メルラン・プリズムリバーの朝は早い。
なぜなら、彼女は基本的にプリズムリバー家の朝食を担当しているからだ。
そもそも幽霊に御飯が必要なのかというツッコミは、まず白玉楼の主に直接言ってもらいたい。
それが彼女たち幽霊の暗黙のルールだ。
話が脱線してしまったが、彼女たちは特に意図して当番が決めたというわけではない。
彼女の姉であるルナサ・プリズムリバーは朝に弱いという欠点を持ち、妹のリリカ・プリズムリバーはいたずらが過ぎるという欠点がある。
一度だけリリカに朝食を任せたことがあったが、それはそれは大変な惨事が起きたという話はまた別のお話である。
そういった過程を経て、朝だけは自分がやらなければならないという自覚を持ったのがメルランだった。
もっとも、その他の炊事はほとんどがルナサの担当なのだが。
朝食を作り終えてから、姉妹を起こすまでがメルランの朝の仕事なのだ。
今日もまた、いつものように朝食を作り終えたメルランはリリカを起こした。
そしてメルランは、姉を起こすために部屋へと向かう。
コンコン。
「姉さーん、朝だよー。起きてるー?」
比較的大きな声で呼びかけるが、この程度で起きる姉なら苦労はしていない。
もともとテンションが低いルナサだが、最も低いのがこの時である。
もっともメルランにとっては、この程度で起きてもらっては困るのだ。
案の定、ルナサからは何の返答もなかった。
仕方ない、というよりもむしろ嬉々とした表情でメルランは部屋に入る。
ルナサの部屋はとても簡素なものだ。
彼女自身が物を置く事を好まないためだろう。
対照的にリリカの部屋は乱雑としているのだが、このあたりは姉妹でも異なる点だ。
メルランはベッドの方に目を向ける。
ベッドの上ではルナサ…だと思われる物体が毛布にくるまっている。
なんということなの!? これじゃあ姉さんの寝顔が見れない……
落胆の表情を浮かべるメルラン。
しかしメルランは諦めない。
見えないのなら、自分から見に行けばいいのだ。
まさに発想の逆転ね……今日は冴えてるわ、とメルランは思った。
そして実行に移すために、ベッドの傍へと移動する。
その流れで毛布に手をかけて、一気に引っ張る。
しかし、
「―――って、力強っ!!」
どれだけ引っ張っても、毛布はルナサから離れなかった。
おそらくルナサは無意識に毛布を守ろうとしているのだろうが、普段のルナサからは考えもつかないほどの力がかかっている。
メルランが毛布と格闘すること数分、ルナサに動きが見られた。
初めはもぞもぞと動くだけだったが、やがて動きが大きくなる。
そして、ルナサは毛布に掛けていた力を弱める。
ルナサが起きそうなことに気づいたメルランは、慌てて毛布から手を離そうとするが、そのままルナサから毛布を奪う形となる。
毛布を取られたルナサは、虚ろな目でメルランの姿を確認すると、ゆっくり起き上がり、伸びをする。
「~~~っ……メルランおはよう」
「……おはよう姉さん」
「……何やってるの?」
「姉さんを起こしに来たんだよ……」
「……そう」
本当はそれだけではないのだが、自らの保身のためにも嘘をつく。
ここでいらぬ誤解を抱かれてしまえば、明日からの楽しみが一つ減ってしまうことになる。
ルナサは寝起きの所為もあるのか、そんなメルランの様子に気付くことはない。
時々あー、とか、うー、とか唸るルナサの様子を微笑みながら、内心、鼻血が出そうなのを堪えつつ、見守るメルラン。
カメラを持ってくればよかった……と今更ながら後悔する。
ルナサには内緒だが、メルランの部屋には「ルナサ寝起きアルバム」が存在する。
メルランがこつこつ頑張って撮影してきたお宝だ。
きっと今写真を撮っておけば、トップ5に入るほどのものになっていただろう。
後悔の念に駆られているメルラン。
そんなメルランに対して、ルナサは両腕を彼女の方に伸ばして、
「……んー」
「なぁに?姉さん」
「……運んで」
「―――っ!!!」
「……眠い」
あまりの眠さに動くことすら億劫なのだろう。
突然のルナサのお願いに固まるメルラン。
まさかのイベント発生である。
どうすればいいのかしら……?
メルランは即座に脳内会議を開いた。
1.メルランは空気が読める娘、きちんと姉さんをお運びします。
2.運ぶと見せかけてやっぱり押し倒せ☆
3.いただきます。
当然3、倍プッシュだ……!
思いついた選択肢の中から当然のように3番を選ぶメルラン。
ぶっちゃけ2と3の違いなんてないだろう、なんて無粋なツッコミはいらないわ。
逆に空気を読む、それが私の能力だったような気がしなくもないわね……
そうと決まれば早速行動開始。
メルランはルナサの腕をホールド、その流れでベッドに押し倒す。
「……んぁ?」
「あー、ごめんなさい姉さん、足が滑っちゃったー(棒読み)」
思考がまともに働いていないルナサ。
今のルナサは何が起こったのかも理解できていないのかもしれない。
だがメルランは手を抜かない。
絶対にやってはいけない禁じ手(寝起きを襲う)だが、
この溢れ出すハートの衝動を止めることは誰にもできない。
メルランはただ、本能に従っているだけなのだ。
そして、メルランの手がルナサの服にかかり―――
「……何やってるの、メル姉?」
入口から聞こえたのはリリカの声。
朝食を待っていたのに戻ってこない二人の姉の様子を見に来たのだ。
そして彼女が、目の前で繰り広げられている光景に口出ししないわけがない。
……本当は、少し前から見ていたのだが。
そしてリリカの声で完全に目が覚めるルナサ。
彼女は目の前のメルランと、自分の状況を確認すると、
「……何やってるの、メルラン?」
「あはは、足が滑って……」
「そう、それなら仕方がない……とでも言うと思ったの!?」
「ひぃぃぃぃいいい!! ごめんなさーい!!!」
ワーワーと言い争いになる二人の姉を見て、
リリカはそっと食卓へと戻るのだった。
▼
朝食後、プリズムリバー家では与えられた家事を終えた者から、
それぞれの時間に入ることになっている。
