗られた平たい石が同じく64枚、チューブのようなものに入っている。
「・・・名称は【オセロ】。用途は【全てを2色に分かつ物】だそうだ。
恐らく、外の世界の遊び道具のようなものかな?」
「全てを2色に分かつって、大層な用途だねぇ、このオセロってもんは。
んで、どうやって遊ぶんだい?」
「うぅーむ・・・」
クールになれ、森近霖之助。この【オセロ】の遊び方を考えるんだ・・・!
霖之助は暫く考えた後、閃いたように叫んだ。
「そうか!わかったぞ小町!
この【オセロ】の遊び方がね!」
「お、どんなんだい?」
「まず、この64枚の平石だが・・・この白と黒は、恐らく陰と陽を表している。
光には闇、昼には夜、そして白には黒というように、これは表と裏で決して交わることの出来ない
相対的な意味が成されているんだ。
つまり、このオセロというゲームのプレイヤーは白と黒に分かれ、互いの色を潰しあうというものなんだよ。」
「白黒はっきりつけるってことかねぇ・・・まるでうちの閻魔様みたいだね。
それで、どうやって潰しあうんだい?」
「その手段は実に簡単だ。まず、このコインをお互い均等になるように分ける。
そして一枚ずつこの平石をボードの中心においていき、石を積み重ねていくんだ。
但しこの時、うっかり石の塔を倒してはいけない。倒してしまった方は無条件で敗北する。」
そう説明しながら、霖之助は一枚一枚丁寧にコインを積み上げている。
その顔は真剣そのものだ。
「へえ、そいつはきついルールだねぇ。
それで、全部の石を積み上げたらどうするんだい?」
「ここからが重要だよ。この積み上げた塔を・・・こうするんだ。」
そして霖之助は、今積み上げたばかりの塔を、あろうことか思い切りボードのゆすって崩してしまった。
ボードの上に石がバラバラと落ちる。
「このように石の塔を、ボードをゆすることによって崩した後・・・
ボード上に残っている石の裏表、つまり白と黒のどっちかの数が多かった方が勝利するんだ。」
「えぇっと、じゃあ今は・・・・・・・・・白28、黒36で黒の勝ち、ってわけかい?」
「そうなるね・・・ためしにやってみるかい?」
「旦那にすすめられちゃぁ、やってみるしかないねえ。」
こうして小町と霖之助の二人は、世にも奇妙なオセロを始めた・・・
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「ふう、サッパリしました・・・ってあれ?」
霖之助と小町がオセロを始めてから約30分後、風呂と着替えを終えた早苗が居間の方を覗くと、
見知らぬ女性と霖之助が何かしているのに気付いた。
よく見ると、なにやらオセロのボードの上に白黒の石を積み上げていっている。
早苗の知る限り、少なくとも正規ルールのオセロをしているとは思えない、しかし二人の顔は真剣だ。
遠くから見ているだけでは何も理解ができないので、早苗は思い切って声をかけてみることにした。
「あの、お二人共一体何をして・・・」
「きゃん!」
「ひゃっ!」
早苗の登場に驚いた小町が、誤って積み上げていたオセロの塔を崩してしまった。
「おや、良いところにきたじゃないか。
たった今、僕がこのゲームで勝利を収めたところだよ。」
「ああもう、伏兵がいるなんて聞いてないよ旦那・・・」
「え、えぇ?えっと、とりあえずごめんなさい・・・」
自分に非があったのか、と感じて謝る早苗に、小町は「謝りなさんな、驚いたあたいも悪いんだ。」と
苦笑いを浮かべながら返す。
「さて、初めてみる顔だが・・・お前さんは何ていうんだい?
服装はあの紅白の巫女によく似ているようだが・・・」
「私は東風谷早苗、妖怪の山にある神社で風祝をやってます。
風祝っていうのは・・・まあ、巫女みたいなものですね。」
「早苗ね、わかった、覚えておくよ。
あたいは小野塚小町、三途の河で船頭をやってる死神さ。」
「え、死神?」
死神、という単語に、何やら目をキラキラと輝かせ始める早苗。
「も、もしかして・・・名前を書くだけで人を殺せる程度の能力があるノートとか、
見ただけでその人の名前と寿命がわかる程度の能力の目を持ってたりしますか!?」
「あはは・・・残念だけど、あたいは距離を操る程度の力しか持ってないんだよねぇ。
お迎えはあたいの管轄外だから、そんな物騒なモンは持ってないよ。」
「あ、そうなんですか・・・」
その返答にガックリと落ち込む早苗。もし持っていたら、一体何を頼むつもりだったのか。
想像しただけで恐ろしい、最近の若者は怖いねぇ。と小野塚小町氏はのちに語っている。
「・・・んで、旦那。一つ聞きたいことがあるんだけ、いいかい?」
「うん?なんだい?」
「この娘が今着てるのと同じような服があそこにあるけど・・・
もしかして、旦那のアレだったりするのかい?」
「!?」
そう言って小指を立てる小町。意味を理解したからか、風呂あがりだからか顔が真っ赤になる早苗。
「え、あ、いや、あの、その、私と森近さんは別にそんな・・・」
だが、霖之助はいたって冷静に
「違うよ、早苗はこの店の良い意味での常連客さ。
来るたびに商品をとっていったり、話だけして帰るような客が多いからね。」
「あ、あはははは!やっぱりそうだよねぇ!
