Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

記念日

2021/01/31 21:02:36
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目を開けるとカーテンの隙間からうっすらと光が入ってくる。

 その眩しさに思わず反射的に目を細めたが、
私は今日自分がやることを思い出すと、手足は動かさないまま再びゆっくりと目を開けた。

 私が微かに出した衣擦れと呼吸の音だけが耳に入ってくる、
どうやら隣の布団にいる妹の八橋はまだ眠ったままのようだ。

 起こさないように、私は音を立てず慎重に身体を布団の外に出していく。

 半身が布団から出たところで床が軋む鈍い音が響く。
 
 私はしまったと思ったが八橋が目を覚ました様子はない、
無事に身体を完全に布団から出した。

 私は脱衣所に入ると昨日予め用意しておいた服に着替え始める。
 
 いつもと違って電灯を点けていないせいで少し視界が悪いけど付喪神になってから毎日やっていることだ。
 
 私は慣れた動きで着替えを済ませ、身だしなみを整えるとそのまま玄関から家の外に出た。








 布団から出る時に音を立ててしまった時は少しヒヤッとしたけど、
無事に八橋を起こさずに家の外に出ることに成功した私はそのまま人里の方角に向かって飛行を始める。

 私達の暮らしている住居は人里から遠く離れているため、
普段用事がある時はなるべく二人で相談してまとめて一度に済ませるようにしている。

 しかし私は今日、妹の八橋には何も言わないまま人里に一人で向かっている。
 
 喧嘩をしたわけでも、一人になりたいわけでもない。
 
 どうしても、私一人で買いに行きたい物があるのだ。
 私は後どのくらいで人里に着くかを考えながら、ひたすら飛行を続けた。







 四半刻ほど飛行を続けていると、前方に人影が見えてくる。
 
 その人影が誰の物かはすぐに分かった。
 箒に跨って空を飛ぶ人間を私は一人しか知らない。
 私達姉妹が生まれたばかりの頃、初めて弾幕ごっこで勝負をした相手。

 特別避ける理由もないのでそのまま近づくように飛行を続けると、
私が話しかける前にその人影はこちらを振り返った。



「なんだ、お前はあのときの楽器の付喪神じゃないか。」

「こんにちは、異変以来ね。」

「今日はもう一人の方はいないんだな。」



 人影の正体、霧雨魔理沙は私を見るとフランクに話しかけてきた。
 
 かつては雲を超えるほど高いところで弾幕ごっこを繰り広げた相手だけど、
決着が着けば後には引きずらないのがここ幻想郷の流儀。
 
彼女との戦いは私にとって初めての弾幕ごっこだったこと、
小槌の魔力の影響で自分の力を過信してやたらと気が大きくなっていたこともあって今でも鮮明に覚えている。

「ちょっと人里に用があってね、貴女はどうしたの?」

「そりゃ奇遇だな、私も人里に向かうところだぜ。」










 私達は目的地が同じということでそのまま一緒に人里に向かって飛行を再開した。
特にこちらから聞いたわけではないけど、魔理沙は人里に行く目的を話し始めた。











「へえ、香霖堂っていろんな物があるのね。」

「ああ、それに使い道が分からない道具の鑑定もやってくれるんだ。
店主が気まぐれなのが玉に瑕だけどな。」

 香霖堂、名前だけは私も聞いたことがある。
 
 魔理沙はどうやらそこにも用事があるらしい。
 なるほど箒に括り付けられている布袋はそこの店主に鑑定を頼みたい物が入っている、ということだろう。
 場所も人里から近いらしい。

