「まてーっ」
真昼でも薄暗い大図書館の静寂を裂いて、耳に痛い金切り声が響いた。
鋭く巻き上がる陣風と共に、大事な書物や文献、そして丁寧に纏めておいたレポートが無残にも紙吹雪の体を成す。
もうもうと立ち込める大量の埃に、肺の弱いパチュリーは、軽く咳き込みながら、手元の本に落としていた目を流して、そちらを睨み付けた。
白い半眼の行き着く先には、きょときょとと周囲を見回す、出来の悪い使い魔の姿があった。
何故かやたらとごつい虫取り網を手にし、肩から安っぽい素材の籠を襷掛けにしている。まるで山を拠点に暴れ回る腕白坊主のようなスタイルである。後は麦藁帽でも被れば、完璧であった。
しかし、無闇にお気楽なその格好とは裏腹に、使い魔の表情は悲壮感に満ち溢れていた。印象に残るぱっちりとした瞳には大粒の涙が溜まり、痞えたようなしゃっくりを繰り返していた。
主の気分と体調を害しつつあることにも気づかず、棚から棚へ、びゅんびゅんと高速で行き交っている。時折壁や本棚に激突するのもお構いなしの、全速力であった。
必死、の二文字を全身で訴えるその様は、追い詰められた小動物のごとき狂態を露にしながらも、ひたすら一念に寄るものの気迫的な何がしかを滲ませていた。具体的には鼻水と汗だった。
ひーん、と喚きながら鬱陶しいハエのように飛び回る使い魔を横目に、諦めたようにパチュリーは首を振った。
直後、凄まじい轟音がした。驚きに椅子からお尻を跳ねさせた彼女は、慌てて振り返る。
そこには、崩れ落ちた本の山に生き埋めにされ、伸びた片腕だけをぴくぴくと痙攣させる、実に頼もしい眷属の姿があった。
偉大なる魔女にして、練達の魔法使いであるパチュリーには、“天敵”がいた。
それは冷厳と彼女の魔法理論を否定する愛想に欠けた人形遣いであったりとか、腕力にものを言わせて貴重な魔導書を拝借していく小憎たらしいパワー馬鹿な魔法使いであったりとか、聖母のごとき微笑みと共に、「仲良くしましょう」などと薄ら寒いことを嘯き、するりと懐に擦り寄ってくる得体の知れない古刹の住職であったりとかではなかった。
連中もタチが悪いが、それでも一通りのあしらい方を弁えていれば、俊抜たる知性を備えたパチュリーにとっては必ずしも恐ろしい相手ではなかった。
毎度、毎度、必ず館内に夥しい被害をもたらすために、著しく不評を買っている自称普通の魔法使いですら、いまだパチュリーの掌の上から逸脱する振る舞いには至っていない、というのが彼女の認識である。
強奪される書物とて、あの業突く張りの言を借りれば、まさに「貸しているだけ」なのである。身裡の虫を捨て、寿命を常しえのものとした魔女に時間などあってなきがごとしだ。恋なぞという軟弱なものにうつつをぬかす、短命なる花が枯れる刹那の時を、のんびり気長に待てばいい。
仮に、万が一あれが自分と同じく虫を払った時は、またその時だ。七曜の魔術の秘儀を、存分に揮えばいいだけの話である。
しかして、彼女の“天敵”は違った。そのように、悠長に構えていられる余裕など欠片もなかった。
事態は俊敏で苛烈で残酷で、それでいて酷く隠密裏に運ばれていた。パチュリーが気づいたときには、既にいくつもの致命的な損害が発生していた。
それに衝撃を受けることも、呆然と我を失うことも、憤怒に顔を歪めることも、慄然と凝立することさえも、彼女には許されていなかった。
“天敵”の行動はあまりに迅速に過ぎ、その僅かな隙にさえも、被害を拡大させる惧れがあったためである。
パチュリーは使い魔の失態を胡乱げに眺めやりながら、重っ苦しい溜息を吐いた。
あらぬ方向に、つい、と視線を投げると、陰鬱な声を吐き出した。
「……そこにいるんでしょう。隠れていないで、出てきなさい」
呼びかけられた、闇溜まりの部屋の隅、背の高い本棚の上から、ぴょこんと二本の触覚が生えた。
ぐるぐるとレーダーのように旋回していたかと思えば、やがてそろそろと、細く流れるビリジアンの髪が現れた。
続いて、おっかなびっくり、あどけない童顔が零れ落ちる。
じっとりと見据えられる、魔女の粘っこい非難の視線と目がかち合うと、悪戯の露見した幼子のようにはにかんで、ぺろりと舌を出した。
「てへ」
パチュリーは、唐突な頭痛に襲われて、眉間を押さえた。
俄かに湧き上がった猛烈な苛立ちに、脳の血管が破裂しかけたらしい。外の世界に生息していたという、古の蛮族精霊ヤマンバの語書を紐解けば、いわゆるMK5と言う奴に違いなかった。