旦那に限ってそんなことあるわけないからねぇ!
でも、じゃあ何故服が普通に置いてあるんだい?」
「破れたりした霊夢の巫女服を誰が直していると思っているんだい?
そういえば前、霊夢に早苗の服のことで小1時間ぐらい問い詰められてだね・・・」
「・・・うぅ。」
話の腰を折られたのが悔しいのか、それともスパッと関係を否定されたのが悔しいのか、
早苗はどこか不満そうにしていた。
霖之助はそんな早苗の態度には気付いていないようである。
「さて、んじゃあ旦那。このオセロとやらの続きをやろうじゃないか?
あたいは負けっぱなしで帰るつもりはさらさら無いよ?」
「ふむ、それは楽しみだね。
はたして君が一勝するまでに僕は何回勝っているのか・・・」
「おお?言うねぇ旦那!本気になったあたいは止められないよ!」
その後、オセロという名の謎のゲームを始められた早苗は、完全に蚊帳の外にされていた・・・
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「それじゃ、そろそろ帰らないと閻魔様がうるさいから、
あたいはこれで失礼するよ。」
「・・・って、また仕事をサボってまでここにきたのかい?」
「サボるなんて人聞きが悪いねぇ、休暇だよ休暇。
んじゃ、じゃあな旦那。」
別れの挨拶を済ますと、すぐに小町の姿が見えなくなってしまった。
恐らく【距離を操る能力】を使ったのだろう。遠出するにはつくづく便利な能力だ。
そんなことを霖之助が考えていると、一緒に見送っていた早苗が棘のある口調で声をかける。
「霖之助さんはいつもサボってるようなものじゃないですか。
便利なものはすぐ非売品にするし、何かに熱中したら周りが見えなくなるし・・・」
3時間も蚊帳の外にされて、早苗があきらかに不機嫌なのは明白だった。
「・・・もうちょっと、周りをみてくれてもいいんじゃないですか?」
「おや、それはかまってくれなかったから嫉妬しているのかい?」
「あ、当たり前ですよ!ずっと小町さんとばかり・・・」
話してたじゃないですか、と言い終わる前に、霖之助はワシワシと早苗の頭をなでた。
「すまなかったね、早苗。
外の世界の遊具は実に興味深かったから、ちょっと熱中しすぎていたようだ。
次からは出来る限り気をつけよう。」
「こ、子供扱いしないでくれませんか・・・」
そう言って霖之助の手を払いのけた早苗だが、照れているのか頬がほのかに赤い。
「おっと、それはすまなかったね。謝ろう。」
「そういいますけど、全然謝る気持ちが無いじゃないですか・・・
今日はもう暗いので帰りますけど、この埋め合わせはしてもらいますよ?」
「考えておこう。」
「約束ですよ?森近さん。
嘘だったりしたら、もれなく弾幕の刑ですからね!」
最後に不吉な一言を残していくと、早苗は日が沈みつつある空を飛んでいった。
・・・雨雲はもはや消えうせ、美しい夕焼けが幻想郷を照らしていた。
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夕焼けの空を飛んでいる中、早苗はずっと考えていた。
最近、香霖堂へ行く理由がわからなくなってきた。
最初はただ、霖之助に八坂神奈子を信仰してもらおうという理由。
何かが変に思えてきたのは、あの人里で信仰を広めるのを手伝ってもらって以来からだ。
暇さえあれば、いつの間にか香霖堂へ向かって飛んでいる。
気がつけば、霖之助と他愛ない話や外の世界の物について議論を交わしている。
全て意図的に考えているわけではない、無意識にそう体がしているのだ。
夢遊病か何かの類だろうか?それにしては意識も感覚もはっきりしている。
では何かに操られている?でも、ならすぐに自分でも気付くだろうし、二柱の神がとっくに気付いているはず。
じゃあ・・・一体これは何なのだろうか、この・・・
霖之助を見るとつい嬉しく思ってしまう、この原因不明の病は?
それに最近、入浴中や布団で眠る前にも、よく霖之助の事を考えるようになった。
何故だろう?目の前に霖之助はいないというのに。でも、なぜかとても嬉しい。
・・・これはきっと幻想郷特有の病、そうに違いない。
神社に帰ったら、神奈子様や諏訪子様に聞いてみよう。あの二人なら、きっと知っているはず・・・
この、言葉に表せないモヤモヤの正体を・・・
取り敢えずGJ!!
今回も笑いあり、ニヤニヤありの話で面白かったです!!
そしておまけですべてが流されるwww
早苗さんは、他の娘より捻くれた感じがないのが魅力だな…最近、常識に捕らわれてないのはスルーの方針でww
wwww
あとがきでワロタwww
スラスラと読めて、中だるみも無いし。
次も期待。