「人里に行ってからその香霖堂に行くの?」

「ああ、香霖堂はいろんな物が売ってはいるが何が入荷してくるかは全く分からないんだ。
日用品は人里じゃなきゃ買えないからな。」

 魔理沙は人里で日用品を買ってから香霖堂に向かうつもりのようだ。





 魔理沙と話をしているうちに人里が見えてきた、
一人で飛んでいるよりも退屈しなかったのはよかったかもしれない。
 
 私達は少しずつ高度を下げ、人里の入り口に降りる。

「と、お前ももし興味があったら行ってみるといいぜ。
じゃあな。」

 魔理沙はそのまま人里の人混みの中に消えていった。





 魔理沙と別れた私は人里の往来を歩き始める。
 今日私が八橋に隠れてまで一人で人里にやって来た理由、それは明日が特別な日だからだ。













 私と八橋は姉妹を名乗ってはいるものの血のつながりはない。
 
 元々私達はただの道具だったところを、小人と天邪鬼が起こした異変がきっかけで
人の姿をした付喪神として生まれ変わったのだ。

 自由に動ける体を手に入れ、はじめは本当に嬉しかった。



 でもそれは最初だけで、これから右も左も分からない世界で
どう生きて行けばいいのかという不安がすぐに私の心を支配した。

 そんな時、私と同じように異変がきっかけで生まれた琴の付喪神に出会った。
 それが私の妹、九十九八橋なのだ。

 私はまず自分と同じ境遇の仲間がいたことに安心感を覚え、
さらにそれが自分と同じ楽器の付喪神であることからきっと仲良くなれると信じて声をかけた。

 実際に私達が打ち解けるのに時間はかからなかった。
 
 生まれたばかりで先が全く見えない状況を不安に思っていたのが私だけではなかったことも分かり、
私はこの子を離したくない、一緒にいたいと強く願った。

 