そんな魔女の異常を気にも留めず、彼女、蟲の王たる少女、リグルは、よっこらしょういちと掛け声ひとつ、ふわりと本棚から飛び降りた。
暢気に片手を振り上げて、足取りも軽くとことこと近寄ってくる。
「やっほー、お元気?」
「……そう見えるの」
「いやそれがまったく」
飄然と、薄っぺらな笑みを貼り付ける。
風采の上がらぬ地味な容姿ながら、へらりと緩むその顔は、満天に輝く綺羅星のごとき実にイイ笑みを湛えていた。
ぎりぎり、とパチュリーの奥歯の辺りで、不安定な音が轟く。うろたえるな、と魔女は自分を諌めた。
「……いいご身分ね。人様の屋敷に勝手に潜り込んで、それだけ堂々と振舞えるだなんて。厚かましさも、限度を過ぎれば才能なのね」
「いやあ、ここは私のお散歩コースだからね。勝手知ったるというか、もう庭みたいなもので」
「……褒めて、いないわ」
眩暈がする。欠片も皮肉が通じていない。
というかそもそも、他人の家を断りもなく散歩の経路に組み込んで、ごく当たり前といった風情なのは、どういう感性なのだろう。
神経の足りない虫のせいか、はたまたおつむのヒューズが七転八倒しているのか。どちらでもいい。ただ誰でもいいから、この場で怜悧な魔女のイメージを投げ打って、壁にごんごん頭を叩きつける権利を与えて欲しかった。
懐のスペルカードに手が伸びる腕を堪えに堪えて、パチュリーは渾身の力で、無表情を維持した。流石のリグルが後ずさるほど、その目に篭る稲光のごとき熱は暗さを増していた。
リグルは気まずそうに頬を掻いて、取り成すように言った。
「あー、いや、ね。私だってちょびっとはまずいかなあ、とは思ってるんだよ。こあちゃんにだって悪いしさ。でもさ、仕方ないじゃん、ここ、私の仲間のお気に入りスポットなんだから」
その言葉に、パチュリーは自然と上目遣いになっていた目をかっと見開いた。
みるみる顔から血の気が引き、蒼白に準ずる色へと変貌する。
動かない大図書館の異名に相応しい、常の落ち着き払った態度も忘れて、椅子を蹴倒しリグルに詰め寄る。
「どれ」
リグルは目を泳がせながら、後ろ手に確保していた、装丁も見事な古めかしい書物を、そうっと取り出す。
パチュリーは分厚いそれを奪うようにもぎ取ると、猛然とした勢いで頁を捲くり始めた。
そして、これまた珍しいことに、くしゃりと表情を歪めると、糸の切れた人形のようにその場に膝を落とした。
開いた本が力なく、太ももの上に乗せられる。
そこには、決して少なからぬ頻度で、頁に無数の孔が穿たれた、命より大切な魔導書が無残な姿を晒していた。
「ええと。なんていうか、その、気を落とさずに、ね」
優しくリグルが魔女の肩を叩く。その頭には、数匹の蟲が席を占めていた。
黒っぽい小柄な蟲で、海のない幻想郷ではいまひとつ想像に苦しむものの、海老という甲殻類に良く似た風貌をしている、らしい。
蟲の表情など判別できるわけもないが、リグルの頭上に陣取る彼らは、一様に満ち足りた様相を示して見えた。人間に例えるならば、腹をさすって口周りを舐めているような雰囲気である。
彼らの名を、シミと言う。紙魚、と書き、その名の通り、大好物は紙の繊維や糊であった。
「虫食い」と俗に称される現象の、元凶たちである。
パチュリーは、全ての活字中毒者の怨敵たるそやつらを見咎めて、反射的に何かを口走ろうとした。
泣き言であったのか、口汚い罵詈雑言であったのか。咽下まで競りあがったそれを、きゅっと唇を引き結ぶことで、魔女は辛うじて飲み込んだ。
魔法使いとしての矜持を危うい一線で持ちこたえ、台無しになった魔導書を抱きしめながら、目を背けてリグルに言った。
「……もう、いいわ。お仲間が見つかったなら、とっとと帰って頂戴」
「あー、うん。そうだね、えっと、この子たちも悪気があったわけじゃないんだよ。ただ、古くて保存のいい本の方が、味がまろやからしくて」
「……グルメなことね」
ずっしりと疲労が重石のように肩に圧し掛かってくるのを感じて、パチュリーは再び泥のような嘆息を漏らした。
うう、としまい忘れた悲哀が呻きとなって溢れ、情けなく垂れた眉根の下の瞳は、凄惨な有様の書物を映して、微かに潤んでいた。
リグルは頭上の蟲たちを撫でながら、冷や汗と共に彼女を慰めた。
「まあ、どんまい。ほら、人生万事塞翁が馬。いつかいいことあるよ、きっと」
「どの口が……」