メルランは後片付け、ルナサは洗濯、リリカは誰かの手伝いといった具合である。
本来ならばリリカも何かを一人でやるべきなのだろうが、基本的にリリカに甘いルナサがそれを認めなかったのだ。
そしてルナサに甘いメルランとしても、ルナサが決めたことならと思ってしまい、正面から反論することができない。
だが、流石にそれはリリカの為にならないとルナサと二人で話し合ったところ、リリカは誰かの手伝いをすること、と決められたのだ。
メルランとしては、負担を軽くすることが目的であったため、まあ、それでもいいかな、納得したのだった。
しかし、ここでメルランの想定外の事態が発生した。
そもそも、ルナサ大好きなリリカがメルランを手伝うのか、ということに気づいていなかった。
気付いた時には遅く、リリカはルナサの手伝いしかしておらず、メルランの仕事量はそのまま、という結果になってしまった。
そして、そのことでメルランが何も言わないはずがなく、リリカに不満をぶつけたのだ。
「私が姉さんを手伝うんだから、リリカは何もしなくていい!!」
「そっち!?」
ともかく、リリカとしては思ってもいない幸運が訪れたのだ。
この話に乗らないわけがない。
リリカは姉の頭の中を心配しつつ代わってあげることにした。
メルランが自分の過ちに気付いたのは、それから1週間たってからであり、
その時になってようやく、あれ、騙されてないかな、と思ったのだった。
まさか妹に嵌められるなんて……
妹の策略にメルランは戦慄し、その行く末に恐怖した。
ただし、メルランの自業自得であることは言うまでも無い。
しかも、ルナサがメルランに何か手伝わせるようなことはなく、むしろ他の仕事をしてくれ、と言われたのだった。
結局、リリカは誰かを手伝うこと、という最初の決まりに従ってそれぞれが役割を果たすこととなった。
そして、今日はリリカにしては珍しくメルランの手伝いをしている。
食器を洗うメルランと、それを拭くリリカ。
単純な作業に時間はあっという間に過ぎていく。
作業も終盤というところにきて、メルランはある疑問をぶつけた。
「……何でリリカが私を手伝ってるの?」
「いやー、たまにはいいじゃん」
「……はっ!? お小遣いはあげないわよ!!」
「……どうしてそうやって疑うのかな?」
おかしい……リリカが何の見返りもなく私を手伝うことなんてありえない。
何か裏があるのでは、と読んだメルランだったが、疑いの眼差しを受けるリリカとしては面白くない。
疑問を払拭するために、リリカは口を開いた。
「メル姉に相談しようと思ってさ……ルナ姉について」
「……姉さんの!?」
メルランの表情が明らかに変わった。
それを確認したリリカは続ける。
「最近さ……ルナ姉の様子がちょっとおかしいと思うんだよ」
「そう……かしら?」
「絶対そうだよ! この前も鼻歌歌いながらお風呂に入ってたもん!」
「……お風呂? まさかリリカ、まだ姉さんと一緒にお風呂入ってるの!?」
なんて羨ましい、と言いながら、メルランはリリカに詰め寄る。
リリカは慌ててメルランの突進を押し止める。
鬼のような形相のメルランに、恐怖からかリリカは泣きたくなった。
「ちっ、違うよ、入ってないよ! あと、それはどうでもいいよ!」
「どうでもいい……? どうでもいいわけないでしょうが、見たの? 見たのね姉さんの―――!」
「論点そこじゃないよ!」
ヒートアップする2人。
本来ならばストッパーであるルナサが止めるべきなのだが、
彼女は今、洗濯物を干すために外に出ている。
言い争いは2人が疲れるまで続く。
しばらくして、疲れが見え始めたリリカは、
「ぜぇ…はぁ…もう…話を、戻すよ…」
「そ…うね……疲れた…わ」
一時、呼吸を整える。
ある程度落ち着いたのか、2人は再び話し合う。
「……で、何の話だったっけ?」
「……ルナ姉の様子がおかしいって話だよっ!」
「急に大声出さないでよ、ビックリしたじゃない……カルシウム足りてないのかしら?」
「怒るよ……メル姉は気付かなかったの?」
「そうは言っても……そうだったかしらね……?」
メルランは最近のルナサのことを思い起こす。
確かに、リリカの言う通り姉さんは最近少しテンションが高かったかもしれないわね……
いつもの姉さんはもちろんのことだけど、テンションの高い姉さんもいいわ……
「姉さんは可愛い!!!」
「……なんでそうなるの!?」
「でも、リリカの言う通り姉さんにしては少しおかしいかもしれないわね……」
「そうだよ。ルナ姉……何かあったのかな?」
「何かって……何が?」
「それは……ん~、例えば……」
リリカは考える。
そういえば、今の姉さんのような状況をどこかで見たことがあった気が……
あれは確か―――そう、てゐから借りた漫画で見たような……
ああ、そうだ、
「姉さんはヒロインなんだよ!」
「……はぁ?」
「だから姉さんは漫画のヒロインと一緒なの!」
「ごめん、さっぱり言ってる意味が理解できないわ」
「だから、姉さんは漫画のヒロインみたいな状態なんだよ」
「……どういう状況?」
「えっとね、その漫画のヒロインは主人公に恋をしてるんだよ、つまりルナ姉は誰かに恋しているんだよ」
「……コイ?」
「うん、きっとそうだよ。この前読んだ漫画みたい…だ、よ……?」
リリカは周囲の温度が急速に下がっていくのを感じた。
思わず言葉が尻すぼみになるほどだ。
その原因はおそらく、目の前にいる……
「ねぇリリカ……?」
「な、何っ!?」
「誰が……誰がどうしたって言ったの?」
にこにこと微笑みながら語りかけるメルラン。
しかし、明らかに目が笑っていない。
リリカは取り返しのつかない過ちを犯したことを悟った。
「そ、それは……ね…」
「今、お姉ちゃんちょっと聞き間違えをしちゃったみたいなの…お願いもう一回言って?」
「そ、それは、だから……ルナ姉が……」
「……姉さんが、何?」
これ以上口を開けば……
リリカの脳裏にある考えがよぎり、そして恐怖する。
唇が乾き、声が掠れる。
こんなにも怖いメル姉を見たのは何時ぶりだっけ……?
