先人の言葉にこういうものがある。
『早起きは三文の得』。
これは、早起きをすると良い事がある、といった諺なのだが……
「いつもと変わらない…」
そう。何にも無いのだ。
白玉楼の庭師、魂魄妖夢はこの時間帯の変化の無さにうんざりしていた。
別に嫌いというわけではない。
朝早く起きれば昼や夜とはまた違った風景を楽しめるし、鳥たちのさえずりが心を安らげる。
至福のひと時なのだが、それでもいつもいつも同じではさすがに飽きてしまう。
何でもいいから斬新な事があってほしいと思ってしまうのだ。
生真面目な妖夢も例外ではなかった。
「幽々子様のご飯を用意して、その後に幽々子様を起こしに行って、お召し物を換えて、一緒に朝ごはんを食べて…」
そんな独り言を言いながら、朝ご飯の準備を進める。
周囲には味噌汁の独特の香りや、魚の香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
準備を終えると、妖夢は幽々子の部屋へと向かい、部屋の襖を音を立てずに開ける。
部屋の中では幽々子が静かに眠っていた。
妖夢は幽々子の枕元に正座し、声をかける。
「ゆーゆーこーさーまー。起きて下さいー」
「ぅ…ん。」
「あれ。珍しい。一発で起きるなんて」
「ぇ……私が、すぐ、おきちゃいけないの…?」
幽々子は寝ぼけ眼ながらも妖夢の言葉に困惑した…が、居間から漂ってくる良い匂いがその気持ちを霧散した。
おもむろに枕もとに置いてある、いつもの着物を着る。
用意が出来ると、二人で一緒に居間へと向かった。
「「いただきます」」
「…で、朝のひと時を実況してくれるのは良いんだけど、どうしてうちに来るのよ」
「いや…何か良い案でもないかなぁ、なんて」
博麗神社に訪れた妖夢は、霊夢に相談をしに来ていたのだ。
相談の内容と言うのは、「私の朝に変化が欲しい」という相談されても他人にはどうしようもない内容だった。
どうでもいい相談に霊夢はとても嫌そうな顔をしていた。
「そんなどうでもいい事のためだけにこんな朝早くに来るなんて…あんたもどうかしてるわよ…」
「どうでもいいってなんですか。相談できる人があなたくらいしかいないんです」
「…付け足しておくとまだ夜明け前よ。普通の人間はこんな時間まで起きてないの」
「そこをなんとか」
「強情ね。じゃあ、ヒントだけね。ヒントは、あんたの身近な人物を使うのよ。それじゃ、おやすみ」
「あっ…」
ぴしゃり、と襖が閉められ妖夢は追い払われてしまった。
これは完全に妖夢が悪いのだが…寝ぼけているのかあんまりそこまで頭が回らなかったらしいが、霊夢の言葉をしっかりと心に刻み込むのだけは忘れなかった。
その後白玉楼に戻っても明朝独特の静寂に包まれていて、何も変わっていることは無かった。
妖夢は何を思ったのか、そのまま自室に向かい布団の中へ。夢の中へ。
「うぁ。ん~~っ!」
妖夢が眠りについてから数刻後、幽々子が目を覚ます。
そして、いつもは妖夢が起こしに来るのに今日はいないことに気づいた。
幽々子はその事を不思議に思って、妖夢の部屋に向かう。
そーっと妖夢の部屋の襖を開ける。
すると、中にはぐっすりと眠っている妖夢の姿があった。
「こらー、起きなさいーようむー」
耳元で声をかけてみるが、全く反応が無い。
幽々子はぷくっと頬を膨らませて不満そうな顔をする。
「おーきーてーよー」
体を揺すりながら言ってみるが、やはり反応は無い。
根っからのお嬢様体質な幽々子は、自分の言うことを無視されるのは相当堪えるようで徐々に声に覇気が無くなっていく。
「あの…ようむ? ねぇ、起きてるんでしょ…?」
涙声になりつつある幽々子に対して、妖夢の方はと言えばいつ起きるかの算段をしていた。
純真無垢な主と腹黒従者のやりとりは、この後もしばらく続いた。
~1時間後~
均衡が崩れたのは、幽々子がふと妖夢の顔を覗き込んだことだった。
既にちょっと泣いている幽々子の目は赤くなっており、カリスマもへったくれもない表情だった。
薄目を開けていた妖夢は主のその表情を見てニヤニヤしてしまったのを幽々子に気づかれたのだ。
「もうっ! なんなのよぅ…」
「すいません。いつもと同じ朝にスパイスが欲しかっただけなんです」
「そっ、そんな理由だったの……いやいや! だからって私を弄ぶだなんてほめられる事ではないわ!」
「でも、とても可愛らしい幽々子様のお顔を拝めるなんて私は幸せ者です」
「か、かわっ…! と、とにかく! いつもの妖夢ならこんな事はしないわ。誰の入れ知恵だか知らないけど、ちゃんと反省するのよ。分かった?」
「入れ知恵の元は霊夢ですが、どうされるのですか?」
「なら、仕方ない、かもね…。」
春雪異変の件で、幽々子は霊夢にキツイお灸を据えられていたので苦手意識を持ってしまっている。
妖夢はその事を知ってのこれだった。
その後はと言うと、霊夢なら仕方が無いとして幽々子からのお仕置きは免れたのだった。
「…以上が私の下克上の内容です」
「随分とゆるいものだったわね。私がお嬢様にしたことに比べれば天と地の差があるわね」
「でも、そこまでやるなんてすごいと思うわ。私なんて師匠の隙をつくなんて…」
「うちの神様も泣き顔可愛かったなぁ……」
「それにしても、この集会はすごいですね。私なんてここに入る前は全くといって良いほど成功しませんでしたから…」
「私が一人の時は細々とやっていくつもりだったけど、まさかここまで増えるとはね。『主の泣き顔見てみ隊』の隊員」
「しかも、なるべく反感を買わないようにしているところが素晴らしいです!」
「ふふふ…ここに入ってからも成功回数は0。やっぱり弄られキャラはそういう運命なのかなぁ…あはは…」
「そんなこと無いですよ。私も入った当時はそんなに成功してませんでしたし、これからですよ!」
幻想郷に住む人妖たちの間でまことしやかにささやかれている『主の泣き顔を見てみ隊』。
ただの都市伝説だと言い切る者が大半だが、次は誰が標的にされるか分からない。
もしかしたら、あなたの従者も…?
泣き顔も見たくないくらいさとり様に懐いてるのかな…
…いや、そもそも心読まれるから企めないか。