 気付けば私は口に出していた、「私と姉妹に、家族にならない?」と。
 そうしたら八橋は驚くそぶりも見せずにこう言ってくれた。

「じゃあ、貴女がお姉ちゃんで私が妹ね!」

 こうして私達は、姉妹の契りを結んだ。





 そう、明日はその日から丁度一年になるのだ。
私達が生まれた日、誕生日であると同時に家族が出来た日でもある特別な日。

 せっかくの記念日なのだから八橋にはプレゼント、洋服を買ってあげたいと思う。

 なぜなら私達はこれまで衣類にお金を回す余裕がほとんどなく、
お洒落などとは無縁の生活を送っていたからだ。

 もちろん生まれたばかりの無一文の頃に比べればライブで少しずつ収入も得られるようになり、
飢えと隣り合わせの生活からは解放されていた。

 だけどそれでも余裕のある生活には程遠く、お金は食、住に充てる分が優先され
洋服にお金をかけられなかったのが現実だ。




 私達はいつでも姉妹で一緒に音楽活動をして、一緒に収入を得る。
 
 そしてその収入の大半は二人のお金という名目で食べ物や消耗品、日用品を購入するために使われる。

 そこから残ったお金を半分に分けたものがそれぞれが自由に使えるお金、所謂お小遣いという名目になる。
 私はこれを毎回少しずつ残しておいたのだ。

 まめにお金を残しておいてよかった、これであの子を喜ばせてあげられる―
私はそう信じて疑わなかった。

















 私は三軒目の呉服屋を後にした。
結論から言うと、お金は足りなかった。

 それも少しどころではなく、店で一番安い洋服の半分程度しか私の財布にはお金が入っていなかったのだ。
 
 私はあまりのショックにその場に立ち尽くしていた。
 
 本当は一件目でお金が全然足りない時点で薄々嫌な予感はしていた、
でも希望ぐらい持ってもいいじゃないか。





 思えば私は生まれてから今に至るまで、ちゃんとした呉服屋に足を運んだことが一度もなかった。
 
 これまで衣類は知り合いの付喪神から譲ってもらったり、
古くなったものを手入れして使っていたため相場も全く把握していなかったのだ。

 これからどうしようか、プレゼントを別の物にするか、考えを巡らせようとしていた時だった。

「お、また会ったな。」








「一日に同じやつに違う場所で二度会うとは、この狭い幻想郷でも珍しいもんだ。」

 今日の早朝に会ったばかりの白黒の魔法使い、霧雨魔理沙は私に話しかけてくる。

「特になにも買ってないようだが、目当ての品がなかったのか?」

 そうだ、魔理沙の顔を見て思い出した。
 
 まだ行ってないお店、香霖堂。
 あそこなら私にも買える値段で洋服が売っているかもしれない。

 でも私は香霖堂の場所も、洋服が本当に売っているのかどうかも知らない。
 ここは詳しいであろう魔理沙に聞いた方がよさそうだ。

「ええ、そうなの。ところで一つ聞きたいんだけど―」





















「ああ、そりゃ香霖堂に行っても駄目だろうな。」

 私の希望は見事に一言で葬られてしまった。
 言葉に詰まる私を気にせず魔理沙は続ける。

「あそこはあくまで外の世界から流れ着いた品、言うなら大半は中古品が集まる場所なんだ。
新品の洋服なんかはまず置いてないぜ。」

 常連客であろう魔理沙が言うのだ、その通りなのだろう。
 これはおとなしくプレゼントを別の物にするしかなさそうだと思っていると。

「ああ、でも私の知り合いに一人いるな、洋服ぐらい作れそうなやつが。」

 それは誰?と私が聞き返すよりも前に、魔理沙は既に箒で飛ぶ用意をしている。

「ほらほら、善は急げだぜ!」

「え、ちょ、ちょっと!」






















「着いたぜ、ここだ」

 魔理沙になんの説明もされないまま箒に乗せられて空を飛び、
今私は魔法の森のとある一軒家の前にいる。

 私は魔法の森に入ったことがないから魔理沙以外に誰が住んでいるかは知らない。

 でも今目の前に見える一軒家は立派なものでよく掃除もされている。
 
 家のほかには綺麗に整地された畑に小さな倉庫も見える、
ここで暮らしている家主はきっと綺麗好きなのだろう。




 私が家の様子を観察していると、魔理沙は呼び鈴を押しながら家の中に向かって呼びかけている。

「アリスー、お前にお客さんだぜー!」

 アリス、それがここの家主の名前のようだ。
 