前回は確か、ルナ姉のファンが、ルナ姉にファンレターを超えたラブレターのようなものを渡した時だったはず。
ルナ姉がメル姉に、どうやって断ったらいいのか相談したらしく、メル姉が代わりに断ってくる、って言って……
その相手を……(倫理的問題に配慮しております)したとき以来のはず……
私も、あの時と同じように……
リリカがメルランの放つプレッシャーに恐怖し、ガタガタ震え始めた時だった。
「……どうかしたのか?」
不穏な空気を感じ取ったルナサが現れた。
ルナサの登場に思わず抱きつこうとするリリカだったが、
「ううん、何でもないわ姉さん。ちょっとリリカの相談に乗ってあげてただけよ」
そう言ってメルランは、リリカの肩に手を回す。
掴まれたリリカの肩はミシミシと音を立てるが、リリカはそれに反応することを許されない。
そんな2人のやり取りの真意に気付く事のないルナサは、
「それならいいんだけど……私はこれから出かけるから後は任せたよ」
「ええ、行ってらっしゃい姉さん」
「……いってらっしゃい」
玄関までルナサを見送る2人。
ルナサが出て行くのを確認すると、
「……危ないところだったわね」
「……死ぬかと思った」
「大袈裟ねー、ばれたぐらいで死にはしないし、私たちは元々死んでるわよ」
「メル姉に殺されると思ったんだよ!!」
「……気のせいよ」
嘘だ、絶対本気だったよ。
と思いはすれど、口には出さない、リリカだって命?は惜しいのだ。
リリカが生きることの実感を味わっていると、
メルランが思いついたように言った。
「……そうだ、姉さんを尾行すればいいじゃない!!」
「……はぁ? 頭、大丈夫?」
「至って大丈夫よ。ともかく、姉さんが気になるなら自分で調べればいいのよ」
「まぁ一理あるけど……ばれたらルナ姉が絶対に怒るよ」
「気づかれなければ問題ないわ。それに私がそんなヘマすると思ってるの?」
確かにメル姉に限って、尾行してばれるなんてミスを犯すはずはない。
でも、もし私の言った通りのことがあったとして、現場を目撃してしまったら……
前回のこともある。絶対に飛び出して行って、相手を(倫理的問題)する、間違いない。
でもここで止めよう、と言って聞く相手でもないし……
今のメル姉は、額に「米」が書いてある人でも絶対に止められないよ……
だから私は、
「……うん、がんばってね」
と言って逃げ出そうとするリリカ。
しかし、メルランはリリカを逃そうとはしなかった。
「……どうして他人事みたいな言い方するの?」
「私が行くと、メル姉の足手まといになるから、ここで待ってるよ」
「却下します」
「いやいや、私は報告を待つよ。うん、別に行きたくないからじゃないよ、メル姉のことを思って」
「じゃあ、一緒に行きましょう……もしかして、嫌なのかしら?」
また、あの微笑だ。
リリカは背筋が凍りつくのを悟った。
そして、気づいた時には頭を上下に振っていたのだった。
▼
「……で、ルナ姉はどこに行ったのさ」
ルナサが家から出て行ってそれほど時間は経っていないのだが、
辺りにルナサの姿は見えない。
当てはあるのだろうか……いや、あるならばメルランはこんなにも取り乱していないだろう。
何か策があるのだろうか?
そう思いながらメルランの方を見る。
「当てはないけど大丈夫よ!」
「……どうしてそんなに自信満々なのか気になるよ」
「ふふふ、リリカ私たちは何なの、どんな関係なの?」
「それは……姉妹だよ」
「ええ、そうね私たちは仲良し姉妹ね」
仲良しかはわからないが、姉妹ではある。
たとえ、リリカが今現在メルランと絶縁したいと考えていても。
それが何だというのだろうか。
そんなリリカの思いをよそに、メルランはかぶりを振って、
「私たちは姉妹なのよ、姉さんがどこにいるかわからないはずがないわ!!!」
「……ぇえー」
初めて聞く話である。
プリズムリバー姉妹にはそんな特殊能力があったのだろうか、いやおそらくメルラン限定、さらに対ルナサ限定。
リリカは疑いの眼差しをもってメルランを見る。
「うふふ……疑っているわねリリカ。でも本当よ、私は一度も姉さんの気配を見失ったことがないもの!!!」
「……うん、すごいね。じゃあ後よろしく」
「…待ちなさい!」
帰ろうとするリリカを引き留めるメルラン。
大丈夫、と前置きした上で、
「とにかく、私についてくれば姉さんのところに辿り着けるわ」
と言って飛び立つメルラン、腕を掴まれたままのリリカも当然一緒である。
あまりにも胡散臭い話だ。
信用するわけにもいかないリリカとしては、何言ってんだこの姉、状態である。
そのまましばらくの間飛び続ける。
方角としては冥界の白玉楼方面だろう。
そんなところにルナ姉がいたとして、何してるのかな?
そうリリカが思い始めたときだった。
急停止するメルラン、思わずつんのめるリリカ。
「―――うわっ、どうしたのさ?」
「しーっ、近くに姉さんがいるわ。とりあえず地上に降りましょう」
ゆっくり、音を立てずに着地する2人。
リリカにはルナサの気配を感じ取ることができないようだが、
メルランには何か分かるものがあるのだろうか。
もしかすると、それが姉妹の絆なのだろうか。
……メル姉って、すごいんだ。
リリカは素直に感動する。
メルランは布的な何かをポケットから取り出すと、
「確かこのあたりに姉さんの匂いが……」
スパーン!
メルランの頭を引っ叩くリリカ。
思わず手から布的な何かを落とすメルラン。
そんなことにお構いなくリリカは叫ぶ、
「……か、感動を返せ!!」
「な、何のことよ!?」
「ぅわー、こんなオチだとわかってたはずなのに……」
「……何か物凄く馬鹿にされてる気がするわ」
うなだれるリリカ。
姉妹の絆(笑)は、只のメルラン的嗅覚だったのだ。
ショックを受けないはずがない。
もう家に帰りたい、リリカはそう思った。
すると、
「―――ぁあ、それは大変だなぁ」
どこからかルナサの声が聞こえた。
2人は思わず息を止めて辺りを見渡す。
そしてメルランが居場所を確信すると、リリカに手招きして移動を始めた。
少しして、メルランたちはルナサらしき人影を見つけた。
気付かれないようルナサ達から少し離れた大きな木の後ろに隠れて、こっそりと覗き込む。
すると、そこに居たのはルナサと、
「そうですよ、全く、幽々子様はいつも無理なことばっかり押しつけるんです」
「そうかもしれないけど、幽々子は妖夢を頼りにしてるんだよ」
「……そうですかね?」
「ああ、そうだよ。そうでなければ幽々子が誰かに物を頼むなんてしないはずさ、流石は妖夢」
「そ、そうですか、えへへ……」
「あれは……妖夢かな?」
「………………」
リリカは知っていた。
ルナサが時々妖夢の相談に乗っていることを。
そのことを何度か食卓で話していたからだ。
当然のことながらメルランも知っているはず。
だから今回もまた、同じパターンなのだろう、そう思ったのだった。
しかし、メルランは違った。
長い間ルナサと一緒にいた彼女は、どんな小さな表情の変化でさえも見逃さない。
今、ルナサの表情から読み取れる情報は、私たちを見る時の表情と同じようなものだ。
ルナサはよく、妖夢が妹みたいだ、と言っている。
そのためだろう、とメルランにもわかる。
しかし、相手はどうだろう。
妖夢の表情は、どこかで見たことがある。
あれは、少し前のことだった。ルナサからしつこいファンへの対応について相談を受けたメルランは、自分が何とかすると言ったことがあった。
そして、その相手と波風を立てないように話し合いをしようとしたのだったが、
その相手の表情はまさしくルナサに恋をする顔。
自分も同じ顔をすることがしばしばある、鏡でよく見ている。
その時は、その相手を(倫理的問題)することで何とかしたのだったが、
まさか、妖夢も……
「……あいつと同じ、という訳ね」
「……えっ? 何が同じなの、メル姉」
「うふふふふ、まさか相談と偽って私から姉さんを奪おうとするなんて……あの泥棒猫がっ!!」
「な、何の話なの? ねぇ、会話してよ!?」
何を言っているのか全く理解できないリリカ。
思わず姉を取り押さえようかと思うが、その前に姉の手元を見てしまった。
その手は隣の木を掴んでいた。
結構な太さがあったにもかかわらず、まるで紙を握りしめるかのように破壊されていく木。
リリカは見なかったことにした。
何故か恐ろしくて、もう一度、隣を見ることができない。
しかし、今度はミシミシという木の悲鳴が聞こえてくる。
これは幻聴、これは幻聴、と思い込むことにする。
そしてリリカは不意に、メルランが前に起こした事件を思い出した。
まさか……これは、前回のあれと同じ状況なの……?