「え? いや、だって私は単に、虫とそれ以外との仲介役みたいなもんだし。この子らの行動にいちいち責任なんか持てないし。まあこんなんで蟲へのイメージが悪化するのもあれなんで、せめて被害が拡大しないように引き取りにくるぐらいはするけど。それにいちゃもんつけられてもさ」
「むきゅう……」
ぐうの音も出ず、呻いて項垂れる。
リグルは殊更朗らかに、彼女に言いさした。
「まあまあ。私からも、も少し自重するよう伝えておくからさ。あんまり思いつめないで」
「そうね……、過ぎたことを言い立てても、どうしようもないわね」
「そうそう」
「今ある事実を受け止めて、その原因を探って、先の未来に反映してこそ、失敗を生かすというものよね」
「そうそう、いいこと言うね」
「ではまず、その蟲たちは、どこからどうやって入ってきたのかしら」
「それはもちろん、私のお散歩に付き添って」
一切の躊躇なく、パチュリーは火符を引き抜いた。害虫駆除のお友達、飛んで火にいるなんとやらである。鋭く振りかぶって、叩きつけるように発動する。
密閉されている上に周りが可燃物の山ということで、かなり威力は絞ったはずだったが、煮えくり返るはらわたに従ったものか、その業火は地獄の釜もかくやであった。
リグルが悲鳴を上げ、しかしその割には妙に軽やかな仕草で飛来する火を避けた。
道化のように大仰にわあきゃあと騒ぐ蟲妖怪に、魔女はこめかみの青筋を宥める術を知り得なかった。
某特殊チタン合金製州知事型殺人アンドロイドを髣髴とさせる動きで、静かにリグルににじり寄る。
「……スペアリブかローストか、好みのほうを選びなさい。せめて、それだけの慈悲はくれて上げるわ」
「わぁい、基本の選択肢、消し炭しかないや。……虫は踊り食いがポピュラーだよ?」
「あいにく、煮ても焼いても食えないゲテモノを堪能する趣味はなくってよ。……いいから、とっとと失せなさい」
「はいはい、わかったよ。まったく、ご機嫌ななめなんだから。カルシウム足りてないんじゃないの」
「……そう、なら虫干しの昆虫でも摂取しましょうかしら」
ゆらりと日符を摘むパチュリーに、わざとらしくリグルが肩をすくめて見せる。
もはや色々と馬鹿馬鹿しくなって、真理の探求者たる少女はぐったりとこうべを垂れた。
自らの身体の一部であったはずの、内面を隠す無情のペルソナさえ剥げかけさせながら、愚痴るようにぼそぼそと言った。
「ほんとうに、一体何だというのよ、貴女は。いつもいつも、私の研究の邪魔ばかりして。貴重な書物を台無しにして。こっそり忍び込んだかと思えば、私の思考をぐちゃぐちゃにして、その癖目的らしい目的なんてありもしないで……。ちっとも合理的でないわ。正直、迷惑なのよ。暇つぶしなら、他所を当たって頂戴。私に関わらないで。私だけの世界を、侵さないで」
パチュリーは、月飾りの揺れる帽子を目深に引っ張り下ろした。滔々と吐き出される言葉は、全て真意である。つるりと剥かれた魂を曝け出すほど、魔女にとって恥ずべきことはない。それを誰よりも理解していながら、紫色の賢者は突き上げる想いの丈を、口蓋に封じることも叶わなかった。
紫色の賢者は、自ら求める答えすら明確にならぬまま、声を押し殺して叫んだ。
「遊び半分に、私の胸を、掻き乱さないで……っ」
唇を震わせる。肩で大きく息をつく。目線は埃の積もる石造りの床に落ちている。
慙愧の念が渦巻く。一度形を得た言霊は、容易にその力を減じることはない。
パチュリーは魔導書を抱く腕に力をこめた。精神に存在の寄る辺を持つ妖怪のゆえか、纏う雰囲気が儚く掠れている。
その顔を、身を屈めるようにして、ひょいと覗き込まれて、パチュリーは竦んだように硬直した。
蟲の姫君は、凪いだ面に、酷く静謐な模様の瞳を浮かべて、淡々と囁いた。
「……遊び半分じゃ、ないよ。少なくとも私は、貴女が思っているよりは、ずっと真剣なつもりだよ。うぅん、なんて言うんだろ。どうもね、ほっとけないんだよね、見ていてさ」
そうして、おもむろに莞爾と笑う。魔導書の上から、魔女の胸元に優しく掌を宛がう。
「ねえ、パチュリー。生命の蟲を捨てた、魔法使いさん。私は、ね」
柔らかな、そして一際きつい眼光の瞬きに、パチュリーはふいに意識を呑まれてしまう。
その合間を衝くように、リグルが魔法使いに顔を寄せる。ふっくらと萌える若葉の新芽のごとき、小さな唇を耳に押し当てた。
