皆さんご機嫌いかが? 私は秋穣子。秋の神様で主に豊穣を司っているの!
秋はいいわよね。涼しくて過ごしやすいし、青くて高い空は綺麗だし、赤や黄に色づいた葉は、ため息が出るほど美しいし……。
でも何より秋は食べ物が一年で一番おいしい季節!おいしい果物や野菜もたくさんあるしキノコや木の実、そしてなんと言っても新米よね!
澄み渡った空気を吸いながら、美味しい物に囲まれて、美しい景色も見れるなんて、もう、秋っていうのは何て贅沢な季節なのかしら!
「もう、穣子たら気が早いわね。まだ水無月よ。何か悪いイモでも食べたの?」
もう、お姉さんったら相変わらず私はイモしか頭にないと思ってるのね! 本当失礼しちゃうわ。そりゃ確かにイモはおいしいし一年中食べていたいけど、食べ物には旬てものがあるでしょ。
今は残念ながらイモの季節じゃないの。そりゃ食べたいけどね。おいしい焼きイモとか。ほくほくの蒸かしイモとか。あま~いスイートポテトパイとか。フライドポテトとか。ポテトサラダとか。
それはそうと私の姉こと、秋静葉は私と同じ秋の神様なんだけど、私とは違って紅葉を司ってる神様で、自分で言うのもなんだけど活発な私とは違って、どちらかと言うと物静かでしゃべり声も静かな方なんだけど……。
「もう、穣子ったら独白するのはいいけど。でとか接続詞が多いとみっともないわよ? 文章はもっと簡潔にしないと」
「な、なんでそんなこと分かったのよっ!?」
「あらあら、顔を赤くしちゃって可愛いんだから。簡単よ。心を読んだの」
「こ、こころ読んだって、地底の妖怪じゃないし、なんでそんなことが出来るのよ!?」
「決まってるじゃない。私たちは姉妹だからよ」
絶対そういう問題じゃないと思うのはたぶん気のせいじゃないわ。そう、この姉ははっきり言うと何を考えてるか分からない。
とりあえず目をあわせないようにしましょ。下手すりゃ命とか奪われかねないし、あ、でも神様だから死ぬわけがないのよね。
「そうとは限らないわよ? 神様だって死ぬときは死ぬわ」
「ま、そりゃそうだけど……ってまた心の中を読んだの!?」
「違うわ。今のは勘よ。実はさっきのも勘だったわけだけど」
「なお更凄いよ!?」
もう、この姉に関わってると疲れるから必要以上に接触を持たない方がいいのかもしれない。まあ姉妹である以上それは無理なんだけど。
「さてと、私は疲れたから少し寝るわね」
まったく、疲れたのは私の方よ。なんて思ってるそばから姉はどろんと横になってそのまま寝息を立て始めてた。この調子なら当分起きてこないと思うけど……。
それにして外は相変わらず蒸し暑いし、鬱陶しい雨が降り続いてる。本当この季節だけは好きになれないわ。いや、秋以外の季節は基本的に好きじゃないんだけどさ。
だって、冬は言うまでもなく死の季節と言うだけあって、風は寒いし雪は冷たいし。春は暖かいのはいいけど暖か過ぎて気が抜けるって言うか気だるくなっちゃうし、
夏は暑くてだるくて、何もしたくなくなるし。でもなんと言っても今の時期が一番つらいわね。この茹だるような湿気に、気が滅入りそうな雨、せっかく保存してきた食べ物も腐ってしまう。大半は腐る前に食べてしまうんだけどね。だって勿体無いもん。
「……もう、穣子ったら、食べ物のことばかり……本当いやしいんだから……」
「ちょ、ちょっと! 姉さん起きてるの!?」
驚いて姉の方を見るけど、姉は寝息を立てている。今のは寝言だったのかな?
それにしても姉は本当に寝てるんだろうか。何か、体は寝てるけど脳は起きてるみたいな事普通に出来そうな気がする。ううん、それだけじゃない。寝たまま起きて歩き出したり、寝たまま会話したり、挙句の果てにはそのまま素面で幽体離脱! ……って神様に幽体も何もあったもんじゃないわね。でも、それでも姉なら、この姉ならそれくらい軽くやってのけそうな気がする。これは私の買いかぶりすぎかしら。 いえ、でも秋になると夜な夜な町へ繰り出して民家に侵入しては食料を調達してくる姉さんなら!
秋が終わる頃、秋度を調達するためにと民家の米びつの新米から秋度を吸収して練り歩く姉さんなら!