よく思い出してみると、状況が全く酷似している。
ということは、つまり、私の予想が当たってるってこと……?
そしてリリカは、今にも飛び出そうとしていたメルランをなんとかして抑えようとした。
「ちょっ! リリカ離しなさい!!」
「だ、だめー! メル姉が殺人犯になっちゃう!!」
「大丈夫よ……大丈夫だから」
「ほ、本当に……!?」
「ええ……だってあの娘、半人半霊だからギリギリ人じゃないわ」
「そっちじゃないよ! だめ、絶対だめー!」
「どうして? ばれなきゃ問題ないじゃない」
「そういう問題じゃないと思うよ! それに妖夢を傷つけたら幽々子だって黙ってないって!!」
「そうよぉ、私が妖夢を傷つける者をみすみす見逃すはずがないわぁ」
「ほら、幽々子だってそう言って……ゅ…ゆ、こ?」
ゆっくりと声のした方に振り返るリリカ。
そこにはいつの間にか、彼女がいた。
「あらあら? さっき何か不穏な発言を聞いた気がしたみたいだけど、気の所為よねぇ?」
妖夢の保護者的存在にして、妖夢大好きな幽々子。
もしここで、先ほどのメルランの発言を肯定でもすれば、当然、2人の身は危険になるだろう。
リリカだって自分が可愛い、それにメルランだってそうだろう。
だから、リリカは真っ先に頷いた。
「き、気の所為だよ。私たちがそんな、まさか、妖夢をいじめるとかなんとかするはずないよ」
「そうよねぇ……うふふ、良かった聞き間違えで……」
あははは、と笑ってごまかすリリカ。
幽々子も笑ってはいるものの、目だけは恐ろしく笑っていない。
絶対聞こえてた……聞いてたよ……
ビクビクしながらも何とか切り抜けたリリカ。
後は任せた、と言わんばかりにメルランの方を―――
「気の所為じゃないわ、聞いた通りよ」
「ぅ、うわーーー!! な、なな何でもないよねー、そうだよねメル姉ーー!!」
「少し静かにしてなさいリリカ。私は幽々子とお話しがあるの」
「あらあら、私もメルランとお話ししたいわぁ」
「それは良かった、ちょっとお宅の猫についてね……」
「うふふ、奇遇ねぇ、私もちょっとそちらの猫ちゃんについて話があるのよぉ」
あはは、うふふ、と笑い合う2人。
傍から見ると微笑ましいような光景ではあるが、リリカからしてみれば堪ったものではない。
二人の視線がぶつかったところで火花が発生しているのだ。
そして、当然のことながら2人とも目が笑っていない、心から笑っていない。
2人の心を見ることができる者がいたとすれば、おそらく生涯忘れることのできないトラウマの出来上がりだろう。
実際リリカは現時点でトラウマ候補、夢に出てくること間違いなし。
だからリリカは、
「う、うわーーーん!!!」
逃げ出した。
幸運なことに回り込まれるようなことがなかったのが救いだった。
もっとも、2人にとってはすでにリリカの存在など眼中にもなかったのだが。
リリカが走り去った後、ゆっくりと動き始める。
幽々子の周りには蝶が舞い始め、メルランの手元にはトランペットが現れる。
そして、話し合いが始まった。
この後の2人については、誰も何も知らない。
ただ、話し合いの現場はとても凄惨なことになっており、現在は立ち入ることができないそうだ。
▼
妖夢と別れたルナサは帰路についていた。
最近、妖夢と会話するのが楽しみになっている自分がいることに気付く。
自分の心がだんだんと変化してきたのだろうか。
妖夢から告白を受けてからも、妖夢は態度を変えることなく話してくれる。
そのことに嬉しさを感じながらも、どこか期待してしまう自分がいる。
元々押しが弱い妖夢に期待する方が酷なのだろうが、
自分だって恋愛には奥手な方だ。
それでも妖夢は待ってくれている、だから考えなければならない。
「……もう少し、強気で来てくれてもいいんだけどなあ」
呟いた後、顔が赤くなるのを感じる。
今考えた事を忘れよう、そう思い顔をブンブン振る。
すると、
ドンッ!!