ぼそぼそと、濡れた蕾が蠢く。二言、三言、囁いた。
「……なんて、ね」
リグルは素早く身体を離した。
その頬は微かな薔薇色に彩られ、伸ばした一本の指が、睦言を秘密にしあう乙女のように、しぃい、と口元に運ばれた。
パチュリーは、ぱっと庇うように耳を押さえた。
耳より滑り込んだ言葉を処理しきれないというように、喘ぐ魚のごとく口をぱくぱくと開閉させる。
「あ……」
「くぉおおおおおらぁああああああああああああッ!?」
定まらぬ言葉を、パチュリーが掬い上げようとした、その時であった。
蛍の妖怪の頭上から、幅広の虫取り網が澱んだ大気を断ち割って少女に飛来した。
振り下ろすというより、半ばぶった切るといった勢いのそれを、蝶のごとく優美に舞い逃れながら、リグルはすちゃりと片手を挙げた。
「おやまあ、こあちゃん。久しぶり。はしゃいでいるね? 乗ってるね?」
「うぅ、ふふ、や、やっと見つけましたよ……。よくもやってくれましたね、虫さんめ。こんなに図書館をめちゃくちゃにして、あまつさえ私のお洋服までぼろぼろにして。もう、もう、絶対に、許さないんですからッ。……ひっく、痛いよぅ」
「ええと、半分以上はたぶん、自業自得なような。……っていうか、大半?」
「うるさいうるさいッ、問答無用ーッ」
絶叫し様、小柄な悪魔は長柄の網を盲目八方に振り回す。
リグルはふわり浮き上がると、華麗極まりないスピンターンを連続でキメつつ、軽やかなステップを踏み踏み、血走った司書の得物をするり、するり、と避けていく。
逃げろ、と吼えると、何が楽しいものか爆笑しながら凄まじい速度で大図書館の出口に突進し、無闇に巨大な扉を蹴り開ける。頭上で、紙魚たちが慌てたように彼女の髪にしがみ付いているのが見えた。
間を置かず、遁走するリグルを追いかけて、ぼろぼろに薄汚れた使い魔が、怒声をお供に阿修羅のごとき形相で図書館の扉から飛び出していく。
蟲の姫君の明るく澄んだ声と、対照的に呪詛めいた低重音を発する司書の可憐な咽が、ドップラー効果のみを置き去りに遠ざかっていった。
パチュリーは、呆然とそれを見送った。
やがて、疲労困憊した身体を投げ出すように、どさりと椅子に腰掛けた。
習慣に流されるまま、惰性で書を開く。
当然のごとく、文字など、一行も脳みそに入って来はしなかった。
錆び付いた情動がざわめく。脳裏をぐるぐると駆け巡るのは、先ほど鼓膜に吹き込まれた声ばかりだ。
吐息交じりの、熱く密やかな囁きの記憶が、魔女の脳髄を痺れさせていた。
リグルは言った。悪戯めいた、やわやわとくすぐるような調子で、呟いた。
――貴女が捨てた、蟲のいたところ。そこに、ね。代わって、入りこんでしまいたいんだよ。
揺れる。揺らぐ。思考は破裂してしまったかのように様々に散って、ひとつところに落ち着かない。
眺める本が、虫食いだらけなのを忘れてしまっているほど、集中力は霧散しきっていた。
パチュリーは魔女である。とうの昔に捨虫の法を用い、物を食べることも、眠ることも、緩慢な死に怯える必要もなくなった。
その決断に後悔があるわけもないが、それでも、果たしてそれが成長だとか、進歩だとか肯定的なニュアンスに捉えられるかといえば、首を傾げざるを得ない。
虫を捨てた少女。その胸はきっとからっぽで、人よりも欠けた自分は、むしろ存在としては不完全なのだろうとぼんやり推察していた。
チーズのようにすかすかの、穴ぼこだらけの魔法使い。
「まるで……」
ふと、何事かを呟こうとして、パチュリーは口を噤んだ。
黙って俯くと、おもむろに椅子の上に膝を上げて、抱えた本ごと顔を埋めた。その耳が、じんわりと朱に染まっていく。
駄目だ、とパチュリーは思った。自分はもはや、取り返しのつかないことになってしまっているらしい。
考えてしまったのだ。思いついてしまったのだ。益体もない、どこぞの星屑魔法使いが好みそうな柔弱な台詞を。
理性を尊ぶ魔導の徒が、頭を抱えて呻く他ない様な、ひたすらこっ恥ずかしい台詞を。
冗談みたいに、甘美な言葉を。
――まるで、私の心が、虫食いにされたみたいだ。
パチュリーは膝を抱いた。ぎゅうう、と力いっぱい、身を縮こまらせる。
結局、侵入者を逃してしまった彼女の使い魔が、べそをかいて戻ってくるまで、紅魔館の誇る本の虫は、いつまでもそうして、じっと椅子の上に蹲っていたのだった。
真昼でも薄暗い大図書館の静寂を裂いて、耳に痛い金切り声が響いた。