森の道具屋でお金の代わりに紅葉を出して、「これは芸術性が非常に高い価値のある紅葉よ。紅葉を司る神様が言うのだから間違いないわ」と言って無理やり買い物をした姉さんなら!
きっときっとやってのけてくれるわ。いろんなことを。そしていろんな伝説を残してくれるんだわ。そう、この世界に未来永劫残るような凄まじい伝説の数々を!
例えば、幻想郷中の紅葉を集めようとしたら天狗の椛も一緒に集めちゃってそのまま下僕関係になって、文字通り椛を司る神様となって……。
「……それはいくらなんでもむりがある……わ……」
「そうだよね。流石に無理……って姉さんってばやっぱ起きてるの!?」
思わず振り向くけど姉さんは、やっぱり寝息を立てている。じーっと顔を見てみたけど動く気配はない。よく見るとよだれを垂らした跡もあるし、どうやら本当に熟睡してるみたいだけど……。
そういえば姉さんって私より力持ってるのに弾幕ごっこは得意じゃないのよね。私とやっても五分持たないし、すぐ休憩したがるし、挙句は途中で逃げ出したりするし、そりゃ神とはいえ、それぞれ得手不得手はあると思うけど、あそこまで極端だと神様としてどうかと思うのよね。神としての威厳と言うものを持つには、やっぱある程度戦闘もこなせないと駄目だと私は思うのよ。近くに住んでる厄神さんでさえ、ある程度は戦闘できるんだし。だから私は新しい弾幕の構想とか常に練ってるわ。
秋になったら早速試してみなくちゃね。それまで覚えていれればの話だけど。
「……もう穣子ったら、いくら構想練ってても形にしなければ何もやってないのと同じなのよ」
今にもそんな姉の声が聞こえてきそう……って!?
「起きちゃったわ。ま、神様だもの。本当は寝る必要もないし、食べる必要もない、他の欲求があるわけもないわね」
「なんかいろんな意味で人間を否定したような……」
「違うわ。人は人として生きているのよ。神様にそれを否定する権利はないわ」
「お姉さん……ずっと疑問に思ってたんだけど、神様って一体何なんだろうね?」
「神は神よ。それ以上でもそれ以下もないわ。神じゃない神はただの神よ」
「じゃあやっぱりただの神じゃない」
「違うわ。神と神は違うのよ」
「同じにしか聞こえないけど」
「なるほど、穣子には神度が足りないのね」
神度って何!?
また妙なことを言い出し始めたわね、この姉は……。神度なんて指標初めて聞いたわ。秋度とか、春度とか、みすどとかなら聞いたことあるけど。神度はないわ!
「それじゃ今から穣子の神度を上げる体操をしましょう」
「は!?」
いきなり何を言うんだ。この姉は……。
「いい? まずはこの曲にあわせて深呼吸よ」
と、姉は蓄音機を引っ張り出したかと思うと大音量で曲を流し始める。
その曲とは、ハチャトゥリャン『剣の舞』指揮者ゲルギエフ
「さ、まずは深呼吸よ」
「できるか!!」
なんでこんな忙しない曲に合わせて深呼吸なんかしなくちゃならないのよ!
まず第一に深呼吸が出来ないわよ!
「もう仕方ないわね。じゃあ『ドナドナ』でも流そうかしら」
「やめてよ! 結構トラウマなんだからその曲!」
「あら、穣子にトラウマがあるなんて知らなかったわ。なんかトラウマとは無縁の存在だと思ってたし」
「誰だってあるものでしょ! そう言う姉さんはないの?」
「トラウマ?」
「そうよ」
「そうね。昔読んだ。『コンクリートの中の手紙』ってお話が結構トラウマかしら」
そういや姉さん、ああ見えて案外読書好きなのよね。文字なんか読んで何が楽しいのかしら。私は文字を見るくらいなら体動かした方がいいわね。大体何よ『コンクリート
の中の手紙』って。そんなのの中にある手紙なんて誰も読めないじゃない。
「そこに突っ込んじゃダメよ。そんな事言ったら『地獄変』はどうなるのよ」
「変人達の地獄。あ、むしろ地獄の変人達?」
「穣子には物語を読む素質がなさそうね。そんな貴女にこの本をあげるわ」
姉が私にくれた本。
それは『バカの壁』だった。きっと世界中の壁にバカって記すことに命をかけた者のお話なのね。
「それはないわ」
あっさり否定する姉。……そういえば神度の話はどうなったんだろ。
その後、姉の口から神度という言葉は二度と出なかった。