何かが背中にぶつかってきた。
体がよろけるのを堪えて、後ろを見ようとする。
「うわあぁぁぁああん!! ルナ姉ーーー!!!」
「……リリカ? どうしたんだ?」
問いかけるが、リリカは泣きやまない。
よほど恐ろしいことがあったんだろうか。
ルナサはリリカを抱きしめると、背中に手をまわして、トントンとゆっくりしたリズムで叩く。
リリカが泣くなんて何時ぶりだろう、そんなことを考えながらリリカをあやす。
リリカが泣きやむまで、ルナサのソロライブが続いた。
もうそろそろ日没を迎える、そんな時間。
幻想郷のとある場所に、2つの人影が見える。
影の主は2人とも地面に倒れこむような姿。
しばらくして、荒い息を吐きながら片方の影から、
「はぁ…はぁ…やるじゃない……幽々子」
「……あ、貴女も…なかなかのものね、メルラン」
そのまま起き上がると、どちらからともなく手を差し出す。
そして固く握り合い、熱い抱擁を交わす。
お互いの健闘を讃え、ここに新たな友情が一つ生まれたのだった。
「でも、妖夢は渡さないわよー」
「それはこっちの台詞よ」
なぜなら、彼女は基本的にプリズムリバー家の朝食を担当しているからだ。
そもそも幽霊に御飯が必要なのかというツッコミは、まず白玉楼の主に直接言ってもらいたい。
それが彼女たち幽霊の暗黙のルールだ。
話が脱線してしまったが、彼女たちは特に意図して当番が決めたというわけではない。
彼女の姉であるルナサ・プリズムリバーは朝に弱いという欠点を持ち、妹のリリカ・プリズムリバーはいたずらが過ぎるという欠点がある。
一度だけリリカに朝食を任せたことがあったが、それはそれは大変な惨事が起きたという話はまた別のお話である。
そういった過程を経て、朝だけは自分がやらなければならないという自覚を持ったのがメルランだった。
もっとも、その他の炊事はほとんどがルナサの担当なのだが。
朝食を作り終えてから、姉妹を起こすまでがメルランの朝の仕事なのだ。
今日もまた、いつものように朝食を作り終えたメルランはリリカを起こした。
そしてメルランは、姉を起こすために部屋へと向かう。
コンコン。
「姉さーん、朝だよー。起きてるー?」
比較的大きな声で呼びかけるが、この程度で起きる姉なら苦労はしていない。
もともとテンションが低いルナサだが、最も低いのがこの時である。
もっともメルランにとっては、この程度で起きてもらっては困るのだ。
案の定、ルナサからは何の返答もなかった。
仕方ない、というよりもむしろ嬉々とした表情でメルランは部屋に入る。
ルナサの部屋はとても簡素なものだ。
彼女自身が物を置く事を好まないためだろう。
対照的にリリカの部屋は乱雑としているのだが、このあたりは姉妹でも異なる点だ。
メルランはベッドの方に目を向ける。
ベッドの上ではルナサ…だと思われる物体が毛布にくるまっている。
なんということなの!? これじゃあ姉さんの寝顔が見れない……
落胆の表情を浮かべるメルラン。
しかしメルランは諦めない。
見えないのなら、自分から見に行けばいいのだ。
まさに発想の逆転ね……今日は冴えてるわ、とメルランは思った。
そして実行に移すために、ベッドの傍へと移動する。
その流れで毛布に手をかけて、一気に引っ張る。
しかし、
「―――って、力強っ!!」
どれだけ引っ張っても、毛布はルナサから離れなかった。
おそらくルナサは無意識に毛布を守ろうとしているのだろうが、普段のルナサからは考えもつかないほどの力がかかっている。
メルランが毛布と格闘すること数分、ルナサに動きが見られた。
初めはもぞもぞと動くだけだったが、やがて動きが大きくなる。
そして、ルナサは毛布に掛けていた力を弱める。
ルナサが起きそうなことに気づいたメルランは、慌てて毛布から手を離そうとするが、そのままルナサから毛布を奪う形となる。
毛布を取られたルナサは、虚ろな目でメルランの姿を確認すると、ゆっくり起き上がり、伸びをする。
「~~~っ……メルランおはよう」
「……おはよう姉さん」
「……何やってるの?」
「姉さんを起こしに来たんだよ……」
「……そう」
本当はそれだけではないのだが、自らの保身のためにも嘘をつく。
ここでいらぬ誤解を抱かれてしまえば、明日からの楽しみが一つ減ってしまうことになる。
ルナサは寝起きの所為もあるのか、そんなメルランの様子に気付くことはない。
時々あー、とか、うー、とか唸るルナサの様子を微笑みながら、内心、鼻血が出そうなのを堪えつつ、見守るメルラン。
カメラを持ってくればよかった……と今更ながら後悔する。
ルナサには内緒だが、メルランの部屋には「ルナサ寝起きアルバム」が存在する。
メルランがこつこつ頑張って撮影してきたお宝だ。
きっと今写真を撮っておけば、トップ5に入るほどのものになっていただろう。
後悔の念に駆られているメルラン。
そんなメルランに対して、ルナサは両腕を彼女の方に伸ばして、
「……んー」
「なぁに?姉さん」
「……運んで」
「―――っ!!!」
「……眠い」
あまりの眠さに動くことすら億劫なのだろう。
突然のルナサのお願いに固まるメルラン。
まさかのイベント発生である。
どうすればいいのかしら……?
メルランは即座に脳内会議を開いた。
1.メルランは空気が読める娘、きちんと姉さんをお運びします。
2.運ぶと見せかけてやっぱり押し倒せ☆
3.いただきます。
当然3、倍プッシュだ……!
思いついた選択肢の中から当然のように3番を選ぶメルラン。
ぶっちゃけ2と3の違いなんてないだろう、なんて無粋なツッコミはいらないわ。
逆に空気を読む、それが私の能力だったような気がしなくもないわね……
そうと決まれば早速行動開始。
メルランはルナサの腕をホールド、その流れでベッドに押し倒す。
「……んぁ?」
「あー、ごめんなさい姉さん、足が滑っちゃったー(棒読み)」
思考がまともに働いていないルナサ。
今のルナサは何が起こったのかも理解できていないのかもしれない。
だがメルランは手を抜かない。
絶対にやってはいけない禁じ手(寝起きを襲う)だが、
この溢れ出すハートの衝動を止めることは誰にもできない。
メルランはただ、本能に従っているだけなのだ。
そして、メルランの手がルナサの服にかかり―――
「……何やってるの、メル姉?」
入口から聞こえたのはリリカの声。
朝食を待っていたのに戻ってこない二人の姉の様子を見に来たのだ。
そして彼女が、目の前で繰り広げられている光景に口出ししないわけがない。
……本当は、少し前から見ていたのだが。
そしてリリカの声で完全に目が覚めるルナサ。
彼女は目の前のメルランと、自分の状況を確認すると、
「……何やってるの、メルラン?」
「あはは、足が滑って……」
「そう、それなら仕方がない……とでも言うと思ったの!?」
「ひぃぃぃぃいいい!! ごめんなさーい!!!」
ワーワーと言い争いになる二人の姉を見て、
リリカはそっと食卓へと戻るのだった。
▼
朝食後、プリズムリバー家では与えられた家事を終えた者から、
それぞれの時間に入ることになっている。
メルランは後片付け、ルナサは洗濯、リリカは誰かの手伝いといった具合である。
本来ならばリリカも何かを一人でやるべきなのだろうが、基本的にリリカに甘いルナサがそれを認めなかったのだ。
そしてルナサに甘いメルランとしても、ルナサが決めたことならと思ってしまい、正面から反論することができない。
だが、流石にそれはリリカの為にならないとルナサと二人で話し合ったところ、リリカは誰かの手伝いをすること、と決められたのだ。
メルランとしては、負担を軽くすることが目的であったため、まあ、それでもいいかな、納得したのだった。
しかし、ここでメルランの想定外の事態が発生した。
そもそも、ルナサ大好きなリリカがメルランを手伝うのか、ということに気づいていなかった。
気付いた時には遅く、リリカはルナサの手伝いしかしておらず、メルランの仕事量はそのまま、という結果になってしまった。
そして、そのことでメルランが何も言わないはずがなく、リリカに不満をぶつけたのだ。
「私が姉さんを手伝うんだから、リリカは何もしなくていい!!」
「そっち!?」