鋭く巻き上がる陣風と共に、大事な書物や文献、そして丁寧に纏めておいたレポートが無残にも紙吹雪の体を成す。
もうもうと立ち込める大量の埃に、肺の弱いパチュリーは、軽く咳き込みながら、手元の本に落としていた目を流して、そちらを睨み付けた。
白い半眼の行き着く先には、きょときょとと周囲を見回す、出来の悪い使い魔の姿があった。
何故かやたらとごつい虫取り網を手にし、肩から安っぽい素材の籠を襷掛けにしている。まるで山を拠点に暴れ回る腕白坊主のようなスタイルである。後は麦藁帽でも被れば、完璧であった。
しかし、無闇にお気楽なその格好とは裏腹に、使い魔の表情は悲壮感に満ち溢れていた。印象に残るぱっちりとした瞳には大粒の涙が溜まり、痞えたようなしゃっくりを繰り返していた。
主の気分と体調を害しつつあることにも気づかず、棚から棚へ、びゅんびゅんと高速で行き交っている。時折壁や本棚に激突するのもお構いなしの、全速力であった。
必死、の二文字を全身で訴えるその様は、追い詰められた小動物のごとき狂態を露にしながらも、ひたすら一念に寄るものの気迫的な何がしかを滲ませていた。具体的には鼻水と汗だった。
ひーん、と喚きながら鬱陶しいハエのように飛び回る使い魔を横目に、諦めたようにパチュリーは首を振った。
直後、凄まじい轟音がした。驚きに椅子からお尻を跳ねさせた彼女は、慌てて振り返る。
そこには、崩れ落ちた本の山に生き埋めにされ、伸びた片腕だけをぴくぴくと痙攣させる、実に頼もしい眷属の姿があった。
偉大なる魔女にして、練達の魔法使いであるパチュリーには、“天敵”がいた。
それは冷厳と彼女の魔法理論を否定する愛想に欠けた人形遣いであったりとか、腕力にものを言わせて貴重な魔導書を拝借していく小憎たらしいパワー馬鹿な魔法使いであったりとか、聖母のごとき微笑みと共に、「仲良くしましょう」などと薄ら寒いことを嘯き、するりと懐に擦り寄ってくる得体の知れない古刹の住職であったりとかではなかった。
連中もタチが悪いが、それでも一通りのあしらい方を弁えていれば、俊抜たる知性を備えたパチュリーにとっては必ずしも恐ろしい相手ではなかった。
毎度、毎度、必ず館内に夥しい被害をもたらすために、著しく不評を買っている自称普通の魔法使いですら、いまだパチュリーの掌の上から逸脱する振る舞いには至っていない、というのが彼女の認識である。
強奪される書物とて、あの業突く張りの言を借りれば、まさに「貸しているだけ」なのである。身裡の虫を捨て、寿命を常しえのものとした魔女に時間などあってなきがごとしだ。恋なぞという軟弱なものにうつつをぬかす、短命なる花が枯れる刹那の時を、のんびり気長に待てばいい。
仮に、万が一あれが自分と同じく虫を払った時は、またその時だ。七曜の魔術の秘儀を、存分に揮えばいいだけの話である。
しかして、彼女の“天敵”は違った。そのように、悠長に構えていられる余裕など欠片もなかった。
事態は俊敏で苛烈で残酷で、それでいて酷く隠密裏に運ばれていた。パチュリーが気づいたときには、既にいくつもの致命的な損害が発生していた。
それに衝撃を受けることも、呆然と我を失うことも、憤怒に顔を歪めることも、慄然と凝立することさえも、彼女には許されていなかった。
“天敵”の行動はあまりに迅速に過ぎ、その僅かな隙にさえも、被害を拡大させる惧れがあったためである。
パチュリーは使い魔の失態を胡乱げに眺めやりながら、重っ苦しい溜息を吐いた。
あらぬ方向に、つい、と視線を投げると、陰鬱な声を吐き出した。
「……そこにいるんでしょう。隠れていないで、出てきなさい」
呼びかけられた、闇溜まりの部屋の隅、背の高い本棚の上から、ぴょこんと二本の触覚が生えた。
ぐるぐるとレーダーのように旋回していたかと思えば、やがてそろそろと、細く流れるビリジアンの髪が現れた。
続いて、おっかなびっくり、あどけない童顔が零れ落ちる。
じっとりと見据えられる、魔女の粘っこい非難の視線と目がかち合うと、悪戯の露見した幼子のようにはにかんで、ぺろりと舌を出した。
「てへ」
パチュリーは、唐突な頭痛に襲われて、眉間を押さえた。
俄かに湧き上がった猛烈な苛立ちに、脳の血管が破裂しかけたらしい。外の世界に生息していたという、古の蛮族精霊ヤマンバの語書を紐解けば、いわゆるMK5と言う奴に違いなかった。