 会ったことはないけど、いや、どこかで聞いたことがある気がするのに出てこない。
 
 私が頭に引っかかった記憶を引っ張り出そうと脳内で一人奮闘しているとドアが解錠される音が聞こえた。






「魔理沙がちゃんと呼び鈴を押すなんて、明日は台風でも来るのかしら。」

 出てきたのは鮮やかな金髪に青を基調にした洋服、なにより肩ほどの高さを浮遊する人形が特徴的な
魔女、アリス・マーガトロイドだった。

 彼女の周りを楽しそうに浮遊する人形達を見やると皆、
細かい装飾がついた可愛らしいドレスのような服を着ていた。
 
 体にも糸の解れ一つなく、アリスの器用さと人形へのこだわりが見て取れた。



「おいおい、それじゃまるで私が礼儀のなってない奴みたいじゃないか。」

「あら、なにか間違っているかしら。なんなら今度宴会の時に多数決でも取る?」

 そうだ、この声、間違いない。
 時々人里に現れては里の人たちに人形劇を披露している魔女、あの人がアリスだったのか。



 私も妹の八橋と一緒に一度人形劇を見に行ったことがある。
 
 まるで生きているかのように軽やかに動き回る彼女の人形達は
私を自然と楽しい気持ちにさせてくれたし、そのときすぐに確信した。

 この人は物、道具を本当に大切にしている人なんだと。



「まったく可愛げのないやつだ。
今日はお前の研究に協力してやろうと思ってこいつを連れてきたんだぜ?」


 研究? 一体なんの話だろうか。 
 
 魔理沙の話の意味を理解できずにいると、私に気付いたのかアリスと目が合う。
 
 そうだ、まずは挨拶、しっかりしなくちゃ。

「えっと、はじめまして、私は琵琶の付喪神で九十九弁々と言います。」

「こちらこそはじめまして、私はアリス・マーガトロイド、アリスでいいわよ。」

「じゃあお言葉に甘えて、あ、私のことも弁々、でいいわ。」

「分かったわ、よろしくね弁々。」




 
 丁寧に礼をしながら挨拶を返すアリスを見る。
 前に見たときにも思ったことだけど本当に綺麗な人だな、と素直に思う。

 まるでこの人自身が、造形を計算されつくした人形のようにさえ見える。
 私がそんなことを考えていると。

「つまりはこの子が私の人形達に音楽を聴かせてくれる、ってことかしら?」

「ああ、代わりにこいつの頼みを一つ聞いてもらうけどな。」

「交換条件ってわけね、いいわよ。貴女はなにを望むの?」








「え、えっとその、私が人形達に音楽を聴かせるって、どういうこと…?」

 魔理沙とアリスの会話の意味が分からず私は質問を質問で返してしまう。
 そうしていると。

「おっと、そういえば説明してなかったな」

「あんたねえ…もういいわ、私が説明する」




 アリスが呆れた顔をしながら指を軽く動かすと肩の高さを楽しそうに浮遊していた人形達が
アリスの手元に行儀よく座った。
 
 それと同時にアリスが私に向かって説明を始める。

「もう知っているかもしれないけど、私は人形を操る魔法の研究をしているの。
その最終的な目標は自立人形、簡単に言うと人間のように心を持ち、自分で考えて動ける人形を創ること。
それで研究の一環として、試してみたいことの一つが音楽を聴かせることなの。」





 アリスは手元に座った人形の頬を指で軽くくすぐる。

 すると人形はくすぐったそうに頭をふるふると動かす、
なんとも愛嬌のある仕草だ。

「どうすれば人形に自我が芽生えるのか、私はまだその条件を探っている最中だからまずはいろんなことを試してみたいの。
もしかしたら音楽がきっかけで、些細なことでもなにか変化が起こるかもしれないしね。」

 アリスの手元の人形達を見るといつの間にやらこちらを興味津々といった様子で見つめている。




「だからよかったら貴女の演奏をこの子たちに聴かせてあげてくれないかしら、もちろん貴女のお願いごとも聞くわ。」

 私に説明を終えた後にアリスは軽く一礼をした。
 ちょっとした動作でも本当に様になる人だ。





「まあそういうことだ、ほら今度はお前さんがお願いごとを言う番だぜ。
まさか演奏家のお前が断る理由はないだろ?」

 魔理沙が悪戯っぽく笑いながら私に返事を促す。
 答えは既に決まっている。
 
 私の頼みごとのためだけじゃない、自分の演奏でもしもこの人形達に
なにかが芽生えたらと思うと私までわくわくしてきたからだ。
 アリスを紹介してくれた魔理沙にも後でしっかりお礼を言わないと。

「そういうことなら喜んで、全力の演奏を贈らせてもらうわ。それで、私のお願いごとなんだけど…」












「妹さんのために洋服を、ね。 
出来るわ、生地もある程度いろんな種類があるしね。」

「ありがとう…よかった…」

「私は呉服屋をやってるわけじゃないけど、出来るだけリクエストにも応えさせてもらうわ。」

 魔理沙にこの人を紹介してもらって本当によかった、あとは私が全力で演奏をするだけだ。







「なあアリス、私の頼んでたやつも早くやってくれよ」

「対価を払えないお客の注文は後回しよ、だいたいあのくらい自分で直せるようになりなさい。」

「あーあー、聞こえないぜー」
 
 この二人の遠慮のないやり取りはきっと長い付き合いの証拠なのだろう、
私にもいつかそんな人が出来るのかな。

 そんなことを思いつつ私は演奏のために集中し始める。
 アリスの人形達も3人が並んで行儀よくちょこんと座っている。





「いつでも弁々の好きなタイミングでいいわ、お願い。」

 アリスが私に声をかける、私は軽く頷くと今日の小さなお客さん達の前に立つ。

「本日は私、九十九弁々の演奏会にようこそいらっしゃいました。
どうぞごゆっくり、この時間をお楽しみくださいませ―」





 私は挨拶の後アリスの用意してくれたシートの上に座り楽器を構える。
 琵琶は座って演奏する楽器なのだ。
 
 でもそのおかげで、背丈の小さい人形達と目線の高さがぴったり合っている。

 私は小さく息を吸い一呼吸を入れると、演奏会でいつも最初に奏でる曲を弾き始める。
 もう何度も弾いた曲だ、譜面は完璧に頭に入っている。



 一曲目が終わり、次の曲が始まるタイミングで人形達と再び目が合う。
 その表情は演奏を始める前と変わらず私を物珍しそうにじっと見つめていた。
 
 私にアリスの人形達の心の中を窺い知ることはできそうにない、
でも私は自分の精一杯の音楽をこの子たちに届けてあげたい。

 それでいつかはこの子達が、道具から付喪神に生まれ変わった私のように、
自分で動いたり、喋ったりできるようになって欲しい。

 きっとこの子達も主人、アリスに伝えたいことがたくさんあるはずだ。




 そんなことを思いながら私は最後の曲を弾き終えると、
ワンピースの裾を抑えながら立ち上がり、一礼。

「ご清聴、ありがとうございました」

 すると人形達が小さな手で拍手をしてくれていた。

 横を見やるとアリスと魔理沙も私に拍手をくれている。

「ありがとう、きっとこの子たちも貴女にお礼を言ってるわ」

「騒がしい方が私は好きなんだが、たまにはこういう音楽もいいもんだな」








 思えばソロの演奏はかなり久しぶりだった。
 いつもと違う形の演奏会だけど、自分の音楽を評価してもらえることはいつだって嬉しいのだ。

「…ありがとう、私も弾いててとっても楽しかったわ。
貴女の夢、応援する。」

「…ありがとう、弁々。」









 それから私は家の中に入れてもらい、アリスに八橋のためのの洋服を作ってもらっている。

 サイズのことを聞かれたがそれは私が確実に覚えているから問題ない。
 
 私が選びたかった色の生地もちょうど余っていた。

「じゃあ、デザインはこれで決まりね。
材料も全部あるし、しばらく待ってて頂戴。」

「ありがとう、アリス。」

 そんな私たちをさっき私の演奏を聴いてくれた人形達が楽しそうに眺めている。





「そういえば気になってたんだが、記念日のプレゼントなのになんで前日になってから用意を始めたんだ?」
 
 アリスの人形に出してもらった紅茶を飲みながら魔理沙が私に話しかけてくる。

 もっともな疑問だ、私が魔理沙とアリスの立場でもきっと同じことを思うだろう。
 私は素直に答える。

「…恥ずかしいんだけど、私と八橋の住んでる家はすごく狭いから自分の部屋もないの。
だから早くからプレゼントを用意しても、家に持ち帰った時点ですぐにバレてしまうし、
ギリギリに用意するしか思いつかなかったの…」

 そう、私と八橋の住んでいる古びた小屋は
部屋が大まかに居間と寝室、炊事場、脱衣所しかない。
 
 そのため、お互いに相手に隠れて自分の物をこっそり家に隠しておくなどということはまず不可能なのだ。




「なんだ、それなら私が記念日まで預かっておいてやったのに」

 私の答えを聞いた魔理沙がこう返す、すると。

「ダメよ、あんたはすぐ人の物を自分の物にするんだから。
弁々も気を付けてね、魔理沙に簡単に物を借しちゃだめよ。」

 アリスが手を動かしながらもピシャリと魔理沙を叱りつけるように口を挟む。
 喋りながらも手は常に動いている、私はそっちの方に目がいってしまった。

「おいおい、人を泥棒みたいに言うもんじゃないぜ。
それにお前のためにこいつを連れてきたのは私なんだ、お礼の一つぐらいあってもバチは当たらないと思うぜ?」

 魔理沙はケロっとした表情でアリスに言い返す。
アリスはなにか言いたそうな表情をしていたが、一旦手を止める。

「…あんたの服もこのあとやってあげる、それでいいでしょ?」

「へへ、サンキューな!」

 アリスのちょっぴりむくれた表情に、こんな顔もする人なんだと私は少し驚いた。

 同時に、きっと口では言い争いが絶えなくても、
アリスは魔理沙のことを嫌いじゃないんだろうなと私は確信した。
















「うん、これで完成ね」

 日が沈み始めた頃、洋服は完成した。
 
 私は手渡された洋服を軽く確認したが、本当にすごいというほかない出来だった。

 明るい空色のワンピース、縫い目のズレ一つない完璧な仕上がりで寸法も全部私が言った通りだ。
 
 これならきっと喜んでくれる、私はこの洋服を早く八橋にプレゼントしたかった。




私はアリスと魔理沙にお礼を言う。

「魔理沙、いい人を紹介してくれて本当にありがとう。」

「礼には及ばないぜ、これでやっと私の服も直してもらえるからな。」

 魔理沙は悪戯っぽく笑いながらアリスを見る。

 アリスは「はいはい」と素っ気なく魔理沙に応えるが、
やはりその表情はさっきのようにちょっと子供っぽいように見えた。

 私はそのままアリスにもお礼を言う。


「アリス、素敵な洋服をありがとう。八橋も絶対喜んでくれるわ。」

「いいのよ、私もお願いを聞いてもらったからね。」

「その、すぐには前に進まないかもしれないけど、アリスの夢が叶うように、私応援してるから。」

「…ありがと。」




 今日の私の演奏だけでは、特に大きな変化は見られなかったアリスの人形達。

 でもいつかきっと、アリスは夢を叶えられる。
 私はそう信じている。

 道具をこれだけ大事にしているアリスに、
あの子達があの子達の言葉で応える時が、必ず来るはずだ。

 道具は主人と一緒に過ごした時間のことを、必ず覚えている。

 なぜなら私も八橋も、自分を弾いてくれた奏者のことを、今でもはっきり覚えているからだ。
























 私は二人と別れるとそのまま真っすぐ自宅に向かって飛行を始める。

 作ってもらった洋服の入った紙袋を落とさないように気を付けつつも駆け足で飛行を続けていると、
丁度完全に日が沈むタイミングで無事に家に帰りついた。

 私は家の前に着陸し、玄関の戸を開ける。

「ただいまー」






 直後、床を思い切り踏みつける音とともに人影が私の目の前に飛来した。
 
 人影の正体が誰なのかは勿論考えるまでもなかった、この家に私以外に住んでいるのは一人しかない。

 私の妹にして唯一の家族、九十九八橋だ。

 今日は朝早くから八橋に何も言わずに出かけた以上、
心配をかけた自覚はあるので一言謝ろうと人影を見やる。




 すると私が言葉を紡ぐより早く、珍しくエプロン姿の八橋が声を上げる。

「もうっ、どこに行ってたのよ姉さん!」

 八橋は見るからに不機嫌そうな顔で口をへの字に曲げながら私を睨みつける。
しかし、私は思わずプッ、と吹き出してしまった。

「なにがおかしいのよっ、私心配したんだからね!」

 八橋は相変わらず怒っている。

 当たり前だ、でも私は耐えられなかった。






 その…八橋のかわいい小さな鼻に、白い生クリームがちょこんと乗っているのだ。

「八橋その…生クリーム…」

 私はなんとか笑いを抑えると八橋の顔の中心を人差し指で軽くなでる。

 私の指についた生クリームを見て、八橋の顔はみるみる真っ赤になっていく。

「え、あ……」

「なにか作ってたの?」

「……」







 
 八橋は頬をうっすら赤く染めたまま答えない。

 私は八橋のエプロン姿をあらためて見る、するとおおよその答えが見えてきた。

 一日早いけど今日、渡そう。




「八橋」

 私は少し屈むと、俯いている八橋の顔を下から覗き込みながら話しかける。

「今日は何も言わずにいなくなって、ごめんね。」

 返事はないが、八橋はゆっくりと顔を上げる。

「本当は明日が記念日なんだけど、はい」

 私は紙袋から取り出した洋服を八橋に手渡した。
 
 八橋は洋服を受け取ると驚いた表情で私を見る。

「え…綺麗…これ、私に…?」

「いいお洋服、まだ一つも持ってなかったでしょ、だから」

「でもこんな立派な服、私だけもらうなんて…」




 八橋は一瞬喜んだ表情を見せたけど、自分だけが新しい服をもらうことに
罪悪感を感じているのか洋服を持ったままでまごまごしている。

 …相変わらず可愛い子だ、この子がいるから私はここまで頑張ってこれたのだと思う。

「明日で私達二人が姉妹になってからちょうど一年でしょ、だからそのプレゼントよ。」

「じゃあ今日はこの洋服のために…姉さんありがとう、絶対大事にする」

 八橋は洋服をぎゅっと大事に抱え直しながら私の目を真っすぐ見ている。
喜んでくれてよかった、さて後は。




「でもごめん…私姉さんになにも用意してない…」

 予想通りの返答、でも私は一年も一緒に暮らしたのだ。

 それが嘘なことぐらいすぐに分かる。

「あら、今作ってるお菓子は私にはくれないの?
姉さん悲しいな。」




 私がわざとらしい口調でそう言うと、八橋はようやく気が付いたのか
自分の身に着けているエプロンを見ながら口をぱくぱくさせ始める。

 数秒ほどそうした後、八橋はぽつぽつと小声で言葉を紡ぎ始めた。

「明日記念日だから…お祝いにと思ってケーキ作ろうとしてたの…でも上手くいかなくて…」




 私は八橋が最後まで喋る前に、まだ鼻の頭に少し残っていた生クリームを指でさっと掬う。

 驚いた八橋が言葉にならない高い声を出してるけど、
私は気にせず生クリームのついた人差し指を口に咥える。

「ん、おいし。」

「ちょ、姉さん……」

 八橋の顔は今までに見たことがないくらい真っ赤になっていた。

「八橋も覚えててくれたのね、ありがとう」

 私はそのまま八橋をそっと抱きしめる。

 八橋のエプロンについていた汚れが服につくが気にしない。




「八橋が作ってくれるお菓子がプレゼントなんて、素敵だわ。」

「姉さん…」

「分からないところは一緒に作りましょ、ね?」

「…うん、ありがとう姉さん。」

 八橋が頬を私の胸にあずけ、甘えてくる。

 私は耳元に向かって囁く。

「大好きよ、これからもよろしくね八橋。」

「好き、どこにも行かないでね姉さん…」

「もちろんよ。」






























 それから一週間後。

「姉さん、やっぱり私だけいい服で演奏会に出たり人里歩くのはちょっと…」

「しょうがないわね、じゃあ―」










「その可愛い姿は、私の前でだけ見せてもらうことにしようかしら?」

「………うん」


 八橋がいてくれる限り、私はどこまでだって進める。
 
 今度はこの子も一緒に、アリスの人形達に演奏を聴かせてあげたいな。
今回は弁々と八橋のお話でした。
相変わらずの駄文ですが少しでも楽しんで頂けたら、とても嬉しいです。
読了、ありがとうございました。
ローファル
コメント



1.福哭傀のクロ削除
姉妹愛がとても尊い
妹想いな頑張り屋のお姉ちゃんとものを大事にする心が
作者様の作品を作る上での柱の1つとなっているのかと勝手ながら思いました。
あと最後の締めくくりを前向きな感じで占めることが多いのも性格や癖なのかと勝手ながら。
九十九姉妹の距離がナチュラルに近い。
全体的に仲がよく、キャラ愛に溢れた優しい世界観は素敵でとても好みです。
楽しませていただきました。
少しずつ長さやキャラも増えてきており
今後どうなっていくのか
次回作も楽しみにしております。
2.ローファル削除
>福哭傀のクロさん

今回も嬉しい感想を下さってありがとうございます、
まだまだ試行錯誤しながらの段階ですがゆっくり投稿していこうと思いますので
また読んでもらえると嬉しいです、ありがとうございました!