ともかく、リリカとしては思ってもいない幸運が訪れたのだ。
この話に乗らないわけがない。
リリカは姉の頭の中を心配しつつ代わってあげることにした。
メルランが自分の過ちに気付いたのは、それから1週間たってからであり、
その時になってようやく、あれ、騙されてないかな、と思ったのだった。
まさか妹に嵌められるなんて……
妹の策略にメルランは戦慄し、その行く末に恐怖した。
ただし、メルランの自業自得であることは言うまでも無い。
しかも、ルナサがメルランに何か手伝わせるようなことはなく、むしろ他の仕事をしてくれ、と言われたのだった。
結局、リリカは誰かを手伝うこと、という最初の決まりに従ってそれぞれが役割を果たすこととなった。
そして、今日はリリカにしては珍しくメルランの手伝いをしている。
食器を洗うメルランと、それを拭くリリカ。
単純な作業に時間はあっという間に過ぎていく。
作業も終盤というところにきて、メルランはある疑問をぶつけた。
「……何でリリカが私を手伝ってるの?」
「いやー、たまにはいいじゃん」
「……はっ!? お小遣いはあげないわよ!!」
「……どうしてそうやって疑うのかな?」
おかしい……リリカが何の見返りもなく私を手伝うことなんてありえない。
何か裏があるのでは、と読んだメルランだったが、疑いの眼差しを受けるリリカとしては面白くない。
疑問を払拭するために、リリカは口を開いた。
「メル姉に相談しようと思ってさ……ルナ姉について」
「……姉さんの!?」
メルランの表情が明らかに変わった。
それを確認したリリカは続ける。
「最近さ……ルナ姉の様子がちょっとおかしいと思うんだよ」
「そう……かしら?」
「絶対そうだよ! この前も鼻歌歌いながらお風呂に入ってたもん!」
「……お風呂? まさかリリカ、まだ姉さんと一緒にお風呂入ってるの!?」
なんて羨ましい、と言いながら、メルランはリリカに詰め寄る。
リリカは慌ててメルランの突進を押し止める。
鬼のような形相のメルランに、恐怖からかリリカは泣きたくなった。
「ちっ、違うよ、入ってないよ! あと、それはどうでもいいよ!」
「どうでもいい……? どうでもいいわけないでしょうが、見たの? 見たのね姉さんの―――!」
「論点そこじゃないよ!」
ヒートアップする2人。
本来ならばストッパーであるルナサが止めるべきなのだが、
彼女は今、洗濯物を干すために外に出ている。
言い争いは2人が疲れるまで続く。
しばらくして、疲れが見え始めたリリカは、
「ぜぇ…はぁ…もう…話を、戻すよ…」
「そ…うね……疲れた…わ」
一時、呼吸を整える。
ある程度落ち着いたのか、2人は再び話し合う。
「……で、何の話だったっけ?」
「……ルナ姉の様子がおかしいって話だよっ!」
「急に大声出さないでよ、ビックリしたじゃない……カルシウム足りてないのかしら?」
「怒るよ……メル姉は気付かなかったの?」
「そうは言っても……そうだったかしらね……?」
メルランは最近のルナサのことを思い起こす。
確かに、リリカの言う通り姉さんは最近少しテンションが高かったかもしれないわね……
いつもの姉さんはもちろんのことだけど、テンションの高い姉さんもいいわ……
「姉さんは可愛い!!!」
「……なんでそうなるの!?」
「でも、リリカの言う通り姉さんにしては少しおかしいかもしれないわね……」
「そうだよ。ルナ姉……何かあったのかな?」
「何かって……何が?」
「それは……ん~、例えば……」
リリカは考える。
そういえば、今の姉さんのような状況をどこかで見たことがあった気が……
あれは確か―――そう、てゐから借りた漫画で見たような……
ああ、そうだ、
「姉さんはヒロインなんだよ!」
「……はぁ?」
「だから姉さんは漫画のヒロインと一緒なの!」
「ごめん、さっぱり言ってる意味が理解できないわ」
「だから、姉さんは漫画のヒロインみたいな状態なんだよ」
「……どういう状況?」
「えっとね、その漫画のヒロインは主人公に恋をしてるんだよ、つまりルナ姉は誰かに恋しているんだよ」
「……コイ?」
「うん、きっとそうだよ。この前読んだ漫画みたい…だ、よ……?」
リリカは周囲の温度が急速に下がっていくのを感じた。
思わず言葉が尻すぼみになるほどだ。
その原因はおそらく、目の前にいる……
「ねぇリリカ……?」
「な、何っ!?」
「誰が……誰がどうしたって言ったの?」
にこにこと微笑みながら語りかけるメルラン。
しかし、明らかに目が笑っていない。
リリカは取り返しのつかない過ちを犯したことを悟った。
「そ、それは……ね…」
「今、お姉ちゃんちょっと聞き間違えをしちゃったみたいなの…お願いもう一回言って?」
「そ、それは、だから……ルナ姉が……」
「……姉さんが、何?」
これ以上口を開けば……
リリカの脳裏にある考えがよぎり、そして恐怖する。
唇が乾き、声が掠れる。
こんなにも怖いメル姉を見たのは何時ぶりだっけ……?
前回は確か、ルナ姉のファンが、ルナ姉にファンレターを超えたラブレターのようなものを渡した時だったはず。
ルナ姉がメル姉に、どうやって断ったらいいのか相談したらしく、メル姉が代わりに断ってくる、って言って……
その相手を……(倫理的問題に配慮しております)したとき以来のはず……
私も、あの時と同じように……
リリカがメルランの放つプレッシャーに恐怖し、ガタガタ震え始めた時だった。
「……どうかしたのか?」
不穏な空気を感じ取ったルナサが現れた。
ルナサの登場に思わず抱きつこうとするリリカだったが、
「ううん、何でもないわ姉さん。ちょっとリリカの相談に乗ってあげてただけよ」
そう言ってメルランは、リリカの肩に手を回す。
掴まれたリリカの肩はミシミシと音を立てるが、リリカはそれに反応することを許されない。
そんな2人のやり取りの真意に気付く事のないルナサは、
「それならいいんだけど……私はこれから出かけるから後は任せたよ」
「ええ、行ってらっしゃい姉さん」
「……いってらっしゃい」
玄関までルナサを見送る2人。
ルナサが出て行くのを確認すると、
「……危ないところだったわね」
「……死ぬかと思った」
「大袈裟ねー、ばれたぐらいで死にはしないし、私たちは元々死んでるわよ」
「メル姉に殺されると思ったんだよ!!」
「……気のせいよ」
嘘だ、絶対本気だったよ。
と思いはすれど、口には出さない、リリカだって命?は惜しいのだ。
リリカが生きることの実感を味わっていると、
メルランが思いついたように言った。
「……そうだ、姉さんを尾行すればいいじゃない!!」
「……はぁ? 頭、大丈夫?」
「至って大丈夫よ。ともかく、姉さんが気になるなら自分で調べればいいのよ」
「まぁ一理あるけど……ばれたらルナ姉が絶対に怒るよ」
「気づかれなければ問題ないわ。それに私がそんなヘマすると思ってるの?」
確かにメル姉に限って、尾行してばれるなんてミスを犯すはずはない。
でも、もし私の言った通りのことがあったとして、現場を目撃してしまったら……
前回のこともある。絶対に飛び出して行って、相手を(倫理的問題)する、間違いない。
でもここで止めよう、と言って聞く相手でもないし……
今のメル姉は、額に「米」が書いてある人でも絶対に止められないよ……
だから私は、
「……うん、がんばってね」
と言って逃げ出そうとするリリカ。
しかし、メルランはリリカを逃そうとはしなかった。
「……どうして他人事みたいな言い方するの?」
「私が行くと、メル姉の足手まといになるから、ここで待ってるよ」
「却下します」
「いやいや、私は報告を待つよ。うん、別に行きたくないからじゃないよ、メル姉のことを思って」
「じゃあ、一緒に行きましょう……もしかして、嫌なのかしら?」
また、あの微笑だ。
リリカは背筋が凍りつくのを悟った。
そして、気づいた時には頭を上下に振っていたのだった。
▼
「……で、ルナ姉はどこに行ったのさ」
ルナサが家から出て行ってそれほど時間は経っていないのだが、
辺りにルナサの姿は見えない。
当てはあるのだろうか……いや、あるならばメルランはこんなにも取り乱していないだろう。
何か策があるのだろうか?