そんな魔女の異常を気にも留めず、彼女、蟲の王たる少女、リグルは、よっこらしょういちと掛け声ひとつ、ふわりと本棚から飛び降りた。
暢気に片手を振り上げて、足取りも軽くとことこと近寄ってくる。
「やっほー、お元気?」
「……そう見えるの」
「いやそれがまったく」
飄然と、薄っぺらな笑みを貼り付ける。
風采の上がらぬ地味な容姿ながら、へらりと緩むその顔は、満天に輝く綺羅星のごとき実にイイ笑みを湛えていた。
ぎりぎり、とパチュリーの奥歯の辺りで、不安定な音が轟く。うろたえるな、と魔女は自分を諌めた。
「……いいご身分ね。人様の屋敷に勝手に潜り込んで、それだけ堂々と振舞えるだなんて。厚かましさも、限度を過ぎれば才能なのね」
「いやあ、ここは私のお散歩コースだからね。勝手知ったるというか、もう庭みたいなもので」
「……褒めて、いないわ」
眩暈がする。欠片も皮肉が通じていない。
というかそもそも、他人の家を断りもなく散歩の経路に組み込んで、ごく当たり前といった風情なのは、どういう感性なのだろう。
神経の足りない虫のせいか、はたまたおつむのヒューズが七転八倒しているのか。どちらでもいい。ただ誰でもいいから、この場で怜悧な魔女のイメージを投げ打って、壁にごんごん頭を叩きつける権利を与えて欲しかった。
懐のスペルカードに手が伸びる腕を堪えに堪えて、パチュリーは渾身の力で、無表情を維持した。流石のリグルが後ずさるほど、その目に篭る稲光のごとき熱は暗さを増していた。
リグルは気まずそうに頬を掻いて、取り成すように言った。
「あー、いや、ね。私だってちょびっとはまずいかなあ、とは思ってるんだよ。こあちゃんにだって悪いしさ。でもさ、仕方ないじゃん、ここ、私の仲間のお気に入りスポットなんだから」
その言葉に、パチュリーは自然と上目遣いになっていた目をかっと見開いた。
みるみる顔から血の気が引き、蒼白に準ずる色へと変貌する。
動かない大図書館の異名に相応しい、常の落ち着き払った態度も忘れて、椅子を蹴倒しリグルに詰め寄る。
「どれ」
リグルは目を泳がせながら、後ろ手に確保していた、装丁も見事な古めかしい書物を、そうっと取り出す。
パチュリーは分厚いそれを奪うようにもぎ取ると、猛然とした勢いで頁を捲くり始めた。
そして、これまた珍しいことに、くしゃりと表情を歪めると、糸の切れた人形のようにその場に膝を落とした。
開いた本が力なく、太ももの上に乗せられる。
そこには、決して少なからぬ頻度で、頁に無数の孔が穿たれた、命より大切な魔導書が無残な姿を晒していた。
「ええと。なんていうか、その、気を落とさずに、ね」
優しくリグルが魔女の肩を叩く。その頭には、数匹の蟲が席を占めていた。
黒っぽい小柄な蟲で、海のない幻想郷ではいまひとつ想像に苦しむものの、海老という甲殻類に良く似た風貌をしている、らしい。
蟲の表情など判別できるわけもないが、リグルの頭上に陣取る彼らは、一様に満ち足りた様相を示して見えた。人間に例えるならば、腹をさすって口周りを舐めているような雰囲気である。
彼らの名を、シミと言う。紙魚、と書き、その名の通り、大好物は紙の繊維や糊であった。
「虫食い」と俗に称される現象の、元凶たちである。
パチュリーは、全ての活字中毒者の怨敵たるそやつらを見咎めて、反射的に何かを口走ろうとした。
泣き言であったのか、口汚い罵詈雑言であったのか。咽下まで競りあがったそれを、きゅっと唇を引き結ぶことで、魔女は辛うじて飲み込んだ。
魔法使いとしての矜持を危うい一線で持ちこたえ、台無しになった魔導書を抱きしめながら、目を背けてリグルに言った。
「……もう、いいわ。お仲間が見つかったなら、とっとと帰って頂戴」
「あー、うん。そうだね、えっと、この子たちも悪気があったわけじゃないんだよ。ただ、古くて保存のいい本の方が、味がまろやからしくて」
「……グルメなことね」
ずっしりと疲労が重石のように肩に圧し掛かってくるのを感じて、パチュリーは再び泥のような嘆息を漏らした。
うう、としまい忘れた悲哀が呻きとなって溢れ、情けなく垂れた眉根の下の瞳は、凄惨な有様の書物を映して、微かに潤んでいた。
リグルは頭上の蟲たちを撫でながら、冷や汗と共に彼女を慰めた。
「まあ、どんまい。ほら、人生万事塞翁が馬。いつかいいことあるよ、きっと」
「どの口が……」
