「うーん、私は幻想の音を扱うけど、最近は幻想でない音を聴いていないわ」
幻想でない音を聞いたのは、まだ外の世界にいた頃の話だ。
レイラもまだそのころは生きていた。
随分昔。
記憶も曖昧になってるし、事実も古いから当てにならない。
そうよ、幻想でない音ばかりを聞いていても教養は実らないわ。
もっと幅広く、偏らないようにしなきゃ。
そのためには、幻想になっていない音も参考に聞き比べなければならないわね。
幻想の音は自分が操っていて、他の音は自然が操っている。
それが私の中での解釈。
でも、それはもう昔の話。
「もしかしたら、人間が人工の音を作り出しているかもしれないわね・・・」
私は悩んだ。
悩んで、悩んで、仮想の人工の音に憧れを抱くほどになっていた。
(どうにかして外界へ出られないかしら・・・)
もちろん、姉達には内緒よ。
きっと反対されるわ、私の意見なんて。
そんな時、ある夜リリカは夢を観た。
リリカがソロライブを開いている夢だった。
客は大いに盛り上がり、リリカも満足していた。
と、そこに。
目の前の空間が引き裂かれる。
私が驚いていると、中から女性が出て来た。
その女性は八雲紫と名乗った。
「うふふ、あなた。外の世界へ行ってみたいようね。いいわ、行かせてあげましょう。」
「えっ、ほ、本当に!?」
私は思ってもいなかった事態に、胸をときめかせた。
何故この女性が私の願望を把握しているのか、どうやって連れて行くのか。
そんな疑問は、好奇心の前には粉々に打ち砕かれた。
「本当に、連れてってくれるの!?」
やった。
これはチャンスだわ。
きっと、これを逃したら二度とこんなの巡ってこない。
神様の思し召しだわ。
「本当よ。――ただし、条件があるわ」
「条件?」
やっぱり。
こういうのにはつきものよね。
でも、これを逃してはいけないことに変わりないわ。
可能な限り、どんな条件でも答えてみせるわ!
「うふふ、その顔じゃあ何を要求しても良さそうね」
「はい、出来ることなら!」
「期待しちゃって悪いんだけど、これなのよ」
といって、紫さんは私の前に右手を差し出す。
そこに収められていたのは、一錠の薬。
「これは?」
「そうねぇ、幻想郷に戻るための薬、とでも言っておきましょうか。戻るときはこれを飲むのよ」
「そ、それだけなの?」
「ええ、それだけ」
たったそれだけのことをするだけで、私は外の世界に行ける。
こんなおいしい話はないわ。
「お姉ちゃんたちにはなんて言えば………」
すると、紫さんは私のの気持ちを見透かしたような笑みを浮かべた。
「そうねぇ、姉たちには……一時的に貴方のことを忘れてもらいましょうか」
「え………?」
「大丈夫、貴方は心配しなくていいわ。すべて私の責任でやるから」
「………」
どうしよう。いざ行く事が決まっちゃうと、今度は行きたくない気持ちが……。
……ううん。そんなんじゃダメだ。
私が望んだんだから。
覚悟を決めなきゃ。
「…行く気がなくなった?」
紫さんが私の顔を覗きこむ。
「……行きます!連れてってください紫さん!」
私が言うと、紫さんは少し戸惑ったような表情をして、
「えらく威勢がいいわね。その意気よ。じゃあ、すぐにでも行きたいかしら?」
そうだね。
また怖くなっちゃうと嫌だし。
気が変わらないうちに行ったほうがいい。
「はい!」
紫さんは私に目を瞑るように言った。
私が目を閉じていると、
「はい、もういいわよ」
という声がする。
目を開けてみるとそこに紫さんの姿はなく、それどころか私の姿は実態を持たなくなっていた。
「ここは………」
どこだろう。時間は、夜。あたりも真っ暗。
だけど……だけど。
「すごい………」
今まで私が見ていたのは、空。
視線を下に移すと、そこには星空。
「空に星がなくて、地面に星が……?」
どうなっているんだろう。
そうか。
あれは星じゃなくって、人間が生み出した光。
きっと、空の星から地上まで引っ張ってきたんだわ。
「幻想郷だと手が届かない存在なのに……人間は手が届くなんて……」
と、私は目的を思い出した。
人工の音を求めて私はここに来たんだった。
こんなところで止まっているわけにはいかない。
この星空に飛び込まなきゃ。