そう思いながらメルランの方を見る。
「当てはないけど大丈夫よ!」
「……どうしてそんなに自信満々なのか気になるよ」
「ふふふ、リリカ私たちは何なの、どんな関係なの?」
「それは……姉妹だよ」
「ええ、そうね私たちは仲良し姉妹ね」
仲良しかはわからないが、姉妹ではある。
たとえ、リリカが今現在メルランと絶縁したいと考えていても。
それが何だというのだろうか。
そんなリリカの思いをよそに、メルランはかぶりを振って、
「私たちは姉妹なのよ、姉さんがどこにいるかわからないはずがないわ!!!」
「……ぇえー」
初めて聞く話である。
プリズムリバー姉妹にはそんな特殊能力があったのだろうか、いやおそらくメルラン限定、さらに対ルナサ限定。
リリカは疑いの眼差しをもってメルランを見る。
「うふふ……疑っているわねリリカ。でも本当よ、私は一度も姉さんの気配を見失ったことがないもの!!!」
「……うん、すごいね。じゃあ後よろしく」
「…待ちなさい!」
帰ろうとするリリカを引き留めるメルラン。
大丈夫、と前置きした上で、
「とにかく、私についてくれば姉さんのところに辿り着けるわ」
と言って飛び立つメルラン、腕を掴まれたままのリリカも当然一緒である。
あまりにも胡散臭い話だ。
信用するわけにもいかないリリカとしては、何言ってんだこの姉、状態である。
そのまましばらくの間飛び続ける。
方角としては冥界の白玉楼方面だろう。
そんなところにルナ姉がいたとして、何してるのかな?
そうリリカが思い始めたときだった。
急停止するメルラン、思わずつんのめるリリカ。
「―――うわっ、どうしたのさ?」
「しーっ、近くに姉さんがいるわ。とりあえず地上に降りましょう」
ゆっくり、音を立てずに着地する2人。
リリカにはルナサの気配を感じ取ることができないようだが、
メルランには何か分かるものがあるのだろうか。
もしかすると、それが姉妹の絆なのだろうか。
……メル姉って、すごいんだ。
リリカは素直に感動する。
メルランは布的な何かをポケットから取り出すと、
「確かこのあたりに姉さんの匂いが……」
スパーン!
メルランの頭を引っ叩くリリカ。
思わず手から布的な何かを落とすメルラン。
そんなことにお構いなくリリカは叫ぶ、
「……か、感動を返せ!!」
「な、何のことよ!?」
「ぅわー、こんなオチだとわかってたはずなのに……」
「……何か物凄く馬鹿にされてる気がするわ」
うなだれるリリカ。
姉妹の絆(笑)は、只のメルラン的嗅覚だったのだ。
ショックを受けないはずがない。
もう家に帰りたい、リリカはそう思った。
すると、
「―――ぁあ、それは大変だなぁ」
どこからかルナサの声が聞こえた。
2人は思わず息を止めて辺りを見渡す。
そしてメルランが居場所を確信すると、リリカに手招きして移動を始めた。
少しして、メルランたちはルナサらしき人影を見つけた。
気付かれないようルナサ達から少し離れた大きな木の後ろに隠れて、こっそりと覗き込む。
すると、そこに居たのはルナサと、
「そうですよ、全く、幽々子様はいつも無理なことばっかり押しつけるんです」
「そうかもしれないけど、幽々子は妖夢を頼りにしてるんだよ」
「……そうですかね?」
「ああ、そうだよ。そうでなければ幽々子が誰かに物を頼むなんてしないはずさ、流石は妖夢」
「そ、そうですか、えへへ……」
「あれは……妖夢かな?」
「………………」
リリカは知っていた。
ルナサが時々妖夢の相談に乗っていることを。
そのことを何度か食卓で話していたからだ。
当然のことながらメルランも知っているはず。
だから今回もまた、同じパターンなのだろう、そう思ったのだった。
しかし、メルランは違った。
長い間ルナサと一緒にいた彼女は、どんな小さな表情の変化でさえも見逃さない。
今、ルナサの表情から読み取れる情報は、私たちを見る時の表情と同じようなものだ。
ルナサはよく、妖夢が妹みたいだ、と言っている。
そのためだろう、とメルランにもわかる。
しかし、相手はどうだろう。
妖夢の表情は、どこかで見たことがある。
あれは、少し前のことだった。ルナサからしつこいファンへの対応について相談を受けたメルランは、自分が何とかすると言ったことがあった。
そして、その相手と波風を立てないように話し合いをしようとしたのだったが、
その相手の表情はまさしくルナサに恋をする顔。
自分も同じ顔をすることがしばしばある、鏡でよく見ている。
その時は、その相手を(倫理的問題)することで何とかしたのだったが、
まさか、妖夢も……
「……あいつと同じ、という訳ね」
「……えっ? 何が同じなの、メル姉」
「うふふふふ、まさか相談と偽って私から姉さんを奪おうとするなんて……あの泥棒猫がっ!!」
「な、何の話なの? ねぇ、会話してよ!?」
何を言っているのか全く理解できないリリカ。
思わず姉を取り押さえようかと思うが、その前に姉の手元を見てしまった。
その手は隣の木を掴んでいた。
結構な太さがあったにもかかわらず、まるで紙を握りしめるかのように破壊されていく木。
リリカは見なかったことにした。
何故か恐ろしくて、もう一度、隣を見ることができない。
しかし、今度はミシミシという木の悲鳴が聞こえてくる。
これは幻聴、これは幻聴、と思い込むことにする。
そしてリリカは不意に、メルランが前に起こした事件を思い出した。
まさか……これは、前回のあれと同じ状況なの……?
