捲くれ上がるスカートからちらちら見える太もももいいけれど、健康的な細いふくらはぎもいいと思わないかしら?
咲夜……?
パチュリー様、わかっていますか? あのふくらはぎ、そして膝の裏。いいじゃありませんか。
えー……っと、咲夜?
わかっていますとも、パチュリー様もむしゃぶりつきたいんですよね?
咲夜……。
こう、ね、ふくらはぎをなぞった瞬間、ぴくんと反応するのがいいんですよ。そうして、若干涙目で、緊張して震えながら、不安そうに上目遣いに見てくるのがいいんですよ。
咲……夜。
ぎゅいんぎゅいん。
――咲夜ちゃん6歳の記憶。
咲夜、太ももの素晴らしさもいいけれど、それだけでは駄目よ。
えっ?
脚、と言うものを愛してこそ、よ。
はぁ……。
例えばほら、脚を開いて座って、そこから滑るようにして太ももに乗っかり、その奥を隠すような、けれど、ちらりと見えているような慎ましやかな場面とかどうよ?
よくわかりません。
やれやれ、貴方はもっと、脚についての見識を深めるべきだわ。
はぁ……?
◆
「パチュリー様……?」
その日、十六夜咲夜は図書館に音も無く現れた。何をすると言う訳でもなく、単に暇だった、と言うか紅茶のお代わりを持ってきただけなのだ。かちゃ、と片手に持った盆の上で茶器が揺れる。
かび臭い図書館に、魔女の姿がない。
辺りを見渡したって、やっぱり本棚が妙な威圧感と共に立ち並んでいるだけだ。
「パッチュン様……?」
もう一度、呟いた。
けれど返事は無い。
しかし、ふと、咲夜の耳にその音が聞こえた。
それは何かが回る音だった。異常な回転速度で何かが回る音だった。ぎゅいんぎゅいん回る音だった。それは、図書館の奥の部屋――そうパチュリーの部屋から聞こえてきていたのだ。
ぎゅるんぎゅるん。
ごくり、と咲夜は息を飲む。
机の上に紅茶を置いて、咲夜はそろりと歩みを進める。心臓が、痛いほど脈打っているような感じ。緊張しているのだろう。そう自覚する。あの向こうには何かがある。それが何であろうと――たとえ魔女の作った何かだとしても、それは十六夜咲夜にとって脅威なりえるものだろうか。
いや――思考を切り替える。
常に万全に。
「パチョリー様……」
そろそろと扉に身体を寄せる。
耳を当ててみると、中からぎゅるるるるると回転する音。
それに聞き覚えはない。
けれどそれが、どこか恐ろしいものに聞こえるのは気のせいだろうか?
――気のせいだ。
そう言い聞かせる。
どくん、どくん、と心臓の脈が激しくなる。
ごくり、と息を飲んで、咲夜はドアノブに手を掛けた。
――がちゃり。
ゆっくりと、咲夜は扉を開ける。抵抗も無く、実に呆気無く扉は開いた。中を覗きこむと、そこにはねっとりとした泥濘のような闇がわだかまっていた。冷や汗が頬を伝うのがわかる。
ぎゅいーんぎゅおんぎゅおんちゅいーん!
音がする。
激しい回転音。
咲夜は扉の隙間から顔を入れて、中を覗き込む。
ぞわり、と絡みつくように、生温い空気が咲夜を包む。思わず、不快な感触に顔をしかめた。
「パチュリ……えっ!?」
彼女が辺りを見渡して、ふと上の方を見た瞬間だ。咲夜はそこに、殺人鬼を見た。
そう、それはまるで彼のジェイソン・ボーヒーズのような出で立ちだった。ホッケーマスクの殺人鬼そのものだった。彼女は今、あのジェイソンと対峙しているのだ……!
その手には、血みどろのチェーンソーが……!
けれどしかし、それが咲夜を驚愕させたのでは無い。
その頭。ナイトキャップのような帽子。そして、寝巻きのような服装――それはパチュリー・ノーレッジを示すものだ。
「ふごふごふごー!」
殺人鬼は唸る。
咲夜は瞬時に判断し、時を止め、
ばたん。
鍵を探して扉を閉めた。
いい笑顔で、額の汗を拭きながら、まるで一仕事終えたあとのように爽やかな息を吐きながら、うん、と腰に手を当てた。手の中でちゃらっと鍵が音を立てる。
背後のドアは、向こう側からどんどこ叩かれているけれど、気にしない。
気にしたら負けよ。
ポジティブにいきましょう。
咲夜はいつでも前向きです。
洒落にならんくらいどこどこ叩かれているけれど、咲夜は気にしない。
だって完全で瀟洒なメイドだもん。
かちゃかちゃと紅茶やら何やらを持ち去る用意をしながら、咲夜はこれからのことについて頭を巡らせた。どうしよっかなぁ……お嬢様起こして太ももに顔をこすり付けたい気分よね。って言うか太ももいいよね。ふくらはぎもいいよね。あの未成熟な青い果実みたいなふくらはぎ。細くて折れてしまいそうだけれども、その純白の足に頬ずりしたらいったいどんな感触なのだろうか。ゆったりと咥えて噛んだあとを残してもいいかもしれない。細いそれに残る、汚してしまったような歯型。
どんどんがちゃがちゃどがちゃ!
音が大きくなるけれど気にしない。
どん……とん……がちゃがちゃ……ちゃ……うっ……ぐす。
泣き声が混じり始めた。
ドアノブがちゃがちゃしながら、泣いているというのは結構罪悪感を誘うものがある。やはり鍵を閉めたのはやり過ぎだっただろうか?
けれど、開いていたら開いていたで、そのまま追ってきそうな気配だったからこれで正解だろう。
……ぐず……すん……うっ……ぐすん。
泣き声が聞こえる。
そろそろ開けてやってもいいだろうか?
ちゃり、と鍵が音を立てる。
それを鍵穴に差し込んで、がちゃりこ、と鍵を開けた。
その瞬間。
ばーん!!
扉を蹴破るようにして、ジェイソンコスのパチュリーが現れた。
何やら怒ったように「ふご、ふごごごふごふごふー!」とか何とか言ってるけれども、単語一つ聞き取れない。ぎゅるんぎゅるん回るチェーンソーを咲夜に突きつけてくる。
咲夜はやれやれと内心でため息を吐いた。
それでは、違うんですよ、パチュリー様。
肩を竦める動作。
そして――――
一瞬だった。
一瞬の内に、ホッケーマスクにナイフが突き立った。
ぱきん、と軽い音と共に、ホッケーマスクが割れた。
中から現れたのは、見知った魔女の顔。その顔は驚愕に彩られていた――何てことを、と。
「咲夜! あなた何をしてくれるのよ」
きゅるるるるん。チェーンソーが回る。
「違うんです。違うんですよ、パチュリー様!」
「な、何がよ……?」
咲夜は妙な言いがかりをつけるような剣幕で、パチュリーにがつんと言った。
「ジェイソン・ボーヒーズは、チェーンソーなんて使わないんですよ! どっちかと言うと鉈とかそう言うのです」
パチュリーはやけに驚いたような表情で後ずさった。
「ば、ばかな……聞いた話だと、確かに武器はチェーンソーだったはず……!」
「それが勘違いなのですよ!」
そこで咲夜はごそごそとポケットの中を漁り、それを取り出した。それは皮製のマスクだった。マスクをパチュリーに手渡しながら言う。
「チェーンソーは、どっちかと言うとこれを被っているレザーフェイスことババ・ソーヤーの方です! 公開された時期が似通ってるので混同されがちなんですよ……」
朽ちた人の皮のようなマスクをパチュリーは感慨深げに受け取ると、その目の部分をじっと見詰めた。
「ところで咲夜」
「はい」
「あなた、こう言うのって、どうやって手に入れてるの?」
「通販です」
「通販?」
「ええ、八雲印の通販です。結構何でも手に入りますよ? 隙間ってすごいですね」
「ああ、そう。だから殺人鬼ものばっかりなのね」
「ええ」
えっへんと胸を張る。
「私は大の殺人鬼(映画の)マニアですから」
ああ、あんなスペルカード使うしね。パチュリーは大きくため息を吐いた。
マスクを愛しげに眺めると、それを自身の顔に被せた。
そして――
◆
「咲夜ぁああああああああああああああああああああ!」
レミリアの絶叫が紅魔館の廊下に響く。
それと共に「ふごふごおふー!」ちゅいーんばりばりばりー、とチェーンソー。そう、レザーフェイスに扮したパチュリーがレミリアを追っかけまわしているのだ。
咲夜は、天狗から奪ったカメラを手にし、その瞬間を待っている。そう待ち望んだ瞬間だ。
パチュリーのこれも、何もかもがすべてこのときの為にあったと言っても過言ではない。咲夜はここに来た当初から、それをする為に生きてきたとも言える。
それほどまでに待ち望んだ瞬間であり、それは刻一刻と近づいていた。
ダッシュで逃げるレミリアの足元――そうそこには小石。躓けるくらいの大きさの石だ。咲夜の明晰な頭脳によってもたらされた計算通りに、レミリアはそれにつまずく。その通りに設置したのだから。
そして石の角度も完璧だ。
あれならば、石がお尻を突き刺すこともないし、必ずこちらを向いて倒れる。
長年の研究の成果だ。
そう――いま――!
きゅいーんぎゅるるるるん!
チェーンソーが唸りを上げる。
「いやぁー! ――えっ!? きゃっ!」
そしてレミリアは、咲夜の計算そのままに、完璧に、石につまずいて倒れたのだ。
その瞬間。
咲夜のカメラのフラッシュが迸る。
レミリアは、つまずき、そのままうつ伏せには倒れなかった。そこが咲夜が、完璧で瀟洒と言われる所以だ。なんと咲夜はその圧倒的な才能の発揮によって、その状況を計測していたのだ。
レミリアはおかしな転び方をしたのだ。
くるんと一回転するような奇妙な転び方。
そう――咲夜はこの転び方をするように石を置いたのだ。それ故にレミリアは仰向けに倒れる。そうつまり――!
手を床について、上半身を起こしたような格好。そしてその足は――
「ふ、ふごごー!」
パチュリーが叫びを上げる。
そうだ。
咲夜だってそうしたい。
けれど、シャッターを押す手が止まらない。
レミリアの足は――見事にMの字に開かれていたのだ!
そこには、長いスカートに守られていた細い足が見えた。その上に、柔らかそうな、しなやかな太ももが見えた。今はプライベート。弾幕ごっこなどと言うことはしないので、ドロワーズは穿いていないはず――故に咲夜は困惑した。
あれは――なんだ、と。
あそこには、確かに守られたデルタ地帯、白い聖三角があるはずなのだ。
なのに――それがない。
いや――
「お、嬢様?」
「へっ? やぁっ!」
がば、と手でスカートを押さえる。
瞬時に赤く沸騰する顔。
あうあうと震える口からは言葉は出てこない。
けれど、それが恥ずかしがっていることだけはわかる。
だから、咲夜はぐっと手を握りこんで、そこから親指だけ出して、ガッツポーズをとった。
パチュリーのレザーフェイスのマスクからは、鼻血が噴出した。
すなわち、彼女は珍しくノーパンだったのだ。
そしてレミリアは爆発した。
[おしまい]
そしてまさかのノーパン