「え? いや、だって私は単に、虫とそれ以外との仲介役みたいなもんだし。この子らの行動にいちいち責任なんか持てないし。まあこんなんで蟲へのイメージが悪化するのもあれなんで、せめて被害が拡大しないように引き取りにくるぐらいはするけど。それにいちゃもんつけられてもさ」
「むきゅう……」
ぐうの音も出ず、呻いて項垂れる。
リグルは殊更朗らかに、彼女に言いさした。
「まあまあ。私からも、も少し自重するよう伝えておくからさ。あんまり思いつめないで」
「そうね……、過ぎたことを言い立てても、どうしようもないわね」
「そうそう」
「今ある事実を受け止めて、その原因を探って、先の未来に反映してこそ、失敗を生かすというものよね」
「そうそう、いいこと言うね」
「ではまず、その蟲たちは、どこからどうやって入ってきたのかしら」
「それはもちろん、私のお散歩に付き添って」
一切の躊躇なく、パチュリーは火符を引き抜いた。害虫駆除のお友達、飛んで火にいるなんとやらである。鋭く振りかぶって、叩きつけるように発動する。
密閉されている上に周りが可燃物の山ということで、かなり威力は絞ったはずだったが、煮えくり返るはらわたに従ったものか、その業火は地獄の釜もかくやであった。
リグルが悲鳴を上げ、しかしその割には妙に軽やかな仕草で飛来する火を避けた。
道化のように大仰にわあきゃあと騒ぐ蟲妖怪に、魔女はこめかみの青筋を宥める術を知り得なかった。
某特殊チタン合金製州知事型殺人アンドロイドを髣髴とさせる動きで、静かにリグルににじり寄る。
「……スペアリブかローストか、好みのほうを選びなさい。せめて、それだけの慈悲はくれて上げるわ」
「わぁい、基本の選択肢、消し炭しかないや。……虫は踊り食いがポピュラーだよ?」
「あいにく、煮ても焼いても食えないゲテモノを堪能する趣味はなくってよ。……いいから、とっとと失せなさい」
「はいはい、わかったよ。まったく、ご機嫌ななめなんだから。カルシウム足りてないんじゃないの」
「……そう、なら虫干しの昆虫でも摂取しましょうかしら」
ゆらりと日符を摘むパチュリーに、わざとらしくリグルが肩をすくめて見せる。
もはや色々と馬鹿馬鹿しくなって、真理の探求者たる少女はぐったりとこうべを垂れた。
自らの身体の一部であったはずの、内面を隠す無情のペルソナさえ剥げかけさせながら、愚痴るようにぼそぼそと言った。
「ほんとうに、一体何だというのよ、貴女は。いつもいつも、私の研究の邪魔ばかりして。貴重な書物を台無しにして。こっそり忍び込んだかと思えば、私の思考をぐちゃぐちゃにして、その癖目的らしい目的なんてありもしないで……。ちっとも合理的でないわ。正直、迷惑なのよ。暇つぶしなら、他所を当たって頂戴。私に関わらないで。私だけの世界を、侵さないで」
パチュリーは、月飾りの揺れる帽子を目深に引っ張り下ろした。滔々と吐き出される言葉は、全て真意である。つるりと剥かれた魂を曝け出すほど、魔女にとって恥ずべきことはない。それを誰よりも理解していながら、紫色の賢者は突き上げる想いの丈を、口蓋に封じることも叶わなかった。
紫色の賢者は、自ら求める答えすら明確にならぬまま、声を押し殺して叫んだ。
「遊び半分に、私の胸を、掻き乱さないで……っ」
唇を震わせる。肩で大きく息をつく。目線は埃の積もる石造りの床に落ちている。
慙愧の念が渦巻く。一度形を得た言霊は、容易にその力を減じることはない。
パチュリーは魔導書を抱く腕に力をこめた。精神に存在の寄る辺を持つ妖怪のゆえか、纏う雰囲気が儚く掠れている。
その顔を、身を屈めるようにして、ひょいと覗き込まれて、パチュリーは竦んだように硬直した。
蟲の姫君は、凪いだ面に、酷く静謐な模様の瞳を浮かべて、淡々と囁いた。
「……遊び半分じゃ、ないよ。少なくとも私は、貴女が思っているよりは、ずっと真剣なつもりだよ。うぅん、なんて言うんだろ。どうもね、ほっとけないんだよね、見ていてさ」
そうして、おもむろに莞爾と笑う。魔導書の上から、魔女の胸元に優しく掌を宛がう。
「ねえ、パチュリー。生命の蟲を捨てた、魔法使いさん。私は、ね」
柔らかな、そして一際きつい眼光の瞬きに、パチュリーはふいに意識を呑まれてしまう。
その合間を衝くように、リグルが魔法使いに顔を寄せる。ふっくらと萌える若葉の新芽のごとき、小さな唇を耳に押し当てた。
ぼそぼそと、濡れた蕾が蠢く。二言、三言、囁いた。
「……なんて、ね」
リグルは素早く身体を離した。