よく思い出してみると、状況が全く酷似している。
ということは、つまり、私の予想が当たってるってこと……?
そしてリリカは、今にも飛び出そうとしていたメルランをなんとかして抑えようとした。
「ちょっ! リリカ離しなさい!!」
「だ、だめー! メル姉が殺人犯になっちゃう!!」
「大丈夫よ……大丈夫だから」
「ほ、本当に……!?」
「ええ……だってあの娘、半人半霊だからギリギリ人じゃないわ」
「そっちじゃないよ! だめ、絶対だめー!」
「どうして? ばれなきゃ問題ないじゃない」
「そういう問題じゃないと思うよ! それに妖夢を傷つけたら幽々子だって黙ってないって!!」
「そうよぉ、私が妖夢を傷つける者をみすみす見逃すはずがないわぁ」
「ほら、幽々子だってそう言って……ゅ…ゆ、こ?」
ゆっくりと声のした方に振り返るリリカ。
そこにはいつの間にか、彼女がいた。
「あらあら? さっき何か不穏な発言を聞いた気がしたみたいだけど、気の所為よねぇ?」
妖夢の保護者的存在にして、妖夢大好きな幽々子。
もしここで、先ほどのメルランの発言を肯定でもすれば、当然、2人の身は危険になるだろう。
リリカだって自分が可愛い、それにメルランだってそうだろう。
だから、リリカは真っ先に頷いた。
「き、気の所為だよ。私たちがそんな、まさか、妖夢をいじめるとかなんとかするはずないよ」
「そうよねぇ……うふふ、良かった聞き間違えで……」
あははは、と笑ってごまかすリリカ。
幽々子も笑ってはいるものの、目だけは恐ろしく笑っていない。
絶対聞こえてた……聞いてたよ……
ビクビクしながらも何とか切り抜けたリリカ。
後は任せた、と言わんばかりにメルランの方を―――
「気の所為じゃないわ、聞いた通りよ」
「ぅ、うわーーー!! な、なな何でもないよねー、そうだよねメル姉ーー!!」
「少し静かにしてなさいリリカ。私は幽々子とお話しがあるの」
「あらあら、私もメルランとお話ししたいわぁ」
「それは良かった、ちょっとお宅の猫についてね……」
「うふふ、奇遇ねぇ、私もちょっとそちらの猫ちゃんについて話があるのよぉ」
あはは、うふふ、と笑い合う2人。
傍から見ると微笑ましいような光景ではあるが、リリカからしてみれば堪ったものではない。
二人の視線がぶつかったところで火花が発生しているのだ。
そして、当然のことながら2人とも目が笑っていない、心から笑っていない。
2人の心を見ることができる者がいたとすれば、おそらく生涯忘れることのできないトラウマの出来上がりだろう。
実際リリカは現時点でトラウマ候補、夢に出てくること間違いなし。
だからリリカは、
「う、うわーーーん!!!」
逃げ出した。
幸運なことに回り込まれるようなことがなかったのが救いだった。
もっとも、2人にとってはすでにリリカの存在など眼中にもなかったのだが。
リリカが走り去った後、ゆっくりと動き始める。
幽々子の周りには蝶が舞い始め、メルランの手元にはトランペットが現れる。
そして、話し合いが始まった。
この後の2人については、誰も何も知らない。
ただ、話し合いの現場はとても凄惨なことになっており、現在は立ち入ることができないそうだ。
▼
妖夢と別れたルナサは帰路についていた。
最近、妖夢と会話するのが楽しみになっている自分がいることに気付く。
自分の心がだんだんと変化してきたのだろうか。
妖夢から告白を受けてからも、妖夢は態度を変えることなく話してくれる。
そのことに嬉しさを感じながらも、どこか期待してしまう自分がいる。
元々押しが弱い妖夢に期待する方が酷なのだろうが、
自分だって恋愛には奥手な方だ。
それでも妖夢は待ってくれている、だから考えなければならない。
「……もう少し、強気で来てくれてもいいんだけどなあ」
呟いた後、顔が赤くなるのを感じる。
今考えた事を忘れよう、そう思い顔をブンブン振る。
すると、
ドンッ!!
何かが背中にぶつかってきた。
体がよろけるのを堪えて、後ろを見ようとする。
「うわあぁぁぁああん!! ルナ姉ーーー!!!」
「……リリカ? どうしたんだ?」
問いかけるが、リリカは泣きやまない。
よほど恐ろしいことがあったんだろうか。
ルナサはリリカを抱きしめると、背中に手をまわして、トントンとゆっくりしたリズムで叩く。
リリカが泣くなんて何時ぶりだろう、そんなことを考えながらリリカをあやす。
リリカが泣きやむまで、ルナサのソロライブが続いた。
もうそろそろ日没を迎える、そんな時間。
幻想郷のとある場所に、2つの人影が見える。
影の主は2人とも地面に倒れこむような姿。
しばらくして、荒い息を吐きながら片方の影から、
「はぁ…はぁ…やるじゃない……幽々子」
「……あ、貴女も…なかなかのものね、メルラン」
そのまま起き上がると、どちらからともなく手を差し出す。
そして固く握り合い、熱い抱擁を交わす。
お互いの健闘を讃え、ここに新たな友情が一つ生まれたのだった。
「でも、妖夢は渡さないわよー」
「それはこっちの台詞よ」
1万、一万五千、二万、うおあ! 馬鹿な! ス○ウターが爆発しただとぉ!?(続編待ってました、の意)
指摘するほどの物ではありませんが、最初の方で地の文が、第三者の視点と人物思考が不自然に混ざっている部分がありましたので。
今回の話は、甘さ控えめでしたね、次からは怒濤のラブコメに・・・なるのを期待しています。
え・・・今回の話、妖ルナじゃなくてメル幽々じゃ無かったんですか?
なん・・・だと・・・
妖ルナ、幽メルだとリリカが余るな。
こんなんじゃ……満足……できねぇぜ。
メルランと幽々子様のセッションを!
怒涛のオジャマプランを!
紆余曲折で乗り切る妖夢とルナサ!
泣き叫ぶリリカ!
わからないならはっきり言おう!
「リリカにスパゲッティーを食わせてやりたいんですが、かまいませんね!?」
じゃなかった。
「私は続きを望んでいる!」
続きはあるんですか?
ご指摘ありがとうございます。以後気をつけます!
次回……がんばります。
>>2様
メルランが書きたいだけだったりします。
リリカはいらない子じゃありませんよ、きっと…
>>3様
リリ紫…その発想はなかった……
>>4様
続きはあるのか……ですか?
Exactly(そのとおりでございます)
>>奇声を発する程度の能力様
妖ルナを好きになって下さってありがとうございます。
今回メルランを出し過ぎたので、次回はもう少し妖ルナします。