その頬は微かな薔薇色に彩られ、伸ばした一本の指が、睦言を秘密にしあう乙女のように、しぃい、と口元に運ばれた。
パチュリーは、ぱっと庇うように耳を押さえた。
耳より滑り込んだ言葉を処理しきれないというように、喘ぐ魚のごとく口をぱくぱくと開閉させる。
「あ……」
「くぉおおおおおらぁああああああああああああッ!?」
定まらぬ言葉を、パチュリーが掬い上げようとした、その時であった。
蛍の妖怪の頭上から、幅広の虫取り網が澱んだ大気を断ち割って少女に飛来した。
振り下ろすというより、半ばぶった切るといった勢いのそれを、蝶のごとく優美に舞い逃れながら、リグルはすちゃりと片手を挙げた。
「おやまあ、こあちゃん。久しぶり。はしゃいでいるね? 乗ってるね?」
「うぅ、ふふ、や、やっと見つけましたよ……。よくもやってくれましたね、虫さんめ。こんなに図書館をめちゃくちゃにして、あまつさえ私のお洋服までぼろぼろにして。もう、もう、絶対に、許さないんですからッ。……ひっく、痛いよぅ」
「ええと、半分以上はたぶん、自業自得なような。……っていうか、大半?」
「うるさいうるさいッ、問答無用ーッ」
絶叫し様、小柄な悪魔は長柄の網を盲目八方に振り回す。
リグルはふわり浮き上がると、華麗極まりないスピンターンを連続でキメつつ、軽やかなステップを踏み踏み、血走った司書の得物をするり、するり、と避けていく。
逃げろ、と吼えると、何が楽しいものか爆笑しながら凄まじい速度で大図書館の出口に突進し、無闇に巨大な扉を蹴り開ける。頭上で、紙魚たちが慌てたように彼女の髪にしがみ付いているのが見えた。
間を置かず、遁走するリグルを追いかけて、ぼろぼろに薄汚れた使い魔が、怒声をお供に阿修羅のごとき形相で図書館の扉から飛び出していく。
蟲の姫君の明るく澄んだ声と、対照的に呪詛めいた低重音を発する司書の可憐な咽が、ドップラー効果のみを置き去りに遠ざかっていった。
パチュリーは、呆然とそれを見送った。
やがて、疲労困憊した身体を投げ出すように、どさりと椅子に腰掛けた。
習慣に流されるまま、惰性で書を開く。
当然のごとく、文字など、一行も脳みそに入って来はしなかった。
錆び付いた情動がざわめく。脳裏をぐるぐると駆け巡るのは、先ほど鼓膜に吹き込まれた声ばかりだ。
吐息交じりの、熱く密やかな囁きの記憶が、魔女の脳髄を痺れさせていた。
リグルは言った。悪戯めいた、やわやわとくすぐるような調子で、呟いた。
――貴女が捨てた、蟲のいたところ。そこに、ね。代わって、入りこんでしまいたいんだよ。
揺れる。揺らぐ。思考は破裂してしまったかのように様々に散って、ひとつところに落ち着かない。
眺める本が、虫食いだらけなのを忘れてしまっているほど、集中力は霧散しきっていた。
パチュリーは魔女である。とうの昔に捨虫の法を用い、物を食べることも、眠ることも、緩慢な死に怯える必要もなくなった。
その決断に後悔があるわけもないが、それでも、果たしてそれが成長だとか、進歩だとか肯定的なニュアンスに捉えられるかといえば、首を傾げざるを得ない。
虫を捨てた少女。その胸はきっとからっぽで、人よりも欠けた自分は、むしろ存在としては不完全なのだろうとぼんやり推察していた。
チーズのようにすかすかの、穴ぼこだらけの魔法使い。
「まるで……」
ふと、何事かを呟こうとして、パチュリーは口を噤んだ。
黙って俯くと、おもむろに椅子の上に膝を上げて、抱えた本ごと顔を埋めた。その耳が、じんわりと朱に染まっていく。
駄目だ、とパチュリーは思った。自分はもはや、取り返しのつかないことになってしまっているらしい。
考えてしまったのだ。思いついてしまったのだ。益体もない、どこぞの星屑魔法使いが好みそうな柔弱な台詞を。
理性を尊ぶ魔導の徒が、頭を抱えて呻く他ない様な、ひたすらこっ恥ずかしい台詞を。
冗談みたいに、甘美な言葉を。
――まるで、私の心が、虫食いにされたみたいだ。
パチュリーは膝を抱いた。ぎゅうう、と力いっぱい、身を縮こまらせる。
結局、侵入者を逃してしまった彼女の使い魔が、べそをかいて戻ってくるまで、紅魔館の誇る本の虫は、いつまでもそうして、じっと椅子の上に蹲っていたのだった。
パチュリーが可愛すぎて生きる元気をもらった。
文章も、ただ堅苦しいだけでなく所々にユーモアがあって(?)笑わせてもらいました。
これは本当にいいSS。